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クリスティ再読さん |
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平均点: 6.40点 | 書評数: 1379件 |
No.799 | 9点 | 点と線- 松本清張 | 2021/01/04 19:05 |
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時刻表が小説の中に登場する、いわゆる「時刻表ミステリ」というのものが「ミステリの定番」になってしまったことで、どうやら大きな意義が見失われてきているようにも見えて評者は危惧するのだ。こう考えるといい。
もし作者が精緻に組み立てた架空の時刻表を、それっぽく小説に挿入して、アリバイ崩しをしたら、その作品に意義があるのか? 純粋パズル、という立場なら、それでもアリ、と答える人もいるかもしれない。しかしこの時刻表というものを、小説と現実とをつなぐインターフェイスと捉えたら、架空の時刻表によるミステリは本末転倒だと思わないだろうか。 つまりね、とくに本作での交通機関の扱いというものは、そういう「リアル」の問題として捉えなおさなければいけないと思うんだ。「空白の四分間」は、執筆時の国鉄ダイヤの現実の中に存在した。「そこ」に現実の「四分間」として存在したものを、清張が見つけ出して作品に利用したわけである。ここに作家の恣意はなくて、小説以上に「面白い」現実を、作家が紹介したようなものだ。そういう現実が小説の中に乱入してくる瞬間を、面白いと感じないかな? 実際、飛行機だって戦後に民間旅客機が復活したのは、やっと昭和26年のことだったりする。本作の7年前になるが、本作の搭乗者調査でもわかるように、乗客定員は50名ほどで、本格的な「足」に使えるようになるのはジャンボジェットが就航した70年代まで待たないといけない。今の常識で読んで「つっこみどころが多い」と感じるのは傲慢じゃないか?と評者なんかは感じないわけでもないんだよ。 であと共犯があったりするのも、それによって組織ぐるみの話になるわけだから、社会悪の話に広がるわけで、パズラー視点で批判するのはおかしなことである。そして、非常に強い印象を残す女性もいる。 はあい、ここよ 評者この女性の返事に、いつも心が震撼するのだ。この暗闇の情景を描いた清張の文学センスの凄み! |
No.798 | 9点 | 黒いトランク- 鮎川哲也 | 2021/01/03 20:44 |
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いやこれは凄い、のは今更言うまでもないか。
読んだの何回目だっけ、でも青メガネの男と近松の動きの幻惑をなかなか楽しんでしまった...いやアリバイトリックの基本中の基本なんだけども、トリックによってどんな幻影を見せるのか?というスケールの大きさに覇気を強く感じる。これが一番素晴らしいことのように思う。汽車だけでなく、瀬戸内航路や対馬やら、船の航路も含んでそれらを全部ひっくるめて、アリバイの構成要素になってることで、浪漫の奥行きがさらにが広がるというものだ。逆に言うと、この航空機が使えない時代、東京から九州まで丸一日以上かかる時代というのが、「旅の距離感」をあらためて強く感じさせる。この空間的・時間的距離感が、それ自体「浪漫」というものだ。してみると今の「旅」は旅じゃなくて、タダの移動なんだろう。 さらに「樽」に学んだ、手品で言えばカップアンドボールなトランクの入れ替わり問題は、内容以上に「風見鶏が北を向くとき」という最終章のタイトルが、絶妙の象徴になっているのが素晴らしい。いやこれ本当に、比喩の力というものである。この比喩がなければ、本作のトリックの趣の多くの部分が失われるのでは...なんて思うんだよ。 そして鬼貫の学友たちが関係者となった「鬼貫警部自身の事件」というべき人間関係が、さらにロマンの興趣を高めている。鬼貫vs犯人の最終対決なんて、評者ついほろりと... 本作、浪漫の味わいがかなり強い作品でもあるけども、意外に皆さん指摘しないことなんだな。鮎哲さんはシャイだね... |
No.797 | 6点 | 船富家の惨劇- 蒼井雄 | 2021/01/02 22:44 |
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大昔に買った春陽文庫で。直前に読んだ「樽」が意外にスリラー寄りなことに気が付いて面白かったのだが、日本初の「時刻表アリバイ作品」と呼ばれる本作も、意外なくらいにスリラー的要素が強い。いや凡人探偵&リアリズムというのは、実はイギリス伝統のスリラー側から来ているのでは?なんていう気もするんだ。
で本作、内容盛りだくさん。南紀白浜~熊野から山中を吉野に抜けて、さらに下呂、アリバイを確認に松本~浅間温泉。さらに東京。日本中を駆け回る面白さがある。とくに前半の白浜やら熊野が舞台のあたりは、筆の余裕もあって旅情たっぷり。時代がかった美文調で風景を描写。いいな、ここらへんゆっくり訪れたいよ。 ただし、よく「アリバイ物」と言われるし、そりゃアリバイ崩しもあるんだけども、読んだ印象はリアルなものというよりも、ファンタジックな印象。リアルというのは都合よすぎない?「改め」が緩めのようにも思う。それよりも悪魔的な犯人が「赤毛のレドメイン家」をネタに、「操り」をカマしまくる作品というイメージ。 評者関西在住のせいか本作が、その昔の大大阪とモダニズムを舞台にしているあたりに心惹かれる。阪和線はもともと私鉄だったのを国鉄が買収したのか...戦前にはノロノロ南海vs阪和の超特急、だったらしいし、美形さんは阪急沿線に在住。最後の舞台は阪神国道を自動車で駆け抜けて、阪神間モダニズムの香り溢れる甲子園ホテル。 いかに探偵小説が「モダン日本」を縦横に駆け巡る小説であったことか。 |
