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E-BANKERさん
平均点: 6.00点 書評数: 1845件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.985 5点 カササギたちの四季- 道尾秀介 2014/03/03 22:00
2011年に発表された作者得意の連作短篇集。
リサイクルショップ「カササギ」の店長・華沙々木と店員の日暮、そして中学生の菜美を加えた三人が身の回りで起きる謎を解き明かしていく・・・

①「鵲の橋」=春の章。「カササギ」で起こった放火事件の謎を追ううちにたどり着いたのがある鋳物工場。経営者の親子・兄弟関係に纏わる話を聞くうちに華沙々木は思い付く・・・。そして日暮はそれを訂正する・・・
②「蜩の川」=夏の章。久しぶりに来た大口の注文。注文品を届けに山奥へと向かった三人はある工芸家とその弟子たちに遭遇する。そこには工芸家にやっと弟子として認められた若き女性がいたのだが・・・。これも最後には日暮が訂正する。
③「南の絆」=秋の章。三人組のひとり、南見菜美が仲間に加わった際のエピソードが紹介される一篇。なぜ日暮が華沙々木の影となってフォローしているのか、その理由が心に染み入る。
④「橘の寺」=冬の章。日暮の天敵(?)的存在・黄豊寺の和尚が急にやさしくなった。が、後で思わぬしっぺ返しを受けるハメに・・・。本当の親子じゃなくても愛情は普遍なんだと気付かされる。

以上4編。
直木賞受賞後ますますミステリーから離れていく感のある作者だけど、本作は完全にミステリーと呼べる連作短篇集となった。
表現力というか読ませる力はさすがの一言。
「カササギ」という店も三人のメインキャストもまるで目の前にいるようにリアリティある存在に思えた。

ただ、ミステリー的な仕掛けという観点からいくと、本作はまだまだ十分とはいえない。
謎が小粒だし、これだけいい人だらけの小説というのも読みにくいものだ。
長所と短所を比べていくと平均点という辺りに落ち着く。
(あまり抜きん出ている作品はなし。どれもホノボノした味わい)

No.984 6点 度胸- ディック・フランシス 2014/03/03 21:59
1964年発表。原題“Nerve”。
「本命」に続く競馬シリーズの第二長編作品。

~イギリスでも有数の騎手アート・マシューズがこともあろうに競馬場のパドックの中央で血しぶきをあげて自殺を遂げた。銃声はパドックにとどろき、スタンドの高い壁に反響した・・・。アートの死が引き金となったかのように次から次へと自殺し半狂乱に陥り、おちぶれていく騎手たち。彼らを恐怖のどん底に追いやる“怪物”の正体は何なのか? あまりに残酷な戦慄すべき競馬界の内幕を描き書評子をうならせた衝撃の作品~

よくまとまってる・・・そんな印象。
処女長編「本命」はサスペンス要素よりも本格ミステリーを彷彿させる「謎解き」要素が目に付いたが、本作ではそういった要素は薄い。
騎手たちを汚い手段で次々と貶めていく真犯人については、中盤過ぎにはほぼ明らかになってしまう。
(最後にドンデン返しがあるのかなと邪推したが、それはなかった・・・)

主人公で騎手であるフィンも真犯人にたどり着くのだが、手痛いしっぺ返しを食らうハメになるのだ。
そこからはサスペンスフルな展開が続き、九死に一生を得たフィンが逆に真犯人を罠にかける展開。
この辺りは前作でもあったプロットであり、サスペンスものの王道だろう。
最初は自分の腕に自信のない三流騎手だったフィンが、事件を通して一流騎手に育っていく姿も好ましい。

ただ、どうだろう?
ちょっと予定調和過ぎるかなという印象は残った。
グイグイ読ませるし面白さも十分なのだけど、反面ちょっとインパクトに欠けるのは間違いない。
差し引きすると、水準+αという評価が妥当のような気がする。
(障害騎手って怪我が絶えないんだろうなぁ・・・)

No.983 6点 熱帯夜- 曽根圭介 2014/02/24 22:26
2008年に単行本として発表された「あげくの果て」に、短篇二本を加えて出版されたのが本作。
特に表題作「熱帯夜」は日本推理作家協会賞短篇部門を受賞した作品。

①「熱帯夜」=これは一言でいうと「プロットの妙」ということになるだろう。二つの場面が交互に展開され、それぞれの背景も徐々に明らかにされていく。そして終章ではそれまでの世界が見事にひっくり返される快感・・・。さすがに冠のついた作品は違うなと思わされる。ラスト一行の捻りも気が効いてる。
②「あげくの果て」=近未来の世界。日本は戦争に巻き込まれ、かつての経済大国の面影は全くなし。そして超高齢化社会がやって来ている。老人たちと若者たちの対立はエスカレートしていってついに・・・っていう展開。ここまでは大げさにしても、何となくそれに近いことは起こりそうな気がするから怖い、というか切ない。
③「最後の言い訳」=徳永英明の曲じゃないよ(って古いな・・・)。本編はズバリ「ゾンビもの」(らしい)。人が人に食われると、「蘇生者」という存在になり、現世から隔離される・・・そんな舞台設定。主人公の冴えない男の回想シーンと現在の事件がクロスするとき、実に皮肉な結末を迎える。

以上3編。
ホラー文庫から出されてるけど、あまりホラー的な怖さはなく、特に①はレベルの高いミステリーとしての出来。
どれも皮肉が効いてて、作者がニヤニヤしながら書いてたんじゃないかなと思わされた。
②③は特殊な舞台設定がテーマだけど、作者の考え方が投影されているようで興味深い。
まぁ旨い作家だなという印象は強く残った。

