皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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よんさん |
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平均点: 6.62点 | 書評数: 96件 |
No.96 | 7点 | ヨルガオ殺人事件- アンソニー・ホロヴィッツ | 2025/09/26 14:38 |
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「カササギ殺人事件」から二年後、編集者を辞めてギリシャのクレタ島でホテルを経営する元編集者のスーザン・ライランドのもとへ、イギリスからトレハーン夫妻が訪ねてくる場面から始まる。物語は、スーザンが調査を行う「現実のパート」と、作中作であるアラン・コンウェイの小説「愚行の代償」のパートが交互に展開される二重構造になっている。
作者の真骨頂は、細部に張り巡らされた伏線と、見事な伏線回収にあると思うが、特に物語の終盤では、それまで些細に思えた描写や言葉遊びが重要な手掛かりとなって機能し驚かされる。作中作の文中に、実は犯人の名前が巧妙に散りばめられていたという仕掛けはお見事としか言いようがない。 本作は続編だが、前作を読んでいなくても楽しめるように配慮されている。しかし、主人公スーザンの過去や作家アラン・コンウェイとの因縁を知ることで、物語の深みやスーザンの心情をより理解できるため、前作から読むことをおすすめします。 |
No.95 | 7点 | カササギ殺人事件- アンソニー・ホロヴィッツ | 2025/09/26 14:20 |
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この作品は物語が大きく二重の構造になっているのが特徴で、上巻を古典的な名探偵ものとして楽しんだ後、下巻では全く次元の違く謎が始まる展開は、緻密に計算された物語として完成度が高いと感じた。
作中作である「アティカス・ピュントシリーズ」は、田舎の屋敷を舞台にした閉鎖的な人間関係、秘密を抱えた登場人物たち、そして風変わりな名探偵という、クリスティファンであれば、随所に散りばめられた愛のあるオマージュを発見する楽しみがある。 ただ、現実世界を描く下巻の展開やラストに関しては期待したほどリンクしていないと感じてしまった。とはいえ、伝統的なミステリの形式を尊重しつつ、それを大胆に発展させた知性的で遊び心あふれた作品なので、ミステリの構造そのものを楽しみたい方や、クリスティ風の作品が好きな方には強くおすすめしたいです。 |
No.94 | 9点 | テスカトリポカ- 佐藤究 | 2025/08/25 10:28 |
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メキシコの麻薬カルテル「ロス・カサソラス」の生き残りであるバルミロと、川崎で孤独に育った異様な体格と能力を持つ少年コシモの運命が交錯する物語。
本作では、麻薬戦争や臓器摘出などの直接的、身体的な暴力が生々しく描写される。それは単なる残虐描写ではなく、アステカの人身供犠という古代の儀式的な暴力と並置されることで、暴力の持つ意味が変質し、一種の「聖なる行為」として再解釈される余地を提示している。これは「人間は暴力から逃れられるのか」という作品の根源的な問いにもつながっている。一見無関係に思えるアステカ神話と現代の臓器密売というテーマが見事に融合されている。臓器摘出という行為が、アステカの生贄の儀式における心臓の捧げものと重ねられることで、犯罪行為に神秘的な、あるいは呪術的な測光が当てられ、物語に独特の重層性と不気味な奥行きを与えている。 本作は読者に清々しいカタルシスを提供するような作品ではない。むしろ不快感や抑圧感を覚えつつも、その世界観から離れられないという独特の読後感をもたらす。これは、作品が単純な善悪の図式を拒否し、暴力や人間の業をより深いレベルで問いかけているからでしょう。 |
No.93 | 9点 | 凍てつく太陽- 葉真中顕 | 2025/08/25 10:10 |
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物語の舞台は終戦間際の北海道。アイヌ出身の特高刑事である主人公・日崎八尋が、軍需工場関係者連続毒殺事件の捜査に巻き込まれ、冤罪で投獄される中で真実を追い求める姿が描かれている。
