海外/国内ミステリ小説の投稿型書評サイト
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miniさん
平均点: 5.97点 書評数: 728件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.308 7点 偽りの街- フィリップ・カー 2011/09/13 10:02
PHPというのは松下幸之助が創設したシンクタンクや出版業で、野田総理も身を置いた松下政経塾とも深い繋がりがある
出版社にしては珍しく東京ではなく京都に本部が在る
PHP出版社はその設立経緯からちょっと保守色の政治臭の強い出版社というイメージで、ミステリーも出しているとは知らなかった
調べてみたらPHP文庫からは意外と国内ミステリーは何冊も出してるのね、最近は海外ものにも手を染めたようだ
どうやら現代作家の見逃されている作品狙いなようで、レジナルド・ヒルの別シリーズ刊行時にも意外な気がしたが、さらなる驚きは近日17日にフィリップ・カー「変わらざるもの」が予定されていてしかも、あのベルリン3部作の私立探偵グンター再登場なのだ

カーはカーでもフィリップ・カーって言ったら何たってベルリン3部作だ、3部作だぜ、あれで完結しているんじゃねえのかよ、グンターが再登場するとは思わんかった
そこでまたちょっと調べたら不確定情報だがグンターのシリーズって原著では既に3部作以外に4作くらいはあるらしい
実は新潮文庫の3部作はずっと以前から持っていたんだけど積読のままだったので、この機会に3部作の第1作を初めて読んでみる事にした
おぉ!良いじゃないかフィリップ・カー、英国作家なので能天気なアメリカン・ハードボイルドとは一味違う感じで、なんか英国流スパイ小説作家が無理矢理ハードボイルドを真似して書いてみましたって印象
アメリカン・ハードボイルドにはない緻密さと気品が有って、スパイ小説とハードボイルド両者の良いとこ取りだな
フィリップ・カー、ファンになったぜ!

No.307 5点 ボニーと警官殺し- アーサー・アップフィールド 2011/09/02 10:06
いわゆるオージー・ミステリーで真っ先に名前が挙がる作家はやはりアーサー・アップフィールドだろう
そりゃさ例えばシドニーやメルボルンを舞台にして都会的なミステリーを書ける作家は居るだろうけれども、それではオージー作家としては魅力に乏しいよな
日本のミステリー作品が海外に紹介された場合、海外の読者は日本作家にどんな期待をするのだろうか
日本の読者が日本の国内作家に期待する事と言ったら昨今でも相変わらず新本格風な謎解き仕掛けばかりな風潮みたいだけど
海外の読者にとっては日本情緒とか風俗的な面も期待する要素なんじゃないかな
そう考えると我々日本人がオーストラリアのイメージだとどうしても広大な大自然に期待しちゃうよなぁ、そりゃさ各国のイメージ先入観に囚われるのも良く無いが、そうかと言って大自然が一切出てこないオーストラリアの話ってのも魅力半減だしなぁ
アップフィールドのナポレオン・ボナパルト警部シリーズは謎解き要素にはそれほど魅力は無いが、優れた人物描写や独特の暗い雰囲気や何と言っても舞台の広大な自然は各種名作リストにも名前が挙がる作家なのも肯ける
この「警官殺し」は有名な「砂に消えた男」のような雄大なトリックが有るわけでもなくかなり地味な作だけど、「砂に消えた男」があの大トリック以外に見所があるかと言うとそうでもないので、まぁ出来としては良い勝負でしょ
個人的には重要な女性登場人物の造形など地味は地味なりに魅力はある作だと思う
シリーズの未訳作は多々有るので各出版社さんお願いしますよ

No.306 5点 猫は殺しをかぎつける- リリアン・J・ブラウン 2011/08/29 09:55
発売中の早川ミステリマガジン10月号は特集=探偵は“ここ”にいる
もう一つの小特集は”追悼リリアン・J・ブラウン”
どちらも”ここ(ココ)”が重要です、ってあーぁ!ねづっちに及ばない寒い謎掛けやっちゃったよ
メイン特集は近々公開予定の東直己原作の映画の宣伝も兼ねてか
最近このサイトで書評者の大泉耕作さんが東作品の書評を投稿されているのでそちらを参照してみてください
それにしても当サイトでも東直己って大泉耕作さんの書評でやっと3件目、国内作家であっても皆様ハードボイルドには冷たいのね
さてもう一つの小特集の方はリリアン・J・ブラウン追悼
6月に逝去していたとは知らなかった、売れ出したのがかなり高齢になってからで亡くなったのは90才を超えていたのも情報が遅れた理由なんだろうか?