でも個人的にはそれほどストライクではないかな。
評価は若干辛めかもしれない。
(やはり①がダントツによい。②③は好きな人は好きかもっていう作品)

No.982 5点 ある殺意- P・D・ジェイムズ 2014/02/24 22:24
1963年に発表された作者の第二長編。
作者のメインキャラクターであるダルグリッシュ警視シリーズ。

~ある秋の晩、ロンドンのスティーン診療所の地下室で事務長のボーラムの死体が発見された。彼女は心臓をノミで一突きされ、木彫りの人形を胸に乗せて横たわっていた。ダルグリッシュ警視が調べると、死亡推定時に建物に出入りした者はなく、容疑者は内部の人間に限定された。尋問の結果、ダルグリッシュはある人物の犯行と確信するが、事件は意外な展開を・・・。現代ミステリ界の頂点に立つ作者の初期意欲作~

実に端正な英国本格ミステリー、というべき作品なのだろう。
精神病院という舞台設定、容疑者は内部の者=医師、看護婦、事務職員などに絞られ、分単位のアリバイが事件を解く鍵となる。
こう書くと、期待感がいやがうえでも高まってくる。

でもなぁ・・・何かしっくりこないというかモヤモヤしたような感覚が残った。
英国の女流作家らしく、人間描写はまるでクリスティを思い出させるように精緻に書かれており、中盤まではダルグリッシュ警視の尋問という形式で多くの容疑者たちが彼のふるいにかけられる。
ただそれがかなり冗長でなかなか事件が進展しない。

ようやく全員への尋問が終わった頃には、もう作品の終盤に差し掛かっており、いったいどうやってケリをつけるのかと心配になった。
一応ラストは、ダミーの容疑者が否定された後、真犯人指摘という“よくある”締めで終わるのだが、これもちょっとサプライズというには程遠い。(動機という意味では最も疑わしい人物が結局・・・というのもどうか?)

「気合がちょっと空回り」というのが適当な表現だろうか。
この程度のプロットであれば、もう少しシンプルな展開の方がよかったかもしれない。
でもこういうのが好きな人は好きかもね。

No.981 5点 チェーンレター- 折原一 2014/02/24 22:23
2001年に別ペンネームの『青沼静也』名義で発表された本作。
角川ホラー文庫へ収録される際、『折原一』名義で晴れて(?)出版されることになった模様・・・
(出版社側の事情なんだろうなぁ)

~「これは棒の手紙です。この手紙をあなたのところで止めると必ず棒が訪れます。二日以内に同じ文面の手紙を・・・」。水原千絵は妹から奇妙な「不幸の手紙」を受け取った。それが恐怖の始まりだった。千絵は同じ文面の手紙を妹と別の四人に送ったが、手紙を止めた者が棒で撲殺されてしまう。そしてまた彼女のもとへ同じ文面の手紙が届く。過去の「不幸」が形を変えて増殖し、繰り返し恐怖を運んでくる。戦慄の連鎖は果たして止められるのか?~

ちょっと中途半端かな・・・と思わせた作品。
「棒」ってなに?って多くの方が疑問に感じるだろうが、要は「不幸」という字を崩していくと「棒」になったというような意味。
ただし、振り返ると「棒」がいるっていう景色は、確かにシュールな怖さがある。

ホラー文庫とはなっているけどホラー色は薄く、同じ折原の「・・・者」シリーズに似たようなプロットの作品になっている。
「ああそうだったのか・・・」と思いきや、また別の疑問と恐怖が訪れる・・・という展開。
ただ、ミステリーとしての仕掛けは単純というか、他の作品と比較しても小粒だし、サプライズ感はない。
まぁ「叙述」をそれほど前面に出さないで発表したのだろうから、致し方ないのかもね。

ということで、前述のとおり中途半端という評価になってしまう。
チェーンレターというテーマ自体もやや安直。
他の折原作品と比べても高い評価は無理かな。
(「青沼静也」はもちろん「犬神家の一族」のアノ人物を意識している。でもこれは、明らかに「折原」って分かるよなぁ・・・)

No.980 6点 殺意の風景- 宮脇俊三 2014/02/16 21:37
1985年発表の連作短篇集。
作者は故人だが日本で最も著名な鉄道旅行作家のひとり。本作が唯一のミステリー作品となる。

