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クリスティ再読さん
平均点: 6.39点 書評数: 1419件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.499 6点 紅はこべ- バロネス・オルツィ 2019/04/13 20:29
おっさんさんが創元版についてお怒りのようですが、本作みたいな大古典は今さら東京創元社に忠誠を誓わなくてもいいわけで、評者が今回読んだのは「赤毛のはこべ」である(苦笑)。これも古い訳だが「赤毛のアン」で知られる、村岡花子の翻訳(1954年、現在は河出文庫で)である。音引きがやや古いタイプとか、今のフランス史用語だと「公安委員会」なのが「安全保障委員会」だとか、翻訳としては違和感がある箇所もあるんだけども、やはり女性が訳者だと、本作が作者も女性で、ヒロイン視点で描いた冒険小説だ、というのが明確になって、いい。ヒロインにどこまで感情移入できるか、が結構決め手になる小説だろう。ハーレクインと笑わば、笑え。それでも、いわゆる「摂政時代」のダンディの如何なるものか?が本作のテーマみたいなものだよ。
本作でもチョイ役で皇太子(ジョージ四世)が登場するけども、この皇太子がボー・ブランメルのご贔屓で、イギリス流のファッション哲学「ダンディ」を作ったわけで、本作のパーシーもこういう「ダンディ」の肖像として読むべきだ。女性の筆になるから、ファッションのデテールも細かいし、パーシーもブランメルと共通する「無感動」の美学みたいなものが感じられて、そこらへんを愉しむ小説なんだと思うんだよ。
ちなみにね、ヅカなんかでかかる「スカーレット・ピンパーネル」だと、パーシー&マルグリート夫妻は、「ヒッピーからヤッピーに」な世代の夫婦の寓意みたいに描かれて、過去を引きずる男ショーヴランにマルグリートが心ならずも迎合するのを、パーシーがうまく救い出す...と何かアチラの飛龍伝を見てるような印象のミュージカル、というのが本当の姿みたいだ。まあヅカの場合は、演出の小池修一郎の代名詞的な「エリザベート」の設定を裏返したような捻った面白みを出している...というこっちも一筋縄でいかない作品になってる。ミュージカルの「スカピン」の方も十分面白くて支持されているから、新訳がこっちのタイトルで出るのもアリだね。

No.498 5点 テニスコートの謎- ジョン・ディクスン・カー 2019/04/11 07:29
原題だと「The Problem of...」で揃えた同年の作品だから、「緑のカプセル」とペアにする意図があったんだろうか。怪奇味を抑えた「純パズラー」みたいな志向の共通性を感じるが、細かい趣向を凝らした名作「緑のカプセル」と比較するとこっちはヤッツケみたいに見えるのが難点だな。
とはいえ、中盤のヒュー&ブレンダが証拠偽装を図って、他人の介入で偶然うまくいったけど、ハドリー警視にお見通し、というあたりはちょっとしたサスペンスでうまく書けるような雰囲気がなくもない。キャラがありきたりでなくて、ブレンダとか「現代っ娘」に造形できてたらアリだったのかも...とは思うんだよ。ここらはカーの弱点だな。
で問題の「足跡のない殺人」トリックは、「これ長編でやるの?」というようなネタ。二番目の殺人の不可能興味なんて強いていえばくらいのものだし、ハウダニットとしてはがっかりするような腰砕け。犯人が意外、との声があるけども、本作の設定の特殊性からは十分読める範囲じゃないかな。そういえば本作のネタは横溝正史の例の作品と共通するね。正史が研究してても不思議じゃなくて、あっちは1/3のネタだから弱さを補う上等のアレンジ。
(けどさ、中盤で否定される「逆立ちして...」はある意味ナイス。絵を想像して笑える)

No.497 6点 ファーガスン事件- ロス・マクドナルド 2019/04/08 23:00
ロスマク最後の非アーチャー物である。主人公は若手弁護士のガナースンで、愛妻サリーが臨月である。まだからハードボイルドという雰囲気は薄いが、ロスマクなので小洒落たユーモアのある...とは絶対にならない(苦笑)。「ブルー・ハンマー」と似た明るさがあるので、「ブルー・ハンマー」の後に余力があったら、本作の続編でも良かったのかもしれない。中年男アーチャーよりもずっと若くて、熱血というか、沸点が低いというか、頭に血の上りやすい印象がある。弁護士のクセに終盤殺されかけて這々の体で脱出するアクションシーンもあり。
病院を利用した窃盗団一味の容疑がかかった看護婦の弁護を引き受けたガナースンは、この一味に関わる殺人に出くわすが、この一味の首領らしい男は、元女優を誘拐して大金持ちの夫に身代金を要求した。この夫の法律顧問として、ガナースンは事件に関わっていく....
ロスマクというと、話がどう転がっていくか全然見当のつかないタイプの小説(「ブラック・マネー」とかそうだね)がたまにあるけど、本作もそういうもの。最終的には「父親探し」もあったりして「ロスマクだねえ」なんだけども、悪徳警官物?と思わせたり、悪女モノ?と思わせたり、なかなか配球を読ませないや。全然先が見えなくて、話の転がり方で絵面が切り替わる妙味を楽しむタイプの小説だから、やや楽しむのに度量の必要だろう。そういうあたりで初心者向けではない。悪徳警官?という線があるから、本作はアーチャーじゃないのかもしれないな。私立探偵ゴトキじゃ、悪徳警官には手が出ないからね。

さて、ロスマクもあと一つ。「縞模様の霊柩車」も本は確保済。

No.496 7点 わらの女- カトリーヌ・アルレー 2019/04/05 09:00
本作を法律上ありえない、とする説があるけども、評者はギリギリセーフなのでは?とも思う。という話なので、

