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虫暮部さん
平均点: 6.22点 書評数: 1843件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1563 7点 怪物の町- 倉井眉介 2023/10/20 12:49
 前作の文章がスカスカだと貶されて一念発起したのだろうか。ちゃんと小説になっているよ。ごみ袋おばさんとの対峙は怖くて笑ってしまった。主人公の一言が事件を招いてしまう因果関係の絡ませ方も、遣る瀬無くて良い。御見逸れしました。まぁ本来はここまで来てからデビューすべきなんだけどね。

No.1562 7点 ひかりごけ- 武田泰淳 2023/10/20 12:47
 新潮文庫版。「流人島にて」「異形の者」「海肌の匂い」「ひかりごけ」収録。
 目当ての表題作をまず読んでしまう。そんな軽薄な解釈をするなと怒られそうだけど、終わってみるとこれは奇妙な味の法廷劇。もっともほぼ被告人の告白のみに頼って論争している裁判は茶番っぽい。“光の輪” は見事な効果を上げており、“読む戯曲” と言う形式は必然的な選択なのだなぁ。
 ところで人肉食って何罪? それしかないなら私は人肉でも食べると思う。

 勢いが付いたので「流人島にて」を遠慮無くサスペンスとして読む。オチは弱いが、薄皮を一枚一枚剥くような語り口がスリリング。
 あとの2編はまぁ純文学、なのだろうが、水面下の波乱を必死で抑えているような緊張感はミステリ要素の無いサスペンスとでも言えそうで、どこまで書くか、どこで切るか、作者と戦っているような気分だった。

No.1561 6点 復讐の女神- アガサ・クリスティー 2023/10/20 12:45
 何が起きているのか良く判らず、水面から顔を出した岩の頭を見て岩場の全体像を想像せよ、との命題。現れた深層/真相は人の思いが絡まり合った、なかなか読み応えのあるもの。
 しかし、これは犯人サイドを掘り下げて書けば、もっと深みを出せたのではないか。例えば犯人が某に注いだ思いの深さ等が、単に言葉による説明にしかなっていない。
 と考えると、“ミス・マープルに謎のミッション” と言う間接話法みたいな設定に使うにはちょっと勿体無いかな。

 過去をほじくり返したせいで新たな死者が出たことについて、もう少し何か言及があっても良い。
 また、“丘の斜面に丸石を転落させて歩行者にぶつける”――これに関して作中では “故意にやったのでなければ成功するわけがない” とされているが、私は逆に、狙ってもそうそう命中するものではないだろうと思う。

No.1560 5点 不実在探偵(アリス・シュレディンガー)の推理- 井上悠宇 2023/10/20 12:45
 近年のミステリ界の時流に乗っかっている感じはするが、それなりに独特の世界を纏め上げていると思う。

 ただ問題は第四章だ。
 要は、罪をなすりつけ、そうと知りつつ犯行に及んだと言うこと。なすり付ける相手は、或る程度の条件を満たすなら誰でも良かったわけで、これは無差別殺人に準ずるものだと思う。犯人の心理をじっくり描くサイコ・スリラーならともかく、(変則的とは言え)本格ミステリの真相としては理不尽でがっかり。台詞でサラッと説明されちゃって実感が得られないし。
 それに、ピースを積み上げて最後に犯人の名に至る論理展開なら、“無実と知りつつ、なすりつけた” というロジックは確実性に欠ける。“無実なんだから、奴には被害者を殺す動機が無い” と判断するほうが自然。最初に犯人を確定しちゃったからこそ、辻褄合わせの為にアリになる推測だよね。しかし当然ながら、探偵法に合わせて犯行がなされるわけではない。そのへんがズルいと思う。

No.1559 4点 アガタ- 首藤瓜於 2023/10/20 12:44
 書くべきことを書いてないミステリ、それともミステリに見せかけて別の意図を持つ断片集のようなものなのか。見極めが難しい。しかしきちんと書かれたとしても、果たしてこのプロットは面白いのだろうか? 特に最後のどんでん返しは唐突過ぎて効果が無い。森博嗣の出来の悪い長編みたい。

