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E-BANKERさん
平均点: 6.00点 書評数: 1845件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1525 6点 許されようとは思いません- 芦沢央 2019/07/05 22:11
イヤミス風味というか、背中がスーっとする感覚の作品が並ぶ短篇集。
文庫化に当たって読了(単行本とは収録作の並びが違う模様)。
2016年の発表。

①「目撃者はいなかった」=“ミスをなかったことにしたい”ってこと、サラリーマンなら誰しも身に覚えがあるはず。でも、そのちょっとした「出来心」が大きな不幸を導くことになる・・・。やっぱり報・連・相って大事なんだと身につまされる。
②「ありがとう ばあば」=“何をしてでも孫を子役として成功させたい!”。ばあばの願いはそれだけだった。孫も想いは同じはずだったのに、そこは幼い子供。やっぱり、意識のズレは当然ある。大人のエゴを押し付けてはいけない・・・ということ。最後は因果応報的ラスト。
③「絵の中の男」=夫婦そろって画家だが、その才能は妻が夫を遥かに凌駕している・・・。起こるべくして起こった事件なのか? しかし、動機には大きなサプライズが!
④「姉のように」=幼い頃から姉を頼ってきた妹。育児においてもお手本だったはずの姉が幼児虐待で逮捕されるというショッキングな出来事。それを境に妹の生活そして精神も大きく狂い出す・・・。徐々に追い込まれる妹の心の動きが非常に痛い。そしてラストにはサプライズが待ち受ける。
⑤「許されようとは思いません」=田舎の因習が背景にある話なのだが、これも「動機」が問題となる。人間の心ってここまで追い込まれるものなのか?という感覚。

以上5編。
確かに高評価なのも頷ける内容・・・かなと思っていた。
でも、どこか素直に従えない気分。
プロットも手馴れてるし、いわゆる“最後の一撃”も決まってる・・・なんだけど、どうも二番煎じっぽいんだよなー

作品名まで出てこないんだけど、どこかで読んだような気にさせられる・・・っていう感じ。
こういう手の短篇はどうしても似たようなプロットになりがちなんだろうけど、どうにもそういう感想になった。
でも、旨いのは確かだし、一定以上の満足感は得られると思う。
・・・と一応フォローしておく。(美人作家だしね)

No.1524 5点 南伊豆殺人事件- 西村京太郎 2019/07/05 22:09
お馴染みの「十津川警部シリーズ」。良き相棒・亀井刑事はもちろん、権力者に弱い上司・三上部長や日下、西本などいつものメンバーも大活躍(!)
1997年の発表。

~伊豆下田の旅館から、会社社長で有田という名前の男が、五百万円入りのボストンバックを残したまま失踪した。二日後、有田の娘を名乗る女性が旅館に現れるも、その後訪ねてきた甥は、有田に娘はいないという。しかし、この甥も実は偽物と判明。つぎつぎと偽物が現れる怪事件に十津川警部はどう立ち向かうのか?

なぜ本作を手にとったかというと、この紹介文に惹かれたから・・・である。
なんか面白そうでしょう?
ある人物が「コイツは偽物だ!」というが、実はそいつも偽物。その偽物と下した人物がこれまた偽物・・・
プロットだけを取り上げれば、どんな展開になるのかと期待は膨らんだ。

実際、序盤は結構面白い。
十津川警部シリーズだと、景勝地や列車のなかで殺人が起き、十津川たちの捜査により怪しい人物が浮かぶが、鉄壁(と思われる)アリバイが立ち塞がる・・・という展開になりがち。でも、本作の場合、読者にも予想がつかない序盤~中盤。
ただ、如何せん量産作家の宿命か、大凡の筋書きが浮かんだ中盤以降は、いっきに萎んでいく。
まぁ仕方ないよね。
警察が扱う殺人事件なんて、本来は鋭い推理なんてものはぜんぜん必要ないんだろうし・・・

でも、十津川や亀井の推理が行われるや、次の場面ではそれを補強する物証や証言が速攻で出てくる展開。
これはこれでスピーディーといえなくはないが、もはや読者はただ只管ラストまでエスカレーターに乗せられてるという感覚。
まさに新幹線で二時間という乗車時間にピッタリの作品。
やっぱり“名人芸”だね。
(今は「ホステス」って死語ですかね?)

No.1523 6点 キリング・ゲーム- ジャック・カーリイ 2019/06/21 22:27
個人的にもお気に入りの「カーソン・ライダー」シリーズの九作目。
今回もJ.ディーヴァーばりの大逆転サスペンスが展開されるのか?
2013年の発表。

~矢で射殺された女子大生。ナイフで刺された少年。執拗な殴打で殺害された男性。素性も年齢も殺害の手口もすべてバラバラの被害者をつなぐものは? かつてルーマニアで心理実験の実験台となり生還した犯人の病理とは? 真相に至る手掛かりは大胆に、そして巧妙に仕込まれている! 現代随一の名手による最新傑作~

旨い。確かに旨いのだが、今までの佳作と比べると、何だかスッキリしない。
そういう読後感が残ってしまった。
フーダニットだけを取り上げるなら、もう最初から自明で展開される。
もしかしてここが大胆に捻られるのか? という推測or期待もあったのだが、さすがにそこは・・・だった。

で、問題はラストも近づいた頃合で発覚するある事実!
確かに「えっ!?」と思った。
思ったんだけど、最初よく呑み込めなかった。
考えてた方向とはまったく違う方向からだったのが原因なんだけど、どうもしっくりこないというか・・・
まぁ、でもいいのか・・・
世界観が変わるといえばそうだしな・・・
作者の技巧は十分尽くされてるとは言えるのかもしれない。

今回のテーマは紹介文のとおり、いわゆる“ミッシング・リンク”。でもそこには特別な趣向が凝らされてるわけではない。
終盤、カーソンの推理からリンクは発見されるのだが、そこはあまり響かなかった。
というわけで、どうもやりたいことは入れたけど、ちょっとフン詰まり(汚い表現だけど、本作の中身とも関係有り)だった印象。
ということで、期待値からするとやや物足りないという評価になってしまう。
次作に期待というところか。
(普通の男ならクレアじゃなくてウェンディへ行くよね・・・)

