クリスティ再読さんの登録情報 | |
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平均点:6.39点 | 書評数:1432件 |
No.1092 | 5点 | 深夜の市長 海野十三 |
(2022/12/25 23:10登録) 東京を思わせるT市。そこには昼の貌とは全く違う迷宮のような夜の世界が存在していた。「深夜の市長」と呼ばれる怪老人に、殺人を目撃した主人公は救われるが、これは市政の対立を背景とする暗闘の一幕だった。主人公は次第に「深夜の市長」に導かれて夜の世界に深入りしていく... とまとめればそう。けどね、主人公は探偵作家兼司法官試補なんて二股をかけた極楽トンボで、「深夜の市長」もべらんめえが楽しい。市長を尊敬するお照やらその子で「怪児」なんて呼ばれる絹坊、マッドサイエンティストやら「T市の鍵」の紛失事件やら、いろいろ絡んで深夜のT市を主人公が駆け回る話。 今となってはややわかりにくいとは思うけども、洒落て軽妙でユーモラスな話、というくらいのノリで書かれた「モダン小説」だと思う。そこらへんちょっと今は伝わりづらい....なあ。 昼の世界、というのは主人公の「司法官試補」が示すような小市民の世界、夜の世界というのは乱歩風の高等遊民の探偵作家と庶民のロマンの世界...そう読んじゃうといささか、つまらないけども、ハイパーモダンな「工場趣味」みたいな美意識が窺われるところもある。そう見ると少し面白いかな。「新青年」のモダン趣味が如実に反映された小説には違いない。 評者今回は講談社大衆文学館で読んだので、「深夜の市長」だけの単品。そういえば昔、川島雄三監督の映画で「深夜の市長」って見たことがある。月形龍之介が「深夜の市長」って呼ばれる人格者のギャング役の、暗黒街もの。本書とはあまり関係ない? |
No.1091 | 6点 | 怪奇探偵小説名作選(9)氷川瓏集-睡蓮夫人 氷川瓏 |
(2022/12/24 22:43登録) 氷川瓏というと、やはりペンネームのカッコよさで子供の頃から妙に名前を覚えていた。ポプラ社乱歩のリライターだからねえ。「十三の〜」アンソロの渡辺剣次の兄だから、いくつかアンソロで読んだ...のかな、もうひとつ作品の方は印象がない。まあでも興味はある。このアンソロは事実上氷川のミステリ全作品を収録だから、全貌がわかる。 この人乱歩と縁が深い人なんだが、「抜打座談会」に出席した「文学派」に名前が上がっているし、この本に収録された「天平商人と二匹の鬼」「洞窟」の2作は本名で木々高太郎の本拠地でもある「三田文学」に掲載した作品だったりもする....乱歩と高太郎の両方に贔屓にされたという、ちょっと不思議な面がある人。もともとの探偵文壇デビュー作「乳母車」は弟経由で乱歩の目に留まって「宝石」の創刊第二号に掲載、このショートショート、なかなか雰囲気がよくて乱歩の「目羅博士」を思わせる月光の魔術。 だから幻想小説家としての乱歩が目を掛ける、というのも頷ける話。「宝石」などに「春妖記」「白い蝶」「白い外套の女」といった幻想掌編を発表したわけだが、典雅な筆致で描かれた幻想小説でこれといったヒネリはないけども、雰囲気のいい作品であることは間違いない。で看護婦を主人公にしてビアン風味がある犯罪小説の「天使の犯罪」の心理描写のきめ細かさとか見ると、やはり「文学派」という印象も強まる。 しかし同時期の「風原博士の奇怪な実験」は、性転換大魔術?な話。本格マニアだったら本作しか褒めないかなあ...と思わせるような仕掛けがある。この作品でも心理描写や筆致に魅力があるのは確か。でも文章に凝るタイプで、「寡作」から自分を追い詰めて書けなくなる、という大坪砂男と似た面は感じる。 とはいえ、大坪砂男のケレンに満ちた「華」はない。クラブ賞該当作なし、でも奨励賞3作のうちに入った「睡蓮夫人」でも、丁寧に書かれた幻想譚ではあるけども、プロットに珍しさがあるわけではない。ポエジーはあるんだけどもねえ... この時期だったら子供視点で描いた皮肉な仇討ち話の「窓」や、恋愛心理を追求した「洞窟」の方がずっといい。幻想小説へのこだわりが見えるけども、リアルな心理と情景を丁寧に描くと、この人の持ち味がよく出るように思うんだがなあ。 でどんどん書けなくなって沈黙するんだが、70年代には「幻影城」で、天城一とか朝山蜻一とかと並んで復活。3作描くけども、2作は昔の幻想小説の焼き直しみたいでいまひとつ。子供視点で江戸情緒が残る根岸あたりを舞台に描いた「路地の奥」は、「窓」と同じように筆が乗っていていい。 解説の日下三蔵も「マイナーポエット」呼ばわりするわけで、やはり「いいところはあるけども、少し決め手に欠ける作家」というのが正直なところ。それでも伸びやかで典雅な文章のよさが一番記憶に残る。 |
No.1090 | 6点 | 死美人 黒岩涙香 |