No.1558 7点 人影花- 今邑彩 2023/10/12 12:54
 厳選したと言うだけあって、“没後の落穂拾い” と言うエクスキューズは不要な高品質作品集(そういうのって玉石混交になりがちじゃない?)。どれも良くありそうなパターンながら、上手く料理している。他愛のないショートショートで一息つくことさえ必然的な流れに思えたりする。

 「疵」にはすっかり騙された。“目の前のビルと互いに丸見え” と言うのが伏線になるかと思ったけど……。
 「いつまで」は予想を微妙に裏切り続けて、“可愛いという気持ちさえも~” に辿り着く展開に共感。ストレートに感動してしまった。

No.1557 7点 - 劉慈欣 2023/10/12 12:54
 ヘヴィな現状認識に基づく作風が多い中、「円円のシャボン玉」のポジティヴィティが際立っている。
 全体的に、メインのアイデアは破天荒だけど結末が弱い傾向があり、オチと言う点では「鯨歌」「栄光と夢」「円」が良い。「円」はブラウン神父ものの某作みたいな歴史ミステリだと思う。

No.1556 6点 終末の海 Mysterious Ark- 片理誠 2023/10/12 12:53
 ミステリの文脈で読むとアンフェアな真相だと思う。しかし冒険SFとしてはそれなりに手に汗を握りつつ、ホワイダニット(?)の飛躍で笑えるのもナイスだ。自動車ネタが伏線になっている点など上手いと思う。

No.1555 6点 犬神館の殺人- 月原渉 2023/10/12 12:52
 “犯人の自殺” を前提にするとトリックの可能性は広がるけれど、反面それ相応の特異な心理状態について納得させてくれる必要がある。冷徹な傍観者たるツユリシズカの立ち居振る舞いは、今回そこにブレーキを掛けてしまった気がするのだ。この犯人の気持は “説明” では説明し切れない。もっと情緒的で演出過多な方が読者を巻き込めたのではないだろうか。

No.1554 6点 或るエジプト十字架の謎- 柄刀一 2023/10/12 12:52
 2話目の、八田と言う名前、現場の床の粉、静物画の腐った梨――『Yの悲劇』からの引用だよね。と気付いたせいで、物語よりオマージュ探しに気を取られてしまった(それ以上は見付けられなかったが……)。
 アイデアは面白いが書き方が今一つ。鑑識による現場検証の結果が即座にピシッと提示されて、パズル小説として割り切ってるな~との印象。それとも現実でもあんなリアルタイムでデータが揃う程に技術が進歩しているのだろうか?

No.1553 7点 宇宙犬ビーグル号の冒険- 山田正紀 2023/10/06 13:08
 一捻りした設定のおかげで、古式ゆかしい侵略もの冒険SFを素直に楽しめる。しかし、動物に仮託することで殺し合いの残虐さが中和されると言うのは、考えようによっては危険な手法かもね。

No.1552 7点 鵼の碑- 京極夏彦 2023/10/06 13:07
 基本的には、このシリーズにしては薄味だけど、ミステリ的小説として良く出来ており楽しめた。
 しかし、長いブランクのせいか、作品世界の連続性が保てなくなったようにも感じる。登場人物が微妙に現代人っぽくなっていたり。関口が妙にまともに久住の相談に乗っていたり。中禅寺はちょっと角が取れた感じがする。事件の諸要素に託けて令和の世相を斬る、みたいなメタっぽい台詞は後出しジャンケンのようで鼻に付く(あんな言い方、以前からしてたっけ?)。
 何より、闇が薄くなって、ヌエがあまり怖くない。
 旧作は読んでいる間あの時代にトリップ出来たんだけど、本作は窓から覗き見るに留まってしまった。
 相変わらずの榎木津、救いは貴君だ。

No.1551 6点 トッカン vs 勤労商工会- 高殿円 2023/10/06 13:06
 経済ミステリとしては、あまり難解な専門用語の世界には行かないので助かった。読み終えてみるとこの題名は意味深長だな。
 ぐー子に齎される気付きのアレコレは今一つ深みに欠ける。些細なことに大仰に反応し過ぎ。チワワのキャラクターが面白い。

