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ミステリの祭典

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平均点:6.36点 書評数:36件

プロフィール| 書評

No.16 5点 四月は霧の00密室
霧舎巧
(2015/10/13 19:37登録)
あとがきにもある通り、「ミステリがマンガのエッセンス」を取り込んだ作風になっているので、とてもラノベ感が強い。しかし、ミステリとしての中身は思いの外にキッチリしている印象。

テーマはミステリフリークには堪らない『密室』であるが、『逆密室』であり、二重構造でありと、中々に複雑な謎を提供してくれる。肝は当然フーダニットであるが、それ以上に〝不可能状況の中で、死体はなぜそこにあったのか〟である。その謎に対して真摯に取り組む探偵たちの姿勢が描かれている。逆密室を生み出したトリックに関しては、舞台装置を考えれば、わりと妥当な線と言えるであろう。無理のない範囲でのトリックと言える。事件前後に起きた『事象』に対しても、一つ一つ潰していき、その結果が連鎖的に犯人像を絞るという流れは見事。探偵役が地味に嗅ぎ回っている理由は、実にラブコメしており微笑ましい。現場の位置やそこから生まれた〝錯覚〟に対しても、予めに作者が提示している部分にフェアな精神を感じる。

徐々に容疑者が拡散していく様は、やや散らかった印象を受けたが、最終的な犯人当ての時に、その意図が晒されるという点においては技巧的。犯人像の絞り込みから動機面を一切排除して、犯人たる条件と現場の状況を照らし合わせていく様は快感であった。

難癖を付けるならば、随所にフェアプレー精神は感じるものの、肝心の部分は意図的に隠蔽されていたことであろうか。それを事件の決着後に明らかにするのは果たして効果的だったのだろうか、という疑問はある。あくまでもミステリとしては、ややロジックが弱いが、それでも表紙から受けるキャッチ-な印象とは違って思いの外手強い。ジュブナイル色の強いシリーズの出だしとしては上々と言えるかもしれない。


No.15 6点 弁護側の証人
小泉喜美子
(2015/10/12 19:54登録)
今のご時世では、残念ながらメインでもあるトリックは分かり易くなっており、純粋な読者として騙されることは難しいが、伏線は随所に張られており、その質も高い。ストーリーラインと密接に絡み、ただのトリックで終わらせないことで、物語に緊張感を持たせている。そのために、トリック後の皮肉的な〝反転の構図〟に対して、思わず膝を打ち、感心するクオリティがある。トリックありきの物語であるのは確かであるが、それでもトリックのみに傾倒しているだけではなく、ヒロインが起死回生を狙う骨格は王道そのもの。

昨今の〝トリックのためのストーリー〟だけではなく、〝ストーリーのためのトリック〟と唸らされる価値があるため、国産ミステリの中でも歴史的な価値はあるとしても、そこの域を当然のように出る。煌くことが当たり前であることを主張するかのような傑作である。
欠点として挙げるならば、冒頭にある曖昧な部分から作品全体に散りばめられている〝中途半端な記述〟だけを取り上げれば、本トリックを予想することが難しくないという点。しかし、両方の解釈を孕んでいるという危うい部分が、ミスリードになっており、強烈な意味合いを含んでいる演出は、本書が時代を越えて『傑作』と言われるだけの価値を証明している。人工的で技巧が光る物語そのものに、蓋然性を高めるように描くことで必然的に生まれた恐ろしき作品だ。


No.14 5点 今出川ルヴォワール
円居挽
(2015/10/12 19:49登録)
このシリーズの骨格でもある私的裁判の『双龍会』を前座に据えることで、今までの作品とは趣の違う物語となっているのが特徴的。シリーズ特有の登場人物たちの青春群像劇を進めていく上で、今まで語られずに伏せられていた達也の過去が密接に絡むストーリーとなっているが、一先ず綺麗に収まるところに収まり、完結編への強烈な余韻を残すという幕切れが印象的である。

