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[ ハードボイルド ] その男キリイ |
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ドナルド・E・ウェストレイク | 出版月: 1965年01月 | 平均: 9.00点 | 書評数: 1件 |
早川書房 1965年01月 |
早川書房 1979年03月 |
No.1 | 9点 | 人並由真 | 2018/11/09 10:38 |
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(ネタバレなし)
「ぼく」こと、3年間の軍隊生活を経て今は大学で経済学を学ぶ24歳の青年ポール・スタンディッシュ。彼は恩師リードマン博士の斡旋を受けて、全米に万単位の構成員をもつ「機械工労働者組合」(AAMST)での現場実習に就く。ポールは、自分の大学の先輩で花形スポーツ選手だった38歳の組合員ウォルター・キリイとともに、地方の小都市ウィットバーグに赴いた。そこは町で最大の企業マッキンタイヤー製靴会社が権勢を振るう世界。今回は、同社の従業員チャールズ・ハミルトンが、代替りした現在の雇用側の横暴について、先だっての手紙でAAMSTに相談を持ちかけていたのだった。だがキリイとともに町に着いたポールは、そこで彼の予想を超えた事態に向かいあうことになる。 1963年のアメリカ作品で、ウェストレイクの第四長編。先日、自宅の書庫を漁っていたら未読のウェストレイクの初期作が何冊か出てきたので、どれにするか迷った末にこれを読んだ。手に取ったのは、ハヤカワミステリ文庫版。 キナ臭さの漂う地方都市に乗り込んだ主人公(たち)、という『血の収穫』『青いジャングル』などを想起させる設定で、雇用側の金持ちと労働者階級の相克、労組のありようなどの主題にも自然に筆が及び、その辺りについても現地で起きた犯罪事件を介して、ポールの視点から丁寧に綴っていく。若き日のウェストレイク、多少なれども当時の左翼的な思いを込めた、彼なりのルサンチマン吐露の面もある作品かな……と思って読み進めると、この長編は終盤であまりにも鮮やかに、その趣と狙いを変えた。すべては作者の計算の内である。 ネタバレになるのでこれ以上の多くは言いたくない。 ミステリ(広義の)を読むことは恒常的に楽しい作業だが、特にこういう一冊に出合うことで、本当にその思いは倍加する。ビルディングスロマンの青春小説として、社会派ドラマとして、ハードボイルドのスピリットとして、そしてそれらもろもろの要素を踏まえた謎解きミステリとして正に傑作。 余談1:最後の数行は何十年も前に、先に訳者あとがきを読んだ際にたまたま目にしてしまい、あまりにも印象的なフレーズだったので、作品の中味は未読のまま、ずっと心にひっかかっていた。実はそのフレーズから逆算して、勝手に頭のなかで、聞きかじったこの作品の序盤の設定と組み合わせ、なんとなくこういう話になるんじゃないかな、と全体図を描いていたところもあったのだが、そんな浅慮な予見は良い意味で大きく裏切られた。思いついて今回読んでみて本当に良かった。 余談2:ミステリ文庫版での丸本聡明の訳者あとがきは、文庫版刊行の際に新規に追加した一文で、元版ポケミス刊行時からその時点に至っての述懐を綴ったものだが、これも地味に泣ける。いろいろな意味で人の心を刺激する一冊である。 |