「猫は殺しをかぎつける」はシリーズ第4作目だが、本国で人気が出る契機になった作で、翻訳もこれが最初だった
この辺の事情は良く語られてる話で今更だが、実は初期3作はずっと昔1960年代に一旦出版されたのだが、当時は全然受けなかったし、4作目のこの作などは原稿は書かれていたが長らくお蔵入りになっていた
年月を経て原稿を見付けた旦那が出版を勧めて今度は当り、絶版状態だった初期3作も復刊したという事情だったらしい
だから第4作目なのでココとヤムヤムが当たり前のように存在してるわけで、翻訳順に読んだ人はどう感じたのか
今でもこの「殺しをかぎつける」から読む人も居るようだが、今なら前期作は全部出揃っているので第1作「猫は手がかりを読む」から順番通り読んだ方が主人公クィラランがココを飼うことになった経緯なども分かるので適切だろう
このシリーズどうも日本での翻訳順にケチがつく感じで、クィラランの境遇が大きく変わるシリーズの転機となった第5作と6作目が翻訳順がずっと後回しとなった為、いきなり話が飛んで第4作の後に第7作目を読まされた読者は可哀想だったね
翻訳順て作家の印象度に結構影響が有るので、出版社さんしっかりしてよ

でこの第4作なんだが、オーソドックスな謎解きだった第1、2作に比べてちょっとショッキングな真相が有って、第4作が真っ先に受けたのもそれが理由かも、第2作「猫はソファをかじる」なんて真相がつまらなかったもんね
ただ普通の都会派ミステリーだった第1、2作に対し、この第4作では関係者一堂が集まった館もの風な舞台設定なのが好みに合わなかった
それとココの出番が割と少な目だったのも残念

※ 余談だけど当サイトの書評者の御一人”大泉耕作”さんのニックネームって俳優の”大泉洋”さんから採ったわけじゃないですよね?

No.305 6点 火刑法廷- ジョン・ディクスン・カー 2011/08/25 09:52
本日25日に早川文庫から「火刑法廷 新訳版」が刊行される
訳が古かった他のカー作品も新訳に切り替えられるのだろうか

さて「火刑法廷」と言えばカーの代表作みたいに語られてきた
と同時に賛否両論好き嫌いが分かれる作だろうともよく言われてきた
何故好き嫌いが分かれるのか?、もちろんそれはあのラストを容認出来るかどうかにかかっているからと考える人が多数だろう
あのどんでん返しのラストが気にならない読者は高く評価するし、気に入らない読者は低めの評価がこれまでなされてきた
曖昧な終わり方に対し”そういうのも有りだ”と寛容な人は高めの評価、何事も100%全部説明されないと気が済まない性格の人は低めの評価なんだろうね

さて私はと言うと全く別の観点での考え方を持っているのである
私は全てが解明されないと気が済まないタイプの読者では無くて、『異色作家短篇集』なども愛読しているように曖昧な終わり方など気にならないし全く平気
そこで他の書評者から疑問が出てこよう、即ち、”じゃあ、何でお前の採点は低いんだ?、あのラストが許容出来るのなら評価が高くてもいいじゃないか?”と・・
はいごもっとも、私はあのラストは好きだし全然平気、じゃあ何故点数が低いのか?
私の採点が低いのは、あのラストが気に入らないのが理由じゃなくて、それまでの普通の本格としての部分があまり大した作品とは思えないからなのだ
バレバレの死体消失トリック然り、ラスト以外の部分に何か特筆するべき要素があまり感じられない
ただしラストのどんでん返しに関するテクニックは流石はカーと言える高水準で、あのラストだけなら8点、普通の本格としての部分が4点、で両者の間を取って6点とした次第

No.304 6点 ランドルフ・メイスンと7つの罪- M・D・ポースト 2011/08/18 09:55
ホームズのライヴァルの中でもアブナー伯父ものの短編総数は全部で22篇しかなく、これは他のライヴァル達に比べると少ない
その代わりポーストには全く意趣の異なる他のキャラが存在する、パリ警視庁長官ムッシュー・ヨンケルと悪徳弁護士ランドルフ・メイスンである
短篇集「アブナー伯父」の刊行が1918年だが、メイスンものの短篇集は3冊有って1896~1908年の間に刊行されている
つまりアブナー伯父よりメイスンの方がずっと早いのである
長崎出版版はこの内第1短篇集の全訳だ

メイスンはホームズのライヴァルという範疇には属さず全く別の意味を持つキャラである
悪徳弁護士と肩書きを付けられているが、根っからの悪党ではなく法律の隙を突く事に鋭く頭を働かせる事に生き甲斐を感じているといった感じだ
前書きを読むと、自身も弁護士だった作者ポーストはその当時のミステリー小説の存在は把握しており、それらとは違ったものを法律家の観点から狙ったという意図らしい
最も有名なのはアンソロジーにも採られている冒頭の「罪体」で、これだけは既読だったという読者も多いはずだ
読者によってはこのエグい死体処理トリックばかりに目を惹きつけられがちだろうが、主眼はそこにあるのではなく道徳律と法律との対比というテーマ性である
この「罪体」だけを読んでトリックだけに期待して他のシリーズ短編を読むとまず肩すかしを喰らうだろう
「罪体」以外は経済犯罪的なコンゲームっぽい話が殆どで、しかもハウダニットよりも思想性テーマ性が強い
法律の隙を狙う犯罪者に対して道徳律の権化のように”神の摂理”を説くアブナー伯父と、法律の抜け穴と道徳律とは別物と豪語して運命の女神と対峙するランドルフ・メイスン
両者は表裏一体のような存在である

No.303 5点 日経おとなのOFF 9月号- 雑誌、年間ベスト、定期刊行物 2011/08/10 09:52
日経BP社というのは『日経ビジネス』などを発行している出版部で、「日経おとなのOFF」は大人向けカルチャー・グルメなどの情報誌だ
「自遊人」、小学館「サライ」、朝日新聞出版「男の隠れ家」などのライヴァル誌となる存在だろう