本作では『双龍会』のシーンは言うならば茶番であるが、密室とアリバイが技巧的に絡んだ状況をギリギリの攻防を繰り広げるという点で、油断ならない質である。
明らかにカーの『ユダの窓』に似た状況をベースに、〝達也自身が口を閉ざしている〟という難しいパターンを加味して、青龍師側は勝利に持っていくプロセスが描かれており、なんともスリリングである。その流れの中で、達也の過去が明らかになるというストーリーラインが巧妙に絡むことで、達也の目的が明瞭となる。そして、それ自身が〝手段〟であり、復讐への相手が一種のフーダニットであったことが分かり、そこに新たなハウダニットが添加されるという流れがスムーズである。

ミステリ・パートとしては、やはり『双龍会』が目玉であるが、本作ではそれよりもコン・ゲーム的な『権々会』がメインとして描かれている。強烈な騙し合いが二転三転する様は『賭博黙示録カイジ』を彷彿とさせる。これまでのシリーズを通して登場してきたキャラクター達が、新たな勝負事に興じることで、『双龍会』とは違う味が表現されているところがミソ。作者が用意したゲームの単純明快さ、そこに何でもありな破天荒な様が加わり、豪快な勝負になっているので、飽きる事無くゲームの行方を追うことが出来る仕組みとなっている。

『権々会』でのラストの大掛かりなトリックは、圧倒的に尽きる。交じるはずのなかった『双龍会』のシーンで使われたピースが、伏線として使われたのは巧妙。各自に独立していた舞台の装置が一つの作品として合わさる快感があり、爽快的であった。本シリーズの特徴の1つに、〝同じネタを敢えて使う〟があるが、本作もそれから外れず。期待を裏切らない出来であった。しかし、ミステリとしては前作ほどの仕掛けは無く物足りないか。


No.13 7点 メルカトルかく語りき
麻耶雄嵩
(2015/10/11 19:53登録)
オーソドックスなミステリを期待して読むと挑戦的で攻撃的な作品のオンパレードに眩暈必至。読者を選ぶ一冊とも言えるだろう。麻耶雄嵩のコメントに在る通り、「メルカトルは不可謬ですので、彼の解決も当然無謬」という体裁を採っているため、その言葉が孕む意味と危険性に対して真正面に取り組んでいる。そのために、こういった実験的な作品が生まれたことは必然と言える。不条理なミステリであるが、ロジックは効いている。そこを妥協しなかった作者の気概は流石である。

『死人を起こす』では、メルカトルがどう物語を終わらすのかが鍵となるのだが、読めない展開運びに夢中になる。伏線の張り方もあり、真相は唖然となるばかり。アクロバティックな推理もありならがも、それを支える証拠の部分にはもうある意味流石の域と言える。これを〝粋〟と評するには躊躇うが。解決に対して、ここまで大胆に攻めたことに意義がある。

『九州旅行』は、ダイイング・メッセージの不完全さ+キャップの着いたマジックという些細な謎から展開されていく。なぜ、被害者はそんなマジックを手にしていたのか。そこから導かれる流れはユーモアを交えつつも、非常にスムーズ。トリックも面白いが、なんといっても結末に尽きる。美袋三条の性格とメルカルトの人を喰ったような人間性を端的に表現している作品。

『収束』は、倒叙ミステリだと思いきや、そこから覆されるパワーのある作品。手がかりのミスディレクションも効いており、そこから導き出されるのも見事いう他ない。構成力という点では、本書の中でも白眉であり、冒頭の倒叙ミステリ風に仕立て上げた部分は、驚愕的な真相を支えている。冒頭の部分を含めた物語の見せ方、そしてメルカルトならではの解決方法が絶妙に合わさっている怪作。

『答えのない絵本』は、本書でベストと言える作品。容疑者の数はなんと20人。そこから導き出された犯人とは…。被害者の状況と犯行時刻の絞り込みが丹念に描写されており、実によく出来ている。その描写の補強も入念にされており、付け入る隙を感じさせない。メルカルトの圧巻の推理によって、どんどんと容疑者が消去されていく様は爽快と言わざるを得ない。怒涛の論理である。そして、あれほどまでに積み上げたロジックの行く先が鮮烈的であり、困惑的。麻耶雄嵩の狙いを徹底的に表現したと言えば、聞こえはいいものであるが、あまりにも破壊的な作風であり、問題作である。

