皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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パメルさん |
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平均点: 6.12点 | 書評数: 708件 |
No.368 | 6点 | ふり向けば霧- 笹沢左保 | 2021/08/11 09:08 |
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時効成立まで一年半。十八歳のとき殺人を犯し以来、逃亡生活を余儀なくされていた千早芙美子は十三年半ぶりに上京を決意した。しかし、その機中で最も会いたくなかった人間、自分が殺した女性の夫・八ツ橋待彦に出会ってしまう。だが以外にも待彦は、芙美子に逃亡の援助を申し出たのだった。
読み進めていくうちに、官能小説?と錯覚するほどのエロチックな描写が多く出てくる。(作者の後期の作品の特徴らしいが)時効まであと数日とサスペンスが高まったところでのカタストロフと意外な真相。このどんでん返しには驚かされた。他の笹沢作品にも似たパターンは無いと思うので、彼の作品を読み慣れていても、あの真相を予想することは難しいのでなないか。 ただ、序盤に明記されている「地の文章の虚偽」が、あの真相をアンフェアと思う人もいるかもしれません。その点に関する説明は、しっかりと書かれているのですが。 |
No.367 | 4点 | the TEAM- 井上夢人 | 2021/08/07 08:48 |
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招霊木を振りかざすことで霊視が出来、社会的な事件を解決に導いていくなどテレビで大活躍の盲目の霊導師・能代あや子。そしてその彼女を影で支える仲間たち。家に不法侵入をし調査する、実働タイプの草壁賢一。コンピューターを駆使して情報を集め、時にはハッカーにもなる藍沢悠美。社長兼あや子のマネージャーで鋭い分析をする鳴滝昇治。彼らの調査により、過去の事件や不思議な現象が明らかになる8編からなる連作短編集。
彼らはそれぞれが主体的に動き、リーダーシップを発揮する。その役割分担は必要十分であり、適材適所となっている。その4人全員が自分の意思で見るべきものを決めているのに関わらず、4人全員が同じ方向を見ている。その方向が正義であり、弱者救済である。しかし彼らは、調査の手段として非合法な行為をしている。彼らが手段として行った犯罪行為は、決して褒められたものではない。だが、彼らのおかげで、見落としていた事実が明るみになり救われた人も多いことも確か。この点をどう思うかによって評価が分かれると思います。ミステリとして引っ掛かることも多いが、痛快エンタメ小説と読めば楽しめるでしょう。 |
No.366 | 6点 | 真夏の方程式- 東野圭吾 | 2021/08/03 08:52 |
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物理学者・湯川学が活躍する「ガリレオ」シリーズの第6作にして長編第3作。
柄崎恭平は、夏休みを海辺の町・玻璃ケ浦にある伯母一家が経営する旅館「緑岩荘」で過ごすことになる。その玻璃ケ浦の海底から熱水鉱床が発見され、商業化を目指す候補地に挙げられる。 過疎化に悩む地域にとっての振興のきっかけになると期待する人々と環境保護の観点から反対する人々。そんな時、緑岩荘の宿泊客が死体で発見される。本書では「環境保護と海底資源開発」が大きなテーマとなっている。はじめから賛成・反対ありきではなく、事実と論理的思考によって妥協点を探る話し合いをするべきだとミステリを絡めて伝えたかったのだろう。 物理トリックも高度ではないし、フーダニットとしても途中で気が付く人も多いのではないか。本書ではホワイダニットがメインとなる。事件の真相は、オーソドックスで無関係と思えるエピソードなど、さらりと張った伏線が効いている。湯川が草薙に言った「今回の事件の決着を誤れば、ある人物の人生が大きくねじ曲げられてしまうおそれがある。そんなことは、何としても避けなければならない」が読後に心に刺さる。 |
No.365 | 7点 | 13階段 - 高野和明 | 2021/07/30 08:27 |
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デビュー作にして第47回江戸川乱歩賞受賞作。(選考会で満場一致だったらしい)
