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miniさん
平均点: 5.97点 書評数: 728件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.368 6点 空高く- マイケル・ギルバート 2012/05/28 09:59
* とりあえず復旧再登録(^_^;) *
* 1912年生まれ、つまり今年が生誕100周年にあたる作家は意外と多い
今年の私的読書テーマ、”生誕100周年作家を漁る”、第4弾マイケル・ギルバートの2冊目

先日22日に東京スカイツリーが開業した、空高く突き出る尖塔
てなわけで便乗企画は「空高く」である
マイケル・ギルバートと言えば、作品毎に作風が変わり、しかも個々の作品がいくつかのジャンルミックス型なので、とらえどころの無い作家として知られている
「空高く」は、ロンドンを舞台にする事の多い作者にしては珍しいクリスティ風ヴィレッジミステリーで、作中舞台をミス・マープルが闊歩していたたとしても違和感が無い
題名だが、別に高い塔が出てくるわけではなく、爆弾で家ごと空高く吹っ飛ばすという物騒な殺害方法なのである
設定年代が戦後まもなくだから元工兵の軍人とかが登場するので爆発物処理には慣れているわけだ
ところで私はこの真犯人には本文を1行も読まない時点で気付いてしまった
登場人物一覧表を眺めた時に、この作品が黄金時代の作ならば違和感無かったと思うが、戦後作にしては不思議に感じたのだが直感が当たってた

※ 全くの余談だけどさ、東武は浅草の次の『業平橋駅』を『スカイツリー駅』に改名しただろ、在原業平を由来とする由緒有る駅名なのにね
最寄り駅なら隣の『曳船駅』の方が近いかもだが、『曳船駅』は地下鉄半蔵門線などとの相互乗り入れの関係も有って東武の独断で改名というわけにはいかなかった事情も有るんだろうけどさ

No.367 3点 カブト虫殺人事件- S・S・ヴァン・ダイン 2012/05/02 09:58
今年は1年間に渡って”ツタンカーメン展”が開催される、皆様ご存知でした?
現在は6月上旬までの上半期に大阪が会場となっており、8月~12月までの下半期は東京に会場が移る
西日本在住の皆様、黄金のマスクを見るのは今がチャンスですよぉ~
今年の日本はエジプト・イヤー、ってのは大袈裟か(苦笑)

エジプト学を取り入れた作と言えば、クイーン「エジプト十字架」と並んで有名なのがこれ
「カブト虫」が1930年、「エジプト十字架」が1932年だから、つまりクイーンはこの作品を既に知っていたという事になる
クイーンによると、ライヴァルの方が既に良く文献などで調べてしまっていて、そういう面では太刀打ち出来ないと思っていたという説がある
たしかに薀蓄を取り入れるのはいかにもヴァン・ダインの得意技だし、「エジプト十字架」でのエジプト学の論考は物足らず作品内容にもあまり融合していない
エジプトとの関わり方という点だけに絞れば「カブト虫」の方に軍配が上がるが、謎解きという点ではまだ「エジプト十字架」の方がマシかなぁ
「カブト虫」は初心者でもない限りはミエミエだよね、私の悪い頭でもあの書き方だと、おそらく作者はこういう事を狙っているんじゃないかと序盤で気付いてしまった
まぁ原因の一端は創元文庫の宣伝文句にもある、あんなに煽っちゃうと半分ネタバレだろ
もしクリスティやクイーンがこのアイデアで書いてたらもっと上手く書いたんじゃないかな

No.366 7点 犯罪- フェルディナント・フォン・シーラッハ 2012/04/30 09:47
HORNETさんへ
実はこの作品、丁度書評upしようと思っていたのですが、全くの偶然でタイミングが被ってしまって申し訳ありません(お詫びと苦笑)

さて昨年の”このミス”のベスト10を眺めた時、妙に気になってたのがこれ
ドキュメンタリー風なのが嫌いじゃないもので、以前にこのミス1位を獲ったドラモンド「あなたに不利な証拠として」みたいなのかなと期待して読んだわけ
ところがちょっと方向性が違ってて、個人的な好みから言うとエッセイ風に感性に直接訴えてくる「あなたに不利な証拠として」の方が好きだ
しかし期待した方向性とは違っていたが、これはこれでまた別の意味で面白かった、話題をさらったのも当然と言える
最初の「フェーナー氏」だけ読んだ段階では、あぁこんな話が続くのかなと思ったが、2話目の「タナタ氏の茶碗」で全くタイプの違う犯罪小説風なのに目が点(作者はタナカ氏と勘違いしているのかな、それとも棚田氏なのか?)
とにかく短篇集全体を通して言えるのは、kanamoriさんも御指摘されていたようにヴァリエーションが豊富な事で、各話にそれぞれ持ち味が異なっていて最後まで飽きさせない
ただ弱点も有って、まぁ実話が元ネタなんだろうが、実話を特定されない為という理由は理解出来るものの、ちょっと脚色も度が過ぎている感じがするのが不満
特に「ハリネズミ」「サマータイム」といった謎解き色の強い作などは創り過ぎな印象を持った
「正当防衛」は、何となく北斗の拳を連想してしまった(笑)
個人的に好きな作は、犯罪自体は軽犯罪だがちょっとした事務手続き上のミスが狂気を生み出す異色作「棘」、それとkanamoriさんも挙げられた感動編の「エチオピアの男」かな
ところで収録作の何割かには、アラブ系の人種がよく登場してくるけど、ドイツも移民大国って事なのかな

