皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
ALFAさん |
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平均点: 6.65点 | 書評数: 204件 |
No.104 | 7点 | 服用量に注意のこと- ピーター・ラヴゼイ | 2023/01/24 09:28 |
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著者の第三短編集。魅力的な「服用量に注意のこと」は短編集としてのタイトルで、この表題作があるわけではない。
「暇つぶしになる」というのはミステリの場合決して悪口にはならないと思うが、ここにある短編はおおむね良質の暇つぶしになる。 そんな中、暇つぶしを超えて衝撃の読後感を持つ作品は「空軍仲間」。 海外短編ミステリの最高峰はクリスティの「検察側の証人」とブランドの「ジェミニー・クリケット事件」だろう。どちらも最後数行の破壊力は強烈だ、 「空軍仲間」はこの二作にも引けを取らない出来。本格謎解きと叙述トリックが仕掛けられていて前者が巧みに後者をカムフラージュしている。 最後の二ページで鮮やかな背負い投げをくらわされた上に衝撃のエンディングが待っているこの一編は10点満点。 余談だがこの作品、原題はネタの伏線になっているが邦題はある種レッドへリング(目くらまし)になっているのが面白い、 |
No.103 | 7点 | 僧正殺人事件- S・S・ヴァン・ダイン | 2023/01/22 09:37 |
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結構突っ込みどころのある作品だが今なお本格ミステリの名作として風格を保っているのはなぜか・・・
以下ネタバレしますよ その一 「加齢による能力の枯渇と若き才能への嫉妬」というとても現代的かつ普遍的な主題であること。 その二 並外れた才能と、紙一重の狂気とをあわせ持った犯人のキャラ立てが面白いこと。 その三 ただようゴシックホラーの雰囲気と本格ミステリとしてのエンディングがよくマッチしていること。 余談だけどニューヨークってピカピカの現代都市のイメージだけど結構「ゴシック」な場がある。フリックコレクション(美術館)のような豪壮な館などがあって、ここに出てくる二つの邸宅もイメージしやすい。 もちろんマザーグースの見立てもその雰囲気づくりに役立っているし、「僧正(BISHOP)」なるワードも何やら中世めいていて効果的。 余談を重ねると、見立て殺人の「効果」なるものがよく書評のネタになる。たしか横溝のところでも評者同士が派手にケンカされていたと記憶するが、当方にはこれが不思議でならない。現実の事件に「見立て」がないのでもわかるように、この効果はあくまでもメタな部分つまり読者への効果として考えないと意味がない。要は大きな矛盾さえなければ雰囲気作りに効果があれば十分なのだ、くらいに割り切るべきでは? 余談ついでに、この時代の名探偵たちってけっこう神の代理で犯人を裁くよね。クイーンしかり、クリスティしかり。 これって現代コードではやはりNGじゃないかなあ。痛快だけど。 |
No.102 | 7点 | 皇帝のかぎ煙草入れ- ジョン・ディクスン・カー | 2023/01/21 14:19 |
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数十年ぶりに再読。すっかり忘れていて楽しめるかと思ったけど、けっこう覚えていて残念!
