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斎藤警部さん
平均点: 6.69点 書評数: 1356件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1176 8点 ごくらくちんみ- 杉浦日向子 2022/08/17 23:56
六十八種もの「珍味」紹介を、それぞれに合う酒を交え、掌編、というより指先くらいのサイズ(だいたい二頁)の小説群にまとめた珍しい本。イラスト解説付き。

なぜそんな本をミステリのサイトで紹介するのかと言うと。。ここで紹介すること自体がネタバレにはなりますが・・・各小説にちょっとした、もう霞のようにささやかな「アレ」を忍び込ませる酒肴、いや趣向が散りばめられているのですね。そいつが堪らなく、ミステリ心を刺激しに来やがるってなわけでありまして。 最初読んだ時は、なにしろこの「飲食本」にそんな要素を全く求めても予期してもいなかったものですから、それなりに大きな驚きに襲われてしまったものであります。

まあ「アレ」の趣向は主に最初の方の小説に寄っているようで、だんだん「アレ」とは無縁の「普通にしみじみする話」が増えて行くのですが「アレ無し」でもじゅうぶんの読み応えです。もちろん、珍味や酒の紹介としても、人生の話としても。 いかにも珍味らしい「旨さ」の言葉による表現はまこと達人の域で、そこにその、若くして病に斃れた著者晩年(逝かれる六年ほど前から)の雑誌連載らしい、死と生を愛おしげに見つめる感覚が絶妙に絡み合い、小さな生活絶景スナップショットをいっぱいまき散らして著者はこの世を去って行ったんだな、なんて風に思わせてくれます。

さて、あなたのお好きな「珍味」や「酒」や「人生のシーン」はこの本に如何ほど登場いたしますでしょうか。

青ムロくさや/たたみいわし/とうふよう/さなぎ/またたび/がん漬け/ふきみそ/ふぐこぬかづけ/うばい/からすみ/かぶらずし/このこ/ふなずし/とうふみそづけ/ほやしょうゆづけ/きんちゃくなす/しおなっとう/鮭の酒びたし/しおうに/ふくしらこ/あんきも/にがうるか/キャビア/そばみそ/モッツァレラ/じゅんさい/うみたけ/オリーブの実/みみがー/つくだに/ばくらい/ほねとかわ/くろまめ/さくらくんせい/うずらのぴーたん/かつおへそ/わさび/いぬごろし/瓶詰チェリー/虫の味/くじらベーコン/ぎんなん/パルミジャーノ・レッジャーノ/ちょろぎ/ゆべし/べにしょうが/きんつば/さしみこんにゃく/リエット/きもやき/ドライトマト/ラルド/みんでんなす/黒いブーダン/いぶりがっこ/にこごり/板わさ/はたはたずし/きんざんじみそ/ひょうたん/もうかの星/かつおのこ/貧乏人のキャビア/ジコイカ/エスカルゴ/ひずなます/はまなっとう/たてがみさしみ  付録「ごくらくちんみ」お取り寄せガイド

No.1175 6点 血の季節- 小泉喜美子 2022/08/14 23:28
戦争、狂気、変態、裁判、●●●・・・大きなテーマいくつもの並走を巧みに捌いた技能作。 犯人回想と警察捜査、二つのカットバックを軸とした思わせぶりな構造。こいつが読書中はかなり愉しいが、警察捜査側が最終的にミステリとしてガツンと攻めきらなかったのは、残念!

●●●話の常時ほのめかしの果ては、合理的解決の意気は買うが、説得力強かったり弱かったりデコボコタペストリーの講釈を経て、無難な軟着陸に過ぎる感がある。 また別種の或る事のほのめかしは不発というより、置き去りもいいとこ。

などと思いはしましたが、探偵役による解決大演説は言ってもなかなか熱いし、エピローグというかエンディングにはちょいとやられました。最後の最後にまさかの再登場を果たしたあの人の行為と気持ちを考えると、やはり●●●の線を残すオープンエンディングなのかな。「原●」や「鏡」の件もあるし。(あるいは、あの人こそ、思い込んでいた?) 

それにしても、裏の主役は東京●●●そのものか?