No.365 6点 悪女パズル- パトリック・クェンティン 2012/04/27 09:59
本日27日に創元文庫からパトリック・クェンティンの初期パズルシリーズ第1作「迷走パズル」が刊行される
これが他社だったら、まず「俳優パズル」を復刊して様子見てってな順番だろうが、ファンの間で復刊要望の高い「俳優パズル」を後回しにして、順番としてシリーズ第1作目から手を付けるなんていうあたりがいかにも律儀な創元らしいよな

* 1912年生まれ、つまり今年が生誕100周年に当たる作家は意外と多い、今年の私的テーマ”生誕100周年作家を漁る”の第5弾はクェンティンだ
合作コンビの内の1人、ヒュー・ホイーラーも生誕100周年である(コンビのもう1人リチャード・ウェッブの方は少々年上)

マクロイなんかもそうだが、幻の絶版本が有って予てから復刊要望が寄せられるような作家の場合、悪い意味で一種の伝説化してしまう傾向が有る
クェンティンもそんな典型的な1人(2人だけど)で、特にパズルシリーズっていうと神的に崇め奉られてる印象が有るんだよな
その最大原因と思われるのが”パズルシリーズ”という通称である、この通称からガチガチの論理パズラーみたいに誤解されやすい風潮を生んでしまったのがこのシリーズの一番の悲劇なんじゃないかなぁ
トリック一辺倒だったアメリカ本格派は黄金時代末期に行き詰まり戦中戦後にかけて質的変化を起こしていく
この時期のアメリカン本格派作家達はヘレン・マクロイなどのようにサスペンスタッチの変化球的本格に移行していくわけだが、クェンティンのパズルシリーズも同系統だと思う、少なくとも黄金時代真っ只中の本格派とは異質だ
まさにアメリカン本格の辿った変遷潮流に乗ったシリーズと解釈すべきである
そう考えると、ちょっとごちゃごちゃしたプロットも必然性が有ったと見なせる気がする、パズルシリーズは再評価されるべきなんだろうな
ただこの「悪女パズル」はごちゃごちゃし過ぎて上手く纏まっていない印象は有る

※ (追記)
その後「俳優パズル」も読んだが、私はこの「悪女パズル」よりも「俳優パズル」の方が好きだ
何故かと言うと、「悪女パズル」を「俳優パズル」より上に評価する読者というのはいかにも本格派らしい真相を求める読者な気がするのだ、私は「俳優パズル」のちょっとスレな真相の方が好きだ

No.364 4点 Yの悲劇- エラリイ・クイーン 2012/04/26 09:54
本日26日にテレビ朝日系列で連続ドラマ「Wの悲劇」がスタートする、主演は若手人気女優の武井咲(”さき”じゃなくて”えみ”だよ)
便乗企画としてレーンシリーズからと思ったのだが、なにしろ夏樹静子作品を1冊も読んでねえんで、「X」か「Y」かで迷った
「Wの悲劇」の粗筋見たら”館もの”っぽいから、便乗企画的には今回は「Y」だ

と言ってもさぁ、私はCCや”館もの”というシチュエーションに全く興味の無い読者なんで、舞台設定だけで言うなら「Y」より「X」の方が好きなんだよな、だからあまり語るべき事柄も無いんで(苦笑)
前期クイーンの特徴ってのはさ、”属性”に基づく犯人の設定だが「Y」もこの例に漏れない
ところでクイーンは登場人物を多く出しても無駄に感じさせないのが上手い、この「Y」でも一見どうでもいいような登場人物にも謎解きの根幹に関わるかに関係なく何らかの役割を与えている
クリスティには時々そういう意味で無駄なの有るから

No.363 8点 ベルリンの葬送- レン・デイトン 2012/04/25 09:54
本日25日発売の早川ミステリマガジン6月号の特集は、”SPY ル・カレから外事警察まで”

現在は白鳳の1人横綱だが横綱ってのは東西2人揃ってこそだ、そこでル・カレと並ぶもう1人に横綱土俵入りをして貰おう
ル・カレと並び称される為には活躍時期がル・カレと被っている必要が有る、そうなればこの作家でしょ、レン・デイトンだ

デイトンはル・カレみたいな真面目一本槍路線とは違う新たなアプローチを提唱した、真面目スタイルじゃないからってフレミング流エンタメ路線とも違う
自身が諜報関係の国家公務員だったル・カレと違い、凡そエリートコースを歩んできたとは言えないデイトンだけに、どこかしら斜に構えた視点を感じさせるのが特徴だ
デイトンはよくハードボイルド語法で書いたスパイ小説と言われるが、洒落た会話、超然とした態度など、たしかにそういう面は有る、そもそも主人公の”私”からして本名不明のコンチネンタル・オプみてえな奴だし
ただ私はハードボイルドと言うより新感覚派とでも呼びたいなぁ

