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[ 警察小説 ] 褐色の肌 黒人刑事リー・ヘイズ |
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エド・レイシイ | 出版月: 不明 | 平均: 8.00点 | 書評数: 1件 |
No.1 | 8点 | 人並由真 | 2018/09/10 13:15 |
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(ネタバレなし)
ニューヨーク、ブロンクスの外れの一角パラダイス・アレー。街の住人は大半が中流~下流の黒人だったが、ある夜、高校二年生の黒人少女パトリシア・フレンチが通りすがりらしい白人に射殺される事件が起きる。その後も犯人は捕まらず黒人社会に不満の気配が高まるなか、今度はある白人の警官が、暴動を起こしかけたと見られる黒人の少女ソニー・ファーを死なせてしまう悲劇が発生した。そんな折、アレーの街に黒人を地上から殲滅すべきという謎の過激派「黒殺団」のチラシが配布される。「俺」こと20代後半の刑事で、ニューヨーク市警捜査課の唯一の黒人であるリー・ヘイズは、同年代の白人の刑事アル・カーツとともにアレーに赴き「人権問題調査官」を詐称して潜入捜査を行うことになった。任務はアレーの緊張の緩和、そして少女殺害事件の捜査だが、同地周辺での白人と黒人の衝突は、まさに一触即発の危機を迎えていた。 1969年のアメリカ作品。邦訳は作者名「エド・レイシー」の標記で、昭和44年9月10日に角川文庫から初版が刊行。 作者エド・レイシイの邦訳はほとんど買っているはずだが、例によって長年にわたり積ん読で、名作と定評の『さらばその歩むところに心せよ』もすぐに出てこない(もしかしたらこれはまだ買ってないかもしれないと思い、webで古書が安かったので、つい昨日、購入した)。それで本書『褐色の肌』は2018年9月現在、Amazonにも登録されていないマイナー作品で、じゃあどんなのかなと、数ヶ月前にやはり通販で古書(昭和51年刊行の第4版)を買ったものを、このたび読んでみた。そしたらこれがエラく面白かった! アメリカミステリ史における黒人キャラクターの立ち位置の変化は、50年代の『暴力教室』や『明日に賭ける』などの重要キーパーソンというポジションを経て、ジョン・ボールやチェスター・ハイムズなどの諸作でのレギュラーヒーロー化に至る……おおざっぱにはそんな流れでいいだろうが、確かに60年代終盤~70年代初頭には翻訳ミステリの分野でも「ブラックパワー」という言葉がしばし使われていた。わかりやすい例でいえば「87分署シリーズ」の第24作『はめ絵』(1970年)でそれまで脇役だった黒人刑事アーサー・ブラウンが初めて主役を張ったり。さすがマクベイン、その辺りの時代の空気は敏感に読んでいた。 本書はまさにそういう時代のど真ん中に書かれた作品だが、よく練られた警察官捜査小説であると同時に、人種差別問題を真っ正面から扱った上質の社会派・人間ドラマになっている。そもそもアメリカ社会において黒人ほか有色人種の扱いが微妙に変化したのは、ベトナム戦争などに国民を徴兵する必要性から、人種の違いなんかあれこれ言っていられない、アメリカはひとつだ、という、どこか欺瞞を感じる現実の背景があったように思う。作中でブラック・ナショナリストの青年カーティス・レイノルズは語る。<ベトナムでは確かに白人は俺たち黒人と命を預け合った戦友だった。だが兵役が終れば奴ら白人は当たり前に恵まれた社会に帰るし、俺たち黒人はまた貧困の生活に戻る。>うん、きっとその通りなのだろう。 さらにこの時代らしい文明批判として、お手軽に情報を与え、彼我の境界を曖昧にするテレビ文化にも矛悪が向けられ、ああ、この辺はマイクル・コリンズのダン・フォーチュンシリーズの一編『ひきがえるの夜』(1981年作品)から10年早かったな、という思いも生じた。大昔に日本で言われた<テレビ視聴による一億総白痴化>とは似通う部分もあり、微妙に違うところもあり。 主人公リーを巡る年上の彼女ビーと本作のメインヒロイン、イーネズとの三角関係的な構図、黒人は悪だ、白人は屑だ、という強烈かつおそらくは当人たちも自覚的な愚劣な偏見から生じる軋轢の数々……キャラクタードラマとしても群像劇としても実に巧みで物語に引き込まれたが、終盤にこの流れが意外性のあるミステリに、そして骨太なハードボイルド作品に転調する鮮烈さも実に見事で、これはたまたま予備知識無しに読んで大当たりの傑作。いや、なんとなく接してみて、本当に良かった。こういうのがあるから、またミステリを読む興味と欲求が倍加する。 『さらばその歩むところに心せよ』ほかの未読のレイシイ作品を読むのも楽しみ。一冊読んだだけで気が早いんだけど、未訳の作品もどんどん紹介されんかな。作者は本書を書いた直後の1968年に56歳の若さで亡くなったそうだが、もしかしたら本作は遺作だったのかしらん。 あとイサクで思い出したけど、平井イサクの訳文って本当にいいね。あんまり話題にならないけれど、昭和期の翻訳ミステリ分野における隠れた功労者じゃないだろうか。 |