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ミステリの祭典

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平均点:6.73点 書評数:1603件

プロフィール| 書評

No.803 5点 本格ミステリー・ワールド 2008
雑誌、年間ベスト、定期刊行物
(2010/07/01 21:19登録)
収穫といえば、今まで謎のヴェールに隠されていた三津田信三のインタビュー記事ぐらいか。下世話な云い方をすれば南雲堂という出版社が本格ミステリはおいしい商売だから、1年を総括するムックを出すとそれなりに利益も出るし、マイナーな自社の宣伝にもなる、そういう商売根性が透けて見えるかのようだ。

しかし二階堂黎人がここでは「大きな声を出す」選出者となっているのだ。その好き嫌い度は露骨過ぎる。本書には選考会議の一部始終が収録されているのだが、彼のある発言にはビックリした。ちょっと長くなるが、抜粋しよう。

 なお、この犯行動機を古いとか大時代だから良くないななどという者は、最初から本格読みとしての資格はないわけで(事件に見合うだけのあの動機や現代性などを提言できるならともかく)、余計ないちゃもんをつけずに黙っていてほしいものですね。

驚嘆すべき暴論である。どう好意的にとっても他者の反論を封じ込め、彼のナチズムを充足しようとする意図しか見えない。カッコ内は選考座談会の後で津波のように押し寄せてくるだろう、世の本格愛好者を筆頭にしたミステリ読者、一般読者の反論を緩和すべく足された文章であろうが、それがあってさえ、彼の暴挙は目に余る。

このシリーズを有意義に、そして未来に残して恥ずかしくない物にするには、一日も早く彼を排除すべきだ。


No.802 7点 本格ミステリ・ベスト10 2008
雑誌、年間ベスト、定期刊行物
(2010/06/29 22:29登録)
ランキングはネット上での評判を色濃く反映したような感じ。
今回も前年に引き続き、一位の作品は『このミス』と違い、『このミス』が佐々木譲の『警官の血』、本ムックが有栖川有栖の『女王国の城』と、両者の特色が色濃く出た結果となっている。しかし、その後のランキングを見てみるとけっこう『このミス』に近いものがある。しかしこれは本格ミステリ作家たちが切磋琢磨し、いい作品を上梓してきた結果であるから、逆に日本のミステリ界は依然本格ミステリシーンが熱く発展してきているように思う。

確かに本ムックに寄せられたランキング作品への解説を読むと、どれもこれも読みたくて堪らなくなる、魅力的な謎、作者の企み、謎解きのカタルシスに溢れている。特に新興勢力として位置づけられる米澤穂信、石持浅海、道尾秀介、三津田信三など、当然の如くランクインし、しかも1作などに留まっていない。
そしてそれを向かい討つかの如く、新本格Ⅰ期生の有栖川、歌野、そして彼らの師匠とも云える御大島田氏が名を連ねている。
更には西澤保彦、柄刀一、霞流一といった中堅どころも負けじと参戦し、さらにちょっと最近は大人しかった石崎幸二、北山猛邦らメフィスト系作家もランクインと、なんとも絢爛豪華なランキングとなった。
もしかしたら2007年は本格ミステリ界にとって5年に一度、いや10年に一度の大収穫の年であったと、今後振り返ったときに話題に上るのではないだろうか。なにしろ有栖川の江神シリーズが15年ぶりに出た年なのだから。

とはいえ、その他の部分においては従来の形式となんら変わることがなかったというのがこのムックらしいといえばムックらしいところ。足してもなく、引いてもいない。まあ、座談会が増えたかもしれないが、全く構成・各種コラムの内容が変わっていない。本当にその年の本格ミステリシーンを従来のテーマに沿って回顧する、そんなムックに徹している。

ただ装幀大賞が京極夏彦氏も審査に加わることがなくなり、何となくトーンダウン。喜国夫妻が頑張っているが、なにげに鋭い発言をする京極氏の毒がやはり欲しいところだ。


No.801 9点 高く孤独な道を行け
ドン・ウィンズロウ
(2010/06/28 21:05登録)
ニール・ケアリーシリーズ3作目の舞台はなんと地元アメリカ。西部の山奥でカウボーイたちの暮すオースティンのさらに奥、通称“孤独の高み”と呼ばれる集落だ。
物語は中国の山奥で早朝に伏虎拳の修行に励むニールの姿で幕を開ける。う~ん、なんとも映像的ではないか。映画『ミッション:インポッシブル』を髣髴とさせるようなシーンだ。

