皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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クリスティ再読さん |
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平均点: 6.40点 | 書評数: 1312件 |
No.1032 | 6点 | 消え失せた密画- エーリヒ・ケストナー | 2022/09/01 09:50 |
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戦前の昔からとくに児童向けで親しまれてきているケストナー。「エミールと探偵たち」そのうちやろうかしら。どストライクの作家じゃん。創元でも怪奇・冒険カテで大人向けが3作品。本作と「雪の中の三人男」「一杯の珈琲から」。
のんきなスパイ小説みたいなノリで、サイレント喜劇を見ているかのような、おおざっぱな「身振り」が楽しい小説。悪役はマンガの悪役らしくトボケた感じでかわいい。ジブリで映画化すれば...という評もあるようだが、ハンナ・バーベラの芸風みたいに感じる。「今日もダメなのよ~」ってね。 内容はお人よしのソーセージ屋キュルツが、中年の危機、でプチ家出をした先のコペンハーゲンで、ホルバイン作のアン・ブーリンの肖像を描いた密画(ミニチュア絵画)の争奪戦に巻き込まれる話。主人公は気のいいオッサンなのがナイス。本物と偽物でいろいろ小細工があって、ミステリ的な興味もわりとある。 でもホルバイン、というからにはこの密画の肖像、色っぽいんじゃないかと思うよ。評者もしっかり読後にはソーセージを頂きました。そんな小説。 |
No.1031 | 6点 | メグレ警視と生死不明の男- ジョルジュ・シムノン | 2022/08/27 22:37 |
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中期メグレで一番脂が乗った時期の長編だから、なんやかんや言って面白い。でも河出でもハヤカワでも創元でもなくて、講談社から出たこともあるのか、Wikipedia のシムノンの著作リストが本作を落としていたりする。ギャバン主演で「メグレ赤い灯を見る」として映画化されたことで別途版権を取得したとかそういう事情があるんだろうね。アメリカから来てパリで傍若無人に振る舞うマフィアと、メグレ率いる司法警察の面々が対決する話だから、極めて映画向きな話。映画のあらすじを読むと、ベースは同じだけど背景をやや膨らませているような印象がある。原作の方が駆け足。
前半は評者もご贔屓ロニョンくんが活躍する。悪妻ロニョン夫人もしっかり登場。でもロニョンくん、ギャングたちに拉致されて...と刑事とは知らなかったにせよ、そこまでするの?というアメリカのギャングのやり口に、さすがのメグレも激怒。事情を少し知るらしいイタリア料理店主に「あいつらプロだから」と、見下されたような忠告をされたりするから、メグレも収まらないよ。 ストーリーラインはこの時期にしてはシンプルで、とくに紆余曲折はないんだけども、逆にアメリカンなスピード感が良く出ていて、リーダビリティの良さではメグレの中でも随分高いのでは。文庫は入手難なこともあって電子書籍で今回読んだわけだけど、全然気にならないくらいに話に引き込まれた。 クライマックスなんてね、メグレとリュカとトランスの三人でギャングのアジトに押し入るなんて荒事もあり。アメリカン・テイストのメグレ。 |
No.1030 | 7点 | 検死審問 インクエスト- パーシヴァル・ワイルド | 2022/08/26 21:46 |
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何か楽しい作品。けど裁判モノとして見たらかなりヘンテコな珍味。証人たちは言いたい放題!質問禁止の独演会とか、こんなインクエストがあるのかしら(苦笑)
だからあくまでも「この人こういう人」という証言が、あくまで「この人から見たときは」という限定された視点での人物評価に過ぎない、というあたりをうまく使っていることになる。人物の性格が結構ミスリードされまくりで、そのあわいにうまく真相が隠されているわけだ。ユーモアがミスディレクションとしてうまく働く好例じゃないのかな。 けど、「自分が殺されたら、犯人はコイツだ!」という遺書とか、調書の中で隠れ聞きする人を指示するとか、掟破りの叙述が続出。メタ小説みたいな味わいがあって、そこらへんやんちゃな面白さがある。 |
No.1029 | 6点 | 悪霊- フョードル・ドストエフスキー | 2022/08/26 11:16 |
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本サイトでドストエフスキー扱うのって、妙な教養主義みたいなカラーが出がちなので、評者もちょっと考えちゃう。そんな嫌味が出ないように頑張ろう。
