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弾十六さん
平均点: 6.10点 書評数: 446件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.11 5点 フレンチ警部と紫色の鎌- F・W・クロフツ 2023/08/20 08:33
1929年出版。フレンチもの第5作。井上勇さんの翻訳は問題なし。「めっかる」が可愛らしいです。
英国初版原題はThe Box Office Murders、こっちの方が劇場(映画館)の事件だよ、という感じがあって好きだけど、日本語になりにくかったのかも。Murderの文字がタイトルに入るのはクロフツ作品には珍しい。(長篇では唯一だろうか?)
冒険風味がありなかなか楽しい作品なんだけど、初読時には結構な不満が残った。フレンチの打つ手がなんだかなあ、で物足りなかったり、このやり方絶対違法じゃん、どうなの?とかだったり、犯人の計画もなんか無駄なところが多いような気がした。でもトリビア漁りのために再読したら、クロフツのデカが得意なのはコツコツ捜査で試行錯誤して解決!なので、犯行の先手を打ったり、犯人と丁々発止とやり合う一騎打ちにならないのは当然。とすると女性版『チェイン』の冒険風に、主人公を謎に巻き込まれる女性にしてフレンチは遠景に置くのが正解だったのかも知れない。

本作は『製材所の秘密』と同様、犯罪のアイディアを先に思いついて、これをもし上手く実行するとしたら… と練り込んでいったのではないか。ネタの大穴は作者も気づいていて、最後の方(第14章の最後)に持ってきて誤魔化してるが、絶対バレる。その特徴は全く隠せないし、上手な嘘の説明も思いつかない(作者も投げている)。なので犯行に関わった者なら絶対すぐに変だと気づいてしまうはずだから…
本作にはインクエストに対処する警察の基本態度が良く出ている。捜査上の重要ポイントはほとんど知らせるつもりがないのだ(もちろん評決に欠かせない情報は証言しなければならないのだが)。p70のようなセリフは冗談めかしているが本音だろう。フレンチも証言する羽目になりそうになってヤバイと思うところが愉快。
以下トリビア。
作中現在はp81から1928年6月が冒頭シーン。英国のトーキー上陸は1928年9月なので本作はまだサイレント映画の世界だ。
価値換算は英国消費者物価指数基準1928/2023(80.38倍)で£1=14884円、1s.=744円、1d.=62円。
p9 刑事弁護士(criminal lawyer)◆ハメット『赤い収穫』のジョークを思い出した。Yes, very.
p9 サーザ(Thurza)◆ヘブライ語でdelightの意味。聖書ではTirzahテルザ(民数記26:33)
p10 低中流階級(lower middle classes)◆日本語的には「中流の下」「中流下層」がしっくりくる。「階級は中流の下(げ)」「中流階級の下層」が良いかなあ。ただし「中流下層階級」のように繋げると下層に引っ張られて貧乏なイメージが強まってしまう。
p10 タイピスト… 店員… 帳簿係(typist… shopgirl… bookkeeper)◆外見からフレンチが職業をあれこれ推測している
p10 バニティー・ケース(vanity bag)
p11 フレンチさま(Mr French)
p11 下宿(boarding house)◆世界で一番有名なboarding houseはBaker Street 221B
p13 クラパム(Clapham)◆いかにも(ロウアー・ミドルの)普通の人が住む、というイメージの街区
p14 切符売場(box office)
p14 数学の夜学(evening class in arithmetic)◆こういう需要もあったんだ… でも切符売場でわざわざ勉強するほどの算術(arithmetic, 「数学」ではない)が必要になるの?と一瞬思ったが、英国貨幣の繰り上がりが特殊だからか!(£1=20s.=240d.)
p15 一月十日(10th January)
p15 検死(an inquest)◆死因を医学的に鑑定する行為と紛らわしいので「審問」「検死審問」と訳して欲しいなあ
p16 精神錯乱のはての自殺(suicide while of unsound mind)◆これなら教会墓地に埋葬可能となるので、自殺はたいていこの表現が選ばれるようだ(こういう隠された「常識」はノックス『陸橋』で初めて認識した)。
p21 映画館のバーメイド(barmaid in the… Theatre)◆大きな劇場には幕間のために必ず飲めるカウンターが設置されていたのだろう
p22 色はどんなぐあい?(What about her coloring?)◆容貌についてこう尋ねられ、答はfair with blue eyes and a fair complexion、髪、眼の色、肌の色の順番。
p22 フラー(Fuller’s)◆レストラン。調べつかず。架空だろうか
p24 仕事は一時ごろに始まり… 十一時ごろか、もう少し遅くなります(Our jobs stared about one o’clock… done about eleven or a little later)◆劇場の切符係の勤務時間
p25 五シリング(five shillings)◆ ささやかな賭け金。
p27 町(ロンドン)から出てゆく(leaving town)◆冠詞なしのtownはロンドンの意味
p28 札二枚[で]… 十ポンド◆当時の五ポンド札はWhite note, サイズ195x120mm
p30 ライオンズ・コーナー・ハウス(Lyons’ Corner House)◆4-5階建の大型軽食堂。ライオンズは喫茶店として出発。1909年からCoventry Street, the Strand and Tottenham Court Roadで営業開始。コヴェントリー店は最盛期には5000席を擁し、24時間営業をしていたこともあるという。
p41 ナショナル・ギャルリのターナーの部屋(the Turner Room of the National Gallery)
p44 スターベル事件ではヨークシャーで、ダートモア事件では南にさがってデボンシャーで(at Starvel in Yorkshire and down in Devonshire at Dartmoor affair)◆『スターヴェル』と『海の秘密』
p45 戦うテメレール(Fighting Téméraire)◆ “The Fighting Temeraire, tugged to her last berth to be broken up, 1838”は1839年作のターナーの油絵。「戦艦テレメール号」(タイトルの意味はこっち)の最後の姿を描いた。
p46 六つある入場券売場(six box office)
p50 検死裁判(inquest)◆インクエストは裁判ではない。ここでは誰も裁かれない。犯人と名指しされれば大陪審での「裁判に処すべき」との評決と同等の効果があり、正式に裁判にかけられる。
p54 おばあさんに説法… 卵の吸いかたを(Teach grandmother… suck eggs)◆面白い表現だが、元はスペイン詩人ケベードの英訳1707から。Wiki “Teaching grandmother to suck eggs”
p57 背の高い赤銅色をした(a tall bronzed man)
p58 模造真珠(imitation pearls)◆ 養殖真珠の生産に成功したミキモトが欧州で相場より25%安く売り出したが、質の悪い模造真珠だ、という誹謗中傷に苦しんだ。そのため訴訟を起こし、大正13年(1924年)パリ民事裁判所で「本当の真珠として売り出してかまわない」という判決を勝ちとった。安価なうえ品質を保証されたため、当時真珠ファッションは大流行したらしい。ここのimitationは普通の職業婦人がつけているので、人工真珠(ガラスなどの紛い物)のことだろう。
p62 ここで検死官が陪審に質問を募っている
p69 色の浅黒い小柄な男(a small dark man)◆「黒髪の」
p70 警察のエネルギーは裁判所をだまくらかすことに向けられねばならん(the energies of the police must be directed towards hoodwinking the courts)◆この場合のcourtsはcoroner‘s courts(検死官の審廷)のこと。
p70 エジプトたばこ(Egyptian cigarettes)
p75 シャーロック・ホームズが歩道上のためらいと呼んだもの(what Sherlock Holmes used to call oscillation on the pavement)◆正確にはOscillation upon the pavement(“A Case of Identity”の冒頭場面より)
p81 六月十九日火曜日(Tuesday, the 19th of June)◆該当は直近で1928年。
p82 ニースに滞在(Hotel in Nice)◆『海の秘密』を思い出している
p82 トルコ・シガレット(Turkish cigarette)
p89 巻き結び(an ordinary clove hitch)… 繩ばしご結び(ratline lock)◆ノルウェーの船員に教わったというratline lockはググっても全然出てこない(本作のテキストが表示される)。 船員のワタクシ語かノルウェーでの通称を直訳したものか。たぶんその結び方には英語では別のポピュラーな名前が付いているのだろう。
p93 セダン(訳注 英国ではサルーン)
p95 中型、灰色のセダン… たぶんダイムラー(a middle-sized, grey saloon… Possibly a Daimler)◆p160参照
p100 石鹸のようなジョー(Soapy Joe)
p101 パラディアム(the Palladium)◆1910年にオープンした演芸場。バラエティー・ショーや英国パントマイムが主流。1928年には映画興行も行うなど衰退していた。興行主が変わった1928年9月以降は米国音楽家(Duke Ellington, サッチモなど)のショーを含む豪華なバラエティー・ショーで巻き返した。Wiki “London Palladium”参照。フレンチはジョークで楽しんでいるのでバラエティー・ショーを観たのだろう。
p101 ハットン・ガーデンのゲシン殺人事件(『フレンチ警部最大の事件』) Gething Murder case of Hatten Garden
p101 意地悪婆さん(a bad old sort)
p102 ≪水割り≫(half a peg)◆pegはソーダ割りらしいのだが…
p106 ≪細君のやり口≫(her ‘way’)
p107 結婚は記録天使を飼いならすことだ(訳注 スチブンスン『バージニバス・ピェエリスク』) The phrase about marriage being domestication of the Recording Angel◆全文は”To marry is to domesticate the Recording Angel.  Once you are married, there is nothing left for you, not even suicide, but to be good.“ Virginibus Puerisque ii(1881)
試訳「結婚すると記録天使を自宅に住まわせることになる。結婚したが最後、自由は一切なくなり、自殺さえ奪われ、良い子にしている他ない」翻訳はちょっとニュアンスずれ。記録天使がすぐ近くにいるので行動がメチャクチャ縛られる、というのがスティーブンスンの趣旨。
p108 門衛(door porters)
p110 出納係(a casher)
p113 一ポンド札(a pound)… 一階の正面席三枚(three stalls)… [釣りは] 十シリング札と一シリング ◆つまり切符の値段は一枚三シリング。フィル・マク『ライノクス』(1930)でもstallは同じ値段だった。
p113 金属製の丸い入場券(metal disc ticket)◆当時の入場券は金属製だったのか。回収が大変そう。当時ものを探したが19世紀の英国劇場のしか見つからず。
p124 ベイカールー… ワットフォードまでの切符◆地下鉄Bakerloo LineはQueen’s Park駅で地上鉄道と接続しWatfordまで行ける。なのでWatfordまでの切符をあらかじめ購入しておけば、相手がどこで降りても清算の手間が省けるだろう、と考えた
p125 ≪定期券≫(a ‘season’)◆鉄道の。最低でも3か月単位? 未調査
p127 ペダル・ベース(pedal bass)◆オルガンのペダル鍵盤は最低音部。日本語クリシェの(間違った言い方だが)「通奏低音」っぽい表現か
p129 ティード・オフ(teed off)◆普通のカタカナ語なら「ティーオフ」
p140 正式の名刺(his official card)
p142 ゼラード4763のC(Gerrard4763C)◆電話番号なんだが、最後のCは何?
p142 旧式電話で≪あなたの番号は----≫というプレートがはりつけてあり(old-fashioned instruments which bore a plate with the words ‘Your number is ——‘)◆GPO Telephone No.105でそういうプレートの画像が見つかる。当時の広告から類推するとキャンドルスティック型は1923年ごろから一般化しているようだ。(たぶんここのは壁掛け電話、ダイヤルはついてなかったかも)
p145 検察官(the public prosecutor)◆英国では私人訴追という概念が一般化されており伝統的に専門の検察官はいなかった(198●にやっと検察官職が新設された)。このpublic prosecutorとは重大事件の被疑者の証拠をまとめてから大陪審に送る役目なので、まあ一応検察官の役目に近いが、public prosecutor は日本や米国の検察のような訴追主体ではない。しいて言えば警察が訴追主体であり、イニシアチブを握っているようだ。
p150 ヴィクトリア7000(Victoria 7000)◆フレンチに繋がる公用電話番号。なおイングランドの救急番号999は1937年に創設。英Wiki “999 (emergency telephone number)”
p153 紳士強盗フレンチ(Mr Cracksman French)◆私はRafflesを連想
p154 チャブ錠(chubb lock)◆ Charles Chubb(1779-1846)創始の錠前・金庫ブランド。
p156 二シリングばかりの(a couple of shillings)◆ ちょっとした情報へのチップ
p160 ありきたりの15/20マーキュリー・セダン… たぶん値段は新品で450ポンドくらい(The car was a perfectly normal 15/20 Mercury saloon, probably worth £450 when new)… すばらしい高級車(excellent in quality)◆当時Mercuryという自動車ブランドは存在してない。値段的にはCrossley Six(15.7hp)とかArmstrong-Siddeley 15/6あたりのグレード。「高級車」とあるが、原文の感じでは、ここは内装が高品質、ということを書いていると思う。前作『海の秘密』にもMercury 15/20が出ていた。
p162 ソーンダイク博士の手腕(the skill of Dr Thorndyke)… その真空分離器(his vacuum extractor) ◆ 短篇「ろくでなしのロマンス(A Wastrel’s Romance)」(初出1910-8)に出てきたようなやつか。ポルトン発明の集塵機(dust-extractor)と呼ばれ、絨毯掃除(restoring carpets)の“vacuum cleaners”と似た原理で動作する、とある。Webサイト”Science Museum”の記事“The Invention of the Vacuum Cleaner, From Horse-Drawn to High Tech”に1903年の馬引きのデカい機械(石油モーター使用)の写真があった。家庭用真空掃除機は1908年から(Hoover Upright Vacuum Cleaner 1908で映像や動画あり)。大量生産で安価になったのは1930年代というから、この時のフレンチに家庭用のイメージはまだ無いかも。英国家庭での普及率(1939)は約30%だった。ただしヴァンダイン『スカラベ』(1930)ではお屋敷のメイドがもう使っている。
p166 近所の子供芝居で≪ハリウッドのフック嬢さん≫のトム・ミックスを(doing Tom Mix in “Miss Hook of Hollywood” at a children’s show)◆トム・ミックス(1880-1940)はサイレント映画時代の米国西部劇の大スター。ここは「カウボーイ役を演じた」という意味だろう
p166 予備校通いの少年(a preparatory schoolboy)◆8-13歳までの子供が名門パブリック・スクールに通う準備をするための学校。ということは父親は30代か40代なのでは?
p170 五シル(five bob)◆ 3720円。子供へのお駄賃。かなり奮発
p192 半クラウン(half-crowns)◆1860円。当時はジョージ五世の肖像。1920-1936鋳造のものは.500 Silver, 14.1 g, 直径32mm
p195 週八ポンドか十ポンド(Eight or ten pounds a week)… 年六百(six hundred a year)◆週10ポンドでようやく年520ポンド。まあ額が多い時もあるから年で600にはなるだろう、というざっくりした計算か
p209 犬のレース(dog-races)
p220 一ペンス(a penny) ◆ ペンスと言いたくなる気持ちもわかる。ペニー銅貨についてはp282参照
p228 夕めしのご馳走に呼ばれる(asked me ‘ome to dinner)
p231 表紙に毒々しい絵のある、ぶよぶよになった小説本(a well-thumbed novelette with a lurid picture on the cover)… ポケットに押しこみ(pushed the novelette into his pocket)◆パルプ・マガジン風の表紙絵で薄めのペーパーバックのイメージ、well-thumbed は何度もページをめくったので(安い)紙がヨレヨレになった感じ。
p232 二シリングの郵便為替(Postal order for two bob)
p234 濃い緑色のアームストロング・シッドリのセダン(a dark green Armstrong-Siddeley saloon)◆ 15/6(1928-1934)あたり? 当時の広告で£400〜。
p239 タナー警部(Inspector Tanner)◆前作に引き続きちょい役
p239 いまいたと思ったら、もうどっかへ行ってしまって、あとかたなしだ(Now, you’ve gone and done it)◆全体で「大変なことをやらかしちゃったな!やっちまったな!」みたいな成句らしい
p239 フレンチ兄い(Brer French)◆私は『リーマスじいや』(1880)のBr'er Rabbit(うさぎどん)をすぐ思い出したのだが、Brer(米国南部方言のbrother)をググると真っ先にBrer Rabbitが出てくる。当時もそういうイメージで良い?
p240 上物のトルコ・シガレット(opulent Turkish cigarettes)
p275 インド紙刷り(India paper)
p275 ≪街灯点灯夫≫ (The Lamplighter)◆ 1854年Maria Susanna Cummins作の米国センセーショナル・ノヴェルで当時の大ベストセラー。
p275 ≪クィーシー≫ (Queechy)◆米国作家Elizabeth Wetherell, 本名Susan Bogert Warner(1719-1885)作、1852年出版。初の出版作品The Wide, Wide World(1850)がベスト・セラーになり数か国語に翻訳されたので、この作品も結構流通したのだろう。
p275 ≪フェアチャイルド家≫ (The Fairchild Family)◆ The History of the Fairchild Family (1818, 1842, 1847) by Mary Martha Sherwood(1775-1851) 英国児童向け小説のベストセラー。
p275 ≪緋文字≫ (The Scarlet Letter)◆ ホーソン作1850年出版
p275 ≪天路歴程≫(Pilgrim’s Progress)◆ バニヤン作1678年出版
p275 ほぞ穴錠(a mortice lock)◆ドアの内部にボルトを内蔵するタイプの鍵(現代ではごく普通の仕組み)。ナイトラッチ等のようにドアの表面にボルトを取り付ける式ではない。ボルト受け側にほぞ穴を開けるので、この名称。
p275 ふとい閂(かんぬき) heavy bolt
p277 鋲が打ちこまれて(a screw had been passed)◆ここは「スクリュー」とか「ネジ」が良いなあ。
p280 冷たいロースト・ビーフ(cold roast beef)… サイダー(cider)
p282 ペニー銅貨(a penny)◆当時はジョージ五世の肖像。1911-1936鋳造, Bronze, 9.5 g, 直径31mm
p283 火ばさみ(tong)◆antique blacksmith tongのようなイメージかな
p285 投げ矢(dart)◆ここはpaper dartのイメージ
p289 ギリシャ人がギリシャ人に会うとき(When Greek Meets Greek)◆ 同格の者と闘う場合は楽に勝てないのだ、という諺。Nathaniel Leeの劇“The Rival Queens, or the Death of Alexander the Great”(1677)より
p291 長距離のガソリン(with petrol for a long run)
p292 快速自動車(fast cars)

