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猫サーカスさん
平均点: 6.18点 書評数: 433件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.233 6点 おそろし 三島屋変調百物語事始- 宮部みゆき 2020/09/02 20:00
サブタイトルにあるように、宮部みゆき版百物語。ある事件がきっかけで人間不信になったヒロインのおちかが、叔父の元を訪れる人々が体験した不思議な話を聞くうちに「世の中には、恐ろしいことも割り切れないことも、たんとある」ことを知り凍り付いた心が徐々に解けていく。人間の醜さや悲しさが、卓越した比喩を多用した独自の文体によって炙り出されていく。切なくも美しい時代ホラー小説。

No.232 7点 あの本は読まれているか- ラーラ・プレスコット 2020/08/20 18:33
一冊の小説と、それが体制を揺るがすものになると考えた人々を巡る物語。冷戦下の米国。タイピストとして中央情報局(CIA)に雇われたロシア移民の娘イリーナは、ひそかに諜報員にスカウトされる。彼女は訓練を受け、やがてある作戦に起用される。当時のソ連で禁書とされたパステルナークの小説「ドクトル・ジバゴ」。これを秘密裏にソ連国内に流通させ、人々に体制への疑問を抱かせようというのだ。話は大きく二つのストーリーからなる。一つはソ連側。愛人オリガの視点から語られる。パステルナークと妻、そしてオリガの三角関係。もう一つは、CIA女性諜報員たちの物語。体制に抑圧される側と、その体制を揺るがす側、CIAの女性も、男性社会では抑圧される側なのだ。パステルナークたちの人間関係、CIAの女性たちの人間関係が重なり合う。国や社会に対して個を貫こうとする人々を描いた、読み応えある作品。

No.231 5点 極限捜査- オレン・スタインハウアー 2020/08/20 18:33
冷戦時代の東欧を舞台にした警察小説。殺人課捜査官フェレンクが担当した事件は明らかに自殺に思えた。だが相棒のステファンは他殺だと言い張り、捜査にのめり込む。第二第三の殺人が起き、第一の事件との意外なつながりが見えてくる。フェレンクは実は作家でもあるが、スランプに陥り作品が書けずにいるばかりか、妻との間がうまくいかず結婚生活まで破綻しそうになっている。しかも言論が弾圧され、あちこちに密告者が潜み、反政府主義者として目をつけられると、拷問されて殺されるか、収容所送りとなる閉塞した時代。捜査官として誠実に任務をまっとうしながら、困難な人生に勇敢に立ち向かおうとするフェレンクの姿が鮮烈に描かれ胸に迫る。

No.230 5点 希望の獅子- 本城雅人 2020/08/07 17:31
華僑の若者3人の青春物語と、現代の殺人事件を追う警察の捜査模様が融合したミステリ。横浜中華街で在日中国人の死体が発見された。だが、その陳亮という男は31年前、当時高校2年生の時に同級生の周志龍、楊将一とともに失踪した人物だった。果たしてその時3人の身に何が起こったか。そしてなぜ今になって陳亮は死体となって見つかることになったのか。中国の獅子舞、中華街の勢力争い、時代の変遷など、知られざる世界の描写がすこぶる興味深く、ドラマに深みを与えている。そして1981年の横浜を舞台に、生き生きとした青春ドラマが描かれ、しっかりとした読み応えが感じられる長編小説となっている。

No.229 5点 フリント船長がまだいい人だったころ- ニック・ダイベック 2020/08/07 17:31
タイトルから想像する方も多いかもしれないが、スティーブンソン「宝島」を下敷きにしている。かの作品が港町の宿屋の息子、ジム・ホーキンズの成長譚であったのと同じように、本書も教養小説の形式をとっている。ある犯罪行為が成長のための通過儀礼に絡む形で描かれている。展開の意外性もありサスペンスとして楽しめるのだが、同時に胸が痛くなる青春小説でもある。

No.228 6点 真実の10メートル手前- 米澤穂信 2020/07/24 16:41
主人公は探偵ではなく記者。女性記者・太刀洗万智が取材先で出会う「謎」に立ち向かう。探偵は真実を明らかにすることが、記者は真実を見つけ出して人に伝えることが仕事。両者は似ているようで、あまりにも異なる。それでも作者は、彼女を主人公に据えた。この点で、ミステリでありながら、「メディアの役割とは何か」「メディアのあるべき姿とは何か」という命題が背景に存在し、そこから透けて見えてくる人間の心理が魅力的な作品。主人公は、取材した人間の本当の思い、「真実」を見抜く。そして取材を受けた人間の「本当の思いをみんなに分かってほしい」という願いを、代弁したいと望む。メディアが伝えるべき真実・真理とは、こういうものではないだろうか?しかし、それを暴くことを、主人公は思い悩む。自分のしていることは正しいのかと惑う。この作品で展開されるこのような物語を目撃した時、読者も真実というものに悩むでしょう。

