皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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クリスティ再読さん |
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平均点: 6.41点 | 書評数: 1327件 |
No.407 | 9点 | 十二神将変- 塚本邦雄 | 2018/09/24 16:48 |
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昭和の歌聖塚本邦雄が書いた唯一のミステリである。「虚無への供物」の中井英夫は短歌雑誌の編集者を生業にしていて、仕事の中で塚本邦雄や寺山修司を世に出したわけだが、塚本邦雄というとね、中井英夫とはアドニス会でもシャンソン評論でも、なかなか深いご縁がある歌人なのである。もちろん本作、期待通り「虚無への供物」を塚本流に読み直した雰囲気が濃厚にある。
本作の人間関係は、織部以来の縁に繋がる茶の湯の宗匠貴船家、その隣人で精神病理学者の飾磨天道一家とその義弟で居候のサンスクリット学者淡輪空晶、貴船家に職家として仕える菓子の真菅屋とその分家で茶花で仕える幹八。それに薬種問屋の最上家に青蓮院別院の住持設楽空水、と伝統日本の町衆の美と贅の家族たちである。 薬種問屋の枠を越えた海外との取引で繁盛する最上家の次男最上立春がホテルで死んでいるが見つかった。死因はヘロイン。傍らに十二神将の像が転がっていた。飾磨家の長女沙果子は立春が亡くなった晩に、叔父の空晶の離れに立春が潜んでいた気配を感じていた...貴船家の女宗匠である未雉子の妊娠に沙果子は気づいていた。胎の子の父は立春ではないかと沙果子は推測する。この人々は大きな秘密を抱えていた。貴船家の別荘にある魔法陣を象った九星花苑で、阿片罌粟が栽培されており、この罌粟畑はこの人々にまつわる奇怪な縁に基づくものだった...父と叔父がこの結社に関わっていながらも、飾磨沙果子と兄・母はその秘密を知らない。沙果子は立春の死をきっかけにその秘密に気づいていく... まあそんな話。主人公っぽい沙果子は雰囲気的に奈々村久生に似たああいう感じのモダンな女性。氷沼家御一統とこの家族関係は何か似ている。貴船家主催の「名残の茶事」の席上で、立春を殺した犯人も判明するし、九星花苑に秘められた謎が解かれるから、形式上はミステリで問題ない。十二神将の謎は五色不動の謎みたいだ。アンチ・ミステリというわけではないが、「虚無への供物」からその美意識だけを抽出強化したような作品である。 奥女中擬きの摺足で不断といふのに五枚小鉤の足袋、わざわざ着替へてきたのが秋草模様の小紋というのも厭みだ。 旧仮名のこういう濃密な文章(文庫はさすがに旧字ではない)。けどね、意外にユーモア感があるときもあって、読みづらい感じはないし、それぞれキャラは立っていて(叔父の淡輪空晶がイイ)難解な小説では決してないが....翌日貴船家の茶会だからって、お呼ばれの飾磨家もで「恥かかないように稽古しておこうか?」と自宅で一家で稽古するような家だよ。日本の町方の美意識が、バロックに歪んでいくようなさまを満喫できるような小説だから、古典とモダンと両方の美意識に理解があったほうがいいだろう。 パパヴェ・ソムニフェルム、苦い香りを放つ禁断の花、純白の魔の花、何と貴船の迷宮庭園、形而上の空中花壇を飾るのにふさはしいことか。 阿片の夢と禁断の花、秘められた同性愛と男たちの絆。天上の花園と地上の魔花が、日本の美の上に妖しく咲き誇る、ちょいとした奇書である。だからこれが「十二神将変」という長歌への反歌みたいなものか。 おとうとといへども神はあらぬ夜をあさぎに萌ゆる天の白罌粟 「虚無への供物」にはボリュームとスケール・逸脱感で及ぶべくもないが、赤江瀑がややお安めなことを比較すれば、こういう系譜の中での十分に名作といわれるくらいの実力のある作品だと思う。「虚無への供物」をもっと読みたいワガママな読者におすすめな、その奥の院「罌粟への供物」みたいな小説。 後記:2022年年始に本作の改版が河出文庫で再出版! 前の版入手が難しかったから、うれしい!! こんなこともあるんだね。買って再読。日本語の美しさに酔い痴れる。こういうの読むと、お茶の勉強もしてみたくなる。 |
No.406 | 8点 | 犠牲者は誰だ- ロス・マクドナルド | 2018/09/23 09:58 |
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アーチャー物としては一番入手性が悪い部類の作品なんだけど、結構な異色作である。アーチャーの過去に関する記述が具体的なこともあって、ロスマク読むんなら読んでおかないとマズい、と思うような作品だよ。