一応本作、殺人事件が2件ほどあるわけで、「罪と罰」「カラマーゾフ」を扱っていいなら、当然オッケーの作品である。もちろんドストエフスキーの独特の宗教観がベースにあって、過激な思想を抱いた人々がそれぞれの思惑で陰謀を企み、またそれに翻弄される作品であるのだから、一種の「思想小説」みたいに読むのが普通(埴谷雄高「死霊」が本作の影響を強く受けている)なんだけども、いや、どっちか言うと作者の目がそういう「思想に振り回される人々」に対してちょっと引いていて冷淡と言っていいくらいの視点である、というのを軸にした方がいいんじゃないか。 実際、この作品の主人公はスタヴローギンというよりも、ピョートルである。まさに「悪霊」に憑りつかれて平和な地方都市を大混乱に陥れ、多くの人々の運命を捻じ曲げたのは、一切の価値を拒絶するニヒリズムの「政治的詐欺師」のピョートルなのである。ピョートルと言えば一番印象的な場面は、陰謀家たちの秘密集会で観念的な過激主義をブツ一同を目にして、 「爪を切るのを忘れていたんです。三日前から切ろうと思っていて」長くのびた汚い爪をのんびりと眺めながら、彼は答えた と宣うような、冷笑的なマキャベリズムなんだよね。陰謀を企みそれを一手に収めながらも、陰謀自体を信じずそれを嘲笑する「スパイの心性」みたなものが、このピョートルの肖像に強く表れていて、その悪党っぷりと比較すれば、ピョートルにいいように操られる「思想家」たちなどというものは、現実から浮き上がった極楽トンボどもなのである。言いかえるならば手もなく死の床で回心してしまう、ピョートルの父、無力なインテリでしかないステパンの同類なのだ。 それに比べたら、ピョートルが担ぎ上げようとする超人スタヴローギンだって、挫折したイエス、というか磔刑にマゾヒスティックな喜びを覚えて、自ら醜悪な罪に溺れる聖者といったものでしかない。ニヒリズムも信じないニヒリズムといえばそうだろうか? だからこそ、ピョートル一味の行為は最初から「何かを成し遂げる」ものではなくて、「破壊のための破壊」といったニヒリスティックなものでしかないわけだ。 ヘンな熱に浮かされたように、漠然とした空気に流されて、自ら嬉々として社会を破壊する「奇怪な祝典」に人々は取り込まれてしまうものか! というわけで、この作品が描き出す世界がいかに悲惨であり、その理屈に宗教やら哲学が捏ねられていたとしても、この作品の基調は「喜劇」である。まさに現実から遊離したインテリたちの「喜劇」として、読まれるべきなんだと、思っているよ。 |
No.1028 | 7点 | 暗い鏡の中に- ヘレン・マクロイ | 2022/08/21 09:16 |
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マクロイという作家の立ち位置って結構ややこしい。今回久々に本作を読んだわけだけど、昔ってアメリカのサスペンス派の代表作みたいな扱いを受けてたわけだ。でも最近は本格マニアの間での人気の高い作家に化けてしまった...そういうあたりを本作に即して考えてみたいとも思う。
本作のテーマのドッペルゲンガーって、パズラーのネタとすると合理的な解釈がかなり限られるから、そこでの驚きを追求できるわけではない。だからこそ最後の直接対決で精緻に犯人の行動を再構成していくわけで、そういう精緻さがパズラーマニアにとってのポイントになるんだろう。 とはいえ、単純に「カー風の怪奇趣味」というのもどうか。カーって語り口は上手だが、古いミステリの類型的な展開で一本調子でつまらない。そんなあたりを踏襲するいわれはないから、叙述の視点変化・場面転換や描写を改善した結果、サスペンスに近づいてくる。アメリカのパズラー、という面で言えば「ワイルダー一家の失踪」とかああいったアメリカ新本格の傾向に寄せつつも、小説的な充実感によって「小手先の工夫」という印象をなくした作品、という風に見るのがいいのではないか。 まあもちろん真相が「そんなにうまくいくかよ!」はあるんだけども、それは小説のお約束。咎めても仕方がない。それよりも理不尽な現象とそれによる迫害に悩まされるフォスティーナの苦悩を軸に、姉御肌のギゼラや奔放なアリス、堅物のライトフット校長などの女性キャラに生彩があって、面白い小説になっているのを買うべきだろう。 また女性作家らしく女性のファッションへの観察が行き届いているのがとくに本作では「ミステリとしてのリアリティ」に繋がっているとも思う。 |
No.1027 | 5点 | 黒衣婦人の香り- ガストン・ルルー | 2022/08/18 15:47 |
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さて問題の作品。弾十六さんに「やれやれ!」と促されたこともあって、取り上げましょう。実は半月ほど所用で海外に行っていて、それが全然本の読めない旅行だったこともあり、読むのに二週間もかかってしまった。でもね、この本そのくらいのペースがいいんじゃないかと思う。
要するに首尾一貫したミステリを期待したら本作、本当に読みどころがない。でもね、今までの評者さんの中で私が最高の点をつけることになるのは、そういう「ゆったりとした十九世紀浪漫」の味わいが何となく気に入ってるあたり。 いやミステリだと思わずに、ヒーロー小説だと思うと、ルーレタビーユ、やたらな勿体つけ名探偵ぶりでこれがカッコいい。しかも第三者的名探偵ではなくて、自身の出生の秘密やら、孤児から新聞記者になるまでのエピソードやら、なかなか悲劇性、というあたりでは盛り上がるのだ。ベタと言えばベタ、でもこれが荘重なブンガク味で語られちゃうと、ベタが目立たなくて、大仰で読みづらいけども「…浪漫!」という雰囲気は盛り上がる。 おお、そうだ! 彼だ! 大フ〇〇〇だ。小舟は静かに、不動の立像を乗せたまま、城砦の周りを進む。今、四角な塔の窓の下をとおっている。