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空さん
平均点: 6.12点 書評数: 1490件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.210 6点 ドラゴン殺人事件- S・S・ヴァン・ダイン 2009/09/09 22:05
今回ファイロ・ヴァンスが講釈するのはもちろん世界各国の竜伝説についてで、弘法大師の話等も出てきます。それ以外に南米などの珍しい魚についての薀蓄も披露されますが、これは結局肩すかしでした。
さて、ドラゴン・プールからの人間消失方法それ自体はちゃちなトリックです。しかし、犯人は特に不可能性を演出する意図はなかったにもかかわらずそうしなければならなかった理由が明快ですし、しかも第2の殺人まで起こりながらたった2日半で事件が解決することを考えると、まあいいのではないでしょうか。それより、犯人のうっかりミスのため、逆に小説の半ば近くになって事件が異常な様相を呈してくるあたりが見所で、カーをも思わせるようなホラーっぽい展開です。1933年作ですから、ひょっとしたらこの後輩作家を意識したのかもしれません。
専門知識が利用されるため、ヴァンスより先に真相の見当をつけてしまう事件関係者が複数いるあたりは、あまり感心しませんが、最終的な決着のつけ方も含め、おもしろさはなかなかのものでした。

No.209 5点 死が招く- ポール・アルテ 2009/09/07 20:53
フランスのディクスン・カーと呼ばれ、実際カーの大ファンであることを公言している作家の1988年作品。舞台設定は1920年台後半のイギリスです(時代は第9章で判明)。でも、なぜこの設定?
確かに、密室や殺人のとんでもない不可解な状況、事件全体の構造などカーを思わせるところは多々あります。密室構成のための犯人の行動には無茶なところもありますが、謎のつくりはなかなかよくできています。しかし少なくとも本作に関する限り、小説としての味わいということでは、カーはむろん、解説担当の二階堂黎人(『奇跡島の不思議』しか読んでないのですが)に比べてもかなり見劣りがすると言わざるを得ません。特に怪奇趣味は雰囲気作りができていなければ、幽霊が出てきても無意味です。
ところで真犯人の正体だけは、非常に早い段階で可能性に気づき、第2の事件直前で確信できてしまったのですが…

No.208 8点 刺青殺人事件- 高木彬光 2009/09/04 21:26
現在、本作は1953年に約2倍の長さにまで大幅加筆訂正した版だけでなく、乱歩に送ったというオリジナル版も改めて出版されているそうですが、皆さんはどちらを読まれているのでしょうか。私自身が読んだ加筆訂正版は、次作『能面殺人事件』に比べると作家として円熟味が出てきてからの手直しだけに、小説としての充実度は高くなっていると思います。
やはり高木彬光が最初期に最も影響を受けたのはヴァン・ダインからなのでしょう。『カナリヤ殺人事件』と同じ性格判定が取り入れられています。機械的密室構成方法も原理はヴァン・ダインの別作品そのままですが、戸に鍵穴などのすきまがない状況をどう切り抜けるかのアイディアが光ります。しかし、作中で神津恭介も指摘するとおり、その後のアイディアの方がメインなところが、本書の最大の読みどころでしょう。
近年のミステリではだましの定番になっているあるトリックも、すでに使われています。

No.207 8点 リコ兄弟- ジョルジュ・シムノン 2009/09/01 19:52
メグレ以外のシムノン作品中、初めて読んだのが本作です。この人、こんな小説も書いていたのかと驚いたことを覚えています。
いや、作者の純文学系作品をかなり読んだ現在でも、代表作の一つと言われる本作を改めて読み返してみると、やはりかなり珍しいタイプではないかと思います。シムノンがアメリカに住んでいた時期の作品で、小説の舞台もアメリカ。ギャングの世界の中で肉親を裏切らなければならなくなった男の話です。そのような背景の中で行方をくらました弟を探し出そうとする兄といえば、失踪に始まるハード・ボイルドを思わせるでしょう。
しかし、書き方はいかにもシムノン。主人公エディーの行動と内面描写を巧みに配して、子供のころの記憶から現在の状況までが読者に的確に伝わるよう描いていきます。辛いラストはずっしりと重みを感じさせてくれます。

