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人並由真さん
平均点: 6.34点 書評数: 2190件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.350 7点 巨神計画- シルヴァン・ヌーヴェル 2018/06/07 04:09
(ネタバレなし)
 アメリカの片田舎。自転車に乗っていた11歳の科学好き少女ローズ・フランクリンは、突如陥没した地中に落下する。重傷を負うはずの彼女はほぼ無傷で、地下空洞内に埋まっていた、約6メートルの巨大な金属の掌の上にいた。やがて時が経ち27歳の新鋭物理学者となったローズは、その巨大な手が地球上にほぼ存在しない物質=隕石のみから採取されるイリジウムで構成されること、またその他の研究結果から、それが約6000年前にどこか外宇宙の異星文明が地球にもたらした巨大ロボットの一部だと認めていた。アメリカ政府内の極秘プロジェクトスタッフの後見を受けてローズとその仲間たちのさらなる解析が進む一方、地球の各地からイリジウムの反応を手がかりに、分散した巨大ロボのパーツが極秘裏に、時に半ば強行的な手段で、ひとつひとつ回収されてゆく。やがて復元される約60メートルの女神状のロボット「テーミス」。だがその存在は地球文明に、新たな転換期の到来を告げていた。

 2016年に北米で刊行されたばかりの、まだほやほやの巨大ロボットSF(邦訳は文庫で上下巻の二分冊)。とはいえSF文芸そのものは良くも悪くも50年代のクラシック作品っぽくて、その分、自分のようなSFプロパーでない読者にはとてもなじみやすい。
 ちなみに作者は本作を、かつて同地で翻訳放映されたTVアニメ『UFOロボ グレンダイザー』からのインスパイアで書いたそうだが、むしろ、発掘される巨大ロボ、人類の制御を越えたその超兵器ぶり・・・これはズバリ『イデオン』だな。昨年の国内の某ホラー作品の大ネタといい、昨今は世界同時多発で伝説巨神(巨人)ブームなのだろーか。

 んでもってこういう世界を股に掛けたお話だから、さぞ登場人物の頭数も膨大なものになるだろうと覚悟したが、名前が登場するキャラの全部でもわずか20人前後。しかもメインキャラはその半分という、予想外にストレスの生じない作劇にびっくりした! 
 しかもその少ない主要人物だけで、隔離された巨大ロボ研究解析の場という特殊状況の中に生じるキャラクタードラマを起伏感豊かに叙述。さらにその一方で、着々と巨大ロボが組み上がり、同時に壮大な世界観のビジョンが広がっていく過程を緊張感たっぷりに見せていく。うん、これは面白い。
 特に上巻の前半、巨大ロボのある部分の発掘時に地表に生じてしまった予期せぬ大惨事、さらに下巻冒頭の、そこまでの経緯をあえて省略する演出で描かれる一大クライシスの図など、正に小説という形式で語った和製巨大ロボットアニメ風の超パワー描写である。自分のような、そっちの系列の映像作品がスキな人間には、ああ、たまらない(笑)。
 まあ細部までツッコむと、けっこう重要な描写(作中のリアリティにおいて、そこんとこはどうなったんだろう・・・というある種の疑問が生じる箇所)など都合良く曖昧にされているのか? という箇所も無きにしもあらずだが、得点的には、十分楽しめた。
 なお小説はその全編が、巨大ロボ復元プロジェクトの中核にいる本名未詳の人物が関係者から採取したインタビュー記録を並べる形で綴られる。若干、わずらわしく、物語の潤滑さを妨げている部分もあるが、総体的には本作の独自性を打ち出し、なかなか面白い効果をあげているだろう。
 今月、翻訳刊行される第二部(やはり上下巻)にも期待しております。

No.349 5点 月あかりの殺人者- フランシス・ディドロ 2018/06/04 12:04
(ネタバレなし)
 その年の3月。パリでは「月のあかりで、ピエロさん~」という流行歌を口ずさみながら、乞食、そして資産家の老婦人といった無関係に思える被害者たちを次々と殺める謎の殺人鬼「月あかりの殺人者」の凶行が、市民をおびやかしていた。そんななか、老富豪マテオ・シェルメスが「月あかりの殺人者」の犯行と思われる状況で殺されるが、逮捕されたのはシェルメスの甥の青年マルタン・オノレ・ドランゲルだった。彼こそ「月あかりの殺人者」か? と取り調べが進むなか、マルタンの婚約者である美人の令嬢マリー・ダニエル・パルマレーヌは、躍進中の若手弁護士に恋人への助力を求めて依頼に赴く。だがマリーの勘違いから、依頼は同じ建物のなかにある暇な諸般代行人(よろずトラブル請負人)の青年「ドゥーブルブラン」ことゼローム・ブランのもとに持ち込まれた。これは仕事になるとしてこの件に食いついたドゥーブルブランは、錯覚に気づいたマリーを言葉巧みに説得し、美人の秘書ナターシャ(ナット)とともに事件の調査に乗り出すが……。

 1949年に原書が刊行された、フーダニットの興味も強いフランスミステリ。作者ディドロは数年前に論創で発掘紹介(もちろん初訳)された『七人目の陪審員』 がかなり面白かったので、この作品も期待しながら古書でポケミスを購入した。
 しかし、うーん……気の利いたユーモラスな導入部や、キャラの立った一部の劇中人物たちをはじめとして面白い感触のところはいくつもあるんだけど、全体としてはどうもイマイチ。200ページといかにもフランスミステリ風の短めの紙幅のなかに登場人物の頭数が多すぎ、作劇の流れ&ミステリの結構として一応の納得はするものの、総体的に人間関係がややこしい。

 あと翻訳者が井上勇。いうまでもなく翻訳ミステリファンには創元のヴァン・ダインやルブラン、クロフツやクイーンやマッギヴァーンなど多数の訳書で著名な人物だが、ポケミスでの仕事はたぶんこれが唯一のハズ(一応、Amazonの名前検索で確認はした)。このスタッフィングにもちょっと驚いて、話のネタ的に貴重なものを読んだ気にもなった。しかし本書は肝心のその翻訳が、ところどころ微妙に読みにくい。特に会話や地の文にまじる「≪≫」の使い方など一種の演出効果なんだろうけれど、イライラさせられた。
 それで物語そのものでは、真犯人の隠し方、そこに至る経緯などはやや強引だが、うんまあ、しゃれっ気を優先する(刊行当時の)現代フランスミステリなら、こういう感じかなという印象。その辺は嫌いではない。
 ちなみにドゥーブルブランとナターシャの主人公コンビ。彼らは、ドゥーブルブランの実質的な従僕であるもう一人の秘書の前科者オスカール・ナタリーとともに事件を追うが、行動派の秘書であちこちを飛び回るナターシャのキャラクターは、マイク・ハマーにとってのヴェルマみたいでなかなかステキ。
 なおドゥーブルブランとは恋人関係というわけではないけれど、彼の方はナターシャの女性的魅力をちゃんと分かっている。ドゥーブルブランがナタリーを郵便局に使いに行かせて事務所に二人きりになったタイミングで、彼がナターシャにセクハラを仕掛け(衣服のジッパーを下ろす)、ナターシャが「いつものように嫌がりながらも黙って耐える」などという描写など、ああイヤらしい&しかしながら実に萌える(爆!)。結局シリーズキャラクターにはならなかったみたいなのが、とても残念である。

No.348 9点 大放浪- 田中光二 2018/06/03 13:47
 いびつな選民意識と狂的な浄化思想から世界中に同時多発のバイオテロを起こし、全人類の大半を死に至らしめた大富豪とそのシンパたち。彼らは21世紀のノアの箱舟と称する最新科学の巨大飛行船「タイタン」で、壊滅した地上を睥睨しながら全世界の空を航行する。一度はその集団に迎えられながらも自分の意志でそこから離脱した主人公の若者は、人類再生を求めて行動する超国家組織「ヴェンデッタ」に参加。原子力潜水艦「アーマゲドン」を拠点に、タイタン内に秘匿されるはずの、人類救済の鍵となるワクチンを求めて世界中を追い続ける。

