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人並由真さん
平均点: 6.34点 書評数: 2199件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1859 7点 ミレイの囚人- 土屋隆夫 2023/08/24 08:12
(ネタバレなし)
 1998年のある夜。32歳の気鋭のミステリ作家・江葉章二(本名・葉月~)は、かつて大学生時代に家庭教師として縁があった元教え子で、今は二十代半ばに成長した娘、白河ミレイに再会した。ミレイに誘われるままに久々に、神泉町の白河家を訪れた江葉を待っていたものは……。江葉が不測の事態を迎えたのち、港区でひとりの人物が死亡。その当人は、末期に奇妙な物言いを遺した。

 光文社文庫版で読了。
 一年くらい前に、ブックオフの100円棚で見つけて「土屋隆夫の晩年の作品か……。この時期のはあまり読んでないなあ。ひとつ読んでみるか……」くらいの興味で購入した一冊だが、なかなか面白かった。

 犯人は話の構造から先読みできなくもないが、仕掛けの手数は多く、う~むと後半~終盤まで唸らされた。

 メイントリックはバカミスか? とも思ったものの、作者の真面目な筆致で軽佻浮薄にハヤしにくい雰囲気になった。ある意味で書き手の力量に読み手のこっちがマウントを取られた気分である。

 モブの登場人物にムダに名前を与えない、サスペンス度の高いお話や謎解きミステリ部分にとって無意味な、キャラクターの外見描写なども控える、という大人の小説の作り方はとても好ましい。
 しかも本作は、作者が自覚的にそういう小説の作りにしている方向性まで、軽いメタ的な手際も交えて芸にしてあり、さらに……(以下略)。

 改めてこの作者は、老境になっても十分に楽しめる力作を書いていた大家であった。日本の、晩年のクリスティーのようだ。
 評点は8点に近い、この点数で。

No.1858 5点 技師は数字を愛しすぎた- ボアロー&ナルスジャック 2023/08/22 18:18
(ネタバレなし)
 パリにある原子力関連施設。そこで技師長ジョルジュ・ソルビエの射殺死体が見つかり、同時に重量20㎏ほどの特殊な新装置で制御された核物質のチューブが持ち出されていた。核物質の扱いを誤れば、パリの大半が壊滅する大惨事となる。しかも殺人現場は密室と言える状況であり、ソルビエの同僚の科学技師ロジェ・ベリアールの戦友のパリ司法警察の警部マルイユが事件を担当するが、やがて証拠らしき物件から容疑者とおぼしき、とある人物の名が浮かび上がる。

 1958年のフランス作品。
 謎の設定だけ聞くと、不可能謎解きパズラーの興味を軸に、核パニックの恐怖を踏まえたスリラー要素で味付け……という感じ。まあ実際に読むとムニャムニャ。

 事件の真相(広義の密室の解法)に関しては、評者でも想像の範疇。
 作中のプロの捜査陣のただの一人も<そういう可能性>について発想しなかった、ということになるが、すごくリアリティがない。
(いや、流れから言えば、その手のポイントについての言及が出てきて、それが何らかの経緯や事由で打ち消されるまでがセットだと思っていたのに、出てこないから悪い予感をおぼえていたら、まんまと当たった。)

 核物質の脅威から半狂乱になるパリ警察のヤンエグ本部長(無理もないが……)に尻を叩かれながら捜査に務めるマルイユ警部の奮闘ぶりは、けっこういい味を出していた。レギュラー探偵を作らない作者コンビだけど、例外的にこの探偵役は、今後の続投があっても良かったと思う。

 そこそこ楽しめたが、長年のツンドク本への溜まった期待にはとても応えてくれなかった一冊ということで、この評点。

No.1857 6点 黄金海峡- 邦光史郎 2023/08/21 22:24
(ネタバレなし)
 昭和40年代の前半。大阪にある零細の海事会社「堀川サルベージ」の28歳の海事係長・笠原竜治は、謎の美女・三村しのぶから、自社(堀川~)が管理しているはずの、大戦中の沈没船「金星丸」の引き揚げ権が現在、正確にどこにあるのかの確認を請われる。笠原が調査すると、同船の引き揚げ権は、以前の会社の社員だった一柳謙作が私人として会社から購入。現在の管理権は、一柳のもとに譲渡されていると判明する。だが笠原がこの件を調べた直後、その一柳が事故死した旨の新聞記事が掲載された。自分の調査の結果と、一柳の急死に何か関係があるのでは? と考えた笠原は、一柳の娘・真澄に会いに行くが。

 邦光作品は、少年時代に『幻の広島原人』(昭和の伝説怪獣ヒバゴンを主題にしたB級作品)を読んで以来、数十年ぶりに手に取った(実は、本自体は、古書でそれなりに購入してはある……はずだ)

 本書は文章が実に平明。
 赤川次郎の諸作を不器用にまじめ書いたような文体で、よくも悪くも昭和のB級海洋スリラーといった趣で、流れるようにストーリーが進む。
 
 事件の主題は戦時中の隠し財宝を秘めた沈没船の争奪戦に、主人公の若き男女とその仲間たちが関わっていく、昭和30~40年代の国産B級活劇映画を観るような感触の内容だが、中盤からの舞台となる沖縄の旅情ロケーションにもかなりの紙幅が費やされる。
 というわけでジャンルはトラベル・ミステリに選んだ。冒険/スリラーカテゴリーでもいいが。

 元版は67年の桃源社(ポピュラー・ブックス)なので、当時、数年単位で秒読みであった小笠原諸島や沖縄の返還を視野に入れた企画かもしれない。
 最後は残りページ数が少なくなるなか、広がった風呂敷をどう畳むのかと気にしていたら、意外にうまいことまとめた。
 
 時代の昭和風俗もふくめて、それなりに楽しめた。
 たまにはこんなのもいい。佳作。

No.1856 8点 琥珀色の死- ジョン・D・マクドナルド 2023/08/21 03:13
(ネタバレなし)
 その年の6月の暑い夜。「わたし」こと事件屋稼業のトラヴィス・マッギーは親友マイヤーと埠頭で夜釣りを楽しんでいた。すると頭上の橋に車が停車し、足にコンクリートの塊を括りつけたまだ若い女を海に投げ込んでいった。マッギーは彼女を救い、自宅でもあるハウスボート〈バステッド・フラッシュ〉号に連れ帰って介抱した。ここからマッギーはまたも新たな事件に関わり合うことになる。