(2022/12/22 17:35登録) 評者が読んだのは、江戸川乱歩現代語訳の方(小山書店→桃源社→河出書房新社)だから、おっさん様の旺文社文庫の涙香テキストとは別のもの。 この現代語訳は江戸川乱歩全集などに収録されないことで有名なテキストなんだけども、要するに代訳。実際に訳文を書いたのは、ジュブナイルのリライトの大部分をやった氷川瓏。乱歩は「あとがき」を寄せているし、プロデューサー的な立場だったとは言えるんだろうけどもねえ。(桃源社版では他の涙香作品の評も併録) 考えてみれば、このテキスト、 ・ガボリオ―が創造した名探偵ルコックを使って勝手に ・ボアゴベが後日譚を創作 ・黒岩涙香が翻案(自由訳)それを ・江戸川乱歩がプロデュース&自分名義で ・氷川瓏がゴーストライター とスゴいことになっている....まさに伝言ゲーム。吉川英治の「牢獄の花嫁」は涙香をさらに時代劇にアダプトしていたりする。それだけ涙香の影響力に赫赫たるものがあったわけだ。乱歩自身も涙香アダプトは「幽霊塔」「白髪鬼」でやっているし、「死美人」と同じ経緯のボアゴベ→涙香の現代語訳「鉄仮面」も代訳。かなり強いこだわりを乱歩は涙香に抱いていたことがうかがわれる。 でも内容、結構面白い。真犯人の伏線がかなりあからさまなので、途中でバレているようなものだけど、裁判が終わってからの零骨(ルコック)老先生の孤立無援の奮闘ぶりがナイス。本当に「幻の女」みたいに、食いついた手がかりが、先回りした犯人によって次々と消されていくサスペンスがある。スリラーとしてはかなり上出来。いろいろと臨時の「手先」を雇って捜査するあたり、フーシェ・ヴィドック以来の「密偵警察」のカラーが色濃く残っているのを味わえる。 確かに「幻の女」風味のサスペンスは横溢するんだけども、面白いのは「獄中で絶望する死刑囚」<>「必死の捜査」というカットバックができないあたり。死刑タイムリミット物であっても、カットバックというのはグリフィス映画の発明品なんだろうね。 キャラの名前を全部日本人風に改めた涙香訳を踏襲しているのは言うまでもないが、「お毬」ならマリーだろ、とか、「類二郎」ならルイだろ、とか「鳥羽」ならトレヴァーだろ、とか語呂から本名が推測できる。でも倫敦・巴里はともかく、瀬音(セーヌ)川、という宛字には思わずニンマリ! 現代語訳は平明で「乱歩調」は当たり前だけど全然なし。リーダビリティは高い。前から気にはなってた人なので、氷川瓏、やります。 |
No.1089 | 9点 | ようこそ地球さん 星新一 |
(2022/12/21 17:43登録) 「ボッコちゃん」を読んだら、猛然と「処刑」を読みたくなった。急遽本短編集。子供の頃読んだきりだけど、やはり「処刑」って本当にササる作品。いやこれ「生死」の問題なんだけども、子供だって「明日、死ぬんだったらどうする?」とかね、シンプルかつ真正面から問われるからこそ、しっかりとササるんだ。まさに実存ブンガクって言っていいくらいの「哲学的」小説だと思う。 いや実際、「ボッコちゃん」のB面に当たるこの本は、陰鬱な話が多いんだよね。ラストを飾る「殉教」なんて、 「みんな、死んじゃったね」 「ああ、楽しそうに死んじゃった」 という話。まさに星新一の「SF」って「科学です」で理屈を回避して本質を提示する仕掛けなんだと思うんだ。けしてアイデアストーリーと呼ばれるようなものじゃない。 心の底は、きっとさびしかったのでしょうね。そのさびしさを埋めようとして、物質をいろいろと組み合せて、まぎらしていたのでしょうか。そして、こんなさびしい生活なんか、もう子孫にはやらせたくないと考えて、文明を終らせたのかもしれませんね こんな悲観的な厭人癖が「輝かしい未来」と衝突するときに、あえてそれが話のオチに設定されるならば、それが「星新一のショートショート」になるだけのことではないのだろうか?実際、未知の惑星に到達した宇宙船が錆びついて廃墟になっている設定も多いしなあ...サイバーパンクって言って、いい? だからこそ「処刑」のラスト、死刑囚が悟りを啓いて、死の恐怖を克服する姿は、何よりも尊いものだと思うのだ。 地球から追い出された神とは、こんなものじゃあなかったのだろうか。 まさにそんな湯浴みする神が、星新一のストイシズムの保証人なのだろう。 |
No.1088 | 6点 | 妻は二度死ぬ ジョルジュ・シムノン |
(2022/12/19 22:57登録) シムノン最後の「小説」。というのも、この後もシムノンって自伝をいろいろ書いているわけだから、創作活動がゼロになったわけじゃない。まだまだ筆力に余裕があって、本作はきわめてあっさりした仕上がりだけども、それでも十分なシムノンらしさがあるのは、ちょっと驚くくらい。 原題が「Les innocents」だから「無実な人たち」と取ってしまえばミステリぽいんだけども、読んだ後だとブラウン神父じゃないけど「純真な人たち」と取りたくなるような作品だったりする。交通事故死した妻の死の真相を夫が調べる...といえば、スゴく「ミステリ」な興味がありそう!となる。確かに「妻の死の真相」が話の屈折点として機能はするんだが、それ以上に一流の宝石デザイナーとして成功した主人公が備える(やや成功とは裏腹な)「無欲さ」みたいなものの方がヘンでもあり、読者の心にずっと引っかかってくるのではなかろうか。 この本の登場人物たちはある意味「みんな、善人」だったりする。それでも妻を喪った(しかも二度も!)主人公の屈折が、どこかしら不穏なものを感じさせてならない....いやいや、これは評者の妄想。しかし、登場人物の運命を読後妙に気にしてしまうのは、やはり評者がシムノンの術中にしっかりハマっている証拠のようなものなのだろう。 なので本作は「ミステリな題材を思いっきり非ミステリ的に扱った」実にシムノンらしい小説なのだろう。 |