犯行時刻の記憶を失った死刑囚。その冤罪を晴らすべく刑務官・南郷は、前科を背負った青年・三上と共に調査を始める。処刑までに残された時間はわずかしかない。二人は無実の男の命を救うことが出来るのか。冤罪を晴らすための情報収集をしていく中で、簡単に解けない謎と解け始めたと思ったら、その先が思わぬところへ繋がっていくという驚愕の展開。良い意味で翻弄され、最後まで目が離せない。 もうひとつの読みどころである死刑制度については、状況説明とそれを執行、遂行する人々の苦悩を南郷の過去を通して語られ、殺人に関わってしまった人々の因果と悲劇をサスペンスフルに描いている。探偵、依頼人の設定が前代未聞なので、ありきたりのの社会告発ドラマに終わっていない。企みに満ちたエンターテインメントに仕上げた筆力はお見事。 |
No.364 | 6点 | 本と鍵の季節- 米澤穂信 | 2021/07/26 08:31 |
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堀川次郎は高校二年の図書委員。利用者のほとんどいない放課後の図書室で、同じく図書委員の松倉詩門と当番を務めている。ある日、図書委員を引退した先輩女子が訪ねてきた。亡くなった祖父が遺した開かずの金庫、その鍵の番号を当ててほしいというのだが。図書室に持ち込まれる謎に、男子高校生二人が挑む全六編。
「913」先輩女子から開かずの金庫の番号を当ててほしいと頼まれる。 「ロックオンロッカー」美容院に行った彼らが店に漂う不穏な空気を感じ取り、その事情を推理する。 「金曜日に彼は何をしたのか」テスト問題を盗んだ疑いがかけられた兄のアリバイを見つけてほしいと相談を持ち込む後輩男子。 「ない本」自殺した級友が最後に読んでいた本を探す。 「昔話を聞かせておくれよ」「友よ知るなかれ」どこかへ隠されたお金を探すことに。隠された現金は発見できるのか。 1話から4話までは、2人が本や鍵にまつわる謎に対し、異なるアプローチで推理力を発揮、時に食い違い、時に補完し合って事件を解決していく内容。5話から6話では、謎に向き合うなかで、彼らの意外な苦悩が見えてくる。内面の屈折とほろ苦さが魅力の作者らしい青春ミステリに仕上がっている。 |
No.363 | 5点 | ZOO- 乙一 | 2021/07/21 08:55 |
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ゲームを楽しむかのように読者の意表を突く手を次々と繰り出す。しかも自ら紡ぎ出したストーリーに戯れている印象。かといって収められた10編は決して楽しいストーリーではなく、残酷な死が溢れている。その中から4編の感想を。
「血液を探せ!」事故で脳に障害が残り、痛みを感じず、脇腹を包丁で刺されていても気づかない老人を巡るドタバタ劇。とても馬鹿馬鹿しい。 「冷たい森の白い家」伯母の家を追い出された少女は、自分ひとりで生きるために家をつくることにしたのだが。独特の冷ややかな叙情を感じさせる。 「SEVEN ROOMS」設定はゲーム的であるものの、姿の見えない殺戮者の存在が不気味だし、死を前にしての恐怖を描いていて圧倒的なものがある。ラスト付近の姉弟のシーンは切なく、胸を締め付けられるものがある。多様な要素が盛り込まれていて驚かされる。 「落ちる飛行機の中で」ハイジャック犯に占拠された飛行機に乗り合わせた女の話。飄々とした雰囲気でコミカルな中に切なさがある。 悲劇的なもの、喜劇的なもの、童話に近いもの、SF、密室トリックを用いたものなど、よくここまで違ったテイストの作品を書けるものかと感心させられる。バラバラの作風だが、共通する趣向がある。いずれも主人公は、逃げ場のない状況に、しかも理由も分からぬまま閉じ込められている点。10編はバラバラで奇矯に見えて、実はどこにでもいる現代人の妄想の欠片である。 |
No.362 | 5点 | 模倣の殺意- 中町信 | 2021/07/17 08:21 |
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新進作家、坂井正夫が青酸カリの服毒死を遂げた。遺書はなく、世間的には自殺として処理された事件に疑問を抱いた二人の男女が、それぞれ事件の真相を解明すべく調査を始める。
