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人並由真さん
平均点: 6.33点 書評数: 2106件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1146 7点 狙われる男- 生島治郎 2021/04/03 18:54
(ネタバレなし) 
 部長の桂秀樹が統括する、警視庁の特捜部隊「影」。同組織は「ブラック・チェンバー」の別称で警察内に知られ、所轄を超えた自由な捜査権を持つ。だがそれは同時に、国内各地の犯罪やトラブルへの対処を何でも強いられる、どぶさらいのような仕事であった。「影」の主力である二人の刑事、青年・鏡俊太郎と中年・轟啓介は今日もまた新たな事件の中に。

 1969年からフジテレビ系で2クール放映された1時間枠のテレビドラマ「ブラックチェンバー」(主演、中山仁、内田良平。番組は後半『特命捜査室』に改題)の原作。
 本書『狙われる男』には7編の連作中短編(鏡と轟の事件簿)が収録されている。

 評者が読んだ本作『狙われる男』は1970年の元版で、テレビ番組とほぼ同時に刊行。
 生島が番組プロデューサーの要請に応じて先に原作設定を提出し、番組の流れが定まってから、タイアップ的にどこかの雑誌にこの「原作小説」を連載したのかもしれない。

 テレビ用企画が先行か? と疑うと何となく安っぽく思えるところもあって、これまで読まずに放っておいた。が、いざ読み出すとエピソードのネタはバラエティに富み、また一方で良い感じに生島ハードボイルドになっていて面白い。

 なんというか、志田、久須見、紅真吾あたりの生島の生粋の自前キャラなら、あとあとまで大事にしたいのであろう作者の思い入れゆえにソコまで汚れ役を任せられないような際どいテリトリーまで、テレビ企画用の使い捨てキャラという意味合いで踏み込ませている気配がある。
 そういうニュアンスで期待以上にワルの匂いが漂っていた主人公たちだが、そう構えて付き合おうとすると関係者への人情や繊細な弱い面も披露してきて、なかなかキャラクターの懐が深い。

 潜入捜査官という設定ゆえ、最初はメインゲストキャラの視点で物語を始めて、そこに変名を用いた鏡たちが介入してくるパターンの話なども随時用意され、お話の内容はなかなかバラエティ感豊か。
 全部が全部秀作というわけではないが、それなりに手の込んだストーリーに続けてシンプルなプロットの話が続いたりするのも、一冊の連作ミステリ集としての起伏につながっていって楽しかった。
 外出時の読み物としては結構な一冊で、就寝前にもベッドに持ち込んで何編か読んだ。
「こういうもの」が楽しめるヒトなら、読んでもいいんじゃないかと思うよ。

No.1145 6点 二人と二人の愛の物語- 笹沢左保 2021/04/02 05:52
(ネタバレなし)
 その年の8月20日。都内の町田で火災が発生して、現場からホテル「ニュー東洋」の運転手である41歳の岸田昌平の死体が見つかる。当初は単純な火災事故死かと思われたが、やがて岸田は多方面に手を伸ばす悪質な恐喝者と判明。恐喝の被害を受けていた者に殺された可能性が取りざたされる。そしてこの恐喝者の死は、直接は接点のなかった二組の愛し合う男女の運命に大きく関わっていった。

 徳間文庫版で読了。
 あんまり多くは言えない作品だが、とにかく読んでるうちはやめられず、深夜にページを開いて朝方までに読了してしまった。

 ストーリーテリングというかオハナシ作りの妙だけいったら、作者の無数の著作のなかでも上位にいくかもしれない。
(それは登場人物を、良い意味で駒として扱う作者の筆さばきも含めて。)

 それだけにラストは唖然呆然とした。
 これはアリか? とも思うが、作者は120%自覚した上でのクロージングであろう。
 ロマンスサスペンスとしては一等作品。謎解きミステリとしては……。
 まあ、読んで良かったとは思う。

No.1144 4点 ある殺人の肖像- ジュリアン・シモンズ 2021/04/02 03:07
(ネタバレなし)
 イギリス下院議員の経歴を持ち、現在は出版社「庶民社」の社主であるオッキー・ガイ。彼は自社の定期刊行物「庶民」「今日の犯罪」を通して、さらにテレビなどにも登場する庶民の味方の論客として、一般市民の支持を得ていた。だが盤石に見えた庶民社は実は現状、急いで資産援助をしなければならない状況にあり、そのためにワンマン社長のオッキーは手段を選ばなかった。そんななか、会社の周辺で一人の幹部社員が何者かに刺殺される。

 1962年の英国作品。
 うーん、この数年、手にしてきたシモンズ作品はどれも7点以上、一律に読み応えのある面白いものばかりだったが、これはちょっと。

 物語の舞台となる出版社「庶民社」にからむ群像劇は緻密。そのメイン人物はもちろんオッキーだが、雑誌「今日の犯罪」の編集長で新入社員の女子に亡き妻の面影を見て恋心を抱く青年「ボーイ・カートン」ことチャールス・カートンが副主人公となる。
 しかし丁寧さは感じるものの、ちっともストーリー的にも謎解きミステリ的にもハジけた感じがしなくて凡庸。いったいこの作品は、どこで勝負しようとしたのだ? という感想である。
(住宅難の少女一家をネタに、これ見よがしにイイことをして善人アピールしようとしたオッキーのくだりは、ちょっと風刺がきいていたが。)

 最後の方にちょっとミステリとしてのひねりがあるのはわかるんだけれど、真相を聞かされて、はあ、それで? という思い。たぶん数か月したら、あんまり面白くなかったこと以外、忘れているでしょう(汗)。

 シモンズもヒットばかりではなかったのだな、という感じ。ポケミスの解説も、よくよむとこの作品そのものは実ははっきりとはホメてないね?
 まあ次回からは、いい意味で期待値を下げてシモンズ作品に付き合っていきましょう。 

No.1143 6点 ダブル・デュースの対決- ロバート・B・パーカー 2021/03/31 13:46
(ネタバレなし)
 ボストンの公営住宅地で、黒人のスラム街「ダブル・デュース」。その年の4月13日にそこで、14歳の黒人娘でシングルマザーのデヴォナ・ジェファスンとその赤ん坊が射殺された。理由は、デヴョナの彼氏「トールマン」が麻薬の売人だったことにからむらしい。黒人牧師オレティス・ティリスたち町の人々は、黒人の荒事師ホークにデヴォナ殺しの犯人の捜査と町の浄化を依頼。「私」こと私立探偵スペンサーはホークの要請を受けて、ともに、町に巣くう不良少年一味「ホウバート」と対峙する。

 1992年のアメリカ作品。スペンサーシリーズの第19弾。

 評者は本シリーズは初期編はそれなりに愛読。そのあと『約束の地』(権田萬治いわく<「警察の御用聞き」私立探偵小説>)だの『ユダの山羊』(プロットのシンプル化が加速)だののお騒がせ作品が出るようになってから、何となく雰囲気が変わり、でも『初秋』は人並に好感。そんななかで一番スキなのは、とある事態へのスペンサーの対応が、いまでいう厨二的? にキマった『儀式』だったりする。

 その『儀式』(シリーズ9作目)を最後にこのシリーズからは離れていたが、書庫をかきまわしたら、なぜか古書で買っていた本作のハードカバー版が出てきた。
 それでシリーズとしてはつまみ食いの流れは承知で、気が向いて読み始めてみる。たぶんウン十年ぶりのシリーズとの再会。

 本作のポイントは「黒人スラム街もの」「ホーク主役編」「黒人不良少年もの」「ホークとゲストヒロインの黒人美女とのラブロマンス」などなど。
 ひさびさに読んだこの時期の菊池光の訳文のカタカナ表記はスゴイし(発音の文字への置換でクセが強すぎる)、お話も例によってシンプル。ミステリとしてはこの上なくどうということもない内容。ただまあそういう読み方で付き合う作品ではないね。
 今回は特にスペンサー&スーザンが、新聞の日曜版の文化欄で語られる非行少年問題について、あれこれ私見を述べている中流家庭の人たちみたいである。
 まあこのシリーズは往往にしてそんな感じだが。

