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弾十六さん |
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平均点: 6.14点 | 書評数: 528件 |
No.388 | 5点 | 隅の老人 完全版- バロネス・オルツィ | 2022/03/27 23:23 |
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平山先生の労作。隅の老人シリーズは、第二短篇集『隅の老人』が最初に雑誌連載されたものの集成であり、有名な「最後の」短篇を含むので、連載時の姿はどういうものだったのか?、第一短篇集は後の連載をまとめているにも関わらず先に出版されたが、どういう経緯だったのか?、第三短篇集での復活劇はどういうものだったのか?という謎があり、その原初の姿を確認出来るように、全篇、雑誌掲載版による翻訳となっているのが嬉しい限り。第一、第二短篇集の作品は、初出誌の全挿絵も収録してくれています。
私は初版第五刷(2019-1-31)を入手。重要な付録として「初版第三刷追記」があり、(7)「グラスゴーの謎」がなぜ単行本未収録なのか?の謎を解いています。(戸川安宣さん情報、とのこと) でも、この【完全版】には第三短篇集の初出データや挿絵が全く掲載されておらず、第二短篇集の一部の初出データにも誤りがあるので、FictionMags Index(FMI)により補正しました。なお、FMIには‘The Most Baffling Mystery’ by Baroness Orczy (初出Metropolitan[米] 1924-3 挿絵Charles Andrew Bryson)が「隅の老人もの」として挙げられており、同時期にメトロポリタン誌に掲載された‘The Affair of the Vanished Masterpiece’ (初出Metropolitan Magazine 1924-7 挿絵Charles Andrew Bryson)も怪しい(多分(27)The Mystery of the Ingres Masterpieceの別題じゃないか?) 前者はMost Bafflingなどという抽象的な題名で、どの作品の改題としても当てはまるのだが、編集部が“Being the Return of the Man in the Corner”と宣伝してるのを見ると、二十年ぶりの復活のことを詳しく書いている(26)The Mystery of the Khaki Tunicの可能性が高そう。実際には冒頭などを確認しないと判らないのですけど。 以下、各篇を初出順に並び替え、カッコつき数字は本書【完全版】の収録順。●数字は原著短篇集の番号(枝番は原著短篇集の中の収録順)、タイトルは初出準拠としています。 いずれ、第三短篇集の挿絵も収録した【完全決定版】が出ると良いですね… 原著短篇集は次の三冊です。 ❶ The Case of Miss Elliott (Unwin, London, 1905)『ミス・エリオット事件』 ❷ The Old Man in the Corner (Greening, London, 1909)『隅の老人』 ❸ Unravelled Knots (Hutchinson, London, 1925)『解かれた結び目』 なお参照した原文は原著短篇集もので、初出雑誌の原文は確認できませんでした。 ******************** (1) The Fenchurch St. Mystery by Baroness E. Orczy (初出The Royal Magazine 1901-5 挿絵P. B. Hickling)❷-1「フェンチャーチ街駅の謎」: 評価5点 雑誌の巻頭話。著者名は第一次シリーズ全6篇ともBaroness E. Orczy表記。 隅の老人デビュー作。男の語り口が強烈。自伝(1947)によると、作者はシャーロックとは全く似つかないキャラを設定した、とあるが、実に成功している。ピアソンとの契約は各篇10ポンドだったようだ。英国消費者物価指数基準1900/2022(130.96倍)で£1=20434円。(特にミステリ好きでも無かったらしい作者が探偵小説の連続ものに手を出した動機が興味深い。自伝では、ある展覧会でヴェラスケスの絵を見た帰りに、橋の下の濁った水と霧に覆われた暗闇を見て、このような場所で多くの犯罪が行われたのだろうと、ふと想像したのがきっかけだった、と書いているが、多分ピアソンの編集者からのプッシュもあったのでは?) 平山先生が解説に書いているとおり、雑誌掲載時には、婦人記者の名前も記されず、ABC喫茶店(実在のチェーン店)という名称も記されていない。短篇集とは異なり、一人称なのが良い。 婦人記者の設定などの記述がないので、実にシンプル。ぐいぐい自説を語る男にはモデルがいたのではないか、と思うくらい、生き生きしている。アレも変テコ過ぎてミステリ的な傷を隠している印象。まあ呆れた、という感じですけどね。 p8 婦人記者(the lady journalist)◆この設定も、雑誌掲載時に短篇の前に記された「登場人物表(Dramatis Personae)」にしか出てこない。本篇の文章だけから判断すると、世間知らずのお嬢さんが、やな感じで乱暴なジジイが勝手に話し出した独り言を聞いてあげている、という感じ。なお、英国での婦人記者は1850年代から活躍し始めているので、無理な設定ではない。 p8 去年だけでも少なくとも六件の犯罪◆第一次シリーズ6作は全て去年の犯罪、という設定なのかも。とすると1900年が事件発生年か。 p12 来週の火曜日、すなわち十日◆事件発生時。多分12月10日、1901年が該当。p19も同じ。 p13 ホテル・セシル◆ストランド街に面した大ホテル。 p16 十二月十日水曜日◆事件発生時。直近では1902年。その前は1890年。p12と矛盾。 p22 ミルク一杯とロールパンの代金2ペンス◆上述の換算(1900)で170円。安い! (2022-3-27記載) ********** (2) The Robbery in Phillimore Terrace (初出The Royal Magazine 1901-6 挿絵P. B. Hickling)❷-2「フィルモア・テラスの盗難」: 評価4点 雑誌の巻頭話。本作もちょっと変テコな設定で、まあ呆れた、というネタ。巡査が番号で呼ばれてるのは新聞の通例だったのか。本作で初めて<A・B・C喫茶店>(A.B.C. shop; Aerated Bread Company、英Wiki参照)という固有名詞が登場。 p24 土曜日の午後♣️隅の老人との最初の出会いが土曜日だったという裏設定で、彼に確実に出会いたいがために一週間待ったのだろうか? p28 A・B・C鉄道案内(A.B.C. Railway Guide)♣️正式にはピリオド不要 ABC Rail Guide。こちらのABCはAlphabeticalの意味。1853年創刊の鉄道時刻表。ブラッドショーより分かりやすい、との評判。詳細はWikiで。 p36 案山子のような男(the scarecrow)◆いつから「案山子」呼ばわりされてたのかが気になって調べると、ここが最初だった。(2022-4-9追記) p38 企業総覧(Trades’ Directory)♣️お馴染みKelly’s Directoryのことだろう。 (2022-3-27記載) ********** (3) The Mysterious Death on the Underground Railway (初出The Royal Magazine 1901-7 挿絵P. B. Hickling)❷-4「地下鉄怪死事件」: 評価5点 ミステリ的にはありふれた感じだが、最後に降りた人の扱いが変だ。当時の地下鉄はコンパートメント式だったのがわかる(一等車だけかも)。有能弁護士アーサー・イングルウッドが(1)に続き再登場する。 p41 君は小説家なのだから♠️平山先生の注釈や解説の通り、設定と齟齬がある記述。小説自体の元々の構想は「登場人物表」(編集部で付けた?)の設定と違っていたのだろう。ジャーナリスト兼作家、という説明も可能だが… p53 女流作家♠️上記と同様。 (2022-3-27記載) ********** (4) The Theft at the English Provident Bank (初出The Royal Magazine 1901-8 挿絵P. B. Hickling)❷-7「〈イギリス共済銀行〉強盗事件」: 評価5点 シンプルな話。でも支店長がショック受けすぎ。 聴き手が大好物の紐を猫じゃらしのように与え、隅の老人が飛びつくシーンが可愛い。 (2022-3-27記載) ********** (5) The Regent’s Park Murder (初出The Royal Magazine 1901-9 挿絵P. B. Hickling)❷-10「リージェント公園殺人事件」: 評価5点 依然として、聴き手の記者らしい言動は無し。ミステリとして、この解決は好きじゃないなあ。すごい大金を失ったロクデナシが、その後、平気でブリッジをしている(きっとこれも賭けているはず)… まあ呆れた行動ですねえ。 ところで隅の老人が関係者の写真にこだわるのは何故だろう。というか我々にも同様の傾向があって、犯罪者や被害者がどんな面構えか、ぜひ見てみたくなるのは何故だろう。 なお「拳銃」は原文では一貫してrevolver。時代的に回転式拳銃一択だが、一箇所くらい「回転式拳銃」と表記してくれると嬉しい。文中に型式などの記載は無いが、携帯に便利なBulldog Revolverを推す。 p69 一八九九年二月六日♣️事件の日付が明記されている。 p70 鉄輪絞首刑(garroting)♣️garrotingは1860年代ロンドンで恐れられた「首絞め強盗」という意味だろう。Webサイト“Today I Found Out”の記事THE LONDON GARROTTING PANIC OF THE MID-19TH CENTURY参照。 p72 二十五ポンド札(‘pony’)♣️£25札は1765-1822発行のWhite note(白地に黒文字、裏は白紙)、サイズ203x127mm。発行が古すぎるので、紙幣のことではなく「合計25ポンド」という意味かも(5ポンド札、10ポンド札、20ポンド札のいずれかの組み合わせ)。ただし当時でも£25札は通用した?(イングランド銀行のHPでは公式通用が終わった年は不明、と記されている。なお£10札以上のWhite noteは1943年発行終了、1945年4月に通用中止) p74 フランスの刑事も『犯行で得する人間を探せ』と言っている(‘Seek him whom the crime benefits,’ say our French confrères)♣️フランス語だと À qui profite le crime? か。該当するフランスの「同業者」を探したが見当たらなかった。 p75 背が低く色黒で(short, dark)♣️しつこいようですが「黒髪の」 p76 ブリッジに興じていた(playing bridge)♣️当時は1920年代流行のコントラクト・ブリッジではなく、ホイストから派生したbridge-whistというものだったようだ。 (2022-3-27記載) ********** (6) The Mysterious Death in Percy Street (初出The Royal Magazine 1901-10 挿絵P. B. Hickling)❷-12「パーシー街の怪死」: 評価5点 決め手に欠ける話。まあ本作に限った事ではないが。それより管理人の行動の変化がちょっと面白い。 作者は元々6作で打ち止めのつもりだったのだろう。作者は自分の周りにいた怪事件好き、推理好き、探偵小説ファンの姿を見て、しょーもない変テコな人達、と感じて「隅の老人」として結晶化させたような気がした。だからプロットは大したことが無いにも関わらず、ミステリ・ファンの心に突き刺さるキャラなのかも。 p83 週十五シリング(fifteen shillings a week)♠️管理人の収入。ちょっと違うが1900年の物価で換算して月収6万6千円。家賃無し、当時は社会保険料や税金もかからないので、まあ生活出来るレベル。 p83 一八九八年一月♠️事件発生年月を明記。 p83『けちんぼ婆さん』(lady of means)♠️「資産のある女性」という意味では?皮肉っぽく逆の意味をとったのか。 p86 死因不明の評決(an open verdict)♠️当時のインクエストの評決には陪審員12人の意見が一致することを要するが、時間をかけても結論が出ない場合、陪審員はopen verdictを選択することが出来る。「可能性の高い選択肢が複数あり死因の特定には至らなかった」という意味。なので「死因不明」とはちょっと違う。「死因特定に至らず」という評決、くらいが適訳か。Wiki “Inquests in England and Wales”によると2004年の統計だが37%が事故死(death by accident/misadventure)、21%が自然死(natural causes)、13%が自殺、10%がopen verdict、19%がその他の評決(殺人など) (2022-3-27記載) ******************** (7) The Glasgow Mystery by Baroness Orczy (初出The Royal Magazine 1902-4 挿絵P. B. Hickling)「グラスゴーの謎」: 評価4点 雑誌の巻頭話。表紙もP. B. Hickling画の「隅の老人」の大きな肖像画に「誰でしょう?」のキャプション。第二次シリーズは全7篇連続掲載。著者名は、この回だけBaroness Orczyで、残りはBaroness E. Orczy。作者紹介のコラム≪E・オルツィ女男爵(Baroness E. Orczy)≫は本作掲載号(1902年4月号)に書かれたもの(p95の掲載年月は誤り。平山先生はp588以降で第二次シリーズの初出を間違っている)。 本作だけ短篇集未収録。スコットランドにはインクエスト制度が存在しないので、読者から抗議の手紙が数百通来たという(このエピソードは逆に結構人気があるシリーズだった、ということか)。スコットランド以外なら問題ないのだから、都市名だけ変えれば短篇集に収録出来たのに、とも思う。さしてグラスゴー色があるわけではないし… オルツィはこの失敗に懲りず、同年8月号ではエジンバラを舞台にしている。 ミステリとしては分かりやすい話。ミスディレクションは不足気味。平山先生は死亡時刻がこの時代に確定できないのは変だ、と言ってるけど、後のペリー・メイスンものでも死亡時刻の推定は非常に厄介だ、と何度も強調しているから不思議ではないと思う。 なお、本作で聴き手が初めて自分を「婦人記者(p96)」と書いている。 (2022-3-27記載) ********** (8) The Mysteries of Great Cities: The York Mystery (初出The Royal Magazine 1902-5 挿絵P. B. Hickling)❷-3「ヨークの謎」: 評価6点 雑誌の巻頭話。シリーズもので二回連続巻頭話というのはかなりの推しを意味するのでは? ヨーク競馬を背景にしたご当地ものとしての工夫があり、メロドラマ要素も充分。ミステリ的にはシンプルだが効果的。警察が無能に描かれすぎなのが本シリーズ全体の特徴。ところでこの時代はまだ指紋の知識が普及していなかったようで、少し後のミステリなら必ず凶器などから指紋を探しているはず。まあまだ検出手法が未熟で、壁にべったり付いた血の指紋とかじゃないとダメだったのかも。ここら辺の検出手法の発展史は要調査ですね。 p109 ミルク二杯、チーズケーキおかわり♣️隅の老人が機嫌の良い時の贅沢。 p110 グレート・イーボール障害レース(Great Ebor Handicap)♣️ヨーク競馬場で毎年8月に開催されるヨーロッパ有数の平地障害競走。「イボア」が定訳のようですよ… p119 ブリッジの自分の番が終わったので(I had finished my turn at bridge) p120 ベックフォンティン(Beckfontein)♣️平山先生も調べつかず。「一年前に」大砲による戦いがあった地名のようだ。架空かも。 (2022-3-27記載) ********** (9) The Mysteries of Great Cities: The Liverpool Mystery (初出The Royal Magazine 1902-6 挿絵P. B. Hickling)❷-5「リヴァプールの謎」: 評価5点 楽しいイカサマの手口が見られるか、と思ったら… p129 十二月十日水曜日(Wednesday, December 10th)♠️直近では1902年。その前は1890年。オルツィさんはこの日付が好きみたい。 p129 百ポンド紙幣(Bank of England notes of £100)♠️White note、サイズ211x133mm。 p135 家賃は年に250ポンド♠️月額42万円。当時の家賃は現代日本より低めなので、大した高級マンションなのだろう。 (2022-3-27記載) ********** (10) The Mysteries of Great Cities: The Brighton Mystery (初出The Royal Magazine 1902-7 挿絵P. B. Hickling)❷-9 as “An Unparalleled Outrage”「ブライトンの謎」: 評価6点 ミステリ的には、気に入らない点もあるけど、話の流れが好き。そう言えば、隅の老人シリーズって、ほぼ全ての犯人が大手を振って自由を満喫してるんだよね… p136 〈ミンストレル・ショー〉(nigger minstrels)が行われ、参加費三シリングの遠足に来た連中(three-shilling excursionists)… 値段だけは高いアパートでは… 廊下の照明代として日曜は一シリング、他の日の晩は六ペンスが請求される(charge you a shilling for lighting the hall gas on Sundays and sixpence on other evenings)◆英国の海岸リゾートの情景描写。 p137 〈亭主のご帰還用列車〉で(by the ‘husband’s train’)◆当時は通勤族が利用する列車をこう表現してたのか。Webでは用例を拾えなかった。 p137 三月十七日水曜日(Wednesday, March 17th)◆該当は1897年。 p140 予算は週に12シリング(twelve shillings a week)◆月額5万3千円。家具付きの部屋で、滞在中は食事付き(不在にすることあり)、という条件。 p140 ソヴリン金貨◆当時のソヴリン金貨はVictoria Sovereign "Old Head" (鋳造1893-1901)で純金, 8g, 直径22mm。 p146 色黒で背が高く痩せていて(He was dark, of swarthy complexion, tall, thin, with bushy eyebrows and thick black hair and short beard)◆ここはちょっと問題あり。まあでも「黒髪で、肌は浅黒く、背が高く…」で良いはず。文の後にthick black hairとあるが、これはblackではなくthickを強調しているのだろう。 (2022-3-27記載) ********** (11) The Mysteries of Great Cities: The Edinburgh Mystery (初出The Royal Magazine 1902-8 挿絵P. B. Hickling)❷-6「エジンバラの謎」: 評価4点 メロドラマ的な要素がふんだんにある良いネタなんだけど非常に残念な出来。かなりの謎を放り出して終わっている。上手くまとまればとても面白くなりそうな素材なんだが… 今までシリーズを読んできてみての感想だが、隅の老人シリーズは法廷もののハシリでもあったのか。 p154 傍聴席の最前列を確保… たいていいつもうまくやるのだ(I succeeded—I generally do—in securing one of the front seats among the audience)♣️隅の老人の特技。 p159 スコットランドでは、証人が証言をしている間、他の証人が法廷に同席することを許していない♣️ 作者はここでグラスゴーの仇を取りにいった。 p161 判決は『証拠不十分』(a verdict of ‘Non Proven’)♣️上記同様、お勉強の成果。これはスコットランド法独自の評決。イングランドでは“Guilty or Not Guilty”だが、スコットランドでは”Proven or Non Proven”、後者のほうが言い方としては正確だ。 (2022-3-27記載) ********** (12) The Mysteries of Great Cities: The Dublin Mystery (初出The Royal Magazine 1902-9 挿絵P. B. Hickling)❷-8「ダブリンの謎」: 評価5点 なかなか楽しげなムードが良い。ラストのセリフが効いている。ミステリ的にはシンプル。 (2022-3-27記載) ********** (13) The Mysteries of Great Cities: The Birmingham Mystery (初出The Royal Magazine 1902-10 挿絵P. B. Hickling)❷-11 as “The De Genneville Peerage”「バーミンガムの謎」: 評価4点 双子の話は好きですが、これではねえ… 面白い伝承もあって冒頭は良いムードなんですけど。これも上手くまとめると… って駄目っぽい。変テコな話。 p179 神様は破産者と子猫と弁護士をごらんになっている(Providence watches over bankrupts, kittens, and lawyers)◆ことわざ?調べつかず。 p181 九月十五日木曜日(Thursday, September 15th)◆該当は1898年。 p186 半クラウン◆ホテルのポーターへのチップ。 (2022-3-27記載) ******************** (14) The Old Man in the Corner, I: The Case of Miss Elliott by The Baroness Orczy (初出The Royal Magazine 1904-4 挿絵P. B. Hickling)❶-1「ミス・エリオット事件」: 評価4点 雑誌の巻頭話。第三次シリーズは全12篇連続掲載。著者名はいずれもThe Baroness Orczy表記。第三次シリーズの12篇には、雑誌掲載時、編集部による「読者への挑戦」が挿入されている。この工夫、誰が始めたのでしょうね。 実際にこんな事件が起こったら、警察はきっとキモの事実を調べているはず。でも検死審問だからスルーしたのだろう。到底誤魔化せるネタではない。 p195 ミス・ヒックマン事件(Miss Hickman)♣️1903年8月15日に失踪した29歳の女医Sophia Frances Hickman、結局10月19日にひとけのない森で死体が発見された事件。失踪後、父親と病院が報奨金200ポンドで行方を探し、遺体発見までに多くの憶測をよんだ。死体のそばにはモルフィネ入りの注射器があり、インクエストでは「一時的な精神異常で(temporarily insane)自ら摂取したモルヒネ中毒死」との評決(11月12日)となった(多分、この表現だと教会埋葬可能のはず)。死体発見の場所Sidmouth Wood, Richmond Parkは自殺の名所となったようだ。報奨金のポスターがWebにあり(Miss Hickman 1903 poster)。本作はこの事件に大きな影響を受けているものと思われる。 p195 デイリー・テレグラフ(Daily Telegraph) p196 素人探偵連中が嗅ぎ回った(a kind of freemasonic, amateur detective work goes on)♣️「フリーメイソン的な」のニュアンスは「秘密結社的な、ちょっとマニアックな」という感じ? p198 検死審問の法廷には(on the day fixed for the inquest the coroner’s court was)♣️インクエストは裁判ではないので「法廷」というのには違和感がある。でも「審廷」っていうのもピンとこないかなあ。直訳「インクエストの日になると、検死官の審廷には」 p200 十一月一日日曜日♣️事件の日。該当は1903年。という事は上述のヒックマン事件の直後、という設定。 p204 読者への挑戦「ここで雑誌を閉じて、この事件を自分で解明してごらんなさい---編集部」(3と4の間) (2022-4-9記載) ********** (15) The Old Man in the Corner II. The Hocussing of Cigarette (初出The Royal Magazine 1904-5 挿絵P. B. Hickling)❶-2「シガレット号事件」: 評価5点 このタイトルは「シガレットに一服」だと原意っぽくない? サー・アーサー・イングルウッド弁護士が(3)以来、久しぶりの登場。