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弾十六さん
平均点: 6.13点 書評数: 459件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.18 5点 クリスマス・プディングの冒険- アガサ・クリスティー 2022/05/14 21:11
1960年10月出版。早川クリスティ文庫で読んでいます。
原著は1920年代から1960年までの統一性のない作品集。
私はアガサさんを初出順に読んでいるので、タイトルは初出順に並び替え。カッコつき数字は単行本の収録順です。初出情報は、英WikiとFictionMags Indexで調べました。
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⑶ The Under Dog (初出Mystery Magazine 1926-4)「負け犬」小笠原 豊樹 訳: 評価5点
ポアロもの。
作者の中篇作品は初めての試みだろう。売れたのは米国雑誌だし、これも新しいリテラリイ・エージェントの助言によるものだろうか。
内容はちょっとゴタついていて、人物描写が軽く、切れ味に乏しい。ミステリ的にも弱い。強いて言えば、依頼人のキャラが面白いのが取り柄か。ポアロは現役バリバリの私立探偵、という設定。
p199 掛け金(a latch-key)
p201 ミラー警部(Inspector Miller)♠️初期のポアロもの(1923年スケッチ誌)にときどき登場する名前。
p202 お金でやとわれた話し相手(paid companion)
p208 従僕(vallet)… ジョージ(George)♠️ポアロの従僕。これが初登場だと思われる。英国人タイプ、背が高く、顔色は蒼く、感情を表に出さない(English-looking person. Tall, cadaverous and unemotional)。ヘイスティングズが使えないので、ウッドハウス調を狙ったものか。
p214 株が大暴落したとき----ときどきあります♠️現代の我々はすぐ1929年を思ってしまうが『ドクトル・マブゼ』(1922)などでもわかるように、資本主義の高度化に伴い、当時、暴落はちょいちょい起きていた。
p232 ラシャ張りのドア(a baize door)
p243 三番目のメイド(The third housemaid)
p277 メイヒュー(Mayhew)♠️戯曲版『検察側の証人』でもソリシタ役で登場している。同一人物か。
p286 これが堂々と出てくる。当時でも結構うさんくさいものだと思うが…
p300 紙の上でする足跡ゲーム(the game of tracing footprints on a sheet of paper)♠️どんなものかは不明。
(2022-5-14記載)
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⑸ The Dream (初出The Strand Magazine 1938-2)「夢」小倉 多加志 訳
ポアロもの。
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⑷ Four-and-Twenty Blackbirds (初出Collier’s 1940-11-9)「二十四羽の黒つぐみ」小尾 芙佐 訳
ポアロもの。
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⑹ Greenshaw's Folly (初出Daily Mail 1956-12-3〜7)「グリーンショウ氏の阿房宮」宇野 利泰 訳
ミス・マープルもの。
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⑵ The Mystery of the Spanish Chest (初出:週刊誌Women's Illustrated 1960-9-17〜10-1, 3回連載 挿絵Zelinksi)「スペイン櫃の秘密」福島 正実 訳
ポアロもの。元は「バグダッドの大櫃の謎」(The Mystery of the Bagdad Chest、初出
The Strand Magazine 1932-1)
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⑴ The Adventure of the Christmas Pudding (単行本初出; 雑誌掲載は週刊誌Women's Illustrated 1960-12-24〜1961-1-7 挿絵Zelinksi as “The Theft of the Royal Ruby”)「クリスマス・プディングの冒険」橋本 福夫 訳: 評価5点
ポアロもの。元はやや短めの短篇The Adventure of the Christmas Pudding(初出The Sketch 1923-12-12別題Christmas Adventure)
ほとんど同じ内容だが、時代に合わせて変えた部分あり。ヘイスティングズへの愚痴がある1923年版の方が良く出来ていると思います。クリスマス・プディングの習慣は1960年版の説明の方が詳しくてわかりやすい。
p63 十シリング金貨(ten-shilling piece, gold)◆英国ではジョージ五世のHalf sovereign 金貨(1926)が最後のようだ。純金,  4g, 直径19mm。
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TVドラマのスーシェ版(1992, 3期9話)はタイトルがThe Theft of the Royal Ruby。1923年版ではなく1960年版に基づく脚本。アラブの王族は現代を反映してかなり傲慢な若者になっていました。プディングを混ぜるシーンとか炎に包まれたプディングを切り分けるシーンがとても興味深かったです。
(2022-5-14記載)

No.17 5点 おしどり探偵- アガサ・クリスティー 2022/05/08 03:25
1929年出版。早川クリスティ文庫の新訳(2004)で読了。私もタイトルは『二人で探偵を』が好み。原題は『犯罪(捜査)の相棒、犯行現場の二人』くらいか。
短篇集の章割がちょっと変テコで、出版時には各タイトルの(第◯章)で示したような全23章(当時のサブタイトルを調べると、例えば第4章はThe Affair of the Pink Pearl (continued)という表記だった。昔「承前」を多用していたような作品集があった記憶があるのだが、本作だったのかなあ) 現在のペーパーバックなどは全17章(何故か第5話と第13話だけ途中で割ってサブタイトルも二つ。下では英語で副題を示した。創元文庫はこの章割)。早川クリスティ文庫だと話のまとまりを重視して全15話にまとめています。
連載はお馴染みThe Sketch 1924-9-24〜12-10の12週連続(全12話)、それに数か月前に発表した第13話と連載4年後に発表した第12話の二作を加えて単行本化。
こういう探偵小説のおちょくりのような短篇集は当時でも珍しいと思うのですが、EQの定員には採用されていない。マニア度は薄いのでEQにしてみれば物足りなかったのかも。
初期アガサさんの肩の凝らない楽天的な作品集。発想はSexton Blakeみたいな探偵スリラーだろうか。(某Tubeで当時もののサイレント映画が見られる。子供の助手も出ていて、こういうのが小林少年のルーツか)
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第1話 A Fairy in the Flat (第1章)「アパートの妖精」(初出The Sketch 1924-9-24 as ‘Tommy and Tuppence I. Publicity’ 第2話も同じ): 評価はパス。
物語の序章。コナン・ドイル先生(1859-1930)をからかっている。その態度が無邪気で良い。
p12 斑の豹(The Spotted Leopard)
p16 アルバート♠️『秘密機関』に登場していた探偵小説好きの少年。この頃には子供が普通に働いていた。14歳未満の労働禁止は英国では1933年に法制化。(同じ法律で死刑適用年齢は18歳に引き上げられた)
p18 デイリー・リー(the Daily Leader)♠️本作に登場する新聞名。ここは誤植。
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第2話 A Pot of Tea (第2章)「お茶をどうぞ」(初出は第1話と同じ、雑誌掲載時はひと続きの話だった): 評価5点
無邪気だなあ!そして甘々のロマンチック。
p25 数年来、離婚が激増している◆イングランド&ウェールズの統計だが、1914年577件、1918年1111件、1921年3522件、1923年2667件(なおアガサさん離婚年1928年は4018件で1921年の数字を初めて超えた) なお米国では1920年の離婚が170,505件で桁違いである。(1920年の総人口は英国4千万人、米国1億6百万人)
p25 ボウ・ストリート(Bow Street)…ヴァイン・ストリート(Vine Street)◆訳注が的を外している感じ。どちらも警察にゆかりのある地名。どちらもちょっと古い時代の話だから、次のセリフの(大昔の古き良き)「独身時代(bachelor days)」を思い出してるんじゃないよ!という繋がりなのか。
p26 ここ十年に出版された探偵小説は全部読んでいる(I have read every detective novel that has been published in the last ten years)◆アガサさんもそうだったのかも。
p28 顎といえるほどのものはないにひとしい(practically no chin to speak of)◆ここら辺の描写は「上流階級(toff)」の特徴なのか。
p28 腕利き探偵たち(Brilliant Detectives)
p30 ご老体の時代は終わりました(The day of the Old Men is over)◆ここら辺は当時言われていた文句なのだろう。
p38 ママは何でも知っている(Mother knows best)◆訳注でヤッフェ(シリーズ開始は1952)を挙げているのはびっくり!このタイトルの米国映画(1928)があるらしいが、もちろん本作のずっと後だ。多分、Father knows best(米国コメディ・ドラマ1949-1960)は、この文句のもじりなのだろう。起源を調べたが出てこない。ことわざみたいな文句だと感じた。
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第3話 The Affair of the Pink Pearl (第3章-第4章)「桃色真珠紛失事件」(初出The Sketch 1924-10-1 as ‘Tommy and Tuppence II. The Affair of the Pink Pearl’): 評価5点
まあ、楽しく行きましょうや。
p48 青いバスの切符(blue bus ticket)♣️London Transport Museum Bus Ticket 1920で当時のロンドンのバスの切符を見ることが出来る。
p51 ブローニー(Brownie)♣️1900年販売開始。当時$1(=4470円)ここで言及されているのはNo.2 Brownie(価格$2の後継モデル、幾つかのマイナーチェンジがありModel Fは1919-1924)だろうか。英Wiki “Kodak Brownie”参照。
p51 スモーカーズ・コンパニオン(Smoker’s companion)♣️ここの訳注もちょっとズレている。ソーンダイク・ファンならお馴染み、助手ポルトンが開発した携帯タバコ掃除具に似た七つ道具、錠前破りも楽々のやつ。初登場は“The Funeral Pyre”(初出Pearson’s 1922-9)のようだ。
p54 アメリカ人がいかに称号に弱いか
p55 家事専門の[メイド](housemaid)
p56 切り札もないのに賭けを二倍に(a redoubled no trump hand)♣️ゲームはブリッジだろう。正しい用語になおすと「ノートランプでリダブルがかかっていた時」no trumpは切り札を定めない勝負、redoubleは四倍。ここは旧ハヤカワ文庫(橋本 福夫 訳)も同様の翻訳。
p56 場札と同じ札があるのに… ♣️revokeという反則。旧ハヤカワ文庫を丁寧にパラフレーズしている。
p61 レックス・V・ベイリー事件(the case of Rex v Bailey)♣️「国王対ベイリー事件」英国裁判の表記。旧ハヤカワ文庫ではちゃんと「レックス対ベイリー事件」と訳してるのに!
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第4話 The Adventure of the Sinister Stranger (第5章-第6章)「怪しい来訪者」(初出The Sketch 1924-10-22 as ‘Tommy and Tuppence V. The Case of the Sinister Stranger’): 評価6点
こういう話は明るく能天気にさらっとゆくのが正解。
p86 ワニ足(Clubfoot)♠️これは次との関係で「カニ足」で良いのでは? (旧ハヤカワ文庫は「がにまた」訳注ではオークウッド兄弟のあだ名だと誤解) (2022-5-8追記: Clubfootは一般的に「エビ足」かも。私はすっかりcrabと間違えていました)
p87 オークウッド兄弟(brothers Okewood)♠️Valentine Williams(1883-1946)作のスパイ・スリラーの主人公。Clubfootは彼らの宿敵のあだ名(本名Dr. Adolf Grundt)、長篇4冊(1918-1924)で活躍する。
p98 カール・ピータースン♠️自信なさそうな訳注… 翻訳当時は詳しいWeb情報がなかったのかも、だが。Carl PetersonはDrummond最初の4長篇(1920-1926)の宿敵、変装の名人。
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第5話 Finessing the King (第7章)-The Gentleman Dressed in Newspaper (第8章)「キングを出し抜く」(初出The Sketch 1924-10-8 as ‘Tommy and Tuppence III. Finessing the King’): 評価5点
Kのフィネッスとはブリッジ用語で、味方のAの影をチラつかせ敵のKを出させないようにして、場を自分のQなどで攫うこと。
まあどう考えても無理なトリックがあるが、細かいことは気にせずに…
p109 スリー・アーツ舞踏会(Three Arts Ball)◆架空かと思ったら有名な実在の仮装舞踏会のようだ。British Pathéに当時もの(Royal Albert Hall開催)の映像があった。
p110 ボヘミアン的な食べ物(for bacon and eggs and Welsh rarebits—Bohemian sort of stuff)◆ベーコンエッグやウェルシュ・レアビットはボヘミアン風なのか…
p112 消防隊員の制服一式
p113 おしのびのマッカーティ(McCarty incog.)◆ Isabel Ostrander作(1922)のタイトル。探偵役はex-Roundsman Timothy McCarty(どうやら遺産を相続して警察を辞めたらしい)とその友人Dennis Riordan(職業がcity fireman、なのでp112の小ネタ)のシリーズ代表作のようだ。作者についていろいろ調べているとシリーズ第2作“Twenty-Six Clues”(1919)がヴァンダイン、EQ、そしてJDCばりの複雑なプロットの作品で1910年代米国本格探偵小説の傑作(ただしフェアプレイではない)と某Webに書いてあった。それなら読んでみるしかないっしょ!(読み終えたら結果はこのサイトで発表します…)
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第6話 The Case of the Missing Lady (第9章)「婦人失踪事件」(初出The Sketch 1924-10-15 as ‘Tommy and Tuppence IV. The Case of the Missing Lady’): 評価5点
わざとらしい雰囲気と結末が、この連作らしくて良い。
p146 デイリー・ミラー
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第7話 Blindman’s Buff (第10章)「目隠しごっこ」(初出The Sketch 1924-11-26 as ‘Tommy and Tuppence X. Blind Man’s Buff’): 評価5点
何故ここはマックス・カラドスじゃないのか? 当時はかなりマイナーだったのだろう。なおミステリ史上初の盲人探偵は第5話に出てくる探偵の作者Isabel OstranderのDamon Gauntだったかも、という説があるらしい。
本作は、まあ何となくそうなるよね、という感じ。
登場するThornley Coltonがどんな奴だか知りたくてWebで短篇集第一話(初出People’s Ideal Fiction Magazine 1913-2 as ‘Thornley Colton, Blind Reader of Hearts. I.—The Keyboard of Silence’ 挿絵J. A. Lemon)をちょっとだけ読んでみました。作者Clinton H. Stagg (1888-1916)は米国人でジャーナリスト、作家、初期ハリウッドの脚本も書いています。ずいぶんと若死に。
p165 鍵盤は静まり返ってる(the keyboard of silence)♠️ソーンリー・コールトンの握手は独特で、人差し指で相手の「静かなる鍵盤--手首」の脈に触れ、相手を読み取るのだ!
p165 問題研究家(Problemist)♠️ソーンリーが冗談まじりに自称している肩書き。「問題主義者」という感じかな。socialistとかnationalistとかの用法がイメージにあるのでは?
p165 河の堤で拾われた…♠️ハンサムだが影のように付き従うソーンリーの秘書Sydney
Thamesは、拾われた捨て子で「有名な川と同じ苗字」と作品中で言及されている。なので今回のタペンスは「ミス・ガンジス」
p165 フィーまたの名シュリンプ(the Fee, alias Shrimp)♠️ソーンリーにはニック・カーターに憧れる子供の助手がいて(当時のニック・カーターの名声って侮れませんねえ)、ある殺人事件を解決した結果、ソーンリーが引き取ることになったので「報酬(the Fee)」とテムズに呼ばれている。ソーンリーは「小海老(Shrimp)」と呼んでいるが本名はわからない。この事件、フィーの母親が被害者で、父親が犯人、という実にメロドラマな設定。
p165 ヒェー(Gee)♠️「ちぇっ」が一般的。
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第8話 The Man in the Mist (第11章-第12章)「霧の中の男」(初出The Sketch 1924-12-3 as ‘Tommy and Tuppence XI. The Man in the Mist’): 評価5点
引き合いに出した探偵小説のムードを良く伝えている作品だが、ちょっとズレた感じ。健闘賞。
p190 私はアガサさんが繰り返し頭の空っぽな美人女優の話を書くので、子供の頃、美人というのは馬鹿なのだ、とすっかり思い込んでしまっていました…
p199 赤、白、青◆この原色の色彩感覚はチェスタトンを意識?
p204 緋色の女(Scarlet Woman)
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第9話 The Crackler (第13章-第14章)「パリパリ屋」(初出The Sketch 1924-11-19 as ‘Tommy and Tuppence IX. The Affair of the Forged Notes’): 評価4点
実は犯罪者のやり口が巧妙だと思えないのですが… 全然深い企みは無い、というのが正解?
p223 デイリー・メイル(the Daily Mail)
p223 一ポンド紙幣(one pound note)♣️連載当時のは財務省(Treasury)紙幣、£1 Third Seriesで1917-1933発行、茶色と緑色、サイズ151x84mm。当時の英国銀行券は金と引き換える、という約束(兌換紙幣)だったから、戦争勃発により緊急に金流出を防ぐ目的で、金貨の代わりの小額金券として使えるよう財務省が発行したのだろう。なお緊急発行だったため、初期(First & Second Series)は稚拙な作りで偽造しやすかったようだ。単行本の時には、金本位制が復活しており、英国銀行が発行する紙幣となっている。£1 Series A (1st issue)で1928-1962発行。緑色、サイズは同じ。
p226 つくりぜに(slush)
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第10話 The Sunningdale Mystery (第15章-第16章)「サニングデールの謎」(初出The Sketch 1924-10-29 as ‘Tommy and Tuppence VI. The Sunninghall Mystery’): 評価6点
この作品集の中で、それっぽいパロディとしては最上の出来。楽しげな雰囲気も良い。オルツィさんとアガサさんの資質もよく似ている感じがする。
p248 チーズケーキとミルク♠️ご存じ、隅の老人の大好物。
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第11話 The House of Lurking Death (第17章-第18章)「死のひそむ家」(初出The Sketch 1924-11-5 as ‘Tommy and Tuppence VII. The House of Lurking Death’): 評価5点
こういうシリアスなムードは、このシリーズにはミスマッチである。
アノーはポアロのモデルなので、真似が難しかったのかなあ。全然冴えていない。友人リカード氏が登場しないのも変。(アガサさんはリカードのキャラをちょっとおとなしめにしてサタスウェイト氏を想像したのでは?と実は私は疑っている。『クィン氏』の感想中に詳しく書くつもり)
p274 偉大なコメディアン◆アノーはしばしば「コメディアンの風貌」と描写されている。
p274 浮浪児(the little gutter boy)◆『薔薇荘』で相棒のリカード氏がアノーを評した言葉。国書刊行会の翻訳では「悪たれ小僧」
p275 ミス・ロビンスン◆「訳注 アノーの秘書」何故こんなトンチンカンな注がついているんだろう。
p281 二十一歳◆成人(保護者の同意不要年齢)になったから、ということなのか。
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第12話 The Unbreakable Alibi (第19章)「鉄壁のアリバイ」(初出Holly Leaves 1928-12 挿絵Steven Spurrier): 評価4点
雑誌Holly Leavesは週刊誌Illustrated Sporting and Dramatic Newsのクリスマス特集号。
アガサさんがコリンズ社に鞍替えしたのは1925年。連載以外で追加した二作品はいずれも当時コリンズ社からミステリを出版している作家のもの。クロフツはコリンズ社お抱え、バークリーは出版社をいろいろ変えているが直近の『絹靴下』(1928)はコリンズ社だ。
本作は工夫が足りないので全くつまらない。きっかけもわざとらしい。これを書いた時には、シリーズ連載時のあっけらかんとした明るさはもう残っていなかったのだろう。
p309 スペルが怪しいのは非常にハイレベルの教育を受けた証拠、というのはウッドハウスの描く貴族階級のズボラさを連想させる。
p327 十シリング攻勢(the ten-shilling touch)♣️終わりのほうで書いているが、これは紙幣のようだ。当時の10シリング紙幣は1918-1933発行の10 Shilling 3rd Series Treasury Issue紙幣だろう。緑と茶、サイズ138x78mm。単行本の時代になると英国銀行紙幣の10 Shilling Series A (1st issue)となる。赤茶、サイズは同じ。
p328 半クラウン♣️こちらは銀貨ジョージ五世の肖像、1920-1936鋳造のものは .500 Silver, 14.1g, 直径32mm。
p335 半クラウン♣️情報料やちょっとした謝礼の額を細かく書くところもクロフツ流を真似ているのかも。
p338 ミュージック・ホールのギャク♣️どれも元ネタがありそう。
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第13話 The Clergyman’s Daughter (第20章)-The Red House (第21章)「牧師の娘」(初出The Grand Magazine 1923-12 as ‘The First Wish’ 挿絵Arthur Ferrier): 評価6点
こういう和む話はクリスマス・ストーリーにぴったり。程よい謎でバランスが良い。
雑誌掲載時にはブラント探偵社の大枠はなかった筈だから、どういう設定だったのだろう。私の妄想では「古新聞の…すこし前の広告(advertisement some time ago… an old paper)」というのは昔『秘密機関』の時に二人が出した「若い冒険家、何でもやります!」の個人広告で、かなり古いその広告を見て依頼人がたまたまやって来ちゃった!という設定だったんじゃないか? 冒頭のシェリンガムのくだりは取ってつけた感じで本筋に入ると全く消えている。「赤い館(Red House)」からの遠い連想でシェリンガムが登場することになったのだろうか。
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第14話 The Ambassador’s Boots (第22章)「大使の靴」(初出The Sketch 1924-11-12 as ‘Tommy and Tuppence VIII. The Matter of the Ambassador’s Boots’): 評価4点
突飛すぎて普通人がついてゆけない発想が時々あるのがアガサ流。
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第15話 The Man Who Was No. 16 (第23章)「十六号だった男」(初出The Sketch 1924-12-10 as ‘Tommy and Tuppence XII. The Man Who Was Number Sixteen’): 評価5点
こういう大団円を盛り上げるのが下手なのが初期の作者。なんとか形をつけている。

