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[ クライム/倒叙 ]
殺意
フランシス・アイルズ 出版月: 1953年01月 平均: 6.23点 書評数: 13件

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日本出版協同
1953年01月

中央公論社
1960年01月

東京創元社
1961年01月

中央公論社
1962年01月

東都書房
1962年01月

東京創元社
1971年10月

グーテンベルク21
2015年03月

No.13 7点 弾十六 2025/02/09 22:15
1931年出版。初出Daily Express紙1931-08-10〜09-15、挿絵Lance Cattermole。私はグーテンベルク21、宮西 豊逸 訳で読了。元本は東都書房 世界推理小説大系18(1962)と思われる。英国生活を熟知されている感じの非常に良い翻訳。
以下、バークリーの私生活はWEBサイトSheDunnItの"The Psychology of Anthony Berkeley"とWEBサイトA Crime Is Afootの"Berkeley, Anthony (1893 – 1971) [updated 26/02/2022]"を参考にしました。
当サイトでは意外に評価が低い。私もしばらく途中でぶん投げていたんですが、Daily Expressの挿絵(我がブログの「アイルズは苦手」参照)をオカズに再チャレンジしたら結構面白く読めました。
最大の問題は、主人公に感情移入できないことだろう。同情される者を主人公にした方が良いのはわかりきってるのに何故?と思ったが、女たらしの主人公に自分を反映し過ぎて読者の反発が分からなかったのかも、と途中で思った。バークリー名義の作品では悪い女たらしは大抵被害者役だ。
後はラストがね。残念ながらあんまり面白くない。
本作は意外とバークリーの本音が出ちゃっているように感じる。バークリーはSherborne SchoolからUniversity College, Oxfordをでているが、弟はケンブリッジ大学を出て、妹も優秀。一家の中でバークリーは劣等生だったのだ。母がオックスフォード大学の女性卒業生の第一世代という才女で教育熱心だったが、バークリーは母の希望にそえず、コンプレックスとなったらしい。本作の妻ジュリアは、なんとなくこの母親のイメージを投影してるのでは?と思った。また、執筆当時のバークリーは不倫と離婚(1931)で揺れていたはず。バークリーの人妻好き、という性癖もコンプレックスのなせる技か。本作中にも人妻に興奮する場面が出てきて思わずニヤリとした。
以下、トリビア。電子本なのでページ数はパーセント表示。
作中現在はp(1%)冒頭で1927年6月25日。
価値換算は英国消費者物価指数基準1927/2025(80.28倍)で£1=15064円、1s.=753円、1d.=63円
p(なし) 献辞 To Margaret◆ バークリー最初の妻Margaret Farar、結婚1917年12月(ロンドンでの戦時休暇中)、離婚1931年。マーガレットさんもすぐ再婚したようだが、離婚してもバークリー側に悪感情はなかったようで、バークリーはマーガレットに£1000を遺贈している。アイルズ名義第二作はバークリー二度目の妻Helen Peters(旧姓MacGregor)に捧げられている。
p(1%) 六月の末… ある土曜日(Saturday afternoon towards the end of June)◆ この冒頭場面はp(88%)から1927年6月、月末に向かう土曜日なので25日と思われる。
p(1%) テニス・パーティ(tennis party)◆ 流行
p(1%) びんからビールをグラスにつぎ(poured himself out a glass of beer from the bottle)◆ 冷蔵庫は普及してないので常温保管
p(1%) 自分で呼鈴を鳴らしたりするのは、中流階級の作法(middle-class manners to ring a bell herself)◆ ロウワー・ミドルの呪縛
p(2%) ツイードの上着、フランネルのズボン… 田舎医者(Country practitioners .... in old tweed coats and shapeless flannel trousers)◆ いかにも田舎の保険医というイメージなのだろう
p(2%) トリルビ帽(trilby hat)
p(4%) 「屋敷(The Hall)」◆ かなり大がかりな邸宅のイメージ。この小説中では常に大文字でThe Hallと呼ばれている。
p(4%) イートン校のブレザーコート(Etonian blazer)
p(7%) 土地の狐狩協会会長(the local MFH)◆ Masters of Foxhounds
p(7%) 上品に眉を上げる秘術(the art of eyebrow-lifting)
p(10%) 小柄(his small body)... 五フィート六インチ(five feet seven inches)◆ バークリーは小柄だったのかな? ここら辺の文章から、なんとなく背は高かったのでは、と想像した。
