海外/国内ミステリ小説の投稿型書評サイト
皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止 していません。ご注意を!

クリスティ再読さん
平均点: 6.43点 書評数: 1249件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.15 7点 007/ドクター・ノオ- イアン・フレミング 2019/11/13 20:59
まだ007が無名の頃、輸入書店で「医者は要らない」という訳題で出てた....という伝説があるけど、どこまでホントか知らないよ。例えば韓国人の Dr.盧 で Dr.No がいそうなんだが、言うまでもなく「ドクター・ノオ」と言い切ったネーミングにフレミングのセンスと、井上一夫の訳題が光るわけである。オモテ面はあくまで紳士的なドクター・ノオの造形が、フレミングの数々のヴィランたちの中でも傑出していると思うよ。
少なくとも小説は、カリブ海を同じく舞台にした「死ぬのは奴らだ」の続編である。フレミングはプロットの種類は極めて少なくて、本作なんて「死ぬのは奴らだ」の書き直しみたいなところがある。神秘のソリテアから、野生児のハニーに、粗暴なミスター・ビッグから、陰湿なドクター・ノオに属性を入れ替え。でもヒロインは両方とも超能力アリで、ヴィランは両方ともオカルトを利用して恐怖政治を敷く。海の脅威はそのままで、潜入して捕まって..のプロセスをもっとディズニーランド化したら本作、という雰囲気だろう。ちなみに潜入して捕らえられたボンドが鳥類研究家を名乗るのは、一種の楽屋オチで、ジェームズ・ボンドの名前を拝借した実在の鳥類学者へのご挨拶なんだろうな。
だから本作あたりで、007は完成、ということになる。次は「ムーンレイカー」を書き直して「カジノ・ロワイヤル」のギャンブル性を強調した「ゴールドフィンガー」というわけである。本作の成功でフレミング、勝ちを意識したことだろう。
映画は第一作になるけども、要するに第一作だからね、それ以降と違ってあまり予算がかかってない。セットも小規模である。ドクター・ノオもあっさり死ぬし、俳優さんも大物じゃない。作者が意識してアテ書いたクリストファー・リーだったらもっと迫力があったんじゃないかな。捕まってからの展開は原作の方がずっと辻褄があっていて、映画の方が端折ったような変なアレンジになっている。でも、コネリーが若くて一番カッコいい。
さてこれで、007もコンプ。ベスト5とか選ぶようなタイプの作家ではないな。どの作品もそれぞれ面白い。晩年でも好き勝手やってる感があるのが、フレミングのいいところだ。今回ほぼ再読でコンプして、短編の良さに敬服。ウデのある小説家である。

No.14 7点 007/オクトパシー- イアン・フレミング 2019/10/11 00:10
二冊ある短編集の後の方のもの。たぶん007の小説で一番入手性が悪い本だろう(「007号世界を行く」の2冊の旅行記はどうも簡単に手に入りそうにない..)。短編3作にフレミングによるエッセイ「スリラー小説作法」とO.F.スネリングの「007/ジェイムズ・ボンド報告」から抜粋して構成した「007号のすべて」を収録。なので水増し本である。しかし、短編3つがどれも素晴らしい。
「ベルリン脱出」は原題「リビング・デイライツ」で映画のタイトルに使われている。東側に潜入したスパイの脱出をボンドが援護する話で、スナイパーとしての駆け引きが見どころ。ハードボイルド色が強くて、タイトな良さがある。
「所有者はある女性」(旧題「007号の商略」)は、イギリス情報部に潜入したソ連スパイの報酬として、カール・ファベルジェ作のロシア皇帝所縁の工芸が譲られた。現金化のためサザビーズで競売にかける機会を利用して、ソ連スパイの地区主任を見破ろうとする話。舞台はスノッブで派手で、007らしいがボンドの仕事内容は地味。でもこの意外な地味さが、いい。
「オクトパシー」(旧題「007号の追及」)は、戦争末期のドサクサにナチの金塊を強奪した元情報部員を捕らえるのに、ボンドが一役買う話。ボンドは狂言回しで内容的には元情報部員の回想と、ジャマイカで隠棲するこの男の現在の暮らしぶりが主体。冒険者の諦念めいたものを感じさせる。この主人公、ボンドのB面の人生みたいなものだろうな。
というわけで、3作の短編がそれぞれ独自の味わいで、面白く読める。評者長編よりも好きなくらいだ。タダの冒険アクション作家ではないフレミングの懐の深さを楽しもう。
(さて007コンプはあと「ドクター・ノオ」だけ。「007号世界を行く」はちょいと厳しい。「チキチキバンバン」どうしよう?)