No.206 6点 孤独の島- エラリイ・クイーン 2009/08/30 10:43
デビュー40周年記念と巻頭に記された本作は、クイーンの全作(ダネイ、リーが少なくともプロットを考えた作品に限る)の中でも、とびっきりの異色作です。エラリーが登場しないだけでなく、全然本格派でないのですから。映画『俺たちに明日はない』やボガード主演の『マルタの鷹』への言及がされていますが、小説のタイプ自体がそれらの映画をも思わせるハードボイルド的な感じのするサスペンスものです。
型通りの強盗殺人を犯した3人組。しかし死体がすぐに発見されてしまったことから、事件は意外な方向に転がっていきます。とは言え、隠れ家を見つけたり「犯人」を指摘するあたりにはクイーンらしい推理も多少見られますし、邦題の「孤独の島」というテーマもどことなくこの作者らしいところが感じられます。クイーン=論理的謎解きと決めつけて読みさえしなければ、緊迫感も最後まで持続し、楽しめると思います。

No.205 7点 退職刑事1- 都筑道夫 2009/08/27 20:20
作者自身がマンネリであることを十分自覚して、安楽椅子探偵(実際には和室でこたつにあたってたりしますが)のパターンの中でさまざまな謎の提出と推理を披露してくれる連作短編集の第1集です。
『ジャケット背広スーツ』は作者自身が実際に目撃した出来事からどんなことが推理できるかということで、推理が完結しないうちにとりあえず書き始めて、何とかまとめてしまったものだそうです。推理を少しずつ積み重ねていくところは、ケメルマンの名作『九マイルは遠すぎる』をも思わせるようなところもあります(さすがにそれほど込み入ってはいませんが)。
これも実際の事件をモデルに鮮やかな解決をつけた『写真うつりのよい女』もよくできています。中には設定が無理やりだなあと思える作品もありますが、トリックよりロジック中心の7編、なかなか楽しめます。

No.204 6点 死との約束- アガサ・クリスティー 2009/08/24 16:15
前作『ナイルに死す』に引き続きポアロがオリエント世界を旅行中に事件に遭遇する作品の一つです。ポアロの他にもフランス人の精神科の権威まで登場し、事件発生前から被害者とその家族についての心理分析が繰り広げられます。ただ、殺され役の専制的な意地悪婆さんの性格設定は、少々戯画化されているように思えます。
家族の者たち(つまり容疑者たち)の証言のどこまでが本当なのか、この見極めがなかなか難しく、事件を錯綜させてくれます。開巻1行目の台詞をはじめ、クリスティーらしいミスディレクションがたっぷり詰め込まれていますし、犯人の殺人トリックも単純ですが悪くありません。
作品評価とは関係ありませんが、途中言及される『オリエント急行』でポアロが真犯人の罪を不問にしたことを、赤の他人が知っていてはいけませんね。

No.203 6点 A型の女- マイクル・Z・リューイン 2009/08/22 16:30
リューイン初読ですが、これって「ネオ」という言葉はついているにせよハードボイルドなんですか?
私立探偵の一人称による語りという、たぶんハメットによって創始された形式は確かに守られています。その主人公が少々臆病であっても、それはかまわないと思うのです。しかし…
「ちょっとがっかりした」「憂鬱になってきた」「好奇心がわいてきた」「少しショックだった」等々。もちろん「考えた」「思った」といった言葉もひんぱんに現れるのです。ハードボイルドって、そのような思いや感情を直接的に書くことを意識的に排除するものではなかったでしょうか。
私立探偵小説としては、15歳の少女からの依頼という意外性もあり、全体的に地味なわりにおもしろく読んでいけたのですが、最後の犯人の行動に至る経緯はちょっと急激すぎ乱暴すぎという感じがしました。

No.202 7点 気まぐれ指数- 星新一 2009/08/19 19:44
言わずと知れたショートショートの神様の数少ない長編の一つは、SFでもファンタジーでもなく、純然たるユーモアミステリです。
星新一らしいすっとぼけた会話は、現実味がないなどと文句をつけるものではありません。冒頭の珍奇な種々のびっくり箱は本当にあれば欲しくなります。仏像を盗んだ犯人側と被害者・探偵側がそれぞれ策を巡らせた結果次々に起こる意外な展開がまた軽妙で、探偵=犯人、双子などの古典的トリックもパロディー的に軽くあしらわれています。
ショートショートの代表作『ボッコちゃん』のようにシニカルなブラック・ユーモアも多い作者ですが、本作は、主な登場人物には犯人役も含め悪人がいないという、ほのぼのした後味がある秀作です。

No.201 7点 メグレと殺人者たち- ジョルジュ・シムノン 2009/08/17 22:14
パリ警視庁(司法警察と訳されることもあります)のメグレ警視が、国家警察総局の同僚と協力して、無軌道な犯罪者グループを追いつめていく話です。フランスの2つの警察組織については、小説を読んだだけでもなんとなくわかるようには書かれていますが、訳者あとがきにくわしく説明されています(少なくとも河出のポケットブック版では)。
謎の人物からの数回の電話に始まり、国家警察総局が扱っていた重大事件へとつながっていく本作は、このシリーズ中でも特にサスペンス豊かで派手な展開で、おもしろく読ませてくれます。メグレが新聞を利用してオフィスではなく自宅に重要な証人を呼ぶというシーンもあったりする等、いろいろな意味でメグレものの中でも意外な感じのする作品です。