 1966年のアメリカ作品。マッギーシリーズの第7長編。
 順不同にバラバラにつまみ食いしながら、これで早期にポケミスで刊行された7作品は、ここ数年のうちに全部読んだことになるのかな? なんだかんだ言って、面白いもんね、このシリーズ。

 冒頭のメインゲストヒロインとの出会いはいささかショッキングな画面(えづら)だが、大筋としてはスピレインのマイク・ハマー初期作『俺の拳銃は素早い』の系譜だし、つまりはマーロウの『長いお別れ』でもある。これ以上はあれこれ語るのはヤボだ。

 ストーリーは結構、シンプルだが、ワル相手にマッギーがこういう戦法をとるのかとちょっと驚かされた。
 50~80年代の時代を超えたハードボイルド私立探偵小説の主題がかなりコンデンスに詰め込まれ、そういう意味でのフック度はシリーズのなかでもかなり高い。

 いろいろと言いたいことはあるが、ネタバレになりそうなので、ここでは黙っておこう。いつか本作をちゃんと読んだ人だけを相手にたっぷりモノを語りたい。
 なんかそのときは、いいよね~ マッギー、いいよね~! の、賛辞合戦になってしまいそうだが(笑・汗)。

 とにかく今回は、アウトローに片足突っ込んだ正義のヒーローという主人公の立場がかなり物語のなかで活きている。終盤の展開は二重の意味で、こうじゃなきゃウソだ、と思わされた。そこが本作の価値。

 あと、作者も自信を込めたほどが読んでいてうかがえるが、サブヒロインたち(ダンサーのメリメイ・レーンとか、黒人の未亡人学士ノリーン・ウォーカーとか)の造形がすんごくいい。後者に向けるマッギーの冷めてしかし温かい視線もよろしい。
 秀作。

No.1855 8点 瀬戸内殺人海流- 西村寿行 2023/08/19 16:54
(ネタバレなし)
 1973年頃の東京。「山陸新聞」東京支社の営業課長で35歳の狩野草介は、愛妻・千弘の突然の失踪を認めた。妻の妹で、実家で花嫁修業中の沙絵からも手掛かりを得られない狩野は、独自に調査を続ける。一方、新宿の連れ込みホテルでは、一人の身元不明の男が死亡。当初は事故死に思えた事案だが、本庁捜査一課の定年間際のベテラン刑事・遠野英二はいくつかの不審な点を指摘。他殺の可能性を視野に、事件を追った。そしてやがて二つの事象は、思いも寄らぬ形で結びついてゆく。

 元版は、1973年2月にサンケイ・ノベルズの書き下ろしの一冊として刊行された長編(現状で当該の書誌データは、Amazonには登録なし)。

 これ以前にもすでに、動物ものなどを題材にした短編小説を雑誌に発表していた作者の処女長編であり、大作家・西村寿行のそのあとに続く長大な軌跡は、ここから本格的にスタートすることとなった。

 妻の行方を追う狩野(のちに義妹の沙絵も合流)、変死事件を捜査する遠野の二人の主人公の行動を軸に、さらに建設業界の汚職事件を探る警視庁二課の柳刑事などの視点も交えて物語は進行。
 基盤となるミステリ面での作品の骨格は、清張風の社会派ミステリっぽいが、やがて両主人公の流れが束ねられ、そして少しずつかなり強烈な個性のキーパーソンが物語のなかに浮かび上がってくる。

 実は73年当時のミステリマガジンの新刊月評で、かの瀬戸川猛資が本作に注目かつ激賞(同レビューは2021年に限定刊行された「二人がかりで死体をどうぞ 瀬戸川・松坂ミステリ時評集」に収録。評者は本作『瀬戸内殺人海流』の読了後に、同書籍で当該のレビューを読み返した)。
 瀬戸川はそこで『男の首』や『赤毛のレドメイン家』に匹敵する強烈な犯人像や、さらに主人公たちとその巨敵との対立の構図を暗喩した熊鷹と成犬との戦いなどの主題について語っているが、実際にその辺が作品の個性なのは間違いない。

 評者自身は大昔の少年時代に読んだくだんの瀬戸川レビューを具体的には半ば失念していたため、のちに死ぬほど強烈な諸作を輩出する寿行とはいえ、処女作はまだ作風が固まってないだろうと何となく勝手に予見していたが、とんでもない! 
 社会派ミステリらしい器こそ、のちに忘れ去られる初期寿行の方向性だが、作品の中味(特に中盤以降)は、正に栴檀は双葉より芳し、というか、寿行はこの長編第一弾からすでに150%寿行であった!!
(ちなみに作者らしいヘンタイ趣味も、すでに本作から横溢(汗)。直載な描写はあまりないものの、作中の男女の心を侵食する闇として、かなり濃厚な文芸設定が導入されている。)

 なお瀬戸川はまた、実は本作の真価は、推理小説の皮をかぶったハモンド・イネス流の自然派冒険小説(の国産作品)という指摘もしており、大枠では実に慧眼だと思う。実際、死体の漂着の経緯などを探るなかで語られる海流の壮大な描写など圧巻で、この辺は『屍海峡』『安楽死』などの本作の直後の初期長編でさらに煮詰められていく作者の持ち味である。
(とはいえイネスファンの評者などからすると、ずばりイネス風……と言われると若干の違和感を覚えないでもない。欧州のロケーションを日本の周辺に置換し、アダプトしたから、その分、おのずと味わいが変わってしまった、という意味合いでは、確かに通じる気もするのだが。)
 