p(10%) 近ごろでは、コンプレックスとか、抑圧とか、病的執着とかという言葉を… (In these days of glib reference to complexes, repressions, and fixations on every layman’s lips)
p(10%) スコットランドの医学校(a Scottish hospital)◆ 「医学校」というよりインターンで実務を経験して医者になる、という流れか
p(11%) すくなくとも三代にわたる紳士階級の先祖(at least three generations of gentle ancestors)◆ 三代という感覚は江戸っ子と共通だね
p(11%) 古い医師の人名簿(a medical directory of ancient date)◆ 郵便局発行のdirectoryは色々役にたつ
p(12%) 名流婦人(a Personage)
p(12%) 訳者さんはクリケットをちゃんと理解している。以下、ちょっと解説(半可通のひけらかし!)
◉最後の優勝決定戦で活躍する(selected to play for England in the last Test Match to decide the series)◆ 試訳「テスト・マッチ(国際対抗戦)の勝負を決する最終戦に選ばれた」テスト・マッチは五回戦。イングランド対オーストラリア戦はAshesと呼ばれ最高のライバル・シリーズだった。野球ならリアルに世界一を決める日米選抜決戦みたいなもの。イングランド代表チームはプロ、アマ問わず最優秀の選手が選ばれた。なお現実のイングランド主催Ashesの直近は1926年イングランドが1勝0敗4分で勝利。
◉イギリス・チームはやっと四六点(England all out for 46)◆ イングランドの1回裏は10アウト(all out)でたったの… という悲惨な得点。多分11人目の打者ビクリー博士の打順が来る前に10アウトになってしまったという設定。
◉続行第二回戦(The follow-on)◆ 敵が1回表に大量点をとり、味方が1回裏で追いつかない場合、2回表(テスト・マッチは2イニング制)は負けている側が引き続きプレイする。時間短縮の工夫。なおイニングが変わると再び一番打者からスタートする。
◉最後の打者として位置につく(last man in)◆ 既に九アウト、点差は559点。強打者でも100点取れれば素晴らしい出来なので、絶望的な場面。なおテスト・マッチでの一打席200点越えはDon Bradman(豪)が1930年に記録(254点)したのが初。
◉六点打が、ローヅ・クリケット競技場の観覧席をこえて飛ぶ(hit for six right over the pavilion at Lord’s)◆ Lord'sはクリケットの聖地、イングランド主催の場合必ず一試合はLord'sで行われる。六点打は野球のホームラン
◉その日じゅう打ちつづけ、あくる日も半日打ちつづける(the batting all that day and half the next)◆ イニング(10アウト)が終わるまで試合は延々と続く。日没になると次の日に持ち越す
◉ついにもう一人の打者がアウトとなる。「エドマンド・ビクリーは六四五点かせいでアウトにならない」(The other man out at last. ‘Edmund Bickleigh, 645 not out')◆ クリケットの打者は同時に二人がグラウンド上にいて、投手を中心とする直線上に設置された二箇所の打席に相対して一人づつが立つ。オーバー(6球の正規投球)ごとに投手は交代し、今までとは反対側の打席に投げる。また、奇数点打(たいてい1点、稀に3点)の場合、打者は走って反対側の打席に到達しているので打席は相方と交換している。なので打ち続けていても同じ打者がずっと打順を迎えるわけではない。ビクリーは無茶苦茶打ったが、相方の打者もずっとアウトにならず打ち続けたのだ。打っても点数にならない場合もあるので、相方が何点稼いだのかは不明。
◉つぎから次へアウト(clean bowled one after the other)◆ clean bowledは野球の空振り三振
p(13%) ウインブルドン全英庭球選手権大会におけるビクリーのハ短調交響曲(Wimbledon, Bickleigh’s Symphony in C minor)◆ テニスではなく、1910年オープンのNew Wimbledon Theatreのことだろう。特に戦間期に人気があった劇場のようだ。
p(14%) 鳴りわたるティアペーソン(a booming diapason)◆ パイプオルガンの主音栓の1つ。ディアパゾンが普通か。
p(14%) 郵便局は、食料品店でもあり、小間物屋でもあるとともに、また金物屋でもあった
The post office... was the grocer’s too, and the haberdasher’s as well as that, and the ironmonger’s besides.
p(14%) すがすがしい(refreshing)
p(14%) パイプ・オルガンの人声音栓(vox humana)◆ 人の声を思わせる音栓
p(15%) ジョウエット(Jowett)◆ 1920年からのJowett Seven(Short 7、二人乗り)かな?四人乗りサルーン(Long Four)は1923年からで£245だった。安くて軽いのが特徴。
p(15%) 鼻唄をうたった(hummed a little song)