戦時下の北海道という特異な時代と環境を活写し、特高警察の活動、皇民化政策のもとでのアイヌ民族や朝鮮半島出身者への差別と同調圧力、そして彼らが抱えた複雑なアイデンティティや祖国への思いが、物語に重厚感を与えている。単なるミステリを超え、「国家とは何か」「民族とは何か」「個人の帰属とは何か」という深遠な問いを読者に投げかけてくる。 潜入捜査、冤罪、投獄、脱獄、真相究明といった要素が詰まったスリリングな展開が楽しめ、特に脱獄劇には緊迫感があり手に汗握る。ミステリとしての謎解きの面白さも十分に備えており、最後まで気が抜けない。 本作は、ミステリ、警察小説、歴史小説、冒険小説、社会派小説といった複数のジャンルの要素を見事に融合させた骨太のエンターテインメント小説である。 |
No.92 | 8点 | 爆弾- 呉勝浩 | 2025/07/28 14:40 |
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主人公のスズキタゴサク(通称タゴサク)が、「東京のどこかに爆弾を仕掛けた」と告げ、クイズ形式でヒントを与えることにより警察を翻弄していく。この謎解きの過程は、単なる頭脳戦ではなく、人間の倫理観や正義感を揺さぶる心理戦として描かれ、読者もタゴサクのペースに引きずり込まれる緊迫感がある。
エリート刑事の清宮と変わり者の類家のコンビ、出世コースを外れた等々力、交番勤務の新人の倖田など、多様な警察官の視点から物語が展開する。特に類家は、タゴサクと同じ「人間の闇」を抱える者として後半に急浮上し、「正義の警察官」という枠を超えた危険な魅力を放つ。 本作は、単なるエンターテインメントを超え、「他者の死をどこまで許容するか」という根源的な問いを突き付ける作品となっている。タゴサクが仕掛けた爆弾は物理的な破壊装置であると同時に、読者の心に潜む「無関心」「選別意識」「正義への疑念」という心理的爆弾そのものである。読後には、「自分もまた、特定の命を優先してしまう人間ではないか」という自省が迫られる。 |
No.91 | 8点 | 十戒- 夕木春央 | 2025/07/28 14:27 |
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舞台はリゾート開発の視察で訪れた孤島。参加者九人のうち一人が殺害された翌朝、犯人が残した「十戒」には「三日間、殺人犯の正体を探ってはならない」というルールが示される。違反すれば島全体の爆弾が起動するため、登場人物たちは犯人への忖度と監視状態に追い込まれる。
ミステリなのに謎解きができないという逆説が生む心理的圧迫感が作品の核となっており、犯人を探す本能とルール違反への恐怖の狭間で、読者も登場人物と同化した焦燥感を体験することとなる。 被害者と加害者の共犯関係という倫理的な曖昧さを突く作品で、強い緊張感と新鮮な読後感をもたらす作品。 |
No.90 | 9点 | 方舟- 夕木春央 | 2025/06/20 13:57 |
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地下施設に閉じ込められた9人が、脱出のために1人を犠牲にせざるを得ないという極限状況。「誰を犠牲にするか」という選択は、現代的な「トロッコ問題」の変奏である。この「命の選別」が、社会的価値基準に依存する危険性を露呈している。
本作は、どんでん返しを超え、「読後の倫理的葛藤」こそが真の衝撃となる作品である。人物描写の簡素さや設定の非現実性は、むしろ「思考実験」としての純度を高め、人間の生存本能と倫理の矛盾を浮き彫りにしている。 |
No.89 | 10点 | 名探偵のいけにえ 人民教会殺人事件- 白井智之 | 2025/06/20 13:46 |
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本作は1978年にガイアナで起きた実在の集団自殺事件を下敷きにしている。
信徒は「奇跡を信じる」ため、現実と矛盾する証言を無自覚に行う。これが密室や毒殺の謎を強化し、物理トリックと心理トリックの融合を実現している。全体の約1/3を占める解決編では、四つの不可能犯罪に対し、助手・りり子の初期推理、大塒の「信徒視点」推理、大塒の「外部者視点」推理という三重の解答が提示される。各段階で前説が論理的に否定され、新たな伏線が回収される構成は緻密である。 本作は、従来の物理的密室を超えた「心理的密室」を創出し、ミステリの新たな可能性を示した。「歴史事件の解釈」、「多重解答の革新」、「カルト集団の心理描写」を三位一体に融合させた傑作。 |
No.88 | 7点 | 地雷グリコ- 青崎有吾 | 2025/05/13 13:54 |