No.227 8点 幻の女- ウィリアム・アイリッシュ 2020/07/24 16:41
発端の不可思議性、中途のサスペンス、結末の意外性と三拍子揃っている。大都会を背景に独特の甘美で寂しいムードを漂わせ、不可解な謎に魅了される。アリバイがないための無実の殺人罪で死刑を宣告された男が、刻々と迫る執行日を前に、友人の努力で冤罪を晴らそうとするが、果たして刑の執行に間に合うのかというところにサスペンスが生まれる。主人公の運命がどうなるか、その焦燥感や不安感が読者の気持ちを捉えてはなさない。

No.226 5点 三つの秘文字- S・J・ボルトン 2020/07/14 18:19
スコットランドのシェットランド諸島が舞台。夫の出身地シェットランドで暮らすようになった産科医のトーラは、死んだ馬を埋めようとして庭を掘り返しているときに、女性の死体を発見する。女性は心臓をえぐられ、背中に三つの古代ルーン文字が刻まれ、出産間もなく殺害されたようだった。しかし身元が判明した女性は、検視結果による死亡推定時期の前年に既に死んでいた。女性刑事デーナと協力し合って、トーラは真相を突き止めようとするが、不穏な脅しを受ける。夫婦関係や不妊に悩むトーラが真実を求めて果敢に突き進んでいく姿が実にいい。緊迫感あふれる産科医としての仕事の描写も、物語に奥行きを与えている。何よりも北欧文化圏でもあるシェットランドの独特の風土が、謎解きにも巧みに生かされ、個性的な物語世界を作り上げている。

No.225 9点 白昼の死角- 高木彬光 2020/07/14 18:17
戦後間もなくの頃、東大生による闇金融事件で社会問題となった光クラブ事件という事件をモデルとしている。この事件が与えた社会的影響は相当強く、三島由紀夫の「青の時代」田村泰次郎の「大学の門」といった小説のモデルにもなっている。いわゆるピカレスクロマンと言われる小説で、主人公が法の網を掻い潜りながら、天才的知恵と才能で、手形詐欺を皮切りに、導入金詐欺など、次々と大型の詐欺事件を、警察などの司法機関の追及をかわしながら、実に巧みに成功させていくストーリー。クライム小説の傑作中の傑作と言っていいでしょう。

No.224 5点 カメレオンの影- ミネット・ウォルターズ 2020/06/30 17:58
英国陸軍の中尉アクランドは、派遣されたイラクで重傷を負って帰国した。病院で目覚めた彼は、家族や看護師にも心を閉ざし、訪れた元婚約者にも暴力をふるう。やがてロンドンで一人暮らしを始めた彼は、パブで騒ぎを起こしたことがきっかけで、連続殺人の容疑者とされてしまう。近隣では、軍歴のある男が殺される事件が相次いでいたのだ。事件そのものについては記事が引用される程度。病院内、さらに退院後のアクランドの日常が物語の中心にある。そして、彼に疑いを向ける警察の捜査が語られる。アクランドの不可解な行動が、警察だけでなく周囲の人々の疑念を生み、物語は不穏な緊張を漂わせて展開し、やがて意外な結末へと着地する。600ページに及ぶ長大な作品だが、長さに見合うだけの濃密なサスペンスと驚きを堪能できる。

No.223 6点 赤毛のレドメイン家- イーデン・フィルポッツ 2020/06/30 17:57
犯人が駆使したトリックにしても、真相を隠蔽する作者のトリックにしても、現在の読者にとってはそれほどの新鮮味はなく、結局今なお評価に堪えるのは、犯人たちの強烈なキャラクター造形と、その犯行動機ということになるでしょう。この最後に語られる動機の意外性だけは、現代の読者にも充分なインパクトを与えるでしょう。