本作はアーチャーが出張から帰る途中のハイウェイで、瀕死の男を見つけたところから始まる。空軍基地によって栄えたが、基地の廃止でさびれた町が近くにあり、事件はこの小さな町の人々の人間関係を巡るものだった...アーチャーにしては珍しいスモールタウン物、と読める作品なのだ(強いて言えば「青いジャングル」がそう?)。空軍基地が撤退して、町はシケている...モーテルとナイトクラブを経営する男と、瀕死の男を雇っていた運送業者、この2人の家族と周辺の愛憎関係をめぐる、ロスマクでも一番狭い人間関係の話、になるだろう。スモールタウンということもあって、この2家もハイソにはほど遠い庶民的というか成金的というか、そういうトーンの話である。 でしかも、ギャングが少し事件に絡むので、アーチャーが殴る・殴られるは頻繁だし、アーチャーが積極的に発砲するシーンも複数あって、「動く標的」以来のバイオレンスぶりである。お約束的でリアリティの薄い「動く標的」のバイオレンスと違い、雰囲気が暗くて「田舎町のリアル」がベースの作品なので、さらにハードな印象を強めている。 というわけで、「ハードボイルドらしさ」という点ではロスマクのベスト作品になるように評者は思う。比喩も後期的に落ち着いてきていて、初期の浮ついた感じではないしね。でしかも あの照明から百ヤードばかりの地点で、私は膝をつけ肘を地面につけた。この姿勢が、あの緑なすオキナワの凄惨な戦闘の、無煙火薬と火焔放射器と黒焦げになつてころがつている肉体の匂いを思い出させた。 ....からバッテリイを盗んだ咎で私をつかまえた。彼は私を壁の前に立たせて、それがどういうことなのか、どういうところに堕ちて行くかを話した。彼は、私をそういう道に追いやらなかつた。私はその後、何年も彼を憎んだが、二度と盗みを働かなかつた。しかし、ものを盗む人間の気もちは、私はおぼえている。窓のない部屋で生活するような感じがするのだ。 と、後期の透明な「質問者」アーチャーとはかけ離れた、正直に自分を語るアーチャーの姿を味わうことができる。その面でもレアな作品である。腰を据えて読むべし。評者は中期じゃ「運命」>本作>「ギャルトン事件」だと思う... |
No.405 | 7点 | 007/ロシアから愛をこめて- イアン・フレミング | 2018/09/17 19:48 |
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007というと娯楽スパイの代名詞なんだけどね...けどさ、本作までの原作って「ムーンレイカー」を除くと派手なトンデモ陰謀はないんだよ。本作でもトビラには「この小説の事件はともかく、背景の大部分は正確な事実にのっとっている。...この将軍の人相その他についてのわたしの描写は正確だ」と、MI6勤務歴のある作家に見得を切られちゃったら....どうしよう?? スパイの秘密活動のリアリティを、一読者がどう判定するんだろうね?
少なくとも本作までは、ハードボイルド+スパイ(+あと恋愛?)、という狙いで書かれていたと見るほうが適切なんだと思う。本作の映画化までは、そんなに売れていたわけでもないようだし。映画だってトンデモ路線の第1作「ドクター・ノオ」以上に、シリアス描写の多い本作が大ヒット。映画の方も原作のシリアスさを活かした出来であって、娯楽トンデモ路線が定着するのは次の「ゴールドフィンガー」からだと見たほうがよさそうだ。 小説の方だが、前半のスメルシュ側の作戦立案をじっくり描写しているあたりが、小説として実に冴えている。フレミング、小説上手だよ。ボンドだけに特化した作戦を立案したために、「罠かな?」と疑われても、あまりに特化し過ぎてるので、「まさか?」となってついついひっかかる、というあたりリアルな駆け引き感があって、いい。さすがチェス・マスターのプランである。後半「執行」は「計画」のリアライズとして意識して読むのが面白いと思う。 でまあ映画だけど、古典的な序破急を無視した、最初から全速力のジェットコースター式スリラーの元祖。スリラー映画は明白に演出面で「007以前/以降」があるからね、観てなきゃモグリ、というものでしょう。個人的にはローザのロッテ・レーニャに思い入れがある...この人「三文オペラ」の作曲家クルト・ヴァイルの奥さんで、舞台初演で娼婦ジェニーを演じて、パブストの映画化で名曲「海賊ジェニー」を歌った人(LOVE)。「海賊ジェニー」の残忍非情さがローザにつながる..のは読みすぎだろうけどね。映画出演は少ないけど、「ワイマール文化の名花」とまで呼ばれた舞台人である。ロバート・ショウやペドロ・アルメンダリスもそうだけど、この頃の007のキャスティング・センスは神がかっている。 (あと小説でボンドが「ディミトリオスの棺」を持ってイスタンブールにいくチョイスがナイス) |
No.404 | 5点 | 判事への花束- マージェリー・アリンガム | 2018/09/16 23:33 |
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アリンガムというとその昔は訳書が少なくて、よくわからない作家の代表みたいなものだったけど、少ない訳書の本作、読んだらどんな作家か更にわからなくなるような作品だ。
