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E-BANKERさん |
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平均点: 6.00点 | 書評数: 1845件 |
No.925 | 5点 | 十三回忌- 小島正樹 | 2013/09/29 20:11 |
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師匠・島田荘司との共著「天に還る舟」でデビューした作者が発表した実質の処女長編がコレ。
2008年発表。師匠譲りの大トリックに拘った作品との世評だが・・・ ~自殺とされた資産家夫人の不審な死。彼女に呼び寄せられるかのごとく、法要のたびに少女が殺されていく。一周忌には生きながら串刺しにされ、三周忌には首を持ち去られ、七周忌には唇を切り取られていた。そして迎えた十三回忌。厳しい厳戒態勢のなか、またもや事件は起きた・・・。巧みな謎と鮮やかな結末に驚愕必死の長編ミステリー~ 何ともたどたどしい・・・そんな感想になった。 今や小島正樹といえば、島田荘司直系で、これでもかというほど大掛かりなトリックを詰め込む作家という評判が固まってきた。 実質のデビュー作である本作も例外ではなく、紹介文のとおり不可能趣味溢れる連続殺人を題材に、作者の自由奔放なトリックが登場する。 ただ、島田荘司というよりは、どちらかというと阿井渉三を思わせるプロット&作風で、特に列車事故が絡む二つ目の殺人事件などはもろに阿井氏の作品を思い出してしまった。 (阿井氏も島田荘司から強い影響を受けたと自身で語っていたから、似てくるのは自明なのかもしれない) 確かにトリックは大掛かりで、大ラスで判明する真犯人の正体にも結構サプライズ感はある。 「見立て」ではないのだが、猟奇的な死体にも理由付けが成されていて、この辺りもまさに“ミニ島荘”という感じ。 けど、これでは正直「つまらない」という感想を持った方が多いのではないか? 敢えていうなら、トリックが浮いているのだ。 島田荘司であれば、トリックのリアリティを補強するため、地の文に多様な工夫を凝らし読者を巻き込んでいくのだが、さすがに如何せん現時点の作者では役不足ということだったのだろう。 文庫版巻末で師匠・島田荘司は、「天に還る舟」では文書の殆どを手直ししたという逸話を披露しているが、本作を発表前に読んだ際には文書の上達に驚いた旨書かれている。 直近の作品を読んでないので、もしかすると文書が相当うまくなっている可能性はあるが、本作では「まだまだ」という評価になるなぁ・・・。 |
No.924 | 7点 | ようこそ、わが家へ- 池井戸潤 | 2013/09/23 16:57 |
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『半沢直樹』が空前の大ヒット!
デビュー当初から作者の作品を読み続けてきた読者からすると、うれしいような寂しいような・・・ そんな複雑な気持ちを抱きながら手に取った本作は文庫オリジナルという今時珍しい作品。 (ハードカバーで出す方が作者も出版社も儲かるように思えるのだが・・・違うのかな?) ~真面目だけが取り柄の会社員・倉田太一は、ある夏の日、駅のホームで割り込み男を注意した。すると、その日から倉田家に対する嫌がらせが相次ぐようになる。花壇は踏み荒らされ、郵便ポストには瀕死のネコが投げ込まれた。さらに、車は傷つけられ、部屋からは盗聴器まで見つかった。執拗に続く攻撃から穏やかな日常を取り戻すべく、一家はストーカーとの対決を決意する。一方、出向先のナカノ電子部品でも、倉田は営業部長に不正の疑惑を抱いたことから窮地へと追い込まれていく。直木賞作家が身近に潜む恐怖を描く!~ 本作も「いかにも池井戸潤!」。「池井戸テイスト」たっぷりの作品。 しかも、最近の「下町ロケット」や「ロスジェネの逆襲」といったベストセラー作品ではなく、ひと世代前の池井戸作品の雰囲気が漂う。 ということで、にわかファンにはやや食い足りないように見えるかもしれないが、個人的にはむしろ新鮮に思えた。 本作は、主人公である気弱な50代の銀行員・倉田を軸に、倉田一家が巻きこまれるストーカー事件と、倉田の出向先で起こる横領事件の二つがほぼ同時進行していく。 そして、この倉田が実に人間臭いのだ。 真面目で気弱、出世はほどほどで良い、面倒なことにはあまり関わりたくない・・・(年齢以外は何となく自分自身にシンクロしてきた) こんなどこにでもいそうなオッサンが、事件に巻き込まれることで、自分自身を見つめ直し、そして成長していく物語なのだ。 それも、「倍返しだ!」などと格好良くキメるのではなく、悩みながら半分ビクビクしながら・・・ やっぱり、どんな人間でもその人なりの「矜持」というものがあるのだろう。 サラリーマンやってると、つまらない見栄や取るに足りない優越感をついつい抱きがちだけど、そんなことじゃないんだよねぇ・・・ そんなことを考えさせられ、そして爽やかなラストに癒された。 もはや名人芸だね。 (マンネリと思う方もいるだろうが・・・) |
No.923 | 5点 | ムーンズエンド荘の殺人- エリック・キース | 2013/09/23 16:55 |
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2011年発表。「雪の山荘版『そして誰もいなくなった』」という帯の惹句が本格ファンの心をくすぐらずにはおれない・・・作品。