No.796 | 8点 | 樽- F・W・クロフツ | 2021/01/02 10:30 |
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評者クロフツ苦手...と思ってるんだけど、いや処女作の本作、面白く読んでしまった。コイツは春から縁起がええわぇ。
二人はシャトレで乗りかえ、明日の朝会う約束をしてから、警部はコンコルド行きの電車に乗り、ルファルジュはバスティーユ広場に近いわが家に帰るために、反対の方角へ向かった。 はっきり言って、読者はこんな描写はどうでも、いい。しかしね、これがクロフツの本質みたいなものだと思うと、なかなかに趣き深いんだ。冗長といえばそうなんだけどもこういう「ノイズ成分の多さ」が、実のところきわめて警察小説的だと思うんだ。役に立たない情報を掻き分け掻き分け、前半ならロンドン警視庁のバーンリー警部&パリ警視総監ジョーヴェ&パリ警視庁ルファルジュで鳩首談合しながら、情報を総合しいろいろな側面を多角的に考察し、といったあたりのプロセスが、まさに警察小説の面白さになっていると思う。 逆に本作をいわゆる「本格」概念で見てしまうと、いろいろと傷もあると思うんだ。トリックのキモの部分の発見も、それを取り扱った人物を発見して「意外な証言」で最終盤に判明するわけで、「名探偵の推理」でも何でもない。もちろん真犯人はいろいろアリバイ工作したりもするんだが、意図的な工作はごく常識的な工作の範囲内であって、問題を紛糾させた「樽」の動きは、捜査を撹乱しようというパズラー的な意図があったわけではなくて、別な理由があった.... いやだから、これリアルな警察小説の面白さなんだと思う。最後に真相をつかむラ・トゥーシュだって部下を抱えた探偵会社の経営者のわけで、「個人の論理的推理」というよりも、足と注意力と手数と組織力の妙味、である。 しかも妙なロマンス・冒険色もないし、冒頭あたりのスリラー的展開も抑制気味で、本当に外面的な描写だけで押し通したのは、処女作で余裕がないというケガの功名かもしれないのだけども、本作に関してはこの無味乾燥さが絶大な効果を上げている、という風にも思える。 いや、世の中本当に、ムダなことでできているものだ。ムダこそ人生、というものじゃないのかね。 |
No.795 | 8点 | 飢餓海峡- 水上勉 | 2020/12/31 21:27 |
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いつぞやの年の大晦日に映画「飢餓海峡」をTV放送していたのを見たことがあった。それを懐かしんで、今年は大晦日に本作を読んで年納めとしたい。
結局映画は3回くらい見ている。3時間の長丁場をダレない名作であるのはいうまでもなし。しかし狼狽して「犬飼やあらしまへん」と叫びながら左幸子の首を絞めて殺す三国連太郎と比べると、原作の方が冷酷に思えるなあ...で、鷽替えとか爪とか札を扇にして徳利に刺して、といった庶民の風習をうまく使ったデテール部分で、映画の方に工夫がいろいろあるし、ぬめぬめした関西弁でしゃべるのに精悍な三国やら、ちょっとイっちゃった演技を見せる左幸子、シリアスな伴淳といった役者の楽しみも豪華、宗教性を感じさせる荘厳な演出の老巨匠内田吐夢...60年代という戦後復興がカタチになり豊かさを感じさせた時代に、つい先ごろまでの「貧しい日本」の記憶をそのまま封印した名作でもある。 だから逆に、若い人たちが本作を読んでどう感じるのか?とか聞いてみたいようにも思う。評者あたりの世代なら、さすがに戦後の混乱期のことは親の思い出話で聞くなり、70年代までの各種エンタメの素材として親しいものだったから、それなりの(実体験ではなくても想像の上での)リアリティを感じるのだが... でまあ今回読み直しての感想としては、本作「海」の話だ、ということ。評者が本作の転回点と思うシーンは、引退した函館の弓坂を、舞鶴の味村警部補が初訪問して... 「そうです。わたしは十年前に、ちょうど、あなたと同じように、その男のために、足を棒にして、調べて歩いたんです。この海峡も何ど渡ったか知れやしない」 坂道の曲がり角にくると、家々の屋根が急に空を割っていて、紺青の海が鏡を敷いたように光ってみえた。 「あなたは、津軽海峡をごらんになるのは最初ですか」 津軽海峡、雷電海岸から岩幌、下北の仏ヶ浦、そして舞鶴。この日本海を繋ぐ古くからの海の回路を通じて、人間の貧しさと本質が暴き出されていく話なんだ...樽見は悪人であると同時に善人でもある。善意は悪に基盤をもち、最悪の殺人も善意がきっかけである。そういう「日本海のレ・ミゼラブル」として本作を読んでみよう。 (あと、原作でうまいな~と感心したのは、東京時代の八重と恋仲になるがうどん粉の横流しで捕まる小川の話が、後半に微妙につながるあたり。この男も小型の樽見なんだよ) |
No.794 | 9点 | 亜愛一郎の狼狽- 泡坂妻夫 | 2020/12/30 09:00 |
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泡坂妻夫デビュー作である。そういえば評者何回もこの本買ってる(が何回も売ってる)。そういうあたりでも懐かしいし、創元の解説が権田萬治による「泡坂妻夫と雑誌『幻影城』」で、幻影城を作った島崎博氏の思い出話が載っていて、これも懐かしい。幻影城って潰れたせいで一時ゾッキ本によく流れてたなあ...
