| クリスティ再読さんの登録情報 | |
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| 平均点:6.39点 | 書評数:1524件 |
| No.1464 | 5点 | くたばれ健康法! アラン・グリーン |
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(2025/09/02 14:59登録) 本作って井上一夫の訳しかないのに、三つも邦題がある変な本だ。ユーモア本格として昔から有名ではある。健康法の教祖が自らの「王国」として作ったリゾートで射殺された。現場はひょっとして密室?屋外から飛び込んできた弾丸で死んでいるのだが、なぜ被害者は後でパジャマを着せられていたんだろうか? というわけで、密室というよりも準密室というか、逆密室というか、あまりパターンになっていないタイプのもの。謎の魅力と解法の鮮やかさはそれなり。状況設定とか人間関係がごちゃごちゃとして、あまり整理されていない印象。キャラは謎の青年ラブチャイルド以外はあまり印象的ではないから、二人くらい削れないかな。 でユーモアのポイントは、皮肉な感じで書かれた文体と、スクリューボールコメディ風のキャラ設定(ロマンス要素過多)のあたり。結構持って回った文章なので、ユーモアがピンとこない恨みがある。テンポがいいと言えばいいのだが、忙しい。どっちかいえば、作者の方が自分のギャグにウケているような雰囲気。 評者は完全に想定内の真相だったこともあり、若干シラけていた。すまぬ。 |
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| No.1463 | 7点 | 怪奇探偵小説名作選〈2〉渡辺啓助集-地獄横丁 渡辺啓助 |
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(2025/09/01 14:10登録) 名にし負う「悪魔派」である。 とはいえね、いうほど怖くないしオゾましいというほどでもないんだ。不潔感の強い橘外男の方がずっとヒドい(苦笑) この本は昭和12年に専業作家になるまでの初期作品のコレクションになる。「偽眼のマドンナ」「地獄横丁」「聖悪魔」といった著名作はこの頃の時期のものだったりするから、まあこれがお目当て。でもタイトル凄いなあ。「タンタラスの呪い皿」「血笑婦」とか、タイトルが実にアオってくる。健康に悪そうな駄菓子感が爆発しているぜ。 でもこの人、本質的には城昌幸とか水谷準と同類の、モダンな都会派の奇譚作家なんだよね。城みたいな象徴詩っぽさは薄いが、洒脱な語り口できっちりと話をまとめてくれる。予定調和感が城とか水谷よりも強いかもしれない。それでも義眼にこだわる「偽眼のマドンナ」とか、隠し撮りに興奮する「写真魔」とか、刺青趣味の「美しき皮膚病」やら、フェティシズムの香りが逸脱の味わい。基本的に男女の愛憎を軸に、洒落たドラマを構築しており、職人的なうまさはどの作品にも伺われる。 そこで、私は、こう云う鬱血した悪思想を散らすために「悪魔日記」をつけることにした。空想だけのことを文字に置き換えて、実際にやって退けたような堪能した気分になる−この放血療法はなかなか馬鹿にできない と謹厳な牧師がその想像の赴くままに「犯した」悪徳を書いた「悪魔日記」をめぐる奇譚「聖悪魔」。 この人のためにあたしは妊娠し、この人のために、あたしは手や足をぶつぶつと切り離され、この人のために、あたしの斬りさいなまれた肉ぎれでつくった降誕祭菓子を、あたしの教会の男友達がみんな知らずに食べさせられるんだ と悪虐のかぎりを「悪魔日記」には描き散らかすのだが....とんだ空想に牧師は振り回されることになるのだ(苦笑) 悪魔と地獄を主材とする文学ー即ち探偵小説は、善人の書くものであり、また善人の読むべき文学であるとの結論に到達せざるを得ない。(エッセイ「ニセモノもまた愉し」) とね。「悪魔主義」とは都市生活者のための非情のライセンスだということだ。 (それでも陶芸家の芸道小説風の体裁をとった「タンタラスの呪い皿」だと、赤江瀑風の執念が覗いたりする。こういう方向性もあるんだろうなあ) |
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| No.1462 | 7点 | 脱獄九時間目 ベン・ベンスン |
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(2025/08/29 08:36登録) 昔読んだときにすごく面白かった記憶があって、再読してみようと思う。 脱獄失敗して元の監獄に看守2名を人質を盾に閉じこもる凶悪犯。マサチューセッツ州警察刑事部長ウェイド・パリスは対峙の指揮を執ることになった... とこんな枠組み。章は午前三時三十分から始まり、分刻みで31章、最後は午後〇時三十分までの9時間の出来事。セミ・ドキュメンタリ映画を見るかのように、映画的にそれぞれの陣営のキャラにフォーカスを移動させながらタイトに描いていく。このタイトさが気に入るかどうか、で評価が違うんだろうね。 隔離監房「墓場」に収容された犯人側3人と、脱獄に参加しなかった一人。人質になったのは、骨折して身動きが取れない老看守と、主人公パリスの被保護者というべき学生アルバイトの若者。犯人の外部サポーターの動向にも触れつつ、脱出に失敗した犯人側が、交渉の手札に使おうとする人々。それぞれが独自の思惑で絡み合う姿に作品のポイントがある。 たとえばマッギヴァーンの「ファイル7」みたいに、やはり犯人側のキャラとその中での確執がサスペンスのポイントになってくる。詐欺師タイプで人当たりのいいオークレーは、失敗した脱獄を交渉カードとして「刑務所の待遇改善」のリーダーのフリをして見せるし、腐敗した上院議員はそれに分かって乗っかろうとする。こんな騙し合いに手もなく篭絡される「善意の」刑務所勤務医師。しかしそんな思惑をためらいもなくひっくり返す問題児タイプのランステッド。