『異星の人』『白熱』『南十字戦線』などなど……1970年代後半~80年代半ばにかけてジャンルを問わずに傑作・秀作を世に出した、当時の俊英・田中光二の代表作のひとつ。
 先に挙げたタイトルの作品はみんな大好きだが、刊行当時からSFファン&冒険小説ファンのあいだで高い評価を受けて話題となり、さらに内容紹介を読んで評者の心の琴線にも触れていたこの一冊は、なぜか今まで読み逃していた。
 たぶんいつか読もう読もうと思いつつ、時代の隆盛のなかから創作者としての田中光二の勇名が薄れてしまった印象があったからだと思う。
 まあ田中光二にしたって全部が傑作というわけではなく、佳作~凡作レベルのものも当時からそれなりにあったのだけれど。
 しかしこれは、今さらながらに読んで本当に良かった。
 設定はもろ大先輩・小松左京の『復活の日』リスペクトだろうが、その器のなかで自分ならこうする、こういうドラマやビジョンを語る! という作者の若く熱い思いがみなぎっている大ロマンである。
 神に近づこうとするエリートの醜悪ながらどこかもの哀しい想念も、主人公とその仲間に人類の明日を託して自分の人生を終えていく者たちの切実な思いも、他者を犠牲にしても自分だけ助かりたいという狡猾な、しかし決して誰にも責めることのできない人間の嘘偽りのない根幹的な本音も、あまねく盛り込まれている。

 文体がとても平明で物語の流れも潤滑。その分、追跡行を続ける「ヴェンデッタ」側に都合が良さげに見えるシーンもないではないのだが、作者の方もその辺の危うさはちゃんと心得ていて、当該のそれぞれの場面には情感あふれるドラマもしくは小~中規模のクライシスを用意。何事かが結果的に上首尾に運ぶ際にも、劇中人物も読者も何かしらの心情的な代価を払わなければならないように物語を組み立てている。
 物語全体のシンボルとなるポジションを与えられた巨大飛行船タイタンの、メカニックとしてのキャラクターもとても良い。
 SF冒険小説の傑作で畢生のエンターテインメント。

No.347 7点 魔が解き放たれる夜に- メアリ・H・クラーク 2018/06/02 03:16
(ネタバレなし)
「わたし」こと30歳の女性事件記者エリー・キャヴァナーは、7歳の時に当時15歳の仲の良い姉アンドリアを殺害された傷ましい過去があった。悲劇の禍根の果てに家庭は崩壊して両親は離婚し、母は病死。エリーはその半生で、さらに心に深い傷を負いながら成長してきた。そして23年目の現在、事件直後にアンドリア殺害の犯人として逮捕され、刑務所に長期服役していた姉の元ボーイフレンド、ロブ・ウェスターフィールドの初めての保釈が決まる。しかも時を合わせて当時の証人が証言を覆し、ウェスタ―フィールドは冤罪では? という世論まで高まってきた。事件の状況を何度も検証し、ウェスターフィールドが殺人犯という確信を固く抱き続けるエリーは、23年前の事件の真犯人は彼だという再度の証拠固めを始める。だが調査活動を進めるなかで、何者かの妨害の影が……。

 私的に、本当に久々のM・H・クラークである。実は本書は10年以上前に遠出した際、帰りの電車の中で読もうと先方の新刊書店で購入。しかしその時は成り行きから手をつけず、今回初めて未読の蔵書のなかから引っ張り出して通読したのだった。
 個人的に、もともとクラーク作品は、日本に初紹介されたデビュー作『誰かが見ている』以降の初期数作を楽しんだ。しかしその後、どれを読んでも一定以上に面白い安定感にかえって刺激と求心力が薄れ、著作から離れていた(だから本サイトのminiさんの『誰かが見ている』評などには本当に共感できる)。
 とはいえまあ、クラークの未読の作品ならまず面白いだろうなという信頼感はその後も継続はしていたので、十数年前の帰宅時の旅路用に(一種の安全パイとして)購入したわけだった。

 それで今回、それからさらに十数年後「んー、たまにはクラークもいいかな」と思ってページをめくり始めたら、ああああああ、やっぱり面白い(笑)。
 自分自身がかなり長い歳月、クラーク作品に触れていなかったために良い感じに新鮮かつ懐かしかったということもあるが、何よりクラーク自身がちゃんと21世紀の時代と寝ていることも大きい。
 作中にweb文化=ジャーナリストのホームページなどの現代ツールを導入するなど、80年代のクラークなら考えられなかった(そりゃそうだ)新味も披露。その手の前向きさが快い効果を上げている。
 エリーは23年前の姉殺害事件の再調査の進捗状況や、改めて集めた情報をかなりあからさまに新設したホームページにさらして世間の関心を刺激。まだまだ世の中にひそかに潜み続けているかもしれない真実を広く公募する。だがこれに対抗して、とにもかくにも保釈となったウェスターフィールド側もサイトを開設。悲劇の冤罪者の立場を演出し、さらには事件当時はまだ幼かったエリーの証言への不審や、果ては彼女当人へのえげつない人格攻撃まで実行。双方のサイトは合戦模様になる。
 まさか(作家的にはふた昔前の大物と思っていた)クラーク作品でこういうものを読めるとは、と驚いて嬉しくなった(笑)。まるで久々にあった昔の彼女がちゃんと今風の装いとメイクを心得ていて、以前とは違う種類の、しかし変わらないレベルの美しさを披露してくれるような喜びだ(笑)。
 そんな良い意味でわかりやすい現代性を端緒に、本作はおおむね総体的にビビッドな感触。正に巻置くにたまわざるオモシロさである。

 当然、読者の目線的には「はたして、エリーの頑なな疑念は本当に的確なものなのか?」「彼女は最終的に、どういう真相を探り当てるのか…!?」という思いも自然に芽生える訳だが、大丈夫、クラークはその辺もちゃんと作劇要素に組み込んである(もちろん最後にどういう結末に着地するかは、ここでは書かないが)。

 リーダビリティは安定して高く、端役もふくめて70人以上に及ぶ登場人物を読み手のストレスを招くことなく書き分けている、そんな筆致も快い。
(エリーを見守る人々の、心に染みるキャラクター描写も少なくない。)
 まあ良くも悪くも読者を引き回すハイテンポな筋立てで、あまり推理や思索の要素はないのはナンだが、こういう形質での面白さを追求するなら、それはそれで良い、という感じ。

 この一冊でクラーク作品は久々にお腹いっぱいに楽しんだ思いだが、いつかしばらくしてこの安定感がまた恋しくなったら、未読の別の作品も手に取ってみよう。

※追記:全体的にとても読みやすい流麗な訳文ではあったけど、
■363ページの5行目:
ミセス・ストローベル(誤)
ミセス・ヒルマー  (正)
話し手と、話題に出てくる女性の名前がごっちゃになってますな。
いつか機会があったら、訂正しておいてください。

No.346 5点 キリサキ- 田代裕彦 2018/06/01 09:17
(ネタバレなし)
 17歳の若さで死亡した少年「俺」の魂は、死の世界で死神のような存在に出会う。「俺」が生前に敬愛していた姉の姿をとったその相手は「俺」の命名を受けてナヴィと名乗り、死ぬには早すぎたという「俺」の魂を現世に送り戻した。だが「俺」の魂は自分自身の肉体ではなく、自殺した女子高校生・霧崎いずみの肉体に憑依する。そんななか霧崎いずみ=「俺」は、女子高校生ばかりを殺傷する謎の連続殺人鬼「キリサキ」がまた出現したというニュースに触れるが、それは絶対にありえないはずだった。何故なら――。

 ヤングアダルト向けのミステリ叢書・富士見ミステリー文庫の一冊で、ホラーファンタジーの枠内に正統派&変化球ミステリとしての多様な仕掛けと興味を盛り込んだ作品。すでに刊行から10年以上になるが、一定数以上のファンからは名作として評価を固めているらしい。
(魂が入れ替わっての蘇生=その趣向を謎解きギミックに活用したミステリというのは、一部で話題を呼んだ昨年のあの作品に影響を与えているのだろうか?) 

