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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ]
バビロン脱出
ネルソン・デミル 出版月: 1985年08月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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早川書房
1985年08月

早川書房
1992年10月

No.1 7点 Tetchy 2013/06/10 20:12
ネルソン・デミルならぬドミルの1978年の作品である本書は当時最新鋭の飛行機だったコンコルドがスカイジャックされるというルシアン・ネイハムの『シャドー81』を想起させる作品。当時アメリカでは『シャドー81』はほとんど話題にならなかったとのことだが、ドミル自身はその作品を読んでいたに違いない(ネルソン・ドミルで登録するとややこしくなるのでデミルにて登録)。

しかしスカイジャックのコンコルドだけを舞台に物語は終わらない。テロリストにスカイジャックされたコンコルドの乗員は誘導されたバビロンの地で混成の即席の軍隊としてテロリスト一団と戦いを挑むのだ。
政府要人を含んだ一行は不時着したコンコルドを資材にしてアラブ人テロリストたちの攻撃に対抗すべく、要塞を作る。この辺りは昔ながらの冒険サバイバル小説の風合いがあり、懐かしくも楽しく読んだ。
機内の戦争映画の戦闘シーンのヴォリュームを大きくして、イスラエル側の戦力が多いように偽装したり、エアゾール缶に火をつけて火器に見せかけたり、さらにはブラジャーを投石器代わりにしたり、窒素ボンベの先にコンコルドのシートを付けた爆弾を作ったりと、日用品を使った生活の知恵ならぬ戦闘の知恵がそこここに挟まれていて面白い。

本書の主人公ハウズナーはエル・アル航空の保安部長でありながらテロリスト、アメド・リシュの因縁の相手でもあるが、本書をハウズナーとリシュの決着の物語とするのはいささか安直に過ぎるだろう。ではハウズナーとリシュをリーダーにしたアラブ人テロリストと素人武装集団の戦い、つまり代理戦争であるというのもまた足りない。これは我々イスラムの民でない者が理解できない彼ら民族間の根深い抗争の物語であり、民族の誇りのためには命を投げ出すことも厭わない民族の物語なのだ。アメリカの冒険小説である本書のメインの登場人物がイスラエル人とアラブ人なのも特異だが、この対立が23年後アメリカ人とアラブ人という構造に変わり、全く違和感のない世界になっていることが恐ろしい。ドミルは9.11以前に既にアラブ人テロリストがアメリカに侵入して次々と元軍人たちを殺害する『王者のゲーム』を著しているがその萌芽は既に本書にあったのだ。

さらに作者がトマス・ブロックと共著で発表した航空パニックの大傑作『超音速漂流』の元ネタも本書には見受けられる。そういった意味で本書は後にベストセラー作家ネルソン・“デミル”になる源泉だと云える。

そして忘れてはならないもう1人の主役がテロに遭うコンコルド機だ。今はもう生産されず営業航行されていない幻のスーパージェット機コンコルドが満身創痍になりながらも再び空へ旅発とうとする姿は映像化すれば魂宿る気高き鳥として映るに違いない。後世にコンコルドという音速を超えるジェット機が存在したことを知らしめる詳細な資料としても貴重な一冊となっている。


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