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弾十六さん
平均点: 6.10点 書評数: 446件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.12 7点 裏切りの塔- G・K・チェスタトン 2022/09/24 02:31
チェスタトンの自分史では大事件(後述)が1913年6月に終了しており、その後の作品集です。シリーズものの『ブラウン神父の知恵』(1914、雑誌連載1912-1914)と『知りすぎた男』(1922、雑誌連載1920-1922)に挟まれた、シリーズ探偵が登場しない単発作品で、本国短篇集“The Man Who Knew Too Much”(1922)に(5)を除いて収録されていましたが、現在では同題の短篇集にはホーン・フィッシャーものの短篇8作しか収録されていません。そのため(2)(3)(4)の原文は未入手です。
各短篇は(5)「魔術」を除いてレビュー済み(『奇商クラブ』及び『知りすぎた男』)ですが、南條さんの翻訳で読んで、あらためて評価しました。
初出はFictionMags Index調べで、初出順に並び替えました。カッコつき数字は、本短篇集の収録順です。
(5)「魔術──幻想的喜劇」Magic. A Fantastic Comedy(初演1913-11-7, the Little Theatre, John Street, London): 評価7点
途中から盛り上がる恐ろしい雰囲気が素晴らしい。チェスタトンの人を驚かす発想は、常識的な人物の生身の姿を借りればより効果的だと思う。そこら辺のツボを心得た演出家がいればブラウン神父ものはテレビドラマにハマるような気がするのだが。劇中にやや激しい感情の表出が見られるが、マルコーニ・スキャンダル(下で解説)によるものか。
バーナード・ショーは、この劇の百回目公演を記念して“The Music Cure”(1914-1-28)を同劇場で上演したが、作者の劇の中で最低ランクの出来、と言われているらしい。(現物に当たっていません…)
なお、リトル劇場は席数387、文字通りの小劇場。詳細はArthur Lloyd Little Theatre John Streetで。
p270 土地運動(Land Campaign)♠️両方とも大文字なので固有名詞と思われる。Land Purchase Act 1903(Ireland) かNatives Land Act 1913(South Africa)に関係あり?
p276 半クラウン銀貨(half-crowns)
p288 ヨブ記(Book of Job)♠️チェスタトンは聖書で一番素晴らしいと讃えている。
p303 マルコーニを食べたことはない(Never had any Marconis)♠️「訳注 登場人物はマカロニか何かと間違えているらしい」なぜ南條さんがこう書いているのか、がわからない。(とぼけてるだけ?)この頃、チェスタトンが一番ショックを受けたマルコーニ・スキャンダル(政権の汚職疑惑、弟のセシル・チェスタトンが暴き立てたのだが、政府によって非公式に片づけられた)。GKCは弟が完敗した(1913年6月、マルコーニ社への名誉毀損で百ポンドの罰金が課せられた)ことによって、世間に対する無邪気さを失ったのだろう。なんのかんの言っても、今までは最後には正しいものが勝つ、という子供のような信頼を持っていたはずだが、完全に裏切られた、という感じ。GKC自伝(1936)でも、英国史にはマルコーニ前とマルコーニ後という時代区分がある、とまで主張している。
(2022-9-24記載)
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(1)「高慢の樹」The Trees of Pride (英初出The Story-Teller 1918-11; 米初出Ainslee’s 1918-11 as “The Peacock Trees”): 評価8点
実に素晴らしい構成だと、あらためて感心した。ミステリ的には探偵役のポジションの置き方が良い(かなり画期的だと思う)。ところでGKCには詩人がよく登場するが、詩を詠む場面がほぼ無い。
乱歩『続・幻影城』では、なぜか地主と領民の立場を全く逆に捉えて解説している(「孔雀の樹」として紹介)。
(2022-9-24記載)
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(3)「剣の五」The Five of Swords (初出Hearst’s Magazine 1919-2): 評価6点
フランスが舞台。当時、フランスでは決闘は公式に許容されていた。上述のマルコーニ・スキャンダルを考えると、本作品にもその影が見られるようにも思われるが(考えすぎか)。
(2022-9-24記載)
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(2)「煙の庭」The Garden of Smoke (初出The Story-Teller 1919-10): 評価5点
色つきの悪夢の中を彷徨い歩いているような幻想的な作品。作者にしては珍しく女性が主人公。女流詩人が出てくるのも珍しい。
p126 オランダ人形♠️ 英Wiki “Peg wooden doll”参照。
(2022-9-25記載)
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(4)「裏切りの塔」The Tower of Treason (初出Popular Magazine 1920-2-7): 評価6点
マルコーニ・スキャンダルのせいなのかどうかはわからないが、性格がさらにひねくれまくった感じ。陰謀論めいた記述もあるが、そういう話ではない。ストレートな解釈には絶対しない、という強い意志のもとで、無理がねじれて不思議な解答に辿りつく。
(2022-9-25記載)

No.11 7点 ブラウン神父の不信- G・K・チェスタトン 2019/09/28 22:46
1926年出版。ブラウン神父ものの連載は年代順に並べると『不信』と『秘密』の収録作品が交互に出てきます。何故、単行本の編纂がこのようになったのか、ちょっと謎ですね。(Nash’s初出作品が『不信』にまとまってるので、そこら辺がヒントか。ただし⑻はCassell’s) 1925年5月&6月は2誌に新作を同時発表してます。Long Bowで中断してたお詫びかも。昔の創元文庫(1977年1月16版)で『秘密』も含め、作品発表順に読みました。本格仕立てが結構多いのが意外でした。ちょうどカトリック改宗直後なので、何か影響あるかな?と思ったら、宗教に関する態度はほとんど変わらない。これもちょっと意外。
初出はFictionMags Index調べ。カッコ付き数字は単行本収録順です。初出の順番と比べると、収録順はずいぶん変えています。いくつかの電子版を見ましたが、献辞はないようです。

⑶The Oracle of the Dog (Nash’s and Pall Mall Magazine 1923-12): 評価5点
いかにも本格探偵小説な密室殺人&安楽椅子探偵仕立て。「あずまや(summer-house)」に注目する神父、でもそのイメージはわかりにくい。手がかりが散りばめられた描写が妙に本格本格してて今までのGKCぽくない。デテクションクラブ向けかな。
(2019-8-14記載)

⑹The Dagger with Wings (Nash’s and Pall Mall Magazine 1924-2): 評価6点
前作もそうですが、冒頭から語り口がこなれてて以前のひねくれとは別人のようです。実にわかりやすい。1922年のホーン フィッシャーシリーズの後、心境の変化があったのでしょうか。(大事件としてはカトリック改宗とアイルランド独立事件ですが… ああ、今気づいたのですが、カトリック改宗とアイルランド独立(実質的には1921年12月の条約で合意)は結構、密接な繋がりあり?独立戦争中の改宗は無用な疑念を世間に持たせかねませんから…)
解決後の宗教に関する話は長すぎる無駄口です。
p210 銃口が鐘の形をした古い旧式のピストル(long antiquated pistol with a bell-shaped mouth): blunderbussのことでしょうね。
(2019-8-14記載)

⑷The Miracle of Moon Crescent (Nash’s and Pall Mall Magazine 1924-5): 評価7点
米国もの。GKCは1921年に米国講演旅行を行い、印象記What I Saw in America(1922)を発表しています。本作の不可能設定もいかにもな本格ミステリ。鮮やかな解決と人間洞察の深さが素晴らしい。
p119 二万ドルのはした金: 大金持ちのセリフ。米国消費者物価指数基準(1924/2019)で15倍、現在価値3173万円。
p124 空砲をしこんだ旧式のピストル(an old pistol loaded with a blank charge): 多分リボルバーだと思います。
(2019-8-14記載)

※間にTales of the Long Bow(1924-5〜1925-3)の連載あり、次のブラウン神父もの3作The Mirror of Death(1925-3)、The Man with Two Beards(1925-4)、The Chief Mourner of Marne(1925-5)は『秘密』に収録。

⑸The Curse of the Golden Cross (Nash’s and Pall Mall Magazine 1925-5): 評価5点
チェスタトンの本格ブームはどうやら去り、いつものGKC風味。でも寓話としても中途半端に感じます。
p169 からすみたいな(like a raven or a crow): 後段で不吉云々とあるので多分ravenだろうな、と思ったらこういう表現でした。ポオに敬意を表して「大鴉みたいな」でも良いかも。
p172 ≪こっけい版ハムレット≫(a burlesque of Hamlet): 上手な訳だと思いますが、古めかしい感じ。
p173 のろい(curse): ツタンカーメンの呪いが新聞ダネになったのはカーナヴォン卿の死(1923年3月)がきっかけ。この後、この作品の発表前までに関係者が5人ほど死んでいます。
(2019-8-20記載)

⑺The Doom of the Darnaways (Nash’s and Pall Mall Magazine 1925-6): 評価5点
本格仕立て。GKCらしい絵画的作品。締めくくりのネタはルール成立(1928)前ですが、当時から共通認識があったのでしょうね。
p236 シャロット夫人(the Lady of Shallot): テニスンの同名の詩(1833&1842)の主人公。
(2019-8-29記載)

※次作The Song of the Flying Fish(1925-6)は『秘密』に収録

⑵The Arrow of Heaven (Nash’s and Pall Mall Magazine 1925-7): 評価5点
米国もの。不可能犯罪の設定の本格もの。ただしGKCの狙いはそこにはありません。
p36 アメリカの百万長者の死体が発見されたという書き出し: 『トレント最後の事件』もそうですね。
p37 初めて… おりて(first stepped off): 初めて米国に来たわけじゃありません。神父は1890年代のシカゴで暮らしたことがあるのです。(『知恵』の「器械のあやまち」参照。)
p38 神父は前に一度もアメリカを見たことはなく(he had never seen America before): 上記の設定は無かったことになってるのですね。
(2019-9-11記載)

※次の2作The Worst Crime in the World(1925-10)、The Actor and the Alibi(1926-3)は『秘密』に収録。

⑻The Ghost of Gideon Wise (Cassell’s Magazine 1926-4 挿絵Stanley Lloyd): 評価6点
アリバイがネタ。(冒頭で作者が宣言してます。) ストライキを巡る資本家と革命家の話。炭鉱を支配する資本家は全て米国人。当時の英国はそーゆー感じだったのか。(物語の舞台が米国のような記載あり。炭鉱が出てくるので英国の話かな、と思ったのですが… 英国では雑誌発表数ヶ月後の1926-5に大規模なゼネストが起きてます。) 本格ものというよりはファンタジー系。語り口が上手で結構鮮やかにまとまります。
p271 神話にでてくるあのアイルランドの鳥(mythological Irish bird): 文脈から同時に二ヶ所に現れる鳥らしいので、神話関係を調べたのですがよく分からず、Irish bird simultaneouslyでググったらアイルランド人の政治家Sir Boyle Roche(1736-1807)が議会欠席を咎められた時の愉快な発言が引っかかりました。"Mr. Speaker, it is impossible I could have been in two places at once, unless I were a bird." ビアス『悪魔の辞典』(1911)にも引用されてる有名な言葉らしい。(こーゆー翻訳者が気づかなかったのを見つけるととても嬉しい。でもこーゆー深掘りはアマチュアの特権だと思うし、当時はWeb無かったからね。) 「アイルランドにいるらしいあの鳥」あたりが正訳か。(訳注無しだと分からんですね。)
p274 詩人のホーン(poet fellow Home): フィッシャー・ホーンの親戚筋?と思ったら綴りはHome。苗字の場合、ホームじゃなくヒュームと発音するのが正解?Douglas-Homeだけ?
p275 アメリカ合衆国憲法に違反して、強度のアルコール飲料が… : ここら辺の記述からすると舞台は米国なのか。でもブラウン神父が当然のように登場してるし…
p276 アブサンの不気味な緑色(the dead sick green of absinthe): アブサンは未体験ですが、似たようなリキュールのペルノーは飲んだことがあります。不気味な黄色で妙な味つけ。フランス人はそーゆー酒が好きらしい。
(2019-9-28記載)

