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猫サーカスさん
平均点: 6.20点 書評数: 321件

プロフィール高評価と近い人 | 書評 | おすすめ

No.321 6点 ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ- A・J・フィン 2022/05/13 18:12
主人公のアナは精神分析医だが、広場恐怖症により外出できなくなり、10カ月も家に引きこもっている。しかも、窓から見える近所の住人を観察し、彼らの出自をネットで調べるというストーカーじみた行動に走っているのだ。ある日、彼女はレンズ越しに向かいの家での殺人を目撃する。ウィリアム・アイリッシュの短編小説を原作とするアルフレッド・ヒッチコック監督の名作「裏窓」を踏まえた設定であることは明らかだ。アナの証言を他の人々は誰も信用しないのだが、アルコール依存症でもある彼女は読者から見ても「信用できない語り手」なので、本当に殺人が起きたのか、それとも彼女の幻覚なのか、容易には判断できない。上巻の後半になってからようやく本格的に事件が起きるので、いくらなんでも気を持たせすぎという印象は否めないものの、現実と妄想の境界線が崩落してゆく後半の展開は、足元にあるはずの地面が崩れ去るような不安に満ちている。「裏窓」を踏まえていることを意識しつつ読めば、真相についてはいくつかの可能性が思い浮かぶだろう。だが、それらの予想を片っ端からなぎ倒すような結末の意外性は衝撃的だ。

No.320 7点 知能犯之罠- 紫金陳 2022/05/04 18:24
数理論理学の天才であり、犯罪心理学を修めたアメリカ帰りの男、徐策。彼は今、街路の防犯カメラを欺き、逮捕を免れるはずの「完璧な殺人」のために二週間以上を調査に費やした。犯人は予め明示されている倒叙ミステリのスタイルで、その殺人動機も早い段階で提示されるため、どうやって中国の防犯カメラネットワーク「天網」を欺いたのか、というハウダニットへの興味が物語を牽引することになる。トリック自体は種を明かされれば目新しいものではないが、徐策の壮大な完全犯罪の仕掛けは、中国という国家を舞台にしているからこそ、実現し得るもので非常に興味深い。本作は二〇一二年にネット上の掲示板に連載された作品だが、中国政府の検閲で削除されていないというのが不思議なほど挑発的な作品だ。中国政府の推進する天網を含むAIによる監視システムをいかにして無力化するかという物語であり、かつ公安官僚は悪役として描かれ、彼らの利権に目ざとく保身的な思考回路が描かれている。徐策の殺人動機、そして事件の結末さえも現代の中国の秩序を脅かす挑戦的に思えるのだ。結末を通して見える景色は、中国式とでも言うべき恐るべき物語に仕上がっている。

No.319 7点 誰かが嘘をついている- カレン・M・マクナマス 2022/04/19 18:43
携帯電話をクラスに持ち込んだ罰で理科室に集められた五人の生徒たち。その生徒の一人、高校のゴシップ掲示板(裏サイトアプリ)の運営者サイモンが持病のピーナッツアレルギーで死亡。どうやら水を飲んだコップに仕込まれていたらしい。主人公たち四人は、全員がサイモンのアプリで暴かれたくない秘密を持つ、学年でも注目度が高い生徒たち。そして警察がサイモンの殺人事件を捜査していく中で、彼らが語りたがらない秘密が暴かれていく。徐々に変容していく彼らの日常。その中で描かれるのは、ハイスクールという小さなコミュニティで生きる彼らのどうしようもない生きづらさや、抑圧された人間性。そして事件が解決される過程を通してそれらが解消・昇華されていくという、群像的な青春小説として非常に優れた構成となっている。また、ミステリとしてはサイモン殺害の動機が、作品のテーマと繋げられているという意味では丁寧なホワイダニットが感慨深い。四人の高校生たちの秘密の正体が四人それぞれ異なるように、人それぞれに青春期の「抑圧」の形があることを思わせてくれる。

No.318 5点 ファーブル君の妖精図鑑- 井上雅彦 2022/04/09 19:04
美大を中退して母の故郷で働くことにした真亜梨が出会ったのは、黒づくめの服装に、虫眼鏡と虫取り網を持った奇妙な青年。誰にも見えない奇妙な存在の観察記録が記されていた。偶然ノートを読んだ真亜梨は、その記述に刺激され妖精の姿を絵に描く。この二人の「記録する」「絵を描く」という行為が、いくつもの事件の真相を明らかにする連作短編集。幻想めいた存在を扱いながらも、謎解きのそのものは現実を土台にしている。その構築は極めて手が込んでいて、繊細なガラスの工芸品を連想させる。舞台となる彩野辺の町も、独特の輝きを放っている。日本の田舎にありそうなリアリティこそ薄いけれど、ファンタジーとミステリの境界に位置する物語の舞台として、ここにはないどこかにありそうな場所として魅力にあふれている。