 それで読んでみると……なるほど後半~終盤の展開はサプライズとどんでん返しのつるべ打ちで、しっかり食いついて行かないと読み手が振り落とされる感もあるほど(これから読む人は、登場人物についてのメモをしっかり取りながらページをめくることをお勧めする)。
 変化球にして剛速球の球筋を放ってくる送り手の才気には、たっぷりと堪能させられた。

 ただし仕掛けや伏線・手がかりの妙味が実に芳醇な一方、「この登場人物はあの別の登場人物のことをどう思ってたのかな?」「そこのところは書かれてないけれど不自然じゃないかな……」という、たぶん大半の読み手が思いつくであろう種類の疑問に応えてくれない箇所も結構、多い。ほとんどの読者は何かしらの疑問につまずくのではないかと思う。
 それを考えるとトリッキィに思えた終盤の仕掛けの数々のいくつかはいささか強引にも思えてきて、評価がいくらか落ちてしまった。
 それゆえ評点は本当は6~7点つけてもいいかと思ったところから多少差っ引いて、この点数に。
 あまりにもさりげなく提示された中盤の違和感の部分が、最後になって実は鮮やかな伏線だったと判明するようなハッとする箇所も確かにあるんだけどね。得点要素だけ拾えば、結構な秀作です。
 変わったタイプの謎解き&サプライズミステリが好きな人は、一回読んでみてもいいと思う。

No.345 5点 彼は残業だったので- 松尾詩朗 2018/05/31 18:00
(ネタバレなし)
 草野唯雄の『死霊鉱山』の感想をTwitterで検索した際、この作品がそっちと同じ程度にアレであるとかどーとかの噂を目にする。それでワクワクしながら、(え!?)この一冊を手に取った。
(しかし、こういう作品までちゃんと目を通してられるnukkamさん、流石である……。)
 
 自分が最初に期待したのは、完成度の高い傑作や秀作でなくてもいいから、爆笑できるワンアイデアもののパワフルさか、まず現実にはありえない奇想を紙の論理の上でホントらしく見せるフィクション的な豪快さ(そういう形でとにもかくにもミステリジャンルへの愛がある作品)……だったのだが……なんだろう、これは…(汗)。
 まず、敷居の低い、いかがわしさに満ちた蠱惑的な導入部はオッケー。
 そこから、どうやら本当の主人公のものらしい別視点の叙述に転調し、ふむふむ……と読み進める辺りまでは、なかなか面白そうだった。
 しかしストーリーテリング的にもミステリ的にも大きな弾みもないまま次第に残りページ数が減じていき、いつのまにか終盤に「なんつーか、どうもね…」と言いたくなるような、どっかで読んだようなトリックのバリエーションが開陳されて終わる。そこには予期したようなダイナミズムも豪壮な快感もなかった。あったのは、ただの脱力感だけ……(涙)。
 まあ『占星術』リスペクトとして、作者が本作のメインアイデアにそれなりの自負を持っていたのであろうことは、明確にわかるんだけれど(この辺は、ネタバレになりかねんので、あまり詳しく書けんが)。

 察するに、作者はこれをきっと天然で書いたのだろうから、ある意味、罪はない。問題なのは、裏表紙で例によってこういう作品を推薦したあの人(nukkamさんのレビュー参照)の方である。
 なにはともあれ、こういう一冊を時に嗜むのも、ミステリファンの興趣ということで、ここはひとつ(そうか!?)。
 ……とかなんとか言いながら、同じ作者の別の作品も、近いうちに読むであろうけれど(笑)。

No.344 7点 黒は死の装い- ジョナサン・ラティマー 2018/05/31 04:29
(ネタバレなし)
 映画会社「メイジャー映画」の大物女優であるカレス・ガーネットが、現在制作している新作映画の終盤での、自分が演じる役柄の扱いに不満を漏らした。このため新進脚本家のリチャード(ディック)・ブレイクが急遽、シナリオの改訂を行うが、その夜、彼の住居で、ある予想外のアクシデントが生じる。翌日、どうにかブレイクが書きあげたシナリオの改訂稿に基づき、カレスの登場場面の撮影が進行した。だが若手女優リーザ・カースンが物語の流れのままにカレスに向けて撃った拳銃から空砲ならぬ実弾が発射され、カレスは現実に殺害されてしまう。リーザと恋仲だったブレイクは彼女の無実を晴らそうと、撮影現場で銃弾がすり替えられた可能性を追求する。だがその現場は60人もの人間が居合わせており、拳銃への細工は困難な一種の密室状況だった。

 ハードボイルド派に分類されることも多いが、実際の作風はパズラー要素も強いと定評のある、作者ラティマーのノンシリーズ編。
 なお題名の「黒は死の装い」とは、ブレイクがシナリオ改訂稿のなかで、カレス演じる新作映画のメインヒロインのひとり、バーバラ・フェルプス夫人に喋らせるセリフの文句。このフレーズはカレス当人やほかの登場人物にウケて、数回作中で繰り返される。

 ポケミス巻頭の人名表では主要キャラ15人分のみの名前が並ぶが、実際にメモを取っていくと端役をふくめて全部で70人近い劇中人物が登場(~汗~フランク・キャプラだのチャップリンだのキム・ノヴァックなども続々と顔を見せるが、そういった実在の人物をカウントしなくても70人前後の登場人物である……)。
 しかも何の説明もなく、いきなり会話のなかに名前が初めて出てくるキャラも多く、その辺もなかなかシンどかった(まあもちろん会話中で該当人物の素性があーだこーだといちいち説明しないのは、作中の現実としてリアルなのだが)。

 とはいえ本書はこういう設定だから、映画製作所の内幕は相応のボリュームで描き込まれ、その辺は(日本の乱歩賞受賞作のような)専門分野もの的な興味でさすがに面白い(訳者の青田勝などは巻末の解説で「風俗小説的な面白さもある」という主旨のことを書いているが、むしろ特殊分野の情報小説的な感じに近いような)。
 また登場人物も多いとはいえ、メインキャラと脇役、端役はちゃんと整理され、主要人物のほとんどは、それぞれのキャラクターがくっきりと伝わってくる。さらに、登場人物たちを見舞う窮地などの小さい山場も話の要所要所に設けられてドラマの起伏感を高め、かなりスピーディに読み進められる。これらもろもろは、さすが職人作家ならではという安定感である。
 なお全部で約30章に分けられた小説本編は、6~7人の登場人物の担当パートが常時入れ替わる形で構成。この趣向が作品全体の群像劇的な興味を高めていたことも特記事項だ(描写そのものは最初から最後まで三人称で綴られ、カメラワーク的な意味での叙述の視点は、それなりに自由度を感じたが)。

 肝心のミステリとしては、ネタバレしたくないので余り踏み込んだことは書けないが、物語の3分の2までくらい進んだところで、最初の殺人を受けたフーダニットの興味に対し、読み手が「え!?」と驚くような大技を作者は繰り出してくる。
 その以降は「それでは本当に(中略)なのか!?」「それならばどのように不可能犯罪が行われたのか?!!」というフーダニットそしてハウダニットの興味があらためて倍加してくる。
 この辺はいかにも、本邦の一部のミステリマニアからも<謎解きミステリ作家>として評価されているラティマーの面目躍如という感じで快い。
 ちなみに殺人現場はいわゆる<準密室><開かれた密室>だが、このことはもちろんちゃんと作者の念頭にあるらしく、本文中にも数度にわたりそのものズバリ「密室」という言葉が登場する。

 またポケミス117ページには、ブレイクが調査のために出かけた銃砲点の描写で「今彼の眼の前には、幾多の犯罪の手段となる凶器がずらりとならんでいるが、どれもがエラリイ・クイーンが見たら眼をまわしそうな珍奇な品物ばかりだった。」というお遊びが出てきて、ああ、作者もちゃんと本作をミステリとして気を入れて(あるいは楽しんで)書いていたんだろうな、というのが偲ばれ、ニヤリとさせられる。
(ちなみに本書の翻訳の青田勝は、ミステリファンには周知のとおり早川系のクイーン作品の翻訳のメインだった人。それを思うとさらにユカイな部分だが、まさかこの件、邦訳時に青田が勝手に遊んで入れたワケではないよね?(笑))