 ラストの狩野と沙絵、そして遠野の描写など、寿行のくすぐったい部分が出ていて心地よい。なんというか、やっぱこの人は(中略)だったんだよなあ、と思い知る。

 いま現在、読んでも十分に歯応えのある作品(ミステリ的には、終盤で明らかになる真犯人の設定と、殺しに至る動機の経緯が鮮烈に印象に残る)だが、当時の瀬戸川レビューにつられてこの本書・実作をリアルタイムで読み、なんかすごい作家が同時代に出てきた! とわめいておいても良かったかもしれん。
 まあレンデルのウェクスフォード警部の名文句じゃないが、人生はすべてを手に入れられる訳じゃないってことで(そっと苦笑)。

※余談ながら、角川文庫版の260頁に、ラヴクラフトのダゴンの話題が出て来る。いいなあ、西村寿行とクトゥルフ神話、最高のマッチングだ(笑)。

No.1854 7点 アンデッドガール・マーダーファルス4- 青崎有吾 2023/08/18 07:47
(ネタバレなし)
 テレビアニメ放映に合わせて刊行された、主要キャラクターたちのイヤー・ワン(あるいはエピソード・ゼロ)ものの中編集。
 
1:第1巻直前の、怪異がらみの事件
  (この話で探偵開業)
2:鴉夜の<誕生>編
3:津軽の<誕生>編
4:静句の素性編(そして……)
5:少女記者アニーと主人公トリオの出会い編

の5つの挿話が語られる。

 アニメで初めて本シリーズに出会う人も多いだろうし、そういう人にも、すでになじみのファンにも、このタイミングで本を手に取らせるには、うまい趣向の新刊というべきであろう。
(ちなみに全5本のうち、3と4のみが書き下ろし。あとはすでに雑誌に掲載。)

 純粋なパズラーは5のみだが、広がる世界観の興味、虚実の有名キャラクターの客演(いよいよ<中略>も劇中に登場)などの趣向で全編が面白かった。

 特に良かったのは、ぶっとんだ真実が明かされる2だろう。
(ちなみにAmazonのレビューは、現状で思い切りネタバレの嵐なので、絶対に見ないように。)

 5巻の予告も巻末に掲載。そう間を開けず、続きが読めると期待。

 しかしネタバレでもなんでもなく、ただの評者の妄想と思い付きでいうけれど、鴉夜って21世紀のこの現在の時代にも、ひそかにどっかにいるんだろね? 
 そのうち、作者のほかのシリーズ探偵の作品世界などに、しれっと客演してきそうである。

No.1853 7点 アリアドネの声- 井上真偽 2023/08/18 04:49
(ネタバレなし)
 少年時代に兄を事故で失った「俺」こと高木春生(ハルオ)は、癒えない心の傷に向かい合うように、災害救助用ドローンの開発の技術者となっていた。そんなとき、障害者の支援を重視して設計整備されたモデル都市「WANOKUNI」周辺で大規模な地震が発生。地下層5階の地底空間が閉ざされるが、そこにただひとり残されたのは、視覚・聴覚・発声の三重障害者で、令和のヘレン・ケラーと称される女性、中川博美だった。ハルオと同僚たち、そして消防士たちは人間が侵入不可の地下階層に救助用ドローンを送り込み、音も光も知覚不能な博美の救助を試みるが。

 よくできたヒューマンドラマ・サスペンス。
 真面目で泣ける話でそれ自体はとてもお好みだし、波状攻撃風のクライシスの続出も文句はない。
 ただし先のお二方のレビューの通り、大枠のストーリーがほぼ一本道なので、高い点をつけにくい(終盤に至るまで、中小のどんでん返しやサプライズは用意されているのだが)。

 良い意味で二時間ちょっとで通読できる秀作。
 心情的には、8点をあげたいと思いながら、それではなんかどこか自分にウソをついてしまうと思って、この評点。
 一定以上の面白さは保証します。

No.1852 6点 吸血鬼の仮面- ポール・アルテ 2023/08/17 06:04
(ネタバレなし)
 20世紀初頭の英国。ブラム・ストーカーの新著『吸血鬼ドラキュラ』が数年前にベストセラーになった時代。片田舎にあるクレヴァレイの村では魔性の者と思しき怪しい人物が跋扈し、そして一年半前に死んだ若妻の死体が、なぜか死後ひと月ふた月という鮮度を保っている怪異が生じていた。一方その頃、ロンドンでは、アマチュア名探偵オーウェン・バーンズが、またしても奇妙な殺人事件に関与していた。

 2014年のフランス作品。バーンズシリーズの長編第6弾。

 サービス精神の高さでは『混沌の王』を上回り、終盤のどんでん返しにも伏線の回収にもちょっと唸らされた。
 しかし一方で筋立ての強引さ(この流れで、二つの事件が結び付くのに違和感)や、反則スレスレのニッチな技の大盤ぶるまいに、引くわー引くわー。
 まあその分、良くも悪くも、作りものの謎解きミステリらしい楽しさも感じさせる。
 日本の作品でいうなら、筆が乗った時の旧世紀の頃の、辻真先の長編みたいだ。
 
 ヒロインの扱いは、え!? と軽く、いやかなり驚いた。
(これくらいまではギリギリ言っていいだろう。)

 出来がいいとは言えないんだけど、アルテやっぱり面白い。

No.1851 6点 消えた看護婦- E・S・ガードナー 2023/08/15 19:57
(ネタバレなし)
 メイスンの今回の依頼人は、世界的に有名な外科医サマーフィールド・モールデン医学博士、その若くて美しい三人目の妻ステファニイだった。実は彼女の主人で52歳のサマーフィールドは、この一両日の間に飛行機事故で死亡と報道され、27歳の奥方は未亡人になったばかりである。ステファニイの依頼内容は、優秀な医者ながら金勘定にはズボラな夫に多大な収入の申告漏れがあり、徴税の役人が動いているので、対策を願いたいというものだ。経理の実体を知るのは、ステファニイと同じ年の美人で、サマーフィールドの片腕と言える看護婦兼事務職のグラディス・フォスだが、彼女は行方不明だ? ステファニイは、グラディスが実は夫の愛人だと確信しているらしく、秘密の密会用の? アパートに多額の現金が隠されているという。早速、当該のアパートに向かったメイスンだが、壁の中の隠し金庫は空っぽだった。ステファニイは、メイスンが独自の判断で彼女の税金対策のために10万ドルの現金を一時的に隠してくれたのだと解釈~主張し、落ち着いたらその金を返してほしいとうそぶく。メイスンは悪女にハメられたのだと気づくが、やがて事態は思いもよらぬ殺人事件へと発展していく。

