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クリスティ再読さん |
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平均点: 6.41点 | 書評数: 1327件 |
No.26 | 7点 | 縞模様の霊柩車- ロス・マクドナルド | 2019/05/06 00:30 |
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さて評者的にはロスマク最後の1冊で初読。楽しみにしてた。
本作はタイトルに大きな意味があるんだと思うんだよ。霊柩車を中古で買って、縞模様(というかサイケに)塗りたくって乗り回して遊ぶ若者世代(これにハリエットとキャンピオン、ラルフが含まれる)と、その親世代の断絶がやはりテーマなんだからね。ほぼネタが同じな「ウイチャリー家」が社会的な視点を欠いていたために、「不幸自慢」みたいにしか見えなかった弱点を、本作だと克服しているように思う。というかね、本作の紹介で「放縦な娘ハリエット」としているのはかなりのミスリードで、それこそ「太陽族」とか「怒れる若者たち」とかロックンロールな世代と、ロスマクを含む親の世代の対立を背景に、ロスマク自身の娘に対する罪の意識を折り込みながらハリエットと大佐の親子関係に形象化した、という風に読むべきなんだろう。 だからね、大佐の造形はロスマク自身をかなり投影したもののように感じられるんだ。本作が一番ロスマクの「プライベートな作品」になるんじゃないのだろうか。もし本作に迫力を感じるのならば、そういうロスマクの自身の自己投影にあるんだろう。ロスマクも「お母さん子」だったのかなあ。 あと思うんだが、いわゆるツートップという評価には、実のところ小笠原豊樹訳、というのがかなり強い影響をしているんじゃないのかな。「ウィチャリー家」は過大評価だと評者は思うが、本作も小笠原豊樹訳。しっくりしたいい訳。 でコンプ記念でベスト5。 1.「一瞬の敵」、2.「運命」、3.「ドルの向こう側」、4.「犠牲者は誰だ」、5.「さむけ」、次点で「人の死に行く道」「ギャルトン事件」 やや異端気味かな。「一瞬の敵」が頂点だと思うんだがねえ。 |
No.25 | 6点 | ファーガスン事件- ロス・マクドナルド | 2019/04/08 23:00 |
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ロスマク最後の非アーチャー物である。主人公は若手弁護士のガナースンで、愛妻サリーが臨月である。まだからハードボイルドという雰囲気は薄いが、ロスマクなので小洒落たユーモアのある...とは絶対にならない(苦笑)。「ブルー・ハンマー」と似た明るさがあるので、「ブルー・ハンマー」の後に余力があったら、本作の続編でも良かったのかもしれない。中年男アーチャーよりもずっと若くて、熱血というか、沸点が低いというか、頭に血の上りやすい印象がある。弁護士のクセに終盤殺されかけて這々の体で脱出するアクションシーンもあり。
病院を利用した窃盗団一味の容疑がかかった看護婦の弁護を引き受けたガナースンは、この一味に関わる殺人に出くわすが、この一味の首領らしい男は、元女優を誘拐して大金持ちの夫に身代金を要求した。この夫の法律顧問として、ガナースンは事件に関わっていく.... ロスマクというと、話がどう転がっていくか全然見当のつかないタイプの小説(「ブラック・マネー」とかそうだね)がたまにあるけど、本作もそういうもの。最終的には「父親探し」もあったりして「ロスマクだねえ」なんだけども、悪徳警官物?と思わせたり、悪女モノ?と思わせたり、なかなか配球を読ませないや。全然先が見えなくて、話の転がり方で絵面が切り替わる妙味を楽しむタイプの小説だから、やや楽しむのに度量の必要だろう。そういうあたりで初心者向けではない。悪徳警官?という線があるから、本作はアーチャーじゃないのかもしれないな。私立探偵ゴトキじゃ、悪徳警官には手が出ないからね。 さて、ロスマクもあと一つ。「縞模様の霊柩車」も本は確保済。 |
No.24 | 6点 | ブルー・ハンマー- ロス・マクドナルド | 2019/03/09 21:52 |
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「別れの顔」以降のロスマクって、精神分析カウンセラー小説みたいなもので、小説としての結構がなおざり気味で作家としていかがなものか?と評者は思っているのだけど、最後の本作はこの陰鬱路線にも飽きてきたのか、雰囲気が明るめでプロットの二転三転もあって復調を見せてきている。それでも、父親探し部分は少々ムリ筋っぽい気もするし、毒親にトラウマを植え付けられた若いカップルは途中で登場しなくなるし...と陰鬱路線の定番要素がストーリーの妨げにしかなっていないので、完全復調とまでは言えない。次の作品こそ勝負だったろうから、見たかったな。
で絵を追って...ってネタ、短編になかったかな(「ひげのある女」)。本作実は真相が二重底で、一段目の真相だと動機とか経緯が今ひとつ納得がいかないのが、二番底で納得がいく。まあ読んでてこの二重底は見当がつくんだけど、謎の解明感がしっかり出るので、これがいいあたり。ただしこの二番底の解決は、細部をくだくだしく説明してないので、読者がうまく頭の中で補完する必要がある。ここらの見切りは読者によっては不親切と取るか、粋な省筆とみるか、はあるかもね。 ロスマクをパズラーとして読む、というのが流行ったんだけども、それだったら本作が一番パズラー寄りかもしれないよ。ロスマクって本当に試行錯誤の作家だったような思いが評者はある.... |
No.23 | 2点 | 三つの道- ロス・マクドナルド | 2019/01/27 22:19 |
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アメリカ人の精神分析好きには閉口するのだが、ケネス・ミラーとしてのラストはフロイディズムずっぽりのサイコスリラーみたいなもの。乗艦の沈没で帰宅した主人公が、妻の他殺体を発見して記憶喪失に陥る...主人公の世話を買って出た元婚約者が、主人公の社会復帰をサポートしてくれるのだが、主人公は妻の殺人の真相解明に固執してそれを調査しようとするのだが、元婚約者は不可解な動きをする...