No.222 5点 羊の国のイリヤ- 福澤徹三 2020/06/19 18:51
サラリーマンが裏社会に足を踏み入れて変貌していく物語。よくある話だが、細部に工夫がある。食品メーカーに勤務する入矢悟は、食品偽装の告発に手を貸したことで左遷され、冤罪で逮捕され、退職を余儀なくされる。家庭も崩壊した。特殊清掃の仕事に就き、殺し屋に殺されかけるが、半年間だけの猶予をもらい、半グレ集団に拉致された娘を救出しようとする。平凡な男が己の獣性に目覚める物語は、北方謙三の「檻」をはじめいくつかあるが、本書が新鮮なのは、獣性よりも人間の可能性に目を向けている点でしょう。「世間や常識という柵に囲まれて搾取され」権力や暴力で服従されてきた羊(人間)が、「血を流さない人生は、生きるに値しない」といわれて血と暴力の渦へと飛び込み、恐怖と戦慄の中で人間のあるべき姿を見出す。指導するのは殺し屋で、何かと哲学的な言葉を授けて認識を一変させる。殺し屋の肖像が出色だし、娘との関係をクールに表現しているのも精神の暗黒を描く小説に向いている。

No.221 5点 眠りの神- 犬塚理人 2020/06/19 18:50
安楽死の問題を正面から扱った作品。スイスの自殺幇助団体「ヒュプノス」で活動する医師の絵里香・シュタイナーは日本での不穏な噂を聞く。高齢のがん患者が青酸カリで自殺したが、その幇助を「ヒュプノス」にいた日本人医師がしたのではないか。真相を探るために来日すると、「ミトリ」を名乗る人物による連続自殺幇助事件が起きる。ミステリ的にはミトリとは誰なのかというフーダニットの興味で引っ張っていく。ひねりも十分にあるし、関係者たちが抱えるドラマもよく練られており、犯人探しと同時に動機を探る方向(ホワイダニット)にいくのもいい。そこで問題となるのが安楽死の是非。尊厳ある死とは何なのか。スイスやオランダのように安楽死を積極的に認めるべきなのか、それは神の行為なのか、それとも犯罪なのかといった様々な問題を突き付ける。安易にカタルシスを求めず、安楽死問題に潜む危険性を提示する辺り、社会派サスペンスとして注目していい。

No.220 7点 ナニワ・モンスター- 海堂尊 2020/06/08 18:16
海外で広まった動物由来の新型インフルエンザが日本に持ち込まれる。その感染症は伝播力が強く、国民に免疫がないため感染拡大しやすい特徴があり、基礎疾患のある患者や免疫低下者に重症化リスクがある。国内で感染経路不明の患者が出た段階で水際作戦は意味がなくなるにもかかわらず、政府と厚生労働省は空港での検疫を強化する水際作戦にこだわり、感染が疑われる患者であってもPCR検査を渡航歴のある人間に限定した。そんな中、国内での発生源とされる都市が経済的に封鎖され、感染者を出した組織のトップは記者会見で感染者を出したことを謝罪、感染者の家族は地域コミュニティーで居場所がなくなり、引っ越しを余儀なくされる。これが第一部のあらすじ。読みながら今回の新型コロナウイルス騒動を記したノンフィクションに思えて仕方がなく、作者の未来を透視する能力に舌を巻いた。単行本が出た2011年に初めて読んだ際、ドラマチックに展開する物語が戯画的に描かれすぎているように感じた。日本に治療の確立していない新型の感染症が広まったとしても、政府も国民もメディアも冷静に対処するだろうと高をくくっていた。しかし、2020年の現状を見る限り、作者の読みが正しく、自分が間違っていたことを認めざるを得ない。

No.219 6点 紙の月- 角田光代 2020/06/08 18:15
総額一億円。横領に手を染めた女性銀行員が転落していく姿を通して、お金やモノでは埋められない人間の心底をスリリングに描いている。梅沢梨花は主婦。生活の充実を求めて銀行のパート職に就いた。顧客先の人望も集め、契約社員へ。転落の発端は男子大学生との恋。交際を維持するため得意先の定期預金証書の偽造に手を伸ばす。内部調査が始まると、発覚を恐れてタイへ逃亡。果たして逃げ切れるのか。個人が高額資金を流用した事件は世間を騒がせ、「普通の人」と現実離れした金額との落差が強調される。金銭感覚、理性、罪悪感を失っていく梨花の心理描写はその落差を解き明かすかのようだ。梨花の行方を気遣う友人たちも離婚、夫婦の不仲など問題を抱え、現代人の閉塞感、焦燥感を代弁する。物語が一気に加速する終盤は、「八日目の蝉」など女性の苦悩を捉えてきた著者の筆力が際立っている。