①「樹海の巻(青木ケ原)」=舞台は言わずと知れた富士の樹海。恋人と樹海近くに滞在している女性の身に起きた事件とは・・・?
②「潮汐の巻(鬼ケ城)」=舞台は南紀・熊野灘。“できる部下”から誘われた慰安旅行だが、案内された場所は危険な海岸沿い・・・
③「湿原の巻(シラルトロ沼)」=舞台は釧路湿原。堕ちたライバルの写真家から教示を受け、シャッターチャンスを狙い入ったのは危険な奥地の湿原だった・・・
④「カルスト台地の巻(平尾台)」=カルスト台地というと山口の秋吉台が有名だが、北九州のこちらもそこそこ有名な場所。
⑤「段々畑の巻(御三戸)」=舞台は四国・松山から下った山中。ある日訪ねてきた昔の知り合い・・・。その日から男の態度が変わり、転居、転職、そしてついに・・・
⑥「溶結凝灰岩の巻(高千穂峡)」=高千穂の地で偶然出会った学会でのライバル。一緒に連れてきた主人公の子供の一言に戦慄が走る・・・
⑦「火砕流の巻(北軽井沢)」=別荘地で頻発する放火事件。ついには主人公の男性と謎の老人以外の別荘がすべて焼け落ちる自体に・・・
⑧「古生層の巻(奥大井川)」=車の離合もできないほど細い山道が続く大井川渓谷の奥地。彼の地で偶然貴重な化石を発見した主人公に嫉妬した先輩研究者が・・・
⑨「トレッスル橋の巻(余部)」=余部鉄橋といえば、鉄道ファンには有名すぎるくらい有名な聖地。ただし、余部鉄橋自体はもう改修工事がされてしまったのだが・・・
⑩「豪雪地帯の巻(松之山温泉)」=日本有数の豪雪地帯である新潟県のある地方。とある工事現場を訪れた本社のキャリア社員は現場社員の手荒い歓迎を受けて・・・
⑪「隆起海岸の巻(鵜ノ巣海岸)」=盛岡~東京~大阪~博多にまたがる精緻なアリバイトリックを弄し、愛人を殺害しようと試みた男だったが、最後の最後で・・・
⑫「石油コンビナートの巻(徳山)」=博多発の寝台特急「あさかぜ」(※今はもうない)。徳山で降りたはずが、新幹線を使えば再度「あさかぜ」に戻ることができる・・・よくある時刻表トリックなのだが・・・
⑬「硬玉産地の巻(姫川)」=舞台は糸魚川から信州へ入った川沿いの奥地。行方不明となった姉から糾弾を受けた恋人は?
⑭「砂丘の巻(鹿島灘)」=砂丘といえば鳥取砂丘かと思いきや、九十九里浜沿いの寂しい砂浜・・・
⑮「廃駅の巻(日和佐)」=舞台はウミガメの産卵地として有名な徳島・日和佐。幻想的な一篇。
⑯「海蝕崖の巻(摩天崖)」=舞台は隠岐にある断崖。断崖好きだなぁ・・・
⑰「噴火口の巻(十勝岳)」=自分を死んだことにし、自分の葬式を見たいと思った男。気持ちは分からんでもないが・・・
⑱「海の見える家の巻(須磨)」=最後は静かな一篇。

以上18編。
作者は「中央公論」誌などの編集長を務め、退職後に鉄道紀行作家として一時代を築いた人物。
作者の文章はとにかく無駄な表現が省かれ、簡潔な描写が主体で実に読みやすいのだ。
亡くなった今でも鉄道ファンにとっては伝説の人物でもある作者。彼の唯一のミステリーということだけでも価値は十分。
ミステリーとしての出来栄えは・・・まぁ触れずにおこう。

No.979 6点 寒い国から帰ってきたスパイ- ジョン・ル・カレ 2014/02/16 21:34
1963年に発表されたスパイ小説の金字塔的作品。
アメリカ探偵作家クラブ賞&英国推理作家協会賞受賞作。

~薄汚れた壁で東西に引き裂かれたベルリン。リーマスは再びこの地を訪れた。任務に失敗し、英国情報部を追われた彼は、東側に多額の報酬を保証され、情報提供を承諾したのだ。だがそれは東ドイツ情報部副長官ムントの失脚を図る英国の策謀だった。執拗な尋問のなかで、リーマスはムントを裏切り者に仕立て上げていく。行く手に潜む陥穽をその時は知る由もなかった・・・。英米の最優秀ミステリー賞を独占したスパイ小説の金字塔~

さすがに「看板に偽りなし」という感想。
冷戦下のベルリンを主舞台とし、英国対東ドイツの構図を背景に、スパイ達が虚々実々の駆け引きを行う。
それまでのスパイ冒険小説というと、超人的主人公が危機一髪の場面を乗り切り、最後には任務を華々しく遂行する、という図式がほとんどであったが、巻末解説によれば、作者はあくまでもリアリテイに拘り、本作を描いたとのこと・・・
確かに、ドラマティックなラストこそ目につくが、序盤から終盤までは割と平板な展開が続いていく。
(そういう意味では、いかにも冒険小説という派手な展開を好む方には向かないかもしれない)

あくまでも、主役はスパイたちの「心の中」ということなのだろう。
資本主義対共産主義、東側対西側というイデオロギーの対立軸なども当然垣間見えるのだが、その辺りはあまり気にせず読める。
終盤以降は、本作の主人公リーマスが囚われ、東ドイツで私設法廷にかけられるなど、緊張感のある展開が続き、悲劇的(?)なラストになだれ込む。
ラストシーンの背景として登場する「ベルリンの壁」こそ本作のもうひとつの主役ということなる。
まぁ21世紀の現在から見れば、「ベルリンの壁」など今は昔・・・ということになるが、やはり東西冷戦の象徴なのだと再認識させられた。

時代性もあるけど、ミステリーとしては今ひとつ盛り上がりに欠けるかなというところがマイナスなのだが、重厚でスキのないストーリー展開は十分に楽しめる。
評点はちょっと辛めだけど、そこは個人的な好みの問題。
(50歳のスパイも恋をするということだな・・・)

No.978 5点 パーフェクト・ブルー- 宮部みゆき 2014/02/16 21:34
1989年に発表された作者の処女長編。
「犬」視点で書かれているのが珍しい(?)が、発表から約25年たった昨年、なぜかTVドラマ化された・・・

~諸岡克彦は私立松田学園高校野球部のエース。地区大会では完全試合を達成し、夏の甲子園大会出場が期待されている高校野球界のスーパースター。その克彦が殺害され、ガソリンをかけて燃やされてしまうという凄惨な事件が発生した。現場に出くわした克彦の弟・進也、蓮見探偵事務所調査員の加代子、そして俺、元警察犬で今は蓮見家の一員であるマサは事件の真相を追い始めるが・・・~