こういう泥臭い人間関係にリアルを感じられるかというあたりじゃないかな。犯罪者って合理的に動いたりしないのが、一番「怖い」。 実際、若い学生アルバイト看守というのも、刑務所が更生の役になっていない状況を憂いて、青臭い教育刑主義に基づいた論文を書こうとしていたりする。犯人に篭絡された刑務所勤務医の卵みたいなものでもあるわけだ。それに対比される現実的な責任を持ち、それが政治的な責任にも波及することを十分に念頭においたパリスの覚悟。こういうあたりの「思想」的な面白さもあったりする。 一番評者の琴線に触れるのは、パリスがこの事件の結末について、全責任を負う覚悟を決めていながらも、自分の処置が「正しい」ことを強弁しようとはしない実務者らしい態度かな。さらに言えば学生看守の恋人は冷徹なパリスの対応を「恨んで」いるあたりも、作品の膨らみになっているし、なかなか皮肉なラストシーンも効果的。 ドキュメンタリ映画を見るかのような面白さではある。いい意味でハードボイルドなタイトさが魅力。キャラに自己投影したり感情移入したがる読者には向いていないタイプの作品だとは思う。 |
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| No.1461 | 7点 | NERVOUS BREAKDOWN たがみよしひさ |
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(2025/08/26 15:14登録) 山田玲司×きたがわ翔のYouTubeで「たがみよしひさ革命」という対談動画が上がっているように、1980年代初頭たがみよしひさの「新しさ」というのは本当に鮮烈だった。このくらい技術的革新があった漫画はない、と言われるくらいのもの。ラブコメは得意じゃない筆者でさえ熱狂したよ。「軽井沢シンドローム」が代表作にはなるわけだが、たがみの最長連載となるのがガチのミステリ漫画シリーズである本作。 「円と面」「心配、女探偵!」「「まじん亭」夫人は死んだ」「ほねおしみの埋葬」「木杖行最終バス」とかね、サブタイトルがすべてミステリ名作(それもかなり、渋い)のパロディタイトルになっていたりする。たとえば「入学」という作品だと、密室殺人の形状記憶合金のトリックが出てきてさらにそれを「見せトリック」として否定するとかね、元ネタをひねった、かなり凝った仕掛けが随所で見られる。 頭の切れが抜群の安堂一意(ただし肉体的に虚弱で、すぐにゲロを吐く)と筋肉バカで頑丈極まりない三輪青午を中心とする探偵事務所が舞台。何と言っても安堂がかっちりとしたロジック派で、ロジック中心の推理をキメてみせる。さらには三輪が主体となる話では、肉体的なアクションをベースして、傭兵と渡り合うなどの冒険小説的な展開も十分。作者のミステリへのなかなかの造詣が窺われる。 さらにたがみよしひさといえば、80年代のカルさを体現したマンガ家でもあり、ラブコメの恋愛観を「コミュニケーションとしてのSEX」としてひっくり返して見せた作家でもある。殺人の動機も愛情の縺れが定番としてある中で、上出来なドラマをリアルな恋愛劇の中で構築して見せるのは、「軽シン」でも保証済みの手腕である。 たがみよしひさの代名詞は、三頭身ギャグキャラと八頭身シリアスがコマごとに切り替わる手法。本シリーズは三頭身主体。慣れないとキャラの区別が難しいかな。それでもシリアスキャラではたがみ本来の画力が楽しめるし、三頭身デフォルメでもセンスの良さはさすがなものでもある。 本作13巻もあるから、今まで懸案だったんだ。夏風邪ひいたので電子書籍を購入して、やっとできてうれしい。本サイトの趣旨ならば、「化石の記憶」もやりたいな。 |
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| No.1460 | 6点 | ジェゼベルの死 クリスチアナ・ブランド |
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(2025/08/25 18:57登録) よくイギリス新本格という言い方をするんだけど、本作の「素人芝居の最中に起きる殺人」というシチュエーションってイネスの「ハムレット、復讐せよ」とカブっている部分が大きいわけだ。なんだけど、作品の雰囲気が全然違うんだよね。日本じゃ「ハムレット」がウケなくて、本作がウケる、という現象がなかなか面白いとも感じる。批判的な意図はないが、皆さん、グランギニョルがお好きなんだなあ、とは思う。 評者は言うまでもないけど、イネスの方が好きなんだ。少数派というのはよく分かっているよ。要するに本作のように、ソリッドなパズラーで、遊びの余地が少ないというのを、パズラーマニアは好むんだろうね。イネスだと「英国教養派」と言われるくらいに遊びの要素が大きく、作品構造が展開の中で変転していき、最後まで見通しが効かない小説なんだけども、ブランドって本当に小説的枠組みがカチっと静的なんだよな。いわゆる「本格っぽさ」って、どうもそういう静的な構造のことなのかな。 皆さんほどには評価が高くないのは、「これこういう真相?」というのが結構早くに察しがついて、「本当か?」と首をかしげながら読んでいたあたりでもある。なんとなく「こんな真相だと嫌だな」と感じてた。それを補うほどの小説的な魅力はないし....でも、コックリルが「緑は危険」で犯行再現時に失敗瀬戸際になったことを気に病んでいるのが、なんとなくかわいい。 |
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| No.1459 | 8点 | 青の寝室 激情に憑かれた愛人たち ジョルジュ・シムノン |
