皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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クリスティ再読さん |
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平均点: 6.40点 | 書評数: 1325件 |
No.38 | 6点 | メグレ激怒する- ジョルジュ・シムノン | 2020/01/08 22:59 |
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メグレはパリ司法警察勤めの設定なのだが、「第一号水門」だと引退間近の姿が描かれ、さらにいくつか引退後のメグレを主人公にした作品が少しある。第一期最終作の「メグレ再出馬」('33)、第二期の中編たち、第三期開始の本作('45)、次の「メグレ氏ニューヨークへ行く」('46) と、あたかも第三期は引退後のメグレで行こうか?なんて悩んでいたみたいだ。とするとパリ司法警察のメグレが復活するのはその次の「メグレのバカンス」 になるけども、これも休暇中の事件だったりするしね。ホントの「現役復帰」は「メグレと殺人者たち」になるんだろう。まあだから、第三期メグレは時代設定がいつなのか、よくわからないといえばわからない。けどメグレの事件は時代を超えてるから、気にはならない。
本作は権高い老婦人に鼻面を引き回されるように導かれた家には、メグレのかつての同級生が婿入りしていた...けして親しかったわけではないが、今になって顔を合わせると、ブルジョアに成りあがった同級生は実に嫌な奴になっていた。この家の娘が溺死した事件の調査を老婦人に命じられたのだが、かつての同級生はメグレに手を引かせようとする... と、同級生でも「友情」とかそういう話ではない。この同級生は父親が税務署勤めだったために「税金屋」のあだ名で呼ばれていたような功利的な男である。で、メグレがこの旧友に「激怒」するのか、というと、実はそういうシーンはない。ただラストはある人物が「激怒」して話が収束するようなものである。メグレはこの家族でまずい立場にあった人物を救う活躍をするのだが、事件の結末には関与しない。それでもメグレが「サン・フィアクルの殺人」みたいに手をこまいて...という印象ではない。 なんか評者書いていて「はない」が続きすぎているな(苦笑)。そういう変則的でオフビートな話だが、ちゃんと話が収まるところに収まっている。 |
No.37 | 6点 | メグレと首無し死体- ジョルジュ・シムノン | 2020/01/08 01:04 |
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皆さんのおっしゃるように、狭義のミステリの観点だと「何だこれ」になるタイプの作品である。他のメグレ物だと「火曜の朝の訪問者」とか近いかなあ。それより意外性の方向がトンデモない方を向ている感じ。
ビストロの女将として火の消えたような生活を続けるカラ夫人の、特異なキャラクターがすべての作品である。メグレは第一印象で奇妙な違和感を感じて、まるでカラ夫人に恋するかのように、カラ夫人の元に通い詰めるのだが、妙な転調の気配が見えるのは、やはりカラ夫人がしっかり身なりを整えて別人のように参考人として連行される場面だろうか。 メグレ夫人がこのメグレの心の揺れを敏感に感じるのがさすが。 「お前がおれを面白がっているみたいだ。それほどおれが滑稽かい?」 「滑稽ではないわ、ジュール」 彼女が《ジュール》と呼ぶのはまれだった。彼に同情したときしか、こういういい方をしない。 そして本作では宿敵コメリオ判事との軋轢を、一種の「階級対立」みたいに描いているのだけど、メグレというのは「庶民の名探偵」なのは言うまでもない。本作は、若い日のメグレが「運命の修理人」になりたい、と思った、と直接書かれたという点でも重要な作品なんだけど、そうしてみるとこの「運命の修理人」に、あまり形而上的な神秘性を求めない方がいいような気がするのだ。水道のパイプを、時計を修理するかのように、「運命」を修理する職人、という味わいでメグレを見たら、それらしいように思う。 |
No.36 | 7点 | メグレと奇妙な女中の謎- ジョルジュ・シムノン | 2020/01/04 17:53 |
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「謎のピクピュス」同様「EQ」に掲載されたまま未刊行の第二期の長編である。いやこれ、別に名作でも何でもないが、実に小洒落た話。大好き! メグレの父性っぽい魅力がキラキラする作品である。
