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tider-tigerさん
平均点: 6.71点 書評数: 369件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.189 7点 怪盗レトン- ジョルジュ・シムノン 2017/09/24 22:21
国際刑事警察委員会より暗号化された電報が届く。それには国際犯罪組織の長と目されているピートル・ル・レトンがブレーメンからアムス、ブリュッセルを経由してパリへとやって来たことが記され、さらにレトンの人相風体がこと細かく記載されている。
レトンが乗っている北極星号をお迎えすべく停車場へ馳せ参じるメグレ。メグレは自分の客と思しき人物をホームで視認するも、その直後、北極星号で騒ぎが起きた。洗面所で男が死んでいる。その男も電報に記載されたレトンの人相風体と一致する。

メグレシリーズの記念すべき第一作目。冒頭からストーブやパイプといったメグレお好みの小道具が登場する。
レトンをお迎えするにあたって、メグレはなぜ部下を連れていかなかったのか? まあそんなことはいいとして、本作はまっとうなエンタメ作品でありながらメグレシリーズとしては異色作である。
シムノンは後年「ストーリーには興味がない」と発言しているが、本作ではストーリーを意識してエンタメ小説を書こうとしているように感じられた。
オチはメグレらしからぬものであるように思えた。が、悪くない。
写真を見ての推測、そんなことまでわかるのか、メグレにはわかるのだ。
空さん御指摘のとおり説明的な文章、シムノンらしからぬ文章が散見される。
自分が特に違和感のあった一文↓
~メグレの顔はこわばっていた。が、泣きはしなかった。泣くことのできぬ男であった。~

原題は『ラトヴィアのピエトル(人名だが、道化の意もある。含みありそう)』うーん、こっちの方がいいな。レトンは怪盗ではないように思えるが、日本での発売当時だったら怪盗にしておいた方が売れそうではある。

クリスティ精読さんが言及されていたが、数年前から作家の瀬名秀明氏がネット上でシムノン作品の書評を順々に発表している。瀬名氏はメグレシリーズは一作目から順番通りに読んでいくのが正しい読み方のように思えると述べていた。順番通りに読むべきなのかはともかくとして、最初に本作を読むのはいいと思う。
シムノンの試行錯誤が感じられるが、良作だと思うし、なにより自分は本作が好きだ。

No.188 7点 オルガニスト- 山之口洋 2017/09/24 22:16
ドイツの音楽院で教鞭をとるテオドール・ヴェルナーの元にブエノスアイレスで活動している天才的なオルガニストの情報がもたらされる。このオルガニストはかつての親友であり、また、自分がその将来の芽を摘んでしまったあの青年ではないかとテオドールは予感する。

青春小説、サスペンス、SFが混ざったような作品で、個人的にはホラーでもあるように思えた。
音楽に魅せられて、その純粋さが狂気へと向かってしまった青年のとんでも話。
前半は音楽家を目指す若者たちの青春小説、後半に入って殺人事件が起こり、サスペンス、SFの要素が入り込んでくる。
後半のSF的な部分で白けてしまう人もいるかも。また、音楽、オルガンに関する蘊蓄がかなりあって、興味のない人には辛いかもしれない。
ミステリとしては犯人はまあ普通に読んでいれば誰でもわかる。動機もだいたい推測できる。ただ、ハウが少し凝っていて、これを主人公たちが音楽的な部分から解き明かしていくところに工夫がある。
ホームズの有名なセリフが言葉を多少変えて飛び出したりもしている。
ハッピーエンドともバッドエンドとも取れそうなラストは哀切であり、読後感には独特のものがある。個人的にはとても好きな作品。
ただ、変にあっさりしたところが目につく。三角関係がなし崩し的に解消されていたり、悲惨な出来事が起きたわりに主人公も彼もやけに冷静だったりとやや説明不足、書き込み不足と思えた。また、音楽に関する説明は多いが、音があまり聞こえてこないような気がした。
なにかにすべてを捧げてしまう人の話というのはチラホラ見かけるのだが、中島らも氏の遺作となった短編『DECOCHIN』(異形コレクション蒐集家に収録)における狂気などは本作に通ずるものがある。

酒見賢一氏の作品を書評したのでファンタジーノベル大賞受賞作を一つ。受賞作は半分以上は読んでいるが、ジャンルを特定しにくい作品、はっきりいって変な作品、そういうのが多く、一般的なファンタジー作品はむしろかなり少ない賞。総じて受賞作の文章はレベルが高く、かなり癖のある作品が揃っている。

※本作は三人称で書かれていたものを文庫化にあたって一人称に書き直している。やや無理もあるが、私は一人称に直された文庫版の方が好き。登録は三人称のハードカバー版

No.187 6点 墨攻- 酒見賢一 2017/09/24 22:12
古の中国には墨子教団と呼ばれる奇妙な連中がいた。非攻の精神を基に、侵略にあっている国を助け、落城の危機に瀕する城を救う。通常は数人の墨子が組んで任務に就くのだが、教団内のいざこざのため、革離はただ一人二万の軍勢に踏み潰されんとしている小国の城の救援に向かうことになった。

史実と空想を織り交ぜた奔放な作風と簡潔にして格調高い文章が売りの酒見賢一氏です。
本作は中島敦記念賞を受賞しているそうです。漫画化、映画化もされています。小原庄助さんの書評に触発されて、懐かしさのあまり自分も酒見作品の書評を書きたくなりました。