今や大御所となった宮部みゆきも、さすがに“若書き”だなぁと思わされた。
そんな読後感。
確かにウマイといえば旨い。プロットそのものは単純な手合いなのだが、見せ方に十分工夫が成されているので、終盤にはパズルのピースがカタカタと埋まっていくようなカタルシスを味わうことができる。
フーダニットについてもラストにドンデン返しが用意されており、良質なミステリーとしての条件は備えているとは思えた。

ただなぁ・・・何か違和感というか、無理があるという気にさせられる。
パズルのピースは埋まったように見えて、実はうまく嵌ってなかった、とでもいう感じだろうか。
他の方も触れているが、真犯人の動機やなぜここまでしなければならないのか、という部分には納得できない。
黒幕として登場するある人物やその周囲の人物についても、書き込みが不足しているせいか、どこかふわふわしているというか、存在感のないまま終了してしまった感が強い。

そして何より「犬視点」なのだが、これって必要だったのか?
意味がないとまでは言わないが、ミステリー的な仕掛けには全く関係なしというところがどうも引っ掛かる。
(『・・・だから犬視点なのかぁ』と読者に思わせないとダメだと思うのだが・・・)

ということで、決して面白くないというわけではないのだが、高い評価も難しい。
もともと作者の作品とはどうも相性が悪いのだが、今回もその思いは払拭できなかった。
(世評は高いので、ついつい期待してよんでしまうけどねぇ)

No.977 6点 火曜クラブ- アガサ・クリスティー 2014/02/11 01:05
ミス・マープルが初登場した短篇集。
セントメアリーミードに住む男女が集まり、自身が体験した迷宮入り事件について披露するというパターンの作品が並ぶ。

①「火曜クラブ」=クラブ設立の経緯が語られるシリーズ初編。初っ端からマープルらしい推理が語られるのだが、これってある意味偏見じゃないのか?
②「アスタルテの祠」=ゴテゴテした設定の話だが、ミステリーとしてのプロットは単純。骨組みはまさに「シンプル・イズ・ベスト」という感じだ。
③「金塊事件」=人のいい甥のレイモンドが実に単純な詐欺に遭う・・・という話。これもプロットは単純明快。
④「舗道の血痕」=これは短篇らしい捻りの効いた好編だと思う。血痕だけから事件のからくりを見抜くマープル女史の推理が冴える一篇。
⑤「動機対機会」=意味深なタイトルだが、動機がある容疑者には機会がなく、機会のある容疑者には動機がないというのが今回の謎。これも短篇っぽいキレがある。
⑥「聖ペテロの指のあと」=マープル本人が謎の語り手となる本編。一種のダイイング・メッセージもの。
⑦「青いゼラニウム」=何となくホームズものの短編を想起させる作品。プロット自体は単純で、すぐに想像がつく。
⑧「二人の老嬢」=これもプロットそのものは非常にシンプルなのだが、さすがに見せ方がうまい。それだけにラストでは真相に唸らされることになる。
⑨「四人の容疑者」=ミステリーらしいタイトルの作品だが、ちょっと分かりにくいかも。
⑩「クリスマスの悲劇」=被害者の死亡前と後で帽子の位置が違っている・・・この一つの物証だけで展開されるマープルの推理。さすがに手馴れている。
⑪「毒草」=大勢の人が食べた料理に混入されていた毒。しかし死んだのはひとりだった・・・。しかし、ラストには見事にひっくり返される。
⑫「バンガロー事件」=披露される謎はなかなか複雑で面白い事件に思えたのだが・・・ラストでは結構ガクッとさせられるかも。
⑬「溺死」=⑫までとは毛色が違い、マープルがクラブのメンバーである元警視総監に村で発生した事件の「相談」を持ち込む、という形式の本編。マープルが明かす真犯人は意外性十分。

以上13編。
体裁だけを取り上げると、アシモフの「黒後家蜘蛛の会」などとほぼ重なるのだが、そこはやはりミステリーの女王らしく、実にクオリティの高い作品集に仕上げている。
上述しているとおり、プロット自体は実に単純な作品が多いのだが、とにかく見せ方がうまいのだろう。
でも、個人的にはクリスティなら“やっぱりポワロシリーズの長編”ってことで、マープルものは一段下の評価となる。
(個人的ベストは⑧⑬辺り。他なら②⑦⑫って感じか)

No.976 4点 白と黒- 横溝正史 2014/02/11 01:03
1961年発表の金田一耕助シリーズ長編。
岡山の山奥ではなく、東京都内の新興集合住宅という舞台設定が珍しい作品。

~平和そのものに見えた団地内に、突如怪文書が横行。プライバシーを暴露する陰険な内容に、住民たちは戦慄をおぼえる。その矢先、団地内のダスト・シュートから真っ黒なタールにまみれた女性の死体が発見された。眼前で起きた恐ろしい殺人事件に団地の人々の恐怖は頂点に達する。謎のことば「白と黒」の持つ意味とは? 団地という現代都市生活特有の複雑な人間関係の軋轢と葛藤から生じる事件に金田一耕助が挑戦する~

およそ金田一耕助シリーズとは思えないような雰囲気。
「獄門島」や「犬神家の一族」など、戦前戦後の地方の暗くて重い雰囲気漂う舞台設定・・・が本シリーズの定番だとしたら、本作ではそれに全く当て嵌らない。
その辺り、作者が方向転換というか時代性に合わせようと試みた作品なのだろう。
(ただし、それが成功しているとは言い難いのだが・・・)