No.317 8点 medium 霊媒探偵城塚翡翠- 相沢沙呼 2022/03/29 18:43
優れた推理力で難事件を解決に導いた経験もあるミステリ作家の香川史郎は、大学時代の後輩を介して、城塚翡翠という人形めいた美貌の若き霊媒師と出会う。いっぽう巷ではここ数年、一切の証拠を残すことなく女性ばかりを殺害する連続殺人鬼が世間を騒がせていた。香川と城塚が協力し、さまざまな事件を解き明かすうちに、いつしかその魔の手は城塚にも。「霊媒」とはいえ、城塚は事件現場に赴けば自由に死者の魂を呼び出し、被害者から殺人事件の真相を訊きだせるわけではない。能力には制限や本人も気づいていない法則があり、香川はそれらを探りながら、城塚が示すヒントを糸口に真相へと迫っていく。そこにエピソードごとに用意された多彩な謎解き、次第に近づいていく香川と城塚の距離、殺人鬼の脅威が忍び寄るスリルが加わり大いに読ませる。クライマックスで繰り広げられる、それまでの全ての伏線といっても過言ではない怒涛の謎解きは、本格ミステリの醍醐味をこれでもかと味わせてくれる。

No.316 8点 11/22/63- スティーヴン・キング 2022/03/15 18:13
分かりにくい題名だが、つまり一九六三年十一月二十二日という意味。ケネディが暗殺されたその日だ。主人公ジェイクは二〇一一年のアメリカ北東部メーン州アンドロスコッギン群リスボンフォールズに住むリスボン・ハイスクールの牧師で、作文の添削や演劇の指導をしている。その作文の中に、社会人学生の書いた、父親の家族殺人が綴られた一編があった。このことが物語の伏線になる。ジェイクはハンバーガーショップのなじみの客。癌で死が間近に迫る経営者アルは、ある日ジェイクを食品倉庫に案内する。そこには、別世界に入る穴があったのである。その別世界とは、一九五八年のアメリカだった。ジェイクはアルの熱望「ケネディ暗殺を止める」ことを実行しようとする。そのために過去の世界で、テキサス州にまで移動して五年間生活をすることになる。この小説自体がアリスの穴のようで、引き込まれたら出られなくなる。まず六〇年代の住居、飲食、ファッション、ジャズにロック、そして歴史である。日本人なのに懐かしい。出てくる町や施設は実在に近くリアルだ。キングの小説の面白さは、生活の中でふと出会う異常体験にある。日常と異常が実は隣り合わせで、そこに突然穴が開く。それはキングの作品に共通している。本書は人の心の中にある「悔恨」を刺激する。あの時あれを止めていればと。では過去を変えればもっと人は幸せになるのか。「今」が無二の瞬間であることを読んだ後、深く納得する。

No.315 8点 一の悲劇- 法月綸太郎 2022/03/15 18:13
山倉家に突然入った長男誘拐の知らせ。しかし実際に連れ去られたのは近所に住む富沢家の息子。犯人は子供を取り違えたのか。山倉家の父親は身代金の受け渡しに赴くが失敗、少年は遺体で発見されてしまう。やがて容疑者が浮上するものの、その人物には強固なアリバイが。事故当日は、作家の法月綸太郎と一緒にいたというのだ。作者と同名の探偵作家が活躍するシリーズの一冊。探偵は脇役にまわり渦中の父親の視点で話が進むため、全編に緊張感がみなぎっている。そして後半は二転三転の怒涛の展開。穴のないロジックもさすがだが、家族のドラマが重層的に描かれている点もこの作品の磁力。巧みに欺かれ続けた揚げ句の真相に呆然とした後、ラスト一行の子供の一言にグッとくる。惹句は「めくるめく、どんでん返し!」「どんなに身構えても、あなたはきっと騙される」。この文句に嘘偽りなし。

No.314 6点 泳ぐ者- 青山文平 2022/02/28 18:49
扱う事件は、離縁して三年半たつのに、なぜ女は前の夫を刺したのかという謎Aと、毎日決まった時刻に大川を泳ぐ男がいるが、それは何のためなのかという謎Bの二つ。謎Bからはさらに、不敵な笑みをもらして男が殺されるという謎Cも浮上し、一段と奥が深くなる。Aを探ると思いがけない家族のありようが、Bを追うと過去にさかのぼる凄惨な大量殺人事件が浮かび上がり、おのずとCの意味が見えてくるという仕掛けで、実に緊密に作られていて驚く。深い罪と悔恨という主題が、Aの後日談とともに片岡直人の苦い自己発見へとつながるのもいい。いささか謎解きに終始していて小説としての厚みがもう一つのところもあるのだが。