すみませんが、ネタバレします。

というのは、相続欠格については、少なくとも日本では「故意に被相続人、先順位・同順位の相続人を死亡するに至らせ、または至らせようとしたために刑に処せられた者」(民法891条1号、多分どの国の民法でも似たり寄ったりでは?)であって、「刑に処せられた」がポイントである。ヒロインは公訴前に自分から自殺することで、確定判決を得ることを放棄しちゃったわけである。これこそ犯人の思うツボで、ヒロインに真相をバラしたのは、罠を自覚させて絶望に追い込んで自殺させる狙いがあった?と疑われるのだよね。そこまで含めて犯行計画を評価すると「かなり危ない橋ではあるけども、成立しないわけでもないか」ということになる。「大金持ち」を利用して強引に保釈を得て、保釈中に自殺させるとかのプランもありかな...
なので、ヒロインに唯一残された復讐手段は、堂々と無実の罪を認めて、刑に服すことなのである。そうすれば、ヒロインは相続欠格になって、死後の相続を阻止できる。少なくとも日本の民法は「直系卑属」にしかヒロインを飛ばした代襲相続を認めないからね。養子縁組の親が相続可能なのは、ヒロインの相続権が問題ない場合のみなのだ。これを理解できなかったヒロインが愚かなのだ。まあここまで描けたら10点だけど、さすがにそこまでの小説ではない。
あと小説的には....フランスの色が本当に薄い小説のように思う。ヒロインと犯人のやり取りを、本当に会話だけで叙述して一切描写しないのとか、少しだけハードボイルドな良さがある。

No.495 6点 カックー線事件- アンドリュウ・ガーヴ 2019/04/02 21:51
エセックス州の田舎を走るイギリス国鉄のローカル線、カッコー線に乗った老紳士が、若い女性から暴行を受けたと騒ぎになった。紳士は暴行を否定し、その家族も「まさかウチの父に限って!」と紳士を信じるのだが、噂は村に広がってしまっていた。その女性は死体として発見され、老紳士に容疑がかかる。老紳士は精神の病気なのか?それとも何かの罠なのか? 弁護士の長男、作家の次男とその婚約者・長女と、老紳士の子どもたちが父の容疑を晴らすべく孤軍奮闘する...
という話。「それでもボクはやってない」みたいな痴漢冤罪風なのは冒頭だけで、殺人事件に発展してしまうとそっちは後景に退いてしまう。残念だが仕方ないな。それよりも東イングランドの沼沢地帯が舞台で、のんびりしたローカル色が、いい。アンブラーというかエリオット・リードの「恐怖のはしけ」も似たようなあたりが舞台だったし、ガーヴとアンブラーってローカル色を出したスリラーが得意で、似たテイストがあるからねぇ。次男がハウスボートを持っていて、婚約者と一緒にこの沼沢地帯で探索をして、父をハメた罠の真相に地味に一歩一歩近づいていくのが読みどころ。
真相はリアルなもので、いかにも「ありそうな」リアリティがあるのがガーヴらしい。しかし真犯人の自白が取れなくて、窮余の策に出るのが、お話といえばお話なところ(少し展開が読めるかな)。それでもガーヴ満開なウェルメイドなスリラー。

No.494 5点 ドナデュの遺書- ジョルジュ・シムノン 2019/03/24 15:02
文庫200ページ内外が普通のシムノンなんだけど、本作は文庫500ページで、たぶんシムノンの最長編だろう。メグレ物の第一期が終わったあたりに書かれた「純粋小説」の初期のものである。ある意味シムノンの「家モノ」なんだが、グリーン家でもハッター家でもなくて、チボー家とかブッデンブローク家の方に近い、大河ロマンである。
とはいえ、起点・1年後・5年後と時系列の窓を移動するような3部構成なので、1家族の歴史を3連作したみたいにも読めるかな。この中で殺人が2件あるけども、扱いはミステリのものではない。新しいことにチャレンジしたいシムノンの意欲は感じられるのだけど、シムノン独特の集中力が、大河ロマンの拡散してく方向のベクトルとうまく合致していない印象を受ける。
港町の実業家老ドナデュが失踪し、すぐに溺死体として発見された。老夫人、長男とその妻、長女と婿、次女、次男が同居する大家族で、漁業、海運、練炭販売を手がける田舎ブルジョアの一家は、ドナデュの死をきっかけとして、次第に変貌を遂げて崩壊していく...近所に住む映画館主とその息子が、このドナデュの家に深くかかわっている。息子フィリップは次女と駆け落ちの後に、ドナデュの家に婿として戻ると才能を発揮して、次第にドナデュの資産を利用して自らの野心を実現しようとする。その父フレデリクは野心満々な息子と違って、人生の傍観者風キャラで、夫の陰に隠れて我慢していた老婦人や、一家に疎外されていた長男嫁(結核感染が判明して自らの生を生きようと家を出る)との、良い相談役である。長男は弱々しく無能な放蕩者であり、秘書に手をつけたことが大きなスキャンダルのきっかけとなる。フィリップはこの後始末に才幹を発揮して、一家の実権を奪うことになる....が、他人を踏み台にしてのみ才能を発揮できるフィリップと、その妻マルチーヌとの関係は次第に破綻の色を深めていく....
この長男ミシェルのスキャンダルは、秘書に手を出して堕胎させたことを、対立する政治党派に嗅ぎつけられたことから始まり、この秘書を説得してその父に疑惑を否定させたことから、この父が娘を守ろうとして、スキャンダルを掲載した新聞の発行者を殺す殺人事件にまで発展する。裁判ではフィリップがうまく秘書に証言させて、娘を守る父を無罪にして事態を収拾したのだが、真相を知った父は絶望のあまりに娘を絶縁して、旦那衆への面当てに共産党に入党するというあたりの展開が面白い。
がまあ、シテに当たるフィリップの野心はあまりスケールがないし、最後の方は自転車操業に四苦八苦するハッタリの多い詐欺的なものなので、魅力がないな。それと比べると、ワキの父のフレデリクのキャラが独自で面白い。クリスティで言うとサタスウェイト氏みたいなキャラである。ちょっとした狂言回しになっていて、作劇上も便利だな。最後は強引に悲劇でまとめたような感じになって、ここらへん「大河ドラマにどうオチをつけるのか?」で悩んで失敗したような印象。拡散して、家族が散り散りバラバラになっただけでも、十分小説にはなるんだけどねえ。なのでやや尻すぼみの印象を受けるのが、シムノンらしくないところ。
まあ、こういう大長編ロマンはシムノンの体質に合わないんだろう。無理することないや。