革離が村人を統率し、自在に腕をふるう籠城戦が淡々と描かれていますが、とても面白い。
ただ、墨家というのはかなり特異な集団だったらしいのに、その特異さがあまり前面に出ていないように思えます。戦術に当時の最新の知見が盛り込まれてはいるものの、奇策と思えるようなものはなく、軍律そのものも、それを徹底することも基本に忠実な参謀という印象しかありませんでした。また、初読時は呆気ない終わり方に不満でした。

年を食って、淡々とした書き方の中に墨子の哲学が少しだけ見えたような気がします。本作のあっけない終わり方は、いかにも墨子らしくて素晴らしいと思っています。

ファンタジーノベル大賞という新人賞があります。自分はこの賞の第一回目の原稿募集の新聞記事を憶えております。この賞の受賞作は絶対に読もうと決めて、実際に読みました。「すごく面白かったけど、これはファンタジーなの?」と思いました。これが酒見賢一氏のデビュー作『後宮小説』でした。

No.186 6点 死都日本- 石黒耀 2017/09/24 22:10
メフィスト賞受賞作。力作。
破局的な噴火なるものが発生した時になにが起こるのか。
九州の火山が噴火。逃げ回る主人公の視点でその恐怖をたっぷりと味わうことができる。
ただ、主人公を絶命の危機にたびたび追い込んでちょこちょこと読者を脅かしてくれるが、そのやり方がいささかせこい。
ドキュメント風の作品。これは小説として問題があるという含みもあるが、迫真性に富んだ作品である。かなり怖ろしい。リアリティ(もっともらしさ)は充分すぎるほどにある。だが、この作品の場合は作品の性質上、リアル(事実)であるかどうかも重要だ。私は素人なので判断できないが、ネットで調べてみたところ大きな間違いはないらしい。
大仰なタイトルだが、虚仮脅しではなさそうだ。一読の価値はある作品。
小説らしさは希薄だが、読み物としては非常に面白い。

説明が多すぎるような気もするが、具体的な描写、数値を上げるなどして精緻に語ってくれるので、個人的には面白かった。自然描写が丁寧。
政治、経済に関して言及した部分には素直に頷けない点もある。
万単位で人が死んでいく話なので、個々の人間ドラマにはあまり見るべきものはない。ただ、近藤老人の話は妙に印象的でいまだに憶えている。

予見的な部分がけっこうある。
中国の潜水艦のエピソードなんかはもう笑ってしまうくらいリアル。近年実際に同じようなことが起こっている。
後年の政権交代を予見していたかのような書きっぷりも凄い。
ただ、現実に政権取ったのは……おろおろするばかりで具体的な方策はなにも取れず、本書のような展開にはならないでしょう。
※出版は2002年

作者は少年時代から火山に魅せられていた内科医。
「地震は怖いけど、火山はそれほどでもないよね」
妻のこの言葉に驚いたことが執筆の切っ掛けだったという。
作者の狙いは成功している。火山は本当に怖ろしい。
ただ、破局的噴火によってなにが起こるのかをこうして読んでしまうと、私は諦めるしかないなと思ってしまうのであった。

No.185 9点 ジェゼベルの死- クリスチアナ・ブランド 2017/09/16 13:11
「わかった! この人は○○○なんだ!」
ユーモアミステリの傑作などと言ってみたい。
演劇的な作品だとも言ってみたい。
ページェントなるものがモチーフとなっているが、本作のキャラ造型やセリフ回し自体にどこか演劇的なものを感じる。シェイクスピアを想起させるようなセリフもあった。
故に小説的には少々馬鹿らしさも感じなくはない。これがガチガチの本格だったら、たぶん馬鹿らしさを感じてしまったと思う。

素晴らしいユーモアと素晴らしい本格要素が融合してとてつもない傑作になっている。
本格要素の凄さがユーモアのそれより、ほんのわずか上回っているかもしれない。
自由奔放な視点移動から真相に肉薄するような材料をバンバンさらしている。巨大な針の山に隠されたゼムクリップを探しているかのごとき状況に読者を追い込む。
ところどころ違和感はあったんですよ。なんで『目』に関する描写がやたらうるさいのか、とか。でも真相はまったくわかりませんでした。大胆というか、自信に溢れる書き方ですな。誤誘導がうますぎます。誤誘導というか混乱させられただけなのかもしれませんが。
※実は自分も斎藤警部さんと同じくあの人物が犯人だと考えておりました。たぶん僕たちは作者の思惑通りに読まされたような気がしますよ、警部殿。
第二の死体が出てきた時は笑いが止まらず。
自白する者後を絶たずの展開もかなり笑えました。
そして、あのトリック。この落差がなんとも。
連続自白は読者を混乱させるだけではなく、主眼は壮大なユーモアであったんだと自分は考えております。ここまで大胆にユーモアを織り込んで、それでも本格としてのバランスを危いながらも保ち、白けさせず、散々笑わせておいて本作の目玉ともいえる驚愕のトリック。怖すぎてまた笑ってしまう。傑作です。
人物造型もこの小説の狙い通り、物語に大いに貢献する的確なものであったと自分は思います。
弱点としては、若干の読み難さ。トリックの実現可能性に疑問。コッキーのキャラがいまいち弱い。まあ、ここまでの作品を提示されてしまうと、どうでもいいですね、こんなこと。

No.184 7点 病みたる秘剣- 伊藤桂一 2017/09/16 13:07
かつて根津の親分として名を馳せた岡っ引きの浜吉であったが、ふとしたことから法に触れ江戸から五年の所払いとなってしまう。刑期を終えて江戸に戻っては来たものの、今さらどの面下げて十手を持てるものかと、習い覚えた風車作りを生業にして江戸の片隅でひっそりと暮らしている。そんな浜吉もガキ仲間の喜助や下っ引き留造らの引き立ててでかつての姿を取り戻していく。