No.1522 6点 朽ちる散る落ちる- 森博嗣 2019/06/21 22:24
発表順に読み進めてきたVシリーズもいよいよ大詰め。
残すは最終作「赤緑黒白」のみとなった第九作目がコレ。
2002年の発表。

~土井超音波研究所の地下に隠された謎の施設。絶対に出入り不可能な地下密室で奇妙な状態の死体が発見された。一方、数学者・小田原の示唆により瀬在丸紅子は周防教授に会う。彼は地球に帰還した有人衛星の乗組員全員が殺されていたと語った。空前の地下密室と前代未聞の宇宙密室の秘密を暴くVシリーズ第9作~

ついに、“宇宙来たぁー”(by福士蒼太)。
ありとあらゆる様々な密室を取り上げてきた森ミステリーも、ついには宇宙空間へ進出?!

というわけで、今回は前々作に登場した「土井超音波研修所」が再度事件の舞台として登板。
と言っても、現在進行形の事件ではなく、地下の秘密空間で見つかった白骨死体が謎の中心となる。
いわば、前々作(「六人の超音波科学者」)の後日譚的な内容。
・・・って考えると、本作と前々作に挟まった前作(「捩れ屋敷の利鈍」)って一体どういう意味があったのか?
『保呂草と萌絵をクロスさせること』が主目的? なんだろうか?
(いずれにしても、本作ではその解答は得られない)

で、「密室」である。“空前の地下密室”の解については、いかにも本シリーズらしいという感想。
ただ、これが許されるなら何でもありだなという気にはさせられた。
(個人的には、森本君が小鳥遊練無との会話のなかで挙げたトリックが一番面白かったけどな・・・)
まぁ、Vシリーズでの「密室」は、決してプロットの主軸ではないということは、これまで何度も触れてきたとおり。今回も同様。

えっ? “前代未聞の宇宙密室”はどうしたんだって?
・・・・・・(寝たふり)
そんなもん、ありましたかねぇ・・・。あーあ、あったね。確かに。あったような・・・うーん。
少なくとも“前代未聞”というのは100%大げさです。

No.1521 6点 プレゼント- 若竹七海 2019/06/21 22:22
『若竹ワールド入門編』『大ヒット 葉村晶シリーズの原点がここに!』
↑文庫版の帯のコメントどおりの作品集。
1996年の発表。

①「海の底」=まだ探偵社にも勤めていない葉村晶。まさに現在まで続くシリーズの原点。クソ生意気な編集者の秘密を暴く! これが彼女の最初のミッションだった。でも、さすがにこれは気付くのではないかと思うけど・・・
②「冬物語」=こちらは小林警部補・御子柴刑事のコンビが主役。雪に閉ざされた別荘で親友を待ち受ける男。しかし、彼は親友を殺す動機を持っていた。完全犯罪が遂行されたと思いきや、思わぬところから綻びが・・・という展開。
③「ロバの穴」=“ロバの耳”ならぬ“ロバの穴”。葉村晶が転職した先の仕事は、「他人のグチや悩みをひたすら聞いてあげるテレホンサービス」。そんな仕事絶対ストレスたまるだろ!ということで自殺騒動が勃発する。そして巻き込まれる葉村晶。
④「殺人工作」=そのものズバリのタイトル。今回は小林・御子柴コンビ。不倫の末の無理心中を装うとした「殺人工作」なのだが、小林警部補はなかなか鋭い。
⑤「あんたのせいよ」=いかにも勝気な女性が放ちそうなセリフがタイトル。で、これは葉村パート。今回より探偵社へ正式に就職した葉村晶がまたもや事件に巻き込まれる。最後に強烈なオバサンにフライパンを持って追いかけられるハメに・・・おおコワッ!!
⑥「プレゼント」=小林・御子柴パート。一年前に起きた殺人事件の真相を突き止めるべく、事件現場に集められた事件関係者たち。事件の再検証が行われるなか、意外なところから現れる小林警部補。そして、最後にカラクリ披露。
⑦「再生」=ミステリー作家が撮影した妙なビデオが問題となる葉村パート。で、今回も登場する嫌な女たち。(ついでに嫌な男も) 最後に泣くのは嫌な女か、嫌な男か? さぁーどっち?
⑧「トラブル・メイカー」=葉村晶と小林・御子柴コンビが邂逅するラスト。タイトルはもちろん彼女のこと。本作はこの後のシリーズ展開を予感させる一編。なにしろ、不幸とトラブルの連続。逆境に強い葉村晶の完成・・・だな。

以上8編。
「葉村晶パート」と「小林警部補・御子柴刑事パート」が交互に語られる形式の連作短篇集。
キャラとしてはやはり葉村晶の方が数段上で魅力的。その後作者の主力シリーズとなったのは十分に頷ける。
やっぱり、いいね! 葉村晶。
どんなトラブルや不幸にあってもめげない精神力。ぜひ見習いたいものです。
(40代になっても頑張ってる彼女の姿に接している身としては、20代の彼女はあまりにも新鮮)

No.1520 6点 牧神の影- ヘレン・マクロイ 2019/06/05 23:29
マクロイというと、ヴェイジル・ウィリング博士が自然に思い浮かぶけど、本作はウィリングが登場しないノン・シリーズ作品。
1944年発表ということは、ちょうど「小鬼の市」と「逃げる幻」の間ということになる。
原題は“Panic”。

~深夜、電話の音でアリスンは目が覚めた。それは伯父のフェリックスの急死を知らせる内線電話だった。死因は心臓発作とされたが、翌朝訪れた陸軍情報部の大佐は、伯父が軍のために戦地用暗号を開発していたという。その後、人里離れた山中のコテージでひとり暮らしを始めたアリスンの周囲でつぎつぎに怪しい出来事が・・・。暗号の謎とサスペンスが融合したマクロイ円熟期の傑作~