 ホークとメインゲストである黒人不良少年チームのボス、メイジャー・ジョンスンとの関係性、その推移はちょっと印象的だった。
 ただしそれ以上にちょっと心に引っかかったのは、ラストでスーザンに向けてスペンサーが語るある述懐。
 90年代の現実で卑しい町を歩く私立探偵としては、コストパフォーマンスの高い一言であった。

 読後にAmazonのレビューを読むとシリーズ復調の快作とかファンの快哉がワンサカ。
 ほとんど一見さんみたいな出戻りファンとしては、とてもこの熱狂にはなじめないという感じで苦笑。
 個人的にはまあ佳作、くらいか。評点は0.5点オマケ。

No.1142 7点 もしもし、還る。- 白河三兎 2021/03/30 16:53
(ネタバレなし)
「僕」こと28歳の社会人・田辺志朗(「シロ」)は気が付くと、サハラ砂漠を思わせる赤い砂塵の広大な無人の砂原にいた。そこにひとつの電話ボックスが出現。事態の経緯もわからないまま、シロは助けを求めて119番に電話をかけるが……。

 文庫書き下ろし作品。
 評者は白河作品は2014年以降の新刊ばかり読んできたので、旧作として手にしたのはこれが初めて。

 いきなり不条理SF風のシチュエーションから開幕して、そのまま主人公シロのこれまでの半生が抱える複数の謎の興味に踏み込んでいく。
 一方でこの異常な世界の構造というか、成立の経緯についての探求はどちらかといえば消極的で、途中でたぶんそういうことなのかも知れないという示唆が読者に与えられる程度。
 ただしとにもかくにもシロは、この奇妙な空間での約束事やシステムをかなり柔軟に認識して思索や試行を進める。読者はそんなシロの視点に付き合った上で、彼の周辺に起きたいくつかの謎の真実を探るという、すごくゆるやかな意味でのSFミステリだといえる。

 主人公のひねた、しかし透明感でいっぱいの内面描写やキャラクター造形など、まさに白河節が炸裂という感じ。
 それだけに(Amazonのレビューで同様のことを言っていた人がいたが)終盤がかなり駆け足で舌っ足らず気味なのが惜しまれる。(中略)の正体などは、まあそういうこと……なんだろうけれど。
 あと主人公の(中略)の思考、白河作品で初めて「めんどくさいな、こいつ」的な思いを抱いた(汗)。評者のそんな感慨が当を得ているかどうかは、正直、自分でもよくわからないが。

 いずれにしても、作者のこの時期の作家としての器量を、改めて実感させられた一冊。
 佳作とか秀作とかいう前に、これはまずは白河作品、だと思う。

No.1141 6点 撮影現場は止まらせない! 制作部女子・万理の謎解き- 藤石波矢 2021/03/30 15:49
(ネタバレなし)
 中堅の映画監督、連城祐基の現場で、製作部のスタッフとして働く「ばんり」こと29歳の佐古田万理。万理の仕事は、映画の撮影作業が潤滑に進むよう製作体制の全般を支援する「制作進行」だ。この仕事について6年めの万理だが、彼女の周囲には連城監督や上司のプロデューサー、春日部ほかもの作りの仕事に強い接点を見出す人々が集う。だがそんな撮影現場では、予期しない事件が。

 映画撮影現場を舞台にした業界もの+「日常の謎」ものの連作中編ミステリ。
 書き下ろしの文庫で、本文全体は230ページほどと短め。全4話のストーリーが語られる。

 基本は人間関係の綾に基軸を置いた謎解きで、ときに苦い主題を扱いながらも後味が悪い話はない。
 
 さらに実際に作者に映画制作に関わった素養があるのか、あるいは取材や考証が充分なのか、映画の撮影や企画制作についてのトリヴィアも楽しく学べる。
(もし何か問題があるとしたら、それは読み取れない評者の方の問題だ。)

 さらに主人公ばんりほか、映画制作に参加する人間たちの心の傾斜ぶりも適宜に抑えられている(単純に「映画が好き」という言葉でまとめない辺り、21世紀の作品として気を使っている)。

 前述の業界もの+日常の謎解きとして、全体的に優等生的な連作ミステリ集。一本読み終えたらすぐまた次に行きたくなるくらいには、楽しかった。

 良い意味で、この手のスタンダードな一冊。 
 シリーズ化はしてほしい反面、あまりマンネリになってもツマランな、という思いも感じる作品でもあった。 

No.1140 6点 わが愛しのワトスン- マーガレット・パーク・ブリッジズ 2021/03/29 04:43
(ネタバレなし)
 19世紀のイギリス。「私」こと、1854年1月6日生まれの少女ルーシーは14歳のある日、自宅で、激情に駆られた実父が実母を弾みで殺害する現場に立ち会った。そのまま家を出たルーシーは、オクスフォード大の学生寮の<兄>のもとに転がり込み、ひそかに数か月を過ごすが、やがて出奔。男装して、生きるための経験をロンドンの裏社会で積んでいく。少女時代から常人ならぬ読書家で、独学で天性の叡智を磨いたルーシーは、男性「シャーロック・ホームズ」として諮問探偵を開業。運命的に出会った親友ジョン・ワトスンにも本来の性別を秘匿しながら名探偵として活躍し、そしてライヘンバッハの滝からも帰還した。そんなルーシー=ホームズも今では50歳代。ワトスンの三度目の妻との死別を慰めるが、そんな彼らのもとに一人の若き赤毛の美人の依頼人が来訪する。彼女は若手女優のコンスタンス・モリアーティ。あの犯罪界のナボレオンの遺児であった。

 第10回「サントリーミステリー大賞」特別佳作賞・受賞作品。
 原稿は1957年4月生まれのアメリカ女性マーガレット・パーク・ブリッジズによって英語で書かれて同賞に応募され、受賞後に翻訳されて日本で刊行された。
 判断に迷うところもあるが、作品が英語で書かれたことから登録はとりあえず海外作家(作品)としておく。
 作者ブリッジズは本業は広告エディターで、アマチュア演劇人としても活躍。評者は現状では、これ以外の著作は確認していない。

 ホームズはあるいはワトスンは女だった、というのは古来から知的遊戯的に提唱されるシャーロッキアンの学説(悪ふざけ)だが、これは本気でその設定で、一応はマジメな作りで長編を仕立ててしまった一冊。パスティーシュとパロディが相半ばしたような作品だ。

 というか私的に連想したのは、アメリカンコミックの大手ブランド「DCコミックス」の<エルスワールド>路線で、これはスーパーマンやバットマンの正編世界を離れて「もしバットマンがバイキングだったら」「もしバットマンが西部の時代にいたら」「もしキャル・エル(クリプトン人としてのスーパーマンの本名)が、スモールヴィルのケント夫妻でなく、子宝に恵まれなかったゴッサムのウェイン夫妻に拾われていたら」……などなどの<ホワット・イフ>的なパラレルワールド設定での外伝を語るもの。

 本作は、そういったDCコミックスの「エルスワールド」路線と同種の<「もしホームズが実は女性で、その事実を隠しながら実績を重ねていたら」というパラレルワールドでの物語>と受け止めるのが、いちばん分かりやすい。

 もちろん要は戯作の類だが、21世紀の今では割とありふれているジェンダー変換もの(ゲームだの漫画だのラノベだのに、山のようにあるネ)の先駆として、筋運びそのものは、けっこう生硬かつマジメに進んでいく。
(一部のご愛嬌的な展開はあるにせよ。)
 そういう意味ではうわついた内容ではなく、手堅く楽しめるパスティーシュ&パロディといえる。

 特に後半、さる事情から<女性の素顔>になった(逆説的な変装)ホームズの行状はなんとも言い難い味わいで、本作独自の奇妙な感触になじんでくると、これはこれでオモシロイ。
 悪役キャラの悪事が広がっていかず、最後までせせこましいとか、そもそもこの大設定なら、もっと原典世界で踏み込むネタがあるんじゃないか、という弱点も感じたが、まあその辺はボチボチ。