そして今回の展開は痛い。実に心が痛む物語だ。毎度毎度の潜入捜査ながら、マンネリに陥らず、物語に深みが増している。1作目に「潜入捜査の終わりは裏切りだと常に決まっている」と書かれていたが、今回はまさにそう。
命の恩人を裏切り、愛してくれる女に毒づき、自分の主義・真意を偽り、任務を全うしようとするニールの心引き裂かれんばかりの葛藤。いやあ、3作目にしてこの濃密さ。ウィンズロウ、実に巧い!思わず目蓋に熱を感じてしまった。

そして1,2作とほろ苦い結末を終えていたこのシリーズだが、今回は違う。おそらく人生の相棒となりうる恋人カレンを手に入れるのだ。“孤独の高み”を乗り越えたニールはもはや孤独ではない。今までの恋人と違うのはカレンがニールの仕事を知っていることだ。さて今後カレンがこのシリーズにどう関わってくるのか。残り2作、楽しみにしたい。


No.800 5点 ミステリが読みたい!2008年版
雑誌、年間ベスト、定期刊行物
(2010/06/27 18:04登録)
とうとう海外ミステリ出版の老舗早川書房がこのような年間ベストランキングムックに手を出したのかと複雑な思いがした。
もともと早川書房は古くからミステリマガジン誌上で年間ベスト本のアンケートを募り、毎年3月号に各選者のコメントを載せていたが、今回のようにそれらに点数を付加してランキングを作るなんて事はしなかった。しかし、今回から編まれた本書ではベスト本選出に関しては従来の3冊選出を踏襲しているが、他のランキング本にあやかるかの如く、同様のランキングを作っている。
つまりこれはこれらランキング本が引き起こす本の売り上げが無視できないほど出版界では大きい物になっている事を物語っている。そして不況に喘ぐ出版界では今、どうにか利益を上げようと必死なのだ。

そしてそれを裏付けるのかのように本書のベスト1は当の早川書房が出版した村上春樹による新訳、チャンドラーの『ロング・グッドバイ』である。
この結果については特に早川書房が自社の作品の売り上げを伸ばすために作った自作自演ランキング本だ!といった痛烈な批判がその大半を占めていたように思う。

で、その感想は意外とまともだったという事だ。ミステリマガジン誌上のアンケートの延長といえばそれまでかもしれないが、個人的には原尞、小鷹信光、山本博御三方による公開鼎談が収録されているのが収穫だった。
他にこのランキング本の特徴としては、他のランキング本が予め出版社側で選定した書評家、作家、ネット書評家と限られた人間のみなのに対し、この本が不特定多数の読者も対称にしていること。それゆえ、ランキング参加者数は日本ミステリが127名、海外ミステリが93名と他のランキング本と比しても圧倒的に多い。これは本書の強みであると感じた。

しかし、上にも述べたように、中身はやはりミステリマガジン3月号の延長に過ぎない。特に本書の約4割近くを受賞リストや索引に費やすのはいかがなものだろうか?この辺は従来の作りを忠実に作りすぎた感があり、工夫が欲しかったところだ。

しかし早川書房からベスト本アンケートをお願いされて早川書房の作品を1作も入れないなんて、自ら仕事を失しようとしている行為のように思えてならない。そういう意味ではやはりこのムックに公平さを求めるのは無理を感じずにはいられない。


No.799 6点 このミステリーがすごい!2008年版
雑誌、年間ベスト、定期刊行物
(2010/06/26 21:38登録)
20周年記念号でもあるこの年の投票ランキング結果は正直意外だった。
なんせ佐々木譲である。
『このミス』初期の常連であったが、『昭南島に蘭ありや』以降、ランキングからは姿を消しており、昨年警察物でランキング復活したかと思えば、今年いきなりの1位獲得である。この『警官の血』、解説を読むとスチュアート・ウッズの名作『警察署長』のもろ本歌取りである。もちろんオリジナリティも加味されているからこその支持だろうけど、この『警察署長』が訳出されたのが1987年だから、最近のミステリ読者でこの作品を読んでいる人は少ないのかもしれない。良い物は何年経っても支持される、つまり名作の歴史は繰り返されるということなのか。