さすがにマクロイだけあって、繊細かつ端正なミステリー、だと思う。
これまでもマクロイ作品に関しては、そのレベルの高さや駄作の少なさを賞賛してきたけど、本作もまた「ハズレ」のない作家という冠に相応しい作品。
その割には他の方の評点が低いのはなぜかというと、「暗号」の分かりにくさに原因がある。
確かに、これは読者が挑戦して解読できるようなものではない。
暗号文や、その解読のための鍵、そして解読後の文章等が、それぞれ何ページにも亘って書かれている辺り、作者の暗号に対する並々ならぬ意欲が伺えるし、個人的にもここまで難解な暗号にお目にかかったことはない(と思う)。
殺人や主人公アリスンが脅かされる影などにも暗号が有機的に関係していくことはもちろん、まさか主人公のお供として付いてきた盲目の老犬が解読の鍵になるなんて(ネタバレだが・・・)、心憎い演出だと言える。

あとはやっぱりウィリング博士の不在(?)も大きいかな。
オカルティズムっぽい謎に対しても冷静な目と抜群の推理力で事件を解決する彼の存在は、やはりマクロイ作品には欠かせない。
本作はどちらかというとサスペンス寄りの作品ではあるものの、フーダニットなど本格要素もあるから、彼を登場させても良かったような気がする。
そして、原題の“パニック”。他の方も触れられてますが、「パニック」の語源が「牧神(パン)」だということ。これはトリビアだね。

いずれにしても、本格要素とサスペンスがバランスよく混合された良作という評価に落ち着く。
ただ、他の佳作と比べるとやや落ちるのは事実。

No.1519 6点 王とサーカス- 米澤穂信 2019/06/05 23:27
「さよなら妖精」から約10年。勤めていた新聞社を辞め、フリージャーナリストとなった太刀洗万智が描かれる本作。
舞台は神秘の国ネパールの首都カトマンズ。
2016年に発表され、その年の「このミス」で第一位にも輝いた作品。

~海外旅行特集の仕事を請け、太刀洗万智はネパールに向かった。現地で知り合った少年にガイドを頼み、穏やかな時間を過ごそうとしていた矢先、王宮で国王殺害事件が勃発する。太刀洗はさっそく取材を開始したが、そんな彼女をあざ笑うかのように、彼女の前にはひとつの死体が転がり・・・。2001年に実際に起きた王宮事件を取り込んで描いた壮大なフィクション。米澤ミステリーの記念碑的作品~

何ていうか・・・評価しにくい作品。
テーマは“太刀洗万智にとってジャーナリズムとは?”ということなのかな。
日本から遥か離れた高地の街・カトマンズ。今や人口70万人を抱えるそこそこの都市なのだが、そこは発展途上国。
人々は貧しく、文化的な習熟度も高いとはいえない。
そして、突如発生した王族の殺害事件(いわゆるクーデターなのか?)に巻き込まれることになる。

そこからが彼女にとっての正念場。ジャーナリストとしての存在意義を問われることになる。
うん?
とてもじゃないがミステリーの書評とは思えない書きっぷりだな・・・
ここが「評価しにくい」ということ。
正直なところ、よく「このミス一位」になったよなーって思う。
いや、決して批判的なわけではなく、貶しているわけでもない。もちろん終盤には、太刀洗の鋭い推理やミステリー的なサプライズもあるんだけど、評価されたのはそこではないのだろう。

ちょうど太刀洗がジャーナリズムに向き合う姿勢に、作者がミステリーと向き合う姿勢が重なって見えたのではないか?
並みの作家ではなかなか取り組めないプロットだし、プライドや気高ささえも感じてしまう。
太刀洗万智というキャラクターも重要。
こんなキャラクターを持てたこと自体、作者の勝ち!ってことかな。
(結局褒めてる割には評点は辛いような気が・・・)

No.1518 5点 六点鐘は二度鳴る- 井沢元彦 2019/06/05 23:26
「天正十二年のクローディアス」(2007年)に続いて小学館より出版された井沢元彦自選短編集の第二弾。
最初と最後の2編以外は、あの織田信長が探偵役を務めるというのが斬新(!)
2008年の発表。

①「妖魔を斬る」=本作は探偵役がなんと宮本武蔵。名うての剣士に戦いを挑みに来た武蔵が見たのは剣士の刺殺死体。ということで、これほどの使い手がなぜむざむざと殺されたのかが謎の中心。あの武蔵が女性に篭絡されそうになりながら我慢する姿が微笑ましい・・・
②「六点鐘は二度鳴る」=ここから名探偵・織田信長がスタート。宣教師から西洋時計を贈られた信長。そう、本作は当時の日本の時間の数え方(丑三つ時とか・・・)と西洋時刻との差が謎を解く鍵となる。要はアリバイトリックだね。
③「不動明王の剣」=今回は密室(のようなもの)トリック。不動明王が脇に差している剣で刺し貫かれた死体が密室で見つかるというものだが、トリックというほどのものではない。
④「二つ玉の男」=鉄砲を操る狙撃手VS信長。まるでゴルゴ30のようなお話だが、大昔でありながら迷信など一切信じないという信長の性格が事件を解決に導く。
⑤「身中の虫」=松永久秀。戦国の世でも有名な怪人物かつ裏切り者。信長は久秀を飼い慣らそうとしたが、お茶会の席で毒殺事件が発生してしまう。犠牲となったのは忠臣・佐久間信盛・・・。これもトリックは付け足しのようなもの。
⑥「王者の罪業」=信長が美しい妻をたぶらかしたとする手紙。これが事件を彩る謎となるのだが・・・。伏線は割と分かりやすい。
⑦「裁かれたアドニス」=毒殺トリック自体はまぁいいんだけど、こんな回りくどい方法で信長を嵌めようとしたって無駄だと思うけどね・・・。
⑧「抜け穴」=本編の主役は「賤ヶ岳七本槍」の一人・片桐市正且元。徳川に攻め込まれた大阪城内で淀君の世間知らずにウンザリしていた心のスキを家康にまんまと突かれてしまう・・・。さすがに狸だね。