 ちなみに冒頭の<「ホームズ」の実父の実母殺し>のエピソードだが、この<名探偵の語られざる秘話>ネタは、ニコラス・メイヤーの『シャーロック・ホームズ氏の素敵な冒険』の中にも登場したのを覚えている。
 もちろんドイルの原典世界で直接は叙述されていない文芸だが、シャーロッキアンの学説でそういう観測に行き当たるらしい? というのを以前にどっかで読んだような記憶がある。たぶんちょっとしたシャーロッキアンなら鼻で笑うような常識なんだろう。そのうち資料にでもいきあたったら、確認してみることにしようか。

No.1139 6点 暗い森の少女- ジョン・ソール 2021/03/28 04:30
(ネタバレなし)
 20世紀の半ば。米国のニューイングランド地方のポートアーベロの町。そこに屋敷を構えるコンジャー家は、一世紀以上の歴史を誇る土地の名家だった。だが屋敷と海岸の間には小規模な森があり、うっそうとした茂みにはコンジャー家の醜聞といえる惨劇の伝承がのこされていた。そして1年前に、コンジャー家の現当主ジャックの次女セーラが行方不明になっていた。そのセーラは外傷も性的暴行の痕跡もなく発見されたが、彼女の精神は半ば外界から閉ざされていた。そして今また、ポートアーベロでは一人の少女が姿を消して……。

 アメリカの1977年作品。
 キングやクーンツに次ぐ米国ホラー界の人気作家(F・P・ウィルソンあたりと同ランクか)で、日本でもそれなりの作品が翻訳紹介されているジョン・ソールの処女長編。同時にこれが日本に初めて翻訳された長編である。

 とはいっても実はたぶん、評者も読むのはこれが初めて。
 大昔に、作者の名前をジェリー・ソウル(50年代SFミステリ『時間溶解機』の作者……というより、評者にとっては東宝怪獣映画『フランケンシュタイン対地底怪獣(バラゴン)』の原案者)と半ば勘違いして本書を購入。
 初版の表紙ジャケットがキューピー人形みたいに可愛い女の子の不気味なアップというコワイものだったのでおぞけをふるい、そのままツンドクで何十年も放っておいた(汗)。ちなみに後年の新バージョンの表紙(森と少女を引きのロングカットで描いてある方)はすごく洒落てるね。こっちの表紙で出会いたかった気もする。

 それで21世紀の現在、その後、日本でもジョン・ソールが人気作家になったことぐらいはさすがに知っていたし、未読のタイトルのなかにはなんか面白そうなものもあるので、じゃあまずはコレから、とウン十年前に買ったNV文庫を読み出してみる。

 原書が刊行された当時のアメリカホラー小説界は、すでに完全にモダンホラーの時代に突入。科学視点の導入で怪異に切り込む手法なんかももう定着していたが、本作はあえて古色蒼然たる作劇で、当時の現代アメリカとスーパーナチュラルな要素を組み合わせている。
(恐怖の実態の正体は、ここではあえて書かない。まあプロローグ部分の第一章を経て、主幹部分の第二章へと読み進めば、すぐに分かるが。)

 感想としては実に胸糞が悪い話の反面、ストーリーに無駄もなく勢いがあるので止められない。もともとこういう話がイヤなら最初から読まなきゃいいのだから、ホラーとしては十分に成功しているといえる。

 ただまぁ面白かった、と一言で言い切るには、生理的に不快な作品で、こういうのを読むのはやはりタマにして、キングや澤村伊智みたいなアクションホラーの方をメインにしたい、とも思う。不愉快に思った人を責められないし、自分に年少の子供がいたら読ませたくない作品だ。『若草物語』でジョオの著作を見て顔をしかめたベア先生の気分がよくわかる(実は『若草~』は「小学六年生」の花村えい子のコミカライズ版~名作だと思う~しか読んでないが)。

 中身のイヤな描写にあんまり抵抗のない人なら評点は7~8点つけるだろう。
 まあ面白かった、のではあるが。

No.1138 7点 原色の蛾- 西村寿行 2021/03/27 05:22
(ネタバレなし)
 昭和49~50年にかけて「問題小説」「小説宝石」の系列(本誌、別冊)に掲載された短編7本を収録した、文庫オリジナルの一冊。

 以下、簡単にメモ&寸評&感想。

「原色の蛾」
轢き逃げをした若い医者夫婦が、強迫者におびえて殺害するが……。若妻が脅迫されてNTRるイヤラしい描写など、もういきなり西村寿行らしさ爆発で、巻頭から楽しめる。蛾という昆虫の生態にからむ犯罪の露見は専門知識を黙って読むだけだが、語り口の鮮やかさは例によって素晴らしい。

「闇に描いた絵」
メインの動物はウサギコウモリ。若い不器用な女を主人公にしたゾクゾク感と、最後の意外性はなかなか鮮烈。

「黒い蛇」
トリッキィな趣向では本書の中でも上位に来る一編だが、欲深い中年主人公の行状が全体的に薄暗くもユーモラスな感触。以上の3作に、一応のシリーズキャラクターといえる警視庁捜査一課の初老刑事・徳田が登場。ほかの長短篇には出ていないのだろうか?

「高価な代償」
玉の輿に乗る娘を山中で二人組にレイプされ、その片方を射殺してしまった地裁判事。彼は社会的立場を考えて、さまざまな保身をはかるが……。ラストのどんでん返しが西村寿行版スレッサーという趣だ。

「毒の果実」
離婚の危機にある失業亭主とその若妻。そんな彼らの住むアパートの夜半に、丑ノ刻参りを思わせる釘の音が響き……。ストーリーの流れは面白かったが、これは作中のリアルとして弁明すればなにか抜け道がありそうな気もする。

「恐怖の影」
ドッペルゲンガーの幻覚におびえて故殺? をしてしまったと主張する容疑者。語り口の妙で読ませるが、良くも悪くもいちばんフツーの(以下略)。

「刑事」
若妻を大晦日~元旦にかけてレイプ、惨殺されて長い歳月をかけて真犯人を追う刑事の執念。本書のトリを務めるに相応しい力作で、後半に見えてくる根幹のアイデアというか文芸が強烈。事件の関係者=サブキャラとのからみの部分がちょっと(ハイテンションな短編~中編としては)ダレるかも。
 しかし最後の1ページのあの台詞は……寿行だよなあ……。

 以上、寿行は短編もイケると改めて確認させてくれる一冊。外出時のお供には最強の短編集でしょう。

No.1137 9点 ツイン・シティに死す- デイヴィッド・ハウスライト 2021/03/27 04:43
(ネタバレなし)
 1990年代の米国ミネソタ州。地元セント・ポール市警の敏腕刑事だったホランド・テイラーは、酔漢のひき逃げ犯人に妻子を殺された。家族を失って刑事稼業にも虚無感を抱いたテイラーは退職し、私立探偵となる。だが探偵業を始めて4年目のある日、逮捕されて投獄されて途中から矯正施設に入っていたひき逃げ犯ジョン・ブラウンが、仮釈放の直後に何者かに射殺された。テイラーにも嫌疑がかかるが、潔白を訴えて放免。先の展開もない興味と思いつつ、ブラウン殺害事件を調べ始める。だがその調査はブラウンが収容されていた矯正施設の関係筋を介して、次の仕事の依頼に繋がった。それは次期ミネソタ州知事の有力候補で、美人のキャロル・キャサリン(C・C)・モンローのスキャンダル映像にからむ脅迫事件だった。やがてテイラーの前に、予期しない新たな他殺死体が。

 1995年のアメリカ作品。

 本ばっかりの部屋の中で、いつ買ったか覚えていないポケミスの古書が見つかった(ブックオフの250円の値札がついていた)。
 それで帯に「MWA最優秀処女長編賞」「ハードボイルド新時代を予期させるニューカマー」とあるのに興味を引かれて、読んでみる。

 そうしたらこれがメチャクチャ面白い! 

