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ミステリの祭典

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Tetchyさんの登録情報
平均点:6.74点 書評数:1617件

プロフィール| 書評

No.817 8点 明日があるなら
シドニー・シェルダン
(2010/07/24 13:44登録)
本書を読んでもう20年近く経つのに未だにこの主人公の名前は覚えている。トレイシー・ホイットニーというのがその名前なのだが、読んだ当初は何かの冗談かと思った。
というのも中学生の頃から邦楽よりも洋楽に傾倒していた私は『ベスト・ヒットUSA』や地方番組『ナイト・ジャック・フクオカ』、そしてFMラジオを貪り聴き、洋楽に没頭していた。そして当時2大黒人女性歌手が有名で、片方は今でも知名度が高いホイットニー・ヒューストン。そしてもう1人はトレーシー・チャップマンというアコースティック系のアーティストがいたのだ。作者はこの2人の名前を組み合わせたのかしらと読中そればかりが頭を駆け巡っていた。

でも本作に挙げられていた詐欺には首肯しがたいものがあった。
確か豪華客船で行われる世界一のチェスの名人2人とトレイシーが対決するシーンがあったと思うが、あのトリックにはどう考えても無理があるだろう。ネタバレになるので詳細は省くが、同じ船上にいる客が移動しないとでも思っているのだろうかとだけ苦言を呈しておこう。
また確か本書であったと思うが、最新鋭の計算機の売り込みで大金をせしめるという詐欺があったが、あれも少し考えれば気づくはずである。実際私はそのトリックに途中で気づいた。ネットがない時代とはいえ、少し調べれば解るはずである。
その点が私をして満点を与えることができない理由になっているのだが、それでもやはりトータル的には面白く、もうこの作家、一生ついていくぞ!とまで決意した。

そして数年後テレビでアメリカドラマ版が放映された。作中で絶世の美女のように描かれていたトレイシーをどんな女優が演じるのかと期待パンパンに膨らまして観た思春期の私はその普通っぷりにかなり失望した。いや、美人ではあるのだが、ごく普通の美人だったのだ。シドニー・シェルダンの描く美人の容貌の描写は思春期の私には想像を絶する美女の競演のように想像が膨らんだ。これも彼の功罪の1つといえる。


No.816 10点 ゲームの達人
シドニー・シェルダン
(2010/07/23 22:24登録)
本作について、現在30歳以上の方々をおいて知らぬ人はいないだろう。『ゲームの達人』という煽情的なタイトルは当時ゲームっ子だった私を刺激したが、表紙を見るに、どうも自分が想定しているような、ハドソンの高橋名人のような1秒間に16連射できるシューティングゲームの達人といった内容でないことは子供心でも解った。したがって毎週この本売れているようだけど、どんな本なんだろう?と思っていたにすぎなかった。
本書を手に取るきっかけは高校の同級生の勧めだった。

とにかくすごく面白かった。小説とはこういう物を指すのかと初めて意識した作品だったように思う。
親子4代に渡る大会社経営者の波乱万丈人生の顛末は普通の人生を生きてきた自分にとって想像を超えた世界だったし、ジェイミーがなんども窮地に陥りながらも、とうとうダイヤモンドの原石を見つけ出し、その後手ひどい裏切りを受けながらも、会社を設立するまでの苦難の数々にアメリカン・ドリームを見、またそれが単に「棚ぼた」でなしえる物でなく、九死に一生を得るほどの苦難を乗り越えないと成功は手に入れられないことを知った。
またその娘ケイトが物語の中心となるが、その気性の激しさに女性の恐ろしさを、さらには彼女の孫娘達をシェルダンがまばゆいばかりの美貌で描写するがために、どれほどの美人なのかと想像も掻き立てられた。そして私にとっては少々、いやかなりハードな濡れ場の描写に思春期特有の興奮を覚えたものだ。
またケイトの会社が社会的成功を収め、着実に帝国を築いていきながらも、家族の関係は常に泥沼であり、志半ばで斃れる者も数多あり、本当の幸せとは一体なんなのだろうかと考えさせられもした。

このようにこの小説は私にとって小説を読むことを多面的に教えてくれた作品だった。この本はその後、うちの家族の中でも回し読みされ、普段本を読まない弟さえも手に取り、2人で色々内容について話し合った記憶がある。こんな小説は本当に珍しい。