No.13 6点 007/カジノ・ロワイヤル- イアン・フレミング 2019/08/25 15:22
創元の新訳の流れの中で、「カジノ・ロワイヤル」も新訳されてしまった。評者も珍しく新刊新本も買って「カジノ」祭りとシャレこもうか。原作旧訳/新訳、映画1967/2006と総まくりである。
まずは新訳。結構直訳風で日本語がこなれてない。まあ井上一夫の旧訳だと、007のウリであるスノッブなグッズが翻訳時点で馴染みがないこともあって、今読むとトンチンカンな紹介になってることも多くて(苦笑)しながら読んでたこともあるが...まあそういうあたりは当然直る。しかしね、比較して読むと旧訳がいかに「読み物としてマトモに楽しめるものを」と工夫しているのがよくわかるよ。

ルーレットのひとまわり、カードのひとくばりごとに、一パーセントというささやかなお宝を積み上げていく。数字に目のない太った猫のような鼓動だ。

ルーレットがまわるたび、カードがめくられるたびにカジノにもたらされる一パーセントの金というささやかな財宝の累計を計算している音だ。心臓があるべき場所にゼロしかないのに脈を搏ちつづける肥えた猫—それがカジノだ。

フレミングは教養あるから、凝って捻った言い回しのキメ台詞を決めるわけだが、そのヒネりぐあいにヒネられて、文脈があっちの方向に行方不明な訳みたいだ。旧訳にはまったく及ばないようである。
小説自体はまだ007のキャラが確立していない部分があるんだけども、スノッブなヨーロッパの上流のお楽しみ描写、ボンドのギャンブル哲学もちゃんと「らしく」あって、また文体はホントに完成している。額を撃たれて...

つかのま三つの目すべてが部屋の反対側を見つめているようだった。つづいて顔全体が、一気に片膝のほうへ滑り落ちていくように見えた。最初からある左右の目がぐるりとまわって天井のほうをむく。重い頭部が横へ倒れていき、さらに右肩が、最後には上半身全体が椅子の肘掛けから外側に倒れこんだ。まるで椅子の横に反吐をぶちまけようとしているようだった。

スローモーション、とはこのことだね。凄いな。ここは直訳な新訳がいいあたり。フレミングはスノッブで洒落ているだけじゃなくて、この尖った映像的なセンスの良さがあるから、昔からチャンドラーも褒めれば、タダのスリラー作家じゃない「インテリ御用達」娯楽作家だったわけである。
あとね、実のところこのル・シッフルをバカラでハメる作戦はフィージビリティがある。有名な話だが、純粋なギャンブルであるバカラならではの「必勝法」があるのだ。この007の作戦はいわゆる「倍プッシュ必勝法(マーチンゲール法)」で、資金が無限に続き、勝っているところで一方的に勝負を終わらせられるなら、確実に勝てるんである。国家がバックに付いたスパイ小説だから、アリなのである。これが小説のキモのアイデアなのだ。
そうしてみると2006年の映画で、運頼みのバカラじゃなくて、競技性が強いポーカーに変更になったのは、作品の軸を崩す改悪だと思うんだ。バカラは純粋なギャンブルで競技性がないからこそ、カジノで他のゲームと違う大金が動くんだと思うんだよ。腕がモノ言うポーカーだったら、「名人」のガチ勝負に対抗しようとするカモなんているもんか。まあ2006年の映画はキマジメで、原作と昔の映画が持っていたスノッブでキッチュな遊び心が全然なくなっているんだね。イマドキはこういうの、ハヤらないのかねえ。007ってマジメじゃあなくて、遊びに魅力があるものなんだけども、この「アソび」の余裕が今はなくなってるのかしらん。
逆に1967年の映画は「アソび」がすべてである。素晴らしい!!遊びのセンスとキッチュな想像力、細部のおシャレさ加減、スター出まくりの無意味なゴージャス感など、ホントに見どころの連続の名作である。映画って話のツジツマがどうこう、なもんであるもんか。確かにパロディだが、原作のスノッブさ・キッチュさ・遊び心はちゃんと再現している。お金かかりまくりでB級どころか豪奢な大作だし、昔は地上波TVでフツーに日曜夕方にでも流れてた作品で誰でも知ってて「カルト」じゃないし...と、かつての日常には浮世離れの「ちょっとした贅沢」が溢れてたんだけど、今はこういうの許されないんだろうかね。
スノッブでゴージャスな007は、21世紀は暮らしにくいとは残念なことだ。

