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クリスティ再読さん
平均点: 6.43点 書評数: 1251件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.331 7点 虚栄の女- ウィリアム・P・マッギヴァーン 2018/05/03 11:03
作家コンプ中心に読んでいくと、最後の方ってどうしても入手困難作が多くなるし、入手困難=不人気、ってことが多いから、あまり面白さをアテにできない...のが覚悟の上なんだけども、逆に面白かったりすると「わ、世の中に知られてない儲けモノみっけ!」と気分が高揚するのがご褒美みたいなものだ。
さて、マッギヴァーンも大詰め「虚栄の女」。儲けモノの部類である。好きな作家なればこそ、うれしい。第二次大戦中のシカゴ社交界の花形だった女性、メイ(ま要するにクルチザンヌである)。彼女が戦時中の政財界の裏面暴露の日記を出版しようとしている、という噂がたち、シカゴの政財界に静かなパニックが走った。身に覚えのある実業家ライアダンは、同時に戦時中の不正を暴く上院の委員会の標的となって、調査団を迎えることになった。調査団とメイ、この両面からの脅威を押し戻すため、ライアダンは広告代理店と契約した。主人公はその担当者となって、ライアダンと対策を協議しつつ、主人公旧知のメイとの交渉にあたるのだが....がその最中メイが殺害されて戦時中の日記が消え失せた!
企業などの不祥事、というと謝罪会見で会社幹部が妙に尊大な態度をとって炎上しまくる...というのがこのところ続いていて「危機管理がなってない」とか評されるわけだけど、とくに日本は「アドバタイジング」と「パブリック・リレーションズ」が混同されるきらいがあって、正しい意味での「PR(パブリック・リレーションズ=社会との関係)」が定着していない風土であるから、「なんで広告代理店?」となる読者も多かろうが、本作の広告代理店と主人公の仕事は、まさにこの「PR」である。ライアダンの記者会見を主人公は見事に仕切ってみせる。評者とか真似したいくらいにナイスな設定だと思うのだが、いかがだろうか。
でまあ、この実業家は実のところ絵に描いたような悪党で、仕事とは言いながら主人公は葛藤する。別居中の妻も同僚で、主人公を見守って離婚するかどうかを考慮中だったりする。

きみの忠誠心は、売りに出ていたものなのだ。それをわたしが買ったのだ。粉骨砕身、きみに働いてもらうつもりである。たとえわたしが詐欺師であろうと、正直な人間であろうと、それには何のかかわりもないことなのだ。これだけいえば満足してもらえるかな?

いやあ、マッギヴァーンらしさ全開だね。道徳的トラブルを抱えながら、事件の真相を追いかけて、自らの道徳的葛藤にも決着をつける。犯人もうまく隠せているし、手がかりは会話の中の齟齬みたいなものだから、かなり難度が高いけど、まあフェアかな、くらい...と若干パズラー的興味もある。
父親は粗悪な小銃を政府に納入して儲けるが、その息子は戦争で手柄を立てて「英雄」なんだけども、戦争神経症を患って戦後は無為徒食のまま父親に反抗しつづけるし、主人公の妻は仕事で主人公が成功すればするほど「嫌な奴」になってくるのに耐えれなくて別居→離婚を考えているなど、サブキャラもなかなかうまく書けている。あっけなく殺される影のヒロイン、メイの存在感というか、「なぜ暴露本を出そうとしたか?」はミステリ的な謎というよりも、キャラの性格から説明されるとか、小説的な厚みがあって、これはいい小説である。先行する「囁く死体」「最後の審判」は今一つだったのと比較すると、マッギヴァーンらしさが本作で早々と開花している印象だ。次作はもう「殺人のためのバッジ」だもんなあ。

マッギヴァーンのコンプ記念でベスト5を選ぼうか。「殺人のためのバッジ」「最悪のとき」「明日に賭ける」「ファイル7」「けものの街」...まあこの人の場合ベスト5選びはほぼ定番に落ち着いて全然面白みがない。