 ポケミスの裏表紙には、主人公テイラーが取り組む<美人知事候補がつい過去に過ちで撮影したという、ハメ撮りビデオテープ>にからむ脅迫事件のあらすじが書かれているが、実はこの流れになるのは本文50~60ページを過ぎてから。
 そんな主幹の物語に行くまでに、主人公の妻子の仇である酔いどれドライバー殺人事件、さらにはテイラー当人が仕事で調べている最中のヤクザの賭場のイカサマ事件なども過不足のない紙幅で語られる。そしてそれらの並行する複数の事件の中身が、次第に奇妙な流れで重なりあっていく?

 たとえばチーム主人公シフトの警察小説なら、モジュラー方式の複数事件を捌くのはメインキャラに事件を分担させることで、基本はそんなに大変でもない。

 だが本作の場合は一人称のハードボイルド私立探偵の主人公が
①当人の昔日の悲劇に関わる案件
②物語の開幕当初から抱えていた事件
③新たに持ち込まれた事件(これが本作の中でのメインとなる)
(まだあるかも?)
……と、それぞれの事件への食いつき方を違えるという手法で、わかりやすく整理されている。
 その結果、ストーリーには自然な立体感と心地よい錯綜感の双方が発生。トータルとして、作品の全域にわたって結構な読み応えを感じさせている。

 くわえて細部のツイストというか意外性の小出しぶりも鮮やかで、さらに終盤に明らかになる事件の大きな真相(これは殺人事件に関するもの限らないが)がかなり強烈だ。

 ……なるほど処女作でこの腹応えと完成度だったら、MWA新人賞なんか軽くとれるだろ、という感じである。

 なお個人的にすごく好感がもてたのは、あいからわず「卑しい街」が立ち並ぶ1990年代のアメリカ社会のなかで、それでもその現実のなかで主人公テイラーがちゃんと彼なりにきっちりとモラルの線引きをしようとしていること。
 テイラーは、心の弱さやどうしようもない思いゆえに道を踏み外してしまい、のちにそのことを恥じるような人間には極力、寛容だ。しかしその一方、きれいだけじゃ生きられないと最初からうそぶきにかかるずるい手合には、すごく厳しい。
 このボーダーラインの使い分けがすごい印象的だ。これはクライマックスを経て、まったく別個に作中に配置された某メインキャラふたり、その双方の差分で改めて明確に読者の前につきつけられる。
 あと、わずか数ページのラストの締め方も、本っ当に……いい!

 でもって、この作者ハウスライト、結局日本にはこれ一作しか紹介されなかったようで、今にしてようやく「なんで!?」と声を大にして叫びたい気分(涙)。
 これはまあ、たぶんきっと、90年代半ば当時の本邦の翻訳ミステリ界は例によってスカダーやらスペンサーやらタナーやらが席巻して、とても「ニューカマー」の参入する余地がなかったんだろうねえ……。
(ちなみに本作では作中で主人公テイラーが、R・B・パーカー(の私立探偵=スペンサー)を揶揄する場面があり、新人作家が不敵な、しかしそういう生意気なことをするだけの実力はたしかにあるぞ、という感じなのだが、まさかこの辺からアメリカの出版エージェントそのほかから「こんな無礼なルーキーの本出すな」とかハヤカワに圧力がかかった……とかいうようなコトはないよな?)

 英語のWikipediaを見ると、作者は四半世紀を経た近年もまだ現役らしい。
 著作はすでに別のシリーズがメインになっているみたいだけど、この私立探偵テイラーシリーズも本作をふくめて5冊を計上。しかもその第三作までが20世紀のうちに書かれたのち、2018~2019年になってほぼ20年ぶりにシリーズが再開し、久々の第四、五作めが上梓されたようだ。どういう流れがあったのか、(現状ではたった一冊読んだだけながら)なんかすごく気になる。
 いずれにせよ個人的にはまったくノーマークだった分、かなり拾いもののウレシイ一作だった。文句なしに優秀作品で、オマケなしにこの評点。

No.1136 7点 カムイの剣- 矢野徹 2021/03/26 05:08
(ネタバレなし)
 1702年。海賊王キャプテン・キッドが莫大な財産を世界のいずこかに隠しながら、処刑台の露と消えた。それから一世紀半以上の時を経て、下北半島の漁村にアイヌ人の血をひくらしい一人の男児の赤ん坊が漂着した。書き付けから「次郎佐」と命名された男子は、村の少女さゆりを姉とし、さゆりの母つゆを養母として二人の愛情を受けながら育つ。だが次郎が14歳になった時、何者かに母と姉が惨殺され、その冤罪が次郎に着せられた。仇を知るという謎の忍者僧・天海のもとで修行に励み、一人前の忍者になっていく次郎。だがやがて彼は、実は当の天海とその側近こそ母と姉を殺した真犯人だと知る。同時に自分自身に秘められた謎の財宝の秘密を追い求め、追撃の手をかわしながら逃亡の旅を始める次郎。だが彼の長い長い物語のなかでは、ここまではまだほんの序盤にすぎなかった。

 1985年の角川アニメ映画は当時、スタッフの布陣など気になりながら、今ひとつ作風に花が感じられないので観なかった。正直、先行の劇場アニメ版『幻魔大戦』も映像はともかく、ストーリー的には駄作だったし。このころには少しずつ角川映画全般の神通力? も失せてきていた。
(したがってアニメ版『カムイ』は今でもまだ未見。この映画のファンの人がいたら、すみません)。

 それでもこの頃に当時の角川文庫版で、原作を購入だけは購入(手元にあるのは1976年の3版)。以降これまでも、小説の方の評価は高そうなので、何回か読もうかと思いながら、本の厚さ(本分440ページ以上)に腰が引けるのを繰り返していた。
 そういう訳で今回は例によって、書庫で長らく眠っていた一冊の、一念発起での通読である。

 でまあ感想だが、うん、いろいろスゴイ作品……だとは思う。
 まず最初に書いておくが、Wikipediaで書誌を調べたところ、この作品は正編にあたる明治維新直前のタイミングまでの分が1970年に立風書房から元版書籍で刊行。これがそのまま75年に初版の 角川文庫版に収められた。
 その後、さらに文庫版で3冊分の続編(正編の後日譚となる明治維新以降編)が執筆され、後年にはその正続編で文庫本5冊というバージョンだの、さらなる改定版とかあるらしい。
 くだんの続編はいずれ読むかどうかわからないが、とりあえず今回はその最初の正編分(幕末編)のみ感想を綴る。
 
 角川文庫版の解説では星新一が「日本冒険小説のベスト5」に入る傑作と激賞。さらにAmazonの現行のレビューでも星5つばかりが5人ほど並んでいる高評価である。
 
 しかしながら個人的にはかなり印象を語りにくい作品で(汗)、なんとか言葉を探りながら思いを伝えるなら、作者の思いつくままに鼻面を引き回されていく違和感と、物語の裾野が無制限に広がっていく感覚が相半ば、という歯ごたえであった。

 いや『モンテ・クリスト伯』こそあらゆる物語のなかで至高とする作者が、自分なりに同ランクの伝奇冒険ロマンを綴ろうとした意向はほんっとうによくわかる。
 しかし一方で読んでいる最中には、物語がどこに向かうかのベクトル感がほとんど得られないことに、非常に不安定な足場を感じた。まあ、前述の解説で星新一も触れているように、全体を読み終えてみれば、話や物語の場があきれるほどにあちこちにとびながら、奇妙にバランスはとれている……感覚もあるのだが。
(あえてAmazonのレビューのなかから、近い感想のものを選ぶなら「ツッコミどころは満載だが、読ませる勢いに満ちていて、冒険小説はこれでいいのだと思う」という大意の見識に、もっともシンクロする。)

