皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
[ パスティーシュ/パロディ/ユーモア ] シャーロック・ホームズ絹の家 シャーロック・ホームズシリーズ(コナン・ドイル財団公認) |
|||
---|---|---|---|
アンソニー・ホロヴィッツ | 出版月: 2013年04月 | 平均: 6.00点 | 書評数: 3件 |
角川書店 2013年04月 |
KADOKAWA/角川書店 2015年10月 |
No.3 | 7点 | Tetchy | 2021/04/22 00:01 |
---|---|---|---|
日本人というのはなぜかホームズのパスティーシュ作品に目がないようで、いわゆるシャーロッキアンと呼ばれるホームズマニアが多くおり、日本シャーロック・ホームズ・クラブなるものまである。
そしてそういう方たちの中には自らホームズのパスティーシュ作品を手掛ける者もおり、本書の解説をしている北原尚彦氏はその第一人者である。彼の作品はまさに正典を読んでいるかのように忠実にシリーズの文脈や雰囲気を再現しているが、本書もまた同様に正典を読んでいるかのような錯覚に陥るほどの出来栄えだ。 それもそのはずで実は本書は通常のパスティーシュに留まるものではなく、コナン・ドイル財団から正典60編に続く61編目のホームズ作品として公式認定された続編なのだ。そんな大業のためにホロヴィッツは自ら本書を書くに当たり、10箇条を設定し、その中の1つに19世紀らしい文章表現をすることを課していたのだ。 ホロヴィッツはそれまでのホームズ物にない、ベイカー街別動隊の仲間の死と“絹の家(ハウス・オブ・シルク)”の謎が英国政府機関からも口止めされるほどの機密事項であることから彼の兄マイクロフトの助けさえも借りられなくなるという大きな試練を与えている。 そしてこのベイカー街別動隊の一員の死がその後作品でベイカー街別動隊が登場しない理由となっている。即ち子供を事件捜査に携わらせて危険な目に遭わせることをホームズは禁じたのだ。恐らく正典ではアクセントとして登場していたに過ぎないであろうベイカー街別動隊の登場について上手く理由づけまでするのだ。 またワトスンの妻メアリの死の前兆などにも触れられていたりと、こんな風に本書ではそこここにシャーロッキアンをくすぐるような演出や情報が取り込まれている。 そしてワトスンによる序文にこの事件が今まで語られなかったのはホームズの名声を傷つける恐れがあることとあまりにおぞましく、身の毛のよだつ事件であったこととある。往々にしてこのような話は読者の気を惹きつけるために煽情的に書かれ、実際はさほどと云ったものが多いが、本書はその言葉が示すように確かに今までのホームズ譚にはなかった、刺激的で痛烈な真相が暴かれる。 蓋を開けてみればイギリスの政界がひっくり返るような大スキャンダルと執念深いアメリカ・マフィアの意外な正体、更に依頼人自身も性倒錯者で犯罪者だったという、登場人物皆が悪人だったという痛烈な真相であった。 まさにホームズ生前では語るのを躊躇われる悍ましい事件だった。 しかしホロヴィッツ、実に器用な作家である。 複雑怪奇な事件を案出し、更にそこここに正典で語られる事件のネタを放り込みつつ、更に今回の時制がホームズが亡くなって1年後という回顧録の体裁を取っていることで、リアルタイムでホームズの活躍を綴っていた時には語れなかったワトスンの心情が思い切り吐露されており、それがまた実に面白い。まさに「今だからこそ云える」話が盛り込まれている。 そして彼が単に器用な作家に留まらず、センス・オブ・ワンダーを持っている作家であることが今回よく解った。 物語の序盤でホームズがカーステアーズ邸を訪ねた時にキャサリンと逢った後に「ところで彼女は泳げるんだろうか」とそれまでの文脈からは全くそぐわない台詞が飛び出る。これが実に深い洞察力を示した台詞であったことが最後に判明する。 この辺の突飛さは島田荘司氏の御手洗潔のエキセントリックさに通ずるものがある。正直私は島田氏の作品を読んでいるかのような錯覚を覚えた。 まさに続編と呼ぶに相応しいホームズ作品だった。そしてそんな大仕事を見事にこなしたホロヴィッツはまさにミステリの職人である。こんなミステリマインドを持った作家が日本ではなく、英国に今いることが驚きだ。 さてこの職人、次はどんな仕事を見せてくれるのか、愉しみだ。 |