No.1174 8点 女王陛下のユリシーズ号- アリステア・マクリーン 2022/08/11 12:45
終盤~ラストシーンの物寂しさが堪らない。。。。 あれほどスペクタクルな戦闘場面、灼熱の男気が刻まれる里程標を経、人も艦も次々と姿を消し、このわびしい終わりは他の名シーン以上に記憶に残る。疲れを伴うこの感覚は、作者の「机上の感動パチパチでは済ませない、戦争の悲惨をリアリティごってりと読者に背負わせてやる」という意思が働いた結果かも知れません。

第二次世界大戦、英国海軍の巡洋艦ユリシーズは、宿敵ドイツの敵、イコール味方、であるソ連への援助物資を運ぶ「輸送船団FR77」の護衛部隊”旗艦”。スコットランド北端からアイスランドを経てロシアのコラ半島は不凍港ムルマンスクへと向かう途上、過酷な自然が常襲する北極圏を主戦場に、獰猛で狡猾なドイツ軍と闘わざるを得ない護衛部隊。更には本土の海軍本部との軋む確執。あまつさえ、旗艦ユリシーズの船長は、出航前から重い肺病に侵されている。

「達者でな、大航海家(ヴァスコ)」

数多の登場人物群の中に、お気に入りだったり、自分と似た要素を見出したり、自分にとっての理想の人間像だったり、そんな対象を見つけた人も多いのではないでしょうか。私の場合は特に愛着あるのが一名、彼を含めて特に気に入ったのが三名いて、内二名は生き残りました。もう一人は残念だったけど、亡くなったからこその、あの寂しいラストシーン、ラストカンバセーションなんですよね。

全体的にミステリ性は希薄ですが、ちょっと意外な人間関係(トリックではない)が劇的に明かされたり、ドイツ軍との激烈な駆け引きやら、艦や艦隊を守るためのトリッキーな頭脳プレー等、ミステリ的興味に寄り添うような部分も少なからず見られます。 出オチネタバレ的なアレも、若干ミステリの方向を見ているとは言えましょう。

筆致の素晴らしさ、それがもたらす自然や戦闘の襲い掛かる凄まじいリアリティは、言うまでも無いでしょう。 何より、「土曜日」の言説花吹雪は、沁みわたりました。

No.1173 8点 砂の女- 安部公房 2022/08/04 06:42
じんわり来るエンディング(特に、七年後?の方)は、いつまでも記憶に刻まれる事でしょう。

新種の昆虫を求めて、真夏の砂丘の村を訪れた学校教師が、村人の策略に遭い、蟻地獄のような窪地の家に囚われた。その住人の女は、夫と子供の命を流砂に奪われている。生きるために、村を生かすために、絶えず流れ落ち続ける砂を、延々と運び上げ続ける女。協力しつつも、いつか脱出しようと足掻く教師。 

いかにも寓話らしい引っ掛かりが、一本の筋は見えるものの、一面的でなく乱反射する様に遍在しています。そこに息づく隠喩の腰が強過ぎて、時にサスペンスを削ぐきらいもあるけれど(ゴリゴリの純文学だから仕方ない!)一方で、まるでマーロウが露悪的学士になったが如き(?)巧みな直喩の乱れ撃ちが実に愉しい。物語の主題も然ることながら、そのへんの言葉の遊戯に文学的歓びを見出すのも悪くないでしょう。

““砂””の異様な物理的様相、体中から絞り出される汗と、村から与えられる貴重な水、食事と性(的)行為、痛む肉体、暑さと渇き、感覚に訴えるリアリティは盤石で、理屈っぽい寓話ファンタジーに傾いてもおかしくない物語を、現実側にぐいと引き寄せる力があり、際どい所でエンタテインメントとしての可能性を本作に付与している気がします。 罠だの溜水装置だの、メカニカルな興味に訴える道具使いも上手いね。

名声が世界に広まったのも納得の一冊。 本籍地は明らかにハード純文学ですが、面白サスペンス小説のつもりで呑み込むように読むと、いいかも知れません。

No.1172 8点 レベッカ- ダフネ・デュ・モーリア 2022/08/01 08:00
ハンカチーフのくだり、一瞬でイメージ拡がってゾッとしました。 不安定な妄想と自己欺瞞、過去への恐怖と美しい風景描写が敷き詰められ、陰も陽も吞み込んだ大長篇。 河出書房世界文学全集(大久保康雄訳)の太帯によれば『読者を一晩中眠らせないサスペンス・ロマン』。 夫の亡き先妻「レベッカ」との心理闘争と◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯を巡る物語。 直接心理描写は主人公「わたし」に一任されましたが、それもかなりの所まで削り取られ、場面によってはハードボイルドに近い文体感触も見せ、それがサスペンスの醸造に大きく寄与しています。

まるで短篇のような衝撃を放り投げつつ、何故かジワジワ気を持たせるエンディングに引っ張られ、オープニングがもう一度気になって仕方が無い小説構成。気になった勢いで読み返せば、初めの二章の意味合いが、長きに渉って変わってしまっている。書かれない部分の峻烈な悲劇を美しく昇華させ、懐深く忍ばせていた事にも気付く。心の平安に溺れることを甘受せんとする「わたし」の生きる智慧にようやく思い当たります。

