皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
HORNETさん |
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平均点: 6.32点 | 書評数: 1153件 |
No.713 | 8点 | 真夏の雷管- 佐々木譲 | 2020/06/13 23:03 |
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生活安全課の小島百合は、閉店セールをしている老舗模型店で精密な工具を万引きした男子小学生・水野大樹を補導した。しかし署で事情を聴取している間に少年に逃げられてしまう。一方、刑事課の佐伯宏一は園芸店から窃盗の通報を受けて駆け付けると、爆薬の材料にもなる化学肥料が盗まれていた。全く別の場所で起きた二つの事件は、やがて交錯し思わぬ方向へ―
道警シリーズ第8弾。 プロローグの内容から、その後の万引き事案と園芸店の盗難事件がどのようにつながっていくのかはだいたい予想できる。大樹を連れ去った元JR北海道社員・梶本の来歴からも、動機などもほぼ見通せる。それでも、いつものメンバーたちが躍動し、事件を解き明かしていく様はやっぱり面白い。 「警察小説って、やっぱいいなぁ」「本シリーズは相変わらず面白い」と実感できた。 |
No.712 | 7点 | 暴虎の牙- 柚月裕子 | 2020/06/13 22:49 |
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戦後の闇が残る昭和57年の広島呉原。愚連隊「呉寅会」を率いる沖虎彦は、ヤクザも恐れぬ圧倒的な暴力とそのカリスマ性で勢力を拡大していた。広島のマル暴刑事・大上章吾は、そんな沖に接近し、沖の無茶を食い止めようと世話を焼くが、結局沖を獄中に送る役に。沖は懲役刑を受けて出所したが、服役中に大上は還らぬ人になっていた。再び暴走を始めようとする沖だったが、その前に今度は大上の一番弟子、呉原東署の日岡秀一が表れる…。
「孤狼の血」シリーズの完結編。今回は時間を遡り、ガミさんから日岡へと世代が交代した間の、別のストーリーが描かれている。 ガミさんの度量の大きさやきっぷのよさ、カッコよさは相変わらずだが、本作の中心人物・沖の魅力が物語が進むにつれて褪せていった。向こう見ずなぶっちぎれぶりが傑出していた沖だったのが、追い詰められていくにつれ小者に成り下がっていくようで、最後は破滅的な結末になってしまった。 読み応えは申し分ないが。 |
No.711 | 6点 | スクエア- 今野敏 | 2020/06/02 22:33 |
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山手町で殺された中国人の捜査に、管轄外でありながら「ハマの用心棒」諸橋が呼び付けられた。どうやら不動産詐欺が絡んでいそうな事件だが、神奈川県警本部長・板橋は諸橋たちが気に入らない様子。さらに捜査のお目付け役に、天敵とも言える県警監察官・キャリアの笹本がつくことに。疎んじる諸橋と相棒の城島だったが―
暴力団とのかけひきや暴力的な対峙もいとわぬ諸橋らと、綱紀と公正を重んじる警察組織とのぶつかりあいの面白さは相変わらずだが、今回は綱紀粛正の筆頭・笹本が諸橋&城島コンビと共に行動するところに面白さが凝集されている。正論からすれば完全に逸脱している諸橋&城島コンビ、監察官として苦言を呈し続ける笹本。だが、行動を共にするうちに、相対する考え方の両者だからこそバランスが保たれている構図が浮かび上がって来る。 暴力団が絡んだ事の真相は多少複雑ではあるが、整理して捉えられればそれほど難しくはない。なるほどと思えるからくりがちゃんとある。 唯一、神野一家の関わり方が、本シリーズの中では浅めだったかなぁ… |
No.710 | 6点 | 絞首商會 - 夕木春央 | 2020/06/02 22:15 |