p(16%) 自転車(bicycle)
p(19%) 半どん(early-closing day)◆ The Shops Act 1911 was a United Kingdom piece of legislation which allowed a weekly half holiday for shop staff. This became known in Britain as "early closing day". It formed part of the Liberal welfare reforms of 1906–1914.
p(19%) ロック・ケーキ(rock cakes)
p(19%) 名刺(a card)
p(20%) なにでもいいイかげんに考えてはいけまッせんッ(Itt doesn’tt do to take things casu-ally)
p(21%) はねかえり(precious)
p(21%) 冷(ひえ)症(frigid)
p(22%) マドンナみたいに、まん中で分け(parted in the middle, like a madonna)◆ ここは「聖母マリア」を示す。確かに古いイタリア絵画を見るとみんな真ん中分けだ。
p(25%) 刺繍やクローセ編み(a piece of embroidery or crochet-work)
p(25%) ラジオ(the wireless)… 受信機がなかった(they had no set)
p(29%) 喫茶店でお茶を(had tea at a café)
p(30%) 平底舟(punt)
p(33%) 離婚してくれるといい(might divorce me)
p(33%) あなたがわたしを離婚するのは許せそうもない(I’m afraid my decency doesn’t carry me to the point of letting you divorce me)◆ 落ち度のない相手に対して、離婚できないはずだが… 当時の英国では離婚訴訟の訴因は不倫や重度の虐待に限られる。ただしイカサマ離婚は可能だった。架空の不倫相手をしたてあげ、裁判所が誤認すると離婚出来る。このネタ、我がブログで取り上げたいなあ…(アガサさんの離婚関係の情報を最近知ったので)
p(38%) 膝掛け(the rug round her)◆ 11月、自動車の助手席に乗った女性に対する配慮。古い車なので隙間風も多いのだろう。
p(40%) わななきながら(in a flutter of welcome)◆ ちょっとニュアンスずれ? 試訳「うれしげに出迎えた」
p(41%) ジェイコブ・エプスタイン氏の制作した記念碑(The public monuments of Mr Jacob Epstein)◆ 1925年建立のW. H. Hudson Memorialのことだろう。当初、評判が悪かった。
p(41%) 医者として、もう役にたたなくなった愛玩用の動物たちを(In his duties he had put away plenty of pet animals who had passed their usefulness)◆ 地域の医師は、ペットの始末もしてたんだね
p(41%) 田舎の医者には、国民保険患者はすくなく、私費の患者が多い(In a scattered country practice such as his the panel is not large, and there are plenty of private patients)◆ 地域の医者だと担当区域の国保加入人口が多くないので、私費で契約している患者が頼りなのだろう
p(43%) マダム・タッソー蝋人形館(Madame Tussaud’s)
p(48%) 同意による離婚(a divorce by consent)
p(50%) 結婚許可証を手に入れる(to buy a special licence)◆ 急いで結婚したい場合の手続き。英国国教会の高僧が交付。通常なら結婚予定の公表後、三回の日曜日を経過する必要がある。「特別許可」は19世紀末の平均で£30という情報あり。
p(51%) ダービー磁器の茶道具一式(The Crown Derby tea service)◆ Royal Crown Derbyは1750年創業の老舗。「世界で最も高品質な磁器メーカー」と自社HPに書いてあった
p(51%) エセルは十四歳… 十二歳から(午前中は九時から十一時まで、午後は特に用事のある時だけ)◆ メイドの年齢&稼働時間。当時は普通?これでは学校に行けないだろう
p(51%) ふくらし粉(baking-powder)… 一罐(a tin)… 七ペンス(Sevenpence)◆ バークリーでは珍しく物の値段が書いてある
p(51%) ケーキいろいろ、原文のみ表示(a chocolate cake, iced with chocolate, an orange cake, iced with orange, and a great quantity of rock buns and Eccles cakes, not iced at all)
p(52%) 水道がなかった(there was no piped water)◆ 小さな集落なので引いていない
p(52%) 水洗式便所(a water closet)
p(52%) 膝までもない(to her knees)◆ スカートの長さか