事件はパリ郊外の新興住宅地で起きた引退した勤め人「義足のラピィー」老人殺しを巡る話なんだが、実質この老人の女中のフェリシイとメグレとの奇妙な関係がすべて。フェリシイはちょいと天然さんの「夢見る乙女」。ファッションもヘンにズレているし、行動も思い込みが強くて頓狂。老人の生活について一番よく知る女なのだが、メグレに妙な敵意を抱いちゃったから、話がコジれるばかり。メグレはフェリシイが事件に何も関わってないことは最初からお見通しなのだが、フェリシイは気が付かないうちに事件の大きなカギを握っていたのだ... 伊勢えびを背中に隠しながら、 「ねえフェリシイ....重要な問題がある....」 彼女はすでに警戒しはじめている。 「マヨネーズ・ソースを作れるかね?」 傲慢な笑み。 「それじゃ、すぐに作って、このムッシュウをゆでてほしい」 とメグレも反抗期の娘に対する父親みたいに、フェリシイに伊勢エビを御馳走するのだ。御馳走を食べて、フェリシイが目覚めたとき、事件はすべて解決し、メグレはフェリシイにカフェ・オ・レを作って持って行って、そして去っていく。 何という洒落た話だろう!こんなのも書けるシムノン素敵。今一つ目立たない第二期メグレもなかなか隅におけない。 |
No.35 | 7点 | メグレと謎のピクピュス- ジョルジュ・シムノン | 2020/01/03 11:55 |
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年末年始で帰省して大掃除とかしてたら、大昔の「EQ」が出てきたよ。で見たらねえ、おいしい作品が実に山盛りになっていた。シムノンでも本作、「奇妙な女中の謎」、クリスティの戯曲「殺人をもう一度」、スタウトでも「ネロ・ウルフ対FBI」「シーザーの埋葬」など、ちょっとここらで寄り道したくなる作品多数発掘。「メグレ激怒する」の文庫も買うことなかったな...で一番手は本作。メグレ第二期の長編で、単行本としては未刊行。
殺人予告を見つけて通報した男は自殺を図る、その殺人予告通りに女占い師が殺される。その現場には耄碌した老人が閉じ込められていた...この老人は資産家の妻と娘に虐待されているようだった。事件を見つけたのは「三文酒場」みたいなパリ郊外の船宿のおかみ。その船宿にメグレは赴くが、そこで何かが? と、話が実に多岐に広がっていって、「話、畳めるの?」と読んでて不安になるくらい。 けど、シムノン、これをちゃんと畳んでみせる。犯行予告も老人の謎も船宿の役割もちゃんとつながっていて、メグレはとりとめのない出来ごとの裏にある犯罪組織とけち臭い詐欺行為を暴き出す。お手際お見事の秀作。大名作とまでは思わないが、単行本にしないのは損失の部類。 |
No.34 | 5点 | メグレと火曜の朝の訪問者- ジョルジュ・シムノン | 2019/12/28 00:59 |
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本作は結構変化球だ。初メグレで本作を読んだら??になるに違いない。
メグレの元を別々に踵を接して訪れた夫婦の話である。だから何がどうして...がはっきりしないこともあり、メグレも読者もどうもすっきりしない。メグレは気になりながらも、民事不介入というか、事件が起きているわけでもないので正面切っての介入もできず、不安な気持ちで事態を見守るばかりである。そして悲劇が起きる。メグレも犯人を推理するというよりも、なりゆきの結末をつけるために真相を引き出すだけのことだ。 責任と無責任の間には、あえて踏み込んでいくことが危険な領域、不分明で暗い領域があるものだ とこの夫婦の「戦い」にメグレは踏み込むことができなかったのだ。ある意味、「メグレの失敗」を描いた、珍しい作品になるように思う。 なので事件の顛末以上にメグレの描写にウェイトがある。メグレ物というよりも同時期の一般小説側に近いテイストを感じる。 (ううん、評者どっちかいうと、男の方に問題が多いように感じるなあ...こういう男、結婚しちゃいけないような気がする。何となく、の思い出だけど、評者河出の50巻のメグレシリーズが出たときに、確か本作を真っ先に読んじゃって??になったような気がするんだ。そのせいか、実は手持ちにはビニールのかかった版が一冊もない。当時ハマらなかった責任は本作にあるのかも) |
No.33 | 6点 | 港の酒場で- ジョルジュ・シムノン | 2019/11/19 01:58 |
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シムノンの港好き、船好きは頻繁に作品舞台になることからもうかがわれるのだけど、本作はタラ漁船の船長殺しを扱って、プロレタリア文学風の味わいさえあるような作品だ。