法廷での証人たちの証言の感じがドラマチックで良い。ミステリ的には難しくない話。 p209 百ポンドの報奨金♠️少なくとも事件から六か月以上経過しているので、事件発生は1903年と推察される。英国消費者物価指数基準1903/2022(129.56倍)で£1=20215円。 p213 半クラウン♠️2527円。メイドが給料から馬に賭けた金額。 p219 夜明けまでブリッジ… 二回行なった三番勝負(played Bridge until the small hours of the morning, that between two rubbers) (2022-4-10記載) ********** (16) The Old Man in the Corner III. The Murder in Dartmoor Terrace (初出The Royal Magazine 1904-6 挿絵P. B. Hickling)❶-3「ダートムア・テラスの悲劇」: 評価4点 第三次シリーズは、今までと異なり隅の老人が苦労して入手した関係者の写真を得意げに見せびらかすことがほとんどなくなる。印刷技術が向上して新聞でも写りの良い写真が掲載されるようになったからだろうか? 本作のネタはわかりやすい気がする。変な遺言で遺族が困る、という話が英国には多いようだが、遺言の効力がかなり強力なんだろうか。 p226 ブロッグス… あんまりいい響きの苗字じゃないな(Bloggs— it is not a euphonious name)◆平山先生の解説(p594)にあるとおり、苗字の代表例として使われるらしい。日本の「山田太郎」的な名前のようだ。 p226 年収200ポンド p229 二十七日木曜日◆これは三月。該当は1902年。 (2022-4-11記載) ********** (17) The Old Man in the Corner IV. Who Stole the Black Diamonds? (初出The Royal Magazine 1904-7 挿絵P. B. Hickling)❶-4「誰が黒ダイヤモンドを盗んだのか?」: 評価4点 実際にこんな事件が起こったら、誰でもそっちを疑っちゃうよねえ。発想がおおらかな感じ。 p239 本名を口にするのは控えておこう(Of course I am not going to mention names)♣️この配慮の意味がわからない。あまりに高貴すぎて気がひけるのか。 p239 一九〇二年の社交シーズン… 深い悲しみと大きな喜びに沸いた、記憶に残るシーズン(during the season of 1902— a season memorable alike for its deep sorrow and its great joy)♣️訳注がピンとこないなあ、盲腸くらいで騒ぎすぎ、と思ったが、当時、盲腸の手術は死の危険が大きかった。エドワード七世の成功事例で、この後、盲腸の治療は手術が主流になったという。 p239 七月六日日曜日♣️該当は1902年。 p243 フェリックス製のドレス(the dress from Felix)♣️ Maison Félix、パリの服飾店(1846–1901) 創業者Joseph-Augustin Escalier(1815ごろ生)のニックネームに由来。後の社主Émile Martin Poussineau(1841-1930)のニックネームも同じくFélixだった。1870年代から1890年代が最盛期。1900年パリ万博の展示に費用を注ぎ込みすぎて店を閉めることになったようだ。(2022-4-17修正) p246 サー・アーサー・イングルウッド♣️チラリと登場。 p247 フランス紙幣で(in French notes)♣️英国銀行の紙幣ではなく、フランス紙幣などが登場する場面が他にもあった。フランス紙幣だと出所を追跡できないので安全、という事なのか。 (2022-4-14記載) ********** (18) The Old Man in the Corner V. The Murder of Miss Pebmarsh (初出The Royal Magazine 1904-8 挿絵P. B. Hickling)❶-5「ミス・ペブマーシュ殺人事件」: 評価4点 英語では Miss Pebmarsh と表記されるのは年長者(Miss Lucy Ann Pebmarsh)の方、というルール。若い方(Miss Pamela Pebmarsh)は Miss Pamela と表記される。 この作品は「危機一髪君(Skin o’ my Teeth)」シリーズのある作品の焼き直し。構成は本作の方が劣る。 p254 写真♠️ここでは関係者の写真を取り出している。 p256 週に1ポンド♠️p209の換算で約二万円 (2022-4-14記載) ********** (19) The Old Man in the Corner VI. The Lisson Grove Murder (初出The Royal Magazine 1904-9 挿絵P. B. Hickling)❶-6「リッスン・グローブの謎」: 評価4点 なんだか安易な話。騙されるかなあ。イラストの自動車(p270)の車種が気になる。(調べてません) p266 先だっての土曜日、十一月二十一日◆1903年が該当。 p268 週7シリングの給料◆p209の換算で月給30659円。 p271 オーストラリア銀行発行の紙幣(Bank of Australia notes)◆オーストラリア銀行が独自の紙幣を発行したのは1910年からのようだ。とするとこの記述はオルツィさんの誤りなのだろう。 (2022-4-14記載) ********** (20) The Old Man in the Corner VII. The Tremarn Case (初出The Royal Magazine 1904-10 挿絵P. B. Hickling)❶-7「トレマーン事件」: 評価6点 なかなか面白い話。良く考えると結構無茶苦茶だが。 p180 小さなのぞき窓の蓋を開け(through the little trap)♣️二輪馬車(ハンサム)は御者が客の座席の後ろ側上部に座っている。乗客が座席から御者に指示を与えるには、屋根のトラップドアを開けて伝える。写真を探したがトラップドアが開いているのが見つからなかった。私が見た中ではTVシリーズRaffles(1977)第三話にハンサムのトラップドアを跳ね上げて御者に指示するシーンがあってすごくわかりやすかった。 p282 マルチニーク島… 二年前の火山の爆発♣️1902年5月8日、フランス領アンティル(Antilles françaises)のマルティニーク島にあるプレー火山(Montagne Pelée)の噴火。山頂の溶岩ドームが破壊され、火砕流によって山麓のサンピエール市で約28,000人が死亡、街は壊滅状態になった。ピランデッロ『生きていたパスカル』(1904)にも登場していました。翻訳は時間が前後している感じ。原文では「故トレマーン伯爵の次男…(second son of the late Earl of Tremarn)」の前にBut I must take you back some five-and-twenty years(翻訳では訳し漏れ)があり「次男は当時(25年前)、マルチニーク島に行ったが、その地は二年前に火山の爆発でめちゃくちゃになったなあ」という感じ。 p284 五ポンド紙幣(a five-pound note)♠️ずいぶんな奴だと思うが… (2022-4-15記載) ********** (21) The Old Man in the Corner VIII. The Fate of the “Artemis”(初出The Royal Magazine 1904-11 挿絵P. B. Hickling)❶-8「アルテミス号の運命」: 評価4点 秘密が世間にバレバレの諜報戦ってレベルが低すぎる。1904年2月、日露戦争開戦後の日本の旅順閉鎖作戦に題材を得ているらしいが、開戦前の同港に日本軍が機雷を敷設した史実は無いようだ。(そんなことしたら宣戦布告前の攻撃となっちゃうのでは?) 著名弁護士Sir Arthur Inglewoodも登場します。 p295 勇気ある極東の小さな我らが同盟国は、秘密諜報というやつがかなりお得意なのだ(our plucky little allies of the Far East are past masters in that art which is politely known as secret intelligence)◆隅の老人の評価。 p295 十二月二日水曜日◆1903年で正しい。 p299 三文小説に夢中になっている素人探偵どもが(by the crowd of amateur detectives who read penny novelettes) p303 二十年ほど前に起きた(some twenty years ago)… 事件◆話のなかに当然のように出てくるので、こういう事件が実際にあったのかも?と一瞬思って調べたが、やはり架空のようだ。 (2022-4-17記載) ********** (22) The Old Man in the Corner IX. The Disappearance of Count Collini (初出The Royal Magazine 1904-12 挿絵P. B. Hickling)❶-9「コリーニ伯爵の失踪」: 評価4点 オルツィさんお得意のネタだというのは、冒頭からわかりますよねえ。 本作も(18)同様、年長者の兄(Reginald Turnour)がMr Turnerと呼ばれ、弟(Hubert Turnour)がHubertと呼び分けられている(弟の方はMrをつけていない)。本作でMr Turnerと言えばReginaldに限られる。どうしても区別したいときにはthe elder Mr TurnourとかMr Turner seniorと表現している。このルールを知らないと「ターナー氏ってどっちのターナーだよ?」と思ってしまうだろう。 p307 去年の秋の事件 p307 警察裁判所の審理(police-court proceedings)♣️police courtはmagistrate's courtのことで、軽微な事件を扱ったり、大事件の容疑者の事前取り調べを行う。 p307 おままごとをしてお互いに『パパ』、『ママ』と呼び合って(had called each other ‘hubby’ and ‘wifey’ in play) p308 その仕事は『仲介業』とかいうよくわからないもの(by profession what is vaguely known as a ‘commission agent’) p309 カールトン・ホテル(the Carlton)♣️The Carlton Hotel はロンドンの豪勢なホテル(1899-1940)。 p310 成人して(had attained her majority)♣️当時、両性21未満で結婚は保護者の承諾が必要だった(コモンローとカノン法では結婚可能年齢は男14、女12だったようだ。Age of Marriage Act 1929で両性16に引き上げ、ただし21まで保護者の同意がなければ無効は変わらず; The Family Law Reform Act 1987で同意不要年齢が18歳に引き下げ) p311 結婚式は、宗教の違いがあったので、登記所で行なわれることになった(The marriage, owing to the difference of religion, was to be performed before a registrar) p311 ワーデン卿ホテル(Lord Warden Hotel)♣️ドーヴァーのホテル(1853-1939) p312 グランド・ホテル(Grand Hotel)♣️ドーヴァーのホテル(1893-1940) (2022-4-18記載) ********** (23) The Old Man in the Corner X. The Ayrsham Mystery (初出The Royal Magazine 1905-1 挿絵P. B. Hickling)❶-10「エアシャムの謎」: 評価4点 Mr という呼称の性質を理解していないと変テコ解釈となる。事件の決定的証人がいるのだから、警察は簡単に犯人をひきずりだすことが出来る事件だろう。 p319 千立っての十月の夜(one evening last October)♠️事件は1904年10月発生か?隅の老人の発言時期は不明だが… p321 大きな小銃製造会社(the great small-arms manufacturers)♠️small armsは「小火器」ピストルやライフル銃など兵士が一人で携行可能な武器の総称。 p342 検死審問は、宿泊設備が必要だった都合上、地元警察署で開かれたが(The inquest, which, for want of other accommodation, was held at the local police station)♠️ここのother accommodationとはベンチとかの審廷を開くために必要な設備では?インクエストに宿泊設備は不要だろう。 p323 端に銀の石突… イギリス製ならばあるはずの検印が刻まれていなかった(a solid silver ferrule at one end, which was not English hallmarked)♠️有名な立ち上がったライオンの検印(2022-4-20訂正: よく調べず勢いで書いたがsilver hallmark ukと検索すると色々な種類がある。知ったかぶりはダメですね) p323 弟のほう(young)♠️本作では一貫してyoung、youngerを「弟」と翻訳しているが「若い」が適切だろう。 p327 回答を拒否(refused to do so)♠️インクエストでは証言を拒否しても、法廷のように侮辱罪には問われない。 p329 身元不明の単独犯もしくは複数の犯人による故殺(wilful murder against some person or persons unknown)♠️探偵小説でインクエストの評決といえばこれが定番。試訳「未知の単独犯または複数犯による故殺」 (2022-4-19記載) ********** (24) The Old Man in the Corner XI. The Affair at the Novelty Theatre (初出The Royal Magazine 1905-2 挿絵P. B. Hickling)❶-11「〈ノヴェルティ劇場〉事件」: 評価4点 楽屋泥棒が少ないのは何故?と冒頭の謎が提示される。 ブツが残っているのだから、実際にこんな事件が発生すれば警察の捜査は簡単だろう。 p334 七月二十日◆事件の日 (2022-4-20記載) ********** (25) The Old Man in the Corner XII. The Tragedy of Barnsdale Manor (初出The Royal Magazine 1905-3 挿絵P. B. Hickling)❶-12「〈バーンスデール〉屋敷の悲劇」 ******************** (26) The Old Man in the Corner: The Mystery of the Khaki Tunic by Baroness Orczy (初出The London Magazine 1923-8 挿絵S. Seymour Lucas)❸-1「カーキ色の軍服の謎」 第四次シリーズはロンドン誌に移って全7篇連続掲載。著者名はBaroness Orczy表記。雑誌の巻頭話になった作品は無し、という事はあんまり期待されていなかったのか。ソーンダイク博士も描いていた挿絵画家ルーカスが描く隅の老人を見てみたい。 ********** (28) The Old Man in the Corner: The Mystery of the Pearl Necklace (初出The London Magazine 1923-9 挿絵S. Seymour Lucas)❸-3「真珠のネックレスの謎」 ********** (30) The Old Man in the Corner: The Tragedy in Bishop’s Road (初出The London Magazine 1923-10 挿絵S. Seymour Lucas)❸-5 as “The Mysterious Tragedy in Bishop’s Road”「ビショップス通りの謎」 ********** (29) The Old Man in the Corner: The Mystery of the Russian Prince (初出The London Magazine 1923-11 挿絵Charles Crombie)❸-4「ロシアの公爵の謎」 これ以降、毎回挿絵画家が変わっている。 ********** (31) The Old Man in the Corner: The Mystery of Dog’s Tooth Cliff (初出The London Magazine 1923-Christmas 挿絵E. G. Oakdale)❸-6「犬歯崖の謎」 ********** (33) The Mystery of Brudenell Court (初出The London Magazine 1924-1 挿絵W. R. S. Stott)❸-8「〈ブルードネル・コート〉の謎」 ********** (32) The Tytherton Case (初出The London Magazine 1924-2 挿絵J. Dewar Mills)❸-7「タイサートン事件」 ********** (27) The Case of the Duke’s Picture (初出The London Magazine 1924-3 挿絵Frank Wiles)❸-2 as “The Mystery of the Ingres Masterpiece” 「アングルの名画の謎」 ******************** (34) The Mystery of the White Carnation by Baroness Orczy (初出Hutchinson’s Magazine 1924-11 挿絵Albert Bailey)❸-9「白いカーネーションの謎」 雑誌の巻頭話。第五シリーズはハッチンソン誌に移動して、全5作連載(1925年1月号を除く)。著者名はBaroness Orczy表記。 ********** (35) The Mystery of the Montmartre Hat (初出Hutchinson’s Magazine 1924-12 挿絵不明)❸-10「モンマルトル風の帽子の謎」 ********** (36) The Miser of Maida Vale (初出Hutchinson’s Magazine 1925-2 挿絵不明)❸-11「メイダ・ヴェールの守銭奴」 ********** (37) The Fulton Gardens Mystery (初出Hutchinson’s Magazine 1925-3 挿絵不明)❸-12「フルトン・ガーデンズの謎」 ********** (38) The Moorland Tragedy (初出Hutchinson’s Magazine 1925-4 挿絵不明)❸-13「荒地の悲劇」 |
No.387 | 6点 | ある詩人への挽歌- マイケル・イネス | 2022/03/26 15:58 |
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1938年出版。教養文庫で読了。翻訳は読みやすいものでした。(語り手の主語を変える工夫は教養文庫でもやってます)
乱歩さんの評価が非常に高いので、いろいろ期待して読みました。なかなか工夫された作品、でもそれほどの傑作かな、という感じ。乱歩さんはあの変テコなキャラが気に入ったのだろうか。 スコットランド好きな私としては導入部の語りが良かった。JDCやマクロイのような旅行者の視点ではなく、地元民の目線。エジンバラ生まれの作者だから描ける世界なのだろう。イングランド人?アプルビイの関わらせ方も上手。 皆さまの評価を読むと、非常に高い… ああ、私にはブンガクっぽいのが合わないのかも、と思った次第。元ネタの詩「詩人たちへの挽歌」を読み込んだ上で、本作を読んだのですけどね。私の評価が低くなったのは程良いファンタジーのあるリアルっぽさをぶち壊す終盤の詰め込み方。JDC作品ならきっと許しちゃうんでしょうけど。そういう風に楽しめば良いのか。(雪が奪う体力を舐めてるんじゃないの?という思いもある。まあそれも野暮でしょうね) 作中現在はクリスマスなので、その頃に読むのがおすすめ。出来れば豪雪地帯で嵐の吹き荒れるクリスマスがベスト。 以下トリビア。 重要な日付がp313に明記されている。1936年11月30日。展開から考えて、この日以降のある日付の数か月後がクリスマスのはずなので、1936年のクリスマスなら日数不足。という事は1937年のクリスマスあたりの話、で確定だろう。英国消費者物価指数基準1937/2022(72.58倍)で£1=11325円。 p10 スザンナが年寄りたちにもたらしたもの(Susannah afforded the elders)◆聖書外典『ダニエル書補遺』の「スザンナ」のことだろう。 p18 今年の冬は大変きびしかった(It was a hard winter)◆これは書き込み過ぎ、「その冬は」で良いだろう。 p27 ニキティ・ニキティ、ニック・ナック(Nickety-nickety, nick-nack,/Which hand will ye tak’?)◆調べつかず。 p45 からすが猫ちゃん殺しちゃった(The craw kill’t the pussy-oh,/The craw kill’t the pussy-oh,/The muckle cat/Sat doon and grat/At the back o’ Meggie’s hoosie-oh…)◆調べつかず。 p54 エディンバラのマッキーやギブソンやその他二、三の有名店からの(from Mackie’s and Gibson’s and two-three other great shops in Edinburgh) p58 紅茶ポット(teapot)◆ここには受け皿から飲む人はいなかったのかな。 p58 離婚法廷(Divorce Courts)◆スコットランドとイングランドの法律は異なることが多いので、離婚法も多分違うのだろう。 p62 色の黒い奴(dark chiel)◆「黒髪の奴」 p78 ペパーの幽霊(Pepper’s Ghost)◆Wiki「ペッパーズ・ゴースト」参照。英Wikiの方が詳しい。 p82 高地(ハイランド)では、人々の組織は昔から氏族(クラン)によって分けられてきた。(…) 低地(ロウランド)においては全然ちがっていて、その単位は家(ファミリー)である◆ふむふむ。知りませんでした。 p95 文机(bureau) p96 フィリップ五世の頃のスペインの四倍金貨(a Spanish gold quadruple of Philip V)◆ 8エスクード金貨のようだ。重さ27.06g、直径36-37mm。 p96 ジェノヴァの23金の(a genovine twenty-three carats fine)◆13世紀のほぼ純金(23・2/3カラット)のフローリン金貨(Florin d'or)のことか。直径20mm、重さ3.48g。 p96 ジェームズ五世の冠を被ったの(a bonnet piece of James V)◆スコットランド王ジェームズ五世(在位1513-1542)がボンネットを被っている横顔が刻印されたデュカット金貨(鋳造1539-1542)、重さ5.73g、直径23mm。 p96 大モンゴルのコイン(the coinage of the Great Mogul)◆「ムガール帝国の」だろう。金貨は数種類あるようだ。 p107 カーリング◆日本でこんなに有名なスポーツになるとは… p110 ティモール・モルティス、コントゥルバトメ… (Timor Mortis conturbat me)◆「詩人たちへの挽歌」の第四行目は、全てラテン語のこの文句の繰り返し。第一〜三行目はスコットランド方言の英語で記されている。 p118 十シリングの損(having put me back … ten shillings)◆多分、助けてくれた手間賃。 p118 ロールス(the Rolls)◆翻訳ではp118とp120に出てくるが、原文p118は the car で the Rolls は一回だけの登場。奥ゆかしいねえ。 p135 おお、アメリカよ、我が新しき土地よ!(Oh my America, my new-found land !)◆ Elegy XIX: To His Mistress Going to Bed(1654) by John Donne からの引用だろうか。 p137 十二月二十四日、火曜日(Tuesday, 24th December)◆直近は1935年。p313とは明白に矛盾する。英国人作家は日付と曜日に無頓着だから驚きはしないのだが。 p177 この家には運がない(There’s nae luck aboot the hoose,/There’s nae luck at a’,/There’s nae luck aboot the hoose/When our goodman’s awa…)◆スコットランドのフォークソング。Jean Adam(1704-1765)作。某Tubeでも聴ける。 p196 シグネット社に属する作家たち(Writers to the Signet)◆リーダース英和「Writer to the Signet [スコ法] 法廷外弁護士」、まあ南條さんでも間違えるネタなので仕方ない。イングランドの事務弁護士(ソリシター)に当たるのかなあ。良く調べていません。 p207 麦芽乳(malted milk)◆英国人James Horlick(1844-1921)が開発し、弟Williamとともにシカゴで製造、英国でも人気だった飲み物。ミロみたいなもの? ペリー・メイスン『不安な遺産相続人』(1964)にも登場していました。 p216 ウィルキー描くところの、スコットランドの教会の太柱(some pillar of the Kirk from the pencil of a Wilkie)◆ウィルキーはスコットランドの画家、と訳注にあり。具体的にどの絵のイメージなのかは不明。鉛筆のデッサンか。 p221 ジョン ・コトン(John Cotton)◆「訳注 パイプ煙草の銘柄」18世紀後半からのブランド名。エジンバラのメーカー。ヴィクトリア女王御用達(1840)で有名になった。 p264 スコットランドの検死について◆スコットランドにはインクエストが無い、という事実が、オルツィ『グラスゴーの謎』のお蔵入りの原因だった、ということを『隅の老人【完全版】』でごく最近に知りました。 |
