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りゅうぐうのつかいさん
平均点: 6.29点 書評数: 84件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.84 7点 わたしを離さないで- カズオ・イシグロ 2018/06/11 17:20
(ミステリーではないので、小説としての評価です。)

「提供者」という言葉や、ヘールシャムの保護官の態度などから、主人公で語り手のキャシーを取り巻く世界が尋常ではなく、違和感を感じながら読み進めていくことになるが、その大きな秘密は文庫本の127ページで早々に明かされる。
第1部はヘールシャムでの出来事、第2部はコテージに移ってからの出来事、第3部はキャシーが介護人となってからの出来事が書かれており、キャシーとルースとトミーを中心に物語は進んでいく。
特殊な運命を背負った主人公たちの迷いや哀しみが物語全体から伝わってくる作品だ。
感情を揺すぶられるような、名場面がいくつかある。
特に印象に残っているのは、『わたしを離さないで』という歌に合わせて、キャシーが枕を赤ちゃんに見立てて踊っているところをマダムが目撃し、涙を流す場面である。

この作品は、週刊文春の『東西ミステリ―ベスト100』で海外編の74位に選ばれている。読めばわかるが、全くミステリ―作品ではないし、作者もミステリーとしてこの作品を書いたわけではない。このような作品を『東西ミステリ―ベスト100』に選んだ選者は全くの馬鹿で、次回の選考(次回の選考があればだが)では絶対に選者から外してほしい。

No.83 8点 邪悪の家- アガサ・クリスティー 2017/10/28 12:16
ここの書評を読んで、コウゲツさんの書評に一番共感しました。
皆さん、犯人がわかりやすいと書かれているけど、その背景にある動機までちゃんと見抜いたうえで、犯人がわかったと書いているのだろうかと疑問に感じました。何となくこの人が犯人くさい、なんてわかったことにはなりませんよ。ちゃんと、ポアロのように説明できなければ。私も犯人を疑いはしましたが、最初の殺人の動機に全く思い至りませんでした。
動機に直結している犯人が偽装したある事柄は、青い車さんが書かれているように予想しにくく、特に日本人読者には予想しにくいものです。この犯人の偽装に納得しにくいことが、この作品が高く評価されない理由になっていると思います。
また、数々の伏線が盛り込まれていて、それが真相に活かされている点も高く評価できます。ちゃんとチェックしなければわからないような細かすぎる伏線が多いですが。
クリスティ再読さんが書かれているカードの機会に関する指摘は卓見だと思いますが、ポアロがカードを出したことを知っている人物は他にもいるし、やはり、最初の殺人事件の動機が示せないことには犯人を特定するわけにはいかないのではないでしょうか。

No.82 6点 どちらかが彼女を殺した- 東野圭吾 2017/07/24 19:22
『私が彼を殺した』の方を先に読み、そちらでは「推理の手引き」を読んでも犯人がわからず、ネットでネタバレ検索をしてようやく理解できたので、本作品は最初からかなり注意深く読んだ。それにも拘わらず、本編だけでは、加賀が他殺であると判断した根拠に確信を持てずじまいで、「推理の手引き」まで読んでようやくある程度の確信を持ったが、やはり、ネットでの確認が必要であった。
「推理の手引き」を読むと、文庫版では親本からカットされた箇所が一つあり、難易度が増しているとのこと。
タイトルどおり、容疑者が二人だけに絞られたシンプルなフーダニットの作品。被害者の兄の和泉康正が地元警察の捜査に委ねずに、証拠を一部隠ぺいして自殺と見せかけ、自ら調査して、犯人を追求する話。事件を取り巻く状況は凝っているし、最後に関係者が集まってからの訊問による二転三転も面白い。しかし、容疑者の供述に嘘が多くてわかりにくいし、犯人特定の条件となった○○○は根拠として弱いのが難点。

