皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
パメルさん |
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平均点: 6.13点 | 書評数: 622件 |
No.282 | 6点 | 殺意の設計- 西村京太郎 | 2020/05/04 09:25 |
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前半は麻里子の視点、後半は矢部警部補の視点で展開していくが、前半の浮気に悩む人妻のストーリーが絶妙な効果をあげている。後半にはいると、それまでの出来事が別の解釈により、鮮やかに反転し驚かされる。
大きなトリックはありませんが、死の瞬間の些細な矛盾点、妻の肖像画に関するトリッキーな仕掛け、毒薬の購入の小技など、地味で渋いトリックを次から次へと繰り出してくる手際の巧さはさすが。 叙述上のある仕掛けもありますが、これは察しやすいと思う。なお肖像画に関する真相には、その時のある人物の心情を察して泣ける。 |
No.281 | 5点 | オーダーメイド殺人クラブ- 辻村深月 | 2020/04/27 10:12 |
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主人公は中学二年生の小林アン。クラス内ヒエラルキーの女子上位グループに属し、勉強も部活も頑張っているリア充型の女子。そんな彼女だが、実は同じ年頃の子が起こした自殺や殺人や事件に関する記事を読んでは、自分は遅れているんじゃないかと焦っている。
読みながら不健全と感じる人が多いと思います。自分もそうでした。ただ、経験不足から視野狭窄に陥りやすく、それ故に些細なことが重大な事に思えたり、すぐ傷ついたり、自信のなさが攻撃性に転じたり、そんな十代の「あるある」がリアルに描かれており惹きつけられる。 最後に見せてくれる光景には心が震えた。ただ、これはミステリとはいえないですね。ミステリ要素を期待して読むと肩透かしを食らうと思います。ちょっと異質な青春小説という感じ。 |
No.280 | 5点 | 深泥丘奇談・続- 綾辻行人 | 2020/04/20 10:52 |
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10編の怪談をオムニバス形式で収める短編集。08年刊行「深泥丘奇談」同様に舞台は著者が生まれ育ち、現在も住む京都がモデルの架空の町。
各編それぞれ独立した物語で、主人公は作家を思わせる「長年の間、本格推理小説の創作を主な生業としてきた」人物。「紅叡山」の麓に妻と暮らし、時に散歩中に遭遇した怪奇現象を、時に過去のおぞましい記憶が呼び起こす恐怖を描く。 名も知れぬ神社の境内で誰もいないはずなのに「がらん」「がらん」と鈴の音が鳴る不気味な体験を描く「鈴」。外見はおおむね人間そっくりだが、異様な構造をしている怪しい生き物のバラバラ死体が発見される残酷な事件を描く「切断」...。 どれも作家の暮らす現象の世界をふと異形のものたちが入り込み、人間たちを翻弄する。日常に浸透してくる不穏な気配と怪談なのにどこか呑気な筆致が醸し出す滑稽味が同居する作品。 |
No.279 | 8点 | 臨場- 横山秀夫 | 2020/04/13 11:05 |
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新聞記者や検視官、刑事、婦警など異なる視線で描かれた八編からなる短編集。
この八編の謎を浮かび上がらせるのは、終身検視官と呼ばれる、捜査一課調査官、倉石義男。彼はその眼力の鋭さで、不可解な死体の謎を次々と暴く。その間の倉石は、上司にも態度や物言いを変えず、我を貫く姿勢はなかなかのもので、魅力的に映る。 倉石が暴くのは、不可思議な死の謎だけではない。死と生は連動している。死の謎を暴くことは、生のある局面に触れることでもある。そして、一つ一つの小説が、人の生の重さを見事に描き出している。 「事件」を間に挟んで描かれる人間関係は、緊張感に包まれながらも、どこか温かい。無念な死を逆転させて、爽やかな生に深い意味を与える倉石はカッコ良さをも感じさせる。 |
No.278 | 6点 | Iの悲劇- 米澤穂信 | 2020/04/06 08:59 |
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限界集落と化した場所が各地で増えている。なにも衰退した地方ばかりとは限らず、都市周辺でも起きているという。この作品は、そんな誰もいなくなった集落を復活させようと、ある地方の職員が奮闘する物語。
