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空さん
平均点: 6.12点 書評数: 1505件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.70 6点 メグレと妻を寝とられた男- ジョルジュ・シムノン 2012/03/13 23:04
原題直訳は第1章の中でもその言葉が出てくる「メグレと土曜の客」ですが、河出書房では同シリーズですでに『メグレと火曜の朝の訪問者』(原題直訳「メグレの不安」)が出ていたので、あまりに似たタイトルを避けたのでしょうか。
土曜日に何度も司法警察に来ていながら、メグレに会わずに立ち去ってしまっていた男が、ついにメグレの自宅を訪問してきて、「女房を殺したいんです…」と告げるという奇妙な発端を持つ作品です。メグレについては「運命の修繕人」という言葉も使われますが、そのような人としてのメグレに対する相談、告解とでも言いましょうか。
その後に起こる事件そのものは、いったい何が起こったのかはっきりしないままという、不安定な感じを抱かせます。結局のところ真相はミステリ的に言えばどうということはないのですが、この土曜の客の悲哀をじっくり描きこむということでは、うまく構成された作品だと思いました。

No.69 6点 メグレと善良な人たち- ジョルジュ・シムノン 2012/02/26 11:30
原題の意味も邦題と同じで、まさに善良そのものといった感じの家族の中で起こった殺人が扱われています。強盗などでない個人的な殺人がこんな家族の中で起こるとは考えられないと、誰もが口にする事件で、どこから手をつけたらいいのか戸惑うような状況に、メグレは善良な人たちに対してほとんど恨みを感じそうになるぐらいです。
それでも殺人後の犯人の行動が判明し、さらに地道な聞き込み捜査を続けるうちに浮上してくる家族の抱えるある秘密が明らかになった時、事件は一気に収束していきます。メグレものの中でも短めな作品ではあるにしても、そのあまりのあっけなさには不満を感じる人も当然いると思います。しかしシムノンの手にかかると、『メグレと老外交官の死』のようなひねりのある結末よりも個人的にはむしろ好感が持ててしまえるのですから、妙なものです。

No.68 5点 メグレと老外交官の死- ジョルジュ・シムノン 2012/02/06 21:11
WEB上で読めるあらすじには、ミステリのタブーに挑戦したとなっていますし、訳者あとがきではさらに詳しく、カー、クリスティー、クイーンを引き合いに出して、彼等に対する異議申し立てであるかのように書かれています。しかし実際には、クリスティーやクイーンにも同じアイディアを使った作品はあり(クイーンの場合さらに一ひねりしています)、その意味ではタブーでも何でもありません。むしろ、最後に明かされる動機が少々安易ではないかと思えるところ、作者が作者だけに不満です。事件を複雑化することになる別の人のある行動理由については、納得できたのですが。
原題の意味は「メグレと老人たち」で、実際タイトルの老外交官を始め登場人物はほとんど老人ばかりです。それも作中で18世紀的とまで形容されるほど古めかしい威厳を備えた上流階級の人たちで、メグレが困惑しているところが楽しめるとは言えます。

No.67 7点 ゲー・ムーランの踊子/三文酒場- ジョルジュ・シムノン 2012/01/18 22:12
カバー・タイトルは『ゲー・ムーランの踊子 他』となっているのですが、中表紙や奥付では収録2長編が併記されていて、Amazonでもそうなっているので、本サイトへの登録タイトルもそれに従いました。
『ゲー・ムーランの踊子』はシムノンの生地、ベルギーのリエージュが舞台。前半は16歳の不良になりかけた少年の視点が中心です。その間メグレの視点が全く出てこないという点が非常に珍しい作品で、メグレものだと知らずに読めば、半ばでメグレが登場するシーンでは驚かされそうな構成になっています。その後も殺人事件の犯人はなかなかわからない展開で、最初に読んだ時はパズラー的な点がかえって不満だったのですが、読み返してみるとおもしろくできています。
『三文酒場』はそれに比べるとかなり地味な作品です。死刑囚から、「三文酒場」で6年前の殺人事件の犯人と出会ったことを聞いたメグレが、偶然帽子屋でその「三文酒場」という言葉を耳にしたことから、事件は始まります。最後に明かされる犯人の灰色の絶望には、感動させられました。個人的には、一般的評価の高い『~踊子』よりこっちの方が好きですね。