出港時に水夫がマストから落ちてケガをするわ、途中で見習い水夫が波に攫われるわ、ベテラン船長はらしくもなく自室に閉じこもりっきりで、高級船員たちと険悪な情勢になり、一匹もタラのいない漁場でムダな漁をするわ、一転タラがたくさん獲れたが塩が足りなくて傷んでしまうわ..と散々な出漁だった「大西洋号」がフェカンの港に帰ってきた。その帰港の夜、船長が港に投げ込まれて殺された...この漁の間船長と険悪な仲になっていた電信技士に容疑がかかる。メグレは幼馴染の教師に頼まれて、この技士の容疑を晴らそうと非公式に事件に介入した。メグレ夫人と技士の婚約者とともに、海辺のホテルに滞在するメグレの捜査は... という話。なので3か月間船に閉じ込められる船員たちの間での人間関係をメグレが探っていくことになる。この頃の古典ミステリっていうと、テンプレ的なブルジョア家庭で、リアリティ皆無の「お仕事」な小説がフツーだったわけだけど、シムノンのリアリズムは地に足がついてて他の作家とは隔絶しているとさえ思うよ。 ぼくらのまわりには、明けても暮れても灰色の水と冷たい霧ばかり。そして、いたるところに、タラのうろこと、はらわた。口のなかには、いつもタラを漬ける塩水の、胸のむかむかするような味があります。 こういう小説。ミステリとしての真相はどうこういうものでもないが、最後真相を掴んだメグレは、婚約者の父の小商人根性がうっとおしくなって逃げだすのがご愛敬。 初期の創元から今は亡き旺文社文庫でなぜか出てたレア本だったけど、今は電子書籍があるみたいだ。けど、旺文社文庫で手に入ったので、電子書籍デビューはお預け。残念。 |
No.32 | 7点 | 黄色い犬- ジョルジュ・シムノン | 2019/09/15 17:50 |
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さて「黄色い犬」で評者の手持ちシムノンが尽きる。何となく手持ちがあるうちは図書館本とか借りづらくてね....初電子書籍で「港の酒場で」とかもチャレンジしたいな。
ジャンルが何となく「本格」になってるようだ。最後で関係者全部集めてメグレが謎解きするから、かもしれないが、論理的な...とは言えない解決というか、一般的な「推理」じゃないから「本格」はムチャだと思う。 というか、評者に言わせると「シムノンらしい」のは、短い小説なのに、登場人物の「行動原理が変わる」ところにあるように思うんだ。本作だとある人物「復讐」がベースにあるんだけども、結局復讐する意味がなくて復讐を止めてしまうし、いろいろな事件が必ずしも犯人の狙い通りの結果、というわけでもない。だから実質「推理不能」な部類の事件だし、シムノンの狙いもそんなところにはない。 じゃあ本作で何が印象的か?というと、それはやはりホテルの酒場の女給エンマ、 エンマは、もどって来ると、その場のようすにはいっこうに無頓着に、勘定台のうえへ顔を出した。目にくまのある面長な顔だ。くちびるはうすく、ろくに櫛もいれていない髪のうえから、ブルターニュふうの頭巾をかぶっているが、それが絶えず左のほうに落ちかかり、そのたびごとにかぶりなおしている と描写される「幸薄さ」満開のもう若いとは言えない女性の肖像だったりする...田舎町の有力者たちのお手軽な愛人として無残な年を重ねていく、希望のない女。そしてホテルに腰を据えてエンマを召使みたいに扱う、自堕落で心気症な非開業の医者であるドクトル。うらぶれた行き場のない中年男女の運命が、「黄色い犬」を象徴とする事件によって変わっていくさまが見どころなわけだ。実際初登場で メグレは、勘定台の下にねそべっている黄色い犬に目をとめた。さらに目をあげると黒いスカートにつやのない顔がみえた。 とエンマと黄色い犬は内密に結託しているかのようなのである。この黄色い犬が媒介するささやかな運命の時を、メグレと共に目撃することにしよう。 |
No.31 | 8点 | 男の首- ジョルジュ・シムノン | 2019/08/15 14:50 |
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評者もシムノン手持ち札がさすがにそろそろ尽きてきた。なので大定番のこれを投入。言うまでもなくメグレ物としては特殊作品である。もともと戦前に本作の映画化「モンパルナスの夜」が日本でもヒットして、シメノン人気が燃え上がったことから、何となく代表作化しているだけのことである。しかしね、本作はメグレ以上にジャン・ラデックのキャラクターが極めて印象的なことで、特殊作品だけどシムノンの傑作の1つにはちがいない。