その他ランキングはやはり桜庭一樹が旬ということで上位にランキング。有栖川有栖のなんと15年ぶりの江神シリーズ『女王国の城』も3位と大健闘しているのがちょっとビックリ。宮部みゆき、歌野晶午もランキングしており、また新進気鋭の道尾秀介もどうにかランクインとなかなかバランスよく分散されているのではと思った。しかし発表当時世評高かった伊坂幸太郎の『フィッシュストーリー』がランク外だったのはちょっと意外。

で、海外はとうとう常連ジェフリー・ディーヴァー1位獲得である。そして2位にハイアセン(!?)、さらにディヴァイン、ゴアズ、ウォルターズ、ヒルにクック、そしてローレンス・ブロックと往年のランカーが勢ぞろいし、さらにその間を縫うように最近評価の高いマンケル、アルテ、ジャック・カーリイ、サラ・ウォーターズが食い込むといった当方にとって非常に気持ちのいいランキングとなった。海外ミステリ不況といわれるがこれを見るとまだ安泰。いやむしろ真の海外ミステリファンによる支持票という色合いが出て、非常に面白かった。

とまあ、ランキングに関しては、納得できる反面、内容についてちょっと首を傾げざるを得ない。
今までの恒例の特集である「座談会」、「わが社の隠し玉」、そして20周年特別寄稿としての各作家の「私の隠し玉」プラスエッセイという趣向はいい。しかしそこから各ジャンル別の年間を通じた傾向、名作群の紹介がなく、なんと『このミス』大賞出身者の海堂尊の書き下ろし短編やその年の『このミス』大賞受賞作の抄掲載といった、商業主義丸出しの小説が載っているのが非常に解せない。
こういう者を読みたいためにこのムックを買っているわけではなく、その年一年のミステリの総括を含めた年一回のお祭りを愉しむために買っているのだ。それにどこの馬の骨とも知らぬ作家の(海堂氏は別として)作品発表をされても、興を殺ぐだけである。非常に不愉快に思った。
特に受賞作の抄文掲載は、読んでみてもはっきり云って何の食指も湧かなかった。恐らくこれで刊行時の部数引き上げを狙ったのだろうが、私個人としてはこれを読んだがために買わなくていいやと思ったくらい。逆効果に過ぎないと思った。
なんか勘違いしてきたなぁ、宝島社。


No.798 5点 本格ミステリー・ワールド2007
雑誌、年間ベスト、定期刊行物
(2010/06/25 02:56登録)
島田荘司監修で始まった新たな年末本格ミステリベスト選出ムック。
大いに期待し、飛びついたのだが、結果的には無難に纏まったなというのが感想。

島田が携わるということで期待の新人達との対談や第一期新本格作家達との対談などミステリ論が展開されるかと期待したが、さにあらず、島田が出てくるのは巻頭言のみでその後は2006年に新人賞を受賞した作家達と二階堂黎人との鼎談、2006年黄金本格ミステリー選出、各作者達の今後の予定やその他鼎談など、どこかで見たような内容ばかりで、島田色が出ているというよりもなぜか二階堂の影がちらつくような内容だった。

唯一このムックの特色が出ているのは黄金本格ミステリー選出か。有識者たちによる2006年に発行されたミステリーの中で今後歴史に残すべき黄金本格ミステリーなるものをしかも10作とか20作とかいう縛りを無くして選出しようというこの企画、私的にはかなり血湧き肉躍った。島田が提案したこの企画はなかなかに素晴らしく、こういうのはもっとやってほしいと思った。

しかし、やはりここにも二階堂が絡んでいるのだ。二階堂が求めるミステリについての文章(彼曰く、「檄文」だそうだ)が掲載されているが、これが明らかに独善的である。自分の趣味を他人に押し付けているだけなのだ。選者の俺はこういう話が読みたいの、普通の本格は面白くないの、もうわがまま云い放題である。しかも自分が本格だと認めるものしか選ばないのだから困ったものだ。

しかし『本格ミステリ・ベスト10』とどう差別化するかが、このムックの大きな課題だろう。


No.797 7点 このミステリーがすごい!2007年版
雑誌、年間ベスト、定期刊行物
(2010/06/23 21:17登録)
パッと見て表紙の雰囲気や全体の紙質の変化にまず驚いた。ちょっと見、本屋で並んでも『このミス』だとは気付かないかもしれない。しかし、内容は全く以って例年通り。
一年のミステリを総括する本書、敢えて新しい趣向を凝らさず、マンネリ化を以って安定感を与えようとしているのか。とはいえ、このマンネリが一ファンとしては年に一度の祭りが今年も来たなぁと思わせるのだけれど。