No.10 6点 海の秘密- F・W・クロフツ 2023/07/28 01:08
1928年出版。クロフツ長篇第8作、フレンチ・シリーズ第4作。やっとタイトルからフレンチがとれた、と思ったらCollins初版のダストカバーを見ると”The Sea Mystery / An Inspector French Case”なので、実はフィーチャーが続いていた。まあでもフレンチ部分はやや小さい活字で、下のハードカバー表紙には”The Sea Mystery”だけの印刷。創元文庫の翻訳は、気になる点が少しあったが快調。
なんと言っても、冒頭の親父の姿が良い。ごく普通の一般の人なんですけどね。その後の展開が工夫されていて飽きさせず読ませる。袋小路にハマって閃いてちょっと戻って進む、また難所にぶつかる、ふと思いついて糸をたぐると上手くいって嬉しい… これがクロフツ流。フレンチは本当に旅行が好きだなあ…
作中現在はp9とp46から1927年9月が発端の場面で良いだろう。
価値換算は英国消費者物価指数基準1927/2023(80.38倍)で£1=14589円。
p8 ウェールズ南部… ベーリー入江(The Burry Inlet, on the south coast of Wales)
p9 九月末
p16 沿岸警備隊(coastguards)
p18 組み立ておもちゃ(meccano)◆ メカノはリバプールのFrank Hornbyが1898年に開発したおもちゃ。
p18 自転車のライト(my bicycle lamp)
p21 あすか明後日の検屍裁判(at the inquest tomorrow or next day)
p24 食堂車付き急行(luncheon car express)
p28 洗濯屋のマーク(laundry marks)
p29 じょうずな写真屋(a good photographer in the town)◆ 当時は警察に写真班は無かった? 田舎警察だからかな。
p33 バーンリー警部(Inspector Burnley)… もう退職した(retired now)◆『スターヴェル』(1927、シリーズ第3作)から作者はフレンチ世界に旧作の登場人物たちを取り込もうとしている。それは良いんだがなんで無駄なネタバレをするんだろう… (ここで『樽』の犯人や犯行方法を全部バラしているので未読の方は要注意)
p39 モールスワース(Molesworth)
p46 [8月]21日、日曜日(21st, Sunday)◆ 該当は直近で1927年。この日付は作中現在の「五、六週間前」
p51 小銃射撃場のあるラネリーの(at the Llanelly rifle range)◆ ラネリー射撃場は1861年から使われ、1948年ごろまで現役。現在はゴルフ場と公園になっている(WebサイトCofleinの“Llanelli Rifle Range”より)。
p58 スワンシー(Swansea)◆ クロフツ観光案内。マンブルズからブリストル海峡の眺め
p63 三百ポンドの保証金… 賃貸料五ポンド(a deposit of £300 and £5 for the hire)… フォードの1トン積みトラック(a Ford ton truck)
p64 書体を真似できますか?(describe the hand they were written in?)◆ 「どんな感じの筆跡でした?」
p69 大型複写器(a large duplicator)… 六十二ポンド十シリング(£62 10s.)… ◆送料込みの値段
p72 スターヴェル(Starvel)… ついこのあいだ(it was not long)◆ 私の推定では『スターヴェル』事件は1926年9月のことなので一年前。
p73 南デヴォンシャー(South Devonshire)… ニュートン・アボット(Newton Abbot)
p74 ダートムーア(Dartmoor)… 底ぬけの“泥沼”(the soft ‘mires’)◆この沼地、実際はどんなものなのか、ずっと疑問に思っていたがWebに好記事があった。「ダートムーアの泥炭湿地~ 名探偵シャーロックホームズが見た底なし沼 ~」岡田 操(2012)
p84 電動複写器… モーターは直流220ボルトにて差し込み用のコード一式も(Electric Duplicators… The motor to be wound for 220 volts D.C., and to have a flexible cord to plug into the main)
p86 複写器… 普通の大きな円筒と、非常なスピードでコピーをとる精巧な装置とをもった複雑な機械(a duplicator. It was an elaborate machine, with the usual large cylinder and ingenious devices for turning out copies at high speed)◆当時の複写機のイメージは “A 1930 model of the A. B. Dick Mimeograph machine”みたいなやつか
p87 二百二十四ポンド(About two hundredweight)◆ 複写機の重さ。翻訳はhundredweight(英国だと112ポンド相当)を換算して妙に細かい答えになってしまっている。
p94 試験(test-points)◆試訳「チェックポイント、問題点」くらいの意味か。
p99 中型四人乗り(four-seater touring car)… 15-20のマーキュリーで、二年ほどはしっている(a 15-20 Mercury, two years old)
p102 アードロ会社(Ardlo)◆調べつかず。架空?
p102 マスコットがうしろに突き出ている… ラジエーターのキャップを外してからでないとボンネットがあけられない(on account of the mascot sticking out behind, you have to take off the radiator cap before you can lift the bonnet)◆具体的に調べていないが、そういう不便なマスコットがあったのか
p103 有名なダートミートの谷(the last the famous meeting of the waters, Dartmeet)◆Webで見ると人気の観光スポットらしい。
p104 プリンスタウンの大監獄にひとりの売春婦を訪ねた時(gone down to Princetown to see one of the unfortunates in the great prison)◆ unfortunate=prostitute、ヴィクトリア時代の婉曲表現のようだ。「不幸なご婦人」あたりでどう?(伝わらないか)
p105 泥よけのライト(wing lamps)
p105 自転車からライトを外して(took the lamp off my bicycle)… いいアセチレンのライト(a good acetylene lamp)◆懐中電灯の代わりに自転車のライトを使う場面がクロフツ作品には多い印象がある
p120 アルゼンチンで農業を(a farmer in the Argentine)
p122 不可能◆私もこの点が気になったが、なるほどね、という説明。
p127 優秀な証明書(an excellent testimonial)◆「訳注 新しく就職するときに用いるためのもの」新しい雇用主に見せるため、元の雇用主が使用人に発行する。
p127 一カ月分余計の賃金(an extra month’s wages)
p130 チップをやって(with a tip)
p139 茶色の習作…浅黒い顔色に茶色の目、髪は殆んど黒で茶色の服に茶の靴、そして茶色のネクタイ(was a study in browns: brown eyes, a dusky complexion, hair nearly black, brown clothes and shoes and a dark brown tie)
p156 タンナー警部はしゃれの好きな男だった(Tanner was a man who liked a joke)◆ 前作に続いて登場。
p163 “ラ・フランス”の、実に見事な苗床(the really magnificent bed of La Frances)
p170 お茶とバターを塗ったパンと、ひときれの肉(Tea an’ bread an’ butter and a slice o’ meat)◆警備員の夜食
p172 ベイコック式とウィルコックス式の水管ボイラー(Babcock and Wilcox water-tube boilers)◆ バブコック・アンド・ウィルコックスは米国の有名ボイラー・メーカー、1867年設立。
p179 複写器の脚部の鋳物(the leg casting)
p192 玉突き(billiards)… ブリッジ(bridge)
p204 召使たち(servants)… 執事(butler)… その夫人… 母家のそとの勤務のふたりの男(two outside men)… 運転手(chauffeur)… 園丁(gardener)◆ 社長の使用人の構成
p211 二ガロン… 四十マイルぐらい走れる◆ 自動車の燃費
p228 クロンダイクの“ゴールドラッシュ”よろしく(Another rush to Klondyke)◆ カナダ・ユーコン準州クロンダイク地方に起きたゴールドラッシュ(1896-1899)のことを言っているのだろう。
p236 カメラを持っていた(having a camera)◆ 当時の小型カメラのイメージはcamera 1927で。
p239 米国式の拷問のような… 尋問(questioning on the lines of American third degree)
p245 玉突きのスヌーカー(snooker)◆ 英国で人気があり、今でもBBCで試合の中継があると言う。スヌーカー用のビリヤード台はポケットビリヤード台の倍の大きさというから、かなり広いお屋敷なのだろうか。
p250 プリマス◆クロフツ観光案内。エディストーン灯台も出てくる。
p251 二ポンド◆質屋が自転車で貸した金額
p252 きみの友だち(a friend of yours)… あの愉快なる若き楽観主義者、マックスウェル・チーン(cheery young optimist, Maxwell Cheyne)◆ このカナ書きだと気づかない人が多いと思うが、ここで『チェインの謎』の主人公がカメオ出演。「ばか(ass)」と二人から言われている。何かまたやらかしたのか。
p261 公衆電話のボックス(the boxes)◆ 駅に電話ボックスが数台並んで設置されているようだ。
p261 秘密摘発の権限(the authority to divulge)◆ 電話番号を聞き出す当時のやり方なんだろうか。
p261 一シリング貨(a shilling)◆1920-1936鋳造はジョージ五世の肖像、.500 Silver, 5.65g, 直径23mm。
p265 六ペンス銀貨(a sixpence)◆1920-1936鋳造はジョージ五世の肖像、.500 Silver, 2.88g, 直径19mm。
p271 ビビー会社(Bibby Line)◆ 英国の海運業者、1807年創業。Flintshireは架空の客船のようだ。
p281 なにか物悲しいメロディを口笛で(the whistling under his breath of a melancholy little tune)◆ 何の曲だか手がかりは無い
p290 カラーとシャツにはアルゼンチン製のマーク(the Argentine marking on the collars and shirts)◆made in Argentineではなく、洗濯屋のマークのことか?
p291 コロナ四型(a Corona Four)◆ 米国製タイプライター、ポータブルな機種。製造1924-1940。1927年に定価$60との情報がWebにあった。
p294 十シリングの札(a ten-shilling note)◆頼み事への御礼(タクシー代込み)、結構高額な感じ。当時10シリング札はTreasury Note(10 Shilling 3rd Series Treasury Issue) 1918-1933発行、138x78mm
p302 ザ・ボルトンズ(The Boltons)◆翻訳では「競技場」としているがoval型の区域。高級住宅街のようだ。英Wiki参照
p302 勤労者階級のアパート(working-class flats)
p303 制帽の鳥の羽(fine feather in his cap)◆feather in his capで「立派な業績」という慣用句。昇進して制帽に線が増えるみたいなことか、と誤解しちゃいました。
p307 ポケットから出したオートマチック(automatic pistol from his coat pocket)◆ 「背広上着の」ポケットからですね。ここは大きさを推測する手がかりになるので逐語的に翻訳して欲しいところ。
p308 懐かしい思い出のシーンが、彼の“心の目”の前を通り過ぎた(visions of scenes in his past life floating before his mind’s eye)◆日本語クリシェなら「走馬灯のように… 」