No.81 7点 私が彼を殺した- 東野圭吾 2017/07/24 19:19
最後まで読んでも、「犯人はあなたです」と加賀刑事が指摘した人物が誰なのか、わからなかった。さらに、「推理の手引き《袋綴じ解説》」を読んでも、わからなかった。ネットでネタバレ検索をして、「ああ、そうだったのか」とようやく理解できた次第。この作品のように解答を示さないままで終了、というのは一つの趣向だとは思うが、正解がわからないままではモヤモヤ感が残る。ネットで調べることができて、良かった。
登場人物の数は限られており、その中で殺人事件を引き起こす愛憎関係が巧く構築されている。毒入りカプセルの数合わせの問題だったり、カプセルの入手とすり替えの可能性など、魅力的な謎が盛り込まれている。関係者が集められてからの論争によって、二転三転する展開も面白い。視点を容疑者の間で次々と変えていき、複数の人物が自分を犯人だと思い込んでいるところは、連城三紀彦氏の某作品に似ていると感じた。
犯人を特定する決定的な手掛かりが最後のページで示されるので、読者挑戦ものにするのであれば、最後のページに挑戦状を挿入するのであろう。最後のページの手掛かりから犯人を特定するのに必要な情報があちこちにさりげなく盛り込まれているので、パズルとして、結構難しい問題ではないだろうか。

No.80 6点 水族館の殺人- 青崎有吾 2017/07/17 17:09
水族館の営業時間中に、職員がサメ水槽に転落して、サメに食べられるというショッキングな事件の発端、容疑者のアリバイが全員成立したのちに、一転して全員にアリバイがなくなるという展開、時計にまつわるロジックなどは面白いと感じた。しかし、アリバイトリックで使われた方法、犯人の動機など、疑問に感じる箇所があった。また、現場図が示されているにも拘わらず、現場の状況がわかりにくいというのが最大の難点。

①アリバイトリックの方法(アリバイトリックの方法は物語の早い段階で明かされている)
アリバイトリックで使われた方法は確実性や再現性に乏しく、正常な思考力を持った犯人であれば、このような不確実な方法を採用したりはしないだろう。はっきり言って、ショボいトリックだ。落下するまでの時間を犯人はどうやって知るなり、予測できたのだろうか。被害者の仕掛けへのもたせかけ方によって、仕掛けにかかる荷重が変わり、落下する時間が違ってくると思うが。また、トイレットペーパーの巻き方(巻く密度)によっても、落下時間は変わるはず。さらに、空調等で空気の流れがあれば、仕掛けに同じように水が落下するとも限らない。最悪の場合、すぐに落下してしまう危険性もある。
裏染が落下までにかかる時間を調べるために、このトリックの再現実験をしているが、杜撰すぎる。演劇部員が制作した模型を使った再現実験にどの程度の信憑性があるのだろうか。落下するまでの時間の推定方法もよくわからない。
『死体を支えるのに一キロあたり紙が何センチ必要で、それが何秒で溶けるかってのがわかれば、あとは計算できるから問題ない』
いったい、どんな計算式を使って、計算したのだろうか?「死体の重さ」と「それを支えるのに必要なペーパーの長さ」が必ずしも正比例するとは思えない。また、落下してくる水滴と紙が溶けるまでの時間との間にどのような関係があるのだろうか。
裏染がこのトリックを説明した時に、周囲の人間が大袈裟に感心するのだが、手前味噌というか、作者の自画自賛に感じた。

②犯行の動機
非常に意外で屈折した動機ではあるが、いくらなんでもこんな動機で人殺しをするというのは常軌を逸している。

ところで、犯人の足跡がドアの前まで続いていた理由について、どこかで説明されているのだろうか?

No.79 8点 貴族探偵対女探偵- 麻耶雄嵩 2017/06/25 18:20
前作『貴族探偵』から、新たにライバル役として、女探偵が登場。と言っても、貴族探偵こと御前様は女探偵のことを何とも思っていないご様子だが。
調査も推理も使用人任せでひたすら愛に生きる貴族探偵が、女探偵を小馬鹿にしてからかうさま、気障で嫌味な物言い、神出鬼没な登場の仕方が見所になっている。
ミステリ―としては、前作の方が真相に意外性のあるものが多く、本短編集は論理的推理を前面に打ち出して、真相自体は地味なものが多い。探偵が示すロジックの過程を追って考えるのが面倒、という人には面白くないだろう。
女探偵のダミー推理の方も楽しめる。

「白きを見れば」
"鬼隠しの井戸"のあるガスコン荘で起こった殺人事件。
梁に残った凶器の跡(犯人の身長)、スリッパで踏みつけられた血の跡、停電の時刻のアリバイ、紗知のボタンを入手できた人物、シャッターを片手で持ち上げた理由などからの消去法による犯人特定の推理。執事山本の推理は逆転の発想によるものだが、○○が自分のスリッパを履いていた理由が説得力に乏しい。