実は「ベルリンの葬送」って昔から難解という定評が有り、今まで読むの尻込みしてたが、しかし実際に読んでみるとそれほど難解ってわけじゃない
基本は簡単、あくまでも見かけ上だが、受けた指令ってのは要するに東側の酵素学者が西側に亡命したいっていうので、金欲しさに西側に裏切り予定の東側の大佐と協力して、ベルリンの壁を越えて酵素学者を運び出すっていう話
題名の”葬送”の意味は終盤になれば分かる
難解に感じるのは具体的な部分ではなくて、意味深な会話文に読者が付いていけるかどうかだろう
読者を選ぶと言うか、多分、合わない読者は徹頭徹尾合わないだろうな
スパイ小説ではあるが理詰めな書き方なので本格しか興味無い読者が読んでも楽しめるル・カレに対して、100%全て説明されないと気が済まないタイプの読者には最も嫌われる類の感覚主義的なレン・デイトン
私は全て説明しろと要求するタイプの読者じゃないからねえ、デイトンは肌に合うし好きだなぁ

No.362 7点 寒い国から帰ってきたスパイ- ジョン・ル・カレ 2012/04/24 10:16
明日25日発売予定の早川ミステリマガジン6月号の特集は、”SPY ル・カレから外事警察まで”
先月にル・カレ「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」の新訳版が刊行された
未読だが菊池光訳の旧訳版に別段問題無いだろうに何で今頃と思ったが、映画化されて今月21日に公開されてるってわけか
私はもちろん旧訳版は持っているし、この機会に読んでみるかとも思ったのだが、どうせ新訳版が出たならそっちにしようと思って保留

そこで横綱土俵入りとして「ティンカー、テイラー」の代わりに初期代表作の「寒い国から」に御登場願おう
「寒い国から帰ってきたスパイ」は、本格っぽかった第1作目「死者にかかってきた電話」とはうってかわって直球王道のスパイ小説って感じだ
一応スマイリーは登場するのでシリーズ作品ではある
しかしこの作でのスマイリーは、決して狂言回し的役割ではなくまぁ重要な役では有るのだが、登場場面がそれ程多いわけでもなく明らかに主役になっていない
東西冷戦下の政治状況に翻弄される現場スパイの心理戦と悲哀を描いたこの作品は、一種のスピンオフ作という位置付けとも全く違う、言わば単発的作なんだと思う
ル・カレの代表作の1つなんだろうけど、スマイリーを中心に考えるのなら他の作も読む必要はあるんだろうな

No.361 4点 死者にかかってきた電話- ジョン・ル・カレ 2012/04/23 09:52
明後日25日発売予定の早川ミステリマガジン6月号の特集は、”SPY ル・カレから外事警察まで”
「外事警察」ってのは麻生幾原作の和製公安スパイ小説らしいが、6月に映画が公開予定であり前宣伝てことだな
ミスマガでは以前にもやはり映画宣伝で東直己の特集組んでたけど、映画会社からいくらか入ってくるんでねえの?
それにしもさぁ、東直己といい今回の麻生幾といい、当サイトで作家登録されてるにも拘らず書評数が少ねえなぁ
和製警察小説は最近はまぁまぁ人気のようだが、和製ハードボイルドやスパイ小説って人気ねえなぁ

さてミスマガの特集テーマであるSPY、まずは露払いで御登場していただくはル・カレのスマイリーシリーズ第1作
私は未読だが第2作「高貴なる殺人」について某サイトでは作者唯一の本格派作品と有ったし、当サイトでもnukkamさんも本格派作品だと書評に書いておられます
実は第1作「死者にかかってきた電話」も殆ど本格派作品だと断定してもいいのではと思えるのである
たしかに背景には諜報活動が絡んでいるし、どうしてもスパイ小説に分類されてしまいがち
本格至上主義な読者の傾向として、一般的本格作品であっても背景に個人的動機ではなくて諜報活動が絡むのを好まないんだよなぁ
しかし黄金時代の本格にも背景に諜報活動が絡む話はあるんだよね、スパイが僅かでも出てくれば一律にスパイ小説だとは決め付け難い
「死者にかかってきた電話」の場合、冒頭のスマイリーが疑念を抱く場面、その後の捜査小説風な展開など、内容的にはスパイ小説よりも遥に本格派推理小説や警察小説に近い
こういう作風が最初期ル・カレの特徴なんだろう

No.360 5点 十二夜殺人事件- マイケル・ギルバート 2012/04/19 10:00
* 1912年生まれ、つまり今年が生誕100周年にあたる作家は意外と多い
今年の私的読書テーマ、”生誕100周年作家を漁る”、第4弾はマイケル・ギルバートだ

実は私がこの作者で最初に読んだのが「十二夜殺人事件」で、まだミステリー初心者の頃だった
初心者らしからぬ選択だなとお思いの方も居られようが、私の入門書は植草甚一のガイド本で、植草氏はやたらとこの作家を推薦してたのである
ところがさぁ、植草氏御墨付きのポケミス版「死は深い根をもつ」と創元文庫「ひらけ胡麻!」の両作はとっくの昔に絶版で入手は極めて難しく、後期の集英社文庫「ケイティ」も見付らず、古本屋で最も簡単に入手出来たのが「十二夜殺人事件」と文春文庫「金融街にもぐら1匹」だけだったのだ、この2冊は現在でも古書市場では格安でしょ
今の読者は幸せだよなぁ、代表作の1つ「スモールボーン氏は不在」と、創元文庫「捕虜収容所の死」が楽勝で入手可能なんだから、今ではデビュー作まで刊行されてるし