 1954年のアメリカ作品。メイスンシリーズの長編作品・第43弾。
 
 メイスンに横領の咎を着せ、金をせしめようとするガメつい、そして妙な胆力のあるメインゲストヒロインのステファニイが印象的。
 今回の殺人事件はなかなか表面に出てこないものの、それでも、思わずハメられた窮地のなかで、あの手この手で冷静に対処するメイスンの駆け引きぶりが、十分にエンターテインメントとして面白い。

 中盤~後半から、事件というか物語の方向が別の向きに転調する感じで、たしかにややこしいといえばややこしい。
 ちゃんと人物メモを作りながら読み進めたから何とかついていけた(?)が、話の焦点が変わってしまう一方、ポケミス巻頭の人物一覧表にも載っていないキャラクターがソクゾクと登場。ああ、やっぱり、これはちょっとシンドいね(笑)。

 ただし犯罪というか事件の概要はなかなか面白く(ここではあまり書けないが)、終盤までテンションを下げずに楽しめるのは確か。
 ラストがちょっと放り投げた感じでまとめられ、クロージングにはもう少し気を使ってほしかった気もする。
 
 あと、個人的な感慨だけど、本当に久々にハミルトン・バーガーに再会したかも?
 この数年、手にとったメイスンものの中では、たしかあんまり出てこなかったような気もするので。

 最後に余談ながら、本書の邦訳は昭和32年(1957年)で、ポケミス21頁ほかに、写真の複写という意味で「コッピイ」という表記が出て来る。
 個人的には大昔に『パーマン』(1967年)のコピーロボットで「コピー」という言葉を覚えた世代なので、それより十年も早く日本語になっていたのも軽く驚いた。この辺は、外来語のカタカナ表記に詳しい人に聞けば、なんか面白い話を教えてもらえるかもしれん?

No.1850 6点 探偵を捜せ!- パット・マガー 2023/08/11 17:10
(ネタバレなし)
 もと女優だったが芽が出ず、年上の資産家フィリップ(フィル)・ウェザビーと結婚した金髪美人のマーゴット。だがフィルは病身で養生のため、娯楽も少ないコロラド州、ロッキー山脈周辺の、自分がオーナーである小ホテルに隠遁生活を送る。女優時代に自分の面倒を見てくれたやはり元女優の老女トムリンソン(トミー)を女中として随伴し、やむなく夫についてきたマーゴットは、こんな地味な生活に耐えきれず、夫の殺害をはかった。だが殺される直前、フィルはマーゴットに、自分はかねてから妻の害意に気づいており、親友の私立探偵「ロッキー・ロードス」をすでに召喚しているのたと語った。勢いのままに夫を殺したマーゴットは、その死を偽装。だがシーズンオフのホテルに、順繰りに男女4人の客が現れた。そしてこの中の誰かが、夫の死を探る探偵ロードスの変名のはずだった!?

 1948年のアメリカ作品。
 マガーの変化球フーダニットシリーズ第三弾。

 とはいえ今回は変化球のパズラーというよりは、ほとんどフツーの倒叙サスペンスで、しかも設定上、メインの登場人物をそんなに多く出せない、各キャラクターの個人エピソードまで話を広げにくい(客の個々でそれをやると、誰が探偵なのか判明してしまうので)ため、マーゴットの三人称一視点の描写を丁寧に書き連ねるしかなく、もちろんサスペンスはあるものの、一方でお話が一本調子で冗長。深夜に読んでいて、うっすら眠くなった(汗)。
 地味なキーパーソン(準キーパーソン……くらいか)がトムリンソンおばあちゃんで、マーゴットの現役女優時代から、彼女の成長を見守っていた先輩女優であり、今も母と娘のような絆で結ばれている。お話の流れでも、彼女の存在がひとつのポイントであった。詳しくは言わないが。
 
 クライマックス、マーゴットと「探偵」との対峙、そして終盤の二人のダイアローグなどはいい。しみじみと心に染み入ってくるクロージングであった。
 全体的にこの設定なら、もっと面白くできるはずという伸びしろが悪い意味で感じられた作品。広義のクラシックとしてこの本を読んで、俺ならもっと面白く書いてやると考えて、同傾向の発展的な作品を書いた新本格系の作家とかは、あちこちにいそう。まあ、具体例はちょっとすぐ思いつかないが(汗)。

No.1849 8点 銃撃!- ダグラス・フェアベアン 2023/08/10 16:26
(ネタバレなし)
 1970年代のアメリカ。シカゴの南西部にあるスモールタウンの、メイボック。「おれ」こと、現地の地方デパートの社主である40歳代のレックス・ジネットは、その日、4人の旧友かつ復員兵仲間と、狩猟を楽しんでいた。河の向こうに6~7人の面識もないハンターの集団がいるが、そのなかの一人がいきなりこちらに発砲。レックスの仲間のセールスマン、ピート・リナルディが被弾する。レックスとピートの仲間で大規模な理髪店の主人、裏ではノミ屋の胴元であるジーク・スプリンガーが怒り、反射的に銃撃。先方の仲間の一人は頭部を撃たれて死んだようだ。一方、こちらの仲間で撃たれたピートはかすり傷で済んだようで、その治療を済ませた一同はジークの正当防衛が成立するか、過剰防衛を問われるか、そもそも先に向こうが発砲した証明ができるか、ジークは逮捕されるのではないか、と緊張する。だが事態は警察沙汰どころか大きな騒ぎにもならず、レックスは数日後、一人のハンターが流れ弾の事故で死んだという新聞記事のみを認めた。仲間たちのリーダー格のレックスは、向こうのグループがあえて警察への通報を控え、そしてこちらへの報復攻撃を考えているのだと確信した。レックスは仲間たち、さらに新たな人員を募り、応戦の準備を始める。