(ネタばれ... けど推理に重点が全くない作品だからお許しを) 考えてみればウルタン犯人に納得しなかったメグレが、わざわざ職を賭けて脱獄させたことで、一旦は完全犯罪を達成したラデックに「もう一度、世の中をひっかきまわしてみたい」という自己顕示欲を刺激しちゃったわけだから、何とまあ罪作りなことなんだろうね。しかも「罪と罰」みたいな良心とか道徳とか愛じゃなくて、自己顕示欲の延長線での「捕まりたい」欲望を抑えれなくなったラデックが、自分の「カッコいい破滅」を求めてメグレをわざわざ挑発する....生き急ぎ死に急ぐ、神に挑むようなロマン派的なキャラクターに、評者とか学生の頃は結構イカれたもんだったんだがね。今思うとさすがに青臭いなあとも顧みるんだが、シムノンもこれを書いたのは28の歳。やはりシムノンの青春の決算という色調が強いんだろう。 ただし本作の持っている「青春の毒」は後の作品でも、繰り返し現れるので、そのバリエーションを愉しむのもいいだろう。同じネタでもシムノンの成熟によって、多彩な切り口が現れてくる。「雪は汚れていた」とか「第一号水門」を併読すると味わい深いと思う。 (中盤の「キャビアを好む男」あたりのカフェ・クーポールのシーンは、本当に凄い。映画で演出してみたいくらいだ...) |
No.30 | 6点 | メグレと口の固い証人たち- ジョルジュ・シムノン | 2019/06/01 14:02 |
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あれ、本作不人気だなあ。雰囲気暗めだからかな...舞台が晩秋で湿っぽいのにメグレが合わないわけじゃなし、このくらいは悪くないと思うんだけどね。
老舗というか古めかし過ぎて倒産寸前のビスケット会社を経営する一家で、押し込み強盗を疑われる状況での主人の死体が見つかった。メグレが出動するが、若い予審判事があれこれメグレに指図したがるわ、この一家は捜査に非協力的でいきなり弁護士を雇って捜査を監視させるわ...とメグレも手足を縛られたような捜査が続く。 けどね、メグレは「私は何も考えない」「メグレ流の捜査なんてない」というスタンスだから、こんな外的制約にだって動じない。家族に対する尋問をせずに、周囲から外堀を埋めていくかのように、徐々に状況をメグレは把握していく。最後は若い判事に花を持たせる余裕あり。 キャラとしては、家風を嫌って家出した一家の長女が、レズビアン・クラブの男装バーテンになっていて、なかなか素敵(苦笑)。シムノンも「家モノ」がたまにあるけど、抑圧されてヒネた息子と疎外された嫁、奔放で距離を置きたがる娘って構図はお得意。今回はハジけちゃう母親(「ドナデュの遺書」とか「サンフィアクルの殺人」とか)はなし。 |
No.29 | 5点 | メグレと消えた死体- ジョルジュ・シムノン | 2019/04/20 10:11 |
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金庫破りの情婦<のっぽ>エルネスティーヌがメグレに妙な話をした。金庫破りが忍び込んだ家で、女性の死体を見つけた、というのだ。金庫破りはそのまま逃亡し、はなはだ曖昧な話だがメグレは<のっぽ>を信用して、忍び込んだと目される歯科医宅に赴く。老母と同居する歯科医の妻は、符合するかのように祖国に戻っており、金庫破りのコトバを裏付けるような痕跡もないわけではない。歯科医の妻は祖国オランダの友人の家を訪れず、失踪したらしい....メグレは歯科医親子と対決する決心をする。
やはり皆さん、メグレの捜査が強引過ぎる、という印象をお持ちのようだ。評者も見込み捜査の度が過ぎるよな...なんて思って読んでいた。まあメグレ物の骨格を取り出したようなシンプルな話。だから話の設定にノレないとダメだなあ。それでも仕事中にメグレ夫人とカフェで待ち合わせて、そのまま珍しくメグレの勤務先に一緒に来るエピソードとかあって、メグレの「ワークライフバランス」に変な面白みがある。フランスだし昔だし、仕事と家庭と余裕をもって両立させるのが、妙に眩しい。 |
No.28 | 5点 | ドナデュの遺書- ジョルジュ・シムノン | 2019/03/24 15:02 |
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文庫200ページ内外が普通のシムノンなんだけど、本作は文庫500ページで、たぶんシムノンの最長編だろう。メグレ物の第一期が終わったあたりに書かれた「純粋小説」の初期のものである。ある意味シムノンの「家モノ」なんだが、グリーン家でもハッター家でもなくて、チボー家とかブッデンブローク家の方に近い、大河ロマンである。