No.815 8点 海外ミステリ・ジャンルベスト100
事典・ガイド
(2010/07/21 22:51登録)
私がミステリの門戸を開いたばかりに読んだガイドブックの1つ。
今読むと非常にオーソドックスな内容で可もなく不可もなくといった内容だが、当時はどれもこれもが魅力的でまだ見ぬミステリの世界に狂喜したものだ。


No.814 7点 異形博覧会
井上雅彦
(2010/07/20 21:34登録)
現在はアンソロジストとして有名な著者だが、そんな彼の嗜好をふんだんに盛り込んだ短編集。

内容的にはヴァラエティに富んでおり、たとえるならばジョー・ヒルの短編集を髣髴させる。とはいえ、今読むとやはり素人感は拭えないかなぁ。


No.813 7点 新ナポレオン奇譚
G・K・チェスタトン
(2010/07/17 23:38登録)
1904年に発表されたチェスタトンのデビュー長編小説。実にチェスタトンらしく、様々な警句と美意識に満ちた作品だ。
最初の100ページまではチェスタトンお得意の言葉遊びに満ちており、ストーリーが全く見えてこない。ここら辺は非常に難解で思考があっちこっちに飛び、理解に苦しむ。
しかしやはり奇想の思想人チェスタトン。そこを過ぎると実に面白いストーリーが見えてくる。

しかしこの小説は初めてチェスタトンを読むにはかなりハードルの高い小説だと思う。このチェスタトンしか書けないテイストはやはり他の作品、やはりブラウン神父シリーズを導入部として読んでからにして欲しい。もしくは『木曜の男』(光文社古典新訳文庫版は『木曜だった男』)を愉しめた人ならば本書も愉しめるだろう。私にとって本書はチェスタトンはやはり最初からチェスタトンだったと思えただけに嬉しい作品だった。


No.812 7点 白夜の弔鐘
田中芳樹
(2010/07/15 20:58登録)
田中の奇想が上手く冒険小説と溶け合った良作。
文体のアイロニーの切れが抜群で、この頃の田中は本当に面白かったなぁと思わされる。


No.811 7点 本格ミステリ・ベスト10 2010
雑誌、年間ベスト、定期刊行物
(2010/07/14 21:06登録)
今なおその年の本格ミステリを総括するミステリ愛好家の痒いところに手が届く、マニアックな作りを愚直なまでに踏襲しているのが非常に心地よい。

さてランキングに目を移してみると、やはり歌野晶午の『密室殺人ゲーム2.0』が1位というのが正にこのランキングを象徴しているようだ。トリックに特化したこの作品こそ確かに2009年の本格ミステリシーンを代表する1作に違いない。『このミス』でダントツの1位だった東野の『新参者』は5位と、本格ミステリファンにも好評のようだ。その他『このミス』と重複しているのは柳広司の『ダブル・ジョーカー』、綾辻の『Another』、米澤穂信の『追想五断章』と『秋期限定栗きんとん事件』、道尾秀介の『龍神の雨』、北村薫の『鷺と雪』に詠坂雄二の『電氣人閒の虞』と20作品中9作と約半分を占めるが、双方のランキング順位が違うので、それぞれの特色は出ている。

そして個人的に楽しく読んだのが辻真先氏のインタビュー。なんと御齢77歳にして本格ミステリクラブ会長に就任し、更にはまだ出版待ちの新作が5冊もあるというからそのヴァイタリティに畏れ入る。何年も新作を書かない新本格Ⅰ期生の人間に爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。

しかしやはり残念なのは今年も海外ミステリの扱いが少なかった事。座談会は充実しているのに国内作品と比べるとそのページの占める割合はかなりの格差を感じる。もうこれはフォーマットとして決まっているのかもしれないが、値段が上がってもいいからもっと海外ミステリにページを割いてほしい。
しかし例年のイベントとしては本家『このミス』よりもこちらの方が愉しみになってきた。後は海外ミステリに関する内容の充実さえあればもう望むものはない。