いうまでもなく、亜愛一郎初登場。確か当時の推理小説年鑑で本書所収の「曲がった部屋」を読んで、とても印象深かったのが評者の泡坂妻夫初遭遇。いや特にこの「狼狽」の最初の4作くらいは、本当に凄い。 評者のパズラーの判断基準というと、「奇妙な謎」→「奇抜な論理による推理」で終わるんじゃなくて、さらにその真相が「ヘンテコでポエジーやアイロニーが漂ってオモムキ深い」、となればサイコー、と思っているんだ。いや「DL2号機事件」も「右腕山上空」も「曲がった部屋」も「掌上の黄金仮面」も、この最高の基準を満たしている。真相の奇妙さが童話のごときである。いや理に落ちてたら、ツマラないでしょう? そうしてみると後半4作は、やはり落ちる。「G線上の鼬」は「DL2号機事件」のやり直しみたいなものだし、「掘り出された童話」は暗号なのは当然だけど、解読法が複雑になればなるほど、解読内容の真実味が薄れてしまうよ。暗号=暗合、という洒落なんだろうか?「ホロボの神」は犯人推測はムリ筋、「黒い霧」はあれ、ローレル&ハーディの「世紀の戦闘」の日本版だね(苦笑)。ケーキ屋主人がケーキを投げたくてたまらなくて...だったら面白かったんだがww |
No.793 | 8点 | 夢野久作全集 6- 夢野久作 | 2020/12/29 10:12 |
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ちくま文庫夢Q全集でも日本国外に題材を得た作品を集めた巻。「氷の涯」「死後の恋」あたりが有名作になるのだけど、いやいや夢Q、話題になりづらい作品もやたらと面白いのがある。舞台はそれこそ、シベリア出兵中の哈爾浜「氷の涯」、白露が集まる浦塩「死後の恋」同じく浦塩の娼館の「支那米の袋」、釜山やら半島の爆弾漁を題材にした「爆弾太平記」、セントルイス万博日本館の展示に随行した大工vsギャングの「人間腸詰」、第一次大戦中のヴェルダン要塞攻防戦が舞台の「戦場」...夢野自身がほぼ海外渡航歴がないことが信じられないほどに、インタナショナルというか無国籍なセンスが面白い。そりゃ玄洋社の幹部政治家がオヤジだったこともあって、それこそ大陸浪人やらなんやの話はよく聞いていたんだろうけどもね。しかし、インテリの本から入る海外体験とはまったく別な回路の、身一つの庶民が遭遇する「異国」の奇々怪々な事件の面白さを堪能できる。
いやだからこそ、インテリ崩れの哈爾浜駐屯軍本部の当番兵主人公の「氷の涯」よりも、腕一本の大工の体験記の「人間腸詰」の方が面白いし、半島の沿海で横行するダイナマイトを使った爆弾漁を摘発して失脚する宮仕えの主人公よりも、リンチに遭って爆弾漁の漁師を廃業して主人公に情報を提供する老漁師の復讐の壮烈さがずっと主人公らしい(爆弾太平記)。庶民には余計なアイデンティティがないから、変幻自在に生業を変え国籍を変え融通無碍に、世界を押し渡るのである、これこそ冒険、というものだ。 だから貨物船の機関長とその貨物船の「乗客」として「麻雀を密輸入して学資にする」学生との対話、であるかのように見える「焦点を合せる」は、学生が白露の将軍の秘書から、ゲーペーウーの「遊離細胞」でその女スパイの愛人で幹部、さらにその女スパイ青紅嬢自身、いや実は日本の参謀本部による二重スパイ..機関長自身も日本のスパイ船からゲーペーウーの海上本部へと、そのアイデンティティを変転させていく。「自分が何であるか」なんて、本当にどうでもいいことなのだ。この変身のスピード感は、あたかも野田秀樹の芝居を見ているかのようだ... 夢野久作は決して海外を舞台にして小説を書いたのではないのだろう。夢野にとって、異国とは自ら自身であり、自らを異邦人であり亡命者であり漂泊の民であり、その他ありとあらゆる化外の民へと変身しうる、何でもなれれば、どこにも存在がない「謎の人物」であったことの結果に過ぎないのでは...なんてね。 個人的には「ココナットの実」の残忍な童話らしさが、好き。いや、夢Q、信用だけは、しちゃいけないよ(苦笑) |
No.792 | 7点 | 闇の左手- アーシュラ・K・ル・グィン | 2020/12/27 14:58 |
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ミステリのフェミニズム、とは言っても、ミステリだとフィクションとしての「過激設定」で世界を構築するのは向いてないこともあって、やはり少しSFには譲るか?と思わせる...なんて言いたくなるような、フェミニズムSFの代表作である。
本作の舞台は惑星「冬」。氷河期の中を生き抜く人類の末裔たちの世界だが、大昔に施されたらしい遺伝子改変によって、この惑星の人類は両性具有である。月に一度「ケメル」と呼ばれる繁殖期があり、この間には男女どちらかの性器がランダムに発達して、女になった側が妊娠・出産することになる。ケメルでの変化はランダムなので、以前男として子供を産ませた者が、今度は妊娠して出産する...というのも当たり前。性による区別の概念がない世界なのだ。 生存に厳しい環境にあるこの両性具有者の世界に、外宇宙から外交使節が訪問した。「エクーメン」と呼ばれる再建された星間文明への参加を呼び掛けたが、使節として訪れたアイはこの星の特有の文化に翻弄される.... 以上の前提から構築される、この惑星の社会・文化・宗教のありさまを、文化人類学的なセンスで丹念に構築して、その文明が外部と接触したときの、戸惑いや軋轢さえも、丁寧に描写しているのが醍醐味。話の筋としては、この惑星の国家の一つカルハイド王国の高官エストラーベン卿と、エクーメンからの使節アイ(黒人!)との交流を軸に、エストラーベンの追放と共産主義国家のようなオルゴレインへの亡命、アイのオルゴレインでの矯正施設への収容とエストラーベンによる救出、そして極寒の氷河を抜けての脱出行...という冒険的要素で展開している。 まあ筋立てよりも、宦官的な印象を受ける「シフグレソル」という体面やら儀礼やらを象徴するカルハイド王国の社交文化、殺人はあっても戦争を知らないこと、蜂や蟻の社会性を連想させる共産主義国家オルゴレインなど、両性具有に由来を感じさせる文化の諸相、「ヌスス」という「無知」を重視した老荘風の哲学やら、イヌイットの言語同様に「雪」を表す多種多様な表現など、考えさせられる特異な文化の面白さに目を奪われる。さらに、 友人、友人とはなにか、どんな友人も新月になれば愛人に変わってしまう世界で?私は男性という性にとじこめられているから友人ではない。(略)われわれのあいだに愛は存在しない と脱出行の最中にケメルに入ったエストラーベンに戸惑うアイに、友情と理解と、その限界に対する諦念が立ち上る..... 友情というのは、互いに別な人格である、という前提でしか成立しえないものなのは宇宙共通の法則に違いない。それぞれの文明の固有な特質は、別な文明では完全に理解しきれないものかもしれない。それならば、文明同士の「友情」はありうるのだろうか? 実に重厚なSFである。ピーター・ディキンスンに近い実験的な文化人類学のテイストがあるので、ミステリ読者だとディキンスンが好きな方にはおすすめ。 |
No.791 | 5点 | 偽りの墳墓- 鮎川哲也 | 2020/12/25 08:08 |
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そんなにいいかなあ....