とはいえ、起点・1年後・5年後と時系列の窓を移動するような3部構成なので、1家族の歴史を3連作したみたいにも読めるかな。この中で殺人が2件あるけども、扱いはミステリのものではない。新しいことにチャレンジしたいシムノンの意欲は感じられるのだけど、シムノン独特の集中力が、大河ロマンの拡散してく方向のベクトルとうまく合致していない印象を受ける。 港町の実業家老ドナデュが失踪し、すぐに溺死体として発見された。老夫人、長男とその妻、長女と婿、次女、次男が同居する大家族で、漁業、海運、練炭販売を手がける田舎ブルジョアの一家は、ドナデュの死をきっかけとして、次第に変貌を遂げて崩壊していく...近所に住む映画館主とその息子が、このドナデュの家に深くかかわっている。息子フィリップは次女と駆け落ちの後に、ドナデュの家に婿として戻ると才能を発揮して、次第にドナデュの資産を利用して自らの野心を実現しようとする。その父フレデリクは野心満々な息子と違って、人生の傍観者風キャラで、夫の陰に隠れて我慢していた老婦人や、一家に疎外されていた長男嫁(結核感染が判明して自らの生を生きようと家を出る)との、良い相談役である。長男は弱々しく無能な放蕩者であり、秘書に手をつけたことが大きなスキャンダルのきっかけとなる。フィリップはこの後始末に才幹を発揮して、一家の実権を奪うことになる....が、他人を踏み台にしてのみ才能を発揮できるフィリップと、その妻マルチーヌとの関係は次第に破綻の色を深めていく.... この長男ミシェルのスキャンダルは、秘書に手を出して堕胎させたことを、対立する政治党派に嗅ぎつけられたことから始まり、この秘書を説得してその父に疑惑を否定させたことから、この父が娘を守ろうとして、スキャンダルを掲載した新聞の発行者を殺す殺人事件にまで発展する。裁判ではフィリップがうまく秘書に証言させて、娘を守る父を無罪にして事態を収拾したのだが、真相を知った父は絶望のあまりに娘を絶縁して、旦那衆への面当てに共産党に入党するというあたりの展開が面白い。 がまあ、シテに当たるフィリップの野心はあまりスケールがないし、最後の方は自転車操業に四苦八苦するハッタリの多い詐欺的なものなので、魅力がないな。それと比べると、ワキの父のフレデリクのキャラが独自で面白い。クリスティで言うとサタスウェイト氏みたいなキャラである。ちょっとした狂言回しになっていて、作劇上も便利だな。最後は強引に悲劇でまとめたような感じになって、ここらへん「大河ドラマにどうオチをつけるのか?」で悩んで失敗したような印象。拡散して、家族が散り散りバラバラになっただけでも、十分小説にはなるんだけどねえ。なのでやや尻すぼみの印象を受けるのが、シムノンらしくないところ。 まあ、こういう大長編ロマンはシムノンの体質に合わないんだろう。無理することないや。 |
No.27 | 7点 | モンマルトルのメグレ- ジョルジュ・シムノン | 2019/01/14 11:36 |
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訳題が「モンマルトル」と付いているので、ボヘミアン画家とかムーラン・ルージュみたいなおのぼり喜ぶショーキャバレーが舞台?と思うとさにあらず。舞台はダンサーが3人しかいないストリップ小屋だというのが、シムノンらしさ全開。ミステリ色の薄い「ストリップ・ティーズ」も併せて読むといいかも。
じゃあどこがシムノンっぽい?というと、被害者になるストリップ嬢は仕事のあと、警官に犯罪計画を立ち聞きした...と密告しに行って、メグレの元まで送られるのだけど、いざ酔いが醒めてみると急に証言が曖昧になって...とグズグズなあたりかな、とも思うのである。小説って意外に目的志向が強いものだから、「勢いで何かしちゃって、腰砕ける」とか書きづらいものなんだけども、こういう「あるある的リアル」が「シムノン、書けてる!」感の原因かな。 でこの嬢、証言翻して帰宅したらその自宅で絞殺されていた....曖昧な証言は裏を取ると、全部でっちあげのようだ。しかし、予告されていた犯罪らしきものは、起こった! というこの展開は、まさに「ミステリとして、うまい」という感じ。なぜストリップ嬢はそんな密告をしようと思ったのか?背後にどんな男がいるのか?というあたりを巡って、メグレの捜査が続く。ご贔屓ロニョン君も活躍するし、メグレが気分転換に外の捜査に出たがるワガママとか、ここらへんのニヤリとなるあたりも鉄板の面白さである。 で終盤、メグレとこの嬢をよく知るストリップ小屋の店主と、改めて嬢の性格などを検討し直すシーンが、なかなか「女が分かってる」感が強く出ててスゴイな、と思わせる。女性を描かせて最強の男性作家なんだろうな。 最後はうまく罠をかけて犯人を釣り出すし、ここらへんパズラーじゃない「警察小説」の良さが体現できている。過不足なく中期メグレの面白さを紹介するんだと、本作が一番ニュートラルにわかりやすい作品かもしれない。 |
No.26 | 6点 | メグレと深夜の十字路- ジョルジュ・シムノン | 2018/12/23 22:07 |