“わたしは、それらのものを、じっと見まもり、永久に心に焼きつけたが、なぜ、こんなものが、わたしの去るのをいやがる子供のように、わたしを感動させ、悲しませる力をもっているのだろうと、ふしぎに思った。”

最後の三分の一くらいで急流に差し掛かった様にミステリ流儀のスリルを増し、だがそこから一直線とは行かず意外性ある波乱の行路を行ったり来たり繰り返す、ジリジリと焦げるサスペンス。挙げ句があの終結。いつの間にか存在感極薄になっていた「わたし」が最後に大きく巻き返し、結局はあのオープニングへ再生されて戻る、空気を匂わす空恐ろしさ。 終盤に登場する人物の「属性」による諸々も、登場人物表での匂わせ含め、なかなかに唸らせてくれました。真相暴露部分は非常にミステリ度が高いです。何気にシンプルな構成の妙が最後に大見得を切りました。

“雷鳴がして、暗い曇った空の向こうには雨があるのだが、降ろうともしなかった。雨が雲のうしろにとじこめられていることは感じやにおいでわかった。”

文学的味わいは言わずもがな。 所々散らばる仄めかし隠喩の馥郁たる様は息苦しいほど。

No.1171 6点 三つ首塔- 横溝正史 2022/07/27 06:36
金田一先生も吹っ飛ばし(先生、いらっしゃったんですか!)癖の強い奴ら大勢引き連れ傍若無人なストーリーが暴れ回る荒唐無稽ファンタジー。阿呆のように巨額、且つ過去の因縁に縛られた特殊な遺産相続を巡る連続殺人。破茶滅茶無理矢理の力業でメインの人間関係が大いに捻れ吹っ切れ位相を変えるスクリュードライバー展開には、うっかり犯人捜しの謎解きも忘れそうになるが、急に犯人が見え透いた存在となった最後に明かされるもう一つ(バラして二つか一つ半?)の人間関係トリック(?)こそ意外性たっぷりで、そこに込められた人情が一気に溢れ噴き出るエンディングも素晴らしく熱い!!

冬季に展開するストーリーだけど、このちょっと頭カラッ◯的な(?)高速サスペンスはむしろ夏場のミステリ箸休めに良い気がいたします。

No.1170 7点 ロシア幽霊軍艦事件- 島田荘司 2022/07/18 23:25
革命史ミステリ、医学ミステリ、感動を呼ぶ◯◯ミステリ。 ここまで時空を超えた巨大な謎を、堂々の物理的物理大トリックで!! これほどの歴史恋愛人情ドラマを、こんな豪腕大胆トリックの渦中に放り込んで。。!! 核心となる長い長い事象は、前後する時系列で繋ぎ合わされ、様々な視点で語られる。だからこそ「エピローグ」はまるっと読者の想像まかせでよろしいのでは?とも(前半が冗長に感じ)思ってみたが、やはりそれまでの物語「空白」部分がそこで埋められたからこそ、ベルリンでの件がより切実に、米国での件も重みと迫真性とを増して感じられるのだな。。おかげで(途中までちょっとばかり危ぶまれた)アンチクライマックスも回避された。 そのくせ、全体通してミステリとしては大作というより小味によく纏まったコンパクト作品という感覚。不思議だね。 小道具 ”ブラシ” の小粋なトリックには感心。 著者あとがきの、本作を著した米国でのきっかけ、ははーんと思いましたね。

No.1169 7点 霧に溶ける- 笹沢左保 2022/07/13 23:45
時はS30年代中盤、対象を会社勤めのBG(OL)に絞った、一風変わったミスコンテストが開催された。 ところが、最終審査に残った数名の女性たちが次々と兇悪事件に巻き込まれ、内三名は死亡!!! 

“ビシッと凄まじい音が、××の頬で鳴り、その軀は玄関の壁に叩きつけられていた。同時に、形容のしようもない絶叫が家の奥まで響き渡った。”

気を持たせる物語構造、そのストーリー展開の途上、妙な具合に疑惑の矛先が収斂するんだな・・と思ったら・・・・オ~ゥなかなかにおフレンチ、綺麗な絵空事を圧倒的チカラワザで具現化する、これぞ、犯罪ファンタジー。 それでいて物理トリック、心理トリック共に地道な味がある。 不思議なバランスだ。

“不貞腐れた笑いではなく、自嘲をも含んだ嘲笑であった。 今、過去の自分の愚かさをしみじみと後悔していた。”

小味なようで実はとんでもなく深いオチも、物語を苦く締めつつ、素敵に効いている。 最後に沁みるタイトルも良し。

“六年間の忿懣を一度にぶち撒けた××は、この家と永遠の決別を遂げるべく、篠つく雨の中へ去って行った。”

しかし、醜いぜ。。!