一応時刻表は出てきて「証明」みたいなことに使われるけども、アリバイトリックは別なやり方で、やや肩透かしに感じている。コントロールしきれない部分も大きいからね。しかもこのトリックは一般性のあるもののせいか、評者はあまりロマンを感じなかった。 トリックというものを、「事件固有の特質によるもの」か「汎用性のあるアイデア」と区別してみると、評者は「事件固有の特質」の方のがずっと面白くも感じる。まあだから、こういう汎用トリックの作品には「味付け」がもう少し欲しいとも思うんだ。 前半の話と後半、それに中盤の瀬戸内海行きあたりが、テイストが全然違う話で、相互に関連が薄いのが、ストーリーとしても弱いように感じる。鮎哲さん堅物だから、男女関係のドロドロに妙味がないんだな....本作不倫話が多いんだけど、作者がそれに反発しているタッチが目について、不潔感を感じてしまうのはどうかと思う。 鮎哲でもきっちりロマンが立ち上がる作品がいろいろあるわけで、本作あたりは熟成がやや足りないかな、という印象を受ける。良い点は作りが丁寧、というあたりだから、「職人技」ではあるんだけどもね。 |
No.790 | 7点 | ラヴクラフト全集 (6)- H・P・ラヴクラフト | 2020/12/23 22:04 |
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この6巻でホラーになる作品は「ばかめ、ウォーランは死んだわ」で有名な「ランドルフ・カーターの陳述」とやはりカーターが登場する「名状しがたいもの」の2作だけで、残りの作品はすべてファンタジーになるものばかり。このラヴクラフト全集でも特殊巻になる。しかしね、
(怪異を)全然信じていないからこそ、怪奇なものに心惹かれ、精緻に描写できる と言い放ったHPLだからこそ、そのホラーがあくまで知的な構築物なのに対して、この巻のファンタジーはよりHPLの個人性に密着してもいれば、作品的な「そつ」もあって、逆にHPLという「人物」が理解もできるし、親しみさえ持てるようになる。 だから、あくまでも「ホラーのクトゥルフ神話」に親しんだ後に「外伝」みたいに楽しむべき作品なんだと思っている。あれほど邪悪な外宇宙の邪神たちも、ファンタジーではヨグ=ソトースさえ「門の番人」ではあっても荘厳な神格として顕れる。だから正当な資格をもって門を通りたいカーターを助けてくれれば、ナイアルラトホテップもカーターが対等に騙し合いを演じるし、悍ましい食屍鬼の絵を描いたピックマンも晴れて食屍鬼の一員になり、食屍鬼の軍隊を率いてカーターに同行する...絶対性に翻弄されるホラーの「神格」ではなくて、あくまで対応可能な「性格」としてのキャラになって、まったく違うのがお楽しみ。 でしかも、HPL自身を投影したキャラ、夢見人ランドルフ・カーターのこの「夢」の世界が、 そなたはそなた自身の幼年期のささやかな空想を基に、かつて存在したいかなる幻よりも美しい都をつくりだしたのだ。 と評されるように、幼年期に夢みた空想の世界に基盤を持っていることを自覚的に示している。いや評者も齢をとったせいか、子供の頃のことなど、懐かしく回想することも増えてきたな...「前世の夢」とでも呼びたくなるような普遍的な「懐かしい」感覚が、本書のファンタジー作品だとビビッドに伝わってくる瞬間が、確かにある。 そんな特殊な6巻、HPL三大長編の一つ「未知なるカダスに夢を求めて」を収録。160ページほどの短い長編くらいのボリュームがあるに、一切章分けがないというのが、「夢っぽい」と思ったりする。脈絡がないようであるようで、そのまま繋がっているのが夢の世界なんだろう。 評者も懐かしい夢を見たい。 |
No.789 | 6点 | レイモンド・チャンドラー語る- レイモンド・チャンドラー | 2020/12/21 22:33 |
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この本は名目的には「チャンドラー書簡集」みたいに言われがちな本だけども、書簡自体を断章としてテーマ別に「語りなおした」ようなものだから、「一次資料」ってこういうもんじゃなかろうよ、と言いたくなる。しかも小説「二人の作家」と未完の遺作「プードル・スプリングス物語」を収録し、またチャンドラーによるミステリ論「推理小説についての覚え書」、ハリウッドでの仕事の感想(というか、業界に毒づいた)「ハリウッドのライターたち」、出版エージェントについてシニカルに考察した「あなたの人生の十パーセント」などの雑誌発表済みの雑文、それにD・J・イバースン宛書簡で、チャンドラーが「マーロウについて語った」手紙文(「こんな男は探偵にならない」とかよく引用される)を収録していて、チャンドラー資料集みたいなもの...