No.2 | 6点 | nukkam | 2020/02/10 21:24 |
---|---|---|---|
(ネタバレなしです) 英国のアンソニー・ホロヴィッツ(1955年生まれ)は1979年のデビュー以来、児童書作家やテレビドラマの脚本家として活躍し大人向けの小説を書くようになったのは21世紀になってからのようです。日本で知られるようになったのはアーサー・コナン・ドイル財団が史上初めてシャーロック・ホームズシリーズの続編として公認した2011年発表の本書あたりからだと思います。個人的にはドイルこそ唯一の正当たる作者であり、財団が何と言おうとこれまで無数に書かれた非公認(?)のパロディー(或いはパスティーシュ)小説と同じじゃないかと(偉そうに)主張したいところですが。とはいえドイル作品の雰囲気をよく再現していることは認めます。私のお気に入りである、ホームズの人間鑑定場面もちゃんと用意されています。謎解きよりは冒険スリラー小説要素が強いですがホームズが推理を披露する場面もあります。おぞましい真相は読者の好き嫌いが分かれるかもしれませんが。レストレイドの無能警官ぶりもしっかり描かれていますが、読者の好感度を上げる工夫もありました。 |
No.1 | 5点 | E-BANKER | 2018/05/13 10:37 |
---|---|---|---|
シャーロック・ホームズもののパスティーシュは数多いが、コナン・ドイル財団から正式に「続編」として認められたのは本作が初めてとのこと。
『六十一番目のホームズ作品』として2011年に発表。 ~ホームズのもとを相談に訪れた美術商の男。アメリカである事件に巻き込まれて以降、不審な男の影に怯えていると言う。ホームズは、ベイカー街別働隊の少年たちに捜査を手伝わせるが、その中のひとりが惨殺死体となって発見される。手掛かりは、死体の手首に巻き付けられた絹のリボンと捜査のうちに浮上する「絹の家(house of silk)」という言葉・・・。ワトスンが残した新たなホームズの活躍と、戦慄の事件の真相とは?~ パスティーシュは普段あまり読まないんだけど、「まぁこんなもんかなー」というような感想。 ホームズはともかく、ワトスンは原典の雰囲気をよく出しているとは思った。 本作のプロットの軸は、紹介文のとおり「絹の家」という言葉(というか存在)の謎なんだけど、ミステリー好きの読者なら中途で薄々察するだろうなという真相ではある。 まぁ、でもこれはやっぱり二十一世紀の現在目線で書かれた話だな・・・ 十九世紀末のロンドンでもこういう世界は当然あったんだろうけど、ホームズ作品でまさかこういう世界が語られるとは思わなかった。 そしてもうひとつの読みどころが、“ホームズの大ピンチ!” 犯人グループの罠に嵌って、なんと郊外の堅牢な牢獄に収監されてしまうことに! そこからまるでアルセーヌ・ルパンばりに脱獄してみせるのはご愛嬌、っていうやつか・・・ (相変わらず変装してるし、ワトスンはそれに全く気付かないし・・・) 兄・マイクロフトも登場して、いい味出してるところもファンサービスなのかな。 いずれにしても、ミステリーとしての観点では語るべきところは多くない。 本格ミステリーというよりは、まさに「冒険譚」という単語がピッタリ。 事件現場で拡大鏡を取り出したり、依頼人を観察するだけでその人となりをズバズバ言い当てる、なんていうホームズが堪らないという方なら読んで損はないでしょう。それ以外の方なら、特にスルーしていいかと・・・ (例の○○教授についての前フリもサラリと入れているけど、次作への布石なのか?) |