皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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クリスティ再読さん |
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平均点: 6.40点 | 書評数: 1325件 |
No.58 | 6点 | メグレとかわいい伯爵夫人- ジョルジュ・シムノン | 2022/04/11 17:39 |
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なんとなくタイトルに萌えて(苦笑)。
いや、普段と雰囲気が違うハイソな舞台背景で、結構面白い。シムノンというと、たとえ陽光さんざめくコートダジュールでも、裏通りのシケたバーとか、小ぢんまりの個人経営の宿屋とか、ビンボ臭いストリップ小屋とか、そういう界隈が普通なんだもん。ヨーロッパ指折りの金持ちが集うホテルが舞台の事件で、メグレもいきなり空路ニース、そしてジュネーヴ・ローザンヌと飛び回って、ハイソな世界を垣間見る。だから原題は「メグレ、旅をする」 まあだからアウェイの事件といえば、メグレは今までいくつも経験しているわけだけども、一味違う。大金持ちたちもメグレを見下すとかはなくて、紳士的に対応するわけだが、やはりメグレでも「飲まれてる」のが面白い。でもメグレだから、その「世界の雰囲気」に身を任せ、浸ることで、次第に主導権を握りなおすのを丁寧に描いているのが、なかなかお楽しみなあたり。第7章の現場のホテルをアテもなくメグレが彷徨うのが、いかにもメグレらしくて魅かれる。場違いな姿を、ホテル従業員たちからヘンな目で見られても、軸の据わったメグレはもう平気。ホテルバーでいつも飲むようなカルヴァドスを頼んじゃう。お洒落なイメージがあるカルヴァドスだけども、何も言わずにナポレオンが出てくる世界じゃ、田舎臭い庶民の酒なんだな。 そういう話。問題の「かわいい伯爵夫人」は、貴族・大金持ちたちの間で結婚したリ離婚したリの、もう若いとはいえない女性なんだけども、 ルイーズはきれいで面白く、それどころか、人を夢中にならせるようなかわいい動物だ。 と元夫が評するようなキャラ。いやシムノンだって功成り名遂げて、世界を股にかけて遊び倒した豪傑なんだけどもね。 |
No.57 | 6点 | 霧の港のメグレ- ジョルジュ・シムノン | 2022/04/03 10:18 |
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瀬名氏は本作がお気に入りのようだけども、そこまでいいか?という感想。シムノンらしい北の港町の事件で、「海の男たち」と町の旦那衆との相克めいた関係が背後にある。もちろん、メグレは「海の男たち」贔屓。
でも海の男たちもメグレに対して結束して全部だんまり。記憶喪失でパリで発見された元船長をメグレがその地元に送り届けたら、その晩に毒殺された...というのが本書の「事件」だけど、メグレがメインで解明するのはやはりその船長の記憶喪失を巡る暗闘の話で、筋立てがごちゃごちゃした印象。 でもね、メグレが問題の船に乗り込んで事情を聴いている嵐の夜に、油断したメグレを縛り上げてウィンチで岸壁に置き去り(でも船は座礁)....なんて「メグレ、お疲れ」なシーンがあったり、リュカが一晩中背伸びをして村長の家の中を覗き込んで監視するお疲れ場面、あるいは「砂丘のノートルダム」と呼ばれる廃墟の礼拝堂やら、船長の女中で本作のヒロイン格のジュリーとその兄の船員グラン=ルイとのメグレの場面(第九章)やら、なかなかいいシーンがある作品でもある。 |
No.56 | 6点 | 日曜日- ジョルジュ・シムノン | 2022/03/29 08:25 |
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シムノン版「殺意」。
いや結構似ている。コートダジュールの宿屋の経営をがっちり握る妻ベルトが、「お見通し夫人」とでもいうべき「一本筋の通った悪妻」で、その夫でキッチン担当の主人公エミールはだらしない浮気者。エミールがふと思いついた妻殺し計画から、抑圧されて主体性をなくしているエミールにとっての、皮肉な「人間性回復」みたいなものが窺われるのが、面白いあたり。 もちろん、人殺しは悪いことだからね(苦笑) エミールの愛人というか、セックスフレンドみたいなメイドのアダが、悪女か、というとそんなこともない。知能も若干遅れ気味のようだし、聾唖?が第一印象、 彼女は別の世界、森と獣の世界に属しており、並みの人間の心得ぬ事も知っているのではないかと疑われた。彼女が未来を予言したリ、魔法をかけたりできるとわかっても彼は驚きはしなかった と「森と獣の世界」、人間の生活からの脱出を示しているかのような幻想に、エミールはとらわれる。まあもちろん、これただの空想に過ぎないとエミールもわかっている。そこらへんにシムノンならではの「リアル」がある。 「シムノンのミステリ」の一番のオリジナリティというのは、殺人という「プロセス」がただのプロセスではなくて、さまざまな願望や空想に満ちた「謎解き」以外の「割り切れない」部分から立ち上がるのを直視していることなんだろう。 |