No.493 7点 暗黒事件- オノレ・ド・バルザック 2019/03/23 09:50
そもそも小説というものは高貴な出自というよりも、下世話に市井の奇談・珍談を取りまとめて、というあたりで発達してきたものだから、19世紀の大文豪の小説に今では「ミステリ」と呼んで構わないような作品がある、のは何の不思議もない。バルザックの本作はナポレオンが帝位を窺う時期を舞台として、ややこしい政治背景のある冤罪事件を扱うから、歴史推理&ポリティカルスリラー&裁判モノといっていい。カーの「喉切り隊長」で印象的なジョセフ・フーシェに最初に注目・評価したのがバルザックの本作だ、というのもあって、評者みたいなフーシェ・ファンには外せない作品でもある。

フーシェは当代に於けるもっとも非凡な人物の一人であり、またもっとも見誤られている傑物であるが...

とツヴァイクの評伝に登場するフーシェ賛は本作に登場する。
とはいえ本作では、フーシェはあくまでも影の人物だ。本編中に一瞬タレーランは登場するが、本作での敵役はフーシェをずっと俗物・平凡にした日和見主義的な悪徳政治家マランである。シャンパーニュのシームズ侯爵の荘園は、大革命の貴族財産没収で、もとのジャコバン党員ミシウの管理するところにあった。しかし名義上の所有者がそれを勝手に参事院議員マランに売り渡してしまった。マランの話を漏れ聞いたミシウは、元の所有者であるシームズ侯爵の相続人が、ナポレオン暗殺を狙って潜入していることを知る。潜入が当局にバレているようなのだ....実はミシウは侯爵家の財産を保全するために、あえて過激派の仮面をかぶった王党派だった。ミシウは若い貴族たちの危機を救うが、それは彼らに向けられた罠のとっかかりに過ぎなかった。悪徳政治家マランが押し入った覆面の男たちによって誘拐され、その嫌疑がミシウとシームズ家の若い貴族たちにかかる....裁判の結果有罪となり、侯爵家の令嬢ローランスは最後の望みをかけて、ナポレオンの恩赦を求めてイエナの戦場に赴く。
まあそんな話。ナポレオン暗殺計画は、カドゥーダルやモローが関わった有名なものの一環だし、それにもかかわらず懐柔策として、この貴族たちは亡命からの帰国を許される。渋々国法順守を誓うけども、成り上がり者のナポレオンには軽蔑・敵対的....というあたり、歴史小説として本当にこの時期の空気を忠実に描いた、と出版当時に言われていたようだ。で、シームズ家が嵌った罠はかなり巧妙なもので、法廷モノの面白味もあれば、最後に王政復古期に老いたローランスが去ったあとのサロンで、この事件の少し意外な真相が明かされるが、個人的な復讐と政治的な駆け引きが複雑に絡み合ったものである。ミステリ的な興味もしっかり満たさせるし、イエナの戦場でのナポレオンに、出自柄敵対的なヒロイン・ローランスも感銘を受けたりするあたりも興味深い。
どうも評者は「ミステリの元祖は?」風の考証が変なコンプレックスに見えて仕方がないのだけども、19世紀の小説ならば20世紀に分化してしまったジャンルを、いろいろ未分化なかたちで包含しているのが当たり前なんだよね。「純文学」なんてものはまだないし、「文学的」であるべき高尚な詩や劇に比べて、小説はずっと庶民的でエンタメ的なものだったわけだ。読みづらさは時代背景が古いから、くらいに思って楽しめばいいんだよ。たまにはいかが。