以前に書評した捕物小説のアンソロジー『捕物小説名作選一』に本シリーズの第一話が収録されており、興味が湧いたので購入。登録だけして書評を書くのが延び延びになっておりました。そういう作品が多いんですよね。すみません。
作者は昨年秋に九十九歳でお亡くなりになっているようです。
第一話を読んだ印象は劇画調のかっこいい話。子連れ狼みたいな世界観なのかと期待しておりましたが、どうもそういうシリーズではなく、だんだん人情味が強い普通の捕物小説のようになっていきました。下っ引きである留さんの相談役から始まり、浜吉は話が進むにつれてかつてのように親分へと復帰していきます。まあガチガチ鉄板な展開ですな。第一話のナイフみたいに尖っては触るものみな傷つけるような感覚が希薄になってしまったのは残念でした。とはいうものの、かっこいいアクションシーンは多く、読点を多用した噛んで含ませるような文章もなかなか味わいがあるし、話作りも安定した面白さがあります。
特に表題作がかっこいい。
浜吉の私生活は期待に反してほのぼのとしてしまいましたが、それはそれで良かったのかも。
二作目である『金隠しの絵図』もとい『隠し金の絵図』もなかなか良かった。以降の作は未読だが、やはり良質の捕物小説シリーズではないかと予想される。
これからも捕物小説を少しずつ読んで読書の幅を広げていきたいと思う今日この頃。

No.183 6点 血族- 山口瞳 2017/08/26 16:10
父母の若い頃の写真はある。生後三ヶ月ほどと思われる自分の写真がある。なのに、父母の結婚式の写真がないのはなぜなんだ? こんな疑問が唐突に湧き出て、作者山口瞳はいてもたってもいられなくなり疑惑の解明に乗り出す。そこには母が隠し通した、そして、誰も話したがらない一族のとある秘密が絡んでいた。

ミステリーのようにも読める私小説などと言われている作品です。以前に書評したカポーティの『冷血』と同様の形式、ノンフィクションノベルともいえます。
作者は二十年ほど前に亡くなりました。この頃のことはよく憶えております。訃報から数日後、上司が休み時間に「ちょっと読んでおこうかなと思ってさ」などと照れながら本作を読んでいたのを発見して、私も便乗したからです。

最初の200頁は延々と親類縁者のエピソードが続きます。それほど陰鬱ではない、むしろ愉しいエピソードなのですが、どこか漠然とした重苦しさが漂います。作者の大いなる不安が反映されているからでしょう。『知りたい、でも、知りたくない』と。この葛藤が読者にも真に迫って来る。ここらあたりはサスペンス的な要素あり。
変人ばかりの一族。彼らの独特の価値観、性質が語られていく中、それこそ章が進むごとに次々と小さな謎が積みあがっていきます。作者は~貧乏は遺伝する~といった面白い視点を交えつつ、一族を分析していきます。とにかくおかしなことの多い一族です。これら大量の謎が200頁以降で解明されてゆき、謎のすべてが一族の秘密へと収斂してゆきます。逃れられない血の轍とでも申しましょうか。丑太郎伯父さんが改名した理由が特に心に残りました。そして、ちょっとしたどんでん返しもあり、作者の母への思いが、最後の二行が胸を打つのです。
ミステリ的な読み方は可能ですが、ほとんどの読者はかなり早い段階で一族の秘密に気付いてしまうことでしょう。いささかくどい部分もあります。また、小説としての完成度は難ありのような気もします。が、とても好きな作品です。小説としては8点か9点です。
ミステリとして考えると……採点は抑えます。6点。

作中、こんな文章があります。
~だから私には推理小説やSF小説が読めない。理解できないから面白くないのであるけれど、一方でバカバカシイという気持ちもないことはない。~
この文章がどうにも前後から浮いているんです。『だから~』とあるけれど、なにが『だから』なのかさっぱりわからない。この部分は丸ごと削除してしまった方が文章の流れが自然なのです。なんでこんな文章をわざわざ挿入したのか。作者は本作執筆にあたって、いくらかミステリを意識していたのではないのか。
作者は直木賞の選考委員をしていたので、ミステリの候補作にどのような選評を残しているのかをざっとチェックしてみました。
ミステリを目の仇にするようなことはなく、むしろ泡坂、連城などをかなり高く評価していました。島荘の『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』に至っては推す人が誰もいないなか唯一人強硬に推しまくり。
ミステリだからダメなのではなく、ミステリに固執することによって致命的な瑕疵が生じたり、完成度が落ちるくらいならミステリを捨てたほうが良いというスタンスのようです。候補作のいくつかにそのようなコメントを残しておりました。
こういう人が書いたミステリ風の作品ということで、あえて書評してみました。