No.12 5点 007/サンダーボール作戦- イアン・フレミング 2019/08/12 12:47
miniさんが要領よく事情をまとめているので省くけど、本作の原型は映画用シナリオである。しかも状況によっては映画第1作になるかも..という可能性もあったわけで、犯罪計画は大規模で、しかも結構リアルに「起こりうる?」なんて懸念された「核ジャック」である。キャッチーなんだけど、話はあまり無理せずにまとめて「守ってる」印象。
フレミングはジャマイカに別荘を持ってる縁もあって、舞台はおなじみカリブ海。「死ぬのは奴らだ」「ドクターノオ」本作「黄金銃」に短編集の3/5 だから、評者は食傷気味だ。映画シナリオっぽさは、核ジャックが起きてMがボンドを呼び出して任務を与えたあとに、核ジャックの手口を敵方視点で長々と叙述しているあたりで窺われる。けどちょっとバランスを失ってる気もする...もう少しカットバックするとか、ないのかな。
まあ本作、「今ひとつ」の最大の理由は、スペクターと言えばブロフェルドなのに、本作のメインの「敵」は実質No.2のエミリオ・ラルゴで今一つ「悪竜」ぽさに欠けること。タダのプレイボーイで、カリスマとか憎々しいワルさとか、今一つ。またイントロでボンドが無頼の生活を改善するために、業務命令で自然食療養所に入れられて...のナイスなエピソードがあるのに、そこでのワルのリッピ伯爵が小物過ぎ、しかもスペクターの犯罪計画に強く絡まないあたり。
総じてあまりプロットは上出来とは言いかねるし、評者「死ぬのは奴らだ」と続けて読んだせいもあるけども、水中戦が「またかよ」になってしまった。フレミングってプロットのバリエーションが少ない作家だ。

No.11 5点 007/死ぬのは奴らだ- イアン・フレミング 2019/07/15 16:50
本作が一番最初に紹介された007である。映画化もまだ先の話で、ポケミス重版時のあとがきが「初紹介から七年後」の話になっていて興味深い。完全な先物買いとして都筑道夫が主導して紹介したようだ。ポケミス裏表紙の作品紹介は初紹介時のそのままなのだろう。

現在、ケヴィン・フィッツジェラルド、ロバート・ハーリングなどと共にスパイ小説界の第一人者と目されている新進作家である。近代版スティーブンスンと言われるロマンチックな作風、キビキビした文体と無類のストーリー・テリングは、第一級の冒険スパイ小説となっている。

ケヴィン・フィッツジェラルドとかロバート・ハーリングって誰だろう....と調べてみると、Robert Harling は見つかる。海軍でフレミングのと同僚だっただけでなく、一緒に秘密活動していたようだ。戦後ペーパーバックで小説を書いて、フレミングの親友であり続けた人だが、翻訳紹介はなさそうだ。時代の違いを感じさせる紹介文なので、面白くなってつい脱線。

で本作の敵は黒人ギャングで、ヴードゥーの魔術を使った恐怖支配をするミスター・ビッグ。大量の古金貨が流入しているらしい...その源を追って、ボンドはNYに赴いた。旧友レイターとも再会し、FBI・CIAとも共同戦線での仕事である。どうやらジャマイカから、フロリダの魚釣用生き餌会社を経由して、金貨は密輸されているようだ。それを仕切るミスター・ビッグの手の内を探るためにハーレムのクラブに潜入した二人は、ミスター・ビッグと神秘的な美女ソリテアと対面する...ソリテアを奪うかたちでボンドはフロリダ行きの列車に飛び乗り、さらに舞台はフロリダからビッグの本拠のジャマイカにまで広がる。海賊血まみれモーガンの財宝が眠る島に、ボンドは水中を潜行して侵入を試みる!

という話。実は漫画っぽさはあるけども、雰囲気がかなり地味。ヴィランのミスター・ビッグ、スメルシュの手先だそうだが、そうそう非道い悪事を働いてはいないんだよね。金密輸くらいのもの。ビジネスに手を出す者には容赦しないから、相棒のレイターが片腕を失うのはこの話。ボンドがビッグと対面するのも二回だけだし、雰囲気マアマアでも話はスローテンポで、なかなかヤマがかからない。本の半分かかってやっとフロリダ着、海を潜って本拠潜入も40ページほどで片付いてしまう。一番の読みどころは潜水しての道中の描写だから、バランスが取れないや。
まだ試行錯誤中、という印象。ストイックな冒険小説のテイストの方が強いかなあ。裏表紙での「近代版スティーブンスン」って比較は、要するに「007in宝島」ということなんだろうな。

No.10 8点 007号の冒険- イアン・フレミング 2019/05/08 22:22
007の人気が上がってきたので、「プレイボーイ」などの一般誌からの依頼を受けて書かれた007の短編集である。だったら無理しない。番外の顔見世興行みたいなものだから、ボンドのキャラを今更深めなくても読者は喜んでくれる。筋立てにも工夫せず、ウケそうなサワリの場面をつないで逃げ切ればいい....で書かれたようなものなんだけども、逆にフレミングは、その余裕の中で、文章をギリギリまでに彫琢したようなのだ。