さて今回のランキングは前に読んだ『本格ミステリ・ベスト10』とは結構違った印象を受け、非常に興味深かった。あちらで評価の高い有栖川は下位に属し、2作がランキングした三津田信三なんかは蚊帳の外である。共通して評価が高かったのは道尾秀介か。
こうして並べると昨年は『本格ミステリ~』がミステリど真ん中のランキングであり、『このミス』が広い範囲でのランキングだという両者の特色が色濃く出た年だった。

あとやはり『このミス』では警察小説が強いという感じが。佐々木譲久々のヒット作『制服捜査』の2位を筆頭に、9作めにして4位という高位にランクインした『狼花 新宿鮫Ⅸ』、東野圭吾の『赤い指』や香納諒一の2作などがランクインしている。また常連の宮部みゆきも健在だ。

一方海外に眼を通すと、昨年巷間で話題になった『あなたに不利な証拠として』が堅実に1位を獲得。ディーヴァー、コナリー、クックの常連作家も健在で、さらに昔からの作家ハイアセンも登場と往年の『このミス』を見ているかのようだ。近年の物故作家の隠れた名品の刊行もランクインしていることから海外ランキングはとても21世紀の2006年のミステリシーンを伝えるものとは思えないほどヴァラエティに富んでいる。

やはりミステリは面白いと再認識できた事が素直に楽しかった。以前感じた、作家の使い捨て感がようやく払拭されつつあるのもよかった。やはり素直に面白い物は面白いと評価しているのが一番いい。
しかし一方で『本格ミステリ~』の方で感じた新しい作家の力の躍進も馬鹿に出来ない。個人的には今年のように各ランキングで全く違う結果が出て、それぞれのフィールドで評価が違うのが一番読者として面白いし、また興味も尽きない。


No.796 7点 未明の家
篠田真由美
(2010/06/22 22:09登録)
第1作目ということもあり、起こる事件やキャラクターは実に類型的と云えるだろう。
探偵役の桜井は朝に弱く、建築に造詣の深く、しかも大抵のことでは動じず、しかも通常長い前髪で覆いかぶされている顔は類稀なる美貌を放つ美男子ぶりという、なんとも少女漫画的な設定だ。

本作がそれでも特色を放っているのはやはりサブタイトルにも掲げられているように桜井が建築探偵というところだろう。事件そのものよりも対象となる館そのものこそが桜井の関心の対象なのだ。したがって人の生死に関わる事件は二の次で館に秘められた設計者、住居者の思い、建築の意図を推理する。そのことによって殺人事件の犯人が炙り出されるという間接的な事件真相へのアプローチが成されているのが最たる特徴だろう。

また作者の得意とする歴史を絡めているところにこの作家のこだわりを感じる。歴が若かりし頃に渡ったスペインで起きたスペイン革命と歴の運命を絡め、秘められたロマンスを演出している。う~ん、革命を背景に叶わぬ恋とは、これはまさに『ベルばら』の世界だ。やっぱりこの作家、自覚していないようだが少女マンガ的設定を盛り込む遺伝子を持っているのだ。


No.795 8点 本格ミステリ・ベスト10 2007
雑誌、年間ベスト、定期刊行物
(2010/06/21 21:49登録)
2005年あたりから『このミス』とランキングが似通っていたが、それは本格ミステリの充実振りを示す証左になれこそすれ、本書で二階堂が苦言を呈しているような推理小説研究会の怠惰振りを批判する物ではない(というよりも何故このようなコメントを公の場でするのか、二階堂の非常識ぶりに唖然とする)。
彼の論は単純にジャンルの偏愛から述べたものでなく、自分のお気に入りの作品、作家がなぜ本格ミステリランキングに載っていないのかとか、上位にランキングされないのか?といった非常に個人的な憤激であり、自分を何様だと思っているのかと、斯界の大御所ぶった横柄ぶりを露見しただけに過ぎない。全く自分の評価を下げたものだ。