南はかま市の市役所に勤める万願寺は、市長肝入りのプロジェクトチーム「甦り課」の一員として、山あいの小さな集落である蓑石に新しい定住者を募り、その支援と推進を続けていた。 新たに集まったのは、癖の強い個性的な人たち。それだけに住民同士の人間関係がこじれがちとなり、さまざまな摩擦がもとで小さなトラブルが生まれ、謎を含む事件へと発展していく。しかも容易に原因は分からず、解決が難しい。 個性的な移住民の登場はもちろんのこと、共同体の中で次々に起こる不可解な事件が興味深く、加えて地方の行政や役人の日常の描写がリアルなため、ドラマの展開から目が離せない。 さらに物語の中には、いくつもの伏線があり、最後で、すべての事件の背後に隠されていた意外なたくらみが明かされる。 結末を受け、いったいどうすることが真の正解なのかと考えさせられた。 |
No.277 | 5点 | 果断- 今野敏 | 2020/04/01 18:07 |
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拳銃をもった強盗犯の立てこもり事件を巡る物語。いわゆるキャリア組の警察署長がさまざまな角度から描かれ、さらに凶悪事件の意外な裏側が暴かれる警察小説。
立てこもり事件が長引いた場合、警察責任者がどんな選択をしても、あちこちから非難されるのは必至でしょう。強行突破はたいがい最後の手段である。人質の人命を第一に考えるのはもちろんのこと、武装した警察官も命がけで任務を果たさねばならない。さらに背後では警察内部の複雑な対立関係が絡んでくる。 本作では署長の立場から、こうした凶悪事件の最前線における表裏が克明な筆致で描写されており、一般の捜査員を主人公にした警察ドラマとは大きく異なった葛藤とサスペンスを盛り込んでいる。犯罪と警察の問題のみならず、トップに立つ者の「決断と責任」という困難な問題が、鋭く描かれている。 警察内部の足の引っ張り合いの、いわゆる暴露ものがメイン。前作に比べ、ミステリ色は濃くなっているがこれは「竜崎物語」。 |
No.276 | 6点 | 文豪たちの怪しい宴- 鯨統一郎 | 2020/03/27 11:14 |
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バー「スリーバレー」を舞台にして歴史談義を繰り広げるシリーズ「邪馬台国はどこですか?」「新・世界の七不思議」などの最新作で、今回は歴史談義ではなく文学談義で、名作をすべて新しく解釈する。
具体的にいうなら夏目漱石「こころ」は女性同士の恋愛を描いた百合小説で、太宰治「走れメロス」は全編夢小説、宮沢賢治「銀河鉄道の夜」は死後の世界という解釈で、芥川龍之介「藪の中」では誰が犯人なのかを推理する。われこそは日本文学研究会の重鎮と思い込んでいる帝王大学教授の曽根原が、女性バーテンダーミサキと在野の研究者宮田と議論を交わし、少しずつ追い詰められていく過程がユーモラスで面白い。 舞台がバーなので酒肴も凝っていて酒好きにはたまらないが、登場人物たちが舌鼓をうつほど酒と肴の相性がいいとは思えない(例えばダイキリと切り干し大根と塩昆布のあえ物とか、純米辛口と芋粥とか)。ただこれは、味よりも文学作品の引用を重視のあらわれであり、実際、小説を別のものになぞらえる趣向は鋭い。 太宰作品の新解釈はやや強引なところがあるものの、夏目漱石「こころ」の細部をミステリ的に検証して百合小説と断じていく第一話の「こころもよう」はなかなか刺激的で面白かった。 |
No.275 | 7点 | 半落ち- 横山秀夫 | 2020/03/23 10:09 |
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妻を殺害した実直な警察官が自首してくるが、犯行後の二日間の行動だけは供述を拒む。いかなる説得もはねつける。だから「完落ち」ではなく「半落ち」。おまけに、あと一年経って五十歳になったら死を決意しているらしい。一体どうなっているんだという話。
人間ドラマミステリなのだが、ユニークなのは章ごとに中心人物が移り変わっていく手法。犯人が自首し、取り調べ、送検、裁判と進んで行くのに合わせて、担当の刑事、検事、新聞記者、弁護士、裁判官、留置所の刑務官とリレーのように。 これらの人々はそれぞれの立場で、犯人の空白の二日間の謎に迫ろうとする。しかし最後の章を除いて、彼らは組織の圧力や理不尽さに負けて挫折していく。そういう意味では組織の腐敗や、保身しか考えていない上司など嫌な現実がうまく描写されている。 そして最後にようやくカタルシスが訪れる。二日間の秘密の謎が解かれ、感動のフィナーレを迎える。決して派手ではないがツボをおさえている。この謎解きを行うのは最初の章で挫折した刑事なので、そういう意味でも救いを感じさせてくれる。 |