大きな黒いゴムの防塵眼鏡のかげで、その目は火打石のように冷ややかだった。時速七○ですっとばすBSAM二〇オートバイ ― からだも機械も宙に踊っているのだが、その目だけは静かに落ちついている。防塵眼鏡に守られて、ハンドルのまんなかあたりのちょっと上で、ぴたりと前方を見つめる黒いその目は、まるで拳銃の銃口みたいだった。

模範的なハードボイルド文といっていいだろう。ほぼ全作この調子で緩みのないタイトな文章で綴られている。大変心地よい。

自足荘の広いベランダでは、夕日の最後の名残りが赤いしみを照らしだしていた。小鳥の一羽が、手すりをこえて、ハヴロック夫人の心臓のすぐ上に行って見おろす。これは、蜜ではない。小鳥は陽気に花をとじかけたふようの草むらのねぐらのほうへ飛び去ってしまった。

でしかも、この「読後焼却すべし(For Your Eyes Only)」では、このハヴロック夫妻の仇討ちをMから私的に依頼されたボンドが、その娘と協力してターゲットを殺す。短編の幕切れでは、この娘、

ジュディもそのうしろにつづいた。歩きながら彼女が、髪をたばねていた草とリボンをとると、金髪がはらりと肩にたれかかった。

で小説が終わる。映画の最後でストップモーションで終わる(昔「ラスチョン」なんて呼んでたが)ような効果だ。映画を見なくたって、映画を見たかような視覚的な満足感を得られる。素晴らしい。名文家フレミングの絶頂期の筆の冴えを堪能するがいい。

No.9 7点 007/007は二度死ぬ- イアン・フレミング 2019/03/16 09:19
その昔は本作は「国辱映画(小説)」なんて呼ばれたこともあったけども、今ネットで検索してみると、映画・小説ともに「裏ベスト」という声も高い。日本人にシャレが判る人間が増えたせいもあろうが、本作で描かれた「日本の像」が、今ではずいぶん過去のものとなってしまい、適切な「距離」をもって、(かつての)肖像を見ることをできるようになった...というのもあるだろう。昭和は遠くなりにけり、だ。
本作はフレミングが二度日本を訪れたその印象を、007に仮託して書いた旅行記みたいなものだ。本作の面白い部分は、そのガイジンの目から見た日本の像なのだが、通常の旅行記が対象となる国のイメージを、何かまとまったものとして描きたがるのに対して、本作は極めて詳細で鮮烈なデテールと、混沌とした不可思議の国としての全体像を、統合しまとめようという意図がほとんど見受けられないことだ。デテールへの固執・偏愛が際立って、あたかも悪夢の中にいるような印象を受ける。「悪夢のようなニッポン」ではなくて、「悪夢としてのニッポン」を本書は実現してしまっている。これは稀有な旅行記だ。
この時期、フレミングは超ベストセラー作家であり、何を書こうとも絶対にベストセラーになってしまう、という空恐ろしい状況にあったわけだが、それに対して自身でも皮肉な想いがあったのだろうか、見事にそんな読者の期待を肩透かししたようにも思える。
そりゃさあ、冒頭からボンドとタイガー田中とのお座敷遊びで始まるんだよ。ボンドが吐く悪態を咎めて、日本の罵倒語のウンチクをタイガーは教えるし、サントリーのウィスキーはお気に入りのようだ。伊勢神宮に参拝すると修学旅行の高校生の団体もいるし、牛にビールを飲ませて焼酎でマッサージをするのを見学する...テレビで「七人の刑事」を見てから寝る。
と本当に主人公はフレミングであり、自らのキャラクターである007に仮託して、フレミングは日本を旅する。芭蕉の俳句に触発されて

人生は二度しかない/生まれたときと、死に直面したときと

というHAIKUを作る。俳句というよりもエピグラムっぽいのがご愛嬌。ヘンな比較をしちゃうが、「○○七号土佐日記」かもね。だから最後50ページの「死のディズニーランド」でのブロフェルドとの最終対決は、口実というか言い訳というか、海外視察に赴いた市会議員の報告書みたいなものだ。真に受けちゃ、だめだよ(苦笑)。