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(2025/08/24 10:06登録) 河出のシムノン本格小説選もこれでコンプかな。「本格小説」とはいえ、内容はミステリ寄りから自伝っぽいものまで、かなりのバラエティがあるわけで、シムノンという作家の幅を示すんだが、本作は「準ミステリ」と言っていい内容。さらにいえば本作は1964年作品で、時系列では自伝系2大名作の「ビセートルの環(63)」と「ちびの聖者(65)」に挟まれて書かれている。「準ミステリ」としては、シムノンの集大成みたいな作品じゃないのかな。 「あんた、痛かった?」と「青い部屋」での情事のさい、主人公トニーは愛人のアンドレとのキスで唇を噛まれる。そして、このシーンはまさに最終盤でも回想される、象徴的なシーンになっているのだが、この行為は、ケインの「郵便配達は二度ベルを鳴らす」の同様な場面を連想させるのだ。そしてケインのカップル同様に、配偶者殺しの容疑で裁判にかけられる...そこで裁かれるのが男女の愛欲のアナーキーというべきものだったりする。大きな枠組みとして意識的に「郵便配達」を借りているものだと思うんだ。まあ不倫から殺人という流れは、シムノンのお得意設定でもあり、さまざまな類作のシチュエーションも連想しつつ読み進めることになった。 そして、この裁判話を予告させながら、延々と「どんな事件」なのかが明らかにならない。この展開は「判事への手紙」でも採用された手法だったりする。これがさらに「ミステリ」的な興味と見ることもできるのだろうな。そして主人公はイタリア系移民であり、異邦人の小市民としての孤立感も「妻のための嘘」で描かれてもいる。シムノンの準ミステリの集大成という印象なんだよね。 しかし、とりあえず裁判での決着はつくのだが、本当にトニーが毒殺者なのかは明言されるわけではない。そこに読者がいろいろと想像をめぐらす余地もある。真相を保留することでミステリとしての奥行きをだすというのも「ベルの死」や「証人たち」を連想させる。 本当にシムノンが「自分らしい、オリジナルな形式のミステリ」を構築しようとして書いた作品である。ある意味代表作としてもいいのかな。(いや真犯人は実は...とも思う、外れてるかな?) |
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| No.1458 | 6点 | 鳴かずのカッコウ 手嶋龍一 |
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(2025/08/22 20:56登録) 公安調査庁というと「日本のCIA」とかね、そういう立場にある官庁のわけだけども.. 俺たちは、防衛省の情報部門のように最新鋭の電波傍受装置や大勢の傍受要員は持っとらん。外務省のように何千という海外要員を在外公館に張り付けることもできん。警察の警備・公安のように全国に膨大な数のアシもない というわけで本書の表現だと「最小にて最弱のインテリジェンス機関」だそうだ。公務員の安定を求めて、何が因果かこの公安調査庁にシューショクした主人公壮太は、神戸の事務所に勤務していた。ある日ジョギングの途中で見かけた工事現場の施主、エバーディール社の名前が、映像記憶の特技を持つ壮太の注意を引いた。この会社は「千三ツ屋」と呼ばれるシップブローカーだが、北朝鮮からの密輸などの疑惑がかけられていた。船舶の仲介会社が不動産に手を出しているのに不審を抱いた壮太はこれをきっかけに、神戸を舞台とする諜報の騙し合いの世界の秘密に迫っていく... まあこんな話。「諜報機関の盲腸」と揶揄される職場だが、厳しい上司の柏倉、「アラビアのロレンス」を白馬の王子と夢見る乙女であることから、Missロレンスとあだ名される同僚などとともに、成長していく...とノリはエスピオナージュというよりも、ライト感覚の企業小説。壮太は「ジミー」とあだ名されるくらいの地味男、でもスパイとしてそれは上々の資質。祖母が松江で古美術商を営み、このエバーディール社の社長夫人が表千家の茶道教室を開いていることから、内情偵察のために茶道教室に通うことになる。茶道ミステリとして名前が挙がっていることもあって、読んでみたんだ。 茶道描写は的確。稽古風景は言うに及ばず、ターゲットのパーティで先生が呈茶する手伝いをするとか、接触を求めて来たらしい外国人と一緒に茶事のお客になるとか、しっかりした知識が窺われる。まああまり派手な事件が起きるわけではなく、公安調査官という特殊な職業を選んだ青年の成長物語、という感覚の本である。諜報活動の詳細などリアルに描かれているが、地味だね、ホント。そこらへんスパイ小説というよりも企業小説。評者神戸とは縁が深いから、街の感じがなかなかうまく表現されているのも好印象。 印象はいいのだけども、淡々とした小説で、ミステリ的興味は薄い。 |
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| No.1457 | 7点 | 鳥(早川書房ポケット・ミステリ版) ダフネ・デュ・モーリア |
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(2025/08/17 19:28登録) さてポケミス版「鳥」を選んでしまったが、実はこの収録作は創元文庫の「鳥―デュ・モーリア傑作集」のサブセットだ。ポケミスでは読まずに創元で読んだ方がよかろう。 書誌的なことを言えば、最初の短編集(英版) "Apple Tree" (Gollancz、1952)には「瞬間の破片」「動機なし」は収録されてなくて、この米版"Kiss Me Again, Stranger"(Doubleday, 1953)で追加された2作になるから、これが底本ということなる。英版ではこの2作は"The Rendezvous and Other Stories" (Gollancz, 1980)に収録されている。ややこしいな。 「鳥」"The birds" 言わずと知れたヒッチの神映画の原作。とはいえ、ある農夫の一家の視点で描かれる。一家の鳥たちとの攻防が描かれるわけで、雰囲気は戦争小説、とくに核戦争を匂わせているようにも読める。だから核戦争後に生き残った家族の孤立の話みたいな印象。映画にあったロマンス要素はないし、出エジプトを思わせる聖書的な結末もない。かなりシンプルで、ヒッチが大きく内容を膨らませていることがわかるし、映画での追加部分が効果的にもなっている。 「瞬間の破片」(「裂けた時間」)"The split Second" 家に帰ってみれば、見知らぬ人々が自分の家を占拠しており、困った主人公は警察に訴えるのだが、正気を疑われてしまう... 確かに納得の仕掛け。「世の中どんどん悪くなる」。娘が気がつかないのが、とても悲しいなあ。 「動機なし」(「動機」)"No Motive" 突然理由不明の自殺を遂げた男爵夫人。男爵は私立探偵を雇ってその動機を追及した...しだいに暴かれていく夫人の過去。「聖母マリアさまに起こった出来事は、この世でもっともすばらしいことだと言ってお説教しているくせに、なぜあたしは叱られるのだろう」の哀切。 というわけで、粒ぞろいの面白さ。でもどうしようもなく「悲しい」話ばかりだなあ。 |