『密室荘』は、読者サービス満載な1篇。密室状況で起こった殺人事件。犯人は必然的にメルカルトか美袋の2人に絞られる、という物語であるが、この話こそ本書の幕引きに相応しいと言えるであろう。犯人が探偵か、それとも語り手か。そういった状況に意図的に追いこんだ作者の答えは、意外にもしっくりくるものとなっている。ある意味、本書の流れからすると、当然の帰結と言えるかもしれない。全編を通して、〝実験的短編集〟という文句に偽りはなし。銘探偵ならではという点を考慮すると、納得するのも難しくないか。それでも、空前絶後な短編集であることに変わらない


No.12 6点 マスグレイヴ館の島
柄刀一
(2015/10/11 19:46登録)
佳作というよりも怪作である。
シャーロッキアンの宿命ともいえるネタと二つの離れた場所での殺人トリックという二重構造に、吹き荒れる嵐という状況が齎す一種の閉鎖空間が興味を掻き立てる。ホームズのネタをプロットに技巧的に落とし込んでからの豪快なトリックは、流石の柄刀一の筆力だと感じた。不可解な状況を生み出したトリックは大技そのもの。そこに不可思議な死体の謎や足跡の問題を絡ませた部分やメタフィクションの意外性だけを見れば、力作という表現が正しいかもしれない。
特に『周囲に食べ物が散らばった上での餓死』という状況の生み出すカオスな模様は、空前絶後と言っても差し支えないだろう。その他にも魅力的な謎が続々とテンポよく提示される辺りに、柄刀一のサービス精神が窺える。 しかし、細かい所で言えば、図面が多く駆使されているのに肝心の部分で図面が配置されていないのは些か不親切に思える。文章のみである程度は想像力で補えられるが、作者が意図したインパクトそのものを伝えるという面では迫力不足な感が否めない。また、偶然性に頼りすぎな面も大きい。それでも、ここまで良い意味でオーバーな作品は中々出会えないものである。


No.11 5点 猫丸先輩の空論 超絶仮想事件簿
倉知淳
(2015/10/09 19:55登録)
謎そのものの魅力としては「何故、毎日ベランダにペットボトルが置かれるのか」が白眉。しかし、空論としては平均点以上な感じで無難に収束した、と思いきや連作短編の味わいを堪能できる構成を含めれば、より昇華出来る。しかし、あくまでも単体として評価するならば普通の出来と言っていいだろう。日常の謎そのもので引っ張るだけの力強さはあるが、ここまで落とすと苦しいものはある。
謎の魅力と猫丸先輩の「空論の域を飛び出した発想」のセットで考慮すれば、マイベストはスイカ割り大会を描いた『な、なつのこ』。主人公へのオチと犯人の目星が付き易いのが瑕だが、その動機面に至る伏線が丁寧。犯人の心理が共感できるからこその説得力がある。煙に巻かれる快感が真髄なら外れるかもしれないが、この飄々とした猫丸先輩の存在感こそが『ユーモアと論理』の倉知節を前面に出している面もあるので、なかなか外れることはないと思う


No.10 7点 烏丸ルヴォワール
円居挽
(2015/10/08 12:06登録)
『丸太町ルヴォワール』の正統的な続編である。前作以上に双龍会という仕組みを存分に活かした骨格がある。この部分に関しては、前作以上の出来。調査の段階から青龍師側と黄龍師側の両視点を交差させて、読者にある程度の情報量を与え、手の内を晒している。あとは、骨でもあり血でもある私的裁判の双龍会シーンによる後出しの情報によるスクラップアンドビルドの応酬が小気味いい。真相を明らかにさせる場という雰囲気ではない双龍会だからこその掛け合いと言える。この辺の舞台装置は見事。前作からのキャラクター達を上手く配置して、敵味方を白黒はっきりさせているところも良く、各キャラの活躍の場を制限させつつ、盛り上げるエンタメ心も忘れていない。

それでも、どんでん返しのインパクトは前作に比べると弱い。そのテンポに慣れてしまっているからだと思うが、謎自体がシンプルすぎて、詭弁紛い推理で真相そのものよりも、過程に興を注いでいる様がなんとも愛らしい。
事件の真相がある程度明かされた上でも、引っくり返すパワーのある筆力は圧巻である。

