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E-BANKERさん
平均点: 6.02点 書評数: 1779件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.72 5点 新しい十五匹のネズミのフライ- 島田荘司 2023/04/23 14:04
「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」(1984)以来のホームズ・パスティーシュもの。
で、今回はある超有名作「赤毛連盟(赤毛組合?)」が下敷きとなっている。しかし、長かった・・・
単行本は2015念の発表。

~「赤毛組合」事件は未解決だった! ホームズ・パスティーシュの傑作。「赤毛組合」の犯人一味が脱獄した。だが、肝心のホームズは重度のコカイン中毒で幻覚を見る状態。ワトスン博士は独り途方に暮れる・・・。犯人たちの仰天の大計画、その陰で囁かれた「新しい十五匹のネズミのフライ」とは一体なにか? 我がホームズは復活するのか? 名作「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」から三十余年。謎と仕掛けに満ちた大作!~

これは、前半部分だけなら“ワトスン博士の覚醒の物語”である。思い起こせば、「龍臥亭事件」が石岡和巳の覚醒の物語であったのと同じようなベクトルの作品ということ。(ワトスンが単身女性を助けにいくところは、かの名作「異邦の騎士」も思い起こさせた)
石岡もいつも御手洗に頼り切り、まったく自信のない小市民だった。ワトスン博士も同様、常識人という殻を被った情けない男だった・・・。そんな彼が愛する女性を救い出すために知恵と勇気を絞り孤軍奮闘する。
そんな大冒険(?)が前半から中盤すぎまで。

いったいホームズはどうしちまったんだ! コカイン中毒のまま終わるのか?と思っていた矢先、本作最大の謎である「新しい十五匹のネズミのフライ」の真相をいとも簡単に解き明かしてしまう。
まぁ一種の暗号のようなものだが、他の方も書かれているとおり、こんな大作をここまで引っ張るような謎では決してない。
せいぜい短編で使うトリック、仕掛けという程度のもの。そんなものでここまで引っ張れるのだから、ある意味「さすが島田荘司」と言えなくもない。でも、如何せんミステリーとしては小粒だ。

最近はミステリーとしての小粒さを隠すかのように、物語感が増している。(「盲剣楼奇譚」なんてその典型だったが・・・)
本作もホームズ⇔ワトスンの新たな一面を見せてくれたという意味では良かったものの、後はうーん・・・
長年のファンとしては些か物足りないという感想を抱くのはやむを得ないところ。
「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」の時の瑞々しさ・・・それは決して取り戻すことのできない「時代」というものなのだろう。オッサンはいつもノスタルジーを感じてしまう生き物だから、ついつい「昔は良かった!」って思ってしまう。
本作のような物語も作者が作家としてアップデートしてきた結果なのだと理解したい。

No.71 5点 盲剣楼奇譚- 島田荘司 2021/11/20 10:54
『吉敷竹史シリーズ20年ぶりの新作長編』と銘打たれた本作。ワクワクするねぇー。特に私のような御手洗潔<吉敷竹史と思ってる奇特なファンにとっては。
しかも単行本で500頁超という超大作! でも、これって剣豪小説ですか??
単行本は2019年の発表。

~江戸時代から続く金沢の芸者置屋・盲剣楼で終戦直後の昭和20年9月に血腥い大量惨殺事件が発生した。軍人くずれの無頼の徒が楼を襲撃、出入り口も窓も封鎖されて密室状態となった中で乱暴狼藉の限りを尽くす五人の男たちを、一瞬にして斬り殺した謎の美剣士。それは盲剣楼の庭先の祠に祀られた伝説の剣客「盲剣さま」だったのか?70余年の時を経て起きた誘拐事件をきっかけに、驚くべき真相が明かされる~

本作、吉敷竹史が登場するということは、彼と妻・加納通子との長きに亘るストーリー=「加納通子サーガ」の新作ということにもなる。前作(といっても20年以上前だが)の「涙流れるままに」の最終章。まだ幼子だった娘のゆき子は何ともう大学生。しかも東大に合格して、吉敷と一緒に東京で暮らしているというから、年月の速さに驚くほかない。(もちろん現実の話でないことは百も承知です。
いやいや、でも吉敷の長く苦しく、そして孤独な戦いを見てきた読者にとっては、こんな穏やかな生活が彼に用意されているなんて、作者に感謝というか、島田荘司も年を取ったなという感慨が湧いてきます。)
で、今回の舞台は古都・金沢。今までも加納通子サーガの舞台は、釧路・盛岡・天橋立というように、どこか懐かしい雰囲気の漂う、そして「橋」の似合う街が舞台だったけど(実際、私も「北の夕鶴」を読んだ後、釧路へ旅した)、今回の金沢もなかなか。さすが通子が選んだだけの街、ということでガイドブック的な要素も合わせ持っている。

ただし、ご承知おきください。
ミステリー部分は極薄です。しかも、このトリックって・・・!? 時代を超えた「子供だまし」でしょ!
今までは「剛腕」とか「奇想」とかいう言葉でかわしてきたきたかもしれないけど、これはかわしようなし。正直、噴飯ものの真相です。(いくら出来のいい○○でも、大勢の人間が気付かないなんてあり得ない!!)