p(52%) 既婚の男と土地の映画館に入っている(seen at a local cinema with a Married Man)◆ ゴシップ
p(53%) 人差し指(The forefinger)… 曲がって(being crooked)◆ 魔女のイメージ?
p(53%) 検死法廷(the inquest)
p(54%) 「過失死」(“accidental death”)◆ 「過失致死」を連想させるので「事故死」のほうが良い、と思う
p(54%) バクー帽(baku hat)◆ 麦わら帽で良いのかな?
p(56%) 流行の食養生(this fashionable dieting)
p(58%) 六月はじめ… 十三か月◆ 事件から約一年後
p(58%) 五シリング六ペンスの赤葡萄酒(five-and-sixpenny port)◆ ここは「ポートワイン」で甘味を感じたい。
p(59%) 毎日、一人の女が村から通っていた(a woman came in from the village now daily)
p(59%) ろくに運転を知らない(hardly knew how to)
p(59%) 深い味が(with the spice of interest)◆ 人妻好きの本音がチラリ
p(61%) 検死法廷(coroner's court)
p(62%) 本物の絹靴下。こりゃ、すっかり本物の絹なんだろうね(And real silk stockings. Real silk all through)◆ all throughで「でへへ、ずっと絹なの?」と手を奥に滑らせる場面だと思いました…
p(62%) 犯罪捜査部の大警部(a chief inspector)
p(63%) 反対尋問(cross-question)
p(64%) 八千ポンドの年収(eight thousand a year)
p(65%) デ・クインシーの「芸術としての殺人」(de Quincey on Murder as a Fine Art)◆ 正しいタイトルは“On Murder, Considered as one of the Fine Arts”(1827, 1839, 1854) 1818年12月にラドクリフ街道で二家族が惨殺された事件を扱っている。デクインシーは事実を随分と間違えているらしい。現行の邦訳は『トマス・ド・クインシー著作集 1』(国書刊行会)だけ?
p(67%) 本物のネズミ取り器(a veritable rat trap)
p(67%) 「フィガロの結婚」の一曲を鼻で歌いながら(humming an air from The Marriage of Figaro)◆ アリアの題名は書いてないが「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」なんてどう?
p(67%) ピアノを弾いた(strummed on the piano)
p(68%) バターをつけないトースト(dry toast)
p(68%) 医者としての儀礼を無視する極悪の行き方(a heinous breach of professional etiquette)
p(70%) 善きことのほか死者について語るなかれ(De mortuis nil nisi bonum)
p(70%) 証拠(evidence)◆ インクエストや裁判では「証言」の方が適切かなあ。
p(70%) サイフォン(syphon)
p(72%) ファウラー氏液(Fowler’s solution)
p(74%) ミルス手榴弾(Mills bomb)
p(77%) すいとり板(blotting pad)
p(78%) [三十]九度三分(a hundred and two point eight)◆ もちろん原文は華氏
p(79%) ダブルベッド… 旧式な男(the big double bed... old-fashioned)◆ 結婚したら使うべき、という考え方のこと?
p(82%) 漁業権(fishing rights)
p(83%) ラベージ会社(Rabbage & Co.)◆ 架空
p(84%) 浮浪者(loiterers)
p(84%) 一九二九年九月十四日(14th September, 1929)
p(86%) 内務大臣(the Home Secretary)◆ そういう決まりなんですね
p(86%) 大陪審(The grand jury)◆ 裁判に値するかを決める
p(88%) 一九二八年四月九日(9th day of April, 1928)
p(88%) 十二人の善良で誠実な人たち(Twelve good men and true)◆ 陪審員の異名。少なくとも17世紀から使用されているようだ。
p(89%) 検事長(Attorney General)◆ 定訳は「法務長官」か。内閣の一員。国王と政府への法的助言を行うのが主務だが、特に重要な事件の場合には自ら法廷で検察側として立つこともあるらしい。当時の現実世界ではThomas Inskip(1876-1947)が勤めていた(保守党、ボールドウィン内閣1928-03-28〜1929-06-04)。この程度の事件に出馬するものかなあ…
p(96%) 場おくれ(Stagefright)
p(97%) 千ポンド以上の経費(the expenditure of a few more thousand pounds)◆ 高いなあ