No.810 3点 このミステリーがすごい!2010年版
雑誌、年間ベスト、定期刊行物
(2010/07/13 20:58登録)
マスコットキャラの登場といい、冒頭の俳優のインタビューといい、なんだかどんどん方向性が変わっていっている。
もうこれはミステリ愛好家のための書物ではなく、ただの商業誌に成り下がってしまった。
まあ、出版不況にミステリの売れない時代と云われて久しいから、普段本を読まない人を取り込むためのポピュラー路線なんだろうけど、昔から『このミス』を読んでいる者にとってはなんとも云えない残念な思いがある。

毎年のミステリシーを振り返る資料としての意義しかなくなって来たなあ。とりあえず宝島社お抱え作家の書き下ろし短編は要らない。


No.809 3点 玄い女神
篠田真由美
(2010/07/12 21:29登録)
なんとも読みにくさを感じる小説だ。特に場面が思い浮かばない。添付された舞台となる恒河館の見取り図と作内で騙られる場面が結びつかない。
見取り図にはない部屋の室名で場面が語られるため、非常にシンプルな構造をしているにもかかわらず、いやそれがゆえにそれぞれの人物がどの部屋にいるのか、どの部屋を指しているのかが解りにくい。

また物語のテーマが今回はインド神によるところが大きいのも逆にこちらの興味を殺ぐ結果となった。過去の死亡事件に関わった人々にそれぞれインド神を擬えるというのはなんとも漫画的で愕然としたものだ。ミステリアスな死者の言葉がなんとも陳腐なものとして響いてしまった。


No.808 9点 ウォータースライドをのぼれ
ドン・ウィンズロウ
(2010/07/08 21:56登録)
前3作と違うのはニールの許には愛すべき存在カレンがいること。そして任務も今まではロンドンに中国、ネヴァダ州の山奥と移動に移動を重ねてきたが、今回は前作の舞台だった“孤独の高み”に仕事が舞い込んでくるという設定。
したがって登場人物も3作目と重なる人物が多く、お馴染みの顔ぶれが出揃う。物語に挟まれる彼らとのやり取りにニールが彼の地に溶け込み、もはや村の住民の1人として認知されていることに気付かされる。とうとうニールは安住の地を見つけたのだ。

今まで若くナイーヴな探偵ニールを中心にした“男”の物語であったのだが、今回はレイプの告発をした有名人の秘書とカレンの存在、そしてその2人に加わるその有名人の妻キャンディ3人が主導で展開する“女たち”の物語であるように感じた。

とにかく本作は前3作に比べると、危機一髪のドキドキハラハラ感よりもスラップスティックコメディ的な予想の斜め上を行く展開が実に面白く、何度も声を上げて笑ってしまった(特に伝説の殺し屋“プレーオフ”の末路が実に悲惨ながら笑ってしまう)。
したがって今までこのシリーズの売りでもあった若き探偵ニールのナイーヴさはほとんど出てこなくなっており、逆に恋人のカレンが正義感を振り回し、ニールの役割を果たしているようだ。しかし私は前作でニールは一皮向け、一人の男として成長したように捉えていたので全く違和感はなかった。


No.807 6点 本格ミステリー・ワールド 2009
雑誌、年間ベスト、定期刊行物
(2010/07/04 22:57登録)
二階堂黎人の「俺ミス」と呼ばれる「黄金の本格ミステリー」選出は幾分薄められていた(それとも編集の際にカットされたか)。
ただ選出された作品群が今後数年に渡って「黄金の本格ミステリー」として本格ミステリ史に残っていく物なのかは非常に疑問。

逆に内容が濃かったのが島田荘司×綾辻行人の対談である。特に島田に見出されデビューした綾辻が既に当時の島田の立場にいることを自覚し、かつて自分を見出した島田の志の高さに思いを馳せる件は、なかなか胸を打つものがあった。本格ミステリの遺産はこのように師から弟子へ引き継がれていくのだと、その現場を目撃した思いがした。


No.806 8点 本格ミステリ・ベスト10 2009
雑誌、年間ベスト、定期刊行物
(2010/07/03 22:51登録)
この年とうとう『このミス』の追随書であった本書がその出来映えで本家を超えた、そう確信した内容だった。
新企画として「ミステリ作家オススメ映画アンケート」なるものが登場したのが大きい。こういう新しい企画こそ、マンネリになりがちなムックの梃入れとして必要なのだ。
だがこの企画、やはりミステリ作家の方々は通というか捻くれ者が多く、アンケートに挙げられた作品は一般的な物が少なく、逆に一般的な物が挙がると、非常に浅薄に見えるからまた不思議だ。成功したかどうかはもとよりも、内容云々ではなく、そのアイデアを買う。