No.8 5点 ダイヤモンド密輸作戦- イアン・フレミング 2019/02/10 14:27
本作は「ダイヤモンドは永遠に」じゃないが、007の活躍する「永遠に」と同様に、ダイヤモンド密輸を取り締まる「国際ダイヤモンド保安機構(IDSO)」の捜査員からフレミングが聞いた話をまとめたルポである。というと、「永遠に」の元ネタ?という疑問はもっともだが、実は「密輸作戦」は「永遠に」が出版された後に、興味があるだろうと紹介した人がいて、フレミングが捜査員ジョン・ブレイズ(仮名)の話を聞く機会をもったわけだ(苦笑)。
ダイヤモンドの採掘・流通が大英帝国の版図の中で発展した経緯もあり、イギリスの帝国経営とも密接な関係があって、盗掘・密輸を取り締まるこの「国際ダイヤモンド保安機構」は、MI5の長官が辞職した後に設立したものだったりする。名目上は「民営」の秘密警察みたいなものだが、海軍情報部に居たこともあるフレミングとしてはまんざらご縁がないわけじゃない....というのが本当は「永遠に」のネタ選択にも影響があるらしい。
けどもね、本作の「ダイヤモンド密輸」は泥臭いものである。アフリカの原住民たちが採掘会社に雇われて、ごまかして原石を持ち出すとか、無権利での盗掘とか、選別工程でのちょろまかし、といった小さな不正でダイヤが手に入ってしまう。実際、原住民たちから見たら、刑罰は利益と比べたら微々たるものなくらいだ。だから裏で流通するダイヤは表の何倍にも、とは量的にはそうなのだが、実際はグレードの低い工業用ダイヤばっかりみたいだ。それでも東側諸国は工業用途でこれを買い漁るので、なんとかしなきゃ...という冷戦事情もないわけじゃない。
まあそんな地に足のつき過ぎの泥臭い話。だから密輸を減らす一番の特効薬は、会社が事情に目をつぶって、裏のダイヤを買い取る窓口を、おおっぴらに作ることだったりする...アホらしいといえば全くそのとおりで、これによって密輸がガタンと減ったらしい。取締も実際にはダイヤ価格をコントロールするための手段として使われているだけのことである。
「永遠に」のウラには何とも泥臭い話があるんだ、というのをフレミング自身がレポートしているのが何とも皮肉なところではある。まあ世の中こんなものさ。

No.7 7点 007/ダイヤモンドは永遠に- イアン・フレミング 2019/02/08 00:08
007というといくつか伝説があって「JFK御愛読!」は有名なんだが本サイト的にはどうでもいい。しかし「レイモンド・チャンドラー絶賛!」の方はやはりひっかかりがあろうというものだ。
で本作、もともと「チャンドラー風スパイ小説」と呼ばれていたシリーズ中でも、一番チャンドラー風味が強いように感じた。舞台はアメリカで、ギャングたちの中にボンドが潜入する話で、結構警句も飛ばしてくれる。ボンドガールのティファニーも悪女系で元々敵方なのが裏切るタイプだし..とハードボイルド・タッチがシリーズ中でも一番高い話だろう。
とはいえ、それだけじゃ、ない。読んでいて一番「チャンドラーっぽい!」って感じるのは、会話は直接事件に関わらないムダ話をしているのに、いざアクションが始まる..となると、サクッと章を変え視点を変えて結果にすっ飛ばす。こういった省筆の妙味みたいなものが、チャンドラーっぽさの原因のようだ。いいな、粋だな。
話はチンピラにすり替わって、ボンドがダイヤ密輸の運び屋をやって、その報酬を受け取る段に、競馬のイカサマやカジノのイカサマに遭遇しつつ、次第にダイヤ密輸の黒幕に近づいていく、という大変地味な話。なので競馬場のデテールとイカサマの攻防、買収された騎手へのリンチと、ここらへんが一番面白く感じた。地に足が付いたリアルな話なんだよ。チャンドラーが褒めるのも、むべなるかな。
で、カジノのブラックジャック勝負に見せかけたイカサマで、ボンドは密輸の報酬を得て、指令に背いてさらにルーレット勝負で4倍に増やす。合計2万ドル。うち1万5千ドルを、5千ドル紙幣に替えて、Mに郵送で送る....ね、5千ドル紙幣といえば例のマディソンの肖像画。チャンドラーへのご挨拶なんだろ。
ついでだから映画も見たが、コネリー復帰なんだが老けて太って、カッコ悪い。原作の地に足の着いた面白みが全然ない、大味なSF陰謀モノでドッチラケ。思うんだが、ダイヤモンドにこだわってこだわって、その美と魔性で映画にしたら、良かったんだろうとも思うんだよ。宇宙兵器のレーザー増幅器に使うじゃ、ダイヤモンドも泣いてるぜ。