しかし1位が有栖川有栖の『乱鴉の島』というのは正直意外だった。このムックでも投票者のコメントを見ると複数、作品を上梓し、本格ファンの琴線に触れた道尾秀介と三津田信三が目立つのみで、この作品が1位にもかかわらず、全く目立っていないのも面白い。
そして2006年はやはり道尾秀介の年だったのだろう。4月現在でも続々と注目が集まっている。
そしてランキングに島田作品が2作もランキングしたことも個人的に嬉しい。2006年は『吉敷竹史の肖像』の文庫改訂版ともいうべき『光る鶴』を加え、6作も新作を出し大御所健在振りを発揮したが、健在というよりも島田が未だに本格ミステリ好きのマインドをくすぐる作品を続々と紡ぎだしているという事実に心からの賞賛を送りたい。

そしてこの回で早くも10年目となったんだなぁ。節目節目に行われるオールタイムベストランキングも過去10年分となると、全然古めかしさが感じられず、つい最近の作品ばかりだと思うようになった。
読んでない作品ばかりだった。もっと読まねば!


No.794 7点 本格ミステリ・ベスト10 2006
雑誌、年間ベスト、定期刊行物
(2010/06/20 23:27登録)
前年の物と比べてどうかと問われれば、さして変化もなく、可もなく不可もなくといったところ。見比べてみたところ、ほとんど構成・内容に変化がないのが驚いた。新企画の1つや2つあってもいいと思うのだが、徹頭徹尾同じ構成を貫くこの姿勢は実はこの数年のデータの蓄積(ミステリサイトやコミケ、ミステリゲームに関する)を目指しているのかもしれない。

本格ミステリに絞り込んでいるゆえに、座談会の内容の充実さは『このミス』よりも高いと思う。全くおふざけがないのも生真面目すぎる感じがする。

そしてやっぱり今回も海外ミステリに関しては以前よりもページを割いているものの、まだ蚊帳の外だという感が否めない。論創社という海外古典ミステリを続々と刊行する出版社が登場し、その充実振りは目を見張るものがあるというのに、まだまだ扱いは少なすぎる。海外ミステリが売れないと云われたというのに、こういうミステリムックで盛り上げていくべきだと思う。


No.793 8点 仏陀の鏡への道
ドン・ウィンズロウ
(2010/06/20 01:06登録)
今度の舞台は1977年の中国・香港。もちろん香港はまだ返還されておらず英国領のままだ。毛沢東亡き後、次の覇権争いが渦巻きながらも故毛主席の怨念が色濃く翳を落とす時代の物語。

若き探偵物語という謳い文句で世間に喧伝されているが、本策では私立探偵物というよりも諜報物に近い。CIAに中国スパイ。1人の女と1人の男を巡る中国、アメリカの組織入り乱れての攻防。味方と思っていた者が敵になり、敵と思っていた者が利害の一致から味方になる。これはまさしくエスピオナージュの物語運びだ。

前作も家出娘の捜索のために麻薬の売人に取り入ってターゲットのアリーに心を動かされたが、これはニールが元ストリート・キッドである出自に大いに関係があるだろう。
両親の愛情を知らずに掏摸をして糊口を凌ぐ生活をしていたニールにとって仲のいい仲間たちやコミュニティは人生で体験したことがない心地よさを彼にもたらし、プロの探偵であってはならない感情移入をしてしまい、ミイラ取りがミイラになってしまう危うさがある。
しかしこの青さと純粋さが大人になると失ってしまう誠実さを思い起こさせ、彼に共感を覚えてしまう。
こういう稼業に仕えるには彼は優しすぎるのだ。
若干24歳の若き探偵ニール。技術は一流ながらも心はまだ純粋という名の宝石を秘めている男。この手の諜報物では騙し合いの攻防戦は当たり前で、登場人物も歴戦の強者ばかりなので、いちいち傷ついてもいられないというのが定石だが、ニールの若さが探偵の、真実を知ることで自分の中で何かが失われている寂しさを体現しており、やはり私は彼にフィリップ・マーロウを重ねてしまう。

しかしW杯中の読書は辛い!