 1973年に米国のダブルディ社から刊行された作品。
 本書は小鷹信光と石田義彦の共訳だが、その小鷹が邦訳が出る前から、ミステリマガジン誌上で本書について言及。本書の内容についてあれこれ語っていた記憶がある。

 そんな理由もあってなんとなく昔から少しこだわりはあった作品だが、狭義のミステリではないせいか(もちろん広義のミステリでは、十二分以上にあるが)、読むのを十年単位で先延ばしにしていたら、一種のカルト作品として? アマゾンで古書価が高騰。
 しかし評者は今から半年ほど前の古書市で、幸運にも220円で入手。
 それで昨夜、読んだ。

 人間の暴力・殺戮への欲求、社会的に成功した者もそうでないものもひっくるめての、私的な戦争(戦争ごっこ)への傾斜などが主題の作品なのは言うまでもない(その辺は、ハヤカワノヴェルズの小鷹の訳者あとがきでも、たっぷり語られている)が、印象的なのは田舎の名士であり有力者ながら、本質的にガキ大将でマイルールで友人たちをたばね、助け、叱責し、ときには下手に出て相手を操縦する主人公レックスのキャラクターの濃さ。

 なお小鷹の解説では一度もその名前が出てこないが、2020年代のいま、日本語で読むと、かなりジム・トンプソンあたりと共通した味わいを感じる。実はエモーショナルな内容を、ドライでさばさばした書き方で捌いていくところなんかも含めて(ただし絶頂期のトンプソンほど、文章に独特のブンガク味めいたものは感じなかった)。

 本文はノヴェルズ版で150ページちょっととかなり薄目。だが名前の出る登場人物はかなり多く、メモを取りながら読んだら80人前後になった(一瞬で消えるキャラもかなりいるが)。
 性格群像劇としてキャラクターはおおむね図式的に配置されているといえるが、一方で意外に変わった運用をされるキャラもいて、その辺の起伏感はなかなか楽しい。
 終盤の展開はもちろんここでは書かないが、評者はかなり唖然とさせられた。
「え」。

 さらにラスト1ページの、あの登場人物のあのセリフ。もう、なんかね。

 コアが定まっているけれど、たぶん<少しくらいは>いろんな読み方が可能な作品。
 読んで良かった、とは思う。

No.1848 7点 すべてはエマのために- 月原渉 2023/08/09 10:11
(ネタバレなし)
 世界第一次大戦前後のルーマニア。18歳の看護学生リサ・カタリンは、2歳年下の妹エマが病魔に冒されており、そして妹のために特殊な型の血液が必要と知った。そんななか、リサは、マラムレシュ地方の金持ちロイーダ家から、名指しで看護婦として働くよう要請を受ける。妹エマを救うことに繋がるさる思惑を込めて同家に向かうリサだが、そんな彼女を待っていたのは、ひとりのロシア系の日本人美女、そして怪異な不可能犯罪との出会いであった。

 シズカシリーズの新章作品・第一弾。
 題名のタイトリングパターンが既存のシリーズ作品とまるで異なるので、当初はシズカものとわからない。
 月原先生の前作『九龍城の殺人』がなんかそれっぽい題名なのに、非シズカものだったのは、作者としては今回のこの作品もまた、非シズカと思わせようと考えていたのかもね。
 白紙の状態でさっさと読んで、え!? と驚けた人が、ちょっとうらやましいかも。

 最初からしばらくは、20世紀序盤の時代の現代史小説を読むような味わいだけど、中盤からミステリとしてのギアがかかって面白くなる。
 一流半のネタをいくつも詰め込んだ手数の多さ、そしてそのネタ群の練り合わせがちょっとどこかアンバランスなのは、ああ、正にシズカシリーズである。終盤はいろんな意味で良くも悪くもサービスしすぎな感じはするし、メインの動機もかなり大昔からあるものだけど、こういう使い方は確かにちょっと珍しいかも? 
 ミステリとしてトータルで佳作。シズカシリーズの新展開、という趣向そのものは歓迎して、この点数で。

No.1847 7点 鬼姫斬魔行- 神野オキナ 2023/08/04 16:09
(ネタバレなし)
 21世紀の初め。何百年にもわたり、妖(あやかし)や邪神からひそかに人間社会を守り続けて戦ってきた斬神斬妖の一族があった。その一角の戦闘能力に恵まれない血筋で、一族のために資産管理をする役割ながら大きな損失を出した月観(つくみ)家。当主は責任をとって自殺し、遺された当年15歳の少年・月観捨那(つくみしゃな)は、優しい母まで病気で失った。戦士としての力を持たない日陰者の捨那だが、そんな彼に一族の総領である老婆は、伝説の鬼の得るための試練を託す。それが捨那と、美しい不老の鬼娘「鬼姫」との出会いだった。

 作者の初期作のひとつ。
 評者は同じ作者の1999年のライトノベル作品『闇色の戦天使』の昏く切ない雰囲気が今でも大好きなので、しばらく前に入手しておいた近い時期の作品として読んでみた。
 本作も<ピュアだが戦いの血臭のなかで成長してゆく少年と、心に慈愛を秘めた凶的な最強の年長ヒロイン>という主人公コンビの属性は、その先行作『闇色の戦天使』を踏襲している。要はこの時期の作者は、こういうものが本気で書きたかったのだ。

 全体としては『死霊狩り』(小説版『デス・ハンター』)を書いていた頃の平井和正みたいな雰囲気で、残虐なシーンと伝奇SF活劇の娯楽性を盛り込んだ、しかし随所で独特の情感を読み手に授ける作風。
 本来は心優しい少年主人公の捨那が鬼の力(実は、解放された、人間誰しもの心に潜む闇の闘争心)を得て凶化していく一方、メインヒロインの鬼姫がそれを支えて見守るのはある種の読者の充足願望に応えた作りだが、作者は正面からそれを書く気なので下品さはない。主人公コンビの周囲を固めるメインキャラも図式的といえば図式的だが、ひとりひとりが、作者らしいクセのある存在感を見せている。