No.274 | 6点 | 追想五断章- 米澤穂信 | 2020/03/16 09:45 |
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主人公は伯父の家に居候し、彼が経営する古書店でアルバイトしている菅生芳光。ある日、北里可南子という女性が訪れ、父親の参吾が書いた五つの短篇を探しているという。各篇を見つければ報酬を支払うという言葉に魅了され、芳光は仕事を引き受けることに。
わずかな手掛かりから、一篇一篇を探していく芳光。見つかった短篇はどれもリドルストーリー、つまり事の真相や主人公の決断など、肝心な結末を明確にせず、判断を読者の手に委ねる小説となっている。 この五篇が非常にバラエティに富んでいる。ルーマニアやインド、中国、ボリビアなどを舞台に、そこに伝わる奇妙な話や不可思議な出来事が語られていく。イマジネーション豊かなこの五篇が一度に読めるだけでも、かなり満足度が高い。 芳光の思い、可南子の思い、参吾の思い。謎が少しずつ解かれていくにつれ、それぞれの胸のうちが複雑に絡み合っていく。その心理の動きも丁寧に描かれている。そして最後までたどり着いた時、謎が解明されたという爽快感だけではなく、深くて重い余韻が残されることになる。ただ、真相が容易に予想できてしまう点は残念。 |
No.273 | 6点 | キッド・ピストルズの冒瀆- 山口雅也 | 2020/03/09 19:07 |
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パラレルワールドの英国を舞台にした4編からなる短編集。
マザー・グースの童話の歌詞にのっとって次々と発生する奇妙な事件にパンクな刑事のキッドと相棒のピンクが挑む。作者も見た目、パンクっぽいですね。 特殊な状況設定に法則性を構築した上でのストーリー展開。全編を通して、ユニークな芸術論を繰り広げている。 4編の中では、やはり「曲がった犯罪」が良く出来ている。個性的な登場人物、曲がったもの尽くしという奇妙な謎、何気ない場面に組み込まれた伏線、悪魔的なロジック、巧妙なミスディレクションと申し分ない。 クイーンのロジックとチェスタトンの逆説を組み合わせたような作品。ただ4編を通してのトータルの点数としてはこれくらいか。 |
No.272 | 6点 | 長い長い殺人- 宮部みゆき | 2020/03/02 01:19 |
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人間一人一人を見る目線が独特なミステリ。語り手になるのは「財布」。登場人物たちが所有する財布に人格が宿り、「主人」の知られざる一面を読者に教えてくれる。
その描写は独特であり、単なる三人称なわけでもなければ一人称なわけでもない。一番近くで主人を見ていて、誰よりも、ひょっとしたら主人よりも主人のことを知り尽くしている財布たちだからこそ語れる。そんな語り手の特異性が、この物語の面白さの源泉なのだと思う。 そしてそんな前代未聞のミステリでありながら、「人間臭い」一作。ミステリにおいて犯人が罪を犯す理由は多種多様ですが、この作品においてもその「動機」は焦点になり、それを追っていきます。その途中で「財布」たちは、主人の異変や変化に気づいていく。 この物語における犯罪の動機は、別に高尚なわけでも卑近なわけでもなく、ただただ人間臭い。しかしそこにこそ、この物語の良さがある。 |
No.271 | 6点 | 密室殺人ゲーム2.0- 歌野晶午 | 2020/02/24 09:59 |
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前作の続編ということもあり、当然ながら構成もほぼ同じで、推理マニアたちが実際に殺人を犯し、それをネット上で問題を出し合い、解き明かすという推理合戦のような設定。
六編からなる連作短編集。その中で面白かったと思った2作品の感想を。 「切り裂きジャック三十分の孤独」・・・とても気持ちの悪いトリックだが、独創的でこの発想には正直驚いた。バカトリックに近いが、現実的にも可能に感じ好印象。また、単なる猟奇的な演出に思わせておいて、トリックと密接に結び付いているところも良く出来ている。 「相当な悪魔」・・・人間関係が引き起こすドラマさえもトリックに転用してしまう邪悪なトリックが見事。 |