No.9 7点 スターヴェルの悲劇- F・W・クロフツ 2022/08/16 23:32
1927年出版。フレンチ第3作。Collins初版は “Inspector French and the Starvel Tragedy”で、フレンチ警部の名前を三作続けてフィーチャーしています。創元推理文庫(1987年9月初版、我が家のは2004年三版)は大庭さんの翻訳。安定した堅実な出来。巻末の付録は充実していて読み応えがありそう。(私はネタバレが怖くて、ざっと目を通しただけですが…)
本作は、なかなか派手な事件(難癖をつけると、当時の水準を考慮しても、消防の調査が不充分な気がします…) クロフツさんは最後に活劇を持ってくるのが多いけど、今回のは微妙。まあでも展開がいろいろあってとても面白い作品です。特に第11章から第14章への流れが良かった。
以下トリビア。
作中現在はp41、p75、p217から1926年9月。
英国消費者物価指数基準1926/2022(67.94倍)で£1=11023円。
兵器関係ではMills Bombが登場します。読後にWikiなどで調べていただければ。
p8 献辞(TO MY WIFE / WHO SUGGESTED THE IDEA FROM WHICH / THIS STORY GREW)◆クロフツ作品で献辞付きは初めてかも。
p13 九月十日(September 10th)
p13 水曜日にフラワー・ショウ(flower show opens on Wednesday)◆ The Ancient Society of York Floristsは1768年創設、世界最古の園芸協会で、最も古くから続いているフラワー・ショウという記録を保持しているようだ。当該協会のHP参照。
p14 十ポンド
p14 スコットランドの発音(in his pleasant Scotch voice)
p18 スターヴェルくぼ地(Starvel Hollow)
p22 いつも木曜日ごとにまわってくるパン屋(the baker… make his customary Thursday call)◆この表現だと週一かと誤解したが、実は「週三回」p31参照。試訳「木曜日通例の配達時に…」
p28 死因審問◆お馴染みの「インクエスト」だが相変わらず定訳が無い。
p30 すべての陪審席がふさがった(until all the places in the box were occupied)
p30 真実の評決を下すよう最善をつくす…(justly try and true deliverance make) ◆ 陪審員の宣誓の一部。全文は以下のような文言。You shall well and truly Try, and true deliverance make, between our Soveraign Lord the King[Lady the Queen], and all persons shall be given you in charge according to your Evidence, so help you God. 実は全文が載っている資料が見つけられず、数種類の宣誓文から適当に再構成したので怪しいです。
p30 陪審は遺体を調べましたか(the jury viewed the remains?)◆1926年の法改正で、検死官が不要とすればviewは省略可能となったが、ここでは昔どおりに行なっている。
p31 パン配達の馬車で、一週間に屋敷に三回パンを届けていた(drove a bread-cart… three times a week)
p39 旅館のバーメイド(barmaid)
p41 九月十五日の夜(on the night of the fifteenth of September)◆事件の日付。p75から水曜日。
p41 死因については(the cause)◆事故だったのか、故意だったのか、という事。
p45 年に約130ポンドの利子や配当金がはいる(as to bring her about £130 per annum) ◆元手は2300ポンドなので、年利5.65%。今となっては夢のような率だ。
p46 ケーキ屋でお茶を(had tea at the local confectioner’s)
p49 一代限りの生涯不動産(a life interest)◆ 辞書では「生涯利益:財産所有者が生涯にわたってその財産から得る利益; 死後, 他の人に譲渡できない」とあった。
p49 当座預金の口座(a current account)
p49 二十ポンド紙幣(£20 notes)◆白黒で裏面白紙の£20 White(1725-1945)、サイズ211x133mm
p53 探偵小説(detective stories)
p63 リーズのカーター・アンド・スティーヴンスン社(Carter & Stephenson of Leeds)◆架空メーカー。
p63 一ポンド金貨(sovereigns)◆ジョージ五世の肖像(1911-1932鋳造), 純金, 8g, 直径22mm
p75 九月十四日、火曜日◆該当は1926年。
p80 わたし自身の命令で10ポンド以上のすべての紙幣を記録するのが習慣になっていました(By my own instructions it has been the practice to keep such records of all notes over ten pounds in value)… しかし、そういう記録は長くは保存してありません◆ 英国では、銀行の決まりとして、高額紙幣は出納時に必ず番号を記録するのだと思っていた。詳細は未調査。
p86 十六ポンド八シリング四ペンス… 宿泊料、食事込み◆フランス旅行三泊四日?の旅費一人分。
p96 壁には1880年代はじめの英国王室一家の写真(pictures, a royal family group of the early eighties)◆ヴィクトリア女王時代ですね。
p109 外国旅行が好きらしいね(Fond of foreign travel, aren’t you?)
p112 五千フラン◆1926年のポンド/フラン換算は金基準で£1=149フラン。5000フランは33.6ポンド。
p114 貸金庫料三十シリング(The rent of the safe, 30/–) ◆期間不明。一年分の代金か?
p116 クリケットのバット(a cricket bat)
p142 十シリング紙幣(a ten-shilling note)◆当時の紙幣は10 Shilling 3rd Series Treasury Issue(1918-1933)、サイズ138x78mm、緑と茶色。
p188 共同墓地(cemetery)◆教会所属地以外の墓地、という含みがあるようだ。
p216 自転車用のアセチレン・ランプ(an acetylene bicycle lamp)◆懐中電灯の代わりに使われている。『製材所の秘密』にも出ていた。
p217 一九二六年九月十四日(14th September, 1926)
p220 十二ポンド◆葬儀代一式、なんとか簡素なのが出来るくらいの金額。
p222 七十五日(a nine days’ wonder)◆日数は、日本語の言い方に合わせた翻訳。
p223 アームストロング主席警部(Chief Inspector Armstrong)
p270 人相書(Age XX; height about XX ft. XX inches; slight build; thick, dark hair; dark eyes with a decided squint; heavy dark eyebrows; clean shaven; sallow complexion; small nose and mouth; pointed chin; small hands and feet; walks with a slight stoop and a quick step; speaks in a rather high-pitched voice with a slight XXXXX accent) ◆ネタバレ防止のため一部伏字。身長、体格、髪、眼、眉、髭、顔色、その他、の順番。髪、眼、眉がdarkで共通だが、肌の色はsallow(血色悪い青白)。「darkは”髪/眼/肌”が暗っぽい、と言う意味だが、髪や眼が黒っぽい人は肌が浅黒いのが普通だからdark=“浅黒い” でも問題無いのだ」というヘンテコ説への反証になるかな?
p270 警察公報(Police Gazette)
p277 ウイリス警部(Inspector Willis)◆『製材所の秘密』の刑事と同一名だが、同一人物だという手がかりは無い。
p290 三十シリングから三十五シリング◆ 19000円程度。結婚指輪(wedding ring)の値段
p293 ホンブルグ帽(Homburg hat)
p300 ピッツバーグの◯◯だったら、しっぽをつかまれた(had fallen for the dope)と言うところ◆配慮して匿名にした。『フレンチ警部最大の事件』関係者。ただし当該作の中に、この英語表現は出てこない。米語っぽい言い方という事か。
p318 スコット記念塔(Scott’s Monument)◆ 作家ウォルター・スコットの記念碑。Wiki “The Scott Monument”参照。
p318 諺に言う熱い鉄板の上のめんどりのように(like the proverbial hen on the hot girdle)◆ (chiefly Scot) Someone who is in a jumpy or nervous state
p320 タナー警部(Inspector Tanner)◆『ポンスン事件』の刑事と同一名だが、同一人物だという手がかりは無い。(p277、p300と合わせて考えると、作者のつもりでは同一人物なんでしょうね)