 ガンマニアで祖父の遺したモーゼルを手にする女子高校生の社長令嬢・狭霧諒子もそんなメインヒロインの一人だが、なにしろ彼女の部屋に入って来た父親のいきなりのセリフが「まるで、リュー・アーチャーの事務所だな」である(笑・嬉)。しかし地の文に特に諒子の部屋の描写はなく、作者は読み手に勝手にどんな部屋かイメージしてくれと期待をかけるだけ。自分が神野作品が好きな理由のひとつは、こういうすっとぼけた面にもある(とはいえ、膨大な著作数の上にシリーズものも多く、まだまだ未読は山のように多いが・汗)。

 ちなみに作者あとがきによると作者は本作をシリーズ化させたかったみたいだけど、実際のところはこれ一本で終わったようで、その辺も『闇色の戦天使』に似ている。
(ちなみに、「またこのふたりの続きを書きたい」と言ってるけれど「ふたり」じゃなくて……だよね?)
 まあこっちも、読み始める時点ですでにあまり長期化しているシリーズの一作目なんか敷居が高くてなかなか手に取らないし、単品作品だから読んだ面もある。そのくせ、読んでその作品世界や主人公たちに惹かれると、続きがないのを惜しい、とも思う。つくづく読み手は勝手なものである。

No.1846 8点 死と空と- アンドリュウ・ガーヴ 2023/08/03 16:20
(ネタバレなし)
 時は(たぶん)1950年代のロンドン。40歳の元植民省役人チャールズ・ヒラリイは、かつて若い頃に理想に燃えてカリブ海の赴任地に赴いた。だが当初は夫に協力的で同地にも同道した元モデルの美人妻ルイーズは、現地の不衛生さと文化の低さになじめず身勝手なわがままを行ない、結局ルイーズのそんな態度はチャールズの失職に繋がった。現在はルイーズと別居し、農林技師として生計を立てるチャールズだが、そんな彼には、カリブ海駐留時に取材を受ける縁で出会った美人テレビレポーター、キャスリン・フォレスターという29歳の恋人がいた。完全に夫婦間の互いの愛情が失われ、一方でキャスリンと再婚したいチャールズはルイーズに離婚を求めるが、悪女ルイーズはただ夫へのいやがらせのために申し出を拒否していた。だがそんな矢先にルイーズが何ものかに殺害され、その殺人の容疑が、動機と疑惑の主であるチャールズにふりかかった。

 1953年の英国作品。
 早川の「世界ミステリ全集」の、ガーヴ作品『ヒルダ』収録巻の挟み込み月報で、当時まだ若い瀬戸川猛資がガーヴの総評を行なった際に「アイリッシュの『幻の女』をガーヴが書けばこうなる」と、本作に関してのたまっていた記憶がある。評者など、少年時代にその瀬戸川文を読んで以来、本作に抱く印象はず~っと<この作品は、ガーヴ版の『幻の女』らしい>なのだった。

 で、なるほど、作品の存在を知ってから数十年目にして初読した中身の歯応えはまんま先人の言うとおりである。
 ただし、それはあくまで「殺された悪妻」「窮地に陥る主人公」「主人公を救おうとする恋人の奔走」などの共通項を並べてトポロジー風に見たからで、実際の食感は前半の裁判ドラマの厚み、続くショッキングな大事故の勃発から、第二部クライマックスの過酷な自然界の中での冒険行、そして……とかなり中身が違う。まあそこらが正に、ガーヴ流、なのだが。
 第三部は紙幅がギリギリまで少なくなっていくなかで、ハッピーエンドになるには違いなかろうか、一体どう決着つけるのだ? というテンションの高め方が半端ない。回収される伏線は実はかなり明快な形で張られていたが、第二部の肉厚の描写に幻惑されて失念していた。

 それで、ある意味ではブロークンな、ミステリの定型的な作法から外れたクロージングとなるのだが、これが一方で、うーむ、と良い意味で読者を唸らせる印象的な決着である。評者なんか、まだそれなりにキレイな時期の、西村寿行の某長編の幕引きを思い出した。
(ところでブロークン、といえば、このポケミス裏表紙のあらすじも、かなり破格だねえ。いや、それで戦略的に成功してるとは思うけれど。)

 訳者の福島正実は、作者のなかでも上位に来る力作と言っているが、正にその通りだろう。秀作でも傑作でもなく、力作、その修辞が当てはまる一作。

 で、これ、あの「火曜日の女」シリーズの第一弾として和製ドラマ化されたんだよな。キャスリン(に相応する日本人のヒロイン)役は浜美枝か。
 DVD化やCS放送などの発掘はいまだされてないはずだけど、なんとか観たいものである。

No.1845 6点 人形島の殺人- 萩原麻里 2023/08/02 07:18
(ネタバレなし)
 幼馴染で同じ大学の学友、そして「呪殺島」がらみの二つの殺人事件にともに関わった女子・三嶋古陶里(みしまことり)が、妙な書置きを残して姿を消した。僕は、彼女の行先である「壱六八島(いろはじま)」もまた、あの呪殺島の一つなのだと知る。島に乗り込んだ僕は、いきなり不可解な殺人事件に遭遇した。

「呪殺島秘録シリーズ」第三弾。
 単品でここから読んでもいいけれど、シリーズ先行作品のうっすらネタバレっぽい点もないではないので、どうせなら第一作から順々に読むことをオススメする。

 シンプルな大技ひとつ(しかもわかりやすい)に寄りすぎた前作『巫女島』に比べ、登場人物を増やして見せ場を多くした印象。さらにメインヒロインの古陶里と主人公の関係性にも、今回ここで、ひとくぎりがつく。
 謎解きフーダニットとしては、正直、ごちゃごちゃしている割に、意外性にはしっかりこだわった作り。その分、いくつかのサプライズがいささか唐突に思えた。
 一方で、連続殺人でメインキャラの頭数が減っていくこともあって、犯人の意外性などは、あまりない。

 力作だとは思うけれど、一方で<そういうもの>風に仕立てた<横溝っぽい作品>度の度合いは、今回もかなり強かった。
 シリーズは今後も続くだろう(それ自体は希望だ)が、前述の通り、主人公コンビにも今回で何かと一区切りがついたので、第四作目からは何らかの新しい風を入れてくれることを期待。