⑴The Resurrection of Father Brown (単行本初出1926): 評価7点
おまけピースと思ったらどっこい力作。お調子者の作者の自戒でもあるような感じ。
p8 数多い任地のうちで… もっとも遠隔の土地… 南アメリカ北岸…(the most remote, of his many places of residence... the northern coast of South America): 私が米国を「アメリカ」と表記しないのは、南アメリカも立派な「アメリカ」で、南米人のセリフ「私はアメリカ人だ。」という映画字幕を見て、あーそーだよね、と思ったからなのです。ブラウン神父って、意外と海外経験があるのですね。舞台はBritish Guiana(現在のガイアナ)か。
p9 メレディスなら冒険好きの鼻と呼ぶ(Meredith called an adventurous nose): He[George Meredith] called Mr. Joseph Chamberlain's nose “adventurous” at a time when Mr. Joseph Chamberlain's nose had the ineffable majesty of the Queen of Spain's leg. [Arnold Bennett, “Books and Persons”(1917)から] ただならぬ威厳の鼻…「スペイン女王のお御足」とはスカートに隠れて決して見ることはならず又想像すら許されないものの意味らしい。鼻のイメージはSir Max Beerbohm作のイラストS. Sebastian of Highbury (Joseph Chamberlain)参照。
p10 愛称ソール…ポルと自称… : 訳注では「聖パウロ(英語読みポール)は初めサロー」とカタカナ表記がむちゃくちゃ。ユダヤ人迫害の急先鋒Saulが突然イエスの声で回心し、使徒Paul(聖パウロ)となった故事より。
p15 シャーロック・ホームズ… ワトソン先生書くところの<最後の事件>: ホームズの第三短篇集を意識した表現。
(2019-9-28記載)

BBC2013のFather Brownを1話(神の鉄槌)だけ見ました。1950年代の英国風景が興味深いのですが話にチェスタトン風味がありません… フランボウ出てくるのかな?(「ヴァレンタイン」警部が地元の警部で多分レギュラーとして出てきました。その設定で『秘密の庭』やる気なら面白い…)
(2019-8-14記載)
第1シーズン第10話「青い十字架」を見ましたがフランボウが全然魅力的じゃない… 残念。話の脚色も変てこ。GKC風味は全くありません。
(2019-9-28記載)

No.10 6点 ブラウン神父の秘密- G・K・チェスタトン 2019/08/17 13:01
1927年出版。ブラウン神父ものの連載は年代順に並べると『不信』と『秘密』の収録作品が交互に出てきます。何故、単行本の編纂がこのようになったのか、ちょっと謎ですね。(Cassell’s初出作品は『秘密』にまとまってるのですが、『不信』出版時の最新作Gideon WiseはCassell’s初出にもかかわらず『不信』に収録。) 1925年5月&6月は2誌に新作を同時発表してます。昔の創元文庫(1972年11月9版)で、作品発表順に読みました。本格探偵小説に寄せた感じの作品集。
初出はFictionMags Index調べ。●付き数字は単行本収録順です。収録時に順序をずいぶん変えてます。
献辞は
To father John O’Connor, of St. Cuthbert’s Bradford, whose truth is stranger than fiction, with a gratitude greater than the world
こんな大事なのを省略するのはどーなんでしょう。(後の新訳版では訳されてるかな?)

❷The Mirror of Death (Cassell’s Magazine of Fiction 1925-3 挿絵Stanley Lloyd): 評価6点
この時期のチェスタトンは本格物大好き。冒頭から楽しい探偵小説談義です。(シャーロックとレストレードも登場。) 手掛かりの出し方の描写もいかにもフェアプレイ風。いきなり裁判になっちゃう展開は疑問ですが… (いくらなんでもそこまで口下手?) まー「理由(p53)」を書きたかったのでしょうけど。挿絵がどんなだったか見たい作品ですね。
銃は大型の拳銃(a rather heavy revolver)、自動拳銃(automatic pistol)が登場。音を聴いただけでリボルバーだと判るとは… (一応、合理的な説明を試みると、当時38口径以上のオートマチック45口径コルトM1911は英国では珍しかったのでは?なので45口径クラスの音と判断しリボルバーと言った… 多分、英国Webley拳銃455口径だと思います。)
p30 聖ドミニコ教会の神父(the priest at St. Dominic’s Church): ブラウン神父全集で全文掲載したら該当なし。ここだけの設定でした。
(2019-8-17記載)

❸The Man with Two Beards (Cassell’s Magazine of Fiction 1925-4 挿絵Stanley Lloyd): 評価5点
学問の細分化への難癖はチェスタトンの好きなテーマ。さすがにこれは特殊なケース過ぎて分類に入らないのは仕方ない。本格として考えると手がかりが少なすぎかな。
p58 怪盗バッタのジャック(Spring-heeled Jack): Jumping Jackが正式名称だと思ってました… この訳語はなんか楽しい。
p58 やせた色黒のご婦人(a thin, dark lady): 上の隣にあったので目に入っちゃいました。「やせた黒髪のご婦人」ですね… 続く「やはりやせぎすで浅黒く(also thin and dark)」「やはり身なりのよい浅黒い青年(also dark and exquisitely dressed)」のdarkも同じです。(この表現の間にdark curly hairとあるのに… 保男さんは結構「浅黒い」好きです。)
p63 なにしろ≪サンダーボルト≫級の車でしてね。(You see if she isn’t better than a ‘Thunderbolt.’): サンダーボルトは調べつかず。チェスタトンがでっち上げた架空名か。
(2019-8-18記載)

❾The Chief Mourner of Marne (Harper’s Magazine 1925-5 挿絵Frederic Dorr Steele): 評価5点
この作品は本格ものというより普段のチェスタトンです。技巧的なやり口と神父の巻き込まれ方が趣味に合いません。挿絵は見てみたい。
p235 光ってから音がするまで1分半ほど(About a minute and half between the flash and the bang): 音速を340m/sと仮定して30キロ遠方の雷。
(2019-8-19記載)

※次の2作The Curse of the Golden Cross(1925-5)、The Doom of the Darnaways(1925-6)は『不信』に収録。

❹The Song of the Flying Fish (Harper’s Magazine 1925-6 挿絵Frederic Dorr Steele): 評価6点
本格もの仕立て。手がかりはちょっと後出し?最終行の洞察が何故か子供の頃からずっと心に残ってます。得意げに東洋の神秘を語る人に対して神父が「盗みは盗み」と喝破するのも良いですね。
p96 ピストル(a pistol): 原文リボルバー?と思ったら違いました。
(2019-9-1記載)

※次作The Arrow of Heaven(1925-7)は『不信』に収録。

❼The Worst Crime in the World (Harper’s Magazine 1925-10): 評価6点
神父の妹(a sister, 原文で上下不明。妹の根拠あり?)の娘Elizabeth Fane(愛称Betty)登場。神父の親戚初登場です。残念ながら他の作品には登場しません。(全文検索って本当に便利ですね。) ゴシック風味。『ユドルフォの秘密』が登場してちょっとビックリ。本格ものの基準だと手がかりの記述がアンフェア。現代美術ネタと笑いの意味が主眼。
(2019-9-18記載)

❺The Actor and the Alibi (Cassell’s Magazine 1926-3): 評価4点
本格もの、と見せかけて全然違ったのでガッカリ。なんか変てこ。(目的がめちゃくちゃです。) シェリダン『醜聞学校』(『悪口学校』が一般的。The School for Scandal by R.B. Sheridan. 初演はLondon, Drury Lane Theatre 1777-5-8)が作中で上演され、重要な手がかりになります。(先日観た映画『ある公爵夫人の生涯』(2008)にちょっと出てました。) 推理に必要な事柄を「その他の些細な問題」と片付けてるので、本格ものを書く気はなかったようです。GKCは何故かラストで怒りを爆発させます。「知識人なる手合いがどういうことをしたがるものか… 権力への意志、生きる権利、経験する権利(Will to Power and the Right to Live and the Right to Experience)… たわけたナンセンスどころか、世を滅ぼすナンセンスだ」最初のは明白にニーチェだけど、後のRight二つもそうなのか。調べてません。
p118 巻き毛の、浅黒い、鼻がユダヤ式の(a dark, curly-haired youth of somewhat Semitic profile):「いくぶんセム系の横顔」で「鼻がユダヤ式」とする分かりやすい翻訳。ポリコレの現在では使えない表現か?(なおここでもdark「黒っぽい髪の色」を誤訳。)
p119 角を曲がった教会: ブラウン神父の教会。地名は書かれてません。(ロンドンっぽい感じ)
p123 不平は世界の果てにこだましてわが身に戻ってくるばかり、沈黙はしっかりさせてくれる(Complaint always comes back in an echo from the ends of the world; but silence strengthens us): まー そーゆー考え方もありますね。でも、こう愚痴るのは普通の愚痴より悪い、とGKCは言う。理由は本篇参照。
(2019-9-22記載)

※次作The Ghost of Gideon Wise(1926-4)は『不信』に収録。

❻The Vanishing of Vaudrey (The Story-teller 1927-1): 評価5点
謎の失踪事件。本格ものというには手がかりが足りず。でも昔読んだ記憶が残ってたほど、印象深い物語。
p147 緑色のレモン水(green lemonade): Leprechaun lemonadeというものか。
(2019-10-4記載)

❽The Red Moon of Meru (Harper’s Magazine 1927-3): 評価5点
手がかりは撒いているものの無理がある感じ。しっくり来ません。
p205 慈善市(bazaar): 回転木馬(roundabouts)、ブランコ(swings)、余興(side-shows, 「怪力男」とかの見世物っぽいイメージか)があるというのだからかなり大掛かりな感じ。
p206 欧州大戦(Great War): 作中時間はWWI以前。
p211 ≪ヤシの実落とし≫(throw at coco-nuts): Coconut shyのこと。
(2019-10-6記載)

❶The Secret of Father Brown (単行本1927): 評価5点
ブラウン神父の方法は所謂「科学」ではない、と主張するGKC。科学否定は神秘主義に陥りやすい。でも科学の冷たさを至高のものと崇めるのも大間違い。アダム・スミスが「見えざる神の手」と「共感」の両方を尊んだ、ということを忘れがち。
p11 本名に返ってデュロックと(resumed his real family name of Duroc): Hercule Durocということですね。
p13 デュパン… ルコック… ホームズ… ニコラス・カーター(Dupin, Lecocq, Sherlock Holmes, Nicholas Carter): 最後でガクッとなりますが、当時の米国代表。(今、選ぶとしたら誰だろう。EQか?)
p14 ギャラップ殺人事件... (Gallup's murder, and Stein's murder, and then old man Merton's murder, and now Judge Gwynne's murder): GallupとSteinは『ギデオン・ワイズ』(1926-4)、Mertonは『天の矢』(1925-7)、Gwynneは『大法律家の鏡』(1925-3) 全文検索って、本当に便利です。最後にもう一つ挙げられているのですが書きません。
p17 レオ13世、若いころのわたしの英雄(Pope Leo XIII, who was always rather a hero of mine): ブラウン神父にここまで言わせる人物って気になりますよね。(まだ調べてません…)
(2019-10-6記載)