それから、へさきをガリバルディ岬のほうへ、ロシェ・ルージュの石切り場のほうへ向ける。そして男は、腕を組み、顔を塔のほうへむけて、あいかわらず立っている。さながら夜の敷居に立った悪魔の幽霊だ。夜はゆっくり陰険にうしろから彼に近より、軽い薄布で彼を包み、運んでいく。 いやね、こんなテンション。たとえば「赤毛のレドメイン家」を評者が好きなのと同じように、オペラチックなほどの過剰な浪漫のカラーが、妙に心地いい。 まあでもそんな読者は今時評者くらいだろう。当然「黄色い部屋」を読んでから読むのがお約束。不可能興味2発を期待してはいけなくて、「黄色い部屋」マイナス推理、といった感覚だけども、防御側に回ったルーレタビーユが一同を指揮して防衛線を作り上げるあたりに、冒険小説風の味わいがあるのも確か。 (思うけど、意外に本作って乱歩通俗ミステリへの影響が強いのかな? 設定やらテンションに共通するものを感じる) |
No.1026 | 6点 | 地獄の家- リチャード・マシスン | 2022/07/26 21:52 |
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吸血鬼モノの「血の末裔」がナイスだったし、マシスンやろうか。「地球最後の男」もやりたいし。
映画「ヘルハウス」は大好き!美しいホラーとしては「サスペリア」と双璧じゃないかしら。モダンな美意識が発揮された「サスペリア」に対して、こっちは王道のゴシックをセンス良く演出したうまさが光る。構図のキメ方やら広角レンズの効果やら評者は総ツボ。シネフィル好みの一作であることは間違いなくて昔から「信者」がついている作品。でもショッカーじゃなくて怖くないから、イマドキはウケづらいかな。 「幽霊屋敷のエベレスト」ベラスコ邸に挑む超心理学者夫妻・女性霊能者・前回探検隊の唯一の生き残りの4人組のアタック話である。映画は結構原作に忠実。原作でのヘルハウスのしつこいエロ攻撃は映画にしたら「成人向け」になっちゃうから、ほどほどに自粛したようだ(でもロリ系のパメラ・フランクリンがエロい)。ヘルハウスが四人組に仕掛ける罠に知恵比べみたいな側面があるから、その妙味は小説の方が伝わりやすいかな。ヘルハウスの呪いの正体とその除霊方法の探求に、ちょっとしたSFミステリ風の味わいがある。ダイイング・メッセージと言えばなるほど、そう。超心理学やらエクトプラズムやら「クラシックな心霊ホラー」のギミックいろいろ。 結論としてはエロをカットした映画の方がテンポがいい。沼に落とす手口を小説は何回も繰り返すあたり冗長。前回の探検隊唯一の生き残りのフィッシャーは、映画(ロディ・マクドウォール)はオタクっぽいけど、原作の方がしっかりした感じ。映画の原題が「The Legend of Hell House」なのに、原作はシンプルに「Hell House」。これが何となく不思議。「ヘルハウスの伝説」の方がカッコいい。 |
No.1025 | 6点 | 黒衣の花嫁- コーネル・ウールリッチ | 2022/07/26 13:15 |
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本当は映画を観たかったのだが、今簡単に見るのは難しいようだ。トリュフォーなんだけどもねえ。昔ゴダールやルイ・マルは熱心に観たけど、トリュフォーって肌が合わなくてね。まあそれでもYouTubeに上がっている予告編とかは鑑賞。脚フェチ映画。英語版予告編は動機が最初からネタバレしている。
小説はもちろん読みやすく、スタイリッシュな構成が光る作品。 で、なんだけども、評者は本作は淡白だと思う。同工異曲の「喪服」がこってりしたウールリッチ節を聞かせるのに対して、こっちはミステリ処女作。まだ「泣き」が全開じゃない。ひねりがない「喪服」に対して、こっちはひねりがあるわけで、「喪服」よりこっちがミステリファン受けがいいと思うんだが、どうだろうか。 要するに評者、ひねりが気にいってない。復讐というものの燃焼感がはぐらかされたような印象。「喪服」はこれでもか!なウールリッチ節でそれがうっとおしいことが多いのだけども、本作は無難な線でまとめたような印象。ウールリッチに伏線の整合性とかあまり求めちゃいけないけどもね(「幻の女」だって無理筋だと思うよ)。 というかさあ、やはり事件を追う刑事と犯人との間での心情的な交流(というか恋愛感情の一種)、というあたりがあれば泣かされるのだが、そういうのも目立たないし、ひねりのせいでこれが実現しづらい。 そんな印象。ウールリッチってどの作品もそれなりに傷があるからね。 |
No.1024 | 6点 | 野性の花嫁- コーネル・ウールリッチ | 2022/07/25 16:14 |
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ウールリッチのトンデモで一種の有名作。たとえば「夜は千の目をもつ」が強いていえばゴシックホラーだったりするのと同様に、本作もホラーの一種で捉えるのがいいと思う。前半の抑えた二重人格モノと、後半の蛮人コナン風の冒険ホラーと、タイプの違うホラーが二つ入っている、という感覚。