 重要アイテム「カムイの剣」の扱い、大敵・天海の処遇のほとんど反則技、あれやこれやの人間関係の相関……結局はこれらをストレスなく読めるかどうか、というところであろう。そこで評者は、致命的ではないものの、それなりに減点を見逃せないところもあって、トータルとしては、こんな評価になる。

 ただまあ(なるべくネタバレにならないよう書きたいが)、ほとんどワンシーンの見せ場である第30章後半の展開は、最高潮に魂がシビれた! 私的にはこのあとの数ページの描写だけで、丸々一冊、読んだ甲斐はあったな、という思い。
 こういう大筋から離れかけた断片(かけら)みたいな叙述で多大な感興を覚えることこそ、小説(冒険小説もミステリも含む)を読む上での幸福だと思う。

 とりあえずこの正編をきちんと最後まで読んだ人のいろんな感想を聞いてみたい。
 続編の方は、しばらくしてから、また読みたくなるかどうか様子を見よう。少なくとも今の自分には、本流で付き合うような作品ではまだないかも(ほかの矢野作品は、まだまだもっと読んでみたいが)。

No.1135 6点 野性の花嫁- コーネル・ウールリッチ 2021/03/24 04:09
(ネタバレなし)
 第二次大戦から数年後のアメリカ。少年時代に両親と死別し、戦場で出世のチャンスを掴んだ若者ローレンス(ラリー)・キングスレー・ジョンズ。彼は、たまたま友人と出かけたバルチモアの村で美しい娘ミッティと出会い、互いに恋に落ちた。だがミッテイの父親らしき年配の男アラン・フレデリックスはなぜか二人の交際を歓迎せず、ジョンズに早めに去るように促した。ジョンズは夜陰に乗じてミッティを連れ出し、駆け落ちした二人は土地の内務大臣の認可を得て公認の夫婦となる。執拗に追跡するアランとその年若い仲間ハフ・コターを振り切り、サンフランシスコに向かう客船「サンタ・エミリア号」の乗客となるジョンズたちだが、船が途中で寄った南米の停泊地プエルト・サントで、ミッティが勝手に上陸。その土地の山奥には、とある深淵な秘密があった……。

 1950年のアメリカ作品。
 ウールリッチ、アイリッシュの著作の中では相当にキワモノの長編ということは何十年も前から見知っていたが、一方でこちらも長い間、作者のそれなりの数の長短編につきあい、ウールリッチ作品の裾野についての認識も、広がってきてはいる。だからまあ、こういうのもアリかと。
(まあ『幻の女』だの『黒衣の花嫁』『死者との結婚』あたりを最初のうちに読んで、その次にコレに出会ったら、ぶっとぶかもしれんが。)

 大ネタは結構知られてると思うが、それでもあえてここでは詳細の記述は控える。
 しかし1980~90年代あたりから日本で根付き始めたJホラー分野の系譜、そのなかでも土着伝承ホラーの要素にかなり似通ったティストを認めた評者の感慨くらいは、書かせていただきたい。
 なお作者ウールリッチの経歴(1903~68)をあらためてざっとWebなどで探ると、作家としてはひとかどの成功を収めたものの、老母とのホテル暮らしのなかでその母が病気になったのが40年代の後半。当人としては正にアンダーで閉塞的な心情のなかで、南米の秘境に舞台が広がっていくホラーファンタジーを執筆。そういう現実の状況の推移のなかでこんなダークロマンをものにした当人の内面を偲ぶと、なんとも切ない想いに駆られないでもない。
(いやまあ、そういう観測なんかも、結局はみんな、こっちの勝手な思い込みなのかもしれないのだが。)

 途中のサイドストーリーとして語られる、青年学者コターのエピソード。その決着は、ある意味では本筋以上にインプレッシブ! ウールリッチの(中略)ぶりがまざまざと発揮された思いだ。
 当時の当人はどういう顔でタイプライターを打ちながら、このシーンを書いてたんだろ……。

 全体の歯ごたえは、一番近いもので言うなら、劇画ブームのなかで危機感を抱きはじめた時期の手塚先生が描いた、読み切りの中編作品みたいな感じ。
 作家歴のなかでベスト作品を拾っていっても決して上位には出てこない……けれど、妙な感じで気に障り、心に引っかかる一編。クロージングなども、すごく余韻がある。

 とにもかくにも、思っていたよりずっと良かった。
 7点に近いという意味合いで、この評点。

No.1134 7点 二人で殺人を- 佐野洋 2021/03/23 05:18
(ネタバレなし)
「私」こと「中央日報」の記者で28歳の瀬能公(せの こう)は肺病で長期休職し、静養中。時間を持て余した彼は、同じ年のガールフレンドで弁護士の我妹(わぎも)糸子のもとを5年ぶりに訪ねる。最近の糸子は美人の若手弁護士として活躍し、マスコミ出演の機会も多く「女流メイスン」の勇名を馳せていた。瀬能は、ミステリファンで文筆活動の心得もある糸子に、推理小説の新人賞に応募する合作の話を持ちかける。乗り気の糸子だが、そんな二人の前に糸子とその父が営む「我妹弁護士事務所」を頼る依頼人が来訪。これは小説のネタになると見やった糸子は、勝手に瀬能を当事務所に嘱託の私立探偵だと依頼人に紹介。半ば強引に事件に介入させるが、やがて事態は一人の若い女性の服毒死(自殺? 殺人? 事故?)に至る。

 書籍の元版は、1960年に光文社のカッパ・ノベルスから刊行。
 評者は今回、角川文庫版で読了。

 主人公の探偵コンビの設定も、都内の一角で起こる怪死事件の謎&訳ありっぽい過去の経緯も、それぞれアメリカの50~60年代のライトパズラーを思わせる感触。

 事件の主舞台となる服飾研究室とフォトスタジオの主要人物のキャラクター造形がそろって平板なのはちょっとキツイが、佐野洋がそういうところにあまり力を入れる書き手ではないのは以前から良くわかっているので、そんなに気にならない。

 一方で小粋な昭和の謎解きミステリとしては、なかなかよく出来ている。事件の真実、隠されていた過去の秘密、ある種の偽装トリック、それに……と、中小のアイデアを闊達に組み合わせて、順々にカードを表返ししていく手際が鮮やかだ。
(ただし真犯人については、前述のキャラクターの書き分けがあまり冴えないので、本当ならもっと演出できた意外性がもうひとつ映えなかった、と思う。)

 主人公ペア、瀬能と糸子の友人以上恋人未満の関係(よりはやや、異性の友人同士寄り)はなかなか心地よい。読後にTwitterなどで感想を探ると、シリーズキャラクターに昇格したといっているような声もあるが、作者の名前とこのキャラクターたちの名前でweb検索しても特に続編らしいものは見つからなかった。やはりこれ一冊でお役御免になったのだろうか。かなりもったいない。
 佐野洋はその辺の俺ルール(連作短編でのシリーズものは一冊まで。長編ではシリーズキャラクターは使わない)に関しては、本っ当に頑固なヒトだったね(苦笑)。

No.1133 8点 砂塵の舞う土地 - ダンカン・カイル 2021/03/22 07:12
(ネタバレなし)
 1980年代半ばの西オーストラリア。老舗の法律事務所「マクドナルド&スローター弁護士事務所」に勤務する「私」こと、30歳の弁護士ジョン・クローズは、一風変わった案件を担当する。それは1941年に地主の女性メアリ・N・ブライトから同事務所に預けられた遺言書で、メアリは最近まで生きていた。60年前の遺言の有効性に基づき、健在が確認される唯一の血縁である30歳の女性軍人ジェーン・ストレットが英国から来訪。クローズはジェーンとともにメアリが遺した土地を見に行くが、特に価値もなさそうなくだんの土地の売却を求める者が現れ、さらに同地には複数の不審な男たちの影が。