No.16 7点 検察側の証人- アガサ・クリスティー 2022/04/30 06:59
1953年発表。早川クリスティ文庫で読了。翻訳は堅実で調子が良い。
短篇版(1925年1月、米国雑誌初出)は夫アーチーに裏切られる前に書いたもの。なので、とてもロマンチックな結末だと感じた。短篇を書いた時には想像もしていなかっただろう、アガサさん自身が14歳年下の男と結婚するとは!(戯曲版発表時のアガサさんは63歳)
自伝で、戯曲版のためにバリスタやソリシタからたくさんの助言をもらった、と書いており、法廷シーンは充実している。でも映画ワイルダー版を見た後で考えると、まだまだ法廷もののメリハリの利かせ方になっていない感じ。作者序文では、大勢の登場人物が必要になるので大変ね、と心配している。確かに劇場の舞台で映画の法廷シーン並みの迫力を出すのは大変だろう。
以下トリビア。原文が得られなかったので、主な項目だけ。
作中現在はp29、p120、p131から1949年なのだろう。
p21 アドルフ・ベック◆ Adolf Beck caseのこと。真犯人スミスが捕まってベックが釈放されたのは1904年7月29日。
p23 二、三ポンドの貯金◆英国消費者物価指数基準1949/2022(37.65倍)で£1=6061円。
p25 軍隊に行ったんでちょっと調子が狂った
p29 十月十四日◆金曜日(p86)、1921年、1927年、1932年、1938年、1949年が該当。前述の「軍隊」を考慮すると戦後間もない1921か1949が適切か。
p34 家政婦
p54 きみの今後の発言は…◆英国では昔から米国のミランダ警告っぽいことを言っている(レストレードも言っていた)。Miranda warningは1966年の判例から。
p56 陪審員十二人のうち九人までは、外(よそ)の国の人間は嘘つきだと信じ込んでいる
p75 共産圏
p78 お優しい神父さん
p108 紹介所から来る住み込み家政婦とは違うんです
p115 年下の男
p120 国民健康保険… 毎週4シリング6ペンス… 補聴器◆英国National Health Serviceは1946年創設。4s.6d.=1364円、月額5911円。映画でも同じ金額、こちらはNational Insurance Act 1946による年金と雇用保険を合わせたような給付制度の掛金のようだ。
p129 O型の血液… 42パーセント
p131 一九四六年
p132 証言する資格
p148 ブリッジ
p148 ネコブラシ
p159 イチゴ・ブロンド
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映画(1957)は法廷シーンが素晴らしい。米国と違い、検事職という専門の官職は存在せず、国が検事側弁護士としてバリスタを雇う、という形式(だったと思うが実はよく調べていません…)。ところで私は映画の法廷ものの傑作『ある殺人』(1959)はペリー・メイスンのTVシリーズ(1957年から)が当たったので作られたのかな?と思っていたのだが『情婦』とレイモンド・バーは同年だった。
ロートンは心筋梗塞で入院していた、という設定だろう。私も経験したので凄く親近感。(あんなに太ってはいませんよ…)
原作のキズを納得のいくように補正していますが、ほぼ忠実な映画化。原作の一番大きなキズは戯曲上演時に弁護士たちが一様に異をとなえたという「裁判はもっと長くかかるのです!」というところ。映画ではきちんと三日間にしている。ワイルダーは、ロートンのバリスタ役にスポットを当てていて、これは正解。誰がメイン?が物語では非常に重要だ。短篇のスポットは容疑者の妻寄り、戯曲版ではオバチャンにも当たっていて、だからあの結末なのだろうと思う。
まずは短篇、そして戯曲、最後に映画。この順番でもみんな面白く興味深かった。
(クリスティ再読さまのディートリッヒが襲われるシーンの考察を読んで、流石、と思いました。酒場のシーンにもあって、この繰り返しも意図的なもの?と思ってしまいました…)

No.15 6点 リスタデール卿の謎- アガサ・クリスティー 2022/04/26 03:51
1934年6月出版。1924年から1929年発表のノンシリーズを集めた短篇集。早川クリスティ文庫の電子版で読んでいます。田村隆一の翻訳は、いささか古めかしいけど快調。
アガサさんの短篇をなるべく初出順に読む試み。1923年はスケッチ誌にたくさんのポアロものを書き、続く1924年は『ビッグ・フォー』とトミーとタペンスの『二人で探偵を』を同誌に連載しています。ノン・シリーズはThe Grand Magazineがホームグラウンドの感じ(『二人で探偵を』収録作の一部もここに掲載)。
以下、初出順にタイトルを並び替えています。カッコつき数字は単行本収録順。初出は英Wikiの情報をFictionMags Indexで補正。
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(3) The Girl in the Train (初出The Grand Magazine 1924-2)「車中の娘」: 評価5点
失業から始まる物語。ウッドハウス風の話に仕上げたかったのかな? 初期アガサさんのロマンチックなオハナシ。
p1030 詩を書いて戸口で2ペンスで売る(for writing poems and selling them at the door at twopence)♠️こんな乞食みたいなのが実際にいたのかなあ。
p1071 ディック・ウィッテイントン(Dick Whittington)♠️猫で有名
p1168 バルカン急行(Balkan express)♠️1916-1918運行。当時のスパイものによく登場していたのか。
p1194 昔のサウス‐ウェスタン鉄道はじつに信用できるものでしたよ――スピードはのろかったけれど、時間には正確だったんです(The old South-Western was a very reliable line - slow but sure)
p1281 ジュージュツ(jujitsu)♠️『ビッグ・フォー』にも、この単語は出ていました。
p1436 半クラウン
p1436 ジョージ陛下(King George)
(2022-4-26記載)
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(7) Jane in Search of a Job (初出The Grand Magazine 1924-8)「ジェインの求職」: 評価5点
こちらも失業から始まる物語。戦後のクリスティ家は貧しかったし、英国には困窮していた人が多かった。ロマンチックで危険な冒険のオハナシ。
p2473 二千ポンド◆英国消費者物価指数基準1924/2022(64.78倍)で£1=10548円。
p2511 美人コーラス(A beauty chorus)◆コーラス・ガール、という意味だろうか。
p2615 社会主義者的な気はまったくない(There was nothing of the Socialist)
p2769 ピストル(a revolver)
p2824 レーシング・カー(racong car)
(2022-4-26記載)
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(9) Mr Eastwood's Adventure (初出The Novel Magazine 1924-8 as ‘The Mystery of the Second Cucumber‘ 挿絵Wilmot Lunt)「イーストウッド君の冒険」: 評価5点
作家を主人公にした話は初めてかも。相変わらず能天気なロマンチックさ。
p3188 白ワイン用のグラスの値段… 「半ダースで五十五シリング」♣️(7)p2473の換算(1924)で29007円。
p3245 ごろつき(カナイユ)
p3276 昔のキリスト教徒だってやったことなんだから(The early Christians made a practice of that sort of thing)
p3322 使用人(his man)
p3377 戦後、ぼくも軍服を売ったおぼえがあります(I remember selling my uniform after the war)♣️何となくアーチーが軍服を売っぱらっているシーンを想像してしまった
(2022-4-26記載)
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(2) Philomel Cottage (初出The Grand Magazine 1924-11)「ナイチンゲール荘」: 評価7点
実に素晴らしいサスペンス。主人公の心の動きが過不足なく表現されている。アガサさんの初期の最高傑作です。ずっと1924年発表作品を読んで来ましたが、本作だけ突出した感じ。このあと1925年1月には『検察側の証人』です(この作品がアガサさんの米国雑誌初出の最初。販路を拡げた、ということだろう)。
p468 年に利子が200ポンド♠️(7)p2473の換算(1924)で211万円。元金は6000ポンドのようだから年利3.3%くらいか。
(2022-4-26記載)
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(5) The Manhood of Edward Robinson (初出The Grand Magazine 1924-12)「エドワード・ロビンソンは男なのだ」: 評価6点
いつものロマンチックな話だが、なんとなく地に足をつけたところがある。アガサさんは(2)で短篇小説のコツを掴んだのだろうか。
p1899 四シリング十一ペンスの安もののブラウス(the cheap four and elevenpenny blouse)◆(7)p2473の換算(1924)で2598円。12ペンスで1シリングに繰り上がるので、日本の980円みたいな値付けなのだろう。
p1930 一等賞の500ポンド
p1939 車体前部が長く、ピカピカの、二人乗りの自動車(a small two-seater car, with a long shining nose)◆この車種を特定したくて、いろいろ探したら、1920年台の広告でちょうど同じ値段のWolseley Stellite Ten Two-Seaterのがあった。なおアガサさんの愛車Morris Cowleyは1924年の広告でTwo Seaterは£198、Four Seaterは£225だった。
p1950 映画の最上席(best seats)… 三シリング六ペンス◆=1846円。普通席は二シリング四ペンス(=1231円)のようだ。
p2116 ブリッジの借金(Bridge debts)
p2125 カクテルとは享楽的な生活を象徴するもの(represented the quintessence of the fast life)
p2194 クラパム◆「普通の人」の代名詞
(2022-4-26記載)
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(1) The Listerdale Mystery (初出The Grand Magazine 1925-12 as ‘The Benevolent Butler’)「リスタデール卿の謎」: 評価5点
貧乏生活の描写から始まり、サスペンス小説になる。のんびりとした雰囲気が良い。
p13 モーニング・ポスト
p13 歯を買う(people who wanted to buy teeth)♣️こういう個人広告がよくあったのか。
p14 週二、三ギニー♣️一軒家の家賃、かなり安い。(7)の換算だと月額9〜13万円。
p17 ぞっとするような探偵小説(dreadful detective stories)
(2022-5-15記載)
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(11) The Rajah's Emerald (初出Red Magazine 1926-7-30 挿絵Jack M. Faulks)「ラジャのエメラルド」: 評価5点
Red Magazineは当時は隔週刊行の小説誌、4シリング112ページ。
主人公はジェイムズ・ボンド(James Bond)。当時の海水浴場の情景が楽しい。
p283 定価1シリングの本♠️廉価版。英国消費者物価指数基準1926/2022(65.13倍)で£1=10321円。1s.=516円。
p286 一番小さい貸別荘でも、家具付きだったら週25ギニー(The rent, furnished, of the smallest bungalow was twenty-five guineas a week)♠️観光地の家賃。月額117万円。
p288 着替え用の小屋やボックス(bathing huts and boxes)♠️海水浴場の設備
p297 海岸のカフェのメニュー、ここら辺の描写も面白い。
p299 新聞1ペニー♠️43円。
p304 ある有名な訴訟事件以外には、未開の国の支配者たちについてはまったく何も知らなかった(knew nothing whatsoever about native rulers, except for one cause célèbre) ♠️現在進行中のこの事件のことを指している?(cause célèbreは「訴訟」とは限らない)何か当時有名な事件があったのか。
(2022-5-15記載)
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(12) Swan Song (初出The Grand Magazine 1926-9)「白鳥の歌」: 評価4点
オペラ歌手の話。アガサさんは若い頃、歌手を目指していたことがあるので、こういうネタはお手のもの。再読して『トスカ』のヴィシ・ダルテを私はここで覚えたんだなあ、と感慨深い。作品としてはちょっと工夫不足。
p311 顔色の悪い娘(a pale girl)
p312 十七匹の鬼(seventeen devils)
p314 エラール(Erard)
p321 離婚や麻薬がやたらと出てくる超現代的な芝居(a play of the ultra new school; all divorce and drugs)◆この感想はアガサさんのものだろう。
p327 席はたった2リラ◆引退した歌手の回想。多分20年前ほど。
(2022-5-15記載)
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(8) A Fruitful Sunday (初出Daily Mail 1928-8-11 挿絵画家不明)「日曜日にはくだものを」
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(10) The Golden Ball (初出Daily Mail 1929-8-5 as ‘Playing the Innocent’ 挿絵Lowtham)「黄金の玉」
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(6) Accident (初出Sunday Dispatch 1929-9-22 as ‘The Uncrossed Path’, 挿絵画家不明)「事故」
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(4) Sing a Song of Sixpence (初出Holly Leaves, the annual Christmas special of the Illustrated Sporting & Dramatic News 1929-12 挿絵C. Watson)「六ペンスのうた」

No.14 6点 茶色の服の男- アガサ・クリスティー 2022/02/23 21:48
1924年8月出版。初出は夕刊紙The Evening News [London]1923-11-29〜1924-1-28(50回、連載タイトルAnne the Adventurous) 早川クリスティー文庫(2017年10月二刷)で読了。深町さんの訳は非常に安心して読めます。文庫のカヴァー絵は谷口ジロー。
ベルチャーの帝国博覧会1924キャンペーンに随行して、1922年1月から世界旅行に出たアガサとアーチー(三歳のロザリンドは姉マッジに預けた)、10カ月後、すっからかんになって英国に戻ってきます。でも帰って来て書いたこの作品の連載権が500ポンド(=約432万円)で売れ、アーチーも良い仕事を見つけ、一家の経済状態はたちまち向上します。アガサさんは人生で最も嬉しかった二つのうち一つ、自分の車グレーのMorris Cowleyを購入して大喜び。(『自伝』のこのあたり(第五部から第六部)はとても楽しい。ただし本書のネタバレ有りなので『茶色の服』読了後に読むことをお勧めします。本書解説もここら辺に触れているので読まないのが良いですね)
若い女性一人称の冒険物語。(途中に挟まれてるサー・ユースタスの手記がだれる) 所々に世界旅行の実体験が顔を出しています。特に船旅の所が良い。でも全体の構成に難ありで、行き当たりばったりなところもありますが、全篇に漂う楽しそうな雰囲気とロマンスたっぷりなところが初期アガサさんの味です。
なおBill Peschelの注解本が出ています。The Complete, Annotated Man in the Brown Suit(2022)、アガサさんの知られる限りでは最も早い、雑誌に掲載された短篇 The Wife of Kenite (Home[Austrarian Magazine] 1922-9)や帝国博覧会1924キャンペーンの新聞記事、アガサさんを探偵小説作家として紹介した記事やインタビュー1922-5-20(アガサさんはマリー・コレッリに会ったことがあるようだ)、当時の本書の書評(これはとても興味深い)、表紙絵ギャラリー(初版の絵が本当に酷い)、当時の南アフリカ情勢についての独自エッセイなども収録されていて、iBookで400円ほど。ハヤカワや創元は新訳を出すなら、こーゆー注釈盛りだくさんなのを翻訳してくれれば良いのに、と思います。なおPeschel版アガサ注解長篇は今のところ『チムニーズ』(1925)まで出ています。
以下トリビア。原文は上記Peschel版を参照。PBはPeschel版からのネタ。
作中時間は1922年1月(p89)と明記。
献辞はTo E. A. B./ IN MEMORY OF A JOURNEY, SOME/ LION STORIES AND A REQUEST THAT/ I SHOULD SOME DAY WRITE THE/ “MYSTERY OF THE MILL HOUSE” 上記世界旅行の要人ベルチャー(Ernest Albert Belcher(1871–1949))に捧げられています。強引タイプのこの人に、探偵小説(タイトルもベルチャーが提案した『ミル・ハウスの怪事件』となる予定だった)に俺を登場させろ、とせがまれ根負けしたアガサさん、サー・ユースタスの登場となりました。
価値換算は英国消費者物価指数基準1922/2022(60.55倍)で£1=9448円。
p13 一月よ、ああ、呪われたる霧の月よ!(January, a detestable foggy month!)◆何かの引用か?と思ったら全然見つからない。調べつかず。
p20 旧石器時代
p22 デイリー・バジェット(Daily Budget)◆[BP]多分Daily Mailのこと。
p24 映画館もあって、週がわりで連続活劇の「パメラの危機』を(There was the cinema too, with a weekly episode of “The Perils of Pamela“)◆パール・ホワイトみたいなのか。当時の映画情報と言えば淀長さんだなあ。
p25 ガス会社からの通告(notice from the Gas Company)
p33 ティンブクトゥー(Timbuctoo)
p35 全財産(£87 17s. 4d.)
p40 耳を出す髪型は時代遅れ(ears are démodé nowadays)
p40 スペイン女王の脚(Queen of Spain’s legs)◆存在してるが口にしてはいけないものの喩え。
p43 牛乳◆毎日、宅配されていたなんて、今考えるとかなりの贅沢だよね。
p45 一月八日
p45 年25ポンド◆通いの家政婦の給金(多分最低ランクの提示額)
p45 駅プラットホームの探検◆無意味な行動だが、なんかわかる。
p46 役人ならばあんなあごひげは生やさない
p53 家具什器別で賃貸
p74 『紳士録』、『ホイッティカー年鑑』、ある『地名辞典』、『スコットランド貴族故地・古城史』、『イギリス諸島誌』(Who’s Who, Whitaker, a Gazetteer, a History of Scotch Ancestral Homes, … British Isles)◆参考資料。[BP]Who’s Whoは1849年から英国で発行されている年鑑。Whitakerは1868年から刊行。その他は特定できず。
p91 一等87ポンド◆ケープタウンまでの船賃。
p92 ブリッジ… 普通の三番勝負
p92 夏はイギリスで、冬はリヴィエラで過ごす
p99 二ペンスの切手◆帝国内なら海外への手紙は1オンスまで何処でも2ペンスだった。(1921-6-13〜1922-5-28)
p105 船酔い
p107 五ポンド札五枚
p109 ビスケー湾
p119 D 13号
p124 シャッフルボード(shovelboard)◆[BP]英国の言い方らしい。
p128 零時を告げる八点鐘
p129 二点鐘
p141 ビーフティー◆牛肉を水で煮出したダシ汁のこと。お茶成分は無し。商品名「ボブリル(Bovril)」
p144 殿方はラテン語が得意
p145 イタリア人の道の教え方
p147 クリッペン
p151 体にこたえる競技… “ブラザー・ビル”や“ボルスター・バー”(painful sports of “Brother Bill” and Bolster Bar)◆客船のレクリエーション。[BP] ボルスター・バーはA fighting game in which players sit astride a log and attack each other with pillows until one falls offで、ブラザー・ビルは不明。
p156「上段寝台」(The Upper Berth)◆有名な幽霊小説(1886)、F. Marion Crawford作の短篇。
p167 オセロとデズデモーナ
p168 ここら辺のライオン話が献辞に出てくるやつ?
p173 十万ポンド
p180 華麗なキモノ(loveliest kimonos)
p181 ホイスト… 15ポンド◆金額を考えると結構な勝ち。
p182 シューザン(Suzanne)◆違和感あるけど某Tubeで耳で聞くと「シュザン」(アクセントは「ザン」に)、が近い?でもシュザンヌで良かったような気もする。
p209 イタリアでは列車がよく遅れる◆ムッソリーニのお陰で鉄道は正確だ、と言う話を思い出した。何故なら時計を誤魔化すから、というのがオチだったはず。
p248 サーフィン◆アガサさんは南アフリカでサーフィンを覚え、ハワイではサーフィンをしまくった、と自伝で書いている。
p251 映画館の六ペンスの席… 二ペンスのミルクチョコレート
p298 ミス・アン(Miss Anne)◆男性が「ミス+名前」と呼ぶ時は「ミス+苗字」よりも親しくなったことを示す(だがすっかり近しいわけではない)。BPにそんなことが書いてありました。注釈者は現代の米国人なので完全には信用してませんが、はあ成程、と思ってしまった(確かにある登場人物が途中で呼び方を変えている)。ただし英国の伝統的ルールでは「ミス+苗字」はその苗字の年長未婚婦人を指してしまうので、次女や三女には最初から「ミス+名前」呼びだったような気もする。
p306 背が高く、細身で、肌の浅黒い男(long, lean, brown men)◆tall, dark manのdarkが髪の毛なら、ここのbrownも茶色の髪か?
p311 木彫りの動物
p312 三ペンス◆ローデシアの通貨1ティキ(tiki)に相当するらしい。
p328 聖書に“イエスのために自分の命を失ったものは、それを自分のものとする”(Like what the Bible says about losing your life and finding it)◆マタイ10:39(KJV)He that findeth his life shall lose it: and he that loseth his life for my sake shall find it.のことか。
p331 シェークスピアの台詞… 野心(ambition… by that sin fell the angels)◆ Henry VIIIから。
p340 ヴィクトリアの滝
p415 新案のゴムボール(the patent ball)
p475 ようこそ、と蜘蛛が蠅に言いました(you walked into my parlour — said the spider to the fly)◆[BP]from the children’ poem “The Spider and the Fly” (1829) by Mary Howitt (1799-1888)
p504 ノルウェー人のナース(Norland nurses)◆深町さまの珍しい誤訳。[BP] Norland is a training college for nannies. Emily Ward(1850-1930)が1892年に設立。ここ卒業の乳母が裕福な家庭には多いようだ。試訳「ノーランド卒の乳母」
p508 このところ精神分析に凝っている(goes in rather for psychoanalysis)