マイケル・ギルバートは海外での名声に比較して、日本では決してメジャー作家とは見なされていないが、調べてみるとねえ、意外と翻訳刊行は結構されている
ただし古くに訳されたものは後期作は入手容易だが初期のは殆どが絶版入手困難で、つまり今後は早川と創元が復刊してくれるかどうかだな
「十二夜殺人事件」は後期の作で、後期作とは言えよくこの作家の作品が昔に文庫で刊行されたな、何らかの受賞作だったからか?

マイケル・ギルバートってとにかく作品毎にジャンルや作風の変わる人で、基本となる持ち味がそもそも分かり難い
「十二夜殺人事件」もkanamoriさんも言及されているようにジャンルミックスな話で、まぁ一種の捜査小説なんだろうがちょっと風変わり
新任教師の正体は、凡そ○○側の人間なんだろうと察しはつくのだが、潜入した狙いがなかなか見えてこない
前半などは生徒たちとの交流が中心で、読者に物語の上での焦点を絞らせないってのが共通する持ち味なんだろう
悪くはないが傑作というにはちょっと足らないですかねえ

No.359 5点 消された時間- ビル・S・バリンジャー 2012/04/16 10:02
* 1912年生まれ、つまり今年が生誕100周年にあたる作家は意外と多い、今年の私的読書テーマ、”生誕100周年作家を漁る”、第3弾はビル・S・バリンジャーだ

私が思うに、バリンジャーという作家は日本ではとても愛好されながら誤解されてる作家だと思う
いや、愛好されるが故にと言うか、つまりですねえ、普段から本格しか読まないような読者が手を出しがちで、しかも悪い意味で本格としてどうかという、ジャプリゾやカサック等と同様の読まれ方をされてしまう典型的な作家の1人というイメージだ
だからラストのサプライズがどうだとか仕掛けがどうだとか、そういう面だけに焦点が絞られがちだ
大体さぁ、本格しか読まない読者に共通する風潮はさ、やれ地道な捜査場面が退屈だの、尋問シーンにうんざりだとかさぁ、物語の途中経過に興味が無い傾向が有るんだよな
終盤の解決編とオチや捻りだけを求めるようなね
バリンジャーはどう見たって本格じゃなくてサスペンス小説の作家だし、やはり途中経過こそが読ませどころだと思うんだよなぁ

「歯と爪」と並ぶもう1つの代表作「消された時間」にしても、どうしても叙述トリックばかりに目が行きがちだが、途中経過を抜きにして見たら魅力半減、いや1/10だろう
この叙述トリックはたしかに現代の観点から見れば使い古された手法である
しかしだ、カットバック的に2つの話が並行して語られるが、分量的に見てもその扱われ方の比重は1:9位の違いがある
一方の警察側の捜査場面は本当に僅かで大した内容は無い
つまりこの叙述トリックなんて、最後のオチを効果的に演出する為の伏線の意味位しか持っていない
この作品の持ち味は並行して語られるもう一方、必ずしも善良な市民なのかも疑問な記憶を失った謎の男の自分探しだと思う
人生の哀愁みたいな漂う雰囲気、このペーソスこそがバリンジャーという作家の持ち味なんだろう

No.358 6点 思考機械の事件簿Ⅲ- ジャック・フットレル 2012/04/13 09:56
今年はタイタニック号沈没後100周年に当る
100年前の1912年4月14日深夜に氷山と衝突したタイタニック号は15日未明に沈没するが、タイタニック号の命日はすなわちジャック・フットレルの命日でもあるのだ
なぜフットレルが乗り合わせていたのかは定かでは無いが、当時は思考機械譚が本国アメリカ以外でも人気があり、出版上の打ち合わせの為に英国に渡り、その帰途だったのでは?という憶測もあるようだ
実際に思考機械の一部には、アメリカより先にあのストランド誌が初出だった短篇も有るくらいだ

思考機械の短編群は、内容ではなく短篇集の纏められ方で見ると、大きく分けて2つに分類される
1つは作者の生前に刊行された第1と第2短篇集で、「十三号独房」や「赤い糸」「焔をあげる幽霊」といった有名作は当然この2つの短篇集に含まれている
もう1つは、1970年代にアメリカの編集者エヴリット・ブライラーによって編まれたドーヴァー版と呼ばれる落穂拾い的な2冊の短篇集である
前者の短編群は主に創元文庫版のⅠ巻とⅡ巻に収録されているが、創元文庫版Ⅲ巻では後者から多く採られており言わば増補的色彩が強い
有名作の有無の違いは有るが、それでもシリーズの特徴に大きな違いは無く、トリック自体はチャチだが、トリックの見せ方演出勝負であると言う長所短所は共通している
トリックだけを抜粋して言うなら、思考機械は過大評価、ソーンダイク博士は過小評価されてると私は思う