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時は大正。帝大教授の村山鼓堂博士が邸宅の庭で殺害されているのが、居候の書生に発見された。亡くなった博士の鞄にあった品からは、以前博士宅に泥棒に入って捕まった奇人の美青年・蓮野の指紋が。しかし博士宅の女主人・水上叔子は、あろうことか蓮野に事件の真相解明を依頼する。
村山博士の残した遺品から分かる、無政府主義秘密結社「絞首商會」の存在。博士は、その存在を警察に告発しようとして殺されたのか?だとしたら誰に?限定された容疑者たちを前に、蓮野の調査と推理が始まる。 <ネタバレ> 「容疑を逃れようとする容疑者たち」というミステリの常識を裏返した仕掛けは確かに面白かったが、全員が「国外に行きたい」という動機のみで同じことを考えるか?という不自然さは感じた。当時の社会状況も一応理由になるのかもしれないが… 「絞首商會」というネーミングが何かの展開につながっていくのでは、という想像的な期待は全く的外れだったことも勝手に残念。仕組み方は確かに面白かった。展開もやや冗長ではあったは飽きは来なかった。が、強くもなかった。 |
No.709 | 6点 | 紙鑑定士の事件ファイル 模型の家の殺人- 歌田年 | 2020/05/24 17:11 |
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第18回「このミス」大賞受賞作。
渡部は、どんな紙でも見た目や触感で種類を見分けられる「紙鑑定士」。そんな渡部のもとに「探偵事務所」と勘違いした女性がプラモデルをもって調査の依頼に来た。少しでも商売になるのなら…と畑違いの事案に乗り出した渡部は、模型の専門家・土生井の協力を得て事案を解決する。すると、その噂を聞いた別の女性がまた依頼に。ところが今度の依頼は、刑事事件の要素も匂う、かなりキナ臭いものだった… タイトルや本の装丁からして、「紙」が捜査のキーとなる一風変わった内容かと思ったら、あまり関係なかった(笑)。上記の事情で「模型」を手がかりに調査する事案に手を染めた渡部が、そのことによって知り合ったカリスマ模型家・土生井とともに事件を捜査していく話。メッセージ性が込められた謎の模型が次々送られてきて、それを読み解きながら事件を解明していく。渡部と土生井のラインを介したやりとりやその推理が面白く、読むに飽きなかった作品ではある。 送られてくる模型に暗号が込められているなんていう設定はクラシカルだが、調査にあたってはグーグルのストリートビューを駆使したりなど今っぽい。含みのある暗号を読み解いていく過程はちょっととんとん拍子過ぎるところはあるが、物語のテンポを妨げないということだろう。ただ、真犯人とその動機もかなり独特なものなのだが、紙鑑定士と模型オタクという設定の前にちょっとかすんでしまった印象。 |
No.708 | 8点 | 天地明察- 冲方丁 | 2020/05/24 16:20 |
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「12人の…」を書評したら、こちらも作品で上がっていたので書きます。
読んだのはずいぶん前で、詳細な内容は実はあまり覚えていないが、非常に興味深く楽しく読んだ印象は残っている。 時代物を読むとき面白いのは、いつの時代であっても卓越した頭脳をもった人間は当然のことながらいたと気づかされることだ。考えてみれば当たり前のことなんだけど、どこかで、時代の文明度をそのまま当時の人たちの知的水準にあてはめて想像してしまっているところがあって、ちょんまげを結って刀を差している時代の人たちが高度な科学的論議をしているところをあまり想像できない。けれども、その時その時に常に「最新」はあって、それをリードしている人たちは当然現代であれば最新科学をリードする人だったのだろうと察せられる。 時代がかったアナログな手法で、高度な科学議論が交わされている様相が純粋に面白かった(覚えがある)。 |
No.707 | 6点 | 十二人の死にたい子どもたち- 冲方丁 | 2020/05/24 16:08 |
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自死願望を持つ12人の若者たちが、発起人の企画に乗って廃病院に集まる。集まってすぐに実行に移せばそれで話は終わったのだが、部屋になぜか「13人目」の既に死んでいると思われる人間が横たわっていたことで、そうはいかなくなる。