No.1168 9点 厨子家の悪霊- 山田風太郎 2022/07/10 10:00
絶版復刻’97 by ハルキ文庫。

「厨子家の悪霊」  これぞ風太郎の、立方体型の名刺。医学にズブッと根差した、分厚い伏線と分厚い大反転の超絶技巧剛速球は、最後に浮かび上がる分厚い人間ドラマと不可分。ホンマ、強烈やで。。。。最後の台詞だけ、ちょっとショートショート風なのも悩ましい(?)。 
「殺人喜劇MW」  解説無用の面白話。ちょっと割り切れ過ぎなのは、割り切って書いたんでしょう。
「旅の獅子舞」  色彩豊かに述懐される、田舎芸人社会で発生した犯罪の顛末。美文と諧謔の一筆悲劇。沁みます。最後の晦渋な台詞こそが主文か。
「天誅」  普通だったらショートショートとされる長さの本作の、あまりに文学的に粉飾された美しきクソ大バカトリックに憤死のふりでもしてみるかァハハ!!
「眼中の悪魔」  これぞ医学ミステリの精髄。強烈な表題に深淵な覚悟が宿る。或る日記を繙きつつ回想する、恋愛を道連れにした狡猾無比な犯罪の経緯と、その因果律。 ”ああ、呪わしい論理の遊戯!”
「虚像淫楽」  二つのミスディレクションにまんまと絆される。或る事象のターゲット、まるで気付かなかった。ところが、それどころじゃなかった!謎なる穴の中を覗いてみれば、思いのほか広大な空洞が黒々と広がっていた。これは激し過ぎる、熱過ぎるお話。終盤一瞬のユーモアにグッと来る。医学ミステリの枠を大胆に踏み外したものだ。怖ろしく微妙に処理された、あの考えオチ要素の今後が本気で気になる。
「死者の呼び声」  ドライ風太郎とウェット風太郎の豪腕ハイブリッド。マトリョーシカ内の階級闘争?いやいや、心も頭も揺さぶられました。  

読んでいて胸が苦しくなるページの割合が高い、薬効強すぎのアンソロジー。 この並びって事は、最後の作にコミック・リリーフも少し兼ねさせているのかな。

No.1167 8点 黒猫の三角- 森博嗣 2022/07/07 11:33
「その、人間の証しに、何の価値がありますか?」

出だしからちょいと退屈に傾く冗長。ぎこちない文系の物言い。他殺と自殺を巡るありきたりの矛盾。一方で、意外性あるメタ?違和感のきらめきが眠気を消してくれる。だがそのメタ?違和感さえ余裕のまやかしだったのか、ナイスなタイミングで急襲をキメてくれた、意外な真犯人暴露・・・(これ言うとネタバレぽくなるけど、)既に人気シリーズを持つ人気作家の新シリーズ一作目であればこその、大トリック。シリーズ名すら堂々のミスディレクション! 当然、某独◯◯に掛けてるもんだと思いこんでました。。(実際それもあるのか?) ともあれ、よくぞここまでフェアプレイに徹しというか、むしろフェアプレイの新領土を開拓してみせてくれたものです。

「つまらない理由を探して、蟻の養殖をして、それで観察日記を書いていたんでしょう。きっと・・・・・・」

殺人はともかく、殺人”未遂”の背景とトリックはなかなか深いですね。密室のアレは、露骨過ぎない逆トリック応用篇ですかね。見事に目眩しされました。幽霊云々はズッ転びました。もう少し、言いたくない言葉だけど、人間が描けていたらなあ。。。。とは思っちゃいますね。そしたら地面がとんでもなくグラグラするんでないの、この真相をズドンと突き刺したら。でもまあ、クリスティ流の人間関係トリックを内から突き破ってみせたような感覚はちょっと凄い。その気概や良しです。ひょっとして「全F」密室トリックの人間関係トリック版かも知れません。

まさかの◯◯◯◯暴露含め爽やか過ぎるエンディングには、諸手を挙げて花束贈ります。 で、□□ってのが実は強いミスディレクションになっていたわけよね・・・物語構造の関係もあってちょっと光ってはいたけど・・・そっか、□□□手の大ヒントもあったんだ!! ところでこのタイトル、「白昼の死角」に掛けてるものとばかり思ってたんですが、実はそんな安直なもんじゃありませんでした。本当に良かったです。

No.1166 6点 Qを出す男- 島田一男 2022/07/01 21:38
土曜日が半ドンだった時代、関東テレビ『七つの疑問』は視聴率3割を常に超える金曜夜の鉄板番組。現実の迷宮入り事件をドラマ(生放送!)に仕立て、ドラマの後は実際の事件関係者に登場してもらい、司会の質問に一つずつ答えるという、危険極まりない趣向。 案の定、当番組が契機となったとしか考えられない新たな事件が勃発しまくり、当番組のディレクター小暮がAD矢沢と手を取り短時間でバッサバッサと解決しまくる連作8篇。 今年は夏が早い。昭和の夏の季語、島田一男は早くも全開だ。