さてこの第Ⅲ巻だが、Ⅰ巻Ⅱ巻に比べて特に内容が劣るとは思わないが、逆に特筆すべき短篇も無くまぁ平均点
やはりⅢ巻の目玉はkanamoriさんも言及されているように、思考機械シリーズ唯一の長編が収録された事だろう
短篇での第1作は言うまでも無く「十三号独房」だが、実は初登場したのは長編「金の皿盗難事件」なのだ
kanamoriさんのやや辛目の御評価に反してしまって本当に申し訳無いのですが、この長編なかなか面白かった
ホームズの長編が後半を過去の因縁話に充てているのに対して、この長編では後半1/3に思考機械が登場して謎を解くという後の近代的長編スタイルを先取りしている
しかも叙述視点人物を章によって代えているプロットが真相と絡んでくるのが斬新で、そう言えば後の短篇にも叙述トリックを使用したものが有るんだよな
惜しむらくは後の短篇群に比べて思考機械の推理にキレと説得力が乏しいのが残念
ところで冒頭に、いやに詳細に思考機械を紹介する件が有るが、実は生前に第3短篇集の刊行計画が有り、それに合わせて書き下ろしたものらしい、計画は幻に終わったが

※ 今回のテーマに合わせて私のⅡ巻の書評も若干増補しましたので、そちらも参照していただけると嬉しい

No.357 5点 タイタニックを引き揚げろ- クライブ・カッスラー 2012/04/11 10:03
現在公開中の映画『タイタニック3D』は、『アバター』のジェームズ・キャメロン監督が自身監督したあの映画を3D化したものだ
1912年4月10日、ニューヨークに向けて英国サウサンプトンから処女航海として出航したタイタニック号は、あの運命の4月14日を前に100年前の今頃は悠々と航海中だったわけだ
そう、今年はタイタニック沈没後100周年にあたるのである

タイタニック関連のミステリー小説はいくつか有るのだろうが、やはりこの作品は必須でしょう
クライブ・カッスラーについては私は先入観を持っていて、どうせアメリカンスタイルのミーハー冒険小説でねえの?と半分馬鹿にしてハードルを下げて読んでみた
いや~馬鹿にして悪かった、意外と面白れえや
サウンドトラックにセリーヌ・ディオンの「My Heart Will Go On」が似合わない結構マジで本格的な冒険小説で、少なくともつまらないという事は決してない
シリーズの主役ダーク・ピットの造形などは英国冒険小説には居ないタイプで、アマチュアが冒険精神で動くというよりはプロフェッショナルって感じだ
いきなり本題に入らず、敵の城を攻めるに最初から本丸に突撃したりせず、まず外堀から埋めていくような話の持って行き方が物語に深みを与えている
そもそもタイタニック引き揚げには莫大な国家予算が必要なわけで、それ相応の動機が無くてはならないが、その理由を思い付いたのが作者の手柄だろう
その辺が序盤で描かれるのだが、ちょっとしたミステリー仕掛けになっており、また終盤で軽いどんでん返しの謎解きもある
冒険小説だから一律にミステリーの範疇外、などという言葉はこの作品には当て嵌まらないのだ

もし私が冒険小説ジャンル限定でベスト10を選ぶとしたら、ベスト5以内に入るような傑作では無いが、10位あたりににそっと置いてやってもいいかなとは思う
シリーズの他作品も1~2冊読んでみてもいいかなと思ったもん
内容的には6点位付けられるのだが、残念ながらアメリカ作家が冒険小説を書いた場合の欠点も如実に有るんだよなぁ
全体を貫くお気楽なヤンキー魂の能天気さは気になるし、特に締め括りなどは、もし英国作家がこれ書いたらあんなハッピーエンドには絶対せずに、もっと余韻の残るほろ苦いラストにしただろうな
このいかにもなアメリカ調が気に入らず4点、先ほど述べた内容の評価6点との平均を取って5点とした

No.356 5点 もっとも危険なゲーム- ギャビン・ライアル 2012/04/09 10:02
発売中の早川ミステリマガジン5月号の特集は、”レジナルド・ヒルと内藤陳よ、もう一度”
追悼特集ってわけね

今回の陳メに関する特集テーマは、やはりライアルに締め括ってもらおう、
内藤陳と言えば何たって新宿歌舞伎町ゴールデン街で日本冒険小説協会のアジト酒場『深夜プラス1』の店主だったんだから
「深夜プラス1」はいかにも陳メが好きそうな作品だが、「もっとも危険なゲーム」についてはどう評価してたんだろうな
私はライアルという作家は基本的にあまり好きではないのだが、その理由の1つに、ライアルが広く日本の読者に浸透してから、冒険小説とハードボイルドという2つのジャンルを区別しない悪しき風潮が出て来た印象が有るんだよな
私は冒険小説とハードボイルド私立探偵小説とは全くの別ジャンルという立場を採っているので、昨今の両者を同列に扱う風潮が大嫌いである
ハードボイルドという語句を拡大解釈するのは良くないと思う、アメリカの私立探偵小説って結構狭い意味の分野なのだ
そういう意味で冒険小説とスリラー小説とハードボイルドを合併させたような「深夜プラス1」よりも、より純粋に冒険小説オンリーに徹した「もっとも危険なゲーム」の方が好感は持てる
でも結局は1対1の男の勝負に話を持って行く歌舞伎調な展開は萎える(強引な歌舞伎ちょうネタ~苦笑)
どうもライアルは私には合わないようで