No.13 7点 ゴルフ場殺人事件- アガサ・クリスティー 2021/01/17 19:50
月刊誌Grand Magazine 1922-12〜1923-3 (4回 挿絵ありと思われるが画家不明、連載タイトルThe Girl with the Anxious Eyes) 単行本: 米版Dodd, Mead(1923-3) 英版Bodley Head(1923-5) 原題はいずれもThe Murder on the Links。ダストカバーは米版が特徴的なナイフ、英版は帽子とコートでなんか持ってる髭の男。
早川クリスティー文庫の田村隆一訳で読了。
昔から本作は大好き。敵役の名刑事ジローとか、冒頭に登場する謎の娘とか、ワクワクして読んだ。今、再読してみると、ちと安易で甘めのストーリーだけど結構、工夫が見られる展開が豊富な作品。無邪気なところが非常に良い。
船酔いのくだり(ここでは、またやってるよ、という感じ)とかプリマス急行への言及があり、発表は各短篇(最初にヘイスティングスがポアロの船酔いにビックリしているのは『首相誘拐事件』(Sketch1923-4-25)、『プリマス急行』は同1923-4-4の掲載)が後になっているが、実際の執筆順は、短篇が早いのだろう。アガサさんはクリスティ大尉と世界旅行に行く旅費を稼ぐため、この頃、結構な数の作品(この作品を含め)を書いている。
本作に言及されてる事件の元ネタについて、何処かに書かれていたような気もするが、今はちょっと見当たらない。(2021-1-18追記: Marguerite Steinheil事件(1908年5月)と判明。ネタバレ物件なので読了前に見ないこと。「スタンネル殺人事件」で検索。詳細は英Wikiで。アガサさんは自伝で「関係者の名前はもう忘れちゃったがフランスでずっと前に起きた有名な事件」と書いている。)
トリビアは例によって徐々に埋めます。
(以上2021-1-17記載)
献辞はTo My Husband. A fellow enthusiast for detective stories and to whom I am indebted for much helpful advice and criticism。アーチーも探偵小説好きだったんだね。
p9 「ちくしょう!」と侯爵夫人はおっしゃいました(‘Hell!’ said the Duchess)♦︎お馴染みEric Partridgeの辞書にDating from c1895, it was frequently used in WW1, although seldom in the ranksとある。詳細不明だが、結構、起源は古いようだ。
(以上2021-1-17記載)
p16 ミステリ映画はかかしたことがない(go to all the mysteries on the movies)♦︎英Wikiの“1920s mystery films”に当時のリストあり。もちろん全て無声映画。1910sや1930sのリストもあり。どれも面白そうだ。
p21 mediocrityさんの評にある通り、田村隆一訳は省略版の原文によるもの。gutenberg版では「最近面白かった事件はYardly diamondの事件くらいだ」と手紙の封を切る前にポアロが言っている。<西洋の星>盗難事件(Sketch 1923-4-11)のこと。英Wikiによると米版初版298頁、英版初版326頁とある。クリスティー文庫で完全版から訳し直して欲しいなあ。(2021-1-19追記: 書店で最新のクリスティー文庫、田村義進訳2011をチェックしたが、田村隆一訳と同じ原文のようだ。ポアロとヘイスティングスの会話の調子は義進訳が良い。重ねて言うが早川さん、完全版でよろしく。)
p21 アバリストワイス事件(Aberystwyth Case)♦︎ポアロの語られざる事件のようだ。
p31 ハイヤーで行く(hire a car)♦︎ルノーのType AGかな?
p32 スコットランド人が言う“瀬死者の心の昂ぶり”(what the Scotch people call ‘fey,’)♦︎死や不幸や災厄の予感、というような意味らしい。
p61 千ポンド♦︎英国消費者物価指数基準1923/2020(60.87倍)で£1=8555円。
p79 旅行用の八日巻き時計(an eight-day travelling clock)♦︎1920年代のをWebで見たが結構コンパクト。週一で巻くのでプラス1日分動くのがミソ。
p85 [短刀は]流線型の飛行機のワイヤーでつくられた(made from a streamline aeroplane wire)♦︎Bruntons社のWebページから: Streamline Wires and Tie Rods are used for internal or external bracing on aircraft (wings, tail surfaces, undercarriages, floats etc.)... wherever a load in tension must be carried. 「航空機に使われる流線型ワイヤー」の事のようだ。確かに短刀になりそうなデザイン。英Wikiのカヴァー絵参照。
(2021-1-18追記、未完)

No.12 7点 アクロイド殺し- アガサ・クリスティー 2021/01/17 15:58
初出は夕刊紙The Evening News [London] 1925-7-16〜9-16 (54回、連載タイトルWho Killed Ackroyd?) 単行本: 英版William Collins(1926-6) 米版Dodd, Mead(1926) いずれもタイトルはThe Murder of Roger Ackroyd。ダストカバーは英版が若い女性が電話の乗った書類机の一番上の引き出しをあさっている場面、米版は短剣を握った手。
早川クリスティー文庫の新訳(2003)で読了。新しい訳にしては、あまり多くはないがちょっと気になる日本語がちらほら。まあ私のトシのせいかもね。
コリン・ウィルソン『世界不思議百科』によると売れた部数は3000部程度(2021-1-20追記: Charles Osborne “Life and Crimes of Agatha Christie”によると5000部)。
でも新聞連載してたのだから結構、有名だったのでは?(この新聞の推定部数(1914)は60万部。アガサさんにとって『茶色の服』に続く二回目の同新聞での連載だった。) 失踪事件直後発表の『ビッグ4』は9000部売れたらしい。
巷で言われてる、発表時、大騒ぎになった… というのは当時の批評文が見つからないので実態がよく分からない。この文庫の解説は笠井潔さんだが、引用されているヴァンダインのもセイヤーズのも後年1930年代の発表じゃないかなあ。ただしノックスやヴァンダインの探偵小説のルールはどちらも発表が1928年で、この小説がフェアプレイ概念に大きな影響を与えたことが伺える。
私が最初読んだ時はネタバレしてたかなあ。もう思い出せないが、この小説には良い印象をずっと持っていた。今回45年振りくらいに再読したら、ああ、結構、工夫してんのね… とちょっと感心。あのネタ一発の作品ではなかった。いつものように大甘な恋人たちが沢山登場。まだ夫の不倫に気づいてない頃に書いたのかなあ、と感じてしまった。
さて意外にも長篇ではポアロ・シリーズ第3作目。ポアロ&ヘイスティングス・シリーズは短篇では1923年に25作品(と1924年に『ビッグ4』の12エピソード)を発表していて、このコンビは、もーお腹いっぱいだった、と後に『自伝』に書いている。それで前作『ゴルフ場』(1923)でヘイスティングスをアルゼンチンに旅立たせてしまった。でも私は今回再読して、本作は、最初ヘイスティングスを語り手として構想したのでは?と妄想してしまった。少なくとも、ちょっと頭の片隅をよぎったのでは?と思う。アガサさんの探偵にたいする幕引き(『カーテン』)を考えると、あり得ないとは言えないんじゃないかなあ。
もう一つのお楽しみはミス・マープルの祖型キャロラインの描写。なるほどね、というキャラだが、ちょっと表層的なイメージ。これもアガサさんが実人生から深みを学んでキャラが完成したんだなあ、と少々感慨深い。
というわけで、世間知らずの若奥様アガサさんの最後を飾る記念すべき作品。
ミステリとしては、最重要容疑者が最初から一切疑われない!という大きな欠点はあるが、起伏に富んだ上出来な構成。登場人物をサラッとスケッチして、如何にも、とキャラを際立たせる技は、天性のものだ。
あとこの機会にエドマンド・ウイルソンのWho Cares Who Killed Roger Ackoyd?(1945-1-20)を読んだ。タイトルに上げられてるが本書とは全く関係なし。探偵小説なんてクズで、読んでるやつは中毒患者だ!と宣言している不愉快な内容。なんでウイルソンはそんなに苛立ってるのか?と思ったら、紙不足の時代にくだらない本が印刷されてるのは許せない… ということらしく、ちょっと同情。でもみんな気晴らしを求めてたんだよね。
トリビアは後で徐々に埋めます。
(以上2021-1-17記載)
p9 九月… 十七日金曜日(Friday the 17th)♣️直近は1926年。連載時には違っていたか?前述の通り1925年9月16日水曜日に新聞連載が終了している。とすると日付が誤りで1924年9月19日金曜日未明の事件なのだろうか。(インクエストが月曜日に開かれているので、曜日に誤りは無さそう。)
p18 古くさいミュージカル・コメディ(an old-fashioned musical comedy)♣️翻訳では「最近は風刺劇(revues)がはやっている(ので廃れた)」としている。musical comedyはギルバート&サリヴァンみたいな喜歌劇で、revueはAndré CharlotやC. B. Cochranが1920年代から1930年代に公演していた歌あり踊りありのヴァラエティ・ショーのことだろう。
p29 推理小説の愛読者(been reading detective stories)♣️黄金時代の特徴。探偵小説への自己言及。
p30 『七番目の死の謎』(The Mystery of the Seventh Death)♣️架空のタイトル。それっぽい感じ。
p35 最新の真空掃除機(new vacuum cleaners)♣️スティック型の方が古く、1924年以降ポータブル・タンク型が家庭用として販売され始めた。ここで言ってるのはポータブル・タンク式のことなのだろうか。
p39 鳶色の髪(auburn hair)♣️『スタイルズ荘』、短篇『安アパート』などに出てくる表現。
p48 浅黒い美しい顔(a handsome, sunburnt face)♣️浅黒警察としては、日に焼けた、として欲しいなあ…
p54 シルヴァー・テーブル(silver table)とか呼ばれる家具♣️Web検索したがsilver tableは固有名詞ではないようだ。
p55 まぎれもない本物のイギリス娘(A simple straightforward English girl)♣️正真正銘の金髪、青い目。北欧系のアングロ=サクソン、と言う意味?
p60 《デイリー・メール》♣️Harmworth兄弟が1896年に創刊した日刊紙。本作が連載されていた夕刊紙The Evening Newsも同兄弟が1894年に買収し支配下に置いていたので、一種の楽屋落ちなのだろう。
(以上2021-1-17記載、未完)

No.11 5点 秘密機関- アガサ・クリスティー 2020/02/26 02:57
1922年出版。初出The Times Weekly Edition 1921-8-12〜12-2 (17回) 早川クリスティー文庫の電子版で読了。
アガサさんの単行本第2冊目はトミー&タペンスもの。お気楽な若者たちの冒険です。ほとんど連想のおもむくままに書いたような作品で、映画や小説に出てくる典型的な登場人物(謎の上官とかドイツ人に率いられる悪の組織とか悪いロシア人とか大富豪の米国人とか)や状況(後ろから殴られて気絶とか拉致監禁とか囚われの美女とか)が次々と現れます。社会や政治への言及は当時の英国中産階級女性の平均水準なのでしょう。(社会主義・共産主義への恐怖感はソヴィエトが成立したばかりなので当たり前なのかも。セイヤーズさんみたいにソヴィエト・クラブに出入りしてた人とは違います) 冒頭の貧乏描写だけが切実でリアル、残りは白昼夢の世界。でも、明るさと楽しさが詰まってる。こーゆーのは、作っても作れません。若い時の勢いだけが生み出せる貴重なもの。
以下トリビア。Bill Peschalの注釈本The Complete, Annotated The Secret Adversaryからのネタは[CASA]で表示。この本には約600項目の注釈が付いていて、大半は言葉遣いに関するもの。アガサさんは当時としてはやや古い用語を使っている感じ。(これが物語に一種の懐かしさや安心感をもたらしてるのかも) そして米国人の喋りには小説で覚えたようなスラングを結構使っているみたい。
作中時間は「五年前(p636)」が1915年で、牡蠣料理を食べてる(p809)ので9月から4月の間、p4462の記述から29日は日曜日。ということは、該当は1920年だと2月だけ。ハリエニシダ(gorse p3424)も2月下旬なら咲いてるはず。(なお、29日をLabour Dayと呼んでいるが、メーデーとは全く関係ないようだ)
現在価値は英国消費者物価指数基準1920/2020(44.99倍)の£1=6383円、及び米国消費者物価指数基準1920/2020(12.90倍)の$1=1830円で換算。
献辞は「冒険の喜びと危険を少しだけ感じてみたい、退屈な生活をおくっているすべての人たちに」TO ALL THOSE WHO LEAD MONOTONOUS LIVES IN THE HOPE THAT THEY MAY EXPERIENCE AT SECOND HAND THE DELIGHTS AND DANGERS OF ADVENTURE: 貧乏生活の苦しさをちょっと忘れて… というような意味も込められているように感じます。[CASA] 不特定多数への献辞はアガサさんの著作では『親指のうずき』と本書だけ。
p61/4723 ルシタニア号の沈没: 場所はアイルランドのすぐ南沖です… (私はLusitaniaを米国船だと勘違いしてました。英国郵便船RMS Lusitaniaの犠牲者1198人には米国人128人が含まれていたのですね)
p76 女性と子ども優先(women and children first): [CASA] 一般的になったのは1852年、南アフリカ、ケープタウン沖で起こったHMS Birkenhead沈没事件から。海の公式ルールとして明文化されているわけではない、という。
p94 久しぶり(”Tommy, old thing!” / “Tuppence, old bean!“): [CASA] 親しみを込めた呼びかけ。この言い方は当時の有閑青年たちの流行。ピーター卿も結構使っています。
p109 退職金(Gratuity): [CASA]当時の軍隊の規定により計算するとトミーの退職金は全部で£243 3s 6d(=155万円)
p110 リヨン(Lyons‘) [CASA] 1909年創業のレストラン・チェーン。二人が入ったのはピカデリー近くの一号店。
p116 そんな名前を聞いたことがあるかい?(Did you ever hear such a name?): ジェーン ・フィン(Jane Finn)ってどこが珍しいの?と思ったら『クリスティー自伝』によると、作者が実生活で漏れ聞いて、小説の始まりにぴったり、と思った名前はJane Fish。確かにこれなら変テコな感じ。(Robert L. Fishごめん) 初稿ではFishのままだったのかも。Jane Finnも何か変なのかな?
p116 お茶はべつべつのポットに入れて(And mind the tea comes in separate teapots): ウエイトレスへの注文。この意味がわからない。美味しい飲み方のコツなのか?
p238 広告料は五シリングぐらい… これはわたしの負担額(about five shillings. Here’s half a crown for my share): 5シリング=1596円。新聞の個人広告費用。半クラウン貨幣(Half crown=2.5シリング)は当時ジョージ五世の肖像、1911-1920だと純銀、重さ14.1g、直径32mm。1920以降は.500シルバーに減、重さと直径は同じ。
p278 九ペンスの電報代: 239円。
p278 焼きたての菓子パンを三ペンス分(three pennyworth of new buns): 80円。
p305 即金で百ポンド払います(What should you say now to £100 down): 64万円。
p404 五ポンド札: 31916円。当時の5ポンド紙幣はBank of England発行のWhite Note(白地に黒文字、絵なし。裏は白紙)、サイズは195x120mm。 ちょっと後に出てくる1ポンド紙幣(Fishers)はHM Treasury発行、茶色の印刷、表に竜を刺し殺す聖ジョージとジョージ5世の横顔、裏は国会議事堂、サイズは151x84mmと現在の紙幣っぽい大きさ。10ポンド紙幣の方は5ポンド同様White Note、サイズは大きめの211x133mm。
p429 食事はグリルで: [CASA] The Grill RoomはPiccadilly Hotelの地下のレストラン。ランチ・メニューは3シリング6ペンス(=1117円)、タペンスの言う「もっと高級なレストラン」はルイ14世レストランを指すのだろう。こちらだとランチ・メニューは5シリング(=1596円) 値段は1915年版ベデカーから。
p446 肌は浅黒かった(and dark):「黒髪だった」
p532 牧師の娘さんとして(as a clergyman’s daughter)—舞台にでも立つべきね(I ought to be on the stage): [CASA] ここら辺は“She Was a Clergyman’s Daughter”という1890年代ミュージック・ホールのヒット曲からの連想か。作曲Austin Rudd、歌はAda Reeve。何故か歌詞がWebで見当たらない…
p742 年に三百ポンド(at the rate of three hundred a year): 年192万円。
p809 スコットランド・ヤード犯罪捜査課のジャップ警部(Inspector Japp, C.I.D.): 顔は出さないが、ちゃんと登場。トミタペ世界とポアロ世界は繋がっている。
p1021 三、四百ドルぐらいしか持っていない(I haven't more than three or four hundred dollars): $400=73万円。金持ちなので「しか」
p1186 強盗の指紋がついた手袋(gloves fitted with the finger-prints of a notorious housebreaker): どうやら映画や小説ではお馴染みのブツだったようだ。もちろん当時、現実には存在しない。現代なら技術的に可能かな?
p1229 最近の流行歌を口笛で(whistling the latest air): [CASA] 当時なら流行歌はミュージック・ホール経由か。英国のラジオ放送は1922年5月開始。
p1309 バーナビー・ウィリアムズの『少年探偵』 (Barnaby Williams, the Boy Detective): 正しくは『少年探偵バーナビー・ウィリアムズ』、もちろん架空の本。
p1384 お給料は五十ポンド、いえ六十ポンド出すわ(I will give you £50—£60—whatever you want): 60ポンド=41万円、月額3万4千円。メイドの年給。[CASA] 熟練労働者の給与は週2〜3ポンド(=12776〜19150円、月額5万5千円〜8万3千円)、女性はその半分だった。ハウスメイドの相場は年£20〜£40(月額1万1千円〜2万1千円)
p1693 ロールス・ロイス(Rolls-Royces)... 先導車みたいなもの(some pace-maker)… 相場20000ドル: [CASA] 当時のロード・レースはコースが舗装が未整備で、自動車レースのpace maker carは馬力があって信頼性の高さが必要だった。このロールスは40/50HP Silver Ghost(1906-1925)。$20000=3661万円。
p1739 紳士録(the Red Book): 英国の貴族人名録Burke’s Peerage(1826初版)は大きな赤い装丁(26x18cm, 2800頁)なので別名The Red Book。
p1821 百万ドル(one million dollars)… ポンドに換算すると25万ポンドを上回る(At the present rate of exchange it amounts to considerably over two hundred and fifty thousand pounds): 100万ドル=18億3024万円、25万ポンド=15億9681万円。金基準1920の換算だと£1=$3.64で100万ドル=27.5万ポンド。当時の為替レートは概ね£1=$4弱なので単純に4で割って暗算したようだ。
p2687 おはよう…きみは高級石鹸を使っていないんだね(Good morning... You have not used Pear’s soap, I see): [CASA] Andrew Pears(c1770-1845)が1789年に創始したPears’ Soap。Eric Partridgeの本でGood morning, have you used Pears’ soapというキャッチ・フレーズを見つけたので、検索すると広告絵が沢山ありました。
p3023 五シリング: 1596円。ボーイへの情報料。
p3367 銃をいつも肌身はなさず持っているんです(I carry a gun. Little Willie here travels round with me everywhere): 後の方ではa murderous-looking automatic, the big automaticと表現。Little Willie又はLittle William(p3430)の愛称(翻訳ではいずれも省略)を持つ拳銃は存在しない。肌身離さずが可能な big 自動拳銃ならコルトM1911(全長216mm)か、Savage M1907の45口径版(全長約221mm、販売数はたったの118丁)が候補か。普通に考えれば前者だが、a murderous-lookingなら後者がふさわしい?製造者のColt, Savageや設計者のBrowning, Searleのいずれもファースト・ネームはWilliamではない。拳銃を愛称で呼ぶのは『トレント最後の事件』(Little Arthur、これも米国での呼び方という設定)の前例あり。当時の英国通俗小説では、米国人は拳銃を愛称で呼ぶのが通例だったのか。(Sexton Blake シリーズ1893-1978とかBulldog Drummond シリーズ1920-1969とかを読めばわかるのかも…)
p3402 フランス人は恋愛と結婚を分けて考える: ここの感じでは、当時の潔癖な英米人には、とんでもないことだったようだ。
p3770 僕は兵隊/陽気なイギリスの兵隊/ほら、ぼくの歩調を見てごらん(I am a Soldier/A jolly British Soldier;/You can see that I'm a Soldier by my feet): トミーが歌っているのだが調べつかず。[CASA]にも項目なし。
p3804 十シリング紙幣: 3192円。頼み事の駄賃。当時の10シリング紙幣はHM Treasury発行 、緑色の印刷、表に女神ブリタニアとジョージ5世の横顔、裏は2細胞胚みたいな図案に10シリングの文字、サイズは138x78mm。
p3880 精神状態が異常だったという医者の診断: [CASA] 人を殺しても金を積めば大丈夫、という自信は1906年のStanford White殺人事件が根拠か。大富豪の息子Harry Thawが犯人で、衆人環視のもとで撃ち殺したにも関わらず、陪審裁判の結果は精神異常により無罪。後に精神病院を脱し、精神は正常だ、との判定を得て自由放免になった。
p4073 運転手に五シリング: 1596円。頼み事の駄賃。
p4336 昨夜の脱出劇(the exciting events of the evening): 経過を考えると「今夜」28日の出来事。
p4353 官給の銃(a service revolver): Webley Revolver Mark VIか。
p4419 シーザー万歳!今、死にのぞんで汝に敬礼す(Ave, Caesar! te morituri salutant): [CASA] 剣闘士たちが闘う前に叫んだ、とスエトニウスが書いている。

1983年のTVドラマを見ました。概ね作品に忠実。時代は1930年前半の設定か。トミーとタペンスに愛嬌があって良い感じ。Little Willieは残念ながら自動拳銃じゃなくてWebley Revolverになってました。