で、言うたら何なんだけど、この主人公、不快な奴だな。身勝手きわまりなくて、元婚約者に同情することしきり。サイコスリラー風味なせいか、文章が悪い意味で文学的。表現をこねくり過ぎていて、やたらと古風に見える...それに輪をかけるのが、井上勇の翻訳である。本当に持って回ったような堅苦しい翻訳になっていて、評者でも中々ページが進まないや。え、なんでこの人なの?と思うような訳者の選択である(せいぜい井上でも、井上一夫くらいにして欲しいよ。妙な訳が多くて評者、困った)。 彼は眠れぬ夜、部屋が闇と静寂が包んだとき、いちばんよくものを考えることができた。真夜中もとっくにすぎて、目をあけたまま横たわり、現在のはしの突端から、後方に伸びる記憶の荒野を測量していた。その一生を説明する動因は、距離の半分以上が地下を流れる川のように、たどるに困難だった。 ...プルーストかいな(苦笑)。なので本作、他の作品と違って本当に出来事が少ない。複雑怪奇に事件が縺れに縺れるロスマクと違って、ろくな事件も起きない。でしかもね「読者をバカにしてんの?」と問い詰めたくなるような真相である。娯楽目的で本作を読むのはホント引き合わない。入手性も悪い作品だけども、読むのはどうしてもロスマクをコンプしたい読者だけで十分である。 |
No.22 | 5点 | ウィチャリー家の女- ロス・マクドナルド | 2019/01/14 10:46 |
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さて「ウィチャリー家」。「さむけ」と並ぶツートップ、って誰が言い出したんだっけ?わざわざ本作を評者は終盤に持ってきた理由はねえ、この「ツートップ」にどうも納得しづらいものを感じてたからなんだよ。
まあトリックに無理があるよね、は結城昌治の「暗い落日」が本作の不満から...でほぼ周知のことと思われる。「暗い落日」は無理なく入れ替える工夫をしたわけだからオッケーだけど、元ネタ本作はそれを考えに入れると厳しいと思う。 多分本作の一番ヘンなところは、フィービの失踪からマゴマゴしすぎていることのように感じる。何か別の逃げ方なかったのかい?と問い詰めたくなるような不手際ぶりのように感じるんだね。悪党もケチな連中じゃん。ああいう悲劇を回避する手段がいくらでもあったような気がする....だからさ、本作の「悲劇度」は本作執筆あたりでのロスマクの家庭的な悲劇が強く反映しすぎて、 「命取りになった病気は?」「人生です」 になっちゃった結果のように思うんだよ。そういうロスマクの「鬱」は気の毒には思うけども、小説にしちゃうと不幸自慢にしかならないから、評者はどうもノれない。どうだろう、皆さんこういうの、好きなんだろうか? この時期ロスマク良い作品目白押しなんだから、本作をわざわざツートップとか呼ぶ理由は、評者はわからない。もっといろいろな作品、読もうよ。 |
No.21 | 1点 | 暗いトンネル- ロス・マクドナルド | 2018/12/02 21:03 |
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そういえば本作とアンブラーの「暗い国境」って共通点が多い。1)巨匠の「らしくない」処女作、2)タイトル似てる、3)創元で出たスパイ小説、4)訳者が菊池光...なんだけど、「暗い国境」が「らしくない」マンガ調のアクションなのに、その「らしくなさ」に妙に醒めたアンブラーの知性を感じさせるところがあって、評者好きなんだけどねえ.....ロスマクの本作、「時流に乗っただけのB級スリラー」で政治センスも知性もあったもんじゃない。「三つの道」は未読だが、創元のロスマクって評者みたいなコンプ・研究をする気がないなら読まなくてホントいいと思う。
第二次大戦中ってね、たとえば「カサブランカ」だってそうなんだが、戦意高揚を狙った映画作りがなされたわけだし、とくに「防諜」を通じて戦争協力体制が形作られたのはアメリカでも同じだ。そういう背景で読み物としても「防諜スパイ小説」が結構書かれたり、映画になったりしたんだが、ここらへんホントにキワモノだから、戦後にはほとんど顧みられることがないわけだ。 この作品を読んでいろいろなことが頭にうかぶが、とくに感銘が深いのは、彼がこの作品を書いた前後、あるいはその後、数多くのミステリ作家が世に出たわけであるが、その大部分が、いわばこの作品のレベルで終始しているのに反し、ロス・マクドナルドはその後の二十七年間に非常な成長を続けてきた、という点である。 と「訳者あとがき」に書かれちゃってる。婉曲にだけどさ「あとがき」で訳者にケナされてるんだよ。そういう作品さね。 敵であるナチのスパイたちはホントに超人的(苦笑)に神出鬼没。親衛隊に身長制限があるのをお忘れでは?となるような変装もしちゃうぞ! で妙な密室殺人もしたりするし、主人公を殺すために延々アメリカの地方都市を追っかけ回す...そんな話。都合よく「騎兵隊」も救援に来る。 で、そのナチのスパイたち、同性愛で淫蕩な連中として描かれる...おいなあ史実に反してるよ。というか、アメリカ人の「道徳意識」を刺激して一山当てようという、時流におもねる低劣な意図しか感じないな。妙なレッテル張りを、「時節柄」なんて逃げゼリフで評者は許す気はないからね。 うん、いいよ、評者にとって、ロスマクの処女作は「人の死に行く道」だ。それ以前は全部無視、ということにしよう。 |