No.330 7点 恐怖のパスポート- エリオット・リード 2018/05/02 22:49
エリオット・リード名義の全5作も、本作で完了、ということになるのだが、リードの手の内が分かってきて、しかもタイトルが悪くて読む気をソソらないものだから、ずっと後回しにしてきた作品なんだけど....いや、本作面白い。他のリード作品とは違って、「武器の道」とか「ダーティ・ストーリー」とか「ドクター・フリゴ」との関連性がずっと強いから、それこそアンブラー名義で出ても全然不思議じゃない。リード名義は本当に本作と「反乱」だけ読めばいいくらいだ。
主人公は金策のため、兄の援助を求めに兄の住むグァテマラ(たぶん)に旅立った。兄は考古学の研究で訪れたグァテマラでの発掘で得た出土物を保護するために、現地に土地を買い、コーヒー園を経営していたのだった。しかし、兄との連絡が全く取れない...主人公は不審に思いつつも兄の農場に到着する。そこで迎えたのは兄の妻の兄妹を名乗る男と、衰弱しきった瀕死の兄、それとなぜか行きの飛行機で乗り合わせた兄の妻を名乗る女だった...兄の農園は妻とその兄弟の手に渡り、なぜか主人公は農場に監禁されることになってしまった。不用意に主人公がその娘に会いに来るように手紙を送ってしまったために、何も知らない娘もまもなく到着すれば、同じように監禁されることが目に見えている。主人公は脱出を決意した。
という話。ジャングルを越える逃避行が戦前のアンブラーの定番だった脱出行を彷彿とさせる。前半のサスペンス、中盤の冒険小説風、後半の主人公の娘とそれを張り合う二人の青年を巡る軽妙なロマンティック・スリラーの味、しかも大詰めでクーデター事件まで盛り込んだノンストップな面白さである。主人公の娘を張り合う青年の一人が、南米の大鉱山所有者の息子で、主人公の娘の失踪は警察に取り合ってもらえないのに、娘に恋して娘の行方を捜す男が自分で動くと、その青年の安否のために警察が動いて捜査の端緒となるとか、クーデターの予兆を操作の結果つかんだ警部が、警視総監に報告するがどうやら総監もクーデター派のシンパで取り合ってもらえないのが、もう一人の恋敵はオペラ歌手のくせにその父が政府の要人で、娘の奪回のために協力して軍を動かすとか、中南米で「ありそう」な皮肉なプロットも面白い。中南米で横行した山岳ゲリラってこんなもんなんだよねぇ。

No.329 8点 エラリー・クイーンの新冒険- エラリイ・クイーン 2018/05/02 22:12
クイーンも本作やって一区切り、と考えているのだが、この「新冒険」、「冒険」よりもずっと面白いな。あの評判の悪い第二期での最大の傑作じゃないかしら。
「神の灯火」はあとでちゃんと触れるが、ポーラ・パリス登場のハリウッドシリーズ系作品は、30年代のアメリカの都市住民のエンタメ感覚をうまくキャッチできているように感じる。小説として実に小洒落ているな。「ハートの4」とかの長編がムリして書いてる感が強かったわけだけど、最後の4短編あたりキュートにまとまった都市小説の良さを愉しめる。「トロイヤの馬」なんてそれこそ詩的正義、というものだ。最初の4本が代表するホームズ的短編からの脱皮がこの作品集の只中で行われたようなものである。
で問題の「神の灯火」だが、ライナッハは要するに「十日間の不思議」のディートリッチの原型みたいなキャラで、「奇蹟」というものの人間理性に対する在り方を問うような狙いがある。本作は大技が注目されるあたりだけど、本当は手品的な大技がミスディレクションでしかないあたりに、本作の真の価値がある。「奇蹟」という神の手品に対して、信仰と理性がせめぎあうさまを、後期クイーンは何度も繰り返すことになるのだ...

一応クイーンの真作長編+冒険+新冒険でのコンプを記念して、ベスト5を選ぼうか。「十日間の不思議」「シャム双生児の秘密」「ガラスの村」「Xの悲劇」「第八の日」。ごめんね異端なのはわかってるよ。

No.328 5点 囁く死体- ウィリアム・P・マッギヴァーン 2018/04/29 23:32
マッギヴァーンって何故か同じネタで2作書く傾向があるみたいだ。本作と「ゆがんだ罠」がペアになるし、元刑事復讐譚だったら「ビッグヒート」と「最悪のとき」、悪徳警官なら「悪徳警官」と「殺人のためのバッジ」、閉鎖空間でのパワーゲームなら「ファイル7」と「明日に賭ける」..でどうしても比較になるのだが、本作は「ゆがんだ罠」とだと歩が悪い。雑誌編集部内の人間模様の描きっぷりも、パズラーとしてのフェアさも、もう一つ。あ、本作は「ゆがんだ罠」同様に「巻き込まれ型パズラー」といった体裁のもので、ハードボイルドでも警察小説でもなくって、サスペンスと言うほどでもないからきわめて消極的に「本格」枠が適切。
どうみても「ゆがんだ罠」が本作の上位互換なので、そっちを読むことを薦めるが、被害者がイヤなヤツでも、イヤなヤツなりの屈折が描けているあたり、完全な悪人も完全な善人もいないマッギヴァーンらしい世界ではある。
さて残りは本はキープ済の「虚栄の女」になった。さすがに「1944年の戦士」は戦記物だしなあ....いいだろ。