“ゲーム会社のパズル作家”という経歴が「いかにも」というべき、作者の処女長編。 ~15年前に探偵学校で学んだ卒業生たちのもとへ、校長ダミアンの別荘で開かれるという同窓会の通知が届いた。吊り橋でのみ外界とつながる会場にたどり着いた彼らが発見したのは、意外な人物の死体。そして死体発見直後、吊り橋が爆破され、彼らは外界と隔絶してしまう。混乱する彼らを待っていたのは、不気味な殺人予告の手紙だった。密室殺人や不可能犯罪で次々と殺されていく卒業生たち、錯綜する過去と現在の事件の秘密。クリスティの名作に真っ向から挑む!~ 心意気はよしだが、ちょっと中途半端な出来。 ひとことで言えば、そんな感じの作品に思えた。 他の方の書評にもあるし、巻末解説でも触れられているが、特に前半は視点人物が次々と入れ替わったり、過去の事件についての回想が随時挿入されたりで、何だかまとまりの悪いストーリーとなっている。 登場人物がひとりひとり、次々と殺されていく中盤以降、ストーリーは加速度的に進行し、ここでようやく面白さが増してくる感じ。 途中の密室殺人については、日本の新本格作品のように凝ったトリックというわけではなく、ある意味非常に現実的な解法(まぁサプライズは全くありませんが・・・)。 真犯人設定のプロットについても使い古されたものだろう。(伏線もかなり微妙だが) ということで、どうしても「アラ」が目についてしまうのですが、今時こういう作品を書こうという心意気をまずは買いたい・・・(?) デビュー作としてはまずまずという気もするし、こういう手の作品が大好物という読者なら、広い心で読んでみるのもいいのでは。 (文庫版で300ページ程度の分量でまとめられていて、読みやすいんだけどもう少し物語としての厚みが欲しかったかなというのが一番惜しい。) |
No.922 | 6点 | アルファベット・パズラーズ- 大山誠一郎 | 2013/09/23 16:53 |
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「密室蒐集家」で第13回本格ミステリー大賞を受賞した作者が贈る連作短編集。
京大ミステリ研出身という現代ミステリー作家としては一流(?)の経歴を持つ作者らしいパズラー短編集。 ①「Pの妄想」=本連作のレギュラーメンバーとなる四人の男女が登場。女性二人は精神科医と翻訳家。男性二人は警視庁の刑事と名探偵役のマンションオーナー。この四人が安楽椅子よろしく遭遇した事件を探究、解明していく・・・なんて浮世離れした設定! 本作のトリックはいかにも大学のミステリ研当たりで出てきそうなもの。そんなにうまくいくかなぁ(?) ②「Fの告発」=とある私立博物館内で起こった殺人事件、しかも指紋認証で電子的にロックされた密室で・・・。探偵役である峰原が解明した真相はサプライズといえばサプライズだけど・・・この○れ○○りトリックは相当無理がある。アリバイトリックはまずまず面白いとは思うが・・・ ③「Cの遺言」=東京湾をめぐるクルーズ船の中で発生した女性経営者殺人事件。そして偶然にも事件に遭遇するレギュラーメンバーの女性二人。今回は船内というおきまりのCC設定というわけで、いかにフーダニットに工夫を凝らせるかが作者の腕の見せ所なのだが・・・。まぁパズラーらしいと言えばそうだけど。 ④「Yの誘拐」=本作のみ二部構成の中編という分量の作品。とある過去の誘拐事件を例の四人が再調査するという展開なのだが、一旦峰原の慧眼で解決を見た後、驚愕のドンでん返しが待ち受ける・・・。ただ、このドンでん返しは賛否両論じゃないかな。「連作短編集」という観点からすれば確かにこういうオチもありかもとは思うけど。 以上4編。 これは「好きな人には応えられない」というタイプの作品。 ①~③は作者らしい凝ったパズラーが並んでいる。(④は別) ただ、「若書き」という感は拭えないかな。 ミステリ研の「犯人当てクイズ」なら文句ないところだけど、ここまでパズラーに拘るのなら、もうワンパンチ欲しかったなというのが本音。 まっ次作に期待というところでしょう。 (④はかなり強引。①~③のなかでは②かな。因みに本作はもともと2004年に上梓されたものに、今回③を新たに加えて文庫版として新たに発表された作品) |
No.921 | 6点 | モノレールねこ- 加納朋子 | 2013/09/15 21:31 |
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2006年発表、主に「オール読物」誌に掲載された作品を集めた短編集。
相変わらず作者らしい「目線」「視点」で書かれた作品が並んでいる・・・そんな印象。 ①「モノレールねこ」=表題作の主役は猫と、その猫を介して知り合った二人の子供。終盤には意外にも残酷なシーンが登場するが、作者らしく実にハートウオーミングなラストを迎える。こんな偶然・・・あったらいいよなぁ。 ②「パズルの中の犬」=猫のつぎは犬、というわけでもないだろうが・・・。本編はそれよりもジグソーパズルを愛する女性の心理や葛藤の方に惹かれた。 ③「マイ・フーリッシュ・アンクル」=今度の主役は動物ではなく「アンクル」。要は「おじさん」だ。相当アホで世間知らずなおじさんなのだが、ラストには意外なワケが判明することに・・・。でも女って強いな! ④「シンデレラのお城」=主役となるのは「形式だけの夫婦」。穏やかで理想の中年男性、とでも言うべき夫には更なる秘密が隠されていた。タイトルのお城はディズニーランドのシンデレラ城のことなのだが・・・こんな楽しみ方もあるんだねぇ。 ⑤「セイムタイム・ネクストイヤー」=これは雰囲気の良い作品。「黄昏ホテル」なんて、何だか映画のタイトルに出てきそうだし、映像化に向いてる作品だろう。 ⑥「ちょうちょう」=主役は脱サラし、ラーメン店を開店した男性。アルバイトとして採用した美女をめぐってひと悶着あるのだが、結果的には美女ではなく、本当の味方は別にいた、ってそんなよくある話だ。 ⑦「ポトスの樹」=オヤジを反面教師として徹底的に嫌い。「オヤジのようには絶対なりたくない」って思っている主人公。本編も③と同じベクトルの作品。実は・・・という理由が終盤に判明してちょっとグッとくる。 ⑧「バルタン最後の日」=何とザリガニ目線で書かれた作品。小学生の男の子に捕まえられ、自宅で飼われることになったザリガニ「バルタン」。こいつがラストにはイカした大活躍をするのだが・・・何とも不思議な一編。 以上8編。 動物が登場する作品が多いのが特徴といえば特徴。 まぁ相変わらずというか、実に加納さんらしい雰囲気の良い作品が並んでいる。 ちょっと特殊な設定下ではあるけど、ひとりひとりの人間(または動物)の想いがしんみりと心に染みてくる。 たまにはこんな作品で癒されるのも良いのではないか? (ベストは文句なく⑧だろう。あとは①③あたり。) |
No.920 | 8点 | 夏への扉- ロバート・A・ハインライン | 2013/09/15 21:30 |
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1957年発表。SFの大家である作者の代表作と言ってもいい作品。
原題“The Door into Summer”。早川版、福島正実氏の訳は名訳と名高い(そうだ)。 ~ぼくの飼っている猫のピートは、冬になると決まって夏への扉を探し始める。家にあるいくつものドアのどれかひとつが、夏に通じていると固く信じているのだ。1970年12月3日、かくいうぼくも夏への扉を探していた。最愛の恋人に裏切られ、生命から二番目に大切な発明まで騙し取られたぼくの心は、12月の空同様に凍てついていたのだ。そんなとき、『冷凍睡眠保険』のネオンサインに引き寄せられて・・・。永遠の名作!~ さすが、名作! そう唸らされた。 何よりも作品の世界観というか、雰囲気が何ともいいのだ。 読み進めていくうちに、読者は主人公であるダニイの心情とシンクロし、目の前に起こる出来事のひとつひとつに一喜一憂することになる。 序盤の山となる「ある事件」の発生後、ダニイは冷凍睡眠により30年の眠りにつく。そして、30年後に目覚めたときから、新たな予想外の物語が始まるのだ。 そして、終盤には更なるタイムトラベルと粋なラストが待ち構える・・・ 読み終えた後、何とも言えない満足感を味わってしまった。 本作で扱われているSFとしてのアイデアは、①冷凍睡眠②タイムトラベル③ロボット、の3つ。 ③はアシモフほどの拘りは窺えないが、①と②の取り上げ方は面白い。 まぁタイムトラベルについては単純なプロットで終始していて、タイム・パラドックス的な捻りが加えられているわけではないのだけど、それはそれとしてシンプルな面白さがあるのではないかと思う。 ファンタジックなSFが好みという方にはうってつけの作品だろうし、一度は手に取る価値のある作品という評価。 個人的にはそれほどSF好きというわけではないけれど、これくらいの評点はつけたい。 (冷凍睡眠の技術ってそろそろ実用化されるのだろうか?) |
No.919 | 5点 | 迷宮- 清水義範 | 2013/09/15 21:27 |
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1999年発表。作者はミステリー作家という感じではないが、多数の著作を持つ、知る人ぞ知る人物。
本作は前から気になってた作品だったのだが・・・今回縁あって手に取ることに。 ~24歳のOLがアパートで殺された。猟奇的犯行に世間は震え上がる。この殺人をめぐる犯罪記録、週刊誌報道、手記、供述調書・・・。ひとりの記憶喪失の男が「治療」としてこれらさまざまな文書を読まされていく。果たして彼は記憶を取り戻せるのだろうか。そして事件の真相は? 視点の違う“言葉の迷路”によって、謎は深まり闇が濃くなり・・・名人級の技巧を駆使して大命題に挑むスリリングな異色ミステリー~ 正直よく分からなかった・・・ そんな感覚が残った。 紹介文のとおり、冒頭からひとりの記憶喪失の男性が、「治療師」と呼ばれる男からつぎつぎと文書を読まされる展開が続いていく。 中盤~終盤と進むほど、徐々に犯罪の全体像は分かってくる。男や治療師の正体も当初よりちらつかされてはいるのだが、これは「ミスリード」だろう、という思いで読み進めていくことに。 で、当然ラストには事件全体の構図が判明するのだが、これが何ともモヤモヤしている。 結局作者は何がしたかったのか? これがはっきりしないのがモヤモヤの主因かな。 普通に考えれば、叙述系のトリックが仕掛けられていて、ラストにはひっくり返される・・・というのをついつい予想していたのだが、それほどそんな感じでもなかったしなぁ・・・ まさにタイトルどおり、作品全体が徐々に「迷宮」に入り込んでいくような感覚、それこそが作者の書きたかったテーマなのかもしれない。 文庫版解説では二度読みを勧めているが、ちょっとキツイかなと思った。 期待が大きかっただけに尚更ギャップを感じた次第。 (眠い時間帯に読んだのがいけなかったのかも。ついつい読みながらウトウトしてしまったような気が・・・) |
No.918 | 6点 | 消えた女- マイクル・Z・リューイン | 2013/09/08 13:58 |
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1981年発表。私立探偵アルバート・サムソンシリーズ五番目の長編作品。