はい、本番!/特別出演/作者登場/おくら番組/特別参加/当てレコ/アドリブ/吹き替え  (春陽文庫)

少ないページに真相のバリエーションをよくぞ頑張って揃えたもんだが、またアレのナニがそうなっちゃったんだろ?ってどうもパターンが見えてしまいがち。解決シーンも、読者はもう分かってるよって感じなのにやたらゆったりユタユタしてたり、かと思うと複雑怪奇な真相の暴露をラストスパート凝縮でやたらバタバタしてみたり、分かりやすかったり稀に分かりづらかったり、濃淡がマチマチなんですが、そんなんは大した瑕じゃありませんな。江守森江さん仰る通り、読んだら忘れる面白作品としては、そのへん変に凝ったり整えたりで文章の勢いを殺いでしまったら元も子もありません。

とは言え、玉石混交というのは違うけど、中にはなかなかガツンと来る本格魂ストレート内角高めの忘れ難きブツもやはり混じってるんですね。 ただ、そういうのだけ撰んでコンパイルしても島田一男の良さの全体像は伝わらなかろうねえ。

関係ないけど、むかし一部のマスコミで「男のいちも◯」を「Q」と呼ぼうというズッコケキャンペーンをプチ展開してた事があって、結局すぐポシャっちゃったんですけど(誰か憶えてる方いらっしゃいません?
1980年前後だったと思います)、この本のタイトル見るとそれ思い出しちゃって、ど~うも笑っちまうんです。

No.1165 5点 007/ロシアから愛をこめて- イアン・フレミング 2022/06/29 17:45
冒頭から3分の1を占めるソ連側の陰謀計画周りが分厚くスリリングで熱い。その後登場する、ボンドの良き友となるトルコ駐在スパイがとんでもなく魅力的。その協力者たるジプシーの首領も素晴らしい。肝腎のボンドは・・最後の最後の活躍でやっと魅せてくれたかな(ちょっとした伏線回収もあった)。肝腎のMさんだって、そんなに騙され易くて世界の平和は大丈夫なのか?ヒロインも何だか幼く頼りないばっかで存在感薄い。恋愛的シーンは眠かった。登場人物としてむしろソ連の悪役醜女の方が魅力は数段上。しかし、この思い切りのいいエンディング、手に汗握ったけど、これでいいのか。。。いや、このエンディングだからこそいいんだぜ。

映画とは縁の薄い私ですが、これ(危機一発)は劇場で観てました。原作小説に較べ、ボンドとボンドガールが良い意味でぐっと派手に活躍してましたし、冒険シーンにもスリルがありましたね。

No.1164 6点 仲のいい死体- 結城昌治 2022/06/24 17:30
「君は白い鼻毛を見たことがあるかね」
「いえ」

燻製風にドライで薫り高いユーモア、何を差し置いてもこれだ。そこだけくり抜いては引用しづらい、全体に埋もれてこそ生きるユーモアの数珠繋ぎが本当に素晴らしい。珍々軒の不味そうなラーメンすら気になった。ミステリ好きの生臭エロ和尚が錦鯉の長谷川さんに見えて仕方ない。 昭和三十年代、舞台は山梨の片田舎。あまりにも「無さそう」な組合せの男女心中屍体が貧乏寺の構内で発見される所から始まる、賑やかなドタバタと、抑制の効いた言葉の戯れとが併存する、結城昌治のオモロな面がシラッと前面に押し出された(それでも仄かな暗さが漂っているのが魅力の)著者初期の佳品。

「おれはもっといろんなことを知ってるんだぜ。ミミズにはキンタマが四つもあるんだ」
「うそをつけ」

最後に絞り出される謎解きの旨みに「ホホウ」と顎を撫でていたら、、それまでのユーモア進行さえ裏切って唐突にも程がある解決と結末!! 確信犯のスットコ軽○○派(?)動機!! その妙なバランスで変に羊頭狗肉な所さえユーモアの一構成要素だ。参ったな。。 旧い角川文庫、巻末解説(九鬼明)の一文 “間然するところのない田舎町の風物、人情が読者の心に定着したころを見計って、作者は一気にカタストロフに突っ込む。” ってのが、本作のオヨヨな結末感覚をきれいに言い当てていました。 だけどアレだ、心中事件に先立っての、近過去の自殺事件。こいつの、ミスディレクションにも繋がる不思議な立ち位置は、なかなかの珍味だな。