No.386 | 7点 | 牧神の影- ヘレン・マクロイ | 2022/03/21 09:43 |
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1944年出版。ちくま文庫で読了。
出版時はまだ戦時中なんだよね。だからサスペンスも切実。マクロイさんも暗号関係に関わってたのだろうか?それとも個人的な興味があったのか。いつも思うのだが、マクロイさんのテーマに対するアプローチって男っぽい部分がある。本作も堂々たるハード暗号ものに仕上がっている。小説のメインである自然描写と恐怖と情感の盛り上げ方も素晴らしい。 でもいつものコレジャナイ感も残った。メッセージ、長すぎない?必要なことだけチャチャっと伝えれば良いじゃない。 まあそれでも読んでる間は非常に心を動かされました。キャラ設定も上手で主人公を不安に陥れる人間関係。犬も印象的なキャラとして登場。マクロイさんは断然犬派だ。 でも本作が文句無しの傑作、とならないのは、マクロイさんの意図が読後に見えすぎるからなのかも、とふと思った。頭が良すぎて、冷めるのが早すぎる、そんな感じ。 調べると1972年に改訂してヴェトナム戦争の時代に移植したらしい… 何てことをしたもんだ、と思うが、ちょっと読んでみたい気もする。(訳者あとがきによると第二次大戦色をすっかり消し去ったバージョンらしい。後でそれは間違いだった、と作者自身が表明しているようだ) 文庫解説(山崎まどかさん)のファッション視点は私には全然イメージがわかないので、とても興味深かった。マクロイさんは趣味が良いようだ。 トリビアちょっとだけ。 マクロイ作品はDell Mapbackでお馴染み。本作もちゃんと地図が作成されていて、コテージ平面図もついてるので便利。Pinterestで panic mapback と検索すると見やすい図面が見つかります。 米国消費者物価指数基準1943/2022(16.40倍)で$1=1870円。300ドルは56万円。 p21 例の「オクシデンタル通信社」がまた登場している。 p71 昔のペニー銅貨に刻印されていたインディアン◆ Indian Head cent (1859-1909)、直径19.05mm、重さは1864–1909鋳造のものなら3.11g、リンカーンの前の1セント硬貨。図柄は英Wiki “Indian Head cent”で。 p83 十ドル紙幣◆1929年以降はアレキサンダー・ハミルトンの肖像、サイズ156x66mm。米国紙幣は額面にかかわらず全部同じサイズ。 p103 ター・ベビー(Tar Baby)◆Joel Chandler Harris(1848-1908)のUncle Remusシリーズ(1881-1907)に出てくる、ウサギどん捕獲目的で作られたタール人形。返事をしないタール人形に腹を立てたウサギどんがブン殴ったら、手がタールに絡めとられてしまう。蹴ると足もくっつく。知恵の回る、逃げ足の速いウサギどんでも、このような策略で捕まってしまいました、という話。『ウサギどん・キツネどん: リーマスじいやのした話』(岩波少年文庫1953)で子供の頃に読みました。 |
No.385 | 6点 | フローテ公園の殺人- F・W・クロフツ | 2022/03/20 21:56 |
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1923年出版の長篇第4作。グーテンベルグ21の電子本で読了。橋本福夫さんの翻訳は端正でした。
フレンチ警部登場前の最後の長篇で、前三作と同じく二部構成ですが、第一部が南アフリカ、第二部がスコットランドで、舞台を変えています。でも、作者は南アフリカをあまり知らないで書いてる感じ。臨場感が薄いのです。そこが最大の不満。多分、当時の南アフリカ警察は、もっと田舎くさい感じだと思う。うって変わってスコットランド編では生き生きとした描写が続き、登場人物と共に楽しい旅ができます。日常の細部も第二部が格段に充実しています。 キャラの書き分けも全然出来てないので、前三作と似たり寄ったりの人物が登場。まあでも、やや行き当たりばったりの地道な捜査でウロウロする感じがなかなか良く出来ています。こういう作風だと、普通は描かれない日常生活の意外な小ネタが思わず飛び出してくるのが、私にはとても楽しいのです。ミステリ的にも、なかなか工夫があり、最後の場面は思わずワクワクしちゃいました。これで南アフリカ編のディテールが充実してればなあ… 以下トリビア。 作中現在は冒頭が11/11木曜日(p179及びp820から)、該当は1920年。(そういえば、この日は第一次大戦の終戦記念日だが、全くそのことへの言及がない。南アフリカだから関係ないのかも) 銃は「小さな自動拳銃(a small automatic pistol)」が登場するが、型式は記されず。FN1910を推す。 p44/5274 十一月も下旬(in late November)◆南半球なので北半球の五月に相当。気温は25から15℃くらいのようだ。11月11日なので late じゃないよねえ。 p160 合計六ポンドの紙幣(a roll of notes value six pounds)◆巻いた紙幣六ポンド分、財布に入れない紙幣は巻いて携帯するのが普通なのか。1910年から南アフリカ連邦は英国自治領となったが、South African Reserve Bankが紙幣を発行するのは1921年からなので、この紙幣は英国のものだろう。英国消費者物価指数基準1920/2022(47.62倍)で£1=7430円。 p646 真珠のペンダント十五ポンド十五シリング、イアリング七ポンド十シリング、腕時計五ポンド十二シリング六ペンス… 一つは二十ポンドの毛皮のショール代(for a pearl pendant, £15 15s., a pair of earrings, £7 10s., a wristwatch, £5 12s. 6d.; (…) for a fur stole at £20) p656 四百ポンドの年収(on his £400 a year)◆297万円。 p708 検屍審問(inquest)◆大英帝国なのでインクエストがある。 p708 死体を見に別室へ下がった(left to view the body)◆当時のインクエストでは陪審員の義務。 p732 この娘は色の浅黒い、いやにツンとした美人(The girl, a dark and haughty beauty)◆橋本さんも浅黒党。「黒髪の」 p840 宿泊料は四ポンド十六シリング◆三日間の宿泊費か?釣り(四シリング)はチップ p851 二シリング◆情報代として。743円。 p851 今度の男は、小柄で、色が浅黒く、機敏そうな顔つき(this time small, dark and alert looking)◆しつこいようだが「黒髪の」 p901 クリスマス・ホワイトという黒人(He was a coloured man called Christmas White)◆停車場のポーター。名前を揶揄ってる? p911 ウォーリック・キャスル号(the Warwick Castle)◆客船会社Union-Castle Lineは〜Castleという名の客船を運航していたが、作中現在にはWarwick Castleも、後に出てくるDover Castle(p2953)も実在していない。 p990 女は皮膚の色は浅黒く… 動きのない、重苦しいタイプの顔だった(She was dark, and her face was of a heavy and immobile type)◆肌の色なんて書いてない。「黒髪で」 p1091 結婚しようというのに二百ポンドや三百ポンドの《はした金》が何になって?(for what was two or three hundred pounds to marry on?) p1193 I・D・B諸法律が厳重に施行されるようになって以後は、ダイヤモンドの不法所持から起こる犯罪が減少したことは事実(since the I.D.B. laws had been more strictly enforced, crime arising from the illicit possession of diamonds had decreased)◆ illicit diamond buying [buyer] 不法ダイヤモンド購入[バイヤー] p1226 油ぎった浅黒い顔、ユダヤ系の容貌(was dark and oily of countenance, with Semitic features)◆しつこいようだが「黒髪の」 p1319 公衆電話室(a call-office)◆ p1507 旅費として二百五十ドルの小切手を(a cheque for £250)◆南アフリカから英国まで。「250ポンド」が正解。 p1561 スカラ座は市の中心部にある華麗な大きな建物で、最近開場したばかりであるだけに、近代都市の映画館にふさわしい、宮殿のような豪華な装飾や設備を誇っていた(It was a large, flamboyant building in the centre of the town, but newly opened, and palatial in decoration and luxurious in furnishing as befitted a modern city motion picture theatre)◆映画館が劇場に変わって娯楽の中心になりつつあったのだろう。 p1561 金糸の紐飾りだけでできているのかと思うような制服を着た、巨大な身体の黒人のポーター(a huge negro porter, dressed in a uniform of which the chief component seemed to be gold braid)◆名前はシュガー(Sugah) p1600 その手に二、三シリングすべりこませてやった◆情報代として p1611 切符は二枚お買いになりましたわ──平土間席のを──二シリング六ペンスのね。特別席を除いたら一番いい席です(two tickets — stalls — two and six; best in the house except the gallery)◆映画館の切符、929円。最上等のgallery席のイメージが良くわからない。映画なのだから1階正面(stalls)が一番良さそうだが… (galleryは2階席っぽい感じ。2階正面が一番見やすい設計なのかも) p2255 特別予備審問(a special court of magistrates)◆magistrateは「重罪被告人の予備審問を管轄する下級裁判所の裁判官」という事らしいが、制度をよく調べていません… p2640 古い南ア案内書(an old guidebook of South Africa) p2640 エドガー・アラン・ポーの小説(A tale of Edgar Allen Poe’s)◆有名作のネタバレをしている。 p2953 英国行きの「ドーヴァ・キャッスル」号(the Dover Castle for England) p3025 昔ながらの振分け荷物を肩にした(with a bundle over his shoulder in the traditional manner) p3056 厳格に言うと、先方から訪ねてくれなきゃ──こちらは新来者なんだから(strictly speaking, it’s his business to call on me — the newcomer, you know, and all that)◆訪問のエチケットか。 p3086 仕切室(コンパートメント)◆列車の客室の翻訳だが… p3681 有名な事件(コーズ・セレブル)a cause célèbre p3726 高価ではあるが、よく見かける型の二人乗りの小型自動車(It was a small two-seater of a popular though expensive make)◆型式は記されず。 p3749 その帽子はエディンバラの、ある有名な商会で売っているもので、金文字でS. C.の頭文字(a hat. It had been sold by a well-known Edinburgh firm, and bore the initials in gold letters, S. C.)◆帽子に入れるのはイニシャルが多いのかな? p3895 ポケットから半クラウン銀貨を◆929円。当時のはジョージ五世の肖像。1920-1936鋳造のものは.500 Silver, 14.1g, 直径32mm。 p3895 五シリング出すから乗せてくれ◆1858円。ちょっとはずんだ対価。 p3915 それぞれに五シリングずつ◆貴重な情報への褒美。 p4125 故人の生まれた国、または原籍地(from what country or place the deceased gentleman came originally)◆戸籍制度は整備されていないので、教会を調査しようという意図か? p4158 ロイド・ジョージ氏が首相をされていた頃(Mr Lloyd George’s arrival at Central Station when he was Prime Minister) p4354 彼の手に半クラウンすべり込ませ◆情報代として。 p4673 その自動車は一九二〇年のダラック… ダンロップ・タイヤ(a 1920 Darracq, with Dunlop tyres)◆Talbot-Darracq V8 HP20だろうか。 p4725 レストランで住所録を調べてみる(An examination of the directory at the restaurant)◆directoryはソーンダイク博士の七つ道具としてお馴染みのKelly’s directoryのこと。下の「電話帳」(telephone directory)も同様。今で言う職業別電話帳に似たもので、street別、commercial(商売)別、trade(職業)別、court(貴人・公人)別などの様々な分類による一覧なので、調査に非常に便利。パブとかレストランにも常備されているようだ。 p4746 自分の持っている拡大地図と、電話帳の助けを借りて(With the aid of his large-scale map and a telephone directory) p4755 電話は一ペニー入れれば通話できる自動式のものではなかった(the instrument was not a penny-in-the-slot machine)◆昔の公衆電話は交換手に対面で直接依頼しなければ、電話が繋がらなかった。その後、料金箱にコインを入れると交換手を呼び出せるようになり、さらにダイヤルすれば交換手なしで相手に繋がるようになった。英国の有名な赤電話ボックスK2は1926年から設置。 p4906 ボー街まで一緒にきて話す(you may come and tell it to me at Bow Street)◆ボウ・ストリート=「警察本部」 p4916 こちらで結婚式をあげたいと思えば、その前に、十四日間は、ここの教区に暮らしていなきゃいけない(If he wanted to be married here he would have to reside in the parish for fourteen days previously)◆この決まりは知りませんでした。未調査。 p4927 二晩の宿泊料と二度の朝食代とで、勘定は二ポンドくらいになる(That would be for two nights and two breakfasts and we think it will be about two pounds) p5087 噂も九日を通り越す長い期間にわたって(during more than the allotted nine days)◆nine days’ wonder を踏まえている。 |
No.384 | 7点 | 夢の女・恐怖のベッド- ウィルキー・コリンズ | 2022/03/16 05:49 |
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日本独自編集、1997年出版。
本書収録の(1)〜(7)の各篇は短篇集にする際に、元々は別々の雑誌に発表した話を、デカメロンやカンタベリー物語などのような枠組みで、別人の語る一話完結エピソードをまとめたもの、という形式にしている。翻訳では(3)以外、短篇集に掲載された各話のプロローグを省いている。初出を調べると、少なくとも五作は「作者名なし」で発表されている。ディケンズでさえ作者名を特に記載せずに掲載しているので、当時の習慣だったのか。 まだ全部読んでないのに断言しちゃいますが、これは傑作揃いですよ!まあ謎解き派には物足りないかも、ですが、小説好きなら断然面白いと思います! 以下、タイトルは原著の短篇集準拠。初出はWebサイトWILKIE COLLINS INFORMATION PAGES by Andrew Gassonの記載をFictionMags Indexで補正。収録短篇集は下の●数字で示した(枝番は収録順)。 短篇集❶ After Dark (Smith, Elder 1856) 短篇集❷ The Queen of Heart (Hurst & Blackett 1859) ********** (1) The Traveller's Story of A Terribly Strange Bed (初出Household Words 1852-4-24 as ‘A Terribly Strange Bed’ uncredited) ❶-1「恐怖のベッド」: 評価7点 ディケンズ編集の週刊誌Household Wordsに初めて掲載されたコリンズの小説、ただし作者名は記されず。短篇集❶の作者前書きによると画家W. S. Herrick(William Salter Herrick 1807-1891)にこの話と第6話 “The Yellow Mask” のthe curious and interesting factsを負うている、とのこと。タイトルは「おそろしく奇妙なベッド」くらいが良いかなあ。 舞台はパリ、語り手が大学卒業直後の話。若者らしい行動の展開が良くてスリルもあり、キャラも生きている。 p7 五フラン銀貨(five-franc pieces)♠️短篇集のプロローグによると、1827年に記録を始め、その数年前にこの物語の語り手から聞いた話、という設定。(ただし、初出時の設定はわからない。発表時の十年前くらいが丁度いい感じに思うので、短篇集の枠組みの1827年は遡りすぎのように思う。) 作中年代は1805年以降(p15にアウステルリッツの戦いに関する言及あり)。警察機構(Préfecture de police)は1800年創設。感じとしてはアウステルリッツは一昔前、英国人が普通にパリで遊んでいるのでワーテルロー以降なのかなあ。当時の五フラン貨幣はナポレオン(1807-1815)、その後はルイ18世(1816-1824)の肖像。サイズはいずれも25g、直径37mm、純銀.900。1816年と仮定すると金基準1816/1901(1.035倍)と仏国消費者物価指数基準1901/2022(2746倍)で2842倍、1フラン=€4.34=572円。 p10 「赤と黒」(Rouge et Noir)♠️トランプを使うギャンブル。米国ではほとんど見られないが、欧州のカジノには今でも残っている。英Wiki “Trente et Quarante”に詳しい説明あり。 p12 ナポレオン金貨(napoleons)♠️ナポレオンと言えば、通常20フラン金貨を指す。純金.900、6.45g、直径21mm。1802年から鋳造。 p22 ドアをロックして差し錠をかい(to lock, bolt)… 窓にも止め金をかけ(tried the fastening of the window) p23 メーストルの『部屋を巡る旅』(Le Maistre… “Voyage autour de ma Chambre”)♠️ Xavier de Maistre作、1794年出版。英訳は1871年が最初らしいから、作者は原語で読んだのだろう。 p41 緑色のテーブルクロス(a green cloth)♠️ギャンブル用カード・テーブルの緑色baize仕上げのことを言っているのだろう。 (2022-3-16記載) ********** (2) The Lawyer's Story of A Stolen Letter (初出Household Words 1852-12 [Extra Christmas Number] as 'The Fourth Poor Traveller' uncredited) ❶-2「盗まれた手紙」: 評価7点 初出時は’The Seven Poor Travellers’の四番目の貧しい旅人の話で、コリンズ作は本エピソードだけ。ディケンズが物語の枠(クリスマス・チャリティで六人の貧しい旅人をもてなす代わりに各人に話を語ってもらう)と第一話、最終話を創作し、他の作家(George Augustus Sala、Adelaide Anne Procter、Elizabeth Lynn Linton)が各旅人の話を埋める、という構成。初出誌ではディケンズ含めいずれの作者名も記されていない。 初出バージョンの、本作の語り手は、元は裕福だった弁護士で、今は本人が語らない理由で尾羽打ち枯らし、貧しく放浪している、という設定。翻訳で採用した短篇集バージョンでは、地方の名士の弁護士が肖像画を描いてもらう際に画家に面白い体験を話す、という設定に変わった。語り手が妙に用心深い感じとかなんだかセコい感じは、やはり初出時の設定のほうが相応しいと思う。(物語の締めの文は初出時には無く、「事実を語ったのだ」で終わっている。) 作中年代は、語り手が弁護士になりたての時期なので、少なくとも二十年くらい前の話のように感じる。 これもぐいぐい読ませる話。登場人物がいかにもな感じ。タイトルからポオを連想させるが、元々の初出タイトルは「第四の貧しい旅人」なのだし、内容もあの有名作からインスパイアされたような所は見当たらない、と思う。 p42 絵描き君(Mr. Artist)♠️語り手は画家の名前Faulknerを使わず、一貫してMr. Artistと呼んでいる。 p43 名誉にかけて言明する(upon his honor)♠️語り手は「若い連中が口にしたがる阿保くさい言い回し」と思っている。 p44 我が愛しの人(the sweet, darling girl) p46 反対尋問(cross-examination) p47 顔色も少々赤ら顔に(her complexion is a shade or two redder)♠️ここら辺の文章から、話し手が語っている時より、少なくとも十年以上昔の出来事。この表現(a shade or two redder)を知らなかったので、Web検索すると結構見つかった。ディケンズも使っているし、現代文でも使っている。redderではなくlighter, darker, deeperという用例もある。a shade(ごく僅か) or two shade… という事なのだろう。人の顔色とか髪の色に使うようだ。 p56 五百ポンド・イングランド銀行券(a five-hundred-pound note)♠️1800年の話、と仮定すると英国消費者物価指数基準1800/2022(89.25倍)で£1=13926円。 p61 私の事務所の給仕(my boy)♠️14歳、と言っている。時代は違うがハメットもピンカートン社の雑用係として14歳で入社している。 p66 熱燗のラム酒と水(hot rum-and-water)♠️「熱燗のラム酒水割り」 p66 パイ屋(tart-shop) p69 一房の髪(a lock of hair)♠️ヴィクトリア朝の人々は死者の髪を記念品にしていたらしい。 (2022-3-16記載; 2022-3-19若干修正) ********** (3) The Angler's Story of The Lady of Glenwith Grange (初出: 短篇集1859) ❶-4「グレンウッズ館の女主人」 ********** (4) Brother Owen's Story of The Black Cottage (初出Harper’s New Monthly Magazine 1857-2 as 'The Siege of the Black Cottage' uncredited) ❷-1「黒い小屋」 短篇集❷The Queen of Heartの趣向は三兄弟(Owen, Morgan, Griffith)が滞在中の親友の娘に語る面白い物語(訳者あとがきに詳しい解説あり)。 ********** (5) Brother Griffith's Story of The Family Secret (初出The National Magazine 1856-11 as 'Uncle George; or, the Family Mystery') ❷-2「家族の秘密」 ********** (6) Brother Morgan's Story of The Dream Woman (初出Household Words 1855-12 [Extra Christmas Number] as 'The Ostler' uncredited) ❷-3「夢の女」: 評価7点 初出時には'The Holly Tree Inn' 全七話の第二話として発表されたもの。構成は、第一話 The Guest (ディケンズ作)、第二話 <本作>、第三話 The Boots (ディケンズ作)、第四話 The Landlord (William Howitt作)、第五話 The Barmaid (Adelaide Anne Procter作)、第六話 The Poor Pensioner (Harriet Parr作)、第七話 The Bill (ディケンズ作)というもので、ある宿屋に関わる人々についての物語、という枠組みのようだ。これも初出時には作者名は記されていない。 本作は1873年のコリンズ米国旅行の際に拡充され、短篇集”The Frozen Deep and Other Stories”(Bentley1874)に’The Dream Woman: A Mystery, in Four Narratives’として発表された。四人が語る形式となったが、この版の翻訳は無いようだ。(ざっと英文を斜め読みしたが、付加要素が多くて元の作品よりかなり落ちる感じ。まあちゃんと読んでないので確かでは無いが…) 初出の語り手は、恋人と別れ、絶望のうちに米国に渡る前に立ち寄ったThe Holly Tree Innの客(若い男)、という設定。短篇集バージョンの老医者の若い頃の話、というのと異なる。初出バージョンでは本短篇集のp211「年取った男が敷き藁の上で眠っていた」あたりから始まっている。(その後には大きな違いなし) 翻訳は『ゴーリーが愛する怪談』の柴田訳がずっと良い。 p219 差し錠やかんぬきや鉄被いの付いた鎧戸(the bolts, bars and iron-sheathed shutters)◆柴田訳「閂、横木、鉄製の鎧戸」、かんぬきのイメージは元の意味はbarだろうが、現在ではboltっぽい気がする。差し錠の一般的イメージはWeb検索では見当たらなかった(boltの訳、という説あり)。barは金属の場合もあるので「横木」はちょっと気になるが… p234 九ペンス(ninepence)◆初出版では発表時の一、二年前くらいの話。短篇集版では話を聞いた時点でも数年前、語っている老医師が駆け出しの頃に聞いたという設定なので、少なくとも三十年前くらいか。英国消費者物価指数基準1850/2022だと143.44倍、同1830/2022なら121.70倍なので、前者22381円、後者18989円。9ペンスはそれぞれ839円、712円。 (2022-3-19記載) ********** (7) Brother Griffith's Story of The Biter Bit (初出The Atlantic Monthly 1858-4 as 'Who is the Thief?' uncredited)「探偵志願」 ********** (8) A Mad Marriage (初出All the Year Round 1874-10 as ‘A Fatal Fortune’)「狂気の結婚」 短篇集 “Miss or Mrs? and Other Stories in Outline”の第2版(Chatto & Windus 1875)から追加収録された。(初版はBentley 1873) |
No.383 | 6点 | 憑かれた鏡 エドワード・ゴーリーが愛する12の怪談- アンソロジー(海外編集者) | 2022/03/13 09:07 |
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1959年出版。画家ゴーリーが選んで各篇に挿絵1枚をつけたアンソロジー。まあセレクションは、柴田さんがいうように、ヒネリのない直球で、購入したのも「柴田訳で読んだらどうなる?」という興味。でも全部が柴田訳ではなかった。まあ柴田さん監修なので似たようなものかな。読んでみると、柴田さんの翻訳は、やや硬めの印象。本書の中では、宮本 朋子さんの文章がとても良い。
文庫の表紙絵は、原著のダストカバー裏側の絵。この絵のほうが良いが、原著の表側の絵も何処かに収録して欲しかったなあ。表と裏のセットで鏡の世界を通り抜ける趣向となっているのだろう、と思う。文庫p6にタイトル絵があり、ゴーリーは本書のために作品15枚を提供しているようだ。(他にもあるのかも。未確認。) 各篇の初出データが全然無かったので、WEBで調査して付け加えました。発表年って重要だと思うのですが… (1) The Empty House by Algernon Blackwood (短篇集1906)「空き家」アルジャーノン・ブラックウッド、小山 太一 訳: 評価6点 『秘書綺譚 ブラックウッド幻想怪奇傑作集』南條訳が素晴らし過ぎるのか。この女性の感じだとあんまり楽しくない。 イラスト7点 (2022-3-13記載) ********** (2) August Heat by W. F. Harvey (短篇集1910)「八月の炎暑」W・F・ハーヴィ、宮本 朋子 訳: 評価6点 『怪奇小説傑作集1』平井訳のキズをカバーしている良訳。まあ作品自体が物足りないので、この点数。 イラスト6点 (2022-3-13記載) ********** (3) The Signalman by Charles Dickens (初出All the Year Round 1866 Christmas Extra as ‘No.1 Branch Line. The Signalman’)「信号手」チャールズ・ディケンズ、柴田 元幸 訳: 評価6点 辻褄が合ってるような、合ってないような怪異、というのは大好きだが、語り手と信号手の距離感の方が私には興味深かった。 初出を調べると、お馴染みのクリスマス連作で、ディケンズが枠を作り、他の作家がエピソードを埋める形式。タイトル“Mugby Junction”の第四話。今回の趣向は、人生に絶望した50歳の主人公を中心にした鉄道駅Mugby Junctionに関わる人々の物語。 本作の語り手「私」は、この50歳の主人公ジャクソンのようだ(初出でも第一話から第二話は三人称、第三話は少年(駅のボーイ)の一人称となっているが、第四話の一人称の話者は紹介されていない)。「生涯ずっと自分の狭い世界に閉じ込められて(p50)」というのは、主人公は自分の会社Barbox商会でずっと仕事をしていたが、思い切って会社をたたんで鉄道の旅をしている、という設定に基づくものなのだろう。 最近コリンズを読んでいるが、コリンズ絡みでディケンズ主催の連作を数作読んだ印象では、ディケンズには詩的なファンタジーが文中に突然現れる、という印象。本作でも「いくつもの手や頭がこんがらがっているのが(p60)」なんてどんな場面なのか全然わかりませんでした… (原文はwhat looked like a confusion of hands and heads) イラスト7点 (2022-3-19記載) ********** (4)「豪州からの客」L・P・ハートリー、小山 太一 訳 (5)「十三本目の木」R・H・モールデン、宮本 朋子 訳 (6)「死体泥棒」R・L・スティーヴンソン、柴田 元幸 訳 (7)「大理石の躯」E・ネズビット、宮本 朋子 訳 (8)「判事の家」ブラム・ストーカー、小山 太一 訳 (9)「亡霊の影」トム・フッド、小山 太一 訳 ********** (10) The Monkey’s Paw by W. W. Jacobs (初出Harper’s Monthly Magazine 1902-9 挿絵Maurice Greiffenhagen)「猿の手」W・W・ジェイコブス、柴田 元幸 訳: 評価6点 『怪奇小説傑作集1』平井訳と比べるのは申し訳ないが、堅い感じ。 イラスト7点 (2022-3-13記載) ********** (11) The Dream Woman by Wilkie Collins (初出Household Words 1855-12 [Extra Christmas Number] as 'The Ostler', second part of 'The Holly Tree Inn' by Charles Dickens)「夢の女」ウィルキー・コリンズ、柴田 元幸 訳: 評価8点 登場人物の感じがとても良い。小説だねえ。さらに引き伸ばしたバージョンがあるらしいが、このシンプルさを越えられないのでは? イラスト5点 (2022-3-13記載) ********** (12) Casting the Runes by M. R. James (短篇集1911)「古代文字の秘宝」M・R・ジェイムズ、宮本 朋子 訳: 評価7点 ラストはともかく、日常描写が良い。ご婦人をさりげなく物語に絡ませるのが上手。 p319 一八八九年九月十八日♣️数年前のこと、としか書かれていないので作中現在は不明。 p337 コンパートメントへとさりげなく移動♣️この記述から通路付きの客車(Corridor coach)だとわかる。だが英国初登場は1900年代初頭、としかわからない。 イラスト6点 (2022-3-13記載) |
No.382 | 6点 | 青銅ランプの呪- カーター・ディクスン | 2022/03/06 12:34 |
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1945年出版。創元文庫(1983年初版)で読了。翻訳は堅実に見えますが、細かく検討してみるとちょっと不安定な感じ。補っている言葉が多いのですが、ややピント外れに感じるところがありました。
JDC/CDお気に入りの作品。(なんかのインタビューだかで挙げていたんだっけか?) ある意味、意外性のある作品に仕上がっています。破天荒さが不足なので私はちょっと不満ですが、それでもなんだか満足しちゃいました。『欺かるるなかれ』と同様、出鱈目預言者への嫌悪感が著しい(あっしまった、「予言者」ね。田川建三先生に怒られちゃう… 高島俊雄さんならどっちでも同じだよ、と言うと思うけど)。私もこの手の予言や神や霊を利用した金の亡者どもは大嫌い。信じちゃう人がいるから悪いんだけどね。 当時の英国人の日常生活に根ざした事柄が手がかりの一つになっていますが、まあそこはちょっと補強されてるのでギリギリ合格でしょうか(下記p409参照)。 以下トリビア。 英国消費者物価指数基準1935/2022(75.78倍)で£1=11824円。米国消費者物価指数基準1935/2022(20.52倍)で$1=2340円。 作中現在はp10, p353から冒頭のシーンは1935年4月10日。(ただしp59に明白な矛盾あり) p7 カイロのコンティネンタル-サボイ・ホテル(Continental-Savoy Hotel)♣️1860年代建設のThe Grand Continental Hotelのこと。 p7 十年前の…暖かな四月のある日の午後(on a brilliant warm April afternoon, ten years ago) p10 一九三四年から一九三五年にかけて… 世界じゅうの目が集まっていた♣️ここら辺の記述を整理して推測すると、発掘事業は1933年10月に始まり、1934年5月までに数多くの財宝を発掘、1934年12月に教授が蠍に刺された、という流れ。作中現在は1935年4月だと思われる。 p15 あのくそいまいましいノエル・カワードの戯曲(a bloody Noel Coward play) p27 五十ピアストル(Fifty piastres)♣️タクシー代、「もう少しで10シリング(nearly ten bob)」(p28)とH.M.は言っている。10シリング=5912円。当時(1935年)の為替レートで1ピアストル(1/100エジプト・ポンド)=$0.0502=£0.0102、50ピアストルなら£0.510=10.2シリング。翻訳は「ほぼ10シリング」が正しいのかな? p31 イギリスの五ポンド紙幣(an English five-pound note)♣️当時の英国五ポンド紙幣は片面だけ印刷された白黒のWhite noteでサイズ211x133mm、卿にとってはやりがいのある大きさだったろう。両面が印刷された紙幣(最初のサイズは158x90mm)に変わるのは1957年から。 p33 雑誌<ラズル>(a copy of Razzle)♣️当時1シリングの英国アダルト雑誌のようだ。 p49 六万ドル p57 ウォルポール… ラドクリフ夫人… “モンク”リュイス p57 ジェーン・オースティンの書いたささやかな風刺小説(Miss Austen's gentle satire)♣️『ノーザンガー・アビー』のことだろう。昔はオースティンの作品大嫌い(『曲がった蝶番』)と書いてたJDC/CDだが、この作品は読んだようだ。ここは「上質なパロディ」という趣旨だろうか。 p59 四月二十七日木曜日(Thursday the twenty-seventh of April)♣️この日付と曜日なら1933年か1939年が該当。まあp10の記述があるので1935年としておこう。1935年4月27日は土曜日だが… なお、同時期には『一角獣』事件でH.M.はフランスにいたはず、という説がある。(詳細に検討していません) p59 出入口には緑色の羅紗を貼ったドア(a green-baize door) p61 登場人物の内なる声を表現するJDC/CDが良くやるこの手法は、原文でもカッコ付き。 p70 車体が長く… 重心が低いライリー(Riley)… クーペの一種(one of those coupes) ♣️12/6または14/6 Riley Ascotか。値段は350ポンド程度。 p78 soignée(ソワニエ) p80 一万何千ドル p114 セミラミス・ホテル(Semiramis Hotel)♣️架空のホテル名。A・E・W・メイスンの作品(1917)ならストランド街の超一流ホテルだったHotel Cecil(1896-1930)がモデル。メイスン好きのJDC/CDだから、きっと意識した採用だと思う(p129の描写もそれっぽい)。なおエジプト、カイロには同名のホテルが実在していた(1907-1976)。 p119 グロスターのベル・ホテル(The Bell at Gloucester)♣️実在の由緒あるcoaching innのことか。 p120 <幽霊の間>the Haunted Room p129 そうぞうしくてむやみに明るいセミラミス・ホテルは、宵闇のテムズ河畔の街灯の列を見おろす位置にあった(The Semiramis Hotel, noisy and glaring, overlooking the lamps of the Embankment in the twilight) p130 今日は木曜日♣️念を押しているので、曜日は間違っていないのだろう。じゃあ日付が違うのか? p134 熱帯地用の白のディナー・ジャケット(a white tropical dinner-jacket) p142 ゴシック・ロマンのコレクション… 『ユドルフォの秘密』(The Mysteries of Udolpho)… 『イギリスの老男爵』(The Old English Baron)… 『吸血鬼』(The Vampyre, a Tale by Lord Byron) p151 それから三日後の四月十三日は日曜日だったが…(It was three days later, early on the morning of Sunday, April thirtieth)♣️翻訳者の勘違い。「4月30日」ですね。一瞬JDC/CDがまたやらかした!と思ってしまいました。次項p152(Sunday, April thirtieth)でも翻訳者は同じ過ちを繰り返しています。 p153 いつもの青いサージの制服のボタンをきっちり首のところまで止めていた(buttoned up in his usual blue serge)♣️マスターズ主席警部の服装だが「制服」とは思えない。「背広」のボタンをきっちりかけている、という意味では? p157 そういうふうにはなりえんのじゃよ(It couldn't be right !)♣️翻訳が微妙。試訳「それが正解であるはずがないのじゃ!」まあどっちもどっちですね。 p174 たったひとつの難点は、そういうことは絶対に起こりえんということなのじゃ(The only trouble is, it won't work)♣️同上。試訳「たったひとつ難点がある。その手は効かんのじゃ」こちらは試訳の方がずっと良いと思います… p174 H・Mの車♣️車種不明。 p192 品のない声(rather a common voice) p207 サイズは4くらい(size about fours)♣️英国レディース靴サイズ4は日本サイズ22.5cm相当。 p219 オードリーのおチビさん(Little Audrey)♣️ここには関係が無いかも知れないが、Little Audreyは第一次大戦時ごろに遡る残酷なジョークの主人公。酷い事件が起きてもオチはBut Li'l Audrey just laughed and laughed。英Wiki “Little Audrey”参照。 p240 赤のベントレー(the red Bentley) p244 サマーセット地方の訛り… “故障”が“ごしょう”に(in the speech of Somerset, 'order’ becomes 'arder')♣️英Wiki “West Country English”参照。 p245 赤いベントレーのふたり乗りの車… ラジエーターのキャップにマーキュリーの彫像(a red Bentley two-seater… with a Mercury figure on the radiator cap)♣️Bentley 3½ Litreだろう。値段は最低でも1400ポンド以上らしい。ベントレーのマスコット Flying B は1933年以降 Charles Sykesデザインの二代目に変わった。(初代はF. Gordon Crosbyデザインのようだ) p253 レインコートとトップコートが組み合わせになった形(a combination raincoat and topcoat)♣️レインコート兼用のオーバーコート、という意味か。 p261 いったいあの男に何が起こった(What happened to this bounder?)♣️bounderは軽蔑的に「奴」という意味らしい。誰のことを指している? 試訳「いったい彼奴に何が起こった」 p261 そして、わしが仮にあれを証明できたとしても、それではたしてすべてが解決するか?(And will it upset the whole apple-cart if I show…)♣️ここも微妙だなあ。試訳「これは全てをひっくり返す事になるのか?もしわしの考えが…」 p276 一撃を加えるためにまっしぐらに前進(headin' for a smash) p301 ここ、物音のとだえしところ… (Here, where the world is quiet,/Here, where all trouble seems/Dead winds and spent waves riot./In doubtful dreams of dreams)♣️この詩はAlgernon Charles Swinburne作 “The Garden of Proserpine”(1866)から。続く詩も同じ出典。 p343 先生(Maestro) p353 四月十一日(eleventh of April)♣️この日は冒頭の場面の翌日(p24)、したがって冒頭の場面は4月10日となる。 p401 ここはアンフェア p409 ここも微妙にアンフェアだなあ。この頁最初のはまあ良いとして、二番目のは前振りが全然無いからねえ。 p411 なんなら、五ポンドかけてもいい(Yes, for a fiver !)♣️賭博好きの英国人。 |
No.381 | 9点 | 新アラビア夜話- ロバート・ルイス・スティーヴンソン | 2022/02/27 20:32 |
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光文社古典新訳文庫(2007)で読了。原本New Arabian Nights(1882)二巻本のVolume 1の翻訳。初出は週刊誌The London Magazine 1878-6-8〜10-26(18回分載, 途中3回の休載あり)。家のどこかに講談社文庫(自殺クラブ)があるはずですが、南條ファンなので新訳を見つけて思わず即買いしちゃいました。
最初の「クリームタルト」で心を鷲掴みにされ、これは非常に素晴らしい!と感動したけれど、そこが頂点。続きも良いのは間違いないのですが、割と普通の感じ。でも本連作は読むに値する!これぞ古典!という気持ちを込めて評価点は9点としました。なおVolume 2は全く別の話なので、あんまり気にする必要はありません。 ついでにフロリゼル王子の元ネタ、シェークスピア『冬物語』(1611)も読んじゃいました。まだ河合訳が出てないので、グーテンベルク21の大山 敏子 訳(1977)で。王子の若き頃が出て来て面白い。物語もほどよくメチャクチャで意外な展開あり、最後は演劇的に見事に終わります。(ミステリの祭典に登録しようかな?と思ったけど、流石に無いわ〜でやめておきました。 『冬物語』を読んで、ああ、これならシャーロック「ボヘミア」に出てくるのはやっぱりフロリゼル王子の後年の姿だったんだ〜と確信。ドイルもそのつもりで書いてると思いました。 さて、本書の各編では、全般的に気弱な若者が振りまわされる話が多い。物語の間に入る偽アラビア風味が、この物語はファンタジーなんだよ、と陰惨なネタを軽くする効果をあげています。大人向けちょいエロのアラビアン・ナイトを読んでるとなお面白い。作者が狙った効果もそういうところにあると思いました。(特に第二話、第四話) さてトリビア。後で充実させる予定ですが、とりあえず作中年代について。 大きなヒントは途中にいきなり出てくるガボリオ。 英国で流行ったのは早くても1870年代後半(書籍としては1881年以降。出版社Vizetellyのキャッチフレーズは「ビスマルク王子のお気に入り」)。米国の方が翻訳出版は早いようです(書籍としては1871年以降)。そしてなんと本作連載の直前にThe London Magazineがガボリオ作『オルシバルの犯罪』(仏国連載1866-1867。本サイトでは『湖畔の悲劇』で登録)を連載しています(1877-9-12〜1878-6-1。一説にはスティーブンスンも翻訳に関わってるとか… 本当かなあ?)。 なので作中年代は本書発表とほぼ同時代と言って良いでしょう。 価値換算は英国消費者物価指数基準1878/2022(126.83倍)で£1=19789円。 作中人物が「年収300ポンド」(=約600万円)と言っていますが、これはちゃんとした紳士の収入としては最低ランクなのではないでしょうか。従者も雇えないのでは? I)”The Suicide Club” (1) Story of the Young Man with the Cream Tarts (2) Story of the Physician and the Saratoga Trunk (3) The Adventure of the Hansom Cabs ii)”The Rajah’s Diamond” (4) Story of the Bandbox (5) Story of the Young Man in Holy Orders (6) Story of the House with the Green Blinds (7) The Adventure of Prince Florizel and a Detective |
No.380 | 5点 | 世界推理短編傑作集6- アンソロジー(国内編集者) | 2022/02/27 03:52 |
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残念ながら全く目新しさのないセレクション。新訳は(1)(7)(8)(12)かな?