 もちろん肝要の密室的状況下の空砲→実弾のトリックも、ちゃんとクライマックスにいかにもそれららしい手順を踏んで謎解きが語られる(主要登場人物のパートが入り組むなかで、とどのつまり誰が最後に真打ちの探偵役になるのか、ぎりぎりまで明かされない趣向もニクい)。

 ほかにも「劇中のとあるキーアイテムにどんな秘密が隠されているのか」「某登場人物はなぜそのアイテムの入手を企むのか」というホワットダニット&ホワイダニットの妙味もサブプロットに仕込んである。
 さらには伏線や手がかりも~日本語翻訳版としてのちょっとメタ的な仕掛けも含めて~丁寧に張られており、その辺も楽しみどころだった。

 私的にラティマーはまだ二冊目なのだが、少なくともこれは、ミステリとしても、映画界を舞台にしたエンターテインメント小説としても仲々の拾いものであった。未読の残り分も期待していいかしらん。 

No.343 5点 海の牙- 水上勉 2018/05/29 02:36
(ネタバレなし)
 ああ、やっと読んだ、読んだ。少年時代に手に取った中島河太郎の『推理小説の読み方』の日本推理小説史のなかでの本書に関する記述が心にひっかっかってからウン十年、ついに読んだ。
 とはいえもちろん作品の主題そのものは事前に知っていたから、読むのに気後れしてきた部分は確かにあった。いくらケーハクな自分でも、きっとこの一冊だけは軽佻浮薄に読み始めてはいけないはずなんだろうって。

 それで今回は、読売新聞社の1990年代の叢書「戦後ニッポンを読む」シリーズの一冊で読んだけれど、この本の巻末に叢書の監修も務めた佐高信の、全部で10ページにも満たないけれど、とても丁寧な解説がついていて、これが読解に非常に役に立った。
 それによると本作はモデルとなった水俣病公害が世に広まる以前に、作者の主体的な取材によって書かれたものだそうで、それだけにその迫真ぶりはあまりある。
(とはいえ本当に水俣病公害事件を探求するにはこの社会派ミステリ一冊ではなく、もっともっときちんとした心構えと覚悟が必要だろうけれど。)
 
 ただしミステリ&小説としては、うーん、どうなんだろ…。
 事件の真相、真犯人の動機、ほとんどの要素が後出しで事実を知るものの説明で明かされるばかりで読者が介入して推理する余地があまりない。
 最後にひとひねりある社会悪への言及も、当時としては新鮮な作劇だったんだろうが、21世紀の今読むと特に目新しくもないし。

 あとね、主人公が公害病の患者のために奔走する民間の外科医(といっても医者が少ない漁村だからいろんな分野の診察や治療も、ある程度するみたいだけど)で警察の嘱託医、警部補の友人がいるという設定は良いのだが、その友達の刑事の便宜とはいえ、捜査に不自然に介入しすぎ。
 特に専門知識を必要とされる立場でもないのに、所轄を越えた警察関係者の対話の場や捜査の現場に当たり前顔で参列する描写を読むと、これって、ナンだかなあ…と思ったり。
 清水一行の『動脈列島』なんか同じように公害に義憤を持った良心的な医者でも、その善意や憤りだけでは大局の事態を変えることも問題を解決することもできず、しかしそれでも居ても立ってもいられない切実な葛藤の末にテロに走った訳でしょ(テロという行為は絶対に肯定できんが、そういうぎりぎりの心情そのものにはすごく共感する)。
 それに比べてこの『海の牙』の主人公は行動も立場も、ほかの劇中人物や作者から、優遇されすぎていないだろうかって。
 つーわけで(期待値が高すぎたこともあって)評価はきびしくなってしまう。すいません。

 ただまあ、リフレインになるけれど、公害病(作中では「奇病」と総称される)の惨状と悲痛さの描写は、正にこの作品の核なのね。いや21世紀の現在の作品ならもっといくらでもどきつく、刺激的な筆致もアリなんだろうけど、何よりこれが実話をもとにしたという現実の訴求力にだけは、どうにも抗いようがない。
 もちろん、当時の罹病された方々へも、凄惨な事態にまともに向かい合った医療関係や行政の方々にも、この場から今の自分なりの思いを馳せさせていただく。この災禍のなかで、狂死したり実験動物の被検体になった猫たちや、ほかの動物たちへも。
 昨日、読み終えました。ウン十年前の自分へ。

No.342 6点 殺人保険- ジェームス・ケイン 2018/05/27 12:15
(ネタバレなし)
「僕」ことウォルター・ハフ(34歳)は保険会社「誠実屋」に勤続15年目のやり手社員。そんなウォルターはある日、石油油田供給会社のロサンゼルス支部長H・S・ナードリーの美貌の後妻、フィリス(31歳)に呼び出され、本人の知らないうちに夫に高額の生命保険をかけることが可能か問われる。フィリスの悪心を敏感に気取ったウォルターは彼女と体の関係を持ち、そして保険金詐欺殺人計画の共謀者として夫殺しの実行役とアリバイ作りを買って出るが…。

 筆者的には、近年に発掘の『カクテル・ドレス』に次いで二冊目のJ・ケインである。一番有名なアレはまだ読んでない(歴代の映画も観てない)のだが、本作は噂に聞くそちらの変奏的な感じも気取れるので、ちゃんと作者の著作順に読めば良かったかも
(『郵便配達』は1934年、本書は1943年…戦時中の作品なのね。当時の日本でこんなの書いてたら、自国民同士で人殺し!? しかも妻が愛人と夫を殺す非国民小説! と誹られそうだ)。

 本作は文庫本で本編がほぼ200ページ、会話も多いのですぐに読めるが「ああ、こういうのがケインらしいんだろうな」という乾いた文体は読み手に染みる。
 時たまハッと思う叙述が出てきて(昭和30年代の日本語訳を通じて、ではあるが)気を惹かれる。たとえば92ページ、大仕事を終えたあとの主人公二人のやりとり――

 僕は、慌てて口を噤んだ。一、二秒すると、彼女が何か言い出した。まるで狂人のような荒れ方だ。口から出放題に、彼のことであれ、僕のことであれ、なんでもかんでも怒鳴り散らす。僕もときどきガミガミ言い返した。これが殺人を終えた後の供養だった。二人は二匹のけだもののように、互いにいがみ合い、どちらも止められなかった。まるで、麻薬の砲弾でも食らったように。(蕗沢忠枝・訳)

 ミステリマガジンで一時期人気だった青木雨彦さんの連載(「夜間飛行」とか)のように主人公の男女の叙述を引用したが、こういう感じである。うん、ステキ。
 本サイトのtider-tigerさんの『郵便配達は二度ベルを鳴らす』のレビューでの
<チャンドラーの(ケインの作品や文体を)「嫌い」を自分はあまり真に受けていません。 チャンドラーは「自分もやってみたいけどできない」ことを「嫌い」だと表現しているように思えてならないのです。>がとても腑に落ちる。納得のいく卓見だと思う。

 ちなみにミステリとしての本作の筋運びの魅力は、空さんの語られるとおりだと思うし、クロージングの意表のつきかたにも唸らされた。
 しかし一方でこの作品は、物理的な意味での紙幅の薄さが、本当はもっとボリューム感を与えられるものをあえてダイエットさせすぎたような印象もある。
 それゆえぎりぎりまで迷い、7点にするか考えあぐねた上で、現時点ではこの評点。いやその分、話の、そして小説としてまたミステリとしての密度感はかなり高いということなんだけどね(汗)。

 ケインは大昔に『セレナーデ』や『バタフライ』とかのケイン選集も古書で買ったまま、家のどっかにしまいこんであるんだよな。そのうちいつか見つかればいいんだけれど(つーかまずその前に『郵便配達』読め・笑)。