➓The Secret of Flambeau (単行本1927): 評価5点
上記のReprise。ブラウン神父の方法をネタバレも交えて語るところが面白い。ところで「彼」が探偵やってた時は問題無かったの?(そーゆー設定じゃ無かったような気が…)
(2019-10-6記載)

No.9 10点 詩人と狂人たち- G・K・チェスタトン 2019/08/14 23:22
単行本1929年。雑誌連載は断続的。創元文庫の新訳(2016)で読みました。
昔からずっと好きで、ブラウン神父ものより評価してた記憶があります。再読はとても楽しかった。(新訳非常に読みやすいです。) ただし1929年の2作はいささか理に落ちてる感じが不満。でも⑴⑹⑻が本当に素晴らしいので殿堂入り10点です。
雑誌発表順にGKCを読む試みで『知りすぎた男』と交互に発表されていることから、記録は飛び飛びになっていますが、発表順に読むと違った面が見えました。
以下、初出はFictionMags Indexで調べ。カッコ付き数字は単行本の収録順です。(結構、順番を変えていますね。) 献辞は無いようです。

⑴The Fantastic Friends (Harper’s Bazar 1920-11, 挿絵の有無不明) 評価8点
最悪の状況で実際家(practical men)は役に立たない!と叫ぶゲイル。逆立ちをしてこの世の秘密を伝えるゲイル。狂気成分満載でロマンチックなチェスタトンの復活宣言です。原題のFantasticは翻訳では伝えるのが難しいですね… (この作品を読んでいる途中、どうしても最近の狂気による大量殺人事件を思い出してしまいました。無意味な大量死はGKCや西洋人が体験したWWIと同様のものでしょう。実際家が解決出来ないことを解きほぐす可能性を感じられる作品になっていると思います。)
(2019-8-10記載)

⑸The Finger of Stone (Harper’s Bazar 1920-12) 評価6点
犯行現場を含む土地全体が一種の密室という壮大な設定。科学界と宗教界の間には、当時、化石化の年数に対する論争があったのでしょうね。(調査してません。) 科学性皆無な話なのですが、発見以上に素晴らしいもの、というテーマが心を打ちます。
(2019-8-10記載)

⑵The Yellow Bird (Harper’s Bazar Feb 1921-2) 評価5点。
全ての旅の終着駅としての家。(『マンアライヴ』を思わせます。) 自由の意味。小品です。探偵小説への言及あり。
(2019-8-10記載)

※⑵と⑶の間はホーン フィッシャーもの3作を発表。

⑶The Shadow of the Shark (Nash’s and Pall Mall Magazine 1921-12): 評価5点
魅力的な不可能犯罪の設定(JDCの大好物)なのですが、解決はなーんだ、となります。GKCの興味は現代人の冷たい心情なのでしょう。ゲイルの不安定な心は作者の投影か。
ところで冒頭の「今は亡きシャーロック ホームズ氏(the late Mr. Sherlock Holmes)」というのはHis Last Bow(ストランド誌1917年9月号)の後、しばらく新作が発表されてなかったからでしょうね。(『マザリンの宝石』が1921年10月号に発表されてますが、どう見ても過去話で三人称という変則作ですからね…) もしかしてNash’sの挿絵はSteeleだったのかも。
(2019-8-12記載; 2019-8-14追記)

⑹The House of the Peacock (Harper’s Bazar 1922-1): 評価9点
全てが噛み合った素晴らしい構成。作者の目は被害者にも加害者にも同様に注がれています。ある種の鎮魂歌になるような作品だと思います。(今日の嫌なことが一気に吹っ飛びました。) でも孔雀って不吉だったんですね… 英初出はNash's and Pall Mall Magazine 1922-7と思われますが挿絵Frederic Dorr Steeleなんですよ。Webで見つけてビックリ。
(2019-8-12記載; 2019-8-14追記)

※間にフィッシャーもの2作、ブラウン神父もの3作。

⑻The Asylum of Adventure (MacLean’s 1924-11-1): 評価8点
いい話だな〜。心が洗われます。最高の締めくくり。初出はカナダの雑誌。英米誌には掲載記録がないみたい。何故だろう。
(2019-8-14記載)

※この間にブラウン神父もの、連作『法螺吹き友の会』、長篇The Return of Don Quixote。

⑺The Purple Jewel (The Story-teller 1929-3): 評価5点
作者的には5年前に一度幕を降ろしてるので、熱気が薄い感じです。でも穏やかな幸福感が良いですね。(単行本にするは枚数が足りないと言われたのかなぁ。)
p224 アプサント(absinthe): 飲みたいと言ったらレストランの主人にやめておけ、と言われました。味が酷いらしいです。ここでも「酔い心地がまことに異常」と言われてます…
p252 二千五百ポンド: 英国消費者物価指数基準(1929/2019)で63倍、現在価値2024万円。
(2019-8-14記載)

⑷The Crime of Gabriel Gale (The Story-teller 1929-9): 評価4点
その気持ちわかる、と言いたくなりますが… 解決後の長い説明がブラウン神父みたい。作者も咀嚼不十分なのでしょう。蛇足のエピソードがとても不気味です。(『アークトゥールスへの旅』のアレを連想しました…) ところで「詩人」ゲイルが詩を吟ずるのはこれが最初で最後ですね。
p120 雨男と言われている: that cloudless day having so rapidly overclouded, with the coming of the one man whose name was already associated with itがそのあたりの原文。「雨男」と言う概念は無い?
p132 小さな水滴が/小さな砂粒が/魂をよろめかせ/星々をも立っていられなくなる(Little drops of water,/Little grains of sand,/Make the soul to stagger/Till the stars can hardly stand.): "Little Things" is a 19th-century poem by Julia Abigail Fletcher Carney, written in Boston, Massachusetts. 原詩はLittle drops of water,/Little grains of sand,/Make the mighty ocean/And the pleasant land. ここではチェスタトン流に3-4行を変更。
(2019-8-14記載)

読み終わりましたので、短い概論。
「狂気」という言葉を軽々しく扱うのは甚だ危険なのですが、理性の枠からどうしてもはみ出してしまう人間性、とでも言いかえたら良いでしょうか。理性と人間性のバランスがミステリの本質なのだ、と(たまには)大げさに宣言しておきます。

No.8 6点 知りすぎた男- G・K・チェスタトン 2019/08/14 02:40
1922年出版。無邪気な男が地獄(WWI)を見て、知りすぎてしまった… と嘆いてる、ということか。でも神ならぬ人の身で「私は知りすぎてる」なんて傲慢以外の何ものでもありません。作者GKCの心の退廃を感じるのは深読みしすぎか。主人公は冷たく静かな感じのホーン フィッシャー。
連載の途中で作者は『詩人と狂人たち』の連載をスタート(1920-11から)させてます。そちらと本書の各作品を雑誌発表順に読んで行くので感想は交互に書くことになります。
この論創社の本に創元文庫の旧版『奇商クラブ』収録の2篇(初出1920&1918)を含む全12作が原本The Man Who Knew Too Muchの構成。1918-1922のチェスタトンの探偵小説集成(ゲイル除く)というわけです。1922年カトリック改宗時(訳者あとがきによると本書出版の少し前)の作品集でもあります。
以下、タイトル表記はFictionMags Indexによる初出時のもの。カッコつき数字は単行本収録順。原文はGutenberg等で簡単に入手出来ます。初出誌Harper’sの挿絵画家は「不信」シリーズでMcClure誌の挿絵を描いてたWilliam Hatherell。Webで作風を見るとかなり繊細な描線、でも柔らかなタッチです。

(1)The Man Who Knew Too Much, I.—The Face in the Target(Harper’s Magazine 1920-4, 巻頭話, 挿絵W. Hatherell): 評価6点
大戦前の無邪気さは影を潜め、諦めの境地。絶望感すら感じさせます。ゴタついた感じの語り口。やはり映像の人ですね。この作品にも強烈な絵画的イメージが登場します。

(2)The Man Who Knew Too Much, II.—The Vanishing Prince (Harper’s Magazine 1920-8, 挿絵W. Hatherell) : 評価6点
地元民とロンドンっ子の対比が面白い。こちらも終末的な話。

(3)The Man Who Knew Too Much, III.—The Soul of the Schoolboy (Harper’s Magazine 1920-9, 挿絵W. Hatherell): 評価6点
手の込んだ語り口。犯罪心理を語らせたらGKCの右に出るものはいません。
(以上2019-8-10記載)

⑶と⑷の間に『詩人と狂人たち』シリーズを三作発表。

⑷The Man Who Knew Too Much, IV.—The Bottomless Well (Harper’s Magazine 1921-3, 挿絵W. Hatherell): 評価5点
「若者をなお悪い方向へ」向かわせてしまう反論の仕方、というのは思い当たるなあ。お馴染み「浅黒い(dark)p81」「色黒の男(dark man)p87」は、多分髪の色のこと。話としては面白いけどGKCの偏見丸出しの世界情勢分析がどうもね… この作品には、新しい世代への希望めいたものが見られるような気がします。(絶望感を通り越したのかな)
(2019-8-10記載, 2019-8-11追記)

⑹The Man Who Knew Too Much, V.―The Fad of the Fisherman (Harper’s Magazine 1921-6, 挿絵W. Hatherell): 評価6点
大物たちの人物描写が興味深い。モデルがいそうな感じ。ストーリーはやや複雑ですが、巧みな語り口です。知りすぎた男にふさわしい内容。
(2019-8-11記載)

⑸The Hole in the Wall (Cassell’s Magazine of Fiction 1921-9; 米初出Harper’s Magazine 1921-10, 挿絵W. Hatherell, タイトルThe Man Who Knew Too Much, VI.―The Hole in the Wall): 評価4点
この作品だけ英Cassell’s誌が一月早く掲載。冒頭からダジャレが多い作品。懐疑論についての発言は禿同。(禿げと言えばフィッシャーは生え際がかなり後退してるようです。年齢はマーチの15歳ほど歳上) でも犯行方法がよくわかりません。(確実性をGKCの寓話でいうのはアホくさいのですが…)
ところで翻訳は⑸⑹だけ雑誌発表順と逆になってるのですが、Dover版(2003)やMysterious Press版(2015)などは雑誌発表順で収録されています。翻訳の底本The Collected Works of G.K. Cherton Vol. 8 (Ignatius Press 1999) をみると英初版Cassell版による、となってました。
(2019-8-12記載; 2019-8-14訂正)

⑸と⑺の間にガブリエル ゲイルもの2篇を発表。

⑺The Man Who Knew Too Much, VII.―The Temple of Silence (Harper’s Magazine 1922-5, 挿絵W. Hatherell) 英初版The Fool of the Family: 評価6点
ホーン フィッシャーの兄登場。ホーンの主張する「伝統ある小地主の復権」はGKCの長年のテーマですね。選挙戦と不都合な真実。いかにもな話ですが気に入りました。ラストの思いがこの短篇集の総括なのでしょう。「有力候補(win the seat)p199」は普通に「当選する」で良いのでは?
タイトルはDover版等、現行出版されてる大抵の版では雑誌掲載時のThe Temple of Silenceが採用されてますが上述の底本を見ると英初版Cassell版はThe Fool of the Family。(ということはこちらの題がGKCの意向か。)
(2019-8-14記載)