No.55 | 7点 | メグレと死体刑事- ジョルジュ・シムノン | 2022/03/19 08:40 |
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意外に評者は好みのタイプの作品だった。メグレがうんざりしつづける、重苦しい話なんだけどね。
仕事上の上司みたいな立場にある予審判事に直接頼まれた以上、イヤとは言えないのだが、「特別休暇」扱いで何の権限もなく、ボルドーの田舎町に派遣されたメグレ...判事の義弟の家に滞在し表面上は歓待を受けるのだが、「よそ者」にブルジョア家庭のトラブルをひっかきまわされるのはゴメン、というウラがありありと透けて見える。しかも判事の依頼は労働者階級の青年の不審死をめぐって囁かれる義弟の関与の噂をなんとかしろ、という筋ワルでこの街の階級対立を煽りかねないものだった....しかし、誰が依頼したか分からないが、司法警察を不祥事で辞めた元同僚で今は私立探偵、「死体刑事」カーヴルがこの事件の後始末に暗躍している。「丸くおさめる」のはカンタンでも、メグレの意地がそれを許さない。 この作品は第二期で「奇妙な女中」とか「ピクピュス」と合本で出たという話だから、中編?と思いきやちゃんと長編。合本にはどうやら戦時中の出版統制のような事情があるようだ。本作は「メグレの途中下車」で舞台になるフォントルネ・ル・コントのそばの田舎町。階級対立に巻き込まれ「よそ者」扱いに苦慮するメグレ、旧知の知人(学友)が絡む...と、「メグレの途中下車」の別バージョンみたいな話ではなかろうか。でも「途中下車」よりもこっちのが好き。 「難事件」といえば、このくらい「難事件」なものもないだろう。アウェイ、関係者の隠然たる敵意、正式の権限なし、強力なライバル....でもメグレはメグレ。事件解決後に「死体刑事」にちょいとイヤ味の一つもいいたくなる。 「あらゆる言辞のなかでおれにもっとも忌まわしく思える表現がある。その表現を聞くたびに、私は飛びあがってしまい、歯が浮いてしまう...それが何だかわかるか?」 「いや」 「《万事が丸くおさまる》ってやつさ!」 メグレはただの名探偵ではない。魂をもった男なのである。「空気」に同調しない個我をそなえた人物なのだ。 |
No.54 | 7点 | メグレ夫人のいない夜- ジョルジュ・シムノン | 2022/03/12 10:07 |
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好み。ミステリとしての名作じゃないけども、皆さん同様にシムノンらしさ炸裂の好編だと思う。
原題は「家具のメグレ」くらいの意味で捻りすぎなんだけど、メグレ夫人がアルザスの妹の看病で、メグレに舞い込んだ「突如の(臨時)独身生活」。それをうまく織り込んだナイス邦題だと思う。 だから、メグレは事件の起きたアパートに住み込んで、その住人や気立てのいい家主とも仲良くなる。いやこれが昔風の下宿、といったもので、「めぞん一刻」と言ったらまさにその通り。家主クレマン嬢は響子さんで、メグレは五代くん。だったらラブコメ?かもしれないけど、メグレだからまあそうはならない....はずが、ラブコメもロマンチックも、ある。「男をかばう女の話」というテーマが隠されているのを、メグレは察知する。 ジャンビエが撃たれるなんて物騒な発端だけど、最終的には大岡裁き。甘いって言えば甘いけど、捕物帖テイストといえばそうかしら。ひょっとしたら、女性人気が突出して高い作品かもしれないよ。 犯人との対決・取引とか、よく書けている作品だと思う....メグレらしさ、が存分に発揮された作品という意味だったら、名作かも。ラポワントくん、調査は役立たずで残念、お疲れさま、ジャンビエのファーストネームは、アルベールだそうだ。 |
No.53 | 7点 | 家の中の見知らぬ者たち- ジョルジュ・シムノン | 2022/03/03 20:57 |
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メグレ物ではないけども、しっかりミステリ。しかも法廷ものだったりする。