No.492 7点 青い鷺- 小栗虫太郎 2019/03/22 13:54
虫太郎というと「黒死館」とせいぜい「白蟻」「完全犯罪」、あと「人外魔境」?となるのかもしれないが、習作を除いての長さ2位3位を収録したのが、教養文庫では本書になる。長さ第2位で法水登場の「二十世紀鉄仮面」と、長さ第3位の「青い鷺」である。両方ともパズラー色は薄いロマンティックな伝奇スリラーである。が、それぞれ持ち味が大きく違うし、他の作品とも似ていない、独自の味わいがあるので、小栗虫太郎という作家の芸域の広さを楽しむことができる。
「二十世紀鉄仮面」はとにかくスケールのデッカさが身上。九州の大財閥の後継者を巡って、事実上の支配者である瀬高十八郎を法水麟太郎が追及する話である。財閥に不利な法案の成立を阻止するために、議員住居を囲むようにペストを発生させる、ナチス・ドイツが国威をかけて建造した大旅客船を沈没させる、最後は自身が所有する工場地帯を爆破して政府と取引する等など、この瀬高という男の悪事は、ドクター・ノオもゴールドフィンガーもブロフェルドも及ばないスケールである。しかも、情味もカリスマもあって、かっこいいんだな。法水さえもこの瀬高の魅力に参ってる(オイ)。法水はというと本作ではモテモテで、計4人の女性から慕われて、そのうち一人の死を大悲恋で看取る...と、何かヅカを観ているような気分になる(苦笑)。豪華ヨットでの、ヴェルディ「オセロ」上演の舞台の上での殺人など、舞台装置も豪華。本作の良さはハッタリ満点な壮大なスケールとオペラチックで濃いキャラ&豪華セット、ということになろう。虫太郎のレビュー趣味というか、スペクタクルな好みが出ているね。これは「読むタカラヅカ」みたいなものかもよ。
「青い鷺」は法水は出ない。代わりに若い大富豪で絵を描くまねごとをしている有閑紳士、九十九弁助が主人公。そのモデルで愛人の根々と根々の叔父で三題噺の名手と呼ばれたが、高座を降りて今では幇間の恋奴朝雨が主人公グループである。彼らがユダヤ系秘密結社「民政結社(コモンウェルス)」と白人至上主義の「霊語録(サイキアナ)」との抗争に首を突っ込んでしまう話。江戸前で低徊趣味な洒脱さが身上だから、主人公弁助もはなはだお気楽極楽なキャラで、思い付きで動いて、両秘密結社の暗闘をひっかきまわすことになる。とはいえ虫太郎らしい屍蝋の話などグロ趣味は健在だし、ロンドンの魚河岸の名物男になった江戸っ子の話など、ちょいとイケるエピソードも多い。今回読み直してこの「青い鷺」の意外な面白さに感銘を受けた。虫太郎も「源内焼六術和尚」とか書いたように、江戸前な戯作趣味があるんだよね。小洒落た面白味が横溢したユーモア・スリラーといったもの。テキが秘密結社なので、真相とか今一つはっきりせずに終わるけど、お気楽だからまあいいじゃないか。

いつも、叔父が口癖のように、云っているんだけど―探偵小説ね。あれには、屁理屈ばかりが多くて、頓智がないって。三題噺の一つもできずに、作家が聴いて呆れるって。(中略)こっち(三題噺)はなにが飛んで来るかわからない、闇の礫だ。それを、一二分のあいだに、整頓して結論を引き出す。

なるほど、一理あるね(苦笑)。こういうミステリ観も斬新、かもよ。

No.491 5点 消えた女- マイクル・Z・リューイン 2019/03/20 23:29
モウゼズ・ワインを読んだ直後に本作だと、いかにもあっさりして地味である...同じネオ・ハードボイルドで括られた作品とは思えないくらいである。まあサムスンはあまり強くないのがウリみたいなキャラなので、中途半端なロスマクみたいな印象の方が強いなあ。それでも「強くない」探偵というのは、ネオ・ハードボイルドの数少ない共通項みたいなものだから、まあサムスンくらいの方が狂言回しとして使い道が広い、というのは言えるだろう。
本当に時代の空気を背景にしたワインが、時代がたつと理解されづらくなって失速するのは仕方がないことなのだが、田舎町を背景にした本作などはそう古びないメリットはあるのかもしれない。意地の悪いことを言えば、最初から古めかしいかもね。
本作そう悪くはないのだが、評者はとくに惹かれない。けどもこういうシリーズの方が「王道」とか言われて続くんだよ。そういうものか。

No.490 7点 カリフォルニア・ロール- ロジャー・L・サイモン 2019/03/20 23:05
80年代をちゃんと生きている探偵モウゼズ・ワインの第4作は、コンピュータ業界が舞台で、日本にまで足を延ばしちゃう話題作である。なにせ小鷹信光とか訳者本人?と思わせる登場人物まで出ちゃう。「007は二度死ぬ」を評者やりついでで、ミョーな日本理解の本作は本作で面白い。
しかしね、本作ではワインの「ヒッピー探偵」というのを買われて雇われた先がアップル社をモデルにしたチューリップ・コンピュータ社である。面白いのはね、この創設者が「ウィズ」であって「ジョブズ」じゃないあたりだ。要するにアップル社=マッキントッシュではなくて、アップル社=AppleⅡの時代なのである。だからCEOのウィズ(もちろんスティーヴン・ウォズニアックがモデル)は本当のヒッピー上がりで、ヒッピー探偵ワインと意気投合してチューリップ・コンピュータの保安課長に任命することになる。まあデザイナー&セールスマン的なジョブズじゃあ、話が回らないからね、強烈にギークで隠遁者めいたウォズの方が話としてはもちろん、面白い。
で、チューリップ社の秘密プロジェクト「ブラック・ウィドウ」の主任プログラマが失踪し、その行方をワインは追うのだが、さらにその奥の「ブロウフィッシュ(河豚)」というコードネームで呼ばれるプログラムを巡って、ソ連、それから日本のエージェントが暗躍しているらしい...というあたりで、ワインは日本に調査に飛ぶ。ワインを助けるのは「マルタの鷹協会」の面々(苦笑)。もちろん、訳者の木村二郎がサイモン来日の世話をしたことからの作品登場ということらしい。
で、このブロウフィッシュ、PROLOGとか三段論法とかエキスパート・システムとか言ってるあたりからして、評者なんかめちゃくちゃ懐かしい。第五世代コンピュータまで出るんだよ。日本の「ブラックカーテン」(黒幕)は通産省と組んだコンピュータメーカーだったらしい。まあこの第五世代とかΣプロジェクトとか、結果的に大失敗で、日本のメーカーも通産省も何も理解できてないことがバレて、現実には恥をさらしたわけだけど、小説の中では事件の背景になっている。そこらへん評者は何ともビミョーな感想だね。
でこのブロウフィッシュのプログラムをワインは手に入れるわけだが、実のところ一種の人工知能というか人工無脳というか、例の Eliza みたいなもので、「悟りを開くために」ゲームで、「ダニー・リグロッドを殺したのは誰だ?」と聞くと「すべての存在には本質的に欠点はない」なんて意味ありげな回答をする。まあここらの質問&回答は Eliza 調で、禅というか Zen とコンピュータ・カルチャーが一体になったアノ時代を髣髴とさせる。ロータスの創立者が会社を売ってヨガスクールを始めた時代なんだよね....
というわけで、サイモンのハッカー・カルチャー理解はそれなりにまとも。知識があればコンピュータがアングラで怪しくて楽しかった時代を追体験できる