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| No.1456 | 5点 | 五十万年の死角 伴野朗 |
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(2025/08/17 09:06登録) 永瀬三吾「売国奴」をやったから、同じ背景の本作やってみよう。いや実際「売国奴」で扱われる関東軍御用達新聞の社長が2人連続で射殺される天津の事件は、本作でも言及がある。主人公は軍属の通訳だから、軍隊の階級からはちょっと外れたところで、個人的に中将からの密命を受けて、日米開戦直後に接収を逃れて消えた北京原人の化石の行方を追及する。ロックフェラー系財団が運営する医大では秘密裏に化石をアメリカに輸送する計画だったが、その途中で行方が分からなくなる。この化石を巡って、日本軍では特務の松村機関(いわゆる土肥原機関か?)の凄腕エージェント佐々木月心、また国民党のテロ組織として有名な藍衣社では「児女英雄伝」のキャラの名をコードネームとする冷酷な女スパイ「十三妹(シーサンメイ)」、中国共産党からは大人の風格もある国志宏(クオチホン)がこの争奪戦に加わる(応募原稿は実名で書かれていたのを、指摘を受けて変名にしたそうだ。モデルは康生か?)。 舞台は北京・天津などの華北が主。実在人物としては、ホーチミンが一瞬顔を出すとか、テイヤール・ド・シャルダンにも話を聞きに行く。まあそんな感じで特に後ろ盾のない主人公が、徒手空拳で三つ巴の争奪戦に介入するわけだ。ハードボイルドっぽいという評をされている方はここらへんに反応されたかな。達者に書けているし、歴史デテールはちゃんとしている。その分、飛躍みたいなものはなくて、題材のわりに地味という印象。まあでも特務の佐々木月心と十三妹の直接対決とか、カッコイイ。名前がいいな。ひょっとしたら武田泰淳の「十三妹」で紹介された白玉堂のイメージがあるのかも。 ミステリ的な謎としてダイイングメッセージがあるけど、これネタが有名だから、知っている人多いんじゃないかな。というわけで、謎解き的な興味は比較的薄い。ロマンス要素はちょっとだけあるが、どうでもいいくらいの比重。 ...とはいえ、本作でデビューした伴野朗って、やはり戦時中の中国を舞台にした映画「落陽」で、歴史と伝統ある日活を潰したことでもヘンに有名でもある。まあ原作と名義だけとは言われているが、そのうちにやろうかな。 |
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| No.1455 | 7点 | 蘭の肉体 ハドリー・チェイス |
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(2025/08/16 09:34登録) 前編にあたる「ミス・ブランディッシの蘭」とは全然「面白さ」の傾向が違うタイプの作品だね。前作だと将棋のコマのように、無法者たちの間で流転するヒロインは気の毒ではあるけども、あまり感情移入とかしなかったな。でも本作のその娘は、キレると爪で目をひっかいて悪党をやっつけてしまう。容赦ないから何人も視力を失っているよ。精神病院から脱走した狂人とかいうのは、不当なレッテル貼りみたいなもので、しっかりと「立った」ヒロイン像になっている。 なおかつ、前半は脱走後6日間確保されなければ、祖父の遺産が全部手に入るとかあって、周囲はヒロイン・キャロルを確保して精神病院に返さないように画策もする。前作の「奪いあい」とはちょっとニュアンスが違うし、しっかり好青年との恋愛もある。スリラーとしての達者さは従前どおりだから、いろいろと変化に富んでいるし、全体的な敵役になる「鴉のような黒づくめ」の殺し屋サリヴァン兄弟の造型もいい(人並さんご指摘のように、泊まった宿の正面で絞首台を組み立てている音を聞くエピソードがいいなあ)。このサリヴァン兄弟を、人里離れた館で迎え撃つあたりなど、やはり盛り上がる。でもね、 背が高くすらっといいからだをした、見たこともないようなはでな赤毛の別嬪。服は黒づくめで、長い黒マントを肩から羽織り、その衿を金ぐさりで止めている。 と描写される後半のキャロルがいいんだな。まさに「女囚さそり」を彷彿とする。そういう期待も実はあったりする。このラストシーンに関わる「ひげ女」ロリ―もいい味だしてるしねえ。まあちょっとした二部構成になっているけども、これが話としての起伏となっているし、「さそり」みたいなカタルシスにもつながっている。 ハードボイルドな「ミス・ブランディッシの蘭」よりもクライム寄りになってきているけども、こっちのが面白いと思うよ。あ、ひょっとしてマンシェットの「愚者が出てくる、城塞が見える」は本作リスペクトか? |
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| No.1454 | 7点 | 空白との契約 スタンリイ・エリン |