No.1550 6点 カリブ海の秘密- アガサ・クリスティー 2023/10/06 13:05
 ことミステリの場合、ネタの使い回しに対しては視線が厳しくなりがちだが、私はACの手癖と言うか “良くやるパターン” に関して目くじらを立て過ぎていたかと少々反省している。
 作中に於ける犯人や手掛かりの配置が旧作に幾らか似ていると、そのマイナス評価ばかりに囚われて他の楽しめる部分を逃していたかもしれない。そういう部分は作者の得意技だから多用されるってことでいいのかもしれない。本作も、読む順番が違ったらもっと高評価だった気がする。

 西インド諸島のどこかの国と言う舞台設定にはあまり効果を感じず。ミス・マープルが翁にあしらわれる場面は新鮮。人違い殺人は余計なエピソード、もしくは発生が遅過ぎるのでは。
 かつてエスターの夫が事故死しているとの話に、“あ、実はこれが殺人で伏線か。見え見えだぜ” と思ったんだけどなぁ。

No.1549 6点 バートラム・ホテルにて- アガサ・クリスティー 2023/10/06 13:05
 組織犯罪と殺人事件を強引に混ぜるのはともかく、そこにミス・マープルを絡ませるのは食い合わせが悪い。
 作者は敢えてその変なミックスを試したかったのだろうか。“ミス・マープルなんだから聡明な筈” との思い込みも相俟って、作者が動かし方に苦労しているような、ぎくしゃくした印象を受けた。
 “壮大な与太話” であるこのプロット、ノン・シリーズにして、事態を判っているんだかいないんだか判然としないお婆ちゃんがウロウロしているうちに巨悪と対決、みたいにすれば面白いのでは?

 あと、殺人犯に目を瞑ったのはまずいんじゃない? だって自分の金銭的利益の為の、結構短絡的な犯行だ。条件が揃えばまた繰り返す危険があると思う。

No.1548 8点 蒼ざめた馬- アガサ・クリスティー 2023/09/30 12:52
 件の “商売” のシステムを良く見ると、契約担当・調査担当・実行担当、がいれば基本は成立してしまう。死者はさまざまな病気だと診断されているのだから、オカルティズムによる対外的な隠蔽は実は不要だ。
 降霊儀式の主な役割は、依頼人の心理的抵抗の軽減である。事実を隠蔽して “殺しではなく呪いだ” と思い込ませたい相手は、世間の人々ではなく、あくまで依頼人なのである。解決編でそのへんの位置付けが若干曖昧だと思う。読者を勘違いさせる書き方になってない?
 出しゃばり首謀者の行動原理は判るような判らないような。但し、病死である筈の一連の死者が一つのリストにまとめられて関連付けられることは非常にまずいから、慌てて神父を撲殺と言う雑な行動に出たのは理解出来る。

 おまえ誰が本命だと突っ込みつつ、中弛みも感じず、面白く読み通せた。もっともそれは、私が新しい書き方のオカルトものをあまり読んでいないからかもしれないけれど。

No.1547 7点 20億の針- ハル・クレメント 2023/09/30 12:51
 基本設定で風呂敷を広げた割に、ちんまりした牧歌的な舞台に留まった気はする。
 でもそのおかげで、良い意味でジュヴナイル的ムードな島のボーイズ・ライフが展開されて楽しい。ボブ少年とハンターが普通にいい奴。消去法でちゃんと推理してていいね。
 視界に文字を投影するコミュニケーション法(VRみたい)にちょっとびっくりしたんだけど、この頃(1950年)から既に(SF界では)一般的なアイデアだったんだろうか。

 シンプルな原題『 Needle 』を意訳してるけど、20億は針じゃなくて藁だよね。いや、馬鹿にしてるわけじゃなくて、理屈に合っていなくても『20億の針』で確かにニュアンスは伝わるなぁと。