以上8編。
趣向は面白い。大昔の戦国の世にもかかわらず、その常識を打ち破る合理的精神で天下人となった信長。
そういう意味では探偵役にぴったりとも言える。
そして、物語にスパイスを加えているのが優秀な家臣とキリスト教の宣教師たち。さすがに歴史ミステリーはお手の物。

ただ、ミステリー的な観点からすると、特段取り上げるものはない。ちょっとした気付き⇒真相解明という安直な展開が多いしね。
そこは言わぬが花ということかな。

No.1517 6点 ロスト・ケア- 葉真中顕 2019/05/19 11:26
「凍てつく太陽」が第72回推理作家協会賞受賞。
今、個人的に一番気になる作家である作者の処女長編作品。
本作は日本ミステリー文学大賞新人賞の受賞作。2013年の発表。

~戦後犯罪史に残る凶悪犯にくだされた死刑判決。その報を知ったとき、正義を信じる検察官・大友の耳の奥に響く痛ましい叫び・・・“悔い改めろ!” 介護現場に溢れる悲鳴、社会システムがもたらす歪み、善悪の意味・・・。現代を生きる誰しもが逃れられないテーマに圧倒的リアリティと緻密な構成力で迫る! 全選考委員絶賛のもと放たれた日本ミステリー文学大賞新人賞の受賞作~

「ロスト・ケア」・・・重い言葉だ。
仕事がら介護施設の現場に接することがある。
とにかく「大変だ」という感想しか湧いてこない。もちろんビジネスとして介護業界を捉えると、できるだけ介護度の高い人を多く扱う方がいいし、医療機関と提携して入所者に安心してもらう方がいい、etc
でも、ビジネスの損得勘定だけでは到底務まらない仕事だ。本作でも触れられてるけど、職員の離職率は半端ない。想像以上の肉体労働だし、セクハラも横行している、実質24時間目を離せない人もいる・・・
やはり人間と直に接する仕事なのだ。嘘くさいかもしれないけど、気配りや愛情抜きではできない仕事なのだと思う。

だからこその“ロスト・ケア”ということなのだろう。
真犯人が語り、検察官・大友が衝撃を受けた言葉の数々はそのまま読者へも突き刺さる。
(もちろん本作はフィクションだし、実際介護現場で働く方々からすると鼻で笑われることなのかもしれないが・・・)
結局、大友は救われたのか? 羽田は救われたのか? そして何より真犯人は救われたのか?
この答えは語られてはいない。
うーん。難しい問題だね。答えは・・・きっとないのだろう。

ミステリーとしての観点からは、やはり終章前に炸裂するサプライズ!
うーん。確かにうまい具合にミスリードされてましたなぁ・・・。てっきりそこは確定っていう感じで読みすすめてたしね。
その辺は単なる社会派じゃないというミステリー作家の矜持を感じてしまった。
ということで、作品は少ないけどしばらく作者を追いかけてみようと思います。

No.1516 7点 クライム・マシン- ジャック・リッチー 2019/05/19 11:24
探偵の正体が○○○○の「カーデュラ探偵社」で著名なJ.リッチー。
短編の名手とも称される作者のもうひとつの代表作。
それぞれの発表年は1960年代が大宗を占める模様。

①「クライム・マシン」=これは名作! タイムマシンが存在すると信じ込まされた殺し屋の“俺”。それもそのはず、“俺”の目の前でタイムマシンが消え去ってしまったのだから・・・。とにかくオチが秀逸。こういうのを短編のお手本というのだと思う。
②「ルーレット必勝法」=毎夜、同じ額をベットし、最終的には勝ち続ける男。このままでは破産させられるという恐怖に慄いた店主が取った行動はやはり・・・。ただし、これもラストには意外なオチが待ち受ける。
③「歳はいくつだ」=行儀の悪い男女をつぎつぎと拳銃で撃ち殺していく男。街は男を恐れ、人々は行儀よくし始めるのだが・・・。これは「風刺」かな?
④「日当22セント」=監獄から出所した男はすぐに銃を手に入れる。自分を無罪に出来なかった弁護士や罪に陥れた男を葬るために・・・。と、こう書くとシビアな話に見えるが、決してそんなことはない。人間の欲得は深いということ。
⑤「殺人哲学者」=ショート・ショート。
⑥「旅は道連れ」=これもごく短い作品なのだが、ふたりの「おばさん(?)」の会話とオチがなかなか笑える。結局、ラストは・・・?
⑦「エミリーがいない」=読者も作中人物までも騙して、最後は予想外のオチが炸裂。途中までは誰しも「○されたんだろう」って想像するよねぇ・・・
⑧「切り裂きジャックの末裔」=自分を切り裂きジャックの末裔だと信じている男と精神科医。何となく不穏な空気が流れるなか、事件が・・・
⑨「罪のない町」=ショート・ショート。エッジは効いてる。
⑩「記憶よ、さらば」=記憶喪失の男が実は大金持ちだと知らせたとき、彼にとっては陥穽のワナが始まった・・・。ラストはひたすらオロオロ。欲をかかなかったらね
⑪「こんな日もあるさ」=本編と次の⑫はミルウォーキー警察署刑事ヘンリー・S・ターンバンクルが探偵役を務める。探偵役といっても狂言回し的な役どころではあるが・・・。本編もなかなかの佳作。
⑫「縛り首の木」=ターンバンクルら二人が迷い込んだのは近世の雰囲気を模した村。その村で妙な光景を見たとか、見なかったとか・・・という話。(?)
⑬「デヴローの怪物」=全身毛むくじゃらの怪物を見たとか、見なかったとか・・・という話。(?)
以上13編。
いやいや。さすがに短編集で「このミス海外部門」第一位を取っただけのことはある。
「短編の名手」という称号を持つ作家は多いけど、リッチーも十分資格ありだろう。
「カーデュラ探偵社」もその”軽さ、軽妙さ”が利点だったけど、本作も同様。ひとことで言えば「面白い」。
(ベストは何といっても①。これはオールタイム級の水準。)