No.792 8点 九尾の猫
エラリイ・クイーン
(2010/06/13 21:31登録)
連続絞殺魔対名探偵。
これはパズラーでもなく、本格推理小説でもなく、もうほとんど冒険活劇である。クイーンが古典的本格ミステリから現代エンタテインメントへの脱皮を果たした作品だと云えよう。

しかしそんな特異な事件でもクイーンのロジックは冴え渡るのだから驚きだ。本書はエラリイのロジックはこのような無差別通り魔殺人事件にも通用するのかが表向きのテーマであろう。

誰が犯行を成しえたかを精緻なロジックで解き明かしてきたクイーンのシリーズが後期に入り、犯罪方法よりも犯人の動機に重きを置き、なぜ犯行に至ったかを心理学的アプローチで解き明かすように変化してきている。
しかしそれは犯人の切なる心理と同調し、時には自らの存在意義すらも否定するまでに心に傷を残す。しかし今回彼に救いの手を伸ばしたのが精神科医ベラ・セリグマン教授だった。最後の一行に書かれた彼がエラリイに告げる救いの言葉がせめてエラリイの心痛を和らげてくれることを祈ろう。
次の作品でエラリイがどのような心境で事件に挑むのか興味が尽きない。


No.791 6点 このミステリーがすごい!2006年版
雑誌、年間ベスト、定期刊行物
(2010/06/12 21:22登録)
目新しさがなくなってきたように感じたのがこの年ぐらいからかな。前年に引き続き、ランキングを制したのはベテラン作家の東野圭吾であったのは素直に嬉しい。その他佐々木譲の復活、久々の原尞作品が当然の如くランキングされているのもまた嬉しい。北村薫、我孫子武丸のランクインも健在ぶりの証左となって嬉しかった。

しかしやはりこの20位までというランキングで淘汰された作品があるのも気になる。特に伊坂作品や恩田作品など世評が高くなるにつれて『このミス』読者が離れていっているような気がし、マニアのためのミステリ本の域を脱していない感が強い。また島田荘司の復活があまり評価されていないのも腑に落ちなかった。
翻って海外ミステリのランキングに目を向けると、この分野はどんどん拡散している気がする。特に顕著なのはミステリから乖離して行っているのではないかという事。1位のジャック・リッチーやシオドア・スタージョン、アヴラム・デイヴィットスンなどはもろSF作家のようだし、これらの作家を高く評価するよりもウェストレイクやランキンやヒル作品が例年通り訳出している事を喜び、評価すべきだと思う。個人的には2位にランクインしたコナリーに1位を取ってほしかった。

あと国内ランキングで目に付いたのはライトノベル作家の進出が以前にも増して顕著になったこと。ここらへんはライトノベルというよりも通常のミステリとして評価しているのだからまあ、そんなには気にならない。

『このミス』は今後も読むだろうし、また出版された時は嬉々としながら読むだろう事は間違いない。しかしやはり感じる違和感は拭えない。これはこの先ずっと続くんだろうな。


No.790 6点 本格ミステリ・ベスト10 2005
雑誌、年間ベスト、定期刊行物
(2010/06/09 21:44登録)
『このミス』が常に変化しているのに対し、このムックは毎年同じ企画・コラムが掲載され、変わり映えがしない。尤も、変化した企画・コラムが『このミス』で大当たりしているのかといえば、そうとも云い切れないのだが、このマンネリズムには正直物足りなさを感じる。

国内本格の内容の充実振りに対して海外本格のまるで添え物のような扱いも気になる。アンケートの分母となる絶対数自体が少ないのだ。ミステリを論じる以上、国内も海外も同等に扱うべきである。

コラムもミステリを軸に漫画・ゲーム・映画・コミケとあまりにマニア中心の内容はうすら寒ささえ覚えてしまう。中身が白黒の単色での構成もこの時代では結構厳しいものがある。
これではオタク本に過ぎないではないか。座談会も、おいおいこんなことをこんな言葉で本当に話してんのかよ!?と突っ込みたくなるほど高度だし、全体的にマニアのための知的娯楽でしか表現されていないのが非常に気になった。

このままでは本格はある一部の人にしか受け入れらない限定された世界での展開しか繰り広げられない。もっと多方面の読者を引き込み、初めて本格ミステリを読む方々が手に取りやすい装丁・内容・文章にしてほしいものだ。最後の編集後記の内容もオタクコメントの羅列だし。何か情けなくなってくるなぁ。

しかし上ではこのような批判をしていても、結構のめり込んで読む自分がいるのも情けないのかもしれない。


No.789 10点 このミステリーがすごい!2005年版
雑誌、年間ベスト、定期刊行物
(2010/06/08 21:36登録)
法月綸太郎が1位だったのは意外だったのと、伊坂の3作全てランクインもびっくりした。またサラ・ウォーターズの連続1位も驚いた。自分の評価では中くらいだったトレヴェニアンの久々の新作『ワイオミングの惨劇』がなんと3位にランクインしていたのも予想外。恐らく久々の新作ということから10位以内には入るだろうと思ってはいたがまさか3位とは。