それでもシムノン、一筋縄ではいかない。主人公は街の名家の当主で弁護士のルールサ。でも...妻に逃げられたことで18年間引きこもりの生活を続けている。置いてきぼりの娘ニコルがいるが、ルールサは関心を示さずに育ち、二人の関係は冷淡なものだった。しかし、ある晩ルールサは銃声を聞いた気がして、館の中で死体を発見する....ルールサの無関心をいいことに、ニコルは男友達たちと気ままに館の一室で遊び暮らしていたのだった。ニコルと愛し合うその男友達の一人が、逮捕されて裁判になるが、弁護に立ったのはルールサだった。 事件をきっかけに、引きこもり生活から脱出し、娘とも向き合い、18年間無縁だった町の人々や街の景色を改めて見つめるルールサの視点に、魅力がある。引きこもり探偵っていうと、「刑事くずれ」のミッチ・トビンという例もあるけども、ルールサは一日4瓶のワインを平らげるアル中で、ルンペン風の身なりの汚さがあるから、カート・キャノンにも近いか。まあ、アル中探偵は今はけっこう、いるな。 シムノンだから、こそかもしれないけども、このルールサの「復活」の描写が全然押し付けがましくないし、本人もそれほど気負ってないのが、何かいいところ。事件が解決してルールサの街の評判はグッと改善するのだけど、ルールサは「社会復帰」なんて恥ずかしがって(苦笑)自堕落にまた戻る。けども、ちょっとは世の中に肯定的になっているし、周囲とも改善して... いやなかなかイイ話。でも相当キャラも事件もひねくれている。それをすんなり見せることができるシムノンの剛腕、ということだろうか。シリーズにでもすればよかったのに。 |
No.52 | 7点 | メグレと殺された容疑者- ジョルジュ・シムノン | 2022/02/26 09:59 |
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メグレ長編では比較的珍しい、パズラー的な味わいがある作品。でも、この「パズラー的味わい」が、いわゆる本格マニアが喜ぶタイプのものではなくて、たとえばハメットなら大喜び、とでもいうような市井のリアルな感覚のものなのが興味深い。
いろいろな謎の中心となる盲点のような事情が判明すると、事件がするっと解明される面白味がある。そしてそれが、綿密に描写されたユニークな被害者のキャラとも合致していて、意外かもしれないけど、こういう生き方する人間っているんだよね、と思わせる(やや捻った)「人間のリアル」が浮かび上がる。で、この盲点というのが、司法関係者やミステリ読者であればこそ気づきにくいものでもあるから、そこに注意したらやや「メタ」な味かもしれない。 ブーレイというのは、根はひじょうに小市民的な人間でしたよ。彼の家にいると、女の裸を見せて商売している人間だとはどうしても思えない と評される、やり手でも堅実な、モンマルトルのナイトクラブの経営者が被害者。葬儀も盛大で、ナイトクラブ業界の重鎮だったのが窺われる。 原題は「メグレの怒り」くらいなんだが、でも「殺された容疑者」の訳題はかなり疑問が多い(苦笑)。この被害者はとあるギャングの襲撃事件に絡んで、リュカの事情聴取を受ける予定になっていたけども、その前に行方不明....という状況で、とくに「容疑者」というほどの立場でもない。「小市民的」と評されるそのままの人物だから、ギャングとの裏のつながりが?という容疑があるわけでもないのである。 しかし、この件が実は真相にしっかり繋がっているし、メグレ自身も真相に間接的ながらかかわりがあって、皮肉な面白さがある。 まあだから、ちょっとヒネッて評者がタイトルを考えるなら「メグレの事情聴取」、どうかなあ? |
No.51 | 6点 | ビセートルの環- ジョルジュ・シムノン | 2022/02/20 17:31 |
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初読。タイトルから精神病院を舞台にしたサイコスリラーみたいなものを漠然と想像していたんだけど....病院は病院でも、初老の男が脳血栓で倒れて入院してリハビリする話。ミステリ色はゼロな作品でちょっと、びっくり。
いや、シムノンは一般小説とはいっても、「ミステリを裏側から見た」ような舞台設定やらミステリ手法を駆使した作品やらがきわめて多いから、だいたいはミステリの延長線上で楽しめるようにも感じているんだ。本作の主人公は、記者から新聞経営者にのし上がった男、ルネ・モーグラ。同じようにのし上がった昔からの仲間との月一の昼食会の会場で倒れて、急遽ビセートル病院に入院。思ったほどには重症ではなくて、意識不明は丸1日ちょっとだけ、その後徐々に回復してリハビリして...というのがおおまかな話の流れ。 でもね、そんな話だから「この時期、やはりシムノン自身も倒れた?」なんて想像するのも無理はないんだが、調べてみてもそれらしい形跡は見当たらない。入院していても短期なんだろう。メグレ物だと「メグレと幽霊」とか「メグレと殺された容疑者」のあたりの年で、翻訳はないが別途出版されている本もある。メグレ物の執筆ペースもこの頃はムラがあるし、よくわからないや。マトモな伝記を参照した方がいいのかな。シムノンだもの「想像だけで全部書いた!」でも、みんな納得しちゃう(苦笑、「私的な回想」とか本にならないかな~~) 後記:「EQ」No.43掲載の「シムノン最後の事件」というインタヴューに、シムノンが病院に調査に訪れた、という話が載っているのを偶然見つけた。シムノンは実地調査するのはホント珍しいらしい。でも二時間で調査は終わり。想像力! 