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初期のポケミス「深夜の十字路」で読了。No.119で本作がポケミスのシムノンでは最初のものである。著者名が「シメノン」のくせに乱歩の解説は「シムノン小論」である(苦笑)。途中でシメノンよりシムノンの方がより正確な発音だとなって、変えたんだよね。この「シムノン小論」が日本のシムノン受容をフォローしていて一読の価値がある。戦前の映画「モンパルナスの夜」が特に日本ではがっちり人気を掴んで、春秋社「シメノン選集」まで出たことが思い出話になっている。「シムノンを理解し、これに心酔したことでは、日本の方が英米よりも早かったと思う」
tider-tiger さんがうまくポイントを纏めているので繰り返さないが、シムノンらしいキャラ造形の上手さが味わえる作品だ。登場人物は3家各2人の男女計6人がメインでそれぞれが個性的。落魄した上流階級出身のデンマーク人、自動車修理工場を経営するボクサー上がりの男、保険代理店を営む吝嗇なプチブル、とそれぞれ出自が異なる人々の只中に、車に乗った死体が登場して彼らの隠された関係が?となる。とくにデンマーク人の兄妹の関係が不思議で、これが一番初期シムノンぽくて印象に残るだろう。 事件自体はかなり荒っぽいものなので、メグレ本人が銃撃されるなど、なかなか派手な展開を見せる。そこらへんあまり初期っぽくない。名作とかそういう感じはまったくないのだが、それでもたまに本作のキャラのことが頭に浮かんだりしそうな作品である。こういうあたり、日本人好みなのかな。 |
No.25 | 6点 | ストリップ・ティーズ- ジョルジュ・シムノン | 2018/11/24 10:43 |
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シムノンって人は作品総数のカウントもできないくらいの大文豪だが、寝た女の数もカウントできない性豪だそうだ。その女性たちがすべてシムノンの芸の肥やしになってるとすれば?
たとえば「雪は汚れていた」で主人公が娼館の息子で、主人公から見れば「雇い人」たちをとっかえひっかえして、その女性たちのキャラに半端ないリアルがある、というのもそんな背景からだろう。で、本作、タイトルの通りカンヌの場末にあるストリップ小屋を舞台にして、ストリッパーたちの「女の権力抗争」を描く短いロマン。ストリッパーたちも多士済々で、リアルさは手抜きなし。女性のイヤなところもしっかり見せつける。男性で女性描写の上手なミステリ作家、というとシムノンがやはり独走というものだろう。 主人公は唯一ダンスの教育を受けた経歴のあるセリータ。なので脱がない矜持があるが、もう大年増で焦りと屈折もある。帳場を預かる女主人の座を狙っていて、オーナーの妻フロランスとは微妙な関係。そこに若く素人演技がウリのモーが加入してきた。モーは小屋の主人レオンの公然の愛人となり、女たちの勢力関係が崩れる。折しもフロランスの子宮癌が発覚し、今まで敵対していたフロランスのとの間に、セリータは奇妙な友情を感じるようになった... 一応殺人未遂事件くらいは起きるから、「犯行以前」みたいに見ればギリギリにミステリかな。この俗の極みであるストリップ小屋の人間関係を暴露的なリアルで描いて、それでもふっと生死や宗教性みたいなものを感じさせるのがシムノンの手腕。たとえばセリータの同居人で、ストリッパーなのにいつまでの「女中根性が抜けない」とされるマリ・ルーは どうしても彼女に認めなければならぬ美点がすくなくとも一つあった。謙遜ということである。彼女は甘んじて最下位に身を置き、自分で自分のことを鍋を拭いたり床を洗ったりするよりも人前で裸になることで口を糊することを選んだ女中だと思っていたのだ。 文庫200ページの短い小説でここまで周辺キャラを突っ込めるシムノンの絶頂期(「火曜の朝の訪問者」と同年)。「何かイイ話」にしないあたりに、フランス・リアリズムの後継者らしさがある。 |
No.24 | 5点 | 怪盗レトン- ジョルジュ・シムノン | 2018/09/01 23:11 |
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メグレ物第1作で有名なのだが、メグレは本作が初登場ではなくて、それ以前の犯罪小説の脇役で出ていたキャラだ、という話を読んだことがある。なるほど、本作でのキャラは後のメグレとはズレていない。やや語り過ぎな描写とか、トランスが殉職するなどのキャラ周辺の事情はズレているし、作品内容もとくに前半は直球のスリラーという感覚もあって、テイストは結構違うけども、それでもメグレのキャラだけはガッチリと固まってる印象。スピンオフ説も頷ける。これがちょっと不思議で興味深い点のように感じた。