No.489 6点 10プラス1- エド・マクベイン 2019/03/20 22:28
評者あまり87分署に思い入れがないので申し訳ないのだが、それでも最初に読んだ87が本作で、未だに書評がゼロなのが気にかかっていた。することにしよう。
とはいえシリーズ中一二を争う派手な事件である。皆さん大好き連続狙撃事件ミッシングリンク物である。会社重役・弁護士・売春婦・イタリア人果物屋...と一見関連のないターゲットが狙撃されて、型通りに被害者間の関連は?となる。87で映画というと「天国と地獄」が有名すぎて、しかもTVシリーズはともかく他の映画は目立たないので何なんだけども、本作は珍しく映画になっている。キャッチーで読者人気もまずまずみたいだが、初期の終わりくらいの作品で特にイベント性がないから、埋もれているのかな。言うまでもないが、警察小説らしさは満開である。

(ややバレ?)
一応ちゃんとした被害者間の関連はあって、そこらはトリッキーではなくてリアル。階級的流動性の高いアメリカらしい話である。振り返って見るとイタリア人果物屋がミスディレクションみたいな役割になる。

No.488 6点 ソロモンの桃- 香山滋 2019/03/17 21:02
桃源社の後を受けて、小栗夢野久生で「異端作家」の鉱脈をアテた現代思想社教養文庫には、評者お世話になったものだ...で、小栗夢野久生に続く「異端作家」に選ばれたのは香山滋・橘外男・山田風太郎だったが、こっちはそう商業的にはうまくいかなかった印象は強い。まあそれでも香山滋は取り上げたいな。で、河出文庫で現役で手に入る「海鰻荘奇談 香山滋傑作選」で惜しくもページ数から収録できなかった中編の名作「ソロモンの桃」「怪異馬霊教」を本書が収録するから、補完の意味もあって読む価値が高い。それぞれ100ページ内外のボリュームがあるから、世界をちゃんと展開できていて読み応えがある。なるほどな「異端ぶり」を堪能できる。
「ソロモンの桃」は珍獣ハンターを生業とする日本人冒険家が、印度獅子の秘密と共に、それを追って消えたフォーンソルプ大佐を追って、ダンガ砂漠に挑む話。「ソロモンの桃」で示される古代ユダヤの王ソロモンの秘宝と、それを守護する怪老人ラケル、その娘で花の化身のような少女ハタ、妖艶美女で主人公への愛が重いへレア、といったキャラが主人公に絡み、最後はラケル率いる印度獅子に騎乗する秘宝守護部隊と、フォーンゾルプ大佐率いる象部隊との合戦にまで及ぶ。この人、エロはあっても陰惨さは薄いのが体質のようで、カラッとした男性的な冒険譚になっている。剣と魔法の蛮人コナンに近いテイスト。
「怪異馬霊教」は...というと、小栗虫太郎の「白蟻」の背景になった邪教が「馬霊教」で、まず間違いなくそこから貰っている。本作だと白蟻じゃなくてガロア虫が主人公を導いて、旧家の因縁話から地下の邪教の神殿を訪れることになる。邪教、といっても全然邪悪でないが、その世界観が本当に異界感の強いものである。ご神体を礼拝するのに、体の関節を自分からすべて外して

彼らが、骨を抜かれて、あたかも銭湯の板の間に脱ぎ捨てられた衣類の固まりのように変化して...

と、死を迎えるときもこの最小サイズで墓に収まることになる。主人公はこの因縁に深く組み込まれていて、この地下の異教の後継者となる...こっちは少しラヴクラフトの「インスマスの影」みたいな雰囲気があるが、奇怪ではあっても悍ましくはない。
まあこの二編が読みどころ。あとイカのように周囲に合わせて体の色を変えて透明になる能力&顔を自在に変化させて他人になる能力を描いて、一番「探偵小説」風だがとっ散らかった印象の「白蛾」、犯罪心理小説風の短編「殺意」に、河出文庫にも収録された因縁話のような「蠟燭売り」を収録。