シンプルなプロット、整理された登場人物、小粒だがキレのいいトリック。まさに優等生のような本格ミステリー。 ただ十代の頃とは違い、スレッカラシ読者の今となってはもう少しコクというかアクというか個性、さらに言えば独特の世界観が欲しくなる。ここではカーの個性は強く出ていない。 そういう意味では、同じ動機とトリックからなるクリスティの某作品のほうが好みではある。 どちらも名探偵と名犯人が登場するが、あちらにはさらに名被害者と濃い人間ドラマがあるぶん楽しい。 |
No.101 | 6点 | 親指のうずき- アガサ・クリスティー | 2023/01/20 11:38 |
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いわくありげな題名よし、曖昧模糊としたストーリーよし、衝撃のエンディングよし。
しかしどうしてタペンスにするかなあ。明朗快活なキャラがチグハグ。 ノンシリーズにして、ほの昏いトーンで徹底すれば傑作サイコスリラーになっただろうに。 |
No.100 | 4点 | 蒼ざめた馬- アガサ・クリスティー | 2023/01/20 09:25 |
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霧のロンドン、臨終の信者の告白を聞き取った神父が殺される。残されたメモには9人の名前が・・・
申し分ない導入部だ。 しかし謎の犯罪組織がちらつきはじめて何やら悪い予感が・・・ ポアロもミス・マープルも「犯罪組織」が出てくる作品は駄作凡作揃い。そして残念なことに予感は大当たり。 突っ込みどころはたくさんあるがなんと言ってもラスボスがショボイ。あの人物の器で精緻な犯罪組織を統括できるわけがない。クリスティの傑作には欠かせない「名犯人」の対極にある。 おそらく、捜査小説形式にして嘱託殺人システムの暴露を最後に持ってきたらマシになったのかも知れないが、それはクリスティの得意とするところではないのだろう。 あえての読みどころは若い探偵役二人の活躍ぶり。トミーとタペンスばりで楽しいが、これもダークな主題と妙にチグハグ。冒頭のバナナ・ベーコンサンドイッチみたい(食べたくない!) まあクリスティ研究でもしないかぎりスルーしていい作品だと思います。 |
No.99 | 5点 | シタフォードの秘密- アガサ・クリスティー | 2023/01/17 15:45 |
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冒頭から降霊会という魅力的なモチーフが出てくる。
しかしクリスティはオカルト方向には向かわないことがわかっているから、その時点で犯人の見当がついてしまってガッカリ。 トリックは日本の風土からすればショボイが英国ではレアだというならまずまず。 でもクリスティ作品に求めたいのは濃密な人間関係の描写やその反転なので、これはものたりない作品だった。 八つ当たり気味に言うと何だか昭和日本のいわゆる「本格」を読んだ気持ち。 でも若い探偵役二人の活躍はトミーとタペンスみたいで楽しい。 |
No.98 | 4点 | 凶鳥の如き忌むもの - 三津田信三 | 2023/01/17 15:08 |
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トリックが強烈なだけに、それを支える土台つまり「お話」がしっかりしていないとリアリティが出ない。
名作「首無」や「忌名」に比べるとこの作品は動機、人物描写、時代感といったお話部分が物足りない。 たとえば時代感。ここは横溝流の濃い昭和感が欲しいところだが、真知子巻きをわざわざ現代人向きに解説したり、Gパンがジーンズになってたりと平成感が丸出しになっている。 「とある昭和の卯月」の手記のはずが、平成の視点になっていて興ざめ。 ディテールに神が宿っていないのだ。 余談だけどファッションアイテム名って時代性がよく出るよね。 昭和のGパン、平成のジーンズ、令和ではデニム。チョッキ、ベストまあジレは特殊かな。 ズボン、スラックス、パンツ等々。 「今日はスカートをやめてパンツで街に出た・・・」なんてことのない文だが、昭和の記述ならとんでもないことに・・・ |
No.97 | 7点 | ポケットにライ麦を- アガサ・クリスティー | 2023/01/06 09:53 |
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列車での登場シーンから手紙を読むエンディングまで、とにかくミス・マープルがカッコいい。