No.20 | 5点 | 眠れる美女- ロス・マクドナルド | 2018/11/11 21:50 |
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皆さん高評価だけどねえ、評者はロスマクの老化みたいなものを強く感じたな。どうも比喩が説明的で、しかも何回も繰り返していたりする。
彼のいったことは嘘ではない。しかし、彼は、真実を語っている時ですら、非実在の人間のような感じを与える。私たちは座ったまま、たがいに顔を見合っていた。非現実感がしだいに二人の間に広がり、やがて、広大な都市から無限の海を越えて沖縄から過去の戦争にまで及ぶ汚染のように宙に浮かんでいた。 くだくだしく、言わでもがなな比喩のように評者は感じる。過去の殺人とそれが子供に与えるトラウマ、誘拐か微妙な失踪、石油王とそのバラバラな家族たち...とロスマク定番の要素がこれでもか、と出てくるマニエリスムに、今回は原油流出事故による海洋汚染と、油に汚れた海鳥を抱えたヒロイン..という要素を付け加えて新味にはしている。けどね、この登場が印象的なヒロインが失踪の後、ホント最後まで出てこないのは作劇としてはどうか、という気がしないでもない。イイのは本当にヒロインが出る冒頭とラストだけ。 あとは精神的なバランスの崩れたいつもの人々が、ヒステリックに振る舞ういつもロスマク。そのわりに、問題の3家族の関係が、中盤になるまではっきりしないとか、実際のところ複雑に見えるのは、情報の出し惜しみをしているだけで、内容的な複雑さではないと思うんだよ。長い割に内容が薄い印象。 あとねえ、アーチャー今回とある関係者の女性と寝るんだけど、どうも同情心から寝てるようにしか思えない。そういうオトコは評者はイヤだな。「別れの顔」から後はイイ作品ってないように思うよ。 (シルヴィア・レノックスって名前、よく付けたなあ...と評者呆れていたんだが、皆さん気にならないのかしら??) |
No.19 | 4点 | 魔のプール- ロス・マクドナルド | 2018/11/04 16:24 |
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アーチャー登場第2作なんだが、まだ本調子じゃない。通俗ハードボイルぽかった「動く標的」と比較すると、本作はチャンドラー、とくに「さらば愛しき女よ」の模倣みたいなものが随所に伺われて、ファンアートな印象があるんだね。船に乗り込んで、医者に拷問されてとか、本当に「さらば」だしね。黒幕のキルボーンを巡るハードボイルド調の部分と、有閑家庭の不倫の恋の部分が何かチグハグだよ。困った。
でいえば、本当はこっちが3年先行するので何だけど、「長いお別れ」とも妙にモチーフが重複する。確かに「長いお別れ」に同性愛を読み込む、という視点はアリだから、本作の一家のスポイルされたアマチュア俳優(ロジャー・ウェイドに相当する)と演出家の関係に同性愛を持ってくるのは本当にそんな感じになる...けども、ロスマク、あまりインテリを描くのが上手じゃない。なんでかなあ。ちゃんと「自分の語り方」になっていないように感じる。 なので総じて修行中。本作でアーチャー物語が終わってたら、リュー・アーチャーってミステリ史に残ってないと思うよ。 |
No.18 | 6点 | 死体置場で会おう- ロス・マクドナルド | 2018/10/06 22:33 |
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アーチャー初登場の「動く標的」はガチ誘拐物だったけど、それ以降ロスマクは「誘拐?」とはなっても、「誘拐かそうでないかビミョー」という「なんちゃって誘拐」な事件が多いんだね。私立探偵にはガチ誘拐は荷が重すぎるから、わからないでもないが、本作の主人公はアーチャーではなくて、執行猶予中の犯罪者を管理する「地方監察官」である。日本の保護司は名ばかりの公務員でボランティアみたいなものだが、「地方監察官」だと捜査権もあるようで、警察でも邪険にはされない。けどね、誘拐犯の前科者が、その誘拐被害者と一緒に、誘拐直前に主人公のオフィスを訪れるとこから、話が始まるんだよ....「なんちゃって誘拐」というものだ。
身代金要求は届くから、主人公は半信半疑のまま身代金を追って、死体と出くわす。なんか善意からズルズルと事件に介入して...という感じ。だからタイトルがいかにもハードボイルド、な雰囲気を醸していても、カウンセラーみたいな後期アーチャーっぽさがありこそすれ、ハードボイルドらしさは薄い。それでも身元確認のために「死体置場で」落ち合っているので、看板に偽りはない。 アーチャー物でもよかった気がするが、まだこの時期はアクションもこなすハードボイルドな探偵だったからね、そこらへんを差別化したかったのかな。そう悪い作品ではないが、内容的には今ひとつ押しきれない。というわけで、中期のポケミスのみの作品では、 運命>犠牲者は誰だ>ギャルトン事件>本作 になるけど、まあどれも「何で文庫にならなかったかな?」と不思議に感じるくらいの粒揃いではある。 |