ランキングは三津田信三、道尾秀介、有栖川有栖の三方の活躍が目立つ。特に三津田はようやく初首位に立ち、これで名実共に今の本格ミステリを代表する作家になった。妖怪シリーズを思わせる刀城言耶シリーズは本家からの世代交代を示すほどのクオリティと人気を誇り、京極夏彦のシリーズ新作がなかなか刊行されない渇きを潤す絶好のピンチヒッターとなった。

中身は相変わらずディープでオタクの薫りが漂うのは否めない物の、本当に本格ミステリが好きなのだという愛情に満ちている。本家『このミス』が単なる商業雑誌に堕ちてしまったのに対し、こちらの純化は非常に対照的である。

しかし今年も海外本格ミステリの扱いが日本本格ミステリに比べると少ないのはやはり合点が行かない。海外本格あっての日本本格である。海外本格の裾野はまだ広く、懐はまだまだ深いのだ。綾辻行人氏の新本格以降の本格ミステリファンが多い中、海外本格ミステリファンを増やす事はこのムックの大きな役割の1つと云えよう。
虚しい叫びかも知れないが、まだ私は声高に苦言を呈し続けよう。それだけ期待する価値がこのムックにはあるのだから。


No.805 7点 美しき凶器
東野圭吾
(2010/07/03 01:30登録)
とにかくまず東野圭吾がまさかこのようなモンスター小説を書いているとは思わなかった。殺し屋タランチュラは狂えるスポーツドクター仙道之則が生み出した七種競技の選手。より高く跳び、より速く走り、より遠く投げ、より長く走れる万能選手のみが出場できる陸上界至高の競技。この競技を制するものはクイーン・オヴ・クイーンズとまで称される。まずその選手を殺人鬼に仕立てたのが東野のアイデアの秀逸さ。

通常このような殺人鬼物ならばスプラッターホラーに代表されるようにとにかく凄惨な虐殺シーンを強調するだけに留まり、なぜ彼が無差別に人を殺すのかなどはありきたりの設定で流し、アクションシーンのみを強調するのだが、東野の優れた点は彼らがタランチュラに襲われることになった原因があり、しかも彼らにはその殺人鬼から逃げてはならない理由があるところ。

スポーツ界の歪んだ競争意識やもはや人体実験の領域まで及んだ肉体改造など重いテーマを含んでいるが、疾走感を重視したためか物語、人物設定に膨らみが感じられなかった。
しかしそれでもタランチュラの最後の台詞にこの作家のセンスが光る。


No.804 4点 このミステリーがすごい!2009年版
雑誌、年間ベスト、定期刊行物
(2010/07/01 21:26登録)
前年同様この年も値段は500円据置きで発行された同ムックだが、残念ながら内容まで据置きされてしまった。

新人賞クロスレビューという、その年の各新人賞受賞作を俎上に上げて4人の評者が10点満点中、何点かつけて論じる新企画が入っている。これはもろ『ファミ通』のパクリである。

総じてみると、たったこれだけ?といった作り。20周年を境に退化してしまったとしか思えない体たらくではないか。
ある人が述べていたが、年末ベストランキングムックの意義はその年のミステリシーンを包括する意義があったのだが、それさえも希薄になり、将来に向けてその年のベスト本にどんな物があったかを知るだけの統計的資料でしかなくなってしまった。確かにそれはそれで意義があるが、折角世のミステリ書評家が一同に会する場であるのに、投票して終わりとはなんとも寂しい限りだ。

国内では伊坂氏の首位獲得はよかったと思うが、山口雅也氏の復活は諸手を挙げて迎えられなかったようだ。今年は海外物が充実していたように思う。前評判の高かった『チャイルド44』が見事首位獲得。新潮社久々のヒット作だ。ルヘイン、ディーヴァー、マンケル、ヒルが常連として今年もランキングしているのはいい。そして今年はもう1人のヒルに注目したい。キングの息子である事を敢えて伏せ、作家活動をしていたジョー・ヒルが4位に短編集で初ランクインと、将来性を感じさせる作家の登場を手放しで歓迎したい。