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(2025/08/15 13:08登録) 本作面白い。評者はエリンって、ハードボイルドとは別な流れの私立探偵小説の元祖だと思っているけど、その「第八の地獄」を彷彿とさせる作品。 いやミステリとしても私立探偵小説としてもかなりの破格。保険調査員ならたとえばデイヴ・ブランドステッターとかあるし、笹沢左保でもあるしね。別に珍しい設定ではないのだが、成功報酬のみの完全請負の自営業者が主人公。会社の看板に頼らず、全部自前。しかも事件は事故死を主張して保険金を得ようとするのを、「恐喝が原因での自殺」という構図で拒もうとする。もちろん真相が「自殺に見せかけた殺人」というわけでもない...いやこんな設定で「ミステリしちゃう?」となるのだが、これがこれで十分にサスペンスフルな話。「第八の地獄」も警官の汚職の話であり、安易に「殺人」を持ってこないリアリズムがエリンの根底にあるわけだ。 主人公ジェイクは冷徹なプロだが、その冷徹さはハードボイルドというよりも、リアルなビジネスマンとしてのもの。だったら話に潤いが欠けることにもなりかねないが、それをもつれさせるのが、男女で動いた方が何かと便利ということで急遽タッグを組んだパートナー、エリナの存在である。初対面でジェイクと組むことになる売れない女優のエリナ。それなりに舞台度胸もあるのだが....残念、ジェイクに惚れてしまう。ハードボイルドじゃないんだ。もちろんジェイクは情報収集のためには女と寝ることもあり、これをエリナは嫉妬しだしてしまう。そりゃあさあ、こんなオトコ、かっこいいじゃん?無理ないや(苦笑)無害なデラ・ストリートとはいかないよ。 だからジェイクとエリナの関係が、事件とは別ベクトルの軸となって小説としての面白みになってくる。どんどんとビジネスの上では想定外の「重たい女」となってくるエリナ。この厄介な重荷というハンデのもとに、ジェイクは恐喝のネタと恐喝者に迫っていく...警察にバラしたら事件は解決しても、それがジェイクの手柄にはならないから報酬はない。こんなジレンマの果てにジェイクは何を見るのか? というわけで少しづつ事件の背景に迫っていくサスペンスと、悪意があるわけではないのに機嫌を損じたら売られるかも?と完全に信用しきれないエリナの存在、恐喝者の背後にいるギャングの策動など、ポケミス310ページとなかなか長い作品なんだけども、飽きさせずに引っ張っていく。 「第八の地獄」の方向をさらに深く探り直したようなことになっているよ。エリンというからには、ホント、こんなん書いて欲しかった。 |
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| No.1453 | 5点 | 無限がいっぱい ロバート・シェクリイ |
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(2025/08/13 17:29登録) シェクリイとフレドリック・ブラウンは「双璧」だったわけだけど、今でもそれなりに読者がいると思われるブラウンに対して、シェクリイは「忘れられた」作家に近い扱いだったりする。両者とも50年代のオールドスクールなSFで、雑誌全盛期らしい「雑誌うけ」しやすい作風というのはよくわかるんだけども... いややはり、ブラウンという人の一種の「意地の悪さ」「リドルストーリー風」といったあたりが、作者個人の「独自の個性」になってたんだね。 シェクリイももちろん、いろいろと技巧を凝らして読者のゴキゲンをうかがうわけだが、なんというか「安全」なところがある。そこらへんがもう一つ食い足りない部分につながっているのかなあ。ある意味「SFじゃない」というか、SFガジェットが50年代のアメリカ人のありふれた属性を誇張して描く手段にしかなってないのが見えるところもあって、そこらへんに今の評者がシラけているかも。 要するにすごく寓意的なんだよね。そういう寓意性というかメッセージ性にモヤモヤした感情しか湧き起こらないというのは、同時代人ならそれを素直に面白がれたのにな、という残念さなのかもしれない。 異色作家というには、「微妙」感のある人かもしれない。いやマンガ的な楽しさはあるんだよ。でもさ漱石にかこつけて語られる「I Love You」は「月がとっても綺麗ですね」と訳せ!とした話って、「愛の語学」にネタにしてもらいたいな(苦笑) |
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| No.1452 | 7点 | 高層の死角 森村誠一 |
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(2025/08/11 12:18登録) 森村誠一ってハッキリ言って苦手作家だ。いや70年代あたりのパズラー作家を論じるなら、絶対外せない作家であることは重々承知。社会派転向して角川映画化で売れまくる前は、「新本格の旗手」といった評価があった。まあそういうあたりが「裏切者」風にマニア層に嫌われる原因になったようにも思うよ。 要するに鮎哲アリバイ崩しが、国鉄の夜行特急ベースだったのに対して、森村誠一は飛行機の乗り継ぎトリックであり、近代化されたホテルでの業務である、というあたりでの「革新」があったわけである。まさに新しい風が吹いたという印象だ。森村氏自身ホテルマン経験があるわけで、それを存分に生かしたトリックが本作でも披露されている。 とはいえ、ある意味本作の「斬新な」トリックは、そういう新しい要素がその後の50年のなかで陳腐化していったことによって、「斬新さ」が埋もれることにもつながった。鮎哲さんみたいにまだノスタルジアで語られる世界にはなっていないから、世慣れた読者なら当然トリックに気が付いたりもするわけで、どっちかいえば鈍重な印象を受けるのかもしれない。 今読むと密室トリックはつまらない。飛行機のアリバイトリックは当然の証拠が残るから危険性が高すぎる...と心配してしまうかな。だとすると、やはりフロントでのチェックインに関するあたりが一番精緻で面白い。まあそれが最終盤になるから、やはり盛り上がるな。 じゃあ評者が「嫌い」なのは何かというと、一つは一応主人公な平賀刑事の女性関係。