「日経おとなのOFF」9月号の特集は、”おとなのミステリ案内”
この手の特集は各一般情報雑誌によく組まれるんだけど、今回のはページ数が多くて流石は日経、本気度が高い
内容はまぁここの常連の方々が閲覧したら浅くて物足りなさは感じるだろうけど、でも一般雑誌の特集にしては分量も多くて、ミステリー初心者が読んだら結構楽しめそうなんだよな
東川・有栖川・辻真先の本格ミステリー談議や、東野の探偵役比較など国内ものしか読まない読者でも充分に楽しめる
巻頭の数ページ眺めた感じでは、やはりな本格に偏ってるな、と思ったのだが、読み進むと名探偵リストとか古今東西各ジャンルに渡っていて予想以上に真っ当な内容だった
名探偵リストには例えばハードボイルド私立探偵やコージー派ジル・チャーチルの主婦探偵ジェーンまで載っていて、決して古典的なありきたりな探偵役だけじゃないのも驚いた
最後はミステリーとグルメ情報のコラボになってしまうのは、この種の雑誌の性格だから寛大な目で見るべきだろう
マニアックでは決して無いが、本屋店頭の立ち読みで眺めるだけでも楽しいので皆様一度手に取ってみてくだされ

No.302 4点 ミステリマガジン2011年9月号- 雑誌、年間ベスト、定期刊行物 2011/08/04 10:10
発売中の早川ミステリマガジン9月号の特集は”新生ポケミス宣言”
現行ポケミスの表紙など装丁変更の記事とか載ってるが、ポケミスについて前から思っていた事をこの際だからぶつけちゃおう

ちょっと前にポケミスにいくつか変更が有って、表紙のデザインとか2段組が1段組になったりとか
まぁ表紙はね読者の好みの問題だろうし旧スタイルが必ずしも良かったわけじゃないしね
2段組止めたのは最近の各出版社の流行である活字大きくして老眼でも見えるようにって事か
例えば創元文庫でも旧作の新版では活字大きくしてその分ページ増えてとか、値段も増えちゃっているけど(苦笑)、もう文庫の価格帯じゃねぇよな
早川文庫なんてさ文庫の縦寸法自体を水増ししてるし、他の文庫寸法と合わなくて文庫ファンの顰蹙買ったり

マガジンの記事ではポケミス新時代万歳ムードだけど、そもそも根本的にだ、ポケミスの版型は必要なのだろうか?
創刊当時の思惑では世界市場を睨み、海外では主流の”ペイパーバック”に合わせようとの目論みが有ったのだろう
しかしだ、ペイパーバックの版型は横文字言語だからこそ合うのであって、そりゃ新書版みたいに日本語を横書きすれば別だが、縦書き向きじゃないことは明らかだ、だから以前は2段組だったんだろ
そもそも海外の書店の棚にポケミスが並ぶだろうか、日本作品の英訳じゃなくて元々が海外作品の和訳なんだから英語の原著が存在するわけだし
それとさ、文庫でしか読まない読者ってよく居るけど、ポケミスに手を出すのかな
ハードカバーに手を出さないというのは分かる、もちろん値段の問題もあるだろうが収容スペースの問題とかも大きいのじゃないだろうか、本棚に同列に並べ難いし
本来はペイパーバックってつまり海外では文庫のような存在なわけだから、ペイパーバック準拠の版型であるポケミスは明らかにハーカバーよりも文庫の形態に近い、価格的にもハードカバーよりは安くて文庫+αくらいだし
だったらハードカバーに手を出さない文庫派の人もポケミスには手を出して然りなはずなのに、ポケミス無視する文庫派は多い
何故なのか?、価格面よりもやはり本棚に並べた時、各社文庫版の縦寸法が合わないので嫌われているというのが最大の理由だと思う
文庫版なら少々値段が高くても買うと言う意見はよく聞く、出版コストの問題なら作家によっては文庫をハードカバー並の価格にすれば良い、ハードカバーの大きさが嫌なんだ、という意見も聞いた事がある
もしポケミスでしか読めない作家作品を文庫で出したら買うという潜在需要はかなり有ると思うのだよな、早川は商売で損しているはず
もう”世界最大のミステリー叢書”なんていう面子は捨ててさ、ポケミス止めた方がいいんじゃないですか早川さん

ちなみに私は文庫主義者ではない、どうしてもハードカバーでニッチ狙いをせざるを得ない作家作品群が有って、それらは部数的に文庫では採算が合わない、その辺の出版社の事情は理解しているつもり
文庫派の方々も文庫以外は絶対読まないという頑なな態度ではなく、作家によってはハードカバーでも仕方無いと寛大に大目に見て欲しいな、文庫化は難しいだろうなってニッチ作家は結構居るんですよ、ハードカバーだからこそ翻訳出版出来たんで読めるだけ幸せみたいな
しかしそんな私でもポケミスの形態は嫌い、中途半端なんだよ