No.313 6点 行動審理捜査官・楯岡絵麻VSミステリー作家・佐藤青南- 佐藤青南 2022/02/28 18:49
相手のしぐさから嘘を見破る「行動審理捜査官」楯岡絵麻ものの9作目。テレビ化もされている人気シリーズで、今回の敵は作家の佐藤青南。佐藤はオンラインサロンを主宰していて、その会員たちがアンチを狙って殺人を犯した事件を、楯岡たちが追求する。行動心理学を得意とする作家と捜査官の虚々実々の駆け引きが終盤展開される。細かいしぐさが何をあらわすのか、どんな意味があるのかを絶えず見極めて切り込んでいく対決が読ませる。悪乗りの部分もあるが、小説を取り巻く環境を皮肉たっぷり描いているのも興味をそそる。

No.312 7点 狩人の悪夢- 有栖川有栖 2022/02/14 18:30
アリスはホラー作家の白布施に誘われ、京都府亀岡市にある白布施の家を訪ねる。翌日、白布施のアシスタントで急死した渡瀬が住んでいた家で、首に矢が刺さり右手首が切断された女の死体が見つかる。現場には、犯人のものらしき血の手形も残されていた。論理性を重視する本格ミステリでは、警察の介入を排し名探偵が活躍しやすい環境を整えるため、絶海の孤島や吹雪の山荘が物語の舞台に選ばれることがある。落雷による倒木で道が寸断され、容疑者が現場近くにいた六人に限られる本書も、このパターンを踏襲しているように思える。ところが火村による謎解きが始まると、本格ミステリのお約束に見えた倒木が実は事件解決の重要な鍵だったと明かされるので衝撃が大きい。それだけではなく、なぜ被害者の手は切断されたのか、犯人が現場に手形を残した目的は、といった不可解な要素を合理的に説明することで、容疑者の中から犯人になり得ない人物を除外していき、唯一絶対の真相を導き出しすプロセスは、数学の証明問題のような美しさがある。

No.311 8点 魔眼の匣の殺人- 今村昌弘 2022/02/14 18:30
必ず的中する予言を相手に廻して闘う名探偵の物語。剣崎比留子と葉村譲は、かつて超能力の研究が行われていた施設を訪れた。そこに住む老女は、あと二日のうちにこの地で四人死ぬと告げる。外界から孤立した施設に足止めされた十一人のうち、誰が命を落とすのか。本書には百発百中の予言をする老女のほか、絵を描くことで近い未来を予知できる人物も登場する。比留子は予言の成就を食い止めるためにある手を打つが、果たしてそれは有効なのか。連続死を阻止できなければ名探偵とはいえないだろうし、かといって簡単に阻止できるならば畏れに足るほどの予言ではない。この作劇上のジレンマに作者がどのような決着を与えるかが読みどころ。その決着に先立ち、比留子は譲に、これはミステリの解決編ではなく、自分と犯人との人生を懸けた死闘だと宣言する。事件に一応の決着がついたあとの伏線回収も見事で、謎解きの論理性においては前作を上回ったのではないか。

No.310 6点 見知らぬ人- エリー・グリフィス 2022/02/03 18:48
ゴシック風の怪奇小説が作中作として挿入され、その小説を模したような殺人が起きる。ゴシックホラー風の趣向は確かにあるものの、あくまでも物語を支える脇役。本書の小説としての面白さを作り上げているのは、主人公とその娘、そして事件を捜査する刑事の、それぞれの視点からの語りである。母と娘、お互いに知っているつもりで知らないこと。刑事が見た母娘の印象。母娘から見た刑事の姿。視点を変えて同じ出来事を語るので、決して展開はスピーディーではないけれど、三者それぞれのキャラクターと語りの妙で読ませる。主人公が英語教師で、英語圏の文学への言及も多く、小説好きを引きつける仕掛けがあちこちに施されている。ミステリとしてはもちろん、現代の英国を描いた小説として楽しめる一冊。