 1988年の英国作品。
 別名義の著作を含めて、作者ダンカン・カイルの13番目の長編。
 新旧、多くの作家を擁するイギリス冒険小説界の中でも、カイルは日本には十数冊の著作が翻訳紹介され、割と優遇された方だとは思う。
 まあ翻訳の契約条件などの裏事情もあるので、多くのタイトルが翻訳された=日本の読書界に人気があったとは、100%イコールともいえないだろうが、それでもそれなり以上に70~90年代にかけて本邦で読まれたのは確かだろう。
(とはいえ評者なんか、優秀作『緑の地に眠れ』ほか数冊しか読んでないが。) 

 しかしながら、イネスやバグリィと同じく著作は基本的にノンシリーズ、しかも自然派冒険小説の太い系譜のなかで、カイルとはこういう作風、というのが表現しにくい。
(これに大御所マクリーンやもっとマイナーなジェンキンズやアントニー・トルーあたりまで視野に入れて、個々の作風を差別化しながら語るのは、大変な苦労だ~汗~。)
 そういう意味じゃ、カイル作品の現状の評者の認識は<イネス+バグリィ、ちょっとマクリーン風味>という、その程度に大雑把な印象ではある。

 そんな観測を前提に本作を語るなら、青年弁護士と女性軍人コンビのラブコメっぽい関係(ただし潔いくらいにセックス描写の類はなし。昭和の中学生に読ませてもいいくらい)、謎の悪役は出没(この辺はイネスというより、バグリィかあるいはフランシスあたりっぽい)、広大で苛烈な砂漠の描写(ここらはイネスやマクリーンからそのほか多数)、そして物語の最大の興味となる「なぜその土地が狙われるか」の謎(この種のフックも類例は多数)という作り。さらにはオーストラリア原住民と植民地の白人の関係性を軸とした民族的文明論、そして本作独自の趣向として、第二次大戦中に欧米からオーストラリアに持ち込まれ、そのまま置き去りにされてしかもまだ現役(!)の戦車や戦闘機などの要素がからむ。

 小説の作法としては会話が多く、場面転換も筋運びも全体的にスピーディ(一番近い感触では、出来のいいときのバグリィかな)。キャラ描写も主人公クローズの若手弁護士という設定に準じて人脈が豊かで、何かわからない案件が出てくるとホイホイ知人や友人たちの専門知識が頼りになる。軽いといえば軽い作劇だが、その分、ストーリーに無駄な迂路が皆無で、どんどん物語が進展するので読み進む上でのストレスはあまり生じない。

 かといって人物造形が概して平板、というわけでもなく、主人公クローズが頼りにする親族(兄の妻の父)で、自宅に入念な自作の防犯システムを設置する元警視のボブ・コリスのキャラクターなんかなかなか印象的だ。
(しかし、主人公とこの元警視の関係は、どことなく、あのフレドリック・ブラウンのエド・ハンターとアンクル・アムを思わせるものがある。)

 創元文庫版400ページ以上はちょっと厚めだが、パワフルな勢いでいっきに読了。土地の秘密の正体は(中略)という気もしないでもないが、段階を踏んで真実を見せていく良い意味での焦らし方は悪くなかった。
 警察が介入してこないのが不自然に思えかけた辺りのタイミングで、一応のイクスキューズを用意する手際もぬかりなく、全体的によくできた作品。
 悪役が主人公カップルを苦しめるために用意してきた<あるもの>も印象的。

 全体的に優等生の作品で、細かいことを言えば序盤~前半の描写で前振りしたネタがいくつか忘れてないか? という箇所もないではないが、まあその辺は読む側の解釈で補えるレベルではあろう。
 オールドスタイルの英国冒険小説ながら、フツー以上に面白かった。まあ予期していた方向で、中身は期待以上とホメておく。

No.1132 6点 迷宮の扉- 横溝正史 2021/03/21 14:25
(ネタバレなし)
 昭和33年10月5日。三浦半島を気ままに放浪していた金田一耕助は、突然の嵐で山間の洋館「竜神館」にたどり着く。そこは訳ありの大富豪・東海林竜太郎が10年前に建てた館だった。耕助が竜神館の住人、降矢木一馬から聞く話によると、一馬の亡き妹の夫だった竜太郎はさる事情から逃亡中。その竜太郎には日奈児(ひなこ)と月奈児(つきなこ)という元はシャム双生児だったが、今は手術で分離して健常になった当年15歳の二人の息子がいる。双子は逃亡中の竜太郎にかわって、彼らの叔父にあたる一馬とその妻の五百子(いおこ)が養育していたが、やがて一馬と五百子の夫婦仲が悪化。さらに日奈児が一馬に、月奈児が五百子にそれぞれ懐いたため、大富豪の竜太郎は日奈児と一馬のためにこの竜神館を建設。さらに月奈児と五百子のためにどこか遠方にそっくりの館「海神館」を建設して与えたのだという。奇妙な話に戸惑う耕助だが、この談話の前後に、今もいずこかに潜伏中の竜太郎が竜神館に差し向けた使者の男が館の周辺で、何者かに殺される。一馬の依頼をうけて、この事件に関わる耕助だが。

「中学生の友」(小学館)の昭和33年1~12月号に連載されたジュブナイル作品。評者は今回、本作を表題作にした角川文庫版で読了。

 横溝ジュブナイルというと怪獣男爵ものを筆頭に怪人スリラーの印象が強い評者だが、これは結構、普通のオトナでも楽しめそうな謎解きスリラーになっている。
 その上でいつもの紙芝居みたいな設定やケレン味いっぱいの趣向でなかなか読ませる。
(後半には特殊な構造の館の図入りで、不可能犯罪っぽい? 殺人事件も起きる。)
 竜太郎の秘めた事情とは何なのか? 彼の莫大な財産の行方は? などの興味をふくめて、作者らしいストーリーテリングを期待するならば、そういう希求に割と応えた一編。キャラクターの配置も(一部、記号的ながら)全体的に丁寧。
 謎解きフーダニットとしてはある程度先が読めてしまうところもあるが、それなりにひねってはある。
 旧作ジュブナイルとはいえ、清張の『高校殺人事件』あたりよりは、ずっとマトモなミステリだとは思う。

 一方で終盤でかなりバカミスっぽい部分も出てきて、まあこれはこれで愛嬌。
 しかしやはり終わりの方のさる文芸ポイントというか、ある登場人物のセリフはかなりヤバイね(汗)。当時だから許された? のだろうが、今の新刊でこんな(中略)が出てきたら、確実にwebで炎上ものだろ。軽くショッキングであった。
 終わり方がややあっけないが、ジュブナイル枠としては充分に良作。
 角川文庫版にはオマケ? にノンシリーズもののミステリ『片耳の男』と幻想的な掌編『動かぬ時計』が併録されていて、どちらもそれなりに楽しめる。

 最後に、現状のAmazonのレビューのひとつが、横溝ファンかマニアならピンときちゃうネタバレなので、注意ください。まあその見識については自分もまったく同感で、読んでいて「おお、これは!」と思いましたが(笑)。

No.1131 7点 死に賭けるダイヤ- モーリス・プロクター 2021/03/20 06:13
(ネタバレなし)
 ロンドンのハットン・ガーデン地区。そこは英国の宝石産業や宝石の流通のメッカといえる一角だった。そこで白昼、殺人事件が発生。ベテランのパトロール警官リチャーズと街頭写真師の22歳の美人ライザ・ヒューグニンが不審者を見かけるが、相手は正体不明のまま逃げさった。やがて被害者は、近くに本社のある大手国際宝石会社「サガ」こと「南アフリカ宝石会社」の秘密調査員シートン・エスリッジと判明。そのエスリッジは、昨年9月にアフリカのキンバリイで発生した大規模なダイヤの原石強盗事件を捜査していた。ロンドン警視庁の面々と、そしてサガの保安部はこの殺人事件を契機に、過日の強盗事件にも深く関わってもいく。

 1960年の英国作品。
 プロクター作品はこれで2冊目の評者だが、これはノンシリーズものらしい? 現状でなぜかAmazonに登録がないが、ポケミス(世界ミステリシリース)653番で、初版は昭和36年9月。