BBC1979年のTVドラマが某チューブで1時間ものx4本が全部見られる。実に丁寧な作りで1920年代が再現されている。ジョウエット(フォードア)もちゃんと登場する。食事の場面や銅鑼を鳴らすところとか、あの「キャップ」(むしろ頭巾?)って助手がかぶせるんだ!というような映像資料が満載でした。配役のイメージもピッタリで、おすすめです。

No.12 5点 三枝 2024/06/22 19:32
解説(創元推理文庫:中島河太郎)の言うとおり、謎解きよりは人物描写を楽しむ作品ですね。
一応、ビクリー夫妻やマドレインは生き生きとした人物描写ができていると思います。
他方、他の人物はそれほどでもなく、出す意味があったのか疑わしい人物が大半ではないでしょうか。
倒叙というジャンルから容疑者候補としての必要もなく、ストーリー進行の邪魔でしかありません。
これらの人物が入り乱れるお茶会の場面は読んでいて苦痛ですらありました。

上記した3人にしてもあくまで“一応”であり、今ならこの程度の人物描写ときちんとした謎解きを両立した作品はいくらでもあるのではないでしょうか。

オチもあまり好きではありません。
ネタにマジレスは承知で言いますが、こんなもの完全に司法の敗北でしかありません。

No.11 7点 shimizu31 2020/03/08 16:24
名作とは思うが作り過ぎの不自然さも否めない

若い頃読んだ時はあまり印象に残らなかったが作者がアントニイ・バークリーと同一人物であるとは知らなかった。推理小説という形式自体へ疑問を持つバークリーが倒叙形式として本作をどういう意図で書いたのかという興味を持ちながら再読してみたが結果はあまり高い評価にはならなかった。