No.309 6点 傍聞き(かたえぎき)- 長岡弘樹 2022/01/22 18:33
「傍聞き」とは「どうしても信じさせたい情報は、別の人に喋って、それを聞かせるのがコツ」ということだそうだ。あまり聞き慣れない言葉かもしれないが、なるほどと思う。小学生の娘と二人暮らしの女性刑事に、留置中の容疑者の男が話したいことがあると伝えてくる。男はかつて彼女が逮捕した男だった。出所して間もないのに、もう別の事件で捕まったのだ。だが面会に行っても、男はなかなか話そうとしない。ことによると、彼女を逆恨みしてお礼参りでも計画しているのか。男が取り調べを受けているのは、彼女の近所に住む独居老人宅への窃盗容疑だった。もしも男が本当に狙っているのは娘だったとしたら...。ごく短い小説であるにもかかわらず、一切の無駄を排した隅々まで伏線が張られた精密な作りは、あらすじとして簡潔にまとめられることを強力に拒んでいる。じわじわとサスペンスが高まっていった果てに、思いがけぬ真相が明らかにされた時、ミステリならではの見事に騙されたという快感とともに、しみじみとした感動がやってくるだろう。他の3編も、淡々とした筆致、サスペンスフルな展開、意外な結末、そして人間味あふれる余韻とを兼ね備えた作品が揃う。

No.308 8点 第八の探偵- アレックス・パヴェージ 2022/01/06 19:24
物語の中に別の物語を登場させる、いわゆる作中作を用いたミステリはいくつも存在するが、この作品は七つも駆使しており凝りに凝っている。主要登場人物は、地中海の小島に穏棲する元教授のグラントと彼を訪ねてきた女性編集者のジュリアの二人。かつてグラントは一九三〇年代に、殺人ミステリを数学的に定義する論文「探偵小説の順列」を発表。それを元に短編集「ホワイトの殺人事件集」を少部数の私家版として出版したが、その後表舞台から退いてしまう。この書籍の復刊を持ち掛けるジュリアは、グラントの前で収録された七つの短編を一つ一つ読み上げ、物語の疑問点を洗い出し、議論を重ねていく。殺人現場でお互い疑心を募らせる男女の話を皮切りに、タイプの異なるミステリが語られていく中で、毎回浮かび上がる違和感、何かを隠している作者、内容に合っているとは思えない書名の謎等々、ページから湧き上がる企みの気配をひしひしと感じながら読み進めていくと思わぬ急展開が。特異な構成と、ジュリアとグラントに訪れる結末も単に驚かせるだけで終わらない味わいがある。

No.307 7点 満願- 米澤穂信 2022/01/06 19:24
六編収録されているが、一番スリリングなのは「関守」。フリーライターの「俺」が都市伝説を取材することになり、車の転落事故が多発する「死を呼ぶ峠」に赴き、ドライブインを経営するおばあちゃんに話を聞く。のんびりした話から、だんだんと鬼気迫るものになり、驚きの真実に触れることになる。迫力という点では「万灯」もいい。在外ビジネスマンの冷徹な犯罪遂行を意外な落とし穴を捉えているのだが、ジレンマに陥り不幸な選択を迫られる結末が何とも皮肉。そのほか中学生姉妹が両親の離婚に際して親権争いで予想外の行動をとる「柘榴」、警官の殉職の裏に隠された周到な計画をあぶりだす「夜警」、元彼女が働く温泉宿での事件阻止をめぐる思いがけない顛末「死人宿」、そして殺人を犯して刑期を終えた女との再会と事件検証「満願」など、どれも巧妙に作り上げられていて着地も見事。奇妙な事件の意外な成り行きを、驚きと共に語る語り口は抜群であり、プロットの切れ味も良い。静かな心理ドラマを潜ませてたっぷり読ませる優れた短編集といえる。

No.306 7点 かがみの孤城- 辻村深月 2021/12/24 19:01
中学一年のこころは、入学早々いじめられて不登校になる。ある日、こころの部屋の鏡が光り、手を触れると異世界に立つ城へと導かれる。そこには、こころと似た境遇の中学生の少年少女6人が集められていた。城を一種の避難所と見なして通うようになった7人が、すれ違ったり対立しながらも次第に心を通わせ、自分の秘密を話すようになる前半は、切ない青春小説となっている。終盤には、ファンタジー的なスペクタルも満載。わずかな手掛かりから鍵を探したり、周到な伏線がどんでん返しを連続させたりするミステリの仕掛けもプラスされ、加速する展開に圧倒された。そして、全ての謎が解き明かされると、生きづらさを感じている人へのエールが浮かび上がってくる。意外な真相が読者の心を揺さぶるだけに、より大きな感動が味わえるのではないか。本書は著者の原点回帰といえるが、それだけではない。こころを守る母親、子供の話を真剣に聞くフリースクールの喜多島を登場させ、子供を救うために大人は何をすべきかを問う新たな視点もあるのだ。その意味で本書は、主人公の同世代も、その親の世代も共感できる物語なのである。