No.487 7点 007/007は二度死ぬ- イアン・フレミング 2019/03/16 09:19
その昔は本作は「国辱映画(小説)」なんて呼ばれたこともあったけども、今ネットで検索してみると、映画・小説ともに「裏ベスト」という声も高い。日本人にシャレが判る人間が増えたせいもあろうが、本作で描かれた「日本の像」が、今ではずいぶん過去のものとなってしまい、適切な「距離」をもって、(かつての)肖像を見ることをできるようになった...というのもあるだろう。昭和は遠くなりにけり、だ。
本作はフレミングが二度日本を訪れたその印象を、007に仮託して書いた旅行記みたいなものだ。本作の面白い部分は、そのガイジンの目から見た日本の像なのだが、通常の旅行記が対象となる国のイメージを、何かまとまったものとして描きたがるのに対して、本作は極めて詳細で鮮烈なデテールと、混沌とした不可思議の国としての全体像を、統合しまとめようという意図がほとんど見受けられないことだ。デテールへの固執・偏愛が際立って、あたかも悪夢の中にいるような印象を受ける。「悪夢のようなニッポン」ではなくて、「悪夢としてのニッポン」を本書は実現してしまっている。これは稀有な旅行記だ。
この時期、フレミングは超ベストセラー作家であり、何を書こうとも絶対にベストセラーになってしまう、という空恐ろしい状況にあったわけだが、それに対して自身でも皮肉な想いがあったのだろうか、見事にそんな読者の期待を肩透かししたようにも思える。
そりゃさあ、冒頭からボンドとタイガー田中とのお座敷遊びで始まるんだよ。ボンドが吐く悪態を咎めて、日本の罵倒語のウンチクをタイガーは教えるし、サントリーのウィスキーはお気に入りのようだ。伊勢神宮に参拝すると修学旅行の高校生の団体もいるし、牛にビールを飲ませて焼酎でマッサージをするのを見学する...テレビで「七人の刑事」を見てから寝る。
と本当に主人公はフレミングであり、自らのキャラクターである007に仮託して、フレミングは日本を旅する。芭蕉の俳句に触発されて

人生は二度しかない/生まれたときと、死に直面したときと

というHAIKUを作る。俳句というよりもエピグラムっぽいのがご愛嬌。ヘンな比較をしちゃうが、「○○七号土佐日記」かもね。だから最後50ページの「死のディズニーランド」でのブロフェルドとの最終対決は、口実というか言い訳というか、海外視察に赴いた市会議員の報告書みたいなものだ。真に受けちゃ、だめだよ(苦笑)。

No.486 6点 ゼルダ- カーター・ブラウン 2019/03/11 00:06
人並由真さんが「キー・クラブ」の評のなかで、本作についてミョーに気になる書き方をされていたので、面白がって読んでみることにしよう。評者カーター・ブラウンはまったくのお初である。
私立探偵ホルマンは、ハリウッド女優ゼルダが招いたパーティのトラブル処理係として雇われた。パーティの客は元夫たち3人と、情交のあった南米独裁者の黒幕、ゼルダが踏み台にした先輩女優...パーティの目的はゼルダの自伝映画を作ることの発表で、その出資を出席者に強要しようとするものだった!
はい、もちろんこれ、体のいい恐喝です。ロクでもないな。ヒロインからしてお下劣なわけで、訳者は田中小実昌、訳文もノリノリでお下劣。そんな具合だから、当然殺人が起きて、元夫の一人が殺される。でも何となく言いくるめられて、ホルマンは翌日正午までに犯人を見つけないと、自分が犯人にされてしまうハメに陥った(おいおい!)ホルマンは犯人を見つけられるか?
なんだけどね、このホルマン、主人公のクセに私怨が優先するような男で、しかも内職もあるし...と「真相なんて下らん!」と言わんばかりに豪快に真相が二転三転して、あっけにとられる。
本作の真犯人って、明文では言ってないけどさ、作品の最後で自殺する人じゃない、別な人物なんだよね....だから本当は、山田風太郎のアレと同じような小説なんだよ。多分人並さんが「<ある理由>ゆえに稀少なトンデモナイ一冊」と書かれた<理由>とは違うかもしれないが、この豪快さゆえに「トンデモナイ一冊」だと評者も思う。
キャラはペラペラ、話を進めるだけでデテールなんてロクになし、おっぱい揺れまくり、主人公を含め全員ロクでなしの悪党揃い...とイイトコなんてなさそうなんだけど、突き抜けた豪快さに一読の価値がある。いや本当に人並さん面白い作品を教えて頂きました。

後記:この<理由>いろいろ考えたのだが、もちろん単純ミスの可能性もあるけども、評者のヨミが正しいならば、意図的なミスの可能性も否定できないと思うんだよ....どうだろうか?

No.485 5点 - ボアロー&ナルスジャック 2019/03/10 23:32
ボア&ナルって傑作・名作は多いのだけど、今ひとつ「巨匠」感が薄いのは、何でかなあ?なんて思うのだが、本作でもそうなのだが、初期に確立したスタイルの自己模倣が多いせいかも。中編2つを収録した本書、「譫妄」は「悪魔のような女」+「犠牲者たち」みたいだし、記憶と現実の齟齬に苦しむ「島」は「影の顔」の焼き直しみたいなものだし..と過去作品の既視感が強いんだよね。ううん、困った。まあ手慣れた筆なので、そう退屈というわけではないんだけど、驚きや意外性はまったくない。仕掛けも斬新というほどでもないし....強いて言えば「譫妄」の、主人公の追い詰められっぷりが、本人はともかく実はどうでもイイ話だったりして、虚しいあたり、かなあ?
積極的に褒める材料には乏しい。仕方ないか。