No.1546 6点 ゐのした時空大サーカス- 山田正紀 2023/09/30 12:51
 人間と時間の本来の関係とは。素描のような短いエピソードを並べて物語の輪郭を浮かび上がらせる手法で、動的な展開は乏しい。雰囲気ものに留まったとの感もあるが、詩情を生かすにはこのくらいが良いのかもしれない。これは時空を一編の詩に変えてしまおうと言う企みであって、アクション映画を目指しているわけじゃないからね。

No.1545 4点 危険な童話- 土屋隆夫 2023/09/30 12:50
 色々ネタバレします。
 決定的な矛盾ではないが、私は “犯人と警察が共謀して、読者に対してトリックを実演して見せている” ような、奇妙な印象を受けた。
 例えば、凶器の隠匿。“犯人には隠しに出歩く時間が無い” と判断されるには即日拘留される必要があり、警察は微妙な現場の状況を読んで、犯人の期待通りに対応している。
 葉書の指紋トリックは、計画に必須ではないにもかかわらず、警察の捜査が新たな脅迫を生み、更なる殺人につながった。
 双方とも、互いの限界を踏まえて、都合の悪い推測はせず、その範囲内でゲームをしている。基本がリアルな書き方であればある程、登場人物がチラリと読者の方に目配せするようなおかしな瞬間を感じるんだよね。

 もう一点。拡大解釈すると、犯人は自らの手を汚したことが嬉しいのだと思う。自殺した人への、今更ながらの共感として。だってあれこれトリックを組み合わせて、楽しそうだ。敢えて子を計画に加担させたのもその延長で、被害者を全くの “よそのおじさん” にしてしまう為である。
 子が親殺しに加担するわけが無い → 子が加担したのだから被害者は “よそのおじさん” だ → “よそのおじさん” だから自分との間にも何も無い、と言う理屈で過去を書き換えて貞淑さを再確認したいのだ。
 そして、自分本位だったからこその、子を残してのあの幕引きなのである。

No.1544 3点 殺しの双曲線- 西村京太郎 2023/09/30 12:48
 何か変だ。
 なかなか面白くはあったのだが、ネタバレしつつ指摘せねばならない。

 “瓜二つ” と言う要素は、雪山ホテルの事件ではあまり意味が無いのではないか。冒頭のトリック宣言や、強盗事件と平行させる書き方のせいで、ついそれが必須であるかのように錯覚してしまうけれど。
 ホテル内は全員死亡で “犯人はこの人です!” と証言出来る者はいない(強いて言えば駅前食堂の主人?)。
 従って、別にそっくりではない(仮名)鈴木ヒロシと鈴木タカシが出頭して、“手記に登場する鈴木とは自分ではなくアイツの方ですよ” と主張しても、概ね同じ状況になる。
 だって言葉による情報しか無いんだから。作者は、記念撮影をするとかの工夫をしておくべきだった。
 (被害者の一人が手記を残し、警察はそれによって事件の成り行きを知った。この流れは犯人の意図したものではなく犯行計画には組み込めない。本来どうする心算だったのかは、作者が伏線を用意していないので、この際置いといて。)

 そもそも、ホテルに殺す相手を集めること(これが一番難しそう)が出来るなら、どんな計画が適切か。
 シンプルに全員殺して、自分は安全に下山すればいいのでは? その上で二人で警察に通報なり出頭なりすれば、もうそれで実際にホテルにいたのがどちらだか判らなくなっている。
 そう考えると、計画後半の “自分が殺されたフリ” 等は読者の目を意識したメタ的な演出としか思えない。
 また、雪上車を本当に壊されたのは想定外であり、本来なら安全に下山出来た筈。それなら “警察やマスコミを集めての入れ替わり” は必要無い。想定外の要素を予め計画に組み込んであんな無謀な下山をするのは大きな矛盾である。トリックの行使に犯人が淫していた、と片付けるには当人の命にも関わる事柄だしねぇ。あっ、そうやって口封じして相方に責任を押し付けようって腹か?

 因みに、2009年、マレーシアで、一卵性双生児の見分けが付かず無罪判決との事例あり。違法薬物関連の罪で、有罪なら死刑だったそうです。

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虫暮部さん
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