森村誠一って冷たい復讐心みたいなものを不必要に強調する傾向があり、評者は昔からこれがどうにも気持ち悪い。エンタメに収まらないヌメっとした悪意を感じてしまう。それから講評で高木彬光が「難は文章のまずさ」と指摘しているように、この人の文章は私も大嫌い。分かりやすいところで言うと 彼女の心理にもそのような可能性があったと分かった今、"村川説"は最もハイファイに現場の状況に符合する。 という「ハイファイ」という比喩。確かにこの頃オーディオのハイファイブームがあり、「高忠実性」という意味で使っている意味はよくわかる。この人の漢語多用傾向と、それに横文字のルビを振るスタイルとか、要するに軽薄な「気取りすぎ」というイヤな感じを評者は強く受ける。 だから作品としては歴史的意義も認めるし、作品自体もよくできている。だけど森村誠一、嫌い。本サイトではなるべく扱いたくない... |
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| No.1451 | 6点 | 伯林-一八八八年 海渡英祐 |
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(2025/08/10 11:16登録) 70年代を回想すると、実は本作は乱歩賞受賞作の中でもとくに「傑作」という評価が高い作品だった。そこらへんの時代状況が面白いとも思う。 実際、乱歩賞も60年代には社会派が多かったんだよね。西村京太郎の「天使の傷痕」でもそうだし、パズラー寄りではあっても斉藤栄の「殺人の棋譜」でも将棋棋士という珍しい背景と子供の誘拐事件を扱ったわけだ。とはいえそういう流行も60年代後半には峠を越してきて、そこに本作のようなロマン的雰囲気の強いパズラーが登場したことになる。それがやはりマニア層に歓迎されたという印象がある。 この翌年は受賞作はないが、このあたりの年というと草野唯雄や大谷羊太郎が頻繁に最終選考に残っていた頃。翌翌年には森村誠一でパズラー的興味の強い「高層の死角」が入選する。60年代末から70年代初頭にちょっとした「本格復興」の流れがあったと評者は捉えているよ。本作の高評価はそういう面だ。 ドイツ留学中の若き日の森鴎外を主人公にして、その悲恋に絡めて晩年のビスマルクが絡んだ密室殺人を扱ったというのは、企画の勝利というものだ。大時代的な背景があるからこそ、密室殺人という「絵空事」にリアリティが生まれてしまってもいる。「ビギナーズラック」に近いようなラッキーが、作者に訪れているというべきだろう。ミステリとしては...共犯者が多いからねえ。密室トリックとしては納得度はあるけども、その分理に落ちすぎているかな。精緻になればなるほど、「なんで密室なんて作るの?」という疑問もね。 それでもロマン味の勝った歴史推理とか海外舞台でリアリティを晦ますとか、イイ着眼点を示したことは間違いない。そうしてみればたとえば笠井潔だってこういう作風の影響を受けているとも言えるかもしれないんだ。 |
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| No.1450 | 6点 | 女王蜂 横溝正史 |
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(2025/08/09 10:25登録) なぜか好きな作品(苦笑)一番最初に読んだのは、朝日ソノラマから出てた子供向けリライトだと思う。けっこう何度も読んでいるなあ。 というのもやはり、本作って横溝正史流のハーレクインだからだろう。島の旧家の過去の事件と、現代の修善寺と東京で起きる連続殺人の中心には、絶世の美女「女王蜂」、大道寺智子がいる。彼女の周囲の男たちが次々と殺されていくが、見え隠れする謎の求婚者「黒馬の王子」多門連太郎。いやこれは、萌える。 「三つ首塔」の上品バージョンでもあるが、実は同じ構図で「犬神家の一族」が先行しているんだな。面白いことに初出の雑誌「キング」では、本作が「犬神家」の後継連載だったようだ。大衆小説の枠組みの中で、ミステリをどう取り扱うか?という作者の試行錯誤の一つだと思うんだよ。 本作ではミステリ要素が小粒だし、やや無理も多い。過去の密室の解明場面はとても印象的なのに「どういうトリックだったか?」は評者もすぐに忘れてしまう(苦笑)この密室の提示と解明が最終盤100ページないくらいで片付くのは、構成上問題大きいなあ。ミステリで印象的なのは「蝙蝠」だけど、これはチェスタートンの某作のアレンジだから、ミステリマニアの印象に残るんだろう。 逆にハーレクイン要素は実に見栄えがする。絶世の美女に旬の美人女優を当てて、神尾先生に貫目のある大女優を当てて、多門連太郎に色男を当ててやれば、映画でもドラマでも作りたい放題。だからこそ本作の映像作品での成功があるわけだ。というわけで、本作はミステリというよりも、横溝ハーレクインの成功作だと思う。まあ、多門連太郎がボンクラとか、現代の事件が演出優先で空疎とか、欠陥はあるんだけどもね。 (ちなみに、横溝ミステリのメタ推理で有名なのは「キラキラネームのキャラはどんなに怪しくても犯人ではなく、すっきりしたいい名前のキャラが犯人」というものだ。多門連太郎とか九十九龍馬とか名前だけでワクワクする。大道寺知世は果たして意識しているのかな?) |
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| No.1449 | 6点 | 素晴らしき愚か娘 シャルル・エクスブライヤ |