No.182 7点 アックスマンのジャズ- レイ・セレスティン 2017/08/11 15:13
手堅い作品だが、目を惹くタイトルとは裏腹に意外とケレン味は乏しくて、自分が編集者だとしたらなにを売りにしていいのか迷ってしまいそう。帯には『ジャズを聴いていない者は斧で殺す』と大きめの文字で書かれ、その下に『恐るべき予告までする連続殺人鬼の正体とは? 実際に起きた事件をもとに大胆な設定で描く話題作』とあった。うーん。ジャズは物語には申し分なく寄与しているものの、ミステリ部分と密接に関連しているかというとそうでもない。実際に起きた事件を下敷きにしていることもそれがうまく活かされているわけでもなく。さらに独自の作家性や突出した部分が見えにくい(裏を返せば欠点も少ない)。ジャンル分けも確かに難しい(個人的にはジャンルはどうでもいいのですが)。
時代設定は1919年。舞台はニューオーリンズ。1919年は奇しくも日本が国際連盟で人種差別撤廃を提案するも、なぜか反対する国(どこだろう?)がいくつかあって廃案とされた年。その頃、ニューオーリンズではまだまだ人種差別が根強く残っていた。こうした時代の街の描写、雰囲気作りがうまい。
人物もルイス、ケリー(もっとも気になったキャラ)といった脇役含めて丁寧に書かれており、主な視点人物が三名いても、混乱することもなく読み易い。この視点人物のパートはつまらないというような問題もなかった。
構成や文体は著者近影に比例して非常に生真面目な印象。視点人物を複数にしたことを活かした決着の付け方が洒落ている。
エピソードの作り方は上手だし、泣かせ方も心得ている。ただ一度だけのあの二人の会話なんか良かったなあ。これでパワー(個性)が出てくればかなり面白い作家になりそう。続編も読みたい。

※ジャズはあまり詳しくありませんが、ルイスのモデルはすぐにわかりました。というか、名前同じだし。「What a wonderful world」で検索するとルイスの晩年の姿、歌声を堪能できます。

No.181 6点 ケープ・フィアー 恐怖の岬- ジョン・D・マクドナルド 2017/08/10 00:08
十三年前にサミュエル・ボーデンの証言によりブタ箱入りになっていたマックス・キャディが帰って来た。幸せ一杯のボーデン一家を真綿で首を絞めるように苦しめていくキャディ。サミュエルは家族を守ることができるのか。

地味な展開。ジワジワとボーデン一家に迫るキャディは不気味であり、特に長女が危ないと思っていた。サミュエルは家族を守るにあたって、しばしば温い判断を見せる。これは絶対~になるよとこちらは思う。だが、なかなかそうはならない。地味だが、じわじわと胃に負担を与えてくれる。ここらあたりの匙加減が実にうまい。大きな動きはないのに読まされてしまう。
そして、家族を狙われたことによってサミュエルの信念はだんだんと揺らぎ、内面に劇的な変化が訪れる。この変化も自然である。
『濃紺のさよなら』の書評で、「ジョン・D・マクドナルドはアメリカ人のための作家だ」みたいなことを書いたが、本作も極めてアメリカ的な作品だと思う。そして、うまいとは思うが、私はこの作品が好きではない。作品の出来は7点以上だと思うが、6点。理由を述べるとネタバレになるので、以下ネタバレコーナーにて



ネタバレ
逆恨みから家族もろとも狙われる破目に陥った平均的なアメリカの男であるサミュエル。
これはごくごく普通のアメリカの男が逆恨みされ、追い込まれ、ついに窮鼠猫を噛んだ、そういう話のようにも見えるが、ちょっと違うと思う。
本作の原題はThe Executioners(処刑人)。この処刑人とは誰のことなのか。
最初はキャディがExecutionerなのだと思っていた。かなりえぐい展開が予想された。ところが、淡々と物語は進む。サミュエルの家族のことがじっくりと書き込まれ、キャディはあまり派手なことはしない。作者は読者をボーデン一家に感情移入させてから、ボーデン一家の料理にかかるつもりなのか。嫌な展開だなあと勝手に思っていた。
ボーデン一家の緊張は耐え難いレベルにまで達した。
ここで、サミュエルの内面に変化があり、犯罪者に怯えるだけの弱い男ではなくなる。
家族が狙われているとはいえ、この時点では死刑になるほどのことはしていないキャディをサミュエルは罠にかけて殺そうとする。警察もそれを容認するばかりか、よしよし応援するぞとばかりに人員を回してくれる。これは正当防衛といえるのか? 
日本だったら有り得ない話だと思う。しかし、アメリカには本作のような解決を容認する文化的な土壌があるように思える。アメリカ的価値観の勝利を描いた作品のようにすら思えてしまう。
また、途中サミュエルは小細工をもってキャディの排除を試みるも失敗するが、これなどは卑劣だと思った。
死刑制度は野蛮だから廃止すべきという意見がある。だが、アメリカやその他の国では逮捕時に被疑者を殺してしまう案件が多い。逆に日本では裁判にもかけられず殺されてしまう人間はまずいない。
※アメリカは死刑制度あります。


No.180 7点 失われた黄金都市- マイクル・クライトン 2017/08/10 00:05
ブルーダイアモンドの鉱脈を求めてコンゴの奥地に分け入った調査隊が全滅した。調査隊の撮影した映像にはゴリラに似た生物と奇妙な建造物が映っていた。
第二次調査隊が結成され再調査に向かうが、手話の使い手であるゴリラが一頭メンバーに加えられていた。

1980年の作品。原題は『Congo』かつてベルギー国王の私有地扱いをされ散々な目に遭ったアフリカのほぼ中央に位置する国。
高校生の頃に夢中になって読んだ作品。二十ウン年ぶりに読んでみたが、やはり面白い。
きちんと調べて書くのが持ち味のマイクル・クライトンだが、序盤は蘊蓄が悪玉コレステロールのごとくで物語の血流がイマイチ悪い。興味ある蘊蓄(ゴリラ系)は良いのだが、興味のない部分は読み飛ばしてしまった。そんなに支障はなかったりする。
中盤はまさに冒険小説。次から次へと襲い来るアフリカならではの困難は予想を大きく外れるものではないものの、丁寧に状況が説明されるためとても臨場感があって面白い。
終盤の謎の生物との絡みも多少???な部分もあったが、非常にスリリング。
まあ、ラストはこの手の話の常道ではあったが、それもまたよし。