服毒死の現場は完全なる密室で、それを素人探偵の二人が謎を追求していくというシンプルなストーリーで、章タイトルは中田秋子、津久見伸助になっており二人の視点が繰り返される構成。読者への挑戦状もついている。 探偵が推理する密室とアリバイに目がいってしまうなど、巧妙なミスリードで大きな仕掛けに気付かず読み進めてしまう。(途中である人物像に違和感があったが)ただこの手の作品を読み慣れている人は、叙述トリックを見破れるかもしれない。ネタバレになるので多くは語れないが、真相が事件の前提までをも覆されてしまったような気がして「そんなのあり?」というのが正直な感想。 とはいえ、叙述トリックの先駆けであり、日本推理小説にとって記念碑的作品ということは認める。 |
No.361 | 6点 | 猫丸先輩の推測- 倉知淳 | 2021/07/13 08:34 |
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事件という程でもない不可思議な出来事に、猫丸先輩がどこからともなく現れて推測する6編からなる短編集。
「夜届く」寒い夜、一人暮らしの男のもとに次々と届けられる偽電報。発想の転換が素晴らしい。日常の謎の起承転結がものの見事にはまった作品。 「桜の森の七分先の下」入社早々、花見の場所取りを押し付けられた新入社員の性根を試すかの如く次々に現れる人々。あの手この手が楽しめる逸品。 「失踪当時の肉球は?」ハードボイルドな探偵を翻弄する愛猫の行方は?ペット探偵の造形が笑える。謎解き方法はやや苦しいか。 「たわしと真夏とスパイ」商店街に仕掛けられる「北」の罠。夜店を襲う悪意の数々。ねじめ正一氏の商店街ものを彷彿とさせる設定だが、錯誤の仕込みが絶品。 「カラスの動物園」キャラクター作りに行き詰ったキャリアウーマンが動物園で遭遇したひったくり。これは無理があるし、ロジックの切れ味が無い。 「クリスマスの猫丸」同じ方向に全速力で走る3人のサンタクロース。一体その先に何が?語り口で読ませるが、これはアンフェアでしょう。 ほのぼのとした雰囲気だが、観察眼はなかなか鋭い猫丸先輩は魅力的。ただ良く出来た作品とそうでない作品の差が大きい印象。 |
No.360 | 8点 | パズラー 謎と論理のエンタテインメント- 西澤保彦 | 2021/07/09 09:16 |
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タイトル通りロジカルな謎解き作品が中心の6編からなる短編集。
新たな指摘によって刻々と姿を変えていく真相。そして「記憶」や「親子」など、他の西澤作品へと繋がる部分も多くみられるのが特徴の作品群。ただのイヤ話や妄想話では終わらない、二転三転する展開やロジカルな推理が楽しめる。 「蓮華の花」作家である日野克久の元に高校の同窓会の連絡が入る。その時、話題に出た梅木万里子のことを、20年間も死んだものと思い込んでいた。主人公の記憶のズレ、鮮やかな蓮華の海に沈む詭計、メタな仕掛けが楽しめる。 「卵が割れた後で」ハリケーンが接近中のフロリダで日本人留学生の死体が見つかった。その肘には、卵がこびりついた跡があった。作者の実体験を元にしたと思しきアングロアメリカンなフーダニット。 「時計じかけの小鳥」奈々は久しぶりに入った書店で、クリスティーの「二人で探偵を」を購入。その本には奇妙なメモと母親の筆跡らしいイニシャルと日付が残されていた。一種のプロバビリティーの犯罪を描いている。 「贋作・「退職刑事」」刑事の五郎は、かつて刑事だった父親に、絞殺事件のことを話す。句読点と台詞まわしから推理の技法まで都筑道夫氏の「退職刑事」を完璧に模倣している。 「チープ・トリック」スパイク・ファールコンとブライアン・エルキンズが殺され、ゲリー・スタンディフォードが犯人のナタリー・スレイドの行方を求め、トレイシィを訪れる。大掛かりな舞台設定と鮮やかな人間消失。復讐譚だが、後味は珍しく良い。 「アリバイ・ジ・アンビバレンス」憶頼陽一は、同じ高校に通う刀根館淳子と年配の男性が蔵の中に入るのを目撃する。二者択一の地獄を描いた学園もの。この不快感は作者ならではのもの。 |
No.359 | 6点 | 鍵のかかった部屋- 貴志祐介 | 2021/07/05 08:44 |
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防犯コンサルタントの榎本怪と弁護士の青砥純子のコンビが、コミカルなやり取りをしながら4つの密室トリックに挑む。
「佇む男」山奥の別荘で完全な密室状態で、遺言書を傍らに死んでいた葬儀会社社長。予想をはるかに超えた、あるものを利用した前代未聞のトリック。 「鍵のかかった部屋」サムターンの魔術師の異名を持つ会田をしても、解き明かせない密室に榎本が挑む。盲点を突くようなアイデアで密室が仕上げられている。 「歪んだ箱」欠陥住宅の責任をとろうとしない工務店社長に殺意を抱いた杉崎。まさに欠陥を利用した殺人トリック。 「密室劇場」舞台の本番中に劇団員が謎の死を遂げた。読者を煙に巻くような、これまでの3編とは全くムードの異なるコメディ調。真相もバカミス。 それぞれ意外性のある機械トリックが用いられている。トリック重視でありながら、そのトリックに必然性が存在するため、密室が効果的なテーマとして働いている。 |