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(2025/08/08 16:03登録) 女スパイ、ペネロープ.... って言ったら「サンダーバード」のレディ・ペネロープなんだけども、本書のヒロインもペネロープ・ライトフェザー嬢。レストランで知り合った男に一目ぼれされる。 このペネロープは美人だけどお針子。海軍省のD局局長のダンフリー卿夫人のお気に入りで、お屋敷に出入りしている。男はピオトル・セルゲイエヴィッチ・ミルーキン...父は白系ロシア人亡命者でソ連への義理はないはずなんだども、ヘンな逆恨みからソ連のスパイで殺し屋のアルメニア人テル=バグダッサリアンにスパイとしてスカウトされてしまった!ハリー・コンプトンと名乗ってこのダンフリー卿が持つ「なだれ」と呼ばれる秘密レポートを奪取するよう命じられるが、偶然知り合ったペネロープがダンフリー卿の屋敷に出入りしていることを知る。実はペネロープは共産党員であり、ピオトル(ハリー)はペネロープに適当な話をして、ダンフリー卿の屋敷で開催されるパーティに潜入することになった! けどね、このパーティも「なだれ」情報も罠であり、ソ連スパイをおびき寄せて内部に潜む二重スパイを暴き出そうという計画だったんだ。はたしてペネロープとハリーは「なだれ」情報をゲットできるか?と言ってもさあ...ペネロープ自身「アタマの弱い」娘として、思い付きのように共産党に入党したわけだしね。清楚な美人のクセにけたたましいバカ笑いと素っ頓狂な言動にハリーもヘキエキしつつ、陰謀と罠と暴力の世界に足を踏み入れてしまう。 でもこれ全部、吉本新喜劇。アカラサマに安易に「なだれ」情報も金庫から盗み出せてしまうクセに、何度も金庫に舞い戻ってしまうw。ソ連大物スパイを行きがかり上殺してしまい、その死体を運搬中に検問に逢うけども、ペネロープが「死体を運んでます~」なんて言うたびに冷や汗をかきつつも警官たちは大爆笑。 いやエクスブライヤってパロディじゃないんだ。軽演劇というか、マンガ的なキャラたちが右往左往する群像的なコメディというべきなんだよね。「死体をどうぞ」で示されたように、エクスブライヤが大人数のマンガ的キャラを捌ききる手腕というのは、なかなか大したもの。有能な舞台演出家というイメージがあるが、やはりキャリアの出発点で演劇や映画とかかわりが多かったようだ。 コメディだから「めでたしめでたし」で終わらなきゃホントじゃない。だからめでたし、めでたし。いいじゃないか。 |
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| No.1448 | 8点 | ちびの聖者 ジョルジュ・シムノン |
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(2025/08/07 10:02登録) いろいろと面白い(架空の)自伝小説。 確かにシムノンの「観察眼」というものには、並外れたものを感じているよ。だから自分を「画家」に仮託して描いてみるというやり方に説得力がある。そして、この小説が、「画家の成功譚」というものではない、というのが大変面白い。実際、この小説なら主人公が長らく成功せずに、晩年とか没後に評価された、という設定でも成功したりするのかもしれない。おそらく「ちびの聖者」というキャラ付け、すべてを受け入れる観察者という立場から、自身の成功に無関心な「ちびの聖者」だからこそ、作者は成功させてみることにしたんじゃないかな。 もちろんシムノン自身は「ちびの聖者」というような人物じゃないや(苦笑)出自だって貧民層ではないし、女遊びと放蕩が大好きで、身近な人間と不倫することが多くて結婚生活は破綻しがち、苦にした娘が自殺するとか、プライベートが混乱続きで、本書の主人公ルイみたいな平静な親子関係を営んだわけではない。いやだからこそ、本書で描かれるルイとその母親・祖母・異父兄弟たちとの関係が心にしみるのかな。穏やかにそれぞれがそれぞれの人生を歩みつつ、たまに交差する。 パリの市場で仕入れた野菜を街頭で売ることで生計を立て、頻繁に男を取り換えて6人の子を産んだ末に、再婚した男と安定した生活を得た母。社会に反抗的だがルイをそれとなく庇護してくれた長兄は、兵役などを経て裏社会の顔役になる。仲が良かった姉はクリーニング店で働いて出産、そして戦争未亡人に、しかし、小商人と結婚して資産を築く。兄になる双子の一方は囚人部隊に入って戦死、一方はエクアドルへ渡りそこで珍獣ハンターに...末の妹は幼くして病死。 一見バラバラかもしれないが、こんな家族の肖像こそが、明治生まれの祖父母世代の庶民のエートスというべきものをしっかりと思い出させる。家族というものが「群れ」であり、家は「巣」であったような、動物としての人間家族の本質めいたものを開示しているかのようだ。 まあだからこの本はホームドラマだよ。家族を「印象主義」的に描いたホームドラマだ。 |
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| No.1447 | 9点 | 短篇集Ⅱ 日本推理作家協会賞受賞作全集8 アンソロジー(出版社編) |
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(2025/08/06 12:15登録) 「売国奴」やりたくってね。 しかし、永瀬三吾はマイナー作家だから、大陸書館の「売国奴」みたいな個人別短編集はなかなかお目にかからない。というわけで「狐の鶏」も河出の「日影丈吉傑作館」でやり漏らしているし、「笛を吹けば人が死ぬ」も好きな作品だし...でこの協会賞短編集でやることにした。 「売国奴」はこの時期では珍しい本格スパイ小説。というか、敗戦で日本人は萎縮して内向きになっていた部分があるから、外地を舞台としたエンタメって書きづらい側面があったんだろうな。戦時中に天津で新聞社を経営した作者が、実体験を生かして書いたスパイ小説である。まさに天津が舞台で、この街に蠢く怪しい人々の相克の物語。日本出身だがバルカンの中立国であるC連邦の国籍を持つコスモポリタンとして、レストラン「コスモ」を経営するマダム・チェリー(桜子)、チェリーともワケアリで東洋美術研究家の触れ込みで策動するやはりC連邦籍のラムンソン、大陸浪人の典型のような楢橋、戦争の行く末を静観しつつ陰で怪しい動きをする資産家の馬、シガラミありでチェリーを追う憲兵の森原、主人公のジャーナリストはこれらの怪しい人々の陰謀にしだいに巻き込まれていく...