No.1087 | 8点 | ボッコちゃん 星新一 |
(2022/12/18 22:35登録) 小学校の時だっと思うけど、学校の集団購入があって、そのリストに星新一の本が何冊もあった。星新一ブーム真っ最中。評者も買ったんだが、その本どうなったのか記憶がない。評者の世代だと星新一は「世代の共通体験」みたいに感じているよ。 なので50年ぶりくらいの再読。いくつかのショートショートはしっかり記憶にあるし、真鍋博(この人も当時ブーム)の装丁+挿絵がやけに懐かしい。うん、今回の再読の一番の印象は「古びてないな~」。いや、いろいろデテールで「古い」ところはあるんだけども、ぎりぎりまでにそぎ落とされたスタイルが「古く」ならないし、「子供でも読んで理解できる」のが、普遍性そのものであることを再確認した。SF設定は単にデテールを省略するための仕掛けに過ぎない。 実のところメルヘン的なものは感じないんだ。「月の光」や「生活維持省」「冬の蝶」「闇の眼」「最後の地球人」といった作品のセンチメントに満ちた絶望と悲しさが強く伝わってくる。この強さに比べたらアイデアストーリー的な部分は皮相的なものじゃないのかな。子供って残酷なものだから、「鏡」だって伝わるものなんだ。(「マネーエイジ」って子供はね~憧れる) だからアイデアストーリー的な作品でも、オチで露になるのは人間のどうしようもない愚かさや悲しさであり、文明批評ではない人間の普遍的な「悲しいドウブツ」な部分になってくる。それを感情移入せず突き放してまとめるのが星新一のストイックなスタイル、ということになる。 一言で言えば星新一の強みは「非人情」ということだろう。そのクールで突き放したスタイルは常にショッキングで、そのベースに感情を揺さぶる「ショック」があるからこそ「いつでも新しい」。 |
No.1086 | 6点 | 氷に閉ざされて リンダ・ハワード |
(2022/12/13 23:58登録) 久々にロマサス。小型飛行機の墜落と雪山でのサバイバルが中心だから、サスペンスじゃなくて冒険小説(苦笑)。ロマサスって言っても幅広くていろいろ、あるんだよ。 大金持ちの後妻に納まったヒロインは夫亡きあと、継子たちの資産管理をして暮らしていた。小型飛行機でバカンスに出かけたのだが、その途中アイダホ州の山岳地帯に飛行機が墜落した!パイロットの機転でパイロットとヒロインの命は助かるのだが、現場は人跡稀な雪山。パイロットは脳震盪を起こして動けないのをヒロインが助け、二人のサバイバルが始まった... という話。二人が身を寄せ合って温めあうのはお約束。墜落当初パイロットが脳震盪で動けないのを、軽傷のヒロインが奮闘して助けるあたり、女性作家らしいアクティヴな女性像でよろしい。サバイバルのデテールがしっかり書き込まれていて、これが見どころ。小屋掛けのやり方とかしっかり描写するし、傷口の消毒にはマウスウォッシュ! 実はこの墜落が仕込まれたもので、怪しげな振る舞いをする継子やら...日本だと有名なトリックあり。このシチュエーションで応用するアイデアは結構、冴えている。 ヒロインは有能だけど、他人に心を閉ざした「氷の女」と言われるようなところがあって、ヒーローのパイロットが無口不器用タイプなこともあり、最初の相性は最悪....というのが作者らしいあたり。うまくこのサバイバルのシチュエーションにキャラクターの「雪どけ」をかけている。 (アメリカじゃリンダは男性ファンも多いそうだ..普遍的なエンタメだと思うよ) |
No.1085 | 6点 | 水晶の栓 モーリス・ルブラン |
(2022/12/13 09:20登録) 子供の頃ポプラ社で読んでいるのは当然だが、中学生くらいの頃に大人向けで再読した記憶もある。「超ドライ」とか覚えてる。今は「エクストラ・ドライ」は馴染みのある言葉になったから、ハヤカワ文庫の訳はそっち。 何でそういう思い出話をするか、というと、今読んでみると結構この作品、ノワールの味が強いんだよね。今回のルパンは趣味的な美術品専門怪盗というよりも、政界の爆弾書類を巡る争奪戦に、逮捕された部下の処刑を食い止めるための取引材料としてその爆弾書類を横取りする、リアルで切実な動機で介入する。しかも、警察が正義じゃない。警察局長ブラヴィルはこの秘密の当事者でもあって、自分の思惑で「正義」から逸脱した策動も平気でする。そして秘密を握って隠然たる勢力をもつ怪人代議士。