No.355 5点 ナイルに死す- アガサ・クリスティー 2012/04/05 09:52
今年は1年間に渡って”ツタンカーメン展”が開催される、皆様ご存知でした?
現在は6月上旬までの上半期に大阪が会場となっており、8月~12月までの下半期は東京に会場が移る
西日本在住の皆様、黄金のマスクを見るのは今がチャンスですよぉ~
今年の日本はエジプト・イヤー、ってのは大袈裟か(苦笑)

エジプトはナイルの賜物、そこで「エジプト十字架」に続いての第2弾はこれだ
私は作者が仕掛けてきたなってのは割と見破る方なんだよね
「死との約束」「ポアロのクリスマス」「葬儀を終えて」みたいな、いかにも狙ったな、みたいなやつは普段はアホなくせに勘が働くんだ
しかし「ナイルに死す」には全く騙された、私はこういうのに弱い、人間を信用してしまう性格なんだろうか露ほどにも疑わなかった
いかにも作者が視点を逸らそうとしてるタイプのは割と気付くんだけど、この手の真っ向勝負に人間の本性でこられると駄目だな、私はこういうの見抜けない
でも「ナイルに死す」は真相が分かったって人が意外と多いんだね、私にとっては上記で挙げた3作よりも「ナイル」の方が難しいと思うんだが
それにしてもだ、「ナイル」って作者の自信作の1つらしいが、そうかなぁ
たしかに作者の中でも最も華やかな作品の1つではある
しかし赤い鰊が多い割には、それらの人物描写が記憶に残ってないしなぁ、結局赤い鰊以上の存在になってないし、やたら能天気だし
やはり物語性と人間ドラマと人物描写が評価出来る話の方が好きだなぁ

No.354 5点 さらば愛しき女よ- レイモンド・チャンドラー 2012/04/04 09:55
発売中の早川ミステリマガジン5月号の特集は、”レジナルド・ヒルと内藤陳よ、もう一度”
追悼特集ってわけだね

昨年末に逝去した内藤陳、と言えば一応ハードボイルドの書評もしないわけにはいかんだろ
で、陳メが好きそうなチャンドラーからチョイス
でも「さらば愛しき女よ」って分からん作品なんだよなぁ
そもそも題名が意味不明、作中にこんな台詞が似合う場面が有ったっけ?
何かのガイド本で、こういう題名の付け方解釈は不適切で、本来は「あばよ大好きなねえちゃん」位の方がニュアンスとして近い、という説が有ったが、うん、これなら納得
チャンドラーを叙情的に訳すのは実は間違っていて、マーロウは孤高の騎士では無く、生意気な口をきく不良っぽい兄ちゃんが本来の姿なんだという説は昔から有るし
たしかに「大いなる眠り」に於ける双葉十三郎の翻訳の方が内容はともかく全体の雰囲気はピンと来るんだよなぁ
プロットで言えば「高い窓」や「長いお別れ」の方がまだ分り易いから私の悪い頭でも何とか理解出来た
海外では「さらば愛しき女よ」よりも「高い窓」の方が評価が高いそうだ
まぁでも私はロスマクよりチャンドラーの方が好きだ、叙情的な解釈は間違いだと言われてもペーソスは感じるし
ところでチャンドラーの方がハメットより年上って皆様ご存知でした?

No.353 4点 エジプト十字架の秘密- エラリイ・クイーン 2012/04/02 09:51
今年は1年間に渡って”ツタンカーメン展”が開催される、皆様ご存知でした?
現在は6月上旬までの上半期に大阪が会場となっており、8月~12月までの下半期は東京に会場が移る
西日本在住の皆様、黄金のマスクを見るのは今がチャンスですよぉ~

ところで何でツタンカーメンが有名だか皆様ご存知ですか?
実はツタンカーメンってエジプト古代王朝の各ファラオの中では、さして重要な存在だったわけじゃないんだよね
義父はそれまでの多神教を捨て一神教を採用した宗教改革で有名なイクナートンことアメンホテプⅣ世
このイクナートンは、特に事業も行なわず、それまでの都を捨て遷都し、一心不乱に祈ってただけの王だったという説がある
ツタンカーメンは即位後は都を元に戻すが、少年で即位し若くして亡くなった病弱な体質の王だった
しかし重要な存在の王でなかった事が後世に名を残したのだ
エジプト王家の墳墓というのは金銀財宝などの副葬品が有る為、長年に渡って盗掘に遭い被害を免れた墳墓は殆ど残っていない
ツタンカーメンの墓は奇跡的に盗掘されず副葬品の殆どが手付かずのまま発掘されたのだ、多分ツタンカーメンが重要な王じゃなかったのが幸いして泥棒が目を付けなかったのかも知れん
今年の日本はエジプト・イヤー、ってのは大袈裟か(苦笑)