No.1163 8点 ハーレー街の死- ジョン・ロード 2022/06/18 23:35
甘みや愛嬌は薄いが、高潔な威厳とさり気ない温かみで力強く構築された堂々の長篇。締まりが抜群。前期レッド・ツェッペリンのたたずまいを彷彿とさせる。上級市民の世界が尊敬できる対象として真摯に描かれている。(中にはそうでない者も混じっていた..)ともあれ、この気高さが本格ミステリとがっちり手を組んでくれた事象はもう尊ぶしかない。

名医街と呼ばれるロンドンのハーレー街にて、一人の医師が謎の多い(色々と辻褄が..)毒死を遂げる。検死法廷では一旦事件性無しと処されたが、そこに強い違和感を覚えたスコットランド・ヤードの警視がいる。彼は或る私的な「定例会」の席にこの話を持ち込んだ。

「犯罪捜査に関するかぎり、この件は終わった」 プリーストリー博士は答えた。 「これ以上議論する必要なない」

他殺でも自殺でも事故死でも自然死でもないって。。これぞ、心理的超物理(⚫️学?◯学?)トリックの爆発だ!! そのトリック解明に至るまでのロジック披瀝も高潔にして鮮烈。専門知識を要する部分が全く不満や違和感無く呑み込めたのは、その肝となる⚫️学?◯学?的要素がミステリの土俵であまりにも興味津々に光り輝いたからに違いない。

地味なキャラクターの探偵役が或ることをやらかすのだが、そのお茶目感さえ妙に地味でシリアスなのが却って温かい。うむ、この不思議な温かさが底にあるからこそ、バランスが取れているんだろうなあ。

No.1162 6点 水族館の殺人- 青崎有吾 2022/06/13 11:42
「オランダ靴」に萌えないが「フランス白粉」には萌えるおいらにとって、本作の犯人特定に向かうシーンそのものは実にスリリングで良かった。特に、犯人と仮に目される属性グループが切り返し鋭く入れ替わった瞬間、チリチリ来ちゃったねえ。だがその割に、犯人特定のロジックを構成するパーツが所々脆弱だったかな。「血」の件にはなるほど唸ったもんだ。「時計」のナニもなかなかだ。せっかく英題にも選ばれた「モップ」の云々は、その四分の三くらい(?)は大したもんだと思うけど、重要な残り四分の一の所で、見せ方があからさま過ぎないか?「トイペ」に至ってはあんだけバカ実験させときながら机上の空論感で芬々。「体格」の件も何だか。。物語の中核かと思われたアリバイ検証もアリバイ偽造も、とにかくアリバイと名の付く部分にゃあ何のスリルも感じられませんでした。結果として、自分にとっては、二段構えオチ的に語られる 『 動 機 』 こそが本作最大のミソ、という認識になってしまった。クレイジーな面がある動機背景だけど、これには意外性方向の深さがあって、本格ミステリとしても小説としても刺さりました。●●の対象が実は。。。。って目の前にありながら大きすぎる盲点でした。でもまあひっくり返る程ではない。 探偵役が推理披露の場面で唐突に豹変する浅い作り物感は若干醒めるかな。探偵役の、これから深堀りされそうな個人的背景への興味は、、微妙なところ。 まあ減点対象もいろいろありますが、犯人特定シーンと動機設定の二点突破でそこそこ高得点になっちゃいましたね。

No.1161 7点 事故- 松本清張 2022/06/08 21:26
中篇二本を収め、副題に「別冊黒い画集」とあるが、本家の「黒い画集」よりはぐっとお手軽に読める一冊。

事故
一瞬にして妄想を焚き付ける清張の表題眼力にやられっぱなしです。込められた重層的意味合い、物語の具体的ターニングポイント(..以下略..)、包み込まれた違和感、そこには時系列の妙が関与。 冒頭の数頁を読み、シンプルな事件構造をサスペンスと冷気たっぷりに追いかける、清張並みの筆力あってこそ成り立つタイプの最短距離疾走作かな、と思って読み進めると、予想外の方向から新しい登場人物やら事件が次々闖入して何やら複雑な本格パズラーの様相。。と思えば中盤では成りをガラリと変えて。。いえ、これ以上は言えません。 運送会社のトラックが某会社役員の邸宅に突っ込む事故の後に起こった二件の殺人事件には、果たしてそれぞれ繋がりがあるのか。。というお話。 まあ、或る登場人物がそこまで単純なバカってあり得るか・・って違和感は少しあるけどね。