No.66 6点 メグレ警視のクリスマス- ジョルジュ・シムノン 2011/12/23 20:26
表題作の他に『メグレと溺死人の宿』『メグレのパイプ』を収録した中短編集です。
表題作は、メグレの住居の向かいにあるアパートで12月24日夜に起こった事件を扱っています。訳者あとがきでは、クイーンによるクリスマス・ストーリーに必要な条件を引用し、子ども登場要件をクリアしていると書いていますが、サンタクロースに変装した侵入者に会う女の子があまり印象に残らないのが、ちょっと不満です。
『メグレと溺死人の宿』はメグレが地方に別件で出張した際に出くわした事件。訳者あとがきで言うほど本格派寄りとは思えませんが、まあまあ楽しめました。
『メグレのパイプ』はシムノン自身が好きな作品だそうで、確かに3編の中では最もいいと思いました。メグレの一番お気に入りのパイプが自室から盗まれてしまったことが、本筋の事件に絡んできて、「もし君が私のパイプをくすねなかったら」という展開になるところが、おもしろくできています。

No.65 5点 重罪裁判所のメグレ- ジョルジュ・シムノン 2011/12/07 20:42
前作『メグレの打明け話』では裁判で人を裁くということがテーマにされていましたが、本作でもその問題が再度取り上げられ、裁判になると、事件関係者はもう現実に生きている人間ではなくなり、「非人格化された世界」「不変の典礼による儀式」になってしまうことが述べられています。
と言っても、今回の事件の中心は判決確定後。裁判所のシーンは冒頭に置かれていて、メグレによる事件の最新情報証言により、被告人は結局証拠不十分で無罪になるのです。家に帰った被告人とその妻を、メグレは監視尾行させます。その結果がどうなるかということなのですが、結末はちょっともの足らない感じです。もちろん意外性を求めるような作品ではないわけですが、それでも哀しみがもうちょっと盛り上がるようにできなかったかな、という気がしました。
なお、本作ではメグレも定年が2年後に迫ったという設定ですが、シリーズはまだまだ10年以上続きます。

No.64 6点 メグレの打明け話- ジョルジュ・シムノン 2011/11/24 21:04
訳者あとがきにも書かれていますが、メグレもの長編の中でも珍しくリドル・ストーリー仕立てにした作品です。どちらかというと一方の解釈に傾いているような終り方ではありますが、結局はあいまいにしています。こういうパターンは同じシリーズで何度も繰り返すものではないでしょうが、作家としては1回ぐらいはやってみたいと思うのかもしれません。
裁判によって人を裁く場合に不可避の問題提起は、裁かれる者の視点から書かれた『青の寝室』等にも見られますが、本作はいわば裁きの中間地点にいる警視の立場から捉えられたリドル・ストーリーにすることで、そのテーマを効果的に描けていると思います。
タイトルどおり「打明け話」ということで、過去に手がけて不本意なまま終っていた事件について、メグレが友人の医師に語る構成になっているのも、異色と言えるでしょう。前作『メグレと口の固い証人たち』ではすでに引退していたコメリオ判事が在職中の時期設定です。

No.63 5点 メグレと口の固い証人たち- ジョルジュ・シムノン 2011/11/04 20:51
証人たちは、原題を直訳すれば口が堅いというより反抗的ということなのですが、内容的にも本当にそうです。館の中で死体が発見され、初期捜査での聞き込みにあたってさえ、弁護士を呼ぶという家族たち。老女中も妙にメグレに対して攻撃的です。
一方、若い予審判事はやたらに事件捜査の指揮をとりたがって、最後の方では夢にまで見るほどメグレをわずらわせます。前作『メグレと火曜の朝の訪問者』ではメグレにあまりにあっさり事件を片付けられてしまって少々不満だったコメリオ判事も、本作ではもう引退してしまっているという設定です。
本当ならば時代の要求に応じられず、もっと前につぶれていたはずの老舗ビスケット工場をなんとかそれまで存続させていたのは何か、そしてその存続が危機に瀕した時に一家に何が起こったか、というところが本作のテーマです。最後の尋問場面(直接的には予審判事による)ではその家族全員の身勝手さと不安の主題を盛り上げてくれました。

No.62 6点 メグレと火曜の朝の訪問者- ジョルジュ・シムノン 2011/10/19 21:23
火曜日の朝メグレを訪ねてきた男は、妻に殺されそうだと告げます。しかしこの訪問者、本当に正常なのか疑問があるのです。
事件が起こってからの捜査の話ではなく、事件が起こる前に関係者たちについて捜査を進めるということで、メグレも慎重な対応を迫られます。最終的にはその男の家で事件が起こることになるのですが、どんな事件になるのかが見どころと言えるでしょう。意外に謎解き的興味がある作品です。で、事件が発生してしまうと、そこから解決まではあっという間。コメリオ判事が事件現場に行っている間にメグレは関係者の尋問を済ませ、逮捕にまで至ってしまいます。
メグレは訪問者の妻に対して不快感を示していますが、個人的にはそれほどいやな人物とも思えません。この人物関係では、結局こうならざるを得なかったかなあと、とりあえず納得できる結末でした。
ミステリと関係ない部分では、メグレ夫人の体調を警視が気に掛けるところがちょっとした味付けになっています。