対抗勢力もまた別途あって、途中の波乱を引き起こす... 怪人代議士ドーブレックとルパンの対決だけがクローズアップされがちだけど、この話は複数勢力がそれぞれの立場で政争を絡めつつ抗争しあう話であり、ルパンは「自分の目的」のために争奪戦に介入する、と読むと別な味わいが出てくる。要するに「血の収穫」に近い、プレ・ハードボイルドだと思って評者は読んでいた。だから本作のルパンの数々の敗北は、正義のスーパーマンではない、「暗黒街の住人」としての「リアル」を強めるための狙いなのかもしれない。 確かにアメリカのハードボイルドの影響を受けて、フランスでも戦後セリ・ノワールが流行するのだけども、フランスの暗黒街(ミリュー)というのは以前からずっと存在し(メグレ物にも登場)、そういう息吹が結構感じられる小説だと思うんだ。 「エクストラ・ドライ」というのは、きっとフランス版の「ハードボイルド」という意味なんだろうね。メルヴィル監督、ルパン=ギャバン、ベルナール=ドロンあたりで翻案映画化したら意外にハマったんじゃないかな。 (ちなみに殺人嫌いのはずのルパンでも、裏切った部下を制裁するし、代議士を「マジ殺す!」拷問をする....ノワールな別人っぽい印象もある) |
No.1084 | 6点 | 遠い砂 アンドリュウ・ガーヴ |
(2022/12/11 20:43登録) つるつる読めて、安心・安定のガーヴ印。 いやどれ読んでもこの感想が変わらない(内容は全部違う)というあたりで、ホントの意味で凄い作家なんだけどもねえ。ガーヴと言えば「悪女」なんだけども、自分の得意ネタ「悪女」をうまくサスペンスのネタとして「使って」書いているあたり、さすがなものだと思うのだ。 (妻の一卵性双生児の姉)フェイは殺人者である。キャロル(妻)はフェイとまったく同一である。ゆえにキャロルは潜在的な殺人者である この三段論法で主人公とキャロルの夫妻が、フェイの冤罪を晴らさなくては夫婦生活を続けられない事態に陥るのだけども、主人公が100%妻を信用できるわけではない(キャロルも夫殺しをする可能性?)疑惑から、一緒に捜査をしても意地悪なくらいに仮説を念入りにチェックすることになるのが、実のところガーヴの「本格っぽさ」に貢献していたりする。でもさあ、キャロルの推理って「妄想」といえば妄想だし、それに主人公が戸惑うのが興味の焦点。 いやいやそうしてみると、結構ガーヴって「パズラーっぽい論理」というものをやや皮肉な目で見ていたりするのかな...なんて感じるところもあるんだよ。 面白いのは間違いないし、オリジナリティもしっかり。サスペンスもイケているし、最後は例によって追っかけ。サクッとした軽さがいいといえばいいんだけども、ああそうか、「狙い」とはいえ、アマチュアの捜査があまりにすんなり行き過ぎるのが、貫目の軽さみたいなものなのかな。 「ガーヴ畢生の大作」なんての、読んでみたかった気もするんだ。 |
No.1083 | 6点 | ハイチムニー荘の醜聞 ジョン・ディクスン・カー |
(2022/12/09 22:41登録) 時は1865年。ヴィクトリア朝も中期になろうかという頃。すでに王配アルバートは死去し女王は長々とした服喪中。ディズレーリはまだ首相になっていない。ディケンズが大作家として君臨していた時代である。コリンズは「白衣の女」は発表済みだが、「月長石」は3年後.... というわけで、それまでの「喉切り隊長」や「ニューゲイトの花嫁」「火よ燃えろ!」よりも少し下った時代が舞台。歴史ミステリでは前作に当たる「火よ燃えろ!」でスコットランドヤードが設立された時代を扱ったわけだが、「火よ燃えろ!」に登場する2人の警視総監のうちメイン氏はまだ在任中。というわけでその続編みたいに読んでもいいのかな。 この1865年というのは、この事件で参照される「コンスタンス・ケント事件」の真犯人が自白した年。カーはこの現実の事件をなぞるかのように本書の事件を設定している。そして「コンスタンス・ケント事件」で真犯人を指摘しながらも、「冤罪!」という声に抗しきれずに辞任したウィッチャー元警部が本作の事件に当たる。 たとえば「月長石」のジェントリー一家から見れば、名探偵カフ部長刑事だって「雇人」扱いだったりするわけで、紳士と庶民の間の階級差というのはかなり大きい時代でもある。本作でもウィッチャー元警部は主人公の紳士クライブにすごく気を使っている。実際、犯人に対する罠がややこしく縺れるのは、紳士であるクライブにウィッチャー警部が真相を率直に打ち明けたら、いろいろ面倒、と懸念したせいじゃないだろうか? クライブとケートの間の恋愛に、事件に絡んでクライブがいろいろ妄想するから話が縺れている... まあ、本作は活発なヒロインのケート、その姉でエキセントリックなシーリア、快活な継母のジョルジュエット、堅苦しいペネロープ、とカーにしては女性の書き分けが成功している作品だったりする。オマケみたいにだがチェリーというなかなか怪しいお姉さんも登場するしねえ。その代りに主人公のクライブの短慮が過ぎるのが、シラケやすい部分でもある。小説としては一長一短、かな。 ミステリとしては、登場人物の間では率直な意見が交換されて手がかりがでているのを、わざとカーが端折って伝えなかったりするのに、アンフェア感がある。とはいえ、伏線回収はしっかりしているし、トリックの現実性が強いのがいいあたり。不可能犯罪じゃなくても、いいじゃない? いやカーって、歴史ミステリの方がずっとリーダビリティがいいのは、何でかしら? リーダビリティの高さに好感してギリギリ6点。 |