そして、物語は余韻のある幕切れとなるわけだが、『ルヴォワール』に相応しいの一言。同じ毒を盛られても尚、この切れ味と苦味。シリーズ特有の二番煎じな尻切れトンボにはせずに、さらにステージを上げる手腕は確かなものであり、作者の力量に拍手を送りたいと思う。これぞカタルシスである。


No.9 8点 丸太町ルヴォワール
円居挽
(2015/10/07 01:01登録)
傑作。
一風変わった法廷モノと聞いていたが、異彩を放つボーイ・ミーツ・ガールなラブストーリーで、読者としてはニヤニヤしながら読んでしまった。
第1章の男と女の邂逅の濃密な遣り取りに惹きこまれた後は、法廷へと場面が移る。外連味溢れる演出が小気味いい。法廷モノと書いたが、何でもアリな化かし合い・暴き合いといったカオスな状況の擬似法廷。それが理路整然として物事が運ぶ様は愉快痛快。
謎の女性を巡る攻防は手に汗を握り、現場に残された手掛かりからそれぞれの解釈へ、と歩み出す敵愾心剥き出しな白熱とした模様はエンタメそのものである。
殺人事件と同列に語るべきであろう、謎の女を巡る際に露わになるトリックの配置関係とそのどんでん返しの鮮やかさは、プロットの妙を感じざるを得ない。京の町を舞台に、艶やかな言葉の数々が小粋に響くように。
作者からの読者サービス旺盛な仕掛けが多く、息を吐くほどの暇を持たせない疾走感が何とも気持ちいい。作者のエンタメに掛ける思いならではの〝新本格〟であった。
続編を期待して読みたいと思わせるだけのあるクオリティである。


No.8 7点 秋期限定栗きんとん事件
米澤穂信
(2015/10/06 08:34登録)
2つの視点を巧みに使い分け、決して交差することなく、事件が進んでいくところが◎。
ミッシングリンクものとして高いレベルにあり、巧妙なミスディレクションも効いているために真相のインパクトは中々。
〝探偵〟が推理を披露する『対決シーン』のクライマックスは圧巻の一言。ここまで容赦なく人物を痛めつけるとは、肌が粟立つ。最終章にあたる『第六章』に至るまでの〝反転の構図〟が〝俯瞰の構図〟になるシーンは美しく、最後の一行の破壊力は名作たる証明を成している。彼らの小市民への道程は険しいばかりだが、彼らの美学はどうも蠱惑的である


No.7 6点 ブラジル蝶の謎
有栖川有栖
(2015/10/05 19:31登録)
短編としてのクオリティを示した本作という印象。パズラーに相応しい。全体的に読者への挑戦状がなくとも、火村先生よりも先に真相に辿り着きたいと意気込ませる魅力がある。

表題作の蝶の謎と浦島太郎状態の被害者の絡ませ方は、実に心地よい着地点を示す。更に、蝶を使った誘導も巧みであり、実にパズルとして機能している。無理矢理に国名シリーズの名を付けた訳ではないことを自ら主張するような佳作。
『妄想日記』は暗号モノとして称していいと思うが、ミッシングリンクの意味合いが強い。明かされる謎も興味深く、死体の状況と上手く嵌る。
『彼女か彼か』は題名通りの展開が待っており、倒錯感が堪能できるオーソドックスなミステリ。ただ、教科書通りで終わらせないのが有栖川有栖である。冒頭の蘭ちゃんの語りからの視点で、上手く被害者像を描き、最後の美味しい所を持っていかせる。探偵役はなにも火村だけではないというユニークな趣向が光る。
『鍵』では、誰が殺したのかは明白だが、現場に落ちていた鍵は何の鍵だったのか?というのが最大の謎というもので、その真相は驚愕そのもの。被害者の行動を考えれば、ピタリと符合する。作品の冒頭と終幕で鍵の存在感が変貌する怪作。
『人喰い滝』は、不可能状況に奇想なアイデアで勝負した作品。雪に埋まっていたマッチから導かれる意味をストレートに活かしたという意味ではトリックは他愛もないものだが、シンプルでありながらも変化球的な発想と言えるだろう。
『蝶々がはばたく』はメッセージ性が強く、寂寥感に駆られる密室モノ。35年前に起きたというのがポイントになるのだが、収録作の中で異彩を放つ同作は形容し難い読後感を与えてくれる。作家としての覚悟がここにある。