カタカナのキャラが12人、そして4階建ての建物内での動向、さらに敷地に来た順序や入室した順序のことにまで話がおよび、内容を理解するために巻頭の見取り図を何度も見返したりした。12人それぞれの事情や、キャラクターの違いによる揉めようはそれなりに面白く、読み進めるのに飽きることはなかった。 ラストはミステリを読み慣れている人にとっては予想の範疇ではあるが、物語としてはこういう終わり方でよかったのだとも感じるところがあり、読後感はよいのではないだろうか。 私は、「アンリ」が好きだったなぁ。 |
No.706 | 8点 | 耳をすます壁- マーガレット・ミラー | 2020/05/17 15:43 |
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メキシコに旅行に来ていた親友、エイミーとウィルマ。情緒不安定なウィルマは激しやすく、旅行中も口論が絶えなかった。そしてある晩、ウィルマはホテルのバルコニーから落ちて死んでしまう。ショックで倒れたエイミーのもとに駆け付ける夫のルパート。医者がエイミーにしばらくの入院を勧めるのも聞かず、2人はすぐに帰路へ発つ。ところがサンフランシスコに帰ってすぐ、エイミーは家を出て行ってしまう。いったい何が起きているのか?ホテルで何があったのか?エイミーの兄、ギルは疑念を抱いて私立探偵・ドッドを雇って探らせようとする―
ルパートは白なのか黒なのか?分からないまま展開されていく構成と、巧みな心理描写、人間描写が読者を惹きつけて話さない。ラスト、ルパートと一緒にいる女の正体が分かってから、その裏にある真相が解き明かされるまでも、息をつかせぬ展開で非常に面白い。 そして、最後の最後の一行・・・!うーん!スゴい。 |
No.705 | 7点 | 地獄の湖- ルース・レンデル | 2020/05/17 15:28 |
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マーティン・アーバンは友人のティムの勧めで買ったサッカーくじで10万4千ポンドをあてた。ティムの言うがままに勝敗予想をしたところ、大当たりをしたのだ。そのことをティムに伝え、いくばくかの分け前を渡すべきか?…悩んだ末言いそびれてしまうマーティン。マーティンは、当選金の半分は私財にせず、困っている人たちに寄付することにしようと考えた。
一方、電気工のフィンは、カイアファスの婉曲的な依頼を受けて邪魔な存在を消す「殺し屋」を裏の稼業としている。母親にバレないように、事故に見せかけてカイアファスの依頼に応じ、毎回多額の報酬を受け取っていた。 まったく違う二つのストーリーが終末に重なり合い、悲劇を生む。これは著者のパターンの一つでもあるが、本作はその前のマーティンの恋物語にも仕掛けがあって面白かった。人妻であるフランチェスカに夢中になるマーティンの純朴さというか愚かさに、呆れたり同情したりしてしまう。特にハメられていることがはっきりした後半からは、可哀想に思いつつ、興趣も乗って来てしまう。 典型的なレンデルの作風が表れている作品ではないだろうか。 |
No.704 | 6点 | 身代りの樹- ルース・レンデル | 2020/05/10 14:22 |
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処女作が大ベストセラーとなった女流作家ベネットはシングルマザー。だが、最愛の2歳の息子を病気で亡くしてしまった。絶望にくれていた折、精神に病のある彼女の母・モプサは、なんと同じくらいの歳の子を誘拐してきた。始めはモプサの行動に怒り、何とかその子をもとに返さなければと思うベネットだったが、事件が世の中で大きく取り沙汰されている状況に尻込みしているうち、次第に心境が変化してしまう。