2代目として従兄弟たちが経営する老舗出版社の金庫室で、共同経営者の一人の死体が見つかった。その男、数日前から失踪していて、心配した従兄弟の一人が、友人のキャムピオン氏に調査を依頼していた。が、その従兄弟が検屍法廷での評決で犯人に指名されてしまった。前日にその金庫室に入ったのに、そこにあったはずの死体を見ていなかったのだ。いよいよ裁判が始まる。キャムピオン氏は友人の無実を信じて調査を開始した....20年前に不可解な人間消失を遂げた別な従兄弟の事件、社宝とされてきた古典作家のエロ戯曲原稿の行方は? と書くととてもおもしろそうなんだけど、ほぼあらゆる要素が腰砕ける、というとんでもない作品なんだよ。「判事への花束」とタイトルはついていてもガチの法廷攻防があるわけでもないし、最終的にはうやむやになる。アリバイ工作もないわけじゃないが、正面切ってどうこうというものでもない。犯行方法はやや変わってるが、びっくりするようなものでもない。人間消失も大したものでもない。キャムピオン氏と元泥棒の召使とのやり取りが気が利いている、というほどでもない....こうやってまとめてみると、いいところ一つもないな(苦笑)。 しかしね、幕切れが関係者の「その後」を描いていて、これがなかなか、いい。いいと言うのもオカシな話だと思いながらも、評者とか妙な共感をおぼえるんだ。アリンガムって、わけがわかんない作家だ.... |
No.403 | 8点 | スマイリーと仲間たち- ジョン・ル・カレ | 2018/09/16 17:14 |
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スマイリー三部作というと、どうも「ティンカー、テイラー」「スクールボーイ閣下」だけがクローズアップされるきらいがあるけども、掉尾を飾る本作も前2作に負けないというか、勝ってる部分も結構ある名作だと思う。まあこの3部作、最初から読まないと面白みが薄いので、最後の本作に到達するまでが...はあるんだろうけども、これを読まないのはもったいない級の作品なのは間違いない。
基本は「ティンカー、テイラー」風の、スマイリーの行動中心の作品である。本作では被監視対象の亡命者「将軍」殺しを巡って、それが大事にならないように以前の担当者であるスマイリーに後始末を依頼する、というのが名目である。スマイリーは前作「スクールボーイ閣下」でウェスタビーの不始末の責任を取るかたちで引責して、引退状態なのを無理して再出馬するわけだ。だから「ティンカー、テイラー」以上に「孤独な戦い」を強いられる。もちろん、地味に関係者を回って話を聞いて...が主体なので、ほとんどハードボイルド私立探偵小説風の読み心地である。これがなかなか、いい。回る対象はほぼ昔の直接の配下や仲間たちなので、懐かしがる者もいれば、スパイ稼業に反発する家族を抱えていたりして、それぞれにそれぞれの人生感がある。元アレリン派で点灯屋のチーフだったヘスタエイスなんて、中東美術品バイヤーとしてそこそこ成功していて、過去のいきさつを蒸しかえすスマイリーに「ジョージ、いちどでいいからきいてくれ。たのむから、な、ジョージ。いちどだけでもおれにも説教のまねをさせてくれ」と引退スパイが「いまになってクレムリンめがけ騎兵隊最後の突撃かい」と年寄りの冷水なのを忠告するシーンが、情感ダダ漏れでいい。 結局スマイリーの調査はイギリス国内では済まなくなって、結局西ドイツで死体をみつけ、フランスで....と背景をスマイリーが把握したところで、スイスでの「スマイリー組」の作戦指揮になる。もちろん先程のヘスタイエスも昔取った杵柄でバックアップの点灯屋としてスマイリーを援護する。3部作の最後のなので、ちょっとした「同窓会効果」があって、うるっとくる。長らくお付き合いした甲斐があるというものだ。 作戦はカーラのプライベートの弱点を突くものなので、まあ言ってみれば「鉄の規律」対「人間の情」といった、わかりやすいあたりでまとめてある。前半の静と作戦の動、同窓会効果、結末と、エンタメのツボを押さえた職人的な面白小説、といったもの。グランフィナーレとしては上々。 あとねえ、三部作全体でみると、一番ヤな奴は政府の監視役のオリヴァー・レイコンだ。キラワレ者である曲者サム・コリンズがもう少し活躍してくれると評者はうれしかったんだが、本作ではただの提灯持ちでつまらない...「死者にかかかってきた電話」以来のお付き合いであるギラムくんの没個性は何とかならんか。 |
No.402 | 8点 | 細い線- エドワード・アタイヤ | 2018/09/15 21:17 |
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この1作だけでミステリ史に名を残した、犯罪心理小説の傑作である。ひょっとして作者が殺人を犯した実体験に基づいてる...だったとしても納得するくらいの迫真性である。地味だけども何回も何回も再刊されており、絶対に古びないタイプの「パターン発明的な」名作だとおもう。
親友の妻と不倫する主人公は、SMプレイでついやり過ぎたようで相手を絞殺してしまう。どうやらうまく警察の嫌疑を逃れたらしいが...しかし、息子の急病、同僚の使い込みといった日常の事件が、繊細な主人公の神経を痛めつける。主人公は「自らの殺人を告白したい」という想いに囚われるようになったのだ。告白された妻は自らの生活を守りたいし、妻を殺された親友だって告白に困惑するばかりだ。さて、どうなる? という極めて型破りな小説なんだけども、微に入り細に入った心理描写が納得のリアリティを与えている。人間心理ってのはね、慣性というか変化を嫌う保守性があるから、愛する人がとんでもないことを言い出しても、向き合うことが難しいんだよ。そういう機微を存分に描いたオトナの名作。おすすめ。 |
No.401 | 6点 | ブラック・マネー- ロス・マクドナルド | 2018/09/15 20:50 |