No.10 5点 愛の探偵たち- アガサ・クリスティー 2020/02/23 16:54
1950年出版。原題Three Blind Mice and Other Stories(米国オリジナル編集) 早川クリスティー文庫版は、原本(9篇収録)から「二十四羽の黒つぐみ」を除いたもの。
なるべく発表順に読む試み。カッコ付き数字は文庫収録順。初出データはwikiを基本にFictionMags Indexで補正。英語タイトルは初出優先です。
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⑺ジョニー・ウェイバリーの冒険(ポアロ) The Grey Cells of M. Poirot, Series II III. The Kidnapping of Johnnie Waverly (Sketch 1923-10-10) 単行本タイトルThe Adventure of Johnnie Waverly: 評価5点
語りの流れが良い。話自体はシンプルなもの。ヘイスティングスが用心深くなってるのが面白い。
p291 二万五千ポンド♠️身代金。英国消費者物価指数基準1923/2020(60.87倍)で約2億1600万円。
p298 十シリング♠️4318円。伝言の駄賃。成功したらさらに10シリング、という約束。
(2020-2-23記載)
TVドラマのスーシェ版(1990, 1期3話)は楽しい作品に仕上がっている。誘拐が英国で起こるなんてあり得ない!みたいな反応だが、英国初の身代金誘拐は1969-12-29発生のMuriel KcKay(55歳)誘拐事件とwikiのKidnapping in the United Kingdomにあり。(子供は1975-1-14のLesley Whittle(17歳)事件が初) ヘイスティングズの車(Lagonda)が活躍。仲良くポワロと歌う童謡はOne Man Went to Mow。
(2020-3-14記載)
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⑻愛の探偵たち(クィン) At the Crossroads (Flynn’s Weekly 1926-10-30 挿絵画家不明; 英初出Story-teller 1926-12 連載タイトルThe Magic of Mr. Quin, No. I. At the Cross Roads) 単行本タイトルThe Love Detectives: 評価4点
この頃の作品はロマンチックな空想力のたまもの。
p323 危険な十字路(dangerous crossroads)◆アガサさんが自分で自動車を運転していた感じが出ていると思う。当時の交通ルールは幹線道路(main road)優先なのか?
p324 最後に会ったのは… <鐘と道化師>(Bells and Motley)◆雑誌発表順だと正しい順番。クリスティ文庫『クィン氏』の表記は<鈴と道化服>
p327 肌の色はやや浅黒いが(Rather dark)◆クィン氏の感じ。外国人風ではない… という観察なので、肌の色で良いのだろう。
p328 修道僧たちが金曜日のために鯉を飼っていた池(the fishpond, where monks had kept their carp for Fridays)
p350 ゴルフボールそっくりの銀の懐中時計(a silver watch marked like a golf ball)◆ Dunlop Golf Ball Pocket Watch 1920で当時のブツが見られる。読んでいて私は球形だと誤解したが、実際は平べったい普通の懐中時計型でカバーにディンプルをつけてゴルフボール風にしたもの。試訳「ゴルフボールに似せたカバーの銀の懐中時計」
(2022-5-14記載)
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⑹四階のフラット(ポアロ) The Third Floor Flat (英初出Hutchinson's Story-Magazine 1929-1; 米初出Detective Story Magazine 1929-1-5 掲載タイトルIn the Third Floor Flat 挿絵画家不明)
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⑵奇妙な冗談(マープル) A Case of Buried Treasure (This Week 1941-11-2) 単行本タイトルStrange Jest
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⑶昔ながらの殺人事件(マープル) Tape-Measure Murder (This Week 1941-11-16 挿絵Arthur Sarnoff)
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⑸管理人事件(マープル) The Case of the Caretaker (Strand 1942-1)
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⑷申し分のないメイド(マープル) The Perfect Maid (Strand 1942-4) 単行本タイトルThe Case of the Perfect Maid
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⑴三匹の盲目のねずみ Three Blind Mice (Cosmopolitan 1948-5)
BBCのラジオ劇(1947-5-30放送 タイトル同じ)を小説化。のちの超ロングラン劇The Mousetrap(1952-11-25)

No.9 5点 死の猟犬- アガサ・クリスティー 2020/02/22 06:07
1933年10月にOdhams Pressが雑誌The Passing Show(セイヤーズのモンタギュー・エッグものが連載されています)の販促企画として製作した本のひとつ。(雑誌添付のクーポンが無いと入手出来ない本だった) そういう本なら最初の掲載誌がわからない5作は単行本初出なのかも。Collins Crime Clubで出版されたのは1936年。早川クリスティー文庫で読了。
なるべく発表順に読む試み。カッコ付き数字は文庫収録順。初出データはwikiを基本にFictionMags Indexで補正。英語タイトルは初出優先。
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⑵赤信号 The Red Signal (Grand Magazine 1924-6 挿絵Graham Simmons): 評価5点
冒頭からの流れは良いのだが、でも最後はしゃべりすぎ、全然詰めが甘い感じ。なおその法律は後で是正されました…
p53 また潜在意識か。この頃はなんでもかんでもそれで片付けられちまう
p54 以心伝心(テレパシー)
p63 こうした場合のしきたりで、あらたまった紹介はなかった(No further introductions were made, as was evidently the custom)♠️へえ、そうなんだ。
p63 シロマコ(Shiromako)♠️日本の霊(Japanese control)の名前
p63 ウェルシュ・ラビット(Welsh rabbit)♠️Welsh rarebitで英Wikiに美味しそうな写真あり。
p80 下男(His man)
p81 回転拳銃(リヴォルヴァー)… あまり見なれない型(a somewhat unfamiliar pattern)♠️英国陸軍のリボルバーなら第一次大戦中からずっとWebleyだが、米国製の上質なSmith & Wessonだったので、この登場人物には馴染みが無かった… という意味か?(考えすぎです) そのような描写は一切無く、この解説は私の妄想にすぎません、念の為。
(2022-4-26記載)
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⑻青い壺の謎 The Mystery of the Blue Jar (Grand Magazine 1924-7 挿絵Graham Simmons): 評価5点
ゴルフもの。アガサさんはアーチーとゴルフを楽しんでいたようだ。美人と怪奇現象という取り合わせ。初期アガサさんならではの軽さ。
p259 あと一、二分というところで◆この頃の英国では列車は時間通りなんでしょうね。
(2022-4-26記載)
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⑺検察側の証人 Traitor’s Hands (Flynn's 1925-1-31) 単行本タイトルThe Witness for the Prosecution: 評価5点
Flynn’s [Weekly]は有名な探偵小説系パルプ誌Detective Fiction Weeklyの前身。10¢(=160円)192ページ。当時はH. C. ベイリーとかオースチン・フリーマンとかの英国作家を結構掲載しています。この作品がアガサさんの米国雑誌初出の最初。その後、この雑誌にクィン氏ものを多く掲載することになります。
久しぶりに再読したが、思い出の中の印象より、かなりキレが悪い。翻訳のせいかなあ(昔読んだのは創元文庫 厚木 淳 訳)。戯曲版(1953)を読みたくなりました。短篇版の結末はとてもロマンチックなものだ、と急に気づき、それが戯曲版での変更に繋がっているのかも。たくさんのソリシタやバリスタの助言を得て戯曲版を書く前は、法廷関係の知識は全く無かった、と自伝で告白しています。
p212 彼女はいきなりむちゃくちゃに人が好きになる性質(たち)のお年寄り(an old lady who took sudden violent fancies to people)
p222 鉄梃(かなてこ)(crowbar)♣️今なら「バール」の方がわかりやすいか。
p227 掃除婦(charwoman)♣️メイドはいないが掃除婦はいる。貧乏な若夫婦なのだが…
p234 警察裁判所の予審(The police court proceedings)
p236 二百ポンド♣️英国消費者物価指数基準1924/2022(64.78倍)で£1=10548円。
p240 一ポンド紙幣♣️当時の£1紙幣は£1 3rd Series Treasury Issue(1917-1933)、茶と緑の配色、ジョージ五世の肖像と竜と戦う馬上の聖ジョージ、裏はウェストミンスター宮、サイズ151x84mm。
p243 チャールズ卿♣️唐突に名前が出てくるが、この事件の被告側バリスタ(法廷弁護士)。法廷での弁論はバリスタが専門に行い、ソリシタ(事務弁護士)は法廷外の仕事をする、というのが英国弁護士の分業制。現代ではソリシタでも弁論が出来るようになっているようだが、よく調べていません…
(2022-4-27記載)
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⑶第四の男 The Fourth Man (Pearson’s Magazine 1925-12): 評価6点
Wikiでは初出Grand Magazine 1925-12だが、同号にはThe Benevolent Butler(単行本タイトルThe Listerdale Mystery)が収録されてるのでFictionMags Indexにより修正。グレアム・グリーンのThe Third Manを連想してしまうタイトルですが、あっちは第二次大戦後の話です。
子供の頃に読んでずっと心に残っていたことに、今回再読して気付きました。子供の残酷な感じとか、嫌いだけど意志の強い相手に何故か従ってしまう感じとかが上手に表現されている、と思います。
p97 色は浅黒く(a slight dark man)♠️「外国人らしい」という印象を語り手は受けている。でも私は肌の色ではなく髪の色では?と思うのだが…
(2022-5-15記載)
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(12)S・O・S 原題S.O.S. (Grand Magazine 1926-2): 評価4点
バランスの悪さを感じさせる作品。もしかすると記事は実在のもので、当時の読者は、ああアレね、と思ったのかも。
(2022-5-15記載)
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⑹ラジオ Wireless (米初出Mystery Magazine 1926-3-1, 英初出Sunday Chronicle Annual 1926-12): 評価5点
英国初出のSunday Chronicleは週刊新聞(1885-1955) 掲載誌はクリスマス特集号だと思われる。
英国でラジオの公式実験放送は1920年6月15日(火曜日)が最初らしい(正式にラジオ放送が始まったのは1922年11月)。ラジオは当時の最新流行。外国の放送が聴ける、というのもウリだったのだろう。
老婦人を描くと生き生きしてしまうのがアガサさん。ちょうど母の死(1926年4月)の頃の作品だが、書いたのはその前なのでは?と感じた。
(2022-5-18記載)
(2022-9-11追記: 初出が米雑誌Mystery Magazine 1926-3-1らしいと判明したので、順番を変更した。やはり母の死の前の作品だった)
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(11)最後の降霊会 The Woman Who Stole a Ghost (Ghost Stories 1926-11) 単行本タイトルThe Last Seance: 評価4点
Ghost Storiesは米国のホラー系パルプ誌、当時25¢(=400円)96ページ。 (1927年1月号は無料で入手出来ます。知ってる名前はレイ・カミングスくらいですが、広告がとても楽しい)
工夫のない話だが、米国ホラー誌には、こんな話がよくあるよね… その線を狙った? 同時期のクィン氏もの『闇の声』にも交霊会が出てくるが、扱い方は全然違う。
(2022-5-18記載)
*****************(以下は掲載誌不明。単行本1933-10が初出か?)
⑴死の猟犬 The Hound of Death (初出不明): 評価5点
七つの宮はヨハネ黙示録に繰り返される「七」(封印、ラッパ、鉢)を思いだしました。(ただし第五は「青」などという連想p36を見ると黙示録にある象徴の順番とは対応していない) 変な話だねえ、という感じだが、理に落ちすぎてないのが良い。語り口はちょっとぎこちない。少なくとも作者1930年代の作品とは思えない。未発表、というより初期の売れなかった作品か。
(2020-2-22記載)
自伝に出てくるMay Sinclair作「水晶玉の傷」(The Flaw in the Crystal)に影響されたデビュー前の習作で、後年短篇集に収録したという超自然小説「幻影」(Vision)はこれかも。(Visionという題の作品はアガサさんの短篇集には見当たらず、雑誌発表タイトルにもないようだ) 自伝での評価は「今再読してみてもやはり気に入っている。」
(2020-2-23追記)
**********
⑷ジプシー The Gipsy (初出不明): 評価6点
いろんな要素を詰め込んでて話は散らかってるが、その散らかり具合が程良くて好き。自伝によるとデビュー前の娘時代に「霊魂小説」(psychic stories)を書くのにハマってたらしいから、これもその頃の作品なのかも。
p143 ジプシー女が/荒野に住んで…: 歌の一節のようだ。調べつかず。
p147 ファーガスン: 妙な注がついてるが、多分架空ネタ。
(2020-2-23記載)
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⑸ランプ The Lamp (初出不明): 評価5点
ムードは悪くない。死という概念を弄べる未成年にしか書けないような話。大人ならトーンが変わると思う。なので、デビュー前の娘時代に「霊魂小説」(psychic stories)を書くのにハマってた頃の作品だと思います。
(2020-2-23記載)
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⑼アーサー・カーマイクル卿の奇妙な事件 The Strange Case of Sir Arthur Carmichael (初出不明): 評価4点
超自然もの。これはつまらない。明明白白なものを勿体ぶってぼかしても仕方がない。
(2020-2-23記載)
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⑽翼の呼ぶ声 The Call of Wings (初出不明): 評価5点
自伝に出てくる、小説を書き始めたばかりの娘時代の最初期の作品かも。自伝での評価は「悪くなし」(not bad)。
夢の内容が面白い。冗長な部分が見受けられるけれど、最初期の作品と考えれば悪くない。
p347 一シリング: 辻楽師へのチップ。成立年代不明だが1910年基準(118.57倍)で841円。
(2020-2-23記載)

No.8 5点 マン島の黄金- アガサ・クリスティー 2020/02/21 05:57
While the Light Lasts and Other Stories(1997 英HarperCollins) 9篇収録。 (10)〜(12)の三篇(※付き)は、早川クリスティー文庫での付加作品。
アガサさんの短篇小説で生前のコレクションに含まれなかった作品の集成。
初出順に読んでゆきます。カッコ付き数字は本書収録順。英語タイトルは初出優先です。初出データはwiki情報をFictionMags Indexで補正しました。
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⑵名演技 A Trap for the Unwary (Novel Magazine 1923-5 挿絵Emile Verpilleux) 単行本タイトルThe Actress(こちらが作者のつけた題) 中村 妙子 訳: 評価5点
ポアロもの以外で刊行された(多分)初の短篇。(初期作品を集めたと思われる怪奇小説集『死の猟犬』に初出不明の5篇があるので一応保留) まだまだ作家修行中、流れがちょっと悪い。でも同時期のポアロものよりずっと良い感じ。編集者の後書きは無駄口が過ぎる。(初出誌を書いてはいるが最初期の短篇であることには触れていない) なおNovel MagazineはPearsonのパルプ誌、当時10ペンス(=389円)100ページほどか。
(2020-2-21記載)
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⑷クリスマスの冒険(ポアロ) The Grey Cells of M. Poirot, Series II XII. The Adventure of the Christmas Pudding (Sketch 1923-12-12) 単行本タイトルChristmas Adventure 深町 眞理子 訳: 評価6点
中篇「クリスマス・プディングの冒険」(1960)の元となる作品。時系列は『ゴルフ場』の後、Grey Cellシリーズ24篇の最後の作品。(発表は『呪われた相続人』Magpie1923年クリスマス号が最後か) 今までのシリーズとは文章の調子が変わっている。込み入った筋だが楽しげな雰囲気が良い。
p119 浅黒い肌の、ジプシー風の美少女(her dark, gipsy beauty): やはり「黒髪」だと思います… 眞理子さまも浅黒党?ジプシーなので全体的に浅黒い?
p122 ポアロのヘイスティングズ評: ひどいよ、ポアロ! でも愛情に満ちている。
p127 殺人を仕組んだら?(Let’s get up a murder): これはもしかしてMurder Gameなのか?しかし思いつきのアイディアな感じ。当時Murder Party Gameは一般的な余興ではなかったようだ。(1930年以前の例を依然として捜索中)
p129 執事のグレーヴス(Graves, the butler): バークリーの法則(1925)。1923年発表のセイヤーズとクリスティの作品に現れている、ということは、執事Gravesはその頃に上演された劇の登場人物なのだろうか?
p131 プディングのなかにまぜこんである六ペンス貨その他、さまざまなおまじないの品(sixpences and other matters found in the trifle): クリスマス・プディングの一般的な伝統は、家族の全員がかき混ぜに参加、コインを入れて(最初Farthing銀貨、第一次大戦後は値上がりして3ペンス銀貨、やがて6ペンス銀貨)当たった人には幸運が。他に入れるものとしてBachelor's Button(独身男に当たればもう一年独身)、Spinster's Thimble(独身女性に当たればもう一年独身)、A Ring(独身に当たれば1年内に結婚と富が)などがあるようです。6ペンス銀貨は当時ジョージ五世の肖像、1920年以降は.500 Silver、直径19mm、重さ2.88g、220円。(ところで何故「ガラス」が入っていることに驚き、怒ったのか。上述の通り、何かが入ってるのは当然のことなのに… それに沢山のプディングが用意されていたのはどうして?)
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TVドラマのスーシェ版(1992, 3期9話)は中篇「クリスマス・プディングの冒険」(1960)を元にしているはずなので、その時に観ます。
(2020-3-14記載)
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⑼ 光が消えぬかぎり While the Light Lasts (Novel Magazine 1924-4 挿絵Howard K. Elcock) 中村 妙子 訳: 評価5点
プロットがGiant’s Breadに似ているらしい。
アフリカ(ローデシア)の話。実際にローデシアに行ったときの経験が生かされているのかも。ふと、もしアーチーが… と夢想した感じの作品。でも人生を薄っぺらく捉えている気がする。子供っぽい想像力。
p329 フォード(Ford car)
p331 ロールスロイス(Rolls-Royce cars)
(2022-4-23記載; 2022-4-26修正)
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⑺壁の中 Within a Wall (Royal Magazine 1925-10) 中村 妙子 訳: 評価6点
非常に拙い作文なのだが、何か言葉にならない想いを伝えようとしているような不思議な作品。絵画についての文章などハラハラさせるような恥ずかしいものだし、登場人物の感情の流れなども全く納得がいかない。でも、どんなつもりでこれを書いて発表するつもりになったんだろう?という作者の深層心理が興味深い。愛さえあれば幸せになれる、という初期作品特有のロマンチックな感じがカケラも無い。作者の初期最大の問題作、といって良いだろう。まだ夫アーチーに裏切られておらず、母の死も迎えていない、人生が順風満帆だった頃のアガサさん。実はただの気まぐれな空想から出ただけの単純な作品なのかも。
p256 茶色の習作(a study in brown)
p276 謎々◆ 原文をあげておきます。Within a wall as white as milk, within a curtain soft as silk, bathed in a sea of crystal clear, a golden apple doth appear
(2022-5-5記載)
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⑴夢の家 The House of Dream (Sovereign Magazine 1926-1 挿絵Stanley Lloyd) 中村 妙子 訳: 評価4点
Sovereign MagazineはHutchinsonのパルプ誌、当時1シリング120ページ。
編集者の後書きで、アガサさんが作家になる前に書いた習作に手を入れたものだとわかる。まあそんな作品。(7)も同様なのだろうか。若い頃の不安な想い、という感じは出ているが…
多分、ここらへんの時期は、アガサさんがリテラリイ・エージェントのEdmund Corkと契約した頃なので、作家的可能性を広げよう、という助言があって、こういう様々な作品を試しているのではないか。
(2022-5-14記載)
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(11)※白木蓮の花 Magnolia Blossom (Royal Magazine 1926-3 挿絵Albert Bailey) 中村 妙子 訳: 評価6点
非常に理念的で技巧的な小品だが、自分自身の失踪事件のあと、アガサさんは己の若さ全開の本作に苦笑いしたことだろう。そんな皮肉な作品。そういう意味での面白さを感じた。
(2022-5-14記載)
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⑸孤独な神さま The Lonely God (Royal Magazine 1926-7 挿絵H. Coller) 中村 妙子 訳: 評価4点
作者のつけた題はThe Little Lonely Godだという。自伝ではresult of reading The City of Beautiful Nonsense [Ernest Temple Thurston作1909年]: regrettably sentimental という自己評価。これもデビュー前の習作が元のようだ。
ロマンチックで非現実的なオハナシ。芸術は救いになる、というのがテーマ?とは違うか。
(2022-5-14記載; 2022-5-18追記)
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⑶崖っぷち The Edge (Pearson's Magazine 1927-2) 中村 妙子 訳: 評価8点
カバーストーリーではないが、表紙にAgatha Christie Story Insideと目立つように表示。当然1926年12月の作者失踪事件を当て込んだものだが、内容もその事件を連想させる問題作。激しい感情の荒波が読者をも動揺させる。生前、アガサさんは短篇集への収録を許さなかったようだ。
作中で愛犬が車にはねられるエピソードがあり、作者の愛犬が1926年8月ごろに目の前で交通事故にあったことを想起させる。
(2022-9-17記載)
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(12)※愛犬の死 Next To A Dog (Grand Magazine 1929-9) 中村 妙子 訳
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⑹マン島の黄金 Manx Gold (Daily Dispatch 1930-5-23, 24, 26, 27, 28 5回分載) 中村 妙子 訳
マン島の観光客誘致のために企画された、宝探しの手がかりとなる作品。島に隠された宝は£100(=93万円)入りの嗅ぎタバコ入れ四つ。全話掲載のパンフレットJune in Douglasは旅館や旅行スポットに25万冊ほど配布されたが、たった一冊しか現存しないらしい。
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⑻バグダッド大櫃の謎(ポアロ) The Mystery of the Baghdad Chest (Strand Magazine 1932-1 挿絵Jack M. Faulks) 中村 妙子 訳
中篇「スペイン櫃の謎」(1960)の元となる作品。
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⑽※クィン氏のティー・セット(クィン) The Harlequin Tea Set (George Hardinge編Winter’s Crimes 3, 1971) 小倉 多加志 訳
クィン最後の作品。