No.270 | 5点 | さよなら妖精- 米澤穂信 | 2020/02/17 09:10 |
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真実を明らかにするべきではないことを、明らかにする痛みと葛藤。この作品は、そんな真実の重さ、辛さが描かれている。
何事にも熱中できない主人公が、ユーゴスラビアから来た少女と交流し、成長していく。外国から来た少女の大人の側面と、日本で何の使命感もなく生きている主人公たちの心情を対比して描いている。 少女の持つ使命感と、芯の強さ。これは非常に魅力的。そして後半に登場する解きたくない謎。知ってしまうことの恐怖と、知らないでいたことの悲しみ。隠したい人間の心情と、明らかにしなければならないという心理。さまざまな思いが交錯して、登場人物たちが感情を発露させていく様は胸を打つ。 このストーリーの終わりに辿り着くのが、どうしても辛くなってしまう。そしてその感情が、登場人物たちの思いとリンクして深く感情移入してしまいました。 ミステリとしては弱いが、平和な日常が当たり前の国、時代に生まれた自分にとっては、考えさせられる作品だったことは間違いない。 |
No.269 | 6点 | 空白の起点- 笹沢左保 | 2020/02/10 01:13 |
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女性客が走る列車内で、崖から男性が転落するのを目撃する。その後、転落した男性は、目撃者の父親と判明。被害者の複雑な人間関係、高額な保険金、有力な容疑者の死など惹きつけられる要素は多い。また、舞台として設定されている真鶴や小田原の地方都市の描写や登場人物像の描写も優れていて印象深い。
アリバイトリックには二つの偽装工作があるが、ひとつに関しては少し無理があると感じてしまったが、布石は十二分に敷かれており現実味がないとは言えないので一応納得。もう一つは良く出来ていて、当時の世相と相まって説得力がある。フーダニットとしては楽しめないアリバイ崩しがメインの作品だが、ラストには意外な真相があり驚かされるし、哀愁に満ちた終わり方も好み。本格とロマンを融合した作品といえる。 |
No.268 | 6点 | 蝶々殺人事件- 横溝正史 | 2020/02/05 19:21 |
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三編が収録されているが、いずれも金田一耕助は登場しない。表題作は、クロフツの「樽」を意識して作られたらしい。楽譜による暗号、容疑者の手記、コントラバスのケースの中の死体、派手な服を着た謎の男など趣向が派手で、細かい謎が多く、さらにもう一つ高度な不可能犯罪が起こる。コントラバスのケースの死体のアリバイトリックは、二転三転し楽しませてくれる。ストーリーはとても面白い。
不可能犯罪に関しては、結末で犯人が明かされるが、この人物が到底これが出来るとは思えなかった。由利先生のトリックの説明に一応納得したが、かなりアクロバティックなトリックといえる。 由利先生がひらめきで解決してしまい、推理のロジックが弱い点が個人的には残念。「蝶々殺人事件」以外の二編は、パズラーというよりも、ロマンティックな冒険譚に近く、後期の明智小五郎を意識したような作風。 |
No.267 | 6点 | ボトルネック- 米澤穂信 | 2020/01/29 19:45 |
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その場の状況に合わない言動をしたり、周囲を困らせたりしていながら、本人は気付いていない。はたから見て痛々しい。いわゆる「イタい」。この作品は、まさに人の「イタい」姿を敏感に感じさせる世代ならではのストーリーかもしれない。
リョウは、兄の訃報を受けて、すぐに家に戻らなければならなかった。その時彼は、二年前に崖から落ちて亡くなったノゾミを弔おうと現場に訪れていた。だが、ふいにめまいに襲われ気を失ってしまった。目を覚ましたのち家に帰ると、そこに見知らぬ若い女がいた。名前はサキ。この家の長女だという。リョウは、自分が生まれなかったもう一つの世界に迷い込んだというSF的な設定。リョウとサキは、お互いの知る世界の微妙な違いを探り、目をそらすことのできない真実へたどり着く。 「自分」の存在意義を考えさせられるパラレルワールドであり、青春時代特有の過剰な自意識、肥大した自尊心、歪曲した劣等感、臆病な心情、取り返しのつかないぶざまな過ちなどを真正面から突き付けてくる。苦さたっぷりで、若者に贈る手鏡のような作品。 |
