皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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猫サーカスさん |
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平均点: 6.19点 | 書評数: 405件 |
No.285 | 6点 | 狐憑きの娘 浪人左門あやかし指南- 輪渡颯介 | 2021/08/28 19:10 |
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左門と甚十郎のコンビが奇怪な事件に挑む「浪人左門あやかし指南」シリーズの第四弾。三人組の子供が侍の水死体を発見、その直後に二人が変死する。事件を調査する左門と甚十郎は、子供たちが通っていた手習い塾の師匠の娘が狐に憑かれたとの噂や、甚十郎が斬った男の幽霊の出現などの怪現象に直面。さらに甚十郎と狐憑きの娘の結婚話までが持ち上がってしまう。怪談の数々を意外な形で結び付けて謎を解く左門の推理は、純粋にミステリとして読んでもレベルが高い。普段は見えない闇を扱う怪談を使って、現実社会にも表にも出ない巨悪があることを暴いた離れ業にも驚かされた。 |
No.284 | 6点 | 血の冠- 香納諒一 | 2021/08/20 18:18 |
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会計課の警察官が主人公で、連続猟奇殺人を扱った警察小説。殺されたのは警察OB。しかも頭蓋骨が切断され、脳みそに釘が刺されていた。二十六年前に殺人者「キング」がやった連続殺人の手口と全く同じだった。弘前中央署の小松は、会計課係長にもかかわらず、幼なじみの警察庁警視正、風間の要請により捜査に加わった。少年時代、二人はキング事件の被害者でもあったのだ。すでに猟奇殺人を扱うサイコブームは去った。警視庁キャリアと地方署の内勤警官という組み合わせも珍しくはない。幼なじみが過去を結ぶ事件に巻き込まれるというのもありふれている。ところが作者は、こうした手垢の付いた題材を盛り込みつつ、主人公の小松を筆頭に、陰影に富み生活臭あふれる人物を登場させることで、迫力あるミステリに仕上げている。虚構に富んだ娯楽性と情感豊かなサスペンスが融合していて読み応えあり。 |
No.283 | 6点 | 災厄- 永嶋恵美 | 2021/08/11 18:18 |
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凶悪な犯罪ばかりか、学校や職場のいじめなど、世の中の暗い出来事は絶えることがない。誰の身にいつ災難が起こるか分からないばかりか、自分や周囲の人たちが加害者に転じることすらあり得るだろう。そんな現代社会の病理を捉えたサスペンス。私立中学の女性教諭が路上で殺害された。妊娠八か月で産休に入ろうとする前日の出来事だった。やがて妊婦ばかりを狙う殺人事件が連続し、ある高校生が容疑者として逮捕された。事件のニュースを聞き、自分も妊娠五カ月目に入っていた美沙緒は不安を感じた。恐ろしいのは異常な殺人犯ばかりではない。匿名のネット掲示板での心ない中傷や個人的な情報の露出など、いまや家の中にいても安心していられない。しかも身近な人々の好意の裏にひどく陰険な思惑が潜んでいたりする。そんな善と悪がないまぜになった人間の複雑な姿が見事に浮き上がってくる。殺人者側からの描写があるなど、少年犯罪小説としての読み応えも十分。 |
No.282 | 7点 | ぼんくら- 宮部みゆき | 2021/08/03 18:54 |
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巻頭の「殺し屋」から「拝む男」までの五短編は、長屋に住むさまざまな人間を列伝的に描いた人情話で大いに読ませる。そして謎解きに平四郎が動き出す優に一冊分の分量がある。「長い影」まで読み進むと、ホワイダニットをメインに据えた、連作時代ミステリという構成と、先の短編が全体のプロローグを兼ねていたことが明らかになってくる。この長丁場を持たせるには肝心の謎がやや弱いのが残念。だが細部に目をやれば、適度にいい加減な平四郎や現実を見据えて精いっぱい生きるお徳など、庶民の姿が手を伸ばせば届くように生き生きと活写されている。人間が持つ業を温かい視点で肯定的に描く、作者の真骨頂が色濃くにじみ出ているといえるでしょう。 |