私はバティニョールの新訳とプリンス・ザレスキー目当て(ハメット繋がり)で購入しましたが… 読んだら徐々に評価を追記していきます。 (1) Mémoires d’un agent de la Sureté : Le petit vieux des Batignolles (初出Le Petit Journal 1870-7-7〜7-19(13回) as by J.-B.-Casimir Godeuil)「バティニョールの老人」エミール・ガボリオ, 太田 浩一 訳: 評価7点 詳しいことは単独登録のガボリオ「バティニョールの爺さん」で評価していますので参考願います。作品の由来に面白いネタがあるのに、戸川さんは全然注目していない。次のEQの101 Entertainmentのノンブルの件なんてどうでも良いので、こっちの話を取り上げて欲しかったなあ! 何故か本作は初出時にガボリオ作として発表されていない。本書にも再録されている前説の通りゴドゥイユという謎の男の持ち込み原稿で実録、という設定で新聞に掲載された。連載の初回1870-7-7号には編集長が毎日書いてる新聞の「編集口上」を全部使ってゴドゥイユの原稿がいかに届いてプチ・ジュルナルがいかに熱心に彼を探したか(ここ迄は本書の前説と同じ。今回思いついて探すとプチ・ジュルナルの7月3日から6日まで念のいったことに「ゴドゥイユがやっと見つかった!驚くべき作品は近日公開!」という偽の自社宣伝を載せている)、そして前説には続きがあって、ゴドゥイユ作の本シリーズ(初出時には「パリ警察本部の一員の回想」というシリーズが始まるよ!」という設定だった)はバルザックの言う100年ごとのパリ年代記の新版で、パリの表も裏も描き出すのだ!現代のタブロー・ド・パリ(メルシエ作)だ!パリの秘密(シュー作)だ!と鼻息が荒い。続くタイトルも一部予告されていて、Un Tripot clandesitn(非合法の賭場)--Disparu(消えた)--Le Portefeuille rouge(赤い財布)--La Mie de pain(パンくず)--Les Diamants d'une femme honnête(正直な女のダイヤ)--La Cachette(隠し場所)という短篇が掲載されるはずだった。でもちょうどバティニョールが終わる7-19にある出来事が発生して、続きは無期延期になっちゃった。普仏戦争が始まったのだ。 戦争が始まったのでガボリオは7月24日から、今度は実名でプチ・ジュルナルに戦争小説(La route de Berlin ベルリンへの道、単行本(1878死後出版)タイトルはLe capitaine Coutanceau)を連載することになる。 何故ガボリオはプチ・ジュルナルというホームグラウンド(ルルージュ以外の代表作は大抵ここで連載している)に変名で短篇連作を発表することにしたのか?新聞としても宣伝効果から言えばガボリオ名を使った方が良いはず。事実、戦争小説の方はガボリオが書くよ!明日には始まるよ!と一週間連続くらいで新聞のトップで宣伝している。ゴドゥイユの連載途中で「実はガボリオでした!」と発表するつもりだったのか?それとも実話ものの方が売れると思ったのか?とても興味深いと思う。 (以下、2022-2-28追記) ガボリオが最後のルコックものを書いたのは1868年。作者はスーパー探偵の絵空事に限界を感じて、リアルな捜査をドキュメンタリー・タッチで書きたくなったのかも。 p21 賄いつき、家具つきの部屋で、月30フラン… いまなら優に100フラン♠️訳注で「30フランは約3万円」とある。消費者物価指数に基づく私の概算では、当時の1フラン=約500円なので1万5000円程度。訳注での価値換算はあまり見たことがないので本訳のチャレンジを評価するが、当時の家賃は現代感覚からすると非常に安い印象がある。なので自説のほうが適当だろうと思う。(換算の詳細は「バティニョールの爺さん」書評で) p33 夕刊紙の<ラ・パトリ>(un journal du soir, la Patrie)♠️1841創刊の新聞。基調は第二帝政支持のようだ。 p42 パグのような黒い小型犬(une espèce de roquet noir)♠️この犬、別のところでは「スピッツ…馬車の車掌が飼ってたような(p51)」と言われている。犬種が全然違うのだが、パグは護衛犬には向かないらしいから、こっち(一回見ただけの人の感想)が違うのだろう。 p46 よくアンテノールって呼ばれてました。以前、商売の関係で、よくそっちの名前を使っていたみたい(le nom d'Anténor, qu'il avait pris autrefois, comme étant plus en rapport avec son commerce)♠️この人は美容師をやっていたので、その関係なのか?それとも全然違う商売なのか?Anténorをあらためて調べたが、よくわからなかった。 p49 十万フラン♠️p21の本書の換算だと1億円、私の説だと5000万円。後者くらいでちょうど良いのでは? p51 プリュトン(Pluton)♠️冥府の王。別名ハデス。英語ならプルート。 p68 モリエールだって、使用人の意見を聞いた(Molière consultait bien sa servante) p70 二十フランの買物♠️p21の本書の換算だと2万円、私の説だと1万円。後者くらいでちょうど良いのでは?(しつこいよ!) p78 乗合馬車(l'omnibus) p84 七階の家政婦の部屋(la chambre de notre bonne au sixième)♠️店舗や自室は一階にある感じなので、どういう構造なんだろう。使用人の部屋はアパートの上階部分に集められているのか。 (2022-2-27記載; 2022-2-28追記トリビア部分) ********** (2)「ディキンスン夫人の謎」ニコラス・カーター, 宮脇 孝雄 訳 光文社文庫『クイーンの定員1』収録のものと同じ。 ********** (3) The Stone of the Edmundsbury Monks by M. P. Shiel (短篇集1895)「エドマンズベリー僧院の宝石」M・P・シール, 中村 能三 訳(注釈協力 松原 正明): 評価4点 プリンス・ザレスキーもの。 衒学って、つまんないんだよ。独りよがりの最たるもの。まあ本人は楽しいんだろうけどねえ。(←お前も銃が出てきたら調子に乗るよなあ?) 語り口はまあまあ面白いけど、疲れる。アイディアは無茶苦茶(一部褒め言葉)。この妄想力を活かせれば良い作品が書ける作家なのかもしれない。ハメット「クッフィニャル島の襲撃」でオプが読んでた小説がシール作の長篇だったので、シールを読みたくなったのですが、創元『ザレスキーの事件簿』が入手困難で、私のタイミング的には本作が本アンソロジーに収録されていて良かった。 訳注は力が入っていて、多分、創元『ザレスキーの事件簿』よりも充実してるのでは?(未確認、当時からこのレベルだったのかも) (2022-2-27記載) ********** (4)「仮装芝居」E・W・ホーナング, 浅倉 久志 訳 光文社文庫『クイーンの定員1』収録のもの(タイトルは『ラッフルズと紫のダイヤ』)と同じ。 ラッフルズもの。もちろん翻訳は論創社のものよりはるかに正確だが、話のムードとか、バニーのいたいけな感じは論創社の翻訳の方がずっと良い。誰か論創社のムードで正しい翻訳を出してくれないかなあ。 ********** (5)「ジョコンダの微笑」オルダス・ハックスリー, 宇野 利泰 訳 ********** (6)「雨の殺人者」レイモンド・チャンドラー, 稲葉 明雄 訳 ********** (7)「身代金」パール・S・バック, 柳沢 伸洋 訳 ********** (8)「メグレのパイプ」ジョルジュ・シムノン, 平岡 敦 訳 ********** (9)「戦術の演習」イーヴリン・ウォー, 大庭 忠男 訳 ********** (10)「九マイルは遠すぎる」ハリイ・ケメルマン, 永井 淳 訳 ********** (11)「緋の接吻」E・S・ガードナー, 池 央耿 訳 ペリー・メイスンもの。 ********** (12) The 51st Sealed Room: or, The MWA Murder (初出EQMM 1951-10)「五十一番目の密室またはMWAの殺人」ロバート・アーサー, 深町 眞理子 訳: 評価6点 内輪受けのネタも弱くて、密室の謎もうーん…で、傑作というには程遠い作品だと思いました。乱歩先生の趣味とも違うような気がする。 意外だったのは作者のプロフィール。フィリピン生まれ、というからフィリピン系だと思ったら、Wikiで確認すると米国軍人だった父の任地の関係でたまたまフィリピンで生まれただけのようだ。フィリピンというとチャンドラーで知った洒落者のイメージ。ちょっと誤解してしまいました。 (2022-2-28記載) ********** (13)「死者の靴」マイケル・イネス, 大久保 康雄 訳 |
No.379 | 6点 | 茶色の服の男- アガサ・クリスティー | 2022/02/23 21:48 |
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1924年8月出版。初出は夕刊紙The Evening News [London]1923-11-29〜1924-1-28(50回、連載タイトルAnne the Adventurous) 早川クリスティー文庫(2017年10月二刷)で読了。深町さんの訳は非常に安心して読めます。文庫のカヴァー絵は谷口ジロー。
ベルチャーの帝国博覧会1924キャンペーンに随行して、1922年1月から世界旅行に出たアガサとアーチー(三歳のロザリンドは姉マッジに預けた)、10カ月後、すっからかんになって英国に戻ってきます。でも帰って来て書いたこの作品の連載権が500ポンド(=約432万円)で売れ、アーチーも良い仕事を見つけ、一家の経済状態はたちまち向上します。アガサさんは人生で最も嬉しかった二つのうち一つ、自分の車グレーのMorris Cowleyを購入して大喜び。(『自伝』のこのあたり(第五部から第六部)はとても楽しい。ただし本書のネタバレ有りなので『茶色の服』読了後に読むことをお勧めします。本書解説もここら辺に触れているので読まないのが良いですね) 若い女性一人称の冒険物語。(途中に挟まれてるサー・ユースタスの手記がだれる) 所々に世界旅行の実体験が顔を出しています。特に船旅の所が良い。でも全体の構成に難ありで、行き当たりばったりなところもありますが、全篇に漂う楽しそうな雰囲気とロマンスたっぷりなところが初期アガサさんの味です。 なおBill Peschelの注解本が出ています。The Complete, Annotated Man in the Brown Suit(2022)、アガサさんの知られる限りでは最も早い、雑誌に掲載された短篇 The Wife of Kenite (Home[Austrarian Magazine] 1922-9)や帝国博覧会1924キャンペーンの新聞記事、アガサさんを探偵小説作家として紹介した記事やインタビュー1922-5-20(アガサさんはマリー・コレッリに会ったことがあるようだ)、当時の本書の書評(これはとても興味深い)、表紙絵ギャラリー(初版の絵が本当に酷い)、当時の南アフリカ情勢についての独自エッセイなども収録されていて、iBookで400円ほど。ハヤカワや創元は新訳を出すなら、こーゆー注釈盛りだくさんなのを翻訳してくれれば良いのに、と思います。なおPeschel版アガサ注解長篇は今のところ『チムニーズ』(1925)まで出ています。 以下トリビア。原文は上記Peschel版を参照。PBはPeschel版からのネタ。 作中時間は1922年1月(p89)と明記。 献辞はTo E. A. B./ IN MEMORY OF A JOURNEY, SOME/ LION STORIES AND A REQUEST THAT/ I SHOULD SOME DAY WRITE THE/ “MYSTERY OF THE MILL HOUSE” 上記世界旅行の要人ベルチャー(Ernest Albert Belcher(1871–1949))に捧げられています。強引タイプのこの人に、探偵小説(タイトルもベルチャーが提案した『ミル・ハウスの怪事件』となる予定だった)に俺を登場させろ、とせがまれ根負けしたアガサさん、サー・ユースタスの登場となりました。 価値換算は英国消費者物価指数基準1922/2022(60.55倍)で£1=9448円。 p13 一月よ、ああ、呪われたる霧の月よ!(January, a detestable foggy month!)◆何かの引用か?と思ったら全然見つからない。調べつかず。 p20 旧石器時代 p22 デイリー・バジェット(Daily Budget)◆[BP]多分Daily Mailのこと。 p24 映画館もあって、週がわりで連続活劇の「パメラの危機』を(There was the cinema too, with a weekly episode of “The Perils of Pamela“)◆パール・ホワイトみたいなのか。当時の映画情報と言えば淀長さんだなあ。 p25 ガス会社からの通告(notice from the Gas Company) p33 ティンブクトゥー(Timbuctoo) p35 全財産(£87 17s. 4d.) p40 耳を出す髪型は時代遅れ(ears are démodé nowadays) p40 スペイン女王の脚(Queen of Spain’s legs)◆存在してるが口にしてはいけないものの喩え。 p43 牛乳◆毎日、宅配されていたなんて、今考えるとかなりの贅沢だよね。 p45 一月八日 p45 年25ポンド◆通いの家政婦の給金(多分最低ランクの提示額) p45 駅プラットホームの探検◆無意味な行動だが、なんかわかる。 p46 役人ならばあんなあごひげは生やさない p53 家具什器別で賃貸 p74 『紳士録』、『ホイッティカー年鑑』、ある『地名辞典』、『スコットランド貴族故地・古城史』、『イギリス諸島誌』(Who’s Who, Whitaker, a Gazetteer, a History of Scotch Ancestral Homes, … British Isles)◆参考資料。[BP]Who’s Whoは1849年から英国で発行されている年鑑。Whitakerは1868年から刊行。その他は特定できず。 p91 一等87ポンド◆ケープタウンまでの船賃。 p92 ブリッジ… 普通の三番勝負 p92 夏はイギリスで、冬はリヴィエラで過ごす p99 二ペンスの切手◆帝国内なら海外への手紙は1オンスまで何処でも2ペンスだった。(1921-6-13〜1922-5-28) p105 船酔い p107 五ポンド札五枚 p109 ビスケー湾 p119 D 13号 p124 シャッフルボード(shovelboard)◆[BP]英国の言い方らしい。 p128 零時を告げる八点鐘 p129 二点鐘 p141 ビーフティー◆牛肉を水で煮出したダシ汁のこと。お茶成分は無し。商品名「ボブリル(Bovril)」 p144 殿方はラテン語が得意 p145 イタリア人の道の教え方 p147 クリッペン p151 体にこたえる競技… “ブラザー・ビル”や“ボルスター・バー”(painful sports of “Brother Bill” and Bolster Bar)◆客船のレクリエーション。[BP] ボルスター・バーはA fighting game in which players sit astride a log and attack each other with pillows until one falls offで、ブラザー・ビルは不明。 p156「上段寝台」(The Upper Berth)◆有名な幽霊小説(1886)、F. Marion Crawford作の短篇。 p167 オセロとデズデモーナ p168 ここら辺のライオン話が献辞に出てくるやつ? p173 十万ポンド p180 華麗なキモノ(loveliest kimonos) p181 ホイスト… 15ポンド◆金額を考えると結構な勝ち。 p182 シューザン(Suzanne)◆違和感あるけど某Tubeで耳で聞くと「シュザン」(アクセントは「ザン」に)、が近い?でもシュザンヌで良かったような気もする。 p209 イタリアでは列車がよく遅れる◆ムッソリーニのお陰で鉄道は正確だ、と言う話を思い出した。何故なら時計を誤魔化すから、というのがオチだったはず。 p248 サーフィン◆アガサさんは南アフリカでサーフィンを覚え、ハワイではサーフィンをしまくった、と自伝で書いている。 p251 映画館の六ペンスの席… 二ペンスのミルクチョコレート p298 ミス・アン(Miss Anne)◆男性が「ミス+名前」と呼ぶ時は「ミス+苗字」よりも親しくなったことを示す(だがすっかり近しいわけではない)。BPにそんなことが書いてありました。注釈者は現代の米国人なので完全には信用してませんが、はあ成程、と思ってしまった(確かにある登場人物が途中で呼び方を変えている)。ただし英国の伝統的ルールでは「ミス+苗字」はその苗字の年長未婚婦人を指してしまうので、次女や三女には最初から「ミス+名前」呼びだったような気もする。 p306 背が高く、細身で、肌の浅黒い男(long, lean, brown men)◆tall, dark manのdarkが髪の毛なら、ここのbrownも茶色の髪か? p311 木彫りの動物 p312 三ペンス◆ローデシアの通貨1ティキ(tiki)に相当するらしい。 p328 聖書に“イエスのために自分の命を失ったものは、それを自分のものとする”(Like what the Bible says about losing your life and finding it)◆マタイ10:39(KJV)He that findeth his life shall lose it: and he that loseth his life for my sake shall find it.のことか。 p331 シェークスピアの台詞… 野心(ambition… by that sin fell the angels)◆ Henry VIIIから。 p340 ヴィクトリアの滝 p415 新案のゴムボール(the patent ball) p475 ようこそ、と蜘蛛が蠅に言いました(you walked into my parlour — said the spider to the fly)◆[BP]from the children’ poem “The Spider and the Fly” (1829) by Mary Howitt (1799-1888) p504 ノルウェー人のナース(Norland nurses)◆深町さまの珍しい誤訳。[BP] Norland is a training college for nannies. Emily Ward(1850-1930)が1892年に設立。ここ卒業の乳母が裕福な家庭には多いようだ。試訳「ノーランド卒の乳母」 p508 このところ精神分析に凝っている(goes in rather for psychoanalysis) |
No.378 | 6点 | 細工は流々- エリザベス・フェラーズ | 2022/02/23 04:27 |
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1940年出版。トビー&ジョージ第二作。翻訳は安心してすらすら読めます。