⑻The Man Who Knew Too Much. The Vengeance of the Statue (Harper’s Magazine 1922-6, 挿絵W. Hatherell): 評価5点
戦間期の不安が表現されてる作品。最終話にふさわしい作品。1922年の戦闘行為なんて現実にあったのかな?(調べてません。)
(2019-8-14記載)

フィッシャーもの以外の2篇が収録されてるのに今更気づきました。いずれも1919年発表。これを先に読むべきでした… (両方とも一作きりの探偵。色々模索中だったということでしょうか。)

①The Garden of Smoke (The Story-Teller 1919-10, 巻頭話) 評価5点
雑誌の表紙絵には薔薇と帽子の髭男。Hearst’s 1920-1掲載時の挿絵(Walter Everett作)がWebにありました。いつものもってまわった展開ですが、ネタは単純です。古い船乗りの歌「スペインの女たち」は"Spanish Ladies" (Roud 687) is a traditional British naval song.(wiki)
(2019-8-11記載)

②The Five of Swords (Hearst’s Magazine 1919-2, 巻頭話, 多分挿絵あり) 評価5点
語り口が巧みで複雑なプロット。あちこちに連れ回される感覚が良い。決闘って当時フランスでは合法だったのか。ところでGKCの反ユダヤは1919年ごろから悪化してるような感じ。(このタイトル、JDCの長篇の元ネタ?)
(2019-8-11記載)

全て読み終わったので全体的な感想を。
無邪気な世界を信じてた作者はWWIの悲劇(弟も戦死しています。)を経て、知識が解決の基礎だと感じたのか。でも知識(=真実)で世界を変えられると信じるほど未熟ではなかったGKCはこーゆー主人公を設定したのではないか。
途中でガブリエル ゲイルが登場するのは、実は世界はまともではなく、元々狂っているのだ、という確信を得たからではないか。狂った世界なら実際家たちには解決できない。寄り添えるのは狂人だけである。そこで救いは宗教になる。
単純な図式ですが、今のところ、こんな風にGKCを捉えています。
『詩人と狂人たち』の次は『ブラウン神父の不信』です。こちらもとても楽しみです。

No.7 5点 ブラウン神父の知恵- G・K・チェスタトン 2019/02/09 11:50
単行本1914年出版。創元文庫(福田+中村名義、初版1960年、20版1978年)で読了。
奇想がいっぱい詰まった『マンアライヴ』(1912)の次がこの連載。多分ポスト誌を当て込んだものだと思うのですが、実際には米McClure’s Magazine(最初の6作)と英Pall Moll Magazine(「お伽話」を除く11作)に掲載されました。Premier誌1914年11月の探偵小説クイズ『ドニントン事件』を最後に『犬のお告げ』Nash’s誌1923年12月号までブラウン神父とはお別れです。
雑誌発表順(米国と英国では順番が違う)に読んでみましたが、出がらしチェスタトンという感じ。ネタに苦しんでる作者の姿が浮かびます。
GKCの主要テーマは「物事は見かけ通りではない」と「狂気は真実に至る道」だと思いますが、この連載には狂気成分が不足している感じ。それで私には物足りないのですね。
以下の括弧付き数字は単行本収録順。○付き数字は英国登場順、●付き数字は米国登場順。
掲載雑誌はThe Annotated Innocence of Father Brown(ed. Martin Gardner 1988)とFictionMags Indexで確認しました。金額換算は消費者物価指数基準1913/2019で114.56倍です。

⑴The Absence of Mr. Glass (初出❶McClure’s1912-11 挿絵William Hatherell, 英初出①Pall Moll1913-3 挿絵W. Hatherell): 評価3点
なぜ神父が犯罪研究家のもとを訪れるのかが全く不明、変な話です。とある有名兄弟への言及があり、作中年代は1860年以降だと思われます。ラストは保男さん捨て身の翻訳で幕。(どう処理してるか他も見てみたくなります…)
p8 スカーバラ(Scarborough): ブラウン神父の教会は「町の北はずれに家のまばらな通りがあり… その通りの向こう側に立っている」とのこと。
p13 色の浅黒い小柄な男で、とても快活 (He is a bright, brownish little fellow): brownishは髪の色では?同じ人物を形容するp15「小柄で肌の浅黒い」(Small, swarthy)に引きずられたか。

(11)The Strange Crime of John Boulnois (❷McClure’s1913-2 挿絵William Hatherell, 英初出④Pall Moll1913-7 挿絵Edmund J. Sullivan): 評価4点
三角関係だから、もっとスリリングに出来ると思うのですが…
p297『血まみれの拇指』(The Bloody Thumb): bloodyはワンピースのサンジが使う「くそ」のイメージですね… 英国人が使うちょっと下品で感情のこもった強調表現。『赤い拇指紋』(1907)が脳裏をかすめました。
なおEdmund Sullivan Father Brown Morganで検索するとPall Mollの挿絵の原画が見られます。随分太っちょの神父です… メガネ無しのようですね。またWilliam Hatherell Wisdom Father Brownで検索するとMcClure’sの挿絵が見られます。こちらは普通の小男、メガネはかけていません。挿絵を見て思ったのですが、ヒゲ率が高いです。大人は半数以上がヒゲありな感じですね。

⑵The Paradise of Thieves (❸McClure’s1913-3 挿絵William Hatherell, 英初出⑤Pall Moll1913-8 挿絵Edmund J. Sullivan): 評価4点
GKCのトスカーナ地方の描写が面白いだけの話。
以下、銃関係の原文。
p41 弾丸をこめたピストル(loaded revolvers): リボルバーと訳して欲しいです…(こればっかり)
p45 騎兵銃(carbines): 馬上で取り扱いやすいように銃身を短くしたライフル銃。
p53 短銃の打ち金をあげたり(as they cocked their pistols): cockは「撃鉄を起こす」こと。「打ち金をあげる」だとフリントロック式かな?と誤解されてしまうかも(銃マニアだけ) ただし年代的にフリントロック式もあり得ないわけではないか。
(以上2018-1-12記載)

⑷The Man in the Passage (❹McClure’s1913-4 挿絵William Hatherell, 英初出⑥Pall Moll1913-9 挿絵Edmund J. Sullivan): 評価4点
犯行現場の図面がないとわかりにくい感じ。王室顧問弁護士パトリック バトラー(Mr Patrick Butler, K.C.)登場。JDC/CDの元ネタ?珍しい名前ではありませんが…
(2019-1-13記載)

⑺The Wisdom of Father Brown: The Purple Wig (②Pall Moll1913-5 挿絵Edmund J. Sullivan, 米初出❺McClure1913-7 挿絵不明): 評価5点
ジャーナリズムのことが生き生きと(皮肉たっぷりに)描かれています。でも誰も気づかないのは変だと思います。
p167 ≪改新日報≫(the Daily Reformer): もちろん架空の名称。
p174 公共の出版物に記載するに適さない話… ≪真紅の尼僧≫の話とか、≪ぶちの犬≫の事件とか、採石場で起こったことだのとか(not fit for public print—, such as the story of the Scarlet Nuns, the abominable story of the Spotted Dog, or the thing that was done in the quarry.): 多分、尼僧はエロ話、犬は残酷な話。採石場は何を想定してるのかな?(Spotted Dogはlungwortという植物のことかも)
p179 エリシャ(Elisha):『列王記下』2:23の「禿げ頭」から
p182 心霊実在論者(Spiritualist): コナンドイルで有名ですね。
p189 記者のテクニカルな暴行は別として(except for my technical assault): 格闘技ではよく使う表現(〜ノックアウトなど)ですが…「法規を厳密に適用すれば」という意味ですね。
(2019-1-13記載)

⑹The Wisdom of Father Brown: The Head of Caesar (③Pall Moll1913-6 挿絵Edmund J. Sullivan, 米初出❻McClure1913-8 挿絵William Hatherell): 評価5点
フランボウが登場すると何かホッとします。冒頭からの流れが素晴らしい。でもこの真相は(よほど認知能力が低くなければ)あり得ないよ!と思ってしまいます。
p141 前にはエセックスのコブホールで司祭をしていたが、今はロンドンがその任地となっている(formerly priest of Cobhole in Essex, and now working in London.): ⑴ではスカボローでした。
p145 とても根性の曲がった男があったとさ、そいつの歩いた道も曲がっていたそうな(There was a crooked man and he went a crooked mile....): 「根性の」は付け加えすぎ。
p157 2シリング(two shillings): 現在価値1610円。
(2019-1-13記載)

⑸The Wisdom of Father Brown: The Mistake of the Machine (⑦Pall Moll1913-10 挿絵Edmund J. Sullivan): 評価4点
神父の発言が当たり前だと思うのは、以前これを読んで血肉になっているからか。昔「コンピュータは絶対に間違えません」というセリフがありました…
p114 新しい精神測定法というやつはたいした評判になっていますよ、とくにアメリカで(new psychometric method they talk about so much, especially in America): 米国の発明かと思ったら1902年British heart surgeon Dr James Mackenzie (1853-1925)が脈動を記録する器械を開発したのが最初らしい。本格的なポリグラフは1921年John Augustus Larson(バークレーの医学生で同地の警察官でもあった)の発明だと言う。(Wiki)
p116 もう20年も前… 当時ブラウン神父はシカゴの某刑務所つきの神父として働いていた(nearly twenty years before, when he was chaplain to his co-religionists in a prison in Chicago): 神父は1890年代後半、米国で暮らしていたのですね。
p116 奥の手のトッド氏(Last-Trick Todd): 米国風のニックネームか。last trickの意味が良く掴めていません…
p127 あの心理測定器をためしてみる: ここでは1890年代に既に存在し、器械がすぐに手に入ることになっています…
(2019-1-16記載)

⑻The Wisdom of Father Brown: The Perishing of the Pendragons (⑧Pall Moll1914-6 挿絵E. J. Sullivan): 評価6点
神父の強引な行動が良し。フランボウが頼もしい。語り口もスムーズ。
(2019-1-24記載)

⑽The Salad of Colonel Cray (⑨Pall Moll1914-7 挿絵情報欠) 評価4点
ブラウン神父大活躍なんですが、つまらない話。猿神最大の刑罰は気に入りました。
銃は「拳銃」revolver、リボルバーと訳して欲しいなぁ(←こればっかり)
p260 音楽には熱心で、音楽のためとあれば教会に行く(was enthusiastic for music, and would go even to church to get it.): 確かに教会音楽にはそういう効果もありますね。
(2019-1-26記載)

⑶The Wisdom of Father Brown: The Duel of Doctor Hirsch (⑩Pall Moll1914-8 挿絵Edmund J. Sullivan): 評価4点
反ドレフュスのチェスタトンが、真実(裏切りじゃなかった)を知った後で、グズグズ言い訳しています。
p82 ヘンリー ジェイムズの書いた妙な心理小説… (a queer psychological story by Henry James, of two persons who so perpetually missed meeting each other by accident that they began to feel quite frightened of each other.): 何という作品かわかりません。ファンならすぐにわかるのでは?
(2019-1-27記載)

⑼The Wisdom of Father Brown: The God of the Gongs ((11)Pall Moll1914-9 挿絵Edmund J. Sullivan): 評価3点
無茶苦茶な話。作者の黒人に対する偏見が凄い。洒落た身なりの黒人を見たフランボウが「あれじゃリンチもしょーがない(I'm not surprised that they lynch them)」と言い放ちます。神父が読み上げる本は実在?(God of GongsでWeb検索しましたが見つからず。出鱈目か)
p225 昔つとめたことのあるコボウルの教区(his old parish at Cobhole): コボウルは架空地名「秘密の庭」に出てきます。
p226 日本の木版画(It's like those fanciful Japanese prints): ブラウン神父ものに出てくる数少ないjapanは、他に「サラディン公」と「神の鉄槌」だけです。
p234 機知に富んだフランス人が八つの鏡にたとえた、あのたぐいの帽子(a hat of the sort that the French wit has compared to eight mirrors): イメージが湧きません。どんなのでしょうか。
(2019-2-9記載)

(12)The Fairy Tale of Father Brown (雑誌掲載なし、単行本1914): 評価5点
こういうファンタジーめいた舞台がGKCには一番しっくりきます。
p301 特産のビールを飲みまわる: 意外とミーハー行動な神父とフランボウ
p302 蝙蝠傘の瘤のような不恰好な頭(the knobbed and clumsy head of his own shabby umbrella): 愛用の傘の持ち手の描写。
p306 お茶の保温袋(tea-cosies): wikiで画像検索するとティーポットにかぶせて保温するカバーのようですね。
(2019-2-9記載)

翻訳では省略されていますが、献辞があります。
TO LUCIAN OLDERSHAW
Lucian Oldershaw (1876-1951) an English author and editor, a Chesterton's friend.