No.1515 5点 帝王、死すべし- 折原一 2019/05/19 11:23
ノンシリーズの長編。
タイトルはE.クイーン後期作品を想起させますが、内容等含めて一切関係なし。
2011年の発表。

~息子・輝久の日記を盗み見た野原実は衝撃を受けた。『てるくはのる』日記には赤裸々ないじめの告白があったのだ。服の下の無数のミミズ腫れ。中心にいるらしい「帝王」とは誰か? 夜の公園で繰り返される襲撃事件。息子は学校を大混乱させることを考えているらしい・・・。叙述トリックの名手が用意した驚倒の結末とは?~

本作は1999年、京都市伏見区で起こった実在の『てるくはのる』事件が下敷きとなっている。
これまでの折原作品でも実在の事件がモチーフになっている作品は多いので、まぁ“いつもの手”ということ。
作中で「日記」が多用されるのも、もはやお約束という感じだ。

いつもながら、読んでるうち訳が分からなくなるストーリーなのだが、本作は主に①「帝王」の正体、②「てるくはのら」事件の犯人、③いじめ問題の真相、の三つのエピソードが複雑に絡み合いながら進行していく。
そして、やっぱり登場する“ねじ曲がった“(或いはねじ曲がっていく)人たち。
主役である野原実・輝久親子はもちろん、妻・娘。そしてノンフィクションライターの男、クラスメートたち、担任教師etc
いったい誰がまともで、誰が狂っているのか、見極めがつかないまま終章になだれ込んでいく。
そしてラスト。これが果たして「驚倒」というレベルなのかは別として、ここでようやくタイトルの真の意味が分かる仕掛けになっている。

で、数々の折原作品を読了してきた私の評価は・・・「中の下」。
作品全体を貫くプロット或いは仕掛けが、「○王の○○」に集約されてしまうとしたら、途中さんざん付き合わされてきたエピソードの数々はなんだったの?っていう感想になってしまう。
もしかして、これって「スカシ芸」なのか? 読者に「○○だけかよ!」って突っ込まれたいだけ?
っていうことまで邪推してしまう。
まぁ、他の方の評価がおしなべて低いのもやむなしでしょう。
さすがの折原もネタ切れか? ファン(?)としては心配だな。
(これが折原作品ちょうど50冊目の書評だったのだが・・・失敗したな)

No.1514 6点 死者との誓い- ローレンス・ブロック 2019/05/07 20:19
“免許を持たない私立探偵”マット・スカダーシリーズの第十一作目。
原題“The Devil knows you are dead”-意味深だね・・・
1993年の発表。

~弁護士のグレン・ホルツマンがマンハッタンの路上で殺害された。その直後にはホームレスの男が逮捕され、事件は公式には解決する。だが、容疑者の弟がスカダーのもとを訪れ、本当に兄が殺人を犯したのか捜査を依頼してきた。ホルツマン殺害の真相を追うスカダーの前に、被害者の意外な素顔が浮かび上がってくる・・・。シリーズ中、最高峰とされるPWA賞最優秀賞受賞作~

本作はいわゆる「倒錯三部作」のすぐ後に発表された作品。
都会に潜む暴力的な巨悪と対峙した三部作を経て、再び静謐で内省的なスカダーが還ってきた雰囲気。
いい意味でシリーズは本流へ戻ったのだろう。

恋人エレインと満たされた生活をおくっているスカダーの前で物語は突然に始まる。
ひとつは紹介文のとおり、NYのど真ん中で起こった銃による殺人事件。そしてもうひとつは、元カノ・ジャニスが不治の病に犯された事実・・・
殺人事件の捜査を請負い、調査を進めるスカダーの心中にジャニスの死が暗い影を落としていく。
巻末解説の霜月氏は「(本作は)理不尽な死を『敵』として排斥しようとするのではなく、静かにそれと折り合いをつけようとする物語・・・」と書かれているが、自身も齢を重ねていくにつれ、「死」というものを現実感の伴ったものとして意識し始めたということなのだろう。

そして、やはりNYの街。
先日、M.コナリー(「シテイ・オブ・ボーンズ」)の書評でLAを“骨の街”と評していたが、NYもまた“骨の街”に他ならない。
本作では、被害者となるホルツマンがのし上がった先として、マンハッタンの高層マンションが描かれている。この街の住人は誰しも高層から人々を見下ろしたいと願い、大多数はその夢が叶わぬまま骨となっていく・・・
そんなことを考えてしまった。
でも、カラッと乾燥した街・LAと比べ、NYにはどこか曇り空が似合う感じがする。
それは、本シリーズそして主人公マット・スカダーの影響が大きい。
(結局、リサとの関係は曖昧なまま?)

No.1513 6点 倒叙の四季 破られたトリック- 深水黎一郎 2019/05/07 20:18
~春夏秋冬と不審死が発覚! 四人の人物がいずれも「完全犯罪指南書」という裏ファイルに従い、物的証拠を残さずに遺恨ある相手を殺害したのだ。警視庁捜査第一課・海埜警部補の聴取にも物証がなければ捕まらないと否認を続ける犯人たちだが・・・~
ということで、タイトルどおり「倒叙」形式の連作短篇集。
2016年発表。文庫化に当たって、サブタイトルが「破られたトリック」⇒「破られた完全犯罪」に変更(なぜ?)