狂った母の所業により子どもを攫った側になってしまったベネット、子供を攫われた側のキャロルと恋人バリー、そして未亡人の財産をかすめ取ることを目論む小心者のテレンス。三者の物語がそれぞれに進行するうち次第に重なり合い、絡み合っていく様相はさすがといったところ。それぞれに描かれる登場人物の心情描写が巧みで、レンデルの魅力が横溢した作品と言える。 ただ、 婉曲的な描き方の行間を読むようなところが多かったため、理解力の乏しい小生は疑問として残ってしまう部分もあった。例えば、ジェイソンを虐待していたのは結局誰だったのか?キャロルとエドワードを射殺したのは誰?デニス・ゴードン?読みようによっては”ヤツガシラ”とも読めるのだが…。仮にデニスだとして、それはなぜ? 最後の訳者の言葉では、本作はレンデルの作品の中でも「最後に救いがある」と書いていたが、この結末をそう感じるかどうかも、読者によるような気がする。 |
No.703 | 7点 | いまさら翼といわれても- 米澤穂信 | 2020/05/10 13:51 |
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シリーズ6作目となる本作は、短編集でありながら単なるいつものメンバーのエピソード集ではなく、古典部の面々のそれぞれの物語が進行していて通して読んでいるものとしては非常に興趣をそそられた。
特に本作では伊原摩耶花が主役となっている「鑑には映らない」「わたしたちの伝説の一冊」が面白かった。どちらも、これまで距離のあった摩耶花とホータロー、麻耶花と河内先輩の間柄が変化した様子が、シリーズ読者としては何となくうれしかった。 古典部の面々の物語が進んだという点ではタイトル作が一番なのだろうが、その行く末は本作以降に委ねられていくのだろう。ある意味、本シリーズがまだ続くことが分かり安心である。 (「小市民」シリーズの方はいっこうに動きがないが…) |
No.702 | 7点 | フォックス家の殺人- エラリイ・クイーン | 2020/05/05 17:38 |
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12年前に起きた殺人の真相を探るという1点だけで書き上げられた長編なのだが、作りがシンプルだからか、間延びする感もなくテンポよく楽しんで読めた。12年前の事実を子細に再現し検証するというエラリイの再捜査は地道だが、可能性を一つずつ潰していくその過程は、クイーン作品本来の魅力であるロジックが前面に出ており、退屈さを感じさせなかった。
次々に殺人事件が起こるでもなく、「12年前の1件の殺人事件」1本で興味を尽きさせないのは、本作がパズラー一辺倒ではなく、ライツヴイルの人間模様やフォックス家の家族関係という面にも物語の興趣を割いている点にある。それが「ミステリだけでは味気ないから、プラスアルファの味付けとして」上乗せしたものではなく、事件の背景として、物語の一部として分かつことができないものとして描かれているところが、トータルとして読後の満足感を非常に高めてくれた。 うーん…、私はライツヴィルシリーズでは「災厄の町」よりもこっちのほうが好きかな…。 |
No.701 | 6点 | 真珠郎- 横溝正史 | 2020/05/05 17:06 |
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由利麟太郎を探偵役とした初期作品。
だが、「謎の老婆」「妖艶な美男美女」「由緒ある旧家」「洞窟」…などなど、のちに爆発的人気となった金田一シリーズのテンプレートのような作りである。 後半に突如、隠されていた係累が明らかになるのも氏の作品ではよく見られるパターン。それを予期せずとも、真珠郎の正体は中盤以降で分かった。物語から読み解いたの半分、あと半分は横溝作品をいくらか読んでいることによる推察。 とはいえ、時代を感じさせる持って回った登場人物の言動や妖しさのあふれる筆致、凄惨な事件の様相など、分かっていはいてもやはり楽しませてくれた。 併せて収録されている短編の「孔雀屏風」も小粒ながら非常に秀逸で、報われぬ恋に落ちた女性の切ないまでの企みには唸るものがあった。 金田一シリーズほどの量感がなく、だからこそ横溝正史の世界をまず味わうには非常に適している作品ではないかと思った。 |