気になった点
調査隊に手話のできるゴリラと動物学者、彼らを参加させる必然性が薄い。また、明らかにやばい展開になっているのに動物学者が大切なゴリラを継続参加させるものかも疑問。
まあゴリラがいなくちゃ話にならないのだが。
調査隊の主要メンバーである三名。マイクル・クライトンにしては人物造型を頑張ったとは思うが、この三名の関係がちょっとビジネスライクに過ぎる印象。これだけの冒険を共にこなしていくわけだから、好きにせよ嫌いにせよ、もう少し人間的な心情の交錯があって然るべきでは。
ちなみにもっとも魅力的なキャラはゴリラのエイミーだった。
エイミーは賢すぎるが、荒唐無稽ギリギリでどうにか踏みとどまっている。

冒険小説というと同時期によく読んでいたアリステア・マクリーンやジャック・ヒギンズが浮かぶが、本作のようなものが私にとっては理想の冒険小説。
その理由は作品の質ではなくて、女王陛下のユリシーズ号に乗艦するのもシュタイナ大佐とパラシュートで英国に降下するのもご容赦願いたいが、本作のアフリカ行には自分も参加してみたいから。

※邦題が「黄金都市」であらすじにブルーダイアモンドなんてあるので宝探し小説のように思えますが、そういう話ではありません。少なくとも黄金はタイトルにしか出てきません。

No.179 8点 アデスタを吹く冷たい風- トマス・フラナガン 2017/08/05 12:31
地中海に面した架空の独裁国家を舞台にしたテナント少佐ものは設定をうまく生かしてミステリを構築、物語性、ミステリ性ともに満足のいく四編でした。固めな文章、訳が古めかしいのもこの世界観と調和していて味わいとなっています。雰囲気は表題作がタイトル含めて最高ですが、アイデアとしては四作目の『国のしきたり』が好きです。現実にここまで遠回しなことをするものかと些かの疑問はあるものの、古典の応用トリックに設定と人物をうまく絡めて、さらには物語性も付加されて文句なし。
続くノンシリーズの二篇はまあまあ。
『もし君が陪審員なら』は奇妙な味の短編としてうまくまとまっていると思います。
『うまくいったようだわね』は友人の弁護士が加害者に最初から協力的でありましたが、その理由がよくわからないのが大きな瑕疵だと思います。そこを気にする話ではないのもかもしれませんが。
ここまで読んだ感想は「すべてテナント少佐もので固めてくれれば良かったのになあ」だったのですが、最後の『王を懐いて罪あり』が傑作だと思いました。これはテナント少佐ものと対抗しうる一篇。ラスト一行はゾクッときました。ミステリとして粗はあるかもしれませんが、こういったことが歴史の一幕として本当にあったのではなかろうかと、故に……そんな風に思いを馳せてしまいました。
ミステリ要素のみなら6~7点だと思いますが、設定や文体(好き嫌いが分かれそうではありますが)がミステリ部分と良い相互作用をもたらしています。

※私はポケミス版を持っているのですが、『王を懐いて~』は最初の頁の訳註がネタバレになっています。文庫版がどうなっているのかは? 
気を付けて下さい。自分は華麗に読み飛ばしていたので無傷でした。

No.178 6点 メグレと政府高官- ジョルジュ・シムノン 2017/07/30 18:40
とある施設で100人以上の子供が犠牲となる大惨事が発生した。その施設の建築に大反対する専門家が過去に意見書を提出していたことが判明し、その意見書を巡って本来は無関係だったとある政府高官が窮地に陥り、メグレに救いを求めた。

実際に当時フランスで起きた惨事を下敷きに書かれた作品だそうで、メグレものとしては珍しい試みです。この手の話だったら他の作家の手にかかればもっと複雑巧緻なプロットで、本の厚さも倍以上になりそうなものですが、シムノンはすっきりとまとめています。
いつものようにさほど驚きはありませんが、展開はスピーディーで読み易く、エンタメとしてなかなか楽しめる作品ではないかと。
メグレは窮地に陥った政府高官に好意を持ち、気のせいかもしれませんが、メグレの男気を見たような気がしました。悪役にもう少し深みが欲しかったかな。
この時期の作品としては心理小説的な側面薄く、個人的には少し変わり種な作品のように思っています。
『リュカは不満だった』と題された章では珍しくリュカがメグレに不満を露にしており印象的でした。メグレへの不満というよりもメグレのことを心配していたのだと解釈しておりますが。メグレはやはり、リュカ、ジャンヴィエ、ラポワントの三名を最も信頼しているようですし、この三名はもちろんメグレに忠実です。ただ、リュカだけはメグレのようになりたいという願望があるようです。

※本作は1954年の作品ですが、この年と翌55年は大当たり。本作の他に『メグレと若い女の死』『メグレ罠を張る』『メグレと首無し死体』の三作が書かれておりますが、いずれも傑作(私見では『メグレと政府高官』はもっとも読み易いが、ちょっとランクが落ちる)。私はこの二年間がメグレシリーズの頂点ではないかと思っております。

No.177 6点 黄色い恐怖の眼- ジョン・D・マクドナルド 2017/07/30 18:38
トラヴィス・マッギーの元へ、旧友グローリーから救いを求める電話が。彼女は金持ちの医者と結婚したのだが、彼の死後、70万ドルはあったはずの財産がほとんど無くなっていることが判明。一族郎党より疑惑の視線を向けられるグローリーは、身の証を立てて欲しいとのことだった。

