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ミステリの祭典

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YMYさんの登録情報
平均点:5.87点 書評数:358件

プロフィール| 書評

No.258 8点 マルタの鷹
ダシール・ハメット
(2023/06/25 22:17登録)
鷹の彫像を巡る緊迫した駆け引きが素っ気ないほど乾いた文体で綴られる。心理描写が徹底的に排除されているため、読者は登場人物の内面をちょっとした会話や仕草から推測するしかない。
ストーリーが複雑なうえ、微妙な行動の描写にも伏線が張られているので、一読しただけでは素通りしてしまうかもしれない。それだけに本作は純粋な謎解きよりも、こうした深読みを促す文体が大きな魅力となっている。


No.257 6点 花嫁殺し
カルメン・モラ
(2023/06/25 22:11登録)
スペインのマドリードが舞台で、主人公は女警部エレナ。タイトル通り殺されたのは花嫁でありながら、頭にあけられた穴から蛆を埋められ、生きながら脳が蛆に食われるという異常な殺人方法だった。
実は被害者の姉も七年前に同様の手口で殺されており、犯人は服役中だという。果たして別の模倣犯なのか。捜査するのは特殊捜査班という架空の組織だが、それぞれに一流の腕を持ったメンバーが集まり、そこへエレナ警部の部下として所轄の刑事サラテが加わるなど、警察捜査小説としての展開も複雑かつ本格的である。エレナ自身の抱える問題にまつわる衝撃的なラストも用意されている。


No.256 5点 トワイライト・アイズ
ディーン・クーンツ
(2023/06/11 22:20登録)
悲哀と郷愁に満ちた見世物小屋幻想が心地よい第一部から一転、桃太郎の鬼退治のモダンホラーバージョンとでも呼べそうな第二部に到るや、人間の皮をかぶった悪鬼の存在を「超古代文明の遺物」と説明づけて、テロリスト集団と大差ない現実的で恐怖のレベルに引き下げてしまうところが、良くも悪くも作者らしい。


No.255 5点 あの薔薇を見てよ ボウエン・ミステリー短編集
エリザベス・ボウエン
(2023/06/11 22:15登録)
意地悪で辛辣で、ドキドキする短い小説が二十編。
日常の細部がしっかり書き込まれているが、進行する出来事は暗示的。一見、何も起こっていないように見える。でも、何かが変わり、組み替えられた気がして数行戻って読み直す。そうして読んでいくと、作品の輪郭が少しずつ明確になってくる。
時には暗示が効きすぎて、最後まで謎の中に取り残される作品もある。人生の細部の連結の悪さを、そのまま放置して表現する凄味。ひんやりと鋭い読後の印象は癖になるような味である。


No.254 5点 沈黙の犬たち
ジョン・ガードナー
(2023/05/24 22:55登録)
第一次大戦中からのシンパで、KGBの最高幹部の一人にまで昇進したスパイを脱出させることになった。ただし、ハービーには逆スパイの疑いがかかり、ロンドンから動けない。
英海外情報局とKGBの騙し合い、情報局内の疑惑を題材に、中年スパイ、老年スパイの活躍を克明に描く。
前作からの登場人物のつながりや因縁があるので、順番に読んでほしい。


No.253 5点 原告側弁護人
ジョン・グリシャム
(2023/05/24 22:51登録)
純粋で正義漢だけは人一倍強いものの、借金まみれでガールフレンドにはふられたばかり。おまけに就職のめどさえつかなかったルーディが七転び八起きして、最終的には大きな裁判に立ち向かうというプロットは、いかにも大衆好み。クライマックスの法廷シーンでは、ルーディは苦戦することもなく一方的に相手をやり込めてしまうため、ミステリとしては物足りないが、青春サクセスストーリーとしてみれば、痛快極まりない。
爽やかさとほろ苦さが適度にミックスされたラストも余韻が残る。


No.252 6点 消えたエリザベス
リリアン・デ・ラ・トーレ
(2023/05/09 22:19登録)
十八世紀イギリスで実際に起こった女中失踪事件を歴史ミステリに仕立てたもので、著者は当時コロンビア大の史学科教授だった。
当時の地図や風俗画を挿入して濃密な時代色を出そうとしているが、平井呈一の名訳もまた、古色の再現に功あり、未だに強い印象が褪せることがない。この種ジャンルの金字塔と言えよう。