No.301 5点 幽霊狩人カーナッキの事件簿- W・H・ホジスン 2011/07/25 09:53
創元文庫からジョン・R・キングという作家の「ライヘンバッハの奇跡」という作品が最近刊行された
もちろん未読だし多分新しい作家だと思うが作家名すら初めて聞いた、
へぇーっ、と思ったのは紹介文の内容で、何とホームズとカーナッキが競演を果たすのだ
モリアティー教授と争ってあのライヘンバッハの滝に落ちたホームズをたまたま通りかかった若き日のカーナッキが助けるのだという
ホームズとの競演はそれこそ怪盗ルパンや切り裂きジャックなど枚挙に暇が無いが、カーナッキに目を付けたのが手柄だな

ウィリアム・ホープ・ホジスンは怪奇小説作家で、レ・ファニュやマッケン等と並ぶ怪奇小説古典黄金期のメジャー作家だ
しかし他の怪奇作家が狭い意味でのミステリーの範疇で語られる事は少ないが、唯一ホジスンだけは例外
なぜならホジスンにはクイーンの定員にも選ばれた「幽霊狩人カーナッキ」という短篇集があるからだ
カーナッキの短篇集はホームズとほぼ同時期に書かれており、昔から怪奇版ホームズと言われて読み継がれてきた存在なのである
しばしば話の途中に過去の語られざる事件を引き合いに出す件などはホームズの影響を感じさせる
そう言えば晩年のドイルも霊現象に傾倒していたんだよな
怪奇作家としては”異次元の観察者”という感じのホジスンだけに、怪奇現象を通して異次元の入り口を覗き見るといった趣向が多く、話の展開だけは全ての収録作が怪奇小説である
ところがいくつかの収録短編においては、裏で現実の人間の意志が働いた物理トリックだったりするのである
ミステリーの範疇でも語られるのはそれが理由だ
しかもこのカーナッキ、真空管を使った電気式五芒星やら高性能カメラなど当時のモダンアイテムで霊現象に対峙するのだからミステリーっぽくなる
しかしだ、物理トリックであっても伏線が殆ど無いので依頼された事件の真相が人為的なものなのか真の怪奇現象なのかは、ラスト近くにならないと全く分からない
言わば作者の胸先三寸で、ラストで真相をどっちにしようが思いのままだ
つまり純粋にミステリーとして見てしまうと突っ込み所満載なので、ここは書かれた時代を考慮して”時にミステリー的解決もある基本は怪奇小説”として寛大な目で見るのが正しいだろう

No.300 7点 大魚の一撃- カール・ハイアセン 2011/07/19 09:54
ハイアセンは前から読みたい作家だったのだが、読むなら初期作をと思っていたのに、文春文庫で出てる作は簡単に見つかるのに対して、角川文庫と初期の扶桑社文庫のが見付け難い
それでも角川「珍獣遊園地」はすぐ見付けたが、初期の扶桑社「殺意のシーズン」と「大魚の一撃」が案外と見付けられなかった
扶桑社にレアな古本なんて有るのかよ、と思っていたので意外だったが探してたら両者100円で見付けたので早速購入
執筆順でまず「殺意のシーズン」からと思ったが何と作中の季節設定が12月~1月、じゃぁ冬に読もうと思って「大魚の一撃」に代えたらこれも1月の季節設定
えぇー!これ”バス釣り”がテーマだろ、冬がバス釣りのシーズンかよと思ったが、そこは舞台が亜熱帯のフロリダ州、常夏なんだろうな
でもさ、日本でバス釣りの話を冬に読むのもあれなんで今夏に読む事に

ほんとkanamoriさんの御書評通り、”弾けてる”という表現がドンピシャ
噂ほどユーモア横溢とは思わなかったが、私はユーモアミステリーが特に好きではないのでこれは問題無い
でも最後まで弾けてイカれてるぜ、これは良い、文庫で550頁の長さも気にならず、久し振りに楽しい読書時間を過ごさせてもらった
ただ前半はすごく面白く読めたんだけど、後半は弾け過ぎてプロットがやや散漫になってる印象は有った
まぁでも、この奔放プロットが魅力なんだろうな
ちょっと難を言えば、例えば犬に咬まれた男の処遇など、各エピソードの決着の付け方や収束の仕方が少々下手かなとは感じた
それと自然保護的な社会派志向が鼻につく感もあるが、まぁこれが物語を動かす原動力だからね

No.299 4点 幻の女- ウィリアム・アイリッシュ 2011/07/14 09:54
この作品については”幻の女の正体を晒すべきだったか否か”についての自分なりの検証というポイントのみに特化して書評したい
ネット上ではこの件について否定的見解が多いが、私は”あれで仕方なかった”派なのである
”あれで良かった”とまでは言わないが、でも”真相を明らかにしないで幻のままの方が良かった”とは私は思わない