No.6 4点 新ナポレオン奇譚- G・K・チェスタトン 2019/01/06 21:35
1904年3月出版。単行本書き下ろし。ちくま文庫版(2010)で読みました。
80年後のロンドンは今(1904年)とちっとも変わってない、とは進歩や科学を信じないチェスタトンらしいのですが、戦闘行為に銃が全く使われないのはどーなんでしょう。(まー寓話なんだから良いですか、そうですか) なお当時英国の同盟国であった日本は本書出版後の1904年8月に世界初の大規模な機関銃攻撃を受けて短時間で多大な損害を出しました。(アジアの片隅の事例と侮ったヨーロッパはWWIで手酷いしっぺ返しを受けます)
出版当時、チェスタトン30歳。自分はもう若くない、という感傷が溢れる作品です。それでも幼児のように生きたい、というわがままぶり。到底、万人受けする作品ではありません。無駄な悲劇が沢山あり、ファンタジーやノンセンスと割り切らなければ読み続けるのが難しいのでは、と思いました。寓話としてもあまり出来は良くありません。(構成が下手なので途中で自爆しています)
文庫版にはわかりやすい地図がついています。Webにあるキャムデンヒルの給水塔(Water tower of Campden Hill、1970年ごろ壊された)の写真も必見。
以下トリビア。
p15 エドワード カーペンター (Edward Carpenter): 1844-1929。文明は病気だ、という主張の人らしい。"return to nature"を提唱した。
p27 芸術的な冗談とか道化ぶりとかに目がない男… そのノンセンスぶりが昂じて… 正気と狂気の区別がわからなくなっちまった…: GKCの自画像ですね。
p36 ニカラグアの色: 黄色と赤色。多分出鱈目。
p69 半クラウン: 2シリング6ペンス。消費者物価指数基準1904/2019で120.72倍、現在価値2121円。子供へのお小遣いなので妥当な感じ。
p78 1シリングの絵具: 上述の換算で849円。非常に安物ということですね。
p124 金に困っており、ここまで書いて原稿を発送する必要があった: 当時のGKCの経済状況がうかがえます。
p129 カルバリン銃(culverin): 中世の長距離銃。大砲の先祖的な武器。軽くて小さい弾を発射、銃身は長め。
p131 ピストル、鉾、石弓、らっぱ銃(pistols, partisans, cross-bows, and blunderbusses): パルチザンは槍の両側に尖った出っ張りがついた英国の武器。ブランダーバスは大口径で先の広がった銃口が特徴の先込め銃。接近戦用。
p138 気つけ薬… ひと瓶8ペンス、10ペンス、1シリング6ペンス: 瓶の大きさの違いではなく、安い・一般的・高級な種類の気つけ薬なのだと思います。現在価値は566円、707円、1273円。
p145 半ペニーの紙挟み、半ペニーの鉛筆削り(halfpenny paper clips, halfpenny pencil sharpeners): 現在価値35円。
p245 1シリングに10ポンドの賭け: 掛け率200倍。
p286 聖書中もっとも神秘的な書にひとつの真理が書かれていますが、それはまた謎でもあります。(And in the darkest of the books of God there is written a truth that is also a riddle.): 訳注では〔伝道の書「日の下に新しきものなし」をさす〕としていますが…

No.5 5点 マンアライヴ- G・K・チェスタトン 2019/01/04 23:22
1912年出版。単行本書き下ろしのようです。2006年評論社で読みました。
『童心』の最終話「三つの凶器」が1911年6月雑誌掲載。『知恵』の第1話「グラス氏の失踪」が1912年12月雑誌掲載。その間にこの長編が出版されています。
騒がしさ満点の作品。溢れ出すチェスタトン流イメージと絶え間ない逆説の数々、霊感に撃たれいきなり狂う(正気に戻る)人々が詰め込まれているので読んでて疲れます。ブラウン神父ものが抑制された薄口GKCだというのが良くわかります。若い女性が三人も出てくるのが珍しい。
イノセントというのがテーマ? 『童心』の主人公が全然イノセントじゃなかったので、思い切りイノセントなのを書くぞ! という次第かも。(きっと色々溜まってたのでしょう)
作品自体ははちゃめちゃなおとぎ話。似たようなネタが続くので飽きちゃいます。でもなんとなくGKC流自伝的小説なのでは?と感じてしまいました。このような手放しの楽天主義が科学文明と集団主義の本物の悪夢である第一次大戦を経てどうなったのか、が当面の私のチェスタトン読書の興味です。
ところでマンアライヴ(man alive)のaliveは形容詞として名詞の後ろにしかつかない珍しい例らしい… (alive manは破格)
以下トリビア。
p8 細身で背が高く、鷲のようで、色黒だった(Tall, slim, aquiline, and dark): darkは、多分、髪の色(及び眼の色)。
p12 小柄で快活なユダヤ人…黒人の彼のみなぎる活力(a small resilient Jew... a man whose negro vitality): 多分「(黒人のような)野蛮な」ヴァイタリティという意味じゃないのかな? 後の方で「祖先がセム人」と書かれているけど黒人描写はありません。
p38 黒人が歌うのは、古い農園の歌/白人の間では廃れた流儀で口ずさむ(Darkies sing a song on the old plantation, Sing it as we sang it in days long since gone by): Alfred Scott Gatty’s Six Plantation Songs vol.1 (London 1893?)の6曲目、タイトルはGood Night。ここでの[we]は白人のことじゃないような気がします…
p40 若いロチンバ(Young Lochinvar): ウォルター スコットMarmion(1808)より。chiは軟口蓋音で「ヒ」か「キ」が近い。Thomas Attwood作曲(声とピアノ)、Joseph Mazzinghi作曲(3声合唱)が引っかかりました。ここのはアトウッド版か。
p40 よく磨かれた大きなアメリカ製のリボルバー(a large well-polished American revolver): polishedなので多分ニッケル仕上げ(銀色)、青黒鉄色(blued)にはあまり使わない表現。
p48 スイス ファミリー ロビンソン(Swiss Family Robinson): 原著スイス1812出版。英国初版1814、有名なキングストン版は1849出版。
p79 アメリカン モス(a big American moth): American mothという通称のmothはいないようです。北アメリカ最大のmothはHyalophora cecropia。
p80 キュルス ピム(Cyrus Pym): ナンタケット島出身の人を思い浮かべますよね… Cyrusは「サイラス」が普通。
p81 サー ロジャー ド カヴァリイ(Sir Roger de Coverly): このページには6人の名前が登場するのですが、何故かこの人だけ訳注なし。ジョセフ アディソンが作り上げた架空人物。Spectator上で典型的な紳士階級の大地主を演じた。(Encylopedia Britannicaより)
p99 歩きぶりは、黒人らしいかんしゃくをおさえつけようとするかのように(with a walk apparently founded on the imperfect repression of a negro breakdown): 「黒人のbreakdownが我知らず出てくるような」歩き方。p103では「ふらつくダンスを踊りながら立ち去」ります。The Break-Down was an African-American Slave dance that was popular around the 1880-90's.
p100 昔のホームズ… 鷹の顔の… (old ‘Olmes… The ‘awk-like face…): コックニー。oldは「例の」の意味では?
p115 八巻本の『格言』(eight bound volumes of “Good Words”): Good Wordsは英国19世紀の月刊誌。スコットランドのAlexander Strahanにより1860年創刊。初代編集長はNorman Macleod. 福音教会員や非国教徒、特にlower middle class(商店主・下級公務員など)に向けた内容。(Wiki) 「8巻の装幀されたグッドワーズ誌」
p141 安全弁が外されたリボルバー(cocked hammer of a revolver):リボルバーに安全装置はありません。「撃鉄が起こされた」(引き金を軽く引けば発射する)状態のこと。
p145 善と優美さに感謝しよう/それこそ私が生まれたときに微笑んだもの/そして、私をこの奇妙な場所に止まらせた/イギリスの幸福な子供(I thank the goodness and the grace That on my birth have smiled. And perched me on this curious place, A happy English child.) Jane Taylor(1783-1824)の詩 "A Child's Hymn of Praise," from Hymns for Infant Minds (1810)をちょっと改変して引用。(本物は三行目がAnd made me in these Christian daysとなっている)
p160 副牧師のカノン ホーキンス(Canon of Durham, Canon Hawkins): 名前がカノン?と思ったら、あとでジョー クレメイト ホーキンスと判明。「ホーキンス師」でいいのに…
p169 1891年11月13日: スミスが起こしたある事件の日付。作中年代の何年前かは記載されていない。
p178 小さな煙突掃除人と「ウォーター ベイビー」(little chimney-sweeps, and `The Water Babies’): The Water-Babies, A Fairy Tale for a Land Baby (1863) Charles Kingsley作の子供向け小説。当時、英国で非常にポピュラーだった。主人公の煙突掃除人Tomが川で溺れWater-Babyに変身するらしい…
p200 赤い郵便ポスト(a red pillar-box): 英国の特徴か。調べるとフランス・ドイツは黄色。米国・ロシアは青。オランダはオレンジ。
p204 革命の失敗(the failure of the revolution): 1905年のロシア第一革命。レーニンの革命は1917年。この出来事も作中年代の何年前かは不明。
p211 和帝(Emperor Ho): 漢の和帝のことらしいです。Emperor He of Han (79〜106-2-13)
p228 われらが厭世的なウインターボトム氏(Our own world-scorning Winterbottom): 重婚云々が出てくるので、アフリカの習俗を観察して、アフリカでは重婚が多いとしたDr. Thomas Masterman Winterbottom(1766-1859)のことか。
p233 九年前… 1907年10月…: 翻訳でも原文でも「9年前=1907年」と読める。でもそうすると作中年代が1915年になってしまう…
p240 五ドル紙幣を賭ける(chance a fiver): 米国消費者物価指数基準1912/2019で25.98倍、現在価値14429円。