さてエジプトと言えば最初はこれだ、何たって題名に「エジプト」が付いているんだから
この作品の肝は要するに”○○○が犯人”というパターン、これは同作者が別の某有名作でも使用している
某有名作ではこのトリックを巧妙にさり気なく使っており、読者にそれと悟らせないのが上手い
一方で「エジプト十字架」では、こんな死体を登場させたら読者に当然ながら怪しまれるの承知で、その疑惑をどう逸らすかに賭けた作品だ
取って付けたようなエジプト十字架という趣向も、こんな死体の姿にする必然性を付加するのが目的だろう
もっともいくら地方の警察だとは言え、普通は死体の○○を調べるとは思うが
某作品のように読者に悟らせないのではなく、中盤で読者の疑惑通りに一旦解明し、さらにプロットを紆余曲折させて読者の混乱を狙うという新たな手口だ
流石はクイーンと言いたい所だが、どうしてもケレン味でミスリードする必要性は分かるけど、地味好きな私の好みじゃねえなぁ
真相は大部分は看破した、例の薬壜の手掛りは直感じゃなくて論理的に推理した、でもアマチュアっぽくて面白くない推理だな
3点でもいいかなと思ったが、私の嫌いな館ものじゃなくて屋外の事件という事で1点おまけ

No.352 8点 虎の眼- ウィルバー・スミス 2012/03/30 09:57
* 今年の私的マイブームの1つ、スミス姓の作家を漁る

発売中の早川ミステリマガジン5月号の特集は、”レジナルド・ヒルと内藤陳よ、もう一度”
追悼特集ってわけだね

内藤陳と言えば発起人でもある”日本冒険小説協会”
協会では毎年、国内・海外それぞれその年度のベスト冒険小説大賞を選んでいる
歴代受賞作を見ると純粋にハードボイルドだったり諜報小説やアクションスリラーの類などヴァラエティに富んでいて、全体としては総合エンタメ小説アワードって感じだ
視野が広いのは良い事だが、、悪い意味で冒険小説というジャンルを広く解釈し過ぎて、冒険小説とハードボイルド私立探偵小説と同系列と解釈するような誤った風潮も生んでいる
少なくともハードボイルドだけは別部門を設けるべきだろう

まぁ愚痴はさて置き、冒険小説協会選定90年の受賞作がウィルバー・スミス「虎の眼」なのだ、”このミス91年度版”の7位にも入っている
私はごく少数の冒険小説しか知らないが、これまで読んだ冒険小説の中でも最高に面白い1冊である
各章の番号どころか章立て自体が一切無いのだが、”読み出したら止まりませんよ”てな作者の自身の表れか、それでいて緩急の付け方も絶妙
よくジェットコースター式スリラーという分野が有るが、これはまさにジェットコースター式冒険小説だ
強いて言うなら欠点も有って、宝探しにお約束の美女登場と冒険小説としては昔ながらの定型だし、主人公がタフ過ぎだろ(笑)と指摘は出来る
でもとにかく面白い、世界的な人気作家なのに何で日本では人気がもう一つ出なかったんだろ、やはり出版社がバラバラな紹介のされ方が仇だったか、こういう不運な作家居るんだよねコリン・フォーヴズとか
冒険小説の初心者が入門するにはA・マクリーンあたりはちょっとしんどいと思う、そういう意味では「虎の眼」は入門編としても向いている
「虎の眼」でもう一つ言及すべきは終盤のどんでん返し、これを読んだら、冒険小説はミステリーの範疇外などという言葉は出てこないはずだ

No.351 5点 ナヴァロンの要塞- アリステア・マクリーン 2012/03/29 10:06
発売中の早川ミステリマガジン5月号の特集は、”レジナルド・ヒルと内藤陳よ、もう一度”
追悼特集ってわけだね

昨年暮に亡くなった内藤陳と言えばさぁ、”このミス”で締め切り後(もちろん集計外)の投票で毎年恒例のトリを務めるのが名物だったよなぁ
そして”日本冒険小説協会”の発起人でもあった
しかしねぇ、私は日本冒険小説協会に不満があるんだ
冒険小説と銘打ちながら見識は広く諜報スリラーやハードボイルドなども視野に入れている
間口を広く取る事それ自体は良い、間口だけならね、ちゃんとジャンルの区別をしてるならば
現在では冒険小説とハードボイルドを同列なジャンルと見なす悪しき風潮が有るが、この悪習の元となった一因には内藤先生の存在も有るんですぜ
両方のジャンル共に好きってのは別に良い、しかし両者を混同しちゃいかんだろ
冒険小説とハードボイルドを同じジャンルと考える風潮が私は大嫌いである、両者は歴史的経緯が全く別物だし
日本の読者って、本格に関してはすごく形式的に狭く解釈するくせに、ハードボイルドって言葉をやたら広く解釈する傾向がある
アクションスリラーなども平気でハードボイルドって呼んだりするんだ
ハードボイルド私立探偵小説っていうのはアメリカ独特のジャンルで、つまりアマチュア探偵に対して職業探偵が謎を解く形式の割と狭いジャンルを指すのだ、職業と言っても公務員である警官が主役なのは警察小説として別ジャンルになる
つまりだねハードボイルドって言うのは、冒険小説よりも遥に本格の方に近いジャンルなのだ、事件を解決するって意味では、ただ捜査のアプローチ手法が違うだけ
ありゃ前置きが長くなっちゃった、続きはハードボイルドの書評時にでも