唯一残念なのは犯人との直接対決がなかったこと。ポアロと違って描きにくいだろうが、ここはやはり一騎討ちで犯人を破滅させてほしかった。 犯罪の真相を把握しながらも自らは動かないある登場人物を描くことで、ストーリーに奥行きが出ている。 過去の因縁話は結構重要なのだが関係する人物の描写が淡白なのは残念。 |
No.96 | 6点 | 厭魅の如き憑くもの - 三津田信三 | 2022/07/15 10:18 |
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「首無」や「忌名」といった名作を先に読んでいるため、どうしても辛口になる。
シリーズの第一作だが、作者が創りたい世界観が早くも現れている。 この世界観や構成上の個性は最新作「忌名」に至るまで変わらない。 文体はまだ生硬で、一人称三人称ともに説明的。同じ世界観を持つ横溝正史の饒舌にして滑らか、芳醇な文体には及ばない。 叙述の「視点」による違いは非常に面白い。 |
No.95 | 6点 | ビブリア古書堂の事件手帖- 三上延 | 2022/06/28 11:49 |
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ささやかな日常の謎解き短編集かと思いきや、終盤になってダークな犯罪に収れんする構成はとても面白い。
マニアックなビブリオファイルの生態もなかなかツボです。 ただ文章は読みやすいが平板で、情景や心理の機微を味わうには至らない。 |
No.94 | 9点 | 虚無への供物- 中井英夫 | 2022/05/31 13:14 |
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数十年ぶりに再読
作家の顔と作品との関係はなかなかに面白い。松本清張の総髪とタラコ唇は作品の重苦しい昭和の雰囲気に釣り合っているし、連城三紀彦の端正な風貌は精緻を極めたプロットに似つかわしい。 さて中井英夫だが、ポートレートを見る限り謹厳な大学教授か法律家のようだ。ところがその代表作「虚無への供物」はいきなりゲイバーのショータイムから始まり、美少年たちのチャラいおしゃべりへと続く。文章は会話体も多く、時代特有の文物や風俗を今風に読み替えるとBLノベルのようにスラスラ読める。 一方、随所にちりばめられたペダントリーは作者の風貌にふさわしくとても深い。まずミステリーの古典は押さえていないと楽しめない。品種名や作出者名が出てくるバラや戦前から戦後にかけてのシャンソンも結構大事なキーになる。したがって厭味な言い方をすれば人を選ぶ作品でもある。 ネタバレします 初読のときは作者のアンチミステリという解説を真に受けて、ミステリーの体裁で人間の死の意味を問う哲学的な純文学であると理解した。まあそれでも間違いではないのだろうが、数十年たって再読すると、まずはごくまっとうな読みごたえのあるミステリーという感じがする。 哲学的な動機や社会的な問題提起がミステリーの枠の中に巧みに落とし込んである。安直に「トラウマ」を動機にしたミステリーが横行する今となっては奇書どころか「哲学派ミステリー」の名作と呼べるのではないか。 そのうえで「戦後」という奇怪な時代の全体小説にもなっているのがすごいところ。 途中出てくるダミーの謎解きがあまりに多いこと、唯一の女性である久生がウザいこと、塚本邦夫が監修した八田の大阪弁があまりにオーセンティックで上方落語のようであることを減点してこの評価。 冒頭、ショータイムの黒いカーテンが開いて物語が始まり、最後は屋敷の辛子色のカーテンが閉じて(完)となる、この様式美も中井英夫の真骨頂。 |
No.93 | 8点 | 悪夢の骨牌- 中井英夫 | 2022/05/29 08:55 |
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「悪夢の骨牌」はマニエリスムを極めた中井英夫の連作短編集四部作「とらんぷ譚」の第二作。四作の中ではミステリー的味わいがあるほうだが本質は「時間」をモチーフにした幻想小説である。
中でもお気に入りは「緑の時間」で、昭和48年の夏、謎めいた優雅な女性が新婚当時の自分に会いに行く話。戦後まもなくと高度成長期、二つの時代の風俗と心理をディテール細かに描くことでタイムトリップのリアリティを出している。 出版からおよそ半世紀たった今、この本を手に取るとテキストの『現在』である昭和48年がはるかな記憶として甦り、主人公のさらに二倍近い年月をタイムトリップする思いにとらわれる。とすれば美しく装丁されたこの一冊は小さなタイムマシンに他ならないのか。 もし愛書趣味をお持ちなら平凡社の初版がおすすめ(たいして高くない)。限定本ならぬ通常出版にもかかわらず、スリップケースに収められたハードカバーはサテンクロス装、箔押し、本文二色刷り。外箱、口絵、トビラ、さらには各短編のタイトルページにも建石修志の挿絵が入るという凝りに凝った装丁で、この時代の出版文化の高さを感じます。 四部作それぞれに黒、深緑、ワイン、赤のクロス装が見事。 |