「色に出でにけり」
三人の恋人を家族に会わせるために別荘に招待した"女王様"依子。その内のひとりが自殺を装って、殺害される。
タオルが違う色に入れ替わった謎、臭いと氷の解け具合から推定された犯行時刻、手帳が盗まれた謎。
手帳が盗まれた謎は面白い真相ではあるが、ある方面の専門知識がないと推理できない。
使用人として、料理人の高橋が初登場。

「むべ山風を」
大学の研究室で起こった殺人事件。
シンクに残されていたティーカップの色、ゴミの分別を知らなかったことから熊本組と推定されること、死体発見時の被害者の位置と上座・下座の関係などから紡ぎだされるロジック。矛盾を解決する逆転の発想はなかなかのもの。

「幣もとりあへず」
"いづなさま"に願い事を頼むために、旅館に集まった6人と、その付き添いの貴族探偵と女探偵。6人の内のひとりはネットで話題になった人物。ひとりが浴場で殺される。
女探偵の説明を読んでいると、ある箇所で「あれ?」と混乱。よく考えてみると、「作者は地の文の中で嘘を書いてはいけない」というルールが守られたためであることがわかった。実際に、前に戻って確認してみると、ちゃんとルールが守られていた。書物で読むよりも、ドラマで見た方がわかりやすい作品の一例。

「なほあまりある」
ウミガメの産卵を見学するために、無人島の別荘に集まった人たち。女探偵は謎の人物に招待される。そこには貴族探偵の姿も。連続殺人が発生するが、使用人不在の中で、いよいよ貴族探偵自らが推理を披露するのだろうか?
テラスから部屋まで続く濡れた痕跡、バラの花を動かした理由、別荘の管理人が殺された理由などから、女探偵が推理を展開するが……。
ラストのオチが何とも痛烈。

現在、この作品と「貴族探偵」を原作として、ドラマが放映されている。ドラマでは原作にはない、女探偵の師匠である喜多見切子が登場して謎の死を遂げるとともに、「政宗是正=公安絡み、シンガポールを拠点に黒い活動をしている人物」と秘書鈴木が登場し、その正体がドラマ全編を通しての大きな謎になっている。
ドラマ「貴族探偵」が明日最終回なので、ドラマ独自の謎について、予想してみよう。

このドラマは、番組のエンディングで断っているように、一種のファンタジー。
仲間由紀恵さん扮する秘書鈴木の正体は、ドラマ「貴族探偵」の脚本家。
その脚本家のペンネームが「政宗是正」。
ドラマの脚本家自身がドラマの中に登場しているという、現実とドラマの世界とが混然となったファンタジー。
ドラマの脚本家である政宗是正は、ドラマの中では御前様の秘書鈴木であり、御前様の指示に従う忠実なしもべ。

ドラマの中の登場人物で、この世界がドラマという架空の世界であることを知っているのは、御前様と秘書鈴木のみであり、ドラマをスムーズに進行させるうえで他の登場人物にはそのことを知らせてはいけないと肝に銘じている。
ところが、喜多見切子はこの世界がドラマという架空の世界であることに気づき、御前様に「政宗是正という名前をご存知でしょう?」と探りを入れる。
御前様は喜多見切子が気づいたことを知って、脚本家でもある秘書鈴木に「殺せ」と命令、つまり、ドラマの脚本の中で「死亡したことにしろ」と命令した。
御前様が高徳愛香に「私のことを調べるのは命がけになる」と言ったのは、この世界がドラマという架空の世界であることに気づいたら、脚本家に脚本の中で殺されるということをほのめかしたもの。

御前様は、秘書鈴木からドラマの進行や真相をすべて聞いている。
だから、ドラマの中で、さも最初から真相を知っているような思わせぶりな行動ができるのである。

ある意味、登場人物全員が御前様の使用人、御前様は監督と言えるかもしれない。

鈴木という名前は、原作者の「神様ゲーム」で自らを神と称している子供。ドラマで神に当たる存在は、登場人物や筋書きをすべて決める脚本家。つまり、鈴木=神=ドラマの脚本家という図式になっている。

・「公安絡み、シンガポールを拠点に黒い活動をしている人物」の意味
「公安」ではなく、「考案」、つまり、ドラマの考案のこと。
「シンガポール」は「芯がポール」=「芯が棒状のもの」、つまり、鉛筆のこと。
「黒い活動」は、鉛筆を使った黒い文字による執筆活動。
以上をまとめると、「公安絡み、シンガポールを拠点に黒い活動をしている人物」は、「ドラマの考案絡み、鉛筆をよりどころに執筆活動をしている人物」、つまり、ドラマの脚本家(かなり苦しい解釈だが)。

結果は違っているだろうけど、この予想でもそれほど違和感がないのでは?