本作をシムノンの「イワン・イリイチの死」と喩えたのを見かけたけど、内容は確かにその通り。でもトルストイの理想主義がシムノンにあるじゃなし「回心」しちゃうわけではない。病気という「自身を肉体に還元する体験」、強いられて自身を客体化する作業を、作中では裁判を受けるかのように喩えている個所もあるように、そこで改めて参照される自身の「人生の断片」にモーグラはこだわり、その記憶のリアリティというか、ひねった言い方をすればその「クオリア」(聞こえてくる鐘の音を「環」と捉えるヴィジョンとか..)を通して、自身の生き方を回想する話である。 シムノンの主人公だから、そりゃお盛んと言えばお盛ん。独身時代のアヴァンチュールや、二度の結婚と、その中間に挟まる「結婚しない関係」の話も出る。そういう女性たちも見舞に来て記憶も蘇る。しかも、看護の中での肉体接触に際して、性的な反応も赤裸々に描くあたりが容赦ない。 で、最終盤では、強引に妻にはしたものの、居場所がなくて不幸な結婚生活を送らせていることになっている妻とのなれそめの回想と、このモーグラの再出発に際しての「和解」のようなものがさりげなく描かれているのがいいあたり(でもこの時期にシムノン、離婚しているんだ...) シムノンで「私小説」を読むとは思わなかった。 (ん~ひょっとして、物語冒頭で撃たれて意識不明状態でずっとなロニョン刑事の話の「メグレと幽霊」に「ビセートルの環」が影響している? 評者の妄想w) |
No.50 | 6点 | メグレ間違う- ジョルジュ・シムノン | 2022/02/07 21:58 |
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本作ホントにメグレ物でよかったのかなあ...なんて思う。教授のキャラは一般小説のシムノンの方が生きたような気がするのだ。してみると「メグレで間違い」?
うん、お二方のおっしゃる通り、教授のキャラがすべての小説。脳外科医としてすべてを献身しているような教授の唯一の悪癖の話である。これによって周囲の人々が傷つくのだけど、教授にはそれがまったくわからない。共感性がそもそも欠落した人間のわけだ。 「メグレ式捜査法」はその共感性がベースなのだから、教授はメグレにとって天敵みたいなものだろう。だからこそ、最後まで対決をメグレはためらい続ける... 周知のようにメグレは愛妻家だから、浮気したらみんな幻滅しちゃう(苦笑)。けど生みの親のシムノンはとんでもない性豪だったらしいからね。そうしてみると、この教授のキャラにもメグレのキャラにも、シムノン自身のなにがしかが投影されて、「等価値の反対」として造型されているのだろう。 (けど教授の秘書さん、さもありなむ...人間、そんなもの) |
No.49 | 6点 | 可愛い悪魔- ジョルジュ・シムノン | 2021/11/25 07:14 |
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シムノンで一人称独白体、って結構珍しいと思う。限定三人称は多いんだけどね。
主人公は「有罪ならゴビヨーに相談しろ!」という評判の辣腕弁護士。でもブ男、父もハンサムな有名弁護士だが、主人公は庶子。自分の師匠に当たる大物弁護士から妻を奪って自分のものにする....なんてハナレ技を演じた過去があるが、実はその妻の自己実現が、オトコをプロデュースして出世させること! 主人公の一見「成り上がり」の順風満帆人生も、本人にすればなかなか外見どおりではない屈折の人生だったりする.... いや、たぶんシムノン、自分を重ねたと思うよ。そういうリアリティ。 友達と組んで宝石店強盗を働いた小娘イヴェットが、警察に追われてゴビヨーの元に飛び込んできた。事務所で股を開くイヴェットに、なぜかゴビヨーは執着し始める。強引な弁護でイヴェットを無罪にすると、イヴェットをアパルトマンに囲って、二重生活を始めることになる....妻はゴビヨーのキャリアを支配さえできればいい、と超母性的とでもいうような夫婦関係でもあり、ゴビヨーの浮気には寛容なのだが、イヴェットへの溺れ具合には内心ヤキモキしているようでもある.... つまり、こういう三角関係がすべて。映画に合わせて「可愛い悪魔」なんてイヴェットを呼びたくなる(バルドーだ)のかもしれないのだけど、実のところこのイヴェット、そんなに大した女でもないんだと思う。 人間は時として動物として行動したいという欲求がある というゴビヨーの「自身の成功に反逆したい!堕落したい!」という欲求がイヴェットに投影されて、こんな愛欲にのめり込んでいるのだろう...自分には別な人生もあったのでは?という自分への懐疑が、こんなドラマを引き起こす。 そういう興味の作品だから、「こういう状況から何が起こるのか?」実際、何が起きても全然不思議じゃないのだけども、何かが起きざるを得ない。それを甘んじて待ち受けるのが、この作品の醍醐味。 |
No.48 | 7点 | メグレの初捜査- ジョルジュ・シムノン | 2021/11/11 22:57 |