No.200 9点 長いお別れ- レイモンド・チャンドラー 2009/08/11 13:59
久々の再読は、村上春樹による新訳『ロング・グッドバイ』です。今回の翻訳は原文に忠実な完訳だそうで、確かに清水氏訳と比べると少し量が増えています。例によって、ストーリーはさっぱり覚えていませんでしたが。
ミステリとして論理的に考察すれば、本作にも相当大きな疑問点があります。シルヴィア殺し時の関係者たちの具体的行動が結局不明確なままなのは、通常では考えられないことですし、ウェイドの死ではボートの偶然性についての説明も不足です。しかし、そういった考察が重箱の隅をつつくあらさがしにしか思えないのが、チャンドラーならではといったところです。
やはりハードボイルドというより少なくともチャンドラーが文章、雰囲気を味わう文学であるのは間違いないでしょう。ジンとローズ社のライム・ジュースを半分ずつ混ぜ合わせた本当のギムレットをゆっくり味わうように…
『罪と罰』がそうであるように、本作もまたミステリとしても読める純文学と考えた方がいいような気がします。

No.199 8点 眼の壁- 松本清張 2009/08/09 10:38
手形詐欺事件から始まり、突発的殺人、誘拐へと次々発展していく展開がテンポよく、おもしろく読ませてくれます。
犯人が右翼のボスを中心とした組織であることは、すでに序盤で推測されます。しかしはっきりしたことがわからないまま、事件は積み重なっていきます。愛知県、長野県を中心舞台にして、探偵役の設定も含め、非常にリアリティーを感じさせるプロットです。最大のトリックが死体処理の方法であるというのも、凝った偽アリバイ等より自然な感じがします。ラストは書き方によっては江戸川乱歩風にもなりそうな残酷さですが。
書かれた当時のミステリ界の状況では、このような話の進め方は、並行して連載されていた『点と線』より画期的な作品だったのではないかと思えます。

No.198 8点 寒い国から帰ってきたスパイ- ジョン・ル・カレ 2009/08/07 20:46
冷戦時代の象徴だったベルリンの壁が崩壊して東西ドイツの統一化が始まってから、今年11月でちょうど20年になりますが、それよりさらに20年以上も前に書かれた本作では、その壁がラスト・シーンで非常に効果的に使われていて衝撃的かつ感動的です。
ル・カレの他の作品でも登場するジョージ・スマイリーが今回は完全に裏方に回って、プロットを支えています。政治的思想的な問題を「人間」の側から考えるテーマ性をもったシリアス・スパイ小説の傑作というだけでなく、知的なサスペンスを充分に備えたミステリでもあります。

No.197 4点 アメリカ銃の秘密- エラリイ・クイーン 2009/08/05 21:59
犯人の正体は意外でした。クイーンは以前にも同じような手を使っているのですが、それでもこのヴァリエーションには気づきませんでした。
ただし、問題はなぜ気づかなかったかというところで、現実にはあり得ないことが前提になっているのです。アクション映画や音楽映画などでよく使われるある映画技法がキー・ワードです。この技法はミステリ・ファンにはたぶんおなじみの古典名画『スティング』の中の鮮やかなシーンでも利用されています。そのシーンがどう撮影されているかをDVDででも確認し、その技法が使われた理由を考えれば、クイーンの設定がいかにあり得ないものか理解できるでしょう。さらに状況からすれば、周りにいる人々に気づかれないように発砲できるとはとうてい思えないのも問題です。
また、動機があいまいなままであるのも気になりました。

No.196 7点 終りなき夜に生れつく- アガサ・クリスティー 2009/08/03 22:19
いわゆる「本格派」ではありません。なにしろ事件が起こるのは7割ぐらい話が進んでからで、それまでは微妙に不安を感じさせるところがあるとはいえ、恋愛から結婚が描かれる普通の小説なのです。『春にして君を離れ』の後にでも前知識なしで読み始めれば、これもまたクリスティーの非ミステリかと勘違いしそうなくらいです。
クリスティー自身が以前に書いた作品と同じアイディアを利用しているということがよく指摘される作品です。しかしそれを言うなら、有名な『ナイルに死す』だってよく似た意外な犯人のパターンは初期作品にありますし、さらに犯人の企みは…
むしろ、同じアイディアを使いながらも、以前の作品とは小説のタイプが全く違っている点こそ強調されるべきではないでしょうか。