No.266 | 6点 | インド倶楽部の謎- 有栖川有栖 | 2020/01/22 08:40 |
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臨床心理学者の火村英生と推理作家のアリスこと有栖川有栖のコンビが活躍する(国名シリーズ)と呼ばれる連作の九作目にあたる作品。
現実から夢想、そしてまた現実へ。そのような美しい弧を思い浮かべる謎解き小説で、本書の目玉は、物語の途中で明かされる「ある事実」。神戸の街を歩き回り、地道な調査を続ける火村とアリスに突き付けられるこの事実は、現実から幻惑的な空間へと飛翔させられることになる。 そして、この幻惑から現実へと着地していく推理場面もまた壮観。終盤において火村が展開するロジックの緊密さはシリーズの長所であるが、本書でも余詰めを排し、唯一無二の解答へと辿り着く過程に爽快感を覚える。 ただ、着想は素晴らしいが、ホワイダニットに関しては納得できない。 |
No.265 | 5点 | 太陽の坐る場所- 辻村深月 | 2020/01/15 18:41 |
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卒業十年後のクラス会をめぐる青春ミステリ。
県立藤見高校の旧三年二組のクラス会は、毎年のように開かれていた。だが女優として活躍しているキョウコはいつも不参加だった。クラスメートたちは、次回はキョウコも来るようにともくろむものの、それぞれの高校時代の記憶が複雑な思いを揺さぶっていく。 誰が誰のことを話しているのか不明瞭な文章が多いが、嫉妬、悪意、後悔など、特に女性たちが抱く粘着性のどろどろした感情が、生々しく描かれているため読まされる。話の意外性をつくり出しているのは、相手の言動に対する勝手な思い込み。一方的な誤解が重なりドラマが生まれていき、ラストには驚きの真相が待っている。 過剰な自意識を持て余す青春期特有の人間模様が展開する本作をわがことのように思う人も多いのではないだろうか。小説としては面白かったが、ミステリ的には弱いのでこの評価。 |
No.264 | 6点 | 鬼の跫音- 道尾秀介 | 2020/01/06 19:39 |
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六つの収録作は、いずれも単に怖がらせるためだけのホラーや驚かせるためだけのミステリにとどまっていない。
冒頭の「鈴虫」は、十一年前の友人S殺害事件ののち、恋人を奪って妻にした男の物語。谷底に落ちたSを穴に埋めたとき、近くで鈴虫が鳴いていた。いま自分を取り調べている刑事の肩口にも鈴虫が這い上がっており、私を見ていた・・・。 どの短篇も、忌まわしく暗い犯罪が扱われていながら、虫、けもの、鬼といった、いわば人外魔境の視点が持ち込まれているのに加え、誰もがみな持っている負の一面が書き込まれているため、歪んだ現実が迫ってくるようだ。白昼に見る夢のような、まどろみと周到に仕組まれた騙しの快楽がひとつになる時、グイっと別の次元へ引っ張り込まれたかのごとき浮遊感を覚えさえせられる。 作者ならではの、驚異の世界が凝縮した一冊。 |
No.263 | 7点 | 儚い羊たちの祝宴- 米澤穂信 | 2019/12/28 17:31 |
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「ラスト一行」にこだわり抜いた連作集だという。
冒頭の「身内に不幸がありまして」は、ある「お嬢さま」の身の回りを世話するために孤児院から引き取られた女性の手記から始まり、屋敷一面を血の海にした惨劇とその後が語られていく・・・。 前半の軸になっているのは、部屋につくられた「秘密の書棚」や横溝正史、泉鏡花といった作家名、「バベルの会」という読書クラブなど、少女の小説趣味にまつわる話。ミステリ読書の興趣をそそる設定や怪奇なエピソードにあふれており、それが小説にふくらみとたくらみを与えている。他の収録短編も、館にとらわれた者、まだ雪の深い早春の山荘、名家の娘と、クラシカルな探偵小説でおなじみの舞台と展開に事欠かない。 しかし正直なところ、最後の衝撃については落語のサギ程度で終わっている。あらかじめ「ラスト一行」がすごいと強調されると、つい裏読みしながら読むので逆効果と感じた。それでも意表をつく展開は十分に面白く、異端の文芸たるミステリの怪しい魅力を堪能できる粒のそろった連作集といえる。 |