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「運命」から「一瞬の敵」までのロスマクって、本当にハズレのない絶頂期なんだけど、しいて言えば本作が一番人気が薄いように思う。この人気のない理由が評者なんていろいろ考察したくなるあたりである...たとえば本作のちょうど中間あたりで読むのをやめて、プロットをまとめたのを、最後まで読んで改めて真ん中までのプロットを読み返すと、全然違う作品なのでは?と思うくらいに「どういう話なのを追い求める」そういう話のようだ。どうも日本の読者はこういうの、苦手なように評者は感じる。
それでも話の骨格はたぶん「人の死に行く道」を再利用したもので、あっちはヘロインというガジェットの争奪戦なのだけど、こっちはタイトルの「ブラックマネー=脱税した裏資金」を奪い合う話(だけでもないが)と、妙にリアルにしたあたりは、工夫のわりに効果が上がってないようにも思う。ガジェットだって、いいじゃないか。何か迷ってるのかしらん。 依頼人も金持ちだけど非モテなボンボン。「こんなにすさまじい食いっぷりをみせる男に出会ったのははじめてである」とアーチャーが呆れる過食症っぷりを見せる(ストレスはあるんだけどね)。この依頼人が他人に奪われた婚約者を取り戻してほしい、という筋ワルな依頼で、アーチャーも当初気ノリしない感がありあり。途中傷ついた坊っちゃん、アーチャーを解雇するとかあるし、およそ本作、かっこいいとかハードとか、そういう印象がないんだよね。しかし評者、本作嫌いじゃないんだ。ワルモノみたいに見える謎の婚約者の過去が結構共感できるようなものだし、ブラックマネーを奪われたギャングは卒中で廃人化しているし....と生真面目なロスマクにしては、あれ?となるくらいのオフビートさがある。 まあこれを失敗と見る人を責めるのは難しいと思うけど、こういう不揃いなゴツゴツ感が評者は逆に好きだ。家族悲劇が大好きな日本の読者には向かない、ロスマクじゃ一番読者を選ぶ作品だろう。 |
No.400 | 10点 | ドグラ・マグラ- 夢野久作 | 2018/09/10 22:20 |
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400件を記念して何をしようか、と考えていたら、マンションのゴミ捨て場になぜか「ドグラ・マグラ」が捨てられていた...これは天啓というものだ。どなたか存じませんが、読後精神状態が不安定になったのが怖くなって、捨てたものと好意的に解釈することにして、ありがたく頂戴することにする。
最初に読んだのは中学生で図書館のポケミスだったが、それ以降大学生時代、映画公開直後、30台半ば...と3回位買って読んでいるはずなんだが、そのたびごとに友人に借りパクされて、手元にないんだよ。一所不住なあたりが本作らしいが、巡り巡って還ってきたようなものかもしれないな。「丸善・ジュンク堂書店限定復刊」のポケミスである。 今回読んでね、本作で展開される科学理論が、一周りしたせいか意外なくらいに示唆的だ、ということに気がついた。まあ「キチガイ地獄外道祭文」でなされる精神医療批判は、いわゆる「反精神医学」によって現在では人権上もまっとう極まりない批判であることはいうまでもないし、監禁ではなくてノーマライゼーションを重視した「開放治療」だって昨今では違和感のあるような議論ではない。「脳髄は物を考える処に非ず」も、たとえばベンジャミン・リベットの実験(ググってみな)から「意識とは、ニューロンの機能の副作用であり、脳状態の付帯徴候・随伴現象に過ぎない」という結論が示唆されるわけで、「自意識」というものが「原因」というよりも「結果」だ、つまり「意識」が考えるのではなくて、脳全体が「考えて」いるのだ、というようなことも言えるようなのだ....で、一番奇怪な「胎児の夢」ですら、「細胞の記憶力」をDNAによる継承、と見て、ドーキンス流に「生物は遺伝子の乗り物にすぎない」と捉えるなら、比喩として当たってなくもないと思うのだ。20世紀前半の科学理論では異端奇説の部類だったのだが、一回り回って「異端奇説」が現代科学の結論を示唆するように見えるのが、本作の先駆性かもれないよ。評者のコジツケだったらごめんね。 で、このような理屈の道具立て・スタイルのコラージュ・意図的なメタな混乱の上に、実のところウェットな物語が仕込んである..と感じられるのは、おそらく本作の混沌を整理して、ウェットな部分をきっちりと表現した松本俊夫監督の映画があるせいかもしれない。実は最終盤、結構泣けるのだ。絵巻物に仕掛けられた両博士の意図を挫く罠、正木博士が「キチガイ地獄外道祭文」と自嘲するその真意など、隠し味として情味があってこれがなかなかいい。映画のオリジナルで、原作の混沌をうまく交通整理して端折るために、「ボクのお母さんです」というセリフ(このときの松田洋治の表情が実にイイ)を追加したことで、映画の方向性がうまく定まった印象があるのだが、これ、さすがは松本先生である....この作品が持つ「情け」の部分をさり気なく強調していたのである。映画も原作のテイストを活かした傑作なので、ぜひぜひおすすめしたい。 今回ポケミスの復刊で読んだのだが、年寄りのワガママで申し訳ないが、「ドグラ・マグラ」なら「活版」の印字感のある版で読みたいな... このポケミス、本書の特色でもある、フォントを変えた見出しや約物の多い版組の特徴を、なるべく活かすように頑張ってはいるのだけども、もう一つ迫力が出ていないように感じる。活字でないオフセットの限界かもしれないが、「佶屈聱牙」な雰囲気が出るといいと思う。 本作の比喩を借りて結論を言えば、本作は「近代文学の神経中枢とも見るべき探偵小説」である。小説読むなら、本作を読まずに済ますなんて、そもそもありえない。異端の奇作、というよりも、本作は今ではニッポン暗黒文学が誇りとすべき「王道のポストモダン小説」だと思う。それこそフーコーとかバタイユに本作を読ませて、感想を聞きたいと思うくらいだよ。 |