No.61 5点 メグレとかわいい伯爵夫人- ジョルジュ・シムノン 2011/10/02 15:28
訳者あとがきの最初に、原題直訳は「メグレ旅をする」であって、実際にメグレが重要証人を追って飛行機で飛び回ることが説明されています。だったら、邦題もそのままでよかったのにと思ってしまいました。
そのメグレが追う重要証人が、「かわいい伯爵夫人」なわけです。しかし話の中心はこの伯爵夫人をめぐるものではありません。最後はメグレが殺人のあったパリの高級ホテルの中をうろつき回って、犯人が誰か知ることになります。単に富豪というだけでない上流階級の人々の世界に居心地の悪い思いをするメグレの心境も、ミステリとしての全体構成の中にうまくはまっていると思います。ただし、小品であることを考慮しても、なんとなく物足らない感じがしてしまう結末なのも確かです。
ところで、メグレがニースからジュネーヴに一番早く行く方法について、まずローマに飛んで乗り換えればいいというアドバイスを受けるところには、これは日本のアリバイ崩しミステリの常套手段じゃないか、と思ってしまいました。

No.60 6点 メグレ推理を楽しむ- ジョルジュ・シムノン 2011/09/17 09:16
メグレだけでなく、読者にもなかなか楽しい思いをさせてくれる(渋い味わいとかではなく)作品です。
バカンスと言えば、現住所から離れたどこかへ出かけていくもの、という常識を覆して、地方へ行ったふりをして、誰にも知らせずパリでバカンスを過ごすメグレ夫妻という設定がまず愉快です。メグレの他、最古参刑事のリュカも休暇中のため、初めて難事件捜査の指揮をとることになったジャンヴィエ刑事。この人『男の首』等初期には新米だったのですが、いつのまにかベテランになってしまいました。
医師の診察室で発見された全裸の医師夫人の死体、犯人は容疑者二人のうちどちらか、というのが問題です。メグレは新聞記事を毎日丹念に読んで、推理を楽しみます。最後は夜、メグレの部屋の窓の中でジャンヴィエたちが容疑者を追い詰める尋問をしているのを、メグレは近くの酒場から眺めていて、あるメモを届けさせるのです。
ただ、現場や関係者が直接描かれていないため、多少不鮮明に感じられるところはありました。

No.59 7点 Le suspect- ジョルジュ・シムノン 2011/09/01 20:55
タイトルはもちろん「容疑者」の意味。
何の容疑者かというと、なんと爆弾テロなのです。フランスにいられなくなって、ブリュッセルに住んでいる理論的アナーキストのシャヴが主人公です。ある日旧知の「男爵」が職場を訪ねてきて、パリ近くの工場での爆弾テロが計画されていることを彼に知らせます。実行は、シャヴがかわいがっていたロベールらしいということ。
テロ行為には反対のシャヴはその計画を中止させるため、仕事を放りだして、即刻自転車で国境を越え、パリに向かいます。しかし、テロ計画をかぎつけ、「男爵」を尾行していた警察は、シャヴをテロ実行の容疑者として手配するのです。一方でパリに住むシャヴの昔の仲間たちは、シャヴが警察へ密告した裏切者だと考えていました…
というわけで、普通に考えればなんともシムノンとは縁遠いアクション・スリラーっぽいプロットです。それにもかかわらず、読んでみるとこれがシムノン作品以外の何物でもないという心理描写で綴られたエンタテインメントになっています。

No.58 4点 メグレの失態- ジョルジュ・シムノン 2011/08/17 14:32
邦題の「失態」については、短い最終章に、「司法警察局の二重の失態」という新聞記事のことが書かれているのですが、そんな記事見出しは性急過ぎるように思います。「二重」とは、本作ではメインの殺人事件と並行して、パリ・ツアー中に失踪したイギリス夫人の事件も語られるからです。原題では"Un echec"と単数形ですが、これはやはり殺人事件の方の失敗でしょう。ただし、メグレが犯人指摘に失敗するわけではありません。
メグレが子どもの頃の知人から、命を狙う脅迫状が何通か届いているという依頼を受け、翌朝から刑事を護衛につけようとしていた矢先、夜のうちに銃殺されてしまった事件です。この被害者がいやな人物なので、メグレも護衛にそれほど気が進まなかったため、殺される結果的になったのではないか、失敗だったかな、と自問する場面もあります。
本作のテーマは被害者と彼を取り巻く人々の重苦しい生活でしょうが、主副2事件の小説テーマ的関連性があまり感じられず、いまひとつといったところでした。