ほんと救われない小説。後味が悪いのは通例だけど、ウールリッチでも屈指じゃないかしら。訳題の都合でもあるけども「黒衣の花嫁」とタイトルが似ている....「死者との結婚」もあるし、結婚がテーマな「聖アンセルム」もあり、ウールリッチって「結婚」に妙に取り憑かれた作家だった、と見るのもいいのかも。としてみれば本作も市民的な「結婚」がいつのまにか血まみれな「聖婚」に化けてしまう話、と思ったら実にホラー。ウールリッチの「結婚」って幸せ度がゼロ? まあでもウールリッチ一流の美文は衰えてない。結構堪能できる。 一日々々が、二十四もの環からなる鎖で作られた手錠のように、二人を幽閉し続けた 見知らぬ街でなすこともなく過ごす新婚夫婦の描写....まあ、ウールリッチ、若い頃の結婚は速攻で破綻した人だしね。 |
No.1023 | 7点 | 真紅の法悦- アンソロジー(国内編集者) | 2022/07/24 16:39 |
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教祖平井呈一とチルドレン、といえば荒俣宏やら紀田順一郎となるわけだが、それに種村季弘のエッセイ「吸血鬼小説考」、吸血鬼に造詣の深い仁賀克雄...とオールスターによる吸血鬼アンソロ。この「怪奇幻想の文学」のシリーズ自体、ちょっと伝説的と言っていいくらいの幻想文学の金字塔となったシリーズなのだが、その第一弾。シリーズ自体の狙いは「オトラント城奇譚」の初訳にあったようだが、この本には吸血鬼小説の本家であるポリドリの「吸血鬼」、平井の名訳で今も創元にある「カーミラ」などなど収録。
ポリドリの「吸血鬼」って「バイロン真似っこ」とか意外に軽んじられている小説、というイメージがあるけども、いや悪くない。ルスヴン卿の両刀使いっぷりがなかなかナイス。要するに吸血鬼ってさあ「性的逸脱」をモンスター化したようなところがあるからね。実際、このポリドリの作品が、バイロン卿の乱行っぷりを当てつけたように読まれたらしい(種村の序文によるとね)。 E.F.ベンソンの「塔の中の部屋」はだんだん実現していく夢の話。雰囲気結構。前半はイギリス中心で、イギリスの吸血鬼小説はオーソドックスなゴシック小説のカラーが強いものが多い。後半はアメリカ物だが、こっちはSF作家が書いているケースが多いようだ。だから突飛な発想や仕掛けを楽しむのがいい。ウェルマンの「月のさやけき夜」はポオを主人公にして「早すぎた埋葬」から始めて怪異譚の中で「黒猫」のアイデアを思いつく話(苦笑)。で...だけど吸血鬼モノが得意のマシスン「血の末裔」。これね〜子供の頃読んでガチ怖かった記憶があるからぜひ取り上げたかったんだ。 ぼくは大きくなったら吸血鬼になりたい。ぼくは永遠の生命をえて、みんなに復讐をし、女の子を吸血鬼にするんだ。死の匂いを嗅ぎたいんだ と学校で作文を発表する少年、ジュールスの話。泣ける。というか、怪奇小説というものが、実は怪奇小説の愛読者というものを扱った一種の「読者論」になっているという性格(ラグクラフトなら「アウトサイダー」とか「インスマスの影」)が覗くと、実に味わいが深くなる。怪異に魅了されるのは、犠牲者も読者も同じことなのだ。 |
No.1022 | 7点 | 三銃士- アレクサンドル・デュマ | 2022/07/23 15:37 |
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デュマは登録だけあって、誰もやってないんだ....うん、じゃあやろう。もちろん、20世紀に至るまでエンタメでは影響力絶大の小説。
いわゆる「三銃士」は三部構成、邦訳11冊にもなる大河ドラマで、全体の通称としては「ダルタニャン物語」の方がいいだろう。第一部が「三銃士」で、邦訳は「友を選ばば三銃士」「妖婦ミレディーの秘密」の2冊になる。 ガスコン出身の若者ダルタニャンが華のパリに出てきて、マスケット銃で武装した近衛隊のマスケット銃士の三人組、アトス・ポルトス・アラミスと意気投合し、銃士隊長のトレヴィル殿に目をかけられ、不運な王妃アンヌ・ドーリッシュの肩を持って、陰険な宰相リシュリューの鼻を明かす明朗快活な冒険小説...というのが、パブリック・イメージなんだけども、実は結構、違う。 マトモに歴史小説の部分も強いから、敵役リシュリューも清濁併せのむ大物だし、三銃士が味方する王妃アンヌの恋人バッキンガム公爵はフランスの内乱に介入するイギリスの宰相だから、敵方といえば敵方でもある。三銃士とダルタニャンはもちろん、フランスの宗教戦争に絡んでイギリスが介入するラ・ロシェル包囲戦で手柄を立ててダルタニャンも晴れて正式に銃士の仲間入り.... 意外なくらいに善玉・悪玉のはっきりしない小説なのである。実はダルタニャン自身も結構な策略家であり、平気で敵を騙す。若いのに目端が利いて、食えない男なのである。三銃士も明朗快活なのはポルトスだけで、アトスは冷静沈着だが秘められた過去からニヒルなキャラ、アラミスは根暗タイプでホントは修道院に入りたがっている....で、この三銃士とダルタニャンは友情で結ばれながらも、第二部・第三部ではそれぞれ敵味方に分かれて戦うことになる。 さらにこの第一部で一番印象的なキャラクターはダルタニャンとアトスの宿敵である妖婦ミレディー。リシュリューの手先ではあるのだが、有能なスパイで口先三寸で人を騙し、人殺しを何とも思わぬ女。ゆく先々で死体がゴロゴロ...というとんでもない悪女。しかし、今の視点で見たら、実はこのミレディーが一番ウケるキャラかも?なんて思わせるくらいに、悪のカリスマ的な生彩があるんだよね。このミレディーが「恥をかかされた」と復讐の念でダルタニャンの命を狙い、さらにアトスとも深い因縁、さらにイギリス側で交友を持つウィンター卿とも因縁が....でも、フランスの軍事的なピンチをリシュリューの命を受けたミレディーが救っていたりする。 なので、読後けっこうモヤモヤする小説でもある。三銃士たちが敵味方に分かれる第二部・第三部もそうなんじゃないのかしら。 このシリーズ、気長にやっていきましょう。鉄仮面で有名な第三部なんて文庫本6冊だよ~ |