No.78 6点 迷路の花嫁- 横溝正史 2017/01/16 20:31
横溝正史作品特有の、複雑極まる登場人物間のつながりと乱れた男女関係を背景にして起こる殺人事件。登場人物が多く、お互いの関係を把握するのにやや苦労する話だ(おしげさんって、誰?)。
金田一耕助登場作品であるが、金田一耕助は探偵として活躍するのはなく、瀕死の犯人が最後に自白する際の代弁者として描かれている。
真相はかなり荒唐無稽であり、読者が推理するような要素はなく、主人公松原浩三が悪と闘う姿を描いたハードボイルド小説という感じだ。
登場人物間の愛憎、主人公の他人への思いやりや行動力が描かれ、胸を打つラストを持っているなど、物語としては十分に読み応えのある作品だった。

No.77 7点 白昼の悪魔- 鮎川哲也 2017/01/08 16:36
「五つの時計」は鮎川氏の短編の中でも評価が高いが、その一番の理由はわかりやすさにあると思う(鮎川氏の作品は複雑で、わかりにくいものが多い)。この作品集での個人的評価は、「五つの時計」が一番で、その次が「誰の屍体か」。他の作品は、トリックが大掛かりすぎて、リアリティーに欠けていたり、ある方面の知識がないと見抜けなかったりする。

「白昼の悪魔」
今読むと、色々と時代の違いを感じる話。ヘリコプターでビラを撒いたりとか、新聞記者が容疑者を匿ったりとか……。アリバイトリックの方法があまりにも大掛かりすぎて、リアリティーに欠ける。

「誰の屍体か」
首なし死体を扱った事件で、犯人と被害者を誤認させるアイデアがいくつも盛り込まれているが、複雑でわかりにくい話だ。犯人の犯行計画が巧妙、さらに被害者自らがやったことが大きな欺まんとなって、警察の捜査をかく乱している。容疑者の恋人が見つけた物証と、鬼貫警部がその聞き取りの最中に気づいた矛盾によって、真相が解明するが、この真相に至る経緯も面白い。
小包を送ってきた時刻と犯行時刻との関係がわかりにくく、また、鬼貫警部の説明も親切さに欠けているように感じる(読み返してみて、○○が2つあって、入れ替えたことがわかった)。

「五つの時計」
五つの時計による完璧なアリバイトリックを鬼貫警部が見破る話。トリック自体が非常に巧妙であり、なおかつ、理解しやすいのが良い。
鬼貫警部の説明は、犯人が○○の時計の時刻を元に戻したことには言及していない。

「愛に朽ちなん」
配達された荷物が死体に入れ替わっていた謎。ある分野の専門知識がないと、この真相には気づくことができない。

「古銭」
骨董屋が殺され、高価な古銭が盗まれた謎。
鬼貫警部が丹念に聞き込み調査を続け、証言の矛盾に気づく話。

「金貨の首飾りをした女」
最初の方で出てくる「赤毛組合」のような話がどう活かされるのだろうかと思っていると……。視点がくるくると変わり、話もあっちへ行ったり、こっちへ行ったりと飛びまくるので、非常にややこしく、わかりにくい。逃走した容疑者に対して、警察は元妻の住居をすぐにマークするだろうし、アリバイトリックを作るのにこれだけ手間のかかることをする人がいるわけがない、と突っ込みを入れざるをえない。

「首」
身元不明の首なし死体が発見され、被害者と目される人物には職場の社長との確執があることがわかるが、社長にはアリバイがあった。被害者自身が協力して成立したアリバイは面白いが、鬼貫警部が気づいた証言の食い違いは、一部の人にしか見抜くことはできない。