No.17 | 8点 | 犠牲者は誰だ- ロス・マクドナルド | 2018/09/23 09:58 |
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アーチャー物としては一番入手性が悪い部類の作品なんだけど、結構な異色作である。アーチャーの過去に関する記述が具体的なこともあって、ロスマク読むんなら読んでおかないとマズい、と思うような作品だよ。
本作はアーチャーが出張から帰る途中のハイウェイで、瀕死の男を見つけたところから始まる。空軍基地によって栄えたが、基地の廃止でさびれた町が近くにあり、事件はこの小さな町の人々の人間関係を巡るものだった...アーチャーにしては珍しいスモールタウン物、と読める作品なのだ(強いて言えば「青いジャングル」がそう?)。空軍基地が撤退して、町はシケている...モーテルとナイトクラブを経営する男と、瀕死の男を雇っていた運送業者、この2人の家族と周辺の愛憎関係をめぐる、ロスマクでも一番狭い人間関係の話、になるだろう。スモールタウンということもあって、この2家もハイソにはほど遠い庶民的というか成金的というか、そういうトーンの話である。 でしかも、ギャングが少し事件に絡むので、アーチャーが殴る・殴られるは頻繁だし、アーチャーが積極的に発砲するシーンも複数あって、「動く標的」以来のバイオレンスぶりである。お約束的でリアリティの薄い「動く標的」のバイオレンスと違い、雰囲気が暗くて「田舎町のリアル」がベースの作品なので、さらにハードな印象を強めている。 というわけで、「ハードボイルドらしさ」という点ではロスマクのベスト作品になるように評者は思う。比喩も後期的に落ち着いてきていて、初期の浮ついた感じではないしね。でしかも あの照明から百ヤードばかりの地点で、私は膝をつけ肘を地面につけた。この姿勢が、あの緑なすオキナワの凄惨な戦闘の、無煙火薬と火焔放射器と黒焦げになつてころがつている肉体の匂いを思い出させた。 ....からバッテリイを盗んだ咎で私をつかまえた。彼は私を壁の前に立たせて、それがどういうことなのか、どういうところに堕ちて行くかを話した。彼は、私をそういう道に追いやらなかつた。私はその後、何年も彼を憎んだが、二度と盗みを働かなかつた。しかし、ものを盗む人間の気もちは、私はおぼえている。窓のない部屋で生活するような感じがするのだ。 と、後期の透明な「質問者」アーチャーとはかけ離れた、正直に自分を語るアーチャーの姿を味わうことができる。その面でもレアな作品である。腰を据えて読むべし。評者は中期じゃ「運命」>本作>「ギャルトン事件」だと思う... |
No.16 | 6点 | ブラック・マネー- ロス・マクドナルド | 2018/09/15 20:50 |
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「運命」から「一瞬の敵」までのロスマクって、本当にハズレのない絶頂期なんだけど、しいて言えば本作が一番人気が薄いように思う。この人気のない理由が評者なんていろいろ考察したくなるあたりである...たとえば本作のちょうど中間あたりで読むのをやめて、プロットをまとめたのを、最後まで読んで改めて真ん中までのプロットを読み返すと、全然違う作品なのでは?と思うくらいに「どういう話なのを追い求める」そういう話のようだ。どうも日本の読者はこういうの、苦手なように評者は感じる。
それでも話の骨格はたぶん「人の死に行く道」を再利用したもので、あっちはヘロインというガジェットの争奪戦なのだけど、こっちはタイトルの「ブラックマネー=脱税した裏資金」を奪い合う話(だけでもないが)と、妙にリアルにしたあたりは、工夫のわりに効果が上がってないようにも思う。ガジェットだって、いいじゃないか。何か迷ってるのかしらん。 依頼人も金持ちだけど非モテなボンボン。「こんなにすさまじい食いっぷりをみせる男に出会ったのははじめてである」とアーチャーが呆れる過食症っぷりを見せる(ストレスはあるんだけどね)。この依頼人が他人に奪われた婚約者を取り戻してほしい、という筋ワルな依頼で、アーチャーも当初気ノリしない感がありあり。途中傷ついた坊っちゃん、アーチャーを解雇するとかあるし、およそ本作、かっこいいとかハードとか、そういう印象がないんだよね。しかし評者、本作嫌いじゃないんだ。ワルモノみたいに見える謎の婚約者の過去が結構共感できるようなものだし、ブラックマネーを奪われたギャングは卒中で廃人化しているし....と生真面目なロスマクにしては、あれ?となるくらいのオフビートさがある。 まあこれを失敗と見る人を責めるのは難しいと思うけど、こういう不揃いなゴツゴツ感が評者は逆に好きだ。家族悲劇が大好きな日本の読者には向かない、ロスマクじゃ一番読者を選ぶ作品だろう。 |
