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空さん
平均点: 6.12点 書評数: 1505件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.10 7点 帽子屋の幻影- ジョルジュ・シムノン 2009/07/18 17:57
短編『しがない仕立て屋と帽子商』を長編化した作品です。
メグレものはどうか知りませんが、純文学系の作品については、あらかじめ決めておくのは登場人物や舞台等の設定と最初に起こるできごとのみで、後の展開は筆まかせということが多いらしいシムノンにしては、このように最初から構成がある程度決まっているのは珍しいことです。
とは言っても、元の短編が仕立て屋の視点から書かれたミッシング・リンクの謎解きミステリであったのに対して、本作は犯人である帽子屋の視点からの話になっています。冷静な連続殺人犯であった彼が、仕立て屋に疑惑をいだかれたあたりから、しだいに精神的なバランスを失っていく様子がじっくり描きこまれていて、緊迫感充分です。
ただし秘田氏の翻訳は、古いというだけでなく妙な癖があって、閉口しました。たとえば、絞殺凶器のチェロの弦をフランス語風に「ヴィオロンセロの糸」と訳すとは!

No.9 7点 アルザスの宿- ジョルジュ・シムノン 2009/06/09 21:31
「アルザスの宿」という名前の宿に半年も滞在している謎の紳士セルジュ氏の正体は?
初期10年間に書きまくったらしい通俗小説(すべて未訳)を除くと、シムノンが初めてメグレものから離れた長編ですが、この風光明媚な田舎で繰り広げられる話は、メグレもの以上にサスペンス・ミステリ的と言えるのではないでしょうか。盗まれた大金の謎と推理もありますし、セルジュ氏とパリから出張してきたラベ警視との対決は、ルパン対ガニマールを思わせる感じさえあります。
と言っても、やはりそこはシムノン。最後セルジュ氏に自分の過去と現在を語らせるところは、簡潔な文章で的確にこの主人公の苦い心情を描き出して見事です。

No.8 8点 - ジョルジュ・シムノン 2009/05/20 21:05
まあサスペンスがあるといえば言えるのですが、殺されるのは猫とオウムで、しかも主たるサスペンスは動物殺しではありません。創元推理文庫から出ているので、ここに評も書いてますが、やはりミステリとは呼びたくありません。しかし、小説としてなら本当に読んでよかったと思える傑作です。
シムノン64歳の時の作品です。65歳と63歳で再婚した老夫婦の話ですから、作中で言及される老いの自覚は、作者自身感じていたのではないでしょうか。
夫のエミール・ブワンが73歳の時から作品は始まり、その後、再婚当時や猫・オウム殺し、さらに以前の妻との生活など過去の話になってきます。後半になってブワンが家出をするあたり(これも冒頭場面以前の出来事)からは、もう完全に作者の術中にはまってしまい、最終章では感動させられます。

No.7 7点 メグレ警部と国境の町- ジョルジュ・シムノン 2009/05/06 15:25
原題(「フランドル人の家で」)とは全く異なるこの創元の邦題はありきたりなようでいて、本書の味をうまく出していると思います。ちなみに「警部」となっているのは、フランス語のCommissaireをどう訳すかという問題です。
メグレはベルギーとの国境の町ジヴェで私人として事件を捜査します。冬の日駅に降り立つとすぐ、氾濫したムーズ河の濁流を目にするところからして、もういかにもシムノンらしい雰囲気です。国境の町でフランドル人とフランス人の間にある反目は、描きこめばいやらしい緊迫感が出るでしょう。しかし民族的な一般論はさらりと流し、むしろ容疑者のフランドル人ペーターズ一家と被害者ジェルメーヌの家族の一人ひとりに焦点をあてていくのは、まさにシムノン流小説作法です。
イプセンの「ソルヴェイグの歌」が引用されていますが、グリーグが作曲した同名の叙情的な曲は、静かなクライマックスでのメグレと犯人との会話部分のBGMとしては最適な気がします。

No.6 6点 ダンケルクの悲劇- ジョルジュ・シムノン 2009/04/23 21:34
匿名探偵のG7という変名は、先進7か国の会議とは何の関係もなく、第1作で出てくるタクシーから採っています。『13の秘密』と同様、ほとんどショート・ショートといってよい短い作品の連作で(原題を直訳すれば「13の謎」)、かなり謎解きを中心とした短編集です。謎解きと言ってもシムノンですから奇抜なトリックを弄したものではありませんが、消えたけが人、溺死体の盗難、不可解な容疑者などの奇妙な事件をいずれもきれいにまとめてくれています。
なお、第3作の『引越の神様』という邦題は何のことかわかりませんが、要するにポルターガイスト(引越:移動、神様:霊)のことです。