No.76 6点 バートラム・ホテルにて- アガサ・クリスティー 2017/01/02 15:00
古き良きエドワード王朝の面影を残すバートラム・ホテル。そのホテルでの偶然の再会が契機となって起きる殺人事件。殺人事件が起きるのは、小説の3分の2以上が過ぎてからであり、それまでは周辺で頻発する強盗事件、牧師の失踪事件、列車強盗事件の調査が中心となって、物語は展開される。
本事件でのマープルの役割は探偵ではなく、事件の重要な証言者。強盗事件の謎を追うデイビー主任警部らの警察の調査が中心の話。最後まで読むと、マープルの役割が何とも皮肉なのが印象的。
バートラム・ホテルという舞台やセジウィックという冒険好きの女性の人物造形は良くできているし、エルヴァイラが一時姿を隠して自分に関する謎を調査しようとした理由にも説得力がある。
殺人事件の真相には二重のひねりがあるが、強盗事件の背景にある真相は大掛かりすぎて、リアリティーに欠け、全体の印象を損なっている。

No.75 8点 ナミヤ雑貨店の奇蹟- 東野圭吾 2016/12/26 17:55
まさに奇蹟の物語である。
ナミヤ雑貨店のシャッター郵便口と牛乳箱によって、32年前と今とがつながるSF設定の話で、過去にナミヤ雑貨店店主が行ったナヤミ相談の内容と、強盗三人組による過去の相談者への現在からの回答とがオーバーラップしながら描かれていく。いくつかの物語が、「ナミヤ雑貨店」と「丸光園」とによって絶妙にリンクし、最後にあっと驚く奇蹟がもたらされる。
店主は、自分の回答内容が相談者のその後の人生にどのような結果をもたらしたのかを心配するが、どんな相談に対しても真摯に取り組む店主の回答に対して、相談者は感謝し、自分なりに咀嚼して、人生に生かしたことがわかる。
読後感が良いのは、登場人物が根本的には良い人ばかりだからであろう。
強盗三人組から送られた白紙の便せんに対する店主の回答がまた、何ともすばらしい。見事なエンディングだ。

No.74 6点 クリスマス・プディングの冒険- アガサ・クリスティー 2016/12/19 17:48
傑出した出来の作品はなく、すべて平均点程度の出来で、一番良かったのは「クリスマス・プディングの冒険」。

「クリスマス・プディングの冒険」
ある国の王子の高価なルビー盗難事件を秘密裏に解決してほしいとの依頼を受けるポアロ。推理物ではなく、ポアロが巧みな策略で事件を解決する話。奇妙な手紙が置かれていたり、子供たちが殺人事件の芝居でポアロをかつごうとしたリと、楽しめる筋書き。

「スペイン櫃の秘密」
スペイン櫃の中で殺された男の妻が容疑者の無実を信じ、その無実の証明をポアロに依頼する話。偽装された手紙の謎や衝立が動かされた謎など、シェークスピアの「オセロ」になぞらえて、ポアロは意外な真相を暴き出すが、証拠は不十分。

「負け犬」
殺人事件の容疑者の無実を直観で信じた女性より、無実の証明を依頼されるポアロ。アフリカでの鉱山の出来事、医者による催眠術の聞き取り調査など、色々と話を膨らませてはいるが、真相は腰砕け。推理ではなく、ポアロの策略によって、解決する話。

「二十四羽の黒つぐみ」
料理店に毎週火曜日と木曜日に現れる男が一度月曜日に現れ、その2週間後から姿を見せなくなった謎にポアロが興味を持ち、解決する。

「夢」
3時28分にピストル自殺するという、同じ夢をずっと見続ける男から相談を受け、事件に関わるようになるポアロ。実際に、その男が3時28分にピストルで死ぬ。ポアロが間違えて渡した手紙が事件解決に結びつくところが面白い。

「グリーンショウ氏の阿房宮」
奇妙な建築物「阿房宮」の所有者、ミス・グリーンショウが弓矢で撃たれて殺される事件。容疑者3人には鉄壁のアリバイがあるが、事件の背景にあるカラクリをミスマープルが暴く話。既視感ありありのトリックだし、このように巧く騙せるのか、疑問に感じる。