No.8 6点 フレンチ警部とチェインの謎- F・W・クロフツ 2022/07/21 04:41
1926年出版。フレンチ警部第2作。井上勇さんの翻訳は端正。「めっかる」が微笑ましい。
つぎつぎと不思議な事件が起こる物語。冒頭に「わたし」が唐突に出て来るのですが、これは作者の事なんでしょうね(登場するのは冒頭だけ)。推理味は薄いです。
物語後半に登場する「モーリス・ドレイクのWO2のすてきな物語(p336)」フレンチ警部も「いちばん面白い本」という”WO2”(1913) (「2」は二酸化炭素CO2のような小さな下付き文字)は英国エドワード朝冒険スリラーの先駆的作品で、チルダース『砂洲の謎』(1903)とともにクロフツの愛読書だったらしい。私は二作とも読んでいませんが、研究者によると『製材所の秘密』はこの二作の影響を受けており、本作の主人公の名前は“WO2”の登場人物から採られ、ヒロインの造形も似ているようだ。Maurice Drakeの作品は英国冒険小説の一つの潮流を作り、後年のガーヴにも繋がるという。
クロフツさんが鉄道業を辞めるのは1929年になってから。それまでは仕事をしながらのパートタイム作家だった。本作の最初のほうに出てくる評価(「まるで商務省の報告のような文章」とか「低級雑誌」とか)はクロフツさんの自虐ネタだったのかも。
以下、トリビア。
作中現在はp9から明白のようだが、実は問題あり。p279の記述で『フレンチ警部最大の事件』が先に発生しているようなのだが『最大の事件』は日付と曜日から1924年のはず。さらに作中のポンド/フラン交換レート(『最大の事件』が£1=70フラン、『チェイン』が£1=80フラン)と近いのは、それぞれ1923年と1924年。だが、本作ではウェンブリー競技場が影も形も無い(p171)という描写があり、いろいろスッキリしないがやはり『チェイン』は1920年の事件なのだろう。
英国消費者物価指数基準1920/2023(49.68倍)で£1=8225円。
p8 白ウサギ… ジャックの裁判◆『不思議の国アリス』風味はここだけ。
p9 わたしは…◆一般論を述べているので作者が登場してもおかしくはない。
p9 一九二◯年三月(March, 1920)
p10 ハロウやケンブリッジに入学する夢
p11 プリマス
p11 モーターバイク
p13 すてきなアメリカの調合飲み物(a wonderful American concoction)
p14 短編小説
p15 まるで商務省の報告(It reads like a Board of Trade report. Dry, you understand; not interesting)
p16 十二編くらいの
p17 ザ・スタンダード(The Strand)か、どこかの月刊誌に◆井上先生にしては珍しい誤訳。
p17 低級雑誌(inferior magazines)… りっぱな新聞雑誌(good periodicals)
p18 うまくいけば一編50ポンドか100ポンドで売れる… 出版権や映画などで◆短篇小説一作なら結構な儲け。
p22 手ぎわのいい手品使い
p24 自分の電話はなかったが、一番近い隣家の… 取次◆昔は電話の取次ネタが落語でもありましたねえ。でも英国人の電話普及率の低さを考えると、やはり個人の生活に遠慮なくズケズケ入ってくる電話が嫌いだったのだろう。それが許される有閑な生活環境(急ぎの用事に振り回されない)というのもあったのだろうし…
p26 私立探偵を
p29 かつて読んだことのある小説
p32 保険
p35 紙幣の小さな束
p35 インデアンの手細工の小さな金の置時計(a small gold clock of Indian workmanship)◆英国なので「インドの」だろう。
p37 スペクテーター◆若い女性が読むの?と思ったが場違い(小笑い)の場面なのかも。
p64 フールズキャップ
p77 燻製ハムと卵の皿、かぐわしいコーヒー、トースト、バター、マーマレード
p79 小さな自動拳銃(a small automatic pistol)◆型式なし。いつものようにFM1910がお薦め。
p86 二シリング
p92 一等の食堂車(the first-class diner)
p92 小説ちゅうの探偵(the sleuths of his novels)
p93 ようがす、だんな(Right y’are, guv’nor)
p94 タクシーZ1729(Taxi Z1729)◆タクシーのナンバー
p94 料金のほかに10シル(Ten bob)
p99 大きな写真機
p104 たったの1シリングで
p108 イングランドは各人がその義務をはたすことを期待する
p117 町(ロンドン)に滞在している(was staying on in town)◆定冠詞なしの場合は英国では「ロンドン」のことらしい。
p120 労働者アパートの団地(a block of workers flats)
p122 お茶のしたく(I was just about to make tea)
p124 六シル六ペンス◆タクシー代5s.6d.と手間賃1s.
p128 矛盾は当今のはやり(since contradiction is the order of the day)
p129 “アラビアン・ナイト”の話(Why, it’s like the Arabian Nights!)
p132 小型カメラとフラッシュライト(having photographed them with her half plate camera and flash-light apparatus)
p132 雑誌の口絵やポスター(for magazine illustration and poster work)
p133 十の階段(the ten flights of stairs) ◆五階なのでひとつながりの階段が一階につき2つあり、合計10回階段を登った、という意味。試訳「階段を十回登って」
p145 五シリング
p153 四月五日
p155 二百ポンド
p157 天罰覿面
p171 ウェンブリ・パーク… 当時はまだ博覧会の開催は考えられていず、後年、世界のあらゆるところから、何十万という訪問客が押し寄せることになった地所は、まだまっくらで人気もない野っ原だった(at that time the Exhibition was not yet thought of, and the ground which was later to hum with scores of thousands of visitors from all parts of the world was now a dark and deserted plain)
p176 アンクレット… 鱶がが噛みつくのを防ぐため… “白の騎士”(アーサー王物語)
p177 夏期時間(this daylight saving)… 一時間はやく◆燃料節約のためにSummer Time Act 1916で定められた夏時間。1920年は3月28日(日)から9月27日(月)まで。
p180 サッシ(sash)… 掛け金(catch)
p181 ポケット尺(a pocket rule)
p184 うなぎのように
p191 コロナ(訳注 キューバ葉巻)(Try one of these Coronas)
p191 コーヒーとロール
p215 ありきたりの銀のポケット壜
p221 小さなハンドバッグ(purse)◆上着のポケットに入るくらいのもの。
p222 駅の食堂(the refreshment room)
p223 一等食堂(the first-class refreshment room)
p232 ひとかたまりのパン、バター、ニシンの罐詰、卵
p248 お礼として2ポンド
p262 ネルソンの言葉… 歌の替え文句(‘England expects every man to do his duty’ was amateurish…. In his mind the words ran ‘England expects that every man this day will do his duty,’ but he rather thought this was the version in the song)
p266 ゴールズワージー フォーサイト家物語
p271 古いナピヤー(an old Napier)… 五座席… 三つうしろで、二つが前… りっぱなカンバスのカバー… 黒◆1909年のfive seaterか。
p272 黄いろいアームストロング・シッドリ(Armstrong Siddeley)◆1921年の広告で29.5 hp 6 Cylinderが£875というのがあった。
p278 大陸版ブラッドショー(a continental Bradshaw)
p279 フレンチ警部最大の事件◆日付と曜日から1924年の事件と判断していたのだが…
p279 フランは80(訳注 1ポンドあたり)が相場だった(With the franc standing at eighty)◆金基準1920だと£1=52フランだが… この換算だと1フラン=158円。同じく金基準で1922年£1=54フラン、1923年75フラン、1924年85フラン。『最大の事件』では「1ポンドは70フラン相当」と書いてあった。なおベルギーは当時ベルギー・フランを採用。レートはフランス・フランと同じだったようだ。
p279 二十四フランはシングルの部屋としては相当の値段◆3792円。ずいぶんと安い。
p279 プチ・デジュネ4フラン50はかなり上等なホテル… おそらく中の上◆711円。
p279 ロンドンのサボイとか、パリのクリヨンまたはクラリッジ(like the Savoy in London or the de Crillon or Claridge’s in Paris)◆超一流ホテルの例
p282 ベデカ案内書
p285 ゼーブリューゲの海岸(Zeebrugge)◆クロフツさん得意の観光案内
p286 ブリュジェ(Bruges)
p289 フラマン語
p291 アントワープ◆クロフツさん得意の観光案内
p299 コーヒーとロールと蜂蜜の朝食
p306 五フラン◆情報料
p308 ベルリッツ学校
p315 カード遊び(to play cards)
p330 船首に十八ポンド砲(an 18-pounder forward)
p336 モーリス・ドレイクのWO2のすてきな物語(Maurice Drake)… テルノイゼンのようなやつ… わたしがめぐり会ったなかでも、いちばん面白い本のひとつ(like those chaps in that clinking tale of Maurice Drake’s, WO2.’ / ‘As at Terneuzen?’ said French. ‘I read that book—one of the best I ever came across)
p357 六ポンド砲(the six pounders)
p361 軍用拳銃(all armed with service revolvers)◆こちらはウェブリー回転拳銃か。