原題 Remove the bodies は「遺体を搬出せよ」という意味で良い? でも何だかピンと来ないタイトル。 私は作家の生い立ちとか伝記的な背景を過剰に読み込みがちなんですが、フェラーズさんは結構複雑な生育環境だったのでは?とよく知らないくせに妄想しています。なのでヴァネッサちゃんを取り巻く環境がとても興味深い作品でした。 キャラはみんな良く描けていて、実在人物のイメージを頭に置いているような感じ。 ミステリ的には全般的にモヤモヤして、評価点は高くない。トビーが素人探偵を可能とする条件は上手く整えてあるが、ジョージが便利すぎるチート・キャラなんだよね。やり過ぎるとバランスが崩れてしまう。 以下トリビア。原文入手出来ませんでした。 作中年代は「六月(p9)」で、p65及びp150から考えて1939年6月の事件であることはほぼ確実。 p12 十五ポンド◆英国消費者物価指数基準1939/2022(69.65倍)で£1=10867円。 p26 ハナスッキリ◆原文が気になる。 p37 大晦日なら… 幸運の使者◆ 英wiki “First-foot”参照。元日最初の客がtall, dark-haired maleならば幸運、と言う迷信がある。 p37 長身で色の黒い男◆tall, dark manならば「黒髪の」 p59 警察裁判所で… 色つきの紙◆前科の記録用紙。裁判官に被告が前科持ちであることを知らせる警察側のテクニックだったようだ。 p65 三ペンス半の切手◆Three halfpenceならば1½ペンスのこと(3×1/2)。当時(1923-5-14〜1940-4-30)の手紙の郵便料金(最低額、2オンスまで)。1940年5月から2½d(Two pence halfpenny)に値上がりしたので、作中時間はそれ以前だろう。 p90 精神分析… 一回の診療に3ギニー p90 銀行… 10時まで開かない◆営業時間10時-3時は英国でも同じ?Wikitionary “bankers’ hours”参照。1800年代からの伝統のようだ。 p95 探偵ごっこ p111 シベリウス p112 グラーシュ p120 五十フラン(およそ週2ポンド)◆1939年の金基準で£1=175フラン。一日50フランという意味ならピッタリ計算が合う。 p120 食費… 一日2シリング p129 ウッドバイン◆「訳注 キャンディの商標」とあるが、タバコじゃないかな?話の流れもキャンディだと変テコで、タバコだとしっくりくる。英Wiki “Woodbine”参照。1888年創業で古いパッケージ・デザインを1960年代まで使っていたようだ。 p133 年にたった350ポンドの収入 p134 掃除のおばさん… [フラットの]地下室に住んでる p139 シューマン p150 仕込むトリック… 推理小説で読んだことがある◆これは1938年出版のあの作品のことでしょうね。 p180 ファン・ゴッホの「ひまわり」の写真複製画 p186 離婚裁判で不利にならないように◆当時の離婚裁判は、申し立てた側が綺麗な身体じゃなければ却下されちゃうんじゃなかったかな。本書の場合は、妻側はオープンだったようだから、夫から妻の不貞を理由として訴えたのだろう。 p187 復活祭は10週間前◆1939年のイースターは4月9日。とすると作中時間は6月18日あたり。 p188 土曜は銀行が12時に閉まる p208 ポーカーダイス p237 アン女王◆Queen Anne is dead!は「もう知ってるよ」という意味のイディオム。 p244 フレンチクリケット◆「訳注 打者の両脚をゴールの柱に見立ててやる略式クリケット」英Wiki “French cricket”参照。簡単に言うと、打者をアウトにするのが目的の遊び。ウイケットは置かず、打者は一人だけ。フライキャッチかボールを打者の足に当てたらアウト。アウトになったら他のプレイヤーが打者となる。長く打席にいたプレイヤーが勝ち。ここでは二人で遊んでるから子供に打たせて大人はボールを投げるだけの遊びだったのだろう。 p248 グラナドスのスペイン舞曲集 p308 シャヴハーフペニー◆英Wiki “Shove ha'penny”参照。某Tubeも見たが訳注の「穴に入れる」は勘違いだと思う。 |
No.377 | 7点 | 秘書綺譚- アルジャナン・ブラックウッド | 2022/02/17 03:58 |
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2012年出版(光文社古典新訳文庫)。日本独自編集。南條竹則編・訳。南條さんの文章は大好きです。
ジム・ショートハウスもの全四作を全て収録。ブラックウッドは登場するキャラの肉付けが良いですね。すっとぼけた語り口も良い。湿度が低い感じ。 以下、初出は南條さんの丁寧な解説、FictionMags Index、ブログ『恐怖の黄金時代/怪奇三昧』ブックガイドを参照しました。カッコつき数字は本書収録順です。いつものように初出順に並べています。 ********** (2) A Case of Eavesdropping (初出The Pall Mall Magazine 1900-12 as “A Case of Eaves-Dropping” 挿絵Percy F. S. Spence)「壁に耳あり」: 評価6点 ジム・ショートハウスもの。 ジムはすでに40歳を超えていて、金持ちの娘と結婚して安逸に暮らしている。22歳ごろの貧乏時代を回想する、という設定。語り手は「僕」(ジムの友人)だが、冒頭だけの登場。ショートハウスを紹介する感じはシリーズ最初の作品っぽい。 怪奇ものとしては普通の感じ。 p42 習字帳や辞書に大文字の「M」で書いてある… 滅茶苦茶♠️いや、この言い回し、ちょっと日本語文としては何じゃろ?でしょうね。原文は後で確認してみよう。(2022-2-18追記: the sort of mess that copy-books and dictionaries spell with a big "M“ だった) p44 アメリカの都会には英国風の下宿はない… 賄いつき下宿屋か、朝食さえ出ない貸間のどちらかだ♠️ここで言う「英国風の下宿」ってどんなイメージなんだろうか。(2022-2-18追記: 原文There are no "diggings" in American cities. … rooms in a boarding-house where meals are served, or in a room-house where no meals are served—not even breakfast. 英Wikiの“Boarding house”には221Bがboarding houseの一例とされていた。Webで調べたがdiggingsのイメージが全然わからない) (2022-2-17記載; 2022-2-18追記) ********** (1) The Empty House (短篇集1906)「空家」: 評価8点 ジム・ショートハウスもの。 これは傑作。何と言っても冒険に誘う女性のキャラが良い。ジムとの会話と話の流れも上出来。 (2022-2-17記載) ********** (3) Smith: an Episode in a Lodging-House (短篇集1906)「スミス —— 下宿屋の出来事」: 評価5点 登場人物のキャラが立っていないので、平凡な感じ。舞台はエディンバラ。医学生時代の回想。 (2022-2-18記載) ********** (4) Keeping His Promise (短篇集1906)「約束」: 評価6点 こちらも舞台はエディンバラ。上記同様、医学生の話。面白い流れ、でもエンディングには不満。そのあと、が肝心だと思うのだが… p102「シグネット」の貧乏な物書き(poor Writers to the Signet)◆訳注「米国のペーパーバックSignet Booksか」だけどN.A.L. Signetシリーズは1948年スタート… 流石に無理っしょ。リーダース英和「Writer to the Signet [スコ法] 法廷外弁護士」 p103 奇妙なのは、帽子を冠らず(strangest of all, he wore no hat)◆男が外では帽子をかぶるのが当たり前の時代 p106 パンの塊… スコーン… マーマレード… ココア(loaf, scones, … marmalade… cocoa)◆簡単な食事。オートケーキ(oatcake)もあったようだ。 p115 ドアは内側に錠が差して(door was locked on the inside) (2022-2-18記載) ********** (5) The Strange Adventures of a Private Secretary in New York (短篇集1906)「秘書綺譚」: 評価8点 ジム・ショートハウスもの。 原タイトルにはNew Yorkとある。都会モンが田舎で大冒険、という含意もあるのかな? 盛り上げ方とメリハリが好き。 本書(2)と同様、冒頭に「僕」が出てくる。内容から考えて(2)よりも後年だが、少なくとも10年以上前の話、ジムは20代後半か30代くらいの感じ。となるとS&Wのミリ・ポリ(1899年ごろから)は間に合わない。じゃあコルトのダブル・アクションM1878かなあ。(銃を特定できるヒントは全くないので評者の妄想です) (2022-2-17記載) ********** (6) With Intent to Steal (短篇集1906)「窃盗の意図をもって」: 評価6点 ジム・ショートハウスもの。 語り手「私」は本書(2)(5)に出てくる「僕」とは違うような感じ。まだ良くショートハウスを知らない若者(歳はショートハウスの半分くらい)のようだ。ショートハウス40代の話なのだろう。 語り口と盛り上げ方は良いが、ちょっと乗り切れなかった。 (2022-2-18記載) ********** (11) The Transfer (初出Country Life 1911-12-9)「転移」 ********** (9) The Heath Fire (初出Country Life 1912-1-20)「野火」 ********** (10) The Destruction of Smith (初出The Eye-Witness 1912-2-29)「スミスの滅亡」 The Eye-Witnessはヒリア・べロックが創刊し、GKチェスタトンの弟セシルが編集していた週刊誌か。英Wiki “G. K.'s Weekly“参照。 ********** (8) The Goblin’s Collection (初出The Westminster Gazette 1912-10-5)「小鬼のコレクション」 ********** (7) Tongues of Fire (初出The English Review 1923-4)「炎の舌」 |
No.376 | 6点 | 逃げる幻- ヘレン・マクロイ | 2022/02/15 03:33 |
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1945年出版。駒月さんの翻訳は堅実。
やられましたよ。ああ、完璧にね。私は全く予備知識を入れないで読んだので、シリーズものかどうかも知らず読み進めました。多分、その方が面白いと思います。でもいつものように、最後はコレジャナイ感があるんですよ… JDCなら、うわっ、やられた!と気持ち良く終われたと思うけど、本作はなんだかスッキリしないんです。まだ違和感の正体が掴めていないのですが「私」は女性のほうがよかったのではないかなあ。視点が男っぽくない感じ。中で戦わされる議論も上滑りした感じ。全く乗れませんでした。本作の取り柄は全編に溢れるスコットランド色ですね。まあ旅行者の視点なのですが、登場人物とともにその地に佇む感覚を得ることが出来ました。 ヨーロッパにおけるドイツ協力者への反感がうかがわれる作品。表立って協力していないが思想的にはナチ賛美者である者をやっつけてしまいたいが、残念ながら上手く立ち回るものは裁けないもどかしさが、登場人物ヒューゴー・ブレインとなって出現している。 小説家が出てくるのだが、もしかして自分たち(夫ブレット・ハリディ、結婚1946だからちょっと違うか)のパロディ? マクロイさんは苗字から考えるとスコットランド系なのでしょう。本作は冒頭からスコットランド色満載。スコットランド好きの私には非常に興味深い作品でした。合理的だが幻想も大好きなスコットランド人。マクロイさんとJDCの共通項もそーゆーことなのかも。後半でピクト人の話題が出てきます。私のイメージはHaT 6005 Picts 1:72 Scale Figuresで見られるようなものなのですが、合ってる? あとフランス留学経験のある作者なのでフランス語が結構出て来る。私は面白かったが、皆さんはどうかなあ。 以下トリビア。原文入手出来ませんでした。 他のマクロイ作品同様、これもDellのMapback(#355)になっています。地図が欲しくなったら検索してみてくださいね。 作中年代は1945年8月以降(p231) 夏の感じではないから秋? p15 ジェイムズ・ボズウェルは高地(ハイランド)ではなく低地(ローランド)の人間だからキルトスカートは着るはずがない p21 戦前に製造されたロールスロイス p21 グレンガリー◆ Glengarry、ハイランドの帽子。Wikiのイラストを見れば、あああれか、と分かります。 p25 けったいな◆スコットランドの爺の表現。原文はなんでしょうね。 p31 トリルビー◆ジョージ・デュ・モーリアの小説Trilby(1895)の主人公。多分、ここは映画『悪魔スヴェンガリ』(1931)のイメージ。レベッカのダフネはジョージの孫。 p35 一シリングの駄賃◆子供への。半分でもよかったかな?と「私」は後悔している。英国消費者物価指数基準1945/2022(45.99倍)で£1=7176円。1S.=359円。 p36 ヨーロッパの都市部ではドイツが駆逐された現在… 深刻な食糧不足◆1945年5月8日ドイツ降伏。 p37 昔の子守歌… 坊ちゃん、お嬢ちゃん、遊びに出ておいで/月が昼間のように明るく輝いているよ◆ Girls and boys, come out to play,/The moon doth shine as bright as day(Roud Folk Song Index #5452) 1708年ごろの記録あり。某Tubeで歌も聴ける。 p60 ヘンリー・ジェイムズ『ねじの回転』を思い出しません?◆南條訳を推す。 p63 探偵小説の読みすぎ p67 一ポンド… 4ドル4セント◆当時の換算レートのようだ。米国消費者物価指数基準1945/2022(15.62倍)で$1=1781円。$4¢4=7195円。 p69 伝統的なスコットランド法の評決、“証拠不充分”◆Not Proven、イングランドの評決Not Guiltyに相当。有罪はProven(=Guilty)、なかなか深みがあり、より正確な言い方だ。(この項2022-3-27追記) p81 小数点◆英米式とヨーロッパ式の違い。私も最初なんじゃこりゃ、と思いました。Dudenの絵入り辞書で見たのが初めてだったかなあ。 p84 子供の推理ゲーム◆原文は何だろう guessing game か。 p85 ヒューゴー・ブレイン◆架空人物。 p108 フランス人との議論◆ここはマクロイさんの体験っぽい。 p115 パレート◆私は昔から「パレート最適」という考え方が大嫌いなのだが、コイツ、ファシストだったのか! p115 スタヴィスキー… シアップ警視総監◆フランス映画『薔薇のスタビスキー』(1974主演ジャン=ポール・ベルモンド)で有名かな?Jean Chiappe(1878-1940)は事件の関係者。 p119 半クラウン貨…50セント貨と同じくらいの大きさのコイン◆当時の半クラウン貨はジョージ6世の肖像。1937-1947のものは .500 Silver, 14.15g, 直径32mm。半ドル貨はWalking Liberty、1916-1947製造、.90 Silver, 12.50g, 直径30.63mm。 p122 ここら辺のシーンが私は好きなんですが… p126 『詩人への挽歌』◆William Dunbar (1459 or 1460 – 1530), Lament for the Makaris (c.1505) マイケル・イネス『ある詩人への挽歌』(1938)の元ネタですね。この作品、本作にも何か関連があるのかな?私は未読なので早速読まなくては… p130 トッド・ラプレイク… ロブ・ロイ・マクレガー◆訳注あり。有名なスコットランド小説の登場人物。ここら辺は常識の範疇なのか。 p143 フランス語の諺 “すべてが過ぎ去る、すべてが崩れ去る、すべてにうんざりだ”◆Tout passe, tout casse, tout lasseか。直訳「すべては過ぎる、すべては壊れる、すべては飽きられる」意味は「栄枯盛衰は世の習い、諸行無常」ということらしい。 p148 ハムスン… パウンド… モンテルラン◆訳注はちょっとズレてる。いずれもファシズムを支持して戦後非難された。Knut Hamsun(ナチス賛美)、Ezra Pound(ムッソリーニに熱狂)、Henry de Montherlant(ヴィシー協力者) p161 ピクチャレスク◆ picturesque、(especially of a place) attractive in appearance, especially in an old-fashioned way (ケンブリッジ辞典より)。無理に日本語にしたら「歴史を感じさせる絵画的情景」か。奈良とか京都とかのイメージで良い? p164 《フラワーズ・オブ・フラワー》◆調べつかず。 p178 シュペングラー… 似非ファシズム臭がぷんぷん p195 J’en ai◆ここら辺のフランス語は日本語訳を付けなくても良かったのでは?後で(p205)考察するんだし… p231 上とは異なり、ここのフランス語は逐語訳を付けていない(不充分な概要が示されるだけ)。日本語訳をつけた方が良いと思う。なお冒頭のle 16 août 1945は「1945年8月16日」、事件はこれ以降に起きた、ということになる。 p247 われわれが“後知恵(キャブ・ウイット)”と呼ぶもの… フランス語では階段の知恵(エスプリ・デスカリエ)と表現される◆a cab witとl’esprit de l’escalierの対比… と思ったらcab witが辞書やWebに全然出てこない。フランス語の表現はwikiにも出てくるのだが… p248 ミュンヒハウゼン◆ここも訳注ズレ。ほら男爵を知らないのかなあ。Baron Munchausen's Narrative of his Marvellous Travels and Campaigns in Russia(1785)は英語で書かれた独逸人Rudolf Erich Raspeの作。元は実在のホラ吹き男爵Hieronymus Karl Friedrich, Freiherr von Münchhausen (1720–1797)のエピソード(ベルリン1781年、著者不明)にRaspeが色々付け加えて英国で出版したもの。岩波文庫にビュルガー版がある。 p251 フェイ◆fey、ハイランド人による解説あり。アガサさん『ゴルフ場の殺人』にこの単語が出てきます。 p267 オレステース◆教養人にとってアイスキュロスや『イーリアス』は常識なんでしょうね。 |
No.375 | 6点 | 怪奇小説傑作集1- アンソロジー(出版社編) | 2022/02/13 11:14 |
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1969年出版。私のは1981年40版。ベストセラーですね。平井呈一編集で翻訳も平井さん。文章が良いなあ、と感心するのですが、今の人には少々古い?でも原作の時代には相応しいと思う。本書は一番新しいのでも1910年代、というクラシック揃い。昔のアンソロジーには初出年代が示されていないことが多くて、若い頃には調べる手段もないためイライラしてましたが、今はちょっと検索するとすぐ出てくるのでストレスが少なくて良いですね。「猿の手」の二百ポンドがどれくらいの価値を想定していたのか、発表年代が記載されてないとわからないですからね。
以下、初出はFictionMag Indexで調べたもの。 (1) The Haunters and the Haunted by Bulwer Lytton (短篇集1865)「幽霊屋敷」 ブルワー・リットン ********** (2) Sir Edmund Orme by Henry James (初出1891)「エドマンド・オーム卿」 ヘンリー・ジェイムズ ********** (3) The Diary of Mr. Poynter by M. R. James (短篇集1919)「ポインター氏の日録」 M・R・ジェイムズ: 評価7点 読ませる物語展開はさすが。古書の競場での出来事とかおばさんの愚痴の描き方が良い。オチも落語みたい(多分、訳者は狙ってやってる)。There are more things! (2022-3-1記載) ********** (4) The Monkey's Paw by W. W. Jacobs (初出Harper’s Monthly Magazine 1902-9 挿絵Maurice Greiffenhagen)「猿の手」 W・W・ジェイコブス: 評価7点 Wikiに挿絵が載っていました。あまりに有名な話だけど、あらためて読んでみるとO. Henry風味を感じた。Jacobsはこのころ本国Strand誌では続けて長篇を連載しており、米国Harper’sにもこの挿絵画家(英国人)と組んだ作品などが五、六篇掲載されていて人気作家だったことがうかがえる。 p147 二百ポンド♠️英国消費者物価指数基準1902/2022(130.96倍)で£1=20434円。 (2022-2-13記載) ********** (5) The Great God Pan by Arthur Machen (単行本1894)「パンの大神」アーサー・マッケン ********** (6) Caterpillars by E. F. Benson (短篇集1912)「いも虫」 E・F・ベンスン: 評価5点 怖い、というより気持ち悪い話。舞台はイタリアン・リヴィエラの別荘。ビジュアル・インパクトはかなり凄い。(私はアガサさんが中東の夜に見たある光景を思い出しました。結構、あの人タフなんだよね。『さあ、あなたの暮らしぶりを話して』参照) (2022-2-14記載) ********** (7) The Strange Adventure of a Private Secretary by Algernon Blackwood (短篇集1906)「秘書奇譚」 アルジャーノン・ブラックウッド: 評価8点 スリルを盛り上げる描写が素晴らしい。どことなくユーモア感を隠している文章。キャラにも血が通っている。 p268 スミス・ウェッソン会社の拳銃♠️Military&Police(1899年から)を推す。 p296 腕を組んできて (2022-2-13記載) ********** (8) August Heat by W. F. Harvey (短篇集1910)「炎天」 W・F・ハーヴィー: 評価5点 まあ趣旨はわかるが… 真夏の暑い日に読みたい作品。手練れならもっと上手に構成出来たのでは? (2022-3-3記載) ********** (9) Green Tea by Joseph Sheridan Le Fanu (初出All the Year Round 1869-10-23 作者名無し、四回分載?)「緑茶」 J・S・レ・ファニュ: 評価5点 医者の体験談。話を聞き出すための距離の取り方が面白い。恐怖物語、というより、こういう症例は結構あるように思う。実話っぽいなあ、という感じで受け止めました。 (2022-2-28記載) |