No.327 7点 スパイを捕えろ- アンソロジー(海外編集者) 2018/04/28 10:40
アンブラーが編んだスパイ小説短編のアンソロである。ただし、収録作品は「アシェンデン」のエピソードから(モーム)、「ディミトリオスの棺」のエピソードから(アンブラー自身)、「薔薇と拳銃」(007)と、容易に入手できるものが大部分で「お買い損」なアンソロなんだが...それでもね、このアンソロの「売り」はアンブラーによる序文「ごく短いスパイ小説史」が必読級に示唆的なことと、日本ではほぼ未紹介のコンプトン・マッケンジーの「最初の特使」(これ自体長編「三人の特使」の1/3ほどのエピソード)が素晴らしいことである。
序文は「スパイは人類でも最古の商売であるにもかかわらず、なぜ19世紀末にならないとスパイ小説は登場しなかったのか?」という「謎の提示」が素晴らしい。「スパイ行為」は「軍人の名誉」ともっとも対蹠的な概念であるがゆえに、小説家が着目しなかった、という説を述べている。つまり、スパイ小説での最大のテーマはアンチヒーローにならざるを得ない「主人公のモラル」なのだ。
この視点を徹底的に敷衍したのが実は「最初の特使」であり、多分本作がこのアンソロのメインディッシュで、編者的にはあとの作品はオマケなんだろう....「最初の特使」の主人公は第一次大戦中の中立国ギリシャで活動するイギリスのスパイ網の現地担当者である。中級幹部、ということになるから、アシェンデンみたいな末端でもなく、スマイリーみたいな中央官僚でもなく、同盟国のフランスの諜報担当者とも交渉しつつ、自由裁量もある程度はあって主体的に作戦を立てていく。ドイツ側に付きたい国王派と、英仏に付きたい政治家とが暗闘している最中に、ドイツ側になるべく失点をつけてギリシャを英仏側に立たせようと主人公は画策する。状況は非常にドラマチックなのだが、本作はプロットを軸にした作品というよりも、「アシェンデン」風の皮肉で気の利いた日常描写主体の作品で、大したプロットがあるわけではない。「最初の特使」の最後で主人公は「砂はえ熱」で高熱を出して寝込む。高熱による錯乱を利用して主人公は副官に自身の真情を吐露する...これこそが「スパイ小説」の最大のテーマである「主人公のモラル」を表現しきった内容なのだ。

今、この瞬間、この俺にはっきりしていることがある。それは、ここの国民をドイツとの戦争にかりたてる何の権利も、われわれは持っていないということだ。この地獄のような帝国主義はみんな悪だ。

「最初の特使」と序文だけでも、本作は読む価値アリ。

No.326 6点 恐怖へのはしけ- エリオット・リード 2018/04/26 13:29
「スカイティップ」「危険の契約」とイマイチな作品に当たって少し心が折れかけたが、本作はまあまあ面白い。以前「あるスパイへの墓碑銘」について、クリスティ「NかMか」と大まかなプロットが同じことを指摘したけど、意外かもしれないがアンブラーとクリスティってテイストが似ているところがあるんだよね。ぽっかりと予定の空いてしまった主人公が田舎に戻って奇怪な事件に遭遇するとか、地方色の丁寧な描写とか、ボーイミーツガール的なロマンス要素とか...そう特殊なものではないが、悠揚迫らざるのんびりした語り口と合わせて、共通点が意外なほど多い気がする。訳者だってクリスティの訳が多い加島祥造である。さらにそういう印象が強まる。
本作は飛行機で乗り合わせた美女とおせっかいな男から、主人公の医師がトラブルに巻き込まれる話である。おせっかい男は主人公と無理やり同宿した夜に、謎の失踪を遂げる。主人公はおせっかい男が封筒を隠したのを目撃していたので、その封筒を回収するのだが、失踪した男はフランスで死体となって発見された。主人公は尾行されているようだ...
うん、本当に標準的なスリラーで、特色とか感じない平凡なプロットである。しかしね、舞台となるロンドン近郊の沼沢地帯の描写とか、主人公たちが立てこもる風車小屋の情景とか、そして何よりヒロインのツンデレさがいい。
日本だとどうも「アンブラー=墓碑銘orディミトリオス」という捉え方をされがちなんだが、実際のところ戦後のアンブラーは作家として進化を遂げてしまって、戦後の作品の方が戦前のそれと比較にならないくらいに、いい。だから「戦前みたいなスリラーを」と書肆から要望されたときに「アンブラー名義じゃあ...」となって「エリオット・リード」が誕生したのでは、という推測を巻末解説の都筑道夫が書いているが、まあそれも当たってるだろうね。

No.325 6点 地中の男- ロス・マクドナルド 2018/04/21 23:23
後期ロスマク、ということになるのだが、どうも「別れの顔」以降は進歩というよりも、今まで登場した要素が複雑化してバロックなほどに肥大化の途を辿っているような印象だ。
作中で「大人子ども」というような言い方をされているが、これは一時流行った「アダルト・チルドレン」といった方がわかりやすいのだろう。まあこの概念も意味があるのかないのか微妙なものと感じるのだが、殺人を目撃するなど深いトラウマを抱えたまま成長した「大人子ども」が4人も登場して、さすがに食傷する...「大人子ども」たちとその親たちの間を、アーチャーが往復するので「誰がどの...」と読んでいて混乱するんだよね。ふう。ちょっとした描写でキャラを性格付けするのが上手なチャンドラーと比較すべくもなくて、ロスマクってキャラ造形はそう上手と思えない(すまぬ)。ロスマクのキャラで印象に残るのはあくまでもプロットが割り当てた役割が印象的だ、ということの結果ではなかろうか。
まあそれでも二人の逃避行を軸に読者を引っ張る「読ませる力」みたいなものはあるけどねえ。袋小路な印象の方が強いかな。背景でずっと燃えている山火事があくまで雰囲気作りだけで、プロットに直接絡まないのも若干不満である。