No.7 6点 フレンチ警部最大の事件- F・W・クロフツ 2022/06/19 13:22
1925年出版。クロフツ長篇5冊目でやっとフレンチ警部初登場です。ただし作者自身はシリーズ・キャラとして続けるつもりはなかった、と何処かで読んだ記憶あり。本作を読んでみても前四長篇の刑事と際立った違いもなく、たいしてキャラ立ちがしていない。出版社としてはシリーズ探偵の方が販促上有利だよ、という事だったのだろう。
本作はフレンチ警部がロンドンを離れて大陸のあちこちに行くのだが、どこも短い滞在で(スイスへの旅に作者の憧れが感じられる)、旅行ものではない。捜査のため、とは言え、こんなに簡単に出張出来るのかなあ。
作品としては、いろいろな謎がてんこ盛り。登場人物のキャラは地味で、事件の進展で面白く読めるタイプの作品。途中で重要な物証の手がかりが忘れられていたり、当然疑うべき筋を全く検討していなかったり、という手抜かりはあるが、1920年代の香りが興味深く、結構起伏に富んだ筋立てで面白かった。
以下、トリビア。
作中現在はp46、p68から1924年(p155は曜日の誤りだろう)。英国消費者物価指数基準1924/2022(64.78倍)で£1=10690円。
p11 ミルナー金庫(Milner safe)◆1814年ごろ創業のロンドンの金庫メーカーThomas Milner and Sonの製品。
p17 ジェラルド局の1417B(Gerard, 1417B)◆電話番号なのだが、最後に英文字がつく例を見たのは初めて。
p18 フレンチ初登場の描写
p19 お世辞のジョー(Soapy Joe)◆フレンチ警部のあだ名だと言う。辞書には「人当たりの良い」とある。
p29 給仕◆この小説には少年給仕が数人登場する。当時の会社組織には当たり前の存在だったのだろう
p34 アイルランド人の言う『仲間といっしょ』(‘keeping company,’ as the Irish say)
p35 紙幣の番号… 銀行にきけばわかるかも◆ここで言っている紙幣はイングランド銀行券のこと。
p45 女子クラブ(a girls’ club)◆ Maude Stanley(1833-1915)が主催していたような青少年健全育成のための場のことだろう。
p46 火曜日(the Tuesday, the day before the murder)◆殺人のあった前の日
p46 五十ポンド紙幣… 十ポンド紙幣◆ £50 Whiteも£10 Whiteもサイズは211x133mm。印刷は白黒で片面のみ。
p48 検屍審問(インクエスト)は夕方の5時
p52 年額400ポンド◆支配人の俸給(地位からすれば不当なものではない(his salary was not unreasonable for his position)p55) 約400万円は安すぎるようにも思うのだが、当時の税金や社会保障の負担率を考えると相応なのかも。
p57 盗難紙幣に関する一般的な告示が各銀行へ(a general advice was sent to the banks as to the missing notes)
p68 二十六日水曜日(Wednesday, 26th)◆手紙に記された日付。11月26日のこと。1924年が該当。だがp155では「木曜日」だと言う。
p87 シュピーツ…トゥーン湖… この湖が本当にあの信じられない色をしている(… Spiez, where he found the Lake of Thun really had the incredible colouring…)◆ロンドンで見たポスターと比べている。当時もののポスターを探したが、見つかったのは普通の色に見える。
p91 十ポンド… 約七百フラン相当◆金基準1924だと10ポンド=847フランだった。手数料込みの為替レートか。
p117 エミリー(Emily)◆フレンチ夫人の名前が初登場。
p123 大衆食堂(a popular restaurant)
p129 半クラウン貨◆当時はジョージ五世の肖像。1920-1936鋳造のものは.500 Silver, 14.1g, 直径32mm。
p131 伝声管(the speaking tube)◆タクシーの座席に設置されていて、客がドライバーに指示を出せたようだが、画像が見つからない。かつて何かのサイレント映画で使ってるのを見たのだが、メモし忘れ、後で探してもタイトルが判らない。その映像では後部座席二人乗りの間にチューブがあってそれを持って口元に当てて指示していた。Web上の記事によると自動車の音がうるさいので聞き取りにくくあまり実用的ではなかったように書いてあった。
p147 電話… 盗み聞き(You can never tell who overhears you)◆電話の黎明期なので、混線や交換手の盗み聞きを警戒したものか。
p148 オリンピック号(the Olympic)◆大西洋横断航路の大型旅客船。RMS Olympic(英Wiki)参照。
p148 二十ポンド紙幣(a twenty-pound note)◆ £20 Whiteはサイズ211x133mm。印刷は白黒で片面のみ。
p155 十一月二十六日木曜日(Thursday, 26th November)◆語り手は、日記を見ながら言っている。
p156 取り引きのない人に紙幣を両替えすることはゆるされていない(the cashier politely informed her he was not permitted to change notes for strangers)◆銀行の出納係の説明。犯罪予防のためか?
p157 五ポンド札◆ £5 Whiteはサイズ195x120mm。印刷は白黒で片面のみ。
p161 ホワイト・スター汽船(the White Star)◆オリンピック号を運行していた会社。White Star Line(1845-1934)
p181 おい、お若いの(Now, young man)◆男の子を叱るときに用いる、と辞書にあった。
p188 小額紙幣で受けとったので、紙幣の番号はわからなかった(She had taken her money in notes of small value, the numbers of which had not been observed)◆商店では、普通の商売取引ならばいちいち小額紙幣の番号は記録しないのだろう。この書き方だと高額紙幣なら記録するのか?
p190 米国なまり◆といってもいろいろあるだろうが、ここでイメージしてるのはどんな感じなのだろう。
p193 コダック(Kodak)
p219 ごきげんさん(a good twist)
p220 ユダヤ人めいたところのある(rather Jewish looking)
p232 オランダ岬(フック)(the Hook)◆オランダ語でHoek van Holland、英国とオランダを結ぶ航路のオランダ側の連絡港。古くはcape(岬)という意味で使われた言葉。
p238 ジレットの安全剃刀の刃(a Gillette razor blade)
p243 長男をなくした(Lost my eldest)◆第一次大戦で、という事はフレンチ警部は40代くらいか。
p246 イライザ(Eliza)◆女中と訳されているが、原文に相当する語はない。フレンチの娘だと言う説があるようだが、この場面の感じは女中っぽい扱いに思える。
p250 議事堂の大時計が九時半をうった(Big Ben was striking half-past nine)◆毎時30分には小さい鐘が八回鳴る。鳴り方の詳細は英Wiki “Westminster Quarters”参照。
p257 絨毯だけでも120ポンドをくだるまい
p257 コローナ・コローナ(Corona Coronas)◆葉巻のDouble Coronaのことか。
p257 コンサイス・オックスフォード辞典(The Concise Oxford Dictionary)◆初版1911年、第二版1929年なので、ここにあったのは初版だろう。正式名称はThe Concise Oxford Dictionary of Current English, adapted by H. W. Fowler and F. G. Fowler。1019ページ。
p261 五シリング◆2672円。情報料として。
p269 五ポンド◆召使いへの退職手当として。