①「春は縊殺 やうやう白くなりゆく顔いろ」=「縊殺」(=首吊り自殺に偽装した殺人)を装った完全犯罪が描かれる第一編。物証を残さないことにとことん拘るのはいいんだけど、アリバイ作りがこの程度なら、そもそも露見するんじゃないかというのが気になった。
②「夏は溺殺 月の頃はさらなり」=続いては「溺殺」ということで、溺死に見せかけた殺人。物証の残さないことに細心の注意を払った真犯人を嘲笑うかのように、被害者の“死に際の意地”が示される。残念・・・
③「秋は刺殺 夕日のさして血の端いと近うなりたるに」=三編目は居直り強盗による殺害(=「刺殺」)の偽装。なのだが、如何せん犯人役の知能指数が低すぎる。倒叙形式の真犯人はやっぱり天才的に頭がいい奴じゃないと盛り上がらない。ダイイングメッセージもなんとなく蛇足。
④「冬は中毒殺 雪の降りたるは言うべきにもあらず」=ラストは練炭自殺に見せかけた「中毒殺」。今回は堅牢な密室トリックまでが登場。このトリックは恐らく初見なのだが、実際うまくいくのかな・・・。それに探偵役の○○寺がいうとおり、密室にする意味が弱いと思う。

以上4編。
芸術探偵シリーズではワトスン的な立ち位置だった海埜警部補が渋い探偵役として登場。(④はサプライズであの人物が出てくるが・・・)
紹介文のとおり、①~④の犯人が全て「完全犯罪指南書」というサイトを見ているというのが共通項になっていて、それがラストの“捻り”につながっている。(因みに文庫版ではノベルス版であったはずの2つめのエピローグが削られている・・・なぜ?)

短篇の倒叙ものというと、大倉崇裕の「福家警部補」シリーズが思い浮かぶけど、うーん、クオリティでいうとちょっと劣後するかな。
わざとなのかもしれないけど、「物証を残さない」ことに心血を注いだはずの犯人が、割とあっさり「物証」で崩れ去る・・・
倒叙ものだと、犯人役の心の中の葛藤や焦りなどが読み手にどれだけ伝わるかが重要なだけに、そこはもう少し何とかならなかったのかという気はする。
まぁでも一定水準の面白さはあるし、そこはさすがという感じかな。
『あなたは致命的なミスを犯したのですが、まだ気付いていませんか?』ーこれが決め台詞。続編もあるな、きっと。

No.1512 3点 仔羊たちの聖夜- 西澤保彦 2019/05/07 20:17
タック=タカチシリーズ。
時系列でいうと「彼女が死んだ夜」「麦酒の家の冒険」に続くシリーズ三作目となる本作。
1997年の発表。

~通称タックこと匠千暁、ポアン先輩こと辺見祐輔、タカチこと高瀬千帆。キャンパス三人組が初めて顔を突き合わせた一年前のクリスマスイブ。彼らはその日、女性の転落死を目の当たりにしてしまう。遺書そして動機も見当たらずに自殺と結論づけられたこの事件の一年後、とあるきっかけから転落死した女性の身元をたどることになった彼らが知ったのは、五年前にも同じビルから不可解な転落死があったということ。ふたつの事件には関連があるのか?そして今また、新たな事件が・・・~

いくらなんでも、この動機はあまりにも変で納得しがたい。
五年前の事件はまだ分かる。思春期の少年だし、勢いでということもあるだろう。
けど、二番目そして三番目は・・・ミステリーの動機としてはどうにも理解できない。

あまり書くとネタバレになるんだけど、死亡の動機はもちろん、現場に落ちていたという重要な物証であるプレゼント。
このプレゼントを買った動機。これも変だ。こんなこと考える?
終章、タカチ(本作はタカチが探偵役)が真相を語るんだけど、読みながら、「えーっ!」っていう感情しか湧かなかった。
三番目の事件が起こる背景。これも酷い。
こんなことで結婚までする? 他にいくらでもやり方はあるだろうに・・・

とにかくつじつま合わせがあまりにも酷い。
これはもう、本作はシリーズ、特にタカチファン以外は読む価値なしと断じてもよいくらい。
タカチファンはぜひ読んでください。
彼女の美貌とツンデレキャラが存分に味わえます。(想像の世界で)

まぁ、悪い意味で本シリーズらしい作品と言えなくもないかな・・・

No.1511 6点 教場2- 長岡弘樹 2019/04/27 12:50
~必要な人材を育てる前に不要な人材をはじき出すための篩。それが警察学校だ。白髪隻眼の鬼教官・風間のもとに初任科第百期短期課程の生徒たちが入校してきた。半年間、地獄の試練を次々と乗り越えていかなければ卒業は覚束ない。ミスを犯せばタイムリミット一週間の「退校宣告」が下される~
大変だな・・・こんなところ私なら絶対入らん! ということでスマッシュヒットとなった「教場」シリーズの続編。2016年発表。

①「創傷」=前作では教師⇒警官を目指す男が描かれたが、本作も初っ端は医師⇒警官という異色のコースを選択した男・桐沢が主役。その桐沢が気になる同じ訓練生・南原。なぜ気になるか、その理由は想像を超えている。(よく入学したよなぁー)
②「心眼」=警官を目指すにはあまりにも小柄&ベビーフェイスな男・忍野が主役。学校内で意外な物が盗まれる事件が続発するなか、その真相は・・・。こりゃー、好きな女の子のリコーダーを盗む中学生と一緒だな
③「罰則」=主役は津木田。苦手な潜水訓練の授業で死の恐怖を味わった津木田は教官にある復讐を計画する。それが意外な結果を生むことに・・・。ここまで事実を看破する風間って・・・
④「敬慕」=主役は容姿端麗な女性警官候補生・菱沼。男クサイ環境のなかで可愛い女性ってだけで目立つ。で、自分自身でもそれを自覚して行動してるって奴。そういう奴にはやはり鉄槌が下されてしまう・・・。(それでも男は可愛い娘に弱いのだが)
⑤「机上」=刑事になり重大事件で活躍する姿に憧れる男・仁志川が主役。ただ、そこは単なる候補生。いくら机上で勉強しても、経験・場数を踏んできた風間には到底叶うはずはないのだ。残念!
⑥「奉職」=“警察に恨みがある”男・美浦が主役の最終章。厳しい訓練もようやく終わりに近づいてきたというのに、さすが鬼教官・風間。でもラストはホロリとさせられる・・・