No.281 | 7点 | クララとお日さま- カズオ・イシグロ | 2021/07/26 19:04 |
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AFと呼ばれる子供型の自立ロボットが語り手となり、ショップに陳列され買われていくところから始まる。ピノキオやトイ・ストーリー的な寓話かと思いきや「人間とは何か」をめぐって意外なほど律義に異質な知性にアプローチする。まだ存在しない技術を核にソフトなディストピアを描く点やミステリ的な仕掛けで物語を駆動する点は「わたしを離さないで」と共通している。AFは陽光を吸収し、栄養とするためか、クララは太陽に対し信仰めいた思いを抱いている。また、見たものをすべて記憶し、関連づけることで世界を独自に解決する。この二つの前提から論理的に導かれるドラマが深く胸に刺さる。 |
No.280 | 6点 | 忘れられた巨人- カズオ・イシグロ | 2021/07/17 18:45 |
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6世紀ごろのブリテン島(現在の英国)が舞台。竜や鬼、騎士が登場するファンタジー豊かな物語で、共同体や個人にとっての記憶と忘却の意味を問う。
ブリトン人の老夫婦、アクセルとベアトリスが住む村には奇妙な現象が起きている。人々の物忘れがあまりにもひどいのだ。どうやら霧が関係あるらしい。村で不遇をかこつ2人は息子に会いに行くことにする。でも息子の顔も、どこに住んでいるのかも思い出せない。 アクセルはベアトリスを「お姫さま」と呼ぶ。2人は仲睦まじい。思いやり、助け合いながらの旅だ。途中でサクソン人の村に寄るが様子がおかしい。村人が悪鬼に襲われて殺され、少年がさらわれたのだ。 通りかかったサクソン人の戦士ウィスタンが悪鬼と戦い、少年の救出に成功する。老夫婦の旅に、この少年エドウィンとウィスタンが加わる。 竜を殺せば人々の記憶は戻る。だが、かつて争ったブリトン人とサクソン人の間の遺恨がよみがえったとき、何が起こるのか。昔の日々を思い出した老夫婦は、絆を保っていられるか。 「かつて地中に葬られ、忘れられていた巨人が動き出します」。忘れられた巨人とは「共同体の記憶」や「国の歴史」の隠喩だろう。私たちはそれとどう向き合えばいいのか。不安を抱えつつも冒険の旅を続けた老夫婦の勇気に学びたい。 |
No.279 | 5点 | キング&クイーン- 柳広司 | 2021/07/12 18:32 |
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警察を辞めた女性が主人公となる異色サスペンス。冬木安奈は、六本木の雑居ビルにあるバー「ダズン」で働いていた。元SPの彼女は、その経歴から店へ来る女性客のために用心棒の役目を果たすことがあった。だがある日、常連客に連れられて店に来た栄蓮花から、アンディ・ウォーカーという男の警護を依頼された。彼は元チェス世界王者だった。果たして安奈は最善手を打ってアンディを守れるのか。本作は、チェスの世界を現実に置き換え、いかに盤上のキング、アンディを守るか、その戦いに挑むヒロインの活躍が描かれている。安奈とアンディそれぞれの過去が現在に絡み、緊迫した状況へと展開していく。おそらくチェスを多少でも知っていれば、アンディ・ウォーカーは伝説のチェスチャンピオン、ボビー・フィッシャーをモデルにしていることは明白だろう。しかし当然ながら、様々なフィクションがほどこされており、単に実在した天才の経歴をなぞるだけではなく、チェスを模した要人警護の話にとどまってもいない。読み手さえも騙してチェックメイトとなる。 |
No.278 | 6点 | 人質の朗読会- 小川洋子 | 2021/07/05 19:11 |