まぁでもいいんです。久しぶりに吉敷竹史の姿が拝めたから。
でもどうせなら、こんな中途半端な登場ではなくて、また読者が手に汗握るような熱い冒険譚であって欲しい。
もし次作があるのなら、作者には残りのエネルギーを振り絞ってでも書いてもらいたい、と切に願います。

No.70 6点 鳥居の密室 世界にただひとりのサンタクロース- 島田荘司 2021/03/08 16:25
「追憶のカシュガル」に引続き、京都大学在学中の若き御手洗潔と彼を慕う予備校生サトルが再登場。つまり、舞台は昭和40年代の京都。更に事件はその十数年前、つまりは昭和30年代・・・ノスタルジックだよね。
単行本は2018年の発表。

~完全に施錠された少女の家に現れたサンタクロース。殺されていた母親。鳥居の亡霊。猿時計の怪。クリスマスの朝、少女は枕元に生まれて初めてのプレゼントを見つけた。家は内側から施錠され、本物のサンタクロースが来たとしか考えられなかったが、別の部屋で少女の母親が殺されていた。誰も入れないはずの、誰もいないはずの家で。周囲で頻発する怪現象との関連は?~

「いい話である」。本作をひとことで言い表すなら、そういうことになる。
御手洗も若く、何とも言えない瑞々しさがある。最初に我々の前に登場した、あの馬車道の御手洗は、世間に背を向け、ねじ曲がった性格の奇人としてだった。
そんな御手洗もこの時はまだ医大生。当然、常人では計り知れない頭脳と洞察力を併せ持つスーパーマンなのだが、まだまだ人間そして日本という国に失望してない雰囲気を纏っている。
それだけでも本作を読了した価値があるというものだ。

で、本題なのだが、「密室」。うーん、「密室」ねぇ・・・
確かに堅牢な密室が出てくる。一階はスクリュウ錠、二階はクレセント錠ですべてが施錠された家・・・堅牢だ!
でも、これってワンアイデアだろう。作者が前々から持ってた「密室」ネタのひとつを大きく膨らませたもの。
まぁ、ワンアイデアでここまで感動的なストーリーを紡ぐことができるのだから、それはそれでさすがということなんだけど、いかにも「薄味」という感覚にはなるよね。
途中に挿入された物語。こういう手の話も、「あーあ。島荘らしいね」と思うんだけど、何となく既視感いや既読感ありありって感じになってしまう。(こういう不幸でやりきれない男や女の話は妙にうまい)

悪くはない。うん。悪くはないんだけど、満足もしてない。前の島荘作品の書評で「荒唐無稽でもいい、あの剛腕で私をこれでもかとねじ伏せて欲しい」って書いた気がするんだけど、同じく! でも、さすがに今は150キロの剛速球なんて無理だよな。じゃあせめて、100キロでもいいから鋭い変化球を見せて欲しい・・・って難しいかな?

No.69 5点 屋上の道化たち- 島田荘司 2019/12/17 20:04
現代を代表する名探偵(?)御手洗潔登場50作目となる本作。
“記念碑的”作品となるはずの本作だが、文庫版の帯には「『暗闇坂』や『龍臥亭』に劣らぬ強烈な謎」という魅力的な惹句。
これは期待せずにはいられない・・・はず。文庫化に当たってなぜか「屋上」というシンプルなタイトルへ変更。
単行本は2016年の発表。

~自殺する理由がない男女が、つぎつぎと飛び降りる屋上がある。足元には植木鉢の森、周囲には目撃者の窓、頭上には朽ち果てた電飾看板。そして、どんなトリックもない。死んだ盆栽作家と悲劇の大女優の祟りか? 霊界への入口に名探偵・御手洗潔は向かう。人智を超えた謎には「読者への挑戦状」まで仕掛けられている!~

文庫版417頁にある御手洗のふたつの台詞。
『はっはっはぁ、神のいたずらだぜ石岡君、いったいどうしてこんなことが起こったんだろう・・・』
『たぶんこいつは偶然だぜ石岡君。偶然の寄せ集め、奇跡のような偶然の方程式だ・・・』
これが今回の事件、そして謎のすべてを表現していると言っていい。

そう。“神のいたずら”というレベルの話なのだ。
読者は、神の視点を通じて関係者の動きや頭の中まで詳らかにされているからいいようなものの、実際にこんな事件が起こったら、迷宮入り間違いなしだろう。
「偶然の連続」ということなら、「北の夕鶴」だって「奇想、天を動かす」だって「暗闇坂」だって間違いなく「偶然の連続」だった。
でも、それらの作品には確実にカタストロフィがあった。そんな偶然を引き起こすような登場人物たちのドラマがあった。
翻って、本作にはそんな感覚はない。
確かに、御手洗は御手洗だった。海外へ渡ってしまって、もはや人間・御手洗潔というよりは神の如き頭脳を持つ、スーパーマンのような御手洗に違和感しか感じなかった私にとって、やはり馬車道の御手洗はある種の郷愁を覚えさせてくれた。
ただ、どうにも・・・うまく表現できないのだが、作者の熱量は感じなかったなぁー
(巻末解説の乾くるみ氏は、ユーモアミステリの側面をさかんにアピールされてましたが・・・)

「荒唐無稽」でもいい、「有り得ないレベル」でもいい、とにかく読者を「これでもかっ!」とねじ伏せるくらいの熱量を持った作品が読みたいものだ。でもまあ、齢70歳を超えたレジェンドにそれを求めるのは酷なんだろうね。
何となく寂しい気がした。
(因みに、本当にあれだけの現金が銀行からなくなれば、すぐに気付かれるはずです)

No.68 5点 御手洗潔の追憶- 島田荘司 2017/11/29 21:09
~「ちょっとヘルシンキへ行くので留守を頼む・・・」。そんな置き手紙を残し、御手洗潔は日本を去った。石岡和巳を横浜に残して。その後、彼は何を考え、どこで暮らし、どんな事件に遭遇していたのか。活躍の場を世界へと広げた御手洗の足跡をたどり、追憶の中の名探偵に触れる番外作品集~
2016年発表。