No.6 6点 フローテ公園の殺人- F・W・クロフツ 2022/03/20 21:56
1923年出版の長篇第4作。グーテンベルグ21の電子本で読了。橋本福夫さんの翻訳は端正でした。
フレンチ警部登場前の最後の長篇で、前三作と同じく二部構成ですが、第一部が南アフリカ、第二部がスコットランドで、舞台を変えています。でも、作者は南アフリカをあまり知らないで書いてる感じ。臨場感が薄いのです。そこが最大の不満。多分、当時の南アフリカ警察は、もっと田舎くさい感じだと思う。うって変わってスコットランド編では生き生きとした描写が続き、登場人物と共に楽しい旅ができます。日常の細部も第二部が格段に充実しています。
キャラの書き分けも全然出来てないので、前三作と似たり寄ったりの人物が登場。まあでも、やや行き当たりばったりの地道な捜査でウロウロする感じがなかなか良く出来ています。こういう作風だと、普通は描かれない日常生活の意外な小ネタが思わず飛び出してくるのが、私にはとても楽しいのです。ミステリ的にも、なかなか工夫があり、最後の場面は思わずワクワクしちゃいました。これで南アフリカ編のディテールが充実してればなあ…
以下トリビア。
作中現在は冒頭が11/11木曜日(p179及びp820から)、該当は1920年。(そういえば、この日は第一次大戦の終戦記念日だが、全くそのことへの言及がない。南アフリカだから関係ないのかも)
銃は「小さな自動拳銃(a small automatic pistol)」が登場するが、型式は記されず。FN1910を推す。
p44/5274 十一月も下旬(in late November)◆南半球なので北半球の五月に相当。気温は25から15℃くらいのようだ。11月11日なので late じゃないよねえ。
p160 合計六ポンドの紙幣(a roll of notes value six pounds)◆巻いた紙幣六ポンド分、財布に入れない紙幣は巻いて携帯するのが普通なのか。1910年から南アフリカ連邦は英国自治領となったが、South African Reserve Bankが紙幣を発行するのは1921年からなので、この紙幣は英国のものだろう。英国消費者物価指数基準1920/2022(47.62倍)で£1=7430円。
p646 真珠のペンダント十五ポンド十五シリング、イアリング七ポンド十シリング、腕時計五ポンド十二シリング六ペンス… 一つは二十ポンドの毛皮のショール代(for a pearl pendant, £15 15s., a pair of earrings, £7 10s., a wristwatch, £5 12s. 6d.; (…) for a fur stole at £20)
p656 四百ポンドの年収(on his £400 a year)◆297万円。
p708 検屍審問(inquest)◆大英帝国なのでインクエストがある。
p708 死体を見に別室へ下がった(left to view the body)◆当時のインクエストでは陪審員の義務。
p732 この娘は色の浅黒い、いやにツンとした美人(The girl, a dark and haughty beauty)◆橋本さんも浅黒党。「黒髪の」
p840 宿泊料は四ポンド十六シリング◆三日間の宿泊費か?釣り(四シリング)はチップ
p851 二シリング◆情報代として。743円。
p851 今度の男は、小柄で、色が浅黒く、機敏そうな顔つき(this time small, dark and alert looking)◆しつこいようだが「黒髪の」
p901 クリスマス・ホワイトという黒人(He was a coloured man called Christmas White)◆停車場のポーター。名前を揶揄ってる?
p911 ウォーリック・キャスル号(the Warwick Castle)◆客船会社Union-Castle Lineは〜Castleという名の客船を運航していたが、作中現在にはWarwick Castleも、後に出てくるDover Castle(p2953)も実在していない。
p990 女は皮膚の色は浅黒く… 動きのない、重苦しいタイプの顔だった(She was dark, and her face was of a heavy and immobile type)◆肌の色なんて書いてない。「黒髪で」
p1091 結婚しようというのに二百ポンドや三百ポンドの《はした金》が何になって?(for what was two or three hundred pounds to marry on?)
p1193 I・D・B諸法律が厳重に施行されるようになって以後は、ダイヤモンドの不法所持から起こる犯罪が減少したことは事実(since the I.D.B. laws had been more strictly enforced, crime arising from the illicit possession of diamonds had decreased)◆ illicit diamond buying [buyer] 不法ダイヤモンド購入[バイヤー]
p1226 油ぎった浅黒い顔、ユダヤ系の容貌(was dark and oily of countenance, with Semitic features)◆しつこいようだが「黒髪の」
p1319 公衆電話室(a call-office)◆
p1507 旅費として二百五十ドルの小切手を(a cheque for £250)◆南アフリカから英国まで。「250ポンド」が正解。
p1561 スカラ座は市の中心部にある華麗な大きな建物で、最近開場したばかりであるだけに、近代都市の映画館にふさわしい、宮殿のような豪華な装飾や設備を誇っていた(It was a large, flamboyant building in the centre of the town, but newly opened, and palatial in decoration and luxurious in furnishing as befitted a modern city motion picture theatre)◆映画館が劇場に変わって娯楽の中心になりつつあったのだろう。
p1561 金糸の紐飾りだけでできているのかと思うような制服を着た、巨大な身体の黒人のポーター(a huge negro porter, dressed in a uniform of which the chief component seemed to be gold braid)◆名前はシュガー(Sugah)
p1600 その手に二、三シリングすべりこませてやった◆情報代として
p1611 切符は二枚お買いになりましたわ──平土間席のを──二シリング六ペンスのね。特別席を除いたら一番いい席です(two tickets — stalls — two and six; best in the house except the gallery)◆映画館の切符、929円。最上等のgallery席のイメージが良くわからない。映画なのだから1階正面(stalls)が一番良さそうだが… (galleryは2階席っぽい感じ。2階正面が一番見やすい設計なのかも)
p2255 特別予備審問(a special court of magistrates)◆magistrateは「重罪被告人の予備審問を管轄する下級裁判所の裁判官」という事らしいが、制度をよく調べていません…
p2640 古い南ア案内書(an old guidebook of South Africa)
p2640 エドガー・アラン・ポーの小説(A tale of Edgar Allen Poe’s)◆有名作のネタバレをしている。
p2953 英国行きの「ドーヴァ・キャッスル」号(the Dover Castle for England)
p3025 昔ながらの振分け荷物を肩にした(with a bundle over his shoulder in the traditional manner)
p3056 厳格に言うと、先方から訪ねてくれなきゃ──こちらは新来者なんだから(strictly speaking, it’s his business to call on me — the newcomer, you know, and all that)◆訪問のエチケットか。
p3086 仕切室(コンパートメント)◆列車の客室の翻訳だが…
p3681 有名な事件(コーズ・セレブル)a cause célèbre
p3726 高価ではあるが、よく見かける型の二人乗りの小型自動車(It was a small two-seater of a popular though expensive make)◆型式は記されず。
p3749 その帽子はエディンバラの、ある有名な商会で売っているもので、金文字でS. C.の頭文字(a hat. It had been sold by a well-known Edinburgh firm, and bore the initials in gold letters, S. C.)◆帽子に入れるのはイニシャルが多いのかな?
p3895 ポケットから半クラウン銀貨を◆929円。当時のはジョージ五世の肖像。1920-1936鋳造のものは.500 Silver, 14.1g, 直径32mm。
p3895 五シリング出すから乗せてくれ◆1858円。ちょっとはずんだ対価。
p3915 それぞれに五シリングずつ◆貴重な情報への褒美。
p4125 故人の生まれた国、または原籍地(from what country or place the deceased gentleman came originally)◆戸籍制度は整備されていないので、教会を調査しようという意図か?
p4158 ロイド・ジョージ氏が首相をされていた頃(Mr Lloyd George’s arrival at Central Station when he was Prime Minister)
p4354 彼の手に半クラウンすべり込ませ◆情報代として。
p4673 その自動車は一九二〇年のダラック… ダンロップ・タイヤ(a 1920 Darracq, with Dunlop tyres)◆Talbot-Darracq V8 HP20だろうか。
p4725 レストランで住所録を調べてみる(An examination of the directory at the restaurant)◆directoryはソーンダイク博士の七つ道具としてお馴染みのKelly’s directoryのこと。下の「電話帳」(telephone directory)も同様。今で言う職業別電話帳に似たもので、street別、commercial(商売)別、trade(職業)別、court(貴人・公人)別などの様々な分類による一覧なので、調査に非常に便利。パブとかレストランにも常備されているようだ。
p4746 自分の持っている拡大地図と、電話帳の助けを借りて(With the aid of his large-scale map and a telephone directory)
p4755 電話は一ペニー入れれば通話できる自動式のものではなかった(the instrument was not a penny-in-the-slot machine)◆昔の公衆電話は交換手に対面で直接依頼しなければ、電話が繋がらなかった。その後、料金箱にコインを入れると交換手を呼び出せるようになり、さらにダイヤルすれば交換手なしで相手に繋がるようになった。英国の有名な赤電話ボックスK2は1926年から設置。
p4906 ボー街まで一緒にきて話す(you may come and tell it to me at Bow Street)◆ボウ・ストリート=「警察本部」
p4916 こちらで結婚式をあげたいと思えば、その前に、十四日間は、ここの教区に暮らしていなきゃいけない(If he wanted to be married here he would have to reside in the parish for fourteen days previously)◆この決まりは知りませんでした。未調査。
p4927 二晩の宿泊料と二度の朝食代とで、勘定は二ポンドくらいになる(That would be for two nights and two breakfasts and we think it will be about two pounds)
p5087 噂も九日を通り越す長い期間にわたって(during more than the allotted nine days)◆nine days’ wonder を踏まえている。