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子供の頃に親しんだ遊びに独自のルールを加え、高度な心理戦と戦略的駆け引きを描いた作品。
主人公の射守矢真兎は、勝負事に異常に強い女子高生。彼女の戦略は、相手の性格や癖を見極め、ルールの隙間をつく狡猾さと、大局を見据えた冷静さを兼ね備えている。また、彼女の戦う動機が「小さな負けが大きな災いにつながることを恐れる」という生存本能に根差している点も深みを与えている。 よく例えられる「ライアーゲーム」や「カイジ」のような過剰な緊張感はなく、青春要素や軽妙な会話を交えつつ、頭脳戦が楽しめる構成になっており、独創性とエンターテインメント性に富んだ作品となっている。 |
No.87 | 6点 | 世界でいちばん透きとおった物語- 杉井光 | 2025/05/13 13:42 |
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藤阪燈真は、有名ミステリ作家の隠し子で、父の死後に遺稿である「世界でいちばん透きとおった物語」を探す旅に出る。その過程で、父の複雑な人間像や出版業界の内情が明らかになる。
遺稿の行方や不法侵入事件などの謎があるが、どちらかと言えば「本そのものの仕掛け」が主眼となっており、純粋な推理小説としては楽しめなかった。 本作は、小説の形式そのものを革新した実験的な作品であり、仕掛けの巧妙さや製本技術へのこだわりは高く評価できるが、物語の情感やキャラクター描写には改善の余地があると感じた。 |
No.86 | 8点 | 同志少女よ、敵を撃て- 逢坂冬馬 | 2025/05/13 13:31 |
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第二次大戦下の独ソ戦を舞台に、復讐と戦争の残酷さを描いた作品。
セラフィマは、ドイツ軍の襲撃で母と村人を失い、復讐のために赤軍の女性狙撃兵となる。戦場では、仲間の死や敵兵の殺害を繰り返すうちに、当初の復讐心が「誰が本当の敵なのか」という問いへと変化していく。 この作品は、現代のウクライナ侵攻を想起させる描写が多く、戦争の愚かさが歴史を超えて繰り返される現実を突きつけている。特に、女性への暴力やプロパガンダの影響など、戦争の構造的な問題が浮き彫りにされており、読者に強い問題意識を喚起している。 本作は、戦争の悲惨さを描きながらも、セラフィマの強靭な精神力と仲間との絆が光る物語である。一方で、残虐な描写が多く読み進めるのが辛くなる場面もあるが、このリアリズムこそが戦争の本質を伝え、「戦争とは何か」を深く考えさせる力を持っている。 |
No.85 | 6点 | フレームアウト- 生垣真太郎 | 2025/01/06 14:24 |
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フリーの映画編集者であるデイヴィッドは、作業スペースに紛れ込んでいた一本のフィルムを見つける。そこには女が実際に血を流して死んでいく姿が禍々しく、かつ完璧な美しさで撮られていた。フィルムに魅せられたデイヴィッドは出演女優のアンジェリカ・チェンバースを探し始めるが、その過程でもう一人、同じアンジェリカの名を持つ女性が失踪していることを知る。
実在する世界の映画人や作品に関する薀蓄や論考が飛び交う、映画好きには堪らない作品。人探しを主題にした一人称私立探偵小説のような展開の中、と思って読んでいると、とんでもない仕掛けが施されていたことが終盤で明かされ愕然とする。 |
No.84 | 7点 | 新世界より- 貴志祐介 | 2025/01/06 14:17 |
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豊かな自然に囲まれ、念動力のような「呪力」が生活を支える集落、神栖66町。主人公の渡辺早季のノスタルジックな回想は、牧歌的な少年少女時代に始まるが、やがて彼女たちは失われた先史文明の情報端末から世界の秘密を知ってしまう。それは人間が呪力を持つということの恐ろしさと、薄氷を踏むように作られた偽りの平和の姿だった。
呪力や真言といった伝奇要素、異形の進化を遂げた生物相の精緻な描写に加え、思春期の瑞々しさ、手に汗握る冒険活劇、ミステリ的な展開と、いわば全部入りの怒涛のエンターテインメント。 ジャンルを超えて評価される本作だが、通底するSF的問題意識は超能力を得た人類が作る社会の形、そして人間の業とでも言うべきものだ。 |
No.83 | 6点 | Jの神話- 乾くるみ | 2025/01/06 14:11 |