No.57 7点 青の寝室 激情に憑かれた愛人たち- ジョルジュ・シムノン 2011/08/01 20:46
シムノンは「私の小説の筋はひどくお粗末なこともある」と自分で言ったこともあるくらいで、純文学系作品のプロットは単純ストレートなことが多いのですが、本作は珍しく技巧派ミステリ的な構造をもっています。もちろん純文学系作品ですから、主人公トニーの行動や心情がじっくり描かれていて、むしろそこが読みどころではあるのですが。
冒頭から、トニーが逮捕され尋問を受けることは読者に知らされます。しかし何の罪で? この疑問に対する答が明らかになるのは、終盤になってからです。それまでは罪状を隠したまま、主として予審判事による尋問が描かれていくのです。誰が殺したのかはフーダニット、どうやってはハウダニット、ではこんなタイプは何と呼べばいいのでしょう。
ただ残念なことに、本書カバーやWEB等に書かれているあらすじ・作品内容は、その謎に対する答の重要部分をばらしてしまっているのです。ネタバレしているからといって読む価値が半減するような作品では決してないのですが、それでも。

No.56 6点 メグレと無愛想な刑事- ジョルジュ・シムノン 2011/07/15 22:37
4編の長めの短編(文庫本ならたぶん60ページぐらい?)が収められていて、最初のが表題作です。『メグレと生死不明の男』など1950年台の長編いくつかに顔を出す「無愛想な刑事」ロニョンは、たぶん本作が初登場でしょう。事件としてはわざわざメグレが乗り出すほどのものでもなく、不運をもぐもぐ愚痴るロニョンに、メグレが気を使っているところがおもしろいような話です。
次の『児童聖歌隊員の証言』は、タイトルの少年だけでなく、少年の証言と矛盾する証言をする元判事やメグレ自身も子どもっぽいところを見せるのが楽しい作品。ただしこれも真相は説得力が今ひとつです。『世界一ねばった客』はタイトルどおりの出来事が謎となっていて、なんとなくユーモラスで陽気な雰囲気。『誰も哀れな男を殺しはしない』は、被害者の秘密が少しずつ明らかになっていく構成で、カナリヤに餌をやるメグレが微笑ましい作品です。
ミステリ的な事件のおもしろさということでは、後半2作がよくできている(「本格派的」ではありませんが)と思います。

No.55 7点 メグレと首無し死体- ジョルジュ・シムノン 2011/06/30 21:42
首無し死体と言っても、例の手とは関係ありません。運河から発見されたバラバラ死体の首だけが見つからなかったという事件で、ごく普通に身元確認を困難にするために首は別に処分したというだけの話です。
訳者あとがきの中で長島良三氏はメグレもののベストの一つと推奨していますが、読んでいる途中は、さすがに5点はかたいかな、という程度にしか思えませんでした。しかし最終章に至って、訳者の高評価にもなるほどと納得しました。同じようなテーマをシムノンはメグレものに限らず何度か扱っているのですが、ここまで徹底したのは今までのところ他に知りません。運河べりにある居酒屋のおかみさんの人物像が問題なのですが、この哀しみは確かに特筆すべきものです。
ただしそれまでが、メグレがいつになく自信なさ気でとまどっているせいもあってか、特におもしろいというほどではなかったので、この点数どまりといったところでしょうか。