No.803 5点 本格ミステリー・ワールド 2008
雑誌、年間ベスト、定期刊行物
(2010/07/01 21:19登録)
収穫といえば、今まで謎のヴェールに隠されていた三津田信三のインタビュー記事ぐらいか。下世話な云い方をすれば南雲堂という出版社が本格ミステリはおいしい商売だから、1年を総括するムックを出すとそれなりに利益も出るし、マイナーな自社の宣伝にもなる、そういう商売根性が透けて見えるかのようだ。

しかし二階堂黎人がここでは「大きな声を出す」選出者となっているのだ。その好き嫌い度は露骨過ぎる。本書には選考会議の一部始終が収録されているのだが、彼のある発言にはビックリした。ちょっと長くなるが、抜粋しよう。

 なお、この犯行動機を古いとか大時代だから良くないななどという者は、最初から本格読みとしての資格はないわけで(事件に見合うだけのあの動機や現代性などを提言できるならともかく)、余計ないちゃもんをつけずに黙っていてほしいものですね。

驚嘆すべき暴論である。どう好意的にとっても他者の反論を封じ込め、彼のナチズムを充足しようとする意図しか見えない。カッコ内は選考座談会の後で津波のように押し寄せてくるだろう、世の本格愛好者を筆頭にしたミステリ読者、一般読者の反論を緩和すべく足された文章であろうが、それがあってさえ、彼の暴挙は目に余る。

このシリーズを有意義に、そして未来に残して恥ずかしくない物にするには、一日も早く彼を排除すべきだ。


No.802 7点 本格ミステリ・ベスト10 2008
雑誌、年間ベスト、定期刊行物
(2010/06/29 22:29登録)
ランキングはネット上での評判を色濃く反映したような感じ。
今回も前年に引き続き、一位の作品は『このミス』と違い、『このミス』が佐々木譲の『警官の血』、本ムックが有栖川有栖の『女王国の城』と、両者の特色が色濃く出た結果となっている。しかし、その後のランキングを見てみるとけっこう『このミス』に近いものがある。しかしこれは本格ミステリ作家たちが切磋琢磨し、いい作品を上梓してきた結果であるから、逆に日本のミステリ界は依然本格ミステリシーンが熱く発展してきているように思う。

確かに本ムックに寄せられたランキング作品への解説を読むと、どれもこれも読みたくて堪らなくなる、魅力的な謎、作者の企み、謎解きのカタルシスに溢れている。特に新興勢力として位置づけられる米澤穂信、石持浅海、道尾秀介、三津田信三など、当然の如くランクインし、しかも1作などに留まっていない。
そしてそれを向かい討つかの如く、新本格Ⅰ期生の有栖川、歌野、そして彼らの師匠とも云える御大島田氏が名を連ねている。
更には西澤保彦、柄刀一、霞流一といった中堅どころも負けじと参戦し、さらにちょっと最近は大人しかった石崎幸二、北山猛邦らメフィスト系作家もランクインと、なんとも絢爛豪華なランキングとなった。
もしかしたら2007年は本格ミステリ界にとって5年に一度、いや10年に一度の大収穫の年であったと、今後振り返ったときに話題に上るのではないだろうか。なにしろ有栖川の江神シリーズが15年ぶりに出た年なのだから。

とはいえ、その他の部分においては従来の形式となんら変わることがなかったというのがこのムックらしいといえばムックらしいところ。足してもなく、引いてもいない。まあ、座談会が増えたかもしれないが、全く構成・各種コラムの内容が変わっていない。本当にその年の本格ミステリシーンを従来のテーマに沿って回顧する、そんなムックに徹している。

ただ装幀大賞が京極夏彦氏も審査に加わることがなくなり、何となくトーンダウン。喜国夫妻が頑張っているが、なにげに鋭い発言をする京極氏の毒がやはり欲しいところだ。


No.801 9点 高く孤独な道を行け
ドン・ウィンズロウ
(2010/06/28 21:05登録)
ニール・ケアリーシリーズ3作目の舞台はなんと地元アメリカ。西部の山奥でカウボーイたちの暮すオースティンのさらに奥、通称“孤独の高み”と呼ばれる集落だ。
物語は中国の山奥で早朝に伏虎拳の修行に励むニールの姿で幕を開ける。う~ん、なんとも映像的ではないか。映画『ミッション:インポッシブル』を髣髴とさせるようなシーンだ。