けど作品的にはどうかなあ、短いわりにいろいろごちゃごちゃと詰め込まれた感じで、まだ小説としては「メグレ物読んだ!」という充実感には不足しているように思う。前半は展開が派手でいろいろ目まぐるしく事件がおきるけど、場面切り替えがやや唐突で「何で?」となるところもたまにある。打って変わって後半はルトンの反応待ちみたいなことで、話が停滞する(まあこっちが後のメグレものらしいのだが)。と、構成がまだ上手くいってない印象。シムノン、そもそもプロットを予め計算して立てて書く人でもない話を聞いてるけど、真相はどうなんだろう? |
No.23 | 6点 | 上靴にほれた男- ジョルジュ・シムノン | 2018/09/01 22:22 |
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メグレ以外のシリーズキャラクター、チビ医者ジャン・ドーランが活躍する短編集の後半7作である。リュカが警部でトランスも出る..がパラレル・ワールドのようだ。あまり似ていない。明確に設定された「謎」を解く趣向の作品で統一されているが、トリック優先なものではなく自然に提示された謎を解く感じのもの。メグレよりチビ医者の内面を描いているので、「名探偵!」とヨイショされて気後れするさまなど、こりゃ「アマチュアの本懐」(苦笑)というものだ。自信なさげだが、結構俗っぽいあたりフツー人名探偵で、何か、いい。
また、どの作品もキャラ立ちした登場人物がいるのがシムノンらしさがあって、そのキャラの性格が謎解きにうまく結びついている。表題作の「上靴にほれた男」だと、毎日デパートを訪れてスリッパを買っていく男がいる。その意図は?と思うやスリッパを試着中にその男が狙撃されて殺された...まあ、メグレの短編でも謎解き色の強いのはたまにあるしね。しかしアマチュアのチビ医者だと成り行きで大捜査網の指揮をすることになって、おっかなびっくりなのがナイス。まあそういう短編集。気楽にどうぞ。 |
No.22 | 7点 | メグレの回想録- ジョルジュ・シムノン | 2018/07/12 22:07 |
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メグレものなんだけど、空さんがやり落とされていた作品で、評者もそのうちやりたいなと思いながらも、怠けてたら雪さんに先を越されてしまった。70年代に「モダンの極み」な編集方針で、伝統的なファンの怒りを買ったことで有名なハヤカワの「世界ミステリ全集」で訳されて以来、ポケミスにも文庫にもなっていない「メグレの回想録」である(その前にHMMで訳されたことはあるらしい)。
メグレだって最初から管理職だったわけではなく、駆け出し時代はパトロール警官だって、風紀係だって、平刑事だってやっている。メグレ夫人との馴れ初めまで描いた、メグレの青春を語っちゃった本作は、ファンサービスのための公式薄い本みたいなものだよ。メグレものに親しんでいる読者にとっては、非常に興味深く読める作品なのだが、メグレ自身によるエッセイでしかないから、小説だと思うと困るだろう。それでもね、評者は「メグレの青春」を何かほっこりした気持ちで読んでいたなあ。特にメグレの生い立ちみたいなことが語られる章もあるので、とくに「サン・フィアクルの殺人」は読んでおいた方が楽しめるだろう。 普通のメグレもの小説だと「ミステリ」なので、メグレが感じてること・考えていることは、わざと描写されないことが多いけど、これは「回想録」だ。かなり自分を語っていて、メグレものを読んでいればいるほど、興趣が増す。 人間の神秘的な部分を理解してはいけない--わたしが最も熱心に、ほとんど怒りさえこめて抗議するのは、こういうロマネスクな考え方に対してである。 そうやって得た人間の神秘とは「いわば技術的なもの」だとメグレは言う。ここらへんにきわめてフランス的な知性を感じる。人間の魂と靴とケーキと、それぞれに対する、刑事、靴屋、菓子屋の知識に貴賤の違いはなく、それぞれがそれぞれに、尊い知識なのである。シムノンが明白に気楽に書いているだけに、手の内をかなり明かしているという、作家論として外せない読み物である。 (挟み込みの月報と巻末の座談会が、シムノン受容を考えるにあたって、70年代初めまでのきわめつけの資料になる。そういう意味でも読みでがある。すごい) |
No.21 | 7点 | 猫- ジョルジュ・シムノン | 2018/07/10 23:25 |
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tider-tiger さんもそういう要素にお気づきのようだが、評者は本作はグロテスクなコメディみたいにして読んでいたなぁ。周囲が「お似合い夫婦」みたいに見ていたとしたら、逆に非常に怖いことになっていたのかもしれない。誰がどうみても悪意を通貨にして、相互に依存し合っていたわけだからね。