No.251 3点 聖戦
S・K・ウルフ
(2023/05/09 22:14登録)
マッキンノンは英空軍特殊部隊の出身で、現在は引退しニュージーランドの山奥で羊飼いの毎日。そこに特殊テロ部隊を結成したいからと、友人から隊員の訓練を頼まれる。
中東情勢やそれをめぐる政治謀略も書かれているが、いずれも新聞記事の後追い程度で新味がない。またあまりにもエピソードを並べすぎで、興味の焦点が絞り切れない欠点がある。サスペンスもスリルも盛り上がりに欠けている。


No.250 6点 フォーリング 墜落
T・J・ニューマン
(2023/04/25 22:25登録)
風変わりなハイジャックを扱ったサスペンス。
ニューヨークへと向かう旅客機。機長のビルに、謎の男から連絡が届く。相手はビルの家族を人質にとって、飛行機を墜落させることを要求する。そして、不審な事態に気づいた乗客が、機内の様子をSNSに投稿してしまう。
機長と犯人の駆け引きから乗客の不安、さらに地上での追跡。ネット社会ならではの立体的な展開を、目まぐるしい場面転換によって描き出す。一気に読ませるスリリングな作品だ。


No.249 6点 ロスト・アイデンティティ
クラム・ラーマン
(2023/04/25 22:19登録)
ジェイはドラッグの売人。酒も飲むけどモスクにも通う、自称敬虔なムスリムだ。麻薬密売容疑で逮捕された彼は、無罪放免の代わりに、MI5のエージェントとしてイスラム過激派組織に潜入するよう命じられる。
パキスタンにルーツを持つジェイは、西欧ではマイノリティーである自分たちの立場も意識せざるを得ない。英国の市民であると同時にパキスタン系のムスリムでもある。二つのアイデンティティーの間でゆらぎを抱えた彼の苦悩が印象に残る。とはいえ、全体のトーンは明るい。ジェイの造形はもちろん、彼の友人や家族、そしてMI5といった人々との関わりが、ユーモラスを交えて語られる。重いテーマを軽快に読ませる小説だ。ラストも強烈。本書だけでは消化しきれていない要素も残っており、続編の翻訳も楽しみだ。


No.248 6点 壊れた世界で彼は
フィン・ベル
(2023/04/10 22:23登録)
先読み不明のサスペンス。小さな町で、男たちが一家を人質に立てこもる事件が起きた。銃撃と爆発を経て、家の妻と娘は救助され、現場からは男たちの死体が発見された。だが、一家の夫と、男たちの一人の行方が分からない。
派手な幕開けから奇妙な謎が浮上し、やがて意外な展開へ。目まぐるしく動く事件の状況に振り回される楽しさを、たっぷり味わえる。


No.247 7点 業火の市
ドン・ウィンズロウ
(2023/04/10 22:19登録)
ダニーは米国のアイルランド系マフィアの娘婿ながらも地味な地位に身を置き、イタリア系マフィアともうまくやって平穏な日々を過ごしていた。だが、一人の美女をめぐるトラブルから、アイルランド系とイタリア系組織の共存関係は崩壊し、やがて凄惨な抗争が始まる。
ウィンズロウの組織犯罪ものは、感情がほとばしる独特の語り口が印象深い。だが、本書ではそうした語りの個性を抑えて、抗争劇の様子をじっくり語る。その展開は、古代ギリシャの叙事詩に描かれるトロイア戦争と重なり合う。古典に描かれるような運命劇が、マフィアの抗争に現れる。ラストの荒涼とした景色が忘れがたい。


No.246 7点 シンデレラの罠
セバスチアン・ジャプリゾ
(2023/03/24 23:04登録)
「私は二十歳の娘、事件の探偵であり証人、被害者であり犯人なのです。さて一体わたしは誰でしょう」という人を喰った極限的な筋立てを持つ虚構の世界。
プロットだけを追求した退屈な手品小説と一蹴する向きもあるが、御伽噺に使われるような文体で悲痛な物語を語っていくあたり、単なる知的ゲームに終わっていない。