①「御手洗潔、その時代の幻」=LA在住の“あの方”が何と御手洗にインタビュー。
②「天使の名前」=この作品こそ本作の白眉。御手洗の父親が戦前・戦中に遭遇した数奇な運命。そして御手洗の出生の秘密とは? というわけで、そこまで神秘的にしなくても、っていう気はした。
③「石岡先生の執筆メモから」=犬吠里美がけっこうウザイ。
④「石岡氏への手紙」=レオナから石岡への手紙という形態。
⑤「石岡先生、ロング・ロングインタビュー」=永遠の小市民キャラ・石岡和巳へのインタビュー。インタビュアは①と同様、アノ方。
⑥「ジアルヴィ」=??
⑦「ミタライ・カフェ」=北欧の街・ウプサラ市。スウェーデン第四の都市であり、ノーベル賞受賞者を四人も輩出したウプサラ大学が著名な美しい古都・・・。行ってみてぇー

以上7編。
「追憶のカシュガル」と同様、ノン・ミステリーの連作集であり、御手洗潔及び石岡和巳のファンブックである。
よって、ファンでない方はスルーしても全く問題なし。
ファンという方も特段手に取る必要はない。その程度の作品。

ただし、②だけは別。「追憶のカシュガル」でも戦時中が舞台となる作品(「戻り橋と彼岸花」)があったが、今回はスケールアップし、日米開戦を何とか阻止せんとする気鋭の外交官として御手洗の父親が初めて(?)登場することとなる。
既視感のあるプロットではあるけど、やはりそこは島田荘司。行間からは何と言えない圧というか、エネルギーが迸るようだった。
この熱量がある限り、例えどんな批判があろうとも、島田荘司は永遠に不滅だと思う。
(願わくは吉敷竹史も復活させてはくれまいか、と切に願う私・・・)

No.67 5点 星籠の海- 島田荘司 2017/06/03 21:57
単行本として2013年に発表された本作。文庫版上下分冊にて読了。
作品の時代設定としては、『ロシア幽霊軍艦事件』の後に位置するとのことで、御手洗が海外に旅立ってしまうちょっと前という記念碑的作品(らしい)

~瀬戸内海に浮かぶ小島に、死体がつぎつぎと流れ着く。奇怪な相談を受けた御手洗潔は石岡和己とともに現地・興居島へ赴き、事件の鍵がいにしえから栄えた港町・鞆の浦にあることを見抜く。その鞆では、運命の糸に操られるように一見無関係な複数の事件が同時進行で発生していた! 伝説の名探偵が複雑に絡み合った難事件に挑む~

福山市かぁー
実際に数年間住んでいた街だけに思いもひとしお、っていう感覚。作中で福山の刑事たちがしゃべる方言も今では新鮮に感じる。(「・・・しちゃった」とか)
特に鞆の町は名所や建物(「鴎風亭」などなど)がそのまま登場していて、潮の香りまでも思い出してしまうようだった。

福山市が島田荘司の故郷ということは、「福山ばらの街ミステリー文学新人賞」を持ち出すまでもなく、いまや有名な話。
本作は「映画化」ありきで始まった企画のようで、それを意識したプロットなのだろう。
ただし、そのため何とも居心地が悪いというか、ムズムズしたような読後感になった。
それは多分に御手洗に対する違和感に違いない。
過去の著名作では、常に“人を喰ったような”、それでいて、底辺には博愛心を感じるような、最後には心が温かくなる・・・そんな存在だったはず。
対して本作の御手洗はどうだ?
冷徹な探偵ロボットのような存在として書かれているようにしか見えない。悪くいえば「血が通ってない」ように思える。
ミステリー書評としてこんなこと書くのもどうかとは思うけど、特別な存在であるだけにどうにも首肯できないというか、「昔がよかった!」という感覚になってしまう。

まぁ、私自身も島田氏も年を取ったということなのかな?
とっくに円熟期に入った作者だし、今さら若き頃の作風にしろと言われても困るよねぇ・・・
今回は脇筋の視点人物多すぎだし、御手洗・石岡の捜査行(?)的なシーンが少なすぎたのも原因なのだろう。
これだけの大作なのに心躍る読書には遠かったかな。
(まさか常石造船の会長がこんな大活躍をするとは・・・。当然本人も公認なんだろうな)

No.66 8点 アトポス- 島田荘司 2016/09/09 23:03
1993年発表の御手洗潔シリーズ。
「暗闇坂の人喰いの木」「水晶のピラミッド」に続き、長大なスケールと圧倒的な重さで読者の度肝を抜いた超大作。
今回、満を辞して久々に再読したが・・・

~虚栄の都・ハリウッドに血で爛れた顔の「怪物」が出没する。ホラー作家が首を切断され、嬰児がつぎつぎと誘拐される事件の真相はなにか? 女優レオナ松崎が主演の映画「サロメ」の撮影が行われる水の砂漠・死海でも惨劇は繰り返され、蘇る吸血鬼の恐怖に御手洗潔が立ち向かう!~

いやぁー、分かっていたこととはいえ、『長かった!!』
初読のときも思ったけど、最初のエリザベートのくだり、こんな尺でいるか??
確かに読み物としては面白い。しかも抜群に!
エリザベートが老いの恐怖におののき、徐々に狂っていく様子は、何とも言えない寒気を覚えさせられた・・・
そしてラストのサプライズ! もう完全にB級ホラームービーだ。

やっと本筋の「死海の殺人」の章に入るのだが、
このトリックというか、仕掛けも・・・これではファンタジーとしか表現しようがない!
「伏線は張ってあるだろう!」なんて言ってはいけない。
ここまで荒唐無稽な話、誰が思い付くんだ!!
死海という特殊舞台、ウラン精錬所、回廊を持つ砂漠の中の建物、etc
よくもまぁ、こんなこと思い付くよなぁー
どんな構造してんだ、作者の頭の中は??
○○○ーの人々が砂漠の中をゾロゾロ歩くなんて、シュールすぎて思わず笑ってしまったほどだ。

・・・というような批判はいくらでもできる。
でも何なんだ、このパワーは!
読者をこれでもかと引込み、グイグイ読ませ、「こんなことあるわけないだろ!」って思わせながらも、最低限のロジックを構築する!
これこそが作者が当時主張していた「奇想」なのだろう。
とにかく、作品の持つ得体の知れないパワーと魔力に絡み取られた数日間。
やはり並みの作家ではない。チンケな批判なんてクソ喰らえだ!