No.7 10点 謎のクィン氏- アガサ・クリスティー 2020/02/18 22:22
1930年4月出版。初出誌はGrand MagazineやStory-Teller、1924〜1929に断続的に掲載。同時期の短篇が1作だけ『愛の探偵たち』に収録されています。もう少し後で読むつもりでしたが、古本屋で見つけて思わず入手、待ちきれずに読み始めちゃいました。やはり素晴らしい!好きすぎるので殿堂入り10点です。40年前は創元の一ノ瀬さんの訳。今回読んでいる早川クリスティー文庫の嵯峨静枝さんの訳は上品で非常に良い感じです。
発表順に少しずつ読んで行きます。読み終わるのが勿体無いような気持ち。
タイトルは初出優先で記載。カッコ付き数字は単行本収録順。おまけで「愛の探偵たち」もリストアップしておきました。フィナーレを飾る「クィン氏のティー・セット」(『マン島の黄金』収録)も加えるべきでしょうかね。
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⑴クィン氏登場 The Passing of Mr Quinn (初出Grand Magazine 1924-3 挿絵Toby Hoyn) 単行本タイトルThe Coming of Mr Quin: 評価7点
不穏な冒頭から謎の人物の登場、炉辺での昔語りは佳境に入り、そしてサタスウェイト氏に突然ピンスポットがあたるところまで絶妙な流れ。掲載時期から『茶色の服』の後に書いたものと思われます。初出誌では名前がQuinnとなっています。お正月の話だったのですね。(執筆も正月かも) 初出タイトルはUn ange passe(天使のお通り)を連想させ、単行本タイトルはキリスト降臨を思わせます。(考え過ぎです)
p15 若い頃は、みんなで手をつないで輪になって《懐かしき日々》(ほたるの光)を歌ったもの(In my young days we all joined hands in a circle and sang “Auld Lang Syne”)♠️語っている女性は六十代くらいか。
p18 元日に黒髪の男性が最初に訪ねてくると、その家に幸運が(To bring luck to the house it must be a dark man who first steps over the door step on New Year’s Day)♠️wikiのFirst-footに記載あり。背が高く、黒髪の男(a tall, dark-haired male)が良いらしい。ある地方では、女性や金髪の男(a female or fair-haired male)は不運だという。
(2020-2-18記載)
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⑵窓ガラスに映る影 The Shadow on the Glass (初出Grand Magazine 1924-10): 評価4点
登場人物があまり印象に残らない。人物紹介がごたついている。これ、アガサさんには死の場面の強烈なイメージが先に思い浮かんで、そこを上手に描けなかったのでは?
(2022-4-27記載)
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⑷空のしるし The Sign in the Sky (米初出The Police Magazine 1925-6; 英初出Grand Magazine 1925-7 as ‘A Sign in the Sky’) 単行本タイトルThe Sign in the Sky: 評価4点
発端は非常にワクワクさせられるが、残念な話になっちゃうのが惜しい。前作「検察側の証人」(1925-1)の残響が作者にあって法廷シーンから始まっているのかも。本作の初出が米国雑誌というところも「検察側の証人」と共通している)
列車が時刻に非常に正確だというイメージがある、というところに注目。やはり当時は定時運行が当たり前だったのだ。(メチャクチャ遅れるのが普通ならクロフツのアリバイ・トリックなんて成立しないだろう)
p127 銃(the gun)♣️猟銃(散弾銃)のようだ。
p127 九月十三日、金曜日♣️直近は1913年だが、アガサさんは1924年をイメージしていたかも。(普通は曜日は1日ずつズレるのだが、1924年は閏年なので二日ズレている。正月だけに注目してると間違えることが多い)
p129 ジャズ♣️当時ならニューオリンズ・スタイル(Louis ArmstrongのHot Fiveなど)のイメージ
p129 古めかしい表現♣️「これはこれは(God bless my soul)」のこと。
p130 三度♣️単行本で書き換えた可能性あり。雑誌掲載順なら「二度」が正しい。
p142 ヨハネ祭の前日(Midsummer’s Eve)♣️英国のMidsummer’s dayは6月24日、これは四旬日のひとつでもある。何か意味ありげな会話だが、趣旨が良くわからない。前回、といえば連載順だと(2)のはず、これは6月の事件である可能性は十分にある。短篇集収録順だと(3)になるが、その作中現在は3月〜5月なので該当しない。
p144 バンフ(Banff)♣️アガサさんが当時行きたいと思っていた観光地なのだろう、と妄想した。
(2022-5-4記載)
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⑶〈鈴と道化服〉亭奇聞 A Man of Magic (初出Grand Magazine 1925-11) 単行本タイトルAt the Bells and Motley: 評価4点
冒頭の好きな人に偶然会えた時のトキメキが非常に良い。ときめいているのはいい歳をした金持ちのおっさんなんだが… 本作もミステリ的には凡作。
p92 へんぴなところ(God-forsaken hole)
p92 料理の名人(a cordon bleu)
p97 冬の事件の3か月後なので、作中現在は3月〜5月に絞られる。
p114 百年後が2025年、という事は作中現在は1925年
p115 クロスワード・パズル(Crossword Puzzles)♠️1924年のトピック。サタスウェイト氏はこのパズルに馴染みがない。Crossword Puzzleは米国1913年の発明、英国初上陸はPearson’s Magazine 1922年2月号、新聞紙ではSunday Express 1924-11-2が最初。セイヤーズのクロスワード小説は1925年7月号掲載。
p115 天窓強盗(Cat Burglar)♠️1924年にスコットランド・ヤードが逮捕したRobert Augustus Delaney(?-1948)がCat Burglarのあだ名で有名になった嚆矢だという。フォーマルウェアで外出し、するりと窓から侵入して盗むスタイル。
(2022-5-4記載)
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◆愛の探偵たち(『愛の探偵たち』に収録) At the Crossroads (米初出Flynn’s Weekly 1926-10-30; 英初出Story-Teller 1926-12 連載タイトルThe Magic of Mr. Quin, No. I. At the Cross Roads) 単行本タイトルThe Love Detectives
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⑸クルピエの真情 The Soul of the Croupier (米初出Flynn’s Weekly 1926-11-13; 英初出Story-Teller 1927-1 連載タイトルThe Magic of Mr. Quin, No. II. The Soul of the Croupier): 評価4点
モンテ・カルロの話。私はアノーの友人リカード氏を大人しくしたのがサタスウェイト氏なのでは?と勝手に思っているのだが、その薄い根拠が毎年モンテ・カルロに滞在している、というここら辺の記述。まあ人生の傍観者なら満遍なく社交の舞台に顔を出しているだろうから当然なんだが…
本作は話自体は単純なもの。米国風味と欧州風味の掛け合わせが見どころ。(2022-5-17追記: 寓話なので、イチャモン的な文句だが、全員が顔を合わせた時点で、こういう話の流れに絶対ならないよね…)
p161 社交カレンダーあり。
p162 為替相場♣️サタスウェイト氏は戦前と比較しているのか?1911年は1ポンド=25.25フラン、1926年は1ポンド=149.21フラン(5.9倍)。ドル・ベースなら1911年は5.20フラン、1926年は30.72フラン(5.9倍)。フランの価値がかなり低下しているようだが… (2022-5-17追記: 私は貧乏人なので、値段が安くなったのに文句を言ってるのが理解出来なかった。よく考えてみると、フランが非常に安くなったので、有象無象が押しかけてくるようになり、本物の金持ちはモンテ・カルロを避けるようになった、ということなのだろう)
p162 例のスイスの観光地(these Swiss places)
p163 かぎ鼻で顔色の悪いヘブライ系(Hebraic extraction, sallow men with hooked noses)♣️今はこういう表現はダメなんだろうね。
p176 浅黒く、魅力的な顔(his dark attractive face)
p181 “掻き集め”パーティ(“Hedges and Highways” party)♣️ルカ伝14:23から。(KJV) And the lord said unto the servant, Go out into the highways and hedges, and compel them to come in, that my house may be filled. (文語訳) 主人、僕に言ふ「道や籬の邊にゆき、人々を強ひて連れきたり、我が家に充たしめよ。
p190 五万フラン札(A fifty thousand franc bank note)♣️当時の最高額紙幣は5000フラン札なので10枚分という意味か?(多分この場面は違う) 5000フラン札はこの頃ならBillet de 5 000 francs Flameng(1918-1938)サイズ256x128mm。仏国消費者物価指数基準1926/2022(451.45倍)で1フラン=0.69€=93円。
(2022-5-15記載)
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(11)世界の果て World's End (米初出Flynn’s Weekly 1926-11-20; 英初出Story-Teller 1927-2 連載タイトルThe Magic of Mr. Quin, No. III. World’s End) 単行本タイトルThe World's End: 評価7点
コルシカ島の話。世界のどん詰まりという舞台、公爵夫人のキャラ、若い娘の態度、全てが上出来。二人が変に活躍しないのも逆に良い。淀みない話の流れが非常に素晴らしい。
p417 アヤッチオ(Ajaccio)♠️コルシカ島の実在の地名。
p424 エドウィン・ランドシア♠️Sir Edwin Henry Landseer(1802-1873)、動物の絵で有名。最も知られている作品はトラファルガー広場のライオン像。
p425 一枚五ギニー♠️絵の値段。
p431 コチ・キャヴェエリ(Coti Chiaveeri)♠️架空地名かと思ったら、実在だった。コルシカ島南西、Coti-Chiavariが正しい綴りのようだ。話のイメージにぴったりの風景。アガサさんは行ったことがあったのだろうか。
p440 あの女は食い物のために生きている(That woman lives for food)♠️女優に対する、このセリフも実に良い。
p441 ジム・ザ・ペンマン(Jim the Penman)♠️Theatre Royal Haymarket, Londonで1886年4月に初演、大当たりとなり、映画化(1915, 1922)もされた戯曲。Charles Lawrence Young(1839-1887)作、とされるが、実際はドイツのFelix Philippi(1851-1921)作Der Advokat(1885?)の翻案のようだ。
p443 二シリング銀貨ほどの大きさ(the size of a two-shilling piece)♠️当時のフローリン銀貨(=2s.)はジョージ五世の肖像、1920-1936鋳造のものなら.500 Silver, 11.3g, 直径28.3mm。こういう大きさは訳注で処理してほしいなあ… (英国人なら身体に染み込んでると思うので) ついでに言っておくと五百円玉が26.5mm。
(2022-5-17記載)
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⑺闇の声 The Voice in the Dark (米初出Flynn’s Weekly 1926-12-4; 英初出Story-Teller 1927-3 連載タイトルThe Magic of Mr. Quin, No. IV. The Voice in the Dark): 評価4点
いつものようにレディの描写が上手。読書中はアガサ・マジックに幻惑されたが、ちょっと考えると、とても成立しなさそうなところがある変テコなオハナシ。雰囲気は良いので残念。
p255 事故◆数年前にこの鉄道路線で起こった事故。カンヌからの帰りなのでフランスか。
p256 コルシカ◆「世界の果て」を指す。
p258 ユーレリア号の難破(the wreck of the “Uralia”)◆ニュージーランド沖合いで沈没。40年前(p265)だと言う。サタスウェイト氏が若い頃、と言っている感じからすると、彼は少なくとも五十代後半。
p259 鈴と道化服◆再登場。アボッツ・ミードから15マイルほどのところ(p277)。
(2022-5-18記載)
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⑻ヘレンの顔 The Magic of Mr. Quin, No. V. The Face of Helen (初出Story-Teller 1927-4): 評価6点
何気なくサスペンスを高めていくところが上手。1926年のある短篇とちょっとした共通点あり。
p290 近頃では、だれもが刈りあげている(It’s more noticeable now that everyone is shingled)♣️Aileen PringleのPringle Shingle(1925)が有名のようだ。
p293 “芸術家気取り”の連中(be of the ‘Arty’ class)
(2022-9-17記載)
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(12)道化師の小径 The Magic of Mr. Quin, No. VI. Harlequin’s Lane (初出Story-Teller 1927-5): 評価7点
ラストまで不可思議な話。傍観者がうろたえるところが良い。執筆時期はアガサさんが一番混乱していた時期なのかも。
p460 『幸福な王子』の一節… 「この町でいちばん美しいものを二つ持っていらっしゃい、と神様はおっしゃいました」(Bring me the two most beautiful things in the city, said God)♠️原文に『幸福な王子』は無し。The Happy Princeの原文だとthe two most precious things、神様に答えて天使が運んできたゴミ同然の物とは…
p464 オランダ人形(Dutch Doll)♠️英Wiki “Peg wooden doll”参照。ああ、こういうイメージなんだね。
p476 ワルキューレの第一幕… ジークムントとジークリンデ♠️ここら辺は、このオペラを知っていた方が面白いと思う。
p480 古いアイルランド民謡… シーラ、黒い髪のシーラ (後略) (Shiela, dark Shiela, what is it that you’re seeing? / What is it that you’re seeing, that you’re seeing in the fire?’ / ‘I see a lad that loves me – and I see a lad that leaves me, / And a third lad, a Shadow Lad – and he’s the lad that grieves me.)♠️どうやらアガサさん自作の詩をアレンジしたものらしい。
p482 ワルキューレの恋の主題歌(the love motif from the Walküre)♠️某Tubeでは“Wagner Leitmotives - 39 - Love”で聴けます。
(2022-9-17記載)
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⑼死んだ道化役者 The Dead Harlequin (初出Grand Magazine 1929-3)
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⑹海から来た男 The Man From the Sea (初出Britannia and Eve 1929-10 挿絵Steven Spurrier)
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⑽翼の折れた鳥 The Bird with the Broken Wing (初出不明)

No.6 5点 ポアロ登場- アガサ・クリスティー 2020/02/16 01:20
英版1924年、米版1925年出版、三篇追加。(下の(12)〜(14)※付きのもの) 早川クリスティー文庫は14篇収録の米版によるもの。
もともとはSketch誌に1923年に発表したポアロシリーズ12篇×2回とSketch誌の増刊号的なMagpie1923年クリスマス号に収録の1篇で、この年にアガサさんはポアロもの25篇を発表しています。クリスティー文庫では残りの11篇中9篇を『教会で死んだ男』に、1篇ずつを『愛の探偵たち』(「ジョニー・ウェイバリーの冒険」Grey Cellシリーズ2第3話)と『マン島の黄金』(「クリスマスの冒険」Grey Cellシリーズ2第12話、中篇「クリスマス・プディングの冒険」1960の元)に収録。ポアロとヘイスティングズの会話は、同文庫の『スタイルズ荘』や『ゴルフ場』みたいにバカ丁寧であるべき、と思うので、会話の調子を訳し直して発表順に整理したポアロ・シリーズを刊行して欲しいですね。
アイディアが閃いたから書いてみました、という感じなので、続けて読むと単調に感じるでしょう。一作ずつ、合間に読むくらいがちょうど良い。まだまだ工夫不足なアガサさんなのは否めません。
順番はSketch掲載順に再構成しています。カッコつき数字は単行本収録順。英語タイトルは初出時のものを優先しました。

⑺グランド・メトロポリタンの宝石盗難事件 The Grey Cells of M. Poirot II. The Curious Disappearance of the Opalsen Pearls (初出Sketch 1923-3-14) 単行本タイトルThe Jewel Robbery at the Grand Metropolitan: 評価5点
単純な話。でも現場の見取り図があってアガサさんの張り切りぶりが伝わります。
p1819 超過利得税(E.P.D.): Excess Profit Duty 英国では戦費を賄うため1915年から企業の“超過利益”の50%に課税した。1921年廃止。
p1899 両袖のドレッシング・テーブル(the knee-hole dressingtable): 上に鏡を置いて座って化粧など出来そうな机。日本語では「化粧台、ドレッサー」か。
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TVドラマのスーシェ版(1994, 5期8話)では色々ふくらましてるけど問題なし。Lucky LenはJDCのラジオ・ドラマ「白虎の通路」(『ヴァンパイアの塔』収録)の“頰ひげウィリー”と同じ企画なのかも。どっちもブライトンが舞台だし… 桟橋はブライトンのではなくEastbourne Pier(2014の火災で大半を焼失) 、昔の競馬場の風景が良い。
(2020-2-16記載)

⑼ミスタ・ダヴンハイムの失踪 The Grey Cells of M. Poirot IV. The Disappearance of Mr. Davenheim (初出Sketch 1923-3-28): 評価5点
上手にまとめた話。蒸発の三つのカテゴリーは後年の自分の失踪を予言してるような…
p2505 賭けよう…五ポンド(Bet you a fiver): 英国消費者物価指数基準1923/2020(60.87倍)で43180円。ポアロは「イギリス人の大好きな遊び(the passion of you English)」と評しています。
p2513 背の高い浅黒い顔の男(a tall, dark man): 「黒髪の」
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TVドラマのスーシェ版(1991, 2期5話)では奇術、自動車レース、鸚鵡を追加。昔のレース映像や古いレースカーが沢山登場します。スーシェがみせる手品の手際はなかなかのもの。
(2020-2-16記載)

⑴<西洋の星>盗難事件 The Grey Cells of M. Poirot VI. The Adventure of the Western Star (初出Sketch 1923-4-11): 評価4点
ヘイスティングズの空回り。怪しい中国人が出てくるのが如何にもな感じ。以前の話を引き合いに出すのは作者が疲れてきた証拠、と思ってます…
p37 映画スター: 時代はまだサイレントの頃。当時のハリウッドの有名女優ならLillian Gish, Mary Pickford, Gloria Swanson, Marion Daviesなど。
p45 ヴァレリー・サンクレア: シリーズ第三話「クラブのキング」事件に登場。
p68 五万ポンドという巨額の保険: 4億3千万円。保険の金額で物事の価値をあらわすようになったのはいつ頃からだろう…
p68 クロンショウ卿: シリーズ第一話「戦勝舞踏会」事件に登場。
p176 こう見えても私にだって探偵のセンスはかなりある: 自信を持ってこのセリフが言えるヘイスティングズが素晴らしすぎる。
p200 メアリ・キャヴァンディッシュ: 『スタイルズ荘』に登場。
p208 貴族名鑑(Peerage): Burke’s Peerageは1826年創刊の英国貴族の人名禄。1839から1940までほぼ毎年改訂された。
p463 女というやつは手紙を破り捨てたりはしない(never does a woman destroy a letter): これは真理だと思います…
(2020-2-17記載)
TVドラマのスーシェ版(1990, 2期9話)は上手な脚色で付加部分も納得の出来栄え。演者もみんなそれっぽくて良い。傑作です。
(2020-2-23追記)

⑵マースドン荘の悲劇 The Grey Cells of M. Poirot VII. The Tragedy at Marsdon Manor (初出Sketch 1923-4-18): 評価4点
まとまりの悪い話。ポアロの考え方が散漫な感じ。言葉の連想テストは1928年にはもう既にヴァン・ダインが陳腐と言っています。当時、アガサさんは銃に全く詳しくなかったのでしょう。扱いが雑すぎです。
p519 クリスチャン・サイエンス(a Christian Scientist): 今まで調べたことはなかったのですが、起源は結構古いのですね。米国ボストンのMary Baker Eddy(1821-1910)により1879年創設。
p558 カラス撃ちの小型ライフル(his little rook rifle)… 二発撃っていますね(Two shots fired): root rifleという銃は単発が多いらしいが、ここでは2発撃てるライフルのようだ。通常のライフルより軽量で小さく、全長1メートルくらいが普通か。
(2020-2-19記載)
TVドラマのスーシェ版(1992, 3期6話)は、流石に銃の扱い方を変更。原作通り軽そうな単銃身のrook rifleが登場してました。脚本で追加された教会でのガスマスク訓練風景が興味深い。敵国の毒ガス爆撃に備えた訓練だと思うが、各地で行っていたのだろうか。
(2020-2-24記載)

⑻首相誘拐事件 The Grey Cells of M. Poirot VIII. The Kidnapped Prime Minister (初出Sketch 1923-4-25): 評価4点
何だか切実感のない、盛り上がらない話。状況も変テコ、解決も唐突です。
p2099 除隊になり、徴兵事務の仕事を与えられていた:『スタイルズ荘』以降のヘイスティングズの状況。
p2106 イギリス首相: 当時の現実の首相はDavid Lloyd George(在任1916-12-6〜1922-10-19)
p2114 日雇いのお手伝いさん(charlady): charwomanが普通か。
p2325 船酔い(mal de mer): お馴染みの描写だが、作者が初めて書いてる感じ。本作は『ゴルフ場』(初出1922年12月号から連載)より先に書いたのかも。
(2020-2-20記載)
TVドラマのスーシェ版(1991, 2期8話)はロケが素晴らしい映像。銃も沢山出て来ます。(SMLE Mk III小銃とパラベラムP08拳銃) 画面ではポアロの電話番号はTrafalgar 8317でした。
(2020-2-29記載)

⑸百万ドル債券盗難事件 The Grey Cells of M. Poirot IX. The Million Dollar Bond Robbery (初出Sketch 1923-5-2): 評価5点
中途半端な謎。捻りも少ない。
p1277 最近はなんて債券の盗難が多いんだ!(What a number of bond robberies there have been lately!): 実際にそうだったのか。
p1277 自由公債百万ドル分(the million dollars’ worth of Liberty Bonds): 米国消費者物価指数基準1923/2020(15.09倍)で16億円。Liberty bondは第一次大戦の連合国支援のために米国で販売された戦債のこと。
p1316 チェシャー・チーズ: 17世紀からの歴史あるパブYe Olde Cheshire Cheeseのことか。
(2020-2-20記載)
TVドラマのスーシェ版(1991, 3期3話)はポワロの船旅を追加。なかなか上手な脚本。冒頭に多勢の英国人が傘を使うシーン。降ってればやはり使うのね。RMS Queen Mary号の記録映像は1936年5月27日処女航海の時のもののようです。
(2020-3-7記載)