No.245 4点 スモールgの夜
パトリシア・ハイスミス
(2023/03/24 23:00登録)
映画「太陽がいっぱい」や「見知らぬ乗客」の原作者として知られるハイスミスの最後の作品である。
ゲイの主人公リッキーと彼を巡る人々の話が、無機質と言ってもよいほど感情の稀薄な語りで綴られており、ミステリと呼べる要素はほとんどない。正直なところ、ハイスミスの熱心なファンでなければ、興味を失わずに読み通すのは難しいだろう。


No.244 8点 異常【アノマリー】
エルベ・ル=テリエ
(2023/03/08 22:40登録)
奇妙な状況に遭遇した人々を多彩な文体で描き出す、風変わりな群像劇だ。
殺し屋に小説家、弁護士に女優に建築家。様々な客を乗せて、旅客機はパリから飛び立った。だが、目的地ニューヨークの近くで、異常な乱気流に巻き込まれる。
第一部では年齢も職業も多様な人々のそれぞれの事情が、おのおの個性に合わせた文体でつづられ、その人々を乗せた旅客機がどんな事態に遭遇したのかが語られる。第二部以降では、人々が事態に対処し、それぞれの決断をくだす様子が描かれる。語りの順序にも工夫を凝らし、所々に遊び心のある仕掛けを配し、多様な人々のドラマを描き出す。
予備知識を仕入れずに読みたい、企みと仕掛けに富んだ小説だ。


No.243 7点 アリスが語らないことは
ピーター・スワンソン
(2023/03/08 22:31登録)
父を亡くした若者と、その継母の物語。
父が事故死したと知らされたハリーは実家に戻る。警察によると、殴られた痕跡があったという。死の真相に触れたがらない若い継母のアリスに、ハリーは疑念を抱くという現代の章と、アリスの生い立ちを語る過去の章が交互に並ぶ。
アリスの過去と現在との間に横たわる空白への関心が読者をひきつける。意外な驚きに満ちたサスペンスである。


No.242 6点 指差す標識の事例
イーアン・ペアーズ
(2023/02/19 23:23登録)
十七世紀、王政復古時代の英国を舞台にした歴史ミステリである。
四人の語り手が書いた手記を継ぎ合わせた構成になっており、それぞれを四人の翻訳者が担当するという凝った作りになっている。第一の語り手であるヴェネツィア人の青年が毒殺事件に遭遇することから話は動き出す。
彼の目に映った事件の様相と、第二の語り手のそれとはまったっく異なる。四つの手記を合わせると壮大な物語が浮かび上がってくる趣向となっている。


No.241 5点 灰の中の名画
フィリップ・フック
(2023/02/19 23:07登録)
作者は有名な絵画の鑑定士であり、いわば自家薬籠中の物を題材にしたわけである。絵画に対する蘊蓄や、美術業界の裏話めいた描写も専門的になりすぎず、程の良さを心得ている。また、美術の専門家がこれほど格調のある文章や、しっかりした構成の話を書けることに感心するばかりである。
内容としては、サスペンスものというより、サマセット・モーム張りのじっくりした味わいのある作品である。最後のオチめいた皮肉な結びも余計にその感じを強くさせる。


No.240 6点 ラスト・チャイルド
ジョン・ハート
(2023/02/04 23:07登録)
作者は、家族の軋轢や崩壊を、好んで取り上げるらしく、本書もそれを主要なテーマにしている。
主人公ジョニーは、十三歳の少年で行方不明になった双子の妹のアリッサを、友達のジャックの手を借りつつ捜索する。事件は子供の失踪が相次ぎ、さらに複数の遺体が発見されるに至って、異常犯罪者の犯行と分かる。ジョニーは、アリッサもその犠牲になったのではと必死に捜索を続ける。その執念が、物語をぐいぐいと引っ張る、大きな力として働く。
必ずしも、ハッピーエンドには終わらないが、崩壊した家族が別のかたちで再生しそうな予感を抱かせる締めは、この重い小説の救いになった。


No.239 5点 異時間の色彩
マイクル・シェイ
(2023/02/04 23:01登録)
宇宙から飛来した発光生命体によって未曽有の災厄に見舞われた谷間の村。その顛末を迫真の筆致で描いている。
一人称の回想記文体、大業な形容詞の頻出、老齢の知識人を主人公とする点など、作者は敬愛する先達のスタイルを律義に再現して見せるが、後半の怪生物による殺戮シーンでは、グロテスクな描写の本領を発揮して、独自色を打ち出している。

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