興奮してすみません。(実はこの書評、酩酊状態でかなりハイテンションで書いてます)

No.65 8点 写楽 閉じた国の幻- 島田荘司 2016/05/15 16:33
2010年に発表された作者初の本格歴史ミステリー。
これまで多くの学者や文化人が挑んできた「写楽の正体」について、大ミステリー作家となった作者が肉薄する(のか?)
新潮文庫版では上下分冊のボリューム。

~“世界三大肖像画家”とも称される写楽。彼は江戸時代を生きた。たったの十か月だけ・・・。その前も、その後も、彼が何者だったのか、誰も知らない。歴史すら、覚えていない。残ったのは、謎、謎、謎・・・。発見された肉筆画。埋もれていた日記。そして、浮かび上がる「真犯人」。元大学教授が突き止めた写楽の正体とは?? 構想二十年。美術史上最大の「迷宮事件」を解決へと導く、究極のミステリー小説~

どうだろうか?
文庫版の作者あとがきを読むと、「写楽の謎」に対する作者の並々ならぬ熱意が窺える。
確かに、これまで数多の評論家や学者、文化人や作家たちが魅了されてきた謎!
これだけ諸説が飛び交う謎。これが古代の話なら分かるが、ほんの二百数十年前の江戸時代の話なのだ!
これはまさに島田荘司がチャレンジするだけの大いなるミステリーといえる。

写楽の正体についての真偽は、本作を読了した後も正直なところよく分からない。
確かにこれまでの発想では解けない謎なのだから、突飛というか異なるアプローチをしていくしかないのは分かる。
解説を読んでも、かなり資料を綿密に調査したことが窺えるし、もしかしたら真相に迫っているのかもしれない。
(ウィキペディアを参照すると、直近ではどうも当初の「斎藤十郎兵衛」説に立ち戻っているようだが・・・)

読み物としての本作は作者らしい実に面白い小説に仕上がっていると思う。
いかにも島荘作品の登場人物らしい造形なのがどうかという感じはするが、こういう壮大なスケールの物語を紡げる才能というのは、やはり作者の真骨頂だろう。
長すぎるとか、江戸編はいるのかとか、いろいろとご意見はあるようだが、「これはこれでいいのだ」!!
個人的には近頃ないスピードで読み切ってしまった。
それだけ夢中にさせられたのだろうと思う。

「江戸」の姿を辿る・・・っていうと「火刑都市」や「奇想、天を動かす」、「網走発遥かなり」など初期の作品を思い出してしまった。
こういう話も作者の十八番だったんだよね。
やっぱり、良くも悪くも他の作家とはひと味も二味も違うなぁ・・・
(結局回転ドアの話は何が言いたかったのか、イマイチ不明)

No.64 7点 ハリウッド・サーティフィケイト- 島田荘司 2015/11/22 21:06
2001年発表の長編。
一応「御手洗潔シリーズ」に分類されるのだろうが、主役&探偵役は完全にレオナ松崎が務め、御手洗は“友情出演(?)”のみ。
ハリウッドの闇を背景に文庫版で800頁を超える超大作。

~LAPD(ロス市警)に持ち込まれたスナッフフィルム。そこには、ハリウッドの有名女優パトリシア・クローガーが惨殺される場面が映っていた。そして発見された死体からは、子宮と背骨が奪われていた! 彼女の親友で女優のレオナ松崎が犯人探索を始めた。その過程で、女優志望のジョアンと出会う。彼女は記憶を失っており、何者かの手によってその体から子宮が摘出されているというのだ。事件との奇妙な符号を覚えるレオナ。そして第二の殺人が発生し・・・。なぜ女優の子宮は奪われたのか? 「虚構の都」ハリウッドを舞台に奇才が放つ長編本格ミステリー~

さすがに“奇才”、“豪腕”=島田荘司としかいいようのない・・・そんな作品。
やはり他の数多のミステリー作家とは規格、スケールが違う!
そう思わざるを得なくさせられた本作。

今世紀に入って島田は脳科学など医学の分野に深い興味と関心を示し、積極的に自作のプロットに組み込んできた。
本作では、(恐らく)発表当時ホットなテーマだった「臓器移植」そして「クローン技術」がそれに当たる。
いずれも怪しげで眉唾な話題なのだが、アメリカそしてハリウッドといういかにも“なんでもあり”の舞台とすることでリアリティを高めている。
作中ではアメリカが国家戦略として臓器移植やクローンビジネスに乗り出していることを言及しているのだが、IT革命を引き合いに出すなど、読者に現実感を持たせることにも気を配っているのがミソ。
(ほぼ十五年ほど前の作品なのだが、ES細胞に纏わる話などはなかなか興味深い・・・)

純粋なミステリーとしての面では、不可思議な殺人事件が一番の本筋。そして作中謎の人物として登場するイアンに仕掛けられたトリックが本作の白眉だろう。
謎のまま終わるかに思われた部分についても終章の最後でようやく作者の狙いが明かされることに・・・
まぁこれも、メインプロットと比べると付け足しといえば付け足しという感じがするのがちょっと痛いところではある。

そして本作もうひとつの側面がレオナ松崎を主役としたヒロイン作品ということ。
レオナについてはその傲慢な性格からお気に召さない読者も多いとは思うが(?)、とにかく本作では八面六臂の大活躍。
自らハリウッドの象徴として、女優そしてポルノグラフィなど、アメリカのエンターテインメントの闇を照らしていくのだ。

