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聖者に救いあれ
ドナルド・E・ウェストレイク 出版月: 1982年03月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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角川書店
1982年03月

No.1 7点 人並由真 2023/09/26 17:29
(ネタバレなし)
 マンハッタンのビジネス街のど真ん中にある、聖クリスピヌス修道院。そこは現在、老若あわせて全16人の修道士(ブラザー)が集う、創設およそ200年の建築物だ。ある朝、「私」こと34歳のブラザー・ベネディクトはニューヨークタイムズの文化面コラムで、自分たちの修道院を含む一帯が、土地開発事業の対象になっていると知る。慌てて現在の不動産状況を再確認した一同だが、一世紀前の99年におよぶ賃貸契約はもうじき切れようとしていた。しかも建物の法的所有者で、毎年の家賃は信者の寄付という意味合いで修道院から徴収してこなかったフラタリー家は、これを機に開発会社に修道院の建物を売却(取り壊しを許可)する意向のようだ。修道院長で64歳のブラザー・オリヴァー以下の面々は、住み慣れた自分たちの生活の場を守るため、右往左往するが。

 1975年のアメリカ作品。
 ウェストレイクのノンシリーズ作品で、狭義では(いやたぶん広義でも)ミステリとはいえない普通小説。とはいえ作者自身はもともとは、窮地の修道士たちがピンチ打開のために盗みを働くクライムコメディとして構想していたとしたらしく、実際の劇中でも、強盗や、書類の器物破損、無断盗聴などいくつかの犯罪も登場する(まあそれでもミステリ味は希薄だが)。
 作者自身は完成したものを、犯罪の出てこない(実際には前述のとおり、ちょっとあるが)犯罪小説、と呼んでいるようである。

 大都会のなかの狭い生活空間で長年暮らし、まともに電車すら乗ったこともない、タクシーも使わないような修道士たちが突然の窮状に陥って難儀し、調子っぱずれな行動を重ねて逆転をはかるシリアスコメディだが、普通人なら常識? の事項に戸惑う図、大家のフラタリー家、開発会社、そのほかの関係者との折衝や駆け引きなど、積み重ねられるデティルがいかにも作者らしい職人芸で楽しめる。
 もちろん主人公側16人の修道士たちの、適度に濃淡をつけた描き分けも達者。
 それらに加えて、フラタリー家の長女アイリーンと主人公ブラザー・ベネディクトの恋の行方が、物語の前半からストーリーの大きな軸となる。

 現行のAmazonのレビューでは、読み手の方に宗教(主人公たちはローマン・カトリック系)の知識がないとちょっと……の旨の意見もあったが、個人的にはそんなことはまったくなく、自分のような特にキリスト教の専門的な素養のない者でも、普通に楽しめた。
 ブラザー・オリヴァーと、開発会社の代表ロジャー・ドウォーフマンの、自分たちの立場を肯定しようとする聖書からの引用合戦など十分に笑えたし、同シークエンスにオチをつける主人公ブラザー・ベネディクトの一言なども愉快。

 ラストの決着は、良くも悪くも作者が王道を選択した、という印象だが、送り手も20世紀の前半からあるようなトラディショナルなストーリーを狙ったのだろうし、このクロージングで妥当だろう。
 中期以降のウェストレイク諸作のファンなら普通に楽しめるはずの一冊。

 末筆ながら、主人公ブラザー・ベネディクトがお金の倹約のため、一般人ならまずしないような行為(特に犯罪行為でも非常識な行為でもないので、ある意味で、無駄に? 些事に金を使う一般文明人への風刺の側面もある)をして警官に渋面で補導、保護されるシーンがあるが、そこでブラッドベリの短編の話題が出てきてちょっと楽しくなった。作中で登場人物が作品の題名を言わないので、何という作品かは未詳だが、たしかに話題にする内容は読んだ覚えがある。


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