そして今回の展開は痛い。実に心が痛む物語だ。毎度毎度の潜入捜査ながら、マンネリに陥らず、物語に深みが増している。1作目に「潜入捜査の終わりは裏切りだと常に決まっている」と書かれていたが、今回はまさにそう。
命の恩人を裏切り、愛してくれる女に毒づき、自分の主義・真意を偽り、任務を全うしようとするニールの心引き裂かれんばかりの葛藤。いやあ、3作目にしてこの濃密さ。ウィンズロウ、実に巧い!思わず目蓋に熱を感じてしまった。

そして1,2作とほろ苦い結末を終えていたこのシリーズだが、今回は違う。おそらく人生の相棒となりうる恋人カレンを手に入れるのだ。“孤独の高み”を乗り越えたニールはもはや孤独ではない。今までの恋人と違うのはカレンがニールの仕事を知っていることだ。さて今後カレンがこのシリーズにどう関わってくるのか。残り2作、楽しみにしたい。


No.800 5点 ミステリが読みたい!2008年版
雑誌、年間ベスト、定期刊行物
(2010/06/27 18:04登録)
とうとう海外ミステリ出版の老舗早川書房がこのような年間ベストランキングムックに手を出したのかと複雑な思いがした。
もともと早川書房は古くからミステリマガジン誌上で年間ベスト本のアンケートを募り、毎年3月号に各選者のコメントを載せていたが、今回のようにそれらに点数を付加してランキングを作るなんて事はしなかった。しかし、今回から編まれた本書ではベスト本選出に関しては従来の3冊選出を踏襲しているが、他のランキング本にあやかるかの如く、同様のランキングを作っている。
つまりこれはこれらランキング本が引き起こす本の売り上げが無視できないほど出版界では大きい物になっている事を物語っている。そして不況に喘ぐ出版界では今、どうにか利益を上げようと必死なのだ。

そしてそれを裏付けるのかのように本書のベスト1は当の早川書房が出版した村上春樹による新訳、チャンドラーの『ロング・グッドバイ』である。
この結果については特に早川書房が自社の作品の売り上げを伸ばすために作った自作自演ランキング本だ!といった痛烈な批判がその大半を占めていたように思う。

で、その感想は意外とまともだったという事だ。ミステリマガジン誌上のアンケートの延長といえばそれまでかもしれないが、個人的には原尞、小鷹信光、山本博御三方による公開鼎談が収録されているのが収穫だった。
他にこのランキング本の特徴としては、他のランキング本が予め出版社側で選定した書評家、作家、ネット書評家と限られた人間のみなのに対し、この本が不特定多数の読者も対称にしていること。それゆえ、ランキング参加者数は日本ミステリが127名、海外ミステリが93名と他のランキング本と比しても圧倒的に多い。これは本書の強みであると感じた。

しかし、上にも述べたように、中身はやはりミステリマガジン3月号の延長に過ぎない。特に本書の約4割近くを受賞リストや索引に費やすのはいかがなものだろうか?この辺は従来の作りを忠実に作りすぎた感があり、工夫が欲しかったところだ。

しかし早川書房からベスト本アンケートをお願いされて早川書房の作品を1作も入れないなんて、自ら仕事を失しようとしている行為のように思えてならない。そういう意味ではやはりこのムックに公平さを求めるのは無理を感じずにはいられない。


No.799 6点 このミステリーがすごい!2008年版
雑誌、年間ベスト、定期刊行物
(2010/06/26 21:38登録)
20周年記念号でもあるこの年の投票ランキング結果は正直意外だった。
なんせ佐々木譲である。
『このミス』初期の常連であったが、『昭南島に蘭ありや』以降、ランキングからは姿を消しており、昨年警察物でランキング復活したかと思えば、今年いきなりの1位獲得である。この『警官の血』、解説を読むとスチュアート・ウッズの名作『警察署長』のもろ本歌取りである。もちろんオリジナリティも加味されているからこその支持だろうけど、この『警察署長』が訳出されたのが1987年だから、最近のミステリ読者でこの作品を読んでいる人は少ないのかもしれない。良い物は何年経っても支持される、つまり名作の歴史は繰り返されるということなのか。