序盤は田舎町での男女のゴシップ話が中心で緊迫感が今一つであるが主人公の医者エドマンド・ビクリー博士が妻ジュリアへの殺意を抱くあたりからはサスペンスが増して第二の事件から裁判まで一気に読めた。ただしやはり主人公の女性に対するあまりに不実な性格は読んでいて不愉快であり全く感情移入ができなかった。最初はジュリアが悪役風であるが途中からは超然としながらも夫を信じ続ける姿に感銘を受けた。このあたりの仕掛けは上手いと思ったが知的で謎めいたマドレイン・クランミア、一途でいじらしいアイヴィ・リッジウェイを含め現実にこのような女性がいるであろうかという点ではやはり不自然である。主人公の揺れ動く心理を描くための脇役としては効果を挙げているが人物描写としてはわざとらしい感じは禁じえない。特にマドレインは前半と後半で違い過ぎて興ざめであった。

倒叙形式としては犯人側の動機や犯行計画は克明に描かれており主人公の恋情、憎悪、自信、不安といった感情の揺れ動きが十分に実感できて読み応えがあった。ただ全体的にとぼけた感じもあり深刻な悲劇という雰囲気はない。このへんは推理小説という形式への皮肉の表れなのかもしれない。

論理性については終盤で細菌に関する新事実が判明するまでは問題ないが、このあたりから詳細な説明が省略されており第二の事件の真相は結局どういうことだったのかよくわからなかった。額面通りに解釈すれば十分に立証されていると思うのだが「細菌学における彼の大失敗が、思いがけなく役に立った」(p352)とあり意味不明である。さらにこれが伏線となって最終頁のエピローグにつながるわけであるが、これはアリバイを考えるとあり得ない話であり蛇足としか思えなかった。

全体的には倒叙形式の名作として迫力に満ちておりその完成度も十分高いが面白くしようとしてやや作り過ぎている点がマイナスであろうか。

No.10 6点 測量ボ-イ 2018/01/08 13:52
今年初めての書評は久々の海外作品から。
御存知の方多いと思いますが、「クロイドン・・」と「伯母殺し」
と並ぶ海外三大倒叙ものと言われています。
ただ個人的には、倒叙ものというより心理サスペンスものとして
評価したい作品。
主人公のビクリ-博士は、今風にいえばゲス?あとビクリ-博士
にかかわる女性達も。魔性の女系の人がいますねえ(汗)。
不満点は最後に皮肉な結末が待っていますが、これがあまりに
唐突過ぎて、説明がなかったところでしょうか。

採点は、基礎点5点+三大倒叙作品に敬意表してプラス1点。

No.9 8点 クリスティ再読 2017/08/15 23:11
英語版のWikipedia とか見ると、倒叙は「Inverted Detective Story」で項目があって、フリーマンが創始者で「殺意」と「クロイドン」がサブジャンルとして確立した、という風に書いてあるが「伯母」は記述がない。「迷宮課」とかコロンボがあってもだよ...(manga の例として「デスノート」が載ってるのはちょっと困惑するが)
まあだから、いわゆる「三大倒叙」っていうのは乱歩周辺でできたローカルなランキングと思ってもう忘れた方がいいような気もするよ。それよりも、倒叙と犯罪心理小説は違うのか?という問いの方が重要だと思う。評者に言わせれば、倒叙はパズラーのサブジャンルであって、より広いミステリのサブジャンルではないんだな。本作バークリーだから、一筋縄ではいかない小説で、パズラーとは言い難い(法廷場面が若干攻防感があるが短い)が、犯罪心理小説か、というとそういうものでもないような気がする。
そりゃ主人公ビグリー博士が妻を殺し、それを告発しようとする愛人の夫+自分を振った女を、殺害しようとする...というプロットだから、犯人の心理を描いてない、とは言えないが、読んだ雰囲気はずっと皮肉で陽気なマンガ的な悪漢小説みたいなものだ。クリスティだと「動く指」とか「殺人は容易だ」に近い閉じたムラの中上流の「おつきあい」の世界だが、クリスティが描かない裏側の下半身事情を暴露しちゃってる。ホント呆れるほどの尻軽と俗物の世界である。小男で冴えない開業医で、恐妻の尻に敷かれたビグリー博士は、どうやらフェロモン男のようで愛人をとっかえひっかえしているわけだし、本作でヒロイン格のマドレインは二股をかけて男を操る自己愛の強い嘘つきで...と登場するキャラはどいつもこいつも碌でもない奴らである。逆にビグリー博士を虐める恐妻ジュリアはそれなりに一本筋が通った歪み方をしていて、いっそ気持ちがいいくらいのものだ。
というわけで、こういう碌でもない俗物どもの右往左往を皮肉な目で眺める小説としては、実に面白い。独自の心理、というよりも漫画になるような「典型」をうまく描いた小説のように感じる。そもそもバークリーだから、既存の枠にはまった作品なんて書く気がそもそもなかったんだろうね。