熱い空気
パンチの効いたゴーゴーリズムで一気に駆け抜ける爽快ドタバタイヤミス。こっちの方が最短距離疾走型。人の醜い内面をここまで厭らしく、言葉配置のタイミングも最適に、極限までチューニングして描き出すのは流石の清張クオリティだが、こんなに深い所まで人間を描いておきながらエンタテインメントの側に寄せ切っているのは素晴らしい贅沢。 大学教授宅に派遣された家政婦が、一家に怨み(相手によって濃淡はある)を抱き、いずれこいつらを破滅させてやろうと策を弄するお話。終盤の二段構えツイスト、一段目の方にまさかの意外性があった。 醜女設定の筈の主人公から醜女感が出ておらず、むしろ十人並みの器量のように見えてしまうのは、どうかな。 方向的には見え透いてる割に唐突感のある、ちょっとオープンなエンディングは、物凄い偶然頼み、って事なのか?? 気になった。 そして本作もまた、表題の重層性が効いておりますな(「事故」ほどトリッキーではないが)。

No.1160 7点 見えないグリーン- ジョン・スラデック 2022/06/06 22:52
ユーモア、皮肉、パロディに満ち満ちた本格パズラー。密室殺人、人間消失、偽装アリバイとトリックの割子そば状態。それぞれ割と小味だが、全体まるっといい感じ。そんなトリック面もさることながら、犯人特定のロジックというか仮説煎じ詰めには痺れた。目眩しされて意外過ぎる犯人とは行かないが、犯人の事件内立ち位置の意外性、犯人特定のための手掛かりとロジックの意外性に押し切られ、文句なし。 

と言っても、トリック面や殺人動機、或る意外な事象を見破る手掛かり、犯人の最後の抵抗、他にも幾つかの要素で微妙なせせこましさを感じ、その辺ちょっとB級感が発生してる気もするけど、何しろ犯人特定ロジックの見事さ、そしてやはり強靭なユーモア、皮肉、パロディのスピリットが光り、トータルではA級作品かな。

犯人と言えば、或る人物が殊更に?登場人物表にエントリーされてるの、結構なミスディレクションになってましたよ。その本人がまさか犯人じゃ。。なんて少しばかり本気で疑いましたよ。何しろ、奇想天外な密室トリックって喧伝されてるわけだからねえ。

もろ手を挙げて「評判通りの傑作!」とまでは思えなかったけど、悪いもんでは全くないね。

No.1159 9点 瀬戸内海の惨劇- 蒼井雄 2022/05/30 12:00
初夏の瀬戸内海を舞台とした連続殺人劇。 往来の風景描写に滲むほどの旅情は文句無し。 或る小島の血腥い伝説を背景に、絞りに絞った僅かな登場人物群が次々と屍体で見つかる、異様な焦燥感。 格調ある文体と言葉択びで綴られた、本格ミステリと心理サスペンスのハイブリッド展開。 樽ならぬ、トランクならぬ「柳行李」と屍体並びに生ける人物の異様に複雑な移動(なのか!?)、きっちり追いきれなくともせいぜい雰囲気だけで問題無し。。と油断していたら!! 雰囲気とかそういう次元の問題じゃない!! やばい!! 偶然要素も濃いとは言え、そういう問題じゃねえ、心理的にも物理的にもあまりにも熱い灼熱の、劫火の如き複雑系アリバイ顛末!!! いや、よく考えたらそれ、アリバイと一言で呼べるものではありません・・・ 真相の或る部分、ずるい手を。。としばし思ったが、そのずるい要素さえ一息に呑み込み、実に奥深く巧みに、本格推理のガチンコ勝負に出る蒼井雄!! あまりに熱い涙を圧し出させずにおられぬ、情け迸る或る殺人シーン、これは貴重極まりなかった。。 一連の犯罪動機にも面積巨大な落とし穴、これは、戦前の当時にして、探偵小説における古臭い犯罪背景の典型をさりげなく一刀両断したものと捉えてよいか。  

世評もあり、『船富家』よりは数段落ちるのかな、それでもいいや、と漠然と心の準備をしていましたが、読んでみると個人的には全くそんな事は無い、充分に高い水準で肩を並べる逸品でありました。 確かに、ストーリーの大半は割とゆったり構えた所があり、そのくせ真相解明のラストスパートで一気呵成に密度を上げるようなアンバランスはありますが、だからこそこの強烈な感動(連城の短篇を彷彿とさせる)がもたらされたのではないかな、と思っています。