No.358 | 6点 | 陰の季節- 横山秀夫 | 2021/06/30 08:30 |
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D県警が舞台になっている4編からなる短編集。
表題作「陰の季節」の主役である人事担当の二渡警視がどの編にも顔を出し、D県警シリーズ全体の主人公として位置づけられている。事件を追う刑事が主役が多い警察小説の中、この作品は全ての主役が管理部門の人間である。 「陰の季節」天下り先のOBが今年で辞めることになっているのに、辞めないと言い出す。このトラブルに対処する人事の二渡だが、相手も大物でつけ入る隙を見せない。事件捜査、犯人逮捕ではない管理の仕事のため心理ミステリとなっているが、ミステリ的な謎解きがあるのが嬉しい。トラブルの真相は意外なもので、パズルと心理ミステリの深さが相乗効果でストーリーを豊かにしている。これは長編で読んでみたかった。 その他3編も、警察内部の動きを探り陰の部分を炙り出すという点は共通しており、警察内部の描写も詳細でリアリティがある。天下りや昇進、立場や醜聞というモチーフを通して描かれ、人間の野心や欲望、弱さやしたたかさが伝わってくる。 |
No.357 | 6点 | ハッピーエンドにさよならを- 歌野晶午 | 2021/06/26 08:37 |
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タイトル通りハッピーエンドには終わらない、ショートショートと短編を合わせて11編が収録されている。その中から6編を選んで感想を。
「おねえちゃん」親は私にだけ厳しい。お姉ちゃんにはすごく甘いのに。高校生の理奈が叔母である美保子に相談を持ち掛ける話。最後にどんでん返しがある救いのない話。 「サクラチル」真向いの家の常盤さんの奥さんは、いろんな仕事を掛け持ちをしていて大変そうだ。それもご主人が働かないためらしい。よくあるパターンだが上手く出来ている。 「防疫」水内真知子は、世間一般に言う教育ママだった。いつしかそれは教育ではなく、躾のレベルも大きく超えていた。このように受験に取りつかれている人は結構いるのではないか。 「玉川上死」玉川上水を人間の死体が流れていると通報があり、警官が駆けつけるが。いろいろなことが一気にひっくり返る。どんでん返しのお手本のような話。 「殺人休暇」合コンで知り合った男と関係を持ってしまった私。しかし、それは大きな間違いだった。世に言うストーカーとは少し違うのだが怖い。狂気に取りつかれた男の描写がいい。 「尊厳、死」ムラノは、いわゆるホームレスだった。仕事が無いというのではなかったが、働く気が無かった。よくあるパターンだが、良く出来ている。最後に一瞬でどんでん返しが決まる。 全体的に悪くはないが、少しあっさりした印象。 |
No.356 | 5点 | 十二人の手紙- 井上ひさし | 2021/06/21 08:57 |
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企みに満ちた人間模様が味わえる短編集。すべて手紙文で綴られるという趣向にとりたてて新しさはない。
「プロローグ悪魔」どこにもある田舎娘の悲哀を悲劇に高めるプロローグ。 「葬送歌」偏屈な売れっ子小説家に送り付けられた戯曲への痛快逆転劇。 「赤い手」出生届から死亡届まで、届け出の中に薄幸な尼僧の生涯が浮かび上がる残酷信仰物語。 「ペンフレンド」北海道旅行を楽しみにする孤独なOLがペンフレンドに選んだ男の正体を巡る推理譚。真相は誰でも見破るだろう。 「第三十番善楽寺」身障者の共同体の波乱が一人の男の誓いを破らされるまでの魂の遍路。 「隣からの声」隣家の財産騒動に巻き込まれた新妻の心の闇に迫る。 「鍵」山籠もりした天才画家に届けられた妻と弟子の陰謀の記録。 「桃」人生をかけて押し売りされる善意の倣慢を裁く。 「シンデレラの死」芸能界の階段を駆け上がる娘を襲う欺瞞。 「玉の輿」酒飲みの父を持った女子高生の純愛と「家」制度の形通りの葛藤。 「里親」推理作家の卵が師匠に奪われた最も大切なものは? 「泥と雪」冷え切った夫婦仲を青春の憧憬が柔らかく引き裂いていく。 「エピローグ人質」オールキャストで描く悲喜劇のエピローグ。名探偵は筆談で語る。 日本という国の貧しさをしみじみと読者に突き付けてくる。しかし決して貧乏臭くはない。洒落っ気と遊び心に富み、ツイストに唸らされる。ただミステリとしては弱い作品が多いか。 |