だけどね、それでも評者「二人の作家」がお気に入り、しかもこれはハヤカワのチャンドラー短編全集になぜか収録漏れなので、あえて創作側で扱いたいと思う。 「二人の作家」は、いい。夫婦作家が山奥のロッジに引っ込んで各々執筆生活をしているのだけども、男女関係以上に、作家としての創作の行き詰まりもあって、感情の齟齬から衝突してついに妻が出ていく...という話。だからミステリではない。でも描写が大変いい。ハメットで言えば「チューリップ」みたいな作品なんだが、感情描写をほぼ外見動作とセリフに畳み込んだ、ハードボイルドらしいハードボイルド文で、緩みがない。本当に好き。 それに比べると注目度の高い「プードル・スプリングス物語」は、冒頭4章だけ。マーロウがリンダと結婚して、新居を高級住宅地の「プードル・スプリングス」に借りて、新婚生活を始める。それでもマーロウは探偵を続けたくて、街に出て事務所を借りようとするが、街のヤクザと行きがかりがあって...というあたりで終わり。読みどころは1章のリンダとのやりとりで、金持ちの妻をゲットした夫、という自分の新しい役回りにスネて、攻撃的な皮肉ばっかり言っている(警句じゃないよ)。嫌味でヤな奴にマーロウが成り下がっている。 何回も没にしては最初から書き直して...というのが、書簡によるとチャンドラーの執筆スタイルだったらしい。だから今あるこの原稿は、もしチャンドラーが長生きしてたら、絶対に没だったと評者は思うんだ。チャンドラーが亡くなったから、「遺稿」扱いで「未完が惜しまれて...」になってるだけのもののように感じる。 全体に「チャンドラーって厄介な男だな」というのが感想。喧嘩っぱやい。どうやらハリウッドをしくじったのは、この本所収の「ハリウッドのライターたち」で、小説家視点だけの主観的な攻撃をハリウッドにしてしまって、ハリウッド子たちに単に嫌がられたことが原因のようだ。この後に書いている手紙だと、映画が単に小説の映像化ではないのを受け入れたようだから、後の祭りみたいなもののようだ。 自分の仕事に直接関わらない部分だと、さすがに客観的で冷静な評価ができて知性を感じさせるのだが、「自分のしたこと・すること」には、目が晦まされがちにしか見えないなあ。 私がものを書き始めたときにしたかったことは、魅力にあふれた新しい言語をあやつり、その言語を表現の手段として、知的でない考え方のレベルのまま、ふつうの文学的ムードでのみ言い得ることを言いあらわせるかどうかを試してみることだったのです。 だから俗悪でキッチュな素材というものも、チャンドラーの意図的な「やつし」というか、低廻趣味に近いものがあるようにも感じられる。そういう屈折と複雑性がチャンドラーの面白味なんだよね。ハヤカワ文庫だけに所収なので触られなかった「イギリスの夏」が、イギリスで教育を受けたチャンドラーの生来の資質に一番近い世界だったのでは、なんて思う。 |
No.788 | 6点 | まだらの紐 ドイル傑作集1- アーサー・コナン・ドイル | 2020/12/17 18:11 |
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この項は創元推理文庫のホームズのいわゆる「外典」を収録した本の感想を書く場であって、決して「冒険」収録の短編「まだらの紐」の感想を書く場ではないと思うんだがね....この本に収録されているのは、
「王冠のダイヤモンド」事件簿の「マザリンの宝石」の原型の一幕物の戯曲。事件簿「マザリンの宝石」は本当にこの戯曲を手直しただけのもので、かなり手抜き作業だったのがうかがわれる。戯曲の方は悪役はモラン大佐で、こっちのがまっとうな作品だと思う。この戯曲を「空き家の冒険」に流用したから、変則的なことになったようだ。 「まだらの紐」同題短編を膨らませて戯曲化したもの。三幕あって長めの作品だから、短編にはない場面も追加されている。姉娘の死を巡る検死審問やら、ホームズの部屋に妹娘以外の三人の面会人がいて、そのうち一人は恐喝王ミルヴァートン! だから追加部分もなかなか楽しいし、クライマックスも盛り上がる。ナイスな舞台劇だと思う。 いやだからさ、ドイルは本作を「密室トリック」物だとは、絶対思ってないと思うんだよ。暗闇で待機して、思いもかけないところから侵入してくる殺人者...というあたりのサスペンスをドイルは「面白い!」と思って書いているのが、この戯曲化でも窺われるんだけどなあ.... 「競技場バザー」「ワトソンの推理法修行」この2作はホームズの特徴的な推理法だけを抽出して書いたショートショート。「競技場バザー」はメタな仕掛けになっていて洒落ている。 「消えた臨時急行」「時計だらけの男」の2作は鉄道ミステリだが、ホームズは出ずに、犯人の告白で真相判明。ちょっとした不可能興味みたいなものがある。「消えた臨急」の方は犯行がなかなか大掛かりで、マンガチックな陽気さがあって、場面を想像すると面白い。映像にすると映えると思う。 「田園の恐怖」は田舎村の連続殺人事件の話。意外性が少しある犯人だが、露見は偶然。ホラー味を狙ったか。 「ジェレミー伯父の家」はワトソン博士みたいな経歴の勉強中の医者が友人の招待を受けて伯父一家の元で暮らすが、インド人の家庭教師と、伯父の秘書の奇妙な関係に気づく....インドを巡るロマン味が読みどころ。 「シャーロック・ホームズのプロット」は遺稿から発見された未作品化作品の梗概。出来は良くない。 「シャーロック・ホームズの真相」は、ホームズ復活前に受けたインタビューの内容。ドイルはホームズは気に入ってなくて..というその通りの内容。 というわけで、コレクターズ・アイテムだけど、「まだらの紐」と「競技場バザー」が面白い。一応「消えた臨急」は非ホームズのドイルのミステリでは有名作なので読んでおかないと...もあるし。新潮文庫の「ドイル傑作選」とダブるのは「消えた臨急」「時計だらけの男」だけだから、読む価値はある。 |
No.787 | 7点 | われはロボット- アイザック・アシモフ | 2020/12/15 20:54 |
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いわゆる「ロボット工学三原則」で有名な作品...なんだけども、実のところこの三原則を巡る思考実験みたいな作品集である。ロボットが示す奇妙な振る舞いを、この三原則を使って説明する筋立てが、実にミステリ的だ。原則+具体的な場面の状況で、抽象的な「原則」から実に多彩な局面が導かれる。中には大変奇妙なものもあるわけで、そういう「奇妙なケース」を小説にした短編が続く。