その前に「幻の女」は作者の中でどんな作品なのか?
私はごく一部しかウールリッチ=アイリッシュ作品を読んでないから確固たる事は言えないが、この作品は作者の中でも技巧に偏った作で私の好みではない、点数が低いのはそれが理由
「幻の女」は結局はあの仕掛け一点勝負な感じなんだよなぁ、作者得意の巡礼形式の”巡礼”の部分に魅力が乏しい、
例えば名作「黒い天使」だと、まさにその巡礼部分こそが魅力的で心を揺さぶる感銘が有ったのだが
私はかなり早い段階で感付いたが、「幻の女」という作品は、読者の皆様が”幻の女”に気を取られていると実は狙いは別の所に有ったのさ、と作者は言いたかったのだと思う
だからこそ作者は、”幻の女”の正体なんて実はこんなつまらないものだったのだよ、と対比の意味で正体を晒したのだと思うのだよな
つまり作者の狙いは、わざとあんなつまらない真相を用意したんじゃないのかな、まぁ必要悪みたいな感じでね
いくつかの謎が有って、その内の1つが”幻の女”の正体であって、謎の1つがラストで解明されたとか、そういう本格としてどうかという読み方は読者側が視点を間違えているように感じるんだよなぁ

No.298 5点 新エドガー賞全集- アンソロジー(海外編集者) 2011/07/07 10:08
最近マーティン・H・グリーンバーグが亡くなった、と言ってもこの名前にすぐピンとくる人はそこそこのアンソロジー通だ
グリーンバーグはアンソロジーの専門家で、広い分野でアンソロジーを編纂した
全体としてはSF分野に強いようで、残念ながらミステリー分野のアンソロジーで私の目に留まったのはこれぐらいだった

MWA短編賞は初期には例えばクイーンのEQMM編纂の功績に与えられたりとやや方針が定まらなかったが、途中から単独の短編に与えられるように方針が変わり、その年度の最優秀短編賞の意味合いを持つ
方針が変わってからの受賞短編を並べたアンソロジーが『エドガー賞全集』で、早川文庫からビル・プロンジーニ編で上・下2巻も刊行されている
プロンジーニ編(下)卷収録作が1980年度までで終わっているので、この『新エドガー賞全集』ではその後、1981年度から1988年度までの8編が収録されいる
収録作の選択・配列は変えようが無いのだから、こういうのを編纂と呼べるのか?という疑問は当然あるが、まぁ突っ込まないでおいてやろう

前半4作の作家は、リッチー、フォーサイス、レンデル、L・ブロックとメジャーな顔触れが並ぶ
ジャック・リッチーもこのミス1位を獲ったりした今ではメジャーな部類でしょ、ただ収録作「エミリーがいない」はリッチーの中では特別上位にくる作ではないけどね
後半4作は作家の知名度的には微妙な顔触れが並ぶ、作品の質が決して劣るわけでは無いのだが
ジョン・ラッツは一応長編も翻訳されているハードボイルド作家で、胃弱私立探偵というキーワードからするとネオハードボイルド系なのかとも思うがデビューは1980年代、ネオハードボイルドが衰退した後にその後継を目指したタイプなのかも
収録作もネオハーボボイルドっぽいし
ロバート・サンプスンは初めて名前聞いた、どうも研究書などが主で作家としては明らかにマイナーだと思う
収録作も一般のミステリー読者には受けない話だろうけど、ノワールの一種としてみたら結構良作なのでは
ハーラン・エリスンはこれは一転して本来は知名度が微妙と言ったら失礼にあたるメジャー作家
ただし主流はSF作家なので知名度が微妙でも仕方ないとは思う
けれど幅広い分野で短編を書き、当然ミステリー分野でも活躍しMWA短編賞を2度獲っていて収録作は2度目の受賞作だ
この「ソフトモンキー」はグルーヴィーなテンポの良さで、おそらくこのアンソロジー収録作8編中最も一般受けしそうな話だ
グルーヴ感に目を奪われがちだが社会派的ペーソスも見逃せない
最後のビル・クレンショウも短篇作家なので知名度は微妙だが、ヒチコックマガジンの常連作家だったのでマイナーとまでは言えないと思う
まぁ全体としては受賞作を並べたクォリティは確保されてるんじゃないかな

No.297 5点 独立記念日の殺人- キャロリン・G・ハート 2011/07/04 09:53
本日7月4日は毎年恒例のアメリカ独立記念日である
原題は”Yankee Doodle Dead”、”ヤンキー・ドゥードゥル”と聞いて、あぁあの歌かと御存知の方も居るかも知れないが、そう我が国では”アルプス1万尺”の歌詞で知られる歌の原曲である
元々は日本アルプス槍ヶ岳などとは何の関係も無く、アメリカ独立運動時の愛国唱歌みたいな歌である
曲調が軍歌っぽくないのは元々が軍歌として創られた訳ではなく、独立戦争時に士気を鼓舞するかのように自然発生的に歌われ出したらしい

ミステリー書店系コージー派の代表作家
前回読んだ「ヴァレンタインデイの殺人」でも思ったのだが、ハートは何らかの賞を獲った作よりも、非受賞作の方が出来が良い様に思える
ハートの弱点である容疑者達を箇条書きリストに並べて吟味する素人臭い手法は相変わらずで、ちょっとフーダニット面では容疑者達の性格の比較からは容易に犯人を推定出来てしまうのが難かな、ホワイダニットが肝だし
犯人の設定では「ヴァレンタインデイ」の方が気が利いている
一方で特定の日である事が話に絡んでこない「ヴァレンタインデイ」に比べて、この作の方が独立記念祭と事件が有機的に結び付いていて好感は持てる
早川編集部による巻末の作中名前が登場する作家解説は毎度