事件の鍵を握るのは、紹介文のとおり『白と黒』という謎のことばで、最終章で金田一の口からこの意味が明らかにされてやっと事件の構図が鮮明になる。
逆にいうと、中盤から終盤にかけても今ひとつ事件の輪郭がはっきりしない展開が続くので、イライラさせられるかもしれない。
タールで真っ黒にされ、しかも顔を潰された死体、などというと作者お得意のトリックかなと思わされるが、その真相もちょっとなぁ・・・なにかすっきりしないのだ。

金田一の役立たず(?)振りは本作でも遺憾無く発揮されているというか、さらに酷くなっている。
真犯人の影が薄すぎるというのもいただけない。
というわけで、なにか作品のプロット自体が煮詰まってない印象を受けた作品だった。
(「社会派を意識」っていう感じもあまりしなかったなぁ・・・)

No.975 6点 クール・キャンデー- 若竹七海 2014/02/11 01:02
2000年発表。
祥伝社文庫創刊十五周年を記念して出された書き下ろしシリーズ中の一冊。

~「兄貴は無実だ。わたしが証明してやる!」。誕生日と夏休みの初日を明日に控え、胸を弾ませていた中学生の渚(なぎさ)。だが、愉しみは儚く消えた。ストーカーに襲われ重態だった兄嫁が他界し、さらに同時刻にそのストーカーも変死したのだ。しかも警察は動機充分の兄・良輔を殺人犯として疑っている・・・。はたして兄のアリバイは? 渚は人生最悪のシーズンを乗り切れるのか?~

これはもう『最後の一撃』のために存在する作品。
序盤~中盤~終盤までの経緯なんてあまり関係なく、最後の一行でどれだけ「ゾーッ!」とできるかで、本作への評価は大きく変わってくる。
冒頭から一人称で語られ、分量の短さからみても、恐らく叙述系の仕掛けがあるのだろうと予想しながら読んでいたが、まずは終盤でそれっぽい仕掛けが判明し、「やっぱりな」と納得。
ただし、それに満足していると、間髪入れず最後の一撃が脳天に振り下ろされるのだ。
これには相応のサプライズを感じてしまった・・・

さすがにミステリー好きの“ツボ”を心得ているということなのだろう。
制約された分量のなかで、こういう計算し尽くした作品を書けるということに、作者の「腕」を感じることはできた。
ただ、まぁそれだけと言えばそれだけなので、あまり高い評価もし難い。
短いし、軽い読書にはちょうどいいだろう。

No.974 9点 倒錯の舞踏- ローレンス・ブロック 2014/02/02 16:18
1991年発表。原題“A Dance at the Slaughterhouse”。
マット・スカダーシリーズの最高傑作のひとつに挙げられることも多い作品。
本書のほか、「墓場への切符」「獣たちの墓」と合わせて『倒錯三部作』とも呼ばれる・・・

~スカダーの知人がレンタルしたビデオには、意外にも現実の猟奇殺人の一部始終が収録されていた。だが、その残虐な映像からは、犯人の正体はもとより、被害者の身元も判明しなかった。それからしばらくして、スカダーは偶然その犯人らしき男を目撃するが・・・。現代のニューヨークを鮮烈に描くハードボイルド大作。MWA最優秀長編受賞作~

これはスゴイ。読み終わってしばらく放心するほどの衝撃だった。
実はマット・スカダーシリーズは本作が初読み。
本作以外にも「八百万の死にざま」やもちろんシリーズ一作目など、「初読み」として適当な作品はあったのだが、なぜか本作を選択してしまった。
でもまぁ、それはそれで良かった。いきなりこんな強烈な作品に出会えたのだから・・・

作品としての出来については、スキのない実によく練られた作品ということに尽きる。
導入部分から謎の人物を複数登場させ、時間軸を微妙にイジリながら、読者を引きつけていく。
妻のレイプ&殺人事件とビデオに収録された猟奇殺人という二つの謎が、スカダーの執拗な捜査の前で遂にクロスする瞬間・・・
ある男の告白シーンに戦慄が走る!
とにかく、こんな強烈な真犯人キャラクターは久しぶりだ。
(男の方ももちろん怖いが、女の方がもっと怖い!)
最終章、スカダーと真犯人との対決シーンには手に汗握ること請け合い。

ということで、なんだか興奮したまま書評している次第です。
スカダーの協力者など、魅力的な人物も数多く登場し、スカダーとの軽妙かつ含蓄のある会話も十分に楽しめる。
評価としてはこのくらい当然でしょう。
(さて、つぎはどのシリーズ作品を読むべきか・・・迷うなあ)

No.973 6点 地球儀のスライス- 森博嗣 2014/02/02 16:16
1999年発表。S&Mシリーズ二篇を含み全十作から成る作品集。
同系統の作品集としては、「まどろみ消去」に続く二作目に当たる。