上記で述べたように冒険小説は本格とは異質なジャンルだ、でもだからと言ってミステリーの範疇外なわけじゃない
謎が存在し謎に対する興味で物語を紡ぐのならば広い意味では立派にミステリーの範疇内である、ミステリーの範疇に入る冒険小説作家なんて一杯居る
それと冒険小説は戦争小説じゃない、戦争を背景にする事の多いマクリーンの方がむしろ異色なのであって、多くの冒険小説は民間の問題を背景にしている、マクリーン以前のハモンド・イネスだって民間絡みの話の方が多いし
戦争小説じゃないんだから軍事戦略的にいかに敵に勝つかという総合的な問題は全くもって重要ではない、戦争は単に背景にしか過ぎず、別に民間の調査だったりでも良いのだ
だから敵に勝つのが目的ならミサイルを撃ち込めば済む話だが、それ言ったら本格だって何もトリックを弄さなくても簡単に殺す方法なんていくらでも有るだろ
そこをトリックを読者に考えさせるのが本格の主眼だという御意見もござろうが、それ言うなら冒険小説だって敵国に勝つことを目的にしているわけじゃない

とここまで冒険小説をミステリーの範疇内として擁護していながら採点が5点て低くないかと言われそうだな
だってさ、マクリーンて雰囲気とかがあまり面白くないんだもん

No.350 7点 骨と沈黙- レジナルド・ヒル 2012/03/23 09:57
明日24日発売の早川ミステリマガジン5月号の特集は、”レジナルド・ヒル&内藤陳”
どちらも追悼特集ってわけね

年明けに亡くなったレジナルド・ヒルは、セイヤーズ等の流れを汲む英国伝統を感じさせる本格派作家だ
トリック重視な読者には合わないかも知れないが、鮮やかな人物描写と重厚な物語性、現代英国本格における最重要な作家だっただけに謹んでご冥福を御祈りする
「骨と沈黙」はCWA賞を受賞した作者の前期代表作と目される大作で、後期の大作群に比べれば格別に長いわけじゃないが、前期のこの作者にしてはコンパクトに纏まった作品群の中ではたしかに長い
しかし長さを苦痛に感じさせないのがヒルの筆力なのである
だがしかし、これはあくまでも私の好みの問題なんだが、私には初期の「四月の屍衣」の方が面白かった
独特のマタ~リ感が良いんだよね
客観的に評価するなら当然この「骨と沈黙」の方が上だろうし、私が他人に薦めるなら矢張りこっちを選ぶ
でも「骨と沈黙」は力入り過ぎでしょ、苦痛には感じないけど流石に読んでて疲れた
「四月の屍衣」の脱力感こそがヒルの味と思うのは私だけ?

No.349 5点 夜歩く- ジョン・ディクスン・カー 2012/03/22 09:59
本日22日に創元文庫からカーのバンコランものの初期作品「蝋人形館の殺人」が発売となる
あぁ新訳復刊ね、と単純に思った貴方は早とちり、と言うのも創元としては”復刊”では無いからだ
そこでバンコラン登場全5作品を整理してみよう

「夜歩く」(1930)舞台はパリ、創元、早川etc
「絞首台の謎」(1931)舞台はロンドン、創元etc
「髑髏城」(1931)舞台はライン河畔、創元
「蝋人形館の殺人」(1932)舞台はパリ、早川PM
「四つの凶器」(1937)舞台はパリ、早川PM

以上の5作しか無いが面白い事に気付く
まず最後の「四つの凶器」は刊行年が間が開いており、既にフェル博士が軌道に乗ってきてからの作だ
さらにバンコランはフランス人探偵なのに舞台は意外と国際的
そして「夜歩く」だけは創元と早川の両社版が有るが、2作目と3作目は創元版は有っても早川版が無く(2社以外の版は除いて)、逆に4作目と5作目はポケミス版は有っても創元版がこれまで存在しなかった
そう、つまり創元文庫が「蝋人形館」を手掛けるのは実は初めての事なんである
まぁポケミス版「蝋人形館」は以前に復刊はされたものの訳が古かったからね、この調子で入手難の初期ノンシリーズ作「毒のたわむれ」なんかも新訳頼むよ

2作目3作目と舞台が転々とした後、「蝋人形館」では「夜歩く」以来再びパリに舞台は戻った
その「夜歩く」だが作者のデビュー作で、文章などにも作者の意気込みは伝わる
ただ語り手ジェフ・マールの存在感が希薄だったりフランス人探偵だったり怪しい雰囲気といい、何となくポーのデュパンをイメージしてしまって形式の古さを感じた
探偵役バンコランは悪魔的な風貌と性格は雰囲気出てるんだけど、結構饒舌な奴だよな、とにかく喋る喋る、案外と口調は軽いんだ(笑)
これがどうにもミスマッチで、謎解きがどうのなんて事よりも気になってしまう
フェル博士だとさ饒舌でも気にならないんだ(再笑)、作者がバンコランを見捨ててフェル博士に移行したのも分かるなぁ
「三つの棺」も当初はバンコランを想定してたという説も有るし、1937年になってから「四つの凶器」で復活させたのもどういう意図だったのだろうね

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