No.15 | 7点 | 人の死に行く道- ロス・マクドナルド | 2018/08/27 18:29 |
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死顔はやはり美貌だった。どこの葬儀屋でも、こういう美男を扱えば気分がいいだろう。
と、本作は後期と違って、突き放したような非情さが目につく作品である。本来のハードボイルドってこういう非情さがポイントのはずなんだけども、浪花節を強調しがちなのは日本の国民性だろうか?斜めに構えたあたりが少々チャンドラー臭いところもあるけども、本作あたりが「らしさ」が堂に入って熟してきた感じで、ロスマク初期の「ハードボイルド」完成形のような気がする。タイトルだって邦題が直訳でわかったようで分からない迷訳だとは感じるけど、「The way some people die -> 奴らの死にざま」くらいが適切なんだろう。まさに、ハードボイルドなタイトルだ。 というかねえ、どうも日本の読者はロスマクを家モノ作家みたいに捉えすぎな気がするよ。本作だとヘロインを巡る抗争が背景にあるし、犯人像もハードボイルドの大定番な犯人だし...と、ハードボイルド読んだ、という読書感があるのが一番イイあたり。ハードボイルドが登場した20世紀前半のアメリカというと、ギャングの抗争が「リアル」だった時代だ、というのを皆さん忘れがちではないのかな。しかも、本作の「非情さ」がラストの犯人の家族と馴れ合わず「分かりあえない」アーチャーの姿として現れているのが、本当にいい。カウンセラー化しちゃう後期よりもずっと、ね。 |
No.14 | 3点 | 青いジャングル- ロス・マクドナルド | 2018/08/08 23:48 |
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申し訳ないが、本作ほめたらダメな作品の気がするんだよね....
たしかに頑張って通俗ハードボイルドを書いてるわけである。ギャングの殺伐な殺し合いはあるし、GI上がりで腕っぷしにも自信ありげな主人公は、やたらと強がってしょっちゅう警句を飛ばしたがるし...と極めて「努力が見える」通俗ハードボイルドという仕上がりなのだ。けどね、通俗ハードボイルドってそもそも頑張って書くものか? ここまであからさまに無理して書いてる感の強いものだと、読んでいてはっきり疲れる。ひどくは不自然ではない「動く標的」まで、本作からずいぶん進歩したんだなあ、と後でそう思われるような作品である。 子供の頃別れた父親が市政腐敗の張本人で、その息子がそれと知って少々ショックを受けたりする、というあたり、後年のモチーフが出ているから、それでもロスマクなんだよね、という気はする。何かキマジメなんだよね... 評者マーロウの警句って実際には「自分が痛みを感じてるから」自然に出るようなものだと思うんだが、本作の警句は「気の利いたこと言わなきゃ」って強迫観念に駆られて言ってるような気がするよ。気の利いたようなことを言い過ぎるのって、実は格好が悪い、というのにどうも気が付かないようだ。 |
No.13 | 7点 | さむけ- ロス・マクドナルド | 2018/07/30 00:02 |
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暑中お見舞い申し上げます。なので納涼3連発、を洒落込みます。第一弾「さむけ」
皆さん大好き名作の部類になってるなぁ。どっちか言うと本作は全盛期ロスマクだとあっさり目の作品のような気がする。ロスマク水準だと、ストーリーラインが素直、という印象の方が評者は強いよ。本作は凡作として知られる「凶悪の浜」との共通点が多いような気がする....「凶悪の浜」が不本意な出来だったのを、要素を組み替えて再チャレンジしたような、と読むのは穿ち過ぎだろうか。そう見てみるとシンプルに作品を練り直して、ラストの有名なショックを加えた「ロスマク入門編」という作品のようにも思われる。さらに作中で出てくる詩が象徴的。 もし光が闇で/闇が光なら、/月は黒い穴だろう、/夜のきらめきのなかで。/烏のつばさが/錫のように白いなら、/こいびとよ、あなたは/罪よりも汚れているだろう 有名なラストの一行なんて、こういう「罪に汚れたこいびと」という甚だロマンチックな(しかし「さむけ」な)ダークファンタジーといったテイストをうまく付け加えることに成功していると見るべきだろう。大詩人小笠原豊樹氏の訳に大感謝。 (本作とかホント何回も読んでるんで、妙に醒めた書き方になってるなぁ..すみません。あと1960年のあの有名な映画が影響してるかしら?何となくそんな気がする...) |
No.12 | 8点 | ドルの向こう側- ロス・マクドナルド | 2018/07/07 22:42 |
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「運命」から「一瞬の敵」までの間、ロスマクって本当に外れがない。本作は富裕な両親に反抗して矯正施設に送られた少年が脱走し、家には身代金を要求する電話がかかる....少年は自らの意思で誘拐されたような口ぶりに、この家庭の秘密をアーチャーは予感する。という話。