①「小鳥の恩返し」=タイトルどおり民話「鶴の恩返し」をモチーフにした作品。殺人現場で飼われていた小鳥を逃がしたところ、その小鳥が献身的な看護婦になって現れるという夢のようなストーリーなのだが、そこは「夢」で終わらずミステリーらしい結末が付けられる。なかなかの佳作。
②「片方のピアス」=こちらは双子の入れ替わりがプロットとなった作品。終わりがあるようなないような結末・・・っていうことはリドルストーリーということか?
③「素敵な日記」=まさに日記で始まり、日記で終わる一篇。狙いは・・・??
④「僕に似た人」=いかにも曰く有りげな主人公やその他の登場人物たち・・・。きっと何かあるはずと大技を予想していたが、そういう方向性の作品ではなかった。でも、ラストの一行(或いは二行)はどういう意味(或いは意図)?
⑤「石塔の屋根飾り」=本編と続く⑥がS&Mシリーズ作品。本編は犀川が萌絵や喜多、国枝らにクイズを提供するというプロットとなっている。問題の方はちょっと“絵的に”思い浮かびにくかったんだけど、なる程という解答が示される。
⑥「マン島の蒸気鉄道」=本編については、謎がどうのこうのというより、とにかくマン島という存在自体が面白い。浅学にもこれを読むまでこんな島があることすら知らなかった。行ってみたいねぇ、乗ってみたいねぇ・・・蒸気機関車。
⑦「有限要素魔法」=書き下ろし作品なのだが、ある意味ファンタジックでブラックな一篇。
⑧「河童」=冒頭に示されているとおり、芥川の「河童」に触発されて書かれた作品なのかな? とにかく純朴なはずの田舎の女子高生・亜依子がコワイ・・・
⑨「気さくなお人形、19歳」=⑦に続く書き下ろし。プロットとしては特段目新しいものではないんだけど、とにかく纐纈老人の一途で偏屈な思いに最後はホロリとさせられる。でも「僕」っていうのは、もしかして叙述トリックかと思わされた(!)
⑩「僕は秋子に借りがある」=これも⑨に続き“いい話系”の作品。こういう美少女に振り回される役を一度はやってみたいよねぇ・・・

以上10編。
前作(「まどろみ消去」)と同様、「作者が書きたいものを書いて、それを集めました」という雰囲気の作品集。
ということで、凡そミステリーとは呼べないものもかなり含まれていて、長編と同じノリを期待するとガックリくるかも。
ただし、ストーリーテラーとしてやはり非凡な才能を十二分に感じさせられるし、レベルの高い作品集という評価。
どちらかというと、前作よりもこちらを押したい。
(個人的ベストは①かな。後は④⑥⑨というところか)

No.972 8点 青の炎- 貴志祐介 2014/02/02 16:15
1999年発表。嵐・二宮和也主演で映画化もされた、ノン・ホラーでは作者を代表する長編作品。
主人公・櫛森秀一の心理が読者の心に染み入る倒叙型ミステリー。

~櫛森秀一は湘南の高校に通う十七歳。女手ひとつで家計を担う母と素直で明るい妹との三人暮らし。その平和な家庭を踏みにじる闖入者が現れた。母が十年前再婚し、すぐに別れた男・曾根だった。曾根は秀一の家に居座り、母の体のみならず妹にまで手を出そうとしていた。警察も法律も家族の幸せを取り返してはくれないことを知った秀一は決意する。自らの手で曾根を葬り去ることを・・・。日本ミステリー史上に残る感動の名作~

ラストまで読み終えて、とにかく“悲しい”という感情しか思い浮かばなかった・・・
これほど救いようのないラストもそうないのではないか。
主人公は二つの殺人を犯すに当たり、その殺害方法について高校生とは思えないような深謀遠慮を尽くす。
ただし、悲しいかなやはり高校生は高校生でしかなく、どんなに考え尽くしたと思っていても、あちこちにあった綻びを刑事に突かれ、ついには殺人を認めざるを得なくなってしまう・・・

この辺のプロットはまさに倒叙形式そのものという感じなのだが、主人公を高校生としていることで本作は何とも言えない“やるせなさ”や深い哀愁が漂う効果が出ているのだろう。
巻末解説で佐野洋氏が「僕が倒叙ミステリーを選択するのは、登場人物の心理を自由に書けるから・・・」という清張のことばを引用しているが、本作でもこの狙いは十二分に当たっている。
(『感情移入できなかった・・・』という書評を残されている方が多いようだが、私個人もともと物語の人物にすぐ感情移入しちゃう方なので、今回も秀一の心にすぐに共鳴してしまった・・・)

あまり倒叙、倒叙などと、ミステリーの形式ばかりを論じるのは的外れのような気もする。
青春ミステリーでもいいし、クライムミステリーでもいいし、とにかく本作は読者ごとで感じることは大きく異なるのかもしれない。
個人的には「さすが貴志祐介」という評価&評点。
(仕掛けに対する秀一の拘りぶりは、何となく真保裕一「奪取」で偽札づくりに精魂を込める主人公とオーバーラップしてしまった・・・。あと、紀子は相当可愛いな・・・)

No.971 6点 この町の誰かが- ヒラリー・ウォー 2014/01/26 20:27
作者晩年に当たる1980年発表の本作。
ウォーと言えば米・警察小説作家の代表選手というイメージだが、本作は一風変わった味わいを持つミステリーに仕上がっている。

~コネテイカット州クロックフォード・・・。アメリカのどこにでもありそうな平和でそして平凡な町。だが、ひとりの女子高校生が死体で発見されたとき、町はこれまで見せたことのない顔を露にする。あの子を殺したのは誰か? この町の住人なのか? 浮かんでは消えていく容疑者たち。焦燥する捜査陣。怒りと悲しみ、嫌悪と中傷のなか事件は予想のつかない方向へと展開していく。だが、局面を一転させる手掛かりはすでに目の前に・・・!~

これは作者の作戦勝ちだ。
本作は、普通の警察小説のように捜査状況を追っていくというスタイルとは全く異なり、小さな町で起こった十六歳の少女の殺人事件を、事件に関わった人々の証言や会議記録で再現する、という構成をとっている。
最初は、事件の状況や被害者の人となりが順に語られ、中盤以降は容疑者の証言や捜査陣のやりとりがすべて会話形式で進行していく。
視点人物が次々と変わっていくというのは、読み手が混乱しやすいというデメリットもあるのだが、本作では作者の手腕により混乱することなく、終局の真相解明まで突き進んでいく。