No.1021 | 6点 | 果された期待- ミッキー・スピレイン | 2022/07/19 14:18 |
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人並さん同様、評者も都筑道夫による「初期スピレインでベスト」という評が気になって、本作。主人公の記憶喪失、それから因縁の謎を解くために舞い戻ってきた男...というと、意外にアーチャー以前のロスマク「青いジャングル」とか「三つの道」みたいなところがある。マイク・ハマーじゃないのは、ちゃんとした理由があるわけである。
スピレインだもの、確変前のロスマクよりも達者なのは当然。主人公の記憶喪失と、瓜二つの男、そして以前とキャラが違う...といったあたりをうまく操って、主人公がジョニーなのかジョージなのか本人も分からなくなる、という大技が、ニューロチックな味わいになっていて、いやこれ評者真相なんて、どっちでもいいんじゃないかな、なんて思って読んでた。 スピレインというと、エッチなシーンでの描写が冴えるんだよね〜いやこれ、今回も堪能。さらにクライマックスの主人公のピンチ、ここでの血とエロの二重奏がなかなか、いい。人並さんはあまりお気に召されなかったようだけど、評者は本作のオチはけっこう、好き。王道じゃん。 結構ごたごたしているから、トータルの出来はすごくいい、というほどでもないのだけども、それでも「スピレイン、侮れない」というあたりが窺える一作。訳が古いのはまあこんなものだけども、「ウンニャ」には苦笑... |
No.1020 | 6点 | 明日よ、さらば- ミッキー・スピレイン | 2022/07/15 14:56 |
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ポケミスの本書には表題作と「性と復讐」の2作の短編が収録されている。両方とも創元の「スピレーン傑作集」に収録があるから、わざわざ本書なんて読む理由がない、といえばそうなんだけどもね。
たった2短編しか収録されていない本だからこそ、好事家的な価値があったりする。本書が要するにポケミスの最薄本、最終ノンブルは92。100ページに満たないという特異な本だったりする。厚い方は「コナン・ドイル」がレコードを作って以来、破られっぱなし(版組も変わったし)だが、この薄さのレコードを破るのは商業的に至難である。だって定価100円(1957年)だよ~ これには理由もあって、スピレイン旋風が吹き荒れてマイク・ハマー6作(+「果たされた期待」)が売れに売れまくった後、突如スピレインは沈黙してしまい、3年の沈黙ののちにキャヴァリエ誌に掲載されたのがこの短編2作で、久々の新作、ということでハヤカワが飛びついて版権取得。2作だけでも出版しなきゃ...という事情のようである。 「明日よ、さらば」は銀行強盗一味の人質になった主人公・保安官たちと、強盗一味との闘争を描いた作品。一団に押しかけれられた老人がイイ味だしているとか、クライマックスを冒頭に持ってきて興味を引っ張る書き方とか、スピレインらしい「技アリ」感のある小説。テクニカルには上手な人だ、というのが無視されがちなのが、評者とか不満なんだけどもね。 「性と復讐」は 淫売婦は、決して世間に背を向けちゃいないわ。むしろ、それを胸に抱きしめすぎるんだわ と語る高級娼婦の自分語り。スケッチとしてはなかなか興味深いもの。 まあだから、薄いとはいえ面白いのは確か。それに加えて都筑道夫の「スピレインとその周辺」という解説が、結構よく参照されるスピレイン論として有名。「彼の小説ぜんたいを支配しているモラルは、いやになるほど健全だ」というのはまさにそうだし、スピレインの「作品は立派に探偵小説になっている」。またスピレイン流の作家としてビル・ピーターズ(マッギヴァーン)、エドガー・ボックス(ゴア・ヴィダル)に注目しているあたり、さすがなもの。 薄いけど、それなりの充実感はある。 |
No.1019 | 8点 | 新しい人生- ジョルジュ・シムノン | 2022/07/15 09:39 |
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集英社の12巻のシムノン選集はメグレ以外のシムノンをまとまって紹介した最初のシリーズなので、評者は全作品やるつもりである。もう残りは本作と「妻のための嘘」の2冊。このシリーズ、ミステリ的な色彩が強いものもあれば、全然ミステリじゃないものもあって、シムノンの幅の広さを窺える。本作は...まあタイトルから察しもつくけども、「ビセートルの環」と並ぶ「非ミステリ」の傑作である。