No.6 7点 ○○○○○○○○殺人事件
早坂吝
(2015/10/03 00:42登録)
前代未聞のタイトル当てミステリという看板が『メフィスト』らしさが漂っており、その中身もそれに恥じない。
鼻で笑えるようなトリックにも関わらず、その論理は意外にも手堅い。フーダニットの部分に関しては、空前絶後と言える下品な根拠から導かれるが、その論拠の外枠を埋めているトリックとのバランスが良い。キャラクターたちの南国で活き活きとした描写も清々しさを感じる。
しかし、タイトル当てという試みは面白いものの、内容に沿ったものだということは理解できるが、それをメインにするほどの合理性を感じることはなかったという印象。
タイトル当てそのものがミスディレクションになっている訳でもなく、ただの〝タイトル当て〟であって、それ以上もそれ以下もないことに肩透かしを喰らったのは否めない。
また、挿話も読者諸君・ミステリフリークを楽しませるためのメタ的な意味合いが強いのは分かるが、それをクドイと感じさせてしまうのはどうだろうか。作者からの挑戦という意味で一種の読者サービスになると思うが、本末転倒に思えてならなかった。
さらに疑問なものとして、〝凶器〟や〝物〟の部分はかなり苦しいように思える。その辺の記述がサラリと流されていたのは不満。
結果として面白く読めたが、裏切られるほどではない。
奇を衒ったように見せかけて、ユニークな趣向以外の道具は実に〝古典的〟というギミックを考慮すると、作者の本格ミステリ愛を感じる作品でもあった。


No.5 6点 夏期限定トロピカルパフェ事件
米澤穂信
(2015/09/30 21:17登録)
前作から時間がかなり経過しており、高校2年の夏休みになっている。長編小説という体裁を採っているが、最初の2篇だけは比較的独立しているのが特徴的。 また、ミステリとしての仕掛けも前作以上であり、一本のネタで持っていくパワーがあるのは確か。
「シャルロットだけはぼくのもの」は倒叙ミステリ。犯行が如何に暴かれるのか、という知恵比べを楽しめる。犯人の行動の隙を突いたのは実に巧妙な視点。整理された情報量の豊富さが、ある種のミスディレクションになっているところが憎い。
「シェイク・ハーフ」は暗号モノ。暗号そのものに秘められた想いというよりかは、何故そういう体裁になったのかに近い気がする不思議な1篇。不思議といっても、頓珍漢な雰囲気が漂う訳でもなく、きちんとした筋道がある。どういった経緯で、その暗号を読み取ったのか。ライトに描かれても、芯はぶれず。この手軽さが売りでもあるので、それに適した作品と言える。

本編でもある『夏期限定トロピカルパフェ事件』は実に技巧的。小佐内さんというキャラから、ある程度は事件の真相は見えてくるのが瑕であるが、圧巻の論理と帰結はインパクト大。ここまで人を動かすとは、米澤穂信の手腕が恐ろしい。愛くるしいキャラ達からの〝反撃〟は、まさに読者への挑戦に思える。
『古典部シリーズ』とは違って、徐々に派手になっていく様が末恐ろしい。果たして彼ら自身が火傷する日は来るのだろうか