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「メグレの回想録」はメグレの結婚で終わるので、本作が扱うのは新婚のメグレが所轄署の署長秘書として関わった事件から、特捜部の刑事に任命されるまでの話。けっしてメグレがただ若くて「刑事くん」な話じゃなくて、シリーズ中でも屈指の変化球だと思う。
要するに「貫禄のないメグレ」なのである。だから、上司の署長やら刑事たちやら、さては事件の関係者に至るまで、「坊や」扱いでナメられること....「コイツ、デカだ!」と気づかれたギャングに、あわや攫われて殺されかける危機一髪なシーンまであり。後年のメグレじゃ、絶対お目にかかれない展開の連続で、ヘンに面白い。 で、こういう苦い思いをして、屈辱も胸に秘めながら、 もしぼくが治安警察局に入るようなことがあったら、ぼくは誓って、所轄署の憐れな連中に対して軽蔑のそぶりなぞ絶対見せないぞ。 と心に誓ったりする。確かに後年のロニョン刑事に対する態度など、メグレという男の人格の一貫性をうまく描写している。「運命の修理人」という比喩が登場するのが、この作品というのもシリーズ構成としてウマくできてるな~と思わせる。 あと没落した伯爵家に生れながらヤクザになった男のイキな生きざまとか、その相棒が憎めないあたりとか、メグレが付き合うことになる暗黒街の住人達のキャラ描写もみょーにカッコいい。 決して「メグレの回想録」みたいな愛読者サービスみたいな内容ではなくて、変化球ながら独立した価値がある。 |
No.47 | 5点 | メグレの途中下車- ジョルジュ・シムノン | 2021/10/30 11:14 |
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メグレは国際会議の帰途に、学生時代の親友の元を訪れようと、ヴァンデの地方都市フォントネ=ル=コントで途中下車した...その街は連続殺人に揺れており、友人は予審判事としてその渦中にあった。行きがかり上、メグレは事件に巻き込まれていく...
という話。ポイントはメグレの学生時代の親友だったシャボ。学生時代には苦学生のメグレは違い、素封家の息子らしくメグレにとってやや眩しい存在だったようだけが、今ではすっかり地方都市のしがらみに囚われて、責任ある立場を占める代わりに老化の兆候も見せている...というあたり。まさにこの地方都市の、没落した上流階級と、成り上がり者の入り婿、しかし一般市民は成り上がり者をいつまでも嫉妬と猜疑の目で見つづけ、何かきっかけがあったら暴動やリンチがおきかねない....という地方都市らしいややこしい階級対立が背景にある。 「おれはおそろしい(心配だ)」という発言は、このヴァンデ県の街が、フランス革命当時の「ヴァンデの反乱」の中心地、ということもあって、そういう連想がメグレにも働いたんじゃないか、という気もする....悲惨な内戦の舞台なんだよね(深読みかな?)。 で、友人のシャボは、成り上がり者として上流階級からも庶民からも排斥される男の数少ない友人でもあるのだが、この男の息子に殺人の容疑が....という展開。地方都市の人間関係のややこしさと、かつての学友が見るからに平凡な男になっていった失望感のようなものが、この作品の陰鬱さを強めている。 庶民から成りあがってもプルジョアになりきれない男の哀歌みたいなものがシムノンお得意のテーマなんだけども、地方都市を舞台に陰湿な階級対立の層として描いてみせたあたり、一種の「社会派ミステリ」みたいに読むのがいいんじゃないかと思う。 |
No.46 | 6点 | 港のマリー- ジョルジュ・シムノン | 2021/10/18 21:44 |
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集英社のシムノン選集というと、全12冊のうち半分ほどは文庫になって、メグレじゃないシムノンの本格小説を70~80年代あたりで楽しむにはお手軽なシリーズだったのだけども、実はこのシリーズ、翻訳者が妙に豪華で面白い。「日曜日」は生田耕作だし、「かわいい悪魔」は中村真一郎、「片道切符」は詩人の安東次男で、本作はと言うと....やはり詩人の飯島耕一である。詩とシュルレアリスム以外の翻訳はこの人、珍しい。評者とか学生時代には飯島耕一って愛読したんだよ。シュルレアリスム出身だけども、意外なくらいに平明で「こじらせて」ないあたりが、何か琴線に触れたんだ。