No.73 7点 空白の殺意- 中町信 2016/12/12 17:38
作者あとがきで、「『皇帝のかぎ煙草入れ』のような作品」と書かれていたので、共通項を探しながら読んだが、心理的なトリックが用いられていることを指しているのだろうか。「皇帝のかぎ煙草入れ」で使われている、あのトリックが形を変えて使われているのかと思ったが、そうでもなく、騙し方としては叙述系と感じた。トリックよりも、第9章で百世が気付いたことの方が類似性があるように思った。
推理の鍵となる重要な事実が後の方で明らかとなるため、読者が推理する余地は少ないが、犯人のアリバイトリックの手法、冒頭部分の記述における錯誤、絵里子の遺書と日記帳に関する真相、伏線の忍ばせ方など、数々のアイデアが盛り込まれていて、ミステリーとして、充実した内容を持っていると感じた。ただし、真相の衝撃度は少なく、あっさりとしているので、あまり騙された感じはしない。
選手や監督の不祥事ならいざ知らず、後援会の会長の不祥事ぐらいで謹慎処分になったりするだろうかと疑問に思った。

(ネタバレ)
「皇帝のかぎ煙草入れ」との類似点として、犯人が本来知らないはずのこと(日記帳の赤いカバーのこと)を証言し、発覚したことが挙げられると思う。

No.72 6点 蒼ざめた馬- アガサ・クリスティー 2016/12/06 13:53
本格物ではなく、冒険的要素を兼ね備えたサスペンス小説という感じだ。カトリック神父殺人の背後にある大きな謎を、主人公の学者と友人女性が調査して暴く物語。クリスティーの作品でおなじみのオリヴァ夫人が登場するが、ポアロは登場しない。ポアロが登場しないのは、推理よりも調査過程がメインの話であり、素人探偵の視点で物語を描きたかったためであろうか。
殺された神父が残したメモの謎、3人の魔女による呪法の儀式と遠隔殺人の謎、「車椅子の男」が歩いて牧師を尾行していたという目撃者の証言の謎、主人公たちによる偽装潜伏調査など、ミステリーとしての読みどころは十分。事件の背景にある謎は、ドイルの「赤毛組合」を彷彿させる。
オリヴァ夫人は、主人公に対して、「青ざめた馬」という事件につながる符号を与えたり、真相につながる重要な手掛かりを示すなど、脇役として、存在感を示している。
最後にひねりがあるのだが、このひねりはあまり効果的ではないと感じた。その人物が黒幕である必然性に乏しいし、面白味がない。私は、別の人物を黒幕だと思っていた。

No.71 7点 夜よ鼠たちのために- 連城三紀彦 2016/11/29 16:53
いずれの作品も、最後まで読むと勘違いや誤認に気づき、意表を突く反転構造を持っていることがわかる高水準の短編集。
個人的には、「過去からの声」が一押し。

「二つの顔」
絵の中の理想の女に取り憑かれた画家の信じやすい性格を利用した犯罪。
冒頭の不思議な謎から物語に引き込まれる。
警察の○○のチェックがこんなにも杜撰だとは思えないけど。

「過去からの声」
誘拐事件のからくりに関する作者の斬新な発想に驚愕。

「化石の鍵」
新しく取り換えられた鍵を巡る謎。

「奇妙な依頼」
浮気調査を依頼された興信所の社員が、依頼者とその対象者との間で買収され、何度も寝返る話だが、最後に明らかとなる依頼理由の逆転には意表を突かれた。

「夜よ鼠たちのために」
医療過誤で妻を失った男が、医師たちに復讐する話。
最後まで読むと、あることに勘違いしていたことがわかる。
石津家のお手伝いさんが耳にした電話の会話内容が意味深長。
伊原が会議室に移動してからの最初の会話に矛盾があるのでは?