少年(とその少年に恋してやはり両親に反抗する少女)を軸に描いていることもあるが、本作のテーマは「父性」である。実際少年の父は体育会系パワハラ親父で、少年がアート好きの繊細系なのが気に入らない様子を見せる。この親父、ロスマク作品の中でも一二を争う「嫌なヤツ」な気がするな。で、その代理と言っちゃあ何だが、アーチャーが押し付けがましくないナイスな「父性」を見せてくれる。 キャラ確立以降のアーチャーは、キャラを印象づけて「かっこよく」描こうという意図をほとんど感じないのだけど、本作のアーチャー、何かすごくカッコイイのだ。少女を元カノの家に預けて、一人廃ホテルに赴く姿とか、なかなかシビれるものがあるくらいに、カッコイイ。 あなたが、ぼくの父親だったらよかったのに これぞアーチャーへのご褒美というものだ。「父親探し」が後期ロスマクの固執的テーマなことは言うまでもないんだけど、自身の固執テーマさえもうまくミスディレクション的に処理しているあたり、なかなか「うまい」作品だと思う。どうも「さむけ」「ウィチャリー家」だけが注目されがちだけど、いろいろな面で本作もナイスな作品だ。 |
No.11 | 6点 | わが名はアーチャー- ロス・マクドナルド | 2018/06/20 19:03 |
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ロスマクの短編集である。創元の「ミッドナイト・ブルー」とは「女を探せ」と追いつめられたブロンド(罪になやむ女)」の2作が重複する。創元は小鷹信光訳だが、こっちは中田耕治訳で下世話な口語体がハードボイルドらしい。
でだが、やはり思うのは「女を探せ」の特異性みたいなものだ。どうやらロスマクは兵役前に書いた「暗いトンネル」と復員後の「トラブルはわが影法師」でドッド・ミード社のスリラー描き下ろし作家でデビューしたわけだが、それ以前には商業誌での短編掲載があったわけではない。三作目の「青いジャングル」からはクノップ社に移っているわけで、たぶんドッド・ミードの2作はそれほど注目されなかったのでは、とも思われる...しかし、復員直前の太平洋上で「女を探せ」を書いて、EQMM 短編コンテストに応募したら入選して、ロスマクを長らく贔屓にしてくれたアンソニー・バウチャーともご縁ができる。でしかも「女を探せ」は主人公名をリュー・アーチャーに直してこの短編集のラストに入ることになった。レトコンみたいだがアーチャー初登場作といえばそうだ(キャラは印象が少し違う)。本作こそが「暗いトンネル」「動く標的」以上に「ロスマクの出世の糸口」というものかもしれない。 やはり中田耕治訳で読むと、とくに本作の「ハードボイルドらしさ」みたいなものが際立つんだね。しかも本作ロスマクでは珍しいことにトリックと解釈可能なネタがある。復員兵士の妻、という当時のありふれたネタなんだけども時事的な背景、重厚なんだがささくれた不吉な雰囲気と、社会的な空気感というあたりで後にロスマクが切り捨てていったところの「(評者に言わせれば本当の意味での)ハードボイルドとしてのレーゾンデートル」が決して暴力的ではない本作にちゃんとある。 まあそういう意味で、「ミッドナイト・ブルー」で読んですぐに「わが名はアーチャー」で再読することになったけど、本作再読した意味があったように感じる。 まああとはどうだろう、普通に書けているくらいの感じ。「自殺した女」が結構な地獄絵図だが、これそういえば「悪魔がくれた五万ドル」だ。なつかしい。ロスマクの長編だとプロットが錯綜してジュブナイルには向かないから、短編を子供向けにしたんだね。 |
No.10 | 7点 | ミッドナイト・ブルー- ロス・マクドナルド | 2018/06/19 10:16 |
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本質的に短編作家じゃないロスマクなので、日本で出ている短編集は2つ、短編の作品総数も12作しかない。両方の短編集が手に入ったので、連続して全短編を読むことにしよう(未収録が2作あるので計10作である)。
ポケミスの「わが名はアーチャー」は7作収録し、創元の本書は5作収録しているから、7 + 5 - (12 - 2) = 2 となって、「女を探せ」と「追いつめられたブロンド(罪になやむ女)」の2作が重複する。ポケミスは1958年までのマンハントとEQMMに掲載した作品を初出とするアンソロの翻訳である。創元の本書は重複作以外は、「わが名はアーチャー」が出た以降に書かれた3作ということになる。しかし本書の価値は、収録作品というよりも、ロスマク自身による評論の「主人公としての探偵と作家」、訳者の小鷹信光による「ロス・マクドナルドの世界」と題した評論+本人インタビュー記事&1983年の没年までのロスマクに対する評論・書評・研究まで含むロスマク全書誌データ、の「超豪華なオマケ」の方にある。評者7点つけちゃったが、ほぼこのオマケに対する評点であって、小説に対する点ではない。 というか、ロスマク自身による「主人公としての探偵と作家」、これいろいろな意味で必読でしょう。