  英国植民地だった第三世界(アフリカ)からのダイヤ輸入業種を主題または背景にした、ちょっと異色の警察小説。そんな趣の長編ミステリ。
 ロンドン警視庁の主力は「おやじさん」こと強面風のトレイル警視とその部下の青年ロビン・デイカー部長刑事。さらに事件に深く関わってくるサガの保安部主任ロジャー・クォーンもメインキャラの一翼となる。事件の重要証人となった美人の町娘ライザを挟むデイカーとクォーンの恋の三角関係? のような成り行きなど、敷居の低い感じでこちらの興味を惹いてきた。

 一種の業界ものの側面をミックスした警察小説で、当時はイアン・フレミングのドキュメント作品『ダイヤモンド密輸作戦』(1957年)なんかも書かれていたし、そういうアフリカからのダイヤ流通が話題になっていた時代だったのかしらん? とかやや呑気に読み進めていたら……後半で予想外の(中略)。
 もちろんここではコレ以上なにも書かないけれど、気安く構えていたら物の見事に足払いをかけてきた作品だった。こういうのに出会うのが、マイナーな旧作を発掘する楽しみ。
 あと、山場の前座的な部分で明かされる某登場人物の意外な秘めた事情は、さらに旧作の海外ミステリ数冊を偲ばせるもの。1960年前後の英国で、まだ<そういう見識>はあったのだなと、少し複雑な思いに駆られた。

 いずれにせよプロクター、まだ2冊目でナンだけど、地味で渋めながら、打率は高そう。またそのうち、未読の分を手にとってみよう。

No.1130 6点 白夜の魔女- ジェラール・ド・ヴィリエ 2021/03/19 06:21
(ネタバレなし)
 無数のユダヤ人を虐殺したナチス軍人オシップ・ヴェールンは大戦末期、侵攻してきたソ連軍に粛清されそうになった。だがアメリカ軍の情報部がオシップを後見し、新たな名前オットー・ヴィーガンドを得た彼は戦後の東ドイツに残留。オットーは東ドイツ情報部の№2という要職について表向きはソ連のために働きつつ、同時にコードネーム「リナルド」なるダブルスパイとして、恩を売られたアメリカにひそかに情報を送り続けた。だが60年代末、素性がばれかけた55歳のオットーは美貌の若妻ステファニーとともに西側に亡命を画策。CIAの契約工作員マルコ・リンゲが、その身柄を引き受けにコペンハーゲンに向かう。しかし東側の意を受けたステファニーはオットーに亡命をやめて帰国するよう促し、次々と夫の眼前でほかの男と寝ては、彼を挑発する。

 1969年のフランス作品。SASシリーズ(または、プリンススパイ、マルコ・リンゲシリーズ)の第13弾。
 
 Wikipediaで作者ジェラール・ド・ヴィリエの著作リストを参照したら、評者は第1作『イスタンブール潜水艦消失』を含めて大昔に5冊くらい、このシリーズを読んでいた。それでも何十年かご無沙汰だったが、書庫で未読の分が何冊か見つかったので、そのうちの一冊のコレを久しぶりに手にとってみる。
(ついでに、安かったので、webでさらに何冊か持ってない分を購入してしまった。)

 今回のマルコの任務はあらすじの通り、東側からの亡命スパイの身柄引き取り。ただし、このゲスト主役のオットーがどうしようもないクズ。さらにこのオットーに大戦中に家族を殺されて復讐をはかるユダヤ人女性とか、戦時中にオットーとともにリヒテンシュタインに多額の隠し金を預けた悪党神父とかも登場。もちろん本命の敵である東側もオットーの身柄奪還のためにステファニーのエロ作戦をふくめてあれこれ画策。そういうわけでなかなかネタの多い話で、飽きさせない。

 くわえて原書刊行当時の北欧はポルノ解禁直後、いわゆるフリーセックス時代だったため、その時勢に便乗して作中にあふれんばかりのいやらしネタが登場。興奮するというより、作者の強引な手際に何回か爆笑してしまう。まあ60年代の作品だし、ポルノだのアダルトだの言っても、のどかなもんだ。
 ちなみにタイトルの「白夜の魔女」とは、もちろんコペンハーゲンでの祭事の熱狂のなかで、快楽にふけるステファニーのことだね。

 ただしその辺の興味(笑)をさっぴいても、先の多様なメインゲストキャラたちの掛け合わせが功を奏した筋立てで、これはシリーズの中でも結構できがいい。
 今まで読んだSASシリーズのなかで一番面白かった記憶があるのは、第29弾の『チェックポイント・チャーリー』(ベルリンの壁もの)だったけど、これはそれに準ずる手応えだった(最後の着地点はまあ読めるが、これは良い意味で、そうなるべきところに収まった感じである)。
 
 あとシリーズ第一弾『イスタンブール』では、当初、暗黒街の殺し屋として登場したエルコ・クリサンテーム(創元文庫版ではクリサンテム)がマルコのカリスマ性にまいって、彼の忠僕(レギュラーキャラクター)となる経緯が描かれたけれど、本作ではその際の事件に関わったマルコの同僚のCIAコンビが再登場。この2人とクリサンテームとが互いに当時の遺恨を引きずったまま、犬猿の仲という描写も楽しい。
 つまみ食いで読んでる自分でもニヤリとしたんだから、マトモに順々にシリーズを追いかけているファンならさらに大喜びの趣向だろう。
 
 ちょっとアホっぽく見えるポルノ志向はトッピング的な味付けとして、少なくとも今回はB級活劇スパイ小説の枠の中で、なかなか楽しめた。またそのうち、気が向いたら購入してある未読の分を読んでみよう。

No.1129 7点 エンド・クレジットに最適な夏- 福田栄一 2021/03/18 05:52
(ネタバレなし)
「俺」こと貧乏大学生の淺木晴也は友人の窪寺和臣の仲介で、臨時のトラブルシューターのバイトを請け負う。依頼の内容は、同じ大学の女生徒、能美美羽が不審者の影におびえているので、その相手を特定して再発を防ぐものだ。だが晴也が動きはじめると、調査のなかで知り合った連中が次々と、新たな事件の種や相談事をもちかけてくる。

 2007年に元版のミステリ・フロンティアで刊行されたのち、2015年秋からの連続テレビドラマ化(番組名『青春探偵ハルヤ~大人の悪を許さない!』)にあわせて改題、文庫化された長編。
 評者は今回、あとの文庫版(『青春探偵ハルヤ』)の方で読了。

 分類すればアマチュア探偵(というか学生のトラブル・コンサルタント)を主人公にした青春ミステリだが、『血の収穫』のキャラクターシフトをベースにしたと文庫版のあとがきで作者が語ることでもわかるように、かなり和製ハードボイルド感も強い。
(主人公・晴也の心情吐露はかなり多めでその意味では「ハードボイルド」ではないが、人情や正義感とドライな人生観・世界観の切り替え&使い分けなど、スピリット的な面では明確にそれっぽさを意識している。)

 もうひとつの本作の特色が、晴也の調査が芋づる式というか藁しべ長者風にどんどん次の事件や案件を引き寄せ、先の依頼が決着しないうちに雪だるま式に、抱えるタスクが増えていくこと。
 ミステリに詳しいらしい作者は、この作法を「モジュラー式」だと、ちゃんと自覚している。

 別の事件の関係者Aから、ほかの事件に役立つ情報や専門知識をさずかったり、違う事件の関係者Bの証言で異なる事件が進展したり……。
 それらの情報や人脈を器用に活用して局面を進展させてゆく晴也のキャラクターは、筆の立つアメリカ作家の私立探偵小説の主人公のようで、本作では主役の年齢設定に即した若い機動力と才気が小気味よい。

 なおこの手のストーリーの組み立て方だと、下手に書くと物語世界がせせこましい箱庭風になりがちだが、情報や伏線のふりわけ方が全体的に巧みで、そういう種類の不満をあまり生じさせない。これは作者の筆力と構成力の賜物であろう。