No.700 | 9点 | 殺す風- マーガレット・ミラー | 2020/05/02 19:14 |
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杉江松恋の「読み出したら止まらない!海外ミステリーマストリード100」の巻末で「紹介すべきなのに、絶版になっているためできなかった作家」の筆頭にマーガレット・ミラーが挙げられていたため、興味をもって読み出した。
面白い! 展開は非常にゆっくり、平坦(丁寧?)で、特に起伏に富んだものではないのに、食い入るように読み進めてしまう。それは一重に、誰しもが日常の中で既視感のあるような心理を巧みに描写している点にあるのではないかと思う。疾走したロン、妻のエスター、冷静な立ち位置で事態の収拾を図るチュリー、ハリーとセルマ夫妻、それぞれにキャラクターがしっかり描かれていて、右往左往する中での心理描写が素晴らしい。 ロン失踪後の展開も、全て周りが予想したとおりであり、目を見張るような急展開は(ラスト以外)ないのだが、全く不満は感じない。閉じた人間関係の中での人間模様の妙が描かれた傑作だと思う。 ちなみにミラーの作品も、今では創元推理文庫の復刊フェアでいくらか読めるようになったらしい。ウレシイ。 |
No.699 | 7点 | 店長がバカすぎて- 早見和真 | 2020/04/29 16:24 |
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〈武蔵野書店〉契約社員の谷原京子は、本をこよなく愛する書店員だが、常々「ここを辞めよう」と考えている。その主な原因は店長の山本猛。毎朝、店員たちのイライラを尻目に無意味な訓示を垂れ流し、人の名前も間違えるほどの「バカ店長」。実家である料理屋に行っては、同僚の前でそのグチを吐き散らす毎日、来る日も来る日もバカな店長、バカな客、バカな作家の相手をさせられ、トラブルに巻き込まれ―
正直言って最大の胆となる謎は、ミステリ慣れしている皆さんなら第一話で早々に看破できてしまう。面白いのは「書店」の実情(?)を描いている様で、書店員の評価が高いのも同業種で共感を得ているからだと推察される。(本当にこんな風なんだろうか?特に年末の「報奨金」獲得のための購入ノルマとか…) とはいえ部外者の我々が読んでもそれは面白いし、ある意味「謎の一つ」である店長の本性は最後まで分からなかった。 コミカルでありながら時折心を打ち、読み物としてかなり楽しめる作品。「イノセント・デイズ」とはまったく作風が違い、作者の振れ幅を感じることができた。 |
No.698 | 5点 | 犯人選挙- 深水黎一郎 | 2020/04/29 15:59 |
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「大泰荘」で共同生活を送る8人の大学生。芸術家のタマゴや体育会系男子など、それぞれのめざすものに向かって生活する若者たちはそれなりに良好な関係でせいかつしていた。ところがある朝、住人の一人、マッチョ系男子が鍵のかかった自室において遺体で発見される。主人公の加藤大祐は、同じ大学の先輩・洸一と推理を巡らせるが…。
そののち「7つの真相候補」が選択肢として示される。選択肢から読者が真相を選び」、犯人を決める、という試み。 この作者は最近、ミステリの残された試みにチャレンジする姿勢が目立つなぁ。そうするとどうしても「謎の質」より仕掛け方自体が重視され、必然ミステリとしての評価は上がらない気がする。本作もそう。後半に行くにつれてシリアスさは失われ、バラエティ番組のようなノリになっていく。選択肢を増やすためなのか、一つ一つの「真相案」もチープさが目立つものが多く、やはり小説全体の仕組み重視の感は否めない。 密室であり、基本的にパズラーの体であるところは好まれるが、「企画もの」の域は脱せていない感じ。 |
No.697 | 7点 | ハムレット狂詩曲- 服部まゆみ | 2020/04/29 15:44 |
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ネット上の各レビューが非常に良いので読んだ。