No.355 | 6点 | とむらい機関車- 大阪圭吉 | 2021/06/17 08:51 |
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戦前に書かれたとは思えないほど古臭さは感じさせない、そして味わいのある挿絵が嬉しい9編からなる短編集。 「とむらい機関車」乗り合わせた老人客が語る、豚連続轢断事件に秘められた真相とは?冒頭の謎の提示から、意外で凄惨な結末に驚かされる。
「デパートの絞刑使」宝石盗難事件に続いておきたでパート店員の不可解な死。謎の不可解性をロジカルに推理する。お見事。 「カンカン虫殺人事件」作業員二名が行方不明となり、そのうち一人が死体として発見される。悪くはないが少し地味か。 「白鯨号の殺人事件」雄大な自然を背景に行動力で陰謀に挑む探偵。実に絵になる。真相自体は小粒。 「気狂い機関車」機関士殺しと消えた機関車の謎を追う。わずかな手掛かりから、ハウダニット、フーダニットそして驚愕のホワイダニットを解明する。 「石塀幽霊」チンドン屋のチラシが語るおぞましい真相。説得力はあるが、物理的に可能なのかは疑問が残る。 「あやつり裁判」その女証人は、別の事件の証人でもあった。魅惑的な謎が全く予想外の解決に。ユニークなホワイダニットが味わえる。 「雪解」金鉱脈を探し続ける青年が砂金池の持ち主とその娘に出会った時、殺意は芽生える。皮肉な結末が何とも言えない。 「坑鬼」炭鉱という特殊な状況で起きた不可解な殺人事件。トリックも鮮やかだが、ロジックが素晴らしい。逆転の構図が良く出来ている。傑作。 |
No.354 | 8点 | 占星術殺人事件- 島田荘司 | 2021/06/13 08:25 |
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40年前の未解決事件捜査、密室殺人、アゾートの謎、魅力的な探偵コンビ、読者への挑戦状など本格ミステリ要素が満載。社会派小説が主流になりつつあった頃に謎解きをメインにした作品ということで、デビュー作にして日本ミステリ史的にも重要な作品。
ただ、序盤の手記がとにかく読み難い。アゾートの説明など情報量が多すぎて、これを全部把握するのは至難の業。その後も探偵と助手の対話が続くが、ここもテンポが良くない。ミステリを読み慣れていない人は、挫折する人も多いのではないか。自分も挫折経験者です。ここを乗り越えれば、次第に読みやすくなるので我慢して読んでほしい。 冒頭に配されたアゾートという謎の詩美性、合理に徹した御手洗の推理の明快さという重厚さとシリアスさだけでなく、ホームズ役の御手洗、ワトソン役の石岡のユーモアある掛け合いが、古典作品のリスペクトをも感じる。メイントリックは、40年間迷宮入りだったというのが納得出来るような、前例の無い斬新な大技のトリック。事件の真相と謎が明らかになる瞬間の鮮やかさにしびれる。 |
No.353 | 5点 | カナダ金貨の謎- 有栖川有栖 | 2021/06/09 08:44 |
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国名シリーズ第10弾で5編からなる中短編集。
「船長が死んだ夜」作家たちの書き下ろしが詰まった「7人の名探偵 新本格30周年アンソロジー」のために書かれた中編。アリスのとんでもない仮説がいつも以上にキレている。王道の謎解きが楽しめる。 「エア・キャット」アリスと先輩作家の朝井が飲み屋で火村を話題にしている。ミステリ仕立てになっているが、真相は大したことない。 「カナダ金貨の謎」犯人は被害者殺害後、予定外の事態が発生し偽装工作に失敗。火村はこの実行されなかった偽装工作の準備の痕跡から犯人を特定していくロジックが見事。 「あるトリックの蹉跌」JTの「ちょっと一服ひろば」というサイトにアップされた短編。火村とアリスの出会いの話。 「トロッコの行方」トロッコ問題「五人を救うために、一人を殺すか」という思考実験が下敷きにある中編。謎解きは呆気ないほどあっさりしている。犯人特定の何が決め手になったのかの説明が不足している。 |
No.352 | 7点 | 炎に絵を- 陳舜臣 | 2021/06/05 08:47 |