 やむをえず晴也が腕力沙汰に出る際に、自分の内なる獣性(暴力性)をコントロールするくだりなども、厨二っぽい描写ながら印象的なスゴミがある。
(悪党との対峙や対応も、最後は警察に引き渡して、はい、終わり、ではなく、時には、のちのちの報復やお礼参りなどまで計算に入れて個別の判断をするあたりなども良い。)

 クロージングに関しては正直、思うこともあるが、作者なりの<踏み込み>は充分に意識させられたので、これはこれでよし、としたい。

 本一冊、全体的に偏差値が高いがゆえに、かえって頭が冷えるような面もある長編だが(評者はタマに「よくできた」作品に接してそういう思いを抱くことがある)、作者の力量の一端は充分に実感した思い。
 すでにこの人の本はもう一冊、ちょっとした興味を惹かれて購入してあるが、いずれはもっと本格的に付き合ってもいいかと思えてきてもいる。 

No.1128 6点 デラニーの悪霊- ラモナ・スチュアート 2021/03/17 04:36
(ネタバレなし)
「わたし」ことノラ・ベンソンは、ニューヨーク在住の女流作家。医学博士の夫テッドが若い同僚の美人マルタとの再婚を願ったため離婚し、いまは13歳の娘キャリーと12歳の息子ピーターを養育していた。ノラのほかの唯一の肉親は弟で、出版関係のバイト青年ジョエル・デラニーだが、彼は奔放なGFのシェリー・タルボットにふられたことで大きなショックを受けていた。そんなジョエルとシェリーの仲が復縁しかけるが、ノラは弟の言動に何か違和感を抱く。一方でNYではしばらく前から謎の殺人鬼による若い女性の首切り殺人が続発していた。

 1970年のアメリカ作品。
『ローズマリーの赤ちゃん』(67年)と『エクソシスト』『地獄の家』(ともに71年)という大メジャー作品群の狭間の時期に刊行されたマイナーなモダンホラー。スーパーナチュラル的なオカルトの主題は、タイトル通りにズバリ「悪霊」(さすがにコレは、書いてもいいな~笑~)。

 具体的にどのような悪霊でどういう形で作中に出現する(描かれる)かはここでは書かないが、物語の後半、精神病理や民俗学の見識をもった学者が登場して怪異に接近。
 科学&疑似科学で怪異に斬り込むモダンホラーの作法は、この作品の時点でほぼ確立されており、モダンホラー小説分野の大系としては割と早い一冊といえるだろう。

 作者ラモナ・スチュアートは、半世紀を経た現在でも本作しか邦訳がないと思われるが、すでに本国では数冊の著作があった。
 主人公ノラの一人称視点で異常な事態に関わっていくストーリーの流れはそれなりに読ませるものの、一方でまだまだモダンホラー分野の文化が成熟していない時代に書かれた作品、という感じもしないでもない。全体的に、もうちょっと押せばさらに面白くなるであろう要所要所の演出が弱いし、クライマックスも話の核心に早く入りすぎる。それでも地味な? ネタでそこそこ楽しませてしまう辺りは評価しておきたいが。

 なお邦訳のハヤカワ・ノヴェルズは、この時期に乱発した、例の<返金保証>の帯封仕様で刊行。
「読者のみなさんいかがですか? 何が(中略)に起こったのでしょう? これから秘密のベールが剥がされてゆくにつれいよいよ恐怖は高まってゆきます。ただし、これ以上読み続けるのはごめんだ、とおっしゃる方がおりましたら、この封を切らずに小社までご持参下さい。代金をお返しいたします。」という、帯封の最初に書かれた口上が楽しい。(「中略」にはある固有名詞が入るが、あとは原文のママ。)

 21世紀の今でも、またこういうのをやればいいのである。
 電子書籍でやったらどうなるのだろうか。まあ考えてみれば、よくあるコミックの序盤や途中までだけ読ませて、本編をきちんと楽しむなら課金というのは、一種の<逆・返金保証>だろうな(笑)。 

No.1127 6点 ヴェニスを見て死ね- ハドリー・チェイス 2021/03/16 22:26
(ネタバレなし)
 1950年代の半ばのロンドン。アメリカ大使館のそばの豪邸に住む青年ドン・ミックレムは、親が遺した巨額の財産と190cmの健康な肉体に恵まれたアメリカ人で、社交界の花形。ドンは所用からヴェニスにある別宅に向かおうとするが、出発直前に大戦中の戦友である英国人ジョン・トレガースの妻、ヒルダが訪ねてきた。戦後はヴェニスでガラス工芸の会社を営むトレガースは英国とイタリアを行き来していたが、このひと月、現地にいるはずの彼から音信不通。なぜか当局や大使館は調査を渋っているという。ヒルダからヴェニスに行くのなら夫の様子を見てきてもらえないかと頼まれたドンはこれを快諾し、忠実な執事チェリーとともにヴェニスに向かうが、そこで彼を待っていたのは予期しない陰謀と凄惨な事態だった。

 フランスの1954年作品。
 なお現状のAmazonだと邦訳書は1980年の刊行になってるが、実際のポケミスの発売は1974年の9月。

 英国作家(一時期フランスに在留)のチェイスが、フランスでの新作出版時に使った別名義レイモンド・マーシャルで出した15番目の長編。

 この少し前にポケミスに入った『フィナーレは念入りに』は「レイモンド・マーシャル(J・H・チェイス)」の作者名標記で邦訳出版されたが、それじゃあまり売れなかったためか、今回はズバリ、チェイス名義で日本で刊行された(この時期の創元では、チェイスの翻訳はイケイケで出ていた)。

 親の遺した財産のおかげで金持ち、美人秘書や有能な従僕たちに囲まれた主人公ドンの設定は、のちのエイモス・バークか神戸大助の先駆みたいだが、当時はこういう絵に描いたような快男児ヒーローも支持を得たのであろう? シリーズ化された気配はないようだが。

 ヴェニスに渡ってからも、前述の有能な執事、現地の事情に通じた専用のゴンドラ漕ぎでナイフ使いの名人、元コマンド兵士の運転手のトリオを手下に、友人を危機から救い、事件に巻き込まれた無実の人々の敵を討つため大暴れする。桃太郎かバビル二世か。
 ちなみに冒頭で出てきた美人秘書はすぐ話の表から退場し、壁の花にすらならないのが笑う。

 勢いで突っ走るノリの物語で、後半のひたすら長い追跡劇(追っかけたり、その逆になったり)はよくぞここまで書き込んだというか、大局的には起伏もない大筋で飽きる、というか微妙なところ。評者はギリギリ楽しめた感じだが、ダレる人も出てきそう。
 
 ちなみにこのポケミス、版権独占契約でないため巻頭に原書刊行年のクレジットがなく、さらに巻末には訳者あとがきも解説もなく本文が終わってそのまま奥付なので、作品の書誌的な素性がまったく見えないという困った一冊。おかげで21世紀になって「世界ミステリ作家事典」が刊行されたり、webでのデータベースが充実してくるまでその辺の不満は持ち越された(評者がなんかリファレンスできる資料を見落としていたらアレだが)。
 さらにポケミスは人名一覧で結構なネタバレ、(そのキャラのあとあとで判明する正体をいきなり記載とか)してあるダメな編集。どうも太田博~長島良三編集長時代の早川はこういうところが悪い意味でゆるめだった印象がある。

 評点はもろもろのことを踏まえて、ちょっとおまけしてこの点数で。

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人並由真さん
ひとこと
以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
好きな作家
新旧いっぱいいます
採点傾向
平均点: 6.33点   採点数: 2106件
採点の多い作家(TOP10)
笹沢左保(28)
カーター・ブラウン(21)
フレドリック・ブラウン(18)
生島治郎(16)
評論・エッセイ(16)
アガサ・クリスティー(15)
高木彬光(13)
草野唯雄(13)
ジョルジュ・シムノン(12)
F・W・クロフツ(11)