No.374 | 6点 | 恐怖の1ダース- アンソロジー(国内編集者) | 2022/02/12 21:11 |
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1980年8月出版(講談社文庫)。中田耕治軍団と思われる翻訳者たちによるアンソロジー。中田さんと言えば、昔、雑誌「翻訳の世界」で「コージーに翻訳しよう」とかいう連載を楽しく読んだ記憶がある。編者が同じで題名が同じものが1975年出帆社から出ているが、収録作品をリニューアルしている。
以下、初出はFictionMags Index(FMI)によるもの。 (1) If I Should Die Before I Wake by Cornell Woolrich (初出Detective Fiction Weekly 1937-7-3)「たすけてえ!」コーネル・ウールリッチ、中田 耕治 訳: 評価7点 良い翻訳だなあ。子供の語りってとても難しいのだけど難なく処理している。ハック・フィンもこんな感じなら読めるかも。 子供から見た大人の感じが上手く表現されている。ハラハラドキドキの物語。 原文参照出来ませんでした。 p9 五年A組♠️小学生で良いのかな。 p9 飴チョコ… 一コ五セント♠️米国消費者物価指数基準1937/2022(19.52倍)で$1=2226円。飴チョコって何だろう。 p18 色チョークは一箱十セント (2022-2-12記載) ********** (2) The White Road by E. F. Bozman (アンソロジー1939, “Ghost Stories” ed. John Hampden)「白い道」E・F・ボズマン、吉崎 由紀子 訳: 評価6点 作者E. F. Bothmanは本書「あとがき」でも経歴等全く不明と書かれており、FMIにも登録されていない。WEBにも手がかり無し。(2022-2-14修正: ameqlistにE. F. Bothmanと出てたので、こう書いたのだが、正しい綴りはBozman。FMIに本作だけ登録があり、英WikiにはErnest Franklin Bozman (1895–1968) was a British author and the editor of two editions of Everyman’s Encyclopedia.との記述があった。) 舞台はクリスマス・イヴのパブ。元々はクリスマス・ストーリーなのかも。 こういう話は苦手。今市子さんが描く怪奇漫画みたいなネタですねえ。 (2022-2-14記載) ********** (3) Poor Girl by Elizabeth Taylor (アンソロジー1955, “The Third Ghost Book” ed. Cynthia Asquith)「プア・ガール」エリザベス・テイラー、伊東 昌子 訳 もちろん著名女優とは違う1912年生まれの英国作家。 ********** (4) The Riddle by Walter de la Mare (短篇集1923)「謎」ウォルター・デ・ラ・メア、鈴木 説子 訳: 評価5点 不思議な話だが、私には趣旨がわからなかった。諸星大二郎風味。 (2022-2-13記載; 2022-2-19追記) ********** (5) A Haunted Island by Algernon Blackwood (初出The Pall Mall Magazine 1899-4 挿絵L. Raven Hill)「呪われた島」アルジャノン・ブラックウッド、木戸 淳子 訳: 評価7点 道具立てが良いですね。舞台はカナダ。思わせぶり度が程よい感じ。 p128 マーリン・ライフル(Marlin rifle)◆ Marlin Firearmsは1870年創業。このライフルは時代を考えるとレバー・アクションだろう。 (2022-2-19記載) ********** (6) Yuki-Onna by Lafcadio Hearn (短篇集1904)「雪おんな」ラフカディオ・ハーン、中山 伸子 訳 ********** (7) Shock Treatment by Ross Macdonald (初出Manhunt 1953-1 as by Kenneth Millar)「ショック療法」ロス・マクドナルド、中田 耕治 訳: 評価6点 米国マンハント創刊号にケネス・ミラー名義で発表した短篇。 私はロス・マク嫌いなんだけど、こーゆー話を読むとますます好きになれない。なんだかとてもやな奴の臭いがする(読まず嫌いの偏見だろうけれど…)。 p162 家賃… 月300ドル♣️米国消費者物価指数基準1952/2022(10.61倍)で$1=1210円。 p166 古い型のピアース・アロウ♣️Pierce-Arrow Motor Car Company(1865-1938)のV12セダンか。登場時にはデザインが未来的だったようだから、ここでの妻のイメージにぴったり。 (2022-2-13記載) ********** (8) The Tower by Marghanita Laski (アンソロジー1955, “The Third Ghost Book” ed. Cynthia Asquith)「塔」マーガニタ・ラスキー、大村 美根子 訳: 評価7点 この英国作家(1915-1988)の活躍は1940〜1950年代。 舞台はフィレンツェ、美術関係者の妻(英国人)の話。シンプルだが怖い。上手く映像化したら効果抜群だと思う。伊藤潤二先生いかがでしょうか。 (2022-2-23記載) ********** (9) The Mystery of the Derelict by William Hope Hodgson (初出The Story-teller 1907-7)「幽霊船の謎」ウィリアム・ホープ・ホジスン、杉崎 和子 訳 サルガッソー海もの。 ********** (10) Terror Over Hollywood by Robert Bloch (初出Fantastic Universe 1957-6)「ハリウッドの恐怖」ロバート・ブロック、中田 えりか 訳: 評価4点 翻訳者は耕治さんの娘。本作はハリウッド小説というジャンルを紹介する、という編者の意向のようだ。 話自体は作者お得意の深みのないもの。想像力がチャチで薄っぺらい。 (2022-2-13記載) ********** (11) Explorers We by Philip K. Dick (初出The Magazine of Fantasy and Science Fiction 1959-1)「探検隊帰る」フィリップ・K・ディック、中田 耕治 訳: 評価8点 SFマガジン創刊号に載った作品。この翻訳は「福島正実の思い出に」捧げられている。 傑作ですね。そして怖い。 (2022-2-12記載) |
No.373 | 5点 | 世界暗号ミステリ傑作選- アンソロジー(海外編集者) | 2022/02/12 12:37 |
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1947年出版のアンソロジー。創元文庫(1980年初版)で読んでいます。
編集・序文はRaymond T. Bond、巻末に江戸川乱歩「類別トリック集成」(S29)の暗号部分を「解説」として収録。日本語版は原書から著名な三作を割愛(ポオ『黄金虫』、ドイル『踊る人形』、クリスティ『四人の容疑者』)。 暗号に特化したアンソロジーなので、これ実は暗号ネタだったんだ!という驚きがある作品にはちょっと不向き。序文に出てくる日本政府高官の茶番劇って、どんな顔して実行していたのか。わざとらしさが歌舞伎の一場面のようだ。 暗号の出来はABCDEの五段階で評価。暗号のもっともらしさと解読のロジックで判断。 以下、初出はFictionMag Indexで調べたもの。 ********** (1) The Puzzle Lock by R. Austin Freeman (初出Pearson’s Magazine 1925-3 挿絵Frank Wiles; Flynn’s 1925-2-28)「文字合わせ錠」フリーマン、大久保 康雄 訳: 評価6点 ソーンダイク博士もの。 あのミラー警部も震える恐怖。詳しいことは『ソーンダイク博士短篇全集Ⅲ』で書く予定。 暗号度C (2022-2-12記載) ********** (2) The Great Cipher by M. D. Post (初出The Red Book Magazine 1921-11)「大暗号」ポースト、大久保 康雄 訳: 評価7点 ジョンケル長官もの。 探検ってロマンだよね。これは気に入りました。語られる場所も良い。 暗号度A (2022-2-13記載) ********** (3) The Ministering Angel by E. C. Bentley (初出The Strand Magazine 1938-11 as “Trent and the Ministering Angel” 挿絵R. M. Chandler)「救いの天使」ベントリー、宇野 利泰 訳: 評価6点 トレントもの。 若い女は怖いね〜、という話で良い? 現物が無くても大丈夫って本当かなあ。 暗号度B (2022-2-12記載) ********** (4) The Treasure of Abbot Thomas by M. R. James (短篇集1904)「トマス僧院長の宝」ジェイムズ、紀田 順一郎 訳: 評価6点 語り口に工夫があるが、結末は物足りないなあ。 暗号度B (2022-2-13記載) ********** (5) QL 696. C9 by Anthony Boucher (初出EQMM 1943-5)「QL 696・C9」バウチャー、宇野 利泰 訳: 評価4点 ニック・ノーブルもの。 なんか変な流れ。謎もつまらない。キャラも生きてない。 暗号度C (2022-2-12記載) ********** (6) The Key in Michael by Elsa Barker (初出The Red Book Magazine 1927-1)「ミカエルの鍵」バーカー、池 央耿 訳 デクスター・ドレイクもの。 ********** (7) Calloway’s Code by O. Henry (初出Munsey's Magazine 1906-9)「キャロウェイの暗号」ヘンリー、大久保 康雄 訳 ********** (8) The Secret of the Singular Cipher by F. A. M. Webster (初出The Blue Magazine 1924-9 as “Old Ebbie Comes Back, No. VIII: The Secret of the Singular Cypher”)「比類なき暗号の秘密」ウェブスター、大久保 康雄 訳 オールド・エビーもの。 ********** (9) The Learned Adventure of the Dragon’s Head by Dorothy L. Sayers (短篇集1928)「龍頭の秘密の学究的解明」セイヤーズ、宇野 利泰 訳: 評価6点 ピーター卿もの。 子どもが良い子過ぎて残念。悪ガキに手こずるピーター卿が見たかった。話はセイヤーズらしくシンプル。古書の挿絵(p256)がMunster’s Cosmographia Universalis: Uncle, there’s a funny man hereで見ることが出来る。 暗号度D (2022-2-12記載) ********** (10) The Blackmailers by Harvey J. O’Higgins (短篇集1915)「恐喝団の暗号書」オヒギンズ、池 央耿 訳: 評価7点 バーニー・クックもの。シリーズ第一話。短篇集“The Adventures Of Detective Barney”(1915)には7篇が収録されている。 少年が探偵に憧れる感じが良く出ている。ハラハラ、ドキドキ加減がとても良い。 p292 電話の交換台◆当時の事務所にはつきもの。 p294 ニック・カーター◆当該シリーズはFrederick Van Rensselaer Dey(1861-1922)が1891年以降、創始者のJohn R. Coryell(1851-1924)を引き継いで書いていた。 p318 週6ドルとチップ◆ウェスタン・ユニオンのメッセンジャー・ボーイの稼ぎ。米国消費者物価指数基準1915/2022(27.84倍)で$1=3174円。月額82524円。 暗号度B (2022-2-14記載) ********** (11) The White Elephant by Margery Allingham (初出The Strand Magazine 1936-8 挿絵M. Mackinlay)「屑屋お払い」アリンガム、池 央耿 訳 キャンピオンもの。 ********** (12) Uncle Hyacinth by Alfred Noyes (初出The Saturday Evening Post 1918-2-2 挿絵画家不明)「ヒヤシンス伯父さん」ノイズ、吉田 誠一 訳: 評価7点 とても愉快な話。いかにもポスト誌、という感じ。時は第一次大戦中、アルゼンチンから客船が出港する。ルシタニア号事件(1915-5-7)でドイツ人は嫌われていたのだ。ラストの感じもバランスが取れていて良い。 p353 ブエノスアイレスのハロッズ支店♣️1914年開店。海外では唯一の支店だった。 p369 英国文壇に対する皮肉 p384 霊応盤 暗号度B (2022-2-14記載) ********** (13) The Stolen Christmas Box by Lillian de la Torre (初出EQMM 1946-1)「盗まれたクリスマス・プレゼント」デ・ラ・トーレ、吉田 誠一 訳 サミュエル・ジョンスン博士もの。 |
No.372 | 6点 | コルト拳銃の謎- フランク・グルーバー | 2022/02/08 22:30 |
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1941年出版。ジョニイ・フレッチャー&サム・クラッグもの第4作。ポケミス『海軍拳銃』で読みました。中桐雅夫さんの翻訳は安心して読めます。
グルーバーはほぼ初めてだと思う。短篇は読んでいるかも。今回の舞台はシカゴ。たくさん通りの名前が出てくるが、クレイグ・ライスの諸作で読んだことがあるようなものが多く、きっとほとんど実在のものなのだろう。足跡を辿るのも面白そうだが、今回はパス。全然調べていません。 スピーディな意表を突く展開はE・S・ガードナーばり。ユーモア感を考慮するとむしろA・A・フェア風か(本作に登場する探偵はパロディかオマージュなのかも)。人物描写も生き生きしていて、場面に合ったちょっと面白いキャラが次々と出てきて飽きさせない。でもESGと同様、立ち止まって考えると色々ヘンテコなところがありそう。まあ、つべこべ言わずに楽しければ良い。ESG同様、読後は内容をほぼ覚えていないような作品。私は寒そうな情景がとても印象に残ったが… 以下トリビア。 銃はタイトルになった1851 Colt Navy Revolver、この銃については日本語Wiki「コルト M1851」にも詳しいが、36口径とあるものの実際は直径.375〜.380インチの弾丸を発射するもの。本書に出てくる「船の絵(p38)」とはシリンダーに描かれた線描の帆船のこと。この絵はColt 1851 Old Model Navy - NEW YORK ADDRESS FACTORY ORIGINAL, HIGH CONDITION, CASEDで検索すると出てくるHPの写真7枚目が見やすい。本書ではある有名人が持っていたものという設定だが、史実でもその有名人がこのモデルを使用していた、という証言があるが、実際には生涯に同じモデルを数丁使っていたようだ。なお本書のシリアルナンバー4V66-73は実際には存在しないもの。実銃のシリアルはアルファベットなど付かないただの数字のみ。フロンティア・モデル(p37)の意味が翻訳からはよくわからない。 「海軍拳銃かフロンティア・モデルなら20ドル」と言っておいてすぐ後で「フロンティア・モデルは1ダース10セントだ」と話している。The Colt Frontier Six-Shooter(SAAの.44-40ヴァージョン)のことだろうか。こっちはレアな銃のようだが、後ろの「1ダース10セント」の方はColt M1878(別名Frontier, Double Action Army)という違う銃のことだろうか。 他に「こぎれいな二五口径の自動拳銃」も登場するが候補は沢山ある。(Colt M1908 Vest Pocketなど) 女優の名前がp17とp159に出てくる。このうちへディ・ラマーは、この名前に改名し、有名になったのはAlgiers(1938年8月公開)なので作中年代はそれ以降だというのは確定。 価値換算は米国消費者物価指数基準1939/2022(20.06倍)としておこう。$1=2287円。 p7 コーヒー代に10セント p10 シカゴの電車代は一人7セント p11 ブザー仕掛け◆集合住宅の名札の下のボタンを押すと、住人はブザーで来客があったのを知り、住人が室内でボタンを押すと、玄関でブザーが鳴り、来客は住人が中に居るのがわかり、そのブザーが鳴っている間は表玄関の鍵が外れる仕組み。丁寧な訳注がわかりやすい。 p11 自動エレベーター◆エレベーター・ボーイがいないので、自分でボタン操作するやつ。 p15 日本が買い溜めしてるんで、屑鉄は60セントも値上りだ p19 一週間分の8ドル◆安宿の宿泊費 p21 本代の2ドル95セント◆コンビの飯の種『あなたはサムソンになれる』の値段。結構お高い。 p22 コンビーフのハッシュとコーヒーとロールパン… 一つにつき25セント◆簡易食堂の値段 p30 並んでいる公衆電話室… 5セント白銅貨を投入口に入れ、電話番号を回した p32 ダイキリ一つとスカッチ・ハイボール二つ… 3ドル32セント、税込み◆カクテル・ラウンジの値段 p33 ドラッグ・ストア… 電話室 p35 レイルロード・タイで1枚1ドル位のもの p40 四十セントずつでビフテキの晩餐◆レストランで食事 p41 予約席2ドル20セント、一般席1ドル10セント◆レスリングの興行 p52 いい部屋… 10ドル位の◆シカゴの高級ホテル、ポッター・ハウスの料金 p53 半ドル◆ホテルのボーイへのチップ p54 前に1000ドル紙幣を見たことはなかった p57 一足1ドル35セントの絹靴下 p62 “犯罪雑誌” p69 人殺しのピストル◆このピストルを持った人が取り憑かれて人殺しになる、っていうサムが思いつくアイディアは、人並由真さまに教わった都筑原案の連作コルト・サラマンダーの由来かも(本書の解説も都筑道夫) p71 一日25ドル◆探偵の料金 p72 数えてみたら、この町には私立探偵事務所が146あったよ p72 ムッソリーニがヒトラーを必要としているように◆実歴史だと1937年以降の雰囲気。それ以前はヒトラーはムッソリーニに憧れていたが、ムッソリーニはヒトラーを嫌っていたらしい。 p90 サイズは15半◆Yシャツのサイズ p92 十セントのチップ◆タクシー運転手に。なお経路はポッター・ハウス近くの美術館からウィンスロップとエインズリの角まで p98 “家庭と園芸”… “サタデイ・イヴニング・ポスト”… “美しい宝石”◆いずれも雑誌 p98 一語2セント、写真1枚に5ドル◆“犯罪雑誌”の原稿料。実話系なので写真の料金も提示されているのだろう。 p108 “告白雑誌” p108 半専用のバス付き… 前金で一人につき75セント◆ホテル代。なお半専用、というのはフロアに一つしかない共用の浴槽だかららしい。ジョニイが戸惑ってるので、こういう用語がある訳ではなさそう。 p128 六ドル五十セント◆長距離電話の料金 p140 四十セント◆セント・ポールからウィスコンシン州ハドソンまでのバス料金 p148 七ドル五十セント◆メドフォードからシカゴまでのグレイハウンド・バスの料金 p149 二十セント◆朝食 p151 ウエスタン・ユニオン◆メッセンジャー・ボーイの事務所 p167 週四十ドル◆社長秘書の給与、月額換算で40万円。 p178 四千ドル◆1876年の農場の値段。当時は6分くらいの利子を期待できたようだ。 p178 紙幣は少なくとも2/3以上ないと新しいのととりかえてくれない |