No.8 4点 斎藤警部 2015/06/24 06:08
バカ主人公にアホプロット。 読んでる間はそれなりだったが、これを名作と呼んで良いものか。 中途半端に白っぽいブラックユーモアのオブラートに包まれてるのが良くないのか? うむ、締まらんな! でも読んでる間は確かにそれなりだったんだ。 だから4点さ。

No.7 8点 ボナンザ 2014/04/08 16:15
私は好きです。この手のブラックユーモア。

No.6 5点 蟷螂の斧 2013/09/30 09:09
倒叙物の有名作ということで手に取りましたが、倒叙というより、犯罪心理小説(女性に翻弄される男のコメディタッチの物語)との感を持ちました。そういう意味では楽しめましたが、各登場人物に共感する点(感情移入)がなかったことが残念です。完全犯罪を狙うにしては、裁判で指摘されたように杜撰過ぎていましたね。そういう犯人像が作者の狙いかもしれませんが・・・。ただ、エピローグでの出来事については、何の根拠も提示されておらず、単に奇をてらったものとしか思えませんでしたので、その点マイナスとなりました。

No.5 5点 あびびび 2012/01/23 15:14
ビクリー博士という医者が、自分の女性関係を隠蔽、もしくは継続させるために行う殺人を綴った物語。それも医者という立場を利用して薬、細菌を利用する。

小柄で劣等感をパワーにする心理的葛藤部分が全体を占めているが、少しくどい気もした。ただ、完璧に見えた殺人計画も、最後は偶然に起こった事故で終結。悪は栄えず…か?

No.4 6点 mini 2011/09/23 10:01
明日24日発売予定の早川ミステリマガジン11月号の特集は”刑事コロンボに別れの挨拶を”
今年の夏前に逝去した俳優ピーター・フォークの追悼かな
私はミステリードラマ鑑賞には全く興味が無く、ドラマを鑑賞する時間が有ったら読書時間に充てたいし、したがって刑事コロンボにも興味が無い
しかし刑事コロンボと言うと出てくるのがジャンルとしての”倒叙”という語句だ
ようし私的に倒叙祭り週間だぁ!

私的倒叙祭り週間第1弾はこいつだ、3大倒叙作品の中で「殺意」は最も早く書かれている
さてところで”3大倒叙”という言葉はよく聞くが、実は調べても誰が選定したんだか由来がはっきりしねえんだよ
乱歩由来説とか、創元が自社文庫の宣伝文句に使ったとか、案外と定かじゃない
そこで疑問なのが、3大倒叙以外に語られるべき倒叙作品は存在しないのか?、もう一つは果たして「殺意」は倒叙なのか?
前者の疑問については近日中に私が答えを出す予定、ちょっと待っててね、今回は後者の疑問について
例の森事典で森英俊氏は、3大倒叙の内厳密な意味で倒叙と言えるのはクロフツ「クロイドン」のみで、他の2作は犯罪心理小説の一種に近いと主張していた
そう言えば倒叙の定義は、前半で犯行側が描かれ、後半で捜査側がそれを崩していくというパターンなわけだ
つまり後半に犯罪の隠蔽が覆されるシーンが描かれていても、それが終始犯人側からの視点な場合は狭い意味での倒叙とは言えないという事だな
たしかにそういう意味では「殺意」もR・ハル「伯母」も捜査側の視点に乏しい、狭い意味での倒叙という観点だけで見るなら「殺意」を評価は出来ない
しかし先入観に捕らわれず犯罪サスペンスの一種と割り切って読むと、正直言って「クロイドン」などより「殺意」の方が面白い、「クロイドン」は倒叙という観点で見てもつまらん
アイルズはバークリーの別名義だが、流石はバークリー、こうした犯罪心理小説を書いても捻くれた独特の感性は健在なのである