まぁすごい作品だと思う。
島田といえば大掛かりで奇想天外なトリックの本格ミステリーを期待する方も多いし、かくいう私もそのひとりなのだが、とにかく年を経るごとにスケールアップしている作家も珍しいのではないか。
もちろんそれが読者の好みにマッチしているかと言われると疑問符なのだが、決して立ち止まらず、年々進化を重ねている作者に敬意を評したい。

でもそろそろ事件の横で右往左往する石岡君の姿なんぞを読んでみたいな・・・なんて思ったりもする。

No.63 5点 追憶のカシュガル- 島田荘司 2015/04/16 23:18
2011年発表の連作短篇集。
~進々堂。京都大学の裏に佇む老舗珈琲店に世界一周の旅を終えた若き御手洗潔は日々顔を出していた。彼の話を聞くため、予備校生のサトルは足繁く店に通う・・・~
今回は文庫版(「御手洗潔と進々堂珈琲」と改題)にて読了。

①「進々堂ブレンド1974」=軽い導入部的一編。御手洗の相手役となるサトルの少年時代の淡い恋の話。この頃って、年上の女性に憧れるものなんだろうなぁー
②「シェフィールドの奇跡」=ハンディキャップを持つ人々に対する偏見は洋の東西を問わずということか。御手洗という登場人物を通じて、作者はよく社会的弱者へのいたわりの思いを読者に伝えているが、本作もそれがよく出ている。
③「戻り橋と彼岸花」=“彼岸花=曼珠沙華”という花を象徴的存在として、戦時中の日本と韓国の関係を描いた作品。どこまで実話に沿っているのか不明だが、こういう話に接すると心が痛くなってくる。ラストはある伏線が明らかにされるのだが、それが見事に作品に華を添えている。
④「追憶のカジュガル」=現在、新疆ウイグル自治区にある街・カシュガル。砂漠にあるオアシス都市、東西文化の結節点として、昔よりあらゆる民族から征服を受けてきた街・・・。そんな独特な雰囲気を持つ街で御手洗が出会ったのは、パン売りの少年と白髯を蓄えた老人。その老人は日本に纏わる過去を有していた・・・。アキヤマが死ぬ間際に発した『アジア人としての誇りを持って・・・』という言葉が泣かせる。

以上4編。
他の方も書いているとおり、本作はミステリーではなくいわゆる「謎」は登場しない。
御手洗が体験談がひたすら語られる・・・・のだ。
本作が楽しめるかどうかは、その体験談をいかに楽しめるのかにかかっているのだが、個人的には・・・微妙。

とにかく御手洗潔が好きという方には必読なのかもしれないが、少年時代を描いた「Pの密室」といい本作といい、そこまで御手洗を超人にしなくても・・・という気にはさせられた。
せっかく連作形式にしたのなら、もう少しそこに凝ったプロットを仕掛けて欲しかったしなぁ・・・
まぁ、いい話ではある。

No.62 4点 幽体離脱殺人事件- 島田荘司 2014/07/11 23:27
吉敷刑事シリーズの長編。
1989年発表。「幽体離脱」というフレーズが時代を感じさせる・・・

~警視庁捜査一課の吉敷竹史のもとに、一枚の異様な現場写真が届いた。それは、三重県の観光名所・二見ヶ浦の夫婦岩で、二つの岩を結ぶしめ縄に首吊り状態でぶら下がった中年男性の死体が写っていた! しかも、死体の所持品の中から、吉敷が数日前に有楽町の酒場で知り合った京都在住の小瀬川杜夫の名刺が発見される・・・?~

これは、まぁ小品だな。
(かなり前に読了しており)再読だけど、あまり大した印象もない作品だったよなぁ・・・と考えながら読み始めたわけなのだが、
やっぱりその印象は変わらなった。
特に終盤がいただけない。
「幽体離脱」というタイトルが示すとおり、中盤までは幻想的な謎と雰囲気を醸し出そうという努力は窺えたのだけど・・・
犯人側の独白という形で唐突に事件が終結することになる。

しかも吉敷は実質二日間であらゆる謎を解き明かしてしまう。
そのきっかけというのが「生年月日」にまつわる謎!
(これは今では通用しないのだが・・・)
とにかく呆気なさすぎる。
“鬼気迫る女”の描写は、名作「毒を売る女」に負けず劣らずスゴイのだが、それくらいしか褒めるところはない。

吉敷刑事シリーズは御手洗シリーズよりも作品ごとのレベル差が大きい。
本作はその中でも「中の下」という評価が精一杯かな。
(これで吉敷刑事シリーズの未読作品はなくなった。吉敷刑事は大好きなキャラクターだけに、続編を期待したいんだけどなぁ・・・)

No.61 2点 嘘でもいいから誘拐事件- 島田荘司 2014/04/27 20:55
「嘘でもいいから殺人事件」に続き、隈能美堂巧(タック)・軽石三太郎らを主人公としたシリーズ第二弾。
島田作品とは思えないほどの軽さとギャグ・・・がウリのシリーズだが、本作は中編二作で構成。

①「嘘でもいいから誘拐事件」=胡散臭いロケで訪れた東北地方の山奥。ナレーションを担当する女性タレントがロープウェイという動く密室から忽然と姿を消した・・・って書くと、やっぱり島荘らしい大掛かりな物理トリックか?と思わせるのだが、本シリーズにそれを期待してはいけない。実に子供だましのようなトリックでしかないのだ。こんなショボイトリックにはそうそうお目にかかれない。
②「嘘でもいいから温泉ツアー」=今度の舞台は信州の山奥。またもや軽石の無茶ブリで胡散臭い温泉紹介を行うことになったロケ班が遭遇する怪事件なのだが・・・今回は謎自体がかなりショボイ。当然ながらトリックもプロットもショボイという結果になる。

以上2編。
これは読んではいけない。
特に島荘ファンであればあるほど読むべきではない。
両作ともよっぽど追い込まれて、やむにやまれず書いたのではないかとしか考えようがない。