いや、そういうあたりが、実はシムノンに向いている、といえばそうかもしれない。 すべては言うならあっという間に運んだ。というのもマリーは潮の満ちてくる時というものを心得ていたからだし、彼女は海の荒れがしずまって、どのあたりで満ちるはずかも知っていたからだ。そして男たちというものはともづなをとくまえに、気のゆるむ瞬間が、つまり橋をあげる時がある、というのを知っていたからだ。 この小説の最後くらいの描写である。するすると書かれているけども、実にイメージ豊かで「散文詩」と言ってもいいくらいの美がある。 でこの小説、かなりヒネった恋愛小説で、ミステリ色は薄い。ノルマンジー半島の漁師町、ポル・タン・ベッサンで父を亡くした少女マリーは「スールノワーズ(食えない子、何を考えているかわからない子)」と呼ばれていた。気のいい姉オディールが女中奉公から主婦に納まった相手、シャトラールはシェルブールで映画館やカフェを経営するやり手の実業家だが、マリーの父の葬儀で、マリーに目を付けた....芯の強いマリーはシャトラールの誘惑をガンして撥ねつけるのだが、シャトラールはマリーの身辺に付きまとう。マリーを崇拝する青年がシャトラールを襲撃するなど、人間関係がコジれていくのだが...という、一見どう見ても「恋愛劇」に見えないのだが、実はこれ恋愛小説、というシムノンらしいロマンチックがゼロの恋愛小説だったりする。 この話の中で際立つのは、やはり「何を考えているかわからない子」マリーの、独特の芯の強さ、自立を求める個性といったものだ。結果的にはやり手で女遊びも盛んなシャトラールを手玉にとったことになるのだが、「男女の闘争」を真剣に捉えたマリーに、シャトラールはしてやられたようなものだ。でもそのマリーの姿に「爽やかさ」みたいなものを感じるのが、面白い。 シムノンという本当に「女をよく知っている」男性作家ならではの、超変化球の恋愛小説として楽しむといいと思う。 |
No.45 | 6点 | 紺碧海岸のメグレ- ジョルジュ・シムノン | 2021/10/03 16:12 |
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皆さまご無沙汰しております。復活いたします。
復活にメグレ、というのも評者らしいでしょう。初読。「自由酒場」なんて読んでるわけありませんよ(苦笑)。 ヴァカンスだ!緑やオレンジに塗られた船縁に寄りかかって、波紋のゆらめく水底を見つめたり....。傘松の木陰で、大きな蠅のうなりを聞きながら昼寝をしたり...。 知り合いでもない男、たまたま背中をナイフで一突きされた人間のことなど、知るもんか! 第一期メグレは結構アウェイの作品が多いように感じるのだけど、特に本作、メグレらしからぬ陽光のコートダジュール! 相棒の刑事も遊び人風、街は3月というのにヴァカンス気分...とメグレにしてはやりにくいったらありゃしない。気分はノらないまま、しかし被害者がどこかしら自分に似ている、と感じるあたりでメグレはこの事件の真相に自然と肉薄していく... 舞台は華やかなリゾートなんだけども、裏通りの常連さん向けシケた「リバティ・バー」がメインの舞台になるあたりが、いかにもシムノンらしい。「モンマルトルのメグレ」だって観光地の裏にあるストリップ小屋が舞台だし、「ストリップ・ティーズ」でもカンヌの裏通り。しかも被害者はシムノン定番の、社会的成功を収めても、急に成りあがったブルジョア社会が嫌になって、自らドロップアウトしたがる男....シムノンらしさは全開。 なので、シムノンっぽい雰囲気を味わうのはオッケーなんだが、事件や展開はもう一つのところがある。被害者に元スパイの経歴があるとか、プチブル的引退生活とか、この部分があまりちゃんと話として効いていない。当初の構想から、「リバティ・バー」の自堕落だけど居心地のいいあたりに、あとでシムノンの筆がウェイトを移したとか、そういう事情があるのでは。 でも次作が第一期メグレのほぼ最終作「第一号水門」。この作品だと引退が迫って自らの進路に迷うメグレの姿が描かれるわけで、本作の「ヤル気ないメグレ」にも、実はそういう「リタイアを目前にした惑い」みたいなものがあって、それを被害者に投影しているのでは...なんて思う。実は評者もちょっと身に染みる。なので少々甘めに6点。 ちなみに被害者が放蕩の末に流れ着く「飲んべえの最後の頼みの綱」、この「リバティ・バー」の象徴のようなゲンチアナ(リンドウ科の植物の根)って、作中だと苦く「アルコールが入ってない」そうだけども、これを使ったリキュールで「スーズ」という酒がある。苦みがあって爽やか、評者は大好き。メグレも飲んでほしいなあ。 |
No.44 | 7点 | メグレと宝石泥棒- ジョルジュ・シムノン | 2021/02/14 11:47 |
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どうせならで「メグレたてつく」から連続して読む。話が続いているようなもので、「たてつく」で登場した引退したギャングとその愛人の話。このギャングは表向きの正業が繁盛して有名レストランのオーナーにまでなっているが、宝石泥棒の組織者の疑惑をメグレはずっと持ち続けていていた。でも一切しっぽをつかませないまま、襲撃を受けて半身不随。車椅子の生活で愛人のアリーヌの介護を受ける一見平穏な日々。しかし、今も起きる宝石泥棒を陰で操るのはこの男、とメグレは目星をつけていた....「たてつく」でこの元ギャングとアリーヌが意図しない鍵を握ることになったのだが、「たてつく」の解決後すぐに、この元ギャングが射殺された!