⑶安アパート事件 The Grey Cells of M. Poirot X. The Adventure of the Cheap Flat (初出Sketch 1923-5-9): 評価5点
こーゆー日常の謎だと筆のノリが違います。冒頭の流れは実に良いんですが… 途中で失速し、ぎこちない話になって幕。
p759 年に80ポンド: 69万円。月額57573円。「ただみたいに安い家賃」本当の家賃は350ポンド(=302万円、月額25万円)。
p759 権利金(premium): 貸しアパートのプレミアム。英国にも礼金みたいなのがあったのか。どのような仕組みなのかよくわかりません。
p759 備え付けの家具は買い取り(buy the furniture)… 50ポンド: 43万円。家具備え付け、というのもピンと来ない外国の風習。家具も貸す場合は家賃が高くなるようだ。
p767 幽霊屋敷の話など、聞いたことがありません(Never heard of a haunted flat): 由緒あるお屋敷や城ならともかく幽霊付き「フラット」なんてあるもんか… という意味では?
p822 例によって、きみは赤毛がお気に入り(Always you have had a penchant for auburn hair!): ヘイスティングズの好みを揶揄うポアロ。『スタイルズ荘』のシンシア・マードックがauburn hairの持ち主。
p829 浅黒い肌なのか、色白か?(Dark or fair?): 「黒髪か金髪か?」
p852 週に十ギニー(at ten guineas a week): 9万円、月額39万円。p759の本当の家賃と比べてもかなり高い家賃なので、ヘイスティングズが反対したのだろう。
p859 レヴォルヴァー: ヘイスティングズの銃は初登場のような気がする。
p867 石炭を引き上げる荷台(the coal-lift): 石炭用のエレベーターですね。p907では正しく「石炭用のリフト」と訳してるのに… 人力でロープを引っ張って動かすようだ。
(2020-2-20記載)
TVドラマのスーシェ版(1991, 2期7話)は米国ナイトクラブも出てくる楽しい話。石炭用エレベーターは残念ながらゴミ収集用の裏口に変わってました。家賃は何故か週6ギニー(物価1935/2020で月額28万円)に値下げ。画面の物件的にその程度の感じなのか。
冒頭の米国白黒映画はキャグニー主演のG Men(1935)、ヘイスティングズの銃はWebley "WG" Army Model、悪党の銃はSmith & Wesson Safety Hammerless、FBIの銃はColtっぽい。劇中歌Sugar(That Sugar Baby o' Mine)はMaceo Pinkard, Edna Alexander, Sidney D. Mitchell作の1926年の曲、そしてIf I Had YouはTed Shapiro, Irving King(Jimmy Campbell & Reg Connelly)作の1928年の曲。
(2020-3-7記載)

⑷狩人荘の怪事件 The Grey Cells of M. Poirot XI. The Mystery of Hunter’s Lodge (初出Sketch 1923-5-16): 評価5点
ポアロによる遠隔捜査という状況設定が面白い。ドラマ版が見てみたくなるトリック。
p1024 インフルエンザ(influenza): 1918年〜1919年の「スペイン風邪」が初のインフルエンザ・パンデミック。
p1155 フル・ロードの状態(fully loaded): 弾丸が全て装填されている状態。そんな保管方法は銃器室を持っているようなガンマニアならあり得ない状況だと思う。(当時は安全機構が不十分だったので、落としたら暴発する可能性もある)
p1172 同型のレヴォルヴァーから発射された(fired from a revolver identical with the one): 線条痕による銃の特定は1925年以降の鑑識技術。
p1235 そんな人物(sech person): ディケンズからの引用。Martin Chuzzlewit(1844)第49章、Mrs. PrigとMrs. Gampの会話。Mrs. Prigはsich a personと言い、Mrs. Gampはsech a personと言っています。
(2020-2-20記載)
TVドラマのスーシェ版(1992, 3期11話)は狩の風景を追加。列車のシーンも良い感じ。銃の取り扱いは大幅に変更してマトモになり、M1911が登場。トリックは頑張って忠実にやってましたが、やっぱり変テコな仕上がり。
(2020-3-8記載)

(14)※チョコレートの箱 The Grey Cells of M. Poirot XII. The Clue of the Chocolate Box (初出Sketch 1923-5-23): 評価6点
なんだか楽しい。いわゆるノウブリもの。ポアロの雑誌連載12回シリーズの最後を締めくくるのにふさわしい。評判が良かったようで4カ月後にさらに12篇が連載されることになります。
(2020-2-23記載)
TVドラマのスーシェ版(1994, 5期6話)はジャップとベルギーに帰るポアロ、過去の事件を語る、というストーリー。1910年ごろの馬車が走ってる時代の風景が良い。残念ながら、ほろ苦い話の脈絡が上手くいっていない感じです。ベルギーの話だから名物のチョコレートというアガサさんの発想だったのかも…
(2020-3-9記載)

⑹エジプト墳墓の謎 The Grey Cells of M. Poirot, Series II I. The Adventure of the Egyptian Tomb (初出Sketch 1923-9-23): 評価4点
第2シリーズの幕開けは、作者が後年大好きになる中東の発掘現場が舞台。Lord Carnarvonの死(1923-4-5)による「ツタンカーメンの呪い」騒ぎが発想のタネ。この作品発表までの関係者の死はGeorge Jay Gould(米国の富豪。風邪で1923-5-16死亡)とAli Fahmy Bey(エジプトのprince。1923-7-10に妻に撃ち殺された)の二人で、概ね物語と照応している。Aubrey Herbert(カーナヴォンの異母兄弟。歯科治療中の血液中毒で死亡)は雑誌発売後の1923年9月26日。
なおSketch誌編集長Bruce Ingram(ポアロ好きでこのシリーズの依頼主)はHoward Carterの友人で、1925年に発掘品の文鎮を贈られたが、直後に家が火事になり、再建後の家も洪水被害にあう、という因縁が…
本作自体は、他愛もない内容。ラクダのくだりはアガサさんの娘時代に母とエジプトに行った時の思い出か。
(2020-2-23記載)
TVドラマのスーシェ版(1993, 5期1話)ではラクダのくだりはカット。ミス・レモンとヘイスティングズがやってたのはPlanchette。1853年の発明らしい。銃はCompact top-break revolver(メーカー不詳)とWebley .38 Mk IVとのこと。探偵ドラマとしては原作同様、安直な作り。
(2020-3-10記載)

(12)※ヴェールをかけた女 The Grey Cells of M. Poirot, Series II II. The Case of the Veiled Lady (初出Sketch 1923-10-23) 単行本タイトルThe Veiled Lady: 評価6点
完全に作者が遊んでいますが、悪い気はしません。ドラマ映えしそうな話。
p3139 チャー(Tchah!): ポアロがよく使う感嘆詞、と書いてるが、ここだけの設定のような気がする。(2020-3-7追記: 1923年掲載のポアロものではここにしか出てきません)
p3187 薄汚い下衆野郎め!(The dirty swine!)… これは失礼しました(I beg your pardon): 汚い言葉を女性の前で使って謝るヘイスティングズ。
p3194 二万ポンド… 一千ポンド: 1億7千万円と860万円。
(2020-2-23記載)
TVドラマのスーシェ版(1990, 2期2話)もかなり羽目を外して遊んでる感じ。ヴェールで顔がよく見えない、というのだが、画面で見ると結構識別出来る… あんな風に顔を覆ってると逆に目立つと思う。
(2020-3-11記載)

(10)イタリア貴族殺害事件 The Grey Cells of M. Poirot, Series II V. The Adventure of the Italian Nobleman (初出Sketch 1923-10-24): 評価5点
コンパクトにまとまった話。アパートの最新設備って食堂用リフトのことだったのね。地下に調理場があって電話で発注出来る仕組み。便利ですね…
p2769 執事のグレイヴズ(Graves, valet-butler): バークリーの法則の実例がここにも。
p2903 ゴータ年鑑(Almanach de Gotha): 独語Gothaischer Hofkalender、ヨーロッパの貴人の人名録。初版は1763年、チューリンゲン地方ゴータのC. W. Ettingerによる。1785年以降はJustus Perthes出版が毎年発行(1944年まで)。1945年にソ連軍が文書庫を破壊した。
(2020-2-29記載)
TVドラマのスーシェ版(1994, 5期5話)はヘイスティングズのスポーツ・カーAlfa Romeo 2900AとVauxhall Light Sixとのカーチェイスが見もの。他にイタリア式ウェディングが追加。ミス・レモンの活躍回。
(2020-3-14記載)

(11)謎の遺言書 The Grey Cells of M. Poirot, Series II VI. The Case of the Missing Will (初出Sketch 1923-10-31): 評価5点
宝探しゲームは楽しいですね。
p2960 いわゆる“新しい女性”(New Woman): ヘイスティングズは賛成じゃない。
(2020-2-29記載)
TVドラマのスーシェ版(1994, 5期4話)はかなり改変が多くて、殺人まで発生。そんなに重くしなくても良いのに… 大学の非公式の女学生卒業式のシーンが貴重。セイヤーズさんの卒業もあんな感じだったのだろうか。
(2020-3-20記載)

(13)※消えた廃坑 The Grey Cells of M. Poirot, Series II IX. The Lost Mine (初出Sketch 1923-11-21): 評価4点
けっこう付き合いの良いポアロ。
p3337 四百四十四ポンド四シリング四ペンス: 384万円。ポアロの銀行残高。
p3358 きみの大好きな金褐色の髪の美女(auburn hair that so excites you always): ヘイスティングズを揶揄うポアロ。『スタイルズ荘』のシンシア・マードックがauburn hairの持ち主。auburn hair beautyで検索すると、みんな赤毛ちゃんですね… p822『安アパート』では「赤毛」と訳してる。
(2020-3-7記載)
TVドラマのスーシェ版(1990, 2期3話)は上手く原作を再構成して納得のゆく物語に仕上げています。1935年8月の事件という設定。ボードゲームのモノポリーが全編にわたって出てきますが1935年2月からパーカー兄弟が販売してるので時代考証は間違いありません。ジャップ警部ご自慢の最新式警察司令室は、流石にフィクションだと思います。
(2020-3-20記載)

No.5 5点 教会で死んだ男- アガサ・クリスティー 2020/02/15 18:38
早川オリジナル編集。1923年にSketch誌に連載された25篇のポアロシリーズのうち『ポアロ登場』に未収録の9篇と、1928年のポアロもの2篇、怪奇もの1篇、ミス・マープルもの1篇(1954)を収録。クリスティ文庫で読んでいますが、ポアロとヘイスティングズの会話は、同文庫の『スタイルズ荘』や『ゴルフ場』みたいにバカ丁寧であるべき、と思うので、会話の調子を訳し直して欲しいですね。
初出順に読んでゆく試み。カッコつき数字は単行本収録順です。英語タイトルは初出時を優先しました。

⑴戦勝記念舞踏会事件 The Grey Cells of M. Poirot I. The Affair at the Victory Ball(初出Sketch 1923-3-7): 評価5点
アガサさんの短篇として発行された初めてのもの。最初に8作完成させ、後に4作を追加したという。(初出誌には12週連続掲載) 後年、何度も使われるコメディア・デラルテのモチーフが初登場。映像的なイメージが良い。
p9 ロンドン市内のアパートでポアロと同居: ホームズとワトスンのような関係。
p10 戦勝記念舞踏会: Victory Ballは1918年11月にRoyal Albert Hallで開催されたのが始まりか。(実は同会場で1914年6月14日に米英戦争終結100周年を祝う仮装舞踏会が大成功しており、これをヒントにしたらしい) 戦傷者へのチャリティー目的で同様の企画があちこちで開かれたようだ。この話は春のことだが時期を問わず開催されていたのだろうか。
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TVドラマのスーシェ版(1992, 3期10話)ではラジオが活躍。コメディア・デラルテの服装が再現されてて良い。犯人がわかる決定打がちょっと違ってたけど、あまりアレを目立たせたくなかった、ということかな? Royal Albert HallのVictory Ballは11/11夜開催のようだが、このドラマでは11/10夜から開催のような描写。
(2020-2-15記載)

⑶クラブのキング The Grey Cells of M. Poirot III. The Adventure of the King of Clubs(初出Sketch 1923-3-21) 単行本タイトルThe King of Clubs: 評価5点
コントラクト・ブリッジのネタが少々。知らなくても問題なしですが、ルールが解るとなお話が理解出来ます。
p97 母と組んで、『切り札なしの1組』と宣言したとき(I was playing with my mother and had gone one no trump): 母とペアを組んでる、ということは母の席はテーブルの反対側。ダミーの手が開かれており、ビッドは終わっている状況なので「宣言」は判断を誤らせる翻訳の間違い。(ここを読んで明らかにこの証言は嘘だと判断してしまいました) 試訳「私の『切り札なしの1組』でゲームが進んでいたとき」
p98 目鼻だちや肌の色が似ている(in actual features and colouring they were not unalike): 髪と目の色のことでしょうね。dark同様、何故、肌の色だと誤解するのか?(黒人が社会進出をはじめた頃は、確かに容貌のcolorはまず第一に肌の色だった。それが強い印象として結びついているのかも)
p104 スペードの3組(made a mistake in going one no trump. She should have gone three spades): スペードを切り札にすれば、3+6=9トリック勝てる手のはずだが… ということ。(この箇所は「宣言」でも問題なし。ここに引っ張られてp97の訳語となったのか)
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TVドラマのスーシェ版(1990, 1期9話)でもブリッジを小道具にしています。手札は全部裏返しになっており、ビッド中だったという設定。隣の家、というので間近に思ってたらかなり距離があり、日本のイメージで読んでいたと気づきました。
(2020-2-16記載)

⑻プリマス行き急行列車 The Grey Cells of M. Poirot V. The Mystery of the Plymouth Express(初出Sketch 1923-4-4) 単行本タイトルThe Plymouth Express: 評価5点
長篇『青列車』(1928)の素らしい。アガサさんは列車好きです。この事件は『ゴルフ場』(初出1922年12月号から連載)に引用されてるので、書いたのは結構早かったのでは?ジャップとの関係などの描き方もそんな感じ。
あまり好きな感じの犯人像ではないのですが、上手な構成の話。工夫して一生懸命書いています。
p238 十万ドル(a hundred thousand dollars): 米国消費者物価指数基準1923/2020(15.09倍)で1億6千万円。
p240 通廊つき(a corridor one): 各コンパートメントがそれぞれ独立していて行き来するには一旦地面に降りる客車と、各コンパートメントが通路で繋がっていて列車進行中でも行き来出来る客車の二種類があった。通廊つきは後者。
p245 鋼青色とかいう色に近いもの(the shade of blue they call electric): electric blueは落雷、電気火花、イオン化アルゴンガスのイメージで1890年代に流行。sRGB(44, 117, 255) (以上wikiより) steel blueは空色でくすんだ感じだが、electric blueは明るい空色。企業ロゴで言えばLAWSONの看板の水色。(Webでelectric blue dressを検索するとANAのロゴみたいな濃い青色が主流… ファッション用語なら濃い青の方なのかも)
p253 三ペンスつかって、リッツ・ホテルに電話(expend threepence in ringing up the Ritz): 英国消費者物価指数基準1923/2020(60.87倍)で110円。公衆電話料金でしょうか。当時の電話は交換手を必ず通す仕組み。当時の3ペンス貨はジョージ5世の肖像で1920年以降は純銀から.500 Silverに変更、重さ1.4g 直径16mmは変わらず。
p256 半クラウン: 上述の換算で1080円。新聞売り子への法外なチップ。当時の半クラウン硬貨はジョージ五世の肖像で1920年以降は純銀から.500 Silverに変更、重さ14.1g 直径32mm。重くてデカいので印象抜群ですね。(2020-3-11追記)
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TVドラマのスーシェ版(1991, 3期4話)では服の色は空色。列車が出てくる映像は大好きです。鉄道ミステリ傑作選の映像版があったら良いですね。
(2020-2-16記載)

⑷マーケット・ベイジングの怪事件 The Grey Cells of M. Poirot, Series II IV. The Market Basing Mystery(初出Sketch 1923-10-17): 評価5点
密室の謎… は残念ながら単純に解明されちゃいます。後のポアロものの中篇「厩舎街の殺人」Murder in the Mews(1936)と設定が似てるらしい。
p119 植物好き(an ardent botanist): ジャップの趣味として紹介されてるが、ここだけか。
p121 ウサギの顔は可憐だが(That rabbit has a pleasant face,/ His private life is a disgrace./ I really could not tell to you/ The awful things that rabbits do): ヘイスティングスが口ずさんだ唄。作者不明の詩らしい。原文quoteなのでオリジナルではない。調べつかず。
p133 水兵はハンカチを袖にいれる(A sailor carries his handkerchief in his sleeve): Webにワトスン(グラナダTV版)が袖からハンカチを見事に取り出す画像がありました。
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TVドラマのスーシェ版は無し。
(2020-2-29記載)

⑵潜水艦の設計図 The Grey Cells of M. Poirot, Series II VII. The Submarine Plans(初出Sketch 1923-11-7): 評価5点
軍事機密の設計図もの。状況が面白いが中途半端な感じ。後に「謎の盗難事件」(The Incredible Theft 1937)として改作。
p45 官庁の公文書送達係(special messenger): 訳文のような意味があるのか調べつかず。郵便局の電報配達少年の「特別版」(至急便など)のような気がするが…
p46 デイビッド・マカダム現首相(David MacAdam):「首相誘拐事件」(Grey Cellシリーズ1第8話)に登場。
p46 大型のロールスロイス(A big Rolls-Royce car): Silver Ghostかな。
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TVドラマのスーシェ版は無し。
(2020-3-5記載)

⑼料理人の失踪 The Grey Cells of M. Poirot, Series II VIII. The Adventure of the Clapham Cook(初出Sketch 1923-11-14): 評価4点
作りものすぎて筋が通っていない。夫人のキャラだけが目立っている。The man on the Clapham omnibus(普通の男の典型例)という言葉があるようにクラパムには普通感が漂うようだ。(メイドとコックがいる家庭は今では普通とは思えないですね)
p270 くだらない失業手当(wicked dole): National Insurance Act 1911で失業手当が初導入された。最高額は週7シリング(=3023円、月額13098円)だった。
p270 マーガリン: 19世紀末の発明。
p285 相談料1ギニー: 9068円。普通っぽい謝礼金額。
(2020-3-7記載)
TVドラマのスーシェ版(1990, 1期1話)は実に納得のゆく話になっています。原作もそういう意図だったのかも。(ポイントは、当座の間だけ誤魔化せば良いと犯人が考えてたのが明白かどうか) 銀行のシーンで客(ポアロ)がティッカー・テープを読んでるシーンがチラッと映るのだが、株式市場の最新情報を提供するサービスなのかな?
(2020-3-20記載)

⑺コーンウォールの毒殺事件 The Grey Cells of M. Poirot, Series II X. The Cornish Mystery(初出Sketch 1923-11-28): 評価6点
アガサ的ミステリ世界がコンパクトにまとまってる印象。典型例として使えそう。
p197 管理人のおばさん(our landlady): この連作の“ハドスン夫人”なんだけど、いつも客の到来を告げるだけの役目でキャラづけ無し。ポアロたちの部屋は二階にあるので一階の管理人が来客を迎え、店子に到着を知らせる仕組みのようだ。名前(Mrs. Murchison)が出てくるのは1923年発表の25篇中では一回だけ。(『西洋の星』)
p204 年に五十ポンド: 43万円。若い娘の収入。
p211 安っぽいイギリス製のベッド(the cheap English bed): ポアロが感じる田舎の宿の恐怖。
p212 肌の浅黒い長身の青年(a tall, dark young man):「黒髪の」
p212 コーンウォール地方特有のタイプ(the old Cornish type): dark hair and eyes and rosy cheeksと表現。詳細はCornish people(wiki)参照。ローマ侵攻前のブリトン人(ケルト系)の末裔らしい。
(2020-3-11記載)
TVドラマのスーシェ版(1990, 2期4話)はかなり原作に忠実。サンドウィッチが美味しそう。『易経』をミス・レモンとヘイスティングズが試してるシーンあり。(有名な英訳は1882年James Legge訳のようだが、ドラマで使ってる本は違うようだ)
(2020-3-22記載)

⑸二重の手がかり The Grey Cells of M. Poirot, Series II XI. The Double Clue(初出Sketch 1923-12-5): 評価5点
この知識、英国人には一般的ではなかったのかな?(似たようなネタがアガサ作品のどこかで使われてた記憶あり) Vera Rossakoff伯爵夫人はこの作品が初登場。
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TVドラマのスーシェ版(1992, 3期7話)は未見。見終わったら追記します。
(2020-3-13記載)

⑹呪われた相続人 The Le Mesurier Inheritance (初出The Magpie1923年Christmas号) 単行本タイトルThe Lemesurier Inheritance: 評価4点
Magpieは1923-1924の夏と冬に4号だけ発行されたSketch誌の特別増刊号、2シリング96ページ。
語りのテクニックが稚拙だが、陰影のあるラストがアガサさんらしい感じ。
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TVドラマのスーシェ版は無し。
(2020-3-22記載)

(10)二重の罪 Double Sin (初出 週刊紙Sunday Dispatch 1928-9-23)

(11)スズメ蜂の巣 Wasps' Nest (初出Daily Mail 1928-11-20)

(12)洋裁店の人形 The Dressmaker's Doll (初出[Canada]Star Weekly 1958-10-25、トロント・スター紙の週刊版)
怪奇もの。

(13)教会で死んだ男 Sanctuary (初出This Week 1954-9-12〜9-19, 2回連載, 挿絵Robert Fawcett、連載タイトルMurder at the Vicarage)
ミス・マープルもの。