No.54 8点 運河の家 人殺し- ジョルジュ・シムノン 2011/06/11 11:08
※2011年に収録2編とも原書のコメントを書いていましたので、2つをまとめて多少手を加えました。
●『運河の家』
シムノンがメグレもの以外の小説(河出書房の謳い文句では「本格小説」)を書き始めたごく初期の作品です。
都会育ちのエドメが、父親の死により、フランドル地方(フランス北部)田舎の親戚の家で暮らすことになります。タイトルは運河沿いにあるこの家のこと。田舎のいとこ兄弟はエドメに惹かれるのですが、エドメの方は田舎暮らしに何ともいえない嫌悪感を抱いています。
寒々とした田舎の風景、張りつめた人間関係。最初からもう破滅的な結末が予告されているような雰囲気で、実際その予告どおりの結末になっていきます。途中には窃盗、その後殺人と死体遺棄、さらに最後にもう1件の殺人と逮捕で幕を閉じるこの心理サスペンスは、今まで読んだシムノンの中でも最も暗鬱な話のひとつです。
●『人殺し』
シムノンの犯罪心理小説の中でも特に緊迫感のあるすぐれた作品です。ただしオランダを舞台にしているせいか、本国フランスでは映画化されたことがないようですので、翻訳が遅れたのはそのせいかもしれません。『倫敦から来た男』新訳、『猫』、『仕立て屋の恋』等どれも映画がきっかけですからね。
匿名の密告状で妻の不倫を知らされた医者が、妻とその愛人を殺害して死体を運河に捨てる。医者は確実に犯跡を隠すつもりもなかったのですが、運河に氷が張って死体を隠してしまい、二人は駆け落ちしたものと見なされます。しかし春が近づいて死体が発見されると、医者を犯人とする証拠はないのですが…
後の『ベルの死』と共通点はあるもののある意味逆の設定で、殺人者とその周囲の人々との関係が、殺人者の視点から苦渋に満ちたタッチで描かれています。特にこの結末のつけ方はすごいと思います。

No.53 6点 メグレと政府高官- ジョルジュ・シムノン 2011/05/26 21:43
メグレが自分との共通点を感じる登場人物というと、『自由酒場』の被害者や『メグレ間違う』の外科医(これはむしろ対極と言った方がいいかもしれません)がいますが、本作でメグレに個人的に相談を持ちかけてくる政府高官-公共事業大臣もそうです。大臣夫人にもメグレ夫人との共通点を見出したりしています。
本作はシムノンには珍しく政治的な事件を扱っています。メグレの政治嫌いは、やはり作者の意見でもあるのでしょうが、それにもかかわらずどういう風のふきまわしなのか…
自然災害による大事故で百人以上の子どもが死んだ児童施設の事件は、訳者あとがきによると実際の事件をモデルにしているそうです。その事故の危険性を指摘した文書の行方をめぐる本作は、政治がらみだけにいつものメグレもののような人情話的なストーリーにはなりません。しかし、そのような設定だからこそのサスペンスはあり、なかなか楽しめました。

No.52 7点 メグレと若い女の死- ジョルジュ・シムノン 2011/05/11 23:07
タイトルどおり、パリの街角で若い女の死体が発見されるところから始まる本作。
3/4ぐらいまで読んだところで犯人は誰かなどと考えてみても、答は絶対に出ません。というのも、犯人はまだ登場していないからです。その犯人は最初の証言を終えるや否や、メグレに嘘を見破られてそのまま警察に連行されてしまうのです。
本作では事件の主役は被害者の方であって、犯人は誰でもかまわないのです。思い込みに捉われず普通に読み進んでいけば、シムノンが描こうとしたのは殺人犯やその動機ではなく、田舎からパリに出てきた若い女の行く末であることは、はっきりとわかるように描かれています。「無愛想な刑事」ロニョンの出番が多く、彼の生活などについてかなり筆が費やされているのも、本作のテーマとからんできます。しみじみした哀しみが伝わってくる作品です。最終ページのメグレと犯人の会話もしゃれています。

No.51 7点 娼婦の時- ジョルジュ・シムノン 2011/04/25 22:39
これもハヤカワ・ミステリの1冊ですが、これをこのシリーズに入れるかなぁと思える作品です。
ある殺人者の肖像、といった感じの小説ですが、ストーリーの中心になるのが殺人というわけではありません。第1章、殺人を犯して自首して出た主人公。警部や予審判事の尋問、弁護士との対話、精神科医の診察など、会話を中心にしながら、彼は子どものころからの出来事を回想していきます。特に重要なのが性的な要素ですが、そのことを示したタイトルの「娼婦」という言葉は疑問です。10代の頃の思い出に出てくるアナイスは娼婦ではありません。ちなみに原題の意味は「アナイスの時」。
そして最後…あいまいなままで話は終ってしまいます。殺人動機も結局ある程度わかったようでいて、やはりよくわからない。殺人を帰結としている話ではないとは言え、結末の盛り上がりとか収束感を重視する見方からすれば、物足らない気はするでしょう。
決して「小説」としてけなしているわけではありませんし、個人的にもこんな終わり方の話はかなり好きなのです。しかし、本作の出版は集英社のシムノン選集(集英社版タイトルは『アナイスのために』)にでもまかせておけばよかったでしょう。

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空さん
ひとこと
ハンドルネームの読みはとりあえず「くう」です。
好きな作家
E・クイーン、G・シムノン
採点傾向
平均点: 6.12点   採点数: 1505件
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