No.324 6点 蒸発- デイヴィッド・イーリイ 2018/04/15 21:06
銀行の上級幹部の主人公は、死んだと聞いている友人からの電話に耳を疑った...それは、地位も家族も捨て、別人として新しい人生を歩むことへの誘いだった。社会的成功とは裏腹に、満たされない思いを抱いていた主人公は、その誘いに乗ってしまった。至れり尽くせりで「会社」が用意してくれた新しい自分は、別天地カリフォルニアでの画家としての生活だった。そこは同じような「転生者」たちの村なのだが、「転生者」たちが相互に監視しあっているように主人公は感じた....
と、こういう話、当然主人公は転生に「失敗」する。読んでて「会社」の「営業」は薄々気がついてくるので、会社を困らせる馬鹿なことばっかりしている主人公への同情の余地も、あまりない。それこそ星新一だったらショートショートで終わらせるのでは?という話なのだが、プロセスをしっかり書き込んであるので、怖い描写はゼロでも、「本当は...」の想像から徐々に怖くなっていくあたりがこの人の芸というものか。

No.323 7点 アシェンデン- サマセット・モーム 2018/04/13 17:02
モームの実体験に基づいたスパイ小説である。とはいえ、本作ではプロットはさほど重要ではなく「スパイという視点からのスケッチ」という雰囲気の連作である。まあ小説家というのも、「人生というものをスパイの視点から見る」ような職業のわけで「劇作家を隠れ蓑にスイスに駐在するイギリス情報部員」なんだけど、ついつい小説家視点で関係者を観察するあたりがいろいろ面白い。

だが正直のところ、彼のような雑魚にとっては、特務機関の一員であることも、一般に考えられているほど冒険心を満足させるものではなかった。アシェンデンの仕事は市役所の事務と同じように、整然として単調だった。一定の期間ごとに、自分のスパイと出会い、給料を払う。新しい人間を手に入れると、スパイとして契約し、指図を与えてドイツに送り込む。

なので本作では明確なオチやはっきりしたプロットがあるわけでもなく、アシェンデンがスパイ活動を通して出会った人々の運命が綴られる。ただの中間管理職だから作戦の末端で全貌もわからず人の手配をするだけのことだ。スリーパーらしい老嬢の臨終に居合わせるが、情報らしいものが手に入るわけではないし、結果的に暗殺を指示することになるが、誤殺に終わることもあるし...とスパイ管理職のルーチンワークを淡々とこなしていく。身元を偽るスパイ、というのもあり、感情移入を一切排したカメラアイ的な描写が続く。不条理さの漂う上等のハードボイルド小説を読んでいるような印象である。焦らずじっくり読んで楽しむべし。

No.322 7点 超男性- アルフレッド・ジャリ 2018/04/08 11:23
「わけの分かる」ものだけを面白いと感じる読者もいるのだろうが、評者とかは「わけが分からないがそれでも抜群に面白い」というのを積極的に面白がろうと思うのだ。というわけで本作。白水社のuブックスでは「小説のシュルレアリスム」で纏められたシリーズに入っていて、シュルレアリストに愛された作品なのだが、ブルトンの「ナジャ」とかヘンリー・ミラーみたいな「シュルレアリスム小説」ではないし、SFなのかポルノグラフィーなのかヒーロー小説なのか、なんとも分類できないヘンテコ小説である。だが、それがいい。
本作の主人公マルクイユは、一見冴えない鼻眼鏡・猫背の有産階級の男である。しかしその姿は擬態であって、彼こそは実は「超男性」だった。彼のパーティでマルクイユは2つの挑戦をすることを公にする。「永久運動食」によって強化された5人乗り自転車チームと機関車とのパリ~イルクーツク往復競争を出し抜いて、両者に自転車で勝つこと。それと「テオスフラトスの称賛する、ある種の植物の力を借りて、一日に70回以上(性交を)行ったインド人の記録」を破ること。この2つの肉体的偉業である。
..まあだから、本作はマンガみたいな話なのである。5人乗り自転車と機関車に対しては、幽霊のような乗り手としてそれに並走してついには抜き去るし、この競争の発案者のアメリカの実業家の令嬢と、医師立ち合いのもとに一日70回を超えた82回の記録を樹立してしまうのである...最終的には1万ボルトの電流にも勝利し「機械の方が人間に恋をしている」状態に至る。
そういう超人の話である。もちろんこの超男性には内面などという曖昧なものは一カケラもなく、機械の厳しい正確性があるばかりだ。そういう意味で、本作もたとえばハードボイルド・ヒーローたちとともに、特にフランス20世紀の広義のノワールの原型の一つと言えるだろう。評者は「超男性」をゴダールの「勝手にしやがれ」の主人公の祖父くらいにいつも感じるんだよ。

誰も信じないからあたしは信じるのです...馬鹿げたことだから信じるのです...ちょうど神を信じるように!