「二重生活」
男女2人ずつの入り組んだ恋愛模様。
最後の方になると、ある事柄を誤認していたことがわかる。
動機も対象も逆転する。

「代役」
パイプカットをした男性が、子供をつくるために自分と瓜二つの男性を妻にあてがうという奇妙な話。主人公が妻を殺そうとして現場に向かう場面になると、話があらぬ方向に変調し、いったいどうなっているのかと戸惑った。鏡を見ているような反転構造の真相。

「ベイ・シティに死す」
元恋人と弟分に裏切られ、無実の殺人の罪を帰せられたヤクザが復讐する話。
元恋人から、意外な真実を明かされる。

「ひらかれた闇」
麻沙先生の推理には、相当な飛躍を感じるが、犯人の犯行理由には作者らしい倒錯した論理が隠されていた。

No.70 7点 牧師館の殺人- アガサ・クリスティー 2016/11/21 20:13
マープル物の最初の長編作品であり、マープルの住んでいるセント・メアリ・ミード村の様子が詳しく書かれているのが興味を引いた。
殺人事件はプロズロウ大佐の銃殺事件1件だけだが、人物を巧みに配置し、置き手紙、偽の電話、銃声、殺人の時刻、アリバイ、証言内容、過去のつながり等、様々な謎が盛り込まれていて、ミステリーの物語としては、十分に読み応えのある作品。
マープルの些細な事象に対する気付きや、状況をうまく説明する解釈はなかなかと感じるが、真相はポアロ物の某作品と非常に類似しているし、ややごちゃごちゃとしている印象を受けた。

No.69 5点 長い長い殺人- 宮部みゆき 2016/11/14 17:31
警察の捜査能力を信じ、捜査の限界を見極めた上で、警察を利用して行われた犯罪。新たな犯人像、犯行理由が提示されており、社会派ミステリ―としての要素を持つ犯罪小説であり、『模倣犯』につながっていく物語。「世間の連中は馬鹿ばっかりだ。俺と違って。俺の価値を誰もわかっちゃいない。」という犯人の不満は、昨今、かなり多くの人が持っているのではないだろうか。
ある目的のもとに行われた連続殺人を、関係者の「財布」を擬人化して、「財布」の視点で描き、それらの別々の話が一つの話につながっていくという手法が目を引いた。ただ、なぜ、「財布」視点なのかというのが疑問であり、「財布」であることには大した意味がなく、不自然さや突飛さを感じてしまう(最後の方に、合皮製と本革製の話が出てくるが、財布を選んだ理由としては弱い)。
犯人像なり、犯行理由にも、それほどの斬新さは感じられなかった。
また、「部下の財布」の章で、探偵が指摘した、部下に関するある事実だが、探偵の推理にはちょっと無理がある、単なる思い付きにすぎないと感じた。

No.68 5点 青列車の秘密- アガサ・クリスティー 2016/11/08 17:29
離婚寸前のケッタリング夫妻に関する物語と、相当な遺産を相続したグレイの物語の2つの物語が青列車でつながる導入部分や、複雑な男女関係や伝説のルビー盗難を描いた展開部分は高く評価できるが、伏線や探偵の推理という点では物足りなさを感じる作品。ちょっとしたトリックが盛り込まれていて、ポアロの真相説明は一見複雑に見える事件の状況をうまく説明してはいるが、仮説にすぎず、決定的な証拠を示しているわけではない。登場人物も拡散しすぎで、うまく活かせていない印象。

No.67 6点 犯人のいない殺人の夜- 東野圭吾 2016/11/01 17:26
東野圭吾公式ガイドでの作者の自作解説を見ると、本短編集は初期のものがほとんどで、短編の書き方がよくわからず、いろいろなことを試しながら書いた時期の作品を集めたものとのことであり、読んでみると確かにそういった感じがした。
「踊り子」と「犯人のいない殺人の夜」が良かった。

「小さな故意の物語」
学校の屋上から転落した友人の死の謎を探る話。最後にひねりがあるものの、やや物足りない真相。事件の背景にある微妙な女心が印象的。

「闇の中の二人」
読み進めていくうちに犯人の見当はつくが、その背景にある事実と動機が意外。
「闇の中の二人」とは誰のことか。最後の一文が印象深い。

「踊り子」
塾の帰りにふと目撃した、新体操を踊る女の子に魅せられた少年の話。
その女の子がやがて姿を見せなくなり、少年の家庭教師がその謎を探ると、もの悲しくも意外な事実が判明する。

「エンドレス・ナイト」
刑事の臭覚で事件を解決する話。
主人公の女性の大阪嫌いが印象的であり、隣接県に住む私にはその心情が良くわかる。

「白い凶器」
所々に挿入されている二人の会話が誰と誰の会話なのかと思って読み進めていくと……。
動機が何とも意外であり、この動機に関する事実は初耳だった。
「白い凶器」というタイトルが動機を示しているのが面白い。