No.1158 6点 三本の緑の小壜- D・M・ディヴァイン 2022/05/25 14:34
読みやすい、読ませる、面白い、ディヴァインらしい安定と信頼感。そこへ来て真犯人は確かに意外だし、しっかりミスディレクションされて、疑惑対象は或る人物中心の数名に終局間際まで寄せられてた気がするが、、ディヴァインらしい深み有る薫るミスディレクションの域までは達してなかったかな。でも「犯行再現」時の真犯人の扱い方なんかは、ちょいと大胆で良かったね。 むしろ惜しいのは、あれほどスリリングに気をもたせた「動機」が、結構な肩透かしであったこと。濃厚心理ドラマから地続きの異様な動機ではあるけれど、何気にそのまんまというか、もう一ひねり半欲しかったよねえ。「◯◯◯が近い」っつったって、長い目で見りゃ□□□ならみんな似たようなもんなんだし、そこに拘るのは犯人の頭がおかしいから、という事になっちゃうのかな。 実は何かトリッキーな数学的要素が動機の一部に潜んでいるのではないか!? なんて期待したのですがね(何しろ◯◯が重要だってんだから)。。。   田舎町で十三歳の少女ばかり三人+青年医師の連続殺人事件を追うのは、殺された医師の弟、自らも医師。 幕間を挟んで三名の一人称叙述リレー(ABCBA形式)で構成される、サスペンスと本格ミステリのハイブリッドの様な、リーダビリティ高↑の長篇。不満も並べましたが、魅力は充分です。 ところで、恋愛要素が煩くなく溶け込んでいるのは良いけど、作者、メガネっ娘に厳し過ぎないか(笑)?! かなりしつこかったよ。。

No.1157 8点 つみびと- 山田詠美 2022/05/20 21:43
“面会室の隣にある待合所で、面会申込書の被収容者氏名の欄に自分の娘の名を書く時、琴音はいつも深呼吸して、少しでも多くの新鮮な空気を取り込もうとする。もしも蓮音と話をすることが出来た場合に、自分の吐く息が汚れていたら可哀相、なんて思う。”

祝福に満ちた親子関係でさえ、ボタンの掛け違え踏み外しが過ぎると、まるで十代の恋愛のように不器用な破滅に向かってしまう。しかも恋愛と違って取り替えが効かない。。。 凄まじいリーダビリティを引き連れ、冷静に強烈に描写される、不幸のDNA(←比喩)に縛られた親子四代の物語。 うち三代「母」「娘」「小さき者たち」の回想リレーで綴られる中、探られるのは、「小さき者たち」が真夏の或る日マンションの一室で餓死するに至った理由の深層。

“私たちは、同じことをした親子。でも、いったい何故、母は私にならずにすんだのだろう。”

「エピローグ」から、息が詰まるほど濃密な思索と行動が飛び出しました。本作は「エピローグ」こそ主軸ではないのか。本篇で抑制した著者の想いがとうとう溢れ出したのか。気の利いたひと台詞さえ刺さること!『ある事』へのモチベーションが急に高まるくだりは泣けました。少しでも良い方向へ展開する様、読んでいて流石に祈りましたね。オープンな感じもする不意のラストシーンは、ううん、何なんだろうなあ。。 更に、続く巻末対談(著者×精神科医)も分厚く深い!

“まったく、違う! そんな区切り方は、まるで間違っている、と蓮音は自身を激しくなじるのだった。”

逸らすな、なんとか工夫して上から襲うんだ、俺たちの心だって重力から逃げられないんだからよ。。

実際には書かれていない、禁忌すべきキーワードがそこかしこに潜んでいます。あるいは凶暴な単純化への陥穽がそこかしこ。それらは山田さんが『敵』として敢えて言外で表現したのかと思います。「小さき者たち」の最期を敢えてきれいごと織り交ぜ描いた優しさ(?)も、もしかしたら同根の理由に因るのかも知れません。 山田さん、小説の形で世に問わずにいられなかったんだろうなあ。 本作は2010年の「大阪二児放置死事件」に材を採ったフイクションです。

「いいですか? 彼女たちの過去も未来も、彼女たちだけのものなんです。他の人間が関われるのは、その時に現在と呼ぶことの出来る、ほんの一瞬だけなんだ」

悪い冗談でなく、「カムカムエブリバディ」の母娘三代物語をどこかしら彷彿とさせる内容でしたが、いっやー、純文の人は容赦無いわー。

“子供たちの寝息を聞きながら死んで行くのは、さぞかし幸せなことだろう。でも、自分の死んだ後に残されたこの子らの心配で、死ぬに死ねないかもしれないな。”  ← これに続くブラックユーモアのバカロジック展開が秀逸と言うか、混乱をよく表していると言うか。

さて帯にある惹句「本当に罪深いのは、誰ーー。」は、ひょっとして『読者が犯人』に挑戦したのか!?なんて匂わせなくもありませんが、実際のところ、果たして。。。。

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斎藤警部さん
ひとこと
昔の創元推理文庫「本格」のマークだった「?おじさん」の横顔ですけど、あれどっちかつうと「本格」より「ハードボイルド」の探偵のイメージでないですか?
好きな作家
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