チャンドラー風でもありロス・マク風でもある米ハードボイルド小説の系譜を次ぐシリーズ。 ~二か月前に失踪した友人を探して欲しい・・・エリザベスと名乗る女の依頼で、わたしはその友人プリシラが住んでいた町へ赴いた。やがて彼女は青年実業家と駆け落ちしたらしいことが分かり、調査は打ち切られた。だが、数か月後、実業家の他殺死体が森で発見され、警察は一緒にいたはずのプリシラの死体を探し始める。わたしがエリザベスに連絡しようとすると、彼女もまた姿を消していた・・・。私立探偵サムソン・シリーズの代表作~ ストーリーとしては「典型的なハードボイルド小説」。 っていう感じかな。 舞台はアメリカ東部のインデイアナポリスとナッシュビル。 ハードボイルドというと、LAやサンフランシスコなど西海岸の乾いた風土が似合うという気がしていたので、東部の田舎町という舞台設定自体がちょっとそぐわないような気がする。 それはともかく、粗筋としてはこういう手の小説としては典型的とも言え、主人公の私立探偵サムソンはひとりの女性の行方を追うことにきりきり舞いさせられる。 中盤までは混沌としていた事件の背景が、終盤を迎えるあたりで急展開。終局に向けてがぜん加速していく・・・というのもほぼお約束だろう。 謎の女性の正体自体は特段捻りはないのだが、殺人事件の真犯人にはちょっとびっくり。 まさかこんな奴が犯人だなんて思わなかった・・・という人物だ。 登場人物たちの愛憎渦巻く関係が動機につながっており、この辺の落とし方・見せ方はさすがにうまさを感じる。 文庫版巻末で解説者の瀬戸川氏がチャンドラーやロス・マクとの比較を論じているが、両者のいいとこどりをしていて、「旨さ」こそ感じるものの、やはり両巨頭のスケール感や何とも言えない作品世界と比べるとイマイチという評価になるかな。 でも、決して駄作ではなく、水準以上の作品。 (作者を代表するもうひとつのシリーズ主人公・パウター警部も登場。いい味出してる。) |
No.917 | 7点 | 奇術探偵 曾我佳城全集 戯の巻- 泡坂妻夫 | 2013/09/08 13:56 |
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先般書評した「秘の巻」に続き、今回は「曾我佳城全集」の後編に当たる本作について。
「秘の巻」でも触れたが、文庫版をこよなく愛する読者としては、せっかくの二分冊だし分量も多いので、分けて書評してみたい。 前半8編は「小説現代」誌、後半3編は「メフィスト」誌に掲載されたもの。 ①「ミダス王の奇跡」=初っ端から実にオリジナリティに溢れる一編。「雪密室」といえば、手に垢がつきまくったようなプロットだが、こんな奇っ怪なトリックは初めて・・・。こんな姿で登場する佳城にも驚かされる。 ②「天井のトランプ」=なぜか天井にトランプのカードが一枚貼られている。決して人の手の届かないところに・・・。こんな風変わりな「流行」を追ううちに事件に巻き込まれる男。そしてなぜか今回も登場する佳城・・・。まさに神出鬼没。 ③「石になった人形」=本編のテーマは腹話術。腹話術といえば「人形」が思い浮かぶが・・・本編はココに重大な秘密が隠されている。 ④「白いハンカチーフ」=なんだか大昔の歌謡曲を思い起こさせるタイトルだが・・・。本作はテレビのワイドショーに出演した佳城が、番組で採り上げられた事件の解決をその場でやってしまうという設定。まぁサプライズ感はある。 ⑤「浮気な鍵」=これは「密室」を扱った一編なのだが、作者らしい風変わりな密室。そして、登場人物たちの妙な「性癖」も作者らしいのかも・・・ ⑥「シンブルの味」=本編の舞台は日本を飛び出し、アメリカはシアトル。トリックそのものはありきたりのものなのだが、作者らしいひと捻りが効いている。 ⑦「とらんぷの歌」=奇術師がお客さんの無作為に引いたトランプを当てるというマジック。これはありきたりのマジックだが、すべてのトランプの数字を上から順番に当てるというマジック・・・これにはこういうタネがあった。 ⑧「だるまさんがころした」=「ダルマ」という名を持つ奇術師に纏わる一編。正直、オチはよく分からず。 ⑨「百魔術」=「百物語」といえば、百の怪談を行う集まりのことだが、「百魔術」とは文字どおり百の奇術(魔術)を行う集まり・・・というわけで、その場で殺人事件が発生してしまう。 ⑩「おしゃべり鏡」=「鏡」といえば、マジックには欠かせない小道具だが・・・ ⑪「魔術城落成」=佳城が10年以上の歳月をかけ建築してきた「魔術城」。ついにその城が完成する日が近づく。親しい仲間うちを招いての内覧会の最中、殺人事件が発生してしまう・・・。そしてラストは「曾我佳城全集」のオーラスに相応しいもの。余韻残るよなぁー 以上11編。 「秘の巻」もそうだが、奇術とミステリーってここまで相似形なんだと認識させてくれる。 全編に何らかの奇術ネタが埋め込まれていて、もうこれは名人芸という域だろう。 ただ、後半に行くほど徐々にクオリティが落ちてきている感はある。そこがちょっと残念。 (①がベストかな。②⑤あたりも良い。⑪は別格。) |
No.916 | 7点 | 隠蔽捜査- 今野敏 | 2013/09/08 13:53 |
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「果断」「疑心」などへと続く警察庁キャリア・竜崎を主人公とするシリーズ一作目。