No.6 6点 007/ムーンレイカー- イアン・フレミング 2019/01/19 21:16
初期にしては陰謀が大げさな例外的な作品なんだけど、売れてからのお約束みたいなものが薄くて、丁寧に書かれた印象を受けるのが、いいところ。実際、本作をリライトしたのが「ゴールドフィンガー」なんだろう。「ゴールドフィンガー」はもう「何がウケて、自分は何が書けるか?」をよく分かって「勝ちにいった」作品なんだけども、本作はまだいろいろと「試してみる」感が出ていてこれはこれで新鮮に読める。
実際、終盤までとりあえず「ムーンレイカーの打ち上げの妨害者は誰か?」を軸にプロットが進行するので、ヴィランのドラックス卿の関与だって匂わせる程度。まあ序盤のブリッジ勝負があるから、ドラックス卿が善玉なわけはないのだが、最初っから憎々しいゴールドフィンガーに比べたら、エネルギーと指導力に満ちたカリスマ・リーダーとしてそれなりの説得力のある描写だしね。
だから逆にボンドがまだ若僧っぽい。ムーンレイカーの打ち上げ阻止のために「自分が犠牲になろう」とするあたり、クラシックなイギリス冒険小説みたいで、ボンドらしくない。オマケに、最後にはフられる...アンタ誰だ(苦笑)。
訳者の解説によると「インテリ好みの西洋講談」だそうだ。意外なくらいに若々しい筆で、いいじゃないか。

No.5 7点 007/わたしを愛したスパイ- イアン・フレミング 2018/12/09 22:02
「サンダーボール作戦」以降は映画のための仕事みたいになって、007の余生みたいなものだ...というと言い過ぎかしらん?でその中で書かれた本作は「007外伝」なんだけど、逆に言えば「カジノ」も「ロシア」も本当はヒロイン視点でもよかったのでは?という作品なことを考え合わせると、やはり本作はフレミングが「書きたくて書いた」作品なんだと思う。そういう作者の思いがあってか、映画化にあたって「小説に書かれた内容を使用することを禁止する」という異例の契約をしたらしい。ま、およそ映画向きじゃない作品だが、ボンドガールの名前にさえ、本作のヒロインのヴィヴ・ミシェルは採用されていないくらいだ。
でね、本作、エロい。女性視点での「セックス」が大きなテーマだ。「わたし」「彼ら」「あの人」の三部構成で「わたし」はヒロインの生い立ちと男性歴で、およそミステリとは無関係なんだけど...しかしね「女性から見た(神話的な)ボンドという男」を描くテーマからすれば、これは絶対必要なパートなんだろう。スクーター(時代を感じる)でアメリカ大陸縦断旅行に出たヒロインは、旅費稼ぎにモーテルの臨時の留守番役に雇われた。一人で留守を預かったヒロインは嵐の晩を過ごすが、2人のギャングの侵入を許すことになる。ギャングの狙いはモーテルを火事にして、保険金を詐取するために雇われたようだ...絶体絶命のピンチに、偶然モーテルに車の故障によって立ち寄った男がいた。その男はジェームズ・ボンドと名乗った!
で、見事にボンドはギャングを退治してヒロインを救う。そしてヒロインはボンドとのベッドシーン....となるわけだが、本作の最大の眼目はこのベッドシーンを描くこと以外にあるわけがない。ここでのヒロインの述懐が、フレミングの「ジェームズ・ボンドについての結論」みたいなものなのであろう。本作を読まずして、007を語ってはいけないね。
まあそういう経緯の作品なので、映画とは「タイトル以外は無関係」という関係にある。「ミステリの祭典」的には触れる必要はなかろう。

No.4 5点 007/女王陛下の007- イアン・フレミング 2018/11/21 07:53
本作は原作も映画も地味、という007にあるまじき作品になっている。まあこの地味さ、というかリアリズムをどう捉えるか、が評価なんだろうけど、評者はイマイチ、という判定。映画は本当に原作に忠実で、逆にこの忠実さが監督の「B班監督っぽさ」になってて、テレンス・ヤングやガイ・ハミルトンといった「らしい」監督のハッタリ感(=有能さ)を欠いてる印象を受ける。
でまあ、バレといえばその通りかもしれないが、これ映画も原作もその後採用されている「設定」なので言っちゃうが、本作でボンドは結婚して、新婚旅行にでかけたところで襲撃されて新妻を亡くす。悲恋なんだよね。映画のイイところはこの死に顔が美しいこと。あと、結婚式でMの秘書マニイペニイが涙ぐみ、彼女にボンドが帽子を投げて渡すあたり。いい。
で本作の敵役は「サンダーボール」に引き続きブロフェルドwithスペクター。原作では産業テロみたいな超地味作戦だけど、映画はさすがにこれをネタに国連を脅すことにしている。まどっちでも地味でリアル。しかもほぼ舞台はスイスのブロフェルドの山荘&アレルギー研究所に限られるので、舞台の変化もとくになし。ひたすら身元を偽って潜入&発見&逃走というあたりを軸にしている。ストーリー上のマイナスポイントは、ボンドとその新妻の話と、ブロフェルドとの戦いがほとんど絡まないこと。リアルなのにご都合主義。おい。
で映画はコネリー降板で1作だけボンドを演ったジョージ・レーゼンビー。コネリーの酷薄さがなくて人が良さそう。ボンドの結婚はコネリーだったら理解不能だったかもしれないから、いいのかも。本人アクションに自信あり、というのが決め手なのかな。雪の中セント・バーナードと戯れるのがナイス。
あと原作、気になるのは過去作品への言及が多すぎること。山荘のお客に「映画スターのウルシュラ・アンドレス」が来てるとか、カジノ・ロワイヤルで新妻と出会うとか、お遊びといえばそうなんだが、作者の余裕よりも飽きみたいなものを感じるけどねえ。どうだろう。

