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さらば、シェヘラザード
ドナルド・E・ウェストレイク 出版月: 2018年06月 平均: 8.00点 書評数: 1件

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国書刊行会
2018年06月

No.1 8点 2019/06/20 17:22
 「ウェストレイクの未訳作品のなかに、なんかすごくヘンなのが一作あるらしい」「それも普通小説」「しかもメタフィクション」「第一章が何度もくりかえされてなかなか第二章にたどりつかない」「めまいを覚えるほどの傑作」「著者に殺意を覚えるほどの駄作」「日本で読んだことがあるのはミステリ評論家の小鷹信光と木村二郎だけ」「マスト中のマスト」「なんか知らんけど、とにかく究極」「噓じゃないんだ!」などなどなど。
 未訳の段階で数々の噂に彩られ、読み巧者若島正をして〈ウェストレイク全作品の中でも大傑作に属する、私小説にしてメタメタフィクション!〉と言わしめた"伝説の怪作"、ついに邦訳!
 モネコイ大学文学部を卒業するもロクな職にありつけず、時給二ドルで缶ビールのケースを運んでいたエド・トップリスは、元ルームメイトの成功作家ロッドから、手取り九百ドルでポルノ小説のゴーストライターにならないかと持ち掛けられる。一ヵ月にきっちり一冊。それは年収一万ドルへの道だった。デキ婚妻子持ちのエドは二つ返事で引き受け、四苦八苦しながらシステムと公式に従い二十八冊のポルノを書き上げる。だが、彼の精神状態はすでに限界まぎわに差し掛かっていた。
 そして運命の二十九冊目。タイトルも思いつけない程のスランプに陥ったエドは、仲間内の格言に従いなんでもいいからと、頭に浮かんだことをとにかくタイプし始める。だがタイピングされたポルノは次第に作者の実生活に侵食され、書く端からわけのわからないタワゴトと化してゆくのだった・・・
 赤ピンクの装丁にどでかい紫色のキスマーク。中には崩し字で"adios, SHEHERAZADE DONALDE E. WESTLAKE"と、英字タイトル及び作者名。どう見てもマトモではないですが、内容もそれ相応にトチ狂ってます。「ホット・ロック」と同年の、1970年発表。版元はどちらも Simon & Schuster 。「こんなのよりパーカー書けよ」というエージェントの恨み節が聞こえるよう。ドートマンダーと二冊抱き合わせでムリヤリ押し付けた格好ですが、本作の原書だけが今以ってレアな所に、出版社側の冷たい対応が窺えます。
 ザックリ纏めると「〆切りヤバい作家の9割が夢想するけどやらない事」を、抱腹絶倒のエンターテイメントとして完遂してしまった作品。「こんなクソを永遠につづけられるやつはいない」という親友ロッドの忠告通り、エドはしょっぱなから崩壊寸前。ポルノ主人公の行為は数Pで自身の回想と化し、ワイフの実名が頻出する有様。大半のPは作者本人の回想で埋め尽くされやりたい放題、やがて妻に逃げられるわ無実の罪で指名手配はされるわ、読者の予想を超えるろくでもない展開が待っています。
 ウェストレイク自身デビュー前はポルノライターで、本書の骨子もアラン・マーシャル名義で1959年に発表した小説「男に飢えて」を下敷きにしたもの。最初の妻との離婚は1966年。この辺メタな所で、最後メタメタになったエドが、妻ベッツィーに向けて語る言葉だけが終始マトモな所は涙を誘います。机の引き出しにウンコされたロッドには「くたばれ」以外の感想は無いと思いますが。
 採算度外視の奇特な編集者がいなければ、おそらく訳出されなかったシロモノ。「ゴーレム100」といい、国書の樽本は毎度こんな企画ばっかり持ち込んでんな。いいぞもっとやれ。


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