No.296 7点 コンチネンタル・オプの事件簿- ダシール・ハメット 2011/06/24 09:56
明日25日発売予定の早川ミステリマガジン8月号の特集は”没後50周年 なぜハメットが今も愛されるのか”
生誕100周年とかならともかく没後50周年って中途半端だなぁ、これだったら他の作家にも色々理由付けられそうだけどな、まぁいいか

ハメットには長編が5作しかなく、パルプマガジンに載った中短編群を無視する事は出来ない
E・クイーンがハメットの短篇集を何冊も編纂しており、短篇作家としての側面も強いのだ
スペードものの短編は数少ないが非シリーズ短編はかなり数が多く、日本で刊行のハメット短篇集の多くは非シリーズなども適当に混ぜてバランスを取っている
しかしこの早川版の短篇集はオプものだけで纏めた中短篇集で、ノンシリーズなどは1篇も入っていない、早川書房はこうしたコンパクトに収めた入門用短篇集を編むのが上手い
その点、創元編集部は大掛かりに全集組むか、入門用アンソロジーとか編んでも収録作をバランス取ろうとして考え過ぎて失敗しているケースが多い、調査能力は凄いんだが
この短篇集は早川版ハメットの長編の翻訳を一手に引き受けている小鷹信光氏編集だ
全分量の内半分を中篇「血の報酬」が占めていて一見すると分量的にバランスが悪いのだが、しかしこの「血の報酬」がなかなか良いんだよねえ
何しろ150人もの悪漢たちによる大掛かりな犯罪計画、何十人もの死者数は一般的連続殺人ものの比ではない
軽快なテンポは”触れれば血が噴出すよう”と形容されたハメットらしさが前面に出ていて、さながら第6の長編って感じで、ハメットの本質は結局こういう作品なんじゃないかなぁと思ってしまった

ところで巻末解説の書誌で初めて知ったんだが、オプものの短編第1号は雑誌『ブラックマスク』に1923年初出の「放火罪および・・・」、このオプのデビュー作は本格色が強く、後にEQMMに再録されたのも肯ける
オプ短編の最終作の初出が1930年
一方で長編第1作「赤い収穫」の雑誌連載が1928年、オプものじゃないが「マルタの鷹」の刊行にいたっては1930年
つまりですねえ、ハメットは長編と短編を同時進行で書いていったわけじゃなくて、1930年を境に長編が売れ出したらオプ短編は止めちゃったって事ですよ(スペードものの短編は別)
そう言えばガードナーにもメイスン以前に夥しい数の雑誌向け短編群が有るし
驚くのはデビュー短編が1923年ってすごくね?
まだヴァン・ダインも登場しておらず本格黄金時代が幕開けしたばかりだったんだぜ
ハードボイルドは本格に対するアンチテーゼに由来するという説は間違いなんじゃねえの?
本格以前にアメリカらしいミステリーの創生が始まっていたんじゃないだろうか

No.295 6点 暗い鏡の中に- ヘレン・マクロイ 2011/06/21 09:57
本日21日に創元文庫から駒月雅子の新訳により「暗い鏡の中に」が復刊される
「幽霊の2/3」は元々が創元の自社ものだったんだけど、「暗い鏡」は元々は早川文庫
「暗い鏡」は実はそれほどレアだったってわけじゃなく、一応古書市場で高値は付いていたにしても時々古本屋で見かけたし、実物を見ることすら稀だった「幽霊の2/3」に比べたら遥にレア度は低かった、私も早川版で既読だったくらいだから

さて「暗い鏡の中に」は大変気の毒な作品だと思うのだよな
そもそもさ、マクロイという作家をどう捉えるか
マクロイと言えばさぁ、"アメリカ三大女流サスペンス作家"の1人と喧伝されるけど、あとの2人はマーガレット・ミラーとC・アームストロング
ミラーとアームストロングなら誰が見たってサスペンス作家だけど、マクロイだけは微妙
1950年代がハードボイルドと警察小説の時代だとすれば、1940年代はサスペンス小説の時代である、ウールリッチの活躍もほぼこの頃だし
そこで30年代後半に本格でデビューした作家達がサスペンス調に作風を変化させる風潮があった
英国作家だがE・フェラーズなどもそんな1人だが、アメリカ作家なら代表格がマクロイとなる
従って戦後のマクロイ中期作がサスペンス風本格に転向したのは事実だが、やはり純粋にサスペンス作家かというと違和感は有る、マクロイは根は本格だからね
私は以前から”アメリカ三大女流サスペンス作家”という肩書きからマクロイは外すべきなんじゃないかと思っているのだ
じゃぁ代わりに誰を入れるんだと問われたら、そうだな
大物だったらM・H・クラークなんだがずっと後の時代のデビューだから他の2名と活躍時期が合わない、駄目だ
私的な好みだとヒルダ・ローレンスだけど作品数が少な過ぎるし作風もマクロイ同様本格寄りだし、もう一歩大物感に欠ける
迷った挙句そうだ1人居た、ヴェラ・キャスパリだ、彼女なら活躍時期・作品数・大物感など各要素をクリア
と、話が脱線してしまったので戻そう