No.4 10点 ブラウン神父の童心- G・K・チェスタトン 2019/01/01 12:43
1911年出版。創元文庫(2009年 36版) 中村 保男 訳で読みました。私の記憶は全く当てになりませんが、昔、何度も読んだ福田 恆存との共訳名義のものと訳文がちょっと変わってるかも。
JDC/CDやボルヘスが強い影響を受けたチェスタトンの作品をなるべく年代順に読んでいます。新ナポレオン綺譚(1904年3月出版、今のところ未読)、奇商クラブ(第1話の初出は1903年12月、主要部分1904年5月〜7月連載、単行本1905年出版)、木曜日だった男(1908年出版)ときて、次は何?と探してみたら、意外とブラウン神父(第1話の初出1910年7月)でした。FictionMags Indexによると1905年〜1909年にGKCが発表した短篇小説は無いようです。以下の金額換算は全て消費者物価指数基準1910/2018(英国114.4倍、米国26.53倍)
『童心』の12篇の初出が全て、稿料が最も高いと言われた米国の週刊誌Saturday Evening Post(当時40〜76ページ5セント、現在価値1.33ドル151円、毎号三作ほどの小説を挿絵付きで掲載)だと知ってビックリ。英国での初出は(のちにブラウン神父の単行本を出版した)Cassell社の小説中心の月刊誌Story-teller(当時174〜204ページ4.5シリング、現在価値25.7ポンド3670円、毎号10作ほどの小説を掲載)です。
他の雑誌を見ると米国ではCollier’s Weekly誌が28ページ10セント、Harper’s Weekly誌も同じ、いずれも毎号二作ほどの小説を掲載、McClure’s誌(月刊)は120ページ15セント、毎号7作ほどの小説を挿絵付きで掲載。
英国だと以下全て月刊6シリング挿絵付きですが、Strand誌は128ページ、Pearson’s誌は約120ページ、いずれも毎号7作ほどの小説を掲載、Cassell’s誌は108ページ、Pall Mall誌は144ページ、いずれも毎号9作ほどの小説を掲載。
ポスト誌は異常に安く、逆に英国雑誌は随分高い感じです。
今回は、雑誌発表順に読む、という試み。以下の括弧付き数字は単行本収録順、タイトルは初出時のものです。なおAFBはMartin Gardner注釈The Annotated Father Brown(1998)による項目。

⑴The Innocence of Father Brown: Valentin Follows a Curious Trail ポスト誌1910-7-23(巻頭話、挿絵George Gibbs)、英国初出Story-teller 1910-9(The Innocence of Father Brown, No. 1. The Blue Cross、巻頭話、表紙に一番大きくチェスタトンの文字。New Detective Stories “The Innocence of Father Brown”と書かれています) 単行本での題は“The Blue Cross”: 評価5点
語り口が上手。小ネタですが読者も探偵と共に引きずり回される感じが好き。フランボウがフランス人なのは有名怪盗ルパン(初登場Je sais tous誌1905-7-15、英訳は1907年4月号からのStory-teller誌の連載が初出か)の影響か。AFBによると、スパイクつきの腕輪(spiked bracelet)、驢馬の口笛(Donkey’s Whistle)、あしぐろ(Spots)はいずれもGKCのでっち上げのようです。今回読んで思ったのですが、カトリックの神父を主人公にしたのは「懺悔の聞き役」というのが最も大きな理由かも。(プロテスタントでは信徒の義務ではなく牧師に特別の権限もない)
以下トリビアです。
p14「考える機械」(a thinking machine): ヴァン ドゥーゼン博士(The Thinking Machine)の英国初出はおそらく1907年12月号のCassell’s誌(Professor Van Dusen’s Problems, (1): The Problem of “Dressing-Room A”)及び同月のStory-teller誌(The Roswell Tiara)です。
p19「最上等タンジール産オレンジ、2個1ペンス」「最良ブラジル産クルミ、1斤4ペンス」: 1ペンスは現在価値0.477ポンド68円。
p25「安直でささやかな昼飯」4シリング: だいたい3300円。二人分なので、このくらいか。
p27 駄菓子屋の骨折り賃 1シリング: 現在価値5.72ポンド817円。
最初に挿絵を描いたGibbsのブラウン神父を見てみたいです… (WEB上のfamous-and-forgotten-fictionにポスト誌での最初の6話がGibbsのイラスト入りで再現されていました。上手な絵ではありませんが、なかなか良い感じです。100年前の物語ですから当時のイメージ喚起にイラストは必須。かつて挿絵付き雑誌は多数あったのですからネタは豊富に埋もれており、電子本なら復刻の敷居は印刷本より低いはず。どこかでちゃんとしたIllustrated Father Brownをやらないかな?)
(続きます。ここまで2018-12-19記載、12-22修正)

⑵The Innocence of Father Brown: The Secret of the Sealed Garden ポスト誌1910-9-3(雑誌中で2番目の短篇、挿絵George Gibbs)、英国初出Story-teller 1910-10(The Innocence of Father Brown 2. The Secret Garden、巻頭話) 単行本での題は“The Secret Garden”: 評価5点
一番驚いたのはブラウン神父の叫び。こんな人だっけ?ところでヴァランタンの神父に対する評価が低いような気がします。(晩餐に招くくらいだからある程度評価してるのでしょうが… フランボウ逮捕はまぐれ当たりと思ってる、ということか) 大探偵ヴァランタンのキャラを描ききれてないのが欠点。いきなり突飛な行動をとる人物はGKCの手癖ですね。
p44 エセックス州はコボウルのブラウン神父(Father Brown, of Cobhole, in Essex): 架空地名(AFB)
p72 奇妙な神父(the odd priest): AFBによると雑誌版ではoldとなっていた。
(2018-12-20記載、12-22修正)

⑶The Innocence of Father Brown: Why the True Fishermen Always Wear Green Evening Coats ポスト誌1910-10-1(巻頭話、挿絵George Gibbs)、英国初出Story-teller 1910-11(The Innocence of Father Brown 3. The Queer Feet、4番目の短篇) 単行本での題は“The Queer Feet”: 評価6点
日常的な風景に突然現れる奇現象と推理の世界。語り口の妙で小ネタを上手に仕上げています。冒頭からの数ページはとても素晴らしいのですが、途中の有閑紳士批判は類型的でダレ場。犯人と神父が出会うシーンも、よく考えると変です。(何の変装もしてないんだからすぐ気付くはず。AFBは暗くて良く見えなかったのだ、と注釈していますが、手の届く範囲で対面してるんですよ…)
p87 半ソヴリン金貨(half a sovereign): 銀貨がないので、とクロークに渡したチップ。(文脈からかなり高額な感じ) 半ソヴリン=0.5ポンド。現在価値57.2ポンド8168円。Edward VII Half Sovereignは1902-1910発行 純金 重さ4g 直径19mm、表裏の文字と図像はソヴリン金貨と全く同じ。大きさと重さ(とデザインの質)で区別出来るんですが、どうして額面を書かず分かりにくくしてるんでしょうね。日常使っていれば簡単に区別出来ますが…
p88 メニューは、コック連が使う超フランス語で書かれ… (It [the menu] was written in a sort of super-French employed by cooks): 英国でも日本と同じ、ということですね。
p101 温和な灰色の眼(mild grey eyes): AFBによるとブラウン神父の眼の色の初出。
(2018-12-21記載)

⑼The Innocence of Father Brown: The Bolt from the Blue ポスト誌1910-11-5(2番目の短篇、挿絵George Gibbs)、英国初出Story-teller 1910-12(The Innocence of Father Brown 4. The Hammer of God、2番目の短篇) 単行本での題は“The Hammer of God”.: 評価5点
単純な話ですが、殺人者の心理に神父がダイブインするくだりはスリリングです。でも確実性を欠くネタですね。(基本、このシリーズは寓話ですから…)
p244 ボーハン ビーコン (Bohun Beacon): 架空地名(AFB)
p261 変わり者の小男 (the odd little man)... (中略) あの爺さん(That fellow)...: いずれもブラウン神父を表しているのですが、AFBによると雑誌版では⑵同様oddはold。fellowを爺さんと訳したのは保男さんが他の作品から類推したのか。
(2018-12-22記載)

⑺The Innocence of Father Brown: The Wrong Shape ポスト誌1910-12-10(2番目の短篇、挿絵George Gibbs)、英国初出Story-teller 1911-1(The Innocence of Father Brown 5. The Wrong Shape、5番目の短篇): 評価6点
フランボウとの珍道中シリーズの幕開けは、実はこの作品。(単行本では「ガウの誉れ」が先に来る) 異常センサーが高度に発達している神父が些細なことで騒ぎ出し、周りを巻き込んで次第に世界全体が狂ってゆく、そんな感じが好きです。解決篇の構成が上手。
p185 セント マンゴウのちいさな教会の神父ブラウン(Father Brown, of the small church of St. Mungo): ⑵では「コボウルの」神父。AFBの注釈ではコボウルにあるSt. Mungo churchという意味だろう、とのこと。Complete Father Brownを全文検索してみるとコボウルは他に3カ所、マンゴウは他に出て来ませんでした。
p185 千八百何十何年かの聖霊降臨節(Whitsuntide of the year 18—): …にこの事件は起こった、と書かれています。ブラウン神父ものの初期作品は1900年以前が舞台という設定だったのですね。
p201 ちょうどコウルリッジの闇のように(like the night in Colridge): 中村訳の注にある「ひとまたぎに夜が来る」の出典はAFBによるとThe Ancient Marriner (At one stride comes the dark.)
p205 おまえは、わたしにとってただ一人の友達だから…(You are my only friend in the world.): 某有名探偵に似てるな、と思ったらAFBにもそう書いてました。
(2018-12-22記載)

(11)The Innocence of Father Brown: The Sign of the Broken Sword ポスト誌1911-1-7(1番目の短篇(巻頭は記事)、挿絵George Gibbs)、英国初出Story-teller 1911-2(The Innocence of Father Brown 6. The Sign of the Broken Sword、5番目の短篇): 評価5点
非常に上手に構成された名篇。(ただしかなり複雑です) 無駄な死に対する怒りが伝わって読後は気分が悪くなります。(何か元ネタの事件あり?) でも大きな欠点が。多くの遺族や友人たちの恨みはもっと重いはず。そして相手の将軍が弁明してないのが変です。(AFBが引用しているGKCのエッセイでは、最初は中世の戦争話として考えた、と告白しています。確かに遠い過去の話なら充分あり得るネタになりますね)
p299 ニューカム大佐ふう(Colonel Newcome fashion): サッカレーThe Newcomesの主人公。(AFB)
p315 2ペンスで売っている色刷りの絵(a twopence coloured sort of incident): 2ペンスは現在価値130円ほど。AFBの注はa paltry incidentの意味、とだけ記載。19世紀後半の絵入り週刊新聞The Illustrated Times, The Picture Times, The People's Timesがイラスト入りでtwopenceだった(有名なThe Illustrated London Newsは5ペンス)らしいので、安っぽい絵入り新聞に載ってるような話、という意味でしょうか。カラー印刷はまだ高かったのでcolouredは「色刷り」の意味ではないでしょう。
p325 反ブラジル的な風潮(the anti-Brazil boom): 1900年頃ブラジルと英領ギニアの国境で対立が高まったが1904年に解決し、その風潮は無くなった。(AFB)
(2018-12-22記載)

