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[ ハードボイルド ] 天使の唄 「天使」全作品1(短篇集) |
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三好徹 | 出版月: 1977年09月 | 平均: 6.00点 | 書評数: 2件 |
講談社 1977年09月 |
No.2 | 6点 | 人並由真 | 2018/09/15 12:45 |
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(ネタバレなし)
三好徹の著作「天使」シリーズ連作で、毎回の女性(それの暗喩が天使)がらみの事件を追う、横浜支局に勤務する30代半ばで独身の新聞記者「私(本名は未詳)」は、かつて「マーロウそっくりの主人公」と称されたこともある(長編作品『天使が消えた』のミステリマガジンの当時の書評より)。 評者はくだんの『天使が消えた』はまだ未読(いつか読もうと思っているうちに蔵書がどこかに行ってしまったいつものパターン)だが、シリーズの本筋といえる連作短編の方はつまみ食いながらそれなりに目を通しており、先に紹介した和製マーロウという評価にも納得している。 時に皮肉や諧謔を交えながらも、事件の関係者に随時注がれる冷めた優しい視線、横浜という潮風の香る土地柄と密着した舞台設定……。何より秀逸だったのは主人公のくたびれ具合を語り出すために、原典まんまの貧乏私立探偵ではなく新聞地方局のちょっとだけやさぐれた記者という設定を用意したこと。この一回ヒネリが、実にそれっぽさを醸し出している。これはもちろん作者の三好自身が読売新聞の横浜支局にいた経歴にも由来しているんだろうけれど。 日本でも80~90年代になると文壇や読書人間のチャンドラー観はまた、良くも悪くもいろんな雑協物的な視点が頭をもたげてくるのだが、少なくともこの70年代初頭に権田萬治あたりが特に強く語っていた双葉&清水チャンドラーらしいセンチメンタリズムとリリシズム、そして譲れないコードとしてのハードボイルドのちょっと醤油味風の味わいを、この「天使」シリーズは確実に提供してくれていた。 というわけで、出先のブックオフで久々に再会した本シリーズのうち、たぶんまだ未読の分と思える一冊を購入。全6編をこの一~二ヶ月の間にちびちび読んでいた。 前述した<和製チャンドラーらしさ>は全作の基調に一貫して保持され、それぞれの作品が楽しめる。ベスト編は三本目の「天使の裁き」で、ラストの言いたいことを言い切った、苦い、しかしどこか痛快な後味が最高。もし個人的に、レギュラー主人公ものの昭和の和製ハードボイルド短編でアンソロジーを組むとしたら、自分は確実にこれを入れるだろう。ミステリとしての切れ味では二本目の「天使の弔鐘」と五本目の「天使の亡霊」も良い。後者はトリックの面でもちょっと面白い趣向が用意されている。 弱ったのは本書の最後に収録の「天使の黒い微笑」で、三好徹が<そっち系>のジャンルも得意なことはもちろんよく知っているが、このシリーズでこういうネタを持ち出すか、とちょっと鼻白んだ。とはいえ作者の横浜時代の実体験に似たような事例があったのかもしれないから、リアリティがないと軽率には言えないが、最後の最後でいっきに事件の大枠を明かす物語の作りも変化球すぎる。(あとどうでもいいが、この最後のエピソードで、特に主人公の近親でもない人物がいきなり主人公の名前を呼ぶ~もちろん読者には明かされない~描写があってびっくりした。もちろん作中の現実として主人公の名前は調べればわかる、特に秘匿されたものでないのだが、なんか虚を突かれた思いだった。) またそのうち、このシリーズを読んでみよう。『天使が消えた』が見つかればいいなあ。あと長編『汚れた海』、あれも標題には「天使」が入らないものの、このシリーズだったような? 余談:本作は市川崑の総監督か監修か何かで、中村敦夫の主演で70年代にTVシリーズ化されているんだよね。本当にちょっとだけ観たことがあったような、ないような。DVDソフト化か、CSで放映されればいいんだけれど。 |
No.1 | 6点 | 斎藤警部 | 2015/09/28 18:17 |
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天使の唄/天使の弔鐘/天使の裁き/天使の葬列/天使の亡霊/天使の黒い微笑
(講談社文庫) 若くして逝った不幸な女性達を「天使」に見立てた、日本らしく湿潤感の強いハードボイルドシリーズ短篇。昭和四十年代の雰囲気もしつこくない程度に味わえる。 探偵役は三十台半ば独身の少し疲れた新聞記者。勤務先は横浜支局と警察と事件現場。綾野剛が演じたらきっとはまる。 サスペンスはさほど強くなく、謎解きの濃淡はまちまち、本家のハードボイルドとは異なる文体(それでも直接心理描写は相当に抑えてある)、文芸作として決して光っているわけでもないが、何とも甘苦いブルージーな空気がどの作にも流れており、その空気を嗅ぐ為にまた次の頁をめくりたくなる、結果、大事なミステリーの部分にいつしかほんのり魅了されている、そんな短篇集です。 【以下、軽いネタばれ】 「変態」の伏線回収に不謹慎ながら笑っちゃった作品あり。 「名前」の伏線があったとは言えまさかの國際スパイ展開にあっけにとられた作品あり。 |