1966年の作品。原題はOne fearful yellow eye
書き出しからしてうまいよなあ。描写が的確で引き込まれる。描写の順序も申し分なく、頭の中にすんなり入って絵が浮かびやすい。ただ、伏線がしこまれているわけでもなく、無駄といえば無駄な描写なのだが。
地味だがグイグイ読んでいける作品。人物像の変化が面白い。人物の書き分けもいい。色気は出さずに不要と思った人物は思い切って切り捨てる潔さ。男女の会話もいい。
中盤まではあまり動きがないが、動き始めてからの展開はスリリングで、黒幕の隠し方も、きちんと引っ掛かりを与えられていたので良し。ただ、欧米人の好きなあのネタはやや唐突か。自分は嫌いではないけど、ゲンナリする人もいそう。
それからラストはちょっと頂けない。伏線は張ってあったけど弁護する気になれないなあ。
しかしまあ、本当にマッギーはうるさい。特に終盤のスピーディーに話を進めて欲しいところでどうでもいい車の蘊蓄を語りはじめた時には「ちょっと黙っててくれないか、マッギー」と言いたくなった。ところが、困ったことにマッギーの一人称小説なのでそういうわけにもいかないのだった。
精神分析、LSDなど時代を感じさせるネタはやや古びてしまった印象あるも、きちんと調べて書いていると思われる。特にLSDに関して、服用者にただただわけのわからないことを言わせりゃいいと思っているいい加減な書き手が多い中で、統合失調症患者に似た独特の言い回しをうまく表現していると思った。
それにしても、アメリカの作家って精神分析好きな人が多いですな。
ちなみに自分が白眉だと思うのは、シャーリィ・ジャクスン『ずっとお城で暮らしてる』の中にさりげなく仕込まれた精神分析の手法。

アイデアは並み。
プロットも並み。
しかし、読ませる技術が並みではないので、読者はまるで卓越したストーリーテラー(メイカーというべきか)であるかのように錯覚してしまう。チャンドラーとはまったく違った意味で『なにを書いても読ませてしまう作家』
描写が的確でわかりやすい。特にアクションシーンの書き方が丁寧でうまい。
そして、滑らかな筋運び。無理がないが、無駄(口)は多い。社会風刺、文明批判などの説教が好き。
深みはないが、平均的なアメリカ人を巧みに描く。
ここまで書いて、ふと思う。
先の書評でいささか乱暴な比較をしたが、この人ってジャンルでくくってロスマクやチャンドラーと比べるべき作家ではなくて、近い資質、方向性、小説観を持っているのは実はスティーヴン・キングではないかと。
キングの『ペット・セマタリー』の書評で、ほとんどの作家はキングのような書き方をすると失敗すると書いたが、では、失敗しない作家は誰なのか。ジョン・D・マクドナルドは有力候補の一人ではないかと私は秘かに思っている。ジョン・D・マックの方がキングよりはるかに先輩なので失礼な言い方かもしれませぬが。

No.176 5点 メグレ夫人のいない夜- ジョルジュ・シムノン 2017/07/23 14:15
強盗事件の容疑者ポーリュのアパート前で張り込みをしていたジャンヴィエ刑事が何者かに撃たれた。ジャンヴィエを撃ったのはポーリュなのか?
メグレはジャンヴィエの任務を引き継いで、問題のアパートの一室に泊まり込むのだが……。

本作では妹の看護のためメグレ夫人はパリを離れている。でかい図体を持て余したメグレが夫人の不在で途方に暮れてしまう導入が微笑ましい。そして、ジャンヴィエが撃たれて、このへんまでは快調。
ところが、読み進めるにつれて小説全体としてはいまいち完成度が低いなと。ミステリとして弱いのは平常運転だが、二つの事件の絡め方もいまいち。一旗揚げようとパリに出て来て失敗する田舎の若者、二人の人物を対比させようとしたのかもしれないが、鮮やかに決まっていない。
そもそも話の方向が散漫でテーマや作品の色合いがくっきりと浮かび上がってこない。なにがしたかったのかよくわからない作品。5点。

以下 私情
実は同じ時期に書かれた名作の誉れ高い『モンマルトルのメグレ(7点の予定)』よりもこの作品の方が好きです。
小説全体の完成度とは無関係なところで小説家としてのシムノンのうまさが炸裂しまくっていて、そこがたまらないからです。まあ、技術の無駄遣いといおうか、非常に燃費の悪い作品だと思います。
少しだけ挙げると。
観察しているつもりがいつのまにか観察されているメグレ。強盗事件の容疑者を父親のような視点で見てしまう息子が欲しくてたまらなかったメグレ。世界には善人しかいないかのような話しぶりのアパートの管理人。ポーリュ逮捕の切っ掛けと経緯。
そして、ジャンヴィエを撃った犯人とメグレの電話での会話がいい。
犯人「こっちには、服を着替えて空港にゆき、国外にいく飛行機に乗る時間はありますよ」
メグ「そうするがいいさ」
犯人「逃げても構わないんですか?」
メグ「かまわん」
駆け引きなんですねえ。そして、妥協点を探す二人。だが、彼らにはとある共通の目的があったりする。泣ける。
なぜ部品は素晴らしいのに組み立てに失敗する?
作者が「ストーリーには興味がない」とか言ってるからだ!