No.3 6点 007/黄金の銃をもつ男- イアン・フレミング 2018/10/10 00:03
評者はどうもワルモノなので、「マジメを売り物にする」奴が嫌いみたいだ。というのは、ル・カレをこのところ5冊やったんだが、何かねえ読んでいて嫌な気分になることが多いんだ。その点、フレミングは、洒落っ気があるのでスノッブな気取りだって嫌な気分にはならない。エンタメに徹してるが、これだけ売れたシリーズのわけで、それはそれである種の「真実」を示しているようにも思うのだ....と、人気絶頂での作者の死によって遺作となった本作は、ある意味このシリーズの本質みたいなものを露呈しているのが面白い。
前作「二度死ぬ」の最後で行方不明になったボンドが、突然帰ってきた...が、この裏にはソ連に洗脳されたボンドによるM暗殺が企まれていた。間一髪で暗殺を逃れたMは、ボンドに療養をさせたのち、回復したボンドに汚名挽回のための任務を与える。カリブ海を根城にソ連の仕事を多く請け負う殺し屋スカラマンガの暗殺である。スカラマンガは「黄金銃を持つ男」として伝説化した殺し屋だった....スカラマンガに接近したボンドに対決の日が近づく。
ボンドの帰還とM暗殺を巡るシーケンスが、「秘密情報部の一般社会インターフェイス」という視点で描かれていて、なかなか興味深い。で、本作は実際のところ「007=殺人許可証を持つ男」というのが、国家の暗殺者だ、ということを露呈しているのだ。正義の冒険者、というよりも暗殺を業とする殺し屋としてのボンドが、伝説の殺し屋と決闘する、というウェスタン調の話なのである。原作でもスカラマンガは何となくボンドを気に入ったかたちで、身近に雇うことにする。同類としての共感みたいなものが、原作でも底流に感じられる。
で、これは映画ではクリストファー・リーがスカラマンガを演じて、これはもうボンドに対する親愛感をまったく隠さない、というか同性愛的なニュアンスさえある(スカラマンガとニックナックの関係も怪しい)。二人は古典的な正々堂々な決闘をする。ほぼスカラマンガのキャラだけを原作から採用して、舞台背景や事件はほぼオリジナルになっているのだが、これはこれで原作のウェスタンな「殺し屋vs殺し屋の話」のテイストを維持できていて、ナイスな映画化だと評者は(あえて)思うのだ。舞台を映画の前作とカブるという理由でカリブ海から香港・マカオ・東南アジアに移して、折からのカンフーブームにも乗っかって...と、かなりお気楽なボンドならぬモンド映画風の作りになっているので、マジメなファンは嫌がる作品で有名なんだがね。
と、舞台が共通する「スクールボーイ閣下」でマジメにベトナム戦争を背景にしたル・カレと対比すると、あちらのマジメさが結局華僑の囲われ者になっていたイギリス人女性を、イギリスの臨時工作員が任務を逸脱して華僑から奪おうとする話..となってしまい、イギリス人の視野の狭い独善性みたいなものを感じて評者はノレないんだな。こっちは「ガキじみた決闘ごっこに血道を上げて、アジアの片隅で腐れ果てるイギリス変態紳士たち」の映画だ。これに巧まざる批評性を読み込こんでみたいと評者は思うのだ。
ま、映画はカジノ・ロワイヤルが 1967 > 2006 な映画バカなら、お気に入りになること間違いなし。映画の方が原作よりも面白い。