「教科書的」と評されることがあるくらいに、極めてよくまとまった「ミステリの主人公=探偵とは何か?」をめぐる考察である。ロスマクという人の批評能力の高さを窺わせる内容であるのだけども、他人(ポーとデュパン、ドイルとホームズ、ハメットとスペード、チャンドラーとマーロウ)を扱う際には極めて冴えた考察をする。 探偵小説の近代における発展はボードレールに端を発しているという仮設を、かつて私は主張したことがあるが、私が問題にしたのは彼の「ダンディズム」と都市をこの世の地獄とみなす洞察力だった。 ....ベンヤミンって当時そんなに紹介されてないよ、なあ。 主人公の感受性に焦点をしぼっているチャンドラーの小説は、感受性の小説と評してもよいほどだ。 ...同感。と極めて他人を評する能力が優れているのを目のあたりにするのだけども、自身に関するあたりがやや問題がある上に、どうもロスマクの自己認識が文脈から離れてクリシェとして使われ続けているあたりに、評者は結構疑問に思うことも多い。 彼は、行為する人間というより質問者であり、他者の人生の意味がしだいに浮かびあがってくる意識そのものである。 この「質問者」というタームが非常に便利な評語として使われてしまっているけども、ここでロスマクが重視しているのは「意識」という言葉のように感じるよ。小説の進行を通じて形成されてくる「アーチャーの意識」、続く文章で語られる「主人公である探偵をその小説の心とみなすこの概念」は一人称による語りの中で解明される謎、と顕になる悲劇という「流れ」の中で理解すべきタームだろう。しかしこの自己規定は、あまりに受動的なものでありすぎる。またこうすることで、ロスマクは自身の小説を「探偵小説をメインストリームの小説の意図と範囲に近づける」とある意味「いやらしい」言い方をしているわけである。 まあロスマクって人は、「別れの顔」の「文学的陰謀」によって、ジャンル小説であるミステリの作家というよりも、「一般小説の中でのアメリカ的巨匠」というジャーナリスティックな位置づけになった経緯もあるわけ(今の日本でいうと高村薫ポジションだろうな)だが、それでもじゅうぶんに「嫌な」言い方をしてくれている。 逆にいうとね、評者は「主人公の行動が社会正義のようなお題目でなく自身のエゴイズムに基づいている」ときに、「ハードボイルドらしさ」を感じるわけだが、この見方だとロスマクの後期からは「評者のハードボイルド」からは外れることになる。ロスマク=ハードボイルドから出発して独自の小説を書くようになった作家、で充分なように思うよ。 でもう一つのオマケ小鷹信光の「ロス・マクドナルドの世界」は非常に力の入った「賛江」にならないロスマク論である。小鷹氏は評者同様に晩年の作品を全然買ってない。テーマ、技法に対する「病的」固執を批判し、海外での同様な意見を紹介している。 ロス・マクドナルドは「アンチ・ヒーローになりかかっている」主人公、リュー・アーチャーと、もう一度衝撃的な対決をすべきなのだ。彼の創造した「分身」を「質問者」の地位から解き放ってやればいいのだ。それは、作家自身の精神の解放にもかかわっている。 と「メインストリーム小説に近づく」という固執からの、ロスマク自身の「解放」を小鷹氏は提言さえしている、という異例の文庫解説である。小鷹氏の真摯さが伝わる...この真摯さは、この小論に付された短編小説の初出と経緯、評論・序文などの書誌情報などをまとめた付録部分にも強く現れている。 本書、なので小説の方がオマケである。小鷹氏のロスマクに向かい合う真摯な態度に評者は感銘を受けた。こんな風に作家に向き合うべきだと襟を正す思いである。小説としては...そうだね、表題作になった「ミッドナイト・ブルー」が一番いい。長編「運命」の原型になった「運命の裁き」は、筋立てはほぼ同じだが犯人も真相もぜんぜん違うし、長編のディープな悲劇というほどの小説ではない。 |
No.9 | 6点 | 動く標的- ロス・マクドナルド | 2018/05/31 21:28 |
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「かわいい女」が「ブルース・リー大あばれ」な評者の世代だと、「動く標的」というと「(ルー・)ハーパー」なんだよね...アーチャー初登場の本作、ちゃんとハードボイルド探偵小説のフォーマットに即して書かれたもので、出発点はハードボイルド。評者に言わせたらロスマクの後期は全然ハードボイルドじゃない(まあこれはチャンドラーだって..)からで、要するに「徐々にハードボイルドじゃなくなったけど、最初はハードボイルドだった」という出自の話なんだね。