メグレをわかりやすく示す場面があったので引用して終わります。
ホームズの「アフガンに行ってましたね」との違いは明白です。
メグ「植民地にいたことがあるのかね?」
犯人「どうしてわかります?」
 説明するのは難しかった。言葉では表現できないなにかが感じられるのだ。顔色にも、眼つきにも、この種の早い老けこみにも。いまではメグレには、相手が四十五歳をこしていないという確信があった。

No.175 7点 ゴーリキー・パーク- マーティン・クルーズ・スミス 2017/07/18 21:04
ゴーリキー公園で顔のない男女三名の死体が発見された。事件の背後にカゲベ(KGB)の影も仄見える中、民警の捜査官レンコは真相を追及していく。そして、ソ連社会の闇と対峙することになる。

ハンガリーが当時自殺率世界第一位を誇っていたのは(元々の民族性もあるようですが)、ソ連の闇に呑み込まれていたからではないかと。
なぜか本作を中井英夫氏がボロクソに貶していた。曰く「本当にこれほどつまらない小説は昨今、後にも先にも読んだことがない」
いやいや、面白いじゃないですか。
上巻は閉塞を感じさせる気候風土社会状況のソ連をリアルに描いている点は興味深いが、それ以外は水準作といった印象。下巻は想定外の展開でかなり面白い。うねうねと手元から逃れていく鰻のような作品。徐々に話のスケールが大きくなったかと思えば、うねうねっと後半でわけのわからない方向へ歪む展開は好み。ジャンル分けし難い点は個人的に好印象。
レンコの上司の一貫性の無さ(敵なのか味方なのか?)や犯人が判明しても……などなど、共産主義体制下だからこそ起こる数々のエピソードが興味深い。
作者は本当にアメリカ人なのか? ちなみに本作に出てくる人物で一番醜いのはアメリカ人だったような気が……。

※悪口は『中井英夫――虚実の闇に生きた作家』より。関係ないけど同じ本の中で仁木悦子にもかなり酷いことを言ってました。

No.174 7点 ビッグ・ヒート- ウィリアム・P・マッギヴァーン 2017/07/18 20:57
刑事がピストル自殺を遂げた。警部補バニアンは不審に思い独自に捜査を開始するが、上層部より捜査の中止命令が。シカトするバニアン。馘首されるバニアン。それでも諦めないバニアン。さらには狙われるバニアン。ところが、バニアンを狙った罠で妻が身代わりとなって命を落としてしまう。

マッギヴァーン初期の秀作だと思います。とにかく面白い。期待通りに話が進む。マッギヴァーンは悪徳警官ものの印象が強いのですが、その狭間にこんな熱血ヒーローものも書いていたようです。てか、私が知らないだけで、この人は意外と芸の幅が広いのか。
プロットはとにかく一直線。シングルセル、シングルセル、鈴が鳴るという感じ。
とてもよくできています。ややこしいことをしていないので、話が自然に流れて大きな瑕疵はありません。まあ、もう少し主人公を追い込んでもよかったかも。この手の話では主人公が孤独な戦いを強いられそうなものですが、ぜんぜん孤立してない。都合よく味方が現れる。
ちょっと単調な気もしますが、痛快だったので7点としておきます。

No.173 8点 ペット・セマタリー- スティーヴン・キング 2017/07/18 20:17
大学時代に読んだのだが、上巻を読み終えた時点でボロボロと涙がこぼれ落ちたことを憶えている。下巻でなにが起こるのかは、はっきりとわかった。
面白い小説は、先が見えていても面白い。無駄に長くても面白い。
キングの方法論、成功した理由はなんとなくわかる。
アイデアがずば抜けているというわけではなく、人物造型も平均点は軽々超えるが、トップクラスとまでは思えない。
ただ、登場人物の人生、物語を束ねて大枠のプロットの中に仕込む。
そのやり方を真似るとたいていの人は失敗するというのもわかる。
キングはITまでしか知らないが、最高傑作は本作かもしれないと秘かに思っている。
下巻で起こることがあまりにも忌わしく、どうしても好きとは言えない作品だが、もっとも心を揺さぶられたのはきっとこれだろうと思う。主人公の行動について、「おい、それはやっちゃダメだろう」と何度も何度も思う。それでも、「愚かだな」と切り捨てることはできない。自分も同じことをしてしまうだろうと思う。
あまりにも切実であまりにも自然な願いを平然と踏みにじる小説だ。
上巻は何度か読み返した。だが、下巻は二十年以上前に一回読んだきり、どうしても読み返す気になれない。

No.172 6点 ゴーストハウス- クリフ・マクニッシュ 2017/07/10 11:28
「どうしてぼくたちが天国に行けないか知ってる?」
その古い家では四人の子供の幽霊がおばさんの幽霊に監禁されている。そこへ母と二人で引っ越してきたジャック。この家では一体なにが起きているのか。
お母さんは気づかない。でも、ジャックは気付いてしまった。

暑いので涼しくなるような本を。訳は『蛇にピアス』のお父さんです。
不思議な読み味があります。その理由は未だによくわかりません。
子供向けの作品らしいのですが、こんなん子供の頃に読んでいたなら一か月くらい排尿障害に陥っていたのではないかと。私はビビリなので大人になってから読んでも結構こわかったくらいです。
子供の幽霊たちは自力で素早く動くことができない設定なんですが、彼らの焦る気持ちがこちらにも伝わってきてなんとももどかしい。お尻がムズムズするような状況が満載でした。
幽霊の生前の哀しい物語なんかはお決まりのパターンのようでありますが、そういった定型的な筋運びに留まらず、作者の想像が飛躍していくさまが素晴らしい。ただ、素晴らしいとはいっても、その想像力は読者に痛々しい、怖い、哀しいといった感情をもたらすわけですが。
小説ならではのぶっ飛んだラストはぶっ飛び過ぎだとの批判も大いにありましょうが、個人的にはスコーンとどこかに持っていかれるような感覚が好きでした。
原題 Breathe