No.1082 | 6点 | 黄金の林檎 ロバート・シェイ&ロバート・A・ウィルソン |
(2022/12/06 11:49登録) さて「イルミナティ」も2巻目。というか、このシリーズ、もともと分厚い1冊本で出たんだが、3分冊化されて、翻訳はそれぞれ別タイトル。まあだから本サイト的にはバラバラで評するしかない。章立ても「フーコーの振り子」同様、カバラの10のセフィロトで名付けられていて、10章がこの三分冊で貫いている。なので「中」の巻に相当する「黄金の林檎」は、評しづらいったらありゃしない。 ラスベガスの細菌兵器研究所から炭疽菌パイ株が流出した。FBIは唯一の保菌者であるポン引きを追うが未だ行方不明。前巻末で「黄金の潜水艦」のハグバード・セリーンが接触を試みたマフィア一味は皆殺しの目に。黒人嫌いのシカゴの黒人警官ウォーターハウスはAUMと呼ばれる「人を新しいもの好き」にする薬の影響で、アナーキスト側に密かに参加し、イルミナティの手先である検察官を射殺ののち、ドイツのインゴルシュタットで開催される「ヨーロッパのウッドストック」へ指示を受けて向かう...インゴルシュタットでは「アメリカン・メディカル・アソシエーション(AMA)」という大人気のロックバンドが出演予定だが、彼らはイルミナティの陰謀を完成させるための大虐殺を企んでいるらしい。イルミナティが求める「終末子」とは? アトランティスを破壊した「科学党」と「自由党」それから「虚無党」の抗争から端を発し、現代に至るまで人類の歴史を陰で操るイルミナティの真の姿がいよいよ? まあこんな話には違いないんだが、「ぼく」「わたし」「おれ」に三人称がポンポン飛びまくり、「今誰が話してるの??」と推理推測しつつ読む必要もあれば、膨大な登場人物で誰が誰やら覚えきれないし...さらにアトランチス神話も占い師ママ・スートラが明かすところによれば、イルミナティが正義で「黄の印教団」(ラグクラフトのインスピレーションの元になった)による支配を打破するために活動しているそうである....何が正しいのか、全然見当もつかないし、さらにヒーローたるハグバード・セリーンだって妙に人を試すような禅の「公案」じみた話をするわけで、相互に矛盾撞着、さらに話の前後関係も不明...となかなか読むには大変。 その間にポルノとクトゥルフ神話と秘密結社とロックンロールが散りばめられ、 おしっこをしているときに口笛を吹くと、一つでも足りるのに、二つの心をもつことになる。二つの心があると、自分自身と戦うことになる。自分自身と戦うと、あっさりと外部の力に屈してしまう とかね。まあ、この巻では「思わせぶり」でひっぱりつつ、最終巻での決着(びっくりするらしい)に期待しよう。 |
No.1081 | 5点 | 一杯の珈琲から エーリヒ・ケストナー |
(2022/11/29 10:58登録) ケストナーのユーモア三部作も最後。ちょっとした策略めいたものはあるけども、上機嫌なファンタジータッチの恋愛劇。ミステリ味はほぼなし。ザルツブルク音楽祭を背景として、古き良きウィーン趣味な優雅さがある。 ザルツブルクと言うと評者の世代はカラヤンだけど、そのずっと前。パウムガルトナーが音楽祭を仕切っている頃。ロッテ・レーマンが「薔薇の騎士」に出てる(オクタヴィアン?)。 主人公のゲオルグは親の遺産で裕福に暮らす青年。ザルツブルク音楽祭に友人が招待されたので、それを頼ってザルツブルクへ。しかし為替管理の問題があって、ゲオルグは金持ちなのにザルツブルクでは一文無しの境遇。カフェで偶然知り合った「女中」と名乗る女性コンスタンツェとゲオルグは恋に落ちた.... いやいやヒロインの名前からしてモーツァルト夫人。詳しくは述べないがモーツァルト「レクイエム」の成立事情(田舎貴族がモーツァルトに代作発注)を下敷きにしたような、伯爵一家総出のプラクティカル・ジョークみたいな「お芝居」にゲオルグは巻き込まれつつも、恋愛成就! あっさり軽めのお話。吹き出すようなところは随所にあるが、小洒落たヒロインの言動によるところも多いなあ。「雪の中の三人男」みたいにプロットが辛辣ではない分、サクッとした味わいに留まる。 |
No.1080 | 7点 | 火よ燃えろ! ジョン・ディクスン・カー |