本作は 1902年という20世紀の本当にトバ口で書かれた小説なのだが、本作こそが、ある意味「20世紀」を体現した作品のように感じるな。(機械の精神が骨の髄まで入っているせいか、本作はナルシスティックだけど全然エロくないですよ。ミョーな期待はしないでくださいね)

No.321 7点 シロへの長い道- ライオネル・デヴィッドスン 2018/04/05 09:14
本作の主人公は文献学者で、死海文書などの研究者だったりする。だから本作は「文系冒険小説」とでも言うべき作品。ナグ・ハマディ文書とか近いところではユダの福音書を巡る騒動を見ても、学者の功名争いと投機的な古文書ブローカー、それに国家遺産として所有権を主張する出土地の文化機関が三つ巴四つ巴となって、スパイ小説まがいの暗闘を現実に繰り返してきたあたりを見るにつけ、本作の世界はリアリティが結構、ある。
七肢の燭台メノーラはユダヤ教を象徴する聖具だが、西暦70年のユダヤ戦争の結果、ローマに略奪されたとされている。しかし奪われたのは偽物で、本物はその最中に地下に埋められて隠蔽されたのだ、とする記録文書が出土した。イギリスの文献学者の主人公はその「勘の良さ」を買われてイスラエルの某筋に、メノーラの捜索に雇われた。その記録文書の記述は曖昧で、いろいろと矛盾もしている。同じ文書がほぼ同時にヨルダン側にも渡ったようだ。主人公にも妨害の手が伸びてくる...
という話である。主人公は学者だが、ヨルダン側のメノーラ捜索隊の侵入を撃退する戦争小説風の部分もあり、巻き込まれスリラー並みの肉体アクションもあり、暗号解読の妙味あり、荒涼たるユダヤの地の物珍しい風土描写あり、といろいろな興味を詰め込んだお買い得な作品。死海にぷかぷか浮かびながら主人公が逃亡するのがクライマックスで、これが印象的。
キャラ造形・デテール描写の上手な作家なので、大学教授の知性もきっちり小説の中に再現できている。イギリスでのゴールド・ダガー受賞は納得の出来だが、日本でも多少ユダヤ・キリスト教の知識があると面白く読めること間違いなし。

No.320 8点 ギャルトン事件- ロス・マクドナルド 2018/04/02 18:13
本作とか「運命」とか、ロスマクの転回点として重要作になるのだけど、なぜかポケミスでしか出なくて文庫にならなかったんだよね。「さむけ」とか「ウィチャリー家」とかがミステリ文庫の初期の目玉の扱いだったのと、なんでこんなに差のある扱いなんだろうか....というわけで、ちょいと判官びいきの点をつけます。
文庫にならなかった理由は本当に不明。一応本作は70年代あたりだとロスマク代表作級の扱いを受けてた記憶がある。文庫になるならないで知名度に差が出ちゃった...としか言いようがない出来。巨額の財産を継承すべき20年前に失踪した息子を探せ、という依頼を受けたアーチャーが、その息子?の死体が発見された件、依頼をした弁護士の使用人殺し、そしてその息子の息子が見つかるが、その身元に疑念が...というあたりの謎を解いていくことになる。
本作の一番いいのは、その孫息子の身元疑惑とその解決なんだよね。これ意外に小説として難しい「謎」で、「ほんもの」だと周囲の事件と絡ませにくいし、「ニセモノ」だと小説としての捻りがないし...とこの隘路を小説としてかなり上手に処理できていること。パズラーじゃないので殺人が結構行き当たりばったりで、ワルい奴らが右往左往しているけども、かえってそのくらいの方がハードボイルドらしくてイイように感じるよ。「一瞬の敵」みたいな家族・血統の中だけの話になると、因果話みたいになって閉塞した感じになるから、このくらいのオープン感が評者は好きだな。
(あれ、今 amazon で何となく検索したら、ボッタクリな高額出品以外ひっかからないや...そんなに入手性が今悪いのかしら。もったいない)