食品会社の会計係デュドンは、会社の金を誤魔化して週一で通う娼家の帰りに交通事故に遭った。デュドンを跳ねたのは大手の葡萄酒メーカーの経営者で市議会の有力者のラクロワ・ジベだった。この事故でデュドンの人生は一変する。ジベの手配で高級私立病院に入院し、至れり尽くせりの看護をしたのが、魅力的な看護婦のアンヌ・マリー。退院したデュドンはアンヌ・マリーと結婚し、ジベの会社で働くことになる。その会社でデュドンは意外な才能を発揮して重用されるのだが.... とこうやって梗概をまとめると、シムノンらしからぬ「ドリーム小説」みたいだ(苦笑)ウダツの上がらぬ主人公が、交通事故をきっかけに「新しい人生」、美女と社会的地位を手に入れる話....いやいや、それでもこの小説のテーマは「罪」だったりする。シムノンだもの。そして原題のニュアンスも「新しいがごときの人生」で、ずっとビミョー感がある。 デュドンが会社の金を横領して娼家に通ったのも、「罪」を通じてしか人生を実感できない人間であることの証だったわけだ。「罪」を犯さなくてもやっていける「新しい人生」に放り込まれる、という予想外の出来事に遭遇しても、「罪」を抱えたデュドンはまたさらに自ら「罪」を求める衝動を抑えれない...そういうカトリック的なテーマが主題なのだけども、実のところこういうキャラクターは、たとえば「男の首」のラディックやら「雪は汚れていた」のフランクと共通する。ラディックやらフランクのヒロイックな部分を排除して、小市民の立場で改めて造型しなおしたのがこのデュドン、というだ。 だから、このデュドン、「罪」に対する強い感受性があるために、他人の罪に対しても鋭敏なのである。それが実はシムノンの「名探偵の資質」だ、とも読める。メグレの方法論を示唆するのも重要だろう。 本作は、ロマンの味わいがないと成立しないエンタメではない。だからこそ、本格小説として「小市民的立場での罪」、新しいようで「新しくない人生」が延々と続いていくことでしか、デュドネの「罪」は贖えない。ミステリなら解決があるが、人生には解決はない。 それもまたシムノンらしい。シムノンだもの、は「人間だもの」ということでもある。 |
No.1018 | 6点 | ドラキュラ紀元- キム・ニューマン | 2022/07/09 10:13 |
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ヴァン・ヘルシングに勝利したヴラド・ツェペッシュ(ドラキュラ)は、ヴィクトリア女王の配偶者として「プリンス・コンソート」と呼ばれイギリスを支配下に置いた....そして吸血鬼と人間(ウォーム)が共存する社会が実現した。その治世のもとで、吸血鬼の娼婦ばかりが惨殺される事件(現実のジャック・ザ・リッパーを踏襲)が起きる。旧体制の隠れた司令塔だったディオゲネス・クラブの腕利き諜報員ボウルガードはジャック・ザ・リッパーの追跡を命じられるが、その中で吸血鬼の少女ジュヌヴィエーヌと知り合う....
最初からバラしているので、一種の倒叙なのだけども、ジャック・ザ・リッパーの正体は、ストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」に登場するセワード医師。ドラキュラに歯向かった罪を問われずに、貧民街の福祉施設で勤務している。ルーシーを巡ってゴダルミング卿と張り合うが、そのゴダルミング卿は吸血鬼になって首相のルスヴン卿の秘書をしている。 こんな感じの小説。古今の吸血鬼小説や映画に登場した人物とヴィクトリア朝の有名人、ヴィクトリア朝を舞台とする小説のキャラが総登場の壮大な「二次創作」みたいなもの。マイクロフトはかろうじて公職にいて主人公のボウルガードの上司だが、ホームズは強制収容所。ミステリで言えばモリアーティ教授やらモラン大佐やらフーマンチューやら紳士強盗ラッフルズやら皆々吸血鬼化している。オスカー・ワイルドは吸血鬼化するが同性愛嫌いのドラキュラの忌憚に逢うけど、詩人のスウィンバーンはマゾで人間(ウォーム)のまま。 そんな設定で人間と吸血鬼が共存しているが、ドラキュラが事実上の国王なので「吸血鬼にならないと役人の出世は不可」とか、そういう規則を定めようとしている。十字架やキリスト教に弱い、というのはタダの迷信とされ、悪霊めいた超自然の存在というよりも「生物的な状態の移行」という感覚。ただの出世主義や金儲けのために吸血鬼化するのが変じゃないような世の中。主人公のボウルガードの婚約者ペネロピは、仕事の鬼のボウルガードに愛想をつかして吸血鬼のゴダルミング卿と浮気して自分から積極的に吸血鬼化する。そんなノリ。 だからとても人間臭いし、吸血鬼の血統(ドラキュラの血統か、他の吸血鬼の血統か)、世代(最近吸血鬼になった者と、昔から吸血鬼であった者)の間での差別やら反感やら、いろいろある。ヒロインのジュヌヴィエーヌはドラキュラと別系統でしかもドラキュラより年上、だからドラキュラの政治に強く批判的。 まあだから、本作の吸血鬼、というのがどちらか言えば、イギリスの貴族制度やら国教会主義のパロディに見えるようなところもある。吸血鬼になりたがる人々の傾向は、貴族のような特権階級や闇のヒーローたち、それに娼婦やルンペンと、インテリや性的に放埓な人々...そんなニュアンスがあって、小市民的な価値観とそうでない人々で何となくの線引きがされているのかな。 話の展開や描写や雰囲気よりも、パノラマ的な面白さで引っ張っていく物量主義。ネタ元の知識がないとかなり読みづらいと思う。悪くはないが、1作でお腹いっぱい。まあ、いいか。 |
No.1017 | 5点 | 殺人者と恐喝者- カーター・ディクスン | 2022/07/07 21:57 |
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なぜか手元に別冊宝石63号があって、これに「この眼で見たんだ」「一角獣殺人事件」「盲目の理髪師(後編)」が収録されている。20世紀だったらレアで楽しい本だったけどもね...