 最後に、本シリーズの大枠、昭和B級スリラー風パズラーの雰囲気は、決してキライではない。

No.1844 8点 木挽町のあだ討ち- 永井紗耶子 2023/07/31 07:59
(ネタバレなし)
 時は老中・松平定信が行政を改革した時期の江戸時代。今から2年前の雪の日に、芝居小屋が立ち並ぶ木挽町(こびきちょう)で、森田座の下働きだった美青年の若侍・伊能菊之助が父の仇を討ちとった武勇伝は今も語り草になっていた。そんなある日、ひとりの人物が、関係者を訪ねて歩き、当時の状況についての詳細を聞いて回る。

 今年の新刊で、直木賞と山本周五郎賞の同時受賞の話題作、ということで関心が湧き、読んでみた。

 名前の出ない狂言回しの主人公? が、縁ができる人脈を順々に辿って5~6人の関係者を訪ねて回る「舞踏会の手帖」みたいな構成だが、江戸の風俗や当時の文化事情などを仔細に書き込んだ各章は、ひとつひとつが連作短編的に読み手を楽しませる。

 関係者のそれぞれが聞き手役の主人公に、個々の立場からの若侍・菊之助との関係性を語り、そして関係者自身の半生を流れのなかで口にする。特に後者の部分は短くも長くもない紙幅のなかで、各自のコンデンスな人間ドラマが綴られる。この要素が積み上がっていくのが本作の大きな賞味部分だが、しかし物語は最後まで読んで、さらにまた一皮二皮、剥ける。

 決して斬新な作法やギミックを採用しているわけではないが、丁寧かつよく練り込まれた仕上がりで、一冊丸々、心地よく楽しめた。

 未読の方へのネタバレは極力控えたいので、読後の後味の方向性もここでは割愛するが、一冊まとめて上質なエンターテインメントであり、人間ドラマミステリであった。確実に、今年の収穫といえる一作になるであろう。

No.1843 7点 彼女たちはみな、若くして死んだ- チャールズ・ボズウェル 2023/07/29 19:44
(ネタバレなし)
 1949年のアメリカ作品。

 古くは1890年代の初頭(ホームズや切り裂きジャックの時代)から最も新しいもので1930年代半ばまでの、実際に現実に起きた犯罪実話を短編小説風に綴った、テーマ連作集。全部で10本のエピソードが収録されている。タイトル通り、被害者がみな、年長でも30代半ばくらいまでの、総じて美人または魅力的な女性なのがミソ。

 作者チャールズ・ボズウェルは、ドキュメント作家で、別著(共著)で、1954年度のMWA犯罪実話賞を受賞した御仁らしい。

 で、本書は各編のなかで語られるお話の形質(混み入りかけたそれぞれの事件や犯罪が、堅実な司法捜査、または関係者の調査によって徐々に暴かれていく)が、デビュー直後の「あの」ヒラリー・ウォーに大きな影響を与えたという。それで、え? と思って読んでみた。
(しかし旧刊とはいえ、2017年の刊行じゃ、まだ最近の邦訳本だな。そんな興味深い由来がある新刊本を見落としていたとは、我ながらアレだ・汗。)

 で、実物を読んでみると、ああ、ウォーに影響云々は、よくわかる。
 というか、個人的な印象としては、クロフツの長編で、フレンチほかの主役探偵や捜査官が、何らかの手掛かりらしいものを見定めて、足で歩いて事件を絞り込み、犯人や真相に迫っていく辺りの地味なワクワク感、あの辺の妙味を切り出してそれ自体をメインの賞味部分に仕立てた短編小説(実話小説だが)という感じ。
 たしかに警察捜査ものミステリの系譜において、その発展史の上で重要な一冊になったというのは、納得できる話だ。
 とにもかくにも各編、大筋においてこれは本当に現実にあった事件であり、捜査の過程であるという意識が読み手への圧になるのも、独特なリアリズムをぐいぐい体感させられるようで、常に各編のどこかに格別の緊張感があったような気もする。
 
 まあ正直なところ、評者など、大昔の少年時代には、ミステリなら基本的には作者が頭のなかで考えた虚構のフィクション(とどのつまりはウソのお話)なのに対し、犯罪実話というと妙な生々しさがあって抵抗がないでもなかった。
 面識もない、遠く離れた時代の場所の人とはいえ、実際の現実世界で被害にあった人たちの不幸を読み物として楽しむ行為に後ろめたさめいたものを感じるような気分も生じたりもしたのかもしれない。
 でまあ、現在でもそういうデリケート? な部分が全くなくなったわけでもないが、良い意味で割り切ってもいい、ともさすがに考える程度には成熟? したし、さらに勝手な理屈かもしれないが、こういう形で過去の犯罪実話に触れて思いを馳せるのも、まったくその事実を知らないよりは、何万分の1ミクロンぐらいはそれぞれの事件の当事者(被害者)の供養の真似事くらいにもなるんじゃないか、とも思ったりする。

 まあ、その辺の思いはともあれ、リアリズム派の警察小説好きなら、読んでおいて損はない、楽しめる一冊だとは思うよ。

No.1842 8点 緊急深夜版- ウィリアム・P・マッギヴァーン 2023/07/28 16:10
(ネタバレなし)
 アメリカのどこかの港町。そこは裏社会と繋がる現市長ショオ・ティクナーによって牛耳られる悪徳の町だったが、次期市長選の対立候補で48歳の弁護士リチャード(リッチ)・コールドウェルは愚直な理想主義を掲げ、市政の改革を図っていた。だがそのコールドウェルが、泥酔して、イタリア系マフィアの青年フランキー・チャンスの恋人エデン・マイルズを殺害した容疑で逮捕された。地元紙「コール・ブリティン」の社会部記者のサム・ターレルは事件の取材をするうちに、顔なじみの57歳の巡査パディ(パトリック)・コグランが、たまたま現場から立ち去る怪しい人物を目撃したとの証言を得る。だがコグランは直後にその証言を撤回。裏には、現市長と結託した地方警察上層部の圧力があった。ターレルは独自に事件の真相を追い続けるが。