No.341 6点 処刑- 多岐川恭 2018/05/26 11:58
(ネタバレなし)
 日米安保の争議に揺れる1960年代の初頭。恋人であるタイピスト・稲葉さちとの結婚を近々に控える青年・多門透は、政界の影の大物・吾妻猪介老人の秘書を務めていた。吾妻は無所属の一匹狼ながらその発言力は大きく、次期総理とまで目される傑物である。その夜も多門は、箱根の仙石原の吾妻の自宅で、吾妻に接見を求めてきた十人前後の客に順番に対応していた。やがてその翌朝、いつのまにか姿が見えなくなっていた吾妻が、箱根のロープウェイの搬器から吊り下げられた縊死体となって発見される。捜査陣、そして多門は昨夜の来訪者たちもしくは政界の関係者のなかに犯人がいるのでは? と思索を重ねるが、やがて露わになるのは、意外な展開を見せる殺人劇と思わぬ人間関係の実状だった。

(我ながら呆れたことに)多岐川恭は本作が初読のはずである(笑・汗)。
 マニア人気も高くマイナーメジャー作品も多い作者の著作だけに、じゃあどれから読もうかとちょっと迷ったが、せっかくだから本サイトでまだレビューのないこの作品を手に取った(笑)。
 本作は次期総理と期待される人物が箱根のロープウェイから宙づり死体で見つかるというショッキングな設定が、日本版EQMMの大井広介の連載月評記事「紙上殺人現場」で話題になっていたような覚えがある。

 今回は元版のハードカバーで楽しんだが、大きめの活字で一段組、270ページというほどよい紙幅。加えてとても平明な文体なので、さらっと読めてしまう。
 ただしミステリ&小説としての内容は濃い。
 政界周辺を賑わす登場人物たちはそれぞれキャラが立ってるわ、その面々の物言いや権謀術数のほどには21世紀の現在にも通じる普遍性があるわ(時代色として、左翼や女性そのほかへの「今だったらなかなかこうはダイレクトに書けないだろうな」という劇中人物の問題発言の類もあるが・笑)、主人公の恋愛模様は意外な展開を見せるわ、さらにフーダニット&ハウダニットのミステリとしては実に細かい大小の手がかりとトリックを組み合わせてあるわ……でかなり読み応えがあった。
 序盤の、大物政治家、箱根のロープウェイから死体宙吊り、というキャッチーでショッキングな導入部にいまひとつ必然性が弱い(一応の説明はされるが)のはナンだが、なかなかの佳作~秀作だと思う。今後も多岐川作品は読んでいきましょう。 

No.340 6点 不確定性原理殺人事件- 相村英輔 2018/05/25 20:40
(ネタバレなし)
 平成10年4月。元警視庁捜査一課の警部だった鳥越八郎は、20年前に生じた怪事件を振り返る。それは古いモルタルアパート「昭和荘」の10号室で失業中の青年・杉本哲夫が密室状況のなかで変死した事案だった。自殺の可能性も討議されるが、死因は「他者の手による絞頸による窒息死」と検死の結果が出る。しかも現場が密室空間だったことにくわえ、捜査線上に浮かんだ三人の容疑者にもそれぞれ鉄壁のアリバイがあった。捜査陣が不可能犯罪かと思うなか、やがて警視庁の上級職の甥でもある詩人探偵・楼取亜門が語った事件の真実は……。

 Webでキワモノっぽいという評判を読んで、面白そうだと手に取ってみた。
 そうしたら良い意味で普通の、謎解き(フーダニット&ハウダニット&ホワットダニット)ミステリであった。
 極言すれば事件の真相の意外性は、あるワンアイデアに帰する気もする。
 となると新書の二段組みで300ページ以上の紙幅はそこに至るまでの迂路的に長すぎる、そんな悪印象も生じそうだが、実際にはこれがあまり気にならない。
 本書のジャケット裏表紙に「軽やかな文体」とあるが、確かにテンポの良いリーダビリティの高い叙述で、なんか過渡期の天藤真みたいな感じのノリである(ユーモラスながら、どこか微笑ましい感じにイモっぽいというか)。

 伏線も大ネタを張りながら、猥雑な描写のなかにそれを紛れ込ます手際は悪くないし、なかなかの佳作~秀作じゃないの、これ、という感触。
 ただ(やはり裏表紙の解説によると)、本作は当時の都筑道夫が賞賛したそうだが、都筑がどういうところをホメたのかちょっとイメージしにくい。あまり都筑の作風などと、接点は見出しにくいんだけれど。

 ちなみにこれ、例の「本格ミステリ・クロニクル300」にも取り上げられてないのね。普通に該当時期の話題作? として紹介されていてもいい気もするんですが。

No.339 7点 ローズマリーの赤ちゃん- アイラ・レヴィン 2018/05/20 12:35
(ネタバレなし)
 洋物のホラー(モダンホラー)はそれなりにスキ(ただしあまり血生臭いのは敬遠)で、偶に手に取っている。しかしジャンル自体をまともに探求したり、その体系に準じて読んでいるわけではない。だからこんな名作も初読だったりする(レヴィンの著作自体は、さすがにこれ以上にメジャーなあの二作はちゃんと読んでいるのだが)。

 原書は1967年の刊行で、翻訳(ハヤカワノヴェルズ版)も同じ年に出ている。物語の舞台は1964~65年の、ケネディ暗殺事件の衝撃がまだ残り、ベトナム戦争がさらに加速化していく時節のアメリカ。

 本作は有名な映画版の影響もあって、大ネタはかなり多くの未読の人にも知られていると思うが(自分も知っていた&映画は未見)、ここではあえてそれについては秘す。
 ただし近代化された大都会の一角に旧弊な魔性の存在が・・・という、今ではあたりまえに成りすぎたジャンルの作品として、本書はその嚆矢といえる一冊のはずである。
 大昔の青春時代、あちこちの古書店をめぐって日本版EQMMとHMMのバックナンバーを集めだし、数年でその時点までの分が全部揃ったが、そうやって入手したHMM初期号での早川書房刊行物の広告ページ(近刊案内)に、本書が(当時としての)かなり革新的な作品・衝撃作としてアピールされていた思い出がある。さもありなん。少なくとも私はこれ以前の早川で、モダンホラーに類する作品が刊行された記憶はない。

 それで今回、初めて本書を読んでみると、確かにこの魔性の存在は、前述した当時のアメリカ全体を覆う黒い時代性の暗喩であろう(Amazonのレビューでも同じことを言っている人がいたが、その見識に同意する)。

 さらに加えて、あの瀬戸川猛資などがのちにスティーヴン・キングの諸作について語った<モダンホラーで、現実にはありえないスーパーナチュラルな事物にリアリティを与えるためには、とにかく細部を徹底的に描き込むしかない>という創作法がこの時点でちゃんと実践されているのも舌を巻く。
 たとえば、これは最後までその事実の意味は明らかにされなかったと思うが、壁から外された何らかの絵のあとが日焼けせず残っている、そういったさりげない描写などかなりコワい。
 主人公を取り巻く人間たちのキャラクターシフトも今となっては定型的な部分もあるが、これがこのジャンルの先駆(少なくともその一冊)だと思えばあまりに見事に決まりすぎている。
 ラストの強烈なひねりも絶妙ながら21世紀の現在にも通用する普遍性を誇り、これは確かにモダンホラーにおける「一人の芭蕉」的な一冊だろう。
 自分が愛読したモダンホラーの後続のあの作品もかの作品も、本作があったからこそ生まれたように思える。
 時代の推移のなかでよくも悪くも新古典となってしまったことは確かだろうが、このジャンルでの記念碑的な作品であることは疑いようがない。

No.338 5点 赤い影の女- 島田一男 2018/05/17 22:04
 表題作とのカップリング作品である中編(短めの長編?)『山荘の絞刑吏』の評判をWEBで目にして、そちらに興味が湧いて手に取ってみた。
(そのあとで、下の江森さんの言葉どおり「本格ミステリ・フラッシュバック」でも本書が紹介されていることを知った。)
 ちなみに島田一男はあまり読んだことがなく、例によって本だけは買ってあるので今後また消化していきたい(・・・というつもり)。
 