⑸The Invisible Man ポスト誌1911-1-28(巻頭話、挿絵Will F. Foster)、英国初出Cassell’s 誌1911-2(Father Brown, I: The Invisible Man、巻頭話、挿絵Sydney Seymour Lucas): 評価5点
ポスト誌の連載からサブタイトル(The Innocence of...)が取れ、英国では挿絵付きの高級雑誌に移行。多分、6話ずつの契約だったのでしょう。(ドイルのホームズ物も最初はそうでした)
ポスト誌では画家が変わり、英国は初の挿絵。いずれも米国版及び英国版の単行本の挿絵に採用されGutenberg AustraliaのInnocence of F.B.のページで見ることが出来ます。
AFBによると、英国挿絵のLucas以降、ブラウン神父は丸眼鏡をかけて描かれていることが多いが(米国挿絵のGibbsとFosterには眼鏡無し)、小説の描写ではシリーズ第48話The Quick One(ポスト誌1933-11-25)で初めて神父の眼鏡への言及(moonlike spectacles)があったとのこと。
素晴らしい流れの物語で、子供じみたラヴロマンス、いるはずの無い男の声、自動人形、雪の上の足跡、消えた死体はまさにディクスン カーの世界。(えー、ってなる結末もJDC/CD風味ですね) でもネタは無理筋です。だって4人が注意深く見張ってるんですよ。絶対誰かが気づきます。上流階級の無関心に対する皮肉というよくある批評も不思議です。目撃者は掃除夫、受付係、警官、栗売りで、紳士淑女は一人もいません。
p136 ラドベリー(Ludbury): 架空地名。雑誌掲載時はSudburyというSuffolkの実在地名だったらしい。(AFB)
p142 1ヤードほどの印紙が(some yard and a half of stamp paper): AFBによるとstamp paperとは切手シートの周りを囲う白紙部分で、昔はセロテープみたいに使ったらしい。(p156では同じ語を「切手の耳」と正しく訳しています)
p149 火縄銃(harquebuses): 15世紀中ごろのスペイン発祥の火縄銃。肩撃ちの小銃としては最初期のもの。16世紀にはより大型のマスケット銃に取って代わられた。ここでは古い小銃くらいの意味か。
(2018-12-22記載)

⑽The Eye of Apollo ポスト誌1911-2-25(巻頭話、挿絵Will F. Foster)、英国初出Cassell’s 誌1911-3(Father Brown, II: The Eye of Apollo、巻頭話、挿絵Sydney Seymour Lucas): 評価6点
気持ち悪い新興宗教への嫌悪感が伝わる名作。良い子はこの教義(太陽をじかに見る)を真似しちゃダメですよ。なおAFBによると冒頭部分は雑誌掲載時と違い、単行本初版で初めて記載された「J.ブラウン師」という部分も後年の版では「J.」が削除されたとのこと。(いくつかの電子本で調べたら全部「J.」ありでした) 残念ながら、雑誌掲載版によると教祖はこのあと中米に移り沢山の信者を得ているらしい。
p272 ヘルキュール フランボウ、職業は私立探偵(Hercule Flambeau, private detective): フランボウの名前の初出。
p272 J. ブラウン師という聖フランシス ザビエル教会(キャンバーウェル)の坊さんで… (the Reverend J. Brown, attached to St. Francis Xavier’s Church, Camberwell): ⑵や⑺と違うので教区替えがあったようです。他の物語にはCamberwellもXavier’sも出て来ません。
p274 双方とも体が細く、色が黒かったが…(both slight and dark): このdarkは髪の色のことでしょうね。
(2018-12-23記載)

(6)The Strange Justice ポスト誌1911-3-25(2番目の短篇、挿絵Will F. Foster)、英国初出Cassell’s 誌1911-4(Father Brown, III: The Strange Justice、2番目の短篇、挿絵Sydney Seymour Lucas) 単行本での題は“The Honour of Israel Gow”: 評価6点
昔からこの話が好きです。読後、朝の清々しい感じが心に残る作品。発端の奇妙な謎に、神父がひねくれ解釈を繰り出すところが良い。後半、おっちょこちょいの神父が悪魔に取り憑かれたようになるのが嫌な感じ。スコットランドをディスっています。
p166 ウィルキー コリンズ式: GKCはかつて「月長石」のイラストを描いたが出版されていない。(AFB)
p181 ファージング貨(a farthing): 銅貨 重さ2.9g 直径20mm 現在価値17円。ソブリン金貨は重さ8g 直径22mm 現在価値1万6千円程。表が英国王の横顔なのは共通。この重さと直径はエドワード7世のもの(1902-1910)だが、1860年までのファージング貨は重さ4.9g 直径22mmだったからさらに間違えやすい。
(2018-12-24記載)

⑻The Sins of Prince Saradine ポスト誌1911-4-22(3番目の短篇、挿絵Will F. Foster)、英国初出Cassell’s 誌1911-5(Father Brown, IV: The Sins of Prince Saradine、2番目の短篇、挿絵Sydney Seymour Lucas): 評価4点
昔から面白くないな〜と思っていたけど、やっと理由がわかりました。器用にまとまってるけどチェスタトンの作品やブラウン神父ものである必然性が全く無い。神父はただただ翻弄されてるだけです。内容も不愉快。女性の視点で再構成するとちょっと信じられない成り行きですが、そーゆー女性はあり得ない、とまでは言えません。
p215 リード島(Reed Island): 架空地名(AFB)
P233 神父は乱れた髪をかきむしりながら…(rubbing up his rough dust-coloured hair): AFBによるとブラウン神父の髪色の初言及。この表現でlight brownということになるようです。
p240 日本の力士のように一歩を譲った… (He gave way, like a Japanese wrestler): この比喩が正確にどう言う意味なのか、どこでこのイメージを掴んだのか。文脈からは「ひらりと体をかわす」という感じです。GKCは実際の相撲興行をどこかで見たのでしょうか?柔道の可能性は?(例の「バリツ」が思い浮かびます)
なおjapanでブラウン神父全集を検索すると他には「神の鉄槌」と「銅鑼の神」(『知恵』収録)に出てくるだけでした。
(2018-12-30記載)

⑷The Flying Stars ポスト誌1911-5-20(2番目の小説(巻頭は長篇の分載)、挿絵Will F. Foster)、英国初出Cassell’s 誌1911-6(Father Brown, V: The Flying Stars、2番目の短篇、挿絵Sydney Seymour Lucas): 評価5点
クリスマスストーリー(ただし初出は5月)にふさわしいおとぎ話、改悛付きです。でも3回目でやっと効いた神父の威光って… まーそれだけフランボウが大泥棒だったということでしょう。ネタ自体は単純。この当時すでに絶滅しかかっている昔ながらの英国流パントマイムの実物が見たいですね。暴力ギャグあり流行歌ありの、いかにもJDC/CDが好きそうな話です。
p107 ユダヤ人をだしぬいて一文無しにする…: オーウェルが非難したべロックやチェスタトンの反ユダヤ主義というのは、GKCの場合「金持ち、資本家としてのユダヤ人」に対することが多いような気がします。『童心』の献辞について最後に書きましたので、ご参照願います。
p110 贈物日(Boxing Day): 英国では公式の休日。クリスマスの次のウイークデー。ギフトを入れたボックスを一年の労をねぎらって召使いや郵便配達に贈る。(AFB)
p114 煤… 顔面に塗布致しまして(with soot—applied externally.): ミンストレルショーのことかな?と思ったら、AFBによると2枚の皿(片方に煤を塗っておく)を使った古い隠し芸のことらしい。
p116 コロンバイン、パンタルーン、ハーレキン: アガサ姐さんのおかげでお馴染みです。急に「謎のクィン氏」が読みたくなりました…
p121 ≪ペンザンスの海賊≫中の警官隊の合唱(the constabulary chorus in the ‘Pirates of Penzance’): Act 2, When the foreman bares his steel, Tarantara! tarantara!のあたりですね。
AFBによると以下全て当時英国のポピュラー曲とのことです。
≪その帽子はどこでもらった?≫(Where did you get that hat?): a comic song which was composed and first performed by Joseph J. Sullivan at Miner's Eighth Avenue Theatre in 1888.(Wiki)
≪そのとき別のを持っていた≫(Then we had another one): 不詳。
≪汝の夢から起きあがる≫(I arise from dreams of thee): Percy Bysshe Shelleyの詩にJames George Barnettが曲をつけた1845年の歌。
≪荷を背負って≫(With my bundle on my shoulder): I'm Off to Philadelphia in the Morning(Irish Emigrant Song)にほぼ同じ(myがme)歌詞あり。マコーマックの美声がWebで聴けます。
p122 歌詞は≪恋文を送ったら、とちゅうで落っことしてしまったぞ≫(I sent a letter to my love and on the way I dropped it): 不詳。AFBによると雑誌版では ‘and some of you have picked it up and put it in your pocket’と続く。この歌詞はA-Tisket, A-Tasket(1938年 エラ フィッツジェラルドの録音が有名)に似ています。元は英国伝承のハンカチ落とし遊びの歌らしい。
(2019-1-1記載)

(12)The Three Tools of Death ポスト誌1911-6-24(3番目の短篇、挿絵Will F. Foster)、英国初出Cassell’s 誌1911-7(Father Brown, VI. The Three Tools of Death、2番目の小説、挿絵Sydney Seymour Lucas): 評価5点
なんとも不可思議な状況を合理的に解決する。実に鮮やかですが、読後感が寒々しいのは何故でしょう…(娘への配慮が全く無いからでしょうか)
p327 陽気なジム(Sunny Jim): Force社(US)のシリアルのキャラクター。1903年英国に登場。縫いぐるみ(rag doll)が数種類作られるほど英国で人気があった。(AFB)
p342 大型拳銃(a large revolver): 大型の回転式拳銃(リボルバー)と訳して欲しいです…
(2019-1-1記載)

献辞について: 中村訳では省略されていますが、この本には献辞があります。
To Waldo and Mildred d’Avigdor
以下は全面的にAFB情報ですが、Waldo d’AvigdorはGKCの少年時代からの友。MildredはGKCがSlade Schoolにいた時に知り合い友人となり、Waldoの妻となった女性。なおGKCの妻はMildredの友人でその縁でGKCと知り合った。Waldoはユダヤ人。
私は、GKCの反ユダヤ的言辞は⑹の反スコットランド的言辞と同じレベルで、ジョンソン博士と同様(馬の餌を食う輩)、親しみを込めたジョークではないか、と(今のところ)思っています。まあ内輪なら許されるけど声高に表現するものではないですね。
(2019-1-1記載)

次のWisdom収録作品からは、発表の舞台が米国の月刊誌McClure、英国の月刊誌Pall Mall誌に変わります。

やっと読み終わりました。全体の印象ですが、気の利いたセリフは一作品に一つだけで充分ですね。それ以上は作者の頭の良さのひけらかしみたいで嫌味な感じです。趣味が悪く軽薄でおっちょこちょいなGKC(はっきり言って小説は上手くない)という印象が強まりました。冷静に評価すると総合7点ですが、でもやっぱりこの本が大好きなので殿堂入り10点としています。この場のお陰で再発見がどっさりありました。
世間で言われてる難解なテーマ(人生の深みとか深遠な神学とか)なんて実はありませんので、敬遠されてる方でちょっと古くさい話に興味があり、トリックや逆説が大好きで捻くれてる方はぜひご一読を。