で新訳とちょっと読み比べ。「この眼で見たんだ」は本作の原題が Seeing is Believing (百聞は一見に如かず)の訳題としては「殺人者と恐喝者」よりもナイスな気はするんだ。訳者は長谷川修二なので、創元の旧版と同じものだろう。とくに抄訳とかそういうことはない。 旧訳はHMの自称も「乃公」だし、あれも「不精〇〇〇」だったりする。そういうあたりに味がある。 作品的には HOW で興味を引っ張って...なのにどれも腰砕け感のある詰まらない方法。種明かしされてガッカリする、という悪い意味で「手品的」。例の反転の真相もそう魅力的とは思えないなあ..叙述トリックと言えばそうかもしれないけども、やや不手際。客観描写にしたことで、アンフェアにしかならないわけだ。ヴィッキーの一人称で描いたらサスペンスもあって良かったのでは。 この時期、HMのキャラ小説化が進んでいる印象がある。そのせいで読みやすい。 どうでもいいお楽しみ。スコットランド弁の医者のセリフ(12章末尾)。 (旧訳)「何や!薬のいりそうな坊(ぼん)がいるやないか!これ、坊、しつかりしいや!そないな―」「死んだんですか?」「何いうてんねん!」 (新訳)「このぼうず、薬がいるような顔してるじゃねぇか!しっかりしねぇか。おめぇは―」「あの人は死んだんですか?」「なに言ってやんでぇ!」 大阪弁から江戸弁に訳が変わった!(苦笑) |
No.1016 | 5点 | メグレと運河の殺人- ジョルジュ・シムノン | 2022/07/06 19:19 |
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初期作。シムノンというと海や船の話が多い作家なのだけども、これは運河に暮らす川船の話。戦前だから、すべての船にエンジンがついているわけじゃなくて、内陸河川だと閘門を超えるのに馬を併用する船も多い、というのが物珍しいあたり。そういう「川の民」の生活を描きつつ、ヨット暮らしの放浪者といったイギリス人の引退者(大佐)が対比される。
メグレ物だから、殺人事件があるわけだが、それはまあメグレがそういう「川に生きる人たち」の生活を覗き込むためのきっかけみたいなもの。ミステリはあまり期待すべきではない....けどもさあ、真相(というか話)はかなり無理あるように感じる。 それでも、場面場面の描き方は本当に感心する。初期は客観描写が多くて、中期以降のようにメグレの内面はほとんど描かない。だから映画みたいなタイトな描写の美しさを感じる。場面を絵として想像すると本当に美しさが際立つ作品なんだけど、話は結構ヘン、というか「こんなのアリ?」というくらいにバランスがおかしい。まあ映画で言えば「かくも長き不在」なんだどもね。ああいった庶民の生活の哀歓を、冴えたモノクロの映像美で描いた小説。 |
No.1015 | 7点 | 世界短編傑作集4- アンソロジー(国内編集者) | 2022/07/05 23:27 |
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この巻の目玉は何といっても「オッタ―モール氏の手」。意外な犯人とか言っていると実はこの作品の本当の怖さを見逃すのでは?なんて感じる。いやこの話だったら「誰もが連続絞殺魔でもありうる」し、自分はそうでないと思っていても、そうなる時にはどうしようもない...そんなタイプの怖さなんだよ。そして、動機が全くない殺人というものが、
自分たちが生活している平和な社会をささえる柱が、じつは、だれでもへし折ることのできる藁にすぎなかったということを、彼らは悟りはじめた。 いや、実に作者よく分かってる。この人間というものの、社会というのものの「危うさ」が主題なんだと思ってる。大傑作。 で、この巻の収録が1927年-33年、ということで、たとえばヘミングウェイの「殺人者」やハメットの「スペードという男」、チャータリスの「いかさま賭博」といったハードボイルド系作品も登場することになる。1920年代は「本格黄金期」という「本格史観」というのは、単なるイデオロギーでしかなくて、ホームズ・ライヴァルも黄金期本格もハードボイルドもすべて同時に起きているのが1920年代というもの。そういう実相を乱歩編のアンソロでさえちゃんと示しているわけだ。 どちらかいえば「信・望・愛」もハードボイルド寄りのクライム・ノヴェルと見るのがいいんだろう。因果話みたいなものだが、皮肉で非情な成り行きが面白い。ニューメキシコ州が舞台で、ペキンパーの世界みたいなものだ。好きな人が意外に多い... (あれ、面白い。誰もクイーン御大の作品に触れていない!) |