 それでくだんの『山荘~』は、パトリシア・マガーの有名な長編『探偵を捜せ!』(すみませんが、現時点で筆者は未読)に似通う設定のようだが、調べたところマガーの初訳は1960年の初頭(別冊宝石に『探偵を探せ!』の題名で一挙掲載)で、この『山荘~』が表題作となった単行本は1959年に出ている。島田が原書で読んでインスパイアされたか、あるいは誰かの紹介記事を読んでネタにしたか、それとも本当に偶然の一致で島田の方が少し早かったのか、そこら辺はなかなか興味深い。

 ともあれ『山荘~』はわずか140ページ弱の中に、特異な危機状況に立つ主人公のスリルとサスペンス、その渦中で起きた予想外の殺人の成り行き、死体移動などの不可能興味や、最後のどんでん返し、そして肝要の真の探偵の正体・・・・・・などなどのミステリ的趣向が盛りだくさんで、これはもう少し紙幅を増やして長編にした方が良かったのではないか、という感じ。まあその分、密度感は高いのだが。

 表題作の方は、地方から上京するフィアンセを新宿駅に迎えに行った主人公(ボヘミアンの青年)が、見知らぬ赤いレインコートの美女と関わり合い、それを端緒に謎の殺人事件に巻き込まれていくサスペンススリラー。
 あまり推理する余地はなく、よくいえばウールリッチのサスペンス編的な趣もある(ただしウールリッチのような詩情は希薄)。こちらは80ページ前後と、筋立てにおおむね見合った紙幅の分量である。
 一部のサブキャラクターへの肉付けや、ラストの奇妙な余韻など、ちょっと面白い部分もあったけど、まあ1時間ちょっとで読み通せる小品だろう。
 本書の刊行当時の昔の東宝あたりが都会派の白黒スリラー映画にしていたら、もしかしたらちょっと良い感じのものができたかもしれないな。ちょっぴりそんなことも考えた。 

No.337 7点 精神盲- 木々高太郎 2018/05/17 13:23
(ネタバレなし)
 昭和22年に東京の自由出版株式会社から、ミステリー(一部SF含む)専科の文庫サイズの叢書「DS選書」(ディテクティブストーリー選書の意味だろう)の一冊として刊行された、木々高太郎の短編集。当然、現時点のAmazonには、ISDNなんか登録されていない。
 全220ページの紙幅に全部で7編の中短編が収録され、そのうち5編がおなじみ精神病学教授の大心地先生もの。残る2編が、木々高太郎の別のレギュラー探偵である法医学者・志賀博士もの。

以下、巻頭から収録の順番に寸評。
①「精神盲」(大心地先生)・・・若年ながら治療の見込みのない痴呆症、そして視界に入る事物の実態を情報として認識できない疾病「精神盲」でもある患者が、ある夜、入院先の病院で自分の顔に熱湯をかけて大火傷を負った。それは心を病んだ患者の悲惨な奇行かと思われたが・・・。
 いきなりドラマチックな導入部と短い紙幅の割に込み入った心理劇の交錯で、なかなか面白い。まあ現実の犯罪としては無理筋な面もあるが。ライバル学者相手に論戦を展開する大心地先生、カッコイイ(笑)。

②「債権(「権」は旧漢字)」(大心地先生)・・・ある日、一人の男が、生活上の行動の何もかもを、金銭上の収支に換算して周囲の者に請求するようになった。この異常な事態の裏にある奇妙な心理は?
 ちょっとチェスタートンの秀作編を思わせる一編。劇中人物の過去のドラマから、倒錯した思考に基づく犯罪劇に発展させる手際は見事。

③「女の復讐」(大心地先生)……無学で粗暴な男が、とても釣り合わないような美しい美人と同棲を始めた。だがその女は病死。遺された男は……。
 トリッキィな心理劇というか、××××テーマのクライムストーリーの佳編。題名に一考の余地があるのは残念。

④「二本の前歯」(志賀博士)……タイピストの娘が夜間にロマンス映画を観た翌日、彼女自身がまるでその劇中ヒロインになったような不思議な事態に遭遇する。その訳は?
 なんか普通小説っぽいというかメロドラマっぽい展開は、本書のなかではちょっと異色。最後まで読むと、良くも悪くもホームズ譚の一本にありそうな話で、本書中では一番の下位作品かも。

⑤「ポストの中の明日」(大心地先生)……誤って、本意では無い手紙をポストに投函してしまった若者。彼はポストの前に立ち続け、なんとかその手紙を回収しようとするが、事態は予想外の殺人劇へと……。
 これもチェスタートンっぽい感じだが、さらにどちらかといえば「奇妙な味」系の趣もある一編。主人公の若者にからむ街の人々の描写が妙に印象に残る。

⑥「法の間隙」(大心地先生)……資産目当てに、同居する後見人の遠縁の富豪を殺そうとする若者。彼は法律の隙を突き、殺人を犯しても罰せられないプランを画策するが・・・。
 明確な倒叙もの。時代性のなかで、今の刑法の解釈と違うのでは? という部分もあるような気がするが、話の転がし方と正統的なサスペンス、それに犯意露見のスリルは相応の手応え。

⑦「迷走」(志賀博士)……ある富豪の家で、一人の子供が殺される。遡って事故死と思われていた別の子供の変死も、実は謀殺だったのでは? との疑惑が浮上した。やがて・・・。
 トリを占める長め(約50ページ)の一編。事件の真相が発覚すると同時に、ある人物の人生の××と、そこにいたる異常なシチュエーションが浮かび上がってくる。読み応えは十分だった。

 あー、木々高太郎の短編、面白い。人間心理の綾や心の闇に踏み込んでいき、そこから人生の一幕を鮮烈に語るその筆の冴えは、前述の通りチェスタートンとかに通じるものがあるわ。
 今回は思うところあって、すでにインクも滲んだ旧漢字の読みにくい(しかし奇蹟的に紙の破れはそんなに無かった)古書を大枚はたいて買った(涙)が、その価値はあった・・・かな(笑)。

 ところで誰か、木々高太郎ファンまたは研究家の方、大心地先生と志賀博士の事件簿(登場作品一覧)リストを作ってくれませんか。あるいはすでにもしあったら、どこで見られるかご教示願えませんか(汗)。

No.336 8点 鴉よ闇へ翔べ- ケン・フォレット 2018/05/10 16:59
(ネタバレなし)
 時は第二次世界大戦渦中の1944年。「史上最大の作戦」ことノルマンディー上陸作戦が決行される6月5日。その大作戦の流れに大きく影響すると目されるのは、フランスはサン―セシル広場周辺に設置されたナチスドイツ軍連絡網の中枢的な電話施設の破壊だった。イギリス軍の女性将校で諜報破壊活動のエキスパート、フェリシティ(フリック)・クレアは、フランス人の夫ミシェルが率いる現地のレジスタンス部隊と連携して同施設に接近するが、ロンメル将軍麾下の精鋭である情報将校ディータ―・フランクに阻まれて一度母国に撤退する。だがDデイが目前に迫る中、レジスタンス側から「現地のフランス人掃除婦グループに変装しての電話施設への潜入なら可能性がある」との情報を得ていたフリックは、射撃の名手である幼なじみの男爵令嬢、殺人犯として収監中のジプシー女性、超美人のドライバー、中年の女性金庫破り、頼りなさげな女性電話技師、そして女装する同性愛者の男性という、民間人6人を束ねた秘密部隊「ジャックドウズ(鴉)」を編成。フリックたちは超短時間の訓練を経て敵陣に向かうが、そんな彼女たちを待っていたのは現地のレジスタンスを捜査し、機密情報を掌握していたかのドイツ軍将校・フランクによる迎撃作戦だった。