「知る人ぞ知る」的な作者がブレイクするきっかけとなった作品であり、吉川英治文学新人賞受賞作。 ~竜崎伸也は警察官僚(キャリア)である。現在は警察庁長官官房でマスコミ対策を担っている。その朴念仁ぶりに、周囲は『変人』という称号を与えた。だが彼はこう考えていた。エリートは国家を守るため、身を捧げるべきだ。私はそれに従って生きているに過ぎない、と・・・。組織を揺るがす連続殺人事件に竜崎は真正面から対決していく。警察小説の歴史を変えた、吉川英治文学新人賞受賞作~ 確かに竜崎のキャラクターは強烈だ。 他の方も書評しているとおり、最初はあまりにも強いエリート意識に辟易するのだが、次第に一本筋のとおった彼の考え方に惹かれるようになる。 他の警察小説でも頻繁に書かれているとおり、警察という組織は、「組織を守るためにはどんな汚いことでもする」というイメージがあるが、そういったしがらみに切り込んでいく彼の言動はとにかく痛快なのだ。 そして、家族との関係の行方も見逃せない(特に妻の態度・・・)。 今回、竜崎とともに主要キャストとして描かれるのが同じキャリアでありながら、竜崎とは全く別のキャラとして登場する伊丹。 竜崎と伊丹の関係は磁石の両極のように反発しながらも、次第に同調していく・・・ やはりこの辺り、登場人物の造形や設定はさすがとしか言いようがない。 警察小説といえば、横山秀夫や大沢在昌、佐々木譲など達者な書き手が揃っているが、やはり作者の名前もそこに加えなくてはならない・・・改めてそう感じさせられた。 まぁ純粋な「謎解き」という要素は相当薄いが、そもそも本シリーズにそういうことを期待してはいけないのだろう。 個人的には、シリーズ二作目の「果断」を先に読んでしまったのが悔やまれる。 (やはりシリーズものはできる限り順番通り読むのがベターだと再認識した) ラストも実に爽快。 |
No.915 | 5点 | 骨の城- アーロン・エルキンズ | 2013/08/31 22:46 |
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2008年発表。スケルトン探偵シリーズの13作目が本作。
今回、舞台として選ばれたのはイギリス南部の小島セント・メアリーズ島。原題は“Unnatural Selection”だが、邦題は事件の舞台となったある「古城」から取られている。 ~環境会議の会場となった古城近くで発見された人骨。調査に乗り出した人類学者ギデオン・オリヴァーは、骨の特徴があぐらをかく職種の人間のもので何者かに殺されたのだと推定する。やがて、数年前同じ場所で開かれた環境会議で参加者たちが諍いをしていた事実と、会期終了後参加者のひとりが熊に食われて死んでいたことが明らかに。さらに今回の参加者が城から転落死を遂げ・・・。一片の骨から不吉な事件の解明に挑むスケルトン探偵!~ とにかく「骨」、「骨」、「骨」・・・だ。 (当たり前といえばそうなのだが) 終盤に差し掛かるまでは、小島の海岸で発見された骨をめぐって、ギデオンが鑑定を進める様子がひたすら描かれる。 もしかして、最後まで殺人事件や不可思議な事件は起きないのか?という危惧を抱き始めたところで、会議の参加者のひとりが不審な転落死を遂げるという事件らしい事件が発生して、やっとミステリーっぽくなってくる。 ・・・という展開で、全体的になにか「ぬるい」感覚が拭えなかった。 骨の鑑定については毎度のことながら薀蓄満載で、読みながら思わず「へぇー」と唸らされるのだが、本筋の方は特段目につくところはなし。 真犯人についても、何となく取ってつけたようで、ミステリー的に一番怪しい人物がやっぱり犯人だったというオチ。 動機も正直かなり弱いのではないかと思う。 ってことで、シリーズ他作品と比べてもそれほど高い評価はできないなぁ。 ただ、現地の捜査官として登場するクラッパー部長刑事(元警部)とロブ刑事の造形と師弟愛は心に残った。 (特殊能力犬の活躍も見事!) |
No.914 | 5点 | Rのつく月には気をつけよう- 石持浅海 | 2013/08/31 22:45 |
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湯浅夏美と長江高明、熊井渚の三人は、大学時代からの飲み仲間。毎回うまい酒にうまい肴は当たり前。そこに誰かが連れてくるゲストは、定番の飲み会にアクセントをつける格好のネタ元。今晩も、気持ちよく酔いが回り口が軽くなった頃、盛り上がるのは何といっても恋愛話で・・・
①「Rのつく月には気をつけよう」=登場する料理は生ガキとシングルモルトウィスキー。カキといえば「食当たり」ネタが定番ですが、本編もそう。ただし、この食あたりには秘密があった・・・ ②「夢のかけら 麺のかけら」=食材はなんと「チキンラーメン」。酒の肴にチキンラーメンをそのまま食べるとうまいということなのだが・・・そんなこと知ってるわ!って人が多そう。 ③「火傷をしないように」=今回はチーズフォンデュと白ワインがテーマ。ホワイトデーになぜか「固くなったパン」を贈られた女性が悩みを三人に打ち明けるのだが・・・普通こんな回りくどいことするか? ④「のんびりと時間をかけて」=本編は豚の角煮と泡盛がテーマ食材。日本~アメリカの超遠距離恋愛に悩む恋人どうしになぜか豚の角煮の謎が立ち塞がる・・・って何だかなぁ。 ⑤「身体によくてもほどほどに」=今回はぎんなんと日本酒のコンビ。これはうまいよなぁ・・・絶対! 長江が解き明かす謎そのものはもはやどうでもいい。 ⑥「悪魔のキス」=パンケーキとブランデーが本編の酒と肴。今回、初めて夏美が婚約者である冬木を飲み会に連れてくるという設定。このコンビネーションというのはちょっと想像できないけど・・・ ⑦「煙は美人の方へ」=最後はスモークサーモンとシャンパーニュのコンビ。本編では、いつものようにゲストが持ち込む悩みのほかに、本作全体に仕掛けられた趣向が明らかにされる・・・まぁバレバレだけど。 以上7編。 飲み会にゲストが謎を持ち込む、という趣向は、ずばりアシモフの「黒後家蜘蛛の会シリーズ」がモチーフになってるんだろうなぁ。 「謎(或いは悩み)」そのものは実に何てことないというか、恋人や友人どうしでそんなに分かりにくい伝え方するか?? っていう感が拭えない。 本作はそんなことより、酒と肴の絶妙なコンビネーションをヨダレをダラダラ流しながら読むというのが正しい楽しみ方だ。 ということで、酒の飲めない方は本作を楽しめないのではないだろうか、と危惧する。 (①から⑦までほぼ同水準。軽~い気持ちで読める) |