No.484 6点 ダシール・ハメット伝- 伝記・評伝 2019/03/10 23:18
ハメットのアメリカ共産党歴については現在結論が出てる状態なんだけど、本作はそれ以前というか、ハメットの基礎的な伝記情報を整理してまとめた雰囲気の伝記である。実際、本作のベースは1969年に書かれた著者ノーランの先駆的なハメット研究(MWA特別賞を獲っている)わけだから、それ以降のハメット論のベースを作った伝記である。どちらかいうと、著者の立場がオーソドックスで保守的なこともあって、ある意味「ハメット伝説」的な印象も強い。ハメットを左翼にしたがらないとか、ヘミングウェイとの影響関係に否定的とか、いかにもアメリカ人らしい思い入れが見え隠れする。
なので、評伝、という場合の「伝」はしっかりしているのだが、「評」の方はやや食い足りない。勿論ハメットが作り上げたハードボイルド文体のオリジナリティは高いのだが、それでも評者はアメリカン・リアリズムの伝統やシンクレアとかドス・パソスなどとの同時代性を考慮するべきだと思っているわけでね...まあ、本作はそういうことを論じる上でのベースみたいなものだ、と思ったほうがいいのかもしれない。
それでも、リリアン・ヘルマンとの関係、アリューシャン列島での兵役、映画業界・ラジオ業界との関係など、語られにくい情報もいろいろと手に入る。とくに、「影なき男」以降、何度も新作を書きかけては挫折を繰り返す様子が痛々しい。ラフリーの「別名S・S・ヴァン・ダイン」に描かれた、宿敵ヴァン・ダインの像を思い起こさせる。そのうちやろうと思っているのだが、「影なき男」もサブカル影響が絶大な作品なんだよね....

No.483 6点 封印の島- ピーター・ディキンスン 2019/03/09 22:27
ポケミスでは紹介が本作をすっ飛ばしたために、「眠りと死は兄弟」でいきなりピブルが失職していて「えっ」となるのだが、本作で失職理由がちゃんと描かれるか、というとそうでもない(苦笑)。それでも人を二人死なせて詰め腹、ということなのだろう。
本作はスコットランドの西の海に浮かぶ島にある、証印神授教団という終末論的キリスト教系新興宗教団体のコミューンが舞台。この教団の客分として滞在するノーベル賞科学者に呼ばれて、ピブルはこの島を訪れる。この科学者はピブルの父の元雇い主で、若くして父を亡くしたピブルは、父とこの学者との間にあった確執の真相に、個人的に強いこだわりがあった....教団とこの科学者との関係も今ひとつうまくいっていないようで、科学者の回想録出版を巡ってピブルに一役買わせたい狙いがあるようでもある。ピブルは信者の中に、元犯罪者が混じっているのに気がつく。
こういう話なので、ある程度キリスト教の知識があったほうが楽しめよう。聖書の言い回しをパロったりパラフレーズしたり、とイギリス教養派っぽい饒舌さを面白がるべきだ。この老科学者というのが、何とも身勝手だが妙に憎めないキャラで、一方的にまくしたてる思い出話の中に隠された、科学者の自己弁護と何食わぬ隠蔽とを、ピブルは探りながら父に思いを寄せる、という屈折が何ともディッキンスンらしい。
一応ピブルシリーズは「本格」枠と捉えられているようだけど、実のところ「英雄の誇り」でも「盃の中のトカゲ」でもスリラー要素はかなり多い。本作はパズラー要素がほとんどなくて、最後は海洋冒険小説みたいになる。ホーンブロワーに言及するのがご愛嬌。それでもピブルが幽閉された石造りの独房から抜け出すプロセスや、007ばりにヘリを撃墜する策略とか描くのに、ハードボイルドな客観描写ではなくて主観的で内面的な描写が丁寧なあたりが、極めてイギリス的な冒険小説テイストがある。まあ日本のマニアがパズラーとスリラーを分けたがるだけのことで、イギリスはここらがごっちゃな事自体が「イギリス流儀」と思うべきなんだろう。

No.482 6点 ブルー・ハンマー- ロス・マクドナルド 2019/03/09 21:52
「別れの顔」以降のロスマクって、精神分析カウンセラー小説みたいなもので、小説としての結構がなおざり気味で作家としていかがなものか?と評者は思っているのだけど、最後の本作はこの陰鬱路線にも飽きてきたのか、雰囲気が明るめでプロットの二転三転もあって復調を見せてきている。それでも、父親探し部分は少々ムリ筋っぽい気もするし、毒親にトラウマを植え付けられた若いカップルは途中で登場しなくなるし...と陰鬱路線の定番要素がストーリーの妨げにしかなっていないので、完全復調とまでは言えない。次の作品こそ勝負だったろうから、見たかったな。
で絵を追って...ってネタ、短編になかったかな(「ひげのある女」)。本作実は真相が二重底で、一段目の真相だと動機とか経緯が今ひとつ納得がいかないのが、二番底で納得がいく。まあ読んでてこの二重底は見当がつくんだけど、謎の解明感がしっかり出るので、これがいいあたり。ただしこの二番底の解決は、細部をくだくだしく説明してないので、読者がうまく頭の中で補完する必要がある。ここらの見切りは読者によっては不親切と取るか、粋な省筆とみるか、はあるかもね。
ロスマクをパズラーとして読む、というのが流行ったんだけども、それだったら本作が一番パズラー寄りかもしれないよ。ロスマクって本当に試行錯誤の作家だったような思いが評者はある....