No.3 6点 奇商クラブ- G・K・チェスタトン 2018/12/16 10:05
私が読んだ創元文庫の旧版(福田 恆存 訳 1977年)は、チェスタトン初短編小説集The Club of Queer Trades (1905 Harper & Bros.)にThe Man Who Knew Too Much (1922 Cassell)収録の2編を追加。創元新版は追加無しです。
The Club of Queer Trades: 評価6点
FictionMag Indexで調べたのですが、⑴The Tremendous Adventures of Major Brown (Harper’s Weekly 1903-12-19)がチェスタトンの小説デヴュー作のようです。(当時29歳、文壇デヴューは詩人として1900年、評論は1901年?) Harper’s Weeklyは当時16ページ、10セントのheavily politicalな週刊誌らしい。(消費者物価指数基準1903/2018で現在価値2.86ドル、324円)
⑵The Painful Fall of a Great Reputation(単行本初出)
⑶The Awful Reason of the Vicar’s Visit (Harper’s Weekly 1904-5-28&6-4、2回分載)
⑷The Singular Speculation of the House-Agent (Harper’s Weekly 1904-6-11&6-18、2回分載)
⑸The Noticeable Conduct of Professor Chadd (Harper’s Weekly 1904-6-25&7-2、2回分載)
⑹The Eccentric Seclusion of the Old Lady (Harper’s Weekly 1904-7-9&7-16、2回分載)
実は内容不明なClub of Queer Trades(チェスタトン作)というのがHarper’s Weekly 1904-5-21&5-28(2回分載、2回目は⑶と同じ号)に掲載された、という記録があり、もしかすると⑴ブラウン大佐の冒頭部分は連作短篇のイントロとして5-21に掲載されたんじゃないか、と思いました。つまり最初は単発作品(多分もっと短かった)のつもりで、連作の予定はなかったのでは?
さて肝心の内容は、日常スケッチに奇想を交えたいつものチェスタトンです。静かに論理的に狂う男やいきなり動物や鳥や樹木が出てきて寓話タッチになるのもGKCらしいですね。ただ最初にネタ(奇妙な商売)を割っているので驚きの展開にならないのが惜しい。
なんでも商売にしてしまう風潮を皮肉っているのでしょうか。
以下トリビアです。
p15 オ、ロウティ… O Rowty-owty tiddly-owty Tiddly-owty tiddly-owty Highty-ighty tiddly-ighty Tiddly-ighty ow.: 意味はないのだ、と思います。
p27 7ペンス半と3ペンス玉 (There was sevenpence halfpenny in coppers and a threepenny-bit.): 銅貨のペニー7つ&半ペニー1つ、それに銀貨の3ペニー1つ。0.04325ポンド。現在価値は消費者物価指数基準(1904/2013)で4.72ポンド、687円。
p27 きみの拳銃 (your revolver): この時代の拳銃はほぼリボルバーです。
p29 あの男、なんていう名前だったかな?… ほら有名な物語に出てくる… そうそうシャーロック ホームズさ。(what's his name, in those capital stories?—Sher-lock Holmes.): 当然のように批判的です。
p36 料金表 1日のアルバイト料が1ポンド。(多分高額な方) 上述の換算で118ポンド、17172円。
p51 5ポンド賭けてもいい: 思い切った賭け金。上述の換算で84263円ですからね。
p70 21シリング: =1ギニー=1.05ポンド。1日のアルバイト料。(多分高額な方) 上述の換算で124ポンド、17707円。
p77 言うまでもなく、ジェームズ カー氏ではありません (not Mr James Carr, of course): 当時、有名な人? JDC/CDは自分の苗字が出てきて嬉しかろうと思います。
p87「万歳、万歳、英国よ世界に冠たれ、景気をつけろ、やーい」(Hooray! Hooray! Hooray! Rule Britannia! Get your 'air cut. Hoop-la! Boo!): 多分、出鱈目な文句。
p100 1回5ギニー: =5.25ポンド。料金表の中の最高料金。
p142 真に緊急かつ強制的な唯一のもの… 電報 (really urgent and coercive—a telegram): 現代では電話かメールですね。
p153 800ポンド…(中略)… 真面目な事務員4人分の年収: 上述の換算で94400ポンド、1374万円。
p161 半クラウンの賭け… 少額: 2.5シリング=0.125ポンド。上述の換算で14.75ポンド、2147円。
p172 半ペニー 新聞代: 上述の換算で0.245ポンド、36円。当時Timesは3ペンス。Daily Telegraphが安売り新聞のはしり、とのこと。
p176 おお、この黄金のスリッパよ(Oh, dem Golden Slippers): James A. Bland作(1879) ミンストレルショーの歌。

The Tower of Treason (Popular Magazine 1920-2-7): 評価5点
語り口がひねくれてて面白く読ませる話。普通の作家なら「何これ」というネタを上手に料理しています。これをブラウン神父ものにしなかった理由は…
以下トリビアです。(原文未参照)
p201 色黒だが: 好男子の決まり文句tall, dark, handsomeのdarkはdark hair&dark eyeのことらしい。なので「色黒」とか「浅黒い」と訳されてると反射的に実は髪の色?と疑う癖がつきました。swarthyは肌が浅黒いの意味ですが、Web検索で画像を見ると、ちょっと日焼けした感じの肌色なのかなあ。
p210 ラッパ銃: blunderbussの事だろうと思いますが、あくまで接近戦用で長距離狙撃には向かないような… 銃口がラッパのように広がってるのは弾込めしやすいように、というのが一番の理由です。石とか釘とかをぶちこむこともあったらしい。(あまり無茶すると銃身内部がぼろぼろになります)
p212 赤いトルコ帽: fezのことでしょうか。
p222 ユダヤ人がこの付近の諸国に国際的なばかりか反国家的な網を張りめぐらしているということも本当で、さらにユダヤ人というのは、横領することにかけて非人間的で、貧乏人を弾圧するに際しても非人間的なことが多い… 事実ユダヤ人の多くは陰謀家なのです… : この悪質な文章のために、この話が新版から削除されたのかも。日本Wikiにはチェスタトンの偏見について触れられていますが、反ユダヤのことは何故か書いていません。(英語Wikiには記載あり)

The Trees of Pride (英Story-Teller 1918-11; 米Ainslee’s 1918-11 巻頭話The Peacock Trees): 評価7点
充実した力作。この展開及び結末は素晴らしい。でも読後に思うのはこんなひねくれたことを考えるのはひねくれ者だけじゃ無いの?という真っ当な疑問です。チェスタトンはいつもそういう感じですね。そしてそーゆー話を喜ぶのも立派なひねくれ者です。
以下トリビアです。
p252 リーマス叔父(Uncle Remus): 「ウサギどんキツネどん」私は子供の頃よく読みましたが、ポリティカルコレクトの現代では禁書扱い?
p262 2ペンス(twopence): クリスティファンなら誰でも発音を知ってるよね? ここでは最低限の賭け金。消費者物価指数基準1918/2018で現在価値0.5ポンド、71円。
p266 あけがた前のもっとも暗き時刻は… (the darkest hour before the dawn): 二流の詩人(some orher minor poet remark)のものとして引用。古い諺 the darkest hour is just before the dawn (最悪の時でも希望はある)のことだと思うのですが minor poet が出てくるのがちょっと謎。
(米初出を追加2019-8-11)

No.2 7点 木曜の男- G・K・チェスタトン 2018/12/11 05:09
1908年出版。iBook版(光文社文庫 南條訳)で読了。昔々、創元文庫(吉田訳)で読みました。
飲み食いをする美味しそうな場面が多いな、と思って読んでたら、訳者あとがきに「ピクニック譚」とありました。南條訳は難しい冒頭の詩(E.C. ベントリーに捧げたもの、吉田訳は省略)をちゃんと訳していて、その詩の解説も(訳者あとがきに)ついています。
吉田訳は取っ付きにくい感じがありましたが、南條訳はこなれててとても読みやすい仕上がり。
まさに夢を見ているような展開で大好きな物語。もっと圧倒的に恐ろしかった記憶があったのですが、再読してみたら結構軽いファンタジーでした。第8章までは本当に素晴らしいです。
実はスパイスリラーのパロディかもしれません。そうすると時代的にオッペンハイムやルキューなどが元ネタでしょうか?(と言っても、この二人の作品を読んだことはありませんが…)
ではトリビアです。ガードナーのThe Annotated Thursdayは未見。どんな注がついてるのか、とても気になります。なおページ数は創元文庫のもの。
p32 大きなコルトの拳銃 (a large Colt’s revolver): さすがにSAAでは古すぎるのでM1892あたり?正しく「輪胴式拳銃(リヴォルバー)」と訳して欲しいなあ。(気にするのはマニアだけ)
p37 アリー スローパーの半休日(Ally Sloper’s Half-Holiday) 吉田訳では「赤本」: WEB検索で見たら不気味なガリガリの赤鼻おじさんでした。
p52 安物の葉巻(...)ソーホーで2ペンスで買ったやつ: 現在価値は消費者物価指数基準(1908 /2018)で0.966ポンド、141円。英国の安売りシガー(通販)を探したら3ポンド/本くらいが最安値でした。
p70 大英博物館のメムノン像(Memnon in the British Museum): 顔の横幅約1メートルの像。優しい顔だけど…
p75 死人の眼にペニー銅貨を乗せて、云々という物語(ugly tales, of some story about pennies being put on the eyes of the dead): 眼が開かないようにする工夫らしい。
p186 カービン銃(carbines) 吉田訳では「銃」: 騎兵隊(gendarmes、吉田訳:「憲兵」)なので短くて馬上で扱いやすいカービン銃です。

この一節が昔から大好きなんです。「一匹の蠅が、なぜ全宇宙と戦わねばならないのか? 一茎の蒲公英(たんぽぽ)が、なぜ全宇宙と戦わねばならないのか?」(Why does a fly have to fight the whole universe? Why does a dandelion have to fight the whole universe?)
子どもごころに、ハエやタンポポも戦っていたのか? そうか戦っているんだな! という気づきがあったのです…

No.1 5点 法螺吹き友の会- G・K・チェスタトン 2018/10/28 16:33
連作短編集「法螺吹き友の会」(Tales of the Long Bow 連載Storyteller 1924.6-1925.3、単行本Cassell 1925): 推理・探偵ものではありません。英語の言い回しが鍵なので、翻訳が難しい作品だと思いました。静かに狂い突発的に実行する登場人物(奇妙な行動には深い訳がある)は作者の十八番ですが、この作品ではその発想に共感出来ず、変てこな寓話になっています。風刺の元ネタが実はあって、それを知れば理解出来るのかも… でも訳者も何も書いていないのでよく判りません。(3点)
併録の三短編:
単行本未収額のブラウン神父もの「ミダスの仮面」(1936)神父の現代に対する愚痴が聴けます。(4点)
他二編は、単発もの。見かけに騙される事なかれ、というテーマは共通で、夕方の情景が印象深い「キツネを撃った男」(1921)も良い(5点)のですが、探偵小説を完全否定する探偵小説「白柱荘の殺人」(1925)がとても面白かったです。(8点)

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弾十六さん
ひとこと
気になるトリヴィア中心です。ネタバレ大嫌いなので粗筋すらなるべく書かないようにしています。
採点基準は「趣好が似てる人に薦めるとしたら」で
10 殿堂入り(好きすぎて採点不能)
9 読まずに死ぬ...
好きな作家
ディクスン カー(カーター ディクスン)、E.S. ガードナー、アンソニー バーク...
採点傾向
平均点: 6.10点   採点数: 446件
採点の多い作家(TOP10)
E・S・ガードナー(95)
A・A・フェア(29)
ジョン・ディクスン・カー(27)
雑誌、年間ベスト、定期刊行物(19)
アガサ・クリスティー(18)
カーター・ディクスン(18)
アントニイ・バークリー(13)
G・K・チェスタトン(12)
F・W・クロフツ(11)
ダシール・ハメット(11)