No.913 | 6点 | 名探偵に乾杯- 西村京太郎 | 2013/08/31 22:43 |
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「名探偵なんか怖くない」「名探偵が多すぎる」「名探偵も楽じゃない」に続く、名探偵パロディシリーズ第四弾にして、シリーズ最終作。
1983年発表ということで、かなり昔に一度読んでいたのだが、今回再読。 まさか本作が「新装版」として甦ろうとは思わなかったなぁ・・・ ~ポワロが死に、その追悼会が明智小五郎の所有する伊豆沖の孤島の別荘で開かれた。招かれたのはエラリー・クイーン、メグレ警部ら世界的名探偵たち。そこへポワロ二世と自ら名乗る若者が現れる。彼は本物の息子であることを証明すべく、孤島で発生した殺人事件の謎に挑むのだが・・・。「名探偵シリーズ」の掉尾を飾る傑作~ 何とも不思議な雰囲気を持つ作品。 久々に読んで、そんな感想になった。 本筋は紹介文のとおり、ポワロの追悼会に参加した13名の男女が次々と殺されていくという、まさに「そして誰もいなくなった」をパロったようなプロット。 それどころか、三つの「密室殺人」や不明な動機まで絡み合い、本格ミステリー好きには応えられない展開になる筈なのだが・・・ 残念ながら、そうはなっていない。 まず密室は・・・これは「推理クイズ」レベルだな。 (まぁこれは作者も本気で考えてないんだろうけど・・・まさか綾○を意識したわけではないよね?) 「動機」については・・・こじつけかな。 そもそも、本シリーズに対してはこういうまともなプロットやトリックを期待してはだめなんだろう。 そんなことより、本作を読んでると、作者がいかにポワロ(クリスティ)を敬愛しているのかがよく分かる。 本筋の事件が解決をみたあと、何とポワロ最後の作品となった「カーテン」の結末に異説を唱えていて、そこが一番のサプライズかもしれない。 まっ、広い心で読むことをお勧めします。 |
No.912 | 5点 | まどろみ消去- 森博嗣 | 2013/08/25 14:02 |
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1997年に発表された作者初の短編集が本作。
全11編から成る作品集のうち、2編だけがS&Mシリーズの流れを汲むものになっている。 ①「虚空の黙祷者」=これはいきなりエグいシュートボールを放られたような感覚。田舎ののんびりとした光景のなかに、二人の悪意というか心の闇が最後に明らかにされる。 ②「純白の女」=一応、ラストにサプライズが用意されてはいるのだが、正直肩透かしのように思えたのは私だけだろうか。ミステリーというよりはファンタジックな作品。 ③「彼女の迷宮」=いわゆる「作中作」とでもいうべきガジェットが盛り込まれた作品。作中作で採り上げられた「謎」はかなり魅力的なのだが(何しろ、死体から髪や足が生えるんだから・・・)、これ自体は本筋ではなく、置いてけぼりにさせられる・・・ ④「真夜中の悲鳴」=これはサスペンス的な味わいの作品なのだが、そういう意味での盛り上がりには欠ける。まぁ小洒落たラストが用意されてはいるのだが・・・ ⑤「やさしい恋人へ僕から」=これは「叙述トリック」なのだろうか?? ⑥「ミステリイ対戦の前夜」=ここにきて初めて萌絵が登場。いつもの研究室ではなく、ミステリ研の一員としてなのだが、これも真相自体は腰砕け気味。 ⑦「誰もいなくなった」=本作で唯一、犀川&萌絵が登場するのが本編。踊る30人のインデイアンが忽然と消失する・・・と書くと、いつもの森ミステリーらしいトリックを期待してしまうのだが・・・これって、遠目でも分かるんじゃないかなぁ(?) ⑧「何をするためにきたのか」=これって、森先生自身がモデルなのだろうか? ⑨「悩める刑事」=さすがにラストのオチは予想がついてしまった。まぁ、合わない仕事ほどキツイものはないよね。 ⑩「心の法則」=このタイトルの意味って? ちょっとよく分からなかった。 ⑪「キシマ先生の静かな生活」=これも作者らしい価値観を感じる作品。文系の人間はこうはなれない。 以上、全11編。 他の方も書いているとおり、「実験的」とでも言いたくなる作品集。 作品を通して、作者の考え方や価値観、物の見方・捉え方のようなものが見え隠れしていて、作者のファンにとっては「いかにも」という思いを感じられる作品だろう。 トリックやロジックの効いた作品はないが、ラストの反転やツイスト感はさすがという感じ。 でもまぁ長編よりもこっちがいいとは決して思わないけどね。 (飛び抜けていい作品はなし。好みとしては①と⑦になる。) |
No.911 | 6点 | 見えないグリーン- ジョン・スラデック | 2013/08/25 14:01 |
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本業はSF作家である作者が著したミステリーがコレ。