No.4 6点 火曜クラブ- アガサ・クリスティー 2020/02/04 23:16
1932年6月出版。深町 眞理子さんの創元新訳(2019)で読んでます。訳注は各篇の最後にまとめず同じページに収めて欲しいです。
40年前に読んでいますが、もちろん全然覚えていません。(昔の創元文庫の方だったと思います…)
本当は第2作『秘密組織』を読む予定でしたが、偶然、書店で見つけて思わず買っちゃいました。
冒頭を読んで、ああ、この設定、バークリーはパクったな、と感じました。バックグラウンドの違う数人が犯罪をネタに語り合う、という雰囲気がとても似ています。シェリンガムの犯罪研究会の方は週一回月曜日の会合。(アガサさんのこの設定の元ネタも探せばあるのかな?) 本書収録短篇の初出は最初の6篇がThe Royal Magazine 1927-12〜1928-5なので『毒チョコ』(1929年6月出版)がヒントにするにはちょうど良い時期。バークリーがこの連載を知らなかったとは思えません。
英国初出順に少しずつ読んでゆきます。全体の暫定点は6点で。なんだかとても懐かしい感じ。(なんせアガサさんは私の故郷なので…)
以下、カッコつき数字は単行本収録順。単行本(The Thirteen Problems, 米題The Tuesday Club Murders)では若干順番を変えています。タイトルは初出のもの(FictionMags Index調べ)を優先しました。
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献辞は「レナードとキャサリン・ウーリーに」
Leonard Woolley(1880-1960)は英国の考古学者で妻はKatharine Woolley。Leonardのassistantの一人がMax Mallowan。アガサさんは離婚直後の1928年にロンドンのディナー・パーティで熱心にバグダッドとウルについて語る若い海軍夫妻に偶然出会い、その影響で二日後のジャマイカ行きをキャンセルし、オリエント急行に乗って初めて中東旅行をすることにした。ウルで出会ったウーリー夫妻は『アクロイド殺人事件』の大ファンで、初対面にもかかわらず丁重にもてなしてくれた。マローワンに初めて会ったのは、2回目のウル旅行の時(1930年3月)で、彼とは1930年9月に結婚。(Agatha Christie Wikiより、クリスティ自伝により2020-2-5修正)
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⑴ The Tuesday Night Club (The Royal Magazine 1927-12): 評価6点
6ヵ月連続連載のThe Royal Magazineはピアスン発行のイラスト入り雑誌。(このシリーズのイラスト担当はGilbert Wilkinson)
ミス・マープル初登場。登場人物たちのさらっとしたスケッチが上手い。まずは小手調べ、といった内容。第1回目は元警視総監サー・ヘンリーの話。
p20 コンパニオン♠️訳注によると「良家の女性が就いて恥ずかしくない、数少ない職業だった」とのこと。なるほどね。アガサさんの小説には結構登場してた記憶があります。
p21 すこし前に、ある夫が妻を毒殺するという事件が(there had recently been a case of a wife being poisoned by her husband)♠️この事件発生(語ってる時点の「一年ほど前(p19, a year ago)」なので1920年代前半ごろか) 実在の事件を指してる?調べつかず。
p22 八千ポンドの遺産♠️英国消費者物価指数基準1927/2020で63.24倍、1ポンド=8916円で換算すると8000ポンドは7132万円。
p26 バンティング療法♠️William Banting(1796-1878)有名な葬儀屋。初めて食事制限による痩身法を広めた人。炭水化物、特にでんぷんや砂糖の摂取を控える方法だった。
p30 毎日マットレスを裏返す… もちろん金曜日は別♠️スプリング式ベッドマットレスの発明前、羽毛マットレスは毎日ひっくり返してふっくらさせる必要があった。金曜日に(場合によっては日曜日にも)マットレスをひっくり返すのは不吉だという迷信があった。(The Penguin Guide to the Superstitions of Britain and Irelandより)
(2020-2-4記載)
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⑵ The Idol House of Astarte (The Royal Magazine 1928-1): 評価5点
クリスティ自伝を読むと、⑴〜⑹を書いた頃のアガサさんは離婚しようか悩んでた時期。そして⑺〜(12)を書いた頃は、中東に魅せられ新しい人生が始まる予感たっぷりの時期。多分それがクリスティ再読さまが指摘する作品の出来となって現れているのだろうと思います。そして私が⑴で感じた「懐かしさ」というのは悲しい時には心地良い話を書きたい、という作者の当然の心理のなすところでしょう。
本作は老牧師ペンダー博士の語り。(登場人物が次々と語るのは『カンタベリー物語』っぽい感じですね。) 運命を受け入れる話。
p37 “幽霊”… 元気盛んで、はた迷惑な(‘ghosts’… robust personality)◆くっくと笑いながら元警視総監が言う。ghostは犯罪関係の隠語か? 調べつかず。(Hammersmith Ghost murder case 1804というのがあるが関係ありかなぁ)
p38 ダートムア(Dartmoor)◆といえばシャーロック・ホームズのバスカヴィル家ですね。今回調べるまでずっと北のほう(スコットランドの近く)だと思っていました。
p60 クロックゴルフ(clock golf)◆1905年の用例(Miamiのホテルで行われた)が残っている。円形のグリーンの周りに時計の文字盤のように番号をセットし、ボールを番号のところに置き、中心のカップに向けてパットする。番号順に回って次々とパットするゲームらしい。
p63 南極探検(an expedition to the South Pole)◆Robert Falcon Scott(1868-1912)の南極探検は1回目が1901–1904、2回目は1910-1912。
(2020-2-5記載)
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⑶ Ingots of Gold (The Royal Magazine 1928-2): 評価5点
語り手はレイモンド。こちらも不吉なムードが支配する話、内容は他愛のないもの。
p86 かの有名なプリンスタウンの刑務所: PrincetownにあるのはHM Prison Dartmoor 1809年の創設。この作品の頃にはsome of Britain's most serious offendersを収容していた。(wiki)
(2020-2-6記載)
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⑷ The Bloodstained Pavement (The Royal Magazine 1928-3): 評価5点
画家ジョイスの語り。コーンウォールは「むかしなつかし」の地で、観光バス(p91, charabanc)で観光客が押し寄せるようなところらしい。(wiki: Culture of Cornwall参照) この話自体は暗いトーンで単純なもの。
(2020-2-7記載)
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⑸ Motive vs. Opportunity (The Royal Magazine 1928-4): 評価5点
事務弁護士ペザリックの「地味」な話。クローズアップ・マジック風味。でも昔読んだこのトリック何故か覚えていました。読者の気をそらす演出が不足してるので驚きも半減。
(2020-2-7記載)
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⑹The Thumb Mark of St. Peter (The Royal Magazine 1928-5): 評価5点
ミス・マープルの話。謎は単純。執筆の頃のアガサさんが「無分別な行動」で世間から噂のまとになっていたのはご承知の通り。(そのため海外旅行が好きになり、中東の美を発見することになる。) 「うわさ話ほど残酷なものはない… 闘うこともまたむずかしい…」
ミス・マープル第1シリーズはここまで。確かに皆さんご指摘の通り、大したことない話ばかりです。
p138 お手伝いのクララに食事宿泊特別手当を(put Clara on board wages)♣️通いのお手伝いに泊まって貰う時の食事等の日用品代として上乗せする賃金のようだ。色々調べてたら1909年の住み込みメイドの年収が20ポンドで、平均(いつのものか不明)の£20 13s 4dに近い、というデータがありました。英国消費者物価指数基準1909/2020(119.82倍)で、それぞれ337848円、349038円。月収29000円ほど… Samuel & Sarah AdamsのThe Complete Servant: Being a Practical Guide to the Peculiar Duties and Business of All Descriptions of Servants(1825)によると、16000ポンド(英国消費者物価指数基準1825/2020(94.07倍)で約2億円)の収入があった郷紳一家のハウスメイド(住み込み)の年収は15ギニー(21万円)で、board wageは女性が週10シリング(6631円)、男は12シリング(7957円、酒手分?)だった。執事は50ギニー(70万円)、フランス人コックは80ギニー(111万円)で使用人中一番の高級取り。(二番目は猟場管理人70ギニー、三番目が執事) 当時の使用人の情報満載のこの本Google Playで無料です。
p138 家宝のチャールズ王時代の把っ手蓋つきジョッキ(タンカード)を銀行に預け(the King Charles tankard to the bank)♣️原文に「家宝」無しだが値の張るもの、というニュアンスで付加したのでしょう。不在時の泥棒対策でこーゆーものを銀行が預かってくれるというのは便利ですね。(いや、もしかして「金庫」の意味か?)
(2020-2-8記載)
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⑺ Miss Marple, No. I. The Blue Geranium (The Story-teller 1930-12): 評価5点
The Story-tellerはピアスン発行のイラスト無しの小説誌。チェスタトンの作品を良く載せています。
1928年(1929年説のほうが妥当か)10月頃の第1回中東旅行で、アガサさんには様々な良い出会い(キャサリン・ウーリー、兄モンティを良く知る老軍人、ダンの著作『時についての実験』を貸してくれた英印混血の男などなど)があり、すっかり中東好きになって帰国。1930年3月には第2回目の中東旅行を行い、そこでマローワンに出会います。ミス・マープル第2シリーズは、この旅行の前に書き上げたもの。
バントリー大佐の話。作者の語り口が全然違う。会話としてのうねりがあります。犯罪研究っぽい第1シリーズに比べ、普通の人たちによる他愛無い噂話な感じ。(ディナーに集まった六人の話、と言う設定なので、第1シリーズとは違い一晩で六話が語られます。) 今回の謎自体は大したものではありません。クリスティ自伝を読んで、夫を支配する妻のキャラはわがままな女王タイプだったキャサリン・ウーリーの影響があるのかも、と思ってしまいました。
p167 ジェーン(Jane)♠️女優の名。ミス・マープルと被っています。大体ジェーンってパッとしない名前という印象があるんですが… ところでミス・マープルのファースト・ネームが初めて明かされたのは第1シリーズではなく1929年12月発表の本書⑽「クリスマスの悲劇」(p290)です。(本当は雑誌を確認する必要がありますが…) 本書では他に(12)「バンガローの事件」(p372)に出てくるだけで、それ以外は全て「ミス・マープル」(『牧師館』初出はChicago Tribune紙1930-8-18〜10-30では名前が呼ばれてたかなあ。未調査。2022-1-15に再調査したら本書(1)冒頭に“His Aunt Jane’s house”とありました。反省… なお『牧師館』でもちゃんとAunt JaneとかJane Marpleとか記載がありました)
p168 舞台顔より素顔のほうが一段と美しい(というようなことがありうるならば、だが)♠️最初読んで意味が取れませんでした… 原文more beautiful (if that were possible) off the stage than on 深町さまに対抗するなんておこがましいですが試訳「舞台より素顔がさらに美しい(「さらに」は困難なほどの美しさだが)」
(2020-2-9記載; 2022-1-15追記)
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⑽ Miss Marple, No. II. The Hat and the Alibi (The Story-teller 1930-1) 単行本タイトルA Christmas Tragedy: 評価6点
ミス・マープルの語り。クリスマスの話なので掲載が繰り上がったのかも。(本来は⑼が先に掲載される予定だったのでは?) 雑誌版では冒頭がカットされてたのでしょう。鮮やかな解決になるのは語り口が上手なため。
p274 ハイドロ◆1926年アガサ失踪事件で発見された場所が、Swan Hydropathic Hotel in Harrogate。うわさ話に対する反応も第1シリーズ⑹とは違う感じです。
p277 キッチンのシンク(a sink)◆ロマンティックでないものの代表。若者のそういう言い方があったのか。
p280 市電(a tram)◆電車のtramwayは1900年代に各地で開設されていた。(それ以前は馬車や蒸気のtramway、19世紀末に設置) 一番早く市電が走ったのはBlackpool(1885)。この話に出てくる二階建て車両も当時から結構あったようだ。
p285 二度あることは三度ある(Never two without three)◆フランス語のことわざJamais deux sans troisが起源らしい。フランスでは13世紀に遡るという。(当時は3回目は成功する、という意味だったようだ。)
p286 持病のリューマチ(my rheumatism)◆ミス・マープルはリューマチ持ちだったのか。
(2020-2-9記載、p274は2020-2-11追記)
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⑻ Miss Marple, No. III. The Resurrection of Amy Durrant (The Story-teller 1930-2) 単行本タイトルCompanion: 評価5点
語り手は村の医師。筋立ては単純ですが悲哀を感じます。コンパニオンの心理ってどうなのだろう。雇われてるのに友人みたいな関係。かなり卑屈になりそう… 「仕事」として割りきれるような作業もないのでは、と思う。
p202 タンゴ… 踊り♣️艶かしく絡み合うようなダンス。ヨーロッパでは1915年くらいからの流行。
p203 ホランド・ロイド社の客船(a Holland Lloyd boat)♣️Royal Holland Lloyd(Koninklijke Hollandsche Lloyd)はAmsterdam〜Buenos Aires間の客船を運行(1899-1935)、確かに途中Las Palmasに寄る航路です。
p203 化粧品のたぐいはいっさい用いてない(innocent of any kind of makeup)♣️四十代の育ちの良さそうな英国女性の描写だが「派手な化粧とは無縁」のニュアンスでは?
p204 べデカー旅行案内(Baedeker)♣️Karl Baedekerが1827に創業したドイツの出版社。四代目の社長Fritz Baedekerのもとで世界各地(73カ国)の案内書が発行され、英語版は21カ国(1872-1914)を用意していた。
p207 黒のメリヤスの水着(in the black stockinet costume)♣️どんな感じの水着なのか。WebにCotton or stockinette? Old and new swimming costumes at the Arlington Bathsという考察がありました。
p221 十万ポンド♣️英国消費者物価指数基準1930/2020(65.79倍)で9億円。遺産。
p226 老齢年金(the old age pension)♣️英国ではOld-Age Pensions Act 1908により創設。一人週5シリング(1908年だと4295円、月額18612円)が70歳以上に支給された。(夫が70歳以上の夫婦には週7シリング6ペンス=月額27918円)
(2020-2-15 記載)
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(11) Miss Marple, No. IV. The Herb of Death (The Story-teller 1930-3): 評価6点
語り手は大佐夫人。その人っぽい語り口を工夫するのは結構大変だと思うのだが、それっぽく上手に作っている。キャラが作者の中で生きてるためだろう。ミステリ的にも好きな作品。
p308 ミセスB… 前にも… 安っぽく聞こえる(Mrs B. …. I’ve told you before …. It’s not dignified)♠️ヘンリー卿のしつこい「ミセスB」呼びの意味がわからない。「前にも」と言ってるが、本短篇集には出てこない。
p308 カタログ♠️これ(9)p259に繋がるネタだが、短篇集の順番が連載時と逆なので効果が弱まっている。
p312 クイズの<二十の扉>(Twenty Questions)♠️米国ラジオ番組(1946-1954)やTV番組(1949-1955)で有名になったが、当時はparlour game。1829年にスコットランドの教師William Fordyce Mavorが “Game of Twenty” は冬の夜長に相応しいゲーム、として書いている。そこでの第一問はIs it animal, vegetable, or mineral; or in other words, to which of the three kingdoms of nature does it belong?というもの。また”Twenty Questions”というゲームを英国外務省のGeorge Canningが1823年に紹介した、と米国人の記録(1845)がある。そこでの第一問はDoes what you have thought of belong to the animal or vegetable kingdom? (Blog記事”How the 20 Questions Game Came to America”より)
p313 浅黒い肌で、顔だちもととのっているとは言えない(one of those dark ugly girls) ♠️darkは「黒髪」だろうし、uglyとはっきり言ってるのだから、ここまで婉曲に言わんでも、と思いました。「不細工な」でどうでしょうか。
p314 中年の猫(プッシー)みたいな(one of those middle-aged pussies)♠️上の表現と構造は同じ。
p316 目にものをいわせる(having the come hither in your eye)♠️セックス・アピールの古い言い方、だとミス・マープルがいう。直訳すると「外見に引きつけられる魅力がある」くらいか。翻訳はずいぶんズレている。江戸風に「見惚れるほど婀娜っぽい」でどう?
p318 年100ポンドか200ポンドそこそこ♠️英国物価指数基準1930/2022(69.65倍)で£1=10867円。
p320 旧式な大型ピストル(an ancient horse pistol)♠️horse pistolは騎士が使うピストル。英Wiki “Pistoleer”参照。ロンドン塔で作られたもの(1722-1860)が有名らしい。主として71口径。馬上で使うのでサイズは大型ではない。「古い騎士ピストル」でどう?
p324 肉(フレッシュ)♠️ベジタリアンが使う表現だという。
p328 限嗣不動産権(entail)♠️最近見始めたTVドラマ『ダウントン・アビー』でも大きく取り上げられている問題。土地の分割を防ぐための方法。
(2022-1-15 記載)
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(9) Miss Marple, No. V. The Four Suspects (英初出The Story-teller 1930-4) [初出は米雑誌Pictrial Review 1930-1 挿絵De Alton Valentine]: 評価5点
サー・ヘンリーの話。この手の話はなんか微妙な気がする。人間心理の綾が作者らしくて良いけど。
冒頭で、サー・ヘンリーだけ犯罪の話題を提供してない(The one person who did not speak)とあり、雑誌掲載順でも短篇集でも状況と相違しているが、当初の作者の構想では最後の話だったのかな?でも(12)は会合の締めとして外せないので、何か納得がいかない。
p239 天網恢々疎にして漏らさず(every crime brings its own punishment)◆George Herbert編の引用句集Jacula Prudentum (1651)に 756番Every sin brings its punishment with it.があった。ルーマニアの俚言としているものもある。
p242 黒手組(Schwartze Hand)◆有名なのは英Wiki “Black Hand (Serbia)”によるとセルビアの民族主義者により1901年に結成された秘密組織。この小説のは「ドイツの秘密結社」ということで名前だけ借りた架空のものだろう。
p263 11時のお茶(elevenses)◆庭師の楽しみ。elevensesは英国表現で「(通常複数)お茶の時間, 午前の休憩:通例,11時ごろ」
p267 favoursの訳註◆なるほどね。原文だとミス・マープルは結構あけすけに言ってる感じ。それでサー・ヘンリーがウフっとなったのだろう。(こーゆーネタは知的階層に限らず伝わりやすいものだと思う)
(2022-1-15 記載)
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(12) Miss Marple, No. VI. The Affair at the Bungalow (The Story-teller 1930-5): 評価6点
第二シリーズの最後を締めるのに相応しい作品。女優が語り手、その特性を生かした導入部が非常に効果的。でも知ってるので、進んだら真相がわかっちゃうよね…
(2022-1-16記載)
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(13) Death by Drowning (Nash’s Pall Mall Magazine 1931-11 挿絵J.A. May): 評価6点
掲載は第二シリーズの約一年後。マローワンとは1930年9月に再婚している。短篇としては再婚後の初作品のようだ。
オマケだけど全体の締めとして効果的。構成が素晴らしい。ミステリの長さってこれくらいがちょうど良いのでは?と最近思うようになった。長いといろいろボロが目立つ。
p376 朝食… 10時15分… キドニーとベーコンの皿(breakfast … ten-fifteen … a plate of kidneys and bacon)♠️ゲストとしては、その時間に朝食に降りてくるのが良いマナーのようだ。
p389 製図などに使う鉛筆(a kind of artist’s pencil)♠️StaedtlerやFaber-Castellみたいなものだろう。
p390 外科手術用の椅子(surgical chairs)♠️どんなのをイメージしてるのだろう?
p408 ハッピーになろうぜ(I wanner be happy)♠️Vincent Youmans曲、Irving Caeser詞の "I Want to Be Happy" (ミュージカルNo, No, Nanette、初演デトロイト1923の挿入歌)のことか。英国でもこのミュージカルは1925年に上演され、665公演の人気だった。
(2022-1-16記載)

No.3 5点 スタイルズ荘の怪事件- アガサ・クリスティー 2019/09/01 22:40
アガサファン評価★★★☆☆
1920年10月出版John Lane (New York)、英国版は1921年1月。早川書房のクリスティー文庫(kindle版)で読みました。
意外にも初出は新聞連載(18回)。The Times newspaper's Colonial Edition (aka The Weekly Times) from 27 February (Issue 2252) to 26 June 1920 (Issue 2269) (wiki)
このThe Times Colonial EditionというのがWeb検索でもヒットしません。The Times Weekly Edition 1920-8-27が(なんと)ヤフオクに出てましたが、多分、この週刊紙のことだと思います。毎週金曜日発行、6ペンス。写真やイラストが豊富な週間新聞のようです。殖民地版ということは大英帝国のニュースを一週間分まとめてイラスト付きで各殖民地に報道する趣旨なんでしょうか。他にどんな小説が載ってたのか気になります。なおアガサさんの次作『秘密機関』もこの週刊紙に連載してます。
アガサさんのデビュー作。さて小説の内容は、フェアな本格探偵小説らしい小説。(見取り図や手紙のコピーもいかにもな感じで登場。) でもポアロがヘイスティングズに途中経過を一切説明してくれないので読者もイライラしちゃいます。全体の組み立てはまだアマチュアっぽい感じ。登場人物はぎこちなさがあり、男たちが総じて上手く描けていません。(特にヘイスティングズ。) 初期のアガサさんらしい、ロマンチックな仕上がりなので良しとしましょうか。(自伝とか創作ノートとか参考書を読んだ上で評を書こうか、と思ってたのですが、なんか今はその気分じゃないので、後で気が向いたら追記します。)
さてトリビアです。ページ数は電子本なので全体(3705ページ)との比率で考えてください。
作中時間は7月16日が月曜日、と明記されてるので1917年。
p75/3705 一カ月の疾病休暇(a month’s sick leave)… 友人に出会う: 「緋色の研究」の冒頭のシチュエーションと一致。
p75 十五歳も年上(He was a good fifteen years my senior)… 45歳(he hardly looked his forty-five years): a goodなので「少なくとも、以上」のニュアンスか。ならばヘイスティングズは30歳そこそこかもっと若い感じ。
p117 二十歳以上も年下の男と: のちにアガサさん自身が14歳年下と再婚するとは…
p121 多少はガソリンが手に入る… 大きな戦争が避けがたい結末に向かって突き進んでいる: この時点ではまだ戦時下、という設定。もちろんWWIのこと。
p140 電文のような省略した話し方: 誰か実在のモデルがいたのでしょうね。
p191 戦争が始まるまではロイド保険協会: ヘイスティングズの(意外な)前歴。
p199 犯罪捜査… シャーロック ・ホームズ… 探偵小説: 黄金時代の特徴。探偵小説を読みすぎた者たちが小説のような事件に遭遇する前フリ。
p216 目とまつげが黒かったら 、さぞ美人(With dark eyes and eyelashes she would have been a beauty): この感覚はちょっと分からず。この娘は赤毛だからダメなのかな?
p233 夕食は七時半… 夜の正餐は遠慮して… 倹約の範(Supper is at half-past seven. We have given up late dinner for some time now.… an example of economy): そーゆー倹約もあったのですね。
p513 ガス灯: 廊下ではロウソク。室内にはガス灯がついてます。
p993 腕をわたしの腕にからませた(slipping his arms through mine): ポアロがヘイスティングズに親愛の情を示す。ホームズとワトソンがやっててヴィクトリア朝の男性には珍しくない行為だ、という話を聞いたことがあります。
p1730 ひとりは小柄で 、隙のない感じの 、黒髪の 、イタチのような顔をした男(One was a little, sharp, dark, ferret-faced man): ポアロとは1904年からの知り合いであるジャップ(Detective Inspector James Japp of Scotland Yard—Jimmy Japp)の形容。レストレードっぽい描写。(“a little sallow rat-faced, dark-eyed fellow" in A Study in Scarlet and "a lean, ferret-like man, furtive and sly-looking,” in "The Boscombe Valley Mystery".) 差別用語Japの意図はないらしいです。(日英同盟が失効したのは1923年。)
p2637 「むろんユダヤ人です 」(a Jew, of course): このセリフの後で「愛国者」「たいした男と感心する」と言っています。あまり差別感情はなかった?
p2812 この灰色の脳細胞(These little grey cells): 有名な文句の初出。かなり後半(76%)。この作品では一度きり。
p3182 一人遊び用のトランプ(a small pack of patience cards): 小さなサイズのデックがありpatience-sized packと称されてるようです。なのでここは「小型の」を入れるのが正解。