以上6編。
前作同様、警察学校の訓練生ひとりひとりにスポットライトを当て、他の訓練生や教官、そして風間と関わる中で、意外な姿、本性、真相を浮かび上がらせる、という展開。
なかなか旨いです。いや、手堅いというべきか。
人物の掘り下げもあるし、警察学校という密閉された特殊環境が効いてるのもあるだろう。

それほど奇をてらっているわけではないので、サプライズを期待すると肩透かしを食うけど、まずまず満足感は得られる。
短編の書き手としては、出版社も安心して頼めるのではないか?
続編もあるとのことで読むだろうな・・・

No.1510 4点 出版禁止- 長江俊和 2019/04/27 12:49
作者は元々映像作家。深夜番組「放送禁止」シリーズは熱狂的なファンを生み出した・・・とのこと。
残念ながら、そこら辺はまったくといっていいほど疎いのだが・・・
2014年発表。

~著者・長江俊和が手にしたのは、いわくつきの原稿だった。題名は「カミュの刺客」、執筆者はライターの若橋呉成。内容は有名なドキュメンタリー作家と心中し、生き残った新藤七緒への独占インタビューだった。死の匂いが立ち込める山荘、心中のすべてを記録したビデオ。不倫の果ての悲劇なのか。なぜ女だけが生還したのか。息を呑む展開、恐るべきどんでん返し。異形の傑作ミステリー~

想像していたものではなかった。或いは「好み」ではなかった。
ひとことで終わるなら、“以上!”ということになる。
他の方の評価が割と高いのでびっくりしたが、個人的にはその面白さが分からなかった。
ジワジワくるんですかねぇ・・・?

本作は「カミュの刺客」という作品の入れ子構造というか、いわゆる作中作になっている。
これだけで、もう何らかの「仕掛け」があるのだろうと身構えてしまうが、最終段階になって明かされる真実にそれほどの衝撃はない。
そうか。そういう意味ではジワジワくるのかもしれない。
一読しただけでは分からない、背中がザワザワする感覚。
それが楽しめるのなら手に取る価値があったということかも。

まぁ確かに、山荘での若橋の行動を想像すると、薄ら寒い感覚にはなる。
なにしろ「出版禁止」になったのだから・・・
ただ、高い評価にはならないかな。あくまで「好み」の問題です。
(「ホラー」という感じでもないけど・・・)

No.1509 6点 シティ・オブ・ボーンズ- マイクル・コナリー 2019/04/27 12:48
ハリウッド署刑事ハリー・ボッシュシリーズの第八作。
一作目から読み継いで来たボッシュ刑事の物語は今回どのような展開を見せるのか・・・
2002年の発表。

~丘陵地帯の奥深く、犬が咥えてきたのは少年の骨だった・・・。20年前に殺された少年の無念をはらすべく、ハリウッド署の刑事ハリー・ボッシュは調査を始めた。まもなくボッシュは現場付近に住む児童性愛者の男にたどりつくが、男は無実を訴えて自殺を遂げる。手掛かりのない状況にボッシュは窮地に立たされ・・・。深い哀しみを知る刑事ボッシュが、汚れ切った街の犯罪に挑む~

“骨の街”
作中でボッシュがLAの街を指して放った言葉である。
いったいどういう意味なのか? それを探るのが本作の裏テーマのように感じた。

今回は20年も昔の事件がテーマ。そんな過去の事件にボッシュを駆り立てたのは、被害者の少年の「骨」に残された無残な虐待の跡の数々・・・。不幸な少年時代を過ごした自分自身の姿と重ね合わせることで、この事件の解決に命を賭すことになる。
「骨」に残された傷跡は、あるひとつの不幸な家族の過去をあぶり出す。
大都会LAの街には、様々な犯罪や不幸、不運が日常茶飯事に起き、それがこの街に住む人々の「骨」にまで刻まれていく・・・
ボッシュの捜査行のなかで出会った人々も例外ではない。

いかん。何だか必要以上に感傷的になってしまった。
それもこれもラストシーンのせいかもしれない。
今後どのような展開を見せるのか分からなくなるようなボッシュの突然の行動。
やっぱり、どこまでいってもボッシュはボッシュなのだと言いたかったのか・・・

他の方も触れられてますが、本作は警察小説の色合いも濃い作品。
日本でもアメリカでも組織は組織のために動いているし、トップに近づけば近づくほど組織を守ろうとする。
一匹狼的存在のボッシュですら、昇進を知らされれば心は沸き立つ・・・
そういう意味ではサラリーマンと変わらないんだねと妙に納得。
というわけで、次作ももちろん期待大だけど、本作の評価としてはやや微妙かな。

No.1508 7点 Wの悲劇- 夏樹静子 2019/04/07 21:31
今さらながら・・・という感じの本作。
どうせなら惜しまれつつ作者が鬼籍に入った直後にでも読めばよかったのだけど・・・
というわけで作者の代表作といっても差し支えないであろう作品。1982年の発表。

~新雪に包まれた山中湖畔にある日本有数の製薬会社、和辻製薬会長の別荘。和辻家の一族が水入らずの正月を過ごしていたこの別荘で、突然悲劇の幕が上がった。和辻家の誰からも愛されている女子大生の摩子が、大叔父に当たる当主の与兵衛を刺殺してしまったのだ。たまたま摩子の卒業論文の手伝いに来ていて事件に巻き込まれた家庭教師の一条春生は、一族の強い希望で事件を外部からの犯行と見せかける偽装工作に協力する。だが、この工作を警察に暴露するよう細工する者が現れた。事件の裏に隠された真相とは? E.クイーンの「Yの悲劇」に挑戦した作者会心の長編推理~

想像していた水準よりかなり上・・・そんな読後感。
本作はまさにプロット勝負の作品。
2019年現在の目線でならそう目新しさはないけど、発表当時ならば、この「二番底」「三番底」の展開はインパクトがあったに違いない。