1977年に発表され、本格ファンの絶賛を浴びた長編作品。 ~ミステリー好きの集まり「素人探偵会」が35年ぶりに再会を期した途端、メンバーのひとりである老人が不審な死を遂げた。現場はトイレという密室・・・。名探偵・フィンの推理をあざ笑うかのように、姿なき殺人鬼がメンバーたちを次々と襲う。あらゆるジャンルとタブーを超越したSFミステリー界随一の奇才が密室不可能犯罪に真っ向勝負! 本格ファンを唸らせる奇想天外なトリックは?~ 本格ミステリーとしてファンの心をくすぐる道具立ては揃った! そんな感じの作品。 被害者も加害者もある特定の集団のなかにいて、被害者が増えるごとに容疑者の範囲も狭まっていく。 要はCCモノの面白さを備えてるということかな。 密室やアリバイトリックも出されているけど、どちらかというとそれよりも真犯人絞込みのロジックの方にキレを感じる。 意味深なタイトルが最終的に効いてくるところも好ましい。 この辺りは、巻末解説で鮎川哲也&法月綸太郎の両氏も述べているとおり、いわゆる「新本格」に似たテイストと言えそう。 (意外な真犯人、意外な動機も含めてそういう雰囲気あり) 難を言えば全体的にちょっと分かりにくいところか(訳文のせいかもしれないが・・・)。 登場人物についての書き込みも不足気味なので、スムーズに読めるというよりは、引っ掛かり引っ掛かりながら・・・という感じになった。 まぁ本格好きなら、一度は読んでおいて損はない作品といえそう。 でも個人的にはそれほど高評価すべきとは感じなかった。 (鮎川氏が本作と「ホッグ連続殺人事件」を激賞しているけど、どっちも個人的には今ひとつって感想なんだよなぁ・・・) |
No.910 | 6点 | 追悼者- 折原一 | 2013/08/25 13:58 |
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文藝春秋社で折原といえば・・・かれこれ10年以上続けて新作が発表され続けている「○○者」シリーズ。
というわけで、今回は現実に起きた「東電OL殺人事件」をモチーフとした、その名も「追悼者」。 主人公が”売れないノンフィクション・ライター”という設定は拘りなのでしょうか? ~東京・浅草の古びたアパートで絞殺された女性が発見された。昼間は大手旅行代理店の有能な美人OL、夜は場末で男を誘う女・・・。被害者の二重生活に世間は注目した。しかし、ルポライター・笹尾時彦は彼女の生い立ちを調べるうち、周辺で奇妙な事件が頻発していたことに気付く。「騙りの魔術師」が贈る究極のミステリー~ 世間的な評価は他のシリーズ作品と比べて高いようなのだが・・・ 処女作品以来、数多く作者の作品に接している身としては、「並み」という評価になるなぁ。 とにかく既視感アリアリなのだ。 インタビュー記事や手紙などをプロットの軸に据え、主人公のノンフィクションライターが事件関係者の過去や周囲をほじくっていく、という展開は、これはもう「○○者シリーズ」の定番。 そして、次第に主人公の周囲に怪しい事件が頻発するようになり、謎の人物が次々に登場してくる。混沌とした中盤を経て、「これどうなってるの?」と思ってるうちに、終盤~ラストで鮮やかにひっくり返される・・・ これもいつもの流れだ。 本作では、OLを殺した真犯人探しのほかに、彼女自身の正体までもが謎の中心にあり、読者は最後まで作者の罠に引きずり回されることになる。 こう書くと、何だか褒めてるような、すごく面白いようにも思える。 でもなぁ、全体的な(叙述)トリックの出来栄えは「やや小粒」って感じではないか。 ある登場人物に仕掛けられた「○○」なども、面白いとは思うが、これってどこかに伏線が撒かれていたのか? 何となく風呂敷を大きく広げた割には、回収したモノは少なかったように思える。 中盤の冗長さもやや気になった(これも本シリーズの特徴ではあるが)。 同シリーズ作品でいえば、個人的には「冤罪者」「逃亡者」あたりの方が上とみた。 でも、さすがにまとまっていて、水準以上の面白さはあると思う。 (残るは「潜伏者」か・・・) |
No.909 | 7点 | 心ひき裂かれて- リチャード・ニーリィ | 2013/08/16 15:20 |
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1976年発表。作者10作目の長編作品。原題“Madness of the Heart”
作者の中では、最も著名かつ出来のいい作品という世間的評価であるが、さて(?)・・・ ~精神病院を退院したばかりの妻がレイプされた! 夫のハリーは犯人逮捕に執念を燃やすショー警部補に協力する。そんなハリーを嘲笑し、陥れようとするかのように、その身辺で続発するレイプ事件。心病める者の犯行なのか? だが、ハリーもかつて恋人との間に妻には決して知られてはならない秘密をつくろうとしていた・・・。二転三転する展開と濃密な心理描写。サイコ・スリラーの元祖・ニーリィの最高傑作~ このラストはさすがに衝撃的だ。 今回、角川文庫版で読み進めていたのだが、終盤までは、まだるっこしいというか何ともジリジリした展開が続いて嫌気がさしてきたところが、事件全体の構図がいよいよ明らかになる400ページ目以降は、がぜんスピードアップ&ヒートアップ。 ショー警部補VS主人公・ハリーの心理戦ともいえる問答を経て、いよいよ炸裂するラストの大技がにくいくらい決まっている。 これくらいメガトン級の衝撃度が来れば、中盤までの冗長さは吹き飛んでしまった、っていう感じ。 (伏線はちょっと微妙だが・・・) でも、惜しむらくはやっぱり中盤のグロリアとのくだりだろうなぁ・・・ ハリーの“心の歪み”までの道筋、経緯を辿るという意味では必要なのかもしれないけど、それにしても長すぎ。 終盤の捻りが強烈なだけに、ここの冗長さで損をしている気がした。 まぁでも、これが恐らくニーリイの特徴なのだろう。 登場人物たちの何とも言えない距離感や微妙に歪みのある性格、会話など後のサイコサスペンスに与えた影響は大きいんだろうと推察する。 他の作品も読みたくなってきた。 (本作の映像化って難しいだろうなぁ・・・。アレをバレさせずに映像化するわけだから・・・) |
No.908 | 6点 | 夜行観覧車- 湊かなえ | 2013/08/16 15:18 |
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今や、次々とヒット作を飛ばす売れっ子となった作者の作品。