No.371 | 6点 | 鑢- フィリップ・マクドナルド | 2022/02/05 17:01 |
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1924年出版。創元文庫(1983初版)で読了。
冒頭は新聞編集室の生き生きとした描写。でも全体的にセリフまわしや文章が下手。構成も洗練されてない。『トレント最後の事件』(1913)のような導入。新聞の編集長と有能な女の部下とのやりとり、現場で古い知り合いに会い、担当刑事が旧知の仲、というのも『トレント』そっくり。そして探偵の初めての恋心も『トレント』風。ここまで構造を似せてるんだから、その発展系かと期待したら全然ダメでむしろ感覚的には逆走。センスが古臭い(なぜヘイクラフトなど評論家たちの評価が高いのかさっぱり判らない)。 大金持ちで軽薄なゲスリン。有閑スーパーマンの探偵なんて何が面白いんだろう。(英国のファイロ・ヴァンスですね) 本格探偵小説としては隠し事が多すぎる気がする。どっちかと言うと冒険小説っぽいタッチ。文庫の帯の文句「マザー・グースの調べにのせて繰り広げられる殺人劇」はミスリードを誘う。(本文中にメロディが流れるのは間違いないので許容範囲?) 私は作者が『トレント』に感銘を受けたものの、その後の映画化(1920年、サイレント、未見)に失望し、それで、映像化しやすい脚本のつもり(ぼくの考えたさいきょうのトレント)で書きはじめたのでは?と妄想している。書いてるうちに出来上がったものは別物になっちゃった、という感じだろうか。本作の構成要素が全てフォトジェニックなのと、フィル・マクは後年映画界で脚本家として活躍してるから、映像映えに敏感だったのでは、というのが朧げな根拠。 もともと『トレント』をサイレント映画で、ってのはかなりの難題だったのでは、と思う。1952年の映像化(オーソン・ウエルズ怪演だが、付け鼻が気になった)を見たが、セリフが豊富に無いと処理が難しいのでは、と感じた。 以下トリビア。ほとんど項目だけの計上です。 p9 木曜の夜♠️事件が発見された日、この日は8月19日(p276)なので1920年が該当。だがp23と矛盾する。 p10 定価は2ペンス(The price was twopence)♠️新聞の特別号の値段。英国消費者物価指数基準1920/2022(47.62倍)で£1=7430円。 p11 サイフォン p16 クラレンドン体(Clarendon)♠️活字の種類。 p21 詩集… 百五十ポンド p21 おじの遺産 p29 五ポンド紙幣 p22 年収二、三百ポンドの遺産 p23 一九二一年の七月(in July of 1921)♠️ここから少なくとも1年が経過している。ということは作中年代は1922年8月以降。 p23 年収九千乃至一万ポンド(nine or ten thousand a year)♠️遺産 p25 コック・ロビン♠️名前がJohn Hoodeだから、[Cock] Robin Hood(フッド)という連想なのか。 p27 五ポンド♠️情報提供の謝礼。 p31「ホークショーと申す者です、探偵でしてね」(I am Hawkshaw, the detective!)♠️『トレント』でもHawkshawへの言及あり。舞台劇The Ticket-of-Leave Man(1863)のロンドン随一の切れ者刑事Hawkshaw(なお劇中に、このようなセリフは無い)、あるいはシャーロック・パロディの米国新聞漫画“Hawkshaw the Detective”(1913-2-23〜1922-11-1)のこと。こちらではこのセリフが定番。なので後者のイメージだろう。 p36 探偵小説への言及は黄金時代の特徴。 p49 検死(インクエスト)… あすの午後、この邸で p52 半クラウン銀貨大♠️これは訳注で処理して欲しい。当時の半クラウン貨はジョージ五世の肖像。1920-1936のものは.500 Silver, 14.1g, 直径32m。 p55 ガボリオ… ルコック… シャーロック・ホームズ p57 時計の打ち方♠️ミニ講座あり。 p64 六ペンス銀貨大♠️これは訳注で処理して欲しい。当時の六ペンス貨はジョージ五世の肖像。1920-1936のものは.500 Silver, 2.88g, 直径19mm。 p70 ベンジャミン(Benjamin)♠️ゲスリンが愛用のパイプにつけている名前のようだ。変な奴! p91 全部十ポンド紙幣で… 銀行に問い合わせて紙幣番号も確認 p93『私は眠っているのだろうか…』(Do I sleep, do I dream, or is Visions about?)♠️何かの引用か。調べつかず。(2022-2-13追記: Bret Harteの詩Further Language From Truthful James(NYE’S FORD, STANISLAUS, 1870)の冒頭) p100 探偵小説… 傑作… たとえばガボリオ…『小説こそ真理なり』(Fiction is Truth)♠️ゲスリンの考え。こいつは困ったちゃんだ… p125 いわゆる「改造家屋」♠️一つの屋敷をフラットに分割したやつか。 p128 ずっしりした自動拳銃 p129 英国一敏捷なスリー・クォーター p137 子供がいちばん最初に出くわす探偵小説 p144 『のっぽの駝鳥のおばさんに…』(And his tall aunt the ostrich spanked him with her hard, hard claw)♠️キプリング“Just So Stories” The Elephant's Childから。 p145 『刃物を握っていた卑劣な手…』(But whose the dastard hand that held the knife I know not; nor the reason for the strife)♠️調べつかず。 p145 デュパン、ルコック、フォーチュン、ホームズ、ルルタビーユ♠️順番が面白いが、普通の女性に、このセリフ。相手はポカンだろうなあ。 p146 検死審問(インクエスト) p153 『言うなればこれで出そろった』(So there, in a manner of speaking, they all are)♠️調べつかず。 p155 指紋♠️ファイロ・ヴァンスと同様、指紋を軽視するゲスリン。 p156 マギーなんて呼ばないで♠️嫌いらしい。 p156 ベイカー・ストリートかハーリー・ストリートで開業♠️探偵か医者 p158 大型の赤塗りの自動車: 4ドア。後段(p204)で「メルセデス」との記載あり。 p162 コック・ロビンの物悲しい調べを口笛で♠️定番のメロディがあるのかな?調べてません。 p166 アンデルセンの童話 p171 卑劣… 私立探偵めいた真似 p176 陳腐なフランスの諺♠️訳注「犯罪の陰に女あり」 p181 探偵協会の規約に反します(it’s against the rules of the Detectives’ Union)♠️ここは「組合」だろう。 p182「ああ、すばらしきかな、この日!キャルウ!キャレイ!」♠️『鏡の国のアリス』ジャヴァーウォッキーの詩より。河合祥一郎訳(2010)では「ああ、すべらしき日よ!かろー!かっれえ!」全然締まりませんね… p189 最近のフランスの騒動♠️何を指してるのか。調べてません。 p201 『空の鳥ども』(the Birds of the Air)♠️童謡『コック・ロビン』から p204 チェスタトン… 『奇跡の最もすばらしい点は、それがときたま起こるということだ』(The most incredible thing about miracles is that they happen)♠️ブラウン神父「青い十字架」からの引用。 p209『熱意、あらん限りの熱意!』(Zeal, all zeal, Mr Easy!)♠️Captain Frederick Marryat著の小説"Mr. Midshipman Easy"(1836)から。 p220 リージェンシー劇場 p220 五ポンド紙幣 p240 年に250ポンド… いとこが死ねば年3000ポンドほど入ってくる p241 十シリング紙幣… 至急(ウナ)電で打ってくれ p245 二百五十ポンド♠️貴重な情報に対する対価。 p246 一ポンド紙幣♠️番人への駄賃。 p270 精神異常犯罪者収容所(ブロードムア) p276 一九二x年八月二十日♠️事件の翌日 p276 私の推理、推論---何と呼ばれようと結構だが p294 年収600ポンド♠️大蔵大臣の秘書の給料。 p297 経歴表 p298 私立探偵という下劣きわまる仕事 |
No.370 | 6点 | 『マルタの鷹』講義- 事典・ガイド | 2022/02/03 22:22 |
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私は文学研究っぽい評論が嫌いで、面白い小説を中途半端な象徴主義に還元する態度が気に入らない。狭い変換機能を頼りにつまらない発想の産物を生み出して何が楽しいの?と思っちゃう。
本書は、まあ抑制されたタッチで辛うじて読めるものだが、ガッチリした屹立するものが登場するとすぐ「これチンポコね」と指摘したりするのが陳腐でさあ。でも女性器は全く出てこないんだね。バランス悪いなあ。 それに、この人、オプものの短篇を全然読み込んでない。ハメットの長篇は読んでるようだが、『マルタの鷹』を語るのに『銀色の目の女』への言及が全く無いなんてねえ。 私はヘンリー・ジェイムズの『鳩の翼』が本作の発想のもとだ、というハメットがジェームズ・サーバーに語った真意を知りたくて本書を手に取ったようなものなんだけど、そこにもほぼ触れてなくてガッカリ。 あと本格探偵小説も読み込み不足で、ハードボイルド派との比較をしてしまっている。 ハードボイルド作家は従軍経験があるけど本格ミステリ作家には無い、とか(アントニー・バークリーはどうなる?)言ったすぐ後で、でもハメットは大した軍務についてないけどね、と言っちゃったり。 それから『マルタの鷹』の犯人像が当時としては画期的で本格ものには無いよ、と言ってるのだが、じゃあ有名な本格ミステリ2作(もちろん『マルタの鷹』以前に出版されたもの)なんかは違うんかい、と思ったり。 ここ最近、ずっとハメットを読んでいた私の感想では、『マルタの鷹』っていうのは前二作のオプものの長篇と比べて内容がぶっ壊れていなくて、上手にまとまった、という手応えがあった作品なのだろう、と思う。内容はハメットのオプものと繋がっていて、相変わらず女に弱く男に強い、ちょっと世間に対してひねくれた坊やの活動物語。つまり、本書では分析されていないけど、常にママを探してる男の子の話なんだろうと感じた。(結局、私も似たような象徴主義に陥ってしまった…) 付録の語注が行き届いていて楽しい。まあ銃関係はもっと書き込んで欲しかったけれど…(明白な誤りは『マルタの鷹』本編の私の評をご覧ください) |
No.369 | 9点 | マルタの鷹- ダシール・ハメット | 2022/01/31 21:25 |
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1930年出版。初出Black Mask 1929-9〜1930-1(五回連載)。ハヤカワ文庫の改訳決定版(2012)で読みました。
スペードってオプと全然違うキャラかと思ったら、ハンサムになっただけで中身は全然違わない、というのが意外でした。私はずっと前にボギー主演のヒューストン映画(1941)を観てたので話の筋は覚えてたのですが、新しいことやろう、という最初の方の凝った文体が微笑ましかったり、途中の淀みない流れが素敵だったり、ああ、またやってるね、という作者のお馴染みの感覚だったりが嬉しくて、非常に満足。この作品単体で味わうより、オプものをじっくりと読んでから、あらためて賞味するのが良いのでは?と思いました。 ラスト・シーンは、続きを妄想した例の記事を知ってると、とても面白い。 トリビアは拳銃に関するものを一個だけ。(気が向いたら付け足します…) 珍しいWebley–Fosbery Self-Cocking Automatic Revolverが登場。英国のWebley社のユニークなリボルバー、1901-1924に約4750丁が製造されたようだ。普通のリボルバーと違い、発射の反動でコッキングするのが非常に珍しい。こんな有名作品に、こんな珍品が堂々と登場してるとは知らなかったので、ガンマニアとしてはお腹いっぱいです!(日本Wikiには登場作品にきちんと言及されている) (2022-2-2追記) 本作で登場するWebley–Fosbery revolverは、さらにレアもので38口径の八連発仕様。市場に出回ったのは僅か200丁ほど(通常のものは.455Webley弾、六連発)。良く調べると、使用銃弾も珍しく、リボルバー用のリムのある弾丸ではなく、自動拳銃用の.38ACP(全長33mm、1900年開発)をクリップを使って装填する。しかも、この銃弾、普通38口径自動拳銃で使う.380ACP(全長25mm、1908開発)とは違う珍しいもの。なお「38口径」という名称は、他の多くの銃弾(22、25、32、45口径など)とは違い、弾頭の直径ではなく薬莢部分の直径で、実際の弾頭の直径は種類により多少違うが.355-.357インチ。なので欧州でいう9mm弾丸と同等である。(『マルタの鷹』講義p376の注408.9(22.14)で誤解した記載がある) (2022-2-6追記) トリビアは大抵「『マルタの鷹』講義」に載ってるので省略。でもそっちには無い価値換算には言及しておこう。本書にはドルとポンドが登場して、1ポンド=10ドルで換算している(p146など)。「講義」によると作中年代は1928年12月。1928年の交換レートを調べると£1=$4.86、金基準でも£1=$4.87とほぼ同じ。1920-1930の変動を見てみたがあまり変わっていない。あっそうか、舞台を考えると香港ドルとの換算かも?と見てみると1928年のレートは$1=HK$1.996。ならば£1=HK$9.70となって本書の換算に近くなる。登場人物たちも米ドルだと誤解してるわけだが、そうではなくてブツがブツだけに過大なふっかけた換算レートを提示したのかも。 なお米国消費者物価指数基準1928/2022(16.30倍)で$1=1858円、英国消費者物価指数基準1928/2022(66.94倍)で£1=10445円。 「講義」では、小説の私立探偵の報酬が日給20〜25ドル(3万7千〜4万6千)が相場(ソースは小鷹『ハードボイルドの雑学』p87)のところ、二百ドル(37万円)をあっさり出す、と驚嘆してるけど、換算してみると、より生々しい印象になると思う。 以下は「講義」で触れられていないトリビアを拾ってみた。 p3 献辞 ジョウスに捧ぐ(To Jose)♠️下の娘Josephineのことだろう。 p27 黒のガーター(black garters)♠️ああ、男でも使うんだ。 p30 ウェブリー・フォスベリー・オートマティック・リヴォルヴァー(Webley–Fosbery Self-Cocking Automatic Revolver)♠️「講義」の注は突っ込みどころあり。W. J. Jeffrey & Co.は「販売元」だろう。数百丁の販売だから「価値がありすぎる」としているが、単に不便で売れなかっただけ。サイズが大きすぎて携帯に向かない、とあるが1.24kgで280mmだから確かにコルトM1911(1.10g, 216mm)よりかなり大型だが「1フィート(304mm)を超えるはず」ではない。 p35 犯罪の成功に(Success to crime)♠️乾杯の文句。 p43 四四口径か四五口径♠️似たようなものだが44口径はS&W(プロ仕様)のイメージ。45口径はコルト社(ありふれた型)のイメージ。 p43 ルガー(a Luger)♠️正式にはPistole Parabellum、通称P08。38口径(=9mm)。ヨーロッパの洒落たイメージ。 p56 ナッシュのツーリング・カー(a Nash touring car)♠️1924年のSaturday Evening Post広告でNash Six 4-door Touring CarはOnly$1275というのがあった。 p73 『タイム』を読んでいた(reading Time)♠️1923年創刊。 p78 銃身の短い、平たい小さな拳銃(a short compact flat black pistol)♠️「黒い」が抜けている。このキャラが持ってるなら25口径のFN M1905(M1906ともいう)がピッタリだが、32口径(p134)らしいので、ベストセラーのFN M1910なのか。 p81 数種類のサイズの合衆国紙幣で365ドル、五ポンド紙幣が三枚(three hundred and sixty-five dollars in United States bills of several sizes; three five-pound notes)♠️1928年に米国紙幣はサイズを小型に変えた(187×79mmから156×66.3mmへ)。なので、旧札と新札が混じってるよ、という意味だろう。 p106 シアトルにある大きな私立探偵社で働いていた(In I was with one of the big detective agencies in Seattle)♠️スペードもコンチネンタル探偵社出身なのか。 p143 サンドウィッチ♠️こういう食事のシーンが良い。 p153 エン・キューバ(En Cuba)♠️元はEduardo Sánchez de Fuentes(1874-1944)作Habanera “Tú”。それをFrank La Forgeが1923年にCuban folk song として編曲し訳詞をつけたもの。 p173 サイフォン p198 こけおどしの台詞♠️誤解されているが、ハメットがヒーローに喋らせるワイズクラックはチャンドラーの軽口とは違い、必ず目的がある(人を怒らせたり、話を逸らせたり)。実生活で利口ぶったマーロウが吐くセリフを聞いたら、必ず、やな奴、と思うはず。ハメットのヒーローたちはそんなセリフを吐いていない。 p199 重いオートマティック拳銃(a heavy automatic pistol)♠️スペードの背広ポケットに収まるサイズなのでコルトM1911(45口径)あたりか。 p231 ここにも食事のシーン。 p233 その拳銃から発射されたものだ(came out of it)♠️1925年にゴダードが銃弾の旋条痕から発射拳銃を特定する技術を確立してから数年経過しているが、まだ一般的な知識にはなっていないようだ。有名になったのは1929年2月のバレンタインデーの虐殺の鑑定からだという。 p246 大陪審とか検死審問に呼ばれてしゃべらされる(be made to talk to a Grand Jury or even a Coroner's Jury)♠️ここはニュアンス違いあり。大陪審には証言の強制力があるがCoroner’s Jury=inquestには強制力は無い。弁護士が「検死審問は裁判じゃない」p73と言ってる通り。なのでここは「大陪審でしゃべらされるって言っても、検死官陪審にすら呼ばれてないんだがな」という趣旨。 p256 スペードはいるか(Where’s Spade?)♠️ここは「スペードは?」くらいで良い。とにかく言葉を省略して。 p271 ここでも食事。 p271 黒いキャディラックのセダン クリスティ再読さまは『赤い収穫』と『恐怖の谷』の繋がりを見抜いたが、私も真似して『デイン家』は宗教がらみなので『緋色の習作』、『マルタの鷹』は宝の物語なので『四つの署名』という説を唱えておこう。そうすると『バスカヴィル』は未読の『ガラスの鍵』あたりかなあ。 |