(2019-9-15追記)
スーシェ版のTVドラマ(1990)を見ました。
原作通り1917年の設定。時代考証も大丈夫なようです。(あまり詳しくありませんが…) 地元軍?の訓練風景あり。ライフルはSMLE mk3で全く問題なし。軍服も当時風。(こっちは詳しくありません。)
イングルソープ氏のbeardは頬から顎にかけての髭のようです。Web検索では頰ひげも含む顔の下全体を覆うような髭のイメージか。映像では「とても長い」ではなく1〜2センチ程度。
イングルソープ氏が食器の音を立てて食べるシーンがあったのですが、育ちが悪いという描写?
ベルギー人亡命者が行進中に歌うのはTipperary。ビールが出てくるのはベルギー名物だからかな?
当時の救急車と葬儀のシーンが映像的にはとても興味深かったです。
ドラマは全体的に原作に忠実。上手く1時間半ちょっとにまとめてます。原作ではヘイスティングズが一発で惚れてしまうカヴェンデッシュ夫人の外見がもっと魅力的ならなお良かったですね。(個人の感想です。)
あとp216「目とまつげが黒かったら 、さぞ美人」は、この娘が赤毛の薬剤師、ということがポイント。アガサさんも赤毛で戦時中は薬剤を扱ってたので、自分のことをunderstateしてるんじゃないか、と思いあたりました。

No.2 7点 ホロー荘の殺人- アガサ・クリスティー 2019/08/28 04:47
クリスティファン評価★★★★☆ (特記が無い部分は2019-8-24 20:25に登録。原文を入手して結構長い追記をしたので再登録しました。)
1946年出版。ハヤカワ文庫で読みました。ずっと読む機会を逃してた残り少ないクリスティの未読作。(とは言え昔読んだ大抵の作品を覚えてないので「未読」というラベルは私にとって無意味。)
最初の章で全員を軽くスケッチ。(このテクニックが上手。) 次からの章で重要な登場人物を独白も交えて描写。読者を簡単に小説世界に誘います。偉大なるポピュラー小説家ですね。
ところが読み進めると心理描写があっちこっちに行くので落ち着きません。視点が固定されてない小説は好みじゃないのです… (特に第10章の独白は、きっとあの人はあの時こう感じてたのでは、という誰かの回想にした方が効果的だと思いました。)
ポアロの登場でさらに変な感じが増し、やれやれと思ってたら、後半は起伏のある展開が続き、最後はすっかりアガサ姉さんにやられました。第28章、オーブンのすぐ後、多分小説史上最高に愛らしいxxの登場もお気に入りです。そして最終章が実に素晴らしい。ミステリはクリスティしか読まない私の知り合い(♀)にぜひ感想を聞いてみたいです。
まージョンの疲れとか考え方は全然納得いかないんですが、各女性キャラがかなり良く描けてるのでは?(特に第2章が好き。) 私はセイヤーズが「文学的」だと思ったことは一度もないのですが、この作品も文学を狙ったというより「平凡な」感覚を低俗に落ちないで「平凡らしく」描いた力作だと思います。(スーシェ版の映像化を見たら冒頭から下劣な感じで途中で落ちました。監督は「そういうふうではない(p220)」感じを全く理解していない…)
この小説、構成を変えたらもっと良くなるような気が… ポアロ抜きの劇場版は翻訳されてないのかな?(でも本作の不安定なバランスも捨てがたい…)
さて、人並由真さまの疑問「硝煙反応」ですが、作者は事件の前日に遊びで拳銃を撃たせたり、当日狩猟に行かせたりで、ほとんどの登場人物に火薬残留物を振りまいています。当時のパラフィンテスト(最初は1933年メキシコ)なら、こういう場合、全員に陽性反応が出てもおかしくありません。作者は意図的に状況設定していると感じました。(パラフィンテストの弱点は、残留物がいつ付いたのかわからない、近くで発射された残留物とも区別出来ない、マッチの火薬などでも検出してしまう、などなど。まだ初歩的な分析で、最初の改良は1959年ごろ。)
当時の読者がパラフィンテストを知ってる可能性が低いので作者が説明を省いたのでしょうか。発射した銃がライフリングマークで特定できるという知識は探偵小説経由として説明してますね。こちらは1925年生まれで、しかもパラフィンテストと違い、科学的に決定的な証拠です。
以下、トリビア。原文入手出来ませんでした。
作中時間は、戦中戦後であれば何らかの形で戦争の影があるはず。とすると1938年か1939年か。(1938年以降というのは確実。後述参照)
旧ハヤカワ文庫の表紙、真鍋画伯のコラージュは中心にリボルバー。(多分、参照したのはColt Official Police、全体のフォルム、スクリュー位置、撃鉄付近のデザインが一致。) 良い表紙絵ですが、残念ながらコルトでは内容に合いません。
登場する銃でメーカー名が明記されてるのは、まず「三八口径のスミス・アンド・ウェッソン」いろいろ候補はあるのですが、レア物なら登場するガンコレクターが蘊蓄を傾けると思うので、当時最もポピュラーなミリタリー&ポリス(38スペシャル弾)が最有力か。(アガサ姉さんが銃に興味がないのでモデル名を書いてないだけか…) 続いて「モーゼル拳銃… 二五口径… きわめて小型の… 自動拳銃」候補は二つ。M1910かWTP。きわめて小型という表現からWTPが有力。 初期型のモデル1(1921-1939)とさらに小型化したモデル2(1938-1945)があります。
執事が自動拳銃(オートマティック)を「輪胴拳銃(リヴォルヴァ)」と呼び、警部が「それはリヴォルヴァじゃない」と指摘するのですが「銃に詳しくないから知りません。」まーそーですよね。弾倉がリヴォルヴ(回転)するからリヴォルヴァなんですが、普通の人にとって「リヴォルヴァ」はピストルやハンドガンの洒落た言い方くらいの認識でしょう。
p74 デラージュ(Delage): 自動車メーカー。造形的に面白いのはD8-120(1937-1940)でしょうか。クリスティって鉄道好きらしいのですが、自動車のメーカー指定をしてるってことは結構メカ好き?
p76 殺人ゲーム: このパーティの余興がいつ頃始まったのか、現在調査中。1860年以降、という記述をWEBで見つけましたが…
p154 へディ ラマー(Hedy Lamarr): ハリウッド デビューの1938年からこの芸名に変えたので作中時間はそれ以降であることは確実。
p159 ニュース オブ ザ ワールド(News of the World): 俗悪紙として繰り返し言及。Wikiにタブロイド誌とあったので、ケバケバしいカラー誌を想像しましたがWebで見つけた1939年9月のは白黒の普通の新聞ぽい感じ。
p179 遊んで暮らせる人: ここに登場する人びとは大抵資産持ちの有閑階級。
p180 週4ポンドの仕事: 雇用主はホワイトチャペルのユダヤ女。英国消費者物価指数基準(1938/2019)で66.75倍、現在価値34310円。月給換算だと14万9千円。
p189 [警部には]男の子がいて、夜なんかメカノを作る手伝いしてやって…: Meccano is a model construction system created in 1898 by Frank Hornby in Liverpool, United Kingdom.(wiki) うちにはありませんでしたが日本でも結構ポピュラーな知育系おもちゃなのでは。結構古い歴史があるのが意外。我が家はレゴ派でした。
p215 こんなすてきな詩をご存知?… 『日はゆるやかに過ぎていく、一日、そして一日と。わたしは家鴨に餌をやり、女房に叱言を言い、横笛で吹くはヘンデルのラルゴ、そして犬を散歩につれてゆく』: ある読者がクリスティにこの詩の出典を尋ねたら「思い出せない」ということだったようです。poem dog day handel largoで検索したらヒットしました。Creature Comforts by Harry Graham (1874-1936)より。
The days passed slowly, one by one;
I fed the ducks, reproved my wife,
Played Handel's Largo on the fife,
Or gave the dog a run.
p249 あの女[女優]はハリウッド帰りです--新聞で読んだのですが、あそこでは、ときどき射ちあいをやるそうですな: 後段は 「向こうで数本撮影した(shot)」じゃないかな?
p263 ニガー イン ヒズ シャツ: お菓子の名前。チョコレートに卵とホイップクリームをかけるらしい。外人が喜ぶらしい。調べつかず。
p266 使い古しのパイプ、1パイントのビール、うまいステーキ、ポテトチップ: 警部のリラックスタイム。
p284 ヴェントナー10: 便利な小型車… 燃料もくわない… 走行性もいい… スピードがでない… 60マイル以上は出ないらしい。調べつかず。架空名?
p298 皿洗いの女中に対してすらあんな扱いはしない: 確かに店員に対しては、ひどい対応をする人がいるよね。
p303 三四二ポンド: 上述の換算で現在価値293万円。
p330 きみは逝き、すでにこの世のものならず…(後略): 何かの詩。調べつかず。

(2019-8-25追記)
スーシェ版のTVドラマを見終わりました。ジョンが下劣に描かれてるだけで、他の人物はかなり原作に忠実。銃の再現が素晴らしいレヴェル。S&Wミリポリ、モーゼルM1910、S&W DA 4th Model、コルト オフィシャルポリス… でも私が好きな場面は全部カット。TVの限界を考慮すると精一杯の脚本かも。でも原作の魅力は半分も伝わらない感じ。せめてジョンをもっと好感の持てる人に描いて欲しかったなあ。

(2019-8-28追記)
原文を入手しました。
モーゼルはquite a small weapon「quite a +形容詞」は、米語ならかなり強調するニュアンスですが英国英語ならratherの意味。(Web上のBBC learning english参考) とするとノウゾーさんの「きわめて」は強めすぎか。スーシェ版のモーゼルM1910で妥当ですね。
p215 「こんな詩」の原文は“The days passed slowly one by one. I fed the ducks, reproved my wife, played Handel’s Largo on the fife and took the dog a run.” 最後のand took以外は原詩通り。うろ覚えでもこの精度。韻文の力って偉大ですね。余談ですがHandel’s Largoと言えばOmbra mai fuなんですが、FifeでMessiahのNo.13 Pifa(こっちはシシリアーナですが)を連想しました。
p249 ハリウッドで撃ち合いはand by what I read in the papers they do a bit of shooting each other out there sometimes. 警部のジョーク?能三さんの訳で大正解。
p263 私の入手した版はHarperCollinsの電子版だったのですがニガー イン ヒズ シャツはMud Pieに変わっていました… (元の表現は当時の英国らしくて良いと思うのですが…)
p284 It’s a Ventnor 10. 検索しても見当たらないのでやはり架空名なのでしょう。
p330 きみは逝き... の詩は、He is dead and gone, lady, /He is dead and gone. /At his head a grass green turf, /At his heels a stone.’ ハムレット(Act 4 Scene 5)から。オフィーリアの台詞。文学好きならすぐピンときてたんでしょうね…

なお、この作品、クリスティの戦後初出版です。(正確にはアガサ クリスティ マローワン名義のエッセイ「さあ、あなたの暮らしぶりを話して」が先。) 戦争のことに一切触れてないのは(クリスティの中では)ポアロが戦時中に終わったので、クロニクル的に戦前の事件とせざるを得なかった、ということでしょうか。(まー後の作品ではそんなの関係なくなってますけど)
でもこの作品は突然の死を悼む気持ちに溢れていて、戦没者に対する鎮魂歌にもなってる気がします。レディアンカテルの「死んだからって特別なことじゃない」という一見冷たい言葉も喪失感に対する気持ちの整理としてある意味正解でしょう。
そして当初の製作メモではHenriettaがElizabeth、MidgeがGwenda、John ChristowがRidgewayだったと知って、この作品はアガサ姉さんの最初の結婚に(無意識的に)整理をつけているのでは?という妄想にとらわれはじめています… (わざわざChristieに見紛う姓というのが、あからさま過ぎるのですが…)

(2019-8-30追記)
こないだから妄想全開です。
証拠を少々補完。(なるべくネタばれしないように書いています。)
Elizabeth→Henriettaの変更はVirgin Queenから不倫大王Henry VIIIへ。裏テーマの暗示?
Savernake=Saviour+nake=Christ + unveil? やはりクリスティを連想させる単語。
ドジでのろまな奥さんの旧クリスティ(Gerda)と職業作家である新クリスティ(Henrietta)の対比。

さて、結論です。
秘密を告白したくなっちゃうのは人の常。
アガサさんも自作のなかに誰もが知りたがった失踪事件について(ついうっかり)言及してるに違いない、という妙な確信があって、昔、読んでたことがありました。
この作品がそうなのではないか。
発表のタイミング(戦後の新しいスタート)、クリスティを暗示させる姓、不倫というテーマ、妙に力の入った心理描写。
そうなると当時の記憶喪失の真相は本作の筋を考えると明白。
あくまで妄想です。
でもこれ、いかにも「アガサ姉さんらしい」企み、と思いませんか。

(2019-8-31追記)
ラストを読み返していて、トリビアを一つ発見したので追記。
p366『彼のごとき人にふたたび会うことはないであろう』(We shall not see his like again.): Web検索すると I shall not look upon his like again. (William Shakespeare, "Hamlet", Act 1 scene 2)がヒット。原文どおりの有名句は無いようですが、いくつかのWebからwe shall not see〜の形で結構引用されてるような感じを受けました。

私の中ではアガサ姉さんとの架空対談まで妄想してるのですが、発表しません。
でもこの作品でアガサ熱に火がついてしまったので、2020年から始める予定だった100周年記念企画を今からスタートさせることにします。(誰もが考えるような平凡な発想ですね…)

No.1 5点 ビッグ4- アガサ・クリスティー 2019/01/19 12:54
単行本1927年出版。週刊誌連載に手を加えた、とありますが、そんなに手を加えてないのでは?早川クリスティ文庫(2004)の電子本で読了。
週刊誌Sketch1924-1-2〜3-19(12回)連載。連載時のタイトルはThe Man Who Was Number Four: Further Adventures of Hercule Poirot。(この連載前にThe Grey Cells of M. Poirotというタイトルでポアロの短篇12作×2を同誌に発表しているのでFurther) クリスティの短篇デビューもこの雑誌。次の作品はチムニーズ(単行本1925年6月)、アクロイド(新聞連載1925年7月開始)で、そのあと例の事件(1926年12月)という流れです。
ところでFictionMags Indexを眺めていて気づいたのですが『オリエント急行』の初出はSaturday Evening Post の6回連載1933-9-30〜11-4“Murder in the Calais Coach”だったんですね… 最初から米国読者を当て込んでいたわけです。そして『誰もいなくなった』の初出もポスト誌(1939-5-20〜7-1、7回連載、タイトルはAnd There Were None)です! 全く知りませんでした… Wiki日本版は初出を英新聞Daily Express1939-6-1から連載としています。(実は英Wikiを注意深く読めば初出がポスト誌だとわかるのですが…)
この作品は皆さんの評価があまりに低すぎて、逆に読みたくなりました。(45年前の初読書の記憶では結構面白かったような…でも何も具体的なイメージは残っていません) クリスティ作品を読むのもほぼ30年ぶりくらいです。
私はクリスティで大人の活字本の世界に入りました(最初の100冊中60冊)ので、アガサ姐さんは大恩人なのですが、他の世界を知った上で30年前に未読作品を片付けようとしたら、全く興味が続かない文章なので驚いた記憶があります。(多分その時は背伸びしてた若さゆえの過ちです)
今回ビッグ4を読んでみたところ、文章は平明でわかりやすいほどわかりやすく、すぐに作品世界に入り込めます。つい最近ウォーレス『正義の4人』(1905)やチェスタトン『木曜日の男』(1908)を読んだので、それらとの関連性も気になっています。(当然「踏まえている」とは思いますが…)
作品世界はトミタペ風、スリラー小説の軽いパロディのつもりでしょう。まー真面目に受け取るべき要素はありません。頭脳を自慢する小男と正直で間抜けな助手がスリラーに登場するミスマッチを狙った作品?でも笑える要素不足で中途半端な感じです。
肩のこらない軽さを味わうべき作品。スリラー小説の定番やご都合主義が次々と出てくるので、結構楽しめました。
以下トリビア。原文参照してません。ページ数は全体の項数も表示しました。
p38/242 レーニンやトロツキーは操り人形: 書いた時点ではレーニンも存命中。
p41/242 二百ポンド: 消費者物価指数基準1924/2019で60.36倍、現在価値170万円。
p59/242 日本をおそった大地震の後: 意外なところで関東大震災1923-9-1が登場。
p81/242 一万フラン: 金基準で1924年の1フラン=0.0118ポンド。上述の換算で1万フランは現在価値100万円。
p83/242 日本のジュウジュツ: 原文はJiu-JitsuかJu-Jitsu?(wikiによると20世紀前半はこの綴りが多いらしい)
p96/242 国会議員の私設秘書: 意外なヘイスティングスの職業経験。
p101/242 自動拳銃: 早川ではrevolverを「自動拳銃」と訳しても編集が直さない例多数あり、なので(セミ)オートマチック拳銃なのかリボルバーなのかはこれだけではわかりません。
p126/242 チェス: ロシアのチャンピオンが当たり前なのは戦後(1948-1972、1975-1999)ボビー フィッシャーがロシア人チャンピオンを破ったのは1972年。
p160/242 駄賃に半クラウン、はずんで: 上述の換算で半クラウン(=2シリング6ペンス)は1061円。「はずむ」というような額ではない。
p202/242 見知らぬ人に塩を回すことは悲しみをあたえること: Pass the salt, pass the sorrowという古い文句があるらしい。塩を直に手渡しするのはマナー違反?(手近なところに置くのが正解なのかな) Why do older people say: 'Don't exchange salt directly hand to hand. It may result in a quarrel.'やWHY IS IT BAD LUCK TO PASS SALT IN SPAIN?などがWeb検索で出てきました。いずれもWhyなので英米でも廃れかけた習慣のようですね。
p204/242 あなたっていつでも、ちょっとお馬鹿さん: ヘイスティングスのこの属性に夫(アーチー)への幻滅を読み取るのは、もちろん裏読みしすぎです…
p219/242 ロシアで起こったこと: 1917年のロシア革命は衝撃的で、英国でも戦間期には革命が起こるのでは?というムードがあったらしい。
p225/242 ポケットの中身(ポアロの自動拳銃をふくめて): もちろんベルギー愛に溢れたポアロなら小型自動拳銃の傑作FN M1910で間違いのないところです!(なんの証拠もありません)
p235/242 生涯最大の事件: 引退を口にするポアロ。「ベルギーのことなんてほとんど知らない」アガサ姐さんもここいらが潮時と思っていたのか。

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弾十六さん
ひとこと
気になるトリヴィア中心です。ネタバレ大嫌いなので粗筋すらなるべく書かないようにしています。
採点基準は「趣好が似てる人に薦めるとしたら」で
10 殿堂入り(好きすぎて採点不能)
9 読まずに死ぬ...
好きな作家
ディクスン カー(カーター ディクスン)、E.S. ガードナー、アンソニー バーク...
採点傾向
平均点: 6.13点   採点数: 459件
採点の多い作家(TOP10)
E・S・ガードナー(95)
A・A・フェア(29)
ジョン・ディクスン・カー(27)
雑誌、年間ベスト、定期刊行物(19)
アガサ・クリスティー(18)
カーター・ディクスン(18)
アントニイ・バークリー(13)
G・K・チェスタトン(12)
F・W・クロフツ(11)
ダシール・ハメット(11)