No.5 6点 製材所の秘密- F・W・クロフツ 2020/03/21 19:24
1922年出版。原題The Pit Prop Syndicate(坑内支柱材組合) 創元文庫で読了。
クロフツさんの長篇第三作。レギュラー探偵のフレンチ警部はまだ登場しませんが、登場するヤードの警部の捜査法は前二作同様、コツコツしつこく確認する方式で、キャラ描写にも工夫がないので名前が違うだけの存在です。『樽』の逆で、まずアマチュアが探り、続いてプロの刑事が捜査する、という構成。冒頭の掴みは素晴らしく、アマチュアが捜査に至る流れも上々なのですが、謎がぼんやりしてて、探る手段も行き当たりばったりで推理味に乏しい。ここでのジャンルが「冒険」になってるのもうなずけます。プロ篇もクライマックスの持ってき方が間違ってる感じ。話の展開はそこそこ面白いんですけどね。(多分誤魔化して配るアイディアを思いついて小説に仕立てたのだろうと思います)
ところで物凄く気になったのが、探索中に一晩中隠れるやり方なんですが、トイレどうするの?って心配で… (欧米人はアジア人に比べて膀胱がデカいという噂だが…)
以下トリビア。原文はGutenbergから入手しました。
現在価値は英国消費者物価指数基準1922/2020(57.20倍)、£1=8116円で換算。
p23 砲弾ショックを受けて(shell-shocked): 当時はそういう若者が多かったのでしょうね。
p26 弱音ペダルの巧みな使用が夢幻的なオルガンの調べにいっそう趣きを添えるように(as the holding down of a soft pedal fills in and supports dreamy organ music): ピアノのペダルには弱音効果があるが、オルガンのペダルは最低音部の鍵盤なので、soft pedalとは言わないはず。
p33 まがい亀(モック・タートル)の物語を聞いたときのアリスの心境:『不思議の国のアリス』より。仔牛肉を使い、青海亀スープ(Green turtle soup)の味を真似たものをMock turtle soupというらしい。(なのでテニエル画では仔牛と亀の合いの子) モック・タートルは物語をちょっと話し始めるが、あとは沈黙ばかりでなかなか先に進まない。柳瀬尚紀訳(1987)では「海亀フー」
p93 色の黒い、角張った顔をしたほう(That's the dark, square-faced one):「黒髪の」
p95 ちっぽけな船に乗り組んで… 月に二十ポンドぽっきり(working a little coaster at twenty quid a month!): 16万円。安月給と考えているようだ。
p112 ロイド船級協会の船名簿(Lloyd's Register): 世界中の100トン以上の船が登録されている本。1764年から毎年刊行されているようだ。クォート版(250x200mm)、一巻2000ページくらい。
p117 ドイツ軍の機関銃陣地(German pill-box): 原文pill-boxはトーチカのこと。第一次大戦時のドイツ軍の機関銃はMG08(1884製マキシム機関銃のちょこっと改良版)
p149 フランスではブランデー1杯が6ペンス、イギリスでは半クラウンだ(A glass of brandy in France costs you sixpence; in England it costs you half-a-crown.): 6ペンス=203円。半クラウンは2.5シリング=30ペンス=1015円。随分と英仏で価格差があるのですね。
p153 支柱材の売値は7000本で四、五千ポンドらしいので、1本0.7ポンド=14シリング(=5681円)。
p197 小型のまがまがしい連発式拳銃(a small deadly-looking repeating pistol): 後の方でリヴォルヴァー(p199, revolver)、自動拳銃(p202, automatic pistol)とあります。多分、自動拳銃が正解でしょうか。32口径かなあ。
p229 自転車用のアセチレン・ランプ(an acetylene bicycle lamp): 1922年の広告で12個$72(=121824円)というのを見つけました。ネジ装具で取り付けるタイプなので外して懐中電灯としても使えるようです。
p221 伝声管(tube): 当時のタクシー写真を探しましたが、残念ながら伝声管が写ってるのは見つかりませんでした。当時は運転席と客席がガラス戸で仕切られており、客が声を掛けるにはガラス戸を開けるか伝声管を使ったものと思われます。1950年代後半までは運転席の左側が荷台になっている面白いデザインです。(左ドアがないので何コレ?と思いました)
p221 一シリング: 406円。運転手へのチップ。やや多めな書きぶり。ピカデリーとポンド・ストリートの角からキングズ・クロス駅までなら現在だと£15.89=2254円。
p226 イングランド銀行発行の5ポンド紙幣2枚、法定紙幣で1ポンド札が9枚と10シリング札が3枚(two five pound Bank of England notes, nine one pound and three ten shilling Treasury notes): 当時英国ではイングランド銀行紙幣と大蔵省(H. M. Treasury)紙幣の二種類が流通していた。Bank of England noteは証券みたいなデザイン(別名White Note、1725-1961)、Treasury noteの方は戦時中の貨幣不足を補うために臨時的に発行(1914-1928)したもので、普通にイメージする紙幣のデザイン。
p229 きわめて小型の自動拳銃(an exceedingly small automatic pistol): 多分25口径。
p232 有名な探偵小説『二輪馬車の秘密』(well-known detective novel The Mystery of the Hansom Cab): ニュージーランド育ちのヒューム作(1886)。現在、私は読書中ですが、これを読んでなくても全く問題ありません。
p252 十シリング: 4058円。大事な頼み事の手間賃。
p255 警部の妙技: この本では大活躍。まあ世間がその程度のレベルだった、という事でしょう。
p367 公衆電話室(telephone call office): 当時は電話が行き渡っておらず、電話ボックスの普及も不十分。(有名な赤い電話ボックスは1926年から) 当時、鉄道駅や大きな商店などの施設に公共用として設置されていたのがtelephone call office。電話はダイヤル無しのキャンドル・スティック型でしょうね。

No.4 5点 クロフツ短編集1- F・W・クロフツ 2020/03/08 10:50
1955年出版のMany a Slip(Hodder and Stoughton)の全訳。創元文庫は『クロフツ短編集1』の表記だが『1』と『2』に関連性は無く、それぞれ独立した短篇集。(昔の創元文庫には良くある話。今なら洒落た題がつく筈)
全篇「イヴニング・スタンダード」(ロンドン)に掲載したものに補筆した、と著者前書きにある。(FictionMags Indexに⑴は1950年という情報あり) 犯罪者のヘマがテーマ。
全て倒叙物のようだが、手がかりの記述が不十分な感じ。読者への挑戦めいたことが前書きにあるが、本気ではないでしょう。犯人目線で犯行が記述され、最後にフレンチ警部が締める構成。短くて記述が簡潔なのですらすら読めるのが良いところ。でもいっぺんに消化すると胸焼けしそう。
雑誌掲載はFictionMags Indexによるもの。

⑴床板上の殺人 Crime on the footpath: 評価5点
お得意の鉄道もの。主人公は機関助手。なかなか良い着眼点。
(2020-3-7記載)

⑵上げ潮 The Flowing Tide: 評価5点
主人公は弁護士。財産管理も行なっている。けっこう大掛かりな偽装なので、他にも手がかりはありそう。
p25 年金受給権(アンニュイティー): Annuityは保険会社がやってる個人年金みたいなものか。
(2020-3-7記載)

