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[ 本格 ] 海の警部 「海の警部」ダヴィッド・ジェアン |
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ミシェル・グリゾリア | 出版月: 1982年03月 | 平均: 7.00点 | 書評数: 1件 |
早川書房 1982年03月 |
No.1 | 7点 | 人並由真 | 2018/09/04 12:41 |
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(ネタバレなし)
南フランスのニース。その年の5月、44歳のアメリカ人の富豪サイラス・ギャグニーが動物園から逃げたらしいコブラに噛まれて死亡する事件が起きた。それと前後して50代の医師シャルル・モレリと離婚する予定の魅力的な四十女エレーヌは、30代の愛人ポール・ジャヴァルとの洋上デート中に、若い金髪女性の惨殺死体を見つけた。モレリ家の面々は娘の死体を引き上げるが、その死体はいつのまにか無くなり、土地の敏腕刑事で「海の警部」と異名を取る主任警部ダヴィッド・ジェアンの自宅のガレージでのちに見つかった。両事件の間に関連を認めたダヴィッドは、常に彼に寄り添う16歳の愛娘ローラン、辣腕の部下のサルヴァトーレ警部たちとともに事件を追うが、その後もニース周辺に同一犯の仕業と思われる計画的な殺人事件が続発。しかし互いの被害者を関連付けるものは不明だった。 1977年のフランス作品。同国のミステリ批評家賞(Prix Mystère de la Critique)受賞作品というので、んー、どっかで聞いた賞だとwebで確認したところ『殺人交差(交叉)点(72年の改稿版)』や『ウネルヴィル城館の秘密』みたいな評者もお気に入りの作品、さらには未読だが面白そうな『死のミストラル』も受賞、ほかにもアルベール・シモナンやA.D.G. 、アラン・ドムーゾンとか気になる名前の作家たちの未訳作品に与えられている賞だった。というわけでそれなりには面白いだろうと思って手にしてみたが、うん、予期したとおりにかなり楽しめた。 16歳の娘を殺人事件の公務に連れ回す主人公の警部の設定は、まるで赤川次郎のキャラクターミステリだが、その辺のややぶっとんだ感覚は作者も百も承知らしく、劇中でも堅物ながら温情家の知事がダヴィッドの捜査を急かしながらも、娘さんが危険な目にあったらどうするんだと親身に忠告。そんな知事さんが読者の思うことを先回りして代弁してもなお、ダヴィッドは彼なりのややいびつな親子の絆(倒錯的な性的なものではない)からローランの捜査介入を容認し、部下のサルヴァトーレも「お嬢さん」ローランの現場立ち会いや証人への喚問の手伝いを(苦笑交じりに?)認める。まともな小説の創作コードを外した作劇なのは確かだが、この辺は本作の大きな賞味ポイントで、さらにまた別の重要な意味がある(あまり詳しくは書けないが)。 何章か物語が進むごとに次の殺人事件が断続的に発生し、主要人物たちがきわどい行動に及ぶストーリーの流れは実にハイテンポで快い。さらに加えて細部も面白い作品で、たとえば25章のバス内のニース地方の独特の土地勘を印象づける白人市民たちによる黒人青年への差別意識とそれに関連するトラブルの描写。大筋的にはもっと簡単なストーリーの流れにしてもよいくだりのはずだが、あえてこういうものを盛り込む手際で作品の厚みが生じている。作者グリゾリアはアメリカミステリを愛読し、なかでもチャンドラーが好きだそうだが、なるほど創作上の私淑ぶりを感じるところもある。 連続殺人事件の実行犯そのものは中盤で読者にわかるように書かれているが、その背後に潜むのであろう黒幕の正体、どういう観点で被害者が選定されているかのミッシングリンクの謎、そしてその謎にからむホワイダニットなどの興味は終盤まで持続し、最後に明かされる犯人像もかなり強烈である。正直、ここまでイカれた悪意というか情念の主が出てくるか! という感じで舌を巻いた。 ただしミッシングリンクの真相そのものは存外につまらないこと、さらに真犯人は意外ながら、一方で連続殺人ものの構造ゆえに登場人物がどんどん減ってくることから推察するのはそんなに難しくはないこと。その2つのポイントは弱点といえば弱点だが、得点的に読むならページが残り少なくなっていくなかでまだ事件の全貌が見えない緊張感とサスペンスも踏まえて、それらの失点を補ってあまりある面白さだった。「海の警部」シリーズは少なくとももう一作邦訳があるみたいなので、そちらもいずれ読んでみよう。 |