No.399 | 8点 | 悪魔のような女- ボアロー&ナルスジャック | 2018/09/05 19:30 |
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その昔「生きているひとは死んでいて、死んだひとこそ生きているような」というキャッチコピーの映画があったが、本作はまさにそれ。霧深い情景の中で、
死人も生きている人も、同じなのだ。われわれの感覚は粗雑だから、死人は別のところにいると思い、二つの違った世界があると信じこんでいる。そんなことはない!見えない死人はそこにいて、いろいろとこまかい仕事をつづけている。(ガス栓を忘れずに固く締めてくださいね) と主人公が思い込むような、コッチとアッチの境界が曖昧な世界を描ききった力技が素晴らしい。「死者の世界」が最後のほうなぞまさに主人公の帰るべき家、心休まる世界なのだ! というわけで、本作のミステリとしての結末なんぞただのオマケ。カーテンコールとかそういう部類だろう。超自然だったとしても、作品としてちゃんと成立しているさ。「ミステリ」であるのがタダの口実みたいに見える作品、ということでもイイんじゃない? |
No.398 | 5点 | シンデレラの罠- セバスチアン・ジャプリゾ | 2018/09/04 21:21 |
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何となく思いついてフランス物をまとめてやってるけど、やっぱり大国ではあって、バラエティに富んでいるよ。フランスっぽいといえば、いかにもな本作「シンデレラの罠」。mini さんの評がしっかりツッコんであって、読ませますね。「一人四役」の件は「考えてみりゃそんなものか」という程度の軽い狙いだから、強調するのはあまり趣味のいい話じゃないのは同感。
前半の記憶がない頃の方が、サスペンス的には面白いと思う。ビアン風味が結構利いてるな。ひねった章題をつけて、前後で要素を重ねながら、時系列・視点人物をズラして切り替える手際がかっこいい。スタイリッシュな小技はいいんだけど、全体から見ると陳腐で底の割れやすい話だと思う。 何となく見当がついて、後半はシラケ気味に読んでいた...まあこんなもんだろう。フランス物のアンチパターン、かも。 |
No.397 | 7点 | 死刑台のエレベーター- ノエル・カレフ | 2018/09/02 23:07 |
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「見たら死にたくなる映画」って考えたら、評者はそのツートップがルイ・マルの「死刑台のエレベーター」とその続編みたいな「鬼火」になってしまう...ほら、マイルズ・デイヴィスの有名なテーマが、本当に死にたくなるような音で鳴ってるよ。頽廃美とかアンニュイとか、そういう面じゃ最強の映画だと思う。ま、ミステリ映画の傑作でしかもヌーヴェルヴァーグの到来を告げた一般映画史上も大変な重要作、というような映画はなかなか少ないしね。
と映画の方を思わず書きたくなるような作品なんだけど、映画の頽廃美は原作には、ないな。それよりも多視点の切り替えで描かれる、登場人物たちが揃いも揃ってヤな奴らばっかりで、それぞれがエゴイスティックに振る舞うことで、誰も意図しないのに、のっぴきならない罠が出来上がってしまう皮肉みたいなものが、より感じられる原作だ。完全犯罪を成し遂げたのにもかかわらず、それが完全犯罪であるがゆえに、冤罪から逃れられなくなる...これ究極の選択の部類だよ。詰んでる。アイルズの「殺意」に近い作品かもしれない。 で皆さん文庫のトビラの紹介に文句つけてるけど、評者に言わせればさあ、70年代くらいまでは「死刑台のエレベーター」の原作読むのは、趣味が翻訳ミステリ&洋画&モダンジャズの三つ揃い、な層で、小説読んでなくても映画で話のスジなんて先刻承知だったわけなんだけどね。だからこれ、映画のスジに近い紹介になっているわけさ。営業的な意味がないわけじゃなかったんだが... |
No.396 | 8点 | 男の争い- オーギュスト・ル・ブルトン | 2018/09/02 22:21 |
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「現金に手を出すな」と並ぶフレンチ・ノワールの代名詞的古典である。(両者1953年出版)。けども本作の翻訳は「現金」が1975年だったのに更に遅れて2003年にやっと、である。「現金」が主人公嘘つきマックスの主観による妙なほのぼの感があるのに対して、本作は肉体的に苛烈だよ。参った。スプラッタ的でさえある。マンシェット以降の「若き狼」への影響は「現金」よりこっちのが強いんじゃないかな。