No.305 6点 この世の春- 宮部みゆき 2021/12/24 19:01
著者の時代小説では、当時の人々が呪いや祟りに極めて敏感だったことがわかる。そして怪異な現象を綴るだけでなく、それが元々は人の心の闇から生まれる由縁を描くことに力を注いできた。本書の重要なキーワードも「呪い」で、権力争いなどから生じた呪いをはき出す闇の深さに愕然とさせられる。明らかになっていく呪いの犠牲者たちの事件は、現代の精神病質に基づく残忍な犯罪に通じる面もあり、その時代を超えた意味合いを持つ。一方、闇を晴らす光を描く筆にも説得力が宿る。重興の内面に隠された暗雲に立ち向かう多紀らの良心が確かなものであるからだ。なかでも火傷を顔に残した不幸な生い立ちを持つ幼い女中お鈴の純真な心は、欲得にまみれた闇の世界に対抗する力を表現しているように思えた。

No.304 8点 64(ロクヨン)- 横山秀夫 2021/12/12 18:24
D県警警務部の広報官、三上義信警視は元捜査二課に所属する、辣腕の刑事だった。それが人事抗争の余波で刑事畑をはずされ、広報官に回されたことで、内心鬱々たるものがある。しかも一人娘、あゆみが家出して行方不明、という悩みを抱えている。こうした状況のもとで、三上はしたたかな記者クラブを相手に、交通事故を起こした妊婦の匿名問題や、警視庁長官の緊急視察問題を巡り、体を張って対峙する。長官視察には、14年前に発生した未解決事件、「ロクヨン」と符丁で呼ばれる少女誘拐事件が関わっている。作者はデビュー以来、犯罪捜査を主体とする従来の警察小説に、斬新な視点を持ち込んできた。本書もまた、記者クラブと警察広報のせめぎ合いを、臨場感あふれる迫力で描き出し、あますところがない。加えて、キャリアと地方警察官の対立、刑事部と警務部のすさまじい軋轢など、さまざまなコンフリクトが同時進行で絡み合う。終盤の、新たな誘拐事件の追跡劇は、圧倒的なスピード感をもって展開され、息を継ぐいとまもない。やや強引な結末も、その熱気の余韻によって、十分なカタルシスとなる。

No.303 7点 湖畔荘- ケイト・モートン 2021/12/12 18:24
複雑な時間軸を行き来するのがモートン流だが、本作のストーリーラインは三つ、三人の女性が視点人物となる。一つ目は、一九三三年、コーンウォールの湖畔の別荘でパーティの晩に起きた乳児失踪事件をめぐるパート。二つ目は、二〇〇三年、ある幼児の置き去り事件にからみ、現場から干されたロンドン警視庁刑事やセイディを中心とする物語。そして三つ目は、二十世紀初頭、若いエリナの目線で、第一次大戦や財政難をくぐり抜けたエダヴェイン家の様子が語られる。物語の背景を準備し、謎を仕込み、七十年後に一気に展開させる。三人はそれぞれの過去と向き合うことになるが、各々に思い込みはあり、叙述のすべては信用できないかもしれない。三つの物語は謎解きの意外な二転三転を経て、巧緻かつ鮮やかに結ばれていく。歴史小説としても、一族のサーガとしても秀逸なゴシックミステリである。

No.302 6点 アニーはどこにいった- C・J・チューダー 2021/11/29 19:05
かつて炭鉱で栄えていた故郷の町に戻り、学校教師を勤め始めた男ジョーが主人公。彼が子供の頃、妹アニーが行方不明になるという事件があり、最近になって「同じことが起きようとしている」という怪しい文面のメールを受け取った。一体アニーの身に何が起きたのか、これから何が起こるのか。過去と現在が交互に語られ、次第に恐怖とサスペンスが盛り上がっていくという、いわば王道スタイルによるホラーミステリで、悪ガキたちによる廃坑探検など、キングの名作を思い起こさせる場面もある。しかしあらすじだけではわからない良さを感じるのは、人物の細やかな感情が伝わってくる筆致にあるのかもしれない。意外な真相が最後にしっかり待ち構えているあたりも含め読み応えがある。

猫サーカスさん
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採点傾向
平均点: 6.20点   採点数: 321件
採点の多い作家(TOP10)
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東野圭吾(6)
ジョー・ネスボ(4)
薬丸岳(4)
高田侑(4)
大門剛明(3)
安東能明(3)
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