というか「デバッグの面白さ」みたいなものを強く感じるのだ。プログラムがうまく動かないときに、その挙動を観察し、推測に基づいて仕込んだデータを与えて、推測の通りの挙動をするか確認し...というようなプロセスの面白さを、実に体感できる作品集なのである。本作の例題は、というと、 ・セレニウムを取りに行かせたロボットが、貯蔵庫の回りをぐるぐる回るだけで、一向に戻ってこない「堂々めぐり」 ・人間が監視していると正常なのに、目を離すと無意味な行進をしだす「あの兎をつかまえろ」 ・第一原則Ⅱ「人間に危害が加えられるのを座視しない」がオミットされた実験体を、正常なロボットと区別するにはどうしたらいいか「迷子の小さなロボット」 ・完全無欠な理想的な立候補者に、政敵が「ロボットではないか?」という疑惑を投げかけた...「証拠」 というような問題。これらを「三原則だけ」を使って解決するのが、あたかもパズルのようである。そして、この連作を通じて、最初は不細工で能力も低かったのだが、どんどん人間に近づき、さらに人間の知性を超えるようなものへと進化していき...という大きな時代背景が語られるのも、また別の魅力的がある。 本作は「抽象性」が高いせいか、古びない印象がある。「鋼鉄都市」よりいいと思う。 |
No.786 | 6点 | 消えた消防車- マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー | 2020/12/13 15:39 |
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マルティン・ベック第5作。連続少女暴行殺人、銃器による大量虐殺、と派手な事件が続いたのとは一転、今回は地味。でもこの地味さがマルティン・ベックらしくて、いい。今回はベック自身よりも、部下の刑事たちの話が主力。
肉体派刑事のラーソンが助っ人として監視を命じられた家から、突如炎が燃え上がった! ラーソンの面目躍如の大活躍で家の住人たちを救助して表彰されるのだが、それでも4人の死者を出した。死者には監視のターゲットが含まれていたが、どうやらこの男がガス自殺を図ったのが、何かで引火したという結論で落着しかけた。しかし、鑑識が精巧な放火装置をターゲットのベッドから見つけだす....自殺した後で焼き殺された男、偽通報でわざと到着が遅らせれた消防車、不審な点が浮かび上がり、事態は複雑な様相を示してくる...マルティン・ベックの名前が書かれた紙を残して自殺した男はどうこの事件に関わる? そんな話。今回前半はラーソン大活躍。海軍軍人あがり、というのが87のコットン・ホースと同じで役回りも似ているが、ラーソンは実は名家の出身で独身で富裕、ファッションセンスもなかなか...と本作では意外な面を見せる。いやこういう刑事キャラ設定のちょっと捻ったあたりが、キャラ造形が王道な87と違う、このシリーズの個性だと思う。だし、刑事たちも仕事は仕事、プライベートはプライベートで、しっかり休暇も取って、と「仕事命」で刑事はビンボじゃないと、な日本人とは違うあたりが、なんかマブしい。 殉職したステンストルムに代わって配属された新人のスカッケは、古狸なコルベリにイビられて、ベックがたしなめたりするのも、このシリーズらしさ。本作のオチは、このコルベリ&スカッケのコンビでつけてみせるが、警察小説のリアリティってのは、「物事、きれいには進まないや」と、犯罪者も愚かな振る舞いを重ね、捜査側も失敗だらけの中で、どれだけ人間臭さが立ち上るか、ということなんだろう。 (個人的には、冴えないのに探し物の名手で、ゲスト的に登場するモーンソンがご贔屓。今回、ルン刑事の息子が無くしたオモチャの消防車を見事見つけだす) |
No.785 | 7点 | ワースト- 小室孝太郎 | 2020/12/09 21:00 |
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つい衝動買い。復刊ドットコムで出た2冊本の「ワースト」には、初連載作の「トライライトゾーン」も併載。ただしオマケの「アウターレックお試し版」はもうついていなかった...これは残念。
「ワースト」は「10年に1回くらい復刊される」イメージがあって、今回の復刊ドットコムの復刊がなくても、入手は超難しい、というわけではない。「トワイライトゾーン」や「アウターレック」の方がずっとレア度は高いんだけどね。今回の「ワースト」復刊では、連載時や今までの刊本の異同をチェックした完全版、ということになり、単行本でオミットされた扉絵なども別途収録し、ジャンプ巻末の著者コメントも収録、と徹底している。 で、内容は漫画では珍しいくらいの本格SF。人類文明の崩壊を描いた終末物なんだけど、「ワースト」という脅威に対して、生き残りの人類が「どう戦うか」が話の軸になっている。最初は謎の雨に打たれて死んだ人々がワーストマンとして蘇るゾンビ系ホラーだが、単に「怖い」だけでない。ワーストマンと戦いつつ生き延び、一旦南の島に逃れて態勢を立て直して、対抗手段を編み出していく展開で、本格的にSFでしかも三世代にわたる大河ドラマになっている。主人公も、野性的なカンで終末の到来を予感する不良青年の鋭二から、鋭二に救われた絆創膏の腕白坊主から成長し、冷徹な科学者になって生き残りの人類グループのリーダーになる卓、その孫の虚無的で反抗的な力へと移り変わっていく。最後の力は特にそうだが、必ずしも主人公がヒーローらしいヒーローでもなく、しかも「人類の終末」のなかで倒れていく。この陰鬱さは、少年マンガの域を軽く超えている。人類の進化をなぞってワーストマンも進化し手ごわくなり、さらに別の「ワースト」氷河期も迫りつつある、そんな「最悪の終末」の暗澹とした物語の中で、力はワーストマンを倒す手がかりを得るが.... この70年代初め、という時期は、マンガに一番アウトローな輝きがあった時代でもある。残酷というならジョージ秋山の「アシュラ」、永井豪だって「ハレンチ大戦争」でおなじみの主人公たちの首が飛び散る。マンガにも「売れ線」だとか営業だとか、売る側の都合とは無関係のマンガ家の「野性」があった。「大学生がマンガを読んで」と眉を顰められた時代であり、それゆえの暗い輝きがあった。この時代ならではの「終末」をテーマにし、終末の到来の中で主人公たちが無慈悲にも倒れる「ワースト」「ザ・ムーン」「デビルマン」という流れを、想定できるのでは...なんて思うのだが、いかがだろうか。 個人的な話だと、子供の頃って、風邪をひくと、食事はケーキでマンガを買ってきてもらえた。確か初めて少年ジャンプを親に買ってもらった号に、この「ワースト」が載っていた。いやそれも、一番のトラウマ回な第11話で、死んでワーストマンと化した鋭二の妻が卓を襲う...そして巨大キノコが街を破壊していくエピソード! 鮮明に記憶していた。ほかに「悪魔くん千年王国」が載ってたのを憶えているが「ハレンチ学園」「男一匹ガキ大将」がどんな話だったかは覚えがない...そんな評者8歳の出会いだった(thanks tider-tigerさん)。 |