「Yの悲劇」というと、当然“あ○○り殺人”が問題になるが、本作はその本歌取りを狙っている。
両作品ともに言えるのは、この仕掛けはどうしても“あ○○られる理由・動機”に必然性や納得感があるかどうかが鍵になるということ。
でも、「W」もそこは弱さが拭い去れなかったなぁー
これだとどうしても真犯人側の「賭け」或いはプロバビリティの部分が大きくなるのではないか?
本作は「Y」よりもCC要素が強くなるだけに、なお一層リスクを負っている感が強かったし、そこが弱点に思えた。

まぁでも、さすがに作者だけあって、細部までよく練られてるし、全体的に良くできた作品。
「悲劇」というタイトルが似合う度合いでいえば、「X」「Y」「Z」を凌駕している。
で、巻末解説がまさかのE.クイーン(F.ダネイ)とは・・・恐れ入りました。

地上波や映画で何度も映像化されているのも頷ける。それだけ日本人のメンタリティに訴える作品なんだろう。
(図書館で借りてきた文庫版の表紙は薬師丸ひろ子・・・若いね!)

No.1507 6点 ハイスピード!- サイモン・カーニック 2019/04/07 21:30
「ノンストップ!」に続いて発表された作者の第六長編。
現代英国のクライムノベルをリードする(?)作者が送り出す「ジェットコースター・サスペンス」。
2007年の発表。

~タイラーは血染めのベットで目が覚めた。隣には恋人の惨殺死体。殺しの濡れ衣を着せられ、彼は不審なカバンの受け渡しを強制された。それが、決死の逃亡劇の始まりだった。敵は一体何者なのか。なぜ自分が狙われたのか。陰謀の全貌とは? 敵の攻撃をかわしながら、彼は反撃の機会を伺うのだが・・・。冒頭から全力疾走。一気読み確実の豪速サスペンス~

前作の「ノンストップ!」を読了したのが約七年前。
それから人気に火がつくこともなく、次作を読むこともすっかり忘れていた。
前作でも「まずまず面白い」という趣旨の書評を書いたように記憶してるけど、今回もそれに近い。

事件はいきなり始まる。
目覚めたら隣に首無しの惨殺死体があるという強烈な冒頭シーン。こりゃ映像化は向かんよな・・・
その後はピンチの連続、銃撃戦、美女との偶然の出会いと別れ、親友や戦友との再会・裏切りなどなど、たったの一日間でこれでもかというほど畳み掛けられる。
作者自身、冗長になるのを嫌い、過剰な人物描写や文学性を排除しているとのことで、それがこの疾走感を生み出している要因。
ただ、やはりこれは好みが分かれそう。

ご都合主義や予定調和と感じる方もきっと多いだろう。
私自身もそう感じた側かな。
結局黒幕が誰か、“ヴァンパイア”と呼ばれる謎の殺し屋が誰か、というところに興味はフィーチャーされるのだが、ラストに来てあかされる正体も、「やっぱりね」感からは逃れらなかった。
あと訳のせいかもしれないけど、どうも盛り上げ方が今ひとつ。
まっ楽しめないことはないので、評価としてはこんなものでしょう。

No.1506 6点 ノッキンオン・ロックドドア- 青崎有吾 2019/04/07 21:23
~密室、容疑者全員アリバイ持ち・・・「不可能」犯罪を専門に捜査する巻き毛の男「御殿場倒理」。ダイイングメッセージ、奇妙な遺留品など「不可解」な事件の解明を得意とするスーツの男「片無氷雨」。相棒だけどライバルなふたりが経営する探偵事務所「ノッキンオン・ロックドドア」には今日も珍妙な依頼が舞い込む・・・~
2016年発表の連作短篇集。

①「ノッキンオン・ロックドドア」=確かにパズラーとしては面白いし、自分の志向にも合う表題作。初っ端の一編としては理想的とも言えるんだけど、この「Why」はどうかな? 本人が気付いてないなら「○み○」の意味なくない?
②「髪の短くなった死体」=確かに無理矢理感は強い、っていうか満載だし、偶然の要素が多すぎるところはどうかなって思う。でも、こういう逆転の発想は本格ミステリーにとっては大事な要素だろう。
③「ダイヤルWを廻せ!」=“開かない金庫と殺人事件”。二つの事件を別々に追い始めたふたりの探偵だが・・・やがて二つの事件が交叉してくるのは自明。この金庫の謎はどなたかが書かれてるとおり、ちょっと頂けない気はする。どういう表記だったんだろうね?
④「チープ・トリック」=ここから謎の男・糸切美影が登場。ふたりの探偵VS美影という構図。で、トリックなのだが、確かに「チープ」といえば「チープ」。誰もが思い付きそうな仕掛けなのだが、あまりにチープで誰も使わなかったということなのか? でもこういう発想自体は好き。
⑤「いわゆる一つの雪密室」=えー!っていう真相。まぁ短篇らしい小ネタといえばそうなのだが。ちょっとした思いつきだろうか?
⑥「十円玉が少なすぎる」=ふたりの探偵が完全なるアームチェア・ディテクティブに挑む一編。テーマは「50円玉20枚」ではなく、「10円玉が5枚くらい少ない」謎。確かに今の世の中、コレを使ったことない人多いんだろうけど、10円玉っていうとやっぱりコレっていう発想になるんだな。
⑦「限りなく確実な毒殺」=うーん。こんな衆人環視の状況で殺人のリスクを犯す必然性はよく分からなかったが、設定そのものは面白い。因みにこれは架空の毒物?

以上7編。
作者ってこんなスタイリッシュな作品も書けるんだと感心。
こりゃ絶対映像向きだね。最近ミステリー原作の地上波ドラマが多いし、若手俳優をキャスティングするには絶好ではないか?

長編の裏染天馬シリーズなどと比べると、練りきれてないアラも目立つけど、まぁそこは短篇だしっていう割り切りで読めばいいのではないか。キャラも面白いし、どの作品も一つくらいは光る何かが仕込まれてると思う。
ということで続編も出るんだろうけど、これ以上レベルが落ちるとちょっとツライかな。
(個人的には②>①>④かな。あとは・・・)

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E-BANKERさん
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