No.171 6点 黄色い犬- ジョルジュ・シムノン 2017/07/02 13:59
メグレ警視シリーズの初期作では、最初に読んだのはこれでした。
創元から出ていた『男の首』と本作がカップリングになっている入手し易いやつです。
なんとなく導かれて収録順を無視し『黄色い犬』から先に読んだのですが、ちょっと面喰らいました。
それまで読んできた作品はメグレの身辺の描写から始まるものばかりでしたが、本作は港町の寂寥とした風景の描写から入り、いきなり事件です。
この後も町の外れで暮らす浮浪者、そちこちに現れる不気味な犬、失踪する新聞記者と思わせぶりな材料が並び、あれ、今回のメグレはミステリなんだなと変な感じでした。
メグレシリーズはミステリの基準では測りにくい作品ばかりなんですが、本作は否応なくミステリの土俵に上げられてしまう。そうなってしまうと、まあそれほどのものではないという評価で6点くらいに落ち着く作品でしょうか。
チム・チム・チェリーと化したメグレにはポカーン。どのような思考過程を経てそんなことをしたのかさっぱりわかりませんでした。

メグレシリーズを真剣に読みはじめた頃は中期以降の作品を手にすることが多かったので(なぜか初期作品は手に入りにくかった)、初めての初期作品はある意味新鮮でした。
自分はメグレ警視が人情家とは思っておりませんでした。いや、人情はあるのですが、それは眼差しに集約され、行動で示したりはしない。職務に忠実で私情は排し、為すべきことをなす人物だと考えていました。ところが、本作ではメグレは情に掉さし具体的な行動を起こします。なぜあの人物にそこまで肩入れするのか。今まで読んだ作品に出て来た可哀想な人たちとどこかが違うのか。よくわかりませんでした。
そして、ハッピーエンド!!!
これまた珍しい。個人的にはちょっと不思議に思う作品です。
もちろん嫌いではありません。

No.170 7点 十角館の殺人- 綾辻行人 2017/06/25 12:39
再読したら、面白い部分とつまらない部分がそれぞれさらに際立って感じられました。
それから、ミステリとして不満な点も。
あの一文のための作品だったと考えれば、丹念な下準備に支えられてのあの衝撃はそうそう味わえるものではなく、また作者のミステリ観、狙いもその心意気や良しと感じました。
本当にあの一文に向けてすべてが進められていたのですね。
ですが、ミステリとしてなにかモヤモヤ感が残るのも事実。
犯人ではないかと予想した人物が二名いました。ところが、可能性は残しつつもそれ以上は進めない。犯人ではないと断定できないが、犯人かもしれないと思わせるような材料もない。予想の切っ掛けとなったものだけで、他は何もない状態で話が進み(たんに私の読み落としかもしれませんが)、そして、あの一文。ひどく驚きつつも、どうにもすっきりしませんでした。
読者を驚かせるという点では非常に優れたミステリだと思いますが、作者と読者の知的なゲームという観点では少々アンフェアではないかと思いました。知恵比べというよりも、いかに読者に知恵を出させないようにするか、同じ土俵で勝負させないようにするか、そういう方向に向かったミステリだと思っています(別に悪いことではないのですが)。
犯人探しを重視しない読者、真犯人が想定外だった読者にはこのうえない驚きをもたらす作品であり、ミステリ史においても大いに意義のある作品だと思います。
いろいろ勘案した結果、7点とします。

人物描写に関しては、多くの方が書いているように、別にどうでもいいでしょう。
へんにリアルに書くとアホらしい小説になると思います。
将棋の駒がみんな同じ大きさの正方形で、名前も 鮒、鮪、鯛、鯉とかでは困りますが、そうでなければよいのでは。人物の書き分けができていれば十分です。
本作は人物造型に深みはないけど、個性はそれなりにあったし、エラリーとかポオとかそんな名前だったので混乱もせずに読めました。

個人的なツボ
1登場人物たちの本名が出た瞬間が衝撃でした。
メイクを落としたKISS(米国のロックバンド)を初めて見た時のような感じでしょうか。
2「おい、カー単独行動は取らない方がいいぞ」は笑いました。ちなみにカーの専門は逸脱行動論だそうです。確かに単独行動は危ない。そして、二人での行動も同じくらいかそれ以上に危ない。

※私が持っているのは講談社ノベルス版です。



齋藤警部さんへ ネタバレあり



お訊ねのモリソンは大好きです。
飛行機が嫌いだから来日してくれないそうです。
ちなみに×××・ダイク・パークスなんてのも好きです。



ネタバレ


犯人候補1 本命
初読時からこの序文はいかんと思っていました。
話に聞いているだけで行ったことはない場所に「罠を張る」というのは違和感があり過ぎではないかと。そうすると自然と犯人はあいつしかいないことになります。
ただ、序文でいきなり犯人がばれるようなことを書くだろうか? という疑問も湧きました。正直文章がよろしくない作者なので、日本語もちょっとおかしいのかもしれない、とも考えました。

犯人候補2 穴馬
こちらも序文から疑惑が。こういうことを書きそうな登場人物は誰かを考えたら、あいつかなあと思い当りました。ただ、人物描写があまりよろしくない作者なので「こいつがこんなこと書くか!」というキャラ(例えばエラリー)がヌケヌケとこんなことを書いた犯人である可能性も否定できない、とも考える。

最初の殺人で少し迷うも、結局このどっちかが犯人だろうと見当つけて読み進めました。名前トリックにもろに引っ掛かっていたので、肝腎要の部分は予測できず、あの一文には死ぬほど驚きました。でも、なんか汚いなとも思いました。

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tider-tigerさん
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