No.92 | 6点 | 堪忍箱- 宮部みゆき | 2022/04/19 08:28 |
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8編からなるノンシリーズ短編集。茂七親分は出てこない。
ミステリー風味やホラー風味のものもあるが基本は素の人情噺。 筆は滑らかで読みやすいが切れ味はさほどでも・・・ 中では「敵持ち」がミステリー的解決を伴っていて面白い。 エンディングも味がある。 |
No.91 | 7点 | 香菜里屋を知っていますか- 北森鴻 | 2022/04/14 17:15 |
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お気に入りのバーは自分の財産だと思っているので、この世界観は大好き。香菜里屋にも香月にも行ってみたいなあ。
シリーズ最終巻というのは承知でこれを先に読んでしまった。そのうちさかのぼって第一巻から読んでいくか。 本格的な謎解きではなく、謎を肴に酒を飲むといった風情。 お気に入りは「ラストマティーニ」。老バーテンダーが作る完璧なクラシックマティーニがその日に限って不出来だったのは?・・・ マティーニだけあって辛口で逆説に満ちた動機がいい。 私はひとひねり前のケレン味たっぷりな動機でもいいとは思うが・・・ ただし谷川への香月の「頼むよ、爺さん。少し濃いめに」はあり得ない。 客として入っても同業者にこんな言葉遣いはしない。まして相手が先輩バーマンなら尚更。 シリーズ最終巻としてのエンディングも味わい深い。 |
No.90 | 7点 | 虚栄の肖像- 北森鴻 | 2022/04/13 13:32 |
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「深淵のガランス」に続く、天才的な絵画修復師五月恭壱(さつききょういち)を主人公とする第二作。
主人公のキャラも、絵画修復や絵画取引、贋作問題といったほの暗い世界観も大変に魅力的。 中編三篇の構成だが、それぞれにプロットの工夫があって変化はついている。 それでも同工異曲に見えてしまうのは、登場人物が重なるためだろう。主人公とその相棒はいいが、周辺人物や仕事の依頼人まで同じでは世界が拡がらない。 謎の中国人富豪や大物政治家などはごくたまに登場させてこそ効果的だったと思うが・・・ 作者が若くして亡くなったのは残念。ダークで独特の輝きを放つ世界をもっと見せてほしかったなあ。 |
No.89 | 5点 | おまえさん- 宮部みゆき | 2022/04/12 09:58 |
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作家の個性は失敗作にもよくあらわれる。宮部みゆきは筆がよく走る。湧いて出るような表現は心に刺さる名文にもなるが、時にはあふれかえって過剰になる。この作品ではすべてが過剰である。
過剰その1. 長い!ひたすら長い!シリーズ第一作「ぼんくら」が上下合わせて600ページ余り。一方この「おまえさん」はなんと上下合わせて1200ページ。しかも前作のような連作短編+長編ではなく、まんま長編。 とくに、弓之介によるエルキュール・ポワロばりの謎解きシーンや終盤の捕り物場面が冗長で興をそぐ。ここはキリっと引き締まった緊迫感が欲しいのに。 過剰その2. 作者は男の顔の美醜にフェティッシュな興味でもあるのだろうか。言及があまりにも過剰で辟易する。弓之介の美しさに関しては「ひいきの引き倒し」レベル。一方、若手の同心間島信之輔の醜さについてはイジりすぎ。生真面目なキャラはさわやかなのだから無骨な青年くらいでいいではないか。 過剰その3. キャラが増えすぎた。間島信之輔と傷の太刀筋を見抜いた本宮源右衛門はいいとしても、弓之介の兄淳三郎は中途半端。キャラは魅力的だが行動は大店の三男坊としては不自然。 さて、ストーリーだが、一見関連のない三人が同じ太刀筋で殺される。調べてみるとそのうち二人には過去に関連が・・・ ミステリーとしてはなかなか魅力的なプロットだが途中であまりにも都合のいい告白が飛び出して・・・ とはいうものの人情噺としては十分に楽しめる。なんといってもキャラは立っているし筆は滑らかだ。 スピンオフでいいから、代替わりした美形同心井筒弓之介の活躍を書いてくれないかな。くれぐれも短編で。 |
No.88 | 8点 | 深淵のガランス- 北森鴻 | 2022/04/09 11:14 |