(2022/11/25 22:13登録) さてこれはカー時代ミステリの佳作という評判があるのでどうかしら? シンプルな話である。殺人事件は1件だけ。それでも事実上の決闘が2回、大捕物もあって、前半ややもたつく印象があるけども、後半に向けてドライブがかかってくる作品。「ニューゲイトの花嫁」が前半が面白いのとちょうど逆。 ミステリとしてのトリックは、タイムスリップ物でないと成立しない話、かもね。やや小粒感はある。恋愛描写はヒロインのフローラが、時代柄仕方ないとはいえワガママに男を振り回すタイプなので、あまりノレない。 一番の面白味は、出来立てホヤホヤのスコットランドヤードに主人公が志願する話、というあたり。「民主警察のお手本」みたいなスコットランドヤードでも、出来たときにはまったく信用がない組織。それまでのボウ・ストリート・ランナーズのような「お金を貰って捜査する」私立探偵というか岡っ引き風の組織に代わって、軍隊風の規律を持った警官隊として組織されたという背景がしっかり描かれる。 そこに現代のスコットランドヤードのCIDの警視の主人公がタイムスリップ。同じ立場で出来立てのスコットランドヤードに奉職する。「紳士は働かないもの」だから、主人公の現代風の職務に対する忠誠心を、愛人のフローラは意外に感じたりする。で主人公のチェビアト警視、実力で部下の警官隊を掌握し、現代の科学捜査をいろいろ工夫して実現しようと奮闘するし、この出来立てのスコットランドヤードの活躍を社会にアピール。こうやって近代警察に対する市民の信頼が築かれていった...という話。 ジャンルが「警察小説」でもいいくらい。タイトルの「火よ、燃えろ!」がマクベスで意味深なのに、あまり機能しない。これは残念かな。 |
No.1079 | 5点 | ニューゲイトの花嫁 ジョン・ディクスン・カー |
(2022/11/23 08:30登録) カーの歴史モノって評者「喉切り隊長」と「ビロードの悪魔」しか読んでいなかった...なので全体像は全然わかってない。ちょっとまとめてやろうかと思う。これが後期歴史モノシリーズの最初の作品になる。 時代はいわゆる「摂政時代」。ナポレオン没落あたりの時期で、本作にもワーテルローの勝利が背景になっている。国王ジョージ3世の発狂から遊び人の皇太子が摂政を務めた(のちに即位、ジョージ4世)ことから「摂政時代」と呼びならわされる時代。摂政皇太子(作中でも「プリニー」って愛称?で呼ばれている)の派手好きからイギリス上流階級の花が開いたのだが、風俗もまた乱れた時代でもある。「紅はこべ」の舞台もほぼ同時期。 面白いことには同時代の日本も家斉の「大御所時代」でいわゆる化政文化が花開いた時代でもある。この時期の風俗が時代劇のデフォルトになっていることもあるから、本作なんて「カー流、時代劇」のまさにど真ん中、と見たらいいんじゃないかな。 カーの歴史ミステリ、というと考証は正確、ミステリ的な謎や仕掛けもある肩の凝らない活劇調、というもので、そのスタイルは第1作の本作でも確立されている。 無実の罪による絞首刑寸前を助かった主人公ディックが、冤罪のリベンジのために犯人を追及する大筋。この主人公、獄中で「祖父の遺産を相続するために何としても結婚しなければならない(でも夫は不要!)」なクール美女キャロラインと結婚するなんて導入。このキャロラインがツンデレでねえ。身分違いでディックをナメてかかるんだけども大逆転。それでもキャロラインが正ヒロイン。 「わたし、ぜったいばらさない。だから、一緒に食事をして」 「わかるけど、毒物に対する知識がなさすぎるんだよ。それに明日の朝は三時に起きて(決闘の)準備をしなくちゃならん。おやすみ」 とハードボイルドみたいな味が出るところがある。これが面白い。 前半、モンテクリスト伯か!というくらいに面白い。でもね、ヒロインはすぐデレるは、敵方?みたいに主人公と決闘する紳士たちにも、何か受け入れられちゃうわ...と話のテンションが下がってくるんだね。ミステリ的な謎も小粒。 トータルでは失敗作の評価。イイ線いっていたのにね。 |
No.1078 | 7点 | 囁く影 ジョン・ディクスン・カー |
(2022/11/21 12:25登録) カーでもホラー要素は吸血鬼ネタ。中期にしてはドタバタ要素を排し、ロマンチックな女性像が印象的な作品。トリックよりもそっちの方に魅かれる。 ある意味、人間関係に「謎」を巧妙に隠すクリスティっぽい作品だと思う。中期のカーって「皇帝のかぎ煙草入れ」みたいなクリスティ趣味の作品もあることだし、そう見るのも不自然じゃないように感じるよ。まあだからカーのもう一つの軸の不可能興味が大したことないのを咎めるのは、トリック至上主義というものじゃないかな。 現代の事件が起きるまでの動きが少なくて、ややジレるところもあるけど、ロンドンへ向かう追っかけなど、「動」の要素が出てきてからは本当に一気に読ませる。ヒロインが問題を隠しすぎ、というのはあるんだけども、人の出し入れで「すれ違い」な作劇がそれを目立たせない。これはカーが読者に積極的に仕掛けていることでもあるから、「消極的なミスディレクション」とでも言ったらいいのかしら? まあでも、ヒロインのキャラクター性が何よりの成功材料。カーのロマンスの数少ない成功例(残念なことに...)。こういうやや時代がかったヒロインへの、カーの憧れが反映しているのかな。だからか、狂言回しの歴史学者の「個人的」な決着の付けかたも何かイイ。評者好感の作品でした。 |