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9話からなる物語はそれぞれ語り手が違う。地球の裏側で反政府ゲリラの人質となった彼らが毎夜、粗末な廃屋で自らの過去について語る。それが録音され「人質の朗読会」と題されたラジオ番組になるという形式の物語。冒頭で人質たちは犯人の仕掛けた爆弾で死亡したことが書かれる。物語は死者の声として進む。もう生きていないはずの彼らは、自分の人生で起きたある出来事を生き生きと語る。英字ビスケットで綴られた単語、背負った老人の重み、隣人と作った黄金色のコンソメスープ、緑の小川のようなハキリアリの行進。ささやかだが、決して損なわれることのない、鮮やかな記憶だ。誰しも語るべき物語を持っているのだと思わせられる。けれど、それはもう声だけで、彼らはいない。物語のはずなのに喪失感が迫ってくる。いったいこの世ではどれだけの声が消されていっているのだろうと胸が苦しくなり、物語の強さに驚く。耳を澄ませて、会ったことのない誰かの小さな日常を、声を、消えていく記憶を、特別ではない人生の欠片を拾い集めて、一字一字記している。 |
No.277 | 8点 | 鏡の中は日曜日- 殊能将之 | 2021/06/26 18:38 |
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一九八七年、鎌倉に住む仏文学者の邸で訪問客の一人が殺害された。居合わせた名探偵・水城優臣の推理によって、事件は解決されたかに見えた。しかし二〇〇一年、探偵の石動戯作のもとに、事件の再調査をしてほしいという依頼が持ち込まれる。犯人は誰か、トリックは何かといった謎解きのパーツを個々に取り出せば案外月並みだが、本書において解かれるべき謎の核は、そもそもこの作品の中では一体何が起こったのかという点にある。推理の前提となるべき条件が次々と覆され、それに伴って事件の全容そのものが絶えず微妙な変貌を遂げてゆくのである。屈折したユーモアのセンスも含め、尋常ならざる才気に裏打ちされた小説である。 |
No.276 | 7点 | ポジ・スパイラル- 服部真澄 | 2021/06/21 18:37 |
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新しい日本の海の姿をシュミレートしてみせる小説。物語は、環境省のエリートである橋場が海に潜るシーンから始まり、次に人気俳優の久保倉が東大の准教授・住之江沙紀からレクチャーを受ける場面へと展開する。やがて沙紀たちは、有明海、東京湾など日本の海の再生に向け、大胆な挑戦を続けていく。「なぜ橋場は自殺したのか」という謎を含んでいるものの、理想的な再開発や環境問題をめぐる情報小説としての色合いが強い。石油や小麦などの値上がりが続く昨今、その背後にある問題や、環境、エネルギー、農業漁業など、どれをとっても悪いデータや暗い見通しばかりが支配している感がある。そんな現在のネガティブな方法論で示したのが、この「ポジ・スパイラル」。少しでも日本の海とその未来に関心のある方はぜひ。 |
No.275 | 5点 | プラ・バロック- 結城充考 | 2021/06/13 19:07 |
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神奈川県警の女性刑事クロハは、呼び出された現場で思いもよらない凶悪な事件に立ち会うこととなった。埋め立て地の冷凍コンテナからから、十四体もの死体が発見されたのだ。はたして集団自殺なのか。やがて一人の身元が確認されたものの、新たに六体が発見された。頻繁な改行や体言止めを多用した文体のため、かなり安っぽく感じもするが、それも作者の計算の内なのか、独自の雰囲気に統一された作品である。メールに残された数字の謎をはじめ、クロハが仮想空間で会話していくなど細かい道具立ても含め、全てが近未来風イメージによる無機質な世界。表面的な解決の向こうにある驚きの真相など、巧みな構成をそなえている。 |
No.274 | 5点 | くちぬい- 坂東眞砂子 | 2021/06/09 18:34 |
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都会へ出て山村で暮らし始めた夫婦が味わう恐怖の物語。竣亮は定年退職を機に、妻の麻由子と二人で高知の山奥へ移り住むようになった。麻由子は放射能汚染に不安を感じ、東京から逃げたかったのだ。当初は理想の生活を手に入れたと思っていた。ところが高齢者ばかりの村人たちとの関係は次第に嫌悪となっていく。きっかけは「赤線」と呼ばれる道の上に穴窯を作ったことだった。そして夫婦は陰湿な嫌がらせを受け始める。「村」という閉鎖社会での陰湿ないじめや人の心が壊れる過程が不気味に語られていく。だが、それはなにも田舎だけではなく、どこへ逃げようとも付きまとってくるのかもしれない。本作は、まるで日本という国の根源的な病理を示しているかのような恐ろしさを、読者に覚えさせているようだ。 |