出所したてのヤクザ、トニーは肺を病んでいた。ここらで一発大仕事をキメようと、親友ジョーと組んで宝石店に夜間に侵入して奪う計画を立てた...仕事は順調、難なく宝石の強奪に成功し、ジョーは故買屋と話をつけるためにロンドンに飛んだ。奪った宝石を女に贈った仲間のドジから、最近暗黒街(ミリュー)に勢力を伸ばしてきたアラブ人のソラ三兄弟に、一件を嗅ぎつけられる...奪った宝石を横取りしようとするソラ兄弟と、トニー一味との死闘が始まった! トニーの元情婦が、トニーの収監とともにあっさり裏切ってトニーの私物を処分し、しかもソラ兄弟の長兄の情婦に収まる、なんて因縁もあって、トニーが元情婦にヤキを入れるシーンもあってね。胸にアイロンで焼印を押すんだよ、甘かないんだぜ。 で、最後は妻子持ちのジョーの子供を誘拐するなんて、掟破りな挙に出たソラ兄弟に対して、ミリューが結束する場面がある。フランスの暗黒街の、自立した一本独鈷の自営業ヤクザ同士がゆるく連帯する描写が、作品がハードなだけに、何かいい。 というわけで、「現金」より高評価。息もつかせぬ面白さがある。あと面白いのは本作の解説を「クリスティ完全攻略」でお世話になった霜月蒼氏が書いていること。これがなかなかフルってる。 ル・ブルトンの代表作二篇、フィルム・ノワールの古典「赤い灯をつけるな」、「筋金(やき)を入れろ」両作の原作も未訳のままだのだ。 <ポケミス名画座>には現金(グリスピ)なぞ度外視し、われわれミステリ読者(ミリュー)とブルターニュのオーギュスト(オーギュスト・ル・ブルトン)のために、争い(リフィフィ)に打って出ていただきたい。 そうだろう、友よ? (そのとおりだ、友よ! ちなみに未だに未訳だよ...) |
No.395 | 5点 | 怪盗レトン- ジョルジュ・シムノン | 2018/09/01 23:11 |
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メグレ物第1作で有名なのだが、メグレは本作が初登場ではなくて、それ以前の犯罪小説の脇役で出ていたキャラだ、という話を読んだことがある。なるほど、本作でのキャラは後のメグレとはズレていない。やや語り過ぎな描写とか、トランスが殉職するなどのキャラ周辺の事情はズレているし、作品内容もとくに前半は直球のスリラーという感覚もあって、テイストは結構違うけども、それでもメグレのキャラだけはガッチリと固まってる印象。スピンオフ説も頷ける。これがちょっと不思議で興味深い点のように感じた。
けど作品的にはどうかなあ、短いわりにいろいろごちゃごちゃと詰め込まれた感じで、まだ小説としては「メグレ物読んだ!」という充実感には不足しているように思う。前半は展開が派手でいろいろ目まぐるしく事件がおきるけど、場面切り替えがやや唐突で「何で?」となるところもたまにある。打って変わって後半はルトンの反応待ちみたいなことで、話が停滞する(まあこっちが後のメグレものらしいのだが)。と、構成がまだ上手くいってない印象。シムノン、そもそもプロットを予め計算して立てて書く人でもない話を聞いてるけど、真相はどうなんだろう? |
No.394 | 5点 | 危険なささやき- ジャン=パトリック・マンシェット | 2018/09/01 22:43 |
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さてマンシェットも残りは本作と「殺戮の天使」となった。本作は「愚者が出てくる....」のポップなタッチで描いた、パロディっぽいネオ・ハードボイルド私立探偵小説である。それでもマンシェットらしくバイオレンスはテンコ盛りで、ラストなんぞ敵の本拠に潜入して大暴れ。ポップなのはいいんだがね。
考えてみると、ネオ・ハードボイルドって自虐的なパロディ臭がそこはかとなく漂うあたりに、アジがあるのかもしれないが、評者的にはノワールの詩人たるマンシェットにそんなことしてほしくはないよ。主人公の私立探偵タルボンは、趣味で名人のチェスの棋譜を並べちゃう。うう、困った。メグレの口癖も真似ちゃうし。人並さんには申し訳ないけど、マンシェット入門には一番向いてない作品だと思います。定評通り「愚者が出てくる」「ナーダ」「眠りなき狙撃者」を読んでいただきたいです.... しかし今のおれは、以下のことしか頭にない。疲れた。 人、喰ってる、でしょ。ネオ・ハードボイルドのさらにパロディなのかしらん。 |
No.393 | 6点 | 上靴にほれた男- ジョルジュ・シムノン | 2018/09/01 22:22 |
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メグレ以外のシリーズキャラクター、チビ医者ジャン・ドーランが活躍する短編集の後半7作である。リュカが警部でトランスも出る..がパラレル・ワールドのようだ。あまり似ていない。明確に設定された「謎」を解く趣向の作品で統一されているが、トリック優先なものではなく自然に提示された謎を解く感じのもの。メグレよりチビ医者の内面を描いているので、「名探偵!」とヨイショされて気後れするさまなど、こりゃ「アマチュアの本懐」(苦笑)というものだ。自信なさげだが、結構俗っぽいあたりフツー人名探偵で、何か、いい。