No.5 8点 下宿人- ジョルジュ・シムノン 2009/03/31 23:00
殺人者の視点から描かれた、シムノンらしい心理小説です。
殺人動機が、被害者の持つ大金を盗むためであるにもかかわらず、通常のミステリのような冷静さ・計算高さを主役は持っていません。なぜ彼は被害者を不必要に何度も殴打し続けたのか? この問いには犯人自身はっきり答えることはできないでしょう。カミュの『異邦人』の殺人理由が、太陽がまぶしかったからだというのと同じような感覚があります。ただし、本作は『異邦人』より8年も前に書かれていますが。
愛人の母親が営む下宿屋に転がり込んだ彼と、女主人や他の下宿人たち等との奇妙にねじれていく関係が、不条理感を出していて、ラストの海辺のシーンも印象に残ります。

No.4 8点 紺碧海岸のメグレ- ジョルジュ・シムノン 2009/02/16 22:25
偽善性や息苦しさに満ちたセレブな生活からの逃避という主題を、シムノンは純文学系の作品の中でも何度か取り入れていますが、この作品では二重生活を送っていた男の死という形で描かれています。
陽気でまぶしい南仏のしゃれた住宅地で起こった殺人事件。この優雅な雰囲気と、被害者の二重生活のもう一方、暗く薄汚れた「自由酒場」との強烈な対比が、感動を深めます。
文豪アンドレ・ジイドも『サン・フォリアン寺院の首吊り人』と並べて好きなメグレものとして挙げていたという本作の翻訳がたぶん60年以上もほとんど入手不可能なままというのは、残念なことです。長島良三さん、新訳お願いしますよ。

2015/03/23 追記
以上は、原書を読んで書いたものだったのですが、シムノン翻訳の第一人者長島さんが亡くなってからわずか1年ちょっとで新訳が出版されたのには、驚きました。その長島さんは原文の持ち味を重視する翻訳者でしたが、新訳の佐藤絵里さんは、原文と比較してみると、むしろ日本語らしさを心掛けているようで、たとえば過去形の原文を現在形にしているところもかなりありました。

No.3 7点 ベルの死- ジョルジュ・シムノン 2009/01/17 21:50
早川ポケットミステリで初出版された当時、読者から怒りの手紙が何通も届いたそうです。理由は、冒頭で起こった殺人事件の真犯人が最後まで全く不明なままだからで、実は解説には、普通の意味の推理小説ではないことがちゃっかり書かれているのです。
その解説に先に目を通した後、じっくり読めば、この小説の終わり方はなかなかすごいと思えるのですが、小説(純文学)としての満足度は高くても、ミステリのシリーズから出すべき作品であったかどうかはまた別問題でしょう。

No.2 6点 港の酒場で- ジョルジュ・シムノン 2009/01/08 21:34
シムノンの描く世界は、雨や霧、運河や海など、水が関係することが特に1930年代には多いのですが、今回の舞台は港町です。原題を直訳すれば「ニューファウンドランドでの出会い」ですが、これは酒場の名前で、メグレ警視は開幕早々、そこで酔って大騒ぎしている船乗りたちから事情聴取をすることになります。
メグレ式捜査法は、事件関係者たちの立場になりきることによって、事件がどのように起こったのかを理解するというのが基本ですが、その方法が最もわかりやすい形ではっきり描かれている作品ではないでしょうか。被害者と第一容疑者、それに第一容疑者の婚約者に焦点が当てられているため、真犯人の影が薄くなっているのが、なんとなく不満な気もしますが、まあそれは作者も承知の上なのでしょう。

No.1 8点 サン・フォリアン寺院の首吊人- ジョルジュ・シムノン 2008/12/24 21:46
メグレ警視シリーズ中、最初に読んだ作品であり、今なお最も好きな作品でもあります。
シムノンは自分の作風を印象派になぞらえたことがあったはずですが、国境の小さな駅や夜の街角の情景は、まさにルノワールなどの絵のタッチを思わせる雰囲気があります。
メグレの執拗な捜査に追い詰められた男たちがついに過去の事件の告白を始めるところから、静かな感動がじわじわ広がっていきます。ラスト、立ち去って行くメグレの後姿も印象に残ります。

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空さん
ひとこと
ハンドルネームの読みはとりあえず「くう」です。
好きな作家
E・クイーン、G・シムノン
採点傾向
平均点: 6.12点   採点数: 1505件
採点の多い作家(TOP10)
ジョルジュ・シムノン(110)
アガサ・クリスティー(65)
エラリイ・クイーン(53)
松本清張(32)
ジョン・ディクスン・カー(31)
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