「暗い鏡の中に」はネット上の書評を見るに、やれトリックがちゃちだの散々な言われようだけど、この作品に対しトリックだけを抜き出して吟味するのは適当では無いだろう
どうも我が国でのマクロイ評で可哀想に思えてしまうのは、一面で”アメリカ三大女流サスペンス作家”の1人というレッテルを貼られ、その一方で「暗い鏡」に対しては本格としてどうかという観点だけで語られがち
マクロイのサスペンス風作品には初期の作風転換過渡期の作「ひとりで歩く女」もあるが、あれはサスペンス調に話は進むが基本は本格だ
それに比べてマクロイ作品中でも特にサスペンス小説寄りに書かれた中期作「暗い鏡」をトリックだけで語られるのは不公平感は感じるのだよなぁ

No.294 7点 紳士と月夜の晒し台- ジョージェット・ヘイヤー 2011/06/09 10:00
例の森事典で森英俊氏がこの作家を好意的に解説しているのを覚えていたのだけれど、まさか創元文庫から刊行されるとは思わなかった
こういう作家に目を付けるのが創元編集部の凄いところで、割と見逃しやすい種類の作家だもんなぁ
どうも日本の本格編愛読者は、”不可能犯罪”とか”密室”というキーワードには敏感なくせに、本格であっても人物描写で読ませるタイプの作家にはハナもひっかけない習性が有るからな
”ミステリーとは単なるパズルでいい、登場人物は記号でもいい”を標榜する他サイトを閲覧した事が有るが、この作品は人物を単なる駒として記号化したのでは絶対に書き得ないタイプの作品なのである

ジョージェット・へイヤーは本職はロマンス作家でロマンス小説を大量に書いており、その方面では名前を知らなかったらもぐりのファンと言えるほどの伝説的存在らしい
逆にミステリーファンには、そんな名前聞いたことないぞ的な存在でもあったわけだ
しかしヘイヤーはミステリー著作が12作有り、特にハナサイド警視とヘミングウェイ部長刑事が登場する4作は作者を代表するシリーズらしく、創元も引き続き刊行予定だそうだ
創元だし作者の本業がロマンス小説という点からコージー派と勘違いして俺には関係ねぇやで敬遠する読者も居そうだが、それは二重の意味で間違っている
まずコージー派だからつまらないと決め付けるのも偏見もいいところだけれど、根本的な間違いはそもそもこの作家作品はコージー派では全く無いという事だ
書かれたのが1935年、そうつまり本格黄金時代真っ只中の作品なのである
森氏はクリスティ風の巧妙な作風と評し、創元文庫の帯惹句には”セイヤーズが認めた実力派”とある
たしかにクリスティとセイヤーズのいいとこ取りした感じだ
ただし中盤で物語が停滞し同じような会話が繰返される場面などは、両作家の悪いとこ取りと感じる読者も居るかも知れない
私は登場人物達が互いに罪を擦り付け合う感じはC・ブランドを、すれからし読者に向けて書かれた感じはバークリーを連想したんだけど考え過ぎか
本格には誰にもアリバイが有って犯行が不可能なパターンと、だれが犯人でもおかしくないパターンとが有る
不可能犯罪系しか興味が無い読者は前者のパターンを好むだろうが、この作品は典型的な後者のパターンだ
誰でも犯人足りえる設定だと、読者側がもう誰が犯人でもいいやで興味を無くしがちだが、この作品はそこを逆手にとって読者に対し罠を仕掛けてくる
作者は確信犯的にすれからしな読者を狙い撃ちしているのは、ミステリーを読み慣れた読者なら明らかだろう
今後読む読者の中には、会話中心で話が進むし本業がロマンス作家という先入観から殺人を絡めたロマンス小説の延長みたいに解釈する人も居るかも知れないので前もって言っておくと、そうした解釈は正しく読み取っていないと思うし、また謎解き部分が弱くてキャラ中心の話だと解釈する読者も分かっていないと思う
むしろ慣れた読者向けに罠を仕掛けてくるタイプの作品で、そうと気付くか否かで読者側の読解力センスが試される作であろう

No.293 6点 幻想と怪奇 宇宙怪獣現わる- アンソロジー(国内編集者) 2011/06/03 09:57
発売中の早川ミステリマガジン7月号の特集は”ゲゲゲのミステリ/幻想と怪奇”
そのものズバリ「幻想と怪奇」という題のアンソロジーを

早川文庫『幻想と怪奇』全3巻は旧版の通し番号制から副題方式へと代わった
第1巻が『ポオ蒐集家』、第2巻がこの『宇宙怪獣現る』に相当する
この第2巻にはR・マシスンとH・カットナーが含まれているのでミステリマガジン7月号との共通性が有る
第1巻では各作家毎の持ち味がもう一つ出ていない感が有ったが、第2巻『宇宙怪獣現る』の方が各作家らしさが出ている
例えば冒頭のマシスン「こおろぎ」などは、あの名作ホラー短編「長距離電話」のマシスンを髣髴とさせるし
ロバート・ブロック「ルーシーがいるから」は、「サイコ」のブロックらしいサイコミステリーだ
編者の仁賀氏の好みな作家であろう現代ゴシック作家ローズマリー・ティンバリーは彼女の代表作とも言われる「ハリー」が読める
総じて第1巻よりもこの第2巻の方が出来が良いように思えた