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辛亥革命の時に、革命資金を横領したという罪に被せられた父の汚名を晴らすべく調査に乗り出した主人公が、トラブルに巻き込まれながら驚きの真相にたどり着く。
序盤はもたついた感があるが、中盤に入ると父の汚名に関する重要な資料を発見、重要人物ともいえる人物との関係が明らかになる。急にとんとん拍子になりスピードアップ。父の過去を探る旅と産業スパイという二つの軸に、同僚女性とのロマンスを絡めて展開するストーリーは、さまざまな仕掛けがほどこされサスペンスに富んでいる。後半に入り、事件の全貌が明らかになるにつれ、仕掛けが浮かび上がってくるという構成がお見事。 確かにご都合主義的なところはあるが、最後に真相が明らかになり、タイトルの「炎に絵を」の意味することが立ち上がるのが素晴らしい。 |
No.351 | 6点 | 教場- 長岡弘樹 | 2021/05/31 08:44 |
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舞台は警察学校。初任科第98期短期課程に属する約40名はすでに巡査の身分を持つ社会人であり、年齢や志望動機もそれぞれ。だが、半年間にわたる過酷な訓練と、事あれば「連帯責任」を問われる理不尽のなかで、体力的人格的に適性のないものは容赦なく退校を求められる。
この作品は「クラス」でのサバイバルゲームを勝ち抜こうとする学生の様々な企てや思惑を、白髪隻眼の教官である風間公親が次々と砕き、退学させる者と見込みある者を選別していくという6編の連作短編集。 職務質問、検問、運転、水難救助などの実習で学生が問われるのは、まだ犯罪が起きていない日常の中に、犯罪の予兆を嗅ぎ取る力、風間の人の心理を突く頭脳戦に度肝を抜かれながら、学生たちがここを先途と張り合う人間ドラマが魅力的。 警官は「守るべきは社会の正義」と、それを押し立てて、時に刑法が引いた境界線を踏み越える。よしんばそれを越えても帰ってくるものはよし。越えられないものは駄目。風間の教育は、それを一人一人の体にしみとおらせることに尽きるといえようか。 |
No.350 | 6点 | 使命と魂のリミット- 東野圭吾 | 2021/05/26 09:38 |
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研修医の氷室夕紀は、父を大動脈瘤の手術で亡くしている。現在はその時、執刀医であった西園教授の下で働いている。氷室はその手術に疑いを持っていた。その二人の勤務する帝国大学病院に、過去の医療ミスを公表しないと病院を破壊するという脅迫状が届く。
患者を診る医師を、研修医が疑いの目で見ている。患者の体をモニタリングしている病院の動向を、犯人が探る。その犯人を警察が追う。この作品では、監視する者を監視する視点から語られる部分が多い。このような描写は、各人の視点や立ち位置のズレを効果的に表現する手段にもなっている。 結末に関しては、性善説に傾きすぎてはないかと、賛否が分かれるでしょう。しかし、噂が広がり病院の信頼性が揺らいでいく過程は、リアルだしサスペンス性も高く惹きつけられる。そして技術の精度以上に、意識の持ち方が信頼性を決定するという事実を見事に描き上げている。 不満な点は、犯人の下準備を含めた犯行計画、実行があまりにも綱渡り的で杜撰にもかかわらず成功していくところ。もっと違った方法があっただろうと思えて仕方がない。 |
No.349 | 6点 | 螢- 麻耶雄嵩 | 2021/05/22 09:27 |
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久しぶりにクローズドサークルものが読みたくなり手にとった作品。オーソドックスな展開とはいえ、閉ざされた館での殺人事件には惹きつけられる。登場人物もそれぞれ怪しげで魅力的。
重層的なトリック、しかも一つ目のトリックを見破った読者ほど、二つ目のトリックに陥りやすくなるという構成が巧妙。一つ目のトリックについては序盤で訝り、中盤でのある二人の会話で違和感を覚える人が多いのではないか。つまり一つ目のトリックは作者が、わざと読者に気付かせようとしているのではないかとも思える。 読者に対する手掛かりと、登場人物に対する手掛かりが必ずしも一致しない、認識にズレがあるということを思いがけない形で顕在化させた試みには唸らされた。仕掛けが犯人特定に直結している点も好印象。 麻耶作品に精通している人にとっては、地味で作者独特の良さが味わえないらしい。その点はあまり気にならなかったが、リーダビリティについては、改善の余地があるだろうと感じた。(ある理由で仕方ないのではあるが...) |