今回読みなおして「そういえば、ロスマクってナイトクラブの描写を他で見た記憶がないなぁ」なんてバカなことに気がついたりした。ロスマクの登場人物って、夜遊びしないんだよね(笑)。アル中でも家飲み派ばっかり。憶測で言っちゃえば、ロスマクって人は実は中流のコチコチの堅物で、全然遊んでないんだけど、「ハードボイルドって言えばヤクザが経営するナイトクラブとか、ワケアリなクラブ歌手が付き物だし」というテンプレに従って、本作は「定番だから入れておくか」というくらいで書かれたような気がしないでもない。お手本は「ミス・ブランディッシの蘭」かしら....あれも「でっち上げハードボイルド」だけどね。 だからバイオレンスがてんこ盛り(当社比)でも、ハードボイルドらしい「猥雑なほどの現実感」とか「通俗な下世話さ」みたいなものがまったくない、「清潔なハードボイルド」という得体の知れないものに本作はなっているように思うんだよ。「借り物」と言っていいのかもしれないけど、最終盤などロスマク好みのブルジョア家庭の悲劇を立ち上げたりして、後年に繋がる部分が窺われなくもない。達者さと不器用さと頑固さが入り混じった、成功しているわけじゃないけど失敗しているわけでもないし、「らしい」し「らしくない」奇妙な読後感である。 うんだからやっぱり本作はリュー・アーチャーじゃなくて、ルー・ハーパーなんだろうよ.... |
No.8 | 4点 | 兇悪の浜- ロス・マクドナルド | 2018/05/27 20:39 |
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もうそろそろ中期になる作品なんだけど、皆さんおっしゃる通りの駄作。何かポイントがちゃんと絞られていないような散漫さを感じる。依頼人の逃げられ夫はストーカーみたいで、どうにも共感できるようなタマじゃないし、殺人狂傾向の強い精神病患者とか、安易なキャラ造形が目立つ。ハリウッドと映画業界周辺が舞台なのだが、そういう「らしさ」もない。「かわいい女」といいハリウッドは、どうやらハードボイルドから見たときには鬼門のようだ。本作どうにも見どころに欠ける。
思うのだが、ロスマクって作家は、「運命」とか「ギャルトン事件」で確変した作家なので、この頃はまだちゃんと「煮えきってない」作家だったような感じだ。そういえばこの人、パルプ作家歴がないわけじゃないが大したキャリアはないのに、ハードカバー書き下ろし作家で出発できたのは、何故なんだろう?(似たような立場でライバルなマッギヴァーンは、SFが多いが結構なパルプ作家のようだからね...) |
No.7 | 9点 | 運命- ロス・マクドナルド | 2018/05/08 10:28 |
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いやこれヘヴィ級の名作だよ。ロスマク読んでて本作くらい感銘の深い作品も少ない。本当に1日の出来事か、というくらいに濃密な事件が立て続けに起きるが、その分全体から見るとシンプルで晩年のバロックで冗長なあくどさはないし、本当はアーチャー自身の「罪」が事件への微妙なきっかけを与えていることが最後に明らかになって、「探偵倫理」みたいなものからも非常に趣が深い。
また本作、「Yの悲劇」みたいなもので、幕開きにすでに死んでいる人物こそが、家族への「禍を告げる者」として実に甚大な影響を与えていることがある。 彼女の残した死の遺産を考えていると、彼女の運命の司(ドゥームスターズ)を信じてもいいような気になってきた。もし現実の世界に存在していないとしても、それはあらゆる人間の内部の海の深部から夜の夢のように優しく、はげしい力で潮を截ってあらわれるのだ。男と女はおのがじしおのれの運命の司であり、おのれの破滅をひそかに記す者であるという意味のなかに、おそらくそのドゥームスターズが存在する。 なので事件上の犯人にアーチャーは「俺は君を憎んではいないよ。反対だ」と告げるのだが、この事件の全体はアーチャー自身の罪さえも巻き込みながら、宿命論的ななりゆき、としか言いようのない暗澹とした結末を迎えざるをえなかったことの結論みたいなものだ。評者もアーチャー同様に、本当に犯人に何か萌えるものがあるなあ。この犯人が過ごした時間、「ぞっとする冷気に灼かれて横たわり、時計をみつめ、一晩じゅう時刻を打つ音を一つひとつ数えていた」時間というものが、それこそ「テレーズ・デスケールー」に近づいている感を受けるほどに、だ。 ただしこの地獄絵図は、やや明るい結末を迎える。家族の生き残りはこの事件ですっかりと悪因縁が落ちただろうし、アーチャー自身の有罪を証す人物にも救いがある。評者の好みからいくと、ロスマクは後期じゃなくて本作あたりの中期後半が全盛期じゃないのかなぁ、と思うよ。本作とか「ギャルトン事件」とかもう少し読まれてもいいんじゃないかしら。 ちょっと追記。本作の中田耕治の訳に不満を述べる人が多いけど、評者に言わせると、ロスマクは「ハードボイルドから徐々に独自のアーチャーの物語に移行していった人」なのであって、本作だとそういう移行の真っ最中の時点のわけだ。本作だとそれこそ「俺の拳銃は素早いぜ」なオスタヴェルトみたいなキャラもいて、アーチャーの殴り・殴られも何回か、ある。中田訳のアーチャーのイメージが、後期のアーチャーのイメージとズレているのは、リアルタイムでのハードボイルドの受容を証してるようなものだと思うんだが、いかがなものだろうか。まあ中田耕治って妙な意訳でスラングに置き換える傾向があるけど、適度な下品さってハードボイルドには必須なように感じるよ... |