No.319 7点 悪徳警官- ウィリアム・P・マッギヴァーン 2018/03/31 23:07
マッギヴァーンお得意の警官モノ。主人公がギャングに買収された悪徳警官だったのが、弟のトラブルをきっかけにギャングたちに反逆する話である。ただし道徳的に悔い改めるとか、弟の復讐で...とか、そういうウェットな話にしないのが一番いい点。
主人公はギャングに買われる悪徳警官を自任しながらも、それでも有能な刑事であり、ヘミングウェイ風な頑固一徹なコードヒーローである。世の中の仕組みが分かってるからこそシニカルになり、利口に立ち回って職務を売るのも、それが独立独歩で他人を信じないタイプの男だからこそだ。そもそも正義と不正・道徳といった観念で動く柄じゃない..だから本作はマッギヴァーンの中でも一番ハードボイルドのテイストが強い作品になっている。
事件の目撃者となったことでギャングに不利な証言をする弟に対し、死なせないためにその証言を翻させようと主人公は躍起になる。マトモな警官である弟はまったく取り合わないので、主人公と組んでいたギャングに殺される。それでも主人公は自分がギャングたちに騙されメンツを潰されたあたりに怒り狂う(弱みなんぞ見せたくもないしプライド高いんだよ)みたいに描かれて、ウエットさなぞ薬にしたくてもないような煮え切った主人公である。
要するに主人公は自分の周囲の、弟を含む善良な警官たちを、多少小馬鹿にしていたのである。しかし周囲の善良な警官たちが「警官殺し」に対して一致団結してギャング壊滅に向けて頑張る姿に、主人公は逆に考えさせられることになる。こういう道徳主義的ではないダイナミズムの設定がなかなか、いい。あくまでもバッドボーイの物語なのだ。
日本だとどうもハードボイルドの名のもとに情緒的な浪花節が横行するのだけども、本当はこういうシニカルでドライなのが、ハードボイルドの真面目なんだよね。作者が自分の作り出したキャラをうまく客観視できている印象がある。こういうあたりが極めてマッギヴァーンという作家の個性を感じるところ、かな。

No.318 5点 危険の契約- エリオット・リード 2018/03/31 22:34
エリオット・リードはアンブラーの別名義みたいなものだが、ロッダという作家との合作ということもあって、多少テイストが異なる。本作だと主人公は海軍を辞めたあとに、自分でモーター・ランチを所有して船長として雇われ仕事を始めたばかりである。原題の Charter to Danger もチャーター船の話、ということだ。大実業家の秘書を名乗る男にチャーターされてカンヌに持船を回航してきたのだが、打ち合わせのために上陸したのを主人公はすっぽかされて、船に戻ったら、機関士と甥を乗せたまま船が消えていた....雇ったはずの秘書は全く別人で、大実業家もホテルから失踪していたのだった。まもなく主人公の相棒である機関士の死体が漂流するボートの中で見つかった! 大実業家はどうやら誘拐されて主人公の甥と一緒に囚われているらしい。
とまあ、アンブラーというよりも、アンドリュー・ガーヴみたいなノリの話である。良い点は主人公設定で、誘拐事件の道具に使われた船の船長、というわけでどっちか言えば「小説の脇役」みたいなポジションになりがちなキャラをあえて主人公にして、甥の安否と責任感から、積極的に事件に介入することにしている。誘拐も企業合併のウラで進行している株の仕手戦と絡んでいるなど、冒険小説にしては異色なくらいのリアル設定があることだろう。
つるつる読めて、いい点もあるが、標準的なスリラー、といったところ。アンブラー独特のアイロニーみたいなものは窺われない。

No.317 10点 眠りなき狙撃者- ジャン=パトリック・マンシェット 2018/03/27 22:28
人によって高得点の付け方はいろいろなのだろうが、評者の10点は大傑作・大名作というよりも、「愛の対象」であるかどうか、である。だから今までは再読作品以外は10点を付けれなかったのだが...本作は初読でもその自己ルールを破ります。評者は本作に恋している。
まあ評者マンシェットとは相性がいいのは何となく感じていたのだがね。この遺作は今まで読んだマンシェットのどの作品よりもタイトで凶悪でクールであり、ハードボイルドの鑑、と言っていい作品である。ほぼ散文詩の域に近づいているので、一語一句ゆるがせにできない読書体験を味わったよ。三人称・カメラアイな客観描写という方法論が徹底されているので、大向こうを唸らせる警句も、文学的比喩もここには存在しえない。本作と比較したら、チャンドラーだって気取った自意識の産物であり、ロスマクなんぞ比喩のかたちで主観を密輸し放題である...本作を味わずして、ハードボイルドを語るのはおこがましい、と感じるほどだ。
本作の良さを語るのならば、それは本作自身に語らせよう。

冬で夜だった。凍った風が、北極からじかにアイルランドの海へ流れ込み、リヴァプールを薙ぎ払って、チェシャ―平原を突っ走り(猫は風が暖炉のなかで唸りを上げるのを聞いて寒そうに耳を寝かせ)、風は下げたウィンドウを通して、ベドフォードの小型バンに坐った男の眼を叩きつけにやってきた。男は瞬きもしない。

一種のズームアップの映像感覚が心地よい。それにしても、何とイメージが広がる描写だろう!! これが冒頭で、最後に至るまでこの調子で文章に一切の妥協がない。でしかも、ほぼこの文章のパラフレーズで小説は終わる。そしてその微妙に違う部分に、万斛の感慨が滲み出る。
ハードボイルドの極北、とは本作のことであろう。本作に出会えて、本当によかった。

後記(2018/9/20):Amazon の☆が何か凄いことになっている...☆5が4人、☆1が4人、他はなし! 強烈に評価が割れてるね。面白い!