こんな話。いきなり元ギャングの射殺から始まるので、「宝石泥棒」では生きた姿は登場しない。というわけで、皆さんの低評価っぷりを見ると、やはり「たてつく」「宝石泥棒」は連続して読まないと、この元ギャングのマニュエルの、メグレとの腐れ縁に近いキャラを理解しづらくて、面白く感じにくいようだ。マニュエルは「影のボス」と言った感じの悪党なんだけど、適当にメグレとも付き合いがあるので、チンピラの情報を教えてくれたりして、メグレとも持ちつ持たれつの関係にある。で、「たてつく」ではこういう「犯罪者との癒着」とも捉えかねられないメグレの「古いデカ体質」が、官僚的な若い警視総監には嫌われていて...という背景があったのが隠し味で効いている。 シリーズで繰り返し描かれることだけど、メグレって新聞報道を介して、社会的な有名人なんだよね。だからメグレの「古いデカ体質」を嫌う人もいれば、「伝説のメグレ!」と崇拝する向きもあるわけだ。今回事件を担当する若い予審判事アンスランは「崇拝」側で、メグレと一緒にビストロに入ってランチすると妙に感動していたりするのが苦笑。メグレは河岸の自室で部下を指揮するより、こんなビストロで事件を指揮するのが、似合ってる。この「古い」メグレにふさわしく、以前からのマニュエルとの因縁を含めて「メグレのもっとも長い捜査」なんだそうである。 そういう意味で、実は「たてつく」とうまく対比もついていて、「たてつく」で積み残した話が「宝石泥棒」で決着する。この「古いメグレ」の今風の科学的・組織的な捜査とは違う、経験的で即興的な捜査がテーマになる本作、実のところ「即興の名手のシムノン」が、「たてつく」でマニュエルとアリーヌを描いたところで、方針転換して「たてつく」の話に変わった、なんて想像もしたくなるのだ。 ぜひ「たてつく」と連続して読むことを、お勧めする。 |
No.43 | 7点 | メグレたてつく- ジョルジュ・シムノン | 2021/02/13 22:33 |
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メグレ、ハニートラップにかかる?
そんな冒頭である。出勤したメグレは若僧の警視総監に呼び出される。政治家筋からメグレに苦情が来ているのだそうだ。政界有力者の姪をホテルに連れ込んだ、というのがその内容。確かに昨晩メグレは電話でおびき出されて、酔っ払った娘をホテルに送って行ったのだが...誰がメグレをハメようとしているのか? というわけでメグレは直接この件の調査をするのを禁止される。定年も近いから、メグレは地位に恋々とするようなことはないが、それでも自分をハメた狙いが分からないことには、どうにもおさまりが付かない。ごく親しい部下や、後期に登場する仲良しの医者パルドンの協力を得て、メグレは「自衛」する。その結果、意外な犯罪をメグレは掘り当てることになる....と、メグレ自身が当事者となるサスペンス、意外な真相、それにメグレが行き当たるプロセス、と後期の作品ではなかなかの秀作になると思う。 ちなみに本作の次に書かれた「メグレと宝石泥棒」は本作と前後編みたいな恰好になっているが、評者は一緒に手に入れて抜かりは、ない。「宝石泥棒」と本作で登場人物が重複して、「宝石泥棒」の冒頭で本作のネタバレを喰らうことにもなるので、ここは評者も連続して読んで楽しむことにしよう。 |
No.42 | 7点 | メグレと幽霊- ジョルジュ・シムノン | 2020/11/20 13:52 |
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評者ご贔屓のロニョン刑事が登場する巻。ただし冒頭ですでに就寝のメグレの元に、ラポワントが訪れて、ロニョンが撃たれたことを知らせて始まる...まあだから、ロニョンは事件解決まで意識不明のままなので、ロニョンが直接登場することはほとんどないのだけど、逆に本作だと最大の重要人物として、単独で誰にも捜査内容を明かさずに内偵するロニョンの屈折したキャラ、それから大した病気でもないのに病身のフリをして夫の気を引こうとするその妻との関係が描かれて、ロニョン・ファンの評者なぞ大喜び。
しかも、ロニョンが撃たれる直前に独身女性の一人住まいのアパートをずっと訪れていた...なんて事情が分かるから、「いやロニョンも隅におけないね」というミスディレクション(でもないが)。いや堅物ですって。そこもまた、いい。で、中盤からロニョンが狙っていたターゲットが浮かび上がってきて、撃たれた直後にロニョンがつぶやいた「幽霊..」という事件の真相が暴かれる。 事件真相もちょっとした隠ぺい工作もあって、素直に真相が割れるわけではなく波乱がある。評者シムノンの手持ち本はもうないので、久々のメグレになってしまったが、「メグレらしい」作品で面白い方の作品になると思う。 「私は、人間を収集してますよ....」 「人間収集家」メグレらしく、本作も「ヘンな奴ら」が多数登場。「ヘンな奴ら」が皆いとおしい。 |