その他ランキングはやはり桜庭一樹が旬ということで上位にランキング。有栖川有栖のなんと15年ぶりの江神シリーズ『女王国の城』も3位と大健闘しているのがちょっとビックリ。宮部みゆき、歌野晶午もランキングしており、また新進気鋭の道尾秀介もどうにかランクインとなかなかバランスよく分散されているのではと思った。しかし発表当時世評高かった伊坂幸太郎の『フィッシュストーリー』がランク外だったのはちょっと意外。

で、海外はとうとう常連ジェフリー・ディーヴァー1位獲得である。そして2位にハイアセン(!?)、さらにディヴァイン、ゴアズ、ウォルターズ、ヒルにクック、そしてローレンス・ブロックと往年のランカーが勢ぞろいし、さらにその間を縫うように最近評価の高いマンケル、アルテ、ジャック・カーリイ、サラ・ウォーターズが食い込むといった当方にとって非常に気持ちのいいランキングとなった。海外ミステリ不況といわれるがこれを見るとまだ安泰。いやむしろ真の海外ミステリファンによる支持票という色合いが出て、非常に面白かった。

とまあ、ランキングに関しては、納得できる反面、内容についてちょっと首を傾げざるを得ない。
今までの恒例の特集である「座談会」、「わが社の隠し玉」、そして20周年特別寄稿としての各作家の「私の隠し玉」プラスエッセイという趣向はいい。しかしそこから各ジャンル別の年間を通じた傾向、名作群の紹介がなく、なんと『このミス』大賞出身者の海堂尊の書き下ろし短編やその年の『このミス』大賞受賞作の抄掲載といった、商業主義丸出しの小説が載っているのが非常に解せない。
こういう者を読みたいためにこのムックを買っているわけではなく、その年一年のミステリの総括を含めた年一回のお祭りを愉しむために買っているのだ。それにどこの馬の骨とも知らぬ作家の(海堂氏は別として)作品発表をされても、興を殺ぐだけである。非常に不愉快に思った。
特に受賞作の抄文掲載は、読んでみてもはっきり云って何の食指も湧かなかった。恐らくこれで刊行時の部数引き上げを狙ったのだろうが、私個人としてはこれを読んだがために買わなくていいやと思ったくらい。逆効果に過ぎないと思った。
なんか勘違いしてきたなぁ、宝島社。


No.798 5点 本格ミステリー・ワールド2007
雑誌、年間ベスト、定期刊行物
(2010/06/25 02:56登録)
島田荘司監修で始まった新たな年末本格ミステリベスト選出ムック。
大いに期待し、飛びついたのだが、結果的には無難に纏まったなというのが感想。

島田が携わるということで期待の新人達との対談や第一期新本格作家達との対談などミステリ論が展開されるかと期待したが、さにあらず、島田が出てくるのは巻頭言のみでその後は2006年に新人賞を受賞した作家達と二階堂黎人との鼎談、2006年黄金本格ミステリー選出、各作者達の今後の予定やその他鼎談など、どこかで見たような内容ばかりで、島田色が出ているというよりもなぜか二階堂の影がちらつくような内容だった。

唯一このムックの特色が出ているのは黄金本格ミステリー選出か。有識者たちによる2006年に発行されたミステリーの中で今後歴史に残すべき黄金本格ミステリーなるものをしかも10作とか20作とかいう縛りを無くして選出しようというこの企画、私的にはかなり血湧き肉躍った。島田が提案したこの企画はなかなかに素晴らしく、こういうのはもっとやってほしいと思った。

しかし、やはりここにも二階堂が絡んでいるのだ。二階堂が求めるミステリについての文章(彼曰く、「檄文」だそうだ)が掲載されているが、これが明らかに独善的である。自分の趣味を他人に押し付けているだけなのだ。選者の俺はこういう話が読みたいの、普通の本格は面白くないの、もうわがまま云い放題である。しかも自分が本格だと認めるものしか選ばないのだから困ったものだ。

しかし『本格ミステリ・ベスト10』とどう差別化するかが、このムックの大きな課題だろう。

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