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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ] ウクーサ協定秘密作戦 国に仕える者すべてに捧ぐ |
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ジョージ・マークスタイン | 出版月: 1988年03月 | 平均: 6.00点 | 書評数: 1件 |
ダイナミックセラーズ 1988年03月 |
No.1 | 6点 | 人並由真 | 2018/09/12 21:46 |
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(ネタバレなし)
英国の片田舎。ある夜、車を運転中の医師トーマス・ウィンは、ロンドンに向かいたいと願う軍人らしい一人のロシア人に出合う。だがその直後、くだんのロシア人は追ってきた男たちに連れ去られた。一方、ロンドンではCIAの現地支局長という裏の顔を持つ外交官サイラス・フレクスナーに、ロシア人記者のアナトリー・スピリドフが接見を求め、自分が入手した重大情報を伝えようとする。しかし彼は、途上のタクシーの中で突然死した。やがてアメリカから、一匹狼の辣腕CIAエージェント、アンドルー・ザルービンが英国に呼び寄せられる。そんなザルービンが向かい合うのは、米英露の諜報組織に絡み合う裏切りと謀略の数々、そしてある使命を帯びた軍人たちの現実の姿だった。 1983年のアメリカ作品。生涯に9冊のエスピオナージュを著した作者ジョージ・マークスタインによる8冊目の長編で、同作者の日本での現時点で最後の邦訳。 評者はもともと日本に最初に紹介されたこの作者の長編『裏切者と朝食を』(文春文庫)にえらく心を揺さぶられたが、次に翻訳された処女作『クーラー』(角川書店)が、面白そうで存外につまらなくて失望。特にその『クーラー』は、<敵陣営に素性の割れてしまった諜報員の冷却(なんとか現場復帰できる可能性を探る)施設>という大設定がなかなか興味深かっただけに、なんか裏切られた気分になり、その後長らくこの作者のことは失念していた。それでふと思いついて一昨年あたりwebを検索したところ、さらにもう一冊、翻訳が出ていたことを知ってAmazonで古書を購入。それからしばらく間を置いたのち、一昨夜から気が向いて読み始めて、昨夜読了、という流れである。 深く思い入れした作品と、それを受けたこちらの期待を裏切った作品の作者。さて三冊目はどんなかな、と思って読んでみたが、結論から言うとフツーに(普通以上に)面白かった。謀略の全体像が見えない中、ひとつひとつの事象を己の使命や情念からクリアしていくザルービンを一応の主人公にしながら、物語を語る三人称の視点は目まぐるしいまでに切り替わり、その叙述の積み重ねの中からストーリーは深層の部分を徐々に見せていく。実に正統的なエスピオナージュの作りである。この薄皮が少しずつ剥けていくような緊張感の持続がたまらない。事態の真実を目指して蟻地獄を滑り落ちていくというか、最低部の中心を目指しながら渦巻きのなかで翻弄されるような、あんな感覚だよ。 あえて難点をあげれば、今回は前二冊よりもはるかに登場人物の総数が多く(たしかそうだったと思う)、メモを取りながら、さらにそのメモを見返しながらでないと劇中人物の把握がしにくいこと。一方で物語の前半と後半で登場キャラクターの交代も頻繁なので、その意味ではメリハリも効いている。 本書の題名になっている「秘密作戦」の意味は最後まで謎のまま明かされず読者の興味を牽引するが、これのサプライズ具合に関してはネタバレになるかもしれないので、あまり言わない方がいいだろう。少なくとも評者は、ある種の余韻を感じながら本を閉じた。ひと息に読める秀作。 ただし自分のオールタイムの翻訳エスピオナージュの順位付けのなかで、かなり高い位置にある『裏切者と朝食を』にはやはり及ばなかった。まあ『クーラー』よりはずっと面白かったし、このくらいの手応えを感じられただけでも上々なのだが。 最後に本書は、かの小鷹信光と、新世代の翻訳家の矢島京子(このあとプロンジーニやクレイグ・トーマスとか訳してる)の共訳。後書きは、小鷹が単独で、その矢島の仕事を紹介するように語っている。しかしその後書きのなかで、小鷹が<本書は、マークスタインの日本初紹介である>と二回にわたって言ってるのが残念(汗)。実際には前述のとおり、すでに既訳が二冊あるのだが、WEBで即座に確認もできなかった80年代後半のこと、当時の翻訳ミステリの出版状況の細部にまで気がまわらなかったんだろうね(苦笑)。 どっかからマークスタインの未訳の作品、また出ればいいなあ。もう時流に合わない、忘れられた作家かもしれんけど。 |