No.784 | 5点 | 第三の男- グレアム・グリーン | 2020/12/07 21:32 |
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評者がこういうことを言うと何なんだけど、映画「第三の男」って名作と思ったことがないんだよ。いや、スチルは凄くカッコイイんだ。だからスチルのカッコよさに期待して映画を見ると、確かにスチルで見た場面は、ある。けどね、脳内で夢見られた「映画」には程遠い出来のようにいつも思ってしまう...要するに、映画的な面白さというよりも、スチル写真的な面白さでこの作品は出来ているんだ。あと言うと、この作品の「名場面」って、コトバで説明しやすい。まあだから、論評で褒めるのがやたらと易しい映画なんだと思う。
でその原作、というか映画を作るためにグリーンが書いた「小説」。けど意外にヘンテコな小説。キャロウェイ少佐の視点で書いているはずだけど、マーティンズの心理描写になったり、視点が動揺していて??となったりもするし、描写も説明不足でわかりづらい。マーティンズのハリー・ライムへの執着は、映画以上に同性愛的な感情のように見える。映画ではアメリカ人の単純さ・鈍感さという風に流れていくけどね。けどさ、イギリス人(小説)の西部劇作家というのも、フェイクなニセモノのわけだし、西部劇に同性愛のニュアンスを感じる、というのもあるんだよ。 まあ、映画もそうだけど、小説も妙に突き放したクールさがあって、そこがこの作品の場合、「良い」というよりも、「??」という方の印象になっているようにも感じる。ハリー・ライムって何なんだろう。大人コドモの部類なんだろうか。オーソン・ウェルズの個性からみると、そんな風にしか思えないなあ。悪党にしては、単に無責任なだけみたいだし。 というわけで、映画・小説共に「褒めない」のが評者の選択。アリダ・ヴァリは「かくも長き不在」あたりが一番キレイに思う。 |
No.783 | 4点 | マラコット深海- アーサー・コナン・ドイル | 2020/12/06 15:25 |
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ドイルの死の前年に出版された海洋SFで、実質中編くらいの規模だ。本作の中心人物はマラコット博士で、チャレンジャー教授ではない。まあ、いくら俺様気質のチャレンジャー教授でも、「チャレンジャー海溝はオレの名前から命名されたんだ!」とは言えないもんねえ(苦笑)太平洋はマリアナ海溝ではなくて、大西洋のカナリア群島のそばに、マラコット深海(海溝だろう)はあるようだ。
船から吊り下げた潜水函にマラコット博士、アメリカ人動物学者ヘッドリー(ワトソン)、それにアメリカ人の技術者スキャンランの3人が乗り込み、海溝を探検するが....巨大ザリガニのハサミで命綱を切られて、さらに海溝の最深部に潜水函は落ち込んでいってしまった! しかしそこにあったのは、アトランチス人の海底都市だった。 という話。なんで海底都市がそんなに海溝の中にあるの...とか、水圧とか、あるいはイギリスからのラジオ放送を受信するとか、科学的ツッコミをしたくはなるけど無意味だと思う。このアトランチス人の社会は、思考をそのまま映画にして見せる機械とか、もちろん水中生活を可能にする酸素や動力の供給、元素変換で海中にもかかわらずコーヒー(みたいなもの)を飲ませてもくれたりするくらいに、強烈に科学が発達している一方、フェニキアの人身御供で有名なモーロックの神殿があったり、風俗はエジプト風。しかも、主人公たちの面倒を見てくれるリーダーの名前が...マンダ。 円谷「海底軍艦」!? 評者くらいのトシの人だったら、こっちのツッコミの方が確実。唐沢なをき氏も同じツッコミをしているのを見つけた。ただし、ラスボスは龍じゃなくて、邪神バアル・シーバ、晩年のドイルらしく最後はオカルトのノリ(幸福の科学みたい)で、ハッピーエンド。 というわけで、科学に弱くてオカルトなドイルのSFで、ドイルの最後の小説みたい。 とりあえずドイル年代順に、ホームズ・チャレンジャー・ジェラール関連はコンプ。歴史小説までは手が回らないが、ミステリ系単発短編は別途やろうと思う。 |
No.782 | 5点 | 影の告発- 土屋隆夫 | 2020/12/05 11:05 |
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協会賞受賞作で、昔土屋隆夫の代表作の一つになっていた作品。けどね、今回読み直して一番過大評価、という結論になったのが本作。
不幸な運命の少女の独白が各章の冒頭にあって、その文芸調のロマン味で興味を引いていく構成なんだけど、「危険な童話」でトリックのキモが隠されていたうまい仕掛けの再現か...というと、本作は残念だけど、そういうことはない。この独白が何なのか、最後でわかるけど、実は結構興ざめな話。こうしたらアザトいだけだと思うんだがなあ。 土屋隆夫なので、捜査プロセスは丁寧、かつリアリティあり。しかし、肝心のトリックが....電話のトリックは分かりやすいし、しかも実は重大なリスクがあるのを誰もがツッコむんじゃないかな。ご当地小諸でのアリバイトリックは、小技部分は「うまくいったらラッキー」くらいのノリで仕掛けたリスクの低い仕掛けだから、まあいいとして、写真トリックははっきり、つまらない。 清張「時間の習俗」に刺激されたらしいけど、いやあれは「オリジナルへのアクセスが不可能」という不可能興味があるから面白いんであってね。本作だと気が付かない捜査陣が間抜けに見える。「時間の習俗」は犯人が写真はハイアマチュア、という設定だからトリックがアリと思うけど、本作は完璧素人。いくらモノクロ時代とはいえ、素人がやってバレないほど、あれは易しくない。検証過程を含めて、全体に写真知識が薄いように感じられる。たとえば鮎哲「準急ながら」だと写真トリックの検証をキッチリやっているから、その差も感じてしまう.... 昔読んでいるんだけど、その時も印象はよくなかった。評者は写真トリックを全然内容を忘れてたけど、忘れて当然のトリックだ。 |