No.218 6点 解錠師- スティーヴ・ハミルトン 2020/05/26 18:55
主人公マイクルは、解錠という特殊な才能を持つ青年。マイクルは8歳の時に悲惨な体験をし、そのショックでしゃべれなくなった。伯父に引き取られ鬱屈した日々を送る彼にとって、絵を描くことだけが慰めだった。しかし、高校時代にある出来事をきっかけに解錠の才能を発見する。物語は少年時代と、その後のプロの金庫破りとしての暮らしぶりを、マイクルが回想する形で進んでいく。金庫を破るには、錠のかすかな手応えを感じ取る繊細な感覚が必要だ。その緊迫感あふれる緻密な描写が秀逸。そしてアメリアとの交流は、主人公がしゃべれないだけに、いっそうピュアで美しい。すべての悩みや苦しみ、愛や喜びを閉じ込めた心の錠前が少しずつ開かれていくがごとく、主人公が再生に向かう姿に胸が熱くなった。

No.217 5点 ミスター・クラリネット- ニック・ストーン 2020/05/26 18:54
ハイチという風土の特色がいかんなく発揮された作品。元私立探偵マックスは幼女惨殺犯3人を殺して服役していた。出所すると、ハイチの大富豪から莫大な報酬と引き換えに2年前に行方不明になった少年を捜してほしいと依頼される。とにかくハイチの描写が圧巻。酸鼻を極める貧困、怪しげなブードゥーの呪術、ドラッグ取引とギャングと、混沌とした秩序のない世界の描写が続く。マックスの亡き妻への愛が、どろどろとした暗い世界で唯一の光。自分の正義感に忠実であろうと苦闘する主人公の凛とした姿が作品を引き締めている。

No.216 6点 天使は黒い翼をもつ- エリオット・チェイズ 2020/05/13 18:52
男と女の運命の出会い。生き詰まった状況で、2人は先のことなどどうにでもなれとばかりに破滅的な行動に打って出る...。一部の犯罪小説ではおなじみの展開だ。この小説も同様の展開を見せる。米ルイジアナで石油堀りの仕事を終えた「俺」は娼婦とホテルで数日過ごした後、一緒に車に乗って出発する。目指すはデンヴァー。彼女を途中で降ろすつもりだったが、その価値観を聞かされて気が変わる。「俺」にはとっておきの犯罪計画があった。そいつを実行するには仲間が必要だ...。男と女の旅路は、徐々にその表情を変え、語らなかった過去が徐々に明かされる。犯罪そのものよりも、準備と計画の過程、そして犯行の後の日々を描くことに力を注いでいる。衝動的に生きる男女の抱く欲望とむなしさ、人間に対する視線。ねじ曲がっていながらも真に迫った心理描写を堪能できる。

No.215 7点 犯罪- フェルディナント・フォン・シーラッハ 2020/05/13 18:52
あるとき臨界点に達する恐妻家、空き巣に入って裏社会の闇を垣間見る若者、ゴロを巻く二人のスキンヘッドを瞬殺した身元不明の男、恋人を救うため死体を解体する若者などなど。そこにカニバリズムをめぐる猟奇殺人や、法廷相手に「能ある鷹は爪を隠す」を地で行くトンチ話なども加わり、合計十一の事件が刑事弁護士である語り手によって語られる。複雑極まりない犯罪の顛末が抑制の効いた文章で淡々と綴られているのが本書の魅力。鉈で割ったような飾り気のない単文の連続。それでいて行間から万感の思いがあふれ出す。「紛れもない犯罪者。ただの人、だったのに」本書の帯の惹句が、ある意味この短篇集のすべてを物語っている。

No.214 8点 薔薇の名前- ウンベルト・エーコ 2020/05/01 17:35
元宗教裁判判事のバスカヴィルのウィリアムと、その弟子のメルクのアドソの二人組が、フランスとイタリアの国境近くの山中に建つベネディクト修道院を訪れ、そこでベネディクト会のムードを壊す謎の連続殺人事件に出会う。毎日ひとつ殺人が起こる寸法で、七日間に亘って物語が展開する。ベースにあるのはラテン語と神秘本の博識。いってみれば晩のお課めを果たすシャーロック・ホームズ、修道院のロバの皮の王女、僧服姿のフィリップ・マーロウの物語である。実に見事に練り上げられた小説、偉大な創意によるラテン語の古い手記のパロディだ。それが中世に関するエーコの百科事典並みの知識の染み込んだ言語世界を通して編み上げられている。

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