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くもの巣
ニコラス・ブレイク 出版月: 1958年01月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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早川書房
1958年01月

No.1 7点 人並由真 2019/07/23 19:29
(ネタバレなし)
 1950年代。田舎を出てロンドンの市街でお針子として働く17歳の美しい娘デイジー・ブランドは、その日出くわした28歳のハンサムな青年ヒューゴー・チェスターマンと恋仲になる。当初は自分の事を牧師だの仲買人だのと称していたヒューゴーだが、その正体はラッフルズを思わせる泥棒紳士だった。やがてデイジーは彼の素顔を知った上で内縁の妻となるが、一方でヒューゴーは頑なに彼女を裏稼業から遠ざけた。そんな二人を見守るのはヒューゴーの年上の旧友で、見栄えのしない外科医かつ堕胎医の「ジャコー」ことジョン・ジェイクス。だが幸福な若夫婦を表向きは応援するジャコーの胸中には、美しい女性を手に入れた友人に対する昏い嫉妬の念が渦巻いていた。そしてその夜、予期しない悲劇が……。

 1956年の英国作品で、ブレイクの完全なノンシリーズもの。
 20世紀の初頭にあった犯罪実話に材を取った作品だそうで、それに加えて、本の裏表紙にも作中の叙述にも<主人公ヒューゴーは(ホーナングの)ラッフルズのイメージ>云々の主旨の物言いがあるので、ドラマの時代設定もそのまま19世紀の末か20世紀初めかと思ったら、どうやら原書の刊行時のリアルタイム=1950年代半ばの時勢のストーリーだった。(デイジーがマリリン・モンローみたいだと言われたり、登場人物の警官が1940年代にその地区に着任したり、とかの叙述がある。)
 なんかとても信じられない。中身は19世紀のディッケンズまんまの世界だよ(小林信彦の「地獄の読書録」でも同様の評があるが)。
 21世紀に放映されるアニメ版『サザエさん』を称して「昭和時代劇」という修辞があるが、これは1950年代の当時の英国の読者にとってはまんま「20世紀の設定で書かれた19世紀時代劇」だったと思う。

 なにはともあれ、ブレイクファン、翻訳ミステリファンの評判はかねてよりイイ作品なので、長い間読まずに大事に取っておいた、昔買った古本を期待しながら今回紐解いたが、うん、確かに面白かった。
 冒頭の時点でわずか17歳の少女ヒロイン(webではもともと18歳の設定と誤記してるミステリファンもいるが勘違い。ポケミスの本文P28にちゃんと、もうじき18歳になる、というデイジー当人のセリフがある)が、決して極悪人ではなく愛すべき所も多分にあるが、一方で危険でダメなヤクザ男と惚れ合い、そんな二人に親切めかしたゲス野郎がちょっかい出す……という、東西の新旧を越えた王道の破滅志向・泣かせもののメロドラマ。
 はっきり言って推理の要素なんかほとんど無い作品ではあるが、事態の悪化を誘導する悪人の邪心に満ちた巧妙な工作ぶり、緊迫&流転? の裁判劇、はたして事件の真実は……という骨格と要素を拾うなら、まあ広義のミステリにはちゃんとなっている。たしかこれも、他のブレイクの秀作や佳作を抑えて、どっかの欧米のオールタイム名作ミステリの里程表に入っていたハズだし。
 なんでー、ナイジェルもののパズラーじゃないのか!? という読者はともかく、ブレイクという作家の作風の幅広さと文芸味が芳醇な筆力をすでによく知っているミステリファンなら、期待を裏切らない佳作~秀作だと思うよ。
 脇役の描き方も、第七章~そして終盤近くに至る某サブキャラの叙述、それにラストのワンシーンの(中略)など、本当に印象深く胸に刻まれる。さまざまな思いを重ね合いながら、事件と主要キャラに向かい合う捜査陣たちの内面描写もとても良い。
 
 ちなみにこの作品、「世界ミステリ全集」第8巻(ガーヴ、ブレイク、レヴィン)の巻末座談会で石川喬司が
「(ブレイクではあと)『くもの巣』というのはなかったですか」
 とだけ最後の方でひとことだけ話題にし、しかし座談会のレギュラーのお相手の小鷹信光も稲葉明雄も、そしてゲスト出席者の福島正実も完全にスルーした長編なのであった。評者はその座談会の記事を初めて読んだとき、妙にこの題名『くもの巣』が心に引っかかった(小鷹、稲葉、福島が何の反応も見せなかった作品が、なんか不憫に見えたという、青臭い気分もあった)。
 もちろんその後、作品の概要は何度も何度もチラ見する機会はあったけれど、そのように意識してからウン十年、ようやっと実作を消化して、何はともあれ感無量。
 大昔に、とある若いミステリファンの心にかかった「A Tangled Web(本作の原題。直訳するなら「もつれた巣」か)」は、ここでようやく払われたのであった(笑)。


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