日本随一の劇団が、自らが建てる新劇場のこけら落としとしてシェイクスピアのハムレットを上演することになった。その演出を要請したのは、世界的に大成功を収めている日本生まれ、イギリス国籍の演出家 ケン・ベニング。しかしケンは実は、出演者の一人である歌舞伎役者の片桐清右衛門の私生児として生まれ、幼い頃に母と友の捨てられた身だった。依頼を受けつつ、これを機会とばかりに清右衛門の殺害を目論むケン。そんな動機で受けた仕事だったが、劇の制作になると芸術家本来の欲求を抑えられない。 この作品のウケがいいのは結末のよさなのかな。正直ミステリとして特別卓越した作品だとは思わなかった。劇団を舞台にした複雑で微妙な人間模様や、ケンの芸術家としての天賦の才能の描写は確かに面白い。シェイクスピア作品には全く精通していないし、正直ハムレットも有名なセリフぐらいしか知らないが、読むことの障害には全くならず楽しめた。 |
No.696 | 7点 | プレーグ・コートの殺人- カーター・ディクスン | 2020/04/19 18:51 |
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前半部分はあまり自分の中で評価が上がらなかったが、後半から一気に来た。要は、H.M卿が登場してから。初登場作品だからか、登場が遅いね。
フーダニット、ハウダニット両者に十分力が割かれているのだが、後から背景が明らかになったり、時代性もあって現代の我々があまり分からなかったりして、H.M卿の洞察で明かされるのを待つしかないという感じ(読者に推理の余地はない)。それでも明かされた真実は、オカルティズムと現実的トリックが見事に絡み合っていてうならされるものがあり、満足した。 特に前半部の展開が、様相が頭の中に描きにくくて非常に読みづらい。精緻に理解しながら読み進めようと思わない方がよいと思う。 |
No.695 | 7点 | 欺す衆生- 月村了衛 | 2020/04/12 17:26 |
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高齢者を騙し莫大な利益を得ていた詐欺グループ「横田商事」は、その悪質な商法が社会問題化し、マスコミの眼前で会長が刺殺されるという衝撃的な形で壊滅した。元社員の隠岐はその過去を隠して文具会社で働くものの、うだつの上がらぬ日々。そんな折、元・横田商事の同僚、因幡が隠岐に接触してきた。「また一緒に詐欺をやろう」—強く拒否をする隠岐だったが、心のどこかでは込み上げてくる高揚感があった—
「もう二度と汚い真似はしたくない」と口では言いながら、策略を練って人を嵌める快感を忘れられない主人公。始めは「因幡に脅されているから仕方なく」の体だったが、罪を重ねていくうちに泥沼にはまり、どんどん主体的に詐欺を働くようになる過程が色濃く描かれている。因幡やヤクザらに引きずられるようであったのが、最後には彼らをも裏切り、詐欺師として孤高の存在になっていく。 複線として描かれている家庭の確執も物語に幅を持たせ、面白さを後押ししている。最後に「救い」に向かうようなことも一切ない、徹して「悪」を描いている点が小気味よい。 |
No.694 | 9点 | Blue- 葉真中顕 | 2020/03/29 11:53 |
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平成という時代が始まった日に生まれ、終わった日に死んだ一人の男がいた。彼の名は「青」、母親は彼を「ブルー」と呼んだ。
平成15年のクリスマスに起きた、教員一家惨殺事件。事件は一家の次女・夏希の犯行として幕を引いたが、事件以来夏希の息子「ブルー」は行方が分からなくなっていた。それから15年の時を経た東京、ある殺害事件の捜査で再び「ブルー」の存在が浮かび上がる―。 チーマー、アムラー、ゲームボーイ、ヒット歌謡曲などの平成の風俗文化をふんだんに散りばめながら、格差、貧困、外国人労働者といった時代の暗部も巧みに織り込み、「平成」を絶妙に描いている。 平成最後の年に刊行された、時代を総括するかのような傑作。 |