ミステリのランキングもミステリのジャンル自体が肥大し、拡散していきつつあるのを受けて、他のジャンル、特にSFやファンタジーの作品のランクインが目立った。特に海外はランキング作家の顔ぶれが古今混在しているのにも関わらず、他ジャンルの作家が散見されたのが最初残念だった。

国内は昨年の歌野氏の初登場1位を受けて今度も新本格1期生の法月氏が1位と個人的には非常にうれしい結果となった。ただこの後に読む「本格ミステリ・ベスト10」も1位は同じであり、これも前年同様であるのが気になる。
本格ミステリに特化したランキングである後者が全てのミステリを対象にした「このミス」とかなり似通っているのだ。ハードボイルド、冒険小説が衰退してきているというのが憶測ではなく、正に現実として突きつけられてしまった感が強い。

また今回特筆すべき点は、昨年のライトノベルランクインで「このミス」自体の方向性が嫌な方向になるのではないかと思ったが、「このライトノベルがすごい!」というムックを出すことで見事に区分したこと。混乱を避けた編集部の素早い対応は評価に値する。こんなことを行ってはならないのだろうが、聖域は救われたという感じだ。

特集・コラムも例年通り充実しており、特にミステリー相談所が面白かった。まだまだ拡がるミステリムックのアイデア。斬新な着眼点からミステリを解体・解読するコラム・特集も今後も期待する。ともあれ今回も非常に愉しめた。有難う。


No.788 5点 本格ミステリ・ベスト10 2004
雑誌、年間ベスト、定期刊行物
(2010/06/07 21:24登録)
この年は『このミス』と同じく『葉桜の季節に君を想うということ』が1位となり、記念すべき年となった。
それ以外では石持浅海の『月の扉』、大倉崇裕の『七度狐』、京極夏彦の『陰摩羅鬼の瑕』、小野不由美の『くらのかみ』、横山秀夫の『第三の時効』、東野圭吾の『ゲームの名は誘拐』が『このミス』と重なっており、有栖川、京極、島田、西澤、芦辺、貫井、二階堂といった本格作家の名前がベスト20に見られるのがやはり特徴的。

私がこのランキングを好むのは最近の『このミス』に顕著に見られる、新人作家の過大評価とベテラン作家の使い捨て傾向というのがなく、どれも正当に評価していることが素直に嬉しいからだ。ベテランがまだ精力的に魅力ある作品を送り出している事をあまり評価せず、青田買いのように新しい作家を紹介し、そしてやがて3、4年後にはランキングに相手もしないような使い捨て傾向にある『このミス』よりも遥かに良い。

今までよりもベスト20内に入った作品の解説がマニアックでなくなり、非常に理解しやすくなってきたのは良い。また海外作品も多く取り上げるようになったのも良い(解説がベスト5までなのがまだ不満)。
国内復刊ミステリの動向のレポート、装幀大賞の企画はまだまだ続けて欲しいくらい良いが同人誌・映画・ジュヴナイルなどのレポートはあっても良いがこれほど長くなくてもいい。出来れば見開き2ページで完結して欲しい。ここら辺がマニアの域を脱しない枷になっている。


No.787 7点 このミステリーがすごい!2004年版
雑誌、年間ベスト、定期刊行物
(2010/06/06 21:01登録)
『このミス』も10年以上経て、かなり権威がついてきているせいか、当初のマイナーリーグ故の思いっきりの良さ、怖い物知らずの勢いが成りを潜め、かなりオーソドックス路線へと変貌を遂げつつあることが暗示された。というのもアンケートの回答に「マニアックなものは避けて下さい」というような主旨の但し書きがあったとの意見が散見されたからだ。

今回の『このミス』は国内編では歌野晶午が第1位という予想外の結果だったことがまず嬉しかった。ぽっと出の新人ではなく新本格第1期生のキャリア16年の作家が初登場でしかも1位だったというのが純粋に嬉しかった。また他にも昨年に引き続いて連城三紀彦がランクインと以前見られた作家の使い捨て傾向がやや改善されてきているのも嬉しい。

海外編もマキャモン、ウェストレイク、ヒル、フォレットとかつての『このミス』を席巻していた作家がランクインしていたのが嬉しい。つまりこれは以前のように奇を衒った回答ではなく純粋に面白い作品を回答してくれた事の1つの証左であると思う。だから真保裕一や島田荘司がランクインしなかったのも彼らの作品よりももっと面白かった作品があったのだと納得できる。