田舎町というのは、アメリカでも日本と同様、よそ者に対して排他的で差別の対象になるんだねぇ。
殺人事件を契機として、人種差別や暴力事件、性犯罪など、平和な町に隠されていた闇が徐々に姿を現していく・・・
この辺り、舞台設定に関する手練手管もやはりさすがという気がした。

ラストはもしかして「叙述トリック?」と思わされたのだが、これは作者の狙いなのだろうか・・・?
ミステリーとしても新鮮で、まずは安定感のある作品。
欲をいえば、中盤のまだるっこしさが何とかなれば・・・ということになるけど、水準以上の評価はできる。

No.970 7点 はやく名探偵になりたい- 東川篤哉 2014/01/26 20:25
TVドラマ化もされ、ますます大人気(?)の「烏賊川市シリーズ」短篇集。
今回も鵜飼&流平のコンビが、依頼された(というか巻き込まれた)くだらない(?)事件の数々を解き明かしていく。
(今回は砂川警部や朱美など、他のレギュラーメンバーは登場せず・・・)

①「藤枝邸の完全なる密室」=倒叙型の変化球ミステリー。折原の黒星警部シリーズものに近い風味だが、こういう軽快なミステリーは作者の得意技っていう感じ。オチもマズマズ決まっていてよい。
②「時速四十キロの密室」=トラックの荷台に積まれ、追尾車両に監視された状態の人間が気付いたときには死んでいた、という謎。伏線が最初からあからさまなのが玉に瑕だし、これはまぁおフザケミステリーだな。
③「七つのビールケースの問題」=ギャグ度合いは別にして、こういう短編が書けるというのは、やっぱり本格ミステリー作家としてレベルが高いのだと感じる。もっとも、こんな偶然の連続あるわけない! ということはもちろんであるが・・・
④「雀の森の異常な夜」=本格ミステリーの名作を彷彿(?)させるようなロジックあふれる作品。人間の目ってそこまで節穴か?というツッコミはさておき、ここまでロジックを効かせられるとは「有栖川有栖もビックリ!」だろう。特に、死後硬直をこんなことにブッ込んでくるミステリーは初めてお目にかかった。
⑤「宝石泥棒と母の悲しみ」=最初は宮部みゆき氏のアノ作品かと思わせておいて、実は綾辻行人氏のアノ作品の本歌取りだった・・・という仕掛け。大学のミステリー研辺りで書かれそうな作品だけど、決して嫌いではない。ラストにはタイトルの意味にも納得させられ、なかなかウマイ。

以上5作。
これは予想以上に面白かった。
とにかく作者の本格ミステリー愛が伺える作品が並んでいて、作者の力量を感じられる作品集に仕上がっている。
「謎解きはデイナーのあとで」があまりにも有名になり過ぎたけど、やっぱり作者の本筋はこの「烏賊川市シリーズ」にあるのだろうと思う。
最近濫作気味なので、あまりに頑張りすぎてネタが枯渇することのないよう祈りたい。
軽い読書にはお勧め。
(個人的ベストは④。あとは⑤と③の順。)

No.969 7点 成吉思汗の秘密- 高木彬光 2014/01/26 20:23
1958年発表。J・テイの名作「時の娘」にインスパイアされ書かれた歴史ミステリー。
病に倒れ入院中の名探偵・神津恭介が『成吉思汗=源義経』という歴史ロマンに挑む大作で、「邪馬台国の秘密」「古代天皇の秘密」と続く、作者の歴史ミステリー三部作の一作目。

~兄・源頼朝に追われ、あっけなく非業の死を遂げた源義経。一方、成人し出世するまでの生い立ちは謎に満ちた大陸の英雄・成吉思汗。病床の神津恭介が義経=成吉思汗という大胆な仮説を証明するべく、一人二役の大トリックに挑む歴史推理小説の傑作~

『義経=成吉思汗』というのはやっぱり日本人のロマンなんだろうなぁと思わされた。
作者の取材力や熱意には敬意を表するけど、正直なところ、歴史的真偽という観点からはちょっと無理筋なんだろうと感じる。
江戸時代から義経北行説はあって、作中にも徳川光圀編纂の「大日本史」が紹介されているが、日本人の義経に対する大衆の判官びいきぶりが伺える。

ただ、確かに“火のないところに煙はたたぬ”的に考えるのなら、十分研究の対象にはなるのだろう。
井沢元彦氏の「逆説の日本史」などを読んでると、歴史学者の「書物偏狭ぶり」がよくやり玉にあがっていて、「歴史書に書かれていないと全く評価しない」という風潮はあるようで、そういう意味からでは、本説を単純に絵空事と断じることはできないのかもしれない。
まぁ、平泉から東北、北海道に義経伝説がこれだけ点在しているという事実だけからも、「義経=成吉思汗」説の面白さ&奥深さを表している。

国産ミステリー史上でも稀代の名探偵・神津恭介を歴史ミステリーの探偵役に据え、歴史学者(本作では井村助教授)と論争させるという設定自体、斬新で面白い。
個人的には、中国史(元~明~清)に関わる部分が特に興味深かった。(特に清朝と義経の関係ね)
歴史好きの方ならやはり一読の価値はありの一作。
(光文社文庫新装版の解説は島田荘司氏。作者に対する島田氏の思いが窺えるコメント・・・)

No.968 7点 人喰い- 笹沢左保 2014/01/18 23:56
1960年発表。その年水上勉氏の「海の牙」とともに日本探偵作家クラブ賞を受賞した作品。
本格ミステリーを量産していた作者初期の代表作。