「売国奴」とは誰のことだったのか? でこの陰謀のスケールがバカみたいに大きい。戦争の先行きが危うくなって、和平派の一部が天皇を推戴して中国に蒙塵し、紫禁城に入って「国土なき日本人」の国家を作るという構想や、そのための資金として「最古の勾玉(八尺瓊勾玉?)」を密かに売りさばく...こんな怪しい話とかつて天津で起きた新聞社社長の二重暗殺事件を絡めて描いている。いやとにかくスケールの大きさに圧倒される作品。日本人もこういうアナーキーでコスモポリタンなスケール感をかつてはもっていたんだよね...武田泰淳の「風媒花」のミステリ版というべきか。 で日影丈吉「狐の鶏」。千葉?の海沿いの寒村で、折り合いの悪い妻の他殺体に出くわして「自分が夢の中で殺したのでは?」と疑う農夫の話。イエ制度のなかで「オジモン」として疎外される主人公の悲哀を描き、日影丈吉らしい土俗的な生活のリアリズムが、幻想的なあたりにするりと滑り込んでいく。ここらへんの呼吸感が絶妙。そして根底にはしっかりしたミステリの骨格がある。永瀬三吾は「文学派」の旗頭の一人だったわけだけど、最上の「文学派」って実は日影だったようにも思うんだ。ストーリーテリングとミステリがオリジナルなかたちで融合していることでは、松本清張に匹敵する唯一の作家だと思うよ。 角田の大名作「笛を吹けば人が死ぬ」。これはもうヒロインの名犯人、三井絵奈の肖像が傑出。ホントは「笛を吹けば人が死ぬよ」と作中で絵奈が嘯くその言い方でタイトルにしたいくらい。ミステリ論的には「操り」テーマになるわけだけど、下品で知能も低い?しかし、悪知恵と悪意だけは天才的なこのアンチヒロインの肖像がどうにもこうにも魅力的。今回読み直して、実は本作はシムノンの「男の首」の角田版じゃないかと思ったんだ。ラストシーンでハイヒールにつまづく絵奈の姿と、「失敗したな」と処刑台に登る姿をメグレに評されるラデックとがどうしても重なるのだ。たしかに「男の首」にも「操り」要素は存在するわけだからね。 というわけで、どれもこれも大名作。戦後の探偵文壇の百花斉放な盛り上がりっぷりが窺われる。 |
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| No.1446 | 8点 | 地球の長い午後 ブライアン・W・オールディス |
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(2025/08/04 11:00登録) 「SFの祭典」ならたぶん10点。本サイトの趣旨から2点マイナスするけど議論の余地のない大傑作。 地球が自転を停止し、地球の片面では永遠の昼が続き、一方は永遠の夜に沈む未来。永遠の昼の国では太陽からの過酷な放射による暴政が続き、それに適応した植物たちが、動物の地位を奪って、奇想天外な適応放散をしていた....人類は1/5のサイズに縮み、社会も退化した原始的な生活の中で、危険な植物たちから身を守るのが精いっぱい。人類の末裔である部族の少年の、この未来世界での彷徨と冒険。 というわけで、「食獣植物」レベルで人間を捉えて食べちゃおうとする狂暴で危険極まりない植物たちに留まらず、静止した地球と月を蜘蛛のように渡り歩くツナワタリやら、退化した人間に「しっぽ」を付けて操って魚を取らせるポンポンの木、人間に寄生して知識を与えるアミガサタケといった圧倒的な植物のイメージが、悪夢的であると同時に説得力がすさまじい。退化をテーマとした終末イメージも「タイムマシン」に匹敵するレベル。SFというよりもかなり「奇書」に足を突っ込んでいるタイプの作品。たぶん、サイケデリックな界隈からもイメージを補給しているんじゃないのかなあ。良い意味で「洗練」せずに、泥臭い土俗的な雰囲気が生かされていて、小説版「マッドメン」といった趣き。素晴らしい。 (庭の手入れとかしていると、人間が「こうしたい」と思うなんて意志は全然通用しなくて、植物が地下で互いに争いあっているのにうまく介入して、なだめすかして誘導しつつ育てているような気持になる。ドクダミやらクワクサやら手を焼いているよ。植物って時間スケールがスローモーションなだけで、頑固かつ狂暴なイキモノだよ) |
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| No.1445 | 5点 | 墓場貸します カーター・ディクスン |
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(2025/07/31 15:43登録) 後期のHMものって、HMのキャラ小説化が進んでいて、楽しいけどもミステリとしては薄味、という傾向が強いわけだ。で本作はクレイトン・ロースンに捧げちゃっているくらいに手品趣味。確かにこのプールからの消失トリックって、ステージマジックでいかにもありそうなトリックだしなあ。まあだけど、逆に問題の家族の人間関係があまりちゃんと描けているとも思えなくて、トリックと絡んでももうひとつ疑問なところでもある。とくに動機にあたるあたりでの人間関係の縺れ方にどうも説得力がない。 いやそれでもHMのギャグっぷりは上出来。いきなりニューヨーク地下鉄で大騒ぎを巻き起こすあたり、そのトボけっぷりがまさに「手品をするオースン・ウェルズ」といった趣で絶妙。でもプールのトリックには比喩的な関係くらいにしか感じないな....さらには元プロ野球選手が(手加減ありだが)投げた球を、小太り中年のオッサンであるHMがホームランしてのけるとか抱腹絶倒。ギャグは実に快調で愉快な作品なだけに、残念感も目立つ。 元々イギリス伝統文化大好きなアメリカ人のカーだけど、本作でもイギリス労働党政府をディスっているあたりからも伺われるように、「旧き良きイギリス」が戦後失われつつあるあたりで、歴史モノへの傾倒と同時にアメリカ回帰へとカーの心情が移っていく流れの中で、本作は読むべきなんだろうな。 |
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