No.3 6点 りゅう 2011/04/19 21:11
 倒叙物の名作ですが、実際に犯行が行われるまでが長く、主人公ビクリー博士と彼をとりまく女性との色恋沙汰が延々と続くので、やや冗長に感じられました。ビクリー博士は完全犯罪が行えるような沈着冷静な人物ではなく、卑小な劣等感に悩み、その反動で女性を追い掛け回さずにはおられず、精神的な振れ幅の大きい、身勝手で倫理観に欠けた小人物です。本人は犯行の完全さに自信を持っていますが、私から見ても杜撰な犯行です。マドレインが法廷で証言した事項など、その過失にもっと早く気付くべきでしょう。最後のひねりがこの作品の評価されているところだと思いますが、読後すぐにはその意味が理解できませんでした。結局、「crime doesn't pay. 犯罪は割に合わない」と言うことでしょうか。作品の終わり方が、我孫子武丸氏の「殺伐にいたる病」に似ていると思いました(もちろん、この作品の方が先に書かれているのですが)。

 倒叙形式で、主人公の心理描写に重点を置いた作品ということから、ドストエフスキーの「罪と罰」を思い出しましたが、両作品の主人公の犯行後の様子は全く異なっています。「罪と罰」の主人公ラスコーリニコフは踏み越え理論に基づいて殺人を行うのですが、犯行後は踏み越えることが出来ずに苦悩します。一方、ビクリー博士は、利己的な理由で殺人を行うのですが、犯罪を実行することで自信と力を感じるようになり、良心の呵責に苦しむことはなく、裁判でも無罪判決を勝ち取ることだけを考えています。ビクリー博士には、殺人という行為に文学的な問題は存在していないのです。 

No.2 8点 E-BANKER 2010/07/15 22:58
「クロイドン発12時30分」、「伯母殺人事件」と並ぶ世界三大倒叙作品の1つ。
作者はアントニー・バークリーの変名です。
まずは、さすが「冠」に違わぬ名作という感想です。主人公の殺人に至る心理、心の動きがこちらに痛いほど伝わってきます。
前半は、殺人までの経緯が結構な長さで語られるため、ちょっと冗長な感じを受けますが、主人公が殺人を決意してからは一転、頁をめくる手が止まらなくなりました。
しかし、主人公ビクリー博士のキャラはよくできてますねぇ・・・とてもひと昔前の異国の人物とは思えません。ズルズルと犯罪に手を染めてしまう弱い性格が心に深くしみ込みました。
ラストの1頁も捻りが効いてます。

No.1 6点 ロビン 2008/11/01 17:12
三大倒叙物の一つ。
フランシス・アイルズ名義の作品。主人公が実際に殺人を行うまでが長く、下手な恋愛ものを読んでいるような感じで、ちょっと辛い。しかし、それも後の主人公のコンプレックスや妄想的な狂気をかきたてていくために必要なものだったなと納得。倒叙ものの醍醐味である心理描写に関しては、丁寧に綴られていて徐々に感情移入を誘われていった。しかし、もう一つの醍醐味であるサプライズには、読後すぐには意味がわからず混乱。


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フランシス・アイルズ
2002年06月
被告の女性に関しては
平均:6.00 / 書評数:1
1955年04月
レディに捧げる殺人物語
平均:6.67 / 書評数:3
1953年01月
殺意
平均:6.23 / 書評数:13