まだ前作(「嘘でもいいから殺人事件」)には作者らしさが垣間見えていたのだが、本作ではそれが全くなくなっている。
まぁ、この頃はまだまだ出版社側の要請にどうしても応えなくてはいけなかったのだろうなぁ・・・
全然煮詰まっていないのに、締切が近づいて、「もう!えいやっ!」って感じで発表しちゃった・・・って感じかも。

ということで、評価は個人的な最低レベルとせざるを得ない。
怖いものみたさという方ならどうぞ。
(さすがにこれでは続編は出ないよなぁ・・・)

No.60 6点 嘘でもいいから殺人事件- 島田荘司 2013/06/04 21:37
1984年発表のいわゆるユーモア(死語?)・ミステリー。
隈能美堂巧(くまのみどたくみ)、通称タックとターボのコンビが不可思議な事件に巻き込まれる。

~テレビ業界にこの人あり「やらせの三太郎」の異名を持つ軽石三太郎ディレクターと取材班が大胆なやらせ番組を企画して、東京湾に浮かぶ無人島に乗り込んだ。折からの台風接近で大きな密室となった島でスタッフのカメラマンが何者かに殺され、死体も消失してしまったのでサア大変(!)。根暗のパラノイア刑事が犯人探しに加わって、事件は意外な方向に・・・。恐怖と笑いの長編ミステリー~

島田荘司ってこんな作品も書いてたのね!
普通の方はそう思うんじゃないか。(個人的には再読なのだが・・・)
なにしろ主人公がヤラセ番組のスタッフ御一行という設定からして「軽~いノリ」が窺える。
登場する刑事・医師もまったく事件解決には貢献しないし、とにかくほとんどの人物は事件を引っ掻き回すだけの存在として登場する。

事件は首切り死体や人間(死体)消失など、いつもの「島荘節」全開。
特に、人間消失の方はありえない状況からの消失だし、それが「首切り」と有機的につながっている点がなかなか唸らせる。
事件現場に残された物証が探偵役となるターボが推理し、事件を解明するきっかけとなるなど、ミステリーファンにとっても十分に楽しめる内容だろう。

ただ、粗もかなり目立つ。
一番気になるのは、真犯人がアレとアレをアレに隠していたという場面・・・こりゃ無理だろ!
あと「動機」や事件の背景などは相当デフォルメされているが、その辺は確信犯ということなのだろう。

まぁ初期の「元気のよかった島荘」を味わうには適当な作品かもしれない。
粗には目をつぶって・・・
(猿島に建つお屋敷での密室殺人というと、折原の「猿島館の殺人」と完全に被ってるよなあ。こっちの方が先だけど)

No.59 3点 消える上海レディ- 島田荘司 2013/04/14 21:29
1987年発表。比較的初期の長編。
「消える水晶特急」に続く、女性ファッション雑誌の編集者・蓬田夜片子と島丘弓芙子コンビのシリーズ第二弾。

~業界一の化粧品メーカーが打ち出した来年のテーマは、“戦前で時間の止まったような街、上海”。キャンペーンガールもつば広の帽子に中国服(チャイナドレス)、当時そのままの“上海レディ”だ。取材で神戸~上海を結ぶ「鑑真号」に乗ることになった女性記者弓芙子。だが、出航前から前から彼女の命を執拗に付け狙う謎の女性が現れる。そして、ついに密室と化した船内で血の凶行が・・・~

これはヒドイ。
あきらかに「やっつけ感」のある作品。
(これだけ書いて終わりたい・・・)
前作(「消える水晶特急」)も水準以下の作品だったが、吉敷刑事も登場し、列車が消えるという不可能テイストが多少なりともあったのだが、本作はとにかくなにもない。
「船上ミステリー」というのは、割と目にするが、船上=密室というプロットはあまりにも安直だろう。

今回の主役は弓芙子の方なのだが(前作は夜片子)、こいつの書き方もヒドイ。
“上海レディ”にとにかく振り回され、きりきり舞いさせられる役どころなのだが、作中はずっとヒステリックに書かれていて、読んでてツラくなる。
ラストのオチもなぁ・・・、結局二人○役トリック(ネタばれだが、もういいだろっ)なのだが、ミエミエだし。

とにかく誉めるところのない作品。特に作者のファンであれば、スルーする方が賢明でしょう。
シリーズも結局これで打ち止めとなったが、まぁそうだろうな。

No.58 6点 透明人間の納屋- 島田荘司 2013/02/23 16:00
2003年、「講談社ミステリーランド」シリーズとして配本されたなかの一つ。
子供向けの作品でも「島荘はやはり島荘」だった!

~昭和52年の夏、一人の女性が密室から消え失せた。母子家庭の孤独な少年・ヨウイチの隣人で、女性の知人でもある男性は「透明人間は存在する」とささやき、納屋にある機械で透明人間になる薬を作っていると告白する。混乱するヨウイチ・・・。やがてその男は海を渡り、26年後、一通の手紙がヨウイチに届く。そこには驚愕の真実が記されていた!~

これは本当に子供向けというのを意識して書かれたのだろうか?
主人公は一人の少年(小学校低~中学年くらいか?)だし、ボリュームは抑えられているなど、作品の体裁としてはそれっぽいのだが、書かれている内容は実にシビアでハードな内容・・・。
これを小学生や中学生が読んで、理解できたのだろうか?