No.316 8点 銀河ヒッチハイク・ガイド- ダグラス・アダムス 2018/03/22 23:09
「スラプスティックSF」とか「おバカSF」とか言われがちな作品なんだけど、ハッカー・カルチャーに多大な影響を与えた記念碑的名作でもある。Google で「生命、宇宙、そして万物についての究極の疑問の答え」で検索したときに「42」と答える元ネタであるし、初期のチェスマシーンが「ディープソート」だったり、nethack の一部のバリアントに「ヒッチハイクレベル」があったりと、強烈なサブカル的影響を残した作品なんだが...モンティ・パイソン風の英国ギャグの渋シュールな感覚にハマる人はハマるけど、?となるだけの人も、というところである。本サイトで言うならば、イギリスの渋いアイロニーのあるミステリが好きな人だったら、意外にいいかもと思う。評者はどっちか言うとSFが苦手な方だが、本作は例外で大好き。
まあお話よりも、独特の脱線的で饒舌な語り口が楽しみどころで、主人公らに向けて発射された2基のミサイルが「無限可能性ドライブ」によってマッコウクジラとペチュニアの鉢植えに置換されて(なぜクジラかとか尋かないこと)しまい、クジラと鉢植えが落下する際に、クジラの主観で出会う世界「しっぽ・風・大地」をその新鮮な出会いとして描写するのに対し、鉢植えは

まいったな、またか。ペチュニアの鉢植えがそんなふうに思った理由を正確に理解できたら、宇宙の本質がもっとよくわかるだろう。

と描かれる。こういう韜晦の利いた語り口が「ヒッチハイク」という小説に本質。笑えるというよりも、苦笑とかニヤニヤ笑いを誘う、奇書の部類である。
...まあこんな小説だから、評者とか「映画..きっとダメなエンタメだろ」と思いながらも、それでも原作好きだから封切で見たんだが、製作途中で亡くなったが原作者が書いた脚本に基づいており、原作の苦笑いなテイストを生かした上出来な映画でびっくりしたものだ。なんせSFのクセにイルカ・ショーから始まって、地球が破壊されることを知ったイルカが人類に警告するのに、それが全部イルカの芸だと誤解されて「さようなら、今まで魚をありがとう」と宇宙に向けて飛び立つさまを主題歌仕立てでタイトルバックにする、というトンデもなさである。原作にないエピソードを若干膨らませてあるのだが、いかにも原作にありそうな内容で違和感がないあたりが流石。原作を若干グレードアップした感もある。価値転換銃、評者も欲しいな(苦笑)
というわけで、こういう奇抜な作品にしては珍しいことに、原作も映画もどっちも素晴らしい。イングリッシュ・テイストがお好きなら一度お試しあれ。

No.315 7点 007/ゴールドフィンガー- イアン・フレミング 2018/03/18 00:32
問答無用に007である。映画の印象だと大冒険アクションなのだが、小説だとフォート・ノックス襲撃は後半1/3ほどで、ボリューム的にはずいぶん小さい。そのかわり、ゴールドフィンガーのカードのイカサマを暴くのと、ゴルフの勝負のウェイトが大きい。なので地味か...というとそういう印象を与えないのが、フレミングの腕の冴えのように感じる。
ボンドというと、例の「ウォッカ・マティーニを。ステアせずにシェィクで」が有名なように、イギリス紳士らしい奇矯で偏頗なコダワリがあって、それをいつでもどこでも押し通すのだが、実はこれはダンディズムというものなのだ。というのも、内容が奇矯でしかも実にトリビアルなコダワリであればあるほど、コダワることはたかが恣意、ということになる。しかしそれが恣意であればあるだけ、それを押し通すことは「奪われざる自由意志」といったものの象徴となる...ウオッカ・マティーニへのコダワリも拷問への抵抗力も、ボンドにとってはまったく等価なものなのだ。ここらの事情をカードやゴルフで「命がけで遊んでいる」ボンドの姿を介して、魅力的に描けているように思う。それこそボー・ブランメル以来のイギリスのダンディズムの最後の後継者というべきだろう。こういうボンドの美意識を一番まったりと楽しめるのが、たぶん本作。
映画はそういう意味じゃ別物。評者はオッドジョブ(ハロルド坂田)への愛が深すぎて、見ていて苦しくなるほど萌えに萌え狂っていた...ハロルド坂田やゲルト・フレーベだけじゃなくて、この頃のボンド映画ってキャスティングのセンスが神がかっているなぁ。