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全寮制の名門女子高を舞台に、次々と起こる怪事件。生徒間で囁かれるジャックという謎の人物の存在。
始まりはいかにも本格風だが、途中からはミステリからも逸脱した伝奇SFのごとき展開を見せる。加えて百合の香りが全編に漂う、ただならぬ雰囲気の闇。メフィスト賞の面目躍如たる衝撃作。 |
No.82 | 6点 | TOKYO BLACKOUT- 福田和代 | 2024/12/06 13:25 |
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首都圏が大停電するパニック小説だが、派手な物語とは対照的に人物の細かな描き分けが素晴らしい。
特に犯人たちの現実には、現代日本の問題が浮かび上がってくる。彼らを操る真犯人の真の動機を知った時、感動があふれだした。 |
No.81 | 7点 | カラスの親指- 道尾秀介 | 2024/12/06 13:21 |
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闇金融に人生を台無しにされた中年男が相棒を得て、さらに同じく闇金融に翻弄された若者たちを加え、やくざ相手に大芝居を打つ。逆転に次ぐ逆転で、コン・ゲームとして実にうまくできている。
ハラハラさせたり、泣かせたりと、単純に成功話にしないところが心憎い。弱者救済というか、社会から弾かれた人への温かい眼差しがある。 |
No.80 | 8点 | ゴールデンスランバー- 伊坂幸太郎 | 2024/12/06 13:16 |
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首相暗殺の濡れ衣を着せられた主人公が国家的陰謀から逃げ回る話。
いろいろな形で、この追われる男を支援する人物が現れ、捕まりそうで捕まらない。また支援者と主人公の関係にバラエティがあり、その差異が伏線にも見事に生かされている。 巧妙に時制をずらせる書き方が、緊張感を生み、経過を分かりやすく伝えている。後日談もあって、締めくくりも巧く読み終えて爽快な気分になる。 |
No.79 | 5点 | 黙秘- 深谷忠記 | 2024/10/23 11:33 |
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殺人容疑で逮捕された女は、被害者を刺した事実は認めたものの、それ以外に関しては黙秘を続ける。担当検事の森島宏之は、このままでは犯行動機が不明の状態で起訴せざるを得ないことに苦悩し、かつて恋した相手の母親である被告に公正な裁きを受けさせようとする。
罪を糾弾する側でありながら、心情としては被告に思い入れが深い森島のアンビバレントな立場が、検事もまた血も涙もある人間であることを印象付ける。 |
No.78 | 7点 | 録音された誘拐- 阿津川辰海 | 2024/10/23 11:28 |
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探偵事務所の所長が誘拐されるというのがまずユニーク。さらに依頼を受けた犯罪請負人が犯罪を美しく実行するというのもユニーク。そんな誘拐事件に、大野探偵事務所の他の二人の探偵、耳が良い探偵とカウンセリングを得意とする探偵が挑む。
という具合に、そもそもの事件の構図がユニークだし、そこからの展開もユニーク、そして真相は意外というものだが、それだけでは終わらない。終盤の終盤でこうだろうと思っていた光景が実はそうではなく、全く異なる綱渡りだったことが明かされる。二種類の衝撃を味わえる作品となっている。 |
No.77 | 7点 | 夏休みの空欄探し- 似鳥鶏 | 2024/10/23 11:20 |
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成田頼信は、会員2名のクイズ・パズル研究同好会所属の高校生。夏休みのある日、店で隣り合わせた姉妹の手元にあった暗号を見た彼は、つい解読してしまう。かくして彼は、七輝とその姉の雨音とともに、ある富豪が残したという数々の暗号に挑むことに。同級生の清春も加わって4人で過ごす夏休みは、七輝に惹かれていく頼信にとって忘れられない日々に。
姉妹との出会い、そして妹への想い、さらに自分とは別世界の住人と思っていた同級生の知らなかった一面を見て、頼信の世界は広がっていく。暗号を解読することが、頼信と七輝の関係の進展と重なり合う、そのプロセスを丁寧に描いているからこそ、全体の構図が明かされた瞬間の頼信の痛切な思いも、読む者の胸を打つ。 |