まぁそれはともかく、本作のプロット・筋立てはいつもの「豪腕・島荘」のままだ。
殺人現場から死体が消失し、その理由が「透明人間」なんて、奇想と言わずして何と言うのか。
密室からの消失トリック自体は、さすがにそれ程のレベルではない。
ただ、そんなことは二の次、二の次・・・。
物語としての、この「壮大さ」はどうだ! 子供向けのストーリーの背景にあの「歴史的&社会的事件」が使われるなんて・・・

これは子供向けの名を借りた社会派ミステリーなのかもしれない。
ミステリーとしての完成度も水準も全く異なるが、名作「奇想!天を動かす」をなぜだか思い出してしまった。
やはり、稀代のミステリー作家なんだよなぁ・・・。
(最後の一行は相当切ない)

No.57 10点 毒を売る女- 島田荘司 2012/11/03 23:09
『特に』記念すべきゾロ目、777冊目の書評は島田荘司の傑作短編集で。
1988年発表。光文社では「展望塔の殺人」に続くノン・シリーズ第2作品集。久々に再読。

①「毒を売る女」=~夫に性病をうつされ、それが不治の病と知ったとき若妻は狂った! 大道寺靖子は秘密を打ち明けていた友人とその家族に対して、次々と鬼気迫る接触を始め・・・~

これは初読時、相当インパクトがあったというか、正直ゾッとした。病に侵された女性も、その女性から病をうつされたと勘違いをした女性もそれぞれに狂っていく姿にとにかく戦慄が走る。人間の弱さや恐ろしさを身に染みて感じる作品。
②「渇いた都市」=これは作者のストーリーテリングのうまさに唸らされる作品。一人の小市民が転落していくプロットというのは使い古されているが、計算され尽くしたようなラストが切れ味十分。
③「糸ノコとジグザグ」=~“糸ノコとジグザグ”という風変わりな名のカフェ・バー。だが、店名の由来には戦慄すべき秘密があった!~

これは名作と名高い短編作品。この時期の作者の作品には「東京」という街の都市論が頻繁に登場していたが、本作もそれに影響を受けている。作中に登場する問題の電話は暗号というほどのレベルではないが、作者のファンであれば真相は容易に掴めるだろう。巻末解説にもあるとおり、名もなき人物として登場する「演説好きの男」は”あの男”意外にあり得ない。
④「ガラス・ケース」=これはショート・ショート。示唆に富んでいるというべきか、オチだけの一発勝負と言うべきか。
⑤「バイクの舞姫」=外車とオートバイ、そしていい女。これもこの時期によく登場するプロット。
⑥「ダイエット・コーラ」=これも示唆に富んでいるというべきか。作者の着眼点に感心。
⑦「土の殺意」=本作では唯一吉敷刑事(当時)が登場(完全に脇役扱いですが・・・)。不動産バブルや地上げ屋など、ふた昔前の話ではあるが、主人公の老人の主張は実に合点のいく内容。ホント、日本人の悪いところだよね。
⑧「数字のある風景」=ショート・ショート。これは謎の作品だなぁ・・・。

以上8編。
これは今のところ「マイベスト短編集」的な作品。
①でも書いたが、初読時には「占星術殺人事件」などと並んでかなり衝撃を受けたのが思い出される。
今回再読してみて、「ミステリー作家・島田荘司」の類まれな才能とアイデアが惜しげもなく詰め込まれた作品集だと改めて感じた。
長編とは違って、大掛かりなトリックや破天荒なプロットはないが、何とも言えないサスペンス感や切れ味、男女の心の機微など、短編にあるべき要素がバランスよく配合されている上質な作品が並んでいる。

というわけで、短編集としては初めて最高の評価を捧げたい。
(ベストは間違いなく①だろう。もちろん③や②も良い。④⑥⑦も味わい深い)

No.56 6点 見えない女- 島田荘司 2012/10/03 23:14
作者初期のノンシリーズ短編集。
いずれも外国を舞台に、いつものガチガチの本格ミステリーとは違ってライトなミステリーを味わえる。

①「インドネシアの恋唄」=これは何だが甘くせつない青春ミステリー的作品。舞台はインドネシアのジョグジャカルタ~バリ島。早見優にそっくりのインドネシア人というところで時代を感じてしまうが、20代前半にこういう体験をしてみたかったなぁとしみじみ思う。ミステリー的には非常に小粒。(インドネシアの女性って上品でキレイだよね)
②「見えない女」=舞台はパリ。誰もが目を見張る美人で、フランス演劇界に顔の広い女性・・・。本人は多くの映画に出演しているというのだが、誰もその姿をスクリーンで見たことがない・・・。こういう職業って、この頃はあまり知られてなかったのか? 途中で十分察しのつく真相。
③「一人で食事をする女性」=舞台はドイツ。バイエルンの狂王・ルードビッヒ2世と彼の建てた城(ノイシュバンシュタイン城ほか)がストーリーの背景に見え隠れする。そしてまたしても登場する謎の美女。今度の謎の鍵は「ベルリンの壁」。でもまぁ、若い世代にはもう歴史の教科書で知る話なんだろうな。

以上3編。
『作品の舞台は3編とも外国で、それぞれに魅力的なヒロインが登場。ロマンあふれるシャレたミステリーに仕上がっており、改めて島田荘司という稀有な作家の才能の豊かさと、センスの良さに敬服してしまった』(文庫版巻末解説より)
まさにこのとおりです。

今回、久々の再読なのだが、①は初読時にも印象に残った作品。本作はミステリー云々ではなく、島田荘司という作家の懐の深さを味わう作品なのだろう。

No.55 6点 リベルタスの寓話- 島田荘司 2012/08/19 13:17
御手洗潔シリーズ。表題作が前編と後編に別れ、その間に中編「クロアチア人の手」を挟み込むという形式の作品集。
(「帝都衛星軌道」と同じパターンね)
これも作者が提唱する「21世紀本格」を具現化した作品なのでしょう。