~花城佐紀子の姉が遺書を残して失踪した。労働争議で敵味方に分かれてしまった恋人と心中するというのだ。だが、死体が発見されたのは相手の男だけで、依然として姉は行方知れずのままであった。姉にかけられた殺人容疑を晴らそうと、佐紀子は恋人の豊島とともに事件を調べ始めることになるが・・・~

まずは佳作といっていいと思う。
とにかく読みやすいし、時代性を勘案すればトリックの取り入れ方や意外性十分の真犯人など、初期の作者らしい本格ミステリーのギミックが十分込められた作品だろう。
(まぁ、2014年の今から見れば、多少陳腐化したプロットに見えるのは致し方のないところ・・・)
「人喰い」というタイトルも随分意味深だが、真犯人が語るこの言葉の意味や、労働組合・労働争議などという単語など、やはり60年代という時代性を考えずにはいられない。
ただし、一方的に社会派寄りにならず、あくまで本格ミステリーという風合いを大事にしていた作者には敬意を評したい。

で、本筋としては、二幕目の社長殺害がやはり本作の「山」になるのだろう。
「錯誤」をうまく使ったアリバイトリックは、シンプルな分だけ説得力はある。
(犯人サイドにとってかなり危ういと言えることは言えるが・・・)
フーダニットについては、序盤から慎重に伏線が張られていて、多少齟齬があるとはいえ、なかなか良いと思った。
探偵役を素人の女性にしていることもプロット全体に効いていて、作品の雰囲気作りとともに成功している。

まぁ全体の出来としては、「霧に溶ける」などの方がやや上かなという気はするが、本作も十分評価に値する作品だと思う。
他の方が書評しているとおり、若干「二時間サスペンス感」があるのがちょっと残念。
(女性を書かせたらさすがにウマイ!)

No.967 5点 雨の殺人者- レイモンド・チャンドラー 2014/01/18 23:54
東京創元社が編んだチャンドラー短編集の第四弾がコレ。
(なぜ第四弾から手を出したのかというと・・・単なる買い間違いだったりする・・・)
F.マーロウものを含む全五編。

①「雨の殺人者」=ロサンゼルスという街の雰囲気がよく出てる、いかにも的な作品。台詞まわしや静謐な筆致など、チャンドラーの魅力の要素はつまってるよなぁ・・・
②「カーテン」=F.マーロウ登場作。でも早川の清水俊三訳版に慣れている身にはどことなくマーロウの造形に違和感を感じてしまう。プロット自体は単調。
③「ヌーン街で拾ったもの」=これもまた“いかにもチャンドラー”らしい一篇。登場人物たちの会話がとにかく何とも言えない雰囲気を醸し出す。このリズムと空気は真似できない。
④「青銅の扉」=ちょっとよく分からない・・・
⑤「女で試せ」=これは「さらば愛しきひとよ」の原型なんだろうなぁ・・・。②につづきマーロウが登場し、やはり美女との絡みが用意されている。これが最も読ませる作品かな。

以上、全5作。
さらに巻末には稲葉明雄氏により、チャンドラーが作家デビューするまでの半生、経緯が紹介されている。
(これはなかなか興味深い・・・)

短篇になっても、チャンドラーはチャンドラーだし、マーロウはマーロウという読後感。
この独特の世界観や静謐な文章は他の追随を許さない。
ただし、ハードボイルドはやはり長編でこそという思いは強くなった。
やっとその作品の世界観に浸ってきた・・・という辺りで作品が終局を迎えてしまうのが、「どうもねえ」ということになってしまう。

というわけで、長編作品より上の評価は無理かな。
(個人的ベストは断然⑤。次点が①。後は横一線というところ)

No.966 4点 凍える島- 近藤史恵 2014/01/18 23:53
1993年発表。作者の処女長編であり、第四回鮎川哲也賞の受賞作。
絶海の孤島に集まった男女が順に殺されていく・・・という“いかにも”な設定の本作ですが・・・

~友人と喫茶店を切り盛りする野坂あやめは、得意客込みの慰安旅行を持ちかけられる。行く先は瀬戸内海に浮かぶ無人島。話は纏まり、総勢八名が島へ降り立つことになる。ところが、退屈を覚える暇もなく起こった事件がバカンス気分を吹き飛ばす。硝子扉越しの室内は無残絵さながら、朱に染まった死体が発見され、島を陰鬱な空気が漂う。道中の遊戯が呼び水になったかのような惨事は終わらない。連絡の絶たれた島に一体何が起こったのか?~

こんな紹介文を読まされたついつい期待してしまう・・・
それがミステリー好きの悲しい「性(さが」っていう奴だろう。
ただし、殆どの場合それは裏切られてしまう。そして、今回もその例には漏れなかった・・・
それが率直な感想。

何か妙というか、ちぐはぐな感じなのだ。
もちろんデビュー作だから、プロットや筆使いに多少の齟齬があってもよいのだが、最後まで平板で盛り上がりのないまま終わってしまった感が強い。
中盤までは登場人物ひとりひとりにスポットライトを当て、何とか「人物」を描きたいとの思いがあったようなのだが、結局それも中途半端かな。
密室トリックや連続殺人に至った動機なども、どうも素直に首肯し難い。
そして、恐らく一番の大技であろう最後のドンデン返しも不発っていうか、とってつけたように思えた・・・

どうも批判しか思いつかない感想になったけど、褒めるところがないのだから仕方ない。
こういう“いかにも”な舞台設定をセレクトするなら、やはり余程の見せ場がないと逆に苦しいなという感じ。
紹介文だけに惹かれているなら、そのままスルーした方がよいと思う。
(鮎川哲也賞受賞作には期待してるんだけどねぇ・・・)

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