⑶自署 The Sign Manual: 評価5点
主人公は建築会社の製図工。これも直ぐに捕まりそうな偽装。sign manualは「(特に公文書への)自署; 公式文書への主権者の署名」という意味らしい。ここでは「自白書への署名」というような意味か。
p37 五百ポンド: 英国消費者物価指数基準1955/2020(26.41倍)で£1=3747円。£500=187万円。
(2020-3-8記載)

⑷シャンピニオン・パイ The Mushroom Patties
⑸スーツケース The Suitcase (MacKill’s Mystery Magazine 1953-2)
⑹薬壜 The Medicine Bottle (MacKill’s Mystery Magazine 1953-7)
⑺写真 The Photograph
⑻ウォータールー、八時十二分発 The 8.12 from Waterloo (MacKill’s Mystery Magazine 1952-11)
⑼冷たい急流 The Icy Torrent
(10)人道橋 The Footbridge (MacKill’s Mystery Magazine 1953-10)
(11)四時のお茶 Tea at Four
(12)新式セメント The New Cement
(13)最上階 The Upper Flat
(14)フロントガラスこわし The Broken Windscreen
(15)山上の岩 The Mountain Ledge
(16)かくれた目撃者 The Unseen Observer
(17)ブーメラン Boomerang
(18)アスピリン The Aspirins
(19)ビング兄弟 The Brothers Bing
(20)かもめ岩(ガル・ロツク) Gull Rock (MacKill’s Mystery Magazine 1953-8)
(21)無人塔 The Ruined Tower (MacKill’s Mystery Magazine 1953-11)

No.3 5点 クロフツ短編集2- F・W・クロフツ 2020/03/07 19:33
1956年出版のThe Mystery of the Sleeping Car Express and Other Stories(Hodder and Stoughton)が原著。創元文庫は『クロフツ短編集2』の表記だが『1』と『2』に関連性は無く、それぞれ独立した短篇集。(昔の創元文庫には良くある話。今なら洒落た題がつく筈) 原著タイトル作品The Mystery of the Sleeping Car Expressは『世界推理短編傑作集2』に収録されているので文庫では省略。
FictionMags Indexによる初出順に読んでゆきます。カッコ付き数字は文庫収録順。もしかしたら原著の並びは初出順なのかも。

⑵グルーズの絵 The Greuze (Pearson’s Magazine 1921-12 挿絵Oakdale): 評価6点
どこに詐術があるのか色々想像したが、なるほどね、というアイディア。語り口が非常に良い。
p35 一万五千ドル: 米国消費者物価指数基準1921/2020(14.41倍)で$1=1583円。$15000=2374万円。絵画の値段。
p37 三千ポンド、つまり一万五千ドル: 英国消費者物価指数基準1921/2020(49.27倍)で£1=6990円。£3000=2097万円。金基準(1921)だと£1=$3.84、為替レート(1920)は£1=$3.92だった。
p41 札はイングランド銀行の紙幣で… 額面は百ポンドだった: £100紙幣は約70万円、Bank of England発行のWhite Note(白地に黒文字、絵なし。裏は白紙)、サイズ211x133mm。
p44 四千ポンドを上手に投資すれば、年収二百五十ポンドくらいになる: 年6.25%が見込めるなんて今となっては夢のような運用益ですね。
p54 映画の科白(せりふ): サイレント時代の話なので字幕のこと。
(2020-3-7記載)

⑶踏切り The Level Crossing (Cornhill Magazine 1933-11): 評価6点
一種の鉄道もの。倒叙的な犯罪小説。感情の綾の表現が心憎い。嵐がゴーって吹く感じ。ちょっと不思議なんですが女は何を期待してたんでしょうか。
以下、現在価値は英国消費者物価指数基準1933/2020(72.04倍)、£1=10221円で換算。
Cornhill Magazineは伝統ある文芸誌、当時はJohn Murray出版、1シリング6ペンス(=767円)128ページ。
p 73 シリアス… シンガー(Singer)… ダイムラー(Daimler)… リンカーン(Lincoln)… ロールス・ロイス: 夫人のイメージする高級車。オースチン(Austin)はダメらしい。シリアスは架空ブランドかな?
(2020-3-8記載)

⑷東の風 East Wind (Cornhill Magazine 1934-2)

⑴ペンバートン氏の頼まれごと Mr. Pemberton's Commission (初出不明 1935以前): 評価5点
フレンチ警部もの。ということは1925年以降の作品か。H. Douglas Thomson編のThe Great Book of Thrillers(Odhams Press 1935)に選ばれている。1952年4月にはBBCラジオドラマとして放送された。(警部役はRoger Delgado) 一喜一憂する主人公の感慨がなかなか楽しい話。普通人の人情をさらりと表現するのがクロフツさんの良いところ。(文章に言わずもがな、なところがあるので1920年代の初期作品のような気がする)
p8 肌があさ黒く: 多分dark。「黒髪の」まさか井上勇先生まで浅黒党だとは…
p12 電報のルール: ところどころの空白は濁点を一文字として数えるところから来ているが、この印刷文だと、知らない若者には意図不明だろう。
(2020-3-7記載)

⑸小包 The Parcel (単行本Six Against the Yard, Selwyn & Blount 1936)
デテクション・クラブ企画本のクロフツ担当部分。6人の作家が完全犯罪を企て、C.I.Dの元警視Cornishがその出来栄えを批評する、という趣向。元警視による解説は「動機は犯人を教える(The Motive Shows the Man)」としてp160以降に収録されています。

⑹ソルトバー・プライオリ事件 The Affair at Saltover Priory (1945?)

⑻レーンコート The Raincoat (MacKill’s Mystery Magazine 1954-6)

⑺上陸切符 The Landing Ticket (初出不明)

No.2 6点 ポンスン事件- F・W・クロフツ 2019/06/21 09:53
1921年出版。創元文庫(井上勇)で読みました。端正な翻訳です。
事件発覚から捜査の流れがプロっぽい描写で静かに描かれます。この文体、ハマりますね… 展開が良く、ネタも結構面白い。印象は『樽』に良く似ています。ところで当時の英国鉄道は定刻発着が普通だったのでしょうか… (現在は定刻だとビックリな状態らしいんですが)
以下、トリビア。
銃は「小型の六連発のコルト拳銃」(a small-sized six-chambered Colt’s revolver)が登場。該当はColt Pocket Positive(1905-1940)、32口径(.32 Colt弾, .32S&W弾)、2.5", 3.5", 5", 6"銃身あり。3.5インチ銃身だと銃長191mm、重さ500g程度。
7月4日が日曜日との記述(p351)あり、1920年が該当。事件は水曜日の夜に発生。
現在価値は英国消費者物価指数基準(1920/2019)44.32倍で換算し、円で表示。
p11 三シル六ペンスの葉巻(three and sixpenny cigars): 1058円。1本あたりの値段。
p11 “だんな”(the boss)と呼ぶくせ: 執事には耳障り。
p18 五シル出せば一ポンドかける(I’ll lay you a sovereign to five bob): 5対20の賭け。そば仕え(valet)の請け合い。1511円対6043円。
p19 年額千ポンド: 息子への手当て。604万円。
p40 十シル賭けてもいい: ボート係の推測。3021円
p123 クラブ人種(a club man): シルクハットとフロックコートで変装出来るらしい。
p125 一ポンドのチップ: タクシー運転手に、指示付きで。6043円。
p126 二ポンド: 給仕長に席の便宜を図ってもらうため。12086円。
p220 五ポンドの謝礼: ある風貌の人物がタクシーに乗車したかどうかの情報提供に対する謝礼。30215円。この額でガセネタが一件もないというのはちょっと不自然か。

No.1 8点 - F・W・クロフツ 2018/10/27 21:14
1920年出版 今回読んだのは2013年の新訳
実はクロフツを読むのは初めて。職業人出身らしい、丁寧な文体が地道な捜査を印象づけます。フランス側の描写もなんとなくそれっぽい雰囲気。(作者はフォリー ベルジェールが好きらしい) 全体の構成も面白く効果的。落ち着いた時間が流れる読書でした。ところで自動拳銃に関して「ジョン コッカリルあたりをもってゆく」(I should bring your John Cockerill)という表現が出てきます。当時の拳銃の代名詞?でも拳銃では全然Web検索で引っかからない(コッカリル鋼鉄製バレルのショットガンがヒットしたくらい)ので、大袈裟な表現かも。(クルップ砲をもってゆく、みたいな感じ?)
私が参照した原文には作者の前書き(1946年Pocket Classics収録に際して)がついていて、なかなか興味深い内容なので以下抄訳。
『病気療養中だったので暇過ぎて死にそうなので、一番アホくさい思いつきを書いてたら小説になった。妻は結構喜んでくれたが、病気が治って仕事に戻り、それっきりに。後日ふと読み返してみたら結構イケるのでは、と思い、書き直しつつ隣人に読んでもらい、ここ馬鹿げてるから変えた方が良い、といわれたところを直して完成。(なので献呈はその隣人に) 有名代理人A.P.Wattに原稿を送付。Collins社は1-2章は気に入ってくれたが3章は直しが必要とのこと。たしかに第3章(元は法廷シーン)は有り得ないものだった。書き直したものが採用され、出版されると聞いた時は天にも登る心地だった。自分でつけていた題はA Mystery of Two Cities(ディケンズ風) 後悔してるのは約120000語を費やしたが、80000語でも同じ稿料だと後で知ったこと。40000語は無駄だった…』
素人の日曜大工的な作品だったのですね。

<以下、ほんのちょっとだけネタバレ>


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ところで鮎川説(樽のキズ)に異議あり。新訳p159を読めば明快に「送り先や日時(先週というのは確実)は覚えとらん」という証言です。そして刑事から樽を発送した日時を聞いてから、運転手が帳簿で送り先を確認した(p161)のです。クロフツさんも日本の推理作家を手玉にとったのだから素晴らしいですね。
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弾十六さん
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気になるトリヴィア中心です。ネタバレ大嫌いなので粗筋すらなるべく書かないようにしています。
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ディクスン カー(カーター ディクスン)、E.S. ガードナー、アンソニー バーク...
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