今後、ミステリ界はどんどん新人が出て、またジャンルの括りが難しくなるぐらい混沌としていくだろう。その大きな流れにきちんと自分を見失わず、面白いものは本当に面白いんだと正当に評価する冊子になって欲しい。


No.786 7点 ある閉ざされた雪の山荘で
東野圭吾
(2010/06/05 23:12登録)
「嵐の山荘」でありながらも、実際は雪は降っていないし、殺人も遺体が残らず、事件がどのように起きたかを知らせるメモが残されているのみ。しかし舞台劇を想定しながらその実、劇団員が1人、また1人と消えていくうちに団員たちの中に不信感が生まれ、疑心暗鬼に陥る。これは芝居なのか現実なのか?この辺のフィクションと現実との境が解らなくなっていく展開が非常に上手い。

これを実際に舞台劇として演じられると非常に面白いかもしれない。劇中劇という設定で劇の中の演者がさらに演技を要求され、それが観客に虚実を混同させる効果を生み出し、どこまでが演技でどこからが素なのか解らなくなりそうだ。いや実際既にどこかの劇団で公演されたのかも。

最後はなんだか作者自身が気恥ずかしくなったかのようで、ちょっと拍子抜けしてしまった。

さて皆さん感想で『仮面山荘殺人事件』に触れているので逆にそちらを未読の方は先に『仮面山荘~』を読んだ方がネタバレにならなくていいかも。


No.785 8点 本格ミステリ・ベスト10 2003
雑誌、年間ベスト、定期刊行物
(2010/06/04 22:15登録)
原書房に出版元が変わってからというもの、このムックの内容の充実振りには目を見張るものがあり、今年もその例に漏れなかった。
まず評価したいのは表紙のデザインが変わった事。デザインとしてはシンプルだが、今まで続いていた何の脈絡も無いおどろおどろしいイラストから解放された爽快感だけでまず十分である。前年までの装丁ではホント、屋外では読めなかったよね、変人扱いされそうで。

あとそれぞれのコラムに「創元語」とも表現すべき小難しい言語が一掃され、非常に読みやすくなったこと。前年もそうだったかもしれないがこの効果は非常に大きい。
しかし残念なのは相変わらず海外本格ミステリの扱いの小さいこと。もっと真剣に取り上げてよ!!今の本格読者のシーンに足らないのは古典ミステリや海外ミステリを読まないで日本の新本格のみを溺愛する傾向にあることは既にメンバー員の中でも周知の事実であり、その弊害が所謂「脱格」系の新人作家を生むことになったことを憂いているのにこの扱いはないだろう。この辺が勿体無く思うのだ。

あと映像関係のマニアックさ、同人誌の紹介などマニア向けの企画が続いているがこれは仇花だろう。


No.784 8点 このミステリーがすごい!2003年版
雑誌、年間ベスト、定期刊行物
(2010/06/03 21:44登録)
横山秀夫ブレイクの年。ランキングは本格も入り混じってなかなか面白い結果になった。伊坂幸太郎が『ラッシュライフ』で初ランクイン。この頃はまさかこんなに売れっ子になるとは思わなかったけどね。
海外は今なお1冊のみ刊行されているドロンフィールドの『飛蝗の農場』が1位。ポール・アルテ初翻訳の年でもあった。
古典もレヘインとかランズデールとかの有力作家も入り混じって結構盛況。

毎年こういう年末のミステリのランキングはどれをとっても不満が残る。
というのもやはりアンケート回答者の新し物好きの傾向が顕著だからだ。
昔からのミステリ・ファンとしては島田荘司はもっと上位に行って欲しいし、真保裕一や折原一はランキングして当然だと思うし、P.D.ジェイムズやゴダード、ヒルやレンデルももっと評価されていいはずなのだ。これらがどうにも過去に全盛を迎えて今は落ち目の作家という風に目に映るし、作家の使い捨て状態だとも思われるのだ。
今になってみればジャンルの違う作家を同列に並べて評価する行為を嫌った作家、評論家の気持ちがよく判る。しかし、内容はミステリ好きには堪らないムックであることはこの年も証明された。今後は好きな作家がどの位置に復活しているのかを確認するために毎年購読していくのだろうな。

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