No.481 8点 ペキン・ダック- ロジャー・L・サイモン 2019/03/07 21:03
モウゼズ・ワインって実は探偵像として画期的だったのでは?と思うのだ。確かに、70年代のネオ・ハードボイルド探偵たちって、スペードやマーロウやアーチャーと違って、「トモダチにできる」探偵なのだが、それは古典ハードボイルド探偵が担っていた「ヒーロー性」が、トモダチにするには重すぎるからなんだけど、ワインの場合には、さらにもう一捻りも二捻りもあるのだ。
ブランドステッターでも名無しでもフォーチュンでも、地に足の着いたキャラなのだが、その扱う事件が「この年でないと起き得ない」ような事件ではなくて、普遍的なキャラと普遍的な事件として、時代に縛られていない。しかしね、ワインは違う。ワインだけは、時代の中で生きており、その事件も明白にその時代の刻印が押されている。歴史の中を生きている探偵なのだ。
本書の舞台は四人組追放に揺れる時代の中国である。古参コミュニストの叔母ソニアの主催する第五次米中友好調査旅行団に、叔母に強制されてワインが紛れ込む。旅行団は香港、広州、上海、北京と移動していくが、トラブル続きである....広州では死体を目撃するし、上海ではチンピラの襲撃を受けるし、果てはメンバーが新聞社に潜入を図ったという難癖をつけられて、北京に着いた日には翌日には国外退去処分になる...というその日に訪れた紫禁城の秘宝館から「漢朝の鴨」と呼ばれる秘宝を盗んだ廉で、逆に秘宝が見つかるまでホテルに軟禁されるハメに陥った! 叔母に尻を叩かれてワインは重い腰を上げるが...
という話。昔懐かしの共産中国である。で特に毛沢東というと今で言うポピュリズム傾向が強いから「専門家を疑え」というアマチュアリズムの体質があるんだよね。だから「探偵」なんて仕事は、

「ブルジョワ個人主義の純粋な形だ....おれはひとりで働き、ひとりで暮らす..."こんな卑しい街を一人の男が歩かなくてはならない(チャンドラーですよ!中略)彼こそは英雄なのであり、彼こそはすべてなのだ"」
「かわいそうな人ね!」「どうして?」「どうやって、一人の男がすべてでありえるのよ?」

と完膚なきまでにやっつけられる(苦笑)。「どうやって、一人の男がすべてありえるのよ?」こそ、まさしく正論だから手に負えないや。まさにワインの立場は本人もよく承知しているとおりに「おれは、左翼の傍観者みたいなものだ。いつもそうだ。それに、アメリカ人消費者で、革命を買いに中国に来たんだ」と正直に告白せざるを得ない。ハードボイルドの美意識を消費するだけの嘘くささを、そのまま「嘘くささ」として、ワインは半ば顔を背けながらも、認めることになる。
しかし勿論本作での中国はユートピアでもなんでもなくて、ヒロインのリューは「わたしたちは、狂信的超愛国主義の世界に住んでいるのよ」と言いはなつ。それでもワインにとっては、小説の世界で都合よく馴れ合わない「他者」としてこの「中国」が顕現しているのである。だからこそ、探偵小説は相対化されるのだ。本書はメタ小説なのだ。

あなたはきっと、探偵小説が好きなんでしょうね
―いや、好きじゃないよ。プロットのためならば、何でも犠牲にするからね。

No.480 5点 影の護衛- ギャビン・ライアル 2019/03/03 22:14
本というのは値段が高いから面白い、なんてことは絶対にないのが良いところなのだが、そう考えてみたら、古本屋の百均棚に並ぶ本で面白いのを掘るのは、ちょいとしたレア・グルーヴ掘りみたいなもので、当サイト的にみてホントは意義があるのでは....なんてことも考えるのだ。そうしてみたときに、70年台~80年台ポケミスって、いいものだ。訳文もそう古臭くないし、洒落たものも多く、翻訳だから最低レベルの確保はあるし....で、しかも当時よく売れた本が多くて、タマ数が豊富なせいで古本屋価格は値崩れしている。いいじゃないか。ミステリのレア・グルーヴだと思って掘っていこうか。
で、ライアルの本書。マクシム少佐シリーズの第1作。妻をなくしたばかりの現役の軍人だが、ホワイトホールの保安職員として出向したマクシム少佐が主人公。出世街道からは外れぎみだが、特殊空挺部隊のSASにいた経歴の肉体派である。男臭さがムンムンする。お目付け役の首相補佐官ハービンガーと、MI5との連絡係のアグネスと連携して動く、首相直属の私立探偵みたいなポジションである。まあだから、あまり表立っての派手な事件で動くわけじゃなくて、差し障りが多く微妙な案件を内密に....というあたりの担当になる。
今回の中心人物は核戦略の大家である軍事学者タイラー教授。この教授が提唱する方針をNATO諸国の核戦略会議での、英国の切り札にしようとしている大事な時期に、教授の周辺で奇妙な爆弾騒ぎがあり、教授の秘密を巡る駆け引きがあるらしい...マクシム少佐は教授の護衛を申し付けられる。
というあたりが発端。チェコの女スパイの亡命騒ぎにもこの教授の名前が出るし、自殺した国防次官補の妻が教授の秘密を暴露した手紙をもっているらしい...となると、KGBも絡んで途端にキナ臭い話になってくる。マクシム少佐が体を張る場面はあるが、あっさりしていてそう引きずらない。それよりも雰囲気が陰鬱で、どうもすっきりしない。
でしかも、この教授の戦争中の行動にはばかられることがあるんだけども、

われわれがもっている中で、あなたが最高の武器だということだ、教授。あなたを守ることがわたしの仕事だ。わたしがやるのはそれだけだ

とマクシム少佐は軍人らしく割り切るのだが....けどこの割り切りもどうもすっきりしないし、結末もすっきりしない。ううん、困った。どうもモヤモヤとし過ぎる作品だ。

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クリスティ再読さん
ひとこと
大人になってからは、母に「あんたの買ってくる本は難しくて..」となかなか一緒に楽しめる本がなかったのですが、クリスティだけは例外でした。その母も先年亡くなりました。

母の記憶のために...

...
好きな作家
クリスティ、チャンドラー、J=P.マンシェット、ライオネル・デヴィッドスン、小栗虫...
採点傾向
平均点: 6.39点   採点数: 1419件
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