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表題作のみの評価
天才的な絵画修復師を主人公にしたサスペンス3編。美術や絵画修復の蘊蓄がたっぷりで独特の世界観が楽しい。(興味があれば) 画商たちによる怪しげな絵画取引や贋作問題などは松本清張の作品を思い起こさせる。 主人公のキャラや物言いはハードボイルド風でいささか非日常的だが、濃い設定のためか不自然にはならない。 お気に入りは表題作「深淵のガランス」、辛口のエンディングが効いた上質のサスペンス。サスペンスに村山槐多が出てくるなんて世の中も変わったものだ。「血色夢」はハードボイルド風味、「凍月」は薄味だが読後感すっきり。 それにしてもこれだけの知識、作者もお勉強大変だろうなあ |
No.87 | 8点 | けものみち- 松本清張 | 2022/04/07 15:00 |
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数十年ぶりに再読した。
重厚なクライムノベルで謎解き要素はあまりない。 善人は一人もいないから何が起きても安心して楽しめる。 「社会派」の代表作だが、知られる通りこの「社会派」という区分は清張人気の高まりに伴ってあとから作られたもの。だから清張自身はそんなことは意識せず、単に人間社会の生々しい実態をモチーフにしてリアリティを出そうとしたのだろう。一方、清張以降の作家は既存の「社会派」なるレッテルを否応なく意識しながら書くことになる。そのため時にはプロパガンダのような異形の社会派ミステリーが出てきたりする。私はカードローンをモチーフにした有名ミステリーの巻末に、多重債務者救済窓口が案内されているような実態に非常に違和感を覚える。 海外作品には存在しない「本格」「社会派」などという区分けはそろそろやめたほうが日本のミステリー界のためにもいいと思うのだが。 起伏に富んだストーリーなので何回かドラマ化されている。民子は池内淳子も名取裕子もアリだが、小滝は一流ホテルの支配人で、洗練されたエゴイストというなら池部良しかないだろう。髭を生やした山崎努や佐藤浩市ではマンマ悪党だよ。 近年のドラマは昭和の匂いがないからノーコメント。 |
No.86 | 6点 | 日暮らし- 宮部みゆき | 2022/04/06 08:36 |
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短編四作と長編「日暮らし」+ エピローグの構成。
「ぼんくら」の続編で、登場人物も話もつながっているので順に読むほうがいい。 短編はミステリー風味の人情噺として楽しめる。 表題作「日暮らし」は「ぼんくら」のメインテーマである湊屋の因縁話の続編。重要人物が殺されて湊屋の深い闇が明らかになるかと思いきや、意外な犯人というよりは唐突な犯人で肩透かし。 捕物シーンもドラマチックにはならずお祭り騒ぎのようで興をそぐ。 ミステリーではなく起伏のある人情噺として読む分には楽しい。筆は滑らかだし人物のキャラは立っている。 弓之助は出来すぎだが、あざといほどのお利口ぶりがかえって井筒平四郎の大人の知恵の深さを引き立てている。 今回印象に残るキャラは、無口な同心佐伯錠之介と機微をわきまえながらも情に厚いお徳 反対にがっかりキャラは湊屋総右衛門。闇を抱えたラスボスかと思いきや、勿体つけても所詮は身から出たサビに振り回される色好みオヤジだった。 |
No.85 | 6点 | きたきた捕物帖- 宮部みゆき | 2022/04/04 22:20 |
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宮部みゆき最新の時代物ミステリー4編。
定評の「初ものがたり」などに比べるとミステリー風味も文章も軽く薄味である。 薄味その1.主人公がまだ若くプロの十手持ちではないため、社会のダークサイドに切り込むにはどうしても迫力不足。そのため謎解きもいささか締まりのないものになる。 薄味その2.宮部の人気作には心に刺さる言い回しがいくつかあるものだが、この作品には見当たらない。文章は読みやすくなめらかではあるが。 例えば「・・・こうした封印話は、こっちがいくら蓋をしようと思っても、蓋のほうから開きたがることがある。蓋は蓋の身で、長く口をつぐんできたことに疲れているのだろう。」( ばんば憑き「お文の影」)。古い秘密が漏れてしまうたとえとして見事な表現で、これだけでも作品を読んだ価値がある。 一冊の中で二、三か所はこれくらいの表現にめぐり合いたいものだ。 シリーズ化されるようなので、北一の成長とともに迫力が増すことを期待する。 なお、帯の「謎の稲荷寿司屋の正体が明らかに⁉」は誇大広告。すでに推測していること以上のものはない。 |