また、どの作品もキャラ立ちした登場人物がいるのがシムノンらしさがあって、そのキャラの性格が謎解きにうまく結びついている。表題作の「上靴にほれた男」だと、毎日デパートを訪れてスリッパを買っていく男がいる。その意図は?と思うやスリッパを試着中にその男が狙撃されて殺された...まあ、メグレの短編でも謎解き色の強いのはたまにあるしね。しかしアマチュアのチビ医者だと成り行きで大捜査網の指揮をすることになって、おっかなびっくりなのがナイス。まあそういう短編集。気楽にどうぞ。 |
No.392 | 7点 | 人の死に行く道- ロス・マクドナルド | 2018/08/27 18:29 |
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死顔はやはり美貌だった。どこの葬儀屋でも、こういう美男を扱えば気分がいいだろう。
と、本作は後期と違って、突き放したような非情さが目につく作品である。本来のハードボイルドってこういう非情さがポイントのはずなんだけども、浪花節を強調しがちなのは日本の国民性だろうか?斜めに構えたあたりが少々チャンドラー臭いところもあるけども、本作あたりが「らしさ」が堂に入って熟してきた感じで、ロスマク初期の「ハードボイルド」完成形のような気がする。タイトルだって邦題が直訳でわかったようで分からない迷訳だとは感じるけど、「The way some people die -> 奴らの死にざま」くらいが適切なんだろう。まさに、ハードボイルドなタイトルだ。 というかねえ、どうも日本の読者はロスマクを家モノ作家みたいに捉えすぎな気がするよ。本作だとヘロインを巡る抗争が背景にあるし、犯人像もハードボイルドの大定番な犯人だし...と、ハードボイルド読んだ、という読書感があるのが一番イイあたり。ハードボイルドが登場した20世紀前半のアメリカというと、ギャングの抗争が「リアル」だった時代だ、というのを皆さん忘れがちではないのかな。しかも、本作の「非情さ」がラストの犯人の家族と馴れ合わず「分かりあえない」アーチャーの姿として現れているのが、本当にいい。カウンセラー化しちゃう後期よりもずっと、ね。 |
No.391 | 5点 | スクールボーイ閣下- ジョン・ル・カレ | 2018/08/23 22:40 |
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スマイリー三部作の「中」にあたる本作は、一番長いが、一番動きがある作品である。「ティンカー・テイラー」が動きがすくない地味な作品で、退屈か...といえばそうじゃなくて、抑えたサスペンスのいい作品だったのだがね。と歯切れの悪い書き方をしているのは、今回再読してどうも本作は気に入らない、のだ。
というのはね、本作の「動」の部分をベトナム戦争が担っているわけだが、本作でのベトナム戦争は、動乱の中に消えた男を、危険を犯して「スクールボーイ閣下」ウェスタビーが追いかける、という「背景」に使われているだけなんだな。どんな紛争でもベトナム戦争のかわりになっちゃうんだろう。ル・カレというと、イギリス帝国主義の尻ぬぐい役としての秘密情報部自体の役割について、大して懐疑的ではないために、ベトナム戦争、とは言っても「欧米人の植民地主義的な見方」を抜け出た視点があるわけではない。ここらを問題化したポスト・コロニアルと呼ばれる文芸批評のスタイルがあるんだが、一世代上のアンブラーやグリーンがなかなかイイ線行ってるように思えるのに対して、保守的なル・カレは「最後の植民地主義者」みたいなもので、後退しているようにしか思えないなあ。 大きな視点を欠いているので、大英帝国主義を担った「honorable」である主人公ウェスタビーの暴走が、何か身勝手なものにしか見えないのが弱いところ。本作の緻密な描写はこういう動きのある事件描写の、ダイナミズムを妨げる方向にしか働いていないようだ。というわけで、本作の発表当時の高評価は、ベトナム戦争が「リアル」だった時代の空気の共有感で成立したものなのだろう。 いい部分は秘密情報部vs他官庁&CIAとの権力闘争にリアリティがあるあたり。ここらはスマイリーの主観描写がなくてギラムの推測で書かれているので、今一つ真意が見えづらいのが難。 結論:本作は古びてる、と思う。残念。 |
No.390 | 6点 | ワイルドターキー- ロジャー・L・サイモン | 2018/08/14 13:20 |
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なんかねえ、モウゼズ・ワイン褒めちゃいけないような風潮があるように感じるんだけど、80年台にさんざん売れたシリーズなんだよ。だから古本屋の百均ポケミスの棚にわんさと並んでいるわけで、そんなにツマんなかったら並んでないよ。というわけで評者少し肩を持ちたい気分である。