No.41 | 6点 | メグレ警視のクリスマス- ジョルジュ・シムノン | 2020/03/01 21:00 |
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「溺死人の宿」は「殺し屋スタン」とか「ホテル北極星」と同じ1938年作だから、第二期に中短編中心に書いていた頃の短編。「メグレのパイプ」は「メグレ激怒する」と合本で出たものだそうなので、第三期の開幕を告げる作品になる。「メグレのクリスマス」は短編のメグレ物としてはほぼラストで、最後から2作目、とこの短編集は日本独自編集とはいいながら、節目節目の作品を集めた、という印象がある。
「溺死人の宿」を含む1938年の短編集は「メグレ夫人の恋人」「メグレの退職旅行」に相当するから、短編としては充実していたあたりからの選択、と見ていいだろう。陰鬱な話で、ややひねった真相がある。けどしょーもない男だな。 「メグレのパイプ」は、後年の「老婦人の謎」に冒頭の設定を転用しているが、あっちの殺される老婦人の方がずっと可愛げがある。こっちは息子に抑圧的なタダの嫌な老女。息子の大冒険は....あれ、「激怒する」に似たような場面がなかったっけ。合本で出てるはずだけど、いいんだろうか。でもメグレのパイプを盗んだ理由が秀逸。こういうの、ファンは大喜び。 「メグレのクリスマス」は言うまでもなくクリスマス・ストーリーで書かれたものだが、サンタクロースの訪問を本当に受けちゃった療養中の少女の話。けど、その裏には..とこの少女の複雑な家庭環境に絡むあまり後味の良くない真相がある。おめでたくはないが、メグレ夫人の母性を感じさせるところが読みどころだろうか。 個人的には「メグレのパイプ」が好きだが、それぞれのレベルは高い。 |
No.40 | 6点 | メグレと老婦人の謎- ジョルジュ・シムノン | 2020/02/17 23:03 |
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メグレは好きでも評者は後期はあまり読んでなかった...本作は最後から4作目になる。ページ数も200ページほどで短いし、事件もシンプル。
メグレにわざわざ会いに来た老婦人の訴えは、いかにもの妄想っぽいものだった。メグレは若いラポワントに老婦人の応対を任せるが、老婦人は帰宅するメグレを待ち伏せまでして訴えるのだった...自分のアパートに侵入するものがいると。メグレには老婦人が狂っているようには見えなかった。近いうちに訪問するとその場で約束したが、訪問の前にこの老婦人が殺された、という報告がメグレのもとに届いた! 老婦人の訴えを真剣に取り上げなかった負い目を抱えたメグレが、老婦人が殺された理由を追っていくのがミステリの主眼。この理由はなかなか意外で面白い。短いから登場人物はかなり少なくて、少ない人物をキャラをしっかり立てて書いている。戦後のメグレは完全に「サザエさん時空」に入っているわけで、この70年代の最終期の作品でさえも、ラポワントはいつまでもいつまでも若僧のままで、メグレに叱られっぱなし。でも老婦人の姪の子はバンドマンで、 見物するというよりも、聞くために。というのは、三人のバンドマンがオーケストラと同じような大きな音をたてていたからだ。ギターを弾いているのがビリーだった。あとはドラムにコントラバスだ。バンドマンは三人とも長髪で、黒いビロードのズボンにばら色のシャツだった。 と、ヒッピーがたむろするカフェで演奏するのをメグレは見る。スリーピースのロックバンドだろ、これ(たぶんベース→コントラバスで誤訳)。「イギリス人は上手い」なんて言ってるよ(苦笑)。どのバンドのことかしら。ヒッピー華やかりし頃、メグレにだって時代は反映している。 |
No.39 | 6点 | メグレ、ニューヨークへ行く- ジョルジュ・シムノン | 2020/01/18 21:17 |
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退職後のメグレ。父に対する漠然とした危機の雰囲気を捉えた息子の依頼で、メグレはニューヨークに旅することになった。ニューヨークに到着したら、息子は姿を消すし、その父と面会したメグレはけんもほろろの扱いを受ける...依頼主をなくしたメグレは、ニューヨークという「場違いな場所」を漂流する...そんな雰囲気の話。
まあとはいえ、この父というのもフランスからの移民で、過去の事件が蔭を落としている背景もある。だから必ずしも場違い、というほどでもないのだが、なかなか話の焦点が絞れてこないので、五里霧中の中を、それでもメグレは動揺せずに歩み続ける。 キャラとしては泣き上戸の探偵デクスターとか、老芸人たち、不良新聞記者など、ニューヨークにもシムノンっぽい登場人物はいるものである。最後にメグレが国際電話を一本かけて事件の真相を暴く、なんて演出も結構。この電話にもなかなかの味がある。 |