 1957年のアメリカ作品。
 マッギヴァーンの12番目の長編(別名義含めてカウント)で、作者が完全に脂が乗って来た時期の一冊。

 評者にとってはいつかじっくり読みたいと、トラの子でとっておいた一冊だが、数十年前に購入した再版のポケミスが見つからず、仕方なく初版を安くネットで古書で買い直した。
 期待通りに骨太・剛球の社会派ミステリで、しっかり小説として読ませる。読み手を飽かさず惹きつけるストーリーの流れももちろんよろしいが、主人公ターレルが本作のヒロイン格のナイトクラブ歌手コニー・ブラッカーと関わるあたりなど、実にいい。殺されたエデンの友人で事件の重要情報を握っているコニーだが、保身のためにその情報を秘匿。ターレルは黙ってデートに誘い、市政の不正にあえて無関心を装う中流~準・上流家庭のパーティに連れて行って、事なかれ主義の連中のいやらしさを見せつける。そんなターレルがコニーの良心にかける圧に対し、こんなやり方もまた卑怯だという意味合いでコニーが怒り出すくだりなんか、ため息が出るほど良い。
 登場人物の配置はおおむね図式的だが、そう思っていると足を掬われる描写があちこちにあり、作品の厚みを感じさせる。

 とはいえ終盤のどんでん返しは(中略)だが、そこで終わらず、本当の……まあ、この辺もあまり詳しく書かない方がいい。

 やっぱり黄金期のマッギヴァーン、実にいい。自分が1950~60年代前半のアメリカの社会派ミステリ(人間ドラマ成分多めのもの)に求めるものの大方が、ここにある。優秀作。

No.1841 8点 愛の終わりは家庭から- コリン・ワトスン 2023/07/27 06:57
(ネタバレなし)
 英国の地方の町フラックス・バラ。そこでは中流・上流家庭の人たちによる慈善活動運動が賑わい、社会貢献で承認欲求を満たそうとする者たちの勢いは半ば戦争ともいえる態を見せていた。そんななか、警察署や地方紙の編集部などに、どこぞの女性らしき匿名の者が生命の危険を訴える文書を送ってくる。一方、ロンドンの私立探偵モーティマー・ハイヴは、依頼人「ドーヴァー」の頼みである人物の周辺を探る。やがて、ひとりの生命が失われるが。

 1968年の英国作品。
「フラックス・バラ・クロニクル」シリーズ(別名、ウォルター・バーブライト警部シリーズ)の第6弾。

 評者が読むワトソン(ワトスン)作品はこれで3冊目。
 しかし、これがダントツに面白かった。
 
 事件の構造はかなりシンプルで地味だが、そこがミソ。
 こんな一見、外連味もない事件がわざわざ全12冊のシリーズの中から邦訳4番手として選抜紹介されるのなら、きっと終盤で何かあるハズだ! と予期したが、見事にその期待に応えてくれたものだった! 

 いや、犯人は大方の予想はつくが、ぶっとんだ(少なくとも私にはそう思える)しかし妙に説得力のある? 動機、そして最後に明らかになるとあるサプライズなど、十分にこちらの期待値を超えていた。
(付け加えるなら、中盤のグラマースクールの場面での、いかにも英国風ユーモアのくだりも非常に楽しい。)
 
 紙幅は220頁ちょっとと短めだが、ムダをそぎ落とした感じ(でも小説的な旨味はけっこう多い)でサクサクストーリーが進んでいく感覚も良。

 まだ邦訳は続くというので、楽しみにしたい。
 いや、この一冊で個人的にはかなり、作者の株があがったよ(嬉)。
 評価は0.5点くらいオマケ。

No.1840 6点 117号スパイ学校へ行く- ジャン・ブリュース 2023/07/25 16:37
(ネタバレなし)
 1960年代前半のニューヨーク。コールガール組織の運営で羽振りを利かす青年ロッキイ・レイメーカーが、ロシア側スパイの罠にかかった。殺人犯に仕立てられた彼はソ連への亡命をそそのかされる。ロシア側の目的は、アメリカ英語のスラングを工作員に学ばせる講師を求めて、適当な人材=ロッキイのような、適度に知性のある裏社会の人間を確保することだ。だがFBIがこの事態を察知。FBIはCIAと連携し、腕利きスパイの117号ことユベール・ボニスール・ド・ラ・バスの顔をロッキイそっくりに整形させて、替え玉としてソ連に送り出す。

 1964年のフランス作品。全部で72冊ほど書かれたというOSS117号もののうちの一編(そのうち、邦訳は4冊)。

 前に読んだ『蠅を殺せ』が薄いながら、それなりに読み応えのある楽しめる作品だったので、夜も更けた(というかほとんど夜明けになった)時間から、これを読み出す。
 今回もポケミスで本文150ページ弱と薄目だが、中味はシンプルながら無駄の少ない(小説的な意味での脇筋、余剰はある)コンデンスな筋立ての一冊。
 ゲストメインキャラのロッキイの苦境、彼の周辺の女性たちの動向、東西両陣営のスパイたちの思惑と行動、などが前半の主体で、そこから徐々に、途中から登場した117号を主軸としたストーリーにグラデーション的に移行してゆく。
 後半のあらすじをあまり書いても興を削ぐが、現地でのピンチとそこからの脱出、さらに……の東側からの脱出行の一部には、かの『ロシアから愛をこめて』を思わせる趣向もあり、今回も紙幅の割にコストパフォーマンスが良い。
 前作『蠅を殺せ』をカーター・ブラウンっぽいとも書いたが、今回はひきしまったときのハドリイ・チェイスあたりを想起した。
(任務の流れのなかで、必要に応じて冷徹に人を殺す117号の描写も、王道ながら確実にひんやりした気分を読み手に味合わせる。)

 ラストは、え、これで終わるの? と一度は思ったが、考えてみれば小説として書かれた物語のその先のベクトルは確かに覗いており、結局は(中略)という方向に向かうだろう。余韻のあるクロージングだったといえるが、受け手がその余韻に浸る前に当惑していちゃいけないか。
 佳作~秀作。

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人並由真さん
ひとこと
以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
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