だから評者はあえて本作は「大した作品じゃない」(いや面白いが)と言いたい。名作というよりも、シムノンという作家の職人的な上手さが発揮された作品のように感じる。ちょっとした心理のねじれをうまく組み立てて、軽妙に処理した作品、というイメージだ。動物たちが殺されたあと、その主人たちも老年によるエネルギー低下と惰性によって、言葉なきケダモノ同士の「共存」としかいいようのない「生活」に落ち込んでいく、アイロニカルなさまを描いた小品である。 どう見てもミステリじゃないけども、シムノンという作家の多面性が覗かれる作品ではある。成り上がって居場所をなくす男、というのはシムノンの固執的なテーマではあるんだよね.... |
No.20 | 7点 | メグレと殺人者たち- ジョルジュ・シムノン | 2018/06/24 16:42 |
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最近は新たなシムノン読み、雪さんが本サイトに参戦されているようである。シムノン好きが増えるのは、評者も大歓迎である。どうせシムノン全作品の書評なんてそれこそシムノン自身でもできるのかしら?な超多作家だし、本当に書き手が増えるだけでも意味があるくらいなんだが、雪さんは意欲的に書いていらっしゃる。喜ばしい。
で本作、その昔の河出の50巻のシリーズのNo.1 である。なつかしい。シリーズ第1回配本になるんだから、面白い作品を選ぶよね。ホームグランドの事件、展開も派手でメグレ夫人とのやりとりも面白く、メグレもたっぷり飲食する、という「戦後のメグレもののエッセンス」的な作品だ。 執務中のメグレに電話がかかった...生命が危ういとメグレの助けを求める見知らぬ男からの電話である。追跡者を振り切るためにカフェを点々とする男と保護のために向かわせた刑事はうまくコンタクトできないようだ。連絡が途絶えた男は、果たしてその夜、コンコルド広場で死体になって見つかった! というのが導入。本作メグレの推理がなかなか冴えている。ちょっとした手がかりから男の身元、逃走の経緯、殺されるきっかけになった出来事など、気管支炎で寝込んだり、反面全然眠れなかったり、ベストコンディションとは言い難いメグレがなかなかの名探偵ぶりをみせる。この事件の背景が「メグレ夫人の恋人」に入っている短編と共通する設定があって、獰猛なマリアの姿が印象的だったりする。あとやっぱりねえ捜査の過程のなかでメグレが「ビストロを経営する」のが本当に素敵。こういう「ゆるさ」がメグレらしい。 あと邦題がやや意味不明かな。原題直訳は「メグレと彼の死体」で、電話男の死体をメグレが「自分のもの」と奇妙な所有権を感じるのがタイトルなのだが、これだと「メグレ死んだの?」と誤解されかねない。「メグレと武装強盗団」だと面白くない上にネタを割りすぎている。やっぱりね「メグレ、ビストロを経営する」が一番いいと思う(苦笑)。 |
No.19 | 6点 | 娼婦の時- ジョルジュ・シムノン | 2018/06/05 08:24 |
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シムノンの中でも「ベルの死」とか「ぺぺ・ドンジュの真相」に近いタイプの小説だと思う。主人公は車の故障で立ち寄った村の食堂で、パリでの殺人を告白して憲兵隊に逮捕された。パリに護送されて判事や精神鑑定担当の教授と自身の事件を検討する...というきわめてシンプルな話である。
このプロセスがかなりリアルである。人間、自分の行為を説明するのに、理由をいろいろ考えれば考えるほど、その理由が曖昧になってきて「なんでこんな事考えたんだろう??自分でも自分がよくわからないや」となることもよくあると感じる。特にコレは犯罪の捜査であり、その中には「当局がどういう犯罪であるかを理解し、言葉で規定する」必要があるわけである。罪を犯した本人の自意識から組み立てられる自己規定と、捜査の過程で出会う警官・予審判事・弁護士・精神科医との間での「自意識を賭けた攻防」がなされる..この小説の内容はこの「攻防」である。 なので、本作は「異邦人」のバリエーションみたいなものである。自意識をめぐる話なので、ハードボイルド的な即物性はなくて、伝統的で自己分析的な心理小説ではあるが、社会化された自己と、言語から逃れる自我とのドラマを、凝縮して提示することになる。 このままではバカ者か極悪人で終わってしまう。 この結論が示すのは、本作がまさに自意識の小説であるということだ。本作も「熱海殺人事件」ということに、なる。 |