No.1014 | 6点 | アンドロメダ病原体- マイクル・クライトン | 2022/07/04 23:48 |
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宇宙空間から微生物を回収して、それを生物兵器に転用する米軍の秘密の作戦「スクープ計画」で打ち上げられた人工衛星スクープ7号が、事故で衛星軌道から落下して、ついにはネヴァダ州の寒村の外れに墜落した...しかし衛星の回収に向かった軍人が連絡を絶った! 偵察機による偵察によると、その村人のほぼすべてが絶命しているらしい。「地球外生物がもたらされた場合、その生物を調査・分析して地球上での伝播を防ぐ」ことを目的に定められた「ワイルドファイア計画」が発動されて、ストーン博士以下4人の科学者がその対策のために結集した!血液を血管内で凝固させて即死に至らせる「アンドロメダ病原体」の正体を暴き、有効な対策を見つけてその蔓延を防ぐことができるのか?
映画にもなったマイケル・クライトンの出世作。というか、「ジュラシック・パーク」より前なら本作が代表作だった時期もあるんだよ。 クライトンと言えば医学生時代に書いた医学スリラーの「緊急の場合は」がエドガー賞を獲ったりしたわけだが、典型的な「理系作家」である。それを生かして、本作は架空の科学ドキュメントの要素を取り入れていて、架空の謝辞が入った「まえがき」やら、衛星との通信記録やら、コンピュータからのアウトプット、血液検査のデータなど、臨場感を出すために生のデータをフィクションの中に持ち込む、という手法を確立したことでも有名な本である。言ってみれば「鼻行類」みたいなパロディ学術書のテイストがある。ここらが読みどころ。 さらに、ミステリ的な興味。このアンドロメダ病原体の猛威で全滅した村の中で、赤ん坊と胃潰瘍を患う老人だけが生存していた理由を解明したり、突如その村の上空で墜落したファントム機の墜落理由の謎やら、ミステリ仕立てな「謎」として提示されて解明される。そもそも「生物兵器として、宇宙空間で独自の進化をした細菌を使う」のはスパイ小説的なアイデアだしね。広義のミステリな興趣が結構この小説にあるよ。 それでもまあ、クライマックスの事故とその後始末を巡るあたりで、ちょっとお約束な「段取り」みたいに駆け足なところもあって、もう少しシツコくやってもよかったのかな..とちょっと残念。でも読んで損な小説ではないし、書かれた年代を考慮すれば十分「凄い」小説ではある。 |
No.1013 | 7点 | 魔女が笑う夜- カーター・ディクスン | 2022/06/30 10:23 |
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何て言うのかな、「バカミス」って呼び方がやはり随分罪作りな気がするんだよ。本作だったらイギリスの田舎を舞台にしたコージー・ミステリとして楽しい作品なんだと思う。けど、作者がカー、で密室もあるよ!という話になると、途端にパズラー・マニアに一言があることになる。「進化論」的なミステリ観をもう誰も信じなくなっている状況だと、一歩引いたネタ消費的な視点が優勢になって「バカミス」という妙に便利な表現が発明されてウケるようになったんだろうね。
だから海外のミステリ・ファンにはたぶん、「本格」との相関概念である「バカミス」という表現は理解できないとも感じる。いや本作なんて楽しく書かれたユーモア・ミステリだし、密室の扱いも、不思議ではあっても事件が深刻ではないから、扱いが軽い。まあだって、解決篇が100ページ弱あることもあるカーにしては、本作の解決篇はわずか20ページくらい。謎解き興味は薄い作品だと思うべきなんだろう。 珍しいことかもしれないが、カーで感動、みたいな感情も評者は覚えたんだ。体裁屋の親に抑圧された少女が、親とそれにツケこむドイツ人の精神分析医に責め立てられてるのを、HMが救出する....「あなたは"鎧を着た騎士"みたい」。ここに、英米人のコモン・センスの良さというものを本当に実感する。 としてみると本作は、そういうコモン・センスによる密室の解明、というのものなのかもしれない。評者が「黄色い部屋」の密室に強く共感したのも、実はそういうコモン・センスにある。だから、本作の「密室」は、実は正統な「黄色い部屋」の後継者なのかもしれないよ。 (今風に読むんならさあ、牧師の残念なイケメンっぷりがナイスってどうかしら?) |