 おお、(私的に)何十年ぶりのケン・フォレットであろう! 当方、傑作・秀作と名高きあの初期三部作(『針の眼』『レベッカの鍵』『トリプル』)を読んだのちに疎遠になってしまっていた薄情な読者だが、たまたま最近、何かの契機から本書の概要に触れて興味が湧き、読んでみたところ、これがメチャクチャ面白かった。
 元ネタは第二次大戦中に大活躍しながらも栄誉を受けることなく歴史の陰に葬られた女性部隊・約50人の実話らしいが、フォレットは当人のオリジナルの作劇でこの素材を再構成。「女性」版「七人の侍」(ただし……)という戦争群像活劇を築き上げた。
 元版・初版の単行本版(本書はのちに文庫にもなってるが)二段組みで約500ページという大冊だが、実質二日でほぼ一気読み。大昔の記憶と比較しても仕方がないのだが、帯の惹句のとおり『針の眼』よりずっと楽しめたような。なにしろこの種の(諜報攻略ものの)戦争冒険小説の定石を守るところとあえてパターンを外すところ、その双方のバランス感覚が実に絶妙である。それゆえここで書きたい作中の名シーン、触れておきたい物語上のツイストなどは山のようにあるのだが、それこそ未読の人へのネタバレになるので書けない(書きたくない・笑)。
 あえてちょっとだけ内容に触れるなら『針の眼』のような、よろめきドラマ(死語)、『トリプル』を思わせる、こーゆーの作者が本当にスキなんだろうなというSMチックな拷問描写、そこらへんの筆のノリ具合は正に筆者の記憶にあるフォレットであった。まあ、前者の要素を通じて作者が言いたいのは、本書の主題でもある「女はたくましい」だろうけれど。

 というわけでこの作品、個人的には自分が読んだフォレットのベストであるばかりか(つーても前述のとおり4冊しか読んでないのだが~汗~)、一部隊の秘密潜行攻略ものとしては『鷲を舞い降りた』を上回り、『ナヴァロンの要塞』に匹敵する充足感だった(筆者はもともとヒギンズの作品中では『鷲を~』をそんなに高く評価してないのだが……これについてはいつか機会を見て書きたい)。
 ちなみに本書は2001年の原書刊行で、フォレットとしては14冊目の著作だが、意外にも第二次大戦ものとしては『針の眼』『レベッカの鍵』につぐまだ第三作目だったらしい。読み手のこちらがフォレットの著作と縁遠くなっている間にも、作者はこの「第二次大戦もの路線」に関しては、そんなに歩みを進めていたわけでもないようで(少なくともその時点までは)、置いていかれていなかったという意味で、なんかちょっとホッとしている(笑)。

 世評では、フォレットの作品群には当たり外れもありそうである。しかしその一方で、まだまだ面白そうな未読のものに出会えそうである。とても楽しみだね。

No.335 6点 連続殺人鬼 カエル男- 中山七里 2018/05/08 15:39
 一気読みさせられたし、西村寿行の『白骨樹林』を上回るような警察署内のクライシスも、これはこれで良いと思う。
 ただし、すでに作者の手癖がわかっている読者には伏線が丁寧すぎて、事件の構造に早々と気づいてしまうだろう。
 主人公・古手川刑事の過去設定は、御子柴弁護士とは別種の、しかしどこか通じ合う鬱屈ぶりが良い。
 さて続編を読みましょうか(笑)。

No.334 5点 西城家の惨劇- 志茂田景樹 2018/05/08 09:04
(ネタバレなし)
 鉄道業とその関係企業を成功させ、一兆円とも噂される莫大な資産を誇る西城財閥。その中核にある西城家の現総帥は、三代目当主の龍一。彼は熱海市の先にある岬を占有した広大な敷地の中に、家族や親族そして使用人や嘱託医など約80人もの人間を住まわせていた。その敷地の中で、とある邸宅の一室の天井が瓦解したり、使用人が変死するなどの怪事が続発する。龍一の次女で盲目の天才ピアニスト・世志子は、アメリカに14年在住し、別名義で作家かつ芸術家としても活動する兄・春彦に手紙を書き、帰国を願った。一方、ただならぬ現状を気にした龍一は、執事の石室藤介に相談。彼らは香港在住の若手実業家で、さすらいのアマチュア名探偵との評判を呼ぶ烏丸良輔を招聘する。だが事態はついに連続殺人事件へと発展して……。

「書き下ろし猟奇ミステリー」の肩書きで刊行(新書の二段組み。290ページ弱)。SRの会の会誌「SRマンスリー」でちょっと話題になり、webなどでも、どうもクセ玉っぽい一冊、としてミステリファンの口頭に上っていた作品。現在は絶版だが、Amazonでも一時期は一万数千円の古書価(現在は8000円強)だったようで、その辺でも興味が湧いて借りて読んでみる。 
 ちなみに筆者が、奇矯な外見で一時期バラエティ番組などにも登場していた作者の著作を手にするのは、これが初めて。

 いやしかし文章が全体的に素っ気なくて、リーダビリティは高いとはいえない。読むのに軽く疲れた(汗)。
 しかも登場人物がやたらと多く、名前が出てくる人間をメモ書きしただけで50人前後に及ぶ。そのため、読んでる途中では、もしやこれは数ページに1人の割合で新規に劇中人物が登場し、そして終盤で、最後の最後に登場した人物が実は犯人……というおバカな作りの作品ではあるまいか!? とワクワク期待したが、幸か不幸か、その種の大技ではなかった(笑)。

 とまれ終盤の謎解きに至るまできわめて定型的に、複雑な人間関係に基づいた連続殺人が展開し(ただし話が劇的に動き出すのは後半からで、そこまではダルい)、なんだ、これはフツーのミステリでないの……と思っていたら、最後の最後、ほぼエピローグの部分で、ああ~という仕掛けが浮上してきた。
 ああ、このギミックが世に騒がれているんだな……という感じだが、一方でこのアイデアは、世代人のちょっとしたミステリファン(筆者程度のものでも)なら知っていても読んでいてもおかしくない、70年代に邦訳された某海外ミステリに前例のあるもので(これくらいまでなら言っていいだろう。なんせ該当例は何千冊もあるんだし)、もしかしたら志茂田センセ、そっちを読んでこれ書いたのかな、とも邪推する。
 まあ本作の連続殺人ミステリとしての基幹はまったくオリジナルのはずだから、パクリとかネタの転用とかの文句にはほとんど当たらないけれど。

 ただまあ、とにもかくにも前例の一冊がその大技を使う作劇上の、登場人物の内面的な必然性を感じさせ、ミステリドラマのメインテーマにも直結していたのに対し、こっちは良くも悪くも読者を驚かす思いつきに止まった感はある。
 そこが残念なような、はたまたそんな軽さが微笑ましくってこれで良いような。

 借りられるか、安く入手できるのなら、好事家ミステリファンは話のタネに読んでおいた方がいいかもしれない、そんな一冊。

No.333 6点 予期せぬ結末1 ミッドナイトブルー- ジョン・コリア 2018/04/28 03:31
(ネタバレなし)
収録短篇(一部ショートショート)は、全部で以下の16編。

「またのお越しを」植草昌実訳
「ミッドナイト・ブルー」田口俊樹訳
「黒い犬」植草昌実訳
「不信」植草昌実訳
「よからぬ閃き」植草昌実訳
「大いなる可能性」田村義進訳
「つい先ほど、すぐそばで」植草昌実訳
「完全犯罪」小鷹信光訳
「ボタンの謎」植草昌実訳
「メアリー」田村義進訳
「眠れる美女」山本光伸訳
「多言無用」伊藤典夫訳
「蛙のプリンス」田口俊樹訳
「木鼠の目は輝く」植草昌実訳
「恋人たちの夜」伊藤典夫訳
「夜、青春、パリそして月」伊藤典夫訳