「さよならコーチ」
犯人はあるものを利用して殺人を行うが、逆に利用されていることが後でわかる。

「犯人のいない殺人の夜」
この作品は確かにトリッキーだ。理解力に乏しい私は、初読では最後まで読んでも、「あれ?どういうこと?」と理解できず、最後の方を読み返して、ようやく理解できた。<夜>と<今>を交互に描いたり、<夜>の視点となる人物を変えたりして、読者を欺いているところが巧妙。由紀子の写真、ドウダンツツジ、チューインガムといった小道具が、真相解明につながっている点も面白い。

No.66 8点 スターヴェルの悲劇- F・W・クロフツ 2016/10/29 17:52
クロフツと言うと、「樽」と「クロイドン発12時30分」が有名で、私もその二作品しか、これまでに読んだことがなかったが、この作品は予想を超えるすばらしい作品だった。
犯人を特定するような十分な手掛かりが示されていないので本格物ではない。フレンチ警部の地道な捜査過程を描いた警察小説だが、捜査の過程で次々と意外な事実が判明し、リーダビリティーが高く、事件の見せ方が非常に巧いと感じた。作中でフレンチ警部が語っているように、殺人、窃盗、放火、死体泥棒とあらゆるものが揃った事件。フレンチ警部の聞き取り調査に対して、誰が嘘をついているのかが大きな問題となる。
特筆すべきなのは、犯人の犯罪計画の綿密さ。これぐらい見事な犯罪計画のミステリーには、なかなか出会えない。
ミッチェル主席警部の洞察力もすばらしい。捜査の途中で、ミッチェル主席警部はフレンチ警部に対して、スターヴェル事件とは一見何の関係もないような指輪投棄事件の担当を命じるが、二つの事件にはつながりがあることがわかる。ミッチェル主席警部の機知には感心せざるをえない。
劇的な犯人逮捕劇で幕切れとなるが、多分、最後の方になるとほとんどの読者が犯人の予想がつき、フレンチ警部の大失策を心配しながら見守ることになるだろう。

No.65 7点 密閉山脈- 森村誠一 2016/10/22 17:47
タイトル通り、密閉された山脈を一つの密室に見立てた、スケールの大きい殺人事件を扱った物語。
北アルプス後立山連峰K岳北峰のバリエーションルートを単独登山中に死亡した影山。当初は事故死と考えられたが、山岳救助隊員の熊耳は遺品のヘルメットに不可解な矛盾点を見つけ、影山のザイルパートナーであった真柄を容疑者として疑う。影山と真柄は、湯浅貴久子という女性を巡って、さや当てをしていたことが判明。しかし、事件当時、K岳北峰は人の出入りが確認されておらず、密閉されており、また、真柄にはアリバイがあった。真柄のアリバイに関して、影山と貴久子の間で交わされていた、山頂と山麓の山荘との間での懐中電灯によるメッセージ交換の時刻が問題となる。「メッセージ交換の時刻」と「真柄が山荘に現れた時刻」とを考えると、真柄には犯行は不可能であった。熊耳が仕組んだ罠によって、犯人は真柄であることが間違いないと思われるが、アリバイが崩せず、真柄が別の女性と婚約したことから、動機の面でも真柄の可能性は少ないと判断されるようになるが……。
事件の舞台を後立山連峰K岳としているが、位置や双耳峰であることから、登山好きな人であれば、鹿島槍ヶ岳のことをすぐに思い浮かべると思う。ただし、添付されている頂上図を見ると、標高が違うし、尾根や小屋などの名称が違うので、架空の山なのだろう。
懐中電灯のメッセージ交換によって作られたアリバイとそのトリック、ヘルメットの異常から他殺を疑う過程、貴久子を取り巻く男性との恋愛、影山と真柄の過去の登山にまつわる出来事、山岳救助隊員熊耳の執念の捜査や容疑者に仕掛けた罠、K₂登山の顛末等々、良く練られたストーリーであり、山岳小説とミステリー小説とが巧く融合した秀作。アリバイトリックの方法に関しては、私はこの方法を可能性の一つとして考えていたので、意外性はなかった。
貴久子を巡る男性はすべて最後に不幸な目に遭っている。男性との交際に関して、ガードが低すぎるし、さげまんな女性。

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りゅうぐうのつかいさん
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