No.314 4点 別れの顔- ロス・マクドナルド 2018/03/12 19:25
さすがに本作マズイだろう...というのは、本作はその前作である「一瞬の敵」の書き直しみたいなもので、「一瞬の敵」をずっと地味にしたようなものである。本当に「一瞬の敵」が「ああだったこうだった」が読んでてカブる...アイデアが枯渇したのか?と疑うくらいの再利用ぶりである。
真相も「一瞬の敵」ほど派手なものではないが、サイコな真相になるので、ミステリとしてのフェア感はない。バタバタと終盤に真相が関係者の告白で解かれていくようなもので、謎解きの妙味は薄い。
それでもいいところはいくつかあって、最終盤に昔のホームムーヴィーを見るシーンがあるけど、これが結構ウルっとくる。あと、精神科医の妻とアーチャーの関係がなんとなく、いい。それからラストは「さむけ」みたいな結末を決めている。努力の跡もあるわけで、無下に否定するのも何か...とは思わなくもないが、やはりどうも釈然としない。まあ評者、アメリカ人の大好きなフロイトがらみのサイコ系は、興味本位なセンセーショナリズムとしか思えなくて、そもそも嫌いなんだよね。
だから本作はロスマクの退歩、といったのがトータルな印象。いい点はつけられない。

No.313 8点 Xの悲劇- エラリイ・クイーン 2018/03/11 21:59
今更言うのは本当に気が引けるくらいのものなのだが、本作は面白い。今回ほぼ半日でツルツルと読んでしまった。本作の面白さというのは、モダン都市の面白さであって、市電、渡し船、汽車と交通機関を殺人の舞台としたスピード感を感じさせる舞台設定の妙、都市の交響楽としての都市小説の良さである。
国名だって「オランダ靴」や「エジプト十字架」が、ブルジョア家庭の相克みたいな要素がまったくなくて、クリアな面白さがあったのと、本作は似ている。日本のファンは妙にブルジョア家庭の悲劇ベースの家モノが好きなんだけど、実はそういう要素は、クイーンの中でも退嬰的な部分であって、本当のいい部分はこういう都市小説の良さなのだと思うなぁ。(そういう意味だと後期で都市小説にちゃんと取り組んだのが「九尾の猫」くらいしかない...これは残念なことかも)
評者前から言ってることだが、ドルリー・レーンというキャラは嫌いだ。特に本作とは、合ってない。エラリイでもよかったのでは? まあ評者のレーン嫌いは、どうもキャラとして大げさで、アメリカ人の文化コンプレックスが凝ってできたようなキャラだから..というあたりから。ハムレット荘って「ドルリーランド」だな。
うんこれでクイーン真作長編はコンプ。「新冒険」は絶対やるけど、「恐怖の研究」とか「間違いの悲劇」は気が向いたら、くらいにしたい。あそれでも「国際事件簿」はしたいなあ。

No.312 5点 恐怖の背景- エリック・アンブラー 2018/03/11 18:12
さてアンブラーもほぼコンプに近づいて、残るは本作と「夜来る者」になった。アンブラーの長編2作目だが、処女作の「暗い国境」はあまり「らしくない」作品なので、批評的にも敬遠されがちなんだが、本作はアンブラーらしい巻き込まれ型スパイ小説を確立した作品で、そういう意味では重要なんだけどね....
でまあ、本作はまだアンブラーがソ連について幻想を抱いていた時期でもあって、主人公のジャーナリストとソ連のプロスパイが組んで、直接にはイギリスの石油会社がルーマニアの利権のために、ルーマニアのナチシンパと組んで工作するのを請け負った、本人によれば「プロパガンディスト」、要するにディミトリオスの原型のような国際関係のはざまで暗躍する非合法活動屋のロビンソン大佐(サリッツァとか...名前はどうせ適当だ)の一味と対決する。
ソ連のスパイであるザレショフ兄妹は、サリッツァに買収されてソ連の軍事計画の写真を盗んだ裏切り者を、ついつい手下が殺してしまって、その容疑が主人公にかかることから、成り行きで主人公を救うことになって行を共にする。だから、まるっきりの善玉、というわけでもない。しかし、主人公が妙にスパイ活動というか、サリッツァへの仕返しに積極的なあたりが、なんとももにょる。困った。アンブラーらしさってのは、スパイ活動なんてロクでもない非合法活動だ、という妙に醒めたあたりだと思ってたのだが、本作のアマチュアの主人公は妙にノリノリだ。
「恐怖への旅」とか「裏切りへの道」とかだと主人公がカタギの技術者、というのもあって、スパイ活動に対する嫌悪感がイイのだが、本作の主人公はやくざなジャーナリストである。アンブラーも一夜にしては成らず、か。

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クリスティ再読さん
ひとこと
大人になってからは、母に「あんたの買ってくる本は難しくて..」となかなか一緒に楽しめる本がなかったのですが、クリスティだけは例外でした。その母も先年亡くなりました。

母の記憶のために...

...
好きな作家
クリスティ、チャンドラー、J=P.マンシェット、ライオネル・デヴィッドスン、小栗虫...
採点傾向
平均点: 6.43点   採点数: 1251件
採点の多い作家(TOP10)
アガサ・クリスティー(97)
ジョルジュ・シムノン(89)
エラリイ・クイーン(45)
ジョン・ディクスン・カー(30)
ロス・マクドナルド(26)
ボアロー&ナルスジャック(18)
エリック・アンブラー(17)
ウィリアム・P・マッギヴァーン(17)
アーサー・コナン・ドイル(16)
ダシール・ハメット(15)