①「リベルタスの寓話」=ボスニア・ヘルチェゴヴィナで酸鼻を極める切り裂き事件が起きた。心臓以外のすべての臓器が取り出され、電球や飯盒の蓋などが詰め込まれていたのだ。殺害の容疑者にはしかし絶対のアリバイがあった。RPG世界の闇とこの事件が交差する謎に、天才・御手洗潔が挑む~
というのが粗筋。いつもの御手洗ものらしく、不可能趣味溢れる謎と荒唐無稽なトリックが満載なのだが・・・
何か、作者が興味をもった対象物を断片的にいくつも取り入れ、繋ぎ合わせたような感覚が拭えなかった。
セルビアとクロアチアの歴史的な対立・抗争やリベルタスなる物体、そしてRMTと仮想通貨、はたまた幹細胞に関する医学的知識・・・
作者の剛腕で最後にはうまく丸め込まれたような感じになってしまうのだが、私のような一般的市民にはもはや想像すらつかない世界で御手洗の推理が行われていることに、やや寂しさを禁じ得ない。

②「クロアチア人の手」=これは石岡君も登場して、①よりはとっつきやすい雰囲気はある。ガスバーナーで焼き切るしかない鍵により構築された超堅牢な「密室」、なぜか路上で爆死する容疑者など、まさに島田テイスト溢れる作品ではある。
しかしなぁ・・・このトリックは「いいのかなぁ?」
真犯人の独白では、さも簡単そうにこのトリックを語っているが、とてもじゃないがそんな簡単には思えないんだけどなぁ・・・
(そもそも、そんなスゴイ性能を持つアレがあるのかどうかが怪しい)
ピラニアや生石灰、底のつながった水槽なんていうのは、いつか使ってやろうと思ってた「トリックの材料」なんだろうな。
そしてそれらを具現化させたのが「アレ」・・・

あれこれと難癖をつけてますが、決して「駄作」というわけではないですよ。
ただ、「荒唐無稽で突拍子もない」というだけです。(それならいつもの島田作品と同じだろ!)

No.54 6点 上高地の切り裂きジャック- 島田荘司 2012/06/01 23:13
御手洗潔シリーズの中編2つで構成された作品集。
2003年発表。「奇想」をテーマにこの時期続けざまに出された作品の1つ。

①「上高地の切り裂きジャック」=女優は腹を切り裂かれ、内臓を抜き取られ、代わりに石を詰め込まれた惨殺死体で発見された。いったいなぜ、何のために? そして容疑者には鉄壁のアリバイが・・・。切り裂きジャックが日本に甦ったかのような猟奇殺人に名探偵・御手洗潔が挑む。

タイトルにはあるが、本文中では「切り裂きジャック」の文字は一切出てこない。というのも、作中に描かれる事件自体が本家に遠く及ばないほどスケールが小さいからだろうか?
臓器が抉り取られた理由というのも、実に下世話な理由だし、動機も推して図るべし・・・
御手洗は遠く北欧から、石岡からのメール&電話だけでアッという間に真相を見抜くのだが、こんな物証だけで真相を見抜くなんて、もはや「名探偵」なんていう域は超えて、「超人」としかいいようがない。
ちょっと不満の残る作品という感想。

②「山手の幽霊」=こちらの方が個人的には好み。
いかにも「御手洗もの」という味わいなのだが、事件の舞台が平成2年で、まだ御手洗が石岡とともに横浜・馬車道に住んでいるころの事件なのが理由か?
ストーリーは、2つの突拍子もない事件の相談が御手洗のもとに持ち込まれ、見た目は全く別々の出来事と思われた事件が、御手洗の頭脳により見事につながり、解決されていくというプロット。
これは、もう御手洗もの短編の定番中の定番。(個人的には「山高帽のイカロス」を思い出してしまった・・・)
真相ももう、「定番中の定番」、“偶然の連続”というやつ。
ということで、島田ファンなら安心して楽しめる作品という感じでしょうか。
(加えて、横浜という街についての歴史の勉強にもなる・・・)

No.53 5点 ひらけ!勝鬨橋- 島田荘司 2012/04/07 21:20
1987年発表、作者初期のノン・シリーズ作品。新装版にて読了。
世間から見捨てられた「老人たち」を主人公にした珍しい(?)作品。

~館長が悪質な詐欺に引っ掛かり、ヤクザに引き渡しを要求されたO老人ホーム。威圧的なヤクザと能天気な老人たちの熾烈な攻防が始まった。ついに立ち退きを賭けてゲートボールの試合で決着をつけることになった。コーチ役の翔子を中心に結束を固めた老人たちの「青い稲妻」チーム。汚い手口でプレーするヤクザなチーム。そんなとき、老人ホームで殺人事件が発生する。笑いと涙のユーモア長編ミステリーの傑作~

これはミステリーじゃないな。
一応連続殺人事件が起きるが、これはほんの付け足し程度の扱いだし、真相も何だかウヤムヤのまま収束してしまう。
本作の読みどころはズバリ「ゲートボールの実況中継」シーンと「月島での老人たちのカーチェイス」シーンの2つだけと言いたい。
(別に悪い意味ではないのだが、正直ほかの場面は全く記憶に残らなかった・・・)

「ゲートボール」については、ルール解説を交えながら「青い稲妻」チームのキャプテンである本田叡吉が、さながら将棋のように相手チームと戦法の読み合いを行う・・・ゲートボールってそんなに頭を使うスポーツだったんだねぇー
そして極めつけが、老人たちがポルシェ911を駆って、ベンツに乗ったヤクザたちをカーチェイスの末に海へ落とすという無茶苦茶さ!
まさに「ミスター荒唐無稽」というべき作者の本領発揮でしょう。
この2つ以外の部分が実に冗長なのですが、「負け組」の象徴として登場する老人たちが最後に見せてくれる「意地」にまずはスッとさせられます。

ポルシェやバイクなど、作者の趣味が存分に生かされていて、初期の頃の何とも言えないエネルギーが行間から伝わってくる。
まっ、作者のファン以外には面白くもない作品かもしれませんが・・・
(主人公の老人たちが、本田・鈴木・山波・豊田・川崎って・・・凝り過ぎ!)

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