No.273 | 7点 | 恋するアダム- イアン・マキューアン | 2021/06/04 16:21 |
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恋のライバルは、超高性能人工知能を搭載したアンドロイド?男女の三角関係という普遍的なテーマを、現代的にポップに捉え直したこの作品はその実、人間の本質や倫理観をあぶりだす意欲作だ。自動運転車が走り、数学者チューリングが存命の、架空の1982年イギリス。30歳過ぎのチャーリーは、遺産で得た大金で最新アンドロイドを購入する。それはアパートの上階に住むミランダを振り向かせるため。子を育てるがごとくアダムの設定を共同で行い、縁を強めようという作戦だ。ミランダとの接近は成功する。だが大誤算はミランダがアダムと身体の関係を持ったこと。アダムは性の愉悦を知ると同時に、アイデンティティーをめぐって苦悩するように。さらに、電源のオンオフで生殺与奪を握るチャーリーとの熾烈な闘いも始まる。アダムは、ビッグデータとつながり、瞬時に最適解を導く頭脳と人型を有する。家事もすれば、肌も温かく、詩も読む彼を無慈悲に扱えるか。一方で、嘘をついたり不正を容認したりできないアダムに、人間的な情緒は通用するのか。ストーリーは、秘密を抱えたミランダの魂の救済という問題に及び、複雑さを増す。アンドロイドを制御可能と考えることと、正義感のために法を犯すことの類似が語られていく。人間の鏡像としてのアンドロイドは、人間の愚かさも白日の下にさらす。作者らしい皮肉の効いた、スリリングな物語だ。 |
No.272 | 7点 | 愛しき者はすべて去りゆく- デニス・ルヘイン | 2021/06/04 16:21 |
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私立探偵パトリック&アンジーものの第四作。男女探偵が幼女の失踪事件を捜査する物語というと、誘拐事件をメインにしたサスペンスやロス・マク風の過去にさかのぼる一族の秘密を探る私立探偵小説を想起するでしょうが、作者はどちらにも安易に流れずに独自の世界を形作る。大きな社会問題にもなっている幼児行方不明事件を見据えて、人間性のかけらもない小児愛好家たちのおぞましい犯罪と、子供に対して何の感情を持たぬ無責任な親たちを提示しながら、いかに子供を救済するのかという問題を問いかける。事件をめぐる卓越したプロットもさることながら、この子供の救済をめぐって起きるパトリックとアンジーの葛藤が本書の最大の読みどころでしょう。 |
No.271 | 5点 | 独白するユニバーサル横メルカトル- 平山夢明 | 2021/05/28 19:12 |
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狂気と暴力におかされた人々が登場し、異様な地獄世界が展開するホラー小説集。八つの短編が収録されており、表題作は日本推理作家協会賞受賞作。なんと、メルカトル図法によって描かれた市街道路地図帖が語り手。その地図は、持ち主を「お坊ちゃま」と呼び、彼の「使命」を手助けしていた。奇抜な発想とダークな恐怖感覚が見事に融合している。そのほか、残虐ないじめや子供の虐待、もしくは未来の全体主義社会がテーマの短編が並んでいる。今生きている現実の感覚が、全て破壊されてしまう悪夢がここにある。 |
No.270 | 6点 | オーディンの鴉- 福田和代 | 2021/05/24 18:58 |
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情報化・監視社会の大型犯罪を取り上げ、事件が現実に発生した時の恐怖を味わえるサスペンス。東京地検による家宅捜索を前に、国会議員の矢島が自殺した。インターネット上では、矢島に関する悪意のこもった写真や動画、そして行動の記録などがあふれていた。ありとあらゆる個人情報がネットに流出する恐怖もさることながら、おぞましいのはマイナスの印象を与えるように断片的な事実が巧みに加工され、ばら撒かれることだ。冤罪事件発生の構図ともよく似ている。本作の凄味は、そんな匿名ネット社会の陰湿さ、不気味さが徹底的に書かれているところにあるだろう。 |
No.269 | 4点 | T.R.Y. - 井上尚登 | 2021/05/18 18:47 |