No.2 7点 007/ロシアから愛をこめて- イアン・フレミング 2018/09/17 19:48
007というと娯楽スパイの代名詞なんだけどね...けどさ、本作までの原作って「ムーンレイカー」を除くと派手なトンデモ陰謀はないんだよ。本作でもトビラには「この小説の事件はともかく、背景の大部分は正確な事実にのっとっている。...この将軍の人相その他についてのわたしの描写は正確だ」と、MI6勤務歴のある作家に見得を切られちゃったら....どうしよう?? スパイの秘密活動のリアリティを、一読者がどう判定するんだろうね?
少なくとも本作までは、ハードボイルド+スパイ(+あと恋愛?)、という狙いで書かれていたと見るほうが適切なんだと思う。本作の映画化までは、そんなに売れていたわけでもないようだし。映画だってトンデモ路線の第1作「ドクター・ノオ」以上に、シリアス描写の多い本作が大ヒット。映画の方も原作のシリアスさを活かした出来であって、娯楽トンデモ路線が定着するのは次の「ゴールドフィンガー」からだと見たほうがよさそうだ。
小説の方だが、前半のスメルシュ側の作戦立案をじっくり描写しているあたりが、小説として実に冴えている。フレミング、小説上手だよ。ボンドだけに特化した作戦を立案したために、「罠かな?」と疑われても、あまりに特化し過ぎてるので、「まさか?」となってついついひっかかる、というあたりリアルな駆け引き感があって、いい。さすがチェス・マスターのプランである。後半「執行」は「計画」のリアライズとして意識して読むのが面白いと思う。
でまあ映画だけど、古典的な序破急を無視した、最初から全速力のジェットコースター式スリラーの元祖。スリラー映画は明白に演出面で「007以前/以降」があるからね、観てなきゃモグリ、というものでしょう。個人的にはローザのロッテ・レーニャに思い入れがある...この人「三文オペラ」の作曲家クルト・ヴァイルの奥さんで、舞台初演で娼婦ジェニーを演じて、パブストの映画化で名曲「海賊ジェニー」を歌った人(LOVE)。「海賊ジェニー」の残忍非情さがローザにつながる..のは読みすぎだろうけどね。映画出演は少ないけど、「ワイマール文化の名花」とまで呼ばれた舞台人である。ロバート・ショウやペドロ・アルメンダリスもそうだけど、この頃の007のキャスティング・センスは神がかっている。
(あと小説でボンドが「ディミトリオスの棺」を持ってイスタンブールにいくチョイスがナイス)

No.1 7点 007/ゴールドフィンガー- イアン・フレミング 2018/03/18 00:32
問答無用に007である。映画の印象だと大冒険アクションなのだが、小説だとフォート・ノックス襲撃は後半1/3ほどで、ボリューム的にはずいぶん小さい。そのかわり、ゴールドフィンガーのカードのイカサマを暴くのと、ゴルフの勝負のウェイトが大きい。なので地味か...というとそういう印象を与えないのが、フレミングの腕の冴えのように感じる。
ボンドというと、例の「ウォッカ・マティーニを。ステアせずにシェィクで」が有名なように、イギリス紳士らしい奇矯で偏頗なコダワリがあって、それをいつでもどこでも押し通すのだが、実はこれはダンディズムというものなのだ。というのも、内容が奇矯でしかも実にトリビアルなコダワリであればあるほど、コダワることはたかが恣意、ということになる。しかしそれが恣意であればあるだけ、それを押し通すことは「奪われざる自由意志」といったものの象徴となる...ウオッカ・マティーニへのコダワリも拷問への抵抗力も、ボンドにとってはまったく等価なものなのだ。ここらの事情をカードやゴルフで「命がけで遊んでいる」ボンドの姿を介して、魅力的に描けているように思う。それこそボー・ブランメル以来のイギリスのダンディズムの最後の後継者というべきだろう。こういうボンドの美意識を一番まったりと楽しめるのが、たぶん本作。
映画はそういう意味じゃ別物。評者はオッドジョブ(ハロルド坂田)への愛が深すぎて、見ていて苦しくなるほど萌えに萌え狂っていた...ハロルド坂田やゲルト・フレーベだけじゃなくて、この頃のボンド映画ってキャスティングのセンスが神がかっているなぁ。

キーワードから探す
クリスティ再読さん
ひとこと
大人になってからは、母に「あんたの買ってくる本は難しくて..」となかなか一緒に楽しめる本がなかったのですが、クリスティだけは例外でした。その母も先年亡くなりました。

母の記憶のために...

...
好きな作家
クリスティ、チャンドラー、J=P.マンシェット、ライオネル・デヴィッドスン、小栗虫...
採点傾向
平均点: 6.43点   採点数: 1249件
採点の多い作家(TOP10)
アガサ・クリスティー(97)
ジョルジュ・シムノン(89)
エラリイ・クイーン(45)
ジョン・ディクスン・カー(30)
ロス・マクドナルド(26)
ボアロー&ナルスジャック(18)
エリック・アンブラー(17)
ウィリアム・P・マッギヴァーン(17)
アーサー・コナン・ドイル(16)
ダシール・ハメット(15)