TBS系でドラマ化もされたのが本作。 ~父親が被害者で、母親が加害者・・・。市内随一の高級住宅地に住むエリート一家で起きたセンセーショナルな事件。遺された子供たちはどのように生きていくのか。その家族と、向かいに住む家族の視点から事件の動機と真相が明らかになる・・・~ 相変わらず「湊イズム」というか、作者独特の味を感じる作品。 とにかく、全員一筋縄ではいかない登場人物ばかりが描かれている。 一見まともなようで、「ひばりが丘」という高級住宅地に住むことに固執する母親、その母親にとにかく反目する娘、その二人の修羅場をみて、とにかく無関心を決め込む父親。 そればかりではない、隣人のいざこざに積極的に関与するおせっかいなオバサン・・・etc まぁ、こういうどこかねじ曲がった人物を書かせると、とにかくウマイ。 (この辺りがウケル理由なんだろう) 序盤から加害者がはっきりしており、一見「動機探し」が本筋に思えるが、結局それについては明確にされないままラストを迎えてしまう。じゃあ「真犯人探し」が本筋なのかというと、それも脇道扱い。 本作の趣旨は、やっぱり「人の心の危うさ」ということになるのではないか。 他から見ると、幸せになる環境が十分に整っているのに、それが決してそうはならない。 エゴ、妬み、自分本位など、「人の心」そのものがミステリアスな存在だもんなぁ・・・ そういうことで、油ののった作者の技を堪能できるレベルにはなっていると思う。 ラストはちょっとモヤモヤが残ってしまうのが玉に瑕だけど。 (結局「観覧車」って、何をシンボライズしているのだろう?) |
No.907 | 5点 | パラダイス・ロスト- 柳広司 | 2013/08/16 15:15 |
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「ジョーカー・ゲーム」シリーズも重ねること第三弾。
今回も結城中佐率いるD機関のスパイたちが世界を股にかけ暗躍する。 ①「誤算」=舞台はパリ。ナチスドイツにより首都パリが陥落し、一部の市民がレジスタンスとして抵抗している・・・そんな時代背景。記憶喪失となってしまったD機関のシマノ(?)がレジスタンスの男女三名に囚われるが、彼らの隠れ家にドイツ兵が現れたとき・・・。それ程のサプライズ感はなし。 ②「失楽園」=舞台はシンガポール・ラッフルズホテル(モームの小説で有名なホテルだな)。戦火の欧州と違い、ある種の平和ボケ状態となってしまったこの街にもD機関のスパイが現れる。ある殺人事件を軸にストーリーは展開されるが、真相は闇の中へ・・・ ③「追跡」=日本に駐在している英国資本の新聞記者。彼はD機関の噂を聞きつけ、結城中佐の正体に迫ろうとする。その過程で、ある人物に辿り着くのだが、ここで官検の手が・・・。そして、結城中佐の正体は結局(?) ④「暗号名ケルベロス」=これは前編と後編に分かれた中編作品。舞台は、サンフランシスコ~横浜を結ぶ客船の船中。謎の英国人が毒殺されるのだが、真犯人は意外な人物(っていうかこんなの分からん!)。 以上4編。 シリーズの三作目ともなると、だいたい予定調和っていう感じが強くなる。 特に本作では、結城中佐は実際の出番はほとんどなく、英国を中心とした敵対国が彼の幻影に怯えて・・・というプロット。 ただ、前二作に比べると、プロットのキレが今ひとつ(ふたつ)落ちる。 シリーズ随一のボリュームとなった④も、逆に言えば中盤がやや冗長に思えた。 面白いシリーズだけに評価は厳しくなるけれど、相変わらず作品の雰囲気自体はいいし、大人が楽しめるスパイ小説として続編を期待したい。 (ベストはやはり③かな。②もマズマズ。) |
No.906 | 7点 | ブラック・アイス- マイクル・コナリー | 2013/07/25 23:13 |
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L.Aハリウッド署の凄腕刑事ハリー・ボッシュの魅力を堪能できるのが本シリーズ。
シリーズ初編「ナイト・ホークス」に続くシリーズ第二弾。 ~モーテルで発見された麻薬課刑事ムーアの死体。殺人課のハリー・ボッシュはなぜか捜査から外され、内務監査課が出動した。状況は汚職警官の自殺。しかし検屍の結果、自殺は偽装であることが判明。興味を持ったボッシュは密かに事件の裏を探る。新しい麻薬ブラック・アイスをめぐる麻薬組織の対立の構図を知ったボッシュは、鍵を握る麻薬王ソリージョと対決すべくメキシコへ・・・。ハリウッド署のはくれ刑事ボッシュの執念の捜査があばく事件の意外な真相とは!~ 前作よりも面白さが増した。 素直にそう思えたし、さすがに人気シリーズという感想。 何といっても、出てくる登場人物のすべてが魅力的だ。同僚の刑事や警察上層部は実に嫌らしく、ボッシュへの協力者たちは魅力的に、そして女性はなぜかボッシュとメイク・ラブに陥る・・・ 本作は、新型麻薬をめぐる殺人事件が謎の中心だが、死体に残された“ミバエ(蠅)”から、アメリカと国境を接するメキシコの街に徐々に焦点が当たっていく。 ハリウッドですらはぐれ者のボッシュが、見知らぬメキシコの地でさらに孤独な闘いを強いられることに・・・ そして、終盤には本シリーズらしいドンデン返しが待ち受けているのだ。 このドンデン返しは、ミエミエのようで、うまくミスリードが成されているため、本格志向の読者にとっても満足できるのではないか。 とにかく、ストーリー展開のうまさは「さすが」のひとこと。 トータルでみて、突き抜けるほどの面白さや疾走感はないが、十分に評価できる作品。 シリーズは続くが、やはり続編も読んでしまうんだろうなぁ・・・ (孤高の男ハリー・ボッシュに幸あれ!) |