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明治の東京と上海を舞台に実在の人物を巧みに織り交ぜながら、詐欺師の主人公が軍と軍閥を手玉に取る様子を新人離れした筆致で描いている。主人公を取り巻く脇役たちの造形も、芸者屋の女将をはじめとして中々いいし、頼りなない犬が登場して大活躍するなど、コミカルな味付けもいい。人物造形、構成がよく、波乱万丈のストーリー展開もいい。ただ、既読感があり、新鮮味という点で物足りなさを感じてしまうので、全体の高揚を削いでいることは否めない。 |
No.268 | 6点 | 偽憶- 平山瑞穂 | 2021/05/13 18:51 |
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初めに結論ありきで事実を都合よく捻じ曲げて記憶する。誰もが知らず知らずにそんな思い込みをしているかもしれない。この作品は、忘れていた過去の真実が暴かれる物語である。疋田利幸は、実家に届いた奇妙な手紙を手にとった。ある人物の遺産問題に絡み、利幸が小学六年生の時に行われたサマーキャンプ参加者五人に集まってほしいという。やがて女性弁護士による説明会が行われた。故人の遺産はなんと31億円。しかし受け取る資格があるのは、15年前の夏に「或ること」をした人だけだという。一体あの夏に誰が何をしたのか...。大手メーカー勤務の利幸、バーの雇われ店長の樹、派遣労働で食いつなぐ一彦、自称タレントの智沙、公益団体に勤める今日子。それぞれの過去が生々しく物語られ、次第に個性の違う彼らの人となりや現在の境遇が明らかになっていく。家族、学校、思春期の悩みなど、痛々しく身に迫るエピソードも多い。話の中盤で真相はおおかた判明するものの、キャラクター設定と描き方がうまく、「同窓会ミステリ」としての読みごたえは十分すぎるほど。5人の相性の良し悪しや遺産に対する執着がそれぞれ異なるため、よりサスペンスが高まっている。「偽憶」にまつわる結末も見事。 |
No.267 | 6点 | 邪馬台- 北森鴻 | 2021/05/08 18:54 |
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異端の民俗学者と呼ばれる蓮丈のもとへ、知り合いの古物商から、「阿久仁村遺聞」という資料が送られてきた。その25編から成る手書きの古文書には、村で起こった出来事が民話や伝統のように記されていた。だが、そこに隠された謎を読み解き、「邪馬台国」に関する議論を重ねていく過程で、思わぬ事件が巻き起こる。これまでも多くの学者や作家が邪馬台国の謎に挑んできたのはご存知のとおり。「魏志倭人伝」に記された卑弥呼が治める女王国とは日本のどこにあったのか。ここでは現代の調査と事件を軸に、謎の古文書に含まれる鏡のモチーフをはじめ、廃村、ヤマタノオロチ伝説といった多くの手掛かりから、明治期に村で起こった大量殺人事件、および歴史に隠された邪馬台国の謎が暴かれていく。民俗学や古代史に関する深い考察ばかりか、骨董や美食の蘊蓄なども含め、多彩な魅力がいたるところに詰まっている。 |
No.266 | 6点 | ベイジン- 真山仁 | 2021/05/03 18:30 |
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地球温暖化、原油価格高騰、バイオ燃料への転換がもたらす弊害など、いま世界が抱える問題の大部分は、エネルギーに関するものだといってもおかしくない状況。そして原子力発電に関しても、安全性や放射性廃棄物の問題など、依然大きな不安を残したままである。この作品は、世界最大規模の原発に関わる日本人技術者を主人公とした大型エンターテインメント。舞台は五輪開幕を目前に抱えた中国。日本技術者のみならず、中国側の責任者、そして北京五輪の記録映画の監督に指名された中国人女性の三人の視点で話は展開していく。「絶対的な安全」という目的と「国家の威信」という中国政府のメンツがぶつかったり、大連市の汚職摘発問題が背後にあったり、日本と中国の関係がさまざまな事件に発展していったりと重層的な物語が読み応えを深めつつ、幾多の困難に見舞われながらも最後まで「希望」を捨てない主人公らの姿が身に迫ってくる。さらに五輪開幕日までの悪戦苦闘ぶりが、壮大なタイムリミットサスペンスのように緊張と興奮をもたらす。 |