「うんち」「うんちなものか」おれは、リノリウムのフロアにサイモンをあおむけにして、胸当てズボンを脱がした。垂れていた。「一番厄介な問題は一人でトイレに行けない二歳半の息子がいることだ」 モウゼズ・ワイン、ユダヤ系、元過激派、現ヒッピーな私立探偵。妻に逃げられ2児を育てながら仕事する。趣味はマリファナで、寂しくなるとオナニーする...とおおよそカッコ悪いこと甚だしい探偵である。このダメでカッコ悪いのが、いい。オトコなんてこんなものなんだよ。 セックス解放を巡って論争していた女性ニュースキャスターが殺され、その論敵の作家が殺害を告白して自殺した...自殺する前の作家に依頼されたワインは、作家の自殺を疑って捜査を継続する。どうやら作家が持っていた録音テープが自殺の現場から奪われたらしい。録音テープを取り返すよう、ワインはキューバ人ギャングに子供を種に脅される。ヒッピーコミューンのセックス解放カウンセラー、服役中のユダヤ系老ギャング、ハリウッド。ワインは70年代ウェストコーストのサブカルの最中を駆け抜ける。スキゾでカラフルでスピード感のある冒険だ。 とまあ、こんな小説。だから風俗小説の色合いも強くて、ビーチボーイズだの「ローリング・ストーンズ誌」だの、「アメリカン・グラフィティ」だの、固有名詞満載で、ここらを懐かしがって楽しめる人ならいいと思うが...馴染みがないとちょっとツラいかな。けどね、似たような傾向のA.D.Gの「おれは暗黒小説だ」がもてはやされるのを見ると、モウゼズ・ワインが無視されるのは評者はなんか納得がいかないな。A.D.G が楽しめるなら、ワインもどうぞ。 |
No.389 | 7点 | キングとジョーカー- ピーター・ディキンスン | 2018/08/14 12:39 |
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架空歴史という口実のもとに、「王家のミステリ」をやって見せている本作、菊タブーのある日本とは比較にならないくらいにサバけている。主人公は13歳と1/4の王女ルイーズ。多感なお年頃で、このヒロイン・ルイーズの青春ミステリという味があることが、本作の面白みを高めている。考えてみりゃ、おとぎ話の舞台は王様と女王様の世界であって、そういう普遍的で神話的な「親」からの自立の物語として読むと、趣き深いものがある。ピブル警視ものよりもずっと読みやすくて一般的なので、ディキンスンを最初に読むなら本作が一番のおすすめだ。
イギリス現王家(1977年時点)は、国王ヴィクター2世、イザベラ女王の間に皇太子アルバート(20歳)と王女ルイーズがいる。このロイヤルファミリーの生活に中に、とんでもないイタズラが起きるようになった。当初は他愛もないイタズラだったのだが、どんどんと王家と周辺の人々を傷つけ危害を加えるものになっていった....ついには殺人さえも。老衰の果に死を待つばかりの、王家の11人の子供を育てた乳母が知る秘密とは? ...はっきりキャッチーである。自らの意思で公立学校に通う王女ルイーズの、しっかりした内面が陰影深く描かれるのが印象的。親で国王・女王といってもおとぎ話の王様・王妃様ではなくて、情けない秘密も併せ持った人間らしい人間であることが、子供もだんだんとわかるようになってくる...そういう惑いのなかで、ジョーカーの事件を媒介に、それこそ犯人に拳銃で脅されながらも、自分を確立していくさまが「青春ミステリ、だなあ」という感を受ける。 けどね日本で天皇家でこれやったら、大変なことになるだろうよ。いかにイギリス人が創作の自由をちゃんと守れる、洒落のわかった「粋な」気概の国民性であるかを示していると思う。 |
No.388 | 8点 | ある詩人への挽歌- マイケル・イネス | 2018/08/12 21:42 |
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本作というと、スコットランド方言が多いために翻訳が難しかったこともあって、乱歩が絶賛したにもかかわらず今はなき社会思想社から訳が出るまで、名のみ高い作品だったのをよく覚えている。「ラメント・フォア・ア・メーカー」って原題表記でタイトル覚えたよ。訳題を見てピンと来て、出てすぐに買った記憶がある。そういえば昔「神への悲歌」の仮訳題をみたことがあるが、内容的には Maker は造物主という意味ではなくて、スコットランド方言での「詩人」という意味なので、刊行邦題が正しい。
先行する「学長の死」「ハムレット復讐せよ」みたいな本格というよりも、ゴシック・ロマンスのパロディみたいに読んだ方が面白かろう。荒涼としたスコットランドの古城に住む悪者領主もいれば、その被保護者の恋に悩む少女がいて...とゴシック・ロマンスの舞台装置満点なくせに、思わず吹き出すようなユーモアがあるのがいい(シビル・ガスリーがナイスなキャラだ)。関係者手記による構成が、その都度の視点切り替えでリフレッシュするかのようで、読みやすく効果的である。「教養ある靴直し」イーワン老人の担当部分などスコットランドの寒村の生活の描写が情趣に富んでいる。 だからアプルビイ、あまり名探偵でもなくて、終盤に近づくにつれ、これでもか、というくらいに真相を何通りにも組み替えてみせる力技が、万華鏡のような眩惑感を誘う。これはこれでなるほどの風格がある。雪に閉ざされた古城という舞台で、この暑い中けっこうな納涼になったしね。終盤の手記と合わせて、地方色描写が雰囲気が出ていて、小説としてなかなかいいものである。そういえば昔イネスで訳されたのって「海からきた男」が冒険ものだった記憶があるが、そういう資質も本作で少しだけだが出ている。今でこそ結構読めるけども、フトコロの深い作家みたいだ。本作褒めるあたり、乱歩のセンスも侮れない。 |