No.781 | 7点 | チューリップ : ダシール・ハメット中短篇集- ダシール・ハメット | 2020/12/05 10:44 |
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さて、ハメットの短編集も評者はこれで打ち止め。小鷹信光氏が編纂した一番新しい短編集(というか、21世紀に新しく出た唯一の短編集)になる。メインは最晩年の「未完」の短編「チューリップ」。自伝的な「チューリップ」で言及される初期のスケッチ「休日」、それから雑誌翻訳こそあれ単行本未収録の「暗闇の黒帽子」「拳銃が怖い」「裏切りの迷路」などなど、完璧なハメット全集が日本ではない中で、翻訳漏れの作品を小鷹氏が一生懸命紹介しようとしている、その結晶の一つである。
まあとはいえ、「帰路」「ならず者の妻」「アルバート・バスターの帰郷」は小鷹氏自身の訳で河出文庫の「ブラッド・マネー」とカブる。評者も補追みたいな感覚で読むことにした。なので、未読作のみの論評とする。 「チューリップ」これは非ミステリ。晩年のハメットの自伝みたいな作品で。赤狩りで刑務所に服役したあとで、友人の別荘で静養していた際に、主人公の昔を知る旧友が訪ねてきて、昔話やらする話。その旧友が「チューリップ」という呼び名で呼ばれている。タイトで感傷を排した話だが、単なる日常スケッチで、オチがあるのかないのか微妙。リリアン・ヘルマンは「これで完結している」という理解だけど... 「理髪店の主人とその妻」倦怠期の夫婦の話。マッチョで男尊女卑な夫の仕打ちに、妻が反撃する。ハードボイルドってマッチョな印象があるけども、いやいやハメット、そんなことないです。 「拳銃が怖い」臆病で定評がある男が、勘違いからギャングに脅された...ウェスタン風の話で、その臆病男が意外な面を見せる。 「裏切りの迷路」オプ物。この短編集だとあと「暗闇の黒帽子」「焦げた顔」がオプ物。いや、これが昔「宝石」に載っただけ、というのが信じられない佳作。開業医の突然の自殺に、その妻に謀殺の容疑がかかり、それを晴らすためにオプが調査する。この自殺には意外な背景が...とかなり強烈な仕掛けがある。しかもその犯人に対するオプの裁きが痛烈。短編ベスト5には入れたい。 「最後の一矢」ショートショート。妻の反撃の小話。おまけみたいに収録。 とりあえず評者は「本になってる」範囲でのハメット短編は一応コンプ。それでも「犯罪の値」「厄介な男」「軽はずみ」「死体置場」「緑色の夢」「深夜の天使」「ついている時には」「紳士強盗イッチイ」「ケイタラー氏の打たれた釘」「ダイヤモンドの賭け」「不調和のイメージ」の11作は雑誌に訳が出たのみ。巻末の書誌によると未訳が「Esther Entertains」「On the Way」「This Little Pig」の3作(少なくとも)ある。弾十六さんが雑誌掲載作など頑張ってやってくれるようで、それを応援したい。 とりあえず読んだところで、短編ベスト5を選ぼう。順不同。 「夜の銃声」「裏切りの迷路」「新任保安官」「クッフィニャル島の夜襲」「蠅取り紙」 |
No.780 | 8点 | 半七捕物帳 巻の四- 岡本綺堂 | 2020/12/03 20:27 |
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さて半七の四巻目は、最初の4作が大正末年に書かれたもので、綺堂はとりあえず半七はこれで打ち切り、というつもりだったようだ。しかし昭和9年に野間清治に口説き落とされて、「講談倶楽部」に連載するようになった。だからこの巻の内容は、時間的なブランクがあって、5本目の「十五夜御用心」からが昭和の半七である。
やはり後半の昭和の半七は、プロットが複雑化している印象が強い。大正の半七だと、1話に2つの話が入っているケースもあって、語り尽くさずに余韻を残して、あっさり終わる傾向があった。また殺人が絡まないケースも多く上品な後味だったのが、昭和の半七になると、ずっとこってりした味わいになってくる。 大正末の「三つの声」は意外にパズラー風の面白味がある。ちょっとした言葉遣いから、半七が犯人の計略を見破る面白味。いや本作とやはり凝った詐欺を題材にした「仮面」は、「新青年」に掲載されたようだ。読者層を意識してミステリ色を強くしたのだろうか。「むらさき鯉」はお濠での密漁とそれをうまく引っかけようとする悪人との角逐の中で起きた死の話...とかなり込み入った話。 で、昭和は力作「十五夜御用心」で始まる。虚無僧と住持ら4人が井戸から死体で見つかる、派手な事件であり、話の紆余曲折があってページ数も多くなっている。投身者が抱えていた蝋燭の芯が金の延べ棒...という怪死事件を追う「金の蝋燭」、浅草観音の御開帳での縁で嫁に入った女の自殺事件を追う「大阪屋花鳥」、絵馬マニアの暴走とそれを強請る悪人の「正雪の絵馬」などなど、読み応え十分な話が続く。 まあだから、昭和の半七の方がやはり「捕物帳」らしいカラーが強くでてきたようにも感じる。すでに「右門」も「平次」も始まっている時代だからね。それでも後続の捕物帳とは一線を画す格調とリアリティがあるのは、さすが別格、という印象。 評者のように、ホームズ、コンチネンタル・オプと並行して読んでいると、やはり半七はオプと並んで、ホームズの一番まっとうな後継者のようにも感じられてくるのだ。犯罪事件を通じて、社会の表も裏も描いて見せる、そういう鳥瞰的な「社会へのまなざし」を継承したのが、「パズラーの名探偵」たち以上に、半七とオプだったのでは...と思うのである。半七もオプも、ホームズ同様に読むと彼らが「生きた」社会が作りモノではなく立ち上がってくる。この面白味なんだと思うんだ。 (あとどうでもいい話。江戸の粋な食べ物。この本だと半七、「あられ蕎麦」を食べている。いいな~青柳の貝柱が乗っているかけ蕎麦。今はよほどの老舗しか出さないらしい。一度食べたい。) |