 以前に読んだことのある懐かしい作品から、本書が初訳で当然初めて読む作品までバラエティに富んだ内容。各編の前で口上を述べて読者を饗応しようとする編者・井上雅彦のコメントや、メイン翻訳者・植草昌実の丁寧な巻末の解説もふくめて、ほぼ一冊丸々、とても楽しかった。
 いわゆる<異色作家>勢の中ではコリアは、比較的くせのない方だと思うが、さすがに話術のうまさと凝縮された物語性はいかにも短編小説を読むトキメキを存分に味合わせてくれる(1~2編、切れ味の鈍い感のものもあるが、そのへんは愛嬌)。

 とはいえ大昔の青春時代に『炎の中の絵』を初めて読んだときほどの鮮烈なインパクトが感じられなかったのは、すでにコリアの作風がそれなりにわかっているからか。あるいは読み手としてのこちらがスレて、あるいは枯れてしまっているからか(涙)。
 実際、以前にミステリマガジンで読んだ『メアリー』や『眠れる美女』がやっぱり筆頭格に面白いんだよ(しかし巻末の書誌を参照すると『メアリー』の日本語初訳は1981年? なんかもっとさらに昔の60~70年代くらいのHMMと思ってた)。
 
 この叢書の「予期せぬ結末」路線はこのあとに続いたボーモントもブロックも先に読んじゃったけれど、それぞれ味わいがあって良かったな。かつてのミステリマガジンがこういうものを頻繁に載せていた良い時代を思い出す(真鍋イラストや畑野イラストがまたステキだった)。
 
 んでもって「予期せぬ結末」は、叢書としてはもちろん早川の「異色作家短篇集」路線の正統派後継者だった訳だけれど、このシリーズタイトルだったらスレッサーやリッチー、あるいはウールリッチさえも入れられたよね。3冊で中座してしまったのがとても残念。この手の個人作家発掘短編集で、いつかどっかでC・B・ギルフォードがぜひぜひ読みたいわ。

No.332 6点 月見月理解の探偵殺人- 明月千里 2018/04/25 21:10
(ネタバレなし)
「僕」こと高校二年生の都築初(うい)は、ある日、車椅子に乗った転校生の美少女「君筒木衣理香」と対面する。攻撃的な毒舌でクラス中の大半を瞬時に敵に回す転校生。そんな彼女が初だけに語るもう一つの名は「月見月理解」。理解は、とある殺人&推理もののネットゲームでほぼ不敗を誇った伝説的な人物だが、その彼女を唯一破った相手こそ実は初だった。理解は自分が秘密の組織「月見月家」から派遣されてきた探偵であり、初の父親・一が2年前に墜落死した真相を、初と勝負する推理ゲームの形式で暴くと語る。そしてそんな理解が早くも挙げた犯人の名。それは思いもかけない人物だった。

 先にレビューした鏑矢竜の『ファミ・コン!』同様、自分が所属するミステリサークル「SRの会」の会誌の<ミステリファンの間であまり話題にならないこの30年内の秀作>特集のなかで題名が上がった一冊。
 とはいえミステリラノベとして一般にはそれなり以上に人気作だったようで、全5冊のシリーズが書かれて初期編をもとにしたコミカライズもされているようである。
 キャラの立った(それは今風のラノベジャンルの枠内で、だが)登場人物同士のやりとりが、なかなか際どい流れで徐々に進行。血生臭いとかそういう方向ではなく、作中人物それぞれの心のひだにズケズケと踏み込み合う感覚はなかなか読み応えがある。とまれ一方でページをめくっていくごとに残りの紙幅も減じていくわけで、それゆえこれはミステリとしてはそんなに大きな仕掛けはないな、と中盤で思いきや、作者はそれなりの「言いたいこと」を終盤に二段構えで用意しており、そこがこの作品の価値となる。

 ミステリとしては60~70点くらいだろうが、それをやや苦みのある(しかし切なさも感じる)青春ラノベの中に組み込んだという意味で、本一冊としての評価はもうちょっと上がる。そんな作品。
 しかしおそろしく後を引くな。成分は違うものの涼宮ハルヒあたりによく似たベクトルを感じさせる周囲をかき回すヒロインで、こういう子はフィクションキャラクターとしてとても好みだわ(笑)。近いうちに続きも読むであろう。

No.331 6点 薔薇荘にて- A・E・W・メイスン 2018/04/22 01:35
(ネタバレなし)
 例によって、ようやく読んだというか、こんなもの実はまだ読んでませんでした、シリーズの一冊。

 国書刊行会のクラシックミステリ発掘叢書「世界探偵小説全集」がスタートした当時、その第1巻に本作(の初の完訳)が割り当てられたときには、自分をふくめた全国の多くのミステリファンが大いに沸いたと記憶している。しかし時の流れは早いもので、それからさらに二十余年の月日が経ってしまった。

 さらに振り返れば、この『薔薇荘にて』完訳版の刊行まで、本邦で人口に膾炙していたメイスンのアノーものといえば、言うまでも無くあの『矢の家』一作のみであった(『オパールの囚人』などの抄訳はあるが)。
 そして自分の場合ならミステリファンに成り立ての頃、同作の創元文庫版の中島河太郎の解説を読んで<アノーにはリカルドというワトスン役がいるが、この『矢の家』にだけは(奇しくも)出ていないのである>とかなんとか説明されても、当然ながら、な~んの感慨も湧かなかった。この件に関しては、ほかの大半の読者も同じような思いだったのではないか。
 しかしソコはミステリマニアの性。そういわれるとくだんのリカルドのキャラが実際にはどんなのか、そして当のリカルドの初登場作品で、さらにはカーなどが『矢の家』とほぼ同格に評価しているこの『薔薇荘にて』とはどんな内容なのかが、その後もずっと心の隅に引っかかっていたものだった。
(・・・とかなんとか言いながら、現実には本書の完訳が発売されて長い時を経た今になって、ようやっと(また)一念発起して未読のままだった本作を手に取った訳だが(笑)。)
 ちなみにこの完訳『薔薇荘にて』ではリカルドではなく「リカード」表記である。

 冒頭いきなり、とある邸宅(薔薇荘)で富豪の夫人が殺される。その夫人から実の娘のように後見を受けていた若い美人が現場から姿を消し、彼女の恋人が力を貸して欲しいと、面識のある実業家リカードそしてアノーに事件の調査を願い出る・・・というのが物語の発端。
 警察と適度な連携をとりながら現場を調べ、関係者の証言を集める名探偵アノーの動向は、枯れた小枝をポキポキ折るように小気味よく進み、会話など決して多くはない文体ながら、実に好テンポで物語は流れる。
 さらに中盤で、あるサプライズが生じ、以降はかなり起伏に富んだ展開となる。
 やがて明らかになる物語の構造はなかなか独特なものだが、ソレをここで語るとネタバレになるので詳述はしない。が、途中で本作の原書の刊行が前世紀初め=1910年と再確認して、ああ、いかにもその時代のミステリらしいなと、得心する感はあった。さらに本作は、かの「ストランドマガジン」に連載したのち書籍化されたとも解説で教えられて、その事実もいろいろと腑に落ちてくるものだった。
 フーダニットのパズラーとしての興味は決しておざなりではない内容だが(実際、アノーが犯人の名を上げた時にはちょっと驚愕した)、同時に本書は瀬戸川猛資が「夜明けの睡魔」のなかで語った英国ミステリの<あの系譜>の作品ともいえるようだ。
 ちなみにお目当てのひとつであったリカードのキャラクターそのものは、名探偵を立てるバイプレイヤーキャラとして普通に心地よい造形である。

 結局、作品の内容については、どうしてもぼやかした言い方は避けられないが、ある部分では黄金時代のパズラーの先駆的な一面があり、またある意味では19世紀のガチなクラシック路線を継承する一編である。その双方の持ち味を味わうことこそ、21世紀に本書を読んで楽しむ意味であろう。

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人並由真さん
ひとこと
以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
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平均点: 6.34点   採点数: 2190件
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笹沢左保(31)
カーター・ブラウン(23)
フレドリック・ブラウン(18)
アガサ・クリスティー(17)
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草野唯雄(14)
高木彬光(14)
ジョルジュ・シムノン(13)
ボアロー&ナルスジャック(11)