No.4 5点 春期限定いちごタルト事件
米澤穂信
(2015/09/30 20:33登録)
〝小市民〟という目的を持つ探偵役が遠回りをしつつも、消極的に絡む構図が微笑ましい。
「羊の着ぐるみ」は、不自然な行動を上手くカモフラージュしている点がよく出来ている。そこから発想を展開していく流れもスムーズ。2人の関係性を端的に表現することに適した短編としての役割もきちんと担っている。
「For your eyes only」、これはやはり強烈なオチ。この容赦のない後味こそが米澤節だと感じることも。
「おいしいココアの作り方」のスクラップアンドビルトは、ただの着想と破棄の繰り返しだけではなく、問題の捉え直しが強調されている所がポイント。「どのようにココアを作ったのか」という日常の謎の中でも比較的取っ付き易い状況を演出している所が良い。真相もミスディレクションが効いており、人物の行動に沿ったものだという説得力があるのが素晴らしい。
「はらふくるるわざ」はミステリとしては甘々だが、2人の関係性を問うものとしては興味深い。2人の深層心理と行方に一石を投じる作品になっているという意味では、今後を占う重要な分岐点になっている。
「狐狼の心」で、『春期限定いちごタルト事件』の結末に相応しいストーリーが展開。〝小市民〟への欲求と二面性が露わになる作品。連作短編の味もあり、着眼点の聡明さもあり、推理が連なる様が気持ちいい。「自転車を乗り捨てた」理由から導き出される真相が痒いところに落ちる感覚もありと満足な一篇。小市民シリーズの出だし、そして先行きを予感させるものとして、これ以上に相応しいスタートはないのではないだろうか。


No.3 6点 月の扉
石持浅海
(2015/09/28 19:29登録)
佳作であり、意欲作。
ハイジャックものとしての緊張感には欠けるものの(この点では致命的)
、事件中に起きた事件として特殊なクローズドサークルという面は実験的であり、趣向を凝らしていると言えるだろう。
何故殺されたのか、というホワイ・ダニットの部分がハイジャック事件と巧妙に絡み、その真相が見え難くしているところがポイント。
誰が犯人なのかよりも、何故その手段を採ったのか。そこの塩梅が実に良い。
ハイジャックを起こした動機面は幻想的すぎて理解が追い付かないが、結末はとても筋が通っており、それ以外の終わらせ方は適当ではないと感じる。ハイジャックと密室を融合させた筆力は疑いの余地は無く、幻想的な話を加味することに成功している


No.2 8点 アリア系銀河鉄道
柄刀一
(2015/09/27 20:02登録)
幻想的で壮大な事件に巻き込まれる連作短編集。ファンタジー+ミステリとして、そこにSFを加味した幻想世界をベースに、作者の薀蓄の引き出しを存分に奮ったユーモアを積み上げたような出来栄えで、あまりにも謎が大きすぎて呆然となること間違いなし。言葉を失う程の特殊設定は、神話や歴史に問い掛けるものがあり、奇跡のような大仕掛けもあり、と豊富な情報量にセンスが加えられている。
『言語と密室のコンポジション』は、斬新すぎる言語の密室空間を描いた作品で、フェアとは云い難いものの、そこまでの過程を楽しめた。メタな視点も憎い。
『ノアの隣』は、神話をベースに進化論に一石を投じる作風。神話を用いただけあって、作中の技法は奇跡そのもの。
『探偵の匣』は多重解決モノ。この短編集の中で最もオーソドックスかと思いきや、変化球という見事なオチ。各探偵役の推理にも、ある程度の説得力がある所が高評価。これがマイベスト。
そして、表題作でもある『アリア系銀河鉄道』は、宮沢賢治リスペクトな作品。作中のトリックにはややクレームを付けたくなるが、作品を終わらせるという意味での仕掛けには拍手を送りたい。不思議な世界観にピリオドを打つ技法として中々。佳作である。


No.1 6点 ウルチモ・トルッコ 犯人はあなただ!
深水黎一郎
(2015/09/27 19:58登録)
『読者が犯人』という大技トリックが売りとされたミステリ。
予め宣言することで、〝意外な犯人〟の指摘ではなく、そのトリックの実現性に重点が置かれている所がポイントと言えるであろう。ある意味究極なフーダニットというよりも、なぜ『読者が犯人になるのか』という理由に比重が傾けられている。その手法は、実にフェアに徹しており、犯人を読者にしてしまおうという訳ではなく、犯人を読者にするために読者に〝直接的な行為〟を促すという作者の綱渡りなプロットが意欲的に映る。
淡々と男の日常が描かれているが、随所に伏線を配置することで、終盤の怒涛の展開へ持っていく構成力が光っている。筆力もあるので、地味な話しながらもリーダビリティがある。
読者=犯人の論拠を堅固にするために、大事なピースの描写は大胆に掘り下げられている。『読者が犯人』が売りであるミステリは他にもあるが、その中でも一際輝く綺羅星となる作品だと感じる。

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