No.292 5点 幻想と怪奇-ポオ蒐集家- アンソロジー(国内編集者) 2011/05/30 09:56
発売中の早川ミステリマガジン7月号の特集は”ゲゲゲのミステリ/幻想と怪奇”
そのものズバリ「幻想と怪奇」という題のアンソロジーを

創元文庫の怪奇小説傑作集がこの分野の基本図書だとすれば、早川文庫「幻想と怪奇」全3巻には古典的なクラシック怪談は一切入っていない
早川のは得意の全集『異色作家短篇集』に含まれるような1950年代前後の作家を中心とした幻想と怪奇入門書である
以前は1~3と通し番号だけだったが、現行版は副題付き題名に変わった
私は副題を付ける習慣は嫌いなんだが、早川にはポケミスで内容が全く別の同題1~2巻があるので、紛らわしさを避ける為には仕方なかったのだろう
この『ポオ蒐集家』は第1巻に相当する
収録作家は大きく2つのグループに分けられ、ブロック、ブラッドベリ、シェクリイ、マシスン、ボーモントといった前出の『異色作家短篇集』を彩る作家達と、それ以外のSF作家やホラー作家、さらにはややマイナーな作家達である
前者の異色短篇作家軍団では、例えばユーモア調が持ち味のシェクリイなのに収録作はシリアス調のが選ばれている
SF分野からはフィリップ・K・ディック、ただ収録作はオチが見え見えであまり出来が良くない感じがした
名手ディックだけにもっと面白いのがあったんじゃないかな、怪奇要素の有るものという選択上の制約のせいか
ホラー分野からはオーガスト・ダーレスとL・P・ハートリイ
ハートリイはあの名作「ポドロ島」の作者という先入観で見ると、収録作はちょっとハートリイにしては生々し過ぎて良さが出ていないような気もする
ブラッドベリ以外は全体的に、それぞれの作家の持ち味が必ずしも出ていない巻だなという印象だった

No.291 6点 ファイアフォックス- クレイグ・トーマス 2011/05/20 09:57
先月亡くなった作者の追悼書評
二部構成で、第1部は旧ソ連に潜入するスパイ小説風、第2部がソ連から脱出する純然たる冒険小説として描かれている
スパイ小説と冒険小説、どちらも英国伝統のミステリージャンルだけに、英国作家クレイグ・トーマスには得意分野なんだろう
第2部での航空機アクションに徹した場面も迫力があるが、一見地味な第1部のル・カレ流リアリズム風スパイ小説である前半も、その緻密な描写に感心する
作者は実際にソ連に取材したのかと思えるほど
一つ気になったのが周りがプロというか信念と業務に徹した迷いの無い人物揃いな中で、主人公だけが葛藤に苛まれる人物なのは、やや対比が極端過ぎて創りものめいてしまっているのが残念な点
主人公を活かす為に周囲が犠牲になるのはまるで天平の甍

No.290 7点 女刑事の死- ロス・トーマス 2011/05/20 09:37
陰謀諜報小説と、ハードボイルド私立探偵小説と、犯罪小説とを巧みにブレンドしたような感じ
基本的には諜報小説が似合う文体だ
ちょっと癖の強い作風だが、それがまた癖になりそうなホヤとか苦味の利いた山菜のような味わい
解説で”ポーカーフェイス”という語句が有るのは言い得てる
今回クレイグ・トーマスと未読だった作家を続けて読んだのだが、同じトーマスでも単に英米だけでなく全く違う
クレイグ・トーマス「ファイアフォックス」は作品自体は悪くないんだが、他の作品も読んでみたいとまでは思わなかった
しかしロス・トーマスはこの「女刑事の死」という作品そのものの魅力と言うより、ロス・トーマスという作家に惚れこむ感じで、他の作も読んでみたいという気を起こさせる作家である
多分、ハマる読者はとことんハマるタイプの作家で、個々の作品がと言うより作家人気で読まれる作家なんだろう

No.289 5点 でかした、ジーヴス!- P・G・ウッドハウス 2011/05/09 10:04
『ジーヴス、明日10日に文春文庫から執事ジーヴズものが刊行される予定らしいんだ、ウッドハウスはこれまで文春と国書刊行会が精力的に刊行してきたけど、文春にしてもハードカバー版のみだった為、文庫でない事が手を出さない唯一の理由だった読者にも手が届くようになるんじゃないかな』

『それは結構な事と存じます』

『ウッドハウスは狭い意味ではミステリーと呼べるか微妙ではあるが、ミステリー読者としてウッドハウスを知らないというわけにはいかないだろうから、文庫で無いからという壁が取り払われるのは、よしきたホーだ』

『私こと探偵役の執事ジーヴスの表記は、文春版では”ズ”ですが、国書版では”ス”でございます』

『そうなんだ、こういうのは統一して欲しいもんだ、ところで執事ジーヴスはは厳密には謎を解くわけではない、主人に降りかかる難題を解決するのが仕事だ、謎を解明するのではなくて、揉め事を処理するんだ』

『精一杯努める所存でございます』

『そう言えば、腕の良い我が家の料理人を他の貴族が引き抜こうとしているんだ、ジーヴス、良い策は無いか?』

『このような策は如何でございましょう』

『おぉ、でかしたジーヴス!よしきたホーだ』

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