No.1077 | 8点 | 私のすべては一人の男 ボアロー&ナルスジャック |
(2022/11/20 14:28登録) 人体移植というSF風の設定を利用した大技炸裂!で、実はボア&ナルって「やんちゃ」なミステリ作家だ、というのを実感する。ファンタジーだと思って小説内での奇想の辻褄があってれば、それでいいんだよ。まあだって、ボア&ナルって一貫して、固定した視点人物の主観の中で完結する話じゃないの。ファンタジーと言えばファンタジー、それがボア&ナル。らしさ満喫。 まあそういうことを言わなくても、本作のサスペンスの「作り方」って「そして誰もいなくなった」なんだよね。死刑囚の遺体が7分割されて、それが事故で身体の一部を失った7人の男女に移植される。しかし一旦は回復した7人の男女が次々と...という話だから、「そして誰もいなくなった」風の次から次への連打。サスペンスのお手本みたいに展開していく。死刑囚の左脚を移植されたのは清楚な人妻、右腕を移植されたのは司祭(祝福を行う手が死刑囚のもの、という皮肉)、左腕は左利きの画家で移植で画風が変わってしまい苦悩する....などなど、ちょっとした人間ドラマも仕込んであれば、死刑囚の恋人がこの件に関心をもって関わるという波乱もあり。 最後には大技に目を奪われるけども、そういう見地以外でも上出来な佳作。ボア&ナルでも上位の出来。 |
No.1076 | 7点 | 綱渡りのドロテ モーリス・ルブラン |
(2022/11/17 14:46登録) これは素敵なお話。サーカスの女座長にして侯爵家の相続人、4人の戦争孤児たちのママでもあるヴァガボンド、ドロテの大活躍! ルパンが悪だったら?と思わせる怪人デストレシェールを敵に回すスーパー・ヒロインをアザトクなく描いた爽快な話である。 ルパン世界の「カリオストロ4つの謎」の一つ「In robore fortuna」をこのドロテが解いてみせるわけだが、この謎言葉自体が「宝は魂の堅固さにあり」という格言として、危機に直面したドロテの心を支える、という趣向が素晴らしい。たしかにこれ、ルパンだったらあまり似つかわしくないや。身体的にはたびたびピンチになるが、凛として屈しない正義のヒロインだからこそ、際立つ仕掛けだと感じる。 このサイトでの皆さんのルブラン作品評を見ると、大時代的なルパンというキャラがどうも嫌われている...なんて印象を受けるのだけども、ドロテならね~そういう嫌味がなくて好評、ということなんじゃなかろうか。 2世紀を隔てて相続人が廃城に集合するあたり、ルパンじゃありえないような牧歌的な雰囲気の好ましさ(食事シーンが素敵)が出ていたり、一座のアイドル、モンフォコン隊長のコミカルなかわいらしさとか、作者がルパン世界とは別、という気持ちで解放されて楽しんで書いているのが窺われる。訳者も「楽しい仕事をさせてもらえました」と記しているのが素直に頷ける。 ルパンシリーズ・リブートからの作品系列は「八点鐘」「ドロテ」「カリオストロ伯爵夫人」となるわけで、この頃のルブランの筆って本当に、ノっている。ただただ楽しい。 (悪玉のデストレシェール、もちょっとアレンジしたら「カッコいい悪玉」になると思う....そんな片鱗があるからね。そうだったら8点とかつけたかな) |
No.1075 | 7点 | ワイルダー一家の失踪 ハーバート・ブリーン |
(2022/11/14 23:38登録) 乱歩が「カー亜流で、カーに及ばない」と酷評したこともあって、どうも軽く見られがちな作品。でも評者なんか面白くて一気読みしてしまった。 もちろん「ワイルダー家の人々は、祖先以来、病気で死ぬのではなくて、ただ、どことも知れず立去ったまま、消え失せてしまうという、前例のない奇抜な着想に、先ずアッと驚かされる」と乱歩が「冒頭の不可思議性」を褒めたわけで、実はこのアイデアは中盤での探偵役フレームの目の前で起きた人間消失をピークにする「人間消失の恐怖」に繋がる、立派な仕掛けとして機能していると思うんだ。「自分の大切な人が消えてしまう」というのは人間にとって根源的な恐怖だ。それを突いた着想は、やっぱり優れたものだと感じる。 だから本作を「カー亜流の手品趣味」と捉えるのが、どちらか言えばつまらない観点だったのではないのかな。「不可解な人間消失」が7件起きるわけだけども、数が多いというのは一つ一つのウェイトは軽い、ということでもあるわけで、トリックにそうそう期待してもいけない。それよりも「人間消失の伝説」に覆い隠された人間模様を評価すべきだろう。 カーと比較するよりも、ニューイングランドのローカル色豊かなミステリ、という点でライツヴィル物と関連付けたりする方がずっと有益なのかもしれない。中盤のサスペンスや過去の事件の真相が一つ一つ明らかになっていく構成など、興味深く読めたわけで、印象は悪くない。まあとはいえ「今の事件」としての犯人とか真相はつまらないな(苦笑) そういえば本作は改訳を免れた数少ない西田政治訳だったりする..戦前からの関西のドンで有名な人だけど、70年代でさえ骨董扱いに近かった。今回読んだのは1992年の第6版。意外に頻繁に増刷しているわけである。「青春ミステリ」みたいな味わいも感じられて、読みづらい作品じゃない。 |