No.195 7点 ヨギ ガンジーの妖術- 泡坂妻夫 2009/08/01 20:38
指摘している人は多いと思いますが、不動丸の元ネタはフランボウ(ブラウン神父シリーズの)ですね。では美保子は?
最初の『王の恵み』からして、いかにもチェスタトン風なロジックです。『隼の贄』で不動丸が考えたトリックは秀逸で、実際にこれで予言マジック(遠隔殺人ではなく!)ができそうです。『ヨギ ガンジーの予言』はマジックの有名な原理を利用していますが、本当に信じる人がいるのかな、と思えます。しかし、中でも特に印象に残るのは、犯罪がからんでいるわけではない『釈尊と悪魔』です。この作者らしく逆説的なホワイダニットと人情話を融合して、きれいなオチでした。

No.194 7点 ブラウン神父の秘密- G・K・チェスタトン 2009/07/30 19:56
確かにトリックは以前の作品の焼き直しが多い感じはしますが、『大法律家の鏡』については、同じアイディアを利用した『~知恵』の中の作品よりも勘違いした原因が納得できる傑作だと思います。ブラウン神父の反対弁論の論拠には笑わせられました。
『顎ひげの二つある男』のムーンシャイン、『俳優とアリバイ』のマンドヴィル夫人、『ヴォードリーの失踪』のアーサー卿等、意外な人物像を明らかにしていく語り口もさすがです。『メルーの赤い月』『マーン城の喪主』の宗教テーマも重いものがあります。
ただ、プロローグで語られるブラウン神父の推理方法については、収録作を読んでみると必ずしもあてはまらないように思えました。この犯人への同化ならば、メグレ警視の方がぴったりくるでしょう。
エピローグ『フランボウの秘密』のラストがなかなかいい味を出しています。

No.193 5点 空のオベリスト- C・デイリー・キング 2009/07/28 09:52
エピローグを最初に持ってくるという意表をつく構成は、特に必要なかったのではないかと思いながら読み進んでいったのですが。なるほど、プロローグを最後に入れるための伏線だったんですね。
ただしそのプロローグ、問題ありです。ネタバレになるので詳しくは書けませんが、「なぜ」の部分で論理的に完全に破綻しています。これではせっかくのロード警部の整合性ある推理も無意味になってしまいます。
それより本作で一番面白いのは、どう考えてもロード警部が犯人としか思えない状況への決着のつけ方です。これにはだまされました。
なお、手がかり索引がついていることでも有名な作品ですが、巻末解説の注釈53(p.325)は、英語原文がどうなっているかを考えると(実際はどうか知りませんが)決定的とは限らないと思います。だからこそ手がかり索引には載っていないのではないでしょうか。

No.192 4点 致死海流- 森村誠一 2009/07/26 11:11
作者自身のあとがきによれば、5年ぶりに書き下ろした本格派推理小説だそうで、期待もしたのですが…
密室トリックの原理には前例がありますし、もっと単純な方法をなぜ使わなかったのかという疑問に対する答にあまり説得力がありません。また、殺害後に合鍵を部屋に戻した(機械的あるいは心理的方法で)可能性を否定する根拠がはっきり示されないのも、説得力を弱めています。ただし、証拠となる指紋には感心しました。
アリバイ・トリックもアイディア自体はいいと思うのですが、それを崩していく過程に面白味がなく、もう一つの事件とのからみも、すっきりできないのです。
途中にはさまれるフラッシュ・バックの章も効果的とは思えず、少々がっかりな出来でした。

No.191 7点 あなたに似た人- ロアルド・ダール 2009/07/24 20:58
最もミステリらしいのといえば、やはり『おとなしい凶器』ですが、この作品も凶器消失の謎を論理的に解き明かすというものではありません。松本清張にも似たトリックを使った短編がありますが、清張作品の方が謎解きの興味が強く出ています。
全体を通して見れば、『味』『南から来た男』『海の中へ』等の途方もない賭けのゆくえなど、奇妙な味とよく言われるのももっともな、気持ちの悪いブラック・ユーモアがたっぷりつまった短編集です。中には『お願い』なんていうブラッドベリあたりをも思わせる不思議な感じの小品もあり、こっちの傾向が後の『チョコレート工場の秘密』等にもつながっていくのでしょうか。

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空さん
ひとこと
ハンドルネームの読みはとりあえず「くう」です。
好きな作家
E・クイーン、G・シムノン
採点傾向
平均点: 6.12点   採点数: 1490件
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