No.1074 | 7点 | 事件当夜は雨 ヒラリー・ウォー |
(2022/11/14 10:13登録) 「ながい眠り」同様にハヤカワから創元に移籍した本。でも同じ訳者による同じ翻訳のまま移籍、というのはかなり珍しいと思う。オトナの事情が何かあるのだろうか。 で思うのだが、創元の解説の杉江松恋氏も話を「本格」に持っていきたがる...う~ん。確かに大胆な仕掛けがあるのだけども、これって作者が仕掛ける「メタな仕掛け」の部類なんだよね。それを「本格」と呼ぶのが正しいのか?というと評者は疑問だが、逆に「パズラー」と「本格」は全く別な概念だ、と捉える方のが正しいのか?などとも思いついた。 たとえばホームズは「本格」だけども「パズラー」じゃない。「毒チョコ」だってフェアな推理はできない。要するに「黄金期本格」というかなり曖昧なモデルがあって、そのモデルが作り出したファン層が好むタイプの作品が、漠然と「本格」と呼ばれてきた、と理解した方がいいんじゃなかろうか。だったら「本格」はジャンルというよりも、「作品の属性」といったものなのではなかろうか。 そういう「ジャンル横断的な属性」だと、たとえば「女子ミステリ」という「属性」も、確かにある。「パズラー」であっても都筑道夫モデルの「退職刑事」などが今一つ「本格ファン」にアピールしないことを考慮に入れたら、そういう風に捉え直すのもいいんじゃないのかなあ。 あ、作品自体は面白いです。誤殺かどうか延々と堂々巡りするあたり、評者は好きだったりする。あらゆる可能性をフラットに捉えるリアルな捜査の手法に満足しちゃう。「分からないこと」を「わからない」と率直に認める「無知の知」って大事なことなんだよね。 |
No.1073 | 7点 | ピラミッドからのぞく目 ロバート・シェイ&ロバート・A・ウィルソン |
(2022/11/13 13:32登録) 評者にしては珍しく、昔読みかけて挫折した本。70年代の伝説の奇書として悪名高いからには、ぜひとも再チャレンジ! 要するに「酔う本」。「車酔い」とか「二日酔い」とかの部類で、昔挫折したんだよね。「今誰が何している」がポンポン跳びまくるので、読書の平衡感覚みたいなものが狂ってくるわけだ。それでもこの本はOK。「読むドラッグ」といえばそんなサイケデリックでアナーキーな本だから、流れに逆らわずに身を任せれば、それなりに楽しめる。「酔う」のはセンスを平衡に保とうとするからなんだね。 この作者たちはまるっきりの能なしよ―文体も、構成もなってないわ。出だしは推理小説風なのに、SFなったかと思うと、怪奇ものになるし、気味悪いほど退屈な何十というテーマをめぐるめちゃくちゃに細かい情報がぎっしり詰まっているの。 と作中で「書評」というかたちでメタにこの本の評が入っているような本! 左翼系雑誌社が爆弾テロによって破壊された。刑事が見つけたのは、ケネディ暗殺の裏やアフリカの小国でのクーデター、ラスベガスで開発される細菌兵器などなどで暗躍する秘密結社イルミナティに関する膨大なメモだった。黄金の潜水艦の艦長でアナーキストのハグバードは、このイルミナティと戦い続けていた。雑誌社の編集長と記者、刑事たち、性的ヨガのインストラクターなどが、学生運動の挫折を引きずりながら、セックスとドラッグにまみれつつアナーキズムの旗の下に結集しつつある... う~ん、話を要約すればそうなんだけども、まとめとしてはイマイチ伝わらないな。日本じゃアナーキズムとかリバタリアンって受け入れられ難いこともあって、原著は1970年代のベストセラーなのにようやく邦訳は2007年。海外のカルチャーには絶大な影響を及ぼした本なのに、日本じゃ時期を失したこともあって、全然話題にならない。この本の大テーマは「陰謀論」なんだけども、その「陰謀論」で隠された秘密がたとえば「陰謀論は全部ウソ!」とか、悪質なメタ(自己参照)なジョークに近いものだったりする。陰謀論で一山当てたい「ダ・ヴィンチ・コード」なんかとは対極みたいなものだよ。 宇宙はぼくたちを騙しているのさ。いい加減なことを吹きこんでね。 世界が正気と呼んでいたものが現在の惑星の危機を招いたんだ。だから正気でないことだけが実行可能な代案なんだよ。 モンティ・パイソンをさらにサイケにしたような小説? まあまださらに「黄金の林檎」「リヴァイアサン襲来」に続くから、どうなることやら.... (不和の女神エリスを崇拝する「自己破壊的ダダ禅」ディスコルディア派みたいなハッカー流